有名人とのツーショット・・・うれしいかなぁ?

有名人とのツーショットを撮りたがる人がいるんでですが・・・撮影してうれしいんだろうなぁと、思うが・・・どうなんだという気がする。

以前やたらと、並んで撮りたがる人がいた。

この人には、撮影後、すぐにSNSに掲載するので閉口したことがある。

撮ると必ずSNSにすかさず載せる。

この精神がわからない。

この人、いつも単独行動である、大丈夫かと思うほどである。

どこで、何をしていたのかが判るのは嫌なもので、プレイべーとな感じな時にそれをやられると・・・ちょっと・・・かんべして欲しいと思うことがある。

その昔は、銀塩写真時代だったら撮影後は・・・下手した1週間ぐらいのタイムラグがあった。

今は、スマホで撮影、即SNSである。楽と言えば楽であるが、いつどこにいたのかがが即時判るのも嫌なものである。

昔、15年ぐらい前に、GRという車のイベントに参加したことがある。

その折、堺正章さんとツーショットを撮ったことがある。

ほかにも、有名どころというと・・・中村健也さん、小林彰太郎さんとか、飯田裕子さん、牧野さん・・も、みんな自動車関係だなぁと思うが・・。

中村健也さんは、トヨタの顧問をされている時に、ある関係でカバン持ちの様にしてついて行った時に、中村さんの事を尊敬している技術者ですと言ったら、今日来ててたなぁといわれて、あるところでご面会が叶い、手持ちのライカⅢCで撮影してもらったが、露光不足でほどんど黒くて記念にはなりはしなかった。

小林さんは、うちの息子にお名前を頂戴したので、その旨を伝えて、三人で写させてもらった。

それ以外は、ついでい・・・・という感じである。

何人かととった記憶はあるが・・・ほとんど記憶はない。

というか、あまり興味がない。

有名どころ…芸能人はほとんど知らないので、周りで叫んでいても知らない。

何とか「りえ」が、銀座に買い物に来ていた時に、私は隣で商品を探していて気が付かない・・・

そんなのもんです

そのくせ、先代の団十郎を見かけると、思わず声をかけるなんてことはしてましたが・・・

でも、団十郎と並んでとってもらいたいとおも思わない。

だって、貧相に見えそうで嫌じゃないですか・・・

立派な人と並んで…と思う

SNSで、誰誰さんを囲んでとか書く人もいるけれど・・・その人と仲がいいという姿勢を見せるのはいいことなのか?

そんな風に思うことがある。

 

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ゲッペルスと私////

「ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白」ブルンヒルデ・ポムゼル著 トーレ・D. ハンゼン著

ヨーゼフゲッペルスの居た宣伝省に勤務していた女性のの独白が3分の2、後は、民族主義と若者の政治への無関心を批判する本である。

「ゲッペルスと私「」という映画の中で出た来た話を文章化したものである。

彼女は、ゲッペルスの個人秘書ではない。

宣伝省勤務の速記者、タイピストである。

宣伝相であったゲッペルスの支配する「宣伝省」で働いていただけである。

ゲッペルスに雇われた個人の秘書ではない。

個人的なつながりはない。

簡単に言えば、大蔵省に勤務している下級官吏が、大蔵大臣を語る様なものである。

つまり、表題に誇張が、というかウソある。

事実を書けば、ヨーゼフゲッペルスと同じ建物で働き、彼を時々見かけた。

マクダ・ゲッペルスと会ったことがある、服をもらったこともある。

親密に語り合ったことはない。

小さの上エピソードを誇張している、嘘ではないが、映画の時も感じた、「看板に偽りあり」

「看板に偽りあり」という感じは、詐欺師の、必ずもうかりますという言葉に近い気がする。

ヒトラーの個人秘書だった女性の自伝と比べると、その秘書と、ヒトラーの身近を、数メートルという感覚語るのであれば、ゲッペルスと元秘書の関係は、非常に遠いという事がわかる。

「ゲッペルスの秘書」と云う書き方はすでに、嘘で膨らませ切った風船のように見える。

ここで、売るためという、宣伝文句という言葉が浮かんでくる。

考えてみれば、売るために嘘をついても構わないという行為を見せつけている。

私のようなアマノジャクは、この本の残り3分の1に展開される、難民問題や、民族主義への反感と云った主張が、空疎に見える。

マスコミ特有の自分たちに都合の悪いこと、自分たちの吐き出す嘘、嘘ではないが、誇張があることを消して、都合の良いことは大々的に載せるという風体を見せてしまっている。

SNS批判をし、若者の離れを批判するが、自分たちのマスコミの報道姿勢を批判することはない。

つまりは、この本を読んで参考になったのは、元宣伝省に勤務していた女性の語る、戦前のドイツ、終戦直前のベルリンの状況、ドイツの官公庁に勤めていて、ベルリンでソ連軍に捕まった人たちの戦後の状況が分かったことである。

これ以外の事は蒸し返しにしか読めない。

読んでいて思う事は、ハンナアーレントのイスラエルに捕まったナチスの被告に対する感想が間違っていなかったという事を語っているいすぎない。

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マナーの良い喫煙者?いないと思うけど(笑)

少し前に、喫煙者のマナーの意悪さを評したら、「あなたは、マナーの良い喫煙者を見たことがない」と返したのが神対応?と評判になっていた(らしい。)。

であるが、高評価を加えたのは、喫煙者(排煙家)であろう。

多くの喫煙者(排煙家)というか、団塊の以上の世代は、ひじょーにマナーが悪い、人間のクズのレベルである。

咥え煙草で歩く、自転車に乗る、禁煙地域でも平気で喫煙。

さすがに室内でタバコを吸うバカはほとんどいないが、公共スペース、路上、駐車場だろうが、たばこを吸うバカがいる。

朝、駅前で、毎日吸っている。

駅前は禁煙指定地域であるが関係がないらしい。

自力執行権が認められていないので、仕方なく、傍観である。

気分的には、殴り殺してもいい気分である。

時々、風向きで臭う。

そこで

「お前の吐き出したニコチンタールを含んだ煙を何故に吸わされなければならないのか?」と聞きたくなるし、又

ここでの喫煙権はないだろうと言ってやりたい。

甚(はなは)だ迷惑である。

当人は、一服して気分がいいかもしれないが、こちらは朝から不愉快である。

ちなみに、産業考古学の研究会等でタバコを吸う人はほとんどいない。

見たことがない・・・

昨日は、爺さんが咥え煙草で、自転車走行

途中で、手で持つ。

灰は、道へ捨てる、吸い殻も、当然の様に道へ捨てる。

とまぁ、悪口はいくらでも書ける、というか書いてやろうと思う事が多い。

確かに、マナーのわるい奴は悪目立ちをする。

だが、たばこの良いマナー?てなんだと思った。

タバコを吸った気配がないという事であろうと想像する。

すると、嫌みな想像をする。

喫煙者(排煙家)が、野なかの1軒屋で自分一人で住んでいる。

死ぬほどタバコすっている。

町へ出る時は吸わない・・・

が、マナーがよいと言えるのでは?

と思う

タバコを吸えば、煙が出る、においが付く

ある時、夜、遠方で赤い火が見えた。

風下(かざしも)だったので、ほどなくタバコの煙りの匂いがしていた。

そうして、向かって歩いてきたおっさんは、あの臭いにおいのバリアで周囲を取り囲んでいるように歩いてきた。

タバコを吸う人は、匂いに、ものすごーーーーーーーーーく鈍感である。

タバコ止めた人が、こんなに臭いとは思わなかったと言っていた。

この人は、1日1箱吸う人であったが、心筋梗塞と、ほかの病気を併発して、医者からタバコ吸って死ぬか、吸わないで治療するか迫られた結果しぶしぶタバコをやめたそうである。

 この人は、一時期、パイプに凝っていたというか入れ込んでいた。

 ビンテージなんてものまで買っていた。

 (要は、金持ちである。)

 (ふと思い出したのは、三重苦の爺さんもパイプ使っていたなぁと。

  エロ漫画と模型に囲まれた、揮発性の物品の多いところで、タバコなんか吸ってどーすると思った。

  三重苦の場合は、一点豪華主義的な快楽主義者であった。

  自分が、パイプを使ってタバコを吸っているいるとういうシュチエーションを楽しんいた。

  雑誌で仕入れた知識でパンパンだった。

  仲間内の話の話題で、パイプを使っててねという事を見せたいだけの底の薄い思想が横たわる前程での、行為である。

  赤の他人と、話ができない人でしたので・・・所詮は、仲間内の内弁慶でしたが・・・。

  三重苦が、パイプを使う気になったのが・・・パイプ用のタバコをもらったからという・・・本末転倒な理由であったが・・・。)

 この人は、紙巻タバコ、きつい紙巻きタバコ、外国タバコ、葉巻、行きついたのがパイプ・・・でパイプを最後まで吸っていたが・・・

 銀座の喫煙具販売所で、パイプも買い集めたりしていた。

 まぁ、古民家みたいな自宅で、何もない廊下の籐椅子に座って、パイプふかしてました。

 いるか居ないかは、庭へ廻ると、タバコの匂いで分かるという便利な点もあった。

 昨年、借りた本を返しに行くと、方解石のパイプが落ちて、ご本人は胸を掴んで、唸っていた。

 ニトログリセリンの錠剤を口に含ませると同時に、救急車といわれて、119番連絡をしたことがある

 彼は、家政婦がいない時によく倒れる。

 不幸なことに、よく行き会う。

 前に、お前さんは、死神か、天使か、どっちだ?と言われたことがあるが、救急車を呼んだんだから感謝しろというと

 「死神じゃねぇなぁ、でも、悪魔だろうあなぁ」と言われた。

 で、彼は、死にたくないので、酒もたばこもやめて現在は、美術館巡りをしている。

 そうして、「美術家近くの路上でタバコ吸うのはけしからん」とのたまうようになった。

 長足の進歩である。

 ある銀座のバァ・・・というかルパンで、

「酒場で、葉巻やパイプを吸うのはマナー違反」といわれたことがある。

 それは、お酒の香りを消ししまうのと味わう味覚を失わせるからと言われた。

 

ある亡くなった爺さんは脳梗塞で倒れてからも、たばこは止まなかった。

隠れて吸っていた。

すい続けていた。

家族は、吸うと、匂いで、すぐに分かったそうである。

注意しても聞かないのであきらめてしまったそうである。

 

マナーの良い喫煙者がいるのあら、それは、たばこを吸ってない時間の方が長いか、よほど気を付けていないと無理である。

会社員ならまず不可能であろう

営業でも、車の中での喫煙は、基本的に禁止の処が多いと聞く。

ウチの処で使える車でも、基本的には、10年以上も前から禁煙である。

でも爺が乗ると、臭い。

総務に文句を言ったら、喫煙した痕跡があれば車輛の使用禁止とまでなって初めて車内喫煙がなくなった。

例えばである。

まず、服についた匂いは、叩けばある程度消える

髪の毛についた匂いも、しばらくすれば消える。

ところが、口臭のタバコ臭さはなかなか消えない。

消えないどころではなく、話をすると、爺さんの場合、加齢臭とニコチンの口臭で死にそうになる。

臭い消しのガムを噛んでもくさい

つまり、全部の悪臭を消して仕事に戻るのにどれほど時間がかかるのか。

考えてみれば、その分、仕事をさぼっているというか推論が成り立つ

ウチの爺さん上司は、1時間1回、約3~5分離席

隣の隣の課長は、1時間に1回から2回、大体、5から10分離席

臭い消しタイムを含めれば、膨大であろう。

タバコは、副流煙もさることながら、その臭いが不愉快の原因である。

臭いを消さない状態での、マナーのよいという事はあり得ないという風に考える。

つまり、マナーの良い喫煙者は、勤労者という基本的な社会構造の中では、臭いが消せないのだから存在しないという事になる。

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ある爺さん

ある爺さんは、美濃加茂の奥のモネの池の近くから通っている。

毎日、高速バス通勤である。

以前、同勤務した時も、岐阜駅から高速バスである。

以前は、大垣市内に住んでいたようであるが、実家に帰り、晴れて高速バス通勤を続けているように。

この爺さん、昨年は、心の病で病休をして半年ほど来なかったらしい。

で、少し近いところへ転記してきた。

前任所では、間違いが多い、めちゃくちゃの事をする、若い子に間違った事を教える等々・・・・・不評であったらしい。

今は、勤務時間内にというか・・仕事中に、どぷでもいいような駆逐艦の話をしたり、占守島の最後の戦車部隊の奮闘を語ったりする。

ところが、聞いていて、ほとんどの内容は、20年か、30年ぐらい前に書いてあった雑誌の内容である。

つまりは、現在では、間違った認識といわれるようなことを、何も知らない、カリメロ君に滔々とを語っている。

而も、聞いてる方も、まぬけな史学科卒業のカリメロ君で、いわゆる軍事畑の知識はゼロ・・・聞き流している風が強い。

で、去年は、課長が、あまりにも間違ったことを教えるので、若い子との会話禁止した。

すると、病休で休んだ・・・

復帰したが、最初は、制限付きである。

でも、長時間通勤は厳しいだろうと、転勤してきた・・・

昼食は、基本は298円の死ぬ程不味い(らしい)弁当

で、課長とか、うちの爺さん上司とか、私が、お茶菓子を買って置いておくと・・・朝、山積みが、夕方には・・・3分の1ぐらいしか残っていない。

見ていると、この爺さんが朝から、ぼりぼりと食っている。

ほぼ一時間おきぐらいに延々と食っている。

インスタントコーヒーもガンガン飲む。

この爺さん、どこにも行かないのか土産は買ってきたことがない。

お茶菓子も買ってこない

当然の様に、インスタントコーヒーなんてもってのほかの様に買ってこない。

でも、菓子は喰う、コーヒーは飲む。

ちなみ私は、菓子は自分で買ってくる。

それに、ドリッパーで、コーヒーを入れて飲んでいる。

豆は、挽いたものを100グラム単位で買ってきて毎朝飲んでいる。

爺さん上司と、アルバイトのおばちゃんには、一緒に入れてあげている。

朝、この手のコーヒーを飲むと、何となくシャキンとする。

当然の様にアメリカンではなくて、イタリアンローストの濃いのである・・・

インスタントを飲むときは…ほとんどないが・・・買ってきた爺さん上司に頂戴ねという。

 

爺さんは、菓子を漁り・・・・インスタントコーヒーをばがぶがぶの飲む。

3月末、ちょっと仕事に追われて死にそうなモードであった時に、この爺さんの菓子を漁る音がけっこ耳についた。

ついでに、私が、菓子を買ってきて投入した後は、自分の上司の課長が買ってきたときの様に、朝から、猛然と食うという態度ではなかった。

ただそれも、一日のモラトリアムで、翌日は朝から猛然と食っていた・・・・

ウチの爺さん上司は、少しは自分で買って来いよと陰口をたたくし、本人が近くにいる時に聞こえよがしに云うのだが、その時は、聞こえないふりをする。

先日、1個300円ぐらいするフルーツ大福を、うちの爺さん上司が買ってきた。

で、私と、隣の課の人たちにも配った・・・でも、バイトのおばちゃんと、子持ちのお姉さんと取りまとめの主任さんは、うちの爺さん上司に礼を言った・・・が、カリメロ君とこの爺さんは・・・無言で喰っていた。

どうも、この爺さんとカリメロ君は、品性が卑しい気がしてならない。

財布を奥さんに握られているので、非常に、苦しいらしいが、どうも方向性が違う気がする。

昼食を300円の弁当で済ませて、足りな分を菓子で補う・・・なんだかなぁと思う。

昔はいい人に見えたが、今考えると、ただの無能なおっさんだったことがわかる。

最近は、話をしているの聞くと、イラっとする・・・・

平常心でありたいと思うのだが…どうもダメである。

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令和

仕事中、中継をしていたが、11時頃だったので、別へ移動するすると、昼過ぎぐらいに号外が来た。

「令和」

新元号である。

正直、ビビット来た。

ちょっと、涙が出てきた。

感涙という奴である。

なぜかわからない。

ただ、時代の終わりを感じたという事かもしれない。

今回は、悲嘆の涙はない

平成の時は、先帝陛下の崩御で、悲嘆にくれて延々と泣いていただけである。

平癒をお祈りして、熱田神宮の拝殿前で土下座して、延々とお祈りした。

崩御後

朝一審の新幹線で、上京して、宮城前広場で、土下座をしてオイオイ泣いていた。

正直言えば、殉死という言葉さえ頭には浮かんだ。

何となく、平成の御代が来た。

個人的には良いことはあまりなかった。

死ぬような目にもあった。

良いこともあったが、それを打ち消すようなことっも多かった。人には言えないようなこともやった。

自分は、自称悪党である。

悪人正機説は、ある意味正しいと思っている。

ある一点を超えると、見えてくる地平線があるという事である。

悪党は、悪党らしくと思うがそうもいかない。

自分のような小悪党ではなく、

嘘しかつかない宗教家、

自分のことしか考えない人たち

そちらの人たちは、自分たちを善人だと思っている、と云うかおもいたい人たちである。

彼らは、自分の嘘を守るために、善人面(づら)をしているだけである。

彼らは親切ではない、親切を売り物にするのは、いかがななものかと思う。

正義をつらぬことは難しい。

でも、新しい時代には、正義を貫くようにいきたいと思う。

神に感謝しつつ。

 

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調べると・・・

資料は、探せば探すほど出てくるが・・・
時間と暇がない…・やはり、若いころ、無理を言って、大学院へ行けばよかったと思う。


また、多くの人生の寄り道をすべきではなかったと気が付くのであるが、今さら言っても遅い気がする。本当にやりたことなど若い頃にわかるはずがないのである。

川島雄三氏が、「生活の為です」と云っていたが、今の生活は基本的には、生活のために働き、余暇を研究に充てる。
いわゆる二重生活であるが、これはこれで苦しくはない。

 

 

20181225-96

 

名古屋車体製造株式會社
 トヨタバスのボデイを多数製造していました。 もともとは、電車メーカーでしたが、日本車輛に買収され、バスボデイ生産メーカーになり、キソコーチ号のボデイも製造してました。戦前、トヨタ自動車工業の出資があり、トヨタボデイの製造を多数行うことになりました。
名古屋自動車用品商業組合
9人の理事がいます。
フォード、シボレーの代理店が多数を占めます
この中で、宮崎菊松ハ、フランクケー宮崎商店
山口昇は、言わずと知れた「日の出モータース」(トヨダ號、第一号代理店)の支配人である。

トヨタ自動車工業を支えた人の一人である。

トヨタ自動車工業(自工、自販分離後)の人は、良く神谷正太郎氏の事を悪く言う人がいる。

しかし、トヨタ自動車工業ないの商品企画課の企画を、現実に即した形にしていたという効能を無視してはいけない。

クラウンの設計段階で、多くのタクシー会社のへどのような自動車が求められているのかということを聞いて回ったそうである。

時の中村健也主査は、聞いた内容を、豊田英二氏に報告するということを繰り返し行っていた。

その結果が、クラウンという車にフィードバックされた。

その市場調査を、トヨタ自動車販売が途中から任ったということである。

神谷正太郎氏、山口昇氏にしても、豊田喜一郎氏という存在が、損得抜きで付き合う気になったことは事実である。

神谷、山口両氏、また、神奈川トヨタ、兵庫トヨタ、大阪トヨタの幹部の方の事も調べたいと思う。

 

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やり続ける日産・・・・もう辞めたら?

 日産は、どうも、独立性を保ちたいらしい。

 今回、日産は、会長職を置かないという事にして、西川君は残留らしい・・・

 これって・・・

 今回の騒ぎを、「ゴーン追放の陰謀」と言われても仕方がないような状況を作り出したことは否めない。

 西川君が、ゴーン、ケリーの圧力には抗しきれずに、各種の不正に加担したことを原因で、

 「私辞めますわ」といえば・・よかったのにねぇ。

 自分は止めない・・・辞めたくない

 今回の騒動の原因が、日産幹部の首切りと、ルノーと経営統合を避けるためだったとしたら・・・

 本当は、西川君は、相打ちで、自分は、ゴーンの圧力に勝てなかったから、ゴーンを道連に辞めますというののなら、筋は通っただろう。

 

 西川君、調達担当である

 良い車を作る能力は無いと思う。

 三菱の某も、三菱商事の出身である。

 ランサーエボリューションは、航空機技術がなければできなかった車といわれるが・・・

 でも、その後術者たちは、ふるい航空機技術者である。

 よく、ランサーエボリューションは、トヨタにはできないよ、という人が多い

 ランサーエボリューションはトヨタは作らないだろう…つくる気もないと思う。

 会社の方向性が違うのである。

 例えば、LFAを欠陥車という人がいる

 エンジンのオイルを常時替えなければいけない・・・替えないと焼き付く・・・・

 と聞いた瞬間に

 高性能エンジンのオイルは、頻繁に変えるものではないのと思う。

 F-1の技術を導入したエンジンだろうが、フツーのエンジンだろうが、オイルは交換すべきであろうと思う・・・

 何となく、最近、新聞の語調は・・・沢山給料をもらってました、それを隠しました・・・正規費用以外を会社に負担させてました。

 特別背任・・・

 会社の幹部は全部、それらに行為に同意していた

 会社の幹部は、ゴーンの重圧からハンコをおした。

 だから、会社ぐるみの背任・・・?

 なんだか妙な雲行きではある。

 

 

 

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さんぎ大学

今日は、トヨタ産業技術記念館で、さんぎ大学をの講演会を受講してきました。

トヨペットクラウン、デラックスを、スタンダード型で復元するという難事業(スタンダードのパーツがない・・ガラスとか)であったという事であった。

スプリンターの復元の方が大変だったそうである。

それはトヨタスポーツのオーナーのお悩みと極めて近しいことである。

ブレーキマスター、インナー―キットが全然でないという悲劇についてである。

これが困ったそうである・・・

ブレーキぐらい作ってほしい・・・高くてもいいから・・セット販売でもいいからと思うのですが・・・

で、現在産業技術記念館には、スプリンターとクラウンスタンダードが鎮座ましましている。

これは言えば、座らしてくれる・・・案内の女性に頼んでみましょう・・

戦前のダットサンのレストレーション途中を見せていただいたことがあるところでした。

戦前の自動車の車体の塗装は、お聞きしたところ、プライマーサーフエイサー、塗料という順番で塗装をしていたという事であった。

私が見たことのあるダットサンは、基本的に金属部分はさびさびで。。。サーフェイサーが塗られているのかどうかよくわからなかった。

航空機、自動車塗装法という昭和17年の本には、金属プライマー、サーフェイサー、塗料の順番で塗装すると書いてある。

当然の様にパテも使う。

飛燕の17号機の場合、機体のパテは戦後のもので、製造当時は使っていなかったという事である。

製造して金属地のまま引き渡し、戦地の運搬だったという事であった。

海軍機は、下地、プライマー、上塗りであったが、17年ごろからはプライマー工程省略されている。

ついでに、ダットサンのボンネットのヒンジはスポット溶接を使用していたのかどうかわからなかったので、聞いてみると、ボンネット部分のヒンジはスポット溶接を使用しているとの由。

イヤー勉強になるわ・・・80102-41 

 

 

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「真の自動車レストアを目指して」講演会のお知らせ

最近、戦前のDATSUNトラックを修復して日産ヘリテージに納車された車の復元も行った方です。
トヨタ産業技術博物館のトヨペットクラウンスタンダードを修復された時のお話になります。
デラックスは残っていますが、スタンダート型のRS20は残存していないので、デラックスをスタンダードン戻す?レストレーションです


 

トヨタ産業技術記念館


 <【無料講演会情報】~3/30(土)14:30開催~
大人向けの講演会「さんぎ大学」のご案内です。
今回は自動車関係の二つの講演です。
53415022_2307249062672381_46477064101953(当館展示の初代クラウンのレストアのお話)
②「終戦直後の国産プレス機の考察」(当館展示の1947年製200トンプレス機分解整備のお話)☆詳しくはこちらのURLをご参照下さい。↓↓↓

個人的な感覚を申し上げれば、スタンダードの何もない感じが非常に好きです。
パブリカ700ⅰ962年式はスタンダードで治したいと思う人・・・である・・・・
デラックスのパーツがないという現実もありますが・・・ウインドウゴムが…スタンダード用しかない・・・
ちゃんと、パブリカのスタンダート用のパーツは集めてりますが・・・いつできるのか・・・うちの小僧さんの進学状況のよりますが・・・


 


現在、トヨタ産業技術博物館には、パブリカスポーツ、トヨタスポーツが並んで展示されています(同じシルバー)
色目で云えば、トヨタスポーツが、アメジストシルバーではない点が残念ではあるが、並んでいる姿は感動的でもある(これを自画自賛という、ヨタ好きでなければ暗々裏関係がない気がする・・・・)。

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トヨタスポーツのパーツなど

近年、個人の方のパーツ製作が盛んである。
良い事です。
というう反面、自分がパーツを作ることをやめた理由を書いておこうと思う。
機能部品と云うか、足廻りのパーツは、ト―ションバーを製作したことがある。
板ばねも…と思ったが
製造者責任法ができてとん挫した。
危険だからである。
責任取れと言われても困るのでやめたのである。
デフのギア(ベベルとピニオン)を作ろうかと思った。
当時の新品(昭和40年代の製品)を持っているので見本で見せて頼むことにした。
機械加工やさんに聞いてみた。
値段はそこそこ(今の半額ぐらい)だった。
但し、付帯条件が、厳しかった設計料を込み、最低ロッド、100といわれてのけぞった・・・・
云百万円である・・・これはムリ・・・
リバースエンジニアリングで見積もりを取ってみた。
1個、大体、今の値段・・・・
自分は困ってなかったのでスルーした。
シートベルトアンカーとかドアのインナーロックの棒なんかは、人畜無害なパーツなのでまぁいいか?てな感じであった。
ト―ションバーは、怖かったので、工業試験場でばね乗数と荷重テストを左右1本づつ行った。
本物よりも、固めでであった。
現在、友人が装着している。
特に、問題は無いようである。
まだ、二セットあるが、自分の将来用と、UP10用に取ってある。
パブリカ用のト―ションバーは2本ちゃんとある。
ヨタ用は、新品が1本、中古が2本あるが、中古は、再焼き入れをすれば再生できるか?という感じである。
足廻りのパーツは壊れ時に重大事故につながるので、怖くて作れなくなった。
最近のパーツ製作には、感謝してます。
ちまちま買うようにしてます。
作る方は、初期費用が莫大ですので、買うなら、早期に買うべきだと思います。

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