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おりるのか、降りないのか?

同じ車に乗り続ける事、同じメーカーに乗り続ける事、同じ継続ではあるが少々性格が違う。

同じ車に乗り続けて23年を経過しました。

ということは、お友達とも23年つづいている。

車から降りると基本的に疎遠になる。

「一生乗り続ける」と叫んでいた友人は、数年前に下りた。

経済的理由で降りたのだから仕方がない。

独立自衛農民のように、一人親方で働いていたときに日給は2から3万円、一番良いときは、4万円ももらっていたようだ。

「バブルだったからねー」と思いつつ

昼間仕事して、夜は痛飲、女遊び・・ホテルからそのまま出勤が常態だったようである・・・

お金があるからできたことで、勤め人になるとそうはいかない。

体を壊して、ある病気に、何回も入院したのも聞いてはいた。

数回はお見舞いにったが、その後も何度も入院したと聞いて・・・直す気がないのかと思った(治らない病気なんだけどね・・・・・)、でも養生ぐらいしたらどうだと、何度も思ったので、そのうちいかなくなった。

金に詰ると、闇ブローカーまがいの事を始めた。

安く仕入れて、何十万円か乗せて売る。

単なる転売だった。

そのウチ、段々と縁がなくなる・・・・車のクラブでの付き合いで、クラブが消滅した時点で付き合いはなくなった。

あるとき、クルマを売ったと聞いた。

ある人に、売ったが、買った人は、デフなりがひどくて、ある店に売った。

かれは、買い戻すつもりだったとのことだが、それなら、金を借りる方がましだったのではないかと思う。

期限を切って金を借りて、返せないときは、処分は任せるとと云うことなら話はわかるが・・・

それで彼は車から降りた。

今は初代のユーノスロードスターに乗っているらしいが、最初からユーノスでよかったのではないかといってあげたい。

降りた人で、あるイタリアの車に乗り換えた人もいる、あるパーツなくて売り難い状況だったのだが、ある人からパーツを入手し、僕の車からもあるパーツをもらいうけ、ほぼ完品状態にして転売した。

ある人のパーツは、貸したことになっていた。

金の伊受け渡しがあったかどうかは知らないが、ある人は「貸した」といっていた。

そんな部品が帰って来るわけがない。

小生のパーツは、某三十苦が、ワイパーの根っこのプラスチックのカバーパーツを外して強奪して、そいつに、三重苦がくれてやるとというひどい事をしたことで、自分のは温存して、人の部品を外して、渡すという、強盗以下の行為を行った。

当時は、安いパーツなんでまあいいかだったが、現在は、十分な欠品パーツである。

結局、イタリア車に乗り続けているのかさえ判らない。

イタ車のイベントに誘われて行っても、あったことがない。

どうしているのかと思うこともあるが、その実あまり興味がない。

降りそうで乗っている人もいるが、25年以上前にきちんとレストレーションしたといいながら、ゴム類は全部複製という人もいる。

その人はまだ乗っているようであるが、音信不通で判らない。

当時でも、ウエザーストリップは「金さえ出せば」入手できたはずであるが、その辺は渋かったようである。

今お付き合いのある人が全部残っていてくれたらうれしいなという気がする。

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