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アツタ号について

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アッタ号

秩父宮親王 日本車輛へ来社 昭和12年(昭和6年に製造して、12年までは社有車が存在していた模様

中京デトロイト計画というのをご存じだろうか?

その時にできた車が「アツタ号」である。

昭和6年には完成し、名古屋市、陸軍に納品された。

生産台数は、10台以下と思われます。

製造は、日本車輛

関係者は、大隈鉄工所、豊田式織機、日本車輛でした。

ちなみに、昭和4年から日本車輛の子会社、名古屋自動車製作所は、自動車(バス)の生産を始めている。

名古屋市の市長の肝いりで自動車製造を始めようとということで大型セダンが考えられました。

日本車輛の退職者の方が貴重な写真を保管されていたので複写させていただきました。

アツタ号の名称、商標の登録は昭和8年5月11日となっている。

ただし、名古屋自動車製作所は、昭和8年に半額減資により資本金は15万円になっている。

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8気筒セダン 7人乗り 昭和6年

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この写真の車両が、秩父宮殿下をお迎えした時に写っていた車両と思われます。

(ホールが同じ)

8気筒 リムジーン 7名乗り 昭和6年

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 8気筒 フェートン 7名乗り 昭和6年

これが陸軍に納品されたものではないかと?

愛知6号車(日本車輛所有車)

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アツタ号 

日本車輛は、ボデイ製造を行っていましたのでバスも作っていました。

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金沢電気軌道向バス 昭和6年

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日本車輛の公式の年譜では、昭和6年11月に、大阪乗合自動車向けに41台製造とある


バス 昭和6年

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トローリーバス、昭和8年8月 4台試作された

名古屋、東京、京都へ納車

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昭和9年5月には鉄道省向省営乗合自動車 車体を1台製造している。

同年9月には、台湾総督府交通局向車体15台製作(東京支店)

昭和10年2月には以下の観光バスを2台製造(十和田線に投入)

同年5月東京支店蕨工場、自動車工場完成(440坪)


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鉄道省営バス

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東京乗合自動車向けのバス

通称 青バス エンジンはダイヤモンド、シャーシ、車体は日本車輛製造

昭和11年自動車製造事業法に基づいた自動車製造所として申請

(昭和12年 8月27日トヨタ自動車工業設立、同年8月31日ダイハツ号自動車設立)

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最初のキャブオーバーバス 昭和13年

陸軍の★章付 のちに関東軍へ納車62台製造

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陸軍向け キャブオーバー 蘆水車 昭和14年

石井式ろ過装置を搭載した車両かどうか不明

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日産車を、東京の工場で製造していました。

日本車輛が所有していた工作機械の関係が、自動車の製造に向いていたことらしいです。

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東京工場前の記念撮影

昭和14年

奈良交通向けのバス

陸軍向けの鉄船40隻、35隻を完成

日産自動車販売向軍用貨物自動車165台作

昭和15年

名古屋自動車製作所

自動車車体完成年間400台を超過し。資本金30万円に増加

ナゴヤ号電気自動車好成績で生産本格化のためサービス部門を分離

東京支社前 昭和14年

ご指摘がありましたので、鋳造品を製造してたのは、「豊田自動織機」ではなく「豊田式織機」へ変更しました

続き

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2016/09/post-96c6.html

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コメント

中部産業遺産研究会の石田正治です。
安田工機にアポイントメントを取りますので、空いている曜日などお知らせ下さい。

投稿: 石田正治 | 2017年12月 4日 (月) 22時55分

来週なら金曜日が良いです。

投稿: | 2017年12月 7日 (木) 20時12分

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