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つまんえねことを・・・・最近歳をとったので・・・・

使い古された言葉で「ワンオーナーカーについていた部品だからオリジナル」と抜かす奴の何と多いい事か。

51年から48年もたった車のワンオーナーカーだから?

例えば、20代後半で買った人が居る

すでに70歳過ぎである。

50年前に、「車を買った事」は、確かに覚えているだろう。

しかし、いつの時点で「何を交換したのかはっきりと覚えている人が居るのか?」と言いたい。

以前、よく話題になったのが、44年式のエンジンのことがある。

44年式が、納車されたの時点で、「パーシャルフロー」が積んであったのか、「フルフロー」だったのかという事である。

おもしろいことに、25年前の時点で、ワンオーナーカーでも、フルフローとパーシャルに分かれている点だろう。

(というか、面白い点だった・・・)

ワンオーナーカーの場合、車検証のエンジンナンバーを見せてもらい記入があれは当初のママ、無ければ、乗せかえという判断をしていた。

自称ワンオーナーカーでも、ナンバーなしが数台あった。

ということは、乗せ換え?かなとか思った。

25年前でさえ、オリジナルのエンジンが乗ったトヨタスポーツは本当に希少だった。

40年、42年、43年、44年式に、各1台ぐらいだった。

結構多い破損理由は、クランクケースが割れた、焼き付いたである。

本当に、エンジンが擦切り切ったエンジンもあった。

ド初期の非常に珍しい個体だった。

まあ、44に関していえば、2Uでの供給であった。

パーシャルのママでの供給だった。

エンジン形式認定は、2Uである。

2U-B,2U-Cでもない。

フルフローのエンジンでの形式認定を受けていない車を製造販売はできない。

当時の役所の権限を知らない人は、簡単に、同じ、2Uベースだからという奴がいるが、実際に、運輸省の当時の権限を知らないバカのたわごとである。

 パーシャルフローエンジンで形式認定を受けている。

 フルフローエンジンが出たときにが出たときに、KP30,UP30の形式認定は受けた。

 が、UP15は、新たな形式認定は受けていない。

 ボデイの補強、電装系の変更、ルームミラーの位置の変更ぐらいは、申請でできるた。

 44の時の電装系の改修は、新規の安全対策への変更で多くの自動車が形式認定を受けずに変更が許可された。

 しかし、エンジンの変更は、大きな変更である。

 外観が同じでも、中身が違う。

 中身を何故変更したのか?

 

 なぜ中身を替えたのか、理由を出さないといけない。

 そうして、面倒な、とはいえ会社だからどうといういことはないだろう。

 しかし、運輸省の形式審査を受けなおすほどの車か?ということである。

 つまりは、動力テストすべてをやる価値のある車だったのかといえば、そうではない。

 月産数十台のレベルに落ち込んだ車が、今後劇的に販売台数が伸びるとは思えない。

 それに、トヨタ内部では、整理すべきかどうか判断する車種に入っていた車である。

 関東自動車工業の判断で、やったのではっという珍妙な説をたれ流す人もいる。

 しかし、関東自工は、トヨタ自動車工業の子会社である。

 独立性はない。

 よく言われるのは、トヨタ自動車工業から出されたであろう作業指示書にどのような指示が書いてあったかである。

 元、生産現場にいた、ボケの入った爺さんの記憶はあてにはならない。

 現場で働いていた人の証言をを良く取り上げる人が居るが、それはあてにならない。

 5年とか、10年ぐらい後なら覚えていたかもしれない。

 

 研究熱心に見ていた人がいるなら・・・・生産現場にはそんな人はいない。

 笑ってしまう様な話だが、20数年前に、聞いた話である。

 河口湖博物館で、ゼロ戦21型を修復しているころに、どんな色だったのか?

 そこで、有名だった「坂井三郎氏(「大空のサムライ」で有名な帝国海軍航空隊のパイロット9」を、自宅からタクシーで送り迎えをして、色の監修をお願いしたことがあったそうである。

 

 坂井氏は、ほとんど色の事は覚えていなかったそうである。

 その時、戦後45年ほど経っていた。

 坂井氏も高齢者の部類だった。

 自分たちの職場の事を考えてみればわかるだろう、毎日乗ってる車のホイールの色を覚えているのか?

 車体の色を、こまかいところまで覚えているのか?

 

 会社で使っている車は、銀色だが、エンジンルームは見たことがない。

 内装も・・・何となくは覚えているが、覚える気がないので、はっきりとは、覚えていない。

 (お前だけだ・・・と云われるかもしれないが・・・)

 では、自分にある車は車はどうか?

 最初の数台は、白だった。

 途中で、銀に替わった。

 内装は・・・途中は、赤っぽいハルレッドの様な色だった、でも、途中から黒っぽいグレー、明るいグレー・・・・どの時点で変わったんてことは覚えてはいない。

 つまりは、記憶なんてあいまいだという事である。

 ボケたような記憶を当てにせずに、当時の法令等を読み込んでこそわかる事実もある。

 私のスタンスは、そういったことも調べて、調査をしているという事である。

 以前、39年からトヨタスポーツが生産されていいたとう、愚にもつかない記事があった。

 書類を見たことがあると言う人に聞きたいのは、(以前も書いたが)

その書類には、昭和39年 車種別生産台数明細、だったのか、昭和39年「度」車種別生産台数のなのかという事である。

 そもそも、何で会社は、生産台数の管理を必要としたのか?

 単純明快な回答は、決算のためである。

 会社の経理は、通常決算で管理する。

 会社は、決算年度で、1年の収支を計算する。

 例えば、4月から3月までを、1年で計算するのであれば、経理上の1年は、39年4月1日から40年の3月31日である。

 すると、「39年度」とは、39年4月1日から40年3月31日が会計の年度である。

 経理は、1年間の生産台数を管理し、仕掛品を数え、パーツの在庫を計算して決算を出す。

 その時に、4月から3月末までの生産台数の集計は必要である。

 その資料に基づいた39年中に生産していたというのであれば、40年の1月から3月末生産分も39年度の性差になる。

 だから集計し、その資料が残っていたのであろう。

 物事を、理論的に考えるという事は、ものを調べていく上では必要となる。

 トヨタスポーツのエンジン形式は、「2U」である。

 その後、20パブリカ用の2UBが出ている

 2Uと2U-Bの違いは、スペックダウンである。

 わけのわからない理論に従場えば、UP20パブリカが出現したときには、トヨタスポーツ用のエンジンで、2Uが登録してあったので、「2U」で登録できることになる。

 わざわざ、「2UーB]で形式認定を受けている。

 パブリカUP20の時は、「2U-B」形式認定を受けた。

 パブリカKP/UP30は・・・・「2U-C]で形式認定を受けた。

 トヨタスポーツは・・・「2U」のまま、でもフルフローにするときは、「(ほとんど)外見が同じだからイイや‼」となるのか?

 というか、そんな度胸は、当時のトヨタにはなかったと思う。

 今でもないと思うが・・・

 確かに、700パブリカのころは、「U」型である。

その改良型が、「2U」である。

単純な図式で、ボアアップである。

そうして、ボアアップのテストの車が「トヨタスポーツ」である。

性格的に言えば、昔、試験的に販売した「セラ」みたいなものである。

U」型をボアアップし、カムを替えて、キャブを2個にして出力向上を図った。

その時点で、どんな問題点が出るのか、予想はしていた。

しかし、具体的な問題となるとよくわからなかった。

市場テストのつもりだったと思う。

長谷川氏がどう考えていたかは知らないが、出力が小さい、「U」型では対応できないと考えていたので、「2U」になったのが通説ではある。

しかし、会社サイドでは、「2U」を載せたトヨタスポーツは、市場調査、エンジンのボアアップの問題点等を探り出すための商品だった。

だって、売る気があるなら、パブリカ店では売らなかったはずである。

パブリカ店へ来る客層と、スポーツカーを買う客層が同じと考えてはいなかったのは明白である。

パブリカ店は、空冷エンジンの経験があるから、パブリカのコンポーネンツを使っているから、パブリカ店で販売したというのは、「スポーツカー」の将来性を見込んだ販売戦略には入っていなかったということの査証であろう。

ある人が、大学時代に、トヨタスポーツが出たと聞いて、単純に「かっこいい」と思い、親に、ねおだりして買ってもらうことになったそうである。

家に来ていた「名古屋トヨペット」に、トヨタスポーツを買いたいいうと、「こちらでは、とりあっかってはいません」と言われたそうである。

きくと、ちゃんと「パブリカ店」(場所から云えば、たぶんパブリカ中京)を紹介されて、無事に買えたそうである。

 しかし、面倒だったので、購入後は、トヨペット店ですべて対応してもらったそうである。

 まあ、ふつう考えてみれば、「トヨタ」の名前の付いた「トヨタスポーツ」という車を買うのに、あんまり「トヨタ」の表示のない「パブリカ」店に買いに行くか?という事である。

 その点で、販売にかけては、綿密な計算をするトヨタらしからぬ販売戦略だったな と思っていた。

 15・6年前に、当時の自販で、「販売に携わっていた人」に聞いたことがある

すると帰って来た答えは、

「沢山、売る気はなかった」

「売れるクルマだとも思わなかった」

空冷のエンジン関係の設備投資が重荷だったかどうか?尋ねると

「設備投資の面では、大した問題にはならないが、パブリカと同じエンジンとみられているので、販売面では厳しいものがある」との判断だった。

それに、「空冷は安っぽい、エンジン焼き付きが多い感じがよくない」とも云われた、そうして最後に、

「ホンダが四気筒なのに、2気筒ではねぇ」

まだ、4気筒ならねぇ」

である。

閑話休題

 まあ、当時、パブリカ名古屋でメカニックをしていた人から聞いた話は、44年式を販売するときに、フルフローエンジンがあった。

 44の数少ない注文が入ると、フルフローのセミアッシーのエンジンを同時に注文して、車がディラーつくと、にカムを交換して、乗せ換えて販売していたということであった。

 それは、ある程度の財政力のあったデイラーだからできたことだと思う。

 交換した理由は、2Uエンジンは、焼き付きが非常に多く、結果、クレームになることが多かった。

 クレームになって、車を返されても、リセールが悪い事がわかりっていた。

 それに、1年ぐらい乗って、下取りが多かったというのある。

(下取りして買うのは、後年は、カローラスプリンターだった。)

 (また、パブリカ用の2U-Bに至っては、オイルを交換しない、オイルを足さないオーナーが多くて、オイル切れ、オイルエレメントのつまりで、エンジンが焼き付くことが多発した。)

 ディーラーとしては、クレームの原因は除きたいのである。

それに、44年にはもう鬼っ子モードだったようである。

 つまりは、生産番号にかかわらず、エンジンは、混在していたという事である。

 最も、以前も書いたことですが、44年がスペシャルという云い方をしているのを聞いていると、「カチン」とすることが多い。

電装系の設計図はそれぞれ販売されていたパブリカの改良である。

つまり、

昭和40年、41年式のトヨタスポーツは、UP10 700パブリカがベース

昭和42年、43年式ののトヨタスポーツは、UP20 800パブリカがベース

昭和44年式のトヨタスポーツは、KP30パブリカがベースである。

つまりは、それぞれの年でも、全部スペシャルということもできる。

40年は、発売自体がスペシャルだろう。

41年は、車内の配置が換わったからスペシャルだろう。

42年は、内装が変わった

43年は、ボデイに補強が入った点がスペシャルだろう。

44年は、サイドマーカーが付いたことがスペシャルだろう(w)

ところで、わざわざ、KP30と書いたのは、訳が有る。

44年式と40から43年式の間での大きな差は、電装品、特にワイヤーハーネスが重くなった点である。

トヨタスポーツの電装品を、新規基準に合わせたというは嘘で、KP/UP30の改良に合わせ手直しただけである。

44年式ののヒューズボックスは、従来よりもヒューズの数が各段位増えている。

しかし、44年式のヒューズボックスの記載内容と同じ形式の30パブリカ(KP30UP30)は、KP30の1グレードしか存在しないという事である。

KP30,UP3044年、45年は、生きてる車、解体車両を30台以上見ました。)

UP30のヒューズボックスは、配置が違います。

 KP30で、ほんの1年ほどしか作られていなかったグレードにしか存在しません。

 その車体ナンバーで、パーツを請求すると、そのヒューズボック(表示は、英語表記がなくなっていましたが)は、25年前は請求すれば、共販で買えました。

(もっとも、フォークリフトでも同じ配置のヒューズボックスがありましたので、後年まで作っていたパーツだと思います。)

 これだって、23年から25年前にせっせと調べた結果があるから書けるだけである。

 ここ数年、トヨタスポーツにかかわった人が、「ワンオーナー」の車について部品がオリジナルという発言には疑問を感じる。

(先般記載した、43年式のエンジンナンバーは、車検証に記載もされたエンジンだったし、何より組みなおしていないことは明白だった。

 乗せ換えをしていたとしても、当時のエンジンだと思った。

 その理由は、エンジン音が静か、というか、摺動音が極めて低いという事である。

 なぜか、組直したエンジンは、何となくうるさいのである。)

体、ワンオーナー発言も時々ウソがある。

 結構有名だった、金色の長野ナンバーのRSクラウンがあったが、あの爺さんは、ワンオーナーと威張っていたが、その実は、某銀行の払い下げ車だった。

 

 履歴を調べて判明したことではある。

 そんなことは知らべないと分からない。

 本人が、ワンオーナーというのは少々怪しいこともある。

 最近多いのは、「元ワンオーナーカーだったクルマ」が非常に多い。

 だから、ワンオーナーカーについていた部品だからオリジナルとうのは、どうも眉唾である。

 ツーオーナーカーでも、よく保っているクルマだってある。

Dsc_050009

 これは、42年式で、45年から所有している人の車についいるオリジナルのシートベルトと、リトラクターである。

 

 1967年3月の製品である。

Dscn6451

2016.1009初出

20161010 加筆訂正

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