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どーでもいいようなこと

トヨタスポーツの事を書こうとおもう。

トヨタスポーツは、すでにクラッシクカーの仲間入りを果たしている車だろう。

綺麗にレストレーションした車ならば、1000万円の声も聞こえるという。

襤褸でも100万から200万円である。

ある店のレストレーション代が500万円で目を剥いていた時代ではない。

自分が、27年間に使った金額はおよそ1500万円程度である。

これを、嘘だと笑うなら笑えばいい。

某三重苦は、自分の基準で、私が買ったて、乗り出し迄にかかった金額(修理代含む)を「吹いている(嘘をいっている)」と思ったそうである。

奴は、板金代は、自分で板金をして安くあげ。

塗装が気に入らないと云って、カローラ店経由で頼んだからという理由で、全塗装をやり直させたぐらいであるが、元の塗装代も安かった。

でも、私は乗り出しで200万円超えていた。

事実は事実である。

その後、車体のレストレーション、

ぶち壊したエンジンの修理代

オリジナルのウエザーストリップ

自作したパーツ

車検代、等々を加算して累計である。

30年近くかかって1500万円である。

高いような、安いような?

だからどうとう云う気もしない。

笑ってしまう様な話ではあるが、45年以上継続している模型に使った金は、これに匹敵する。

古本は・・・・これまた・・・だいたい同額程度である

カメラは・・・そんにつかっていない1000万円は超えていない

一番高いレンズは・・1本で200万円ほどである・・・

高かったセットは、軍用のスピードグラフィックの150万円

安かったセットは、警察署のマーク入りマミヤ、5万円ぐらいかなぁ

と、まあ、人生を棒に振るほど散財している。

が、後悔はしていない。

必要不可欠な思いで購入しているからである。

トヨタスポーツも同じである

別段後悔はしていない。

小遣いの範囲でやろうなんて思っていない。

基本的にそれはムリである。

最初の10年で、毎月3から5万程度パーツを買い続けた。

ボーナスの時は、20万円ぐらい買ったこともあった。

時々、燃料タンクや、トノカバー、とにかくオリジナルのパーツは金に糸目をつけないような気分で買い続けた。

デフも買った。

まだ部品が出たので毎月部品共販へ出かけてはパーツを買った。

買いつづけた。

お客様相談室にお願いしたら、リアウインドのゴム、三角窓のゴム(片側のみ)、シールドカバーも出たことが有る、だたこれは、5年ほど共販に通った結果、共販経由で聞いてもらいでしてもらったパーツである。

その頃、ホンダスポーツのリプロダクションはあったが、トヨタスポーツはなかった。

ホンダスポーツのオーナーは、高い部品に慣れていた。

ヨタのオーナーは、基本的には、高い部品はダメで。

二言目には、共販だったら80円ぐらいで売っていたという様な、25年前に、今から40年ぐらい前の話をする人が多かった。

個人でパーツを作る事がどれほど大変かという事が判っていない人が多かった。

自分で、図面を引いて、チマチマと自分のためにパーツを作っていた。

余れば売っていたが、それでも、常に、高いという文句を言われて、これとこれ買うから20%ぐらい値引きしてほしいと云われることはざらだった。

原価で売っているのに、値引きしろと言われて、売らないからいいと言って断ったことが度々あった。

売らなくて残っているパーツはまだある。

今になって売ってくれと言われても売る気は毛頭ない。

読んでいいて思うのは、参考になる意見は少ないという事である。

読んでいて、いい加減だという気がする。

自動車会社、とは言え出身母体は販売系の人が、結構いい加減なことを書いていることが多い。

神谷正太郎氏の権力が強かったころに入社したの人だから余計にそうなのかもしれない。

製造会社へは強く出れば引っ込むと思っているという事も聞く。

以前は、販売会社から、販売の観点から強く訂正を求めたこともあったヤに聞く。

わたしの個人的な気分は

デザインが好きだから買った。

自分が死ぬまで乗ろうと思ったからフルレストレーションしたという事である。

だからではないが、別段群れる気はない。

年1回のツーリングと、年2回のCG CLUB中部支部の集まりに参加することだけで満足している。

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トヨタスポーツのパーツ

先日も書いたのだが、トヨタもヘリテイジを考えている様である。

ただし、非常に限定的になることは容易に想像ができる。

機能部品の供給を求めるにしても、何でもかんでもと云う訳にはいかないだろう。

私が個人的に求めたいのは、ブレーキ関係

インナーキットは欲しいですね。

ブレーキラインも欲しい

ブレーキ関係はとにかく安定供給してほしい。

Seikenと同じぐらいの値段でも構わないと思う。

つまりは極めて高いという事である。

トヨタの供給して値段の10倍ぐらいする。

もし、今後、もし、トヨタが供給する場合に、高いと文句を言うのはやめた方がいいと思う。

1個数百円で、そろえていたブレーキのパーツは、数千円になっても構わない気がする。

それは経済原則から云えば仕方のないことだと思う。

ヨタのオーナーは、その辺を理解していない人が多い気がする。

値段が上がれば、その分儲けていると批判する。

聴いててバカじゃなろうかと思う。

何万個と作る部品ならいざ知らず、数百個単位なら、単価は跳ね上がる。

ブレーキのインナーパーツは、最後は、3倍程度まで値上がりした。

(トヨタの社内規則で、当初の原価の3倍を超えると再生産を逸しないという内規があるから、3倍を超えた時点で、再生産は無くなる。)

でもありがたかった。

共販で、一台分頼んでも1万円はしなかった。

今では、車検の前に、1台分頼んでおかないといけない。

4年前あから、2年に一度、Seikenさんのお世話になっている。

とはいえ、まだ一度も、Seikenさんのパーツは使っていない。

トヨタの純正品もまだ4台分ぐらいある。

(ガラス品に封入してありますが・・・)

トヨタスポーツ(トヨタの共販)のパーツは安いという感覚は捨てた方がいいと何度も力説してきた。

財布の軽い人が乗るスポーツカーという表現をいつまでも使い続ける雑誌にも苦言を評したい。

大体、車体価格が高騰している。

昔なら30万円ぐらいだった本当に部品付いてない襤褸クルマが、100万円台である。

パーツの無い車を買って、コツコツ直そうなんて時代ではない。

時々、小遣いの範囲内で何とかしたいから、高い部品は買えませんという人が居る。

質問という感じで、意見を聞いてはいる。

回答も、何となくさえない。

リプロダクションが出ているが、高くて買えないという。

また、いろんな意見は何となく中途半端

また、実際に試してみたのかわからない、事後の記載がないのである。

産業文化遺産にという言葉を平気では吐く人が居る。

でも、完全に近いような形で復元をした人が言うのならいざい知らず

中途半端な、いい加減な修復をして、というか自分お好みで作り替えている人が、産業文化遺産になんて、云うのを聞くと何となく何言ってんだ爺と云いたくなる。

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銀河鉄道の夜についての考察 ジョバンニの苦境、牧場での対話

ジョバンニは、そうして、街中を通り過ぎながら、楽しいものを見つつ、牛乳屋(牧場??)へやってきます。

第3稿、第4稿も記述内容に変わりはありません。

 

ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの気が幾本も幾本も、高く星空に浮かんでいるところに来ていました。

ジョバンニは、いつか町はずれのポプラの木が幾本も幾本も、高く星ぞらに浮んでいるところに来ていました。

 

地形的に云えば、家のある丘から街へ降りて(坂を下ると書いてる)、街はずれの丘を登るような感覚であろう

か?

街の中心に、大きな河がある。

文中では「街はずれ」と書いてあるが、近くには丘陵用の様な丘があり、牧場があると考える。

河を中心として、街が広がるような感じと想像している。

それは、牛乳屋と記載があるが、牛をかっているのでではないかと思うのですが?

牧場は、低湿地には作らないし、街からある程度離れているはずである。

それを、「街はずれ」と書いてるが、あまり街から近いと、異臭で苦情は出たはずである。

であるからして、ジョバンニは、ある程度歩いたということになる。

そうして、ジョバンニは、丘の中腹とでもいうべき場所にある丘へあがって来る。

そうして

その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂のするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで「今晩は、」と云ひましたら、家の中はしぃんとして誰も居たようではありませんでした。

その牛乳屋の黒い門を入り、牛の匂のするうすくらい台所の前に立って、ジョバンニは帽子をぬいで「今晩は、」と云いましたら、家の中はしぃんとして誰も居たようではありませんでした。

「今晩は、ごめんなさい。」

「今晩は、ごめんなさい。」

ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。

ジョバンニはまっすぐに立ってまた叫びました。

ここで、帽子を取って、まっすぐに立って「こんばんは」と掛けたのである。

ここで感心するのは、ジョバンニは、礼儀知らずではないという点である。

父親が、密猟者?で、人を傷つけるような人という感じは感じられない。

呼びかけてみると、一人の女性が出てくる。

第3稿と最終稿の記載は違う

 

するとしばらくたってから、年老った下女が、

第3稿は、「年取った下女」である

するとしばらくたってから、年老った女の人が、

最終稿は、「年老った女」になっている。

出現の仕方に随分と差がある。

横の方からバケル(バケツ)をさげて出て来て云ひました。

この場面では、「年取った下女」は、使用人という雰囲気が良く出ている。

後段の物言いも、下女の様である。

どこか工合が悪いようにそろそろと出て来て何か用かと口の中で云いました。

最終稿は、下女ではなくて、牧場主の親の様な感じを受ける。

第三稿では

「今晩だめですよ。誰も居ませんよ。」

と、下女は云う。

この物言いには、自分には、何かを主体的に回答する意思は感じられない。

 

そうして会話は続く、ここは、第3稿も最終稿も相違はない

「あの、今日、牛乳が僕ん所へ来なかったので、貰いにあがったんです。」

「あの、今日、牛乳が僕んとこへ来なかったので、貰いにあがったんです。」

 

ジョバンニは積極的に、一生懸命お願いしている感じはするが、「貰いにあがったんです。」

と言う語調に若干の非難めいた感情も感じられる。

 

ジョバンニが一生懸命勢よく云ひました。

ジョバンニが一生けん命勢よく云いました。

 

下女は答えて

「ちゝ、今日はもうありませんよ。あしたにして下さい。」

ここでは、商品がないから、明日、出直してこいと言う語調である。

でも、お客なので、言葉つきは丁寧である。

でも、ここで感じるのは、ジョバンニの家にはわざと配らなかったというニュアンスが感じられる。

 

しかし、最終稿では、答えている老女は、明らかに、牧場の仕事や、その事務等を手伝っていない人であることが判る発言をしている。

「いま誰もいないでわかりません。あしたにして下さい。」

ジョバンニを、卑下して感じさえ受ける。

下女は着物のふちで赤い眼の下のとこを擦りながら、しげしげジョバンニを見て云ひました。

そうして、下女は、着物(洋服の事である)使って、目の下を擦りながら、ジョバンニをしげしげ見て言う。

ジョバンニの服装を見ているのである。

云わゆる値踏みをしていると考えてよいと思う。

この時のジョバンニの気分はいかばかりであったか。

ここで、下女とジョバンニの位置関係を考えてみたい。

下女は、牧場での作業をしている途中で、バケツを下げて横合いから出てくる。

老女は、室内から出てくる。

下女は相対して、たぶん、ジョバンニを若干、見ろしている感覚ではないだろうか?

当時の女性の身長は140から150センチ程度であろう。

ジョバンニが、小学生なら同程度が若干低い程度ではないかと思うのである。

だからこそ、下女は、しげしげと見たのであろう。

 

ところが最終稿では、女の人は、見降ろす形で相対であることが判る。

その人は、赤い眼の下のとこを擦りながら、ジョバンニを見おろして云いました。

 

位置関係を考えると、ジョバンニは、上からモノを言われていることになる。

何となく、ジョバンニの立場が弱いことを示している様にも感じられる。

下女に対す言い方は、それほど強く行っている感じは受けない。

「おっかさんが病気なんですが、ないんでしょうか。」

しかし、女の人に対する言いぶりは、説明的であり哀願している様子が出ている。

「おっかさんが病気なんですから今晩でないと困るんです。」

 

下女の物言いはそっけない。

ただし、お客さんへの言いわけじみた補足的な物言いをしている。

「ありませんよ。お気の毒ですけれど。」

にべもない感じで、とりつく島がない

ただこうすると、ジョバンニが、丘の上に上がって、牧場の人が帰って来ることを待つという理由、

つまりは、丘の上に横になって眠りこけてしまい、「夢の中で銀河鉄道に乗る」という話へのつながりが悪くなる。

下女はもう行ってしまそうでした。

「そうですか、ではありがとう。」

ここでは「そうですか」と答えている。

第三稿の「そうですか」と最終稿の「そうですか」には大きな意味の違いがある。

第三稿の「そうですか」には、「もう帰ります」という意味がある。

ありがとうといいだけで、またあとから来ますとは云えない雰囲気がある。

しかし、女の人の物言いは、牧場主の家族らしく、「ではもう少したってから来てください。」という。

最終稿でも、「そうですか」と答えているが、この「そうですか」には、「あとから来ればいいのですね」という意味がある。

もう少し後から来て下さいと言われたら、一般的に考えれば、もう一度来なければならないという義務が生じる。

そうして、ジョバンニは、来ないとは云っていない。

下女の応対であれば、ジョバンニは、牧場から街へ行き、ケンタウルス祭を見て帰って行くしかない。

しかし、老女の云いぶりであれば、素直に牧場から街へ行き、ケンタウルス祭を見てから、もう一度、牧場へ行けば良いと思ったのであろう。

ここで、初めて、ジョバンニには、時間の余裕ができた。

その人はもう行ってしまいそうでした。

「そうですか。ではありがとう。」

 

ここでは、第三稿の下女の対応に対して、ジョバンニは、母親に牛乳を持って帰れないことを実感して、自分の境遇を考えて涙を流しながら帰るのである。

ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ましたけれども、なぜか泪がいっぱいに湧きました。

もしかしたら、今帰れば、街中で同級生に逢うかもしれない、それも嫌なことだろう。

そうして実際に、同級生の群れと行き合ってしまう。

しかし老女の対応には、一縷の望みが感じられる。

ジョバンニは、お辞儀をして台所から出ました。

だからこそ、最終稿では、台所から出ましたけれども、なぜか泪がいっぱいに湧きました。」

という記述はなくなります。

下女の対応に対する気持ちというか、涙の原因は、以下の様に、非常に説明的に語られている。

(今日、銀貨が一枚さえあったら、どこからでもコンデンスミルクを買って帰るんだけれど。ああ、ぼくはどんなにお金がほしいのだろう。

自分が、活版所で働いて得た銀貨1枚は、角砂糖とパン1斤で終わってしまった。

今の金額で考えれば数百円であろう。

ちなみに、私、この当時、コンデンスミルクがあったことは知らなかった。)

青い苹果だってもうできているんだ。

カムパネルラなんか、ほんとうにいいなあ。

今日だって、銀貨を二枚も、運動場で弾いたりしていた。

ぼくはどうして、カムパネルラのやうに生れなかったらう。

(ここで、カンパネルラとは身分が違うことが判る。)

カムパネルラはえらい。

せいだって高いし、いつだってわらってゐる。

一年生のころは、あんまりできなかったけれども、いまはもう一番の級長で、誰だって追ひ付きやしない。

算術だって、むづかしい歩合算でも、ちょっと頭を曲げればすぐできる。

絵なんかあんなにうまい。

水車を写生したのなどは、おとなだってあれくらゐできやしない。

ぼくがカムパネルラと友だちだったら、どんなにいゝだらう。

(ここで、ジョバンニは、カンムパネルラと友達ではないと語っていている。)

カムパネルラは、決してひとの悪口などを云はない。

そして誰だって、カムパネルラをわるくおもってゐない。

けれども、あゝ、おっかさんは、いまうちでぼくを待ってゐる。

ぼくは早く帰って、牛乳はないけれども、おっかさんの額にキスをして、あの時計屋のふくらふの飾りのことをお話しよう。)

ジョバンニは、せはしくこんなことを考へながら、

 

こんな風に考えながら、ジョバンニは街へ、家へ帰ろうとする。

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銀河鉄道の夜についての考察 ジョバンニの苦境、いじめらる姿について

ご注意

この文章は、宮沢賢治氏が、未完のままに終わった「銀河鉄道の夜」を第1稿、第2稿、第三稿、最終稿への移行を比較検討して、最終稿へ向かった経緯の考察を記載しています。

そうして、美しい友情とたたえられて、劇にも登場するこの二人の関係を、先入観なしに解体して行こうと思っています。

ジョバンニのカンパネルラへの狂おしいような愛惜の念を感じて以来、カンパネルラは、ジョバンニの友人だったのかという疑問への回答を導くための自分の思考である。

多くの研究家が書いているであろう、作品への解説はあえて読んではいない。

そのような状態で、この文章は書いている。

 

「ジョバンニが、虐められている情景」

「かわいそうなジョバンニ」の体験

緑の字は、最終稿

赤の字は、は第3稿

最初に出てくるいじめの情景

「午後の授業」の風景

先生が回答できるであろうことを予想して

「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう。」

というと

ジョバンニは勢よく立ちあがりましたが、立って見るともうはっきりとそれを答えることができないのでした。

ここでは、ジョバン二の性格の一端が現れている。

焦ってしまうと言葉が出てこない。

つまりは、焦ると言葉が出ない。

これは、場慣れしていないかもしれない。

しかし、昔の情景を読みとけば、以前はハキハキと答えていたようにも取れる部分がある。

この場でのジョバンには、気が小さい、度胸がない性格に転換している。

そうして、ジョバンイの後で先生に指名されたカンパネルラが、この後、答えられないのは、ジョバンニへの忖度(笑)からだと、ジョバン二は夢想している。

ここで表現されているジョバンニの性格は、内気な少年である。

後段語られる、道端で、偶然、出会ったザネリに対して、ジョバンニの方から言葉を投げかける姿勢とはちょっと差異があるようにも思える。

現在は気が弱いというか、弱っているジョバンニの心根が、心底弱体化していなことの証明でもあるように考えることもできる。

狂言回しの様な重要な役割を担っている、同級生の「ザネリ」の登場は早い。

ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました

このクスッと笑うという仕草は異常に嫌味な感じを受けるのは私だけだろうか?

わたしの個人的な経験ではあるが、学生の頃、何時も、にやにやと笑っている奴がいた。

この笑いは、何となく薄笑いという感じで、不愉快さを惹起するのである。

ジョバンニは、もうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。

答を、知っているのに言葉が出ないという状況は、あまり気の強い感じはしない。

この作品は、戦前のお話である。

当初は、子供向けに書いてあるように思えるが、稿を重ねるにしたがい、途中から中学生ぐらいを対象にしたような感じを受ける。

戦前の文体の流れで行けば、ジョバンニは、どもり(吃音)の少年に遇される感じがしてならい。

どもりながら、答えられず、クラスの嘲笑の的になったと云えば、何となくこの流れで行けばしっくりと来るのである。

しかし、「どもり」という設定は出てきていない。

「どもり」の少年が、金持ちの優等生にあこがれを持つと云うのは、昭和の時代の漫画的でもある。

「どもり」にしてしまうと、カンパネルラが、ジョバンニの友達という前提がぐずれてしまう。

子供向けの作品であるから、子どもが、ジョバンニに共感を持てなければならないと考えるのは穿ちすぎであろうか?

「どもり」の子供に、読者である子どもは共感はできないだろう。

さて、「ザネリ」は、焦って何も言えないジョバンニを見て、バカにしたように笑う。

ここで、クラスの中では、ジョバン二に対する相反する存在があることを明示している。

「ザネリ」という悪党

「カンパネルラ」という優しい同級生

だが、これは円柱の表面の一カ所に居るジョバン二を起点として考える

ジョバンニの位置から見れば左右に分かれている様に見える「ザネリ」と「カンパネルラ」ではある。

円柱を廻りこんでみれば、「ザネリ」と「カンムパネルラ」はつながっている。

円柱の位置で言えば、ジョバンニの位置から180度ずれたところに表裏一体で存在している存在とみる方がいいのかもしれない。

ザネリは、カンムパネルラであり、カンムパネルラはザネリでもあるということになる。

こう書くと、悪感情を持つかもしれない。

カムパネルらとザネリのグループと、孤立しているジョバンニ

ジョバンニが思う様な心持を、カンパネルラが本当に持っていたのであれば、

なぜ、カンムパネルラは、ジョバンニに対する誹謗中傷を許しているのか?という事にもなる。

なぜ、カムパネルラは、ジョバンニを助けないのか?

私が、最初に読んで感じた疑問はここから始まったのである。

最終稿では、ジョバンニの私生活がよりリアルに描かれる。

しかし、その反面、第三稿で描かれた多くの説明的な部分を隠したともいえる。

最初から、ザネリという、ジョバンニにとっては、気分の良くない存在がいることをわざわざ表明している。

そうして、ジョバンニの存在自体は、クラスの中では浮いた存在、つまりは、虐めの対象でしかないという事を如実に物語っている。

この時、明らかにザネリは、ジョバンニをバカにした風体を取っている。

ここで、ジョバンニが答えると、もっと陰湿ないじめが待っているのかもしれない。

他の同級生は無反応である。

ここで、ザネリがいじめの主犯であることが判る。

ジョバンニが、配達されなかった牛乳を取に行く途中で、ザネリに出会う。

いきなり一人の顔の赤い、

いきなりひるまのザネリが、

第三稿と、第四稿では、出だしが違う。

第三稿では、最初に「ザネリ」という名前はでてこない

「顔の赤い小さな子」としか表現されてはいない

 個人的な名前を出すという事はより近しい感じを現出するというか、具体的になるという事であると思う。

「顔の赤い小さな子」と書くと、何となく、存在自体が、ぼやけた存在になってしまう。

しかし、虐められている側は、常に、虐めている側を認識する。

特に弱い性格ならなおさらであろう。

すると、第三稿では、出会った瞬間に、ザネリを認識できていないと表明しているようなものである。

しかし、最終稿では、最初からザネリと認識している。

それは、いじめる側からの逃走の準備の為である。

合いたくない相手と出会う可能性がある場合、全周に警戒網を曳くのである。

ウサギの耳はなぜ長い?という寓意にも近い。

虐められる側としては、虐める側の人間は、敵でしかない。

敵は、早期に感じるものである。

これは何となくわかるというレベルで語るべきではないのかもしれないが、現実的には、何となく第六感が働くのである。

いじめっ子の存在をクローズアップするためには、最終稿では、最初からいじめっ子である「ザネリ」を認識して偶然会ったことによるダメージをから全力で逃げたい気分がまえにでている。

新しいえりの尖ったシャツを着た小さな子が電燈の向ふ側の暗い小路から出てきて、

新らしいえりの尖ったシャツを着て電燈の向う側の暗い小路から出て来て、

3稿最終稿の共通しているのは 「新しい襟の尖ったシャツ」である。

その後は、「小さな子」は、最終稿では削られる、これは「顔の小さな子」の対比なので仕方がない。

しかし、ここで、ザネリは小さな子でもであると認識できるのである。

ここでは、ザネリは「新しい襟の尖ったシャツ」を着ている。

ジョバン二は、丈の会っていないぼろぼろの普段着を着ている。

一般的な家庭と、そうではない家庭の格差が表現されている。

第三稿で描かれる、ジョバンニの父親が、密猟者なら、所謂水揚げは大きく、一般家庭よりもより多くの収入を得ていたことは想像に難くない。

金にものを云わせることには、皆が首をすくめて通り過ぎるのを待っているかもしれなかかった。

多くの人は、金に頭を下げるのである。

しかし、街の人たちは、ジョバンニの一家の生活を苦々しい気持ちで見ていたとする。

不正な手段を使って金も儲けをして、裕福な生活を送っているという認識を持っていたのであれば、その根源である父親が、犯罪者としてつかまっているという事実が判明した時点で、金に下げていた頭は下げなくなる。

そうして、捕縛されて監獄に入っている状況であれば、二度と不正な儲けで栄華を極め自分たちの上に君臨することは無いことを認識しているのかもしれない。

ひらっとジョバンニとすれちがいました。

ひらっとジョバンニとすれちがいました。

ここでは、ジョバンニは、積極的にザネリに対して、「ザネリ、何所へ行ったの」と聞いている。

ここでは、ザネリとその仲間は、家に帰り、烏瓜を探しに行きケンタウルス祭の祭りの準備をして遊んでいたという前提をであることは容易に想像ができる。

単純に云えば、ジョバンニは活版所で活字拾いのアルバイトをして働いている。

送金が途絶えて、子どもながらに働かなくてはならない立場のジョバン二。

ザネリのように両親が健在で、働かなくともよい境遇の子供.

その対比は、朝は、新聞配達、授業の後、延々と仕事をして、食材を購入し、病気の母親の面倒を見て、子供ながらに八面六臂の生活を送っている子供と、

授業の後は、ケンタウルス祭のために烏瓜を探しに行き、新品の襟の尖ったシャツを着てお祭りに参加する子供。

ジョバンニ以外の子供たちは仲の良い友達と何所かへ行った帰りという雰囲気がある。

ところが、最終稿では、「烏瓜を流しに行くの?」と聞く

これは、虐めの主犯のへのお追従であり、なるべく嫌なこと言われないようにする予防線と感じる

第三稿では

「ザネリ、どこへ行ったの。」

過去の事を聞いている

いじめっ子の年季が入っている証拠は、間髪を入れない「嫌味な文言である」

「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ。」と投げるように云うのである。

これはたぶん、ジョバンニが、虐められる側はではなかったころ、おおい張りで

「お父さんから、ラッコの上着が来るんだ。」と吹聴していたのであろうことは容易に想像がつく

以下の部分で、第三稿も最終稿も記載内容に変更はない。

行き合った瞬間に、ザネリと認識していないのであれば、「ザネリ、どこへ行ったの?」とは聞く暇もなかろうと思う。

だからこそ、最終稿は、最初から、ザネリと認識をして、ザネリに先制攻撃を掛けるべく準備をしていたと考えれば、逢った、次の瞬間に、ジョバンイの方から声を掛けることができると考えるべきであろう。

ザネリと認識していないのであれば、ザネリの「ラッコの上着が来るよ」という言葉を矢のように突き刺されて終わっていたはずで、ジョバンニの心の負荷はより大きなものであったと感じのである。

ジョバンニがまだそう云ってしまはないうちに、 

ジョバンニがまだそう云ってしまわないうちに、

「ジョバンニ、お父さんから、ラッコの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。

「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ。」その子が投げつけるようにうしろから叫びました。

以下の文章で、ジョバンにとって、この言葉が大きな棘であることが判る。

言い換えれば、それほどまでに有頂天になって「お父さんから、ラッコの上着が来るんだ。」と吹聴していた左証ではないかと思う。

ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思ひました。

 ジョバンニは、ばっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るように思いました。

そうして、第三稿では、ジョバンニのお父さんから「ラッコの上着が来ない理由が語られる。」

第三稿で語られる、ジョバンニのお父さんは、より明確に、密猟者で、人にけがをさせた犯罪者という位置づけである。

しかしこの位置づけは、あとから困るので、最終稿では抹消されたことがよくわかる。

ジョバンニお父さんが、金のために密猟をして、人を傷付けた犯罪者であれば、カンパネルラのお父さんはお友達でいるはずがないと気が付いたのであろう。

犯罪者と云い切ってしまえば、ジョバンニの不幸などん底の感お漂う日々の生活はより明らかになる。

しかし、最後のつじつま合わせには、犯罪者と云い切ることを避けさせたのだと思う。

ジョバンニの家の生活苦は、お父さんからの送金が途絶えて久しいことをあらわしている。

 だからこそ、お祭りの日、つまりは「ハレ」の日でありながら、ジョバンニはぼろぼろのふだん着のままでいる。

そうして、みんなが町の広場にあつまって、一緒に星めぐりの歌を歌ったり、川へ青い烏瓜のあかしを流したりする、たのしいケンタウル祭の晩なのに、授業が終わってから、活版所で写植を拾い、

家に帰れば、病気のおっかさんがのむ牛乳が配られて来ていないので、下の町はづれにある牧場まで取りに行かねねばならないでした。

はずれと云うのだから、結構な距離なのだろう。

道行は楽しくはないだろう。

苦役に思えるかもしれない。

本文以下の通り

なぜならジョバンニのお父さんは、そんなラッコや海豹をとる、それも密猟船に乗っていて、それになにかひとを怪我させたために、遠くのさびしい海峡の町の監獄に入っているといふのでした。

ですから今夜だって、みんなが町の広場にあつまって、一緒に星めぐりの歌を歌ったり、川へ青い烏瓜のあかしを流したりする、たのしいケンタウル祭の晩なのに、ジョバンニはぼろぼろのふだん着のままで、病気のおっかさんの牛乳の配られて来ないのをとりに、下の町はづれまで行くのでした。

以下の文章で、ジョバンニが、ザネリを恐れていながら、取り巻きがいなければ、ザネリ本人は弱い人間とおもっている。

それに、以前はバカにしている対象だったのだと思う。

「何だい。ザネリ。」とジョバンニは高く叫び返しましたがもうザネリは向うのひばの植った家の中へはいっていました。

(ザネリは、どうしてもぼくがなんにもしないのに、あんなことを云うのだろう。

「ザネリはどうしてぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのだろう。

以前はバカにした存在だったと思うのは、「走るときはまるで鼠のようなくせに。」と思うからである。

そうして、心の叫びは、自分が今はなにもしていないのにもかかわらず攻撃されているのが許せない感じがあり、最終稿ではわざわざ「ぼくがなんにもしないのに」とついつい書いてしまう

けれどもあんなことをいうのは、ばかだからだ。」

ぼくがなんにもしないのにあんなことを云うのはザネリがばかだからだ。」

つまりは、ジョバン二にとっては悲し境遇が説明されていると感じられる。

20190726

20170727加筆

 20170729 加筆訂正

 

 

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古いトヨタ車でこまってることが有ったら!

先日 TAM meet会場会場で、大きな声では言えませんが

トヨタ博物さんから

「古いトヨタ車で一番困ってるのは何ですか?」という聴き取りがございました。

私以外は、ヨタオーナー1名

クラウン、スープラ(70かな?)の方から申し出があったようです。

ヨタの方(トヨタ在席の方です)は、ブレーキのマスターがほしいと・・・

博物館さんから、私に「ブレーキマスター」いらないんですか?

わたし、2個持っているかとりあえずいい

それよりも、インナーキットの復活と特殊ベアリング(特にエンジン)のお願いをしました。

エンジン用のベアリングは、NSKは在庫を持っているそうです。

トヨタの特殊品番で、特別管理対象で、どこかの人が以前、直接買って、ヤフオクで売りさばいていたので、全国管理で、一般向けの販売は禁止となったようです。

名古屋市内の大手の代理数社に顔に聞く方を経由して聞いてもらいましたが、ダメでした。

トヨタさんの今後の展開を期待しましょう。

復活できないヨタの多くは、ブレーキ関係の整備が出来ないということらしいので、ベアリングよりも、ブレーキのアッセンブリー、インナーキット、各パーツの販売の復活を望みたいですね。

ベアリング鳴っててても、人は死にませんが、ブレーキに問題があれば確実に人は死にます。

その辺を考えてほしいなぁと思う。

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2017 TAM Meet 本日、開催です

本日 トヨタ博物館で CAR GRAPHIC CLUB 中部支部主催のTAM meetが開催されます。

天気は薄曇り

でも昼から雷雨注意だそうです。

オープンは、昼から閉めた方が良いかもしれません(←自分の事です)

スケジュールは以下の通り

特別ゲストが、阪CG三代目編集長が追加となりました。

CG展示車は、レクサスLCがドーンときます。

あとは、アウデイRS7となります。

(これが終わると、次は、自分のツーリングの計画が始まりますが・・・多少は、ブログの更新ができるようになるかなぁ?という気がしています。

仕事が多忙で、精神的に余裕がなかったの滞り気味です。

自分の宗教観を、まとめていると、逡巡している自分お姿がよくわかります。)

スケジュールは以下の通りでございます

スケジュール

7月9日...

09:30~ 受付開始、割引券交付

11:00  館内ツアー
山田耕二(トヨタ博物館元学芸員)氏による博物館収蔵車解説ツアー
CG掲載車の解説(4から5台)15名程度
本館トヨダAA型セダン前に、10時55分までに集合してください。
なお、トヨタ博物館への入場券が必要です。

12:30 駐車場にて集合写真撮影

13:00から14:30
雑誌CG 55周年記念 読者の語るCGについて(講演会)
テーマ
カーグラフィック55周年記念

読者が語るCGと私

中部支部会員によるCGと私について語ってもらいます。

(特別ゲスト カーグラフィック社 加藤哲也代表取締役)

~16:00 終了

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2017 TAM meet

毎年恒例のTAM meetでございます。

今年は、CAR GRAFIC創刊55周年記念です。

だからというわけではありませんが、テーマは

CAR GRAPHIC 創刊55周年記念

どんな車でのご来場も可能です。

入退場は自由です

ただし、誘導員の指示には従ってくださいね

講演は、読者3名

一番若い子は、大学生

自動車メーカーの設計者(現役)

日本車輛で特殊車両の設計製造にかかわっていた方(すでに退職)

主題は以下のような点に絞ってもらいました

どうして、CAR GRAPHICを読むようになったか、出会い

影響を受けた記事等々を語ってもらいます(w)

スケジュール

7月9日...

09:30~ 受付開始、割引券交付

11:00  館内ツアー
山田耕二(トヨタ博物館元学芸員)氏による博物館収蔵車解説ツアー
CG掲載車の解説(4から5台)15名程度
本館トヨダAA型セダン前に、10時55分までに集合してください。
なお、トヨタ博物館への入場券が必要です。

12:30 駐車場にて集合写真撮影

13:00から14:30
雑誌CG 55周年記念 読者の語るCGについて(講演会)
テーマ
カーグラフィック55周年記念

読者が語るCGと私

中部支部会員によるCGと私について語ってもらいます。

(特別ゲスト カーグラフィック社 加藤哲也代表取締役)

~16:00 終了

お時間があれば、参集していただければ幸いかと思います。

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