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ちょっとした疑問 飛燕の表面処理について

以前撮影をした飛燕の写真をまじまじと見ていると、何となく塗装ではなくて、パテぽい感じの残滓物が見える。

パテなんか使うのか?という疑問があった。

_dsc7502

 

すると、川﨑重工業の本に、各務原工場の話として、パテを使って方面を平滑にするという記事が有った。
30キロぐらい塗りつけて、削って、平滑にする。

 

パテは、数キロ分ぐらいは機体にの残ると書いてあった。

 

これは元々、中島飛行機の工場の真似だそうである。

 

すると、中島飛行機でもその様なことを行っていたということになる

郷土史の本位珍しい写真が有った。

 

97戦を整備学生と女子学生が整備している写真である。

 

各務原の整備学校内の写真らしいが、女子学生が参加している点から、18年から19年ぐらいではないかと思う。

 

他にも、95式戦闘機を整備している写真が有った。

 

Dsc_00161

 

ここで注目したいのは、胴体にパテの補修の様な跡が見えるとこである。

 

クルマの修理でへこんだところにパテで修正している様子にそっくりである。

 

でちなみに、戦前の航空機の塗装法という本には、鋲着部及びその他の凹部には飛行塗装用の「パテ」を2回乃至4回をもって塗付す。

 

「パテ」付部分を砥石又は耐水紙鑢(紙やすり)にて水砥ぎを行うと書いてあった。

 

107

 

パテ、水砥ぎは一般的であったという事である。

 

 

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著作権に関する管轄裁判所は、名古屋高等裁判所とする。

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コメント

初めまして。
良い写真群をフェイスブックにて知って訪れました。色々な写真を掲載下さりありがとうございます。
飛燕のパテですが空宙博の以前の展示場所、知覧に搬入時に修復の為に凹み部分に使用されています。
飛燕に使用されたかは未確認ですが、当時のパテとして塗料と同じ成分でパテを使用していた痕跡は三沢航空宇宙博物館展示の一式双発高等練習機(キ-54)の主桁の段差を埋める部分で確認されています。

投稿: A6M232 | 2020年4月12日 (日) 12時44分

博物館と川崎重工業の見解は、飛燕の表面パテは戦後のものという見解です。
川崎の機体でも結構パテは使っています。
各務原整備学校で、97戦の修理風景では、パテもりをした写真が残っています。
(各務原の郷土資料の本に載っていました。)
川崎の技師が、表面を平滑にするためパテを山のように盛っても、平滑にするとほんのわずかしか残らないと書いていました。
パテもり技法は、三菱航空機の技師から教わったという事です。
昭和17年(だったと思うのですが)、「自動車と航空機の塗装法」とい本に、パテもりの技法が書いてあります。
(この本は、ハフ部分へのドープ塗装法が書いてあります、模型では布っぽい表現ですが、布の目地は見えなくて平滑です。
 各務原の飛燕の補助翼は、ハフを博物館で再現、塗装しています。
 この塗装の本のコピーは、渡しておきました。)

投稿: かっぱ | 2020年4月16日 (木) 20時32分

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