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銀座 白ばら 閉店なんて・・・・

銀座の「キャバレー白ばら」は来年の1月で閉店とのこと・・・

残念です。

わたくし、銀座が好きです

田舎者なので、銀座が好きです。

随分と様変わりしても銀座は銀座です。

初めてのキャバレーは、「白ばら」でした。

ある時、戦前からあるお店が好きという話題になった時に、昭和6年から営業しているキャバレーがあるよと教えてもらいました。

教えてくれたのは、ある呉服店のお嬢さんで、ついて行ってあげるというのである。

キャバレーのイメージからすると女性客がいくのは、いいのか?という気がしたが、そこは、10個近く年上のお嬢さんだったのでそこは、

「あそこなら大丈夫」というので

ついて行きました。

レビューのあるお店で大変、華やかな感じがしました。

でも流石に、10回ほど行っただけでしたが・・・

無くなるのは残念です。

バールパンは、それこそほぼ毎日通ってましたね。

サンスー・チーは、1週間に1回ほど

和蘭豆(わらんず)では、締めのコーヒーを楽しんでおりましたねぇ。

適当に、雑談をして、銀座の夜を撮影するのも好きでしたねぇ。

白ばらは、撮影をする勇気はなかったですね。

バールパンのマスターも引退していないし、大ママは1回しか会えなかったけど貫禄だったなぁ・・・

若くないのでもう行けないような気もするが、もう一度、死んでしまった友達、数人と別々に行きたいと思うことが有る。

ある友人とは、銀座の地下駐車場から車をだして、夜の宮城の横を走り抜け、六本木近くまで行き、途中で、暴走バイクに絡まれて、夜の環八まで追撃したことをふと思い出したりした。

彼も、亡くなって7年経つ

有る友人は、日比谷公園の中を歩きながら、「ねぇ、結婚したいと思ったことが有る?」と聞いて来た。

彼女は、「私、彼から見ると、年上なんだよね。

だけど結婚したい年下の人が居るんだけど、彼が優柔不断なの、どうしたらいいと思う?」

と聞かれた時に、

「素直に言えばいいんんじゃない?」

というと

「うーん、でもちょっと病気が見つかってねぇ直るかどうかわからないから云えないの」

「病気て?何」

「女の人しかならない病気」

「胸とか、子宮とか?」

「そんなとこかなぁ」

「手術するの?」

「しなきゃ死んじゃうもの」

「何時?」、

「来週、◎◎医大でねぇ」

「来週のいつ?」

「うーん平日だから、いいよ無理しなくて、木曜日かなぁ」

「夜でも、お見舞いできるの?」

「できると思うよ」

「じゃ、金曜か、土曜にでも行くよ」

「いいよこなくて、お父さんか、お母さんいると思うから」

「じゃぁ期待しないで待っててね。」

「うん、でも、やっぱり鈍感だなぁ、他の事には敏感なくせにねぇ」

と言われた。

彼女は、その後、1年ほどで、亡くなった。

有る友人は、「親父使っていたカメラ探してるんだけど」と云った。

聞けばNikonの古いのであった。

云わゆるコンタックス型で在った。

銀座のお店を、いくつも廻ってようやく見つけたら、結構なお値段であった。

当時の、ライカのM6の新品のセットが買えるような値段であった。

でも彼は、それをサクッと買った。

「すごいなぁ」というと

「古本に、百万円出す奴の方が気がし知れない」と言われた。

帰りに、BAR Lupinへ寄ると、暗い話を聞かされた、

彼のお父さんはもう危ないらしかった。

お父さんもお母さんもガンであった。

夫婦並んで介護ベッドに眠り

朝と晩御飯は、3人で食べるために、介護ベットとベットの間の空間にテーブルを置いて

食事をしてるんだと云った。

「親父がね、Nikonのカメラが、友人に貸したら、友人もろとも雪山から帰ってこなかったなぁ、としきりに云うのんだ。聞けばNikon だというので、Nikon Fを買って帰ると、これの前の奴だと云うんだ

窓が大きくてと云うんで、判らんからごソクロ願った。」

(Nikonん資料を持参して、どれか聞いてからの買い出しだった。)

どうも、彼のお父さんは、カメラよりも、その時に、その死んでしまった友人と一緒に山へ行くはずであったが、行かなかったことを悔いている様だった。

彼は、両親が亡くなると程なく、「寂しいほど一人だと」という文面を残して死んだ。

みんな、銀座での思い出が多い。

また寂しくなるなぁと思う。

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あるジジイ

有るジジイがいる

まあ、現実世界では、年に1から数回しか会わない。

ネットでは、ほぼ毎日見られるのではないか?

友達?でもない思う。

このジジィ時々暴言を吐くのである。

で、よく考えてみた。

このジジイの暴言を。

すると、私の友人某には、〇〇君と呼ぶ

私は、呼び捨て・・・

もう一人の友人は、なぜか、さん付け・・・

ダイの大人を呼び捨てにする気が知れない。

その人の感覚では、親密だから?OKなのかもしれないが?

その時々の言葉尻を考えると、親密感ではなくて、バカにしてるんだろうなと思う。

個人的な意見を言わしてもらえば、基本的には呼び捨てにはしない。

友達でも「さん」づけである

仲の良いあだ名で呼ぶ人は、あだ名で呼ぶ。

それか、「○○ちゃん」とかである。

では、君づけで呼ぶ場合はどうか?

余程の年下で無ければそん事は云わない。

まぁ、社会生活を殆ど自営業で過ごした方らしいので仕方がないかなぁと思う。

基本的に呼び捨てにはしない方がいいと思う。

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スバルまで・・・・というか、日産に従属していた期間が・・・

日産いつづいて、スバルまで・・

とはいえ、スバルは、以前、日産の支配下にあったから仕方ないかな?

スバルも、資本力が弱くて、日産の子会社になったのであるが、日産よりもよほど技術力はあったのではないかとおもう。

ノックダウンメーカーと、自社開発の差は大きいと思うのだが・・・ねぇ

トヨタの子会社になっても現場の体質はなかなか変わらないという事の査証でもある。

前にも書いたが、日産が嫌いである。

補足的なことを云えば、日産車に乗っている人間が嫌いだった。

土建屋のオヤジとか、チンピラ臭い兄ちゃんが嫌だったこともある。

基本的には、なぜかチンピラ臭い人が多かった。

(トヨタの嫌いな人は、クラウンのオーナーのオラオラ感が嫌いだというし、最近では、プリウスのオーナーが高速道路の追い越し車線を延々と100キロで走るから嫌いという人も多い、外車のオーナーに多いよね・・)。

なぜか、暴走族の兄ちゃんの車も日産が多かった。

スカイラインローレルの改造車が多かったなぁ・・・と。

アンまりスバルで暴走と云うのは、インプレッサで山の中を暴走する人はいる(いた)が、紫色でラメ入りで・・・と云うのはあまり見たことがない。

トヨタだと、マークⅡ、クレスタなんかで見かけたような気がする・・

それに、日産の社員生の愛車が、トヨタという人が意外と多くて驚いたことが有る。

フェアレデイ(今の前の型)が出たときに、冷やかし半分でカタログを貰いに行ったことが有る。

駐車場が混んでて、社員用の駐車場へ案内された。

すると、こうずらーとトヨタの車が並んでいた。

お客さんの車かな?と思ったのであるが・・・翌週、買う気満々の友人と再度訪れたが、先週とほぼ同じ顔触れの車が並んでいた・・・

これって・・・日産の販売店の従業員は、自社の車を買わないのか?

という疑問を持った。

私は、ちょっと困った人なので、翌週も、駐車場を見に行った・・・・

すると・・・やはり、トヨタのセダンが並んでいる・・・・

三週間も続けて同じ客が来ている可能性はない・・・

大体、店頭には客は全然いなかったからである。

この時思ったのは、自社の車を買わない社員にもあきれたが・・・販売店の車よりもトヨタの方がいいから、自社の車を買わないと?という事かと思った。

聞くと、日産車は当たり外れが大きいと云う事であった。

いい車はすごく良いが、ダメなのは全然ダメと言っていた。

かの人は、ブルーバードには、510から10年ほど前まで乗り続けて居た爺さんがそう述べていた。

スリーSはダメだったなぁ・・ラリー見て買うと、本当に失望するからと言っていた。

何が一番いいのですか?と聞いたら、ノーマルのセダンが一番壊れないし、性能は安定していると述べていた・・・

なぜ、製品のばらつきが大きいのか?

公差が多めにとっているという事を言われたことが有る。

トヨタと日産のパーツを比べると、トヨタの方が精度は高いそうである。

パーツの精度のばらつきは非常に小さいとという事であった。

日産は・・・ピストンの重さのバラツキも結構あったという事である。

それは、精度をあげれば、工場労働者の負担が増える・・・だから、精度は上げなくてもいい。

大切なのはユーザーではない、組合員である。

労働者の負担がい増えることは極力しないと云いうことが一番大切であったそうである。

大体、日産は、労働組いが強すぎて、社長よりも権限があったとも揶揄されている。

日産の子会社は、なぜか、会社の体質がダメになる傾向がある。

愛知機械という会社がある。

戦前は、晴嵐を作り上げた会社であり、戦後は、コニーを生産していた会社である。

今は日産の子会社である。

社内には、やる気のない社員が多数いるそうである。

雰囲気もだらけ気味

その下の子会社になると、愛知機械の使えない社員が押し込まれる・・・

何だか、聞いていると大変な人が多いらしいことに気が付く。

大丈夫か?と思うこともある。

今は車を作ってはいないが・・・

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選挙終わったんで・・・

選挙が済んで、ひとしきり。

うちの選挙区に、笑った顔しか載せてない不細工なオッサンがいる。

旭丘高校(名古屋ではオール5ぐらいじゃないとは入れない高校)から東大、金融機関のコースで、なぜか、国会議員

以前、居た議員は、ある団体からの献金が問題になり離党して落選・・・

無所属で、数回出たけれども落選

笑った顔のおっさんは、はっきり言って気持ち悪い。

テレビによく出てくる大食いのデブに似ている。

献金問題で辞めた議員の選挙ポスターも、ものすごく」若い感じを醸しているポスターだったが、実物は、マンガによく出てくる「いじめられっ子」の典型みたいな感じだった。

イラストも、笑った顔で愛嬌を振りまいているが、なんか気持ち悪い。

色んな政治家のポスターを見てきたがここまで生理的嫌悪感を抱かせるポスターも珍しいと思った。

近所の同級生の家にも貼ってある。

K君の実家である。

民進党(旧民主党、立憲民主党?、希望の党?)支持者である。

元々は春日一幸の民社党の支持者だったうちである。

名古屋は、どうも、春日一幸氏の民社党の流れがあり、その系統はなぜか強い。

某赤松は、県議時代から下らない質問をするので有名であった。

リベラルとか言いっているが、親の代から社会党左派である。

立憲民主党の方々は、リベラルという言葉が好きなようであるが、実際は、極左翼である。

枝野君自身は、核◎派と関係が深く、献金まで受けている。

マスコミは、韜晦するのが好きなで、民主的なイメージを与えようとして「リベラル」と云うのであるが、実際は、社会党左派みたいな感じである。

面白いのは、某河村市長は、春日一幸氏支持を受けていたと主張しているが、故人の家族は、勝手にそういっているだけと反論している。

某河村市長のインチキ臭い名古屋弁であるが、彼の中学の頃の同級生曰く、

「若いときに、名古屋弁なんかつかっていなかった。」という事も仄聞している。

つまりは、千に三つも真実がないことを「千三つ」というが、河島君の云っていることにどれだけ真実があるのか?

本当のことを言ってくださいと聞いてみたくなる

三島由紀夫の作品に「荒野より」という短編がある。

侵入者の若者が三島に投げ掛ける言葉がある。

俗物の河村に向ける言葉は、私にはない。

が、バカの様に尻馬に乗り「三都」などと抜かして尻つぼみになると、サッサと逃げる姿は、「恥」を感じさせない。

最近、自身の無力さを感じているのでははないか?

話は戻るが、気持ちの悪い顔のポスター拡大版は、ネットでも壊れてると云って話題になったが、実際、駅でラガーシャツ来て手を握りに来る姿は醜悪であつた。

思わず、手を大きく振り貼らう仕草をして、寄るなと手であいさつしてやった。

民主党➡民進党➡希望の党・・・・

旧民主党の候補者のポスターでイラストの人を時々見かけるが・・・本物の人相は悪い。

所謂、悪相が多い・・・

なんでなんだろう。

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思う事

最近、テレビの報道姿勢がひどいと思う。

獣医学科の設置問題を、あそこまでよく捻じ曲げて報道できるものだと思う。

マスコミの自分たちの都合の悪い事、つまりは、前川元事務次官の自作自演は擁護するが、安倍首相が全然関係ない点が判明するような証言は一切無視するのである。

民進党に都合の悪い事は報道さえしない。

旧民主党政権時代の始まる前のTBS等の菅●人をよいしょする態度はひどかった。

だいたい、市川房江の様に、婦人の権利拡大の為なら、軍部と手を組んだ奴でも何でも利用できるなら利用したのが、菅直●である。

大震災の時に、バカな対応をしたことで化けの皮ははがれたが、まだ国会議員で存在している。

民主党政権は、中国人を閣僚にして、中国の頑張っている分野で日本が先んじることがないように策謀をめぐらした。

小●一郎は、新明和の飛行艇(US-1)の設計図を無償で中国に渡している。

中国は、独自開発と云いながら、US-1のまるっきりコピーの機体を製造している。

飛行艇の設計も運用もしたことない国が、いきなり作れるわけはないのだが、小沢●郎が手土産気分で、渡している。

許し難いことではないか?

前川事務次官は、自分が首になったことを逆恨みしている事はよくわかる。

天下り先の確保、要は自分の天下り先を確保することも目的だっただろう。

事務次官で、風俗店通いをしていた時点で、通常、役人としてアウトであろう。

しかし、役所で風俗大好きな人もいる

金津園へ毎月1回から2回必ず行っていた人もいる。

でも、仕事はそこそこで、飲みは付き合いが良かったので、ぐんぐんと出世して、支店長で定年になった人もいる

仕事の出来不出来でなくて、飲める飲めない、飲んで仲良くなれる

つまりは、自分に、逆らわない。

決定的なのは、自分より頭が悪い人間を登用する。

例えばある職場には、35から40代の職員がいない

その年代の人は、全体的な採用の減少時期で、その年代は人手不足である。

基本的には本店は機能さなければいけないので、当然の様にその年代は本店勤務となる。

割を食うのは支店である。

15年ぐらい前に、時の本店の課長が、10年後から支店には、中堅どころは居なくなる

年寄りと、若いのしかない無くなる。

だから、若手の促成栽培をしなければならないとといっていた。

が・・である

促成栽培した優秀な若手は、こぞって本店へ引き抜かれて行く・・・

支店いいるのは、所謂カスが多い。

うちの支店は、隣の一般担当は課長を入れて6名

新人2名、

出向者1名、

入って5年くらいで、育児で時間短縮のおねえちゃん1名、

本店から来たおばさん(支店経験ほとんどないから戦力外)

課長も本店が長いので・・・・どうなんだろう

プロパーは、うちの独立愚連隊の2名のみ・・・・

うーん

先が思いやられる今日この頃・・・ではあるが

となりの課長は、独立愚連隊は関係がないと言い切るので、自分お仕事だけしておけば良いかなぁと思う。

閑話休題

マスコミの姿勢がひどいのは今に始まったことではない。

印象操作をする。

民主党政権ができたときに酷いの一言に尽きるのである。

何となく、夢よもう一度、という感じでもある。

朝日新聞もひどいが、中日(東京)新聞がひどい。

まさに印象操作に終始していた。

現在もそうである。

しかしね、ネットのお蔭で、国会中継もネットで見られれて、新聞の書いてる嘘がどんどんばれて来た。

マスコミには、報道しない自由があるそうである(笑)

自分達が支援するグループの都合の悪いことは書かない、報道しない。

自分達が嫌い根連中の事は、どんな些細なことでも、ウソでも何でも書き立てる

そうして真実ぽく見せる。

それを流布し続ければ事実になると思っている。

慰安婦なんて言葉もそうである。

朝日新聞の書いたウソが、流布して、半島に強請りのネタを与えて喜んでいる。

嘘だとばれても、小さく訂正したのみである。

昔から、ねつ造は得意だから、現在進行形でねつ造することは気にならないのだろう。

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やっちゃったね にっさん?(補記しました)

私は、基本的に日産自動車は嫌いである。

ダットサンは好きだったけどね。

母親の最初の車は、大学時代に通学用にと買ってもらったのが、ブルーバードであった。

がそれが、最初で最後の日産車

祖父は、ダットサンで往診に出かけていたから、縁がない訳ではない。

(ちなみに、このDCをバラらして、鉄くずにして捨てたのも私である・・・)

うちの近所の日産の販売店は、いつも何だか汚らしかった。

プリンスが、合併後、日産になると、当たり前だが、プリンス店の看板が日産プリンスになった。

近所の薄汚かった日産店はそのままだった。

しかし、程なく、汚かった店に、堂々と真新しい「技術の日産」という看板が掛かった。

私が、日産を嫌った、というか、嫌いなのは、プリンスと合併して、直後に自社に技術もないのに「技術のプリンス」の看板を簒奪して「技術の日産」と書いたことだった。

当然子供の時である。

私は、なぜか、今で云うところの飛行機オタクだった。

あんまり読めない飛行機の雑誌を読むと、プリンスは、中島飛行機の末裔と判っていたた。

プリンスの車、54とグロリアが近くに居たので、かっこいい感じだった。

当時のG型エンジン(メルセデスのコピーですが・・・)を生産していたし、そのエンジンは評判も良く、耐久性もあった(ただし、重くてしょうがない・・・。)。

しかし、日産は、独自に開発することもなく、アルフレッドストーン氏による、英国のエンジンの模倣をした((ストロークを変更しただけ)エンジンを作っていた。

このことは、耳学問として知っていた。

大体、プリンスグロリアスーパー6は、かっこよかったもの・・・

当時のセドリックは、何となく、どん臭かった(とつて付けたようなモールである。)。

大体、初代のサニーは、かっこ悪かった。

できの悪い欧州車の様だった。

ノーズのつんと出たカローラの方が速そうであった。

私の感覚では、自社ではろくなエンジンも作れないくせに、偉そうにと思ったのは事実である(嫌な子供である。)。

時々、GTRの好きな人は、日産には「RE26」(R(R32からR34までのGTRのエンジン)がある!

という云うが、基本的には、G型の発展形の、L型と数値の内容的は同じである。

日産が、独自に開発した、ではなくて、日産が改良したエンジンである。

閑話休題

で、

日産は、無資格検査が判明した後も、監督官庁の指導後も、無資格検査を継続していたというではないか。

無資格審査がばれた時点で、普通ならば、無資格審査を止めるはずである。

でも平気で、継続する。

図々しいのか、バカなのか?

これは、「やっちゃって、やっちゃった日産」というべきである。

原因は何だろう?

日産自動車の倒産に瀕した原因の一因は、労働組の横暴であった。

労働組合が、意外と、非常に強い会社である。

戦後、共産党が入り込んで、戦闘的になっていた組合である。

何処の会社でも、共産党員は、最終的には排除した。

だが、日産は、共産党員の排除は成功したが、一部その細胞は残り、かつ、共産党的な攻撃精神は残してしまった。

これには、ダットサンというブランドと日産というブランドの関係もあるかもしれない。

ダットサンは、小型車

日産は、大型車とトラック

ダットサンは、独自の開発で自動車を作った。

(オースチンセブンのコピーに近いが努力はしている。)

日産は、米国の倒産しそうだったグラハムページの生産設備を、トン幾らで購入した。

その設備をすべて、日本に運搬して、日産70型(乗用型)と日産80型を生産するようになった。

設備の移送稼働時には、70型はホイールカバーがグラハムのままであったともいう。

日産、70型のホイールカバーは、最初は、グラハムの金型をそのまま使ったので、グラハム時代が超短期間あり、Nissanがある。

敵性外国語排撃で「ニッサン」になっている。

現存しているセダンの70型(日産自動車所有)とフェートン70型(トヨタ博物館収蔵)の2台ともにカタカナのニッサンである。

(この件を、あるサイトで書き込んだら、日産の社員が、かみついて来た。

 なぜ日産の社員と判ったか、フェイスブックなので、職業がご丁寧に書いてある。

 まぁ、フェイスブックで勤務先が書いてあるのにもかかわらず、けんか腰で来るのは、頭が悪いなぁとお思うのと同時に、こちらが何者か判らないのに喧嘩が売れるその態度である。

 そのお方は、日産にとっては、グラハムよりも、オースチンとの技術提携の方が意味があったと来てきて、ホイールカバーは、最初から日産だったと主張した。

 その根拠は、当時のカタログ・・・だと云った。

 それに、80型(トラック)の事だと思っていたようである。

 ここで、日産の社員の反応で愚かだと思ったのは、「カタログで確認している」と書いて来た事である。

 考えてもみよう

 当時のカタログは、手で書いた「絵」である。

 参考資料としては貴重ではあるが、実物の資料としては、車本体が、当時カタログ通りだったかは判らない。

 また、日産がバカにされたと思い、愛社精神で文句を言ってきたかもしれない。

 まぁ、バカにしてるんですけどね。

 が、プリンス自動車が生産した車に、展示車とはいえ「日産」と堂々と描くのは如何なものかと思うのである。

 日産とプリンスで生産がかぶっていたのであればいざ知らず。

 まったく生産に関与していない車を、「日産車」として展示するのは、何となく図々しい感じがする。

 せめて「プリンス(日産)」でもよいと思う。

 その逆でもOKではあると思う。

 大体、日産は、プリンスの車を大切にはしてこなかった経緯がある。

 25年ぐらい前で、プリンス時代の車のパーツは一切、供給していなかった。

 日産時代の54のブレーキのゴムパーツが出た程度である。

 合併前のパーツは何も出なかった。

 でも、みじめな歴史からの脱却が望ましく、栄光の歴史がほしいので、プリンスの歴史を簒奪してやまないのである。

 ちなみに、その車はとは、プリンスの「スカイラインスポーツ」である。

 個人的には、プリンスの車は好きである。)

 脱線ばかりしているが・・・

 まあ、日産の生産システム遅れたのも(インチからセンチへの変換は戦後である。トヨタは昭和17年に変更、ソキ車の図面はセンチ表示である。)

 新車投入が遅かったのも(組員の負担が増えないように新車投入は遅らせた)

 トヨタに、さえ勝てれば(販売台数で?)、それですべてがOKという態度だったのも。

 根底に、法令を守らないは、法律を軽視する共産主義ファシスト的な観点があるからだろう。

 今の共産主義ファシストの行動を見ていると、戦前のナチスによく似ている。

 沖縄で行っている行為は、まさに、ナチス的である。

 そういった考えが根底にある日産の労働組合は、基本的には自己中心的な腐った考え方が有ったことは否めない。

 日産が潰れそうになった時に、社員の感覚は、「うちはつぶれっこない。」で、それほどの危機感はなかったそうである。

 丁度、三菱自動車の社員も、労働強度不足の時も、燃費の誤魔化しが発覚したときも、同じような感覚だと聞いている。

 「つぶれっこない」本当にそうか?

 トヨタはどうかというと、先日聞いたばかりであるが、社内的に「うちはいつ潰れてもおかhしくないから」という事を幹部は常に持っているという事である。

 この差が、いろんなところに出てくるなぁ・・・と思う。

20171021初出

20171022加筆訂正

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どうでもいい記事

芸能人の子供が犯罪を犯すと、「○○の三男が××」とかの記事が出る。

芸能ネタなんだろうが・・・はっきり云ってどうでもいいと思う。

芸人(遊芸人)、役者、女役者、河原者のゴシップなんてどうでもいいと思うのだが?

しかも、物まね芸人の子供がどうした?

女優が不倫してました。

離婚もせずに男がほしいのは性欲の問題だから、その手の男性がいれば済む話である。

ある女性がいた(いたという表現でいいと思う。)。

結婚したのは、29歳

御主人は、確か、一回り12歳年上、

当然、離婚歴のあるええ男で有った。

25年ほど前の事である。

有る絵画教室で、この女性と知り合った。

当時38歳、私とは一回りちがっているお姉さんだった。

ある時、ヨタに乗って教室に行くと、先生が、懐かしいねという話をしていると彼女が出てきた。

「これ、トヨタスポーツ?、ヨタ八だよねぇ」と嬉しそう。

「ねぇねぇ、今日車じゃないんだ、名古屋駅まで乗せてくれない?」

荷物はあまりないのでトランクに入るレベル。

「家、何所でしたっけ?」というと

東区だという

まあ詮索せずに、名古屋駅で下ろした。

それから、クルマが好きだったのでいろいろと話をしたことが有り、美術館にも時々一緒に行ったことが有った。

彼女には、少し若い彼氏がいた。

気が付いたのは、時々、教室が終わると、いつもと違う方に行くと誰かが迎えに来ていた。

ちょっと特徴のある車だったので、街中で見かけることが有った。

若いといっても、自分と同じぐらいだった。

旦那さんは、40代と聞いていたので、それを見てから、ちょっと接近するのを止めていた。

教室にもあまり来なくなった

半年ほどして、講座が終わるころ久しぶりに、教室来ていた。

彼女は友達と話をしていたので、そのまま無視していた。

すると、教室がおわって、追いかけてきて「久しぶりだから、お茶しようか」と言われた。

そこで、今はもうない「鳩」という喫茶店に行った。

すると、教室を止めることになったから今日で最後と言われた。

止めどもない話をしていたが、最後だから送ってねと言われて、云うままに運転した。

結構なお宅の前で下ろした。

表札は、彼女の苗字だった。

次の時に、教室に行くと、彼女の友達が話掛けてきて、あれからどこへ行ったのと聞きくので、そのままを言うと、

「へー」と言われた

聞くと、旦那さんでは足りないので、昔の同僚と、不倫をしていたが旦那にばれたので、離婚したとのことであった。

下世話な話だが、教えるだけ教えて、途中で放置したら・・・

不倫に走っても仕方がないのかと思う。

国会議員だったおばさんは、週4回・・・つまりは一日置きである・・・・

それだけ性欲が強いから、あんなに艶々してたのかなぁ・・・勘繰りたくなる。

男は、奥さんをでは相手にならないので、外で、性欲を発散しただけだろうが・・・

どうも、国会議員も女役者も、見ていると、嘘ばかりついて、何となく下品な感じがするのはなぜだろう。

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2017 SPORTS TOURING 下見 あんど まつやまたかしイラスト展

今朝も、4時に起きて・・・・えんやこらと・・・下見

今日は、春日井ICから恵那ICまで、ゆるゆると走り・・・

岩村荘から馬篭宿まで・・・

https://yahoo.jp/m5iv8k

35キロ 1時間ぐらいの行程

馬篭宿から妻籠まで

https://yahoo.jp/TQWPLK

11キロ 25分ぐらい

で、帰宅

お友達の家に行くことになっていたので、恵那SAで仮眠

日進まで、ばひゅーんと

ちょっと、ケガをした人なのでお迎えに行き

TAMへ

リニューアル後見ていなかったそうなので、2階・3階をチマチマと

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先週から?ABフエートン

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新館2階のまつやまたかしイラスト展を見て、ダべリング終わり

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腹の立つ爺さん(思い出の中のジジイ)

大昔・・・30年ぐらい前の事である。

有る昼下がり、近所の歩道を歩いていた。

車道から急に目の前の歩道と車道を分ける分離帯の間から125CCが歩道に飛び込んできた。

車道には、その後ろを大型トラックが迫っていた。

追い越しざまに、トラックの窓から、「バカ野郎―」と罵声が・・・・、

飛び込まれたのは、目の前、ほんの50センチぐらい前の様な感覚の位置であった。

もう少し早く歩いていたら歩道でバイクに轢かれるところだった。

当然の様に、「あぶねえだろう、こん畜生」と云った。

すると、歳の頃なら60ぐらいのジジイが降りてきて、

顔が赤い・・・酒臭い・・・

胸ぐらつかんで、「なんだ小僧」ときた。

こちっちは、習ったばかりの逮捕術の要領で腕をねじ上げた。

通過したトラック・・というかダンプが急停車。

ハザード着けて停車しておりてきた

おっさん…じゃなくて・・・豊満なおばさんが、・・・。

おばさん

「この野郎あぶねぇえだろうが」と怒鳴ながら接近

ジジイ、ヘルメットかぶった状態で、もがいている。

「いててえぇ、放せ」

「歩道に飛び込んで来たのは、手前だろう、いきなり胸ぐらつかんで、殴りかかるような野郎は、豚箱にでも入ってろ。」

おばさん・・・・バイクのキー抜いて

「にいちゃん、そいつ寄越しな、絞めてやる。」

と云いながら、持っているスパナを振りながら接近・・・・・

爺さん「なんだ、◎○の上がったばばあぁか、ちょろちょろ、ダンプ転がしてんじゃねぇ。」

おばさん

スパナで、バイクのライト割って、

「さっきから、飛び出してチョロョロ邪魔しやがって、このクソジジィ」

私動けず・・・

爺さん、「放せよ、殺されちまう」

タイミングの悪いことに、巡回中のパトカー・・・・・・

なぜか3人下りて来た(普通2人だろうに・・・)

おばさん逃げない・・・

爺さんもがいている。

警官1「どうした?」

私「この爺さんが、車道から歩道へ急に入り込んで来て、ぶつかりそうになったので注意したら、胸ぐらつかまれて、殴られそうになったので、この様に確保しました。」

 手は背なかでねじ上げている・・・・

警察官2

「殴られたのか?」

「シャツのボタンが取れたのと、首が痛いです」

警察官1

「ちょっと見せて」

見せると

警察官1・2

「暴行か」

私の顔見て

「もしかして、(警察)学校の人?」

私「いいえ、大学生です。

逮捕術は先輩に習いました。」

警官3

「放していいよ」

ジジイ、警察官が見えてないのか、放した途端、振り向きざまに

「このガキ」、といって、殴ろうとして来たが、避けると、ついでに蹴りに来た。

避けながら、逃ける私・・・・

爺さん、警察官1の、体を殴った。

勢いあまって、足も蹴るカタチになった。

警官2、「暴行で緊急逮捕」

ジジイ、再び、腕をねじ上げられて、アスファルトに押し付けらてた・・・

あたりはちょっと騒然・・・・近所に、病院が有ったの爺さんばあさんが・・・ぞろぞろ

応援を呼んだみたいで、パトカーが、サイレン鳴らして来る。

爺さん、ヘルメット脱がされて、ボーゼンと立っている。

すると、30代ぐらいの女性が、

「おとーさん、なにしたの?」と近寄って来た。

どうも、ジイサンの息子の嫁らしい・・・・・

警官1「暴行と傷害の現行犯逮捕です。親族の方ですか?」

女性「はい、主人の父親です。」

ジジイ「余計なことを云うな!」

爺さん、顔が赤い、息もアルコール臭い・・・

警察官1、「おじさん、ちょっとこの線の上(側溝のふたのへり)歩いてくれる。」

ジジィ「なんだとおお・・・」と云いながらふらふらと蛇行しつつ歩く、結構外れた

私の方を見て「この人、バイクに乗っていたんだよね」

「はい」

警察官1「 飲酒運転だなぁ 」

ジジジの息子の嫁「お父さん・・・・」

ジジィ「マーカせておけ、俺は大丈夫だ・・・

応援のパトカーが来た。

爺さん、そのまま手錠掛けられてパトカーの中へ。

酔いは覚めたみたいだ。

路上で、事情調書

ダンプのおばさん、少ししてから事情聴取

どうも、路地から飛び出して、蛇行運転をしていたらしい・・・

ジジィはそのまま警察署へ

その場で、事情を聴かれて、被害届出してねと言われて事情聴取

警察官3

「バイク、ライト割れてるけど、バイクに当てられた?ケガしてない?」

私、「当たってないと思いますけど」

警察官1「診断書もらってきてね」

私「ハイ」

で、後から警察署へ行くことに・・・

爺さんは、傷害罪で告訴

示談するようにジジイの息子頼みに来たので、拒否

2か月後に、ジジイの弁護士から連絡、こちらも顧問弁護士を立って対応

結局、ジイサンの方が、いくばくかの賠償金を支払い、バイクには乗らないと誓約書を提出させた。

そのジジイは、最近まで生きていた(w)

時々、道路端に、車輪付きの椅子?に座って、ぼーと何かを見ていた。

元気だったジジイは萎(しお)れて、目は虚ろ、ステッキを持つ手もプルプル震えていた。

このジイサンが、危ない(死にそうだ)と気が付いたのは、駐車場で貸していた土地にいきなりアパートの建設が始まり、11月の終わりにかけて始まり、1月29に完成していた。

で、ジイサンは、1月の中旬に死亡した。

完成引き渡しが済む前に死んだ。

ちなみにその年の12月31日で、相続税法が変更になった。

ジイサンの財産の負債は増やせずに終わったので、鼻で笑ってやった。

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下見、つらいわぁ

今朝も、四時起き

今日は、お気楽なMTカローラ(ほとんど生産してない最新型のカローラのMT)で、近場の徘徊?

名古屋第二環状道から東名、TAMの東の交差点まで行き、猿投グリーンロードへ

グリーンロードから・・・・枝下ICから 月瀬の大杉まで・・・一気に・・・

月瀬の大杉は、あんまり変わってないような・・・台風で一部の枝が折れたという報道が昔、ありましたが・・・

根元の地面を整備中(というか工事中?)・・・ですね・・・根元には入れません・・・

(写真は、お楽しみで載せませんが・・・)

今日は、どんぐりの里を通らずにそのまま行きましたので以下の様な経路です。

矢作ダム(得意です)経由・・・ですが・・・で

距離75キロ

1時間45分

https://yahoo.jp/ZgWHy1

この地図のURL

帰りは

岩村抜けて、恵那IC・・・・

家からの行程、3時間55分・・・・・・・帰宅して

そのまま寝ました。

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2017 SPORT TOURING

ツーリング下見・・・

岩村山荘から茶臼山高原へ

何にもないのですが、なんかのお祭りの準備?してました。

ルート的には、岩村、どんぐりの里いなぶ経由で、茶臼山・・・・

道もよくない

茶臼山に行っても風景しかないですね・・・

11月中旬は寒いかなぁ・・・・・

朝、5時45分に茶臼山につきましたが・・・寒かった。

11月はもっと寒いだろうなぁ・・・と紅葉も済んでるから混んでないかな・・・と

美術館はダメ

ご飯食べるところも危うい・・・・

いっそのこと

妻籠、馬篭周回コースでもいいのですが?

363号線通り、中津川に抜けて、妻籠まで行き、昼食、馬篭までドライブ

馬篭で解散・・・・

大体55キロ 1時間半ぐらい・・・

うーん

ゆるゆるツーリングゆえの悩みである

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或計測

或計測

昨日の帰り、十字路で一時停止線を無視したアクアに、自転車のおねーちゃんがはねられていた。

事故を見たからではないが、ここ二週間のある計測結果を現したい。

仕事で、交通手段をバス電車にすると勢い横断歩道を渡ることが多い。

某岐阜県では、横断中の歩行者がいる、横断しようとしている歩行者がいるにもか

かわらず通過する車両が非常に多いと思った。

感覚的に止まる奴はいないなぁと思ったので計測してみました。

街中で見かけた大抵の老人は、基本、車は止まらないと思って横断をせずに車が途切れるのを待っている。

身についた経験則だろうと思って感心している。

でも、である、横断歩道ぐらい渡らせてもらいたいものだと思う。

また、広い横断歩道を渡っていると、岐阜県人の基本は、人が、車前に来てなければ通過してもよいという感覚の様で、歩行者の安全確保には配意はしていない態度がありあいりである。

横断歩道1カ所でおよそ7から8台の車が、通過している。

あまつさえ、信号機がない横断歩道を渡る場合は、8日間で74ヵ所 累計通過台数1118台が通過

一日換算をすれば、信号の横断歩道を渡るのに、120台の車を見送ることになる。

ちょっと、異常な感じを受ける。

確かに、豊田、刈谷、三好、安城、知多半島全域と云った車の多い地域でも車が我が物顔はある。

でも、信号がない横断歩道に佇んでいると、大抵は何台かに1台は止まる。

思わず頭を下げる気になる。

しかし、岐阜県民は、渡り掛けていても止まらないで避けて通過する。

その精神状態が理解できない。

 

ちょこちょことメモをしたので、台数、場所数には若干誤差が有るかも知れません。

 

岐阜県警に聞きたいのだが、長良川河畔でスピード取り締まりをするのは、簡単に捕まえられて、件数も上げやすいんだろうが、街中の交通マナーの悪さ(横断者がいるのに停止しない車)を取り締まってはどうかと思う。

 

 

期間 2017年9月25/26/27/29日、102日から5

累計日数 8

計測地点(場所は、一定ではない、岐阜市、瑞穂市、本巣市、各務原市、笠松町、岐南町の街中である。)

信号の無い交差点横断した回数 

2507ヵ所

2614ヵ所

2709ヵ所

2911カ所

0210ヵ所

0308ヵ所

04日07ヵ所

05日08ヵ所

小計 74ヵ所

 

信号機のある交差点(自動)横断した回数 

2506ヵ所

2609ヵ所

2709ヵ所 

2909ヵ所

0213ヵ所

0309ヵ所

0409ヵ所

0508ヵ所

小計72ヵ所

 

手動式信号機のある交差点横断した回数 

 

250ヵ所

260ヵ所

270ヵ所

292ヵ所

020ヵ所

034ヵ所

043ヵ所

051ヵ所

小計8ヵ所

 

8日間に横断した横断歩道の回数154ヵ所

1日平均 19.25ヵ所

 

上記の交差点で歩行者がいるにもかかわらず通過した車両数

 

信号の無い交差点

横断歩道に佇んでいる間に通化した台数

歩行を見つけて止まってくれた台数は( )内に記載

2507ヵ所 149台 (平均21.2台)

2614ヵ所 321台 (平均22.9台)

2709ヵ所 143台 (平均15.8台)

2911カ所 094台 (平均08.5台)

0210ヵ所 142台 (平均14.2台)

0308ヵ所 105台 (平均13.1台)

04日07ヵ所 99台(1台)(平均14.1台)

05日08ヵ所 65台 (平均8.1台)

合計 74ヵ所 1118台(1台)

1カ所平均 

15.1台

停車してくれた割合 (停車してくれた台数/通過台数)0.089%

信号機のある交差点(自動)

歩行者の歩行中に前を横切った台数

(比較的道幅の広い交差点が多かった。)

2506ヵ所 3

2609ヵ所 2

2709ヵ所 0

2909ヵ所 0

0213ヵ所 9

0309ヵ所 0

0409ヵ所 4

0508ヵ所 2台(1台はスマホ見ながら目の前のを走って行った)

計72ヵ所 20

通過した台数の1カ所当たりの平均 27% 

 

 

手動式信号機のある青に変わり交差点を横断しようととした時点で通過した車両

25日 0ヵ所 

26日 0ヵ所

27日 0ヵ所

29日 2ヵ所 1

02日 0ヵ所

03日 4ヵ所 1台

04日 3ヵ所 2台(2台は、枯れ葉マーク付き爺さん1、ばあさん1)

05日 1ヵ所 1台(枯れ葉マーク付き、ばあさん1)

小計 10カ所 5

通過した台数、1カ所当たり 50%

 

横断歩道を渡るしぐさしながら、目の前を通り抜けた台数

合計1142

通過台数の一日平均 142.75

 

信号のない横断歩道の1カ所の通過台数

15.1

 

1カ所の横断歩道で通過される車両の台数

1日の横断した横断歩道の平均19.25ヵ所

一日通過平均台数 142.75

1カ所当たりの通過台数 7.41

 

横断歩道で止まっていて止まってくれた割合

(停止車両/通過車両) 0.0875

こうしてみると、信号のある交差点だろうが信号がなかろうが、車がいなくなってから渡るにしくはない。

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公務員試験専門学校の2年間て・・・

 昨日、副支店長と話をしていたら、最近の若い子の指導についての話になった。

 綿h氏の個人的な意見ではあるが、ここ数年で、初級試験と、中級試験で入ってくる子も、いずれもレベルの低下が著しいと思うという話をした。

 その過程で、こんな話をした。 

 昔は、高校を出て初級試験に合格する子が多かった。

 今は、高校を出てすぐに入ってくる子よりも、2年間公務員試験に特化した専門学校へ通って、初級試験を通って入ってくる子が多い。

 個人的な経験でああるが、ある専門官試験を、高校の時に受けた。

 一応、短大卒業程度とは書いてあった。

 二次試験会場へ行くと、高校生は僕一人であった。

 他の人は全部短大生のお姉ちゃんだったことが有る。

 暇そうに本を読んでいると、おねんちゃんの一人に、

 「高校生?」

 と聞かれて、

「はい」というと

「エー高校生でも受かる子がいるんだ」

と言われた、「受かった就職するの?」と聞かれたので

「大学受からなかったら」と答えて置いた。

昔なら、初級は、高校、短大が主流だった。

法律の改正で、四大を卒業していると初級は受けられなくなった。

試験も難しくなったとはいえ、就職難ではない。

公務員は、いいと言われながらも、人気はなくなりつつある。

今は、公務員試験対策専門学校へ行きながら試験を受ける子が多い。

本店幹部の方々は、「2年間専門学校で磨かれてから来る」という感覚だったらしい。

私に言わせれば、試験対策に特化してるんだから、中身や知識を磨くことにはならんだろう・・・と思う。

私の感覚では、試験専門の学校へ行くという事は、2年間(実質16か月ぐらい)の試験対策をしないと受からないレベルの頭脳というイメージでいた。

2年間(と云うか試験は、5月とか10月ぐらいなので、2年よりは短い)も勉強しないと受からない奴と、普通に高校生活を送って、単なる対策をして合格する子とどちらが頭がいいのか?

足りないから2年間加算して勉強がいる奴は所詮はその程度の脳みそである。

私の持論は、バカはどこまで行ってもバカである。

それは、ここ二ケ月、ちょうど二人のバカを見て居て痛感する。

うちには、公務員試験専門学校卒の兄ちゃん(初級職)と、大学卒のに兄ちゃん(中級職)がいる。

もいずれも頭の程度が悪い。

公務員試験専門学校の兄ちゃんは、物覚えが悪い。

判ってなくても、判ってますという。

で、基本、なかなか覚えない、すぐに忘れる・・・書いていても忘れるから相当のものである。

大卒はさらに、バカである。

専攻は歴史学・・・・卒論の内容を聞いてみると、指導教官もどうもバカポイ感じがした。

卒論の内容で、非常に一般的な観点が抜け落ちているからである。

卒論の内容を口頭で聞いて、直ちに、その疑問点をぶつけると・・・

「気が付きませんでした」

生活史を卒論で書きながら、人間生活で一番大切な「水」の確保という点が抜けていた。

われってしまったのは、水を使う商売に関する卒論を書きながら、水が貴重で無い地域と、貴重な地域、古代に水道が完備されていた地域と、そうではない地域の差が採取から抜け落ちていいた。

なんか笑ってしまった。

ついでに言えば、こいつの腹が立つのは何時も薄ら笑いを浮かべている。

よく居るタイプの見てると殴りたくなるような薄笑いである。

ある時、特殊な計算に使う電算用の機械を使わなければならないことが有った。

あまりつかわない機械である。

去年は一度も使わなかった。

ポータブルである。

時々、自動電算システムではできない計算をする時には使う。

ちなみに、画面に選択画面が出るので、指示に従い入力していけばできるものである。

これを、どうしても使わないといけない場面があった。

使用方法について、口頭で説明を一通り行ってから、やってみろと云うと。

すぐに

「マニュアルはありますか?」

と聞く。

「ない」というと

「できません」というのである。

でも最近は便利な世の中である。

マニュアルは結構ダウンロードできたりする。

スマホでダウンロードすればすぐに見られる。

ダウンロードしてみろよと云うと、

「ハイ」と云いながら

ダウンロードしても結局は見ないで、右往左往している。

要は、マニュアルを出しえて欲しいと云えば、その間に、時間稼ぎができると考えっるらしい。

つまりは、理解力は低い。

二人とも非常に低い

言葉遣いは、高卒はラーメ屋のバイトが効いているので、変な敬語を使う。

大卒は、本当に馬鹿なので、タメ口で意味不明なことを言う。

今日も、レクリエーションの参加希望を持ってきた。

いきなりレクリエーションの参加希望調べという文字が飛び込んできた。

紙を、目の前にだして、こういった

「印鑑をください」

私「????」

「お前の言ってる意味が分からない。

 本来なら、レクリエーションの参加希望調べです。

 急ぎなので、至急読んで、読んでハンコを押して次の人に回してください

 というのではないか?」

バカ「はい」

私「大体、お前は、友達じゃねぇだろう。

 もうちったぁ考えてしゃべったらどうだ?」

バカ「はい、失礼しました」

程度が低いというか、レベルが低いというか・・・何とも、あんたアンタル気分になる今日この頃である。

20171003初出

20171004加筆訂正

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爺さんたち

先日、疲労困憊して帰宅途中電車に乗っていた。

云っておくが、私は時々びっこを引くことが有る。

古傷が痛むと左足を引きずる。

で、現在は、両腕腱鞘炎で、かつ、ばね指である。

キーボードがお友達の時間が長いので仕方ない。

で、当日は会社出る時から吐きそうだった。

昼食べてないのにである。

で、あるジジイが防千種駅から乗って来た。

非常に混んでいる。

歳の頃なら、70ぐらい?

背の高い爺さんで、駅の歩廊ではびしっと立っているのが車窓から見えた。

入ってくると、キョロキョロ見回して、満席あることを見て、大きく舌打ち。

あとは、ずーと、インチキ臭い空咳を延々としている。

歩廊ではびしっとしていいたのに、車内ではヨレヨレな風をして、つえで床を突いている。

はっきり言って不愉快な音響作用であった。

で、ジイサンの横に妊婦さんがいた。

私は、妊婦さんを座らせようとして手招きしつつ立ち上がった。

すると、ジジイが、妊婦さんを押しのけて座ろうとするので、

爺さんにしか聞こえないように

「あんたじゃねぇ、身重のご婦人が優先だぁ」

と云うと、ジイサン

「年寄りをいたわるのが若い者の務めだろう」と大きな声

そこで、小声で

「こちらは傷病者だが、妊婦さんだから席を譲るとういうのだ。

ジジイに譲る気はない。

それにこちらも、十(とお)も、廿(にじゅうも)かわるめい、ジイサンの手前だ。

ジジイが、ジジイに席を譲る理由はねぇだろう」

ジジイは加齢臭をぶちまけて、

「ジジイとは何だ?」

「ジジイじゃなければオッサンか?

それとも青年とでも呼ばれてェか?

青年や、譲って、よしんばオッサンならば譲る理由はもっとねぇだろう?」

(妊婦さん、私いいですから・・・と、蚊の鳴くような声)

ジジイ、「年寄りは・・・」

私「いたわれてか?

座りてえなら、もっとすいた車輛に乗ればいいだろう?」

爺さん、なんだか、怒って移動したので、妊婦さんそのまま座ってチョン・・・

妊婦さんは、「ありがとうございます」と・・・

ジジイにそのうち刺されるかもしれない(w)

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