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ある爺さんへの感情

その方は結構有名な方である。

でも現在は、ただの良く居るジジイのクレーマーである。

この手の人の特徴は

若かったころの栄光にしがみつき。

その件でちやほやされた経験が長いからかどうか知らないが、自分は偉いと思っている。

ただの運転手だったんだが、その手の趣味の人には「おおー(まだ生きてるんだ)」ぐらいの嘆息の対象で見られてる

しかし、最近は、色々の講演で見かける姿はに、老害を振りまくタダのの爺さんとなっている。

ある特定の講演会には必ず顔を出す。

呼ばなくても来る。

誰かが教えるんだと思う。

そうして、さも、当然の様に自分は、こうだった、あうだった、あいつは悪い奴だみたいなこととを云う。

で、要は、貴重な質問の時間に延々と、関係のないような話、ほとんど苦情に近いような事をを云うことが有る。

聴いていて非常に聞き苦しい。

そうして、居ない人の悪口を云う。

自分の今の主観がすべて正しく、嫌いな奴の事を良く書いてあると、苦情を云う。

しかも、執拗に。

おまけに、元雇い主のイベントにも文句を言う

あるレーシングカーの復元をした。

イベントで、走ると途中で燃料切れで停まってしまった。

そのエンジンは、リッター数百メートルの燃費であった。

その人は、燃費を知っていた。

復元をした担当者、イベントの担当者は、満タンにするリスクをリスクを避けてあまり入れなかった。

どうも、燃費がそれほど悪いとは思わなかったらしい。

数百メートルの燃費なんて現在ではありえない。

そうして、当然お様に、コース上の途中で停まった。

これは、イベントの担当者が燃費を調べなかったミスはミスである。

しかし、その人は燃費を知っていて、燃料計もついてい見てみて・・・残量を確認して乗りう込んでいる。

ここで、「燃費が何メートルだから、燃料は足りるのか?」と聞くべきだあった。

このジイサンはそんなことは聴きもせずに、というか云う事もなく乗り込んで、途中で停まった。

止まったことについて文句を言うのは別段構わない。

しかし自分の責務を果たしていたのか?

自分の乗る車である。

注意は払うのが当然である。

私はそう考える。

この人の基本姿勢は、

「俺様は特別なドライバー」

「乗せてもらうだけ」

「運転するだけ」

「おぜん立ては全部やれ」

「名車の開発にも携わった」

という姿勢なのかもしれない。

その車に関係したいのか、売名行為なのか、どーでもいいところで監修なんて名前を出す。

ひどい出来のレプリカ車にも監修の名前を出している。

逆に聞いていみたいのは、あんな出来に悪き車の監修で名前を出すと、評価が下がるよ。

まか、色々な処から悪評が聞こえる。

いい加減にでしゃばるのは止めて余生を過ごしたらどうかと思う。

以前この人の書いた本を振りかざして文句を言った人が居る。

私に早生れば、三次四二次資料を基に書いた、しかも年を取ってから書いた本なんてなんの資料性もない。

関係者からの証言では、図面の年月日が明らかに間違っているものがある。

連続している図面で、1枚日付の誤記がある。

でも、その間違った日付を振りかざしている文句を言う人が居て困るのある。

だから講演会の名称もその車の名前を外したら来ないかな?と考えている。

20180218

20180220加筆

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パーツの話など

3月4日に、トヨタ博物館で、TAM TTDを開催します。

CG club中部支部主催のTea Talk Driveです。

お金のない支部ですので、当然の様に今回も手弁当、ボランティアスタッフに支えられての開催です。

今回の講演会、というか座談会は、「60年代の欧州車のひきこもごも」がテーマである。

演台に上るのは、欧州車のオーナー5名と、司会の支部長である。

打ち合わせの時に、何か困ったこと・・・・

という事で話を振ると・・・・別段困らない・・・・

パーツ、潤沢です・・・

フランスのマトラジェットでさえ、パーツは手に入る・・・・

生産台数、数百台レベルである。

ツーリングに参加してもらっている、Iさんもご出座願ってますが、今回はエランの話を・・・・

困る事・・・・・ないよねぇ・・・と

パーツ、大体何でも、でるよねぇ・・・

そこで、スバル360のオーナーの重鎮と、ヨタのオーナである私は・・・・

井伏鱒二氏の「山椒魚」が漏らす長い嘆息よりも、もっと、くらーく

なーんにも出ないよねぇ・・・・

メーカーに期待しても仕方がない気がする。

自分達でパーツを作るしかないという気がしている。

でも、ヨタのオーナー、パーツ作っても買わないのよね・・・事前に・・・

困ったら買えばいいという感じが多い。

大体、小遣いの範囲内で維持したいという人を見るとのけぞってしまう。

スタッフの中では、そんな人は買っちゃいけないよね・・・と

確かにそう思う

縁ゴム、タノンだけど数が集まらないのか・・・・連絡がないなぁ・・・

リアのスプリングも・・・・

60年代欧州車を維持するうえで困ることは、あまりないという事であった。

ただし、ここには、「お金が有れば」という前提が付く事は忘れてはいけない。

古い車を維持すには、それなりの収入と、精神力が必要だと思う

・・・・と、個人的には思う。

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帝国自動車保護協会 出版部 発行 「全国自動車所有者名簿」

全国自動車所有者名簿

帝国自動車保護協会 出版部

東京市麹町區内幸町1-5

大正13年11月5日印刷

大正13年11月10日発行

この本は、東京府から外地の朝鮮総督府、関東州も含めた車両の所有者の名簿である。

有名どころでは以下の通りである

1番から10番までで、貨物は、3台しか登録がない。

1番 明治屋合名改社    自家用 貨物

2番 舟橋英雄        自家用

3番 三越呉服店      自家用

4番 凸版印刷株式會社 自家用貨物

5番 三ッ引商事株式會社 自家用貨物

6番 山本鎌太郎       自家用

7番 坂田鶴松        自家用

8番 凸版印刷株式會社 井上源之助 自家用

9番 大蔵省         自家用

10番 渡辺治右エ門    自家用

11番 岩崎輝彌       自家用

12番 山本権兵衛     自家用

26番、87番東京府    自家用 乗用

30番、31番、79番 内務省

37番,321番、425番、星製薬

47番、104番 岩崎俊彌 

63番 三井物産株式會社

77番 渋澤栄一

81番、210番 岩崎小彌太

86番、190番、353番 日の出タクシィ株式會社

99番 三井八郎右衛門

100番、134番 三井物産株式会社 代表 手塚謙吾 

117番 東京乗合自動車株式会社 営業車

230番 幣原喜重郎

233番 徳川義親

251番 近衛文麿

280番 中村座 田村壽三郎

284番 北里柴三郎

286番 大倉喜七郎

366番 木戸幸一

380番 有栖川宮家

400番 團 琢磨

全部の記載はムリである。

でも楽しい

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94年前の本

大正13年の発行のある本には、当時の全国の自動車登録番号と所有者の氏名名称住所が書いたものがある。

多くの府県は、登録番号の記載がある。

残念ながら愛知県の登録番号は記載がないが、所有者一覧はある。

豊田佐吉、豊田利三郎、豊田喜一郎、豊田平吉(佐吉氏の長兄)の名前で登録がないかを探したのである。

豊田佐吉の関係の展示で頒布された本にこんなことが記載してあったからである。

豊田平吉(豊田佐吉氏の兄、後のトヨタ自動車工業、監査役)氏は、大正12年から13年にかけて、欧米視察旅行に出ている。

その折、ドイツ製電気自動車を土産として購入

(「研究と創造の生涯 佐吉の志と、それを支えた人々」トヨタ産業技術記念館)

つまりは、13年の全国自動車所有車の一覧を見れば登録の有無が判ると考えたのである。

残念ながら、愛知県内では、上記の者の登録はなかった。

豊田自動織機は、車両の所有をしているとの記載があった。

何を調べているかと云えば・・・デンソー号の関係をチマチマと読み込んでいます。

現在、TOYOPET SD型の関係で、荒川車体、関東電気自動車工業、三菱名古屋航空機製作所の製造、製造していた車両に関することまで深い入りしています。

蛇足ながら

東京府の所有者一覧を見ていて少々驚いた

東郷平八郎

山本権兵衛

鳩山一郎

のお三方の所有緒記載があった。

 

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生活と仕事(改題)

残念ながら、仕事は、生活(life )の一部には組み込まれているが、「こころを支える生活」ではない。

実を云うと、その気持ちは、最初から持っている、常にどこかにある。

大学時代のバイトをしている時から感じていること。

「時間の切り売り」感が常にある。

生活と仕事、どうも生活費を稼ぐことと、「こころを支える生活(プライベートライフ)」は切り離している。

スイッチのONとOFFが出来たのは、いつごろからだろうか?

仕事は真摯に行うし、義務は極力全うするように努力をしている。

仕事で、仕事に見合った望外な報酬を得たことは、30年近く働いて数回です。

仕事上での望みはすでについえ去っているが、これは私の基本的な考え方

「仕事上(法律上)の批判は、個人的な人物への好き嫌いではない」

ということが有る。

しかしながら、わが社はでは、その様な考え方はなく、

「批判」=「その人が嫌い」と受け取るらしい・・・

おかげで、使いにくい人の烙印を押されている。

だからと言って、気に病んでいる訳ではない。

自業自得と感じている。

所謂組織を見誤った結果に過ぎない。

自覚症状として、「私には、人を見る目がない。」のである。

例えば、三重苦にしても、最初、というか初見の時に、「嫌な野郎だな」と思った。

嫌な野郎が、薄められれたのは、奴がもデーラーだったことと、トヨタスポーツに関する半端ないお知識が魅力的だったからである。

日々の付き合いで、こいつはやはり嫌な奴だと思ってから5年ほど、ツーリングと、模型のクラブのために我慢して付き合ったが結局、模型のクラブの関係で破たんした。

ついでに、翌年、自動車のクラブでも破たんした。

これで付き合いはなくなったが、別段、困ってはいない。

ついでに言うのであれば、結婚は2回もしたが、2回ともダメである。

子どもがいるから続いているだけである。

楽しい家庭ではない。

実質、父子家庭である。

こうなると、逃げる先が必要になる。

実生活では、趣味で逃げることができる。

女に逃げたこともあるが、長続きはしない。

こうなると、楽しくない仕事には厭気がさしています。

この嫌になる感覚は、もう数年前からある。

上司が悪い(バカ)と、特に感じる事である。

以前、高崎という者の部下だった時に、パワハラを受けた事がある。

高崎に金を貸した時に返ってこないような状況になった時

結果としてうその報告書を作った時のことなどがある。

パワハラは、日々の記事の書き方、ペンの色、とにかく箸の上げ下げまで批判、注意、矯正を強いられた。

2か月ほどで、実は、鬱になった。

出勤で、駅に降りると、会社に行きたくないのである。

こうした日々が、1週間続いた。

自覚症状があったので、ノートに書いて考えて、この状況は何だろうと考えた。

取り返しのつかない状況だと感じた。

医者に行き、状況を説目したら、心療内科なら「鬱」と診断されますねと言われた。

主の症状は、睡眠が取れなということになるので、眠ることを主眼にした薬を処方された。

この薬は、睡眠誘導剤である。

これをを貰って飲むようになると、睡眠が取れるようになれて自滅は防げた。

その後も、精神的には、パワハラに対抗するのにも疲れるので、ヒヤヒヤであるところをつかれて、金を無心された。

最初5万円は、3か月後に返済があった。

家族旅行の代金だったらしい。

返済後、1週間ほどで、3万円の無心をさえれた。

これは、奥さんと喧嘩して、小遣いを止められたのための無心である。

ボーナスのでる1週間前である。

ボーナスが出たら帰すのかと思えば、返ってこず

年末にも、追加で、2万円貸した。

これは2月の中旬まで返ってこなかった。

これがほぼ2年間続いいた。

通常、役所では、部下から金を借りるのは「非行」事例とされる。

しかし、かの高崎氏はいまだに管理職である。

以前は、超特急と云われる昇進を遂げた人であった。

一選抜で、総務課長になった時代、旅行積立ての横領(勝手に使い込んだ)、セクハラを告発されたが、首にならずそのまま在職。

セクハラ、旅行積立の横領でもクビにならず、今まで残っている。

翌年生人事異動で、閑職へ廻された。

が、人一倍、一生懸命に仕事をするので、元の部署へ復帰、で私の上司になった。

復帰2年目で私が部下についたのだが、復帰1年目の時に本店からの課長への指示は、

「金を貸してくれと云ったら」即報告をするようにと言われたそうである。

昔だから、処分が甘かったといっても「非行」事例を見過ごす態度は如何なものかと思う。

その後、再度、2月中旬の返済後、たびたび無心をして金を貸したが、その大半は、賭けマージャンをやって金を巻き上げられて、生活に困り借りるというパターンであった。

掛けマージョンをやり、かつ、金がなくて部下から借りるという非行を行ってもそのままの地位でいる。

これが、「偉そうに云うところの組織」かと思う。

おまけに、処分内容は、被害者には教示できないと来た。

公表の対象ではないからと云いわれた。

組織として・・・と良くいうのであるが、組織の根本が腐っている感じがしている。

報告書の改竄は、高崎君が行っていた処理が出来なくなるという理由で、都合の悪い部分は削除するぞと言われたことである。

嫌ともいえず、認諾した。

高崎君が転勤した後で、その旨、報告をあげた。

結局、彼が行った数多くの処理は全部3年でひっくり返った。

あとの担当者が大変である。

こうした嫌なことが有っても、時間工賃的な仕事は生活全般ではないので、ある程度精神的に余裕がある。

うちの場合、多くの人は、仕事の終わったあと、会社の人と付き合い(飲み会)、休日も、会社の人間としか付き合わない。

時々、副支店長とかが、釣りの好き、ゴルフ好きだ、その手の人につきあわされたりする。

魚釣り、ゴルフ仲間は多いらしい。

こういった人たちは、退職すると即、暇になるのだが、付き合う近辺は常に元同僚

元部下・・・・・

外部の人とは付き合わない。

付き合えない。

そんな風にはならないようにしている。

だから付き合いが悪いと云われる。

参加しないことを批判されても、あまり気にしない感じがしてきた。

悪口を云いたい奴には言わせておけばいいという気持ちが強くなった。

ここ、3年ほど、仕事と、私的生活の境界を明確に分けるようにしてきたことも原因かもしれない。

ただ、仕事には恵まれなかったと思う。

多くの友人には、恵まれた。

これで良しとしたい気もするが、最近、産業考古学に血道をあげだしているので、これが楽しい。

調べていくことの楽しさは、何物にも代えがたいものであることを、最近痛感している。

20180203初出

20180204加筆訂正

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