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久々に、仕事中に腹が立った…という話

うちの3年目のカリメロ君

まあ人事異動で入れ替えがあって、環境が変わりやる気になったようだった。

上司ともどもしごいてみるかとという事になった。

前任上司は、私が、若い衆に仕事を教えてあげてくださいとお願いしたら。

担当課長からお願いされないとやらないというご回答だった。

ところがである。

担当課長に聞いてみると、最初に、若手の指導をお願いすると

「私は、そうゆう指導はしないから」と云って断っていたそうである。

真実性の原則は、両方の話を聞かないといけないという事である。

で、先週、カリメロ君は、金曜日急に休んだ・・前日に休暇を出したのですが・・・

ある人との相談の日付の指定日は、金曜日であった。

で、電話で、相手とやり合って、カリメロ君は、当初、金曜日を主張していたが、相手のよくわからないというか理解できない理由で27日になるかもしれないという話を、聞いて、月曜日まで待ちますといった。

でもである、最初に文書で指定した日は金曜日である。

金曜日に来れたら来ると主張していた点を考えれば、金曜日は待機モードで在籍するのが基本的な対応である。

でも、休む理由も、ちょっと急用ができて・・・みんなと 山口県へ行くという話は聞こえてきた。

私が聞くと、「プライベートなことなのでちょっと」と答えない。

別の人が聞くと、山口へ行く・・だそうである。

再度聞くと、計画的ではなくて、急に決めたとのこと、

行くのは「みんなんと」だそうである。

主担当が居ないと困ることが多いのだが、指定日を無視して急に休むのである。

ちょっと、無責任な気がした。

ついでに、8月の初旬から対応している、指導を入れている案件の状況を聞いた。

ほかの機関でも関与があるることが聞き取りの段階でわかっていたので、分かった時点で通報をしてあった。

期日は、8月末なので、そちらの通報先の状況を確認するべきではないのか?

という話をしつつ、方針についてうちの上司を含めて話をしていた。

で昨日(8月29日)、方針について話をしていると、前提をすべてひっくり返すことを聞いていたことが判明。

2週間前に、決定した方針の前提が崩れるような話を黙っていた。

前提を決めて対応をしていたが、確認の段階で苦情になった。

苦情の対応は良かった。

が、その後の連絡で、月末の原資たる予定ががあるとう前提自体がすべて嘘だったことを自供した。

だが、そのことを一切報告しない。

私も、上司もいたのにである。

担当課長は実務に関しては非常に無能なので、報告書をよく読んでないので何も言わない。

8月29日の朝、

関係機関へのそいつと関与のある団体へのアプローチの結果を聞いておいてね。

という事を伝えあ、聴取内容をすべて検討して伝えた。

しかし、カリメロ君は、電話をしたくないからであろうか、主張していた前提条件が全てうそだった追いう事を自白していた事実を初めて開陳したのである。

上司も、私も、いわゆる

開いた口がふさがらないモードになった。

(猫のフレーメン現象みたいなものである)

当たり前であるが、情報に間違いがあれば作戦行動は変更しなければならない

前提が崩れていたのであれば・・・二週間前に変更した対応策を検討しなければならなかったのである。

上司は、なんで重要な情報を伝えないのかなぁという事をいってしまうような状況になった。

ちなみに、その前回2週間前の連絡時の翌日からカリメロ君は夏季休暇であった。

それも、どうしても外せない日と云うのは、親とアウトトレットへ行く約束があるから、その日は外せませんと・・・・・

自分が一皮むけるかどうかという対応をしてた時期である。

情報に変更がないならそのまま休むことに問題はない。

しかしである、情報に重大な変更があるのなら、今後の作戦に変更が必要となることは目に見えている。

基本的に、休暇を先延ばしにすることが必要になんる。

その時は、、すでに水曜日から3日間を、金曜日からに変更していた。

変更した理由は、緊急な事案で早急に処理を進める必要があったからである。

で、前提となら情報が嘘でしたと自白したことを、私と、私の上司に伝えなかった理由は何となく想像ができる。

伝えた瞬間に、昭和世代の人は、次の瞬間に処理の訂正とやるべきことを山ほど言いつけられる。

担当課長は、うちの上司の指示は黙認である。

云いつけられると、夏季休暇が取れなくなる。

親との約束が・・・・守れない

ママとの約束は、反故(ほご)にはできない。

と考えて

黙って居ようと考えたらしい。

最近の子らしいと云えばそうのなのかも知れないが、最低限の義務ぐらい果たしてほしいと思うのであるが、どうもそうではないらしい。

ついでに、話の途中で、カリメロ君は、自分で一生懸命に壁を作ることに余念がないので、あきれてしまった。

で、此処で久々に、あきれて、ハラワタが煮えくり返る腹が立ったので・・・

「お前の面倒はもう見ない、相談にも乗らない」と伝えた。

すると、泣きながら土下座して謝るので、今後は一切関わり合いを持たない旨を伝えた。

直情的に怒鳴るなんてこともせずに、

「もういいわ」と云う感じである。

カリメロ君は、申し訳ないが、事務処理能力が極めて悪い。

学習能力がほとんどない。

何度でも同じ間違いを平気でする。

以前、同僚だったお兄ちゃんが、ムカツクカラ、一切話をしないと言っていた理由がようやくわかった気がした。

カリメロ君は、いわゆる、頭がものすごく悪く、理解力も極めて低いという奴である。

言葉の意味は全然分からない。

調べもしないのである。

景気がいいと、というか、有効求人倍率高いと、程度の悪いのが入って来る。

どこの役所でもそうみたいである。

入った理由を聞くと、ここしか受かりませんでした・・・・である

人手不足なのは判るが、馬鹿は本当に困る。

おまけに定着率が悪い。

まともな子は、早々に見切りをつけてやめる。

馬鹿は、行くところがないのでしがみつくのである。

将来、というか、20年後が怖いねと云っている次第である。

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秋かなぁ?最近の個人的な動向

雨が続いて・・・朝は、少し肌寒いけれども、なんとなく忙しい。

お勉強の方が忙しいのである。

 名古屋市公会堂、名古屋市庁舎、愛知縣廳、愛知県國技館、三菱電機の電気の家、新甫プールなどを調べると楽しい・・・

 知らないことだらけである。

 名古屋市公会堂は、昭和天皇のご成婚記念

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名古屋市庁舎は、昭和天皇の即位記念である。

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愛知縣廳は、順番である

Photo

名古屋國技館

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三菱電機の家

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 愛知縣廳、名古屋市廳舎は、現在は帝冠様式と云うのであるが、当時は日本式である。

 資料を集めるのに、すでに数万円(本代、絵葉書代)を費消している。

 名古屋市廳舎竣工祝賀記念寫眞帳

 名古屋市役所案内

 愛知県史 資料 産業編

 松坂屋三十周年記念帳

 名古屋市内絵はがき2組

 日本精工五十年史

 名古屋市公会堂半世紀の歩み

 市営交通70年の歩み

 三十年史

 五十年史

 絵葉書が高いのよ・・・2セットでほぼ10000円

 古本の値50000円の本は、資料館にあったのでとりあえず買わないで済んだ。

 でもである。

 資料を探して、国会図書館の検索にも慣れたが、愛知県史に記載のある本が出てこないとどうーゆう事かしらんと思う。

 で、大体の休日は終わるのである

 ツーリングの下見はまぁあいいかなぁたと

 泊るところと途中のよる場所を考えればいいかと・・・

 非常に後ろ向き

 去年無理がたたって沈没したからねぇ

 11月二週目か三週目考えていますが・・・

 研究会のパネル展示会があり、ついでに講演会の後で、研究会の簡単な報告を20分ほど行う予定なので、ちょつと緊張してます。

20180818初出

20180819 写真、加筆

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先日の事

ジジジになると友人も減る。

鬼籍に入ったのが、10名ほど

先日も、一人、旅立って行った。

小学生の時に塾で友達になった子で、岡山に住んでいた。

大学までは、名古屋在住だったが、結婚を機に岡山へ

でも、入院先は兵庫だった。

ちょとしたことで諍(いさか)いをしたのが、3年前

5年前に、最初の癌が見つかって、手術入院していた。

3年前、再発して再度治療を始めたころだった。

丁度お盆の時期に、お寺に来るついでで、晩御飯を食べた。

その時に、雑談の中で病気の話になると、自分の癌が再発したとを語った。

そうして、奥さんがよくわからない民間療法めいたことをしてくるので、効果があるのだろうかという相談を受けた。

おくさんの療法を聞くと・・・胡散臭い

そこで、箴言的に、セカンド、サードオピニオンでも丸山ワクチンでも試すことは否定しないが、民間療法は止めた方がいいというと、

寂しく、「妻がね」

と云った。

そこで、奥さん(学校の先生)の批判をした。

すると、「もういい、帰るわ」云われた。

それからは、年賀状が来るだけ、どうしたのか判らなかった。

すると、先般、件の奥さんから、「話したいことがあるから来てほしいと言っています。」

と云われた。

出来れば、1日・2日の間にという・・・

仕方なく・・・というか、仕様がない風体で行くことにした。

大阪在住の友人も呼ばれたと聞いたので、駅から同行することになった。

骨と皮という表現が正しく

3年前に名古屋駅で飯を食った時の面影さえなかった。

ちょうど寝ていたので待っていると

奥さんが、「○〇さんと、○○さんが来てくれましたよ」と云うと

眼窩の奥が開いた。

かわいた唇から、

「〇ちゃん

す ま ん なぁ。

も  う    す  こ  こ  し     な  が い  き  し た か っ た

け ど も う 

む   り    だ。

わ   る   か   っ   た。

ゆ   る    し    て   く    れ    よ    な   ぁ」

と息も絶え絶えに云った

もう一人友人は、やはり同じ時期に、癌になったが、それこそセカンド、サードと奥さんとおともに通い生き永らえた人だった。

〇よ・・・・・ひ     と     の    い    け    ん    は  

  き   か   な    あ    か   ん    なぁ

よ   う、   い   わ   れ   た

な   ぁ

ふ た り と も あ り が と な

で、眼の光は消えた

奥さんに聞くと

あと1週間ぐらいと云われてますとの由

そのままトンボ帰りでした。

大阪在住の友人に、なぜか新大阪駅まで、乗せてもらい話を聞いた。

大阪の友人曰く、

3年前に、私から聞いたことを、「どう思うと?」と聞かれたそうである。

彼は、民間療法は、無益で体力を奪うことが多いし、その民間療法の効果も疑わしいと伝えたそうである。

彼は、再発後も何度も会っていたのだが、奥さん民間療法が止まないとこぼしていたという事だった。

ふたりして

「奥さんには弱い人だったからなぁ」と

で、帰宅した。

翌朝、今朝方なくなりましたという連絡が来た。

葬儀は、家族葬という事で謝絶された。

ふと思ったのは

死んですぐに、お盆で帰ってくる心持は如何ばかりであろう。

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よく似た爺さん同士(どうし)

先日、所用で、日帰りで新幹線旅行としゃれこんだ・・・・というか、死にそうな友人のお見舞いで、仕方なしである

そんなに遠くないし、盆前で「こだまちゃん」なら空いているだろうというセコイ考えで自由席で・・・・

あにはからず、結構込んでいた。

でも、ちらほら空いていた。

二人席の通路側が空いていたので、座ることにした。

窓側は、口開けて爆睡モードのねぇえちゃん

私は、戦前の「蓄電池車」(大村大三郎著 オーム社)のコピー本をちまちまと読んいた。

反対側の三人掛けの座席はちょっと異様だった

三人掛けに、爺さんが一人で真ん中に鎮座ましましている。

そうして新聞を広げて読んでいる。

両側の椅子には、荷物である。

常識ねえジジぃだなぁと思った。

左右の空いている席には、一つはお土産ぽいのお菓子の袋?・・・・、一つは小さな手提げみたいな袋?をそれぞれの一座席に1個づつ置いて、三人掛けのその真ん中の席に鎮座ましましている。

新聞は、途中で読み飽いたのか、畳んで袋の上においた

夕日新聞・・・・

二駅すぎるころには、車内は一杯になってきた。

某駅で、初老?というか、70過ぎた鶴のような爺さんとばあさんの二人連れが来た。

二人が座れる席はない

すると三人掛けの椅子に一人で座っていた爺さんに

ここは空いているのか?

と聞くと、爺さん一瞥もせずに無反応

尋ねた爺さんは、二回ぐらい聞いて反応がないので、

「手荷物は網棚へ」というと

爺さん小さな声で「ウルセイ、黙れジジイ」(本人もかなりの爺である)

声かけた爺さん、

「ジジイとはなんだ、高齢者いたわったらどうだ」

聞いてて妙な気がした。

座ってる方は60代ぐらい

立ってる方が70代ぐらい

多分、10から20歳ぐらいの開きだろう

70の爺さんから見れば、60代は若く見えるのかな?

60代の爺さん

金払って乗ってるんだ文句いうな

ここで、「ジイサン、あんたさん三人分の運賃払ったわけじゃあるめい」と云うと

鶴ジイサン、「三人掛けを一人で占領するのは不法占拠だ!」

ここで、すわってる爺さんは、「面白くもねぇ」と云って

一番通路側に座りなおした。

鶴ジイサン二人は座ろうにも座れない

(意地の悪いジジイだなぁ)

「常識のねぇじじが、どいてやれよクソジジイ」

と聞こえよがしに云うとぶつぶつ言いながら奥に座りなおした。

鶴ジジイ夫妻は、通路から1個目と2個目の座席に座った

鶴ジジイは、真ん中

私は、目的地の駅が次の次になったので、降りる準備を始めた。

ごみを捨てに行き、厠へ行って。

本をカバンにしまって。

お迎えの友達へメールを打っていた。

すると件(くだん)の奥に座った爺さんも降りる様子で、しかも次の駅でおりるう様な感じだった。

ジイサンなんか言っている。

しかし、今度は、鶴爺はどいてやらない。

折り畳みテーブルを広げてふたを外した状態のコーヒーを置いたまま

奥の爺さんが、「降りるので通してくれ」というと

無視

こだまちゃんは減速モード・・・車内アナウンスも入る・・・

奥の爺さんが

頼むから通してくれ。

鶴ジジイ無視・・・・

奥さんまでテーブルを出して、お弁当を出す素振り・・・

このジイサンばあさんも性格が悪いなと思いつつ、

この老人3人の行動を見ていると馬鹿じゃなかろうか・・・・・と

私は、友達のメールを読んでいると

鶴爺さんが、「コーヒーがこぼれてやけどをしたら傷害罪だな…」と

奥の爺さん「次で降りるんだ、孫がまってるんだ」

鶴爺、「自分の言ったことを考えろ」

奥の爺さん「頼むから通してくれ」

鶴爺 無視

駅に着く

爺さん降りれない・・・・

鶴爺、おもむろにコーヒーを飲む。

ばあさん、弁当を喰う

奥の爺さん座りなおす

こだまちゃんは出発・・・

奥の爺さん

携帯で電話かける・・・・

鶴ジジイ・・・「車内では通話をしない」・・・

奥の爺さん、「乗り遅れたからまっていてくれと」通話続行

鶴ばばあぁ・・・「最近の若い人は常識がない・・・」・・・・

私降りる駅が近づくと、鶴ジジイ夫妻はようやく折り畳みテーブルをしまった。

奥の爺さん、無理無理通る

「このクソ爺」・・・

私と同じ駅で降りることに・・・奥の爺さんは、あわてた様子で出口に向かう。

私は、カバンだけなのでゆっくりと立ち上がると

すると、鶴爺夫婦もたちがる・・・なんと降りるではないか・・・

ホームにおりると、件の爺さんは駆け足で、下りのホームへ向かった。

このジイサン二人は、社会性が欠如しているというか、底意地が悪い。

人が困るのを見て嬉々としている。

因果応報?だなぁと思いつつ、

改札を出て立ち停まってメールを、読んでいると

鶴ジイサン夫妻も出てきて、おばあさんが電話をしている

爺さん、手に持った新聞を広げた

夕日新聞・・・

なんとなく納得した

底意地の悪さは、こういった処に現れるのだぁと。

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暑いわ・・・・

毎日毎日暑い

既に、熱い

名古屋は、41度越えの日、外をてくてく歩いていた

くらくらするような暑さで

バス停で、待っているのもつらい

駅のホームもつらい。

JRはクーラー付きの待合があるのですこし楽

名鉄は・・・・ほとんどない

仕方なく、ポカリを買おうとすると・・・・売り切れ

仕方なく水、お茶を買う。

一気に飲む・・・少しクールダウン・・・で待っている間、ぐったり

ある駅の真ん前の家(うち)の(うち)おじさん、いつも外に出て日向ぼっこ?をしているが

さすがにいない・・・

で、今日も、某三河のの駅で降りると・・・・・死ぬほど暑い

国道1号線を渡るも・・・・死にそうなぐらい暑い・・・・で

待ち伏せしたが、マルタイは帰宅せず・・・・汗だくで死にそう・・・

へろへへろで帰りの電車は帰省客?家族連れが・・・・山のよう

爺さんばあさんが、孫連れてが多い・・・

この暑いのにである。

若いお母さんとちちゃいちび助を見ているとほほえましいが・・・くたびれるとそんな気も起らない。

で、うちの若い衆のカリメロ君は、言葉も知らんなければ、法律も知らん、通達も読んでない…で、なんでこの処理は、○○さんの審査を通さないといけないんですか、どこに書いてあるんですか・・・・と偉そうに抜かす・・・・

暑いので、何となく・・・プチっと行きそうである。

あー雨降らないかなぁ・・・・

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報復合戦

中国と米国の貿易戦争?が楽しい状況になりつつある。

どの新聞を読んでも、米国の無謀な行動を非難している。

中国の報復関税を何となく好意的に書いている・・気がしたりするのである。

日本の時は、報復合戦にならないように交渉で、要求を飲んだし、その結果、米国内での生産現場を確立する足掛かりにもなった。

トヨタ、ホンダ、ニッサン、マツダ、いすゞさえ進出した

自動車以外でも同様である

先般、インスタント麺の世界規模の展開について調査した本を読んだ。

インスタントラーメンは、日本では麺の食事、欧米一部東南アジアではスープとして食されていることがわかり興味深かった。

日本、台湾、中国、韓国以外では、麺は短く、スープの具という塩梅(あんばい)である。

当時、日本の製品は代替え性が低く、ほかの国から調達が可能というわけでもなかった点も幸いして、ほどほどのところで落ち着いて、結果、海外進出のノウハウを経験することができた。

米国、メキシコ、欧州、東欧、ロシアへである

一巡して日本に帰りつつある。

中国の場合はどうだろう?

米国が困ることをしてやろうとという事だろうが実際、中国はかなり分が悪い。

中国製品の多くは、他国から調達が可能である。

また、中国はエネルギー食品の多くを米国からの輸入に頼る点は、非常に分が悪い。

新聞は、馬鹿なのか、中国好きで、脳味噌がすでに腐敗しているのか、中国の優位性を訴え、米国の大統領の決定に冷笑を向けている。

関税を上げることで、日本の企業が何千億と支出が増えて困るという云う観点の記事も多い。

しかし、現実的には、工場での就労者数の減少傾向である。

国内の雇用、工場の維持には務めるとの主張ではあるが、需要の減少もあり、当然の用に国内の生産も減少する可能性は高い。

例えば、トヨタなら一時金の支給をカバーできるだろう。

頭の悪い組合幹部も仕方無いと肯首するであろうことは想像できる。

輸入関税が高くなれば、当然の様に輸出を減らし、米国での生産を増やすことになる。

雇用の確保はする、だから一時金は下げるよと云いう論調になろう。

閑話休題

中国は、現在、労働者の給与は急上昇である。

既に、安い感覚はない。

多くの日本企業は、タイ、ミヤンマー、ベトナムに移動している。

中国で布を製造、韓国の糸を生産、布と糸を現地送り、縫製を行わせる。

検品は、日本人の縫製業のあぶれ組が現地に行き指導する。

縫製業は、ベトナム、ミヤンマーでも検品体制が整えば、中国での生産は壊滅的になくなる可能性が高い。

日本の縫製業の現実を見れば、少量生産品が国内の残っているだけである。

時々、ある地域に行くと、驚くのであるが、いまだに織機を稼働している工場がある。

こうした織布、糸を使い、国内で衣類を製造しているメーカーも、ごく少数であるが存在する。

しかし、縫製に従事している人々は、地域というか、地区によっては中国人の研修生がほぼ100%を占めている。

日本で、日本人が縫製をおこなっているところは、短時間のパートを複数雇っているところがあるぐらいである。

例えば、中国人研修生を、中国から連れてきて勤務させる経費と、40代以上の元縫製業従事の婦人を複数人数パートで雇用する場合でどちらが経費的に有利か?

縫製業が盛んであった地域は、パートに軍配が挙がる。

しかしながら、縫製業が盛んでない地域は、募集をかけても来ない。

大体、元縫製業従事者と云っても退職後ブランクが長い人は使い物にならないし、働くこともない。

地域格差は、縫製業がいつ衰退したのかによって変わってくるのである。

また話がずれた・・・

中国と米国の貿易戦争の余波は、日本にも来ることは確実である。

新聞を読むと、全部マイナスイメージである。

ネガテイブすぎる思考パターンは、新聞記者のサガかも知れない

が、逆にこれはチャンスととらえるべきかもしれない。

そう思えない、そう書けない新聞記者は、先が読めない感じがするのである。

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老人と夏

名古屋は、40度超えの猛暑日でしたが・・・今日も今日とて、てくてくお仕事に出歩いていました。

黒いズボンに、汗の結晶が出るぐらいだから暑いのである。

で、某所のバス停に行くと、普通の傘(黒いのね)を、さした爺さんが一人が座り込んでいる。

短パンのようなステテコのような変なズボンにランニングシャツ・・信玄袋という風体は

異様である。

なるべくなら口を利きたくないタイプである。

私は腰痛持ちであるから時々腰が痛くてしゃがむことがある。

爺さんは、しやがん姿勢か安定していない。

ちなみに時間は、灼熱の14時である。

爺さんは、しゃがむというよりヘタリこんだ。

一応、無視もできないので声をかけてみた。

「大丈夫ですか?」

すると息も絶え絶えな感じで、

「大丈夫でない」

「水かお茶ありますか?」

「そん・・・んな・・・ものない」

「ここにお?茶ありますが飲みますか?」

「ええかね」

「まあ、88円ですが」

「金は、・・・・は   ら   う・・・・」

渡すと

「蓋を開けてもらえんかのう」

あけると、グイグイと飲んだ・・・・

「頭が痛いし、めまいがする。」

「救急車呼びましょうか」

「・・・・・・・・呼ぶと物笑いの種になる」

「救急車呼ばないと危ないですよ、熱中症ではないですか」

「・・・・・・ものをいうのが切なくてならん」

で、呼んでみた。

状況を説明して、位置を云い、バスが来るんで放置してもいいですすか?聞くと

そこに居て欲しいとの由

バスはこれを逃すと1時間後か、別路線のバス停まで30分以上歩く羽目になる。

見捨てるわけにはいかないので、仕方く、待っていた。

で、7分ほどして救急車は来た。

親族ですの方ですかというので

「名乗るほどのものでもないし、仕事中なので帰りたいですが・・・

ところで、途中まで乗せてもらえませんか?」

「同行でなら・・・途中で卸すのはムリです」

で、搬送先の病院を聴くと、

○○だという・・・・これはまた駅からものすごく遠い・・・・バスもない・・・・・

結構ですと言いながらバス停近くの日陰で50分どまって帰った。

爺さんは、バス停から4キロほど離れた家から徒歩でここまで来たらしい。

そうして、市営の巡回バスに乗るつもりだったが、バス停を間違えてここへ来たらしい。

ここからさらに4キロ離れたショッピングセンターへ行くつもりだったといった。

なぜ、行くのかと聞いたら

「涼しいからなぁ」と

判らんでもないが…迷惑な爺さんだと思った。

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