« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »

あいち航空ミュージアムが人気がないそうな

県営名古屋空港の南側に、「あいち航空ミュージアム」という航空博物館?がある。

非常に成績が悪くて、他の「かかみがはら航空宇宙博物館」とコレボしては・・・とかショーもない意見が出ている。

ここは、航空博物館と云いうには片腹痛いようなレベルである。

見るべきものは、ほとんどない

YS-11が死ぬほど好きという人にはいいかもしれない。

戦後の軍用機は、0である

MU-2も民間型・・・

三菱、T-2,F-4、F-15、F-2、F-86、SH-60なんかも持ってるのにねぇ・・

多分、愛知県の民主党寄りの人間が多いせいでそれらの展示ができないと踏んでいる。

ゼロ戦が・・・・見たいという人にも、いかもしれない。

ゼロ戦は、、資料室の建物が耐震不足で閉鎖された後で借り出しているものであるが。

ゼロ戦の設置に、市民団体と自称する共産主義ファシストが、「戦争を賛美する」から展示を止めろとねじ込んだ。

県知事は、不見識な人なので、適当にごまかした。

で、このゼロ戦はいずれはいなくなります。

 どうも、三菱としては、ゼロ戦ゆかりの地である、大江に資料館を作りそこへ移送する可能性があるというのデアル。

 MRJが済んでからぽいので、まだ数年は見学する余裕がるかもしれない。

 このあいち航空ミュージアムで唯一見るべきのは「愛知航空機100選」模型のみである。

 入らなくても見えるのは、黒沢監督が監修したというJASのレインボーカラーの置物

 これは見た方がよい(懐かしいという感じでですが・・・)

 実機の他の機体は・・・MU300、MH300(ヘリ)、MU-2、名市工フライアー・・・・なじみのあるのは・・・MU-2Uぐらい・・・・

 よくわかんないビデオは、画像は荒いし、こーなんというか、連続感がない

 接続が悪くて、安手のドローン撮影でゴマ化した感がアリアリ。

 で、入場料は1000円である

 これは、まあいい

 年間パスポートが・・・・4500円

 この辺の年間パスポートで一番高い

 各務原航空宇宙博物館は、年間パスポート2000円で、機数は多いし楽しめる、又行きたいと思う・・・

 2000円払って、10回以上行ったのでOKである

 トヨタ博物館 3000円である・・ちなみの今年は57回も行っているので元を取ったという感じではない。

 トヨタ産業技術記念館は、1200円である。

 あいち航空ミュージアムが異常に高いことがわかる。

 絶対に、5回以上来るはずない設備である。

 私感では、一回でいいやと云う感じ

 ちなみに、2回目はないぞ・・・・

 愛知県の企業庁て本当に商売が下手である。

 某会社の社長さんがこのミュージアムについて意見を求められたので、飛行機2・3機おいてさ~ミュージアムだといってもダメではないかと云ったらしいが・・・

 行ってみて・・・・これは、ダメな典型だなぁと感じた次第です

 

 

 

 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

やる気が出ないのは?

やる気が出ないと言いつつも、いろいろと問題が噴出です。

某クラブの某下部会

某クラブの会員で定年退職後の余暇の消費しての集まりで、ツーリングを楽しむ会を作りたいと言われたので承認しました。

某クラブ名を名乗る、その支部の下部組織と云う名目でしたので、あくまでも、見知った仲間を連れて行くという事でした。

最初は、たかが知れていました

特に、管理しないから、責任者を決めて、勝手に運営してしてくださいと言いました。

現在も会の運営をしている者はいないようで、幹事が毎月の持ち回りツーリングを統括している形らしい。

FBに会の状況が載るのでなんとなく後からわかるという感じである。

最初は、某支部の運営スタッフの定年退職者の集団であった。

しかし、分派行動がしたい某Tさんが、誰彼となく誘うようで、現在は、膨張して、全然知らないというか、本体の某クラブ員(年会費を払っている、払っていた人)だったこともなければ、某支部のイベントにも来たことがない人まで入っているようである。

フェイスブックにその会の入会と云うか、登録の申請があれば、一応認めてはいるのであるが、誰?と云う人から申請が来る。

おまけに、ツーリングの写真を見ると、知らない人が多い

車両数も多い

距離も長い

10台ぐらい

高性能な車に引きずられる様に、車を買い替えたり、追加したりする人が続出した。

先般は、バスを借りて泊りで遠征・・・・

ここで、ハタと気が付いた。

保険はどうなっていたのだろう?

某産業考古学研究の見学会は、半日でも保険を掛ける

何かあった会として困るからである。

去年、ある集まりで、クレーマーが出現して、クラブ員、上部組織へもクレーマーの攻撃があり非常に困ったことがあった。

このクレーマーを呼び入れた原因もこの会の無責任な者の発言から、来場、クレーマーとなった。

無責任な者は、あんな人物は思わなかったと述べた。

その人物の後からの言動がおかしい点で、その人が来る前に、当然の様に 運営側に警報を出すべきであったが、それさえもなかった。

おかげで、当日は混乱を引き起こした。

その時に、某団体の名前を名乗らせているのだからと云って、ガンガンと責めて行く。

母体の小さな会社なので、当然の様にサッサっと折れる

折れると、こちらに指示が来る。

仕事中に指示が来る・・・勘弁してほしかったわホント

で。

本体の方へ、今回の件を、別件で通話したときに、この会の事を伝えると

回答は以下の通りであった

「何かあった時に名前を使わせているからという事で責任問題を追及される恐れがある。

 こちらへ追及された場合、管理しているいないにかかわらず、使用を許可しているから管理責任があると言われて追及された場合に困る。

 団体の名称、団体の名称プラス支部の名称を使わせることは止めさせてく下さい」

 もうこうなると、そちらで責任者を決めて、管理運営をすること

 某団体の名称、某団体の支部名を削除することを指示するしかないかなぁと思っている。

 他の会員からは、某団体某支部のボランテイアとも、集まりとも関係ない活動という事で除外してはどうかと云う意見も出ています。

 まあ、元々は、分派行動の一環であると気が付いていたので、切り離し時ではある。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

旧八百津発電所資料館

以前ツーリングでおとずれたことのある

八百津町にある旧八百津発電所資料館が、本年12月28日をもって休館となります。
耐震補強工事ができない場合は見学の再開は無いかもしれませんので、お知らせします。
https://kankou.yaotsu.jp/2016/06/09/hatudensyo 
http://www.nihon-kankou.or.jp/gifu/215058/detail/21505cc3290118037 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

55周年?

なんだか仄聞であるが、55周年記念をやるらしいと聞いた。

あと2年である

50周年から、もう3年たった。

でもたった、3年ともいえる。

この調子で行くと、60周年、65周年、70周年、75周年とやるつもりかと聞いてみたい。

現在、多い、定年後退職金でヨタ買って「うれしー人たち」は」、大体、60歳から65歳ぐらいである。

この手の人は生い先が短いから、当然様に、5年おきが楽しいのかもしれない。

でもデアル、単に集まってどうしたい?

旧交を温める人も居ないだろうに・・・

部品を作ると云いながら、車検部品はなーんの話もない。

それは、マフラーは確かに欲しいとがいるかもしれないが、個人レベルで作れてしまう。

一番欲しいのは、車検関連部品、特にブレーキではないか?

マスターシリンダーインナーキットは、欲しい人がたくさんいる。

ホイールシリンダー部分のパーツも欲しい人がいるはずである。

インナーキットはセイケンから今でも出る。

でも、マスターは出ない。

汎用品を流用する話もあるが、やはり純正に準じたものが欲しい。

そういったパーツの再生産をお願いするのはいかがだろうか?

予約で、前金で、100台分を作ってくださいと頼めないだろうかと思うが・・・

ヨタのオーナーは、壊れないとパーツを買わないとと云う悪癖があるので難しいだろうなと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

宗教など、死ぬ行く人へ

人が死んで思う事
若いころ、死について、よく考えることがあった。
恰好をければ、「「哲学的な思考」、単純に言えば、「死とは何か」を延々と繰り返して考えていたことがある。
 古代佛教哲学の本や、旧約聖書、聖書、はたまたコーランを和訳本ではあるが、膨大な量を読み込んだことがある。
丁度、大学生のころ、いろいろの思い悩むことがあった。
いろんな神話を読むのが好きで、いろんな国の伝説のような本を読んでいたことがある。
ある本を読んでいて、お父さんことを「アバ」という言葉があることを知った。
中東からモンゴルにかけての地域である。
パパと云う言葉がある
中国でもパーパという
言葉が近しいという事は、考え方も似ているのではないかと思ったのである。
そうして、読めば読むほど、原話と云うことを考えるようになった。
話の元ネタは同じではないか?
そうして、昔の考え方を知るのは、当時の宗教書を読むに限ると思った(独断と偏見である。)。
当時の私は、理論的思考の人である。
専攻は数理経済学で、統計学を勉強していた。
でも、情緒的な考え好きである。
が、一面、美術好きの文学青年であり、なぜか、死にゆく人をおおくみていたので「死」とはなにか、「生」とは何かとと云う事ばかり気にしていた。
そうして、いろんな本を読んだ。
教会にも行った
本は、主に、東洋文庫の本を買いあさって読んでいた。
読むスピードは速いので、二度三度と読むうちに理解できるようになるという奇妙な経過をたどりつつ読んでいた。
すると、個人的な経験が、宗教的な救済を求めないという考えかたがあることに気が付いた。
以前書いたことがあるが、基本的にはキリスト教を信じない
魂の救済も信じない
魂の存在さえ認めていない。
そうして、生きるという事は、死との対義語的意味あいとして重く圧(の)し掛かる。
それは、うちの家訓で、刻み込まれている言葉
「人のためになることをしなさい」
である。
そもそも、人の為とはいいながら、究極自己満足の代謝行為ではないかとおもった。
「人の為」という事はよくわからいから自分で考えても限界がある。
彼女に聞くと、困ってる人に施しをするのも手段と云われた。
そうして、アルバイトをして、稼いだお金を、孤児院へ持って行って寄付したこともある。
(近年、母親が、同じ孤児院へ同じような事をしていたと知りちょっと驚いたりもした。)
その気持ちは、「人のため」とは何か?
現実的には「何をしたらよいのか」と云う疑問から来いたのである。
それは、生きている人が対象なんか、死んだ人も対象に入るのか?
最近、ある人が、学生運動華やかりし頃に、価値観で悩んでキリスト教に帰依したと知った。
私は個人的な経験で、キリスト教に従事する人を嫌悪している。
(日本の仏教にも、その点では嫌悪している。)
だが、彼は、自分に一番、合う考え方として、キリスト教を選択した。
それは、何となく、彼らしいと思った。
人間は基本的に、生まれて、そうして、生きて、死ぬのである。
キリスト教の神は、信仰に対して、回答をしない。
信仰心を神と問うても一切の回答はない。
一方的な信仰を求める。
そうして、信仰の有無で、人の魂の救済が分けられる。
それは復活の予言でもある。
又、神の記憶でもある、神は、その人を、信仰を持った人を忘れない。
永遠に記憶する。
それが、キリスト教であるという理解である。
人は、生きて死ぬ、意味があるとかないとか関係なくその繰り返しである。
以前、大高公園で美容師のカップルが拉致され、監禁凌され殺されるという事件があった。
女子高生が拉致監禁されて、凌辱の末殺された。
殺したのはいずれも未成年である。
これらの者は、罰を受けることなく(少年院に入ったのは彼らから見れば罰にもならないだろう。)、ノウノウと生きて悪を重ねている。
殺された方が不幸で、殺した方が幸福であるべきではない。
殺す側の人権を叫ぶ人間は、殺されてみるがいいと思う。
その手の人は、殺されるまでは人権があるという。
死ねばないのかもしれない。
でも生きている周りの人間を嫌悪させる、その人たちの人権は踏みにじっている。
無抵抗になった側を殺すのは容易(たやす)い。
自分が弱いから、無抵抗にしないと殺せない。
此奴らを生かしておくぐらいなら、もっと他の人を生かしてほしい。
そう思う。
犯罪者を擁護する弁護士がいる。
自分たちの主義主張の為である。
生きている悪党には人権がある
殺された人には人権がない、死んでいるから。
親族の人権は、顧慮しない。
ここで、殺された人の魂の救済はあるのか?
そう思う。
すると、時々、暗い衝動が自分の気持ちの中に浮かんでくる。
自分の気持ちが逡巡するとき、
自分はどうなんだ、と思う
自分は、自分で悪党だと思う。
以前、仕事で、いわゆる反社会的な団体の構成員と話をしたことがある。
一般的な人から見れば、その人たちを怖がるらしい。
ある時、担当が居なくて上司もいないので、仕方なく対応をした。
以前(32年前)の記録を読むとどうも、やくざの一員らしいことはうかがい知れた。
私は、仕事なので、と云うか、状況を楽しむという悪癖がるので、いわゆる、一般的な質問をどんどんぶつけて行った。
向こうは防戦しつつ、いろいろと語るが、こちらの聴きたいことを全部聞き出せた。
まぁ、向こうは、明日担当がいるならもう一度来ると捨て台詞を残して去っていった。
すると、翌日、来た。
開口一番、担当者に、「あいつは何だ?」と聞いたそうである。
「得体が知れない」とも云ったそうである。
何となく、嫌な感じを受けたのかな?と思う。
嫌な感じを受けるというのは、勘がよいという事である。
勘の悪い人は、人類みな兄弟と云う、キリスト教的な発想の人が多い。
人には聞かれたくないという事がある。
意外と、聞かれたくないことは、話したいことでもある。
そうして、途中を省略していえば、最終的には人は、「生まれ、そうして、死ぬ」
死ぬという事は、どういう事なのかと考えるようになった。
そうして、すべての宗教がと、いうことはできないが、生きていく上での安全弁であるという認識になった。
今の私の死生観は、死んだら人は虚無の世界、というか、自然に帰るという思想に至った。
だから、神様(西洋風、中近東風)、仏様(亜細亜的浄土感)について、一切信じていない。
金をむしる宗教を、信じなくなって久しい。
信じているのは、日本的な自然を対象とした自然信仰とでもいうべき宗教観である。
今回、久方ぶりに、キリスト教への信仰への道との司祭の言葉を聞いて、何となく、求めよさらば救われんと云う言葉を、ふと思い起こした。
そうして、信仰によって救われる人
信仰が、人に救いをもたらすという点では、必要なモノと考える必然性があるのかな?
と思い。
かつ、人には、それぞれの悩みがあり、その回答を用意できている相手が、その人にとっての救い主、神であると考えようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

研究など

 研究で、豊田自動織機製作所自動車部と中京デトロイト化の関連をシンポジュウム用の資料の作成を要請された。

 締め切りは年末である・・・

 で、調べていた不思議に思ったことが多々あったで、戦前の商業登記簿を取らなければならない(とらなければならないと云う事はないのだが、事実確認である。)

 設立からトヨタ自動車が分離するまでの年間でを取るのだが、1部600円である

 いくらになるのか怖い・・・

 以前調べた、ヒノデ自動車製作所は、ヒノデ紡機製作所を含めて3600円(6部)であった。

 ヒノデ自動車は、登記簿によれば、大正8年設立、大正8年清算登記・・・、抹消登記は昭和も後年であった。

 ヒノデ紡機は、ヒノデ自動車の出資して翌大正9年に設立した法人であった。

 ちなみに現在も会社は残っている。

 実体はない…現地確認もした、貸し駐車場を営業していたが、その場所も11月30日で閉鎖になったので、どうなるのかわからない感じである。

 昭和2年の工業調査報告では、50人の職工を雇用していたので、当時としては大規模である。

 商業登記簿は、非常に貴重な資料であるが、なぜか研究者は現物を確認しない。

 豊田自動織機製作所の「四十年史」に書いてあるとあっても、実際の登記はどのようにな文言で目的を追加したのか確認ができる。

 だから、登記簿を確認しなければならないのである。

 で、刈谷支局に確認したら、三河の古い登記は岡崎支局にすべて移管済みとのことであった。

 そこで、明日は昼から休暇を取って岡崎まで行くのである。

 チョっと中身を見るのが楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日産て・・・

新たな事実なのかよく判りませんが・・・

日産のゴーン氏が、現在の経営陣の首のすげ替えを、画策していたという事が報道されていた(日本経済新聞)

取締役複数に相談をしていたという。

ついでに、現在の代表者は、ゴーン氏の多額の後払いの報酬について決済(承認)をしていたという報道もあった。

つまりは、現在の経営陣は、自己保身のために、ゴーン氏を告発したという図式が見える。

また、後払い高額報酬に承諾の決済をしていたのではあれば、当然責任を問われる。

いくら検察取引をしたといってもこの責任からは逃れらないだろう。

つまりは、愛社精神とか、日産の地位向上、日産独立性の確立とか・・・いう事は、二次で実際は、自己保身・・・・が第一義的・・・・

何となく、茶番を見ているようである。

日産らしいと云えば日産らしい。

何となくやっちゃったニッサンの感じは強い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日産の勘違い

日産のゴーン氏の事はよくわからない。

なんだか雲行きが怪しい気もするが、公判を維持できるのかどうか楽しみである。

続報待ちなのだが、日産の幹部は、ゴーン氏への丸投げ状態だったらしいことが分かってきた。

しかし、日産て、ほんとダメな会社だなぁと思う。

戦前の余波(自動車製造の指定会社になったこと)で、食えてた感じがするのは気のせいだろうか?

どの時代でもとは言わないが歴代社長が独裁に走る傾向があると思う・・・何故であろうと思う。

戦後、創業者の鮎川儀介氏が事業意欲をなくしたことが大きいのではないかと思う。

戦後は、ほぼ無関与であったという。

日産は、東京近郊という事もあり、共産党の細胞の侵入が激しかった。

結果が、労働争議ははがしくなる、GHQも共産党的な人物が多かったので、放置。

結局、雇われ社長だから要求ほぼ丸呑み。

組合と会社の関係はここで決まった。

労使協調ではなくて、共産党系の労働組合の意見丸呑み傾向になった。

この状態が会社に与えた状況は非常に悪かった。

なんでも現場責任者の意見が通る。

新型車の開発にも口を出す・・・

ある記録を読んでいて思ったことは、戦後東ドイツの企業の慣れの果てとよく似ていた。

いい製品を作っても、東西両國に分かれているが、最終的には、ブランド争奪戦を行い東側が負ける。

ブランドの看板がなくなると販売が厳しくなる。

戦前の製造の維持に力がそそがれる。

労働者の権利は、1000%ぐらい守られる、生産は悪い、新しいものは否定される。

労働強化につながることはすべて拒否される、労働者はドイツ賃金同一労働に守られて、労働生産性は下がる一方である。

働いて、さぼっても給料が同じなら、皆がさぼる。

給料は低い

製品の横流しをする。

生産性は下がる・・・・配給物資は細る

でも組合幹部(共産党員)は肥え太る・・

おまけに、世間は、密告社会(これは戦前のドイツで、ゲシュタポが奨励した通報の制度がそのまま継承されたので子供でさえ信用できない社会を作り出した。)。

こうした傾向は、共産主義社会特有の腫悪のようなものである。

自身を批判されないために、批判する方を規制する、発言を規制する。

日産の倒産直前の状況は、なんともなならないほど悪化していた。

共通認識は、

「先送り」

「トヨタに勝てればすべてOK」

「大きな会社だからつぶれない」

「トヨタが成功したものは、まねればいい」

苦しい時きに考えるからこそいいアイデアが出るというもであると思うだが、会社の幹部が苦しいと逃げる傾向があればすべてに伝搬する。

みんな逃げで、すべて先送りの傾向があったことは否定できない。

最終的には、借り換えができないので倒産しそうになった。

そこで、ルノーに助てもらった。

ゴーンが来た。

社内の不要な財産を全部売り飛ばし、従業員を解雇して利益を出した。

別に日産の車が売れるようになったわけではない。

日産の車が良くなった訳でもない。

前に書いたことのある、いすゞも危なかった時に現会長は、同じことをやった。

見本は、ゴーンである。

例えば、日産の電気自動車についてである。

日産が三菱を買った理由は、電気自動車と云う意見がある。

がどうだろう。

三菱の電気自動車が評判が良かったとは聞いたことがない(自動車雑誌の好評なんてほとんど嘘である。)。

買ってつかってる人に聞いたことがある。

充電には時間がかかるし、空調を使うとすぐに走行可能距離が減る。

気がるに乗れる車ではない。

という評判だった。

ついでに、日産の電気自動車は自称、広告ではいい車である。

だがユーザー的にはどうか?

その問いに対して、最初のモデル買って2年乗って止めた人に聞いたことである。

ある田舎都市である。

駐車場は借りている。

自宅は、駐車用が狭くて尻が出るので、外にに借りた。

まず、最初の半年で、給電する場所で行き先が決まるという不都合が発生

1年たたないうちに、給電しても充電しても、走行距離が下がる・・・という事態に。

1年半後には、バッテリーが寿命と云われて交換するように言われた。

高くて交換する気にならず、時々充電の為に乗る羽目になった・・・

このころ、子供がプリウスPHVを買った・・・・

そこで、日産の電気自動車はお払い箱・・・

同じ様な話を3人から聞いたので、世の中的には間違っていないと思う。

宣伝、評判倒れと云うことは理解した。

日産の電気自動車の新型が出る前後、ありとあらゆる媒体を使って新型をほめそやした、が、である。

電気自動車は売れない。

と云うか、日産車は売れない。

端的なのは、路上で見かける車の種類である

ほとんど普通乗用車は、トヨタ、マツダ、レクサス、スバル

軽自動車は、鈴木、本田、ダイハツ

逆に、ハイエースそっくりのNVなんかもあまり見かけない。

ここ十年ぐらいで、一番見なくなったのは、日産、ホンダ。

ホンダの普通車はほぼ皆無1週間に1度もみない方が多い

それよりレアなのが、普通のセダン系のニッサン

田舎の勤務なので、時々、ふるーいブルーバードに乗ったお爺さんは見ることがある。

セドリック、グロリアはまず見ない。

日産の車は売れていない、日本での販売台数は、5位である。

日産の利益がルノーに吸い取られ、海外進出、海外委託生産が増えて、外国生産シフトが続く中、日産は、ここ10年間エンジンの新規開発をしていない。

最も、日産は自社開発エンジンがほとんどない。

云うか、日産のエンジンは、ほぼ他人の改良型でしかない。

日産70型にしても、戦前のダットサン、戦後のストーンエンジン、プリンスG型系列エンジンぜーんぶ他社の模倣である。

RB系は違うという人がいるが、L型直系なので、L型の源流はG型、つまりはプリンスである。

プリンスのG型は、メルセデスのエンジンコピーなのである。

R35GT-Rは、RBをあっさり捨てている。

デザインの制約が大きいという話を聞いた。

V型ならば、スポーツカーぽくノーズを低くできるというメリットからの採用とも聞く。

(ちなみにRBエンジンは、頑丈であるがゆえに重い)

性能的にも、VG形で十分との判断がなされたのではあるが。

閑話休題

ある会社はいつも社員に、。「うちの会社は何時つぶれてもおかしくない」と云い続けている。

社員は、まさか?と思いつつも気を引き締める。

だが、日産も三菱も、危機の時に、「うちがつぶれるわけはない」と高をくくった発言か従業員、幹部職員から漏れていた。

三菱は、1回目、2回目危機の時も社内は、危機感ゼロだったそうである。

三菱にいる友人に聞いたら、社内の雰囲気は

「三菱グループがつぶすわけがない」との意見が多数だった。

社内の雰囲気がだれていれば当然の様に、子会社もだれる。

スバルの検査工程の違反も、日産の支配下にあった会社への日産の社風のと云うか、労働組合の共産党の浸透で、悪い影響がある。

日産のルーツ(歴史)はと云えば、脱兎号に始まる「ダットサン」と云う人がいる。

が、これも買収した会社である。

 ついでに、日産は、ダットサンの名前を捨てた経緯がある(アジア向けは再使用しているが、戦前からの系譜はない)。

 日産の最大の欠点は、鮎川氏による産業の創設と云う目的の為だけに作られた会社であると云いう事実が「車を作る。」意思と云うものを感じさせない。

 日産自体の目標は、GM、FORDの日本の工場へ部品の納品を目標とした会社として創立された、しかし、軍部の横やりで、GMとの合弁もできず困っていた。

 そこで、つぶれたグラハムページ自動車会社の設備をトンいくらで買い、図面冶具一式、未完成の図面、技術指導一式取り混ぜた状態で購入した。

 そうしてできた日産70型は、グラハムページの乗用車のまるっきりコピーだった。

 多少違うところがあるようで、航空技術者の米国人が、トヨタ自動車博物館の所有する70型フェートンを足しげく調査したことがあるようである。

 金型もすべて購入したので、最初の完成車のホイールカバーは、「グラハムページ」であった。

 急遽、NISSANに変更されて、お披露目に間に合わせとのことである。

 そのNISSANのホイールカバーは現存しないようで、カタカナのニッサンは日産本社、トヨタ博物館に現存する。

 たまに、日産自動車の系譜は、ダットサンだという人がいるが、単に買い取っただけである。

 社内の感覚は、根がない会社と云ういイメージがある。

 無理やり、ダットサンをつなげたくなるのは判る気がする。

 いまいち根っこがない。

 ダットサンもグラハムページも、買収されただけで、日産への會社としての連続性はない。

 プリンスも同様である。

 元プリンスの社員は、冷遇され役員にはなれなかった。

 日産には、どこか、根のない感じがするので、厚顔無恥である

(ある展示で、プリンス自動車の「スカイラインスポーツ」は展示されていた

ナンバープレートには、 「ニッサン スカイラインスポーツ」これを見て

まず思ったことは、「ニッサン(旧プリンス) スカイラインスポーツ」とすべきだろうという意見があった。

自動車史を知っている人は、日産は直接関与していない車を自社の製品と書くところが

「ひどいよね」と云事になった。

日産の悪口を書いたら、ヘリテージの担当者(2名ほどしかいない)の一人がかみついてきた。

日産70型のホールカバーの事を書いたら、最初から「ニッサン」と書いてあった主張

ついでに、日産80型のカタログにはそうなっていると来た。

ちなみに、70型はセダン(とフェートン)、80型は、グラハムの図面から作ったトラックである。

当時のカタログは、写真ではなくて「絵」である。

カタログの資料的価値はあるが、現物の資料とはなりない。

だって、書き手と云うか発注者の意図が明確に出るからだ。

悪く言えば、なんとでも書けてしまう。

彼は、「カタログに書いてある」を難くなに主張する。

ここで、日産らしいなぁと

ゴーン氏は、守銭奴かもしれない

でも、自分たちの勘違い、

世界第二位の自動車グループ(ルノーのパーツとしての一員)としての第2位であることを、

自分だけの力で、

「トヨタに勝った」と思い

ルノーにむしられるのは沢山だと思ったのなら大間違いである。

個人的には、結末が楽しみである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年11月 | トップページ | 2019年1月 »