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シンポジュウム原稿(年表)一応、校了

11月の末に、自動車関連のシンポジュウムの原稿作成依頼をされました。
戦前の自動車工業に関する知識をかわれてのことでしたが・・・・
中京デトロイト化と豊田喜一郎氏の軌跡を文章にといわれましたが・・・論文を書くのは、卒論以来という体たらくある。
1か月不眠不休で書いたら・・・100トンぐらいのダメ出しでした。
論文の体をなしていない・・・
ただ添付資料と作製した年表が意外とご好評でした。
そこで愛知県下の自動車工業に関する事項、関係する企業、中京デトロイト化関連企業、豊田喜一郎氏、豊田自動織機製作所の設立、生産設備に関する年表を作成することにしました。
最初は、小型車の「ローランド号(みづほ号)」三輪車の水野式、ジャイアントも加えておりましたが、長いということで削除
新聞記事の記述もほとんど削除・・・でも15頁もある。
会社関係は、関係法人の商業登記簿を設立から昭和27年を目途に徴した。
1部600円である
トヨタ自動車工業、豊田自動織機製作所、豊田紡織、愛知製鋼、豊田式織機(豊和工業株式会社に合併するまで)、岡本工業、岡本自転車自動車工業、岡本兄弟商店、瑞穂工業、みづほ工業、高内自動車工業、ヒノデ自動車製作所、名古屋自動車工業、名古屋車体製作所・・・・・等々を徴した。
現存している会社は比較的簡単に…とはいえい3時間ぐらい待たされましたが、何とかその日にいただけました。
現存していない会社、商業登記簿上は現存しているが、実態はすでにない会社は非常に困難で・・・大体、2日ぐらいかかりました。
各法務局のスタッフの方々にはお世話になりました。
自分で云うのもなんであるが、豊田喜一郎という人物の偉大さを痛感した2か月であった。
調べれば調べるほど、恐るべき意志の力を持った人であったということである。
トヨタ車体の技術部長で退職されt神谷忠一さんという方の残された「私の履歴書」という私家版の履歴書は大変面白く、豊田喜一郎氏の人柄をうかがい知るのに良い記述が散見されます。
また、菅ヘッドの参考文献が記載されていたので思わず米国から取り寄せてみました。
「Hight-speed conbustion engines」P.M Heldt
本は、20ドルちょっとでしたが…・送料は…4500円ほど・・・・
売り主の米国の古本屋から、「日本に送るのか?送料は40ドルだが?それでも買うのか?」ときた
買うと即答した
必要不可欠ではないが、どんな本か見てみたいという興味は金には代えられない。
国内の本屋も探しましたがありませんでしたので、サッサと購入しました。
二週間も待たずに届きました。
ドキドキしながら頁をめくると、エンジンの高性能化に関して各論に分けて、説明をしてる本でした。
あんまり図はない
でも、エンジンヘッドの断面図がありました。
神谷さんが、参考にしたのはこれであろと想像ができてうれしいのである。
最初のヘッドの断面形状のわかる図面と菅ヘッドになった、A型エンジンヘッドの断面図があれば言うことはないのだが、長い道のりであることは想像に難くない。
一枚一枚、資料をめくり、国会図書館の蔵書を図書館のPCで、延々とあるか、ないか判らない資料を探す気分は、金鉱堀のような気分である。
問題は、探し出しても金の様に金にはならないということである。

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終わりが近い日産

新聞報道の意味がほとんど意味をなしていない気がする。

日産は、金を生む卵の様に、ルノーに利益を上納してているよな記事が多い。

皆さんこう考えないのだろうか?

日産のゴーン氏は、ルノーのCEOの地位を維持するには、日産からの上納金が必要と考える。

前から書いていいるが、日産のV字回復は、日産の資産を売り飛ばし、かつ、人員整理、工場閉鎖で経費を一気に圧縮して、利益を出した。

その間、本業の車は売れていない。

ここ数年の日産の業績、自動車販売という点では、低迷している。

売れているのは軽自動車とノートぐらい・・・

マーチは、完成車の出来が悪すぎて、リピーターが消滅した。

古くからの日産のファン、セドリック、グロリアといった車種のファンは、すでにいない。

世代交代が出来ず消滅

で現在は、国内大5位である。

そこで、不思議に思わないのが変だと思うのだが、自動車屋が車が売れなくて、どこで利益を出しているのか?

単純な話で、サプライヤーの契約を切り、安いところに変更、子会社は売り飛ばす・・・

ここで利益を出して居るだけである。

以前書いた、タコの足喰いである。

日産は、いよいよ国内で売るものがなくなりつつある

愛知機械は多分、このままでいくと多分売りとばされる。

愛知機械の子会社の工場設備を請け負っている会社ごと売られるか、分離して売り飛ばすか・・・

つまり、日産は、利益の上納をする原資がなくなれば、子会社にしておく意味がない。

下手したら赤字である。

ゴーン氏は、赤字は困る、ルノーも困る。

赤字になる前に、統合してしまえば、赤字はばれない

ゴーン氏の本当の手腕が評価されることがない・・・

そんなところではないかと想像している。

このあたりを研究というか、検討した記事を書いている記事は皆無である。

ついでに、統合を嫌がる日産は、かつての、合併後のプリンスのエンジニアの末路が目の前に浮かんでいるのかもしれない。

プリンスのエンジニアたちは、結局冷や飯食いだった。

スカイラインがよい成績を上げようが、評価しない。

だから、日産の幹部職員は、経営統合という名前のものとに、合併されると、自分たちの若いころに優秀なエンジニアでも、被合併法人の出身という理由で昇進できななかった先輩諸氏の姿がダブるのではないかと思う。

つまりは、自分たちも、同じことをやられる可能性があるので、恐れおののいているかもしれない。

もしそうなれば、これは自業自得である。

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日産自動車・・・・何を読みに来ている?

なぜか、ここ1か月ほどで日産自動車の企業PCからの閲覧が急増・・・・

トヨタさんは、毎月1回ぺース

本田技研さんは、年数回ぺースである。

申し訳ないが、私の祖父は日産の戦前のフェートを往診に使っていた。

うちの母は、大学時代に、ブルーバードを買ってもらい所謂ファンシスペシャルに乗っていた、社会人になると、通勤にも使って顰蹙をかっていた。

だから、元々は、日産党だったかもしれない。

だが、現在は、日産嫌いである。

自動車メーカーの日産の個性はどこにあるのか?

日産は、大型車は、日産、小型車はダットサンと使い分けていた。

しかし、当時の社長は、北米で成功した片山豊氏への男の嫉妬で、何千億円という大枚をはたいてい、ダットサンをなくした。

以前から書いているが、日産は、日本産業である

満州重工の母体である

日産は、グラハムページ自動車会社の設備、金型、設計図、技術指導も含めて全部買った。

トン当たりいくらでという話もある。

様は、つぶれそうな会社を買いたたいて買ってきたのである。

20年ぐらい前には、設備を全部売り飛ばしたグラハムの会社の廃墟はまだ残っていた。

日産の最初のセダンはほぼグラハムである。

米国の航空技師が、トヨタ博物館収蔵の車と、オリジナルのグラハムの相違点をレポートにしたらしい。

だから、日産のアイデンティティは、グラハムではなくて、ダットサンに感じる社員が多いともいう。

しかし、ダットサンも所詮は、日産が買った会社である。

買われた会社に、アイデンティティを求めるのは無理があると思う。

戦前小型車といえば、ダットサンであった。

シトロエンの小型車、オースチンセブンは草分け的な小型車である。

初期のダットサンが、オースチンから影響を受けたであろうことは想像できるが、実際、どの程度の影響だったのかはわかっていない。

ある先生が、両方バラして検討中である。

その検討結果が楽しみである。

蛇足でははあるが、昭和5(1935)年のダットサンにニッケル鋳鉄がどのようの部分に、どれだけ使用していたの記載してある資料を見つけた。

割合が違うので読んでて楽しいです。

所詮は、買ってきたもので、作った車であるからアイデンティティを持ちようがないと思うのであるが・・・

鮎川氏は、非常にアメリカナイズされた人であった。

無ければ、買ってこればいいという発想だった。

金で、魂が買えるのか?

という疑問がある。

基本、戦後、鮎川氏はすべてにおいてやる気がなくなる。

そうして、日産の組合は、東京に近いという事もあるり、共産党の浸食に侵される。

雇われ社長は・・・・言いなりである。

その辺が、他の会社とは違うところで、結局、組合は、会社を侵食する

製造現場は楽が出きるが、修理する営業店はとんでもない過重な労働を負わなければならないような車を平気で売っていた。

ゴーンさん騒動を見て、日産だから仕方がないよねーという社員がいる。

ちょっと悲しくなるような感じを受けている。

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さようなら日産かなぁ(21190125加筆)

小さなルノーが、大きな日産を支配するのはおかしいと感じている日産の社員は多いらしい。

金がなくて、銀行に見放されて倒産するところを救ってもらっている。完全子会社は嫌だといって、条件の甘いルノーが親会社になった。

ルノーは日産よりも小さな規模の会社であったが、金をを持って引っ張ってこれた。

完全子会社を望んだところは断られた。自分達が、スバル、プリンスに行ったような行為を子会社なってしまえば逆にやられてしまう可能性を感じた可能性があり嫌がったのであろう。

おかげで、他の会社は手を出ださなかったというのが正解。

三菱も、ダメなメーカーの代表

日産の社員と、三菱自動車の共通項は、楽観視である。

ウチはつぶらないというようく判からない自信がある。

大きすぎてつぶれないという事らしいが、山一だって、拓銀だってつぶれないといわれていたが見事につぶれた。

三越はつぶれませんでしたが・・・

日産は、ルノーに統合されることを、本当に嫌がっているのがよくわかる。

プリンス出身者に行った仕打ちをまだ覚えている世代が多いのだろ。

自業自得という言葉を知らないかでしょうね。

今の日産は、子会社をほとんど切り離して、身軽になっている。

元子会社に対する扱いは厳しく、一般的なパーツでさえ供給しなくなったのは、やはり商売をわかっていないというか、日産らしいというか・・・

子会社は、三菱に売り飛ばしたんですが・・・よく考えたら、子会社を、関係会社売り飛ばして、利益確保をしているという事になる。

それは、つまり、タコの足喰いである。

その内、日産は本当になくなるのではないかと思う。

その昔、ゴーン氏のV字回復なんて褒めてた奴らは、売り上げの中身を観察していない表面の金額しか見てない奴ばかりだったので、そんな主張をしていた経済評論家の奴らは、クズなエセ評論家にしか見えなかった。

現在も進行中の、タコ足喰いは、自己の財産を売り飛ばして、利益を出す

最初は、従業員、首にして、工場を閉鎖して経費を浮かせただけである。

その当時、車は、売れていない・・・

ちなみに、現在はもっと売れていない(^◇^)

その当時、之のどこが回復?と思ったものである。

今の時点で、日産がなくなっても影響は少ない

だって、国産大5位のメーカだもの。

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新聞広告のいかがわしさ

電車に、体重が減るとか、読めばどんどん金運がば上がるとか、何万部売れているといういかがわしい広告がある。

また、弁護士事務所、司法書士の事務所の広告で、過払い金の訴訟も何となくいかがわしさを感じる(以前書いた。)。

最近同じような感じを受けることがある。

新聞広告の本の宣伝に何となく「いかがわしい」、と云うか、「こんな本が本当居売れているのか?」というレベルである。

最近、近所の本屋がないので、駅の大きな本屋さんへ行くことが多い。

全国チェーン店なので、有名どころは大抵そろっている。

そんな本屋に並んでない本が、何百万部も売れている?

そういう疑問が湧いた。

左翼の人たちが、民族主義的ないわゆる右翼的な本を批判することが多いし、そういった本を店員の恣意的な思想で置かないようにしている店もある。

左翼系の人は、だまし討ちのような本をよく書く。

作家さんと云う人でもひどい文章を書く人が多い。

いわゆる、読むに堪えないという本である。

有名な自動車評論家に対する謝辞でいっぱいな出だしで始まる本を読んだことがある。

欧州の長靴国の車の事を書いた本だった。

口語をそのまま文章化したような感じである。

言い回しは変、文章はグダグダ・・・・で行間が広い、文字もでかい・・・

普通の行間文字大きさにすると、本じゃなくて、冊子レベルの量である。

「官能の○○・・・」みたいなことが書いてるが…実際、長靴国の車に乗ってみて・・・

残念ながら官能を感じたことはない。

試乗レベルから、1週間ほど延々と乗ったこともあるが・・基本的には疲れる車だった。

古い車は、音がいいが、実際は延々と聞いていると疲れる

それに、いろんなメカニカルノイズがする・・・これはもう・・・勘弁して欲しいレベルであった。

新しいのは・・・いい感じではあるが・・・世界的な標準化の所為かほかのメーカーと何が違うのと云うレベルである。

つまりは、コダワッタ風を見せなければ、同じ風体、性能、足回りの車はいくらでもある。

それに、大体、長靴国や、農業国の車に比べたら壊れない・・・

ので、その辺を全部、チャラにして、最高だよと賛辞ばかり書いている本があった。

この作者は、販売店の回し者ではないかと疑うほどのレベルであった。

この人、今でも作家でご在と云っている・・・

で、私の個人的な感想では、新聞社の広告に載ってる本を多分買うことはない。

特に怪しげな本は買わない。

なぜなら、箔付で載せている可能性があるわけである。

ところが、何も考えな人は、

○○新聞に広告が載っている。

大人気と書いてある

経営者必読なんて書いてあれば・・・

いちコロで買う人がいるらしい。

所詮は、偉そうなことを言っている新聞は、読者よりも、広告主である。

広告収入がなければ成り立たないのである。

申込があれば、載せるのであろう。

電鐵会社も、公共交通機関も、バス運行会社も、ありとあらゆる交通機関、新聞雑誌もインターネット運営会社も、広告主の事を調べるなんてことは無かろう。

多少、変な広告でなければ受けんるんだろうなと思う。

以前、詐欺商法で、広告に使われた俳優を非難した人がいた。

俳優は、事務所が受けた仕事を行うだけ。

この商品がいいか、悪いかなんて判断はできない。

広告主が、詐欺師かなんて考えない。

鵜飼の鵜は、何も考えない。

と云うか考えられない。

こういった広告に騙されたら、自分が悪いと決め込んで、布団かぶって寝るぐらいの度胸が欲しい。

損した分を、俳優からとろうなんてするのは、所詮、無理なことである。

これは、勘違いをした自分がバカという事に気が付いても認めたくもない、気が付いたら負け?

と思うのかどうかわからないが、とにかくひどいクレーマーに近い感覚がする。

そこで、ふと、思ったのはこの手の事に騙される人が、新聞広告を見て本を買うのかなぁ

とか想像した。

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お勉強

何となんくシンポジュウムの資料ができたかなぁ?

と云う気分である

11月末に、軽く言われて・・・

軽く受けて・・・中京デトロイトならできるかなぁと思ったら・・・

現在というか、アツタ号関係の資料を一覧表化しようと思って、エクセル化を進めたばかりだった。

キソコーチ号の研究発表を控えて、何とか・・それを過ごしつつ・・・

10月から、エクセルに、資料とその発行年月日、出典、その内容、関係する会社、内容を全部一覧表化を始めたところだった・・・ので、きちんと記事がまとまってなくて・・下書きを書いたら

突き返されるレベルと云われてしまいました。

考えてみれば、最後に論文書いたのは、30数年前

大体、線形経営学法の論文だから・・・・・全然書き方が違うのよね・・・・

数式とグラフと計算過程を延々と描いているので・・・参考、引用文献もない・・・

ところがである、今回は、参考文献が全部ひも付きで記載する。

某自動車會社関係なおので、そちらの査読が入ると非常に厳しい。

年表資料なら、事実しか書いてないので、査読は入らない・・・

デモです

トヨタ自動車工業、豊田自動織機、豊田紡織、日本車輛製造、大隈鐡工所(オークマ)、岡本自転車自動車製作所、岡本工業、岡本兄弟社、豊田式織機株式会社(豊和工業に改名前まで)、名古屋車体製作所、名古屋自動車工業、ヒノデ自動車製作所、ヒノデ紡機製作所等々の商業登記簿の謄本を徴した。

名古屋の本局は、大体、1日から2日ぐらい探すのに時間がかかります。

既にない会社が多いので、結構大変でした。

岡崎支局は、著名な現存会社ばかりなので、3時間ぐらい

参考文献は社史関係が以下の通り

トヨダ自動車躍進譜

トヨタ自動車 「20年史」、「30年史」、「50年史」、「75年史」

トヨタ自動車技術会会報

トヨタ自動車鍛造史

豊田自動織機「四十年史」

豊田紡織株式会社社史、「豊田紡織 45年史、トヨタ織機77年史」

愛知製鋼「30年史」、「50年史」

豊田式織機 「30年史」、豊和工業「60年史」、「80年史」

日本車輛、70年史、日車マガジン全巻

「オークマ100年史」、

「大隈鐡工所創業70周年記念製品沿革写真集」、

「大隈栄一伝」

三菱造船社史

三菱日本重工株式會社社史

鈴木自動車40年史

ダイハツ工業株式会社 「五十年史」

いすゞ自動車史

その他の参考文献

愛知県史

名古屋商工会議所 月報(昭和6年から12年全巻)

名古屋商工会議所50年史

中京要覧

日本自動車工業史稿2巻、3巻

ニッケル時報局 週報

日本自動車工業史

自動車年鑑(昭和9年、10年版)

機械、豊田喜一郎伝、

苦難の歴史 国産車づくりへの挑戦

工業調査集報(昭和10.、11、12年分)

自動車王国前史

機械学会機関紙(昭和7年から12年)

自動車便覧

中京自動車夜話

日本の自動車技術と私の体験 豊田英二

豊田喜一郎の自動車産業創出について

豊田佐吉とトヨタ源流の男たち

名古屋陸軍工廠史

とまぁ、ざっとこれだけの資料を読んで、コピーして、買えるものは買った・・・

買えない本は、国会図書館、名古屋市図書館、トヨタ博物館の図書室を利用させていただいた。

トヨタ博物館の図書室は本当に貴重な本が多いです。

本当に感謝したい。

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日産らしい・・・ゴーンさん

日産にお勤めの御友人、日産の子会社のお友達の御両人から聞いた意見は・・・

ゴーンさほど日産の幹部職員らしい人はいないという評判である。

自己中心的で、身勝手

悪いことは、隠す

いいことは宣伝する

失敗は分析しない

失敗したら、責任転嫁する

途中入社には冷たい

で一番は、会社を喰い物にする。

会社の金は、自分お金

悪い事やっているのにも、気が付いても、知らないふり

自分も同じ立場ならやっちゃう感じが強いのか、都合が悪くなるまで見て見ぬふり

組合は、完全な自己中心的

会社の利益よりも組合員の意見を両天秤にもかけず、躊躇なく

会社が悪い

幹部も、知らないといえない

知ってても黙認

何か言うと組合いからつるし上げ

組合の不正は、みて見ぬふり

幹部の不正も見て見ぬふり

自分の立場さえ守ればいい。

自分たちを切り捨てようとしている

だから、悪いことやっているゴーンを追い出せば、自分たちは、安泰だー

無能な社員は、子会社へ

手柄で褒章があっても、部下へは還元はしない。

幹部だけで飲み食い

会社の金で飲み食い

まぬけな社員は子会社へ

使えない奴も子会社へ、あんまり使えないと、さらには、孫会社へ

子会社、孫会社が困っても知らんぷり。

韓国のメーカーとつるんで、会社に損害を与えても、担当幹部は知らんぷり

用もないのに、毎月韓国出張・・・部下に言わずに勝手に出張・・・

単価の桁間違えて計算しても、訂正の申し出ができない

発注書も出さず、数千万円のパーツをへーきで発注。

経理から、発注書もないのもは払えないというと、納品業者へ、今月は払えんと電話で云うだけ・・・・

(さすがにこれは、数か月で改善された)

単価計算せずに向こうの言いなりで契約

会社が損してるの知っていても・・・・なんかもらっているのか、会社が損するのは知らんぷりー

下請け、部下、いじめても気にもせず

笑ってごまかす図太さ。

時々、トヨタにもいます、こういった政治的な人が、でも、ここまでひどい人はそうそういない。

車好きそうな顔しても、貴重なくオリジナルの車でも、なんでもオリジナルの復元するのではなくて、自分でモデファイ

古くて、世界的にもクラッシクカーの仲間入りを希少な車を、70年代の様にモデファイする。

自分が古くから持ってる車は、モデファイしない。

文化財的価値のある、発売当時のほぼオリジナルの車を、わけのわからないモデファイをする。

そのくせ、お山の大将で居たいから、なんだかんだと云っている。

叫ぶだけ叫んでも、実はない。

オオカミ少年みたいなものである。

継続性を考えない。

そう思うと、日産はルノーのおかげで、死ぬはずだったのに生き永らえて。

財産をあらかた売り飛ばし、従業員の首を切り、経営が上向いた?

そう褒めた、経済紙(新聞雑誌、マスコミ全般)は、見えていても、見えてない

見ないふり

組合の横暴がひどかった日産

その悪影響化にあったスバル

スバルの検査員も、日産の検査員の問題も現場任せと云う、虚言で胡麻かされているがさ、現実的意には、現場に介入できなかった幹部と云うことがわかる

こんな会社、もういらないのでは?

いっそのこと、プリンス自動車を作り分割した方がいいのでは?

GTRはプリンスへ、大衆車は日産、ルノーで、

プリンスだけ国内生産して…あとは、全部海外で?

日産の従業員がぜーんぶ他業者へ就職したら、人手不足も解消するのでは?

これは、暴論である。

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過払い金訴訟なんて・・・

広告で、うっとしいのが「過払い金訴訟」の広告という記事があった。

過払い金訴訟で、弁護士、司法書士がもうかったのは事実

でも、最近、中小のサラ金もつぶれてしまったので、ひたすら、需要の掘り起こしに躍起と云う感じでしょうかねぇ

中小都市の主要な駅に事務所を開いて、1事務所弁護士2人ぐらいなんてザラである。

電車の出入り口の上あたりにも貼ってある。

出もデアル、もしかしたら、弁護士は、みんな居候弁護士ではなくて、軒を借りている弁護士かもしれない。

以前、仕事で、この過払い金の契約書を複数読ませてもらった事がある。

着手金は、過払い金が返ってからと云う、信じられないような条件。

成功報酬、20%から50%だった。

過払い金で帰ってくる金額が、大きければ20%

少なければ50%なんてえのがあった。

50%は珍しいが、40%と云うの何件か見た。

だいたい30%が多かった。

で、何十万円か返ってきて、弁護士の初期費用、成功報酬の30%を引くと、意外と残らない。

下手したら、十何万円なんてえのもある。

 過払い金で、旅行に何て書いてある広告もあるが、実際は過払い金訴訟後の事をきちんと説明せずに訴訟を起こさせる弁護士が、過去には多かった(今はどうか知らない。)。

 過払い金訴訟を、市税が行ったなんてことも聞いたが大丈夫かと思う。

 過払い金訴訟後は、奨学金ローンの未払いのリスクが叫ばれたことがあるが、それと同じことが起こる。

 まず、当然だが、一切借り入れはできなくなる。

 破産した場合でも、弁護士は、何十年化後には借りられるようになりますという。

 でも、考えてみればいいのだが、借金を踏み倒した奴に、再度、金を貸す奴がいるかという事である。

 多分、と云うか基本的にはいない。

 僅少な例外は、保証人で破産した場合、超大手の勤務先の共済会の借り入れができる場合がある。また、保証人で破産した場合で、超大手企業に勤務している場合は、貸してくれる場合がある。

 破産後、10年たてばまた金が借りられるとと思い込んで、弁護士そういわれたので、借金を申し込んだら全部、審査が通らない。

 どの銀行でも、どの信用金尾でも、サラ金でもダメ、全部審査が通らないといわれて終わり。

 法律に、破産後10年たったら、金を貸しなさいなんて法律はない。

 貸すのは、貸し手の基準でしかない。

 つまり、弁護士が何と言おうが、貸さないは違法だなんて言いようがない。

 過払い金訴訟の場合も同じで、学生の奨学金ローンが払えない、払わなかった人、3回以上遅延した人の場合は、当然のように、そのあと一切金が借りられない。

 つまりは、その後一生ローン(借金)ができない

 カードは作れない、という事は、ETCカードも作れない。

 当然の様に、銀行借り入れで家を買うなんて無理

 車のローンもダメである。

 長い事借りていた人が、百万単位で返ってきたなんてえのは、最初のころはあったかもしれない(これは仄聞したことがある。)。

 当然そういった人は年寄りが多かった。

 今頃返還請求をしてる人も、もうごく少数の老人が多いのかもしれない。

 当時、50代、60代人がターゲットだった。

 それでも、過払い金祖訴訟の全盛期は、10年ぐらい前である。

 先日、ある老人からこんな話を聞いた。

 10年前に、過払い金訴訟で、60万円返ってきて、経費、成功報酬引かれて30万円しか残らなかった。

 最初に、足りない時に少額借りていたサラ金が使えなくなった。

 ついでに、期限が過ぎるとカードが使えなくなって、ETCが使えなくなって・・・、

 給油所のカードの使えなくなって・・・・と云っていた。

 弁護士は、「10年たったら使えるようになります。」と云っていたが使えるようになるのでしょうか?

 と聞かれたが、「サー」」としか言えなかった。

 弁護士、司法書士で、デメリットを説明しない人がいるとも聞いたことがある。

 説明はするけど、「10年たったまた借りられますよ」と云う人が多いと云ことも聞いたことがある。

 が、現実期には借りることはほとんど無理である。

 勘違いしている多いのだが、この過払い金は、いわゆる店舗を張った、正規の貸金業社がが相手である。

 過払い金訴訟のおかげで、正規の貸金業者はほぼ枯渇した。

 台頭したの、闇金である。

 この闇金は、この過払い金訴訟についていえば、最初から相手ではない。

 闇金は、契約書を渡さない、利率も、借りた金も不明

 返すにしても個人の口座。

 返した証拠を示しても、相手はどこにいるか判らない、所在を確認してなんてことは弁護士はやらない。

 お金かかるし、面倒だもの。

 結局、闇金は対象外である。

閑話休題

  数十万円の過払い金返還で受ける、デメリットが大きいという事を考えない。

 と云うか伝えない。

 その後の、生活がガラッと変わるという事を考えてみたら、旅行ができるなんてことは二の次ではないとかと思うのだが。

 ついでに言うなら、景表法違反で弁護士事務所が、営業停止になったことがるが、ここで分かったのは、一部の弁護士の商売自体が、詐欺みたいな点があったという事である。

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あけましておめでとうございます

2019年になりました。

人間ドックは、毎年恒例の処が悪いと・・・

やせよううと誓いつつ・・・ねぇあんまり変わらない体重・・・要はデブですね。

と、昨年は、おととしの11月に入院しました(三回目)

でしたので、新年は、超スロースペース(仕事やる気なし)

転属願いもむなしく、転属できず

来た上司は、定年一年前のボケジジイ・・・

このジイサンもやる気なし

やる気なくて、どうでもいい事しか調べないし、仕事しない・・・・

現地確認頼むと・・・ほんと見てくるだけ・・・・

ジジィ、仕事しろやと

最近は、部下の私が、指示してる状態・・・・

勘弁してほしい

と思いつつ

昇進昇格もないので、やる気ない

定年が65になると、めんどくせえなぁと

でも去年は、研究会で短時間の発表ができてよかった。

おかげで?あるシンポジュウムの資料用の原稿を頼まれた。

この資料の分量がよくわからないというか…何枚とか言われてなかったのでついつい頑張って

結局 60枚ほど・・・

豊田紡織、豊田自動織機、トヨタ自動車、豊田製鋼(現愛知製鋼)と中京デトロイト化をかませつつ・・・で、60枚

年末の休み全部投入して、追加調査して書き上げました。

どうなんだろうねぇ・・・

途中で、年賀状の印刷が半日

でもなんとか、31日にメール送信したら、査読していただける方から、今日も仕事でしたと・・・

みんなはたらいているねぇと・・・

今年は、ちょっと、夜間の院へ行く算段を考えています。

論文の書き方忘れてるからなぁ・・・

昭和5年から12年ぐらいの当時の雑誌をひたすら読んでいます。

最近は、調べたデーターを、文字化して、時系列別に表にまとめています。

現在は、アツタ号関係の戦前の資料をまとめてますが結構大変です

意外と、量が多いし、みんなの知らない資料も出てきているので楽しいです。

忘れられている資料の発掘は大変です。

電気自動車の調査も道半ばですが、いずれは、表にして、書いてみたいと思います。

意外だったのは、戦前から戦後の商業登記簿を調べると、もうこれは、社史にはで来ないような事実が出てきました。

名古屋法務局さん(本局、岡崎支局)にはお世話になりました。

1部600円ですが、すでに、ここ2にか月で、20部ほととりましたが、取るtラビに新しい発見があってびっくりです。

大正時代から昭和初期の「名古屋商業案内」(暦年で存在しています)を見ては、企業の登録を確認して、商業登記を請求する・・・

大体、数件頼むと、翌日の交付ですが、読んでいると、本当に驚くことが多くてびっくりしています。

なんだか、こういったことをしたかったのだと判って、

仕事が本当に、「生活の為です」という感じになりました。

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