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日産と三菱の行く末・・・

日本ラジエター(カルソニックカンセイ)が、日産から売り飛ばされて、トウトウ、マレリに社名が変わるそうな。

カルソニックがなくなるのを惜しむ人が多いというが、伝統ある「日本ラジエター」の名前がなくなった時には誰も何も言わなかった。

ちなみに、日産はセコイので、子会社にレース資金を供出させていただけという事実を忘れてはいけない。

で、思いついたのは、日産は、今回の西川君事件で、ルノーに対して強く出ることができなくなった。

ルノーは模様眺めだが、とりあえず強硬には出ない。

いつも思うのは、日産自動車の現経営陣の頭にあるのは、旧プリンス系の社員の冷遇であろう。

自分たちも冷遇されるという恐怖感が先にあると思う。

それと、日本国内で、トヨタ自動車と首位を争った会社という過去のイメージが大きいと思う。

トヨタが世界で一番なら、自分たちは2番であるべきという感じだろうあ。

西川君は、三菱を傘下に収め、インチキ臭い業績は向上している、世界第2位の企業グループの中核だ、ゴーンを追い出して、日産の天下を取り戻そう・・・と思ったんでしょうねきっと。

ルノーグループの中核なんて思いこんだのは、勝手な思い込みである。

所詮は子会社、上納するだけの団体である。

つまりは、根拠のない強硬だったんですけどね。

日産自動車の発祥は、鮎川君の作った日本産業である。

この会社は、買収、買収、買収で大きくなった会社である。

日産自動車自体が、買収の果てにできた会社であった。

自動車製造株式会社は、最初から、小型車のDAT系があり、それだけでは困るので、FORD GMのパーツを作る意気込みだった。

しかし、FORD GMのパーツ製造は、陸軍の反対でとん挫した。

三菱自動車の人は、日産自動車のヘリテージを忖度する発言が多い。

だが、日産自動車には、自分で國産大衆車を作るんだという意思はなかった。

悪く言えば、自動車製造に関するヘリテージンの根本はない。

日産自動車のヘリテージの関係者は、勉強不足でというか、単に知識がないのか、閑職なので学ぶ気がないのか、日産自動車は、戦後、オースチンのノックダウンで生産方法、生産管理の経験を積んだと言ってはばからない。

でも、日産自動車の根本は、グラハムページの不要資産の売却に乗じて、資産、設備、金型、設計図、技術指導も含めて購入したことに始まる。

DATは、日本独自のメーカーであるが、起業、破綻、買収、転売と、有為転変してDATSUNブランドと小型車の製造販売権を戸畑鋳物が買った。

そのそも戸畑鋳物は、日本産業に買収された会社である。

豊田自動織機も、戸畑鋳物には部品を発注していた。

日産に買収されたことを知ると、豊田式織機(現豊和工業)の鋳造拒否事件の事もあったので、トヨタは、こっそり進めていた自主鋳造に加速度をつけた、今から考えれば、異常な設備投資であるが、国内にまともな産業基盤がなければ仕方がないことだと思う。

豊田喜一郎の頭にあったのは、Fordシステム、鋼材から車を作り上げる。

川上から川下まですべてを統一した規格で作り上げるという意思があった。

この辺の底力は、國産大衆車を作るという大大目標へ突き進む心意気である、おまけに、大きな会社もある。

金は、何とかなる。

さぁ、車だ・・・と走ったのは豊田佐吉さんの血だと思う。

日産自動車の根本というか、コアの会社は、日本産業である。

残念ながら日本産業は、満州重工に姿を変えて、途中で、軍部に簒奪され、敗戦とともに姿を完全に消した。

日本に残っていた日本産業系の会社は、幹のない、枝葉の会社が残っていたことになる。

残った枝の一本が日産自動車であった。

その中で、日産自動車は、戦後の復興に伴い大規模な企業群を構成するようになる。

ただ、性質なんだろうが、沢山の会社を吸収しやすいだけ吸収と云うか買収して規模を拡大した。

そうして、組合とは妥協を重ね、労働組合が支配する工場、新車開発になる。

プリンスを合併して、プリンスの持っていた中島飛行機の系の技術者とその弟子を取り込むことには成功した。

これは、日産自動車にとっては、僥倖でもとで云うべき幸運だった。

それ以前に、オースチンのノックダウンが済んだ時点で、日産はエンジン開発をしたいと思った。

アルフレッドストーン氏の引いたエンジン図面は、英国のエンジンのまるっきりコピーの改善でしかなかった。

その理由は、これより上級のエンジンを作る能力がないという判断である。

日産自動車は、プリンスのG型エンジンを手に入れて驚喜した。

ついでにこれはL型に進化する。

最終的に、RB26まで進化していった。

だが日産は、プリンスを手に入れた結果、過激な組合も同時に導入する羽目になった。

そうして、余計に組合は強く、車を誰のために作り販売するのかという点が、会社の組合員の生活向上のために車を売る姿勢に変わっていく。

つまりは、公共の福祉へ向ける目はない。

単に、組員の為に車を作る、工場の組合員が一番楽をする。

ユーザー、販売店、販売店のメカニック、町の修理工場の苦難は何も考えない。

面白い話がある。

前職のころ先輩に日産ローレルをこよなく愛するおじさんが居た。

常に新車を4年おきに買い替えていた。

彼に言わせると、昭和の時代から平成になっても、いまだに車の当たり外れがあるという話であった。

10年に一回ぐらい、ものすごいいい車に当たることがある。

エンジンがダメ、ミッションがダメ、各部がどこかおかしい車が多かったそうである。

エンジンの当たり外れはものすごく大きくダメなのは全然だめで、我慢して乗ることが多かったそうである。

これは、パーツの公差を大きく見ているからで、公差のギリギリ一杯大きいパーツで全部組まれてしまうと規定の性能が出ない。

つまりは、隣の同じ車よりも加速が悪いとか、抜けが悪いとかいうことになる。

でも、バブルの時期に、これまたトヨタの高級車市場への進出計画を聞きこんで、インフィニティブランドを作った。

トヨタは、ドイツ車に対抗心を燃やしていたので、メルセデスベンツに勝つ車が目標だったから、ドイツ車ぽくなったが、そこはトヨタの思想がてんこ盛りであった。

その点、日産は、後追いで定見はなのいので、英国車を範に取ったようで、サイドラインは英車であった。

斬新なグリルレス・・・締りのない、間延びした顔であった。

フロントリア共に、デザインは、努力は認めるけど・・ちょっと無理が祟っていたいる感じだった。

おまけに、エンブレㇺには、汎用性は皆無

近くで見ないとわからないような模様・・・これを採用した責任者の路上を走る自動車への感覚を理解することができなかった。

よく見ると、「すごねえぇ」だが希求性はない。

よく見ないとわからないエンブレムは路上ではあまり意味がない。

おまけにQ45、よく壊れた。

足回りの故障は致命的で、壊れるとアッセンブリー交換をしなければならないという代物だった。

最近でも、初代のセルシオは、1週間1回ぐらい奇麗なのを見ることがある。

Q45は・・・・・ここ数年見たことがないその程度である。

今は、インフィニティは、単なるブランドである。

既に、バッジエンジニアリングの対象になった時点で、ブランドしては終わった。

ついでに、笑い話で、新型スカイライン(FUGAは消滅)は、金600万円である。

これが売れない

自社の下請け、関係会社に打診しても、けんもほろろで断られる始末である。

先行きは危うい

ちなみに、日産の車も、三菱の車も無駄に重い。

メンテナンス費用が非常に高い

スカイラインGTR(R32からR34)、GTRは重いからメンテナンス費用が非常に高い。

R32を、延々と所有メンテしている人は偉いと思う。

閑話休題

日産の将来は、次のCEOで決まるなんて思っていない。

次のCEOは、火中の栗を拾うモードなので、だれがなっても結果は同じ

ダメな日産が加速するだけである。

ゴーンの戦略は、日産に世界各地に工場を作らせる。

日産の資産(会社も含める)を売り飛ばして、とりあえず利益を出して、ルノーに上納する。

子会社は売り飛ばす。

なるべく、日産、自動車会社の部分以外はそげ落としておく。

将来、ルノーが日産を取り込むときに面倒な慣行につながれている系列会社もなくしておく。

普通なら、合併後に不要不急の部署を他社へ売り飛ばして必要なところを残すのであるが、ゴーンは、最初から合併をした場合に反発が大きいので、吸収合併してから取捨選択して、部署、関係会社を売り飛ばすのではなくて、合併する前に処分しておいたのではないかと想定する。

資産を売り飛ばせば、当然の様に、自動車が打てない会社としての日産の収益は減少傾向になる。

新工場の建設で、減価償却費は増えるが、会社の収益は悪くなる

工場建設で莫大な金を使うので、新車開発もできなくなる。

マイナーチェンジもしない、新車が出ない、売る車、という販売中の車種は減る、売る車がなくなる。

市場が拡大していたアメリカで下駄をはかせて販売しても限界が来る。

車の総数が売れている状態なら、下駄を履かせるというか、販売奨励金という値引きをすれば、薄利多売で、売れていれば収益はとりあえず確保できていた。

だけど、販売奨励金付きで販売して車は、販売価格は安い。

今まで持っていたはずの顧客層は何時の間にかいなくなった。

販売奨励金を無くした・・・値段は上がる、車を選ぶ基準が安いだけという人は、顧客ではなくなる。

元の顧客は、安い車、プアな層が買う車になってしまったブランドには戻ってこない。

余計に売れない・・・

国内でも、新車が出ない、マイナーチェンジもでない、売る車が激減な状態で、当然の様に車は売れなくなる。

日産の一番の売れ筋は軽自動車のデイズであるが、これは、三菱自動車水島工場の生産ラインで、日産は生産に関与していない。

最近は、軽自動車の設計も全部日産で、三菱は余る口が出せない状況であるそうである。

このデイズの販売台数は、販売店登録、新古車で販売と云う手法を使って値引き販売している。

最近、BMWが、契約している各販売店にできないノルマを課して、新古車販売を間接的に強要しているという事がばれて大問題になっている。

まるで、昭和初期のGM FORDの日本法人のやっていた、日本人の経営する自動車販売店への強要に似ている。

日産は、三菱の燃費不正を理由に会社を安く買いたたいた。

この時、日産は、最初から燃費の不正と云うか、ここまで燃費はよくなことには気が付いていたはずである。

三菱自動車が、日産と手を切るのが難しくなった時点で、買いたたく理由で、不正を問題にした可能性は高い。

そうして三菱をうまく取り込んで利用する気は満々であった。

三菱は、日産と組むのは嫌だったようで、ちゃんと、トヨタ自動車に対して、資本提携を申し込んだが断られている。

断った理由が振るっていて、「自己改革ができない会社とは資本提携できない」ということわりのお言葉である。

その点、SUZUKI(鈴木自動車)は)、見込みがあるのだと思う。

鈴木自動車が、ワーゲンと組んだのは資金を提供してほしかったからで、傘下に入る気はなかった。

ワーゲンは会社を吸収しようとして接近した。

鈴木の小型車技術が欲しかったのと、東南アジアの市場が欲しかったのであろう、鈴木さんは、途中で気が付いて逃げた。

鈴木自動車自体は、長寿の会長亡き後を予測しているという感じがする。

鈴木自動車自体は、Fordのような古い同族経営体質が強い。

豊田喜一郎氏が国産自動車を作るぞ!というときに集まったほどの人材と資金がなかった。

それに、鈴木自動車の先生は、トヨタ自動車である(詳細は、いずれか書くつもりである。)。

また話がズレた・・

日産自動車は、新車開発ができない。

金がないから。

次期車輛の一部は、三菱丸投げ。

エクストレイルは、一間大きくなって登場する。

三菱自動車自身は、次期開発車種がないらしい。

日産関係のトラックがあるらしいが、ここにルノーがいろいろいってきている。

日産の会社としての収益が悪化して、株価が下がれば、ルノーにとって日産の幹部の責任を追及しつつ、時期を見て、フランス政府が株を買いい、ルノーは日産を吸収合併する。

日産の作った新型工場をルノーの為に稼働させる。

日産の存在は、資産管理会社的な地位落とす

日産の名前はそのうちなくなり、ついでに三菱も吸収する

日産、三菱がメーカーとしてなくなり

ルノーになる可能性はある。

三菱自動車の社内の体制は、丁度、上部団体のゆうことはホイホイ聞く体制に変化はない。

現在は、日産自動車への忖度に満ちた思考が充満している。

ついでに言うなら、日産と三菱は、現在共同出資会社で不正を共同でおこなっている。

三菱は、国道交通省へコンプライアンス嘘の報告を提出してる。

この2点が、致命傷で、日産、三菱はさらに沈没する可能性が高い。

だからこそ、来年の決算が楽しみである。

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