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星のない街路 北杜夫

あるノートを探していると、本棚から昔の流行作家、北杜夫の本が出てきた。

久々に、北杜夫の本を数冊読んだ。

お手軽なドクトルマンボウ青春期、航海記・・・

初期の作品である、単行本の題名にもなっている「星のない街路」も読んでみた。

イギリスへ留学中の精神科医が、戦後間もないころに東ドイツの高名な精神科医に合うために、空路西ベルリンに入る。

西ベルリンの街路では、常に、身分証明書の提示を求められる。

主人公は、寂しい思いをしている時に、とても若い東独からの亡命者である求職中の女性に声を掛けて、バーに入る。

「お茶でも飲みませんか」

今なら笑われそうな感じの声掛けである。

彼女は、母親を東独に残して、西ベルリンに亡命して来ていた。

亡命者は、専用の収容所に住んでいた。

そのバーは、駐留軍の米兵と娼婦のたむろする店で、太った年かさの行った娼婦に背中を押されて、その娘と一晩過ごす。

一晩を過ごす前の、主人公は、恋のような淡い感情を持つ。

翌朝、帰えり間際に、室内で、娘は身分証を落とす。

朝になると、淡いような恋心は失せていた。

主人公は、身分証を拾うが、返すのを忘れてしまう。

バーのぶとった娼婦は、お金はやらなくていいという

何か買ってやりなという

ホテルから帰り道、ストッキングを買って渡す。

そうして、別れたが、身分証を渡すことを忘れたことを軽く考える。

明日にでも収容場へ送ればいいと思いつつ失念する。

東独での用事が済んで、イギリスへ帰る前に、もう一度、娘に会いたくなる。

そうして、同じバーに入る。

彼女はいない、先日の太った娼婦に、収容所に会いに行ってあげなといわれて翌日、収容所へ向かうが、彼女は身分証明書を無くして警察署に留置されていると聞き、警察署向かう。

当時の映画で、東独の娘と西独の警官、親切なソ連兵悲運の話を思い出す。

そこで、身分証を無くし経緯(いきさつ)を説明する。

彼女は、警察署の担当官の秘書のような女性の助けもあって、開放される。

そうして一緒にバス停にまで行く。

彼女は、主人公に買ってもらったストッキングをはいている。

いつ帰るの?と彼女は聞く。

早々に帰ると伝える。

別れてから、もう一度バス停で待つ彼女を見る

暗くて表情は見えない。

昔、15・16歳のころ読んだときには、「つまらない」と書いているからつまらないと感じたのだろう。

「男の事を、身勝手、自己中心的」と、薄い鉛筆で書いた紙が挟まっていた。

今読むと、何となく悲しい、悲哀があると感じ、いい作品だと思った。

経験の少ない小僧さんが読むのと、艱難辛苦?を越えてきてから読むのでは随分と感じを受けるという事である。

北杜夫は、まだ老成する前に書いているわけで、独特のなんか変な、物足りない、語感の悪い部分もあるが、感情と云う点ではよく書き込まれていると思う。

つまり年によって、読書の読み手の質が変わると、感想も変わるいう事である。

僕らの世代より上は、ドクトルマンボウシリーズをよく覚えているのではないかと思う。

私は、最初に読んだのは、「ドクトルマンボウ追想記」である。

青春期を読むつもりで、勝川駅前にあった三洋堂へ行くと、青春期、航海記は無くて、「追想記」しかなかった。

仕方無く、これを買って読んだら、面白かったのである。

星新一の無機質なショートショートを読んでいた目から見ると、格段に面白かった。

(星新一のごく少数のシリアスなものも好きであったが、いかんせん、その作品非常に少なくて、もっと読みたい、もっと書いてくれないかなぁと思ったが、果たせぬ夢であった。)

単純に面白いと感じて読み始めると・・・、この頃から始まっていた・・・・「一作者読みつぶしモード」でありとあらゆる北杜夫の作品を読みつぶした。

ドクトルマンボウシリーズは、流行作家の流行したゆえんの作品である。

笑われて、共感されて、消費されて、消えた。

今でも再販がある様子なので、人気はあるのかな?

「青春期」は今、読んでも面白いし、ロケット実験部隊の話は意外な感じで読めた。

中学生、高校生の頃に読むと、両親、祖父母の語る時代感が、追記できて何となく郷愁を帯びる作品だった。

「追想記」「青春期」を読むと、「楡家の人々」が出てくる。

「楡家の人々」は、斎藤茂吉の事を、次男坊という立場から見た作品で、確か、テレビドラマ化もされていたはずである。

星のない街路は、楡家につながる作品ではある。

何となく、面白いが郷愁を帯びた作品は、今読んでも面白い。

明治大正昭和の作家の何となく、読み継がれる気がするが、平成の作家は、一部を除いて「残るかなぁ?」という気がする。

半村良も好きだったが、今読んでも面白いと思うかな?という気がする。

 

 

 

 

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54年前の落丁

先日ある図書館で、トヨタ技術を閲覧していた。

パブリカUP10のコピーをして・・さぁ‥ヨタを

と思ったら・・・落丁と云うか・・印刷されていないページが・・・

UP15と、クーラーバスのU型エンジンを使ったクーラー駆動システム部分・・・・

がーーーーーーーーーーーーん

これに気が付いひといるのかなぁ・・・

まさか、53年後に落丁を発見するとは・・・ちつとつらい。

ここまでひどい落丁は久々である。

4ページ分マルっとない・・・

納本の時に気が付けよなぁ・・・

前に、大正時代の本(小説)で、再販が一切なかった本で、古本屋で探してもまず出てこない・・・

その本が、たまたま、古本屋の店頭に100円であった・・・

で、100円なら即買いであったが・・・読み始めると・・・ページが飛ぶ飛ぶ・・・

おまけに、結末の部分・・・がない・・・

まぁ・・・何がなんだ判らないまま読み終わって、ふと、ある図書館の蔵書検索をしてみた・・・・

するとありました。

さすが、大正時代からある・・・

で借りると・・・・またページがない・・・・

結末も・・・ない・・・

いわゆる、大正ロマン物の小説で、ある本にこんな本が流行っいていたと書いてあったで、読みたくなったのでしたが・・・

印刷屋がカスだった・・・おかげで、今まだに結論がわからない・・・

有名な作家の豪華な装丁本は結構出てくるが・・・

再販も、なんだかんだで出てくる

岡本綺堂先生の著作は、ほぼ読んだ・・

雑誌掲載分も、国立図書館で探して読んだが・・・コピーは行方不明である。

久しぶりに、落丁を見て驚いたわ。

流行作家は、読みつぶされて、捨てられてるのがオチである。

今の作家先生で、どれだけの者の残るのだろう?

 

 

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迷惑な爺さん

ある官公庁の出先機関へ行くと、ブーズで少々待たされた。

ここは基本延々と待たされる。

仲間内では対応が悪いことで有名な事務所である。

隣のブースには、「こじゃれた服装で、偉そうな顔した(偏見)爺さん」が、座っていた。

対応しているのはデブのおばさんである。

待っていると隣のブースから爺さん(客の70代過ぎ)と、職員のおばさんの声が聞こえて来た。

担当が全然来ないので、暇で待っていたので、聞くとはなしに聞いていた。

爺さんは、大学の先生だった風

退職後も、西日本の方へよく仕事に行くらしい。

要旨は、以下の通りであった。

①年金から税金(所得税?市民税?)、介護保険料が、天引きされているのはおかしい。

 二か所給与なので、税金を余分に取られている(乙欄適用か?)

 年金事務所にも行ったが相手にしてもらえんかった。

②西日本の外国人の友達が税金を滞納してて預金をいきなり差押さえられた。

  警告も、連絡もなくていきなりだよ。

  おかしくない?

③去年退職して、今年、市民税、国保が昨年の収入ベースでいきなり来た。 

 退職金なんて全部パぁだ。

 翌年来るなんて聞いてないぞ。
 

④昔、◎◎関係は全部区役所でできた。

 出先機関では、○○の関係の話は、担当部署がないと言われて、○○事務所へわざわざ来るのは面倒くさい

 出先機関だと、担当部署がないので、電話で話せと言われた。

 テレビ電話で話しをすると杓子定規な事しか言えない。

⑤昔は、文科省とやり合ったものだ

⑥西日本で仕事もしてるんでね。

 今日は時間があったら来た。

 

上記の事のこたえるおばさん

①「年金から税金、介護保険料が天引きされているのはおかしい。

  二か所給与なので、税金を余分に取られている(乙欄適用か?)

  年金事務所にも行ったが相手にしてもらえんかった。

 おばさん

  「国の決めたことなんで、逆らえません。

   払わない人もいますから、不公平にならない様に、天引きになりました。」

  「それは、申告していただければ、返ってきますから・・」

 爺さん

   「払わんとはいっとらん」

   「◎◎市は、国から金もらっとるから逆らえんのだろう」

   「申告はちゃんとする」

   「税金を払いたくないわけではない」

   「はらわなかんもらんは、はらう」

   「年金事務所は、加入期間漏れがあったんで、前もねじ込んだ」

 

 私、心の叫び

    給料の時は、所得税は、源泉徴収(大東亜戦争中に、ドイツ税法からの導入)で、全部天引だったろうに・・

    市民税は。特別徴収と普通徴収に分かれていて、特別徴収なら天引き、普通徴収なら年4回の支払いだわなぁ。

    普通徴収して払わん奴がものすごく多いと聞いたことがある。

    市としては、全部特別徴収したいのだが…なかなか難しいらしい。

    「払わんとはいっとらん」とかいう奴に限って払わんのだよなぁ・・・

    確かに、○○市は財政指数が100%以下だから、地方交付税もらてるんだよなぁ。

    一応財政指数を見てみる、100は切ってます。

    ○○市、地方交付税交付団体(赤字団体)です(笑)

    ○○市長、職員の給与下げたけど、財政指数下がったままだよねぇ・・・給料を下げた効果ないね。

    職員の士気落ちて、幹部の成り手なくて、今後の市の運営が難しくなりそうなんだかどねー

    この手のジジイは、乙欄適用の天引きをしなければ、申告なんてしないと聞いたことがある。

    半年ぐらい後に、税務署から申告漏れを指摘されると、逆切れして、「なんで申告時期に言って来ん」と怒鳴るそうな。

    そうして無申告加算税が掛かると判ると逆切れして、どなりだす人が居るそうな・・・・

    この手のジジイは、税金は、胡麻化したい、余分に払いたくない

    消費税に反対する手合いは、所得税なんて黙って、「現金取引しとりゃ判らせんわ(名古屋弁)」という気分があるので、強制徴収

   される消費税は、税金なんか払うのは「嫌だ―」という人が多いですね。

    特に、共産主義ファシストは、税務調査を攻撃するらいです。

    消費税反対、とか、廃止とか言ってる人は基本的には、社会参加費用としての税金を払わずにいたい、自分の儲けた金は全部自部の

   ものと云いたい人、つまり、社会性はない、独善的で、自己中心的で宗教的教条主義がはいると つまり、共産主義ファシスト系の人

   という事になる。

    某政党の発想は、共存共栄の社会性を有しない、自己中心、独善的かつ排他的で、あり、特権主義的の人が多い

    全然違う体裁の政党の主張もほぼ同じなので、外見と云うか看板は違うが、根っこは同じと判る

    ついでに言うなら、選挙時に、町で絶叫している運動員のペアの中年の運動員は、某政党の運動員風であった。

    つまり、この爺さんは、どちらかと云えば、共産主義ファシスト的な色彩のある人だなぁ。

    年金事務所も不幸だなぁ。

 

②西日本の外国人の友達が税金を滞納してて預金をいきなり差押さえられた。

  警告も、連絡もなくていきなりだよ。

  おかしくない?

 おばちゃん、

  課税の公平ですから、差し押さえも仕方ないのではないでしょか?

 私、心の叫び

  ここで、この爺さんは、自分は善意の第三者的なスタンスで話をしているが、行政側の行為を責める道具として使っている。

  よく、「別の事務所では、◎◎◎は、いいと言われた。」とノタマウ方がいる。

  こちら側の役人が絶対に、言わないようなことを平気で言う者がいる。

  よく聞くと、どこで言われたか、云えん、忘れた

  誰から聞いたかは忘れた、

  年々か前・・・

  全部具体性がない。

  具体性があっても、ほぼあり得ない、下手したらあっせん利得罪風の話さえする。

  外国人と云うところがすでに、ファシスト臭がする。

  その外国人てさぁ 半島とか、大陸系の人じゃないの?という気がする。

  いきなりの差押え?はないだろう。

  強制執行前に、差押処分の予告は来るはずでしょ?

  この外国の方はたぶん、一方的に無視してんだろうに・・・それに、法律読んでねぇだろう

  税金払えという督促状が出て10日を経過したら、「差押えしろ」と書いてるから、法律上は税金滞納したら、何時差押えされとも限らんとという事であるが・・・

  こいつ何が言いたい?

  ふと思った。

  法律を知らない、法律を知らないふりをして、感情論で同情を引こうとしていると感じたねぇ。

  大体、強制執行するときにご丁寧に、差し押さえしますなんて言おうものなら、財産隠されてしまうのではないですか?

  強制執行の意味わかってる? 

  くそ時爺だねぇ。 

③去年退職して、今年、市民税、国保が昨年の収入ベースでいきなり来た。 

  退職金なんて全部パぁだ。

  翌年来るなんて聞いてないぞ。

 おばちゃん

   就職した最初の年は税金掛かっていですけど・・

 心の叫び

   偉そうなこと言って、大学教授の退職金てそんなに雀の涙なの?

   嘘くせえなぁ・・・

   世の中の仕組みを知らいないくせに根拠のない自信はどこからくる?

④昔、◎◎関係は全部出先機関でできた。

 出先機関では、○○の関係の話は、担当部署がないと言われて、○○事務所へわざわざ来るのは面倒くさい

おばさん

 効率化で仕方がないのです

心の叫び

 あんたみたいなのが来て、事務が停滞するから仕方ない。

爺さん

 出先機関だとテレビ電話だと杓子定規な事しか言えない。

おばさん

 そうですか?

心の叫び

 面前なら、譲歩が引き出せると思う方が、今時バカだろう・・・

⑤昔は、文科省とやり合ったものだ

おばさん

 そうなんですか・・・

心の叫び

 クレームつけたんだろうな…この感じだと。

⑥西日本で仕事もしてるんでね。

おばさん

 そうですか

心の叫び

 なんで、西日本?

 西日本に住んでいたわけではないようである。

⑦今日は時間があったら来た。

おばさん

 わざわざ、すいませんねぇ。

心の叫び

 要は、暇なんで、気に入らないことのクレームを着けに来てやったんだという事?

 おばちゃんの態度が、のれんに腕押しで・・・困ってるねぇ・・・

 これが商売上なら、カスタマーハラスメント(カスカラ、というらしい)の部類に入るよねぇ。

 役所なんで、クレーマーという事になるのかな?

閑話休題

 役所の窓口の二はこの手の馬鹿が沢山来ている

 単に、人と話がしたいだけのようにも見える。

 悪く言えば軽いクレーマーである。

 足りない知識と、勝手ない思い込みを開陳してさも正しいことを言っているように見せかけ、その実、何の根拠もない話のゴリ押しをしようと画策しているようにしか見えない。

 職員にしたら、ものすごく時間の無駄で、労働生産性を下げた要因でしかない。

 爺さん、はよ、帰れよ・・・

 

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このブログは、読んで、書いてあることの意味が分からないのだろうか?

某友人から、このブログ95%の人は、書いてある意味が分からないと思うと言われた・・・

ちょっと、ショック・・・

5%ぐらいの人しか、真に理解しているとは云えないのではと・・理解力がない人が多いから?

私のモットーは、読みやすい文章である。

かつ、理解しやすい文書を目指している。

若い衆に、あとから読んで、猿でもわかるように分かり易く、かつ、簡潔にと指導してきたので、自分でもそれを念頭に置いているが・・・

難しいかなぁ・・・

と思う。

で、これまた別の友人某が、自宅でこのブログを読んでいると、お父上(77歳)が、

「何読んで笑っとる」とおっしゃるので、このブログを読んでいただいたそうな・・・

すると、読みやすく、分かり易かった・・・と

うーん、

別の友人は、推理小説の様に、これは誰の事を云っているのか?

と想像しながら読んでいるそうである。

いつ書かれるかと、ドキドキしているという。

筆が乗れば書くか?

どうだろう。

現在、只今は絶賛お悩み中である。

職務上知り得たことではないが、何となく想像がつくことは、確証が得れれば書いている。

職場では、恐怖の有言実行マシーンである。

普通の人は、やるやる詐欺みたいに、恫喝的に、有言不実行が多い。

ところがである、やると言ったら取り合えず試験的に実行して、次の本番に備える。

予行演習をして、本番に備える。

実験をしてから、実行に移す。

だからこそ、普段の訓練は必要と感じるのである。

別段、怖いものの無いので、一番弱いところを攻撃する術(すべ)は知っている。

以前あるところで、作文は、総じて女子学生の方が上手い。

男子学生がいないわけではないが、文章が稚拙と云われると言っていた。

それを聞いて、妙な違和感を覚えた。

世の中には、専業の職種は、女性の方が多いものもあるが、男性が優位なものも多いのは何故だろう

女性の作家より、男性が多いのは何故だろう。

一流と云われるコックは、男性が多いのは何故であろう。

パテシエも、女性も随分と増えてきた気がするが、男性が多いのは何故だろう。

継続する力み、のめりこむ加減に差があるのかもしれない。

柔軟性に欠けた、尺定規で、直情的な判断をするのは女性が多い。

女性の場合は、総じて頭が良いので、決められたことは、厳密な規律の様に順守する。

男性では、頭が悪く、勤勉なタイプは、伐株(きりくい)を守モル的な判断を平気でする奴がいる。

総じて、馬鹿と云われるタイプである。

能力的には、正反対であるが、判断は同じになるのは何故だろう。

両者に共通するのは、想像力の欠如、柔軟な考え方ができないという事である。

料理の本を、決められた数量で作りたがるのは、女性が多い気がする。

失敗してもいいやという気で、最初は、適量を守り、徐々に、適当分量を変えてみる、且、失敗してもその時はその時と考える楽天的な考えを持てるのは、どちらかと云えば男性が多い気がする。

女性でも、楽天的な人は最近、増えつつあるが、やはりまだまだ少ないと思う。

柔軟性の欠けた判断をするのは、男も女も同じぐらいだろう。

柔軟性に欠けていると、判断が直線的な、直情的なものになる可能性が高い

思考が、逡巡しない。

先日、某課長が、相手が指定した表記を封筒上に記載したら、勝手に、その表記を変えて送付した。

指定した方法で記載した封筒は、さも、万年主任のお前の書き方が悪いと言わんばかりに机上に放置してあった。

帰って、放置された封筒を見て、ちょっとムッとした。

この記載方法は、特別な扱いで、通常は封筒上にそんなことは書かない。

相手側の要望で、時別な記載をする旨は、記録に書いてある。

私は、携帯電話を持って外に出ている。

私は、昨日今日のポット出の若造ではない。

いわゆるベテランが、わざわざ書いている。

その書いたであろう意味を考えず、

その書いた意味を聞くこともなく、

記録も一切読まずに、自分の判断で書き換えた封筒を使って発送処理をした。

私が、ものすごく怒っている思ったらしい。

この課長は、謝れば事は丸く収まると信じて止まない人のようであった。

こちらは、「お前のたりない頭で考えて、どうしてそのような結論に至ったのか知りたい」と云っても。

「すいません」で終わりである

説明ができないことを平気で行うところに無責任さを感じるのである。

謝れば、相手が黙って納得する思っているのは単なるバカである。

相手が、単純バカなら良いけれど、そうでなければ、「誤ればいいと思ってのか??」となる。

良く窓口で、この手の対応をして、逆切れされている場面に出会うことがある。

バカには、クレーム対応にはできないし、営業もできない。

男の無責任な行動の最たるものは、嫉妬である。

女の嫉妬と、男の嫉妬どちらが罪深いか?

日産は、かつて、ダットサンブランドを消滅させるのに数千億円使った。

これは男の嫉妬と権力闘争で起こったことである。

ダットサンブランド無くした理由は、表向きは会社のブランドイメージ統一と云っている。

ニッサンとダットサンどちらが米国で有名だったか?

ダットサンは、だれでもとい言わないが、よく知られたブランドであった。

日産なんて、ほとんど知られていなかった。

そんな状態で、無名の方にブランドイメジーを統一するのは無謀である。

ダットサンのユーザーを逃がす可能性もあったが、ダットサンブランドの消滅を実行した。

実際の理由は、日産の社長の、米国日産の社長への対抗心と、嫉妬心と云われる。

日産の当時の社長は、ダットサンブランドを消滅させ、自分の地位を脅かすK氏を追い落とすことしか考えていなかったということである。

これは、会社に重大な悪影響を及ぼしただけである。

別の見方をいえば、インフィニティブランドを立ち上げるためともいえた。

大体車は、上、中、下に大まかに分類される

ダットサンブランドは、安価な車が多かったダットサンブランド、スポーツカーと、トラック、どちらかと云えば下位のグループ。

日産ブランドは、かろうじて中位。

安い車のダットサンは、中間層に売れる車がほとんどない。

そこで、高級車ブランドを立ち上げても客が付いてこないと考えたかもしれない。

ダットサンを無くして、日産ブランドで中間層以上の顧客を獲得しておいて、インフィニティで、中間層からボトムアップする顧客を取り込むという戦略だったと思う。

現に、ダットサンブランドの車と比べれば、日産ブランドになって以降は、価格帯が一段と上がった。

Q45を発売したころは、日産もハッタリがまだ利いていた。

某デブの評論家がよく書いておいた「誘導」(休刊と云名の廃刊、発行していた会社には雑誌の出版部門はない)雑誌は、トヨタのレクサスブランドに集まる顧客よりも、インフィニテブランドの方が、より上質な顧客を獲得していると書いていた。

読んだ瞬間に、根拠は?と思ってしまった。

あとからいろいろと読んでみると、この根拠は、レクサスは、ヤッピー御用達だから、ヤッピーは早晩居なくなるからという、勝手な思い込みであった。

現実には、彼らの言う、Q45に飛びついた上質な顧客?は早晩消えていた。

消えるはずである、中間層の成り上がり連中は、さっさと表舞台から去ったからである。

偉そうに論評を書いていた人の文章を時々読むが、ほとんど老害である。

米国と、日本の路上で、インフィニティというブランドがまだ残っている方が不思議である。

(新型スカイラインは、米国ではインフィニティで販売しているが、安めの高級車風の車でしかない。)

現在、日本の路上では、Q45を見ることはほぼ皆無である。

レクサス(セルシオ)は、いまだに現役で走ってる姿を時々見かける。

大半が、旧いナンバーで、ええ年をしたお爺さん風の人が乗っているので大切に乗られれているのがわかる。

プレジデントから、Q45への乗り換え需要が多かったはずである。

Q45の後は、別の会社の車に乗り換えたか、FUGA、インフィニティに流れた。

Q45は本当に、ニッサン珍車シリーズとでもいうべきで、ここ数年路上で見ることはない。

数年おきに一度ぐらい・・・最後に10路上で見たのは、10年以上前に見たきりである。

運転手さんに、「珍しいですね」と声を掛けると、壊れるのでもうやめたいのだが、オーナーが止めないので・・。

そこで、足回りですか?と聞くと、

「そうですね、よくご存じですね。」と返ってきた。

Q45ha、足まわりに重大な欠陥と云うか故障する箇所があり、壊れると修理代が莫大とという事になる

だから、その時点で止めてしまう人が多かったと聞いている。

又、ニッサンネタに落ちていくことは自省しなければならない。

このように、解説めいたことを書くときには、読んで分かり易いかな?とおもつつ書いているが、どうなんだろう。

 

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嘘つきの将来は?

日産は、マーチを延命するそうである。

延命方法は、衝突安全装置を追加して、販売を継続する。

某関係会社の同じようなサイズの車を、OEM化して導入するのは中止

某社の同じようなサイズの車は、東南アジアでよく売れている。

日産が、OEMで導入しても、ダットサンブランドでは売れない

(ダットサンブランドは消滅させるらしい。

いっそのこと、インフィニティもなくしたらどうだという気がする。

以前、販売店もないのにインフィニテイブランドの名前を付けて車を売っていた前科がある。

これは、販売店のブランドでなくて、車の名前だったという解釈もある。

だが、レクサスの様に専用車を開発して、すみわけを考えたわけではない。

トヨタの後追い戦略が大失敗してしまい、米国での販売も、単なるバッチエンジニアリングの車しかなくて、所詮は、インチキ臭いブランドになってしまった。)

マーチに、衝突安全装置をつけて、いくら値段が上がるのだろうか?

その値上げについてくる人がどれだけいるのか?興味津々である。

NISMOバーションだけを売るわけにもいかないであろう。

マーチは、ゴーン君の方針で、競争して、タイでの生産が決まり、現在、タイでの生産を継続している。

マーチは、もともと息の長い、モデルで、日産の底辺を支える車種であった。

現行が、新型の発売時の当初の出足は、新型という事でよかった。

統計上も、輸入車が激増したという事で、話題になったぐらいである。

それが、今では、日産のドル箱だった小型車での稼ぎ頭としての地位はすでになく、NISMOブランドで、国内で改装した車両に人気がある程度である。

下支えをするべき車種としてのノートは、人気があるが、12年たって新型が出ないまま、生産中止。

新型が出ないのは、開発費がないの、設計陣のレベル低下といわれる。

日産は、複数の新型車を同時に設計する能力が著しく低下している。

複数の開発が、ほとんど出来ないようなレベルに落ち込んでいる。

それに、複数の新型車を開発する資金的な余裕はない。

ルノーにて、寺銭(テラセン)を取られ、新規の工場を海外に作りすぎて、財政は悪化。

どうも、欧州の新設工場を2つ叩き売るらしい。

当然のように、買い手は、ルノー?

日産とルノーのライン構成で車を造っているので、当然様にルノーに売り飛ばすのであろうと思う。

代金は?

売却代金から利益をだして、ルノーにテラセンを払う、これは実質割引販売かもしれない。

つまり、日産としては、実質割引販売を行う事になる。

日産本体の資産が減少、借金は、しっかり残る

現在、6兆から8兆円の有利子債務があるという。

決算書を見ても、継続的に借金の推移が読めいない様になっている。

純粋な借金、将来的な年金や退職金を分けてみないといけない。

何となく、読んでいると「?」と思うことがある。

20年前から見ると、なんだか、経理方式が途中で変更になっているのでなんだかなぁと思う。

それにホームページから過去の決算の閲覧に移る方法が良く割らない。適当に開いていくとたどり着く感がある。

要は、財務内容を、サクックリと見れれない構造になっている。

これは投資家に対して不親切である。

ゴーンが来た頃、一時期減り、ここ十年で劇増した。

減らした手法は、資産の売却と人員整理・・車は・・売れていない。

この経緯を見ていていつも思うことは、経済評論家と称する連中は何を見ているのかいるという事である。

以前少し書いたが、クライスラーのリーアイアッコの事をほめる人はたくさんいる。

彼は、クライスラーで褒めれれたことをしたことは、クライスラーの売上を一時的に劇的伸ばしたことしかない。

実際、彼が、長期間君臨した結果、クライスラーは結局、凋落した

それは、体質改善はしない、自社の車を生産販売方式を変更、更新するのでなく、工場労働者を解雇、工場を閉鎖して、自社の生産を減らして経費節減をする。

日本車を高く評価しながら、労働者を解雇して、解雇の原因として日本車を叩かせる。日本からの輸出が激増すれば、自社の車は余計に売れなくなるの事もあるが、基本は、自社のブランドで売る車の販路を確保するためであった。

それは、カナダ日本から、単価の安い完成車を輸入販売する障害になるからである。

わざわざ、日本製のクライスラーブランドの車を買うよりも、直接、三菱自動車の車を買った方が、消費者には有利であるが、輸出台数の自主規制をさせれば、自社の輸入した車を販売することは有利となる。

そうして、莫大な収益を上げた。

クライスラーは莫大な利益を上げたが、会社本体の体質に変更はなかった。

そうして、リーアイアコッカは、得た資金を車以外に次ぎん込んで悉(ことごと)く失敗した。

そうして、財政は悪化して、最終的には、FIATの吸収されてしまった。

これは、丁度、民主党政権時代のパフォーマんスに終始した政権運営そのものであるあ。

人が沢山住んで居るけれど、玉川の治水は優先ではないといいきった。

結局、この時の治水の遅れは、現在の災害の原因になっていると考えるのは間違いであろうか?

玉川の増水で、家が沈んだ人達は、仕分けで、無用と断じた某外国人の国家議員、反対していた住人、反対を支援していた某ファシスト政党を批判するだけではなく、責任を取らせるべきであろう。

嘘をついた人は、無責任な行動ををした者んは、責任を取らせるべきであろう。

ゴーンの手腕をほめて居た経済評論家も、株価が上がり喜んだのもつかの間また下がった。

経済評論家と称する人の多くは、何を見て評論して、記事にしてるのかという事をいぶかしく見るようなったのは、アメリカの自動車産業に対する評論を読んでからである。

単純な発言を取り上げる傾向が強く、きちんと説明をする人の話を聞かい傾向がある。

(素晴らしい分析力のある人も少数ではあるが存在するが、説明が今一で、あまり取り上げれない。)

ゴーンを褒めていた人たちは、主義主張というバイアスのかかった状態で、民主党がいいと言っていた連中と同根であろう。

自分たちの感覚だけでモノを云う

基本は、感覚ではないかと思う。

つまりものを見ない。

日本経済新聞に、大手の会社の結構上位の地位にあった人が、部署の解体で、早期退社に応じて多額の退職金を得て、リアタイア、悠々自適生活と、次の仕事でも起業するかいう人のことを書いてた(フィクションか、実話化は、今一歩不明であるが、比較的優れた人生を歩んで、多くの収入を得ていた会社人間の慣れの果(は)てを、リストラで会社人間からの離脱をして、生き生きと生活している風情を「良い」と書いている。

しかし、早期退社で、1億近く退職金をもらえる人が幾人世の中にどれほどいるのか?

退職後、退職金で、悠々自適な生活を送れるっ者がどの程度いるのかを考えれば、噴飯物の記事である。

時々、滑稽ムトウな話が出てくる。

新聞記事や、経済雑誌を読んでるだけで投資を決めている人がいるかもしれない。

そうした人は、適当な記事を読まされて、投資を誤っても、誰も責任を取らない

日産は基本的に嘘で塗り固めた歴史の会社である。

戦後、戦前の木骨ボデイを金属化する時に自社では一切設計はしていない

すべて現三菱重工業(当時、中日本重工業)丸投げをした。

この事は社史には書かない。

「技術の日産」は、「技術のプリンス」のパクリである。

今度のでる、新型エクストレイルは、ボデイが日産特性、他はM社のシステム其のままである。

でも、東京モーターショーでは、シャーシ部分はの4WDを自社の技術を云ってはばからない。

実際は、M自動車の某車のシステムそのままである...

この辺の嘘を平気の平左で、つき続ける処が日産の特質と云えるかしれない。

日産の行く末は、危ういと思うが、嘘を信じ続けることが良いことかどうか・・・判断は、ご自分でしていただきたいと思う。

 

 

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あるイベント

クラッシッカーのイベントを友人と見学してきた。

多くの車は、当時以上のきらめきであった。

KE10カローラが、非常に素晴らしい出来のもが来ていた。

博物館の車輛と比べても引けをを取らないぐらいであった。

今回多くの歴代クラウンが参加していて、何となく、クラウンにぽわーんとした。

MS40クラウンがいなかったのは少々残念であった。

RS20(ほぼオリジナル)とシンメイさんの修復したRS30スタンダードはよかった。

自分で、意外と、RSクラウンが好きだという事を再認識した。

今回も、UP10の参加はなかったのは残念である。

シンメイの石川さんによれば、UP10は貴重で探しているとのことであった。

UP10のレストーションはどれぐらいかかるのかというという事をダメもとで聞いてみたが、車見てみんとなぁと・・

それはそうだと思う。

UP15を、トヨタの整備学校が直したものがあった。

ウエザーストリップは、レプリカ部品のゴム部品をつけた車で、例の新造品だった。

説明の人が良くわかっていないようだったので、はっきりとは答えてくれなかったが、以前のS店で売っていたものとと比べて軟質ゴムだったので、例のかな?と思った。

例のは買っていなが、買ってみておこうかなという気もしたし、まぁ、オリジナルがあるので、オリジナルをとうとう使おうかな?という気分になったのは事実である。

暑かったけれど、友人数人と会えたことは良かった。

それなりに楽しかったのだ。

30年たった車が、特別枠参加していて、これをで見られたことは少々よかった。

R32、NSX、ユーノスロードスター、セルシオ

皆さん、非常にい美しい状態を維持していた。

維持管理している人に対して感心する気な状態だった。

ユーノスロードスター、NSXは新車当時の様な輝きで、非常に懐かしい感じを受けた。

個人的には、この状態を維持保存していただけることを切に願うのである。

少々残念だったのは、タダの中古車が増えたなぁという感じがした。

30年たったらクラッシッカーというのは、間違ってはいないが、タダの中古車にしか見えない車が複数あった点は、

「どうなんだ?」

という気がした。

きれいに磨き上げてないと、参加資格がないとは言わないが、

普段使いの車を、クラックシックではないとは言わないが・・

日常使いのママでもよいけれど、それなりの車を期待して見に行った側としては、チョッと、これはねぇ・・・という車があった。

少々の錆ならいいけれど、雨ざらしで候(そうろう)というのは、もう少し・・・きれいにしていて欲しいなぁと思った。

この車で、応募した側の精神状態も聞いてみたい気がした。

晴れがましい場面にこの車で来るか?という疑問である。

ただ、大切にしている車かもしれないので、他人が一概に言える事っはないけれど、何となく何だろうなぁと思った人が幾人かいたのではないかと想像するのである。

個人的には、代車で乗ったこともあったので、「おおおお」とおもったが・・・

殆どの人は、巣通りで、見てもいなかった。

オーナーさんもいなかった。

こちらとしては来歴を聞いてみたかったが、近辺にはいなかった。

応募する方は、あわよく場通ればいいかもしれないが、数台の車を見て、がっくり来た。

友人との会話の中で、アレはないよねというのがあった。

苦情ではないが、フロントだけ、ローダウンしたVGは、車体がきれいな分、なんだかいやなものを見た気分がした。

故障で、フロンだけが落ちているのか、わざと落としているのかわからなかったが、故障で、フロントが下がったままなら不測の事態を避けるために参加するべきではないし、その様な仕様なら最低地上高は大丈夫かと?と思う。

また、現在では禁止されている、ナンバープレートにカバーを付けた車が参加していた点は、法律上問題のある車をパレードに参加させてるのはどうなんだと気がした。

とはいえ、実際は素晴らしいイベントであっただけに、少々残念な気がした。

相対的には、参加車両の98%ぐらいは素晴らしかったし、日頃見られない車を見ることができるイベントとしては素晴らしいと思うが、少々残念な車が複数あったことは何となく、悲しかつた。

いつも思うのだが、座る場所のなさと日陰が少ないことには辟易とするのである。

日差しは、爺さんには厳しいのである。

 

 

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小官僚の無責任

民間企業の経費削減でふと、思い出したことがある。

経費削減とは全く関係がないが、うちの役所テイタラクを思いだした。

経費削減ではないのでは、予算を使いきった時の対応である。

30年3月、最後の週に、総務課から、「紙を買う予算が尽きました、あと1週間は紙を極力使わないでください」と言ってきた。

予算が尽きたそうである。

経費削減は世の習いである。

役所は、総務(庶務)課長は、前年よりも経費を削減すれば褒められる。

と云うか、評価される。

前年よりも予算請求を減らしておけば、当然の様に、前年と同じ体制で仕事をしていれば、減らした予算を年間で徐々に減らす努力をしていればよいがそうでなければ、年度末に足りなくなる。

どうもその年は、総務(庶務)課長2年目だったので、経費節減に燃えたらしい。

おかげで、2月ぐらいには、予算残高が危険水位に入った。

3月末の1か月前ぐらいから、紙を使わないでくださいという檄文は飛んでいた。

が、職員は、どこ吹く風である。

電算化されてから、ペーパーレス化は進んでいるようであるが、その実、一時的な印刷枚数はほぼ倍である。

例えば、決済時には、とりあえずサンプル印刷をする。

サンプルで、審理と云うか審査担当がチェックする。

通常、これで1セット7枚から10枚出力する。

他機関向けだと、15から17枚出力する。

決済をもらうと、全部同量出力する。

つまり、昔と比べると、ほぼ二倍の紙を消費していることになる。

ついでに言うなら、決済資料で、資料も出力する場合があるがこれが膨大だと100なんて平気の平左である。

わたくし感覚では、3月末に予算が足りなくなれば総務(庶務)課長が、本店の総務(庶務)課に請求すれば、補助費から出金されるはずである。

30年3月の時のババア課長は、本店から、管理能力がないと思われるのは、即、自分の評価が下がると思うらしく、予備費の請求をしなかった。

今年の勤務先は、今月、前年対比の使用量が何パーセントか減った。

減った理由は、研修でパワポを使う場合、印刷しないと決めた。

1研修で2000枚ほど消費することがある。

月に研修は、1回から2回ほどある。

11月は既に、4回研修があると言われた・・・

12月は、4回から5回ある。

すぐに捨てる用紙はいらないとという事になる・・

30年3月の時は、最悪、自分で1000枚の束を栗田商会で買ってこようかと思ったぐらいである。

うちの紙、再生紙で特に、質悪いのよ・・・何となく小汚い色。

で、この時のババア、職員に不便を強いてもテンで恥じなかった。

総務(庶務)課長を単なるポストと考えているからできる所業である。

庶務の仕事は、職員がいかに、持ち良く仕事に従事できる状況を作り上げる様に腐心するべきであるはずである。

底辺の諸君の意見としては、職員の利便を考えれば、仕事を頑張ってもらっていいるんだから、余分に紙を使ったのは仕方がない。

予算請求しようという発想になるはずである。

しかし、このババアは、自己保身しか考えないので、年度末の一番紙を使う時期に、[紙を使うなう]という,、この本末転倒なことを主張して止まなかった。

まあ、このババア、別の支店でも同勤していたことがある。

この時は、ある役職にあったが、基本的な態度はひどかった。

私のパワハラ救済申請をもみ消した者である。

ついでに言うなら、又副支店長のパワハラをもみ消した者である。

最近はやりの女性登用枠で、直線的に昇進してたばあさんである。

女性登用枠の不公平なところは、職場内の男女比率を無視して、男女の幹部の比率を均等にしようとしている点である。

第一に、能力があるというが、真に能力があるような女性は面倒なので、幹部にはなりたくないという。

すると、能力二の次、幹部に仕切にしっぽを振るバカを、幹部職員の好悪で選ぶことになる。

この手の人物は、男女ともに、妙に、根拠のないプライドが高い。

考えてみれば、根拠のないプライドほど怖いものはない。

無知の知を知らない。

知ろうともしない。

基本は、権力欲だけあってバカと云う事になる。

つまり、女性登用枠で、幹部になる女性の半分以上が、なんなんだ此奴は?という奴が多い。

つまり、珍奇な幹部が並んでいるという奇観を呈している。

これは、官僚制度の悪い点である。一度でもコースに乗ると落ちない,というか、外れない努力しかしない。

全体よりも、自分を優先する、組織を守るという事は二の次で、国民に対する奉仕者としての姿勢もない。

自分の官位栄達しか望まないという事になる。

こういう人間は、基本的に無意識なパワハラを平気で行う。

このばあさん課長、馬鹿な大卒がよく休んでいたら、総務(庶務)課員の前で

「あなたが、いじめるから来ないんじゃない」とぬかした。

この馬鹿大卒、入社して1年目に15日ある有給を、全部使いきった。

病休も使った。

2年目も、20日ある有給をほぼ使い切った。

3年目の3月で、残り10日を切っていた。

つまり、私が赴任する前から、病気と称してよく休んでいたという事実がある。

でも、そんな根も葉もないことを平気で、多くの面前で言う。

そこですかさず、「あんた、総務課長のくせに、その発言はパワハラだろう」と云うと、即口をつぐみ、二度と同じ発言はしなかった。

だが、時々、嫌味の様にいう事があったので、そのたびに「パワハラですね」と云い続けてやった。

そうして最後に、「あなたが昔、パワハラのを受けた事実を記録しておけ云ったので、この一年間のパワハラ事績を残しておいたけど。人事院に連絡相談すべきかねぇ」と云ったら、ものすごい目でにらんだ。

逆恨みされるのも怖いのであるが、こちらとしては、もうどうでもいい気分なので忖度なんてしない。

ちゃんとメモを取り、いついつ、どこで、このような人たちの前で、このような事を云われたという事を書いてある。

時として思うのは小人は育たないのである。

この間、ある人が捨て台詞を残して、ある団体のボランティアスタッフから脱退の申し出てきたので承認した。

この人は、「ガキじゃあるまいし」という捨てセリフを残したのであるが、笑ったことは、これを読んだ別のスタッフが

「ガキじゃあるまいして、こいつさぁ、こいつの方が社会人のくせに、ガキなんだよね。

 発想がさぁ。

 社会人のくせに、あ、退職してるから、社会人じゃないかぁ・・」

ほかの友人が「?」

「まず、イベントの打ち合わせに、大抵30分以上遅れてくる、遅いと1時間ぐらい平気で遅れてくる。

 遅れてくるて連絡も、最初はあったけど、そのうちなくなってさ。

 遅れてきても、何も言わずに「すっと」座る。

 一番、非常識なのは、イベントの1週間前にいきなり思い付きで、こんな事したら?と急に提案する。

 ほぼ毎回ぐらい、急に思い付きを提案する。

 電気会社の展示会じゃないんだからさぁ

 以前、知り合いがいたと時でも、閉館後の対応で、結構面倒だったことを平気で提案する。

 借りる時に、閉館後対応という事は、返す時も閉館後対応という事になる。

 他人の迷惑とか気苦労とか全然考えない。

 自分勝手に判断して、自分勝手に行動する。」

ほかの友人「ひどいね」

「また、撮影でトラブルになったことがあったので、講演会は撮影をしないという方針を伝えておいたら、施設側の講演者から撮影の許可が出たからビデオ撮影をすると勝手に決めた。」

ちなみに、奴が打ち合わせに遅れてくる前には、こんな話をしていた。

撮影トラブルとの件と、撮影時の注意、ビデオ撮影で不特定多数の者が写つたときに、あとから苦情が出ると困るからという事で、原則、集合写真は、撮影する前に、あとから文句を言っても対応しない、ただし、撮影されて困る人は撮影の集団に入らないでくださいという事を周知徹底するという事を、事前に告知し、撮影するときも注意をすると云う事で結論ができていた。

でも、自己判断をして、勝手に聞く。

これは、小さな組織ではあるが、その組織の行動規範から逸脱する行為である。

基本的には、施設との交渉は自分が行うと言うことを最初に言ってあったが、どこ吹く風で無視しし続けたのは、誰あろう。

この「ガキじゃ」との賜った者である。

この者の事を話していたら、ほかの友人曰く、

「まるで会の代表みたいにふるまっててね、話してみると、話がかみ合わないで、なんだコイツという風に思った」と述べた。

会の代表みたいな顔をしたい気がするのも判らんでもない。

ある会を発足させるときに一応相談をした。

そうして協力を取り付けた、その時は人員が要るし、この人の本性を未把握だったんでね、ついつい頼んだ。

でも、すぐに後悔した。

やたら、勝手に施設側の者と、勝手に話を進めることが分かったからである。

しかも、一職員が許可しているか、施設自体が許可しているのか判らないようなもの云いをする。

ある人は、ある施設内では独断専行がひどい人であった。

だか退職後は、この人のシンパは排除される、この人が、慣例のようにやっていたことはすべてダメになった。

そのことは、この施設の関係者は多くが知っていた。

だが、この者はその手の情報を聞く気もなかったし、聞いても知らないふりをしていたのではないかと思うような行動だった。

結局、この人のについては、友人数人で話をしてて、出た結論は、最終的には、その人となりを見るのは無くて、単に、肩書だけを見て人を判断する人だね。

肩書に弱い人なんだろうねという結論に達していた。

元部長だったから偉い。 

○○の学芸員だから偉い。

○○博物館のお手伝いをしている人だから偉い。

○○会社の社長さんだから偉い。

もっている車本体のレベルとか、車に対する愛情とか、情報とかは二の次で、とにかく肩書なんだろうとと云い事になる。

そこで皆の一致した意見は、「肩書だけ人を見て、すごいと感じられるのは単純のでいいねぇ」という事であった。

この者は、昔、私が、「自分の車にはデフロスタがないので雨の日は曇る」と書いたことを、茶化したくして仕方がなかったようで、

その気を書いた頃、イベント出会う度(たび)に、嫌みな笑い顔で、私が自分の車の良いところを語っていると、揚げ足を取るような口調で「デフロスタがない」と抜かしていた。

(これは、大昔のCGクラブ中部支部主催のTAM meetで、川上完さんにインタビューを受けていた時に最初に茶々を入れてきた。)

なんだか、ものすごく馬鹿にされた感じがして、むかついた覚えがある。

この時の言い方に対して、「ガキじゃあまいし」と思った。

某友人曰く「どういう気持ちで、笑いながら、デフロスタがないて、言ったんですかねぇ」と述べていた。

気持ちが悪いぐらい、悪意のある言い草だったからよく覚えている。

まぁ、この様に肩書しか見ない、揚げ足を取るような物言いをするタイプは、役所に多いし、民間では大企業の官僚的な組織に居た者に多い気がする。

肩書に弱いのは、組織に属することを快感と感じている人に多いような気がする。

またこの手の者の下につきたがるのも、その手の人間である。

元部長だろうが、社長だろうが、学芸員だろうか、趣味の集団で何んの価値があると思うのは僭越であろうか?

だから、肩書の付いた団体を作ると、やたらと母体を大きくする努力をする。

そのくせ自分は責任を取りたくないので、責任者にはならい、でも仕切りたがるという事がよくわかる。

大人になり切れてないから、ガキ見たいな発想をして、ガキみたいに噛みつくんだねと・・・大企業には、よくいる会社の名前を前に出す小官僚ポイ人だったなぁと。

団塊の世代にものすごく多いのよね、この手の人

私は、根がアウトローなので、この手の人物には嫌悪感しか抱いていない。

 

 

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自動車会社の自転車操業

友人との会話で「自動車会社の自転車操業」という語句を出したら、自分で大うけしてしまった。

某自動車会社は、タコの足喰い生活を送っている会社である。

四半期の決算が前年比99%減という偉業を達成した会社である。

ついでにいうのであれば、34%の株を握られたM自動車も大幅な減である。

99%減の発表後、その対策として、工場の閉鎖、人件費の削減をあげていたが・・・

起死回生1発勝負で、会社を1個売るよという話をしていた。

そうして、日産工機か、愛知機械ぐらいかな?と思い、そうも書いた。

この二社は伝統はあるが、戦後、没落した会社で、前身は、くろがねを作っていた会社、航空機を作っていた会社である。

日産もある程度は考えて、今後の事業展開を考えて、買収した子会社を売り飛ばすであろうという予想をしていた。

出てきたのは、直営と云うか分社したような会社お売却予定の報道だった。

日産は、自社の車の輸出、資材の輸入を任せている商社を売り飛ばそうとしていることが判明して、「開いた口がふさがらない」という感想を持った。

そうしていると、ルノーはゴーンの子飼いを切り飛ばした。

日産本体は、ゴーン子飼いの西川(さいかわ)君は、自滅した(自滅したことになっている。)。

ルノーから見れば、会社を食い物にしていた強欲なゴーン体制を捨てて体制を立て直すためには、ゴーンの子飼いはいらないという事であろう。

それに、横領犯の子飼いの部下は同類という目に見えるので、有能だろうが何だろうが放り出す必要がある。

日産は、中国事業部からCEOを引っ張て来たが、そもそも大丈夫か?という気がする。

日産は、とりあえず無難な中国事業部から人を引っ張る傾向があるが、中国事業部が安泰かと云えば…どうだ?という気がする。

北米は、全然ダメ、東南アジアのダットサンブランド(東南アジアブランドの浸透力は、ほぼゼロだろう)は、超低空、欧州・・・お話にならないレベルなので、中国なんだろうと考えるのは稚拙(ちせつ)であろうか?

COOは、M自動車を立て直すはずだったグプタ君を引っ張ってきた。

だが、西川君は、CEOは退任したが、現在も取締役である

どうも、日産の社長の例にもれず、人事の復讐を策謀しているという話も漏れてくる

「気に入らないやつは引きずりおろせ。」

これは、日産自動車の悪しき伝統であるが、単細胞であるから困る。

そもそもそんな内紛をしている暇があるのかという気がする。

新体制と云いながら、旧体制をひっくり返した人物を放逐することを考えているという事は、所詮は、自己中心的な者という事になる。

日産の体質は、自己中心的な代表者が、会社を食い物にする。

組合も会社を食い物にする。

ただ図体がデカいので淘汰されなかっただけである。

経済産業省出身の豊田氏は、スパイではないが経産省へ状況を逐次連絡していたと思われるが、豊田氏の考えていたであろう「西川」を温存して、時間稼ぎをして、次の体制を考えていた。

西川君も影響力を残したい人なんで、時間稼ぎには賛成だったはずである。

しかし、西川君を辞めさせるよううごいた者がいる。

これは、会社の存続を考えての行動よりも、私怨で西川君を追い出す方が勝(まさ)ったという事である。

西川君は、追い落とされたことを逆恨みしていることは明白であろう。

取締役として残ったことが非常に不思議なのだが、条件闘争をした可能性はある。

「CEOはやめる、ただし、常勤の取締役としては残せ」かもしれない。

不正なことを行っていた者が、取締役で残るのことで、最低まで落ちていた社内の倫理観は、さらに地獄の底まで落ちている気がする。

大体、取締役で残している方がおかしいのである。

「首を洗って待ってろ」なんだから全部退任すべきだと思うは、僭越であろうか?

ゴーン・ケリー体制を補助補強していた最大の功労者は誰あらん、西川君である。

西川君は、ゴーン・ケリー体制の操り人形だったが、自分が切られれそうになることに気が付き、ルノーに吸収されると、自分たちが、合併した会社の社員たちしてきた仕打ちを思い出して戦慄したのかもしれない。

ついでに、ルノ―日産三菱で、なんだか規模が大きくなって、トヨタを抜けるぞと勘違いした瞬間、ゴーン追い出すべしと動いたのであろう。

ただし、ゴーン・ケリー体制が日産を食い物にした様に、ルノーも、西川君も食い物にして、株主を裏切ったことは事実である。

しかし、厚顔無恥を地(ジ)で行くような人でないと基本的には、雇われ社長などできないも事実であるが、どうも、基本、志(こころざし)が低い。

いわば仲間を売って、自分の地位を保全したと思って居たら、実は、仕掛けられていたことに気が付いていなかったのか、知らずに地雷を踏んでいたパターンで、とりあえず自滅したように見えた。

しかし、無役の取締役として、元部下を呼んでは何か画策しているらしいが、決して日産の為になることをしているとは思得ない。

西川君の目的が判然としないが、西川氏の自身子飼いを使い、自分の意見が通る体制を作ろうとしている。

これは、ゴーン・ケリー体制下での権力集中下での不正を防ぐために、ガバナンス改革宣言したが、西川君が役員と残り、新体体制への人事への介入を行い、自分の復権を画策しているのであれば、それは、完全に、ガバナンス改革とは逆行する行為である。

素案を作るのが人事で、その素案に西川君が介入している可能性があるのであれば、社外取締役は判断のし様がない。

選択肢を、狭めているのであれば言語道断である。

この介入目的は、単なる、復讐心に燃える私利私欲であろう。

新しいCEOは、自身の就任後、業績の99%減を、99%戻す必要があると思っているのであれば、それは経営をする人間としては、経営学の基礎を学んで来いと云いたい。

99%減が、CEOが変わったからと云って、99%戻るなんて考えている奴はいない。

そんなことは、通常の会社経営ではありえない。

その無理難題を解消するためには、とりあえず売れるものを売ろうと・・・しかも、ちゃんと売れそうで影響の少ない(?)会社を選ぶとなると・・・もう残っていない。

日産は、買収でグループを大きくした会社である。

トヨタは、本体から切り離した会社がグループを形成している。

この差は大きい。

困っていた会社に資本注入で、グループ化、隷属させる。

自社の屑みたいな社員を押し付ける。

関係会社で、屑な社員が幹部になる、部下の労働意欲は減退する。

相対的に、会社の価値は下がる、ここにきて、売れない会社と判断されてしまう。

だから余計に、無難で、売れそうな会社を選ぶと「日産トレーデイング」になったのかと思う。

これを、売り飛ばして、99%減を少しでも、戻したいと考えることはある意味正しい。

でも、有利子債権が6兆円以上あり、肝心の車は売れていない。

この状況を換えない限りここ考えは間違いである。

毎期、「子会社売るのか?」という事になる。

基本的に、今の日産には、コンスタントに売れる車がない。

昔、ドル箱だったマーチは、タイで生産するようになって、ほぼ売れなくなった。

生産中止のうわさがあるが、次期はなくなったようである。

M自動車の小型車(東南アジアではとりあえず売れていいる)を一時期、OEM化する話もあったらしいが、日産の体制変化で、立ち消えになったようである。

売る車がなくて、自分の資産を売り飛ばしているのであるから、タコの足食いであるが・・これは、ある意味「自転車操業」である

で、「自動車会社の自転車操業」という珍語を捻り出してしまったわけである。

友人との会話に感謝である。

 

 

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M自動車、利益率をこれ以上下げない様に、経費を減量中・・・?

M自動車は、現在絶賛、経費削減計画を邁進中である。

主な削減対象は、「残業」、

来年3月まで、開発関連、というか全職種で、残業は0という指示があるそうである。

残業カットされると、生活が大変という意見がある。

昔、デンソーの社員で、残業を見込んだローン計画で、家を買った人がいた。

残業削減で、ローンが払えなくなり、家を売り社宅に戻ったん人がいなぁ・・と

最大の削減は、人件費であるが、それ以外となると基本は、経費の削減である。

ところが、M自動車では、開発費のコストカット、開発中の車のコストカット・・・にも手を付けたえある。

ちなみに、開発中の車ほとんどないのでそれほど効果は見込めませんが・・・

「開発中の車のコストカット?」

聞いた瞬間意味が分からなかった・・

パーツ数でも減らすのかと思ったが実際はもっと深刻

通常、開発費は、人件費や、試作、部品単価等々が複雑怪奇に絡み合っている。

どこをどう下げ下れば経費が下がるとは言いにくい部分がある。

短銃に減らせるのは、人件費と外注費の削減であろう。

で、M自動車では、不思議な発想をする。

現在、只今、開発中の車の部品単価を下げることを考えたやつがいる

この発想はよくわからいと云うか理解しようがない。

開発中の車の部品単価を下げる様に、部品供給メーカーに命令(オブラートに包めば、要請するように指示)をしたという事である。

部品は、試作という可能性が高いので、その単価を下げることの要請なのか、量産型になった時のことを見越して事前に単価を下げろという事かははっきりしない(その場所に居る訳ではないのでね。)

ただニュアンス的には、量産時のパーツの単価の引き下げ要請であったようである。

部品供給メーカーに対してて、部品の単価下げようねという命令らしい。

とりあえず支払う総額を減らしたいという事らしい。

通常は、試作が終わり、車が販売になる。

販売動向も何となくわかる、月々のロット数もわかる。

じゃあ、慣れたところでこれくらい発注する予定ですから、部品の単価下がりませんか?というご相談ができる。

(旧来の型と同じなら、単価引き下げ要求は、量産効果を見込んで当然の様に来る。)

生産をする前から、単価を下げようねというのは、今の日本の社会では非常に問題が多い。

下請けいじめにつながるからね。

部品供給メーカーは、一次下請けなんて言葉があるので、下請けみたいな顔をしているが、法律的には、元請けである。

発注元の会社が、元請けの部品供給メーカーに対して、無理くりな、単価引き下げ請求は、部品供給メーカーである元請けの単なる下請けに対する違法な請求つながる原因を引き起こしてと判断される場合がある。

ここで、その場に、M自動車からの元請けさん部品供給メーカーさんと、その下請さんがいたとすると、これは問題になる。

元請部品供給メーカーが、下請けに、「M自動車の担当者が、ああいってるんだからうちへのへのを単価下げようね」

自分の優位な地位を利用して下請け(←ここ重要)に対して、無理な請求をするといわゆる下請法違反になる。

元請け部品供給メーカーは、M自動車から、直接、下請法違反という法律には関係はないが、違法な請求を強要している可能性がある。

単純に考えれ欲しいのであるが、何故、人は、企業を興し、生産を何故するのか?

極言すれば、単にお金儲けである。

製品の単価に、決まった利益率を乗せて、そのお代を請求する。

利益率は、会社運営費、人件費、各種経費を含みプラス純利益を含む事が前提である

例えば、製品の単価を下げるために、自社の決まっている利益率を下げて請求する、部品納品メーカーは損をするのでウンとは云わない。

量産効果で、単価自体を下げる、利益率は下がらない、部品納品メーカーは保証を取り付けて、ウンと言う可能性はある。

ただし、取りあえず損はしないが、順調に納品され続けることがないと、不良在庫する可能性はある。

最悪なのは、部品の品質自体を落とす、製造原価が下がる、利益率は保護できる。

強度を気にしない、その形をしていればいいとなる。

そうすると、当たり前だが、パーツを原因とした、故障が起こる。

その場合に、基本的に、Mは自動車は責任を取らない、整備不良で突き通す。

ハブ事件の真相はこの辺かもしれない。

ケースの脱落も同根は同じだろう。

最近の自動車業界は非常に厳しいので、M自動車が見込んでいる販売台数が、売れる可能性はほゞない。

でも単価を下げろというのは、本末転倒である。

(昨年でた、トヨタの新型クラウンは予定販売台数の5分の1程度の生産台数だという。

 そうなると、あまりコストダウンの請求はできなくなる。)

ロットも、実際の生産規模もわからない状態で単価を下げろというのは、単なる部品供給會社への虐への(いじ)めである。

まぁ、M社のコストダウンはこの程度の意識である。

頭の悪い役人の考えるコストダウン策と似ている。

根本的な構造改革をして、組織をするスリム化する。

本社は、高い家賃を払うことを止めればどれだけ浮くのか考えない。

東京から岡崎に移すとかね。

今のM自動車に東京の一等地に高い家賃を払って入居している意味がるのか?考えたことがあるかと聴いてみたい気がする。

部署の構造改革を検討するなんてことは端(はな)から無理な相談らしい。

先日こんな笑い話があった。

トヨタ自動車とある部品素材メーカーさんが共同で開発した素材がある。

ヤリス(旧日本名 ビッツ、パブリカの玄孫ぐらいです・・・)に採用されて、量産もされてる。

M自動車の開発担当は、この素材メーカーに対して、その素材を使いたいで、一度来てほしいと言ったらしい。

まず、普通の取引なら

御社とトヨタさんが開発した素材はい大変良いらしいので、当社としても使用したい。

開発予算これこれ、使用予定車種はこれこれ、強度は・・・・・という話をする。

そこがスタートで、話が煮詰まり、では、この部品は、いくらいくらお単価で納品できますか・・・となるのが普通の流れである。

トヨタの調達は、多分その様に交渉をして、量産効果を見極めてから、単価が下げられるかなぁという相談になるはずである。

ところがである。

備品供給メーカーは、金型代、諸経費込、プラス、材料費という説明をしたらしい。

M自動車は、その会社に対して、試作の予算規模の説明もなく、詳細については、なんの情報開示もしないで、

「これぐらいの部品は、いくらの単価で納められますか?」

と聞いたらしい。

すでに、開発でなくて購買(調達)の仕事である。

また、企業統制が取れていない点は、人材の劣化である。

これは、上から下まで倒産する可能性がないと信じている点がすでに救いがたい。

以前は、岩崎弥太郎のグループだった。

だからこそ、車も売れた。

関係社員割引きで・・・つまりは安いから買うである。

現在、三菱の社員で、三菱車を買わなくてもよくなって良かったと述べている者がいる。

現在、筆頭株主は、某日本産業の末裔である。

約35%の筆頭株主である

ちなみに両方とも、旧三菱銀行の融資先である。

グループからは放り出されている。

先行きは、不透明

未だ、日産程資産を食いつぶしてはいけれど、遊休資産を売り飛ばしているという話もある。

経費節減は、目先の物だけを削ればいいものではないのであるが、どうもわからないらしい。

困ったものである。

 

 

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わんこに、噛まれた・・・

うちのわんこ、最近ボケボケで、一日中寝てます。

で、最近というか、ここ数か月前から、唸ってから、よく噛む真似をするようになっていた。

一度軽く噛まれて痛かったので、叱りながらたたいたら、時々

「うー」と唸るようになり、歯をむきだすようになりました。

ウチのちび助に言わせると、叩きすぎたんじゃない?

そうかもしれな、それから、もう全然だめで、とにかく突然、「うー」とうなる。

ものすごい勢いで噛みにかかる、歯をむき出してくる。

散歩、行くとき、帰るとき、お菓子あげる時は何ともないのですが

頭の上に手をやると、

「うー」

という、ひどいときは横を通る時に、

「うー」

一時期、歩けなくなったので、庭を歩かせていると、夜帰ると、

裏木戸の前で、

「うー」

 避けようが無いので

ジ~としていると、踵を返して犬小屋へ

で、今日

散歩から帰って

犬小屋につないで、リードが落ちていたので拾おうとしたら、

「うーーーー・・・・・・」

ガブ・・・・・

見ると、血が、どぼどぼと・・・

家に入って、水洗いオキシフル消毒

親が、傷口広げて洗わないとと云いつつ洗って、消毒

狂犬病は、2年前・・・注射

今年やっないよと・・・がーん

血止まりません・・・絆創膏、血でどぼどぼ。

傷口止めて、瞬間接着剤で止めたけど・・・漏れてくる・・・

うーん

やばいなぁ・・・という事で

緊急指定病院へ架電

20:30までという

20:07分、20:30過ぎたら、緊急外来で・・・

自分で運転して病院へ、

現着20:30

時間外は閉鎖済み、緊急外来へ

先生からは、処置は問題がないが、瞬間接着剤での止血はダメと云われた。

手、腫れてきました、もう書けません。

わんこ、どうしたらいいか思案中

他人様を噛むと困るので・・・

保健所かなぁ・・・

ものすごく思案中

15年以上過ごしてきたわんこである

保健所に行ったら、不安で泣きそうに気がする

気の小さい子です。

もう老衰に近いきもするので掘り合えず保留

とりあえず、抗噛手袋を買いました、アマゾンで・・・来る迄、溶接用の薄皮手袋でか慢するか、英軍のオートバイ用の革手袋でもはめるか・・・

 

 

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パワーハラスメントという、虐め(いじめ)について

うちの会社では、上級の幹部職員(7級、8級職)のパワーハラスメントは容認されてきた。

パワハラの被害者が職場を追われたり、病気で休んで、将来をめちゃめちゃにされても、被害者は、顧慮されなかった。

今でもあんまり変わっていない。

変えた当たふりをしてるのと、パワハラがあるというと、被害者の部下を転勤させる。

加害者は、とりあえず役職にあるので、キャリア上転勤がさせられないので残留である。

50過ぎたおっさんに向かって

「のびしろがある」とたびたび抜かした。

その言い草は、パワハラだと訴えると

人事課の補佐には、そんあのことは云っていない

「伸びる余地がある」

と云ったと主張して止まない。

「のびる余地がある」と「のびしろがある」というのはほぼ同意味である

語調を替えただけである。

ちなみに、こちらは全部会話はを録音しているので、記録はある。

同じことを言いながら、「伸びしろは」よくないが、「伸びる余地」は良いと考えるその頭の出来は・・危うい。

以前、副長から、[大学出てるのにぺいぺいのママでいいとわ思っとらんだろう」と云ったやつがいる。

此奴、パワハラの研修で、壁に向かって仕事させるのはパワハラと云っておきな

がら、転勤の2週間前から壁に向かって仕事させた。

ちなみに、私、川島雄三監督ではないが、生活の為に働いている。

生活と趣味のために金を得るために仕事をしている身としては、あまり権力志向はない。

だって、役所のみんな、「井の中の蛙」だもの。

退職後のお付き合いは、OBばかり。

外の出たくない人たち、退職後も、元職場の仲間内でしか話ができない人たち。

毎月1回地元の飲み会を開催するバイタリティはどこにあるのか?

こんなやつらが多い職場に未来はないと思っていたが、教員はもっとひどいのがいると判って、まだ、マシなんだなぁと思う今日この頃

 

 

 

 

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馬鹿について思うこと思う事

イタリアの避難所を引き合いに出して、避難所にワインを出すべき的な発言をする国会議員には失笑を禁じ得居ない。

このバカ、飲酒を楽しむために出すべきと考えている様子である。

どう考えてもバカだろう。

飲酒を楽しむための為のワインではないのではないのだろうか、大昔、イタリアでは、ビン入りの水は、ワインより高かった。

だからワインを、水の代わりに出すのではないか?

水よりワインだろとのたまった若者がいた。

イタリア人は、総じてワインなんて水ぐらいの人物が多いと聞く、飲めない人は,の飲めない人ですけどね・・

よく、昔から、外国がこうだから、日本もこうすべきという人がいる。

その考えは間違いではない。

でもその考えの根本は、明治時代に、進んだ西洋の方式を取り入れようする時の指標であり、当然の様に、日本は劣っていたから真似をするのは仕方がない時代の考えである。

しかし、災害時の対策において、現在の様にシステム化された災害対策で、他国にまねされることはあっても、こちらから積極的にまねるようなことはほとんどないと思う。

が、馬鹿は、イタリアに学べという。

例えば、個人的に云えば、イタリアの車は嫌いでははないが、好きでもない。

乗りたいと思うのは、旧いFiat 500,600ぐらい・・馬や牛のマークは数回運転させてもらったが、自分が乗るような車ではないと思った。

大体、その手の車に乗っている人たちは成功した人かもしれなが、エゴが強い。

(弁解めいた事を云えば、私の友人にはそうしたエゴの塊のような人はいない。)。

私は成功した人でもないし、そこまでのエゴはないので、Fiat500,600ぐらいが関の山と感じる。

避難所で、ワインを飲みたいと思うのはエゴの様に思う。

丁度喫煙者が、どこでも煙草を吸いたがる精神構造に似てる、悪く言えば、身勝手な思考である。

閑話休題

明治期は、欧州、大正期は、米国である戦前の工業の見本は、米国である。

工業生産の標準化、時間管理システムの導入は米国の方が進んでいた。

よくドイツと勘違いしている者が多いが、ドイツは一部の特化した部分の見本である。

戦車の思想は、フランス式である。

飛行機は、英国式、フランス式が混在で、あこがれとしてのドイツがあったが、工業生産の技術力という点では、その段階に達することはできなかった。

エンジンは、三菱は英国系、中島は米国p&w系である(開戦時に、P&wの米国人の監督官がライセンス状況を常に確認していた。)

栄エンジンは、P&wのコピーである。

誉は、栄エンジンを高出力コンパクト化したものであるが、生産技術、材質的に無理があった。

とはいえ、誉エンジンの専用機は、豊田工機製である。

川崎は、BMW水冷系である・・BD600系は無理くりな世界である。

単品での素晴らしい試作品を作ることは可能でも、量産ができない。

ドイツ式(DB系)の高圧縮、高性能の空冷12気筒エンジンがまともに作れない。

ベアリングがダメ、メタルがダメ、金属素材自体がダメ、材料が不足して、ニッケルの投入ができない・・・強度が足りない・・・

つまり、製造方法を学んでも作くれない。

これは、学んだ方が良いというレベルではなくて、学んでも作れないから、もう一回やり直してこいというレベルだからドイツは、見本である。

関東段震災後、電氣製品の製造の管理、航空機の生産のシステム、自動車の生産システムすべてが米国が基準であった。

現在絶賛乱読中の中埜酢、カブトビール、敷島製パン関係の本を読むと、勘に頼った生産方式からの脱却、理論的な生産方式の導入、最新式の機械の導入による生産品の品質の向上を進めていることがわかる。

カブトビール、敷島製パンの初期の生産には、明治初期のお雇い外国人のような高級な給与を支払い生産方法を指導してもらっていた。

これは、歴史上の必然である。

歴史の深い方に学ぶという姿勢である。

ところが最近というか、ここ30年ほど前からの風潮は、自分たちの都合のいい部分だけを切り取り、日本は劣っているから、外国の方法を導入すべきと述べる。

歴史的背景、風俗、風習も違う国の伝統から派生したであろう方法を、いきなり、「最高だから」導入しろと主張するのは、社会主義的ファシストの発想である。

マルクスの考えを、自分の政治闘争に都合よく使うために、共産主義を導入したのが、レーニンである。

レーニンの権力を簒奪したスターリンは、タダの共産主義ファシストである。

だから、戦後の日本の共産主義ファシストたちは江戸時代の農民を、ロシアの農奴と同じという発想で階級闘争をしていたと歴史の改竄を試みた。

しかし、日本の身分制度は絶対的なものではなくて、武士階級、商人階級とすべての階級が固定化されて身動きが出来ず、武士階級は永久武士階級、商人は永遠に商人で、農民は搾取されてかわいそうと云うのが、共産主義ファシストの主張であった。

これは全くの不勉強で、商人は、武士の株を買えば、武士になれた。

商家の三男が持参金付きで養子なる、農民は農地を捨てて商家に勤める、商人となる。

武士だって,禄をもらえないのであれば、武士とは言えないような生活になる。

武士は食わねど高楊枝などというのは、まず、空論のたぐいである。

戦後、闇の物資を喰わないで餓死したという検事、教員が居たというがどこまでが本当かと?という気がする。

(よく聞くのは、検事であるが、敷島パン半世紀には、「教員」と書いてあった。)

明治時代に、階級は、移動できる存在が明々白々となった。

学士になれば、基本的に一等抜け出た階級になる。

岩崎弥太郎ではないが、郷士の出身でも立身出世を遂げれば、大臣参議でも乗られない二頭立ての馬車に乗ることも可能だったのである

(当時、二頭立ての馬車は、今で云うと、センチュリーか、ロールスぐらいのものである、普通の大臣は、レクサス、クラウンクラスであろう)

つまり階級闘争の基本的な起爆剤は、各階級の不緩解である。

しかし、日本は階級闘争は基本的には存在しない。

つまり、階級闘争を起こすべき階級が存在しない。

そこで、一生懸命に階級を作りたがるのが、共産主義ファシストの連中という事になる。

彼らは、ありもしない闘争を引き起こすために、階級闘争の一環として、外国の方式は優れている、優れている方式を受け入れないのは、支配階級のエゴだ、被支配階級は、優れている方式を導入して、既得権を破壊して、自分たちが支配階級になるんだという意図がある。

悪く言えば、階級闘争ではなくて単なる権力闘争のための道具として、海外の方が素晴らしいと述べるので、意図は既にバレているので、共感をよばない。

だからこそそういったことを主張する人間はバカと云って言てやりたいのである。

 

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あいちトリエンナーレの関係は、「1」番へ

先日、愛知県庁の代表番号へ電話を掛けると、番号案内に従って番号を選択してください・・・とアナウンスが流れ・・

あいちトリエンナーレの関係は「1」

それ以外の事は「2」へ・・・

ちなみに、不自由展、再開後は、毎日県庁へ似非右翼の街宣車が・・・怒鳴ってました。

ちょっと偉いなと思ったのは、三重ナンバーながら、横断歩道の通行者がいると止まる。

救急車が来ると、変な曲を止める・・・

意外と普通になったと言いうか、別件逮捕を免れたいだけという気もする。

名古屋市内は、金銭的な面と、駐車違反が厳しいので、バス型の街宣車は持てないそうである。

なのでというか、最近街宣車が小さい、車検も厳しい。

しかし、何んでも芸術だと言えば許されるのは悪い風潮である

名称でもそうであるが、時々ひどいのがいる。

芸術とプロバカンダ(政治宣伝)の差は何だろう。

政治性のあるものを、不自由と云うのであれば、旭日旗を掲げて半島の人を踏みつけにでもするも作品を作ったら愛知トリエンナーレは出してくれたのかという事である。

某共産党主席の顔を、ヘアヌードのコラージュ仕立ての作品を作り、それをバーナーで焼く画像を作ったら・・・

展示しだろうか。

某国の暗殺犯、某国のインチキ主席の写真で、紙の鎌倉を作って、馬鹿な○○人の墓という作品を作ったら、不自由転移参加させただろうか?

そういったバランス感覚が必要だと思うが、多分、左翼系の作品はOK。右翼系はダメという事だと思う。

つまりは、左翼系の人間が集まって、こういったことを行うと、こういった結果になるという事である。

実行員会のメンバーも左翼系、総監督はバリバリの活動家・・・

ここ何回かのトリエンナーレの展示は、異様なものが増えている。

小鳥をたくさん集めて、エサもやらずに殺していく(餌がなければ死んでいくのは当然だから、殺していくと表現したい。)。

これは芸術とはいなわない。

アウシュビッの囚人が死んでいくの見て笑っていた収容所の看守的な存在と変わりがない。

つまりブラックユーモアでもない、単なる、不快な思いをさせるだけのものを芸術と称して展示して、これを擁護した愛知県知事の罪は重い

ヘイトを批判する人が多いが、外国人に対するヘイトは取り締まる、重罪を課す。

外国人の日本人に対するヘイトは取り締まらない。

非常に不健全な社会が出来つつあると思う。

多くの一般的な生活者が、不愉快に思い出していることに気が付いてないのか、気が付かない振りをしているのかはわからないが、沖縄県の不法状態を作り出しているのと同根だと思う。

「市民団体」とマスコミの云うところの左翼ファシスト活動家の団体は、ヘイトな発言が多い。

何でも、切り取り発言を問題視する。

前後の脈絡なくである。

これを、野党の馬鹿が国会で取り上げる。

マッチポンプの典型である。

野党の建設的な意見はない。

最近、野党の皆さんが、災害発生時に、ゴルフ三昧だったことが、仲間内から告発されているが、マスコミはだんまりである。

だんまりなのは、野党の勢力がこれ以上落ちると困るというか、国民から見捨てられるのが怖いあからからかどうかは知らないが、野党に忖度(懐かしの忖度:そんたく)である。

最近、春日一幸氏が懐かしいと思う。

 

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愛知県警は、他府県ナンバーを重点的に取り締まれよと云いたい。

先日、名古屋繁華街の信号のない横断歩道を歩いていると…目の前を懐かしのハリアーが横切った。

歩行者がいても止まる気はないらしい。

三重県ナンバーで、若い兄ちゃんと、今時、珍しいワンレンポイ髪型のねーちゃんが載っていた。

至って上品そうであったが、歩行者は横断歩道の上を渡っている途中でも車が来たら止まれよぐらいの勢いだった。

この後、愛知県庁の近くと云うか、西庁舎から総合庁舎街へ向かう横断歩道を渡っていると、珍車の部類のFUGA(三重ナンバー)も、横断中に突っ込んでくる、爺さんだ・・・

法務局へ向かう横断歩道を渡っていると、ほぼ100%止まるはずなのに、岐阜ナンバーのブルーバード(おばはん)止まらず突っ込んでくる。

途中で気が付いたのかご免?のポーズで目の前を通過・・・

アホな大村知事の住む知事公舎の前の横断歩道、信号はない・・・

なぜか、札幌ナンバーのクラウン、名古屋ナンバーのBMW、岐阜ナンバーのNV200・・・岐阜ナンバーのDS3・・・通過

信号ない交差点の横断歩道を歩いていると、基本止まらないのは、女性、爺さん、ばあさん、高級外車のスポーツカー(牛とか、馬だね)は止まらない。

千種区の桜通りにつながる裏道(まっすぐ西に向かえば車町、桜通りにである)の横断歩道(信号はないが、交通量はものすごく多い)の東側に幼稚園の沿線沿いに、警察の原付が5台

警察官が5人

1名は、幼稚園の一番西のへりに隠れるように立ってる婦人警官

その後ろに数メートルおきに、新人らしいい警察官と、ベテランの警察官が…ずらっと・・・

反対車線(西に向かう方向の横断歩手前に、これまた初老の巡査部長・・・・

総勢目視で来ただけで6人の警察官が、歩行者優先の取り締まり・・・

11日は、取り締まりの日らしいが・・・

単発で、同じ場所でやるよりも、ランダムにいろいろな場所で取締りをしたら?と云いたい。

取り締まり用の住所の印鑑を作成するぐらいならねぇ

中国領事館の近くの横断歩道の歩行者優先の取り締まりは、領事館警備の警察官はしない。

横断歩道を、通行中に反対車線を岐阜ナンバーのトラックがすり抜けた。

アブねぇだろうと思ったが・・警備の警官は動かない(これは職務上正しい)。

つまり、近くで交通違反を見ていてもスルー

駐車違反もスルー

業務目的が、警備と、交通取り締まりが担当が違うと言えばそれまでであるが、一般市民から見たらただの警察官である。

警備担当課なのか、交通取り締まり担当かなんてわかりもしない。

ただ単に、警察は見てても取り締まりをしないとしか見えない。

警備担当・・機動隊が多いんですがね・・・交通取り締まりも時々はして欲しいなぁと思う。

しかし、名古屋市内で、ボウジャクムジンな運転をしている他県ナンバーの引き起こす事故のこと事を考えると、愛知県警察の方には申し訳ないが、他府県ナンバーを見たら傾注してほしいぐらいの勢いである。

 

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どこへ行くホンダ技術研究所

ホンダ技術研究所がおかしい・・・

ホンダN-WGNの新型が発売後ただちに生産中断

駐車に使う電動パーキングブレーキの不具合という。

警告灯の異常点灯というが、実際は、きちんと止まれないという事らしい。

初期のパーツは良かったという事なのか、システム不具合が突然出てきたと云事なのか今一判らない・・

(どうも、初期の販売済みの車輛はリコール対象となるようです・・・新発売で、最初からリコール・・下請けを含めてどうするんだと言いたいが・・・)

きちんと挟み込めないという事らしい。

同型のパーキングブレーキを使用するFitの新型の発表も延期・・

ここで面白いのは、FitもN-WGNも同じシステムを使用している。

さすがホンダというべきである。

パーツの不具合というが、海外サプライヤー(オランダのシャーシブレーキインターナショナル)の製品なので原因が不明。

ホンダさんは、相対的に値段が高いが、ここは、パーツ1つの値段が高いからという事が言える。

贅沢なパーツ使用と云うのは伝統かもしれない。

ホンダのT360なんて、無駄に良いエンジンをしていた。

コストを削減したこともあったが、結局、それも、やめてしまい「我が道」を行くになった。

専門家から見てもいいパーツを使っていると言う。

スズキ自動車の軽自動車つくりとの差は、コスト感覚だと思う。

スズキの軽自動は、本当に安い感じがするし、造りも粗い。

昨年、事故でうちの車が全損になった時に、MTカローラの注文イコール3か月待ちであったがその間に保険屋が持ってきた代車がアルトのMT

これがひどかった

アルトワークスの設定のママなのか、街乗りに適した設定ではない。

どんなMTでもなんとも思わないが・・これはひどいと思った。

高速走ると初期の加速は良いが、中盤が伸びない・・エンジン音盛大・・・サスペンションのストローク感がよくない。

ATだとアイシン製でスムーズ・・・スズキ独自のワゴンRのミッションは良かったけれど、アイシンにはかなわない。

山のワインデイングを走るにはいい感じの設定で、老人には乗れない。

うちの親は、100メートル乗って怖いというとで、自動車やを呼んで車庫に入れさせた。

ベースが安い車を積みあげて高い車にするのと、ベース自体が高い車との差なんだろうなと思う。

ただ、最近のホンダは、街中の乗り心地を重視してるのか、サスペンションが柔らかい。

高速安定性に疑問を感じるほど柔らかい、高速に乗ると、ぐわんぐわん揺れたりする・・ものすごく怖い。

横風を受けて揺れるのだけではなくて、直進でも、N-Boxは揺れる揺れる、加速して100キロ超えると・・・ものすごく不安定

2年前の新車と、1年前の新車では、サスペンションの仕様が違うのかと思うほどである。

車体の一番高い部分を軽く押すと、1年前の新車はくらくらと揺れる、2年前の新車は…揺れない

強く押すと、1年前のは、ぐワングワンと揺れる、2年まえのは、ぐーとしながらほんの少し揺れるか揺れないぐらい

ここで、ホンダは、お客さんの意見を聞いてるのかと思う。

トヨタ方式で、お客さんのニーズをようやく優先しだしたのか?と思った。

だが最近のホンダは変だと思う。

実車の販売に結びついていた本田技研としては、F-1に力を入れたい気分は判る

だが、現在、F-1の人気が多少復調傾向と云いつつも、最盛期の感はない。

と云いつつ、F-1でとりあえず成績を残した・・・ので?

来年、勝つために、F-1のエンジン開発に多額の資金(166億円)を投入・・・大丈夫か?

とはいえ、ホンダは、ここに固執しなければ、ホンダ技術研究所としてのアイデンティティは保てない。

F-1チームの費用の制限もなされるようであるが、エンジン開発は別枠という事でなんだか、何のための規制かと思しまう。

個人的には、F-1は、30年ぐらい行っていないマクラーレン本田のエンジンテスト(雨の中)を見て以来行っていない。

人込みで気分が悪くなるのと、渋滞が嫌いなので何もならない。

企業連合は、とりあえずGM(ゼネラルモータース)と組んでいるが‥実際の中身は自動運転のおんぶで抱っこ感が強い。

今回のパーキングブレーキも、フライバイワイヤーの導入のの結果だと思うのでははあるが・・・

海外サプライヤーの連絡待ちというのも、制御システム上の問題なのか、機械的な問題なのかさえも分からないという事なんだろうか?

本田技術研究所の開発体制は、人員的に黄色信号なのかもしれない。

ちょっと悲しい

シャーシブレーキインターナショナルは、元々はボッシュのファウンデーションブレーキ部門だったようです。

2012年に、北米を除いた地域の事業を継承した法人のようです。

ちなみにダメなのは、北米が曙ブレーキという事

どうも不具合連発らしいのですが・・・こんなサプライヤーを使うホンダの意図は・・・欧州への輸出の関係なんでしょうねぇ

20191014初出

20191015加筆

(情報くれたお友達に感謝)

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ある嘆息・・・

某三河の自動車会社は、気分がユルユルである

先日、見学に行った。

来客用の駐車場は異様に狭い・・・狭いというか。軽自動車以外で来るなという感じがアリアリ・・・

こちらプリウスで・・・死にそうな感じで入れました・・・

アイミーブが山のよう・・・白赤・・に合わんわ・・・・

で、何となくデザイン的に、赤白のは無かろうと・・・と云うか、嫌悪感しかない。

保安で、見学です、電話してますというと、ものすごいおデブな女性があんない。

「だれか連れてってあげてー」だった。

行きは、場所がわからんだろうからという事で、保安の爺さんが同行

初老のやせた人でした。

オートサロンへ着くと、受付のお嬢さんが待っていて、クリアファイルと説明をもらい、コヒーチケットをもらった。

見終わったら、声を掛ければいいですか?と聞くと、それは不要と云われた。

帰りは門まで勝手に帰ればいいと言われてのけぞった。

セキュリティは?

サロンの撮影許可の腕章をつけて撮影

帰りは、コーヒー飲んで、ホロホロとご帰還・・・

帰りに、カードを返しつつ、保安をみると、百貫デブなお兄さん・・・

保安が、百貫デブが二人・・・大丈夫か・・

帰りは、出にくい駐車場からほうほうの体で出て帰宅・・緩い会社だなぁと・・・

で、この会社の幹部たちの会話・・・「この会社、五年後にあるかなぁ」である。

無くなると・・とりあえず、自衛隊の4分の1トン車が困るか・・・

ちなみに、この会社の設計と云うか開発関係はものすごく暇らしい

仕事がない

ゴーンが居なく無くなって、日産発注の仕事は止まったまま。

おまけに、やることがない・・ので、残業は無し

経費節減で、強制定時退社。

おまけに、最近の変なデザインは、日産自動車出身の無能を絵にかいたようなデザイナーの発案らしい。

日産のデザインが屑になった時期のデザイナーである

基本、無能な人が、偉そうに引っ掻き回しているだけという公式である。

この会社、ブランドイメージの向上を最優先にしているらしいが、現在絶賛迷走中

銀座に、喫茶室を作ってもブランドイメージは上がらんと思うぞ・・

日産は、新しい経営体制?となったが、又中国事業部である

日産の現在体質から一番遠い人?を選んでいるつもりだから笑ってしまう。

日産の体質は何ともならないレベルである。

そうして、日産の一番悪い体質を具現しているのが、その子会社である

例えば、愛知航空機(仮名)は、ジャイアント號の生産権利を買って戦後自動車業界に参入した。

ジャイアン号は、元々名古屋市中区で生産されていた

途中で大阪の会社に買収されて、本社を大阪に移した。

後に、再び本社を名古屋に戻し、三輪車を製造していた。

その権利を買って生産を開始して、小型車の生産を開始したが、最終的には日産に買収された。

日産は、基本的に生え抜きでないと偉くなれない(昇進しない)

だから、プリンス出身者は冷遇された。

そうして、現在もその風潮は残る

そうして子会社其の物ずばりどっぷりと漬かっている。

中途の者は優遇しない、昇進させない

日産の使えない社員を送り込む

さらに使えないのは、さらにその子会社へ出向させる、出向後、その出向期日が近づくと、辞めるか、出向先へ転籍するかを選べという。

半強制である。

子会社に屑がたまり、孫会社に屑がたまるでも、それらの者は何故が昇進する。

頑張っている人たちが不満を持つ・・・何ともならない組織が出来上がる

 

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台風、車の水没対策。

車の水没対策は、水の来ないところに車を置いておくという事です。

置く場所がないと言っても、最近はどこにでも、大きなショッピングセンター、パチンコ屋、街中の立体駐車場がある、2階以上の止めれば助かると思うのですが・・

で、いつも思うのですが、台風来たら、大手のショッピングセンター、パチンコ屋さんの立体駐車場を開放してほしいと・・・・

今回、名古屋の某ショッピングセンターは駐車場を開放していました。

いいことだと思います。

車が水没した場合、大抵の場合は捨てるだけです・・大変なことです

大昔、CGのNew SZ(ES30)が水没したことがあります。

これは駐車タワーの管理会社の対応も悪いと思うのですが立体駐車場(タワーパーキング)で、台数を稼ぐために地下部分のあった為に、水が流れ込んで水没・・・

物理的に復元は可能であるが、金銭的にはペイしないとして、修復はせずにレース―カートなるべく放出されたことがあった。

これは、水没しても特殊な車だから生き返る方便があっただけけで、普通なら廃棄で、自然災害で保険も出ないという泣くに泣けない状態だったと思う。

この時、まだ小林彰太郎さんがご存命で、エンジンオイル化、ミッションオイルを交換したばかりだったのでそちらの方を気にしていたの読んで、買取でのテストではなくて、所有権留保の特殊な形態かな?とも思った。

よくある3とか5年乗って、その間に支払う金額は、定価の半分で、期限が来たら手放すか買い取るか選ぶのである。

それだったかな?とか考える

最初の自分で買って、テストしたのはカローラであった。

これは自前であろう。

でもバブルのころから・・というか途中からで、ものすごく高い車が増えるにしたがい・・・買っいているのか?という疑問がわいた。

バブルのころは、広告だらけの雑誌だったので、ペイ(支払い)ができたと思うが、バブル崩壊後、広告減った、雑誌薄くなる・・・で、買っているのかのかと思った。

昔、服屋に、陶器のわんこがあった、「これなら餌要らなくていいよね」と云うと、そこの店主、餌代要りませんが、月のお手当てが要りますと・・・要は、レンタルだった訳である。

家でも後年同じような置物のわんこを買ったが、大体、3万か、5万ぐらいだっぐらいだった・・信楽焼きの大きな狸よりも安かった気がする

買ういのは大変でも、半分ローンなら、高いレンタル代で済む。

自動車会社としては、宣伝にもなるし、車の実際が分かっていいのでそういった契約を結ぶ場合があるという。

保険はちゃんとかけてね。

だから、オイル代を気にした時点で、なんか違和感を覚えたのは事実である。

東海集中豪雨の時に、水没した地域、越水した地域、用水があふれた地盤がゆるんで水没、畑地に置いた車がエンジンを下にして埋没したのを見たことがある。

緑の汐田の交差点は水没しているし、新幹線沿線の道路も大高のあたりで水没していたので、共和駅の裏手からから名古屋高速に抜ける時に小高い丘を通り抜けると、頂上付近の道路わきの畑地の駐車場?で、オブジェのような車が前半分埋まった状態の車を数代見た・・・

その後1・2年ぐらい、刈谷から豊明緑区に抜ける道路沿いには水没した車が何百台と並んでいた。

気密性がいいのか、アリストのフロントライトのシールドの中に水が溜まり、苔むしているのを見たことさえある。

整備工場の人に聞いたら、全部解体、何も使える部品がないと言っていた。

面白かったのは、ニッサン、鈴木、マツダのアルミ部品の粉の吹き具合がすさまじく、材質なんだろうねという話になった。

水が混じったガソリンを抜いてオイルも抜いて処理すると言ってましたが。

それもほどなくなくなりましたが損失はいかほどあったかと思う。

大規模な駐車場を開放することで、それらの損失を防げるならば、開放してほしいと昔から思ってましたので、この大英断には感謝したいと思います。

どこの店かって・・・アピタ名古屋南店です(さすが、地元密着ユニー・・・)

ちなみにイオン岡崎南店は、「災害対策で駐車場開放は行っておりません」とわざわざ但し書き。

さすが、岡田元首相の親族企業・・・と嫌味を書いてみる。

 

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100年前のイノベーション(ナイトミュージアム) IN トヨタ博物館

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トヨタ博物館では、時々、ナイトミュージアムを開催2019年10月11日金曜日は、夏以来のナイトミュージアムであった。

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次の100年の自動車というか、車のあり方を含めたツアーは楽しかったです。

参加者の大半が、トヨタと三菱の関係者と云うのは少々面白い現象であった。

夏のお盆期間のナイトミュージアムと比べるとお客さんの入りとしては、経費的にどうかという点はさておいて・・・

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ナイトミュージアムの企画展のツアーは、副館長さんの熱弁も含めてよかったです。

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後日の開催もありますので、トヨタ博物館のページで確認して下さい。

トヨタの豊田社長の次の100年を考えるという点を、原点の100年前のイノベーションがどうだったのかという点を学ぶためにはよい機会だと思います。

「100年前のイノベーション」ときいてピンと来るか来ないかは別として、自動車自体は、100年前から何が変わったのか?

タイヤが四本、デフがあって、エンジンがあってと基本形に変更はないのである。

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100年ぐらい前に、自動車は、Ford氏によって一般化というか、大衆化したのである。

それまでの自動車(car / automobile)は、最初は、1769年誕生のスチームカー(蒸気自動車)、時々電気自動車、1885年の内燃機関エンジンと流れてきた中で、大変高価で面倒な代物であった。

それまでの車は、馬車Carriage、牛車(oxcart)で、低速の動物を使った移動方法であった。

Automobileは、造語であろう、自動で動くものである。

人間も含めた生き物がいないと動かない代物ではなくて、発動機を使えば動くものである。

Carの語源自体は、ラテン語で、四輪荷馬車を語源とすると言われる。

形容詞的な意味合いの強い「Automobile」は、語感的にはすべての自動車を含む。

Carは、自分が運転する車という意味合いが強い。

話は脱線するが、バス、トラック、タクシーは、Carとは表現しないのである。

一般的ではあるが、面倒な生き物を原動力とした車であった。

馬は、ある程度は速いが、生きんもであるという点から疲労が蓄積するので、長距離の移動はできない。

馬を換えれば、延々と長距離の移動も可能であるが現実的には、ゆったりとした移動だった。

その点、自動で動く車、自動車は、画期的な道具であった。

「100年前のT型FORDが開いた新しい地平線」ヘンリーフォードという極めて頑迷固陋な人物が作り上げたT型フォードは、標準化された車造りの先駆けだったのである。

部品の標準化は、互換性という言葉で表される。

互換性とは、どのパーツでも、どのパーツでも、どのアッセンブリーを組み立てるうえで、共通性があるという事である。

2台の車がある

1台は壊れた、もう1台から同じ部品を外してきてなんの加工もせずに装着ができるパーツが標準化されたパーツである。

このパーツの標準化は、米国の南北戦争時代北軍内部で、戦場で銃が壊れた時に隣の別の場所が壊れている銃のパーツが使えないという点が問題となった。

ハンドメイドで、1個づつ手作りだから仕方がないと考えるのは、後進的な頑迷固陋なバカという事になる

どの部品も同じような精度で作る、するとパーツに互換性が生まれる、共食い整備さえできてしまう「。

共食い整備ができるという事は、パーツの精度がほぽ同じという事にほかならない。

この精度の共通化が、いわゆる後年のミルスペック(milspec miitary specifications)につながるのである.

ヘンリーフォード氏は、大量生産を行う上で、大量生産、フォードシステムと云われる流れ作業を作り上げ、パーツの精度は重要だった。

この互換性があるパーツを大量生産する。

同じ車、と云うか単一車種を延々と作り続ける。

主眼は、耐久性、悪路での使用を前提とした設計

誰でも、直せる、だれでもどこでもパーツが買える車を作った。

欧州の車も、T型の車も、輪幅は、馬車と同じである。

田舎で、馬車の代わりの移動手段として使用されるようになった。

T型が売れたことで、アメリカ、イギリス、欧州の自動車業界は大変革を迎える。

自動車の大衆化である。

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安い(年間のサラリーよりも高い)で自動車が買える

移動距離が延びる、自動車旅行がブームになる、自動車の付属的なパーツ産業が興る。

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大衆的な、と云うか大量生産の車でも、差異化を求めてくる。

新しいニーズが生まれる

自動車生産だけではなくて、自動車に付属した産業が新しく興った。

ガソリンスタンドしかり、自動車道の整備、延伸・・・すべて、Fordの販売した、T型フォードのよって開かれた地平である

このことを学ぶことができる展示は見るべき価値があると思うのである。

(上記の内容は、展示に書いてることばかりではありません。)

 

 

 

 

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日産の切り札、子会社の切り売り・・

日産が、日産トレーデイングを、1000億円で売りたいそうな・・・

子会社の売り飛ばすであろという予想は当たったが、本体に近い直参を売り飛ばすとは・予想がつかんかったわ・・・、買収した子会社を売り飛ばすかと予想をしていたが・・・

現在、売却の交渉中だそうで、商社、ファンドが手をあげているという事である。
トレーディングなんて一般的ではない言葉を使うところがすでに頭が悪い感を醸し出して居る。
トレードと云えば、大体交換と云う意味で、貿易では、売り買いで差額を儲けるという言葉である(はず。)
ちなみに日産トレーでイングとはこんな会社です。
日産の子会社説明
自動車部品および材料、生産設備等の輸出入ならびに国内販売、自動車およびサービス部品の輸出入
日産トレーデイング株式会社自体の説明
1978年に日産自動車の全額出資子会社として設立自動車関連の部品、原材料、設備機械、及び完成車両のサプライチェーンとトレーディングを担う自動車メーカーの商社

ここで感心するのは、日産は、簡単且明確

日産トレーデング自体の説明は意味が分からないという事である。

ここにも、本体を膨らませようとする意図が感じられるが、単純にどの分野がが何パーセントの割合いで売り上げがあると書いてないところがインチく臭い。

ついでに、過去には、ルノージャポンも吸収してます。(また別会社のルノージャポンがあります:笑い)。

日産の車の輸出入、パーツの輸出入・・・

売り飛ばした後の輸出の代行は?どうするの?

そのまま委託するのか?

手数料は、そのままなんて手ぬるいことはしないでようね。

日産は、他人に厳しく、自分にはものすごく甘いという体質がある。

子会社を売り飛ばすと、元子会社が以前の条件のママで取引を続けるなんて思ってないよね・・・思っているのならバカである。

日産の国際サプライヤーをつなげる会社を売り飛ばすのである。

サプライヤーをチューンと云えばかっこいいが実際はどうなんだろう。

国際展開は、どうするんだ?

逆に、日産のサプライヤーチェーンの海外部分は、ルノーの国際サプライヤーチェーンに組み込まれるから、日産トレーデイングは不要と考えている可能性は高い。

つまり、日産トレーでイングは、将来、不要な会社とい位置づけになったと言える。

日産としては、車が売れないので、資産を売る手法、悪く言えば、タコの足食いモードを加速させるだけというテイタラクである

第一の疑問は、誰が買うんだ?という疑問がある。

まかり間違って、三菱商事が買う可能性があるのか?

三菱商事の車輛輸出担当と抱き合わせるという考えかもしれない。

分社して販売という可能性もある。

日産は、最近三菱グループに自社の会社を押し付ける傾向がある。

三菱自動車を人質にしているので、三菱グループなら買うだろうという思惑かもしれない。

今、日産関係会社なんか買ってもろくなことはない。

日産本体がなすべきことは、資産を、ドーンと売り飛ばして、四半期の利益を上げることよりも、社内を組織を減らして動きやすくするとか、もう少し長期的に組織を見直しすべきであると思うのだが‥どうも、ゴーン方式が慣れてしまうと安易に走る様である。

車種は減るに減ってるのだから、インフィニティ、ダットサンブランを無くすとか、例えば、プリンス系を完全に吸収して、販売会社のチャンネルを減らす、販売店を減らして、全体の販売コストを下げる。

日産のホームページは、インフィニティ、ニッサン、ダットサンのメッキのエンブレムが並んでいる。

インフィニティなんてただのバッチエンジニアリングに過ぎない。

あれを日産の高級車ブランドと考えると、うすら寒いを通り越してバカバカしいと感じてしまう。

バッチ替えただけ・・・マツダのファイブチャンネル時代を思い出す。

FUGA、スカイラインよく見ないとわからない・・・

要は、断末魔的である、スカイラインが600万円を超えた時点で、日産へ部品を納めている会社に売り込みに行ったらしい。

このカスみたいない車が600万円以上・・・という点でのけぞるのである。

日産は、ここ10年ほど、店舗の統廃合が進んでいない。

これ以上、減らせないレベルかと云えば、トヨタに対抗してトヨタの店舗の前に店舗を作るという、頭悪いだろ云うとマーケテイングはゴーン時代で終わったが、こんなところに日産の販売店が!というレベルの場所に現在も展開中である。

例えば、五キロ以内の日産店は統廃合する。

地区割で、店舗を減らす・・多分これはもう実行済みであるが・・・

無駄に店舗が多い気がする。

幹線道路5キロ以内に2店舗なんていらないだろうと思う

名古屋に若宮大通りという通りがある

愛知日産と日産プリンス名古屋並んでいる。

(日産プリンスが嘘くさいのは、「NISMO」の展示にこの間までハコスカのGTRを恥も外聞もなく展示していた。

 NISMOと、ハコスカのGTRは一ミリも関係がない。

 伝説の偽造である。)

例えば、最近のMUFG(三菱UFJ銀行)は、店舗の減らし方が半端ない。

店舗での現金取引をする客が減ったという事でろう。

出張所は軒並なくなった。

名古屋市北区は、古くからあった大曽根支店、上飯田支店は統廃合された

小さな店は大規模転移吸収されていたが、ここ1年で、急速に店舗を減らしている。

支店を維持するコストと、現金自動支払機を設置するコストを考えれば格段の差があるからであろう。

多く人は、現金自動支払機を利用する。

そのもその店舗でできないことはあまりない。

人員の集中化と、店舗の大規模化(これはいらないかもしれない)、整備工場の集中化が必要かと思われうる。

日産は、ゴーンが、大規模な車検集中工場の敷地をたくさん売る飛ばしたので、ちまちまとした店舗しかない。

でもデアル、市内の一等地に立つ店舗は多いので、それらを売り飛ばすべきではないか?

(ちなみに、三菱自動車は、都市圏の大規模な店舗、修理工場を閉鎖売却、移転統合化を進めている、日産いすゞ方式と呼んでも差し支えのない経費削減、利益率向上切り札である。

資産は有形なので、それも限界がある。

資産を売り飛ばすことで、利益を上げようとする方式を20年間延々と続けてきたが、いずれ限界に来る。

この売却が、前年対比マイナス99%を復元しようとするバカな計画だとわかる。

日産本体には、一時的には金が入るが、短期的には、調達コストが跳ね上がることは明白であろう。

大体2から3割の上昇は容易に想像がつく。

例えば、日産の産業界機械部門(フォークリフト)は、売却されて三菱系(ロジネクストユニキャリア)になったが、旧日産のパーツは部品共販で定価品を購入である。

社販で買えたパーツは、別会社なので、定価でしか買えなくなったという事である。

まだ、高く売れそうな会社を売り飛ばして、目先の利益を上げて、今だけ乗り切ろうと言う観点が見え見えである。

この発表で日産の株価が上がったというが、持っていた人は、本来的には、上がった時点で全部売るべき銘柄だと思う(売るなら、自己判断で、売ってね。)。

日産が心底要らない会社は売れない、ジャトコとかね。

日産の子会社系の賃金は基本的に安い。

日産本体とくらべれば3割4割少ないのではないかと思う。

日産本体のコストの削減を叫びながら、将来的なコスト増を容認する・・・なんかおかしくないか?

売り飛ばされる事業内容を読んでたら、日産トレーでイングは、今後なんで食っていくのか?という疑問がわいてくる。

事業内容を見る限り、輸出入の代理店である。

困らないか?

日産・・・もうどうでもいいのかもしれない・・・・

トレーでイングの事業内容は以下の通り
部品事業本部
エンジン/パワートレイン部品、触媒など、アルミロードホイール、ブレーキなどシャシー部品、ルーフラック、スポイラーなど外装部品、シート表皮など内装部品
ボルト、ナット、クリップなどファスナー部品、粗形材など
機械事業本部、工作、鍛圧機械、鋳造設備、電子機器、自動化装置一般産業、樹脂成形機械、溶接設備、検査装置、圧型、治工具、切削工具、空圧工具、パレット、物品
環境関連装置
自動車事業本部、乗用車、商用車、その他特殊車両
補修用部品、アクセサリー部品 他
マテリアル事業本部
鉄鋼ビジネス 、普通鋼板(冷延鋼板、熱延鋼板、各種表面処理鋼板)、特殊鋼鋼材、鋼管、ステンレス鋼板、各種建築用鋼材、アルミ軽圧品、チタン板/棒、特殊金属、非鉄金属ビジネス、非鉄金属(アルミニウム各種地金/製品/スクラップ、鉛地金 他)
貴金属および再生貴金属(プラチナ、パラジウム、ロジウム) 、レアメタル(コバルト 他)
原燃料ビジネス
船舶用/工業用各種燃料油/潤滑油/LPG/グリース
自動車用ガソリン/軽油/潤滑油
コークス、鋳物資材、製鉄原料
ステンレス製鋼用ニッケル、再生貴金属
化学品ビジネス
合成樹脂(熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、マスターバッチ)
樹脂製品
有機化学品(中間原料/溶剤/可塑剤、工業薬品 他)
エネルギービジネス
電力販売

中身見てたら、これから勝手知ったる商社経由での購入をしなくなるリスクを考えない・・・なんて会社だと・・・

泣けてき・・・

 

 

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145A(パブリカスポーツ)の開発について

車体は、モノコック構造を採用した。

この小型スポーツカーは、昭和36年の秋頃から開発はじまった。車内コード145Aと呼ばれた。

366月に新発売された「パブリカ」をベースにしている。

パブリカは、国民車構想から発生した空冷2気筒の発動機を有するセダンである。

パブリカの主査は、長谷川龍雄である。

国民車というコンセプトなので、コンパクトな車体を有していた。

145Aは、パプリカ(UP10)のコンポ―ネンッを使用した、特装車体である。

発動機のU型(空冷2気筒発動機)は、アルミ部材を使用した軽量化に配意した発動機である。

当時は、エンジンブロック本体が鋳鉄製の発動機が主体で非常に重く、自重で馬力を消耗する傾向があった。

(2000GTのエンジンブロックも重いので、後年のアルミブロックを使いエンジンオーバーホールをすることがある。)

145Aは、基本コンセプトは、スポーツカーの製造を目的とした実験車的な意味合いが大きい。

基本設計のラインは以下のとおりである。

航空機産業の持つ流線型のデザインの採用。

航空機のようなモノコック構造を採用したボデイ。

(オープンカーが前提であったので、強度的には開口部分を小さく外皮で強度を持たせる構造を目論んだ。)

発動機の性能に頼らない。

車体の形状と軽量化で、高速性能発揮できる車

145Aの開発の端緒は、はっきりとは記録上には残っていない。

LFAの様に、主査が直訴した可能性は高い。

関東自動車工業の菅原元常務によれば、トヨタ自動車の長谷川龍雄主査と関東自動車工業の野尻常務(当時)との話の中で、関東自工がこっそりあたためていたスポーツカーの構想を開陳し、長谷川主査が、同意をしたという事になっている。

よく、長谷川主査が、独断と偏見で開発を始めたと主張する人がいる。

それは町工場の店主のレベルの話を当時大企業になりつつあった会社に当てはめるのは暴論と云うか、会社組織を知らない愚物の発想である。

長谷川龍雄が、このような車を作りたいと云っても、トヨタ自動車工業は企業であり、新車開発には予算が必要である。

予算を獲得して、別会社に開発を依頼する場合には当然の様に、社内の審査を通す必要がある。

当然の様に、会社にお伺いを立てて、許可をもらったことは想像に難くない。

(中村健也主査が、戦後、乗用車を作りたいと言って会社に云ったが直ぐには許可されなかった。)

トヨタ自動車工業自体に、将来、スポーツカー的なものを生産しなければならないという考えはあったと思う。

市場調査をしながら車を作ると云うのは、戦前からのトヨタ自動車工業の得意とする場面である。

昭和30年代、表面に出てきたトヨタの試作を見ていると、スポーツタイプの需要があるとトヨタ自動車は見込んでいたと思われる。

外国の自動車メーカーは、大衆車、中級車、高級車、スポーツタイプの車を、いろいろな組み合わせで製造している会社が多い。

高級、中級、大衆車を生産するトヨタが、将来のユーザーとなる若者を取り込む一環としてスポーツカーの需要を見越していた可能性は高い。

また、スポーツ車は、若者に需要があると踏んでいた可能性は高い。

外国製のスポーツカーに乗るのは基本若者である。

昭和36年に、パブリカを発売後、手軽なオープンカーとして昭和38年にはパブリカコンパーチブルが発売されている。

デラックスを基本に、ホロ型、バケット型シート、シートベルト採用、メンバーの補強でボディ強度を向上させ、スポーツカー的な運転を楽しめるようになった。

爆発的な売れゆきではなかったであろうが、思った以上に売れたのだと思う。

エンジンは、U型エンジンを高速化した、U-B型を搭載

U型エンジンについては、以下を参考にしてください。

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2018/05/post-1125.html

 

 長谷川主査は、戦後すぐに、風洞実験室を使いSA型の風洞実験をしている。

その前に、自動車の風洞実験の方法を研究している。

 公式な開発コンセプトは、高性能の発動機ではなくとも、軽量小出力の発動機を使い、車体形状を、空気抵抗の少ない車体と、軽量化によってエンジンで高速性能を発揮するよう、空気抵抗の少ないスタ イルと軽量設計の追求であった。

開発担当は、当時技術部の吉田昌年次長

デザインチーフは、佐藤章蔵氏

145Aは空気抵抗を少なくすることで高速性能を引き出すことを目的とした面が多面にあった。

よく、トヨタスポーツの開発の途中経過として語られ、写真が掲載される「回式水槽のアルミ粉の動き」を観測したという逸話がある。

これは、空気抵抗の少ないボディ断面を求めて、ボテー断面を1 /12縮尺で、0.6mmの真鍮板で製作した。この断面を、手作りの回流式水槽にセットし、前方から流水を流してボディ周りの水の流れを調べた。流れを目で確認するため、水面にアルミの粉末を撒き、ゆっくりした流れでアルミ粉の流線を観測した。

車体の空気抵抗を調べるために、防衛大学校航空科の風洞を借用して実験計測を行った。1/5の木型模型を作成して、車体表面の空気の流れを確認した。

(後年1964年、RT40のボデイ模型を使い、セダン、セダンのオープン、バンの3車種での風洞実験を行っている。)

この実験は、空力係数、風圧分布の測定やノズルから煙を出して気流の観測をおこなった。この時の空気抵抗係数の測定結果は0.32を記録した。これらの測定とやり方を工夫しながら実験を重ね、無駄のない、やわらかみ 「面で造形されたスタイリングをつくりあげていった。

これらの実験は、戦前の航空機開発では機体形状の確認を行うスタンダードな方法であった。

長谷川龍雄の主張していた、高度な航空機産業の設計思想を、低級な自動車設計に持ち込む過程でもあった。

長谷川龍雄は、自動車設計、製造現場を低級と見做していた。

実際、戦前の日本の航空機の生産現場も自動車生産と50歩、100歩であった点から考えれば、威張れたような状況ではなかった。

生産システムとしては、航空機も自動車生産も、親方による請負が主流であった。

航空機が生産は、親方請負システムから脱却できたのは、三菱だけで、中島は最後までこの方式から脱却できなかった。

トヨタは比較的早くこの方式から脱却していた。

航空機産業従事者の方が偉いなどと考えるのは不遜である。)

航空機の方がエンジン馬力は大きく、単価が高く、且大きいものを作るんだから設計者が偉いんだという気持ちがあったことは否定できない。

もう一方、ボディの軽量化では、ボディ鋼板を薄くすることで軽量化を進め、且、強度を出すために、ボディの床部分は、薄板の2重壁とし、その二重壁内部にポリウレタン樹脂を注入発泡させ、強度剛性の確保と、防音効果を狙った試験を行った。

トヨタ自動車内部での基礎実験は昭和36(1961) 6月頃から始められ、1立方センチメートルあたり0.318gの発泡密度でその効果を比較すると、振り剛性は4~5倍となり座屈強度 は2.7倍の結果が得られることが分かっていた。

トヨタ技術に記事によれば、最終的な実験結果として市販車に採用することは困難と発表されたが、この時点では、まだ可能性の追求がなされていた。

145Aの試作車にも、ポリウレタン樹脂の注入発砲が実施された。

対象部位としては、クォータパネル、フロントフロアパネル、カウル、リヤトラスに試みた。

ポリウレタン樹脂が、採用されなかった理由として、ポリウレタンの発砲のコントロールが難しい点、事故にあった場合、事実上、修理加工ができないという面があった。発泡後にガス溶接などで加熱をした場合には、ポリウレタンが燃えてしまうという事実と、旧いポリウレタン除去、再充填することが事実上不可能であるという点であった。

薄い鋼板を使用している145Aでは、クォータ パネルのような外板面は、発泡圧による膨らみ変形が心配されたので、先行実験を行い、影響が出ないことを確かめてから実施された。この発泡は2台の試作車のうち1号車に実施された。

145Aの特徴である、キャノピータイプのルーフは、航空機を参考にした。

このスライド機構は、当時防衛大学校の構内に保存されていたノースアメリ カン社の戦闘機、F86「セイバー」のキャノピースライド構造をスケッチさせてもらい参考にした。

 昭和3710月に、開発ナンバー145Aで試作されたスポーツカーは完成した。

空力を限りなく追求した美しいスタイリングであった。

9回全日本モーターショーに参考出品された。

パブリカのスポーツ車という事で、非常に安易なネーミング「パブリカスポーツ」として展示されて好評を博した。

小型スポーツカーは 航空機をイメージさせるスライドキャノピーと、流れるようなサイドラインで、多くの来場者を魅了した。

 昭和37年秋に、プロトタイプとしての開発は一段落し、2台(白とシルバー)の試作車製作でおわった。

この145Aは、「トヨタスポーツ800」原型である

実車販売の要望が寄せられると、実際の量産車を生産するため開発日程が立てられた。38 6月から、量産車試作に向けて開発日程がたてられた。

昭和404月から市販されて、昭和4410月に生産中止された。

関東自動車工業としては、昭和36年に145Aの開発を着手し、空力研究、デザイン、設計 そして昭和44年の生産終了まで8年間にわたり携わった。

蛇足的には、ガスタービン車としても使用されたがこの時に車体の改修は関東自動車工業が行った。

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毎日書くのは結構つらい?かな

2週間ほど、毎日書いてみた。

大体1時間ぐらい、興に乗って書き出すとサクサクと書けるが、そうでないとう無理である。

昨日の夜は、投降したつもりだったが、下書きであった・・・今朝気が付いて投稿しました。

文章を書くのは結構好きなので、書くこと自体は苦にならない。

文章書けるからいいねと云われるが、小学校のころは作文は下手だった。

気持ちが先走り、途中で主語が変わるのである。

途中で主語が変わってるなんてことはザラだった。

小学生のころ、マセタ坊主だったのと、本を読むことが好きでたまらなかったので、本読んでりゃ幸せだった。

友達の家に行くと、いつもあるのが、雑誌「丸」だった。

ウチは、法律の本と、芸術、歴史の本ばかりだった。

なぜが、画集がときどきあった、マネ、モネなんてえのはその時に覚えた。

中学時代に、パステル画をまねて書いたこともある。

でも時々変わり種があり、「洋酒天国」なんてえのもあった。

寿屋、今のサントリーが、トリスバーで出していたと云うか売っていた小冊子である。

編集が、開高健である。

下戸の親は、トリスバーで買ったわけでなく、今は無き中区にあった尾関書店で買ったものだった。

東新県税の庁舎の道路を挟んで南側にあった。

東新県税は、今の東部県税の位置にあった県税事務所であった。

フランキー堺の表紙のものをよく覚えている。

ある時、間違えて大量に捨ててしまい、あとからものすごく後悔した。

10年ほど前に買おいうと思い探したら、死ぬほど高くて買えなかった。

最近安値安定である・とはいえ1000円超えると高い気がする。

読み捨て系の冊子なので残ってないのよね。

最初に、読んでない號を読もうと思い、本屋で探したがなかった。

最初に探した時、すでに30年たっていた。

尾関書店の店主も代替わりして、私が本を探すようになったときは、娘さんが店主を務めていた。

20年ぐらい前に前を通ったら、いつの間にかやめていた。

今は、こじゃれた居酒屋になっている。

名古屋の古本屋街と云えば、鶴舞から上前津までのルートにけっこうあった。

名古屋YMCAの英語学校に週二回通っていたので、大学の帰りに、鶴舞中央図書館に行き、時間があると古本屋巡りをしていた。

延々と本を読み、本を買いをひたすら読んでいた。

小遣いと云うか、大学の学食代、というかお昼代以外の収入以外の、家庭教師のバイト代、塾のバイト代、弁護士事務所のバイト代全部、本に消えていた。

当時付き合のあった人との交際は、比較的お金が要らなかった。

鶴舞公園で、ぼ~としているか、美術館へ行くか、映画館へ行く程度で、あまり置け那覇使ってはいなかったような気がするが・・・手帳を見ると、月1回ちゃんと食事にはいっている。

日帰り電車旅もしている。

あぶく銭が入った時には、海外にも行ったねぇ。

でも、基本は、毎月、本代で云万円を使っていた。

よくまぁあれだけ本が読めたと思う。

よく遊んでもいたと思う。

本は山積みになり、家の床が抜けると怒られたほどである。

30年前は、古本屋はいたるところにあった。

鶴舞駅近くには、6軒か7軒ほどあった、上前津は、3軒(同じ店の分店があったので、正確には4軒)

今は、鶴舞駅前は、山星と、大学堂、上前津は、海星堂が本店、北南の3店舗、つた屋、三松堂

鶴舞と上前津の間の記念橋近くに飯島書店があるぐらい

栄の松坂屋の西にはけぅこう古本屋があったような気もするが、今は、東文堂ぐらいしかない。

随分と減った感じがした。

かくいう私自身も、ここ10年ほどご無沙汰であった。

数年前のから再び本を探しに行くようになると、衰微甚だしく驚いた。

古本屋巡りは楽しい、時々、ものすごく安く買う事ができることがある。

日本の古本屋で探すと、数千円する本が、箱がぼろいからという理由で、一冊100円なんてえのもある。

先日、明治大正昭和の名古屋市史を四冊ほど買ったが、1冊100円であった。

強烈に重かったんですけどね・・

とまあ本を買う、資料をコピーする・・

資料を読む本を読む・・・

ここ数年は、大学時代と変わらない生活が続いている。

 

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トヨタ調査月報 TOYOTACHOSAGEPPO

トヨタ調査月報

1948(昭和23)年1月から発行されていたらしい。

7號が、23.7.14受け入れになっちているからである

納本である

7号から13号まで入手できたが他は存在していないかもしれない。

トヨタ博物館でさえ収蔵していない。

1935年当時の豊田自動織機製作所の取締役、トヨタ自動車工業の役員を調べている過程で発見で来た。

巻頭言 大西四郎、中山清一、大野取締役、梅原判二、隈部常務等々が書いていたので引っかかった

昭和二〇年代のトヨタ自動車工業の社内の統計、懸賞論文、各県の配給台数等の統計資料が主体である。

大変面白いと思うのだが・・

Ⅰから6、14以降の資料があるのか?

と云わせた気分である。

ついでに言うのねであれば、豊田英二氏の工作機化関係の工業能率指導叢書機械工作編 第一、第二という著述を見つけた。

かくて、仕事よりも頑張るのである

 

 

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金をかしてくれんかなぁ・・・て云うか普通?

2日ほど、連続して知らない電話番号からの着信があった

昼間、仕事中、バスで移動中と、地下鉄で移動中だったので気が付かなかった。

私は、基本的は登録してない電話は取らない。

時々、役所へ書類の謄本を申請する場合に、時間がかかるも案件が多いので、出来たら連絡をと云ってある。

その場合、知らない番号で受電することがあるので、「登録番号以外は着信拒否」の登録はしていない。

すると、昨日の昼過ぎにショートメールが来た

「○○ですが、お元気しょうか?

 お願いがあるので、電話してもよいでしょうか?」

思わず「○○て、誰????」である。

記憶にない・・・

公共交通機関での移動中だったので返信で、「多忙で、電話出られません、ご用件はなんでしょうか?」

送ると即答

「お金を用立てていただけませんでしょうか?」

「は?」

見ず知らずの奴に、金を貸す道楽はない。

「すいません、どちらの方でしたか?お金を貸してほしいと言われても意味が分かりません」

と即、返した。

即答で、

「××のイベントでお会いしたことがある、プリンススカイラインに乗ってた○○です。」

私・××のイベント・・そんなの何時の話だ

もう25年ぐらい位前にあった人?

だれ?????プリンスの知り合いはいないはずであるが・・・?。

「すいません、覚えてないんですが?」

「15年ぐらい前にもあったことがあります、◎×で・・・・」

「すいません、全然覚えてないのですが・・・」

「プリンス初代のスカイラインのパーツを分けてもらったことがあります、54Bのエンジンとミッションも・・・」

それで思いだした。

当時、○×○に住んでいたスカイライン54Bに乗っていた人である。

友人の持っていた54Bのオーバーホール済みの中古のエンジンミッションを買い取った人だと気が付いた。

「お金って、おいくらですか?」と聞いてみた

「誠に申し訳ないのですが、100万円貸してもらえませんか?それとも、エンジン売ってくれた方に話をしてもらって、用立てていただけませんか?」

と来た

つまり顔つなぎをしろという事が主眼らしかった・・・「ふざけるな」である。

54Bのパーツを持っていたのは、超然たるお金持ちである。

レクサスのクーペを現金でポンと買うような人である。

「すいませんが、その手のお話は、どなたもお断りさせてもらっています。」

と返信した。

「どうしても、10日までに100万円要るんです。」ときた

ついつい、「すいませんが、100万円の余裕はありません」

「54のエンジン売ってくれた方に頼んでもらえませんか」

エンジンを取りに行ったときに家を見てるので、金持ちと思っているらしかった・・・

「最近付き合いないので、よく知らないし、代替わりしてるので、そんなこと頼めません」

「プリンス初代のスカイラインのパーツあるんですが買ってくれませんか」

「新品ですか」

「中古です」

「何があるのですか。」

「エンブレム類は揃っています、トランクのPマークは新品です。

 スカイラインと、スカイウエイのサイドマークは新品です。

 G型のエンジンパーツも一部新品があります。

 ガスケット、クランク、ピストン。

 54Aの中古のエンジンもあります」

思わず「いくらですか?」と聞いた

「100万円で」

「それは無理ではないですか?」と返すと、

「80万円では?、何ならリスト送ります。」

「要りません、パブリカのウエザーありませんか?」ときいた

「パブリカなんかの部品なんか持ってません」

ここで、カチンと来た。

そうして、思いだしたのである。

此奴、プリンス最高を唄うバカであると・・

基本的に、人の車をバカにするものではないのである。

特に、面と向かっては禁句である。

54Bのエンジンミッションを売り飛ばした経緯は、友人の親が、54Bを持っていたという事である。

その人、プリンスがなくなった時に、壊れても修理する部品がないと困るかもしれないという事で、プリンスが無くなると同時ぐらいに、プリンスから中古のエンジンミッションを買い、オーバーホールしてもらい、車庫に保管していたのである。

エンジンが3台、ミッションが5台もあった。

デフのアッセンブリー新品2個、リアアクスル新品2台分あった。

エンジン1台残して全部処分したときに、窓口なっただけである。

ついでに、ハコスカGTRのエンジンミッションもあった。

親からの付き合いのあるうちなので、数人に声を掛けたら、今回の「○○」が、当時、羽振りがよかったので買うと言ってきた。

プリンスの木箱にはいっいてたのを引き取っていった。

この時、エンジン、ミッションで、40万円(当時買ってオーバーホールした金額)で売り飛ばした。

閑話休題

で結局、「50万円ででどうです」と来た。

わたしは、スカイラインのパーツが必要な人ではない。

ついつい「ヤフオクとか、メルカリオとかで売った方がいいのではないですか?」

というと「思った値段で売れません」と返信が来た。

まぁ、「すいませんがご希望には添えません」と書いて返信して、「他を当たってください」と云ってショートメールを切った。

携帯にしつこく電話が掛かって来たので、着信拒否にした。

ふと、不安になって、友人へ電話すると、2日前に変な電話が掛かて来たので、即着信拒否にしたそうな・・・

「余程、困っているのかな」と思ったが、関わり合いになるべきではないと思った。

久々に図々し奴に出会った感じである。

 

 

 

 

 

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変な人について

前から書いている変な人は、外見も、行動様式も変である。

だから誰も近寄らない。

近寄って欲しいと思ってる感じはするんですけどね。

意外と外見普通でも、話しても普通でも、偏屈(へんくつ)と云われるような「変な人」もいる。

外見は普通、思考もたぶん普通ぽいけど、倫理観に妙なずれがある。

昔は、「頑固(がんこ)おやじ」、「偏屈(へんくつ)」、「道楽者(どうらくもの)」と云う言葉で表現されている人の一部が、実は、単なる精神障害だったりすることもあった。

ある意味、ものすごく無責任

宗教家や、詐欺師、自称革命家、あらゆる活動家に多い。

「自分のやっていることは、人類の為だ、人々のためになる。だからみんなから支持されている」

「みんなが、自分を支持している」

「俺の意見に従え」

と、思い込んで止まない人がいる。

求めよさらば救われんと云うタイプである。

私、この手の人に騙されやすい。

最初、ものすごくいい人に見える。

でもすぐにわかる。

でも無責任体質なので、付き合いだすと・・・なんかズレていることに気が付く。

無理っぽいお願いでも、なんとなく応じてくれる。

「え、いいんですか?」と聞いてしまうような内容である。

だから、意外と敵が多い

理解できない思考パターンをしていると気が付いて、

「この人の倫理思考はどのような過程を経過しているのか?」

と考えたことがある。

来る者は拒まず、去る者は追わず。

この路線は基本的に、自分も同じなので別段、おかしいとは思わなかった

しかし、「来るも」のは、わざわざ勧誘する気はない

「来たいと思った者が来ればいい」という感覚である。

かの人は違う

誰かれなく、無責任に誘う

下手したら、その辺の犬でも話ができれば誘うのではないかと云うレベルである。

自分の知り合いを誰かれなく誘う

自分が主催で、自分が幹事ならそれはあんたの勝手だと思う。

でもである、主催でもなければ、幹事でもない、タダの参加者の一員である。

自分で勝手に呼んで、人数に入れておいて、こられないという連絡は幹事にしない。

来ないのと聞くと、来ないことを伝えるのを忘れていたと言って笑ってごまかす。

まじめな幹事は激怒モードである。

この人の場合は、人には隠していた宗教との付き合いがあった。

学生運動盛んな頃に、ノンポリで、学生運動には参加する気はないが、何か帰属したいと感じる寂寥感があったのかもしれない。

雨月物語(上田秋成)の白峰と云う作品に、崇徳上皇が、西行に向かって

出家したことを「仏に淫(いん)して」とい言って責める場面がある。

丁度、かの人を見て気が付いたのは、宗教に淫したのであろうという感覚であった。

しかし、大きな組織に属すると、帰属感の喪失はなく、宗教からは離れたのであろう、十数年間寄り付きもしなかった。

死を前にすると、孤独な魂は、寂寥感に打ち勝つために、再び、宗教に淫することを望んだ。

宗教的バックボーンがある場合、宗教の持つ独特の倫理観は、少々妙な思考パターンを取らせることがある。

それは不思議と思う内は、なんとなく、「不思議な人」で済んでしまう。

「不思議な人」の行動は、一般的な行動原則からは妙にズレていると感じることがある。

宗教的なバックボーンが分かった時点で、行動原則がよくわかることがある。

宗教を信じている人、日本人的な、多神教的いい加減な宗教感ではなくて、強固な単一宗教への傾倒がある場合は、政治的信条とよく似ている。

宗教的同志、政治的同志もレベルは同じで、同じ信じるものがありさえすれば、いきなり肩をたたき、抱きあい親愛の情を示したりする。

教条主義的な傾向は、一般よりも厳しい。

若いころ、運動や、趣味に逃げた人は、政治活動や、宗教の傘の下に逃げた人とはちと違う。

前者は、逃げるための趣味ではない、前に進むためと云うか精神的快楽の道具としての趣味である。

だから、ちょっと怖い人というか、筋が通っている人が多い。

その反面、宗教や政治活動に逃げた人は、精神的な庇護を求めての逃亡なので、基本的に中へ中へと進んでいく。

仲間内の仲間内でしか使用できない論理を、行動原理を墨守する。

これは、宗教的戦争の時に如実に表れる。

仲間以外は、「敵」と認識するのである。

敵は、排除すべき存在として、殺してもいいと、理論が飛躍していく。

つまり、テロリストになる可能性を秘めているという事にもなる。

内内で、自分たちは正しいと信じていると、中で純粋培養される

精神構造は、純化されるというか、単純化されてカルトであるとわからなくなるのである。

自分たちの内なる精神は正しい。

そう思い、且、その、我々から見れば無責任な人を、神とあがめるような単純馬鹿は、その手法を表面だけまねる。

宗教的バックボーンを見ていない、単に、表面だけなぞるだけ・・・丁度日産自動車の初期の時代のようである。

そうなると、野放図になる。

集団であれば、徐々に、むしばまれていく。

またこの手の者は、付和雷同が多い。

ある集団は、沢山の軽微な交通違反を犯そうが、他人に迷惑をかける走行をしても、自分たちは悪いことをしていないと思う人間の集団になっていた。

それは単なる迷惑な存在でしかない。

この無責任体質を作りだした元凶が、ある人だと気が付いたのは、最近の事である。

友達は選ぶべきである。

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