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期待した私がバカでした。

講演会は基本的には厳選しているつもりであるが時として失敗することがある。

先日、ある図書館で、戦前の車ネタの講演会のチラシを見た。

講演者は、某自動車界の重鎮だった人の息子である。

戦前の自動車がネタならば行かねばならないと思い、友人二人と行くことにした。

遠路はるばる(遠路というほど遠路ではないけどね。)行きました。

ちょっと、その実、期待してました。

最近、ハズレが少なかったので、軽い気持ちであった。

まぁ、図書館で開かれる講演で、何となく場違い感のあふれる感じであった。

親御さんの講演は、何回か聞いていたので、期待しなかったというのは嘘である。

戦前の自動車史は、希求すべき意味が分からなかった。

何となく、だらだら感が否定できなかった。

定員80名でした。

現に、行くと、6から7割ぐらい・・・爺さんがやたらと多い

9割がた、高齢者、後期高齢者ぽかった。

題名は大層だった。

中身は、先日某博物館のTさん、Hさん、H2さんの30分のミニ講座3回の方が、余程ましだったなぁっと・・・

言っちゃ悪いが、前半は、あくびが出るようなレベル

パワーポイントをの使い方が、プレゼンみたいであった。

全体でのお話は、90分であるが、実際は75分ほどでお話は終了

15分は質疑応答であったが・・・

わたくし、最初の30分、うつらうつら・・・魂ぬけぬけモード・・

だって、研究した形跡のない内容だも。

先般開かれた、鈴木一義先生の講演(トヨタ博物館)の内容を100とすると

内容的には、30点ぐらい・・・薄いというか、最初から展開に無理があった

戦前の自動車史、御料車、他にも満載・・・・・この2点だけでも、90分に収めるのは無理があるだろうと思っていたらその通りであった。

最初の戦前の自動車史は、端折(はしょ)りすぎであのるし、聞いてて「?」と思ったこともあった。

戦前の御料車の説明で、皇宮警察には、虎の門事件は深い・・云々という話があった。

皇宮警察は、戦後の設立である。

それを云うなら、近衛師団である。

サイドカーの船の部分のカバーが無くなった説明もイマイチであった。

御料車も、国立科学博物館の自動車100年の展示資料の域を出ない。

新しいことは、ほぼ皆無であった。

蛇足的に、戦前、名古屋で独自のオートバイのレースが開かれたことがあるみたいですね、資料の提供があればみたいなハシナをしていた。

資料的には、新聞記事を見たとは言っていたが、どの程度の記事を読んだのは全然わかりはしなかったが、他力本願であることは分かった。

新聞の縮刷版ぐらい見たら?と云いたかった。

なんだか、自分で調べるというタイプではなくて、親の残した資料を提示しているだけの様に思えた。

ただよかったのは、ダットサンの戦前の玉川レース場の動画シーンがよかったなぁと。

何となく、時間と金を無駄にしたような気がした」。

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大昔のミシュランガイド・・・30年程前の逸話

若いころ、あぶく銭を握りしめて、英語も危ういのに、フランスへ行ったことがある。

ミシュランガイドは、英語版があるからそれを買うようにと、親戚のお兄ちゃん(留学経験あり)のお教えに受け現地で買うべきと云われていた。

実質5日間の強行軍で、親には東京のお友達のとこへ行くと言って家を出た。

海外渡航する前に通帳の写しを提出したような気もするが・・・・残高が30万円以上だったけ・・・見せなきゃいけなかったような気がするが既に記憶があやふやである。

夜の新幹線で、東京へ、東京で宿泊して、ホテルのリムジンで成田へ。

成田空港の警備が厳しかった記憶がある。

エールフランス(高かった)でフランスについて、最初に買ったのが、ミシュランガイド

要は、自動車旅行の友である。

最初から、美術館巡りをするつもりであった。

しかし、当時も人が多くて、気分が悪くなった。

欧米人の体臭と、香水で辟易としていた。

そこで、3日目に、モンサンミシエルに行くことにした。

ホテルで、英語の使えるホテルを探してもらい、レンタカーを借りてもらい・・わけもわからず、国道の表示に沿って走る走る

ものすごく迷った、夕方ついて、ホテルに車を止めようとすると、鍵をふんだくられて、車は裏に・・・・ぼろっちいルノーだったからねぇ。

その時は、城見て、南下、この時にミシュランガイドの意味はよく知らなかつた。

道路のマップぐらいに考えていた。

親戚のにいちゃん曰く、

店ぽい表示と、星のマークには意味がある。

★三個あったら間違いがないが、高い、1個で十分と云われていた。

穴場はないから、変なところは行かないようにと釘を刺されていた。

パリは、中東の人が住んでいるところは危ないと言われた。

ホテルで聞いた、英語が通じる店を探して歩いた。

1個は、結構こじんまりとした、小さな店が多かった気がする。

あんまり立派なのは最初から、敬遠するので、三ツ星の大きな店はスルー

小さな一つ星の店・・・忘れもしない、コテージ風の店だった

フランス語は、挨拶しかできない。

メニュー・・・ないのとおなじ・・・読めないもの。

辞書出してみててもわからない。

自傷に書いてある内容は、フランスの郷土料理・・・なにそれ?である

店主のおじさんは、英語は・・全然通じない・・・・通じるって・・・書いてあるけど・・

若い兄ちゃんが出てきた。

「ジャポネーゼ?」

「うい」

日本語は、なぜか、単語だけ通じた・・謎

そこの息子、なぜか、妙な日本語が話せた、いわゆるオタクぽかった。

日本のアニメを見て覚えた?らしい。

日本語を使いたくてうずうずしていたようである。

「おーーーージャポネゼ〇×△〇〇・・・・・」

「・・・・・・?}

「こんにちゅわぁ」

「?」

「こ ん にゅ ちゅわー」

「ああ、こ ん に ち わ」

「おおおおおおお・・・・〇×△〇(:フランスで何か叫んでいる。)わたし、フランスからきました。」

「?」

「(ものすごく発音の悪い英語で、)ご飯が食べたい。ランチを食べたい」というと

大変流ちょうな英語で、まくし立てた・・・・もっと判らんわ・・・・

「ゆっくり」というと、ゆっくりと話してくれた。

なんだか、野菜を煮たものが出てくるらしかった。

ラタトイユ?みたいのものが出てきた。

結構うまかった。

魚のムースは、フランスにしてあっさりしていた。

食事が終わるころ、ワインを持ってきたが、車なので、ダメというと、ジュースが出た。

その子の息子(たぶん20代後半)は、なぜか、ドラゴンボールのマンガ(日本版・・・)を持ってきた・・・

近所に住んでいると言ったら、愛知県の地図(日本語版)を持っていて?、どこ?と聞くので、ここと教えると、又叫んで

鳥山先生の住んでいた、〇〇町を指さして・・・ものすごく近いと喜んで、

「見たことがあるかと?」というので

「模型を売っている店であったことがある。」というと

これまた喜んでいる・・・

で、漢字が読めないらしい・・・

身振り手振りで、話をする。

仏日辞典・・・持って。

なぜか、旺文社漢和辞典・・・・(ぼろぼろ)

漢字をどうやって探すのか判らないと云いう(ここまで聞くのに1時間ほどかかった)

泊まるホテルは、近かったので、腰を落ち着けて話をしていた。

将来、日本に行ってみたいと言っていたが・・・

途中で、自分の部屋を見せたいというので、お金を払ってから、その部屋行くと、しわの伸ばした浮世絵が数枚・・・

ドラゴンボールが並んでいる・・・・・

ミシュランガイドには、そんなオタクな青年の事は一ミリも書いてなかったが、いい本だなぁと思った。

その時に買ったガイドが、探しても出てこない。

代わりに、おじさんからもらったメルセデスベンツの日本、世界中の販売店修理店の乗った冊子は出てきた・・・

 

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無責任を思う

私は基本的に、無責任は嫌いである。

無責任な人間は一番嫌いである。

それは、無責任な奴の所為(せい)で時として、自分の知らないところで危ない橋を渡らされていることがあるからである。

うちの職場は、前任者、前前任者の不正を発見すると、必ず、発見した者が悪者にさせられる。

支店長が、うちの系統の場合、ウチウチのうちに揉み消したりもした。

また、実行者が、本店の幹部要員、幹部予定要員、人事上優遇されている者である場合は、100%見つけた奴が悪いとなる。

もし、実効者が、ダメダメな奴の場合は、これまた不問に付される。

実行犯は、悪くなくて、告発者が悪く言われるのである。

嫌な組織である。

これは社会的に間違っているが、組織の内部的には、正しい。

これは大企業病とでも云うか、官僚主義の成れの果てとでも言おうか・・とにかくダメだろうと思うが、関係なく、もみ消しに進んでいく。

これは、大企業、役所に限らない。

ファシズムの団体、共産主義ファシズムの団体はここに、思想が入り、間違いを認めないという奇妙な構造を作り出す。

ここには、責任感はない。

間違いを認めないという事は、自省することがないという事である。

それは生きんものとして不自然である。

選択誤りをした場合に死ぬことがあるので、成功したものしか生き残れないのは、生物界の原則かもしれない。

だが人間は基本的には、失敗をするとが学習する。

学習するという事は、失敗についての原因と結果、その途中の過程で、誤りの原因を探して、次は失敗しないように対策を取るのが社会的動物である。

しかし無責任な者は、失敗を失敗として認めないどころか、失敗は無かったことにしてしまうのである。

恐ろしいことであるが、役所の隠蔽は、日常茶飯事である。

出瀬頭の人のパワハラは、訴えると復讐されるから訴えることは止めた方がよいしか助言を与えることしかできない。

非常に消極的な対雄しかない

失敗を認めない姿勢は、自分がかわいいだけである。

これの原動力は、エゴイズムでしかない。

いわゆる「エゴ」である。

無責任な者は、無責任をばらまいていく。

その行動には、責任感はなないし、恥はない。

単位図々しいだけである。

ある時、ある団体が、うちのクラブの下部組織だった。

そうして、クラブ名と自分たちの分化会を作って活動を始めた。

しかし、無責任体質だったので辞めていただいたというか、クラブ名称を取って活動をしてもらう事にしたが、設立メンバーは大激怒。

笑ってしまうような対応だった。

交通違反はしないようにと云っていたが、最初から交通違反。

よそからの苦情では、交通違反めいたこと、交通マナーを守らない運航をしている者が多いと言われて苦情となった。

言い訳は百万遍ぐらいするが、実のある答えはない。

単に、自分が無責任であるという事を糊塗(こと)するだけである。

基本的には、自分が悪いとは100%言わない

「事前に、こういった人が来るとは、説明しなかった自分も悪いけど」という

「自分も悪いけれど」と云いながら

「自分の失点を、補ってあまりあるような悪い相手だった。」と述べること頻りであった。

自分の失敗は、小さい

相手が悪すぎて、自分が失敗しても仕方がないレベル、だから、私は、騙された方で、被害者だから、責任はないと来るのである。

こんな奴の部下は大変だっただろうと思う。

そのメンバーには、ある集まりの時に、あることで、会を混乱の陥れた原因を作った者が二人もいた。

彼らは基本的に無責任である。

何もないのが普通であるが、何かあった時には、自分たちで責任を取ることができる体制を取ってほしいと伝えてあったが、これは最初から無視。何年たっても改善されなかった。

ある会のOBの会のはずが、いつの間にか、退職者、自営業者のツーリングクラブになっていた。

OBなんて少数になっていた。

会の名称を使う事で、自分たちは、会の下部組織という位置づけを得て活動をしたが、利用はするが、自己責任は伴う事は拒絶してきていた。

又、横浜でクラブの上部組織の集まりを路上(!)で、早朝、定期的に開いていた。

一般の人から苦情が出て、どこの団体が主催しているのかと聞けば、「〇〇くらぶだ!(文句あるかという態度で)」あったそうである。

そこで、その言葉を投げつけられた者は、早速、本体の〇〇ㇸ苦情の電話があったという。

おかげで、この早朝の集まりは消滅したも聞く。

それから、ある団体では、決まった活動以外は、○〇クラブという名称を使させないように扱いを替えた。

固定した場所を借りて行うイベントいがは使用不可となったという。

つまり、下部組織を解散させたは、今年の2月頃である。

私は、この下部組織の、無責任極まりない団体の行動について責任を持たされることを危うんでいた。

その様に思うことは、当たり前である。

彼らに共通するの、やくざのチンピラと同じ理論である。

○○の名前をちらつかせれば、相手が黙ると思う。

これは、自分たち世界が、ワールドスタンダートと思い込んでいる者に多い気がする。

現在の世の名で、○○なんて××を知っている奴がどれだけ居るのか?

今は、ごくごく少数で、基本的には知らない人が多いわけで、そこで、「○○クラブだが?」とっても何の足しにもならない。

でも帰属意識が欲しいのか、「○○に属している甲君」と呼ばれたいらしい。

甲君のいる〇〇会て・・という表現にはならない。

「よれば大樹の陰」とは言うが、「大樹だってメンテナンスしなければ」たんなるゴミになる可能性もある。

無責任な者は、自分しか見ていないので、ゴミへ一直線という人がいる。

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危ない橋を渡るべきではない。

ちょっと、あることで、自由に生活できる喜びを再認識した。

某公権力団体に、大変、お世話になりました。

無知これを罰すという言葉がある通り、知らなかったからイイという訳ではない。

某機関では、一時期騒然となったそうである。

G20の会議がある直前だったので、帝都の最高機関、地方公権力機関、国務省関係も騒然となったそうである。

調べると同業者。

で、これは何と来た。

これこれ、このような目的で買ったというと、試験をするという。

婉曲な専門用語で意味が分からない。

感情的に答えてしまったが、目的というか事実を述べた。

週を跨いで、再び、通話、何となく釈然としない説明があったので、こちらは、何となく不満

脅されているような感じを受けた。

で、地方公権力団体本部へ、架電して確かめると、事実関係を把握済みで、危ない橋だよと云われた。

こちらは、危ない橋を渡る気は、さらさらないので、さっさと、架電し放棄を述べるとともに、もう少し分かり易く説明することを求めた。

で、紆余曲折があり、向こうから、同業者でしょ、と言われて、そこまで調べが済んでるとという事で、事の重大性を悟った。

危ない危ない

今の生活を失うようなことはする気もない。

怖い話は沢山ある。

時々、というか、毎日通勤電車で、周りの事全く関係ない傍若無人なふるまいをするハゲ爺さんががいる。

彼らは、自分の事しか考えない。

自分のスタンダードを自己主張する。

他人などお構いがない。

座席に座っていて、駅に着くと、前に人がいるのもお構いなしに押しのけ、押しのけて電車の外に出る。

押しのけ方は半端ない。ものすごい力で押す。

とにかく自分が、最初に出ることを望む行動にでる。

だったら座るなよと云いたいが、どうも、ICカードの関係ない駅からの乗車のようで、IC読み取りを通らない。

太多線から載ってくるか、高蔵寺からからの乗客だろうに。

注意すると、意味不明な逆切れ。

階段を、すさまじい勢いで、一段づつ駆け下り(わらい)て、地下鉄に向かう。

通路を沢山の人が歩いているのにもかかわらず、激走。

高々1本の電車に乗るのに、ひどい行動である。

大丈夫かと思うが、この禿の自己の行動規範では、多分、自己中である。

自分が人を不愉快しているなんて思いもしない。

誰かにぶつかってケガでもさせたらどうなるのか考えていない。

ケガでもさせたら、自由が無くなる可能性が高い。

そんなん事は、考えたこともないのだろう。

深い奈落は、時々口を開けて、手ぐすねを引いて待っている。

奈落を意識しながら生活することは無いだろう。

でお意識はすべきである。

深い奈落、落ちれば自由はない。

正に、一歩間違えば自由はない。

自由は良いことである。

朝好き勝手な時間に、起きて、食事、わんこの散歩、パソコンを見たり、この様に文書を書いたり、スマホを見たり、本を読んだり、資料を読んだ入り、好きなものを、好き勝手な時間に食べて、仕事に行き、仕事中に、休憩してお茶飲んだり、菓子食べたり、自由にトイレに行ったりして、外へ出ることもでき、自分のマイペースで仕事ができる。

それは、日常であるが、自由というないものにも代えがたいものがある。

この自由を失う事

現在の生活を失う事

家族を、友人を、失う事

世間から指弾されること

そういったことがない様に普通に生活できることの喜びを感じるべきである。

そう思った。

世界は狭くなったが、危険がいっぱいという事を忘れてはいけないと・・・妙に痛感した。

危ない危ない。

悪い口は沢山空いている。

ご同業者の説明は、ちょっと良くないと感じた。

うちの組織の説明もよくないが、それ以下だった。

一般の人に、理解しやすく説明することができるように説明することは難しいと思うが、そう心がけることも必要であるき。

又、言葉の意味が分からない時は、質問をする必要性を痛感した。

こちらの思い込みと、相手の使っている言葉の意味には乖離がある場合がある。

物事の流れを理解していないと、とんでもないことになるし、トラブルの元である。

アルゴリズムぽく場合分けをして説明をする能力も必要である。

でなければ、初めて聞く方は、どこへ向かうのか、どのように収束するの判らない。

基本的にアウトの場合は、どうなるのか?

アウトでなければ、収受することができるのか?

その辺を、きちんと聞くべきであったが、あまりにも勝手が違う機関、ほぼ一生関係がない、との対応には自分自身でも失敗したと感することしきりである。

時として

安全地帯から、意味不明な政治的主張を、フェイスブックに書くバカがいる。

他人のところに、政治的なことを書くんじゃねぇ思う事もある。

言葉に、用語に、厳密でない者は、学者ぶることはしないで欲しい。

彼らの特徴は、負け犬の遠吠えに近い。

安全地帯から、しか吠え(書か)ない。

彼らは良く、「自由」を訴える。

それはある意味正しい、彼らの言う「自由」とは、最大公約数の自由ではない。

自分の勝手に決めた自由が、他人の自由を侵害することは、意に返さない。

つまり、自分たちの自由の為には、一般的な人の自由を侵害することはいとわない。

目的は、自意識を増大させた、自分だけの自由、他人を自分の思想だけで縛ることを考えている、これは、ファシズムである。

彼らの使う言葉には、「自由が大切」とぽ語るが、その裏にある最大公約数人々の「自分たちの為には、自由は侵害してしかるべき」と公には主張しない。

自分勝手で、身勝手な奴らの主張する自由には反吐が出る。

自分は、自分が自由でいるためには、一市民(共産主義ファシストの云う、えせ民主主義者である「市民」ではない)で居ようとすることにしている。

その為にも、つくづく、危ない橋はわたるべきではないと思う。

20191127

20191128補足

 

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銀行の思惑???

某社では、日産が、ルノーと決別、日産、三菱、ホンダ技研の三社連合ができるのではないかという憶測が流れているいるらしい。

某社は、巨大自動車会社の事ではない。

ルノーが,日産を切り離すなら、株の買い取りを請求するはずである。

ルノーは、自分たちが損をしない形での要求をしてくるはずであるが、基本的に、ルノーも、、日産も、三菱も超低飛行である。

日産を切り離すと、ルノーは財政面で一段と厳しくなると思われる。

すると、最新鋭の工場の譲渡、三菱株との交換を求める可能性はある。

でも、ルノーは、じり貧、日産、こけそう、三菱は一部の幹部職員の間では、5年後が不安と云われる。

ホンダ、二輪とジェットは好調・・でも車が全然売れない。

憶測で申し訳ないが、かなり危ない水域らしいという噂が聞こえてきた。

軽自動車が売れているじゃないかというけれども・・コストが高くて、利益が出ない。

ホンダには、スズキ自動車の様な、思いっきりよくコストを下げる気がない。

と云うかできない可能性が高い。

ホンダの軽自動車・・・装備と云うか‥良い機械が付いてる。

果たして軽自動車に必要かと思われるような機材がふんだんに使ってある。

つまり悪く言えば、分不相応な装備を軽自動車に導入していることになる。

高級車の装備を小型化して、装備している場合と、軽自動車のパーツと、普通車のパーツを共用している可能性が極めて高い。

コストが、高い軽自動車なんてそんなにもうからない。

初代のフィットは良い車で、ハンドルなんかも革を使ってよい感じであった。

マツダ、ホンダの法則は、売れると値段を上げて、装備品の品質を下げる。

値段は上昇するが、装備は、だんだんショボくなる。

(最近、マツダは、塗装がよくなったというか、鋼板の処理がよくなった感じがする。)

ホンダは、売れると、内装がまず悪くなる。

質感がものすごく悪くなる。

全体のショボい感じがしてくる、鋼板は薄くて、べこべこ感がある。

大昔のNSX-Rの内装のひどかったこと・・・バックスキンで、ものすごく幅の広いステッチだった・・・ビンボ臭いと思った。

まだシボ加工をして、いい感じのABSの方がマシというレベルだった。

客層と考えて車作ってるのか?

と、云うか、マーケティングやってんのかと聞いてみたいぐらいのレベルである。

そんな会社と、ダメダメ自動車会社がくっついても、いわゆる、泥船三兄弟でしかない。

ダメダメ三兄弟をくっけようとするのは、銀行しかないと思うだが・・・

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一時停止義務違反

久々に、と云うか7年ぶりに警察のお世話になりました。
当然の様に、ゴールドは、遠い(笑い)
一時停止義務違反。
この違反は、2回目です。
1回目は、24年ぐらい前。
交通違反の前歴を述べれば、
スピード違反3回
1回目、13キロオーバー、平和公園で・・
2回目、19号線で、11キロオーバー、
3回目長良川河畔で、15キロオーバー)
スピード違反の継続値は、採取から誤差分を引いてあるので、実際はプラス10から15キロである。
時間帯での進入禁止場所への侵入、1回
・・・・免許取って、3か月目ぐらい・・
何時も、競技用の自転車で通っていたところで・・・
駐車違反2回、
全農名古屋支店の横
春日井駅前
警察への罰金は・・・10万円ぐらいかな・・・あーもったいない。
この違反、2点減点 罰金7000円・・・痛いわぁ・・・ と泣きごとを言っても仕方ない とはいえ、自分が一番、悪いのである。
もしかしたら、歩行者を轢いていたかもしれない・・・そう思えば、よかったよかったである。
山崎川沿いの川に架かる歩道橋の手前(上田大坪公園南のあたり)

 

20191125 
皆さんきおつけましょう。
止まれの表示ありましたが、見落としで通過

川にかかかる歩道橋だから、停止線があると考えるのが普通ですが・・・失念していました。 で、

ひょいと捕まりました。

こんなところで…と思ったが後の祭り。

おまわリさんに、「こんなところでやんなよ」と思わず言ってしまったが・・・、

よく見落とすところだから取り締まるんだよね…と

歩行者にとっては危ないよね・・・;
そう思うと、モノずごく、自分が、まぬけに思えた。 骨董店へ頼んでいたものを取りに行く途中で;">店を探し行ってドボン・・・

ナビで行き先設定していなかったので、記憶を頼りに迷い迷い行ったので・・・

まぁ、仕方がないと思う。

最近、少し運転が荒いと感じていたので自戒しつつあったのでまぁ仕方がない。

と、あきらめ顔・・・

一部では、「レクサスの呪い」とか言われてますが・・・そんなことは無い。

自分が悪いのである。

最近、少々、荒っぽい運転をしていると感じることがあったので、気を付けよう・・・と自戒すことしきり。

あと364日気をつけて行こうと・・・

危ない危ないである。

大きな事故をやる前にとどめてもらった気分がしている。

ある友人に言うと、「おばかねぇ、ほかの人と遊んでばかりいるからよ」と怒られて、今度、晩御に行く羽目になった。

精進落とししないとね。

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ボーとしたい。

毎年恒例のツーリングが終わると、何となく一年が終わった気になる。

何となくである。

実際は、年末にかけてのものすごく嫌な仕事が待っている。

いわゆる追い込みのお仕事である。

かなり遠方へ行くのが2軒もあるので、実は、うんざりしている。

はっきり言えば面倒くさい。

とはいえ、暇を見ては・・・休暇を取ってへらへらと出かけ行く。

余裕のない生活をしているわけではないが、時々気が滅入ると、ふいと、どこかに行きたなる。

日帰りでもいいが・・・どこか行きたい気分である。

そこで、先日、碧南市(全然遠くない・・・)行ってみた。

気分は、碧南から半田へ抜けて、伊勢湾の海岸線で、ご飯食べながら海でも見て、息抜きをしようという構想であった。

主眼は、服部長七の作った人造石工法で作った石垣の見学である。

3月のシンポジュウムの前に一度見ておこうと思っていたので、休みを取っていくことにした。

ところが、雨天である。

ついでに外相会議で、高速道路は渋滞である。

帰りも高速は渋滞していそうである。

半田へ行くのは中止。

致し方なく、迂回路を通り、下道で2時間ほどかかって見に行ってきた。

記憶があやふやであったが、20年ほど前に、この石垣は何だろうと思った場所であった。

しかし、20年前の記憶はあやふやで、迷った

ぐるぐる迷って、結局、某所の学芸員さんに聞く羽目になった。

迷っていた場所の反対側だった・・・

記憶なんてあやふや・・・

でも、久々に見ると、叩き工法で石垣のすき間を人造石で固めてあった。

人造石構造は、一部の劣化が激しい場所と、全然風化していない場所とがあった。

コンクリート工法よりも、均一な仕上が難しかったかなと思った。

ぐるぐる探して、学芸員さんのところにたどり着いて場所を聞きだしたので、時間を消費してしまい、現地見て帰ることにした。

帰りに使おうと思った高速道路は、渋滞表示で真っ赤か・・・

これはダメだなぁとと思い、下道帰ることに・・・結局2時間・・・疲れたけれども楽しかった。

楽しかったこととはいいことである。

先日は、雨で最低だったが、天気のいい日に、長野県周遊コースを回った時のことを思いだした。

(7月下旬に下書きにして放置してあった文章を転載)

今年は、実は、赤石荘へ久々に行きたいな久々なぁという気持ちがあった。

岩寿荘でもいいと思っていたが、ちょっと刺激が・・・という気分があったので見てくるかという気分になっていた。

そこで、久々に赤石荘へ行ってみようかと思った。

ただ、前に行ったときに、リニアの工事で結構、道が荒れていたのでどうかなぁという気がしていた。

一人で行くのもなんだと思っていたので、お友達に話すと平日なら空いている、車は出してもいいというので、お言葉に甘えて、平日の早朝、駅まで迎えに来てもらった。

駅からは、私が運転する羽目になるのであるが、それは構わないと思った。

下見も兼ねてちょっと行くには遠いのであるが、たまにはいいかなという軽いノリである。

友人は、温泉には目はない人である。

(岩寿荘は、不評であった・・)

前に、赤石荘の事は話したことがあったので行きたいと言っていたので丁度良かったのである。

大きな車で行ったので、高速道路は大変楽であった。

松川ICから大鹿村までの途中、道が狭くて怖かった。

途中で、四駆の軽トラに道を譲った。

走ると、最新の車のサスペンションでも、乗り心地は良くなかった

道は、傷んで悪いし、トラックも多い。

跳ね石も多いで、トラックには接近しない・・・スロースペース

道の状態が格段に悪くなっているので、ちょっとヨタではこれはムリだなぁと感じてしまった。

計画から除外とした。

温泉は朝から入ると結構気持ちがよいいが、暑い

空気が暑いので、そのまま車へ避難して中山道へ。

帰りは、北上して高遠へ抜けて、権兵衛トンネル抜けて木曽路を南下。

北上するときに途中で道が狭くて、ちょっと怖かった。

奈良井の宿へ寄ると、じりじりと暑い、散策していると体温が上昇するような気がする。

涼しいかと思って、麻の上着を持ってきたが暑くて着られない。

友人は、日傘で、「暑いねぇー」と云いながらでも久々の邂逅で楽しいらしい。

お昼は、遅いそばを食べて、妻籠へも行きたいと云うので、Yさん宅へ寄りたいと思ったがパス。

妻籠は、もっと暑かった・・・

最近、寒い時期しか行っていなかったので、夏暑いという感覚がなかったが、暑かった。

緑陰はいいのだが、日が当たるところは、どこも白い反射で暑い。

外国人がものすごく多かったのには驚いた。

半部ぐらい欧米系、4分の1ぐらいアジア系・・・がさつで五月蝿(うるさ)い

本陣の中は涼しくてボーとしてうたたね。

平日に、来ると静かかと思ったかそうでもなかった。

アイス食べて、ぼーと、座っていると、何となく癒される感じがした。

時として、何もしないことは必要であろうと思う。

馬込も行くつもりであったが、どうも疲れたというので、そのまま帰路へ

普通に、朝、家を出る時間に出て、普通に残業して帰るぐらいの時間に帰った。

最近の車は、楽だなぁと。

 

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自分が受けたパワーハラスメント、その2 人事評価制度の馬鹿らしさ。

前段
人事評価で、ある年の私へ人事評価は、「普通」であった。
ある年に、「優秀」から「普通」に落とされて以来5年間、どんなに成績を上げようとも評価は「普通」、ダントツでよい成績を上げた時も、「普通」・・・「優秀」だった期間は、8年間だった。
そこで、もう将来がないことは十分承知しているが、モチベ―ションをあと数年保つためにも、その年はものすごく頑張った。
が、評価は、再び、「普通」だった。
そこで、さすがに頭にきて、評価が低いということで、本店に再評価を申し出た。
筆頭副長からの指示で、担当副長と評価についての面接する必然を告げられた。   
指示を受けた日は、金曜日であった。その日は、担当副長は有給休暇を取得していた。面接は、翌週の月曜日に持ち越された。
翌週の月曜日に、担当副長と面接をした。
副長は、休みの間(有休を含めて3日間)考え抜いてこの会談に臨んだそうである。
私は、「人事評価の評価基準はどのような基準を根拠にしているのか。」と尋ねた。
この年度は、担当を持たない遊撃選手の様な立場だったので、数量的な評価ができないようになっていた。自人事評価は、絶対評価であると云いながら、その実、相対評価である。
以前から、評価基準が良く判らないという気分があった。
「普通」と判断していた仕事量の基準を尋ねたかったので、上記の様に、基準を尋ねたのである。
しかし、というか、予想通りで理論的な判断基準を答えてもらうことはなかった。
数字上で表現される処理の数字がわからないのであれば、何を基準にして評価を下したのか知りたかったのである。
それは自分が、その年に行った実際に行った事務量を理解しているのか不安だったのも事実である。
効率的な運用をしていることを理解していたのか?
事務処理の効率化を独自に行っていた事、具体的には、記録については、すべてを定型化して、数文字入力すると、必要な項目が定型文で現出する容易文字登録を行い、定型文書式をすべて記入して、定型文のコピー貼り付けをすることで記録を記載する時間の短縮を図り、事務効率を最大限に上げる努力をしていた点、その他の雑務に関する多くの仕事勘案しているのか尋ねたかったのである。
担当副長との面接で、上記の様な事務効率の向上は、全く評価されていなことが判明した。
個室内でのパワハラ
当方の求めた、評価の明確な基準を語ることはできず、「もっとできるはず」という意味不明の主張を繰り返すのみであった。また、小生のように53歳の万年主任に向かって「のびしろがあると」と繰り返えしてのべた。「伸びしろがある」という言い方に非常に人を侮辱した発言であるので、私しては、非常に立腹した。  
この面談は、10時30分から始まり判断基準について説明を求めても明確な回答はなかった。
過去に、担当副長は、自身の出身母体の手法を最善と信じているので、その部の手法で処理しろと云ってきた。
その部とうちの部では、目的が全然違う。
うちの部の通常の処理手順では、半日で終わる仕事であった。
しかし、副長の手法は、時間が非常にかかるもので、うちの部では全く行わない手法であった。日数は、2週間(実従事は、10日)かかった。
結局、実効のある処理はできず、この2週間は全くの無駄足であった。
ちなみに、うちの仕事しない課長は、当たり前だが、私に、全部丸投げであった。
その、ものすごく面倒なその事務には一切従事せず、車に乗って、遠方はへらへらと出かけては時間を浪費していた。
後日、実績が上がらないのは、事務効率が悪いからだと、主張した。
この時の現場を無視した指示を含めて、数件同じような処理を行っていたので、全然実績が上がらなかったので、その指示による従事日数が何日間ありましたから、事務効率が悪くなりましたと答えると。
そんなの指示は出していないと述べた。
仕事しない課長に指示を出し、この課長は、その部にいたことがないので、その内容が理解できず、私に振ったので、私は再度、内容を聞きに行った時の出した指示は全部失念したように、小学生が責任逃れをするように、「そんな事、何時一過いいました?私は、そんな事は言ってない」と述べた。人間としてどうだと思った。
11時46分からは、評価基準のあいまいさを糊塗する努力が見られて、この「のびしろがある」という語を繰り返し使っていた。
「もっとできる」という根拠を尋ねても全く明快な回答はなかった。
私は、あることで精神的痛手を被っていた。
それは、いくら頑張っても、本店から嫌われていたら、昇格はできない、覚え目出たい者であればどんな屑のような者でも管理職にあるという事実は、自分のプライドを痛く傷つけたことは事実である。ここで、少し心が折れかけた。
その後2年程、毎年の様に心は折れ続けた。
とはいえ、仕事は仕事であると考えて従事していた。
ひどい前任者の処理を適正の戻すことに邁進していると、勤務時間内にストレスからくる病気が発症、勤務中に救急車で搬送されたことがある。
こうなると、頑張ってもこの先何があるのかと思うと、無理をする気がない。
だから、無理をしないで、通常の仕事プラスアルファを行おうとすると、必然的に事務効率を向上させるしかない。
(もともと、仕事は早い。以前の普通な上司は、私に対して、ひとの2倍程度の事務量をこなしていると評価してくれていた。)
この副長の「もっとできる」と思う根拠と、「病気をしている過去がある点」をどう考えているのかという点を問いただしても、理論的な説明はなかった。
理論的な説明にならない言葉、つまり駄弁を弄する状態であった。
説明できない点について、繰り返し駄句を用いて説明していると、12時26分に筆頭副長が、担当副署室へ入室された。
筆頭副長へ概況を説明し、説明ならない説明を繰り返している旨を告げた。
すると、担当副長は、筆頭副長の前で、同じ駄句を用いて説明をして、1回「のびしろがあると」という語句を使った。録音上では、1回申立てていることは確認ができる。(後に、苦情の処理結果が届いたときには、筆頭副長は、聞いてないと述べた。)。
本店の人事の課長補佐が、聴取に来所することが判明した時点で、本店の聴取だと思ったので、「弁護士の同席を求めたい」と云ったら拒絶された。
理由は、内部の事だからである。
内部の事でも、第三者が立ち会った状態で会話には、言った、言わないという争いが発生することは無い。
後日、人事部の補佐の聴取に対しては、今回の評価についての疑問点を列記してあった内容の説明と、担当副長の面談での「のびしろがある」という発言は、他の部の手法を強制的に行わせ、結果が出ないと、事務効率が悪いと言って批判するのはパワハラではないかと伝えた。
すると、この担当副長は、人事部の補佐の事実関係の聴取時に、パワーハラスメントのような発言はしていないと述べた。
副長の主張は「伸びる余地がある」とは言ったと述べたと事である。
「伸びしろがある」と、「伸びる余地がある」という言葉の間に乖離はない
内容は同じである。言葉の語調を変えれば、侮辱したということには当たらいと主張する点が愚かである。
この担当副長は、自身が述べた言葉について「伸びしろ」」と云ったことに対して、都合が悪いと感じたようで、「のびしろがあるとは言っていない」「のびる余地がある」といったと主張して、私が言うことは「嘘」であると主張する(この「のびしろがある」という言い方は、当方の録音を確認したが、通算5回発言している。)
担当副長の会談は、12時36分に終了し、筆頭副長の部屋で、担当副長との話の内容を説明していると、筆頭副長も、「のびしろがある」という言い方はちょっとひどいという感想を述べられたぐらいである。
副長として、自分の言ったことに責任を持たず、都合がわるいと、自身の述べたことは、「聞いたと称する者の嘘」と主張して止まない。
人格的に問題があるのか、この部の人間の特質なのか、嘘をつくのが当たり前なのか判然としないが、私を、人事の補佐に対して嘘つき呼ばわりして、私を「嘘つき」に仕立てあげる行為は、ある意味、他人の人格を貶める行為である。
これこそ、パワーハラスメントの典型ではないかと思惟する。
蛇足
  僭越なことを述べるのであれば、この様に、都合が悪いと逃げる、理論的に人事評価の説明ができない者が幹部職員として、多数の者の管理者として君臨する人事制度は大きな問題があると感じる。
苦情に対して、うちの部と、人事部で協議して、結果評価に変更はなかった。
ここで、この評価が変わらなかったことに関して苦言を申し上げるのであれば、仕事をしない上司の補助を行う点は一切顧慮しないという点である。
一番のパワハラは、この仕事しない上司面倒を1年間見させられたことであろう。
この仕事をしない上司に、何とか仕事をさせるように、毎日、不足する点の補正を求める事務に従事することは、非常に苦痛であった。
実質判断は何もしない、勤務時間の時間つぶしに邁進している姿がアリアリの見えている者の面倒をしていた、換算的には一日の事務の10%以上を占めていた。この点を顧慮しないのは失当であると感じる次第である
また、この副長の様に、理論的に思考する能力の欠如した者を、管理職に就任させる人事制度には大きな欠陥があると感ずるのである。
 また笑ってしまったのは、人事評価への再評価の請求(苦情)の結果、支店、本店では膨大な事務量を要したと苦情があった。つまり、通常の評価、上司の行う評価は、時間をかけて検討した面は極めて少なく、自身の気分的な面が大きく、すべての事象を検討しての評価ではないことがわかる。今回の様に、本店が電算上の実績確認は、システム上で確認した。
確認結果、評価に変更はなかった。
評価は、電算上の結果だけを抽出して、事務処理は普通と判断された。
上司への助言、要請は、やって当たり前、新人への指導は評価しないという事が判明した。
月に数回行っていた、サーバー上で、皆が放置していた資料を、適宜整理していたことは、
評価する、ただ、主任としてはやって当たり前と云われた。
ほかの主任が誰も処理しないから処理していたのであるが、そういったことをしないのが当たり前であるが、処理して評価はしないという事は、やらなくてもいいという事ではないこと思うのである。
今回の人事評価の再評価で判明したことは、人事評価制度が絶対評価であると云いながら、基準はあいまい、現実的には、電算上で結果出る仕事だけをやれば良くて、やる気がなく、能力的に問題のある仕事しない上司を叱咤激励しつつ事案の処理を計り、説明できない上司に代わって、支店長への事前説明を行い、かつ、若手職員への根本的な考え方の教示指示をした部分については一切の顧慮はされていなことが判明しただけである。

 

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自分が受けたパワーハラスメント(その1)

某支店勤務時代のパワーハラスメントについて
私は赴任当初から2か月間ほど、この時の上司のパワハラ課長からパワーハラスメントを受けていた。
私は、この時、育児のために時間短縮勤務を利用していた。
残業は皆無であったが、日常生活は非常に多忙であった。
子育て(子供の学童保育へのお迎えと、家事全般、朝晩の食事を作っていた)と長距離勤務で心身が参っていた。
心身的に疲れた状態で、パワーハラスメントを受けると精神的ダメージが大きい。
パワーハラスメントの結果、通常心身症等になる場合が多いが、私は、自身の仕事ぶりと、自身の自助努力で、心身症になることを免れた(後述する。)。
このパワハラ課長による、パワーハラスメントの詳細は以下の通りである。
私が、赴任した直後から、いじめの様なパワハラが始まった。
この原因は、当時、同じ岐阜の支店で、広域担当付きであった某が、讒言を吹き込んでいたのである。
ちなみにコイツと一緒に仕事をしたことは無い。
その讒言を真に受けて仕事をしない、嫌いな部類に人間と判断したようである。
このパワハラ課長は、無理やり抑え込んで使う気になったらしい。
当初から仕事に対する指示は一切なく、無視されていた。 
最初から敵対的な言動があり、1か月間、初任者の対するような指示を行った。
仕事に対する指示が一切ないので、自ら事案を選定して処分を進めてよいか尋ね、
許可を得て職務に従事していた。
許可といって消極的であった。
基本は、勝手にやればいい、面倒な事案は着手しなくてよいであった
仕事内容については、中身を見て自分で処理を進めろと言われたのみである。
そこで、私自身は、処分対象事案を選んで処理を進めるという形をとっていた。
事案を検討していると、着任後1年の間、特殊な、と云うか面倒な事案は一切着手していなことが判明したので、その事案の着手の可否を尋ねると、時間がかかりそうなものは着手しなくてよいといわれた。
(ところが、後日、20年ぐらいの在職中に1度か2度しか出会わないような事案、つまりものすごく面倒で、手間と時間がかかり、法理的な理論構成をきっちりと組んでおかないとできないような事案、すべてを処理するように命令された。

パワハラの実態は、具体的には以下の通りであった。
毎日の朝の挨拶以外は無視された。
報告に当たる記録文書には、余分なことを書くなといわれた。
余分な事とは、聞き取りをして、現況を詳細に聴取した場合、その状況を詳細に書くと、あとから困るから記載をしてはいけないといわれた。
記録を正確に残すことについて何にが、困るのかと思うのだが、あとから気が付いたこととしては、この者が後から行うかもしれない不正な処理に障害をもたらすからだった。
こちらとしては、自己防衛があるので詳細に聞きとったことは詳細に記載している。
当時は、記録は手書きだった。
記事を書くペンの色は、黒または青でよいはずのものを、黒で書けと強要した。
小生は、万年筆で記事を書いていた。
それは、記録を後から改竄されないようにするためだった。
万年筆を使い、色目は特殊なロイヤルブルーで書くと、あとから改竄しようがないからである。
こちらは自己防衛で、10年以上続けていたが、誰からも何も言われたことは無かったが
ここで、色は変えざるを得なかった。
部下職員は、上司の命令に従う義務があるからである。
一番嫌だったのは、日々、新人職員に言うような小言を、小声で言われ続けた。
一般の課から切り離されていたので、小声で言われると一般担当の者には聞こえない。
何か言うと、「ただの主任の癖に僭越なことを言うな」と言われた。
そこで、自分で仕事を探して、パワハラ課長が処理しない案件の処理をしていた。
前任者の意味不明な記録を読んで、いわゆる長期放置事案の後処理に邁進していた。この間、処理の概況を伝えて、方針の諾否を尋ねたが、特段なんの指示もなかった。
いわゆる無視という奴である
個人的な感覚では非道いパワーハラスメントを受けていると感じていた。
わたしは、その当時、育児の関係で、勤務時間短縮を使用していた。
具体的には、昼食時間を短縮し、100%残業ができない状況であった。
すべてを時間内に処理する必要性があった。
その為に、3年間の勤務期間で、昼食をまともにとることはできなかった。
体は疲弊し、体調は最悪だった。
このパワーハラスメントを受けつづけた結果、自分でも自分の行動思考パターンが非常にネガティブになっていることに気が付いた。
要は、精神的に変調をきたしてきていることに自分で気が付いた。
赴任後3週間ほどで変調を来していることが分かった。
変調を感じて、診療所へ行くことを決意したのは、4週目である。
この変調は心身症の前駆的症状で典型的な、毎日の出勤時の出社拒否の感覚となって表れた。
具体的には、駅に着き、支店へ通勤手段は、自転車だったのでので、駐輪場へ歩く間に、こんなことを感じるようになった。
まず、「今日も、嫌だなぁ」である。
次に「出勤したくない、帰りたい」とい気持ちになる。
最初は、「帰りたい」という気持ち強かった。
それが徐々に「仕事を辞めたい」と感じるようになり、かつ、「死んだ方がましかもしれない」と考えるようになっていた。
駅から支店へ行くのが「嫌で、嫌で」たまらなくなり、足が止まることがあった。
育児もあり非常に先行きに不安を感じるようになっていた。
一時期、死んだら楽ではないかと考える様にもなっていた。
小さな子供、家族のこともあり、退職することは生活に困窮をきたすことは目に見えていたので、退職することもできず、老いた親の事、子供の事を考えるどうしたら良いのか悩んでいた。
一般的にはこのまま進めば、心身症になるか死を選ぶべきかという状況である。
幸運なことに、自分はそこまで弱くはなかったので、この時点で、このような精神状態は何であろうかと考えた。以前読んでいた医学書引き出して読んでみた。
自分の記憶では、この状態は鬱の症状になる手前という感じがしていた。
この状況を自己分析したら、どう考えても、心身症の手前であると判断できた。
自分自身で、このままでは、心身症になると感じた。
支店内にはそのような相談ができる人もいないし、環境でもなかった。
遠方の友人の医師に相談をすると、病院へ行くことを勧められた。
ただし、専門の心療内科へ行くと精神病気と診断される可能性が高いので、役所内の診療所へ行って相談しては言われた。
そこで、診療所へ行った。
医師の判断では、心療内科を受診したら、心身症と診断を下されるような状態といわれた。
ただ自分でそう思って相談に来ているから鬱とは言えないといわれた。
当時の主な症状は、不安感が強く、眠られないと云う状況であった。
医師は、催眠誘導剤を使って寝ることができる様になれば改善するとの診断であった。
医師の指示通り、薬を服用したら、安眠を得られるようになり、心の平安を得ることができ、何とか、踏みとどまることができた。
そうして、このような卑劣な人物に屈するべきではないと思い至った。
自分は、ある程度の自己管理ができていたので、何とか、旧に復する事ができた。
このパワハラ課長の攻撃は、9月位ごろには終息した。
終息はあっけなかった。
終息した理由は、このパワハラ課長自身が、私の仕事ぶりを見て、広域担当の讒言を、事実無根と判断したことによる。
それからは、仕事しないクズの主任から、使いでのある主任さんにで、評価が変わったからである。
状況的には、敵対的なパワハラは無くなったが、自分がやり始めて、特殊な事案と分かった時点で、丸投げされることは増えた。
しかし、邪魔はされなくなったので、気分的には楽だった。
評価の転換点がどこにあったかは、知りようもないが、ある時、現地調査に行く途中で、車中で、私に向かって「前任者の二倍のスピードで仕事をこなす、すごいわ、感心する」といわれた。
変な先入観を捨てて、仕事ぶりを見た結果、パワハラは終息したが、その後、別のパワハラ以上の問題が起きた(後日書きます。)。
しかし、この状況を後から考えると、ある意味、恐怖心を覚えることがある。

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ウチのパワハラスメント

ウチの職場の諸悪の根源というべきは、各部の幹部職員の体質である。
某部では、特定の幹部職員は、「部下をつぶす」ことを趣味としているような者がいる。
他の系統から、うちの部へ転属してきた者の大半がなぜかその手の人物が多い。

という事は、一時期、人間のクズの捨て場になっていた可能性がある。
この転属してきた者の言動を見ていると、人を苛(さいん)むことに快感を覚えている者が多い。
これらの加虐性を有している者を見ると精神的に病んでいると思う
あまりにも酷すぎて、他の部から放り出された加納が高い。
この様な精神的に病んだ幹部職員は、全体では、多数存在すると思われる。
これらの加虐性を有する者の特徴は、影、日向(ひなた)なく、継続的にパワハラを行うのであるが、周囲の本店職員は、基本的に見て見ぬふりをしている。
 周囲の本店職員は、上昇志向が強いのと、自己保身(パワハラを訴えた場合は、後の幹部の報復が怖い)が強いので、パワハラ、セクハラを繰り返して行う上司を告発できない。 
 また、それらの日々のパワハラを見慣れてしまい、パワハラという犯罪行為を見ても、何も感じない不感症のような者もいる。
 年に数回、「パワハラとは何か」という研修をおこない、具体的な事例を提示しつつ研修を行った者(副長クラス)が、そのパワハラに該当する行為を行っても、自分自身行為は、パワハラではないと感じるようで、継続かつ反復的パワハラを行う者が多い。
 この様な、理解力の低い、危機管理能力の低い者が、7級、8級職に在職しているのか甚だ不可思議である。

 本店の一部の幹部職員の目に余る行為がある。
 同一の者による、パワハラ、セクハラを原因として複数の者が病気等になった場合、病気になった方が悪いという発想がある。
 現在パワーハラスメントに対して厳しい対応をとる傾向があるが、幹部職員(特に将来支店長、副長になりそうな者)の行為は、どことなく容認する傾向がある。
 本店では過去、現在のパワーハラスメントの対応が悪かった所為で、上位の幹部職員には、パハラワは容認されると意識が醸成されたようで、パワーハラスメントの発言、行動は絶えない。
 この対応の悪さは、上位の幹部職員のパワーハラスメント、セクシャルハラスメントに対して厳しい処分を行わなかったことに由来する。
 職員間で、酷いパワーハラスメントが行われている場合でも、周囲も沈黙、本店人事も沈黙、加害者は保護され、被害者は病気になるか、退職するかのどちらか道を選ぶことになる。
 人種的嫌悪というか、人格的嫌悪感から責め苛むことがある。

 旧聞に属することであるが、壊し屋といわれた某パワハラ課長(当時)がいた。

 この者は、部の某課長補佐に対して過度のパワーハラスメントを行い、退職させた前科がある。
 これは、パワハラ課長から見て、というか、課長の個人的な感覚で、課長補佐自身への「人間的に気に入らないという種族的な嫌悪感」から来ていたといわれている。
 このパワハラ課長は、多くの職員を精神病に追い込んで、つぶして(退社させて)いる。

 退職はしなくともそのまま在勤している者は、「精神病を患った」と言うことで、将来性は消滅していた。

 被害者の1名は、精神的に責めさいなまれて、病院送りになった(この人は後に死亡したらしい。)。

 1名は退職に追い込んでだ。

 パワハラ課長は、社会的に見れば人間の屑としか言いようのない者である。この者は、ある部署の長で退官した。
 亡くなった人のことは良く知らないのでここで記載することができない。
 退職した者の件は、よく知っているので、以下のように記す。
 ウチの部は、当時は、6階にあった。
 パワハラ課長は、毎日、課長補佐に対して、「6階から飛び降りろ」等の暴言を投げつけていた。
 補佐自身も自身の無能さを認識していたが、順繰り人事でたまたま課長補佐になった経緯があるにしても、毎日、継続反復的に言葉を投げつけることで、言われた本人は、いわゆる「鬱」というか適応障害の状態になった。
 この継続的なパワーハラスメントは、周囲が見ていてもすさまじいものであったという。
 当時の部内で、同室内に居たであろうパワハラ課長よりも上位の幹部職員は、そのパワーハラスメントを無視と云うか、我が身大切さに不問に付していた。
 このような、公然としたパワーハラスメントが行われていても、部長から事務官に至るまで、何らの行動を起こさなかった。

 推測するに、明日は我が身という気持ちが先行して、告発をする気持ちを持ち得なかったと思われる。
 この部での、毎日執拗に行われているパワーハラスメントは有名であった。
 本店の総務、人事、他の部の職員の多く知っているような状況であった。
 恐るべき事実として、宿舎(社宅ね)では、職員の妻、小さな子供さえも知っているような酷い状況であった。

 末端の支店職員でさえ、噂で知る様な状況であった。
 このような状況下にあっても、誰もパワハラ課長を諫める者はなく、パワーハラスメントを放置、被害者の救済は何も考えず、パワハラ課長と被害者の課長補佐のやり取りについては無視を決め込でいた。
 この時の本店人事部は、課長の行為を、不問に付し、無かったこととして扱った。

 これはその後、パワハラ課長が順調に昇進を繰返えし、最終的には、支店長で退職した点からもうかがい知ることができる。 
 不問に付した工程は、まず隠蔽すること、つまり、なかったことにすることを目的とした工作をおこなった。
 手法としては、当時の考えでは、告発をできるのは、パワーハラスメントを受けた者、つまり被害者を、排除を目的とした工作を行った。
 現実的には以下の様な工作であった
 うちの部は、うちの部からの署長候補が減ることで、部局の局内での支店長、副長への昇進ポストが減ると考えたのか、パワーハラスメントの主犯であるパワハラ課長のパワーハラスメント行為をなかったことにして、不問に付すように工作を行った。
 不問に付するにあたって、被害者の課長補佐の存在が問題となるので、この者の排除を目論んだ。排除の方法は、自主的に退職させる方法である。

 手法は、退職後の生活の安定、つまりは再就職先の斡旋による収入面での安定を保障することであった。
 この時、課長補佐へ、パワハラの告発をしないという条件飲む様に要請し、告発をとどめる条件闘争を行った。

 被害者は、退職後の生活の安定を求め、優良な再就職先を要求した。
 本店は、パワーハラスメントの告発をとどめる為に、当時すでに禁止されていた退職後の就職先の斡旋を行った。
 再就職先は、某自動車関連の企業へ再就職であった。  
 その課長補佐は、当時鬱病を発症しつつあった。鬱(精神病を発病した場合)になった場合、爾後の昇進がおぼつかないこと熟知しているため、退職して、本店人事が秘密裏に提供した再就職先へ再就職した。
 この者は、某自動車系の企業へ再就職を果たた。                                         

 配属先は、結構厳しい部所であったようである。

 根本的に本店内部の遊弋術は長けていたが、能力的に一般社会での使用レベルではなかったようで、再就職後、数か月で、役所への書類の提出、証明書の交付申請といった入社したての社員が行う、お使いの様な仕事に従事していた。

 結局いたたまれなくなり、再就職先を退職した。

 この人の人生もこの後は波乱万丈であった。

 パワハラ、セクハラの常習者が、幹部を歴任している理由は何であろう。
 現在のうちの部の某課長は、某支店の総務課長に任命時、着任前から色々と能力的に問題があるといわれていた。
 同某支店の副長と、この者は犬猿の仲であった。
 この者が総務課長に着任して早々、支店長あてに本省から、「いろいろと問題を引き起こすかもしれないが、大目に見てやってほしい」という連絡が入ったそうである。
 うちの部においても、実務の担当でありながら、ほとんど実務指導に出向かないので有名であった。
 また、思いつきで指示を出し、失敗した場合は、実務に従事者の不手際と責める、成功した場合は、その手柄は自分も実績と主張して止まない。
 多くの職場では、人間の屑と称されることを散々行ってきている者である。
 でも、この者を保護して止まない者がいる。
 この者を保護するのが、誰か教えてくれはしなかったが、わざわざ、問題があるが、大目に見てほしいということを伝達する者の精神的堕落は批判されるべきである。
 ここで分かることは、ダメな奴でも、誰かが保護しているという事実があるという事である。
 これは、下位の職員から見れば、人間の屑であるが、彼の者よりの上位の地位のものはこの者を愛好して止まない理由があるということである。
 この者は、多くの者が語る言葉を引用するのであれば、「多くの職員をつぶしてきた」者である。逆らった、反論した、意見を言った者は許さない。
 この様な加虐性を有する者を幹部として留めていること自体が諸悪の根源である。

 時々、人を責めさいなんで喜ぶ性癖のある者がいる。
 対外的には、権力を持っているので、精神が増長肥大する傾向がある。
 うちの本店では、なぜか、よくできる方が昇進していくと、自身より劣った人間を責め苛むことを行う者が多い。こういった人に多いのは、昇進が早く、仕事もよくできる人が多い。
 高卒程度の者の場合、考え方に柔軟性がないので、直情的に考え、反応するることでパワハラに移行する人が多い。
 大卒であっても、自分に甘く、他人に厳しい(要は、身勝手)人で、精神的に加虐性に富んでいると往々にしてパワーハラスメントを行う者が多い。
 よくできる人の「仕事ができる基準」というか、「比較対象基準」は、自身の能力だけである。
 古い実例であるが、同期中で、「何であんな奴が本店に?」というレベルの者が本店勤務になったことがある。
 この者は、同勤した幹部の引き(お気に入り)で本店入りしたということであった。
 (本店から支店の幹部職員に出た人は、自分が、現場仕事ができないので、いろいろと仕事を押し付ける。 
 自分本来の仕事をしたくない者は、この手の幹部の仕事を手伝っていれば自身の仕事が免除されるので、せっせと手伝う、すると「御恩と奉公」ではないが、その手伝った者を本店に入れることを強力に推薦する。)
 そうして本店職員となった者が、普通以上に仕事ができればよいのではあるが、所詮は、自身の仕事から逃避することを目的としたお手伝いを満身で行うような者であるから、能力的に非常に低い。普通の仕事をこなすことさえできない。
 仕事がよくできて、判断力が高く、昇進の早い人から見ると愚鈍に見えるらしい。
 そうなると、この昇進の早い人は、この自分と比べて見劣りする者に対して、叱咤する。単なる叱責であればまだ許容範囲かもしれない。
 ある幹部(通称、壊し屋)は、元々加虐性の高い者であった。
 部下数名を精神病に追い込み、その結果、病没した人もいる。
 叱責がほぼ毎日継続していくと、パワーハラスメントに質的変化を遂げる。
 被害を大きくする理由は、被害者自身が、自身の能力の低さを自認していない。
「本店職員」イコール「偉い人」「自分は他人とは違ってよく仕事ができる」と思いこむ。この場合、この叱責が堪えるようである。
 指示の中身が理解できない。
 意味が分からない。
 当たり前であるが、意味が分からないのであれば仕事を理解することも、進めることもできない。
 そこで、指示事項に対しる反応も鈍くなる、すると、仕事もできなくなる。すると、仕事の良くできる者は、無能な者を攻撃する。
 この場合は、最初は、いじめる気がないのであろうが、徐々に、反応が悪くなるにしたがい、徐々に責めさいなむことになる。
 責めている自分に酔ってしまう。
 もしかしたら、精神的高揚を感じてた可能性は高い。
 ここで、自省して、自分は仕事ができないことを認識し、告発して、許しを請えば、然程、叱責が厳しくなることはない。
 しかし、そうでない者は、愚図愚図と対応を先延ばしにするので、パワーハラスメント状態が起こる。
 被害者側には、自分の仕事をやらずに幹部の仕事を手伝い、自身が劣るという認識はなく、かつ、いい人ぶって本店から来た幹部に気に入られるようにしていただけなので、速度、判断能力が劣ることが露呈すると、努力するのではなくて病気に逃げるという図式が出来上がる。
 この場合は、この馬鹿の本質を見抜けない幹部の馬鹿さ加減と、本人が悪い面もある。
 パワハラをおこなってしまった幹部の過去のパワハラを容認してきた本店の体質が問題である。
 又、自分がお山の大将でいたい者は、部下職員に、ライン仲間になれ、フェイスブック仲間になれ、ツイッターのフォロワーになれと強要する。
 私は、当然の様にお友達にはならなかった。
 だって、釣りなんて興味ないし、知多半島のくそ田舎出身者で作るの「〇〇会」なんて興味なかったもの。
 でも、お友達に、入らないと、陰湿な苛めを開始する。
 (ちなみに、会社関係者のフェイスブックは全部ブロックしてある。)
 この者は、副長だったので、パワーハラスメント防止の研修で講師を行う。
 この時に、部下を壁に向かって仕事をさせるのは、それだけで、パワハラと云っていた。余程暇だったようで、いきなり事務室内のレイアウトを変更すると言い出して強行した。そうして、転勤まで残すところ2週間を切るぐらいの時に、事務室内のレイアウト変更を行った。

 この時、私は、壁に向かって2週間仕事をさせられた。
 明らかなパワハラであったが、副長のパワハラは、誰も受け付けてくれない。
 

 非常に、剣呑な職場である。

 

 

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某社のパワハラ労災認定

新聞に、「某社の社員が自殺したのはパワーハラスメントが原因と労働基準監督署が認定した。」と、昨日の夕刊に載っていた。<
ちょっと、自殺した人には申し訳ないが、笑ってしまった。
若い方が、設計部に配属になった。
4か月間、上司から罵詈雑言(新聞によれば、「ばか」、「やる気ない」、「死んだ方がいい」)を受けて、心を病んでしまい、休職。
適応障害と判断された< 3か月後、通院を止めたうえで復職 新しいグループに配属。
でも罵詈雑言の上司の斜め前の席・・・・
1年後、この社員は、寮で、
自殺
という事である。
適応障害で休職した人を、復職させる際に、どのような経緯でその様にしたのは知り得ないが、現在のパワハラ対策の観点から言えば、原因となった者の斜め向かいの席に再配属するという事は、ありえないことである。

(今時、官公庁、役所なら、パワハラがあれば、どちらかが、即、転勤で、同じ部署、同じ支店に配属しておくことはない。  
 ウチの役所は、人事院に通報されるのが怖いので、被害者の方の希望を取り入れた先へ転勤させる。)  

つまりは、この会社の人事管理は意外と駄目ということを、露呈しただけである。  

先般の事象でも、かのパワハラおじさんの性格が、以前からパワハラ体質だとわかっている。  
判っていて、人的対応が、会社内部で終わる設計から、外部の不特定多数一般の客さんを相手にする部署へ配置転換する。
この配置の意味が分からない。  

避けないか?普通?・・・ただ、この施設、ものすごく問題の多い社員が時々配属になる。

入社後、数十年間の勤務で、数か所の部署をたらいまわし・・・の様な人が時々来るらしいので・・・仕方がないといえば仕方がない。

でも、管理者として送り込むのはいかなものかと思う・・子会社の人にはものすごく偉そうに話しているのを聞いたことがある。

正(まさ)に、上からものを言っているという感じである。

労災の件は、会社は当初、上司の言動と自殺の因果関係を否定したという。

否定するね、普通。

でも周囲の人は知っていたであろうし、病気の原因もわかっていたと思う。

にもかかわらず、再度同じ部屋で空気を吸わせる。

おかしくないか? その判断は。
つまり、非常に悪く言えば、死んだ新人よりも、会社は、この上司を守りたかったという事である。

他の社員は見ていたのであろう。

でも、何も言えない雰囲気があったのだろうと思う。

死んだ人は、大学院を出ていたとうが、罵詈雑言を浴びせた人から見れば、馬鹿で、アホだったかもしれない。

でも、簡単に入社できる会社ではない。

人事だっって見込んで採用したのであろう。

それなりの能力はあったと思う。

いつも思うのは、新人は、赤ん坊の様なものである。

親は、赤ん坊を大切に育てるようとする。

新人に対しても、そうしなければならいのである。

だって、会社の常識なんて一ミリも知らない。

会社のルールは、研修で学べるかもしれないが、機微は、周囲の者が教えないといけないと思う。

私は、以前、随分とひどいことを新人に対して行ったことがある。

私から見れば、配属後3か月たっても全然仕事ができないバカにしか見えなかった。
しかし、彼が不幸だったのは、彼の指導担当が全くやる気のない、何も教えない真正のサルネズミ(風貌がサルネズミ)であった)。

半年ほどたった時に、ある仕事を頼んだら、 「どうやって調べるんですか?」と聞いてきた 最初、「このバカ」と思った。

しかし、サルネズミの行動が非常に怪しかったのと、別の上司から、サルネズミは、新人君に、基礎を教えていないとと云った事を、思い出したので、聞いてみた。

「○○を調べる方法は、教えてもらっていないのか?」

一瞬、固まって。

「1回、一緒に行っただけで、窓口で書類出す事までは聞いていますが、他の○○の部所の対応は聞いていません・・・」

「はぁ?」である。

仕方がないので、手順を書いて、どのように聴くのかも教えた。

すると、出来は50%程度だったが、ちゃんと仕事をこなしてきた。

少々、性格的にうちの職場には向いていない子だった。

最初、「教えてもらった事ができないバカ」と思って、

「このバカ」と思っていた 実際は教えてももらっていないことを、いきなりやれと言われてもできなくて当たり前で、教えてもらったことができないバカではないと認識を変えた。

それからは、いちいち、この事務に関してどの程度習熟しているかを聞いてから仕事を頼むようにした。

新しいことに従事させるときは、指導担当でもない私が、随行して手取り足取り教えると、半年後には長足の進化があった。

これは、役所の不適材不適所の典型である。

(この時の課長が、又、クズだった。  

 不正な処理というか、違法な行為がばれて、クビにならない代わりに定期人事を境に退職した。  

 ここでも、本店は隠蔽を選んだ。)  

それからは、新人に対しては、何も知らない事を前堤として話をするようになった。  

知らなくて当然である。  

幼児に、物を教えるような気分であった。 

まず最初に、「言葉の整合性」というか、「言葉の共通認識」を持つようにした。  

彼、彼女の抱いている言葉の意味、認識を訪ねて、説明させる。  すると、学生気分の抜けない者でも、言葉に対する意識が多様であることがわかる。  

まず、業界用語の意味を教える。  

ここで初めて、新人との共通言語を得たことになる。

そこからは、わかるようにというか、意味を理解できるように説明していく。  

国語力の低下して現在、言葉の意味を教しえていくことは必要不可欠であると考える。

 閑話休題

パワハラ認定の職場の「OJT」(なつかいしと云って笑わないように)がどのように行われているのか分かりはしない。

仄聞するだけでは、個々の実態はわかりはしない。

不幸にして自死を選んだ者にたいして、パワハラ上司の防波堤になり、職場の言葉の意味を教える人がいなかったのか?と思う。

多分、能力はあったと思う、でも、その上司は其の能力を引き出すことができなかった。

というか引き出す努力をしたのか?と聞いてみたい。

能力を引き出すことができない者が上司であったと云ことは不幸である。

天下の〇〇〇×××である。

就職するだけでも、その辺の普通の脳味噌では無理であろう。

虐められたり、パワハラにあった場合の対処法を知らないから余計に不幸である。

この会社の人事の最大の失敗は、病気の原因の近くに再び、配属させたと云う事である。

最初、記事を読んだときに、この会社の人事担当は、バカか、クズという事が分かったことである。

パワハラ体質の人間は、基本的には粘着気質で、執念深い、おまけに精神的には幼稚で、加虐性楽しむ傾向がある<。

批判は受けない、と云うか、批判なんてされないと思っている。

幾ら、開発の重鎮であろと、この者の行ったことは将来の芽を摘んだことに他ならない。

この重鎮よりも、もっといいものを開発できたかもしれない。

 この上司は、家族の悲嘆と、若い芽を摘んだことを肝にめいずるべきである。

また周囲の先輩諸氏は、新人を育成するという気持ちを持ってほしいと思う。

二十数年間の丹精を1年間で、つぶした罪は重いと思う。

 

 

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設計者は偉い?のか

「ミニカーでも買ったら」と云った主査も、自分の手駒には優しいらしいから、精神構造は幼稚である。

設計者を評価する風潮は、欧米の発祥である。

航空機でも、堀越、土井さんは双璧である。

日本人はあまり知らないが、フォッケウルフのクルトタンク博士も有名である。

実際、自分で、企画をして、意図を説明をして、予算をつけて、設計試作、量産に進むことは大変である。

予算をつけることは大変であるが、予算が付けば人員の配置もあり、設計に進む。

そこまでの労苦はよく理解できるが、今の車の設計者というよりは、指揮者である。

自分が、どれだけ設計したのという点を考えれば、アイデアを出して、実際に図面化していくのは多くの社員である。

デザイナーでも、埋没してる

そこで、思うのは、設計者としてちゃほやされて、とどのつまり、一般の人に偉そうに威張るのはいかがなものかと思う。

例えば、オーナークラブで、オーナーしか着ることができないジャケットがあったとする。

それを、スタッフが着るのはいかがなものかと思う。

区別と云うか峻別するべきであろう。

オーナーは、とりあえず階級のない日本では、オーナーは社会的地位、出身階層関係なく、金があれば、どんな車でも買える。

アパートの前に、ベントレーが雨ざらしなんてこともある。

前提として、金が必要である

とりあえず、オーナーは、莫大な金を出してその車を買う

買ったから、そのジャケットを着ることができる。

又、スタッフにそのジャケットを着ることを許す責任者の意識の程度も低い。

スタッフは、STAFFと書いたジャケットでも着てればいいのである。

考えて欲しい、給仕が、招待客とおなじ恰好をしているの滑稽ではないかという事である。

そこに、気が付かないところが、非常に愚かである。

精神的に成長していない証拠である。

これは、有名人とやたらと写真を取りたがる精神構造と似ている。

ある時、あるツーリングイベントに大枚はたいて参加したことがある。

その時に、アルファのバルケッタで、堺さんが参加していた。

大人げなく、一緒に並んで写真を撮ってもらったが、彼は、見学者とは一切写真を撮らなかった。

参加者との撮影はOKであるが、見学者とは一線を画していた。

撮影をお願いしている人に、「プライベートなので」と云って断っていた。

非常に大人な対応だと思った。

ちょっと、幼稚な大人が増えた気がする。

閑話休題

トヨタ博物館には、三階のトヨペットクラウンの後ろに、トヨダAA型のクラッチデスクの設計図が展示してある。

設計者の名字が書いてある「神谷」

この時代に、神谷忠一という設計者のいたことがわかる程度である。

この方は、後にトヨダ車体の部長で退職された方である。

この方の自費出版された本には、「菅ヘッド」と云われる、A型エンジンのヘッド形状は、外国の文献を参考に試作したという記述があった。

その外国文献を、米国から取り寄せて読むと、確かに、ベッド断面図がある。

この図面を参考に設計して、ヘッドの試作を作ると、菅隆俊さんは、激怒したらしいが、エンジンを廻すと見本のエンジンよりも高出力を得た。

この結果、トヨタはA型エンジンの量産化(といっても、ブロックと一部の量産でしたが・・)に成功した。

試運転の時に、立ち会った、豊田利三郎は、このヘッドを「菅ヘッド」と呼んで褒めたたえた。

(立ち会っていたと書いてあるものと、あとから…と云うのと2通りあるがどっちが正しいのかは藪の中である。

ここで、この神谷忠一さんの事を、誰が知っているのか?

多分、ほぼ100%の方は知らないのではないか?

私だって、設計図は展示してあるので見たことはあったが、注意してみていたわけではない。

この方の書いた本を読んで、初めて知ったのである。

この方は、もっと評価されてしかるべきだと思うが、歴史に埋もれてしまった感がある。

では、歴史的な車の設計者が、前に出て偉そうに開発の説明をして回るというのはあまり聞いたことがない。

云い方を悪く言えば、会社の金で、車作って、それをネタにしてるだけである。

それは、会社の金で車作ったことは、偉いのか?

何だかそんなことをふと思った。

 

 

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誰だ、こんなこと書いた奴は!

「誰だ、こんなこと書いた奴は!」という言葉が、事務室内に響いた(らしい…、又聞きの又聞きです。)

ある方が教えてくれました、複数の経路(3経路)からのご注進でした。

最初は、知り合いとというほどの方でもない方

・・と云って、こちらは、長年の友人と思ってますがあちらはどうお思っておいでになるのかは聞いてませんので、知り合いといという事で・・(笑い)

から、どうも当ブログの読者の方に、いつの間にかなっていただいたようでして・・・

某会社の本社(1番地)の方で、結構偉いらしい・・から、「あの施設て・・・〇〇〇〇○○の事か?」というお問い合わせがありまして・・・

「そうです」と答えると

「そうか・・・」と

ご友人1名、一般的な社会的なお付き合いのある方1名の2名からもご注進がありました。

すると、「お客さんが、お怒りでこんなことを書いている」と、職員経由で、ある施設の最高責任者の方にご伝言があったそうである。

例の責任者の方が呼ばれて、

「こんなことを書かれている。」と

告げられると、

件の表題の通り

「誰だこんなことを書いた奴は」と雄たけびをあげたそうな(伝聞なので、なんともいえませんが・・・)

ここで、この話を聞いた、例の4人組の一人は、

「常識無いわ」「バカじゃないの」と辛らつなご意見

まぁ顔を合わせても、謝罪をする気はないだろうという態度がアリアリだった。

こちらとしては、謝罪などは欲しいとも思ったことがない、どうでもいいことである。

まぁ、例の施設の名称入りジャンパーは、洗濯していて…と云うのが眉唾に近いものであることは周知の事実である。

それは、「チーム〇〇〇〇」の名称入りジャンパーは、赴任した当時からよく施設内で着ていた。

新しい責任者の方とは聞いていたが、なんで「チーム〇〇〇〇」のジャンパー着ているのかと思った。

施設内を歩いている姿を見て、〇〇〇〇の販売店主催のツアーのコンダクターかと思ったからである。

ある人に、

「なんで?チーム〇〇〇〇〇」なのと?聞くと

「前、〇○○○で、××の設計担当者だったからじゃないのか?」

そこで

「短期の在籍なの?、今は、この施設の職員だよね?なんで前職場のジャンパー着てるんだろう」

すると

「さー」

真意はいずこ、十三夜である。

まぁ、「誰だ、こんなことを書いた奴は・・」と叫んだ時点で、自制心が足りない。

いろいろと人間として足りなことがわかる。

こんなブログよりも、フェイスブックでは、かの責任者に対する気持ちが横溢してる人は、罵詈雑言である。

つまり、他の3人の皆さん激怒モードであったという事である。

お客さんというか、人の気持ちが判らないんだと思う。

よく増長する人は、そんなことは考えない。

増長しないと、上に上がれないし、それこそチームを率いることはできないというシステムは、会社として致し方ないと思う。

意志が強くなければ進めないことも多いだろう。

だからこそ、強い意志と、自制心が必要なのだと思う。

閑話休題

トヨタ自動車工業とトヨタ自動車販売が、別会社だったころの話である。

トヨタ自動車工業の設計開発者の方々は、元トヨタ自動車販売の社長、会長だった、神谷正太郎さんを、疎ましく思う設計者が多かったという。

それは、技術屋に対して、販売の方か要望を叩きつけてくるから、気に入らなかったのだと思う。

しかし、SKB型(後のトヨエース)が生まれたのは、自販の発案である。オート三輪並みの小型トラックの発案である。

自販が、トヨタ車体にもちかけたといわれている

部材を使わないという理由で、セミキャブーバー形式となり、試作を作成して、自工へ、車として量産することになった。

値段は、三輪車プラス数万円の値段設定

最初、トヨタ車体の者は、シャーシがトヨタ自工からの供給なのと、簡易設備で生産を始めたので工数が多かった。

幹部は、もうからないと云って怒っていたが、発売後予想販売台数の数倍の売れ行きで、簡易な生産工手はプレス加工が増えて工数が減り利益が出るようになった。

この時は、発案は、自販、設計は、トヨタ車体、生産もトヨタ車体であるが、量産効果で、設備投資が可能となり、利益が出せるという事を実証したのである。

自動車は、技術者だけの発案ではない。

技術屋は、こん車があればいいと感じても、世の中が必要としているかどうかは、判らない。

特殊な車ならそれでもいい、2000GTとか、トヨタスポーツ、LFAとかね。

しかし、使用者が、どのような車を求めているのかを考えて車を作ることは、大衆車には必要である。

販売する側は、世の名の要望を聞いて、商品企画を出す。

この流れは、良いことである。

ただ、自工の人は、自販の一部の無責任な体質を嫌った。

ある人曰くである、ある輸出関係の問題が起こった時に、明らかに自販側の手落ちであったが、自販の担当者は自分は悪くないと、自工が悪いと責任すり替えて逃げた。

逃げた方はよく覚えていないだろうが、逃げられた方が恨み骨髄で覚えている。

顧客の要望を取り合纏めて設計に、自動車を買う対象者の要望を伝えた、販売の力があったからこ、今のトヨタ自動車がある

技術屋は、独りよがりになることが多い。

それは、「いい車を作れば、だれもが喜んで買うはず」というのは、大きな間違いである。

これを、技術屋の独善という。

ある元トヨタのレーサーで、喰い詰めて自動車評論家になった杉〇君は、技術屋の肩を持ったことを書いていたので、技術系には人気があった。

でも、それは、いい車だと皆が知らなければ、車は売れないのである。

豊田喜一郎は、いい車を作り販売するために、神谷正太郎を招いた。

その態度は、真摯な態度で首(こうべ)を垂れたという。

つまりは、なんでもそうであるが、お客さんがあっての商売である。

そこを見られない人は不幸である。

来客者を迎える施設責任者としてはどうなのかと思う。

お客さんを見下し、批判して、罵倒するのは、お客さんを迎える施設の責任者としてはどうかなぁと思う。

悪いけれど、あなたは、会社の地位があるかもしれない。

しかし、社会で戦うときに会社地位なんて役には立たない、会社の内部だけ使える常識も使えない。

こちらは、社会で戦う事には長(た)けている。

会社では、○○という地位にいるから、頭を下げろといわれても、所詮はサラリーマンでしょ?という気がする。

同じ会社で、ある地位で退職した人が、延々と、現職を使役しているの見ると、使われている方の人間の精神構造に対しては「社畜」という言葉が浮かんでくる。

 

20191118

20191119加筆訂正

 

 

 

 

 

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2019 SporsTouring ご参加ありがとうございました。

  2019SporsTouringご参加いただきましてありがとうございました
6台6名参加
参加費用13000円
(とりあえず足は出ず…良かった・・使わなかった地図の印刷代含みません。)
わたくしの勘違い、松井や酒造場資料館が、富加町祭りで休業とは知らず・・急遽予定変更で、トヨタ博物館カラ道の駅らっせい三郷、三郷から岩村醸造、松浦軒で宿のコース94.8キロ

Dsc00832

Dsc00834

ちなみに、NBちゃんの毎年恒 例の道間違いで、4名は2キロほどプラス
13時20分ごろ出発で、16時半ごろ到着
ゆるーいツーリングとしては程よい距離
基本的には暗くなる前に宿につきたいので、丁度良い距離
程よいスピードで走れました。
四季桜の小原村付近が混むのは仕方がない。
瑞浪小里から恵那市三郷までは紅葉奇麗、道良い、前、車ほとんどいない。
びゅーーーーんと走れました。
この程よい感がよい。
(以前の様に、良い温泉の長野県大鹿村への片道200キロは厳しい。
午前中出て、ゆるゆる行くならいざ知らず、昼から出発では厳しい。
実は、夏前に一度、こっそり友人と温泉はいりに行きましたが、リニアの工事で道は荒れているは、トラックは多いわで、最初から無理だわと思いました。)

三郷から岩村醸造(銘柄:女城主)まではものすごく順調でした。
岩村から宿までは、私は、いつもの恵那市内、恵那IC、前を抜けていくコースでしたが、GoogleMapは恵那のずいぶん手間で右折指示
私は無視して進みました、恵那市内の一部道が混んでいたので1時間ほどかかりました。
NBちゃん先導で進んだ5台は、右折して、岐阜県東濃総合庁舎横を抜けて進行。
途中で、Kさんは、スカイウエイのような車両を見たと・・・
宿について、さっさと風呂に入り、だべリング。

18時から食事なので、ゆっくりとNBちゃん持参の東京モーターショーの資料と、ノスヒロとかを持参してくれたので、それを見て歓談・・

昔のノスタルジックヒーローに載っていたヨタのオーナが何人残っているのか・・

夕食は、18時から19時30までゆっくりと進むの、何とか食べられた。

量は多い・・・。食事の時の、スカイウエイらしき車があった爆弾発言・・・
スカイウエイって何・・・という人もいますが・・
プリンススカイライのステーションワゴンと云って良く判らんら様でしたが、翌日は、TAMへ行くだけなので、来た道を戻って探そうと・・・
夜は、11時には就寝・・私朝早ので、誤字に目が覚めた。
小さな露天に入るが、湯が冷たい・・・
サブいといって出ると、眼鏡を忘れた。
が、家族ずれが入ってしまったので、外で待機。
20分ほど待った・・
その後、車のシートを外しに行くと雨の跡。
新しく買った車のカバーが分厚くてしまえなくて、仕方なく助手席へ置いた
ケーズが付いていたが、ケースのジッパーは速攻壊れた、さすが中国製。
こんな嵩張(かさば)るカバー捨ててやろうかと・・・
NBちゃんからが外壁工事の時の車にかぶせるカバーがいいのではと貴重なご意見
商品名がわからん・・が・・・
今度はそれを探してみようと・・・
車拭いて、エンジン掛けて歓談

Dsc00839 Dsc00850 Dsc00843 Dsc00840
ホンダS800の発電機から変な音がするというので、よくよく見るとベルトが緩んでただけ
でした。
朝ご飯食べて、さぁ、プリンス スカイウエイを探す旅に出ることに。
最初行くと、明智鉄道を超え、中央道、19号線をくぐった後蔵にあったというが発見できず、また戻ると・・登り坂の目線の上の方にある家にノーズが見えた
アメ車のステーションワゴンと分かったので、がっくり・・・
その後は、昨日の道を戻る形でツーリング・・・80キロぐらいでした
途中で、生理的欲求で、コンビニ休憩
その後は、TAM迄快調
パブリカ―ナーズクラブ(お友達主催)に参加、で解散

Dsc_07841

Dsc_07741 Dsc_07791 パブリカいいわぁ・・・である。

 

基本は楽しかったので、來年も頑張ろうと・・ゆるゆるツーリングですが・・

皆様ご参加ありがとうございます。

 

11月16日

実際に走ったコース
トヨタ博物館から道の駅らっせい三郷
https://yahoo.jp/lw2kVm
52.6KM 1時間20分

らっせい三郷から岩村醸造、松浦軒
https://yahoo.jp/NlACYK
15.2Km 20分

松浦軒から岩寿荘
https://yahoo.jp/XPEZQg

27キロ 1時間

私の走った経路(松浦軒から岩寿荘)
https://yahoo.jp/my4h9u
26キロ 40分

11月17日

岩寿荘からトヨタ博物館(イレ休憩含む)
https://yahoo.jp/tMa7Tt

82.8kmプラスα
2時間20分

パブリカオーナーズクラブ見学で解散。

14時30分まで、TAMで、いつもの友人と歓談して帰宅。

15時には帰宅して、車庫で、車を拭いて(なんか、TAM出る前に、トランクに、コーヒー色の液体?が付いていたので、TAMで拭いたけど、もう一度拭いた。)バッテリー端子外して、毛布かぶせて当分うごがさんだろうなぁと・・・

 

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ツーリング日和です。

ちょっと問題が

松井屋酒造さん今日明日休業・・・・と判明

前に見てからチェックしてなかったので大失敗です

どうしましょうか?

そのまま岩村コースでもいいかなと思います。

困った。

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2019 SPORTS TOURING

TOYOTA SPORTS DRIVERS CLUB主催

2019 SPORTS TOURING  

1116日、17日トヨタ博物館 13:00出発

参加者の高齢化で、ゆるゆるツーリングとなりつつあります。

特段、何の特徴もない、ゆーつたりとしたツーリングです。

なべちゃんが、お子様も用務で、遅れます。

一応、13時出発予定ですが、なべちゃん到着後出発とします。

簡単な地図は作成(一応、カラーです:笑い)

2日目は、恒例の松浦軒、岩村醸造コース、

パブリカオーナーズクラブの見学です。

最近、パブリカ(UP10)をいつ直すか、思案中です。

とはいえ、初代のカローラ、スプリンターもいいなぁとか思ってます。

夏のク―ラ―の事を考えると、クラウン(MS40)でも探して乗ろうかなとか考えています。

久々に、高速をカッとんで・・・と云っても遅いのですが・・カーボンを吹き飛ばしたいものだと思いますが・・

1日目の、酒造資料館は、昔は大規模な酒造を行っていた造り酒屋です

サムルソンの主翼(オリジナル)があります。

酒造の道具は見ごたえがあるのと、大きな蔵の昔の威勢のよさがうかがい知れます。

 

トヨタスポーツは、良い道を走ると気持ちがいいです。

先日車検で、豊田市の行き帰りに思ったこと。

トラックの交通量の多い道は、総じて、道面が悪くて、結構波打っている状態でした。

最近の車なら、サスペンションの性能と云うか、制御がよくなって、あまり悪いと感じないかもしれないが、トヨタスポーツで走ると、路面の悪さをほぼダイレクトに拾う。

「野蛮な道路では、野蛮な乗り物に変身だぁ」と一人で叫んでいました。

いったん、良い路面に出ると、それこそ、非常に軽く走るので、非常に快調でうれしいのである。

明日は晴れそうなので、ちょっと嬉しい。

でも寒いだろうなと思う。

参加される方はお気お付けて集合してください。

P2に居ます。

11時半ごろには、文化館のCafeに居ます。

よろしくお願いします。

 

 

 

 

 

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日産の第二四半期

日産の長期低落傾向は止まらない。
決算発表は英語である。
説明したのはたぶん中国系・・マー常務
第二四半期の前年対比は66%減少 
第一四半期と比べると33%改善したことになる。
しかし内実は厳しい。
国内の営業損益が268億円の赤字、前年同期が、564億円の黒字だったので、マイナス832億円の減少という事になる。つまり国内営業は壊滅的な状況という事がわかる。
国内の営業のテコ入れをすべきだと思うが、積極転換は図れない。
自動車が会社は、てこ入れと云えば、新車の投入である。
しかし、その新車がないのである。
このマイナスの原因を、為替のほか海外を含む品質関連費用の負担の増加をあげているが、実際のところその内訳が発表されているわけではないので何とも言えない。
為替は上昇傾向であるが、トヨタ、ホンダはそれほど騒いでない.

海外生産が増加している日産としては、差損が出るといって騒ぐほどのものでもない。つまりは、理由を無理やりとつけなければ何とものならないという状況ではなかろうか?

円建てベースで考えれば、差損かもしれないが、ドルベースで考えれば変わらない。
インフィニティブランドの米国では、359億円の黒字と前年同期比0.3%の増加。
インフィニテイブランドは、大衆の値段で高級車風の小型車が買えるブランドである。
米国の販売の主眼は、販売奨励金で販売台数を稼ぐという、いわゆる上げ底政策であった。

上げ底政策なので、上げ底の分だけ利益率は低下する。

米国のユーザーからすれば、中古車値段の下がらない日本車の大衆車レベルである。

DATSUNの栄光あるイメージは既にない。

落ちたブランドイメージの向上を図りたいと考えているが、車は新車が出ない、いつまでも古いまま・・車の差異化が図れていない。

新しいユーザーの獲得もできていない。

販売奨励金は、トヨタホンダも使っているから別段非難することではない。

値引きに使えるけれど全部使うことは無い。

大幅な実質値下げをしなければならないような車は、販売用奨励金イコール、値引きの原資である。

いい車というイメージができれば、新車投入時に販売奨励金を減らしていく。

新車の投入で販売奨励金を減少させていけば、値引きをしない車イコール高級な車とい様にイメージの向上を図ることができる。

しかし、販売数の伸長だけを望めば、新車投入をしても、値引きは変わらない、値引きをしないと売れない車と云いうレッテルを張られることになる。

購買層はだんだん下がる

中古の値段も値引きした金額が元になる。

では、今日の日産には、新車の投入をして、奨励金を徐々に減らしていくという方法しか残されていない。

これは時間がかかる。

直ちに業績の向上につながるとは思えない。

手段としての新車投入であるが、これがまた厳しい。投入できる新車がほとんどない。

三菱は、日産の下請けモードである。

それはまだ三菱の方が人材が残っている(今後は判らない、大量流失が送る可能性は高い。)。

日産は、人材流失が止まらない。

設計能力はどんどん低下している。

そこで、三菱頼みになる。

日産自体は、三菱の新車開発に便乗する気満々である。

(ルノーにもその傾向がある様で、いろいろと触手を伸ばしてきている。

 ルノーは、三菱の4WDと小型電気自動車に興味があるのようである。)

最近の流行りは、電動化である。

なんでも電動化を目指すが、どうお上手くいかない。

新型エクストレイルはイコール三菱のアウトランダーのボデイ替である。

それを隠して販売する気である。

日産独自の技術てんこ盛りみたいな書き方をしているが、実際は三菱のシャーシである。

エクストレイとアウトランダーを見比べて、日産の方々は、手離しで喜んで、時期のクストレイルは、会うつランダーの新バーションでということになったらしい。

ボデイは、日産オリジナルデザイン。

でも、シャーシは旧型の踏襲である。

三菱の開発過程で不具合があっても、日産は、ボッシュさんのやることに間違いはありませんからと、検証する気もない。

より良い製品を作ろうという気はない。

良い製品を作る気はないのかもしれない。

発表の中で、販売台数の増加を求める計画からの撤退、つまり販売予定台数を減らす戦法にでた。

いろいろな指数を、低く見積もりだした。

これはもう駄目だろう。

株屋の予想よりも低い数字を出してきている。

これは人事評価の目標設定と同じで、高くしてできないと評価が悪い。

低くしておけば、達成できる可能性は上がる。

目標設定は、低くしよう!という姑息な精神構造である。

この減少数を見込んだ計画となると施設には余剰感がある。

米国での販売数の見通しは、現実的と思われる135万台から131万台に減少させた。

全体的に低調で、33%伸びた理由が良く判らない(資料の読み込み不足感はあるが・・・)

現実的な路線に戻らないと、粉飾ぽいことが分かれば、株主は速攻で逃げる。

そうならない努力をしているはずであるが、どうも怪しい。

漫画の様な、劇的な改善方法がある

前年、三菱自動車が行った海外の販売会社への車の押し付けである。

売れてもいない、売れそうかなという程度の車を、前倒して販売した。

結果としては、今期は売れない車を抱えられえないという事で、今期は売り上げの減少である。

これは押し売りをした先の販売会社が、車が売れていないからこれ以上在庫として持てないから、要らないといわれたからに他ならない。

日産の33%増加のからくりはこのあたりにある可能性がある。

 

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お前さんは嫌われているのだよ。

うちの職場を退職して、再雇用も済んだ方が、ある官公庁に再就職していた。

そのおじさんに、7年ぶりぐらい会った。

仕事の話が済んで、近況などを話すと

「お前んさんは、本店に嫌われているのだよ」と云ってくれた。

多分、全国で、誰も処理したようなことがないようなことさえ誰も評価しようとしないことを云うとそういわれた。

「まぁ、こんなことを云うのは、私ぐらいだろうな・・・」と

まぁ、自分でもうすす感じてはいるが、直接言われたのは初めてである。

このおじさん、ちゃんと、ハローワークに行って再雇用先を探したのだから偉い

うちは、闇の官公庁へ再雇用あっせんシステムが存在する。

再就職斡旋を無自覚的に行っている。

それは本店勤務の三種採用の連中が、自分の後釜に、後輩を据えるという行為を延々と行っている。

退職前に、再就職行動はおこなってはいけないことになっている。

だが、なぜか、退職日の翌日の17時までの再就職の書類を提出しなければならないことを知っているのかが、不思議である。

しかも提出は、退職日の翌日の朝から17時まで。

公募ではない。

ウチウチの斡旋である。

本来的には、アウトである。

三種採用の連中は、延々と、この再就職斡旋を口伝で行っている。

ここには、対外的に、採用の経緯を正々堂々と公表できるような公平性はない。

あるのは、陰気な、仲間内で仕事を廻すという、談合体質である。

こうしたことは、役所内の仲間内で、仲良くしていれば、いいことがあるという事の典型である。

つまり、黙って言う事さえ聞いていれば、再就職も世話してやるという態度がアリアリである。

だから、陰湿で、誰もが長いものに巻かれろ、黙っていればいいことがあるなどと思っているところであるからして、お題目を唱える

「風通しが良い職場」

単なる、お題目である。

唱えてればいいというものではないが、唱えないと体裁が取ないので、お題目に頼る必要が出てくることになる。

仲間内の上位のやることは目をつむり、上司の都合やったわることは無かったことにする技術には長けてくる。

「組織として云々」という事をお題目のように唱えるが、実際は、「自分の居心地のよい組織」のでしかない。

都合の悪い事には目をつむり、なかったことにする。

政治家の介入があると、「現場の担当者の独断専行です」と言って本店主導の嫌がらせを仮装隠ぺいする。

政治家なんて、落ちればただの人であるから、「あっせん利得罪の適用を視野内入れて話をされていますか?」と聞けば、多くの場合サッサと尻尾を丸めて逃げていくのである。

そんな対応を即時に行い、

組織など云うお題目を唱える奴を、馬鹿じゃなかろうかとこけ下す

そんな態度だから。

見て見ないふりをしない。

だから、お前さんは嫌われているのだよと言われるのである。

少しだけ反省(?)

 

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不愉快な話など、続編

先般の不愉快な話について補足的な事実が判明したのでご報告という感じである。

かの暴言を投げつけた者は、当たり前であるが、無自覚的である。

ほかのところから流れてきた情報では、その気はない、無自覚なパワハラ野郎という事である。

自分で、お客さんに対して、強権的な物言いで、モノを言った時、というか場合にどのような結果をもたらすのかという事を考えない人らしい。

対外的な仕事をしたことがないのだと思う。

入社当時に、工場や販売現場の研修があるだろうに、そんなものはとうに忘却の彼方であるらしい。

ある車の開発を主導したの者の、「ミニカーでもかえば?」発言の者も、仲間内でしか話をしないのだと思う。

技術屋の悪いところである。

悪いけれど、こちらは手練手管の嘘つき、人間のクズ、本当の犯罪者、やくざ、元やくざ、地上げ屋、総会屋を相手にすることがある。

それれの者に対することが多いと自然と、対外的な物言いには気を付けるよ、というか、非常に気を付けている。

彼らには、そんな意識はないだろう。

巨大企業の中で昇進していくのだから並外れた技量を有していることは否定できないだろう。

でも、人間としてどうだ?

部署が違えば、相手は、社内の人ではない。

一般大衆が相手である。

悪く言えば、ピンからキリまでの人がいる。

外国人の場合はもっとすさまじいだろう。

わざわざ、特定の展示を目的とした施設に来るのは物好きだろう。

件の試乗会の日に、タクシーで乗り付けた外国人夫妻が居た。

この方、ほぼ一日(我々と同様にひなが一日にである。)施設に居た。

私は、責任者の方に、こう申し上げた

あそこの外国人の夫妻に、同乗試乗会があると伝えてはどうか?

と申し上げたが、非常に消極的であった。

ちなみ、毎回、これらの展示、講演等の表示には、英文の記載はない。

こうしてみると、何かが足りない感じがして仕様がない。

なぜなんだろう、施設としてコンセプトは正しい。

でも何か物足りない。

この気持ちは何であろう。

まあそれは、置いておいてよいと思う。

 

閑話休題

かの管理者は、私が、延々とブログを書き、毎日100から150人の々が読みに来ているとは思うわないのだろう。

蟷螂の斧のようなブログではあるが、知らしめると云う点では有効と考える。

自分の物の言い方、態度が、他人に不愉快な思いをさせているのか判らないのは不幸である。

自分を翻ってみれば、自身の悪いところは良く判っている。

自分自身は、露悪的な部分もあるので、計算してものを言っている。

こちらの方が、その実、罪深い可能性が高い。

人の事を心配しても、心配してゐるそぶりを見せても反応しない人は反応しない。

其のうち言う気がなくなる。

ある人の相続の事で対策を一所懸命教えたが、その人が自分で持っている知識の範囲外だったらしく、どこ吹く風であった。

いつも思うのだが、死んだらその人はいいかもしれない。

しかし、残された相続人は大変である。

音信不通な兄弟姉妹がいる。

生活状況は不明

何をしているのか、何をやっているのかも分からない。

そのような状況で、いきなり相続人になるとどうなるのか?

音信不通だった、その本人が死んで子供がいる場合、その子供にとっては、天祐ののような話である。

いきなり財産が降ってくるのである。

放棄なんてする気はさらさらないだろう。

そうなるともう泥沼である。

死んだ奴には関係がないが、死んだ後で恨まれることおびただしい。

その辺を、経験を踏まえて説明したが聞く耳を持たない。

高校出て、早く金儲けがしたくて大企業に入り、最後は、結構上の役職で退職した人だった。

多分、自分よりも若い人間に、死んだ後の事をモノを言われるのは腹が立ったのだろうと思う。

だが、財産が全くない人ならばいざ知らず、土地家屋があれば、ひと財産である。

売却すれば、千万単位の金になる。

そう考えれば、骨肉の争いになる可能性は高い。

行き来のある兄弟は、それなりの地位もあり生活も豊かにしているのであれば、心配はないが、行き来のない兄弟がある場合は、本当に怖い。

財産を持っている兄弟でも、いざとなれば怖いものである。

資産家と云われる者が死んだ後では、それこそ、タダで何千万円単位の臨時収入が入ってくるなら、労苦はいとわない。

まぁ、ひでえ話ではあるが、相続の争いは、沢山見てきたので、心から心配するのである。

話がズレた・・・・

元に戻そう・・・

偉そうな態度をとった者は、体育会系で、武道にまい進した人らしい。

個人的な意見ではあるが、武道をしているから武張るのは、中途半端という気がする。

あまり良い表現ではないが、下剋上は良くないと思う。

管理者が、表に出すぎるのはいかがなものかと?問う気がする

辻政信という陸軍参謀出の戦犯が居た。

この者は、参謀であり、謀略を行い、陸軍内部で下剋上をやってのけた秀才である。

秀才であるから天才の真似をする。(私個人の考えである。)

天才とは、石原莞爾である。

石原莞爾が、満州で現役のころから、謀略をめぐらしてろくなことを行わなかった。

石原莞爾が、予備役後もいろいろと謀略をめぐらしては、失敗した。

失敗すると逃げる。

戦後も、戦犯指定になると、逃げて、隠れた

隠れて逃げるの得意である。

戦犯の追及が無くなると表に出て国会議員になったが、東南アジアへ行き消息を絶った、今もって行方知れずである。

つまり威勢のいい奴ほど、逃げるのも得意と問わざる得ない。

彼の勤務している会社は、「これやるぞー」「うおー」と邁進するが、成功すれば昇進し、失敗すれば消えていく人が多い職場である(と聞いている。)

多分、淡々と職務をこなして昇進したのだと思うが、体育会家のノリで進めばよかった時代(時期)もあったと思う。

しかし、延々と体育会系のノリで進めるはずもないのである。

自分も同じような武道を行っていたことがあるが、中途半端な奴ほどよく吠えるという気がする。

出来る先輩は、静かであったし、ものすごく怖かった。

師範代の図抜けた先輩は、練習で対峙しても、身がすくむ思いをしたので、

いつも思うのは、

「うーん、どこからどう行っても、面か、小手は取られる」と思っていた。

大体、想像通りの結末になって、したたか撃ち込まれるのが落ちであった。

この方には、ぜひ、中島敦氏の「名人伝」という話を読んでみろといいたい。

読まないよね、理系の人は。

この話は、弓矢の名人が、行きつくところまで行けば、最終的には、弓の存在を忘れ、矢の存在を忘れるという話である。

中途半端に、やらたらと竹刀を振りたがるのは、「未だならざるなり」の感である。

又、依然の職場のジャンパーは、施設のジャンパーを洗濯に出していたので、致し方なく、旧職場のものを着用したという話が聞こえてきた。

だが、ビブス状のものもあり、責任者なんだから、全員同じ黒のジャンパーではなくて、責任者らしく、一人だけ赤いビブスでもついけてりゃよかったと思うがどうであろう?

オールブラックスにあやかって、黒でまとめたがったかな?

彼の前職場の系統のジャンパーは黒が多い・・・

体制が、万全ではなかったかもしれないが、その場合、外部の意見を聞いてみるのも手であろう。

何についてもであるが、万全は、存在しないが、小さな失敗は、万全への精度を上げていくのである。

独りよがりはいけないと思うのである。

 

 

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昨年のクズな上司たち

昨年の上司は、仕事をしないことを至上の目的とした様な者であった。

別の者に聞くと、ああ、Kさんね、仕事しないので有名だよねと言われた。

仕事しない者の下で頑張って仕事しても評価はされない。

役所とか大きな企業には、人事評価制度と云うのがある。

上司が部下を評価するのであるが、これは一方的な評価で、物言えない雰囲気を醸成している。

将来的には是正されるとも聴いている。

現実的には仕事しない、無能な上司の恣意的な評価に甘んずるのは、非常に腹が立つ。

評価を適正に行う方法としては、部下も上司の評価をしなければ意味がないと思う。

上下の評価マッチングなければ、どちらかの評価が間違った感覚で行われているという事になる。

それは、無能上司の評価をした場合、私ならきっとこの者にCか、Dの評価をつけたと思う。

本当にひどかった。

自分の仕事はしないが、他人に任せた仕事には茶々を入れる。

自分には甘く、他人は厳しいのである。

この仕事しない上司の一番クズなところは、高速道路があるのに高速道路を使わずに下道(一般道)で行くのである。

その目的は、時間つぶしである。

具体例をあげれば、遠方に行くときでも、高速を使わない。

ある時、手が足りなかったので、三重の仕事を頼んだ。

すると、全然帰ってこない。

朝9時に出て、16時過ぎても帰ってこない。

帰ってきたのは17時近かった。

聞くと、ほぼ全工程を下道で走ったそうな。

行きは、3時間、帰りは3時間半

実際仕事してきたのは、正味2時ない・・昼の時間を削ってね・・・

通常高速を使っていったばあいは、往復3~4時間。それがほぼ倍である。

某岐阜県の山間僻地にに行くときも、時間が読めない下道でいく。

下道を選ぶ理由がすごい。遠回りをしている。

高速で1時間のところを、下道1時間40分かけて行くのである。

毎日、1日の勤務時間をどう浪費するのかを一生懸命に考えているような人物であった。

遠方へ行くと必ず何か土産を買ってくる。

この者は、仕事をしない事を至上としているので、私が事務効率の向上を目指した方法には最初から反対。

ピントのずれた指示が多いので、上司の指示事項を遵守し、かつ、指示で不足な部分を補うように進言をして事務を進めていた。

部下である私が、上司に対して、補足的に行うべき事務、その補足的な事務の内容を説明して、許諾を得て仕事を進めていた。

これは上司にとっては、私からの「提案」の中身を検討して、「提案」について同意するか拒否するかという二者択一な状況であった。

こちらは、提案をするだけである。

あとは指示待ちである。

権限がない者は勝手に動けない。

勝手に動いたら服務命令違反に問われる。

上司の命令に従う責務があるからである。

人事上の評価についても問題提起をした。

この状態を、上位の管理者に説明すると、上司への部下からの「提案」について、上司と部下が「協議して」事務を進めたと言い出した。

基本的に、立場が対等ではない上司と部下の間で、協議はあり得ないのであるが、副長は、しきりと「協議して進めたんですよね」(表現ママ)と、主張して止めなかった。

この管理者は、大変、語彙能力が低いようで、本店から届いた非行防止に関する口頭説明文書中に読めない漢字があり「ふり仮名」をつけていた。

漢字が読めない、語彙力がない、言葉の意味が分からず、思い込みで話をしている態度には驚天動地の感があった。  

どうも、提案をして、提案への諾否を判断することを、「協議」という言葉と誤解している様子であった。

言葉の意味を理解しないで話ができるのはある意味すごいことだと思う。

この副長は、大変失礼な者であった。

人事評価で不満がある場合は、異議申し立てができる。

しかし、ほとんどの者は評価を開示請求しないので、自分お評価は知らない

3月の評価が普通だったので、その普通の理由について回答を求めた。

評価の明確な基準を語ることはできず、「もっとできるはず」という意味不明の主張を繰り返すのみであった。また、小生のように53歳の万年主任に向かって「のびしろがあると」と繰り返えしてのべた。

「伸びしろがある」という言い方に非常に人を侮辱し発言であるので、私しては、非常に立腹した。  

この面談は、10時30分から始まり判断基準について説明を求めても明確な回答はなく、自身のパワーハラスメントな指示については、そんなの事は言っていないと述べた。11時46分からは、評価基準のあいまいさを糊塗する努力が見られて、この「のびしろがある」という語を繰り返し使っていた。

「もっとできる」という根拠を尋ねても全く明快な回答はなかった。

とはいえ、仕事は仕事であると考えて、前任者の残したひどい事務を整理再構築するのに邁進していると、勤務時間内にストレスからくる病気が発症、救急車で搬送されたことがある。

病気を何回も経験していると、頑張ってもこの先何があるのかと思うと、無理をする気がない。
「もっとできる」と思う根拠と、「病気をしている過去がある点」をどう考え得ているのかという点を問いただしても、理論的な説明はなかった。

理論的な説明にならない言葉、つまり駄弁を弄する状態であった。

説明できない点について、繰り返し駄句を用いて説明していた

パワーハラスメントに対する意識の低さと、語彙力の低さが悲しい

本店の人事部のえらいさんが、取に来署した時には、「のびしろがある」なんて言っていませんと述べている。

訂正的に「のびる余地がある」と言ったと述べている。

内容は同じである。言葉の語調を変えれば、侮辱したということには当たらいと主張する点が愚かである。

この管理者は、自身が述べた言葉について「パワーハラスメントである」と云ったことに対して、都合が悪いと感じたようである。

「のびしろがあるとは言っていない」「のびる余地がある」といったと主張して、私が言うことは「嘘」であると主張する(こ
の「のびしろがある」という言い方は、当方の録音を確認したが、通算5回発言している。)。

管理者との会談は、12時36分に終了し、上位の管理者の部屋で、担当管理者との話の内容を説明してた。

筆頭管理者も、「のびしろがある」という言い方はちょっとひどいという感想を述べられたぐらいである。

管理者として、自分の言ったことに責任を持たず、都合がわるいと、自身の述べたことは、「聞いたと称する者の嘘」と主張して止まない。

人格的に問題があるのか、嘘をつくのが当たり前なのか判然としないが、私を、本店の人事の補佐に対して嘘つき呼ばわりして、私を「嘘つき」に仕立てあげる行為は、ある意味、他人の人格を貶める行為である。

これこそ、パワーハラスメントの典型ではないかと思惟する。

僭越なことを述べるのであれば、この様に、理論的な説明ができない者が幹部職員として多数の者の管理者として君臨する人事制度は大きな問題があると感じる。

クズな職場である。

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この文章について、ある会社の人は理解できないという。

先般友人から95%は、理解できていないという貴重な意見があったので拝聴して、友人諸氏にどうしたらいいもっと分かり易い文章が書けるだろうかと聞いてみたら。

すると、意外や意外、分かり易(やすいよ)とのご意見が多数を占めた・・・

が直接的に話ができる読者はそれこそ5%以下である

友人の後期高齢者のお父様がお読みになって…と云うか、タブレットで読まれるそうである・・・

「こんな分かり易い文章ない」と、おっしゃったので、これはそこまでくよくよ考えることもない…と考えたりした。

すると、件(くだん)のキャリア社員を採用している、某社のキャリア社員本人に読ませると・・・

主任さん「イヤーそん事ないんじあないですか」

課長さん「そいう意見もある」で終わり

この会社、3月末決算予測は最低で。第一四半期、第二四半期で、大幅な利益減を発表したが…相見変わらず危機感はない。

新聞発表後の某社の社内の動きは緩慢である。

幹部職員を呼んで、記者発表の人員削減についてお話があったそうである。

人員削減の意味は、「直接的に人員を減らす」という事ではない。

各部署の人員の不均衡を是正することを目標にしている。

人が足りないところには、人が余っているところから人を移動するという事でだそうである。

この物言いは、新聞発表では、人員削減をして、固定経費を減らすと述べながら、実際は人員を減らさないと社内では訓話を垂れ流す。

これは、非常に意味深い発言である。

某社は、一時期、各部署で「沢山の人が足りなーい」という意見で、大量に採用した。

しかし、最近はそれが重荷である

人員削減の方法は、最近は、最初に、嘱託とか、人材派遣を再雇用しない。

再雇用の延長をしない。

期間工の採用を見送るである。

某社は以前、不祥事があった時に、大量の技術職が辞めた。

中堅どころが、どっと辞めてしまい、周辺のよく似た業種へ転職した。

ちなみに、親会社のカス自動車は、ものすごい勢いで社員は辞めている。

主に技術職が辞めて、同業他社へ転職を図(はか)る者が多い。

つまり、設計部がガタガタになっている。

脱線であるが、某GTRの開発担当は辞めてしまい、外国の同業他社へ、外国へ他社へ転職をしているが、もう行先はないだろう。

国内に凱旋でもする気だったのかどうかわからないが、もう帰ってくることはないだろう。

外国の会社の転職イコール元居た会社の秘密の暴露(ぼうろ)である。

自分が得ているノウハウを教える対価としての高級雇用である。

外国人従業員は、データーの持ち出しをするが、日本人社員は、データーが頭の中にあるからそれは持ち出しとは言わない。

ただ、元居た会社から秘密の持ち出しという事で損害賠償を求めらえる可能性はある。

製鉄メーカーがそれで訴えて賠償を得ていたこともある。

某親会社と某社は、軽自動車設計開発会社を設立している。

軽自動車の設計専用会社である。

某社はなんだかんだと云いながら、軽自動車の売り上げは、売り上げの底上げとして、大切な収入源であった。

日本の自動車メーカーの大半の宿命として、道具として使用する「軽自動車」は実は、いわゆるドル箱である。

最初、戦前の小型車両から始まった特殊規格の軽自動車は、最初から道具としての車であった。

道具は延々と、道具でしかないが、スズキ自動車は、趣味を加えて道具からの脱却を図った。

道具ではないと思う人は、一定の常顧客となる。

軽自動車は、税金が安く、駐車場の規制が少ない。

世の中にはゴロゴロ自動車が走っている。

多くの人は、移動の手段として、原付の次に、軽自動車へ移行した。

おかげで、平成10年以降は、原付が激減して、軽自動車がものすごく増えた。

普通車からの乗り換えもあったであろうことは想像に難くない。

だから現在は、軽自動車販売は、底上げの重要な一翼を担っているという事になる。

ところがである。

某社は、燃費の不正問題があり、販売が一時停止

売り上げ激減

現在も、回復していない。

仏の顔も三度ということわざではないが、何度も不正を繰り返いしているうちに、顧客から愛想をつかれた、と云うか見捨てられた

おまけにグループ企業からの離脱である。

今まで、グループ企業だから・・・といって買っていた層は一切買わなくなった。

設計は、三菱と日産の合弁と云いながら実質、日産主導の設計である。

某親会社への軽自動車を供給しても、もうからない。

ついでに言えば、親会社から某社への仕入れ価格は20%アップ

仲間内での融通で、規模の理論で本来、仕入れ値は低下するはずである。

しかし、某社の仕入れは上昇、OEM生産は、ほとんどもうからないので、利益率はダブルパンチで減少する。

仕入れ値が上がり、売り値が下がれば、当然の様に、利幅は減少、トータルでの収益は、降下(減少)する。

第一四半期の減少は、約65%

第二四半期の減少は、約96%

ゆるゆるとした減少ではなくて、急激な落ち込みである。

さすがに一部の幹部は、この会社、危ないかもしれないという認識は芽生えつつあるようであるが、もう遅い気がする。

人員削減とは、いちば馬鹿な経営者が最初にやる愚策である。

多くの場合は、一番辞めて欲しい層は辞めない。

一番辞めて欲しくない層は、とめどもなく辞めて行く。

だからこそ、某社は、若手、中堅の人材の流出が一番怖いのだと思う。

だからこそ、人員を直接的に減らさないといっている。

これは動揺を抑えるためである。

前回の不祥事では、いの一番に出て行ったのは、慣れてきていた若手、中堅である。

この結果は、開発能力の低下である。

あえて言うのであれば、某社は、昔からグループ企業内で、官の仕事が多い。

官の発注に慣れていると、基本的にはマーケテイングの基づく商品開発はできなくなる。

開発の手順が、他の民間同業者と転動しているのは、やはり官から発注に基づく基本設計

開発、最終的には手直しなんてできない状態で、手直しが必要と分かる。

手直しを請求しても、設計部門では、もう手直しができない状態だからムリと言って逃げる。

つまり、試作段階での不具合を見つけることが出来なくて、車輛実験の段階で不具合が判明するという、漫画みたいな状態である

組織的にというか、製造に至るシステムが対応できていないという悲しい状況を作り上げている。

発売日は決まっている、だから不具合に目をつむる

不具合が出る

リコールになる

会社の損失

対応悪いので、顧客の流失・・・

某三菱〇〇〇銀行の融資先の販売店は、なぜか、ことごとく対応が悪く、顧客離れを引き起こしている。

こう文書を書いていて思うことは、危機感がないと理解する気もないのだろうと思う。

某社とは・・・推して知るべしである。

 

20191110

20191111加筆訂正

 

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sports touring 2019

TOYOTA SPORTS DRIVERS CLUB主催

2019 SPORTS TOURING

11月16日、17日

 

https://yahoo.jp/bW5QAf

(松井屋酒造資料館までの経路 スマートフォンでは八草までしか表示されませんので、事前にプリントアウトしてください。)

4

 

トヨタ博物館

↓  愛・地球博記念公園北口北(通過)

八草交差点 

左折

大坪町交差点

右折

せと赤津IC(有料道路入口)

↓ 土岐JCT(通過)

(東海環状自動車道)

美濃加茂IC通過

富加関IC 出る、左折

県道58号線(南下)

大山橋交差点を右折(県道364号線)

津保川大橋東を右折

突き当りを左折

↓ 道なりに進む

右手に「松井屋酒造資料館の看板」 岐阜県加茂郡富加町加治田688-2

3

見学

https://yahoo.jp/Mz1qMG

 

経路 スマートフォンでは八草までしか表示されませんので、事前にプリントアウトしてください。)

 

東海北陸道へ戻る

土岐ジャンクションで中央道へ

恵那IC

恵那市蛭川

岩須荘へ

 

17日

https://yahoo.jp/y09LgS

岩須荘

岩村醸造/松浦軒

https://yahoo.jp/JeImPy

トヨタ博物館

パブリカオーナーズクラブミーテング見学

解散

 

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ホンダの過去?

先日久々に、初代のCITYを、名古屋市内で見かけた。

小さな車である。

昭和56(1981)年発売だから、38年前・・・

若かったなぁ・・自分がである。

38年前、トールボーイと云う名の通り、背は高った。

とはいえ、意外と中途半端な高さで、180センチクラスの身長には厳しい乗り物だった。

背の高さが中途半端、座席の位置は低い。

160から170センチぐらいの身長の人ならちょうど良かったかもしれない。

つまり、企画的に、若者向けを狙いながら、若者の身長を顧慮していないとういう事だった可能性ある。

広告で売った車でもあった。

名前と英国のマッドネス出てくるの「ホンダホンダホンダ・・・・」で、脳味噌には残るフレーズだった。

おかげで、若者には人気を博した。

ダからかどうかは知らないが、発売初年度はものすごく売れたみたいである。

ホンダは、軽自動車からの撤退を宣言して、売れる小さな車が無くなっていた時期であり、シビックの下位というか、入門車としてはポジション的には良かった。

ホンダへの入門車としては良かった。

若者を取り込んで、年を経る、次のステップ、収入が増える、次のステップの購買層を形成、顧客として囲い込むというか、取り込んでいくのは自動車メーカーの常道である。

パブリカ→カローラ→コロナ→クラウンのパターンである

(この通りの車歴の人が居てビックリしたことがある。最後は、セルシオ、レクサスでしたが・・)

シテイは、当時、よく見た気がする。

しかしながら翌年には人気が低下

テコ入れをする。

ターボの投入、ハイルーフの投入、再度ターボの投入・・・でも売れない。

売れないは、若者はそれほど新車を買えるほど収入はない。

親のすねかじりでも、親はこの手の車は嫌いだろう…中途半端だもの・・・

で、2代目が登場・・

デザインは、一転とういうか一新、低い車体になって、当時のホンダ路線の低いぺたーーーーーーーとしたデザインになる。

でも、売れない

全然売れない

同クラスのスターレット、マーチが無理くり5ドアを出していた。

一般家庭には、単なる移動手段と化しているが使い勝手がいいという理由でそこそこ売れていた。

初代カローラだって、途中で2ドアから4ドアを追加している。

シテイは、軽くした結果、構造上5ドア設定が出来ず、ずーーーーーーーーーーと3ドア

低いから乗り降り大変。

後部座席に乗るのは苦痛だった・・友人のこの車で、スキーに行ったけ・・・

この時、久々に、座席を倒して乗るという行為に懐かしさを感じた。

初代のカローラ、パブリカ時に後席に乗る時に椅子を倒して乗った記憶がある。

大体、おじさんのうちは4枚ドアで、別の親戚は2枚ドアはなんで?と思ったことがある。

車の大きさは1.5倍ぐらい違うんですがね・・・

ちなみに、そのころうちには車がなかった。

車買わずに、庭の造園に金をかけていた・・・

お父上は、免許なかったしね。

母は、大学時代から車に乗っていたので、車でもよかったが、庭の方がいいねという事で、昭和50年ぐらいから、車を買うお金が全部庭に化けた・・・

一体いくらかけたのか・・・私が、20数年間ヨタに使った金よリ多い・・・らしい。

閑話休題

で、シテイの失敗をホンダはデザインの所為(せい)にした。

そこで、ホンダは背の高い車は売れないというトラウマができた。

エンジン屋しかいない会社である、エンジンの批判はできない。

ちなみに、初代も、二代目も車体を軽くしたので、車体剛性は低く、ぶつかるとほぼクシャクシャになった。

二台目は、特にひどく、斜めから衝突すると、車体が膨らんでつぶれていた

シテイ以降のホンダ車は、なぜか車体剛性が落ちた気がする。

シテイ、トデイ、プレリュードことごとく、ぶつかると、ひどい壊れ方をしていた。

(当時、青竹色の新型シルビアは、もっとひどくて、ぶつかると、胴体が運転席あたりでよくちぎれていた・・・)

背の高い車は売れない・・・ので背の高い車を作ることを一切やめた。

それ以降は、ひたすら低い車となる。

低くて車体が長い・・安定はよさそうであるが、剛性は今一だった。

ワゴン車でさえ、ペタペタであった。

ところがである、スズキのワゴンRが画期的で、背の高い、乗車が楽な車が喜ばれるとわかると、そそくさと背の高い車を投入した。

現在は、軽のワンボックス…とうか軽トラックみたいなワンボックばかりになった。

つまりは、ホンダには、定見はないのである。

ホンダが、F-1に160億円投入と聞いて、経済効果よりも、宣伝効果なんだろう。

160億円は、宣伝費みたいなものである。

最近、三菱UFj銀行の融資先の自動車メーカーの体たらくが目につくのだが・・・どうしたもののだろう。

 

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いよいよ危ない日産三菱?

三菱自動車は、2020年3月期の通期の業績予想をだした。

純利益96%減(前年通年対比)

為替を利用した利益の計上も、アジア圏の販売状況も、北米の販売状況も一向に改善しておらず、奈落の底へまっさかさま感がある。

この前の説明では、FX(為替投資)で儲けて、アジアで儲けてます。

経費削って、利益確保します・・・・と云っていたはずだったが・・・

実際は、ひどい収益である。

第三四半期の売り上げがよほど悪いと見える。

日産へ車を作って納めているが、三菱の軽自動車・・・日産版は、売れてるのか?

最近見かけたことがないが・・・

日産は、すでに末期的で、スカイラインの新型は、発売後、全見なかったが、先日ようやく見ることができた。

はっきり言ってデザインは、以前のインフィニティのラインの踏襲と、マツダのデザインのパクリ

今までのデザインが、締まりのない、だらしがない車だったが、今回のニュー?は、マツダデザインの導入で引き締まって見えて、車が小さく見えた。

ただこれは、タダの乗用車であり、特別なブランド枠として販売する車としては…赤点かな。

で、三菱自動車さんは、当然の様に、収益改善を目標にする。

具体案は、人員整理・・・安直に、人員整理を考える。

仄聞すれば、犯罪を犯したうような社員を、平気で再雇用しているらしいのでまずこれを首にすべきである。

不要な再雇用者をとりあえず切ればいいと思うが・・・

(犯罪とは、会社の金で、チタン材を購入して、会社の機械で加工して、釣り用のタモを作りました。

で、自分用以外は、全部販売して利益を得ていました。

これは、いわゆる窃盗である。この社員はたんなる泥棒である。

金を返して、何とか首はつながった。

再雇用の時期だったので、当然の様に再雇用なんてされる訳はないと、会社の多くの人は思っていた。

しかし、決断しない、他力本願で、無能な部長は、「技術の伝承が必要だから」と云ってこの泥棒を再雇用した。

当然、ほぼ全員がこの犯罪行為を知っているので、再雇用が発表されるや・・・職場には失望が広がった。

つまり、泥棒でも、部長の腹一つで許される・・・

会社のコンプライアンスはどうなっているのか?

三菱自動車にはコンプライアンス(法令順守)の精神は、多分無いのだろう。

つまり会社内部統制は、法令を守る、社会常識と、社会通念上の守るべきことが、守られない状態であるから、社内の統制も利いていないことは明白である。

新聞記事では、「日産の傘下に入り、規模の拡大を進めた」・・・「人員を増やしたことが収益を圧迫」て・・・

日産の傘下に入っても、規模拡大を目指す理由はないはずである。

何のための規模拡大か?

希望を拡大したその先に何を見ていたのか?

三菱自動車の様に、4年おきに不祥事を起こして、三菱グループからは、会社全体のコンプライアンスを疑われた。

結果として、三菱重工の経営不振も手伝って、三菱グループからも切り離された。

その結果、最大の販売先だった、三菱グループと云う巨大な市場を喪失したという事実を見ての判断かどうか?

大きな市場を無くした状態で、規模拡大に走る意味が分からない。

一般のユーザーの多大な支援と云う名の買い支えがあるわけでもなく。

魅力的な車を作り出しているわけではなく。

何となく中途半端な車を作り続け、電気自動車を作っても、最初から、開発の歴史の改竄を平気で行う。

ひと昔、よく、ランサーエボリューションを見かけたが、最近はとんと見かけない。

普通の・・というか、普通の乗用車を見なくなった。

OEMのデボネアは醜悪だった。

個人的には、買いたいと思う車がことごとくない。

人員を増やしたというが、日本人はことごとく三菱日産には集まらない。

逃げる方が多い

そこで、中国人を筆頭にアジア圏の社員を増やした。

彼らは、役に立っているのか?

希望拡大をしようとした意識の根本を理解しようにも、マーケティング的にはどのような判断をしたのか全く理解できない。

最初、トヨタ自動車に助けを求めたが、ケッチンを食らいあえなく沈没。

(最近、ある施設の展示でやたらと施設の人が、「ケッチン」「ケッチン」と云うが、意味わかる人どれだけいるのか・・)

日産が、泥船という事は誰の目から見ても明らかであった。

スズキやホンダに助けを求めるのはプライドが許さなかった可能性は高い。

傘下に入って、「規模の拡大を考えた」という思考パターンが、理解できない

なんで、規模の拡大をしようと思ったのかわからない。

自社の状況を見れば、規模の拡大をする理由がないことは明白である。

一般的に「規模の拡大を考える」という事は、社会全体が景気が上向きで、人口も増加傾向、輸出も増える、社会的要求もあり、自社の顧客からは、こんな車もあるといいねと云う、希望が伝わる、会社としてもバリエーション展開を展開する必要性を感じると、車種も増えそうな予感なので・・規模の拡大を考えるというか、希望を拡大した方がよいと、経営判断をするはずである。

単純に考えれば、パブリカのセダンが出ました。

パブリカのバンの要望がありました。

パブリカのトラック(ピックアップ)の要望がありました。

小型のワンボックスの要望がありました・・・ミニエースを出してみました。・・・

という流れなら理解できる。

だが、そんな流れは今はない。

その点で考えると、日産の傘下に入る。

軽自動車の設計は合弁で行う・・設計陣は一部いらなくなる。

普通乗用車は・・・・・あんまり売れていない。

日産と被る車種がある…将来的には、かぶる部分は減らせという要求が来る可能性がある。

ランサーは、エボシリーズしか売れない。

SUVは堅調だが、パジェロは年々売れゆきが減少している。

(パジェロは、見るのと乗るのとでは大違いな車で、新車で買った客が残らない。

 新車購入した者が、1回目の車検を通す人と、通さない人に分かれる。

 1回目の車検を通しても、次の車検前には売ってしまう。

 リコールも、リコール隠しが発覚して人気が落ちた。

 小金持ちは、1年2年我慢して乗って(ほとんど乗らない状態で・・・)売却

 ニューモデルが出ても買い替え需要がない。

 同じ型ばかりのT型フォードは、買い替え需要の欲求が理解できなかったみたい・・・・である。)。

ラリーに出る余力もないので、忘れれていくブランドとなりつつある。

燃費不正で、軽自動車の売れ行きは激減

この状態で、規模の拡大に向かうというのは・・・・経営者は、馬鹿?ではないかと思う。

ドラッカーの経営学の本でも読んだらどうだ?と云いたくなる。

(大学時代、ドラッカーの好きな教授が居てよく読まされました。)

こうした状況で、三菱の打ち出した方針は、消極的な方針(当たり前)

間接部門の人員整理、車種の絞り込み

間接?

車種・・・これ以上何を減らせと・・・・全部OEMになったりして・・・

PHEVがなくなったりして・・・

電気自動車も・・・

生産ラインの見直し・・・岡崎工場ラインが二つぐらいなくなるかな?

日産の12日の決算発表が待ち遠しい

 

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思う事、説明は大切だと思う

昔、若いころ、一人で生きているという感じで過ごしていた時期がある。

「一人でも生きていけると思ってる」傲岸不遜な自分がいた。

でも友人といると楽しかった。

嬉しいことも沢山あった。

特定の友人と二人でいる時に将来のことを話あったこともあった。

でも、いつも孤独だった。

人の意見、他人の言葉、突き刺さるものはなかった。

その時に思った「いわれのない攻撃」は、自分の行動が原因だと自省するのはもっと後からだ。

自分が自分が‥自分を前に、自分を前に出せば、反発が起きる

作用反作用である。

人間は機械ではないので、どうしても、ちょっとしたことで猛然と腹が立つことがある。

ほんの些細なことである。

自分で、間違ったことをしていないとと思っても、間違ったことをしている可能性はある。

法律的正しくても、組織的に正しくないこともある。

集団的には正しくないこともある。

以前、あるコミュニティ誌に、ある集団のことが載った。

コミュニティ誌載ったから、公知の団体だといってきたときには、あきれてしまった。

彼らには、義務感もなければ、責任感もない。

ただ単に、名前を付けて、その名前を使い偉そうに人を集めて集団暴走めいたことをしていたにすぎない。

今回、試乗会の対応に苦言を呈してきたが、試乗に際して、ある人から「乗られる方には保険掛けけてある」と云われた。

それは、企業として当然の対応であろうと考える。

リスクの配分である。

思わぬことが起こる可能性は常にある。

企業の宣伝ではないがではないが、不測の事態に備えるのが「保険」である。

今回の参加費用500円は、不特定多数の人を乗せて運行する場合の1人当たりの保険料だったのであろう。

1回のイベントの保険料が15000円だった可能性はある(30人×500円)

学会の見学会に行くときは、損害保険がちゃんと掛けられる。

300円か、500円か忘れたが、それぐらいの金額だった。

リスクの配分は現代社会では当然だと思う。

1回500円の乗車の保険料が500円(と仮定して)、高いか安いか?

それは個々人の判断によるが、貴重な車、当然の様に普通では乗れない、に乗れることを考えれば安いと思う。

よく、旧い車に素人をタダで、同乗させイベントを開いている者がいる。

ユーザーを増やすための至上の行為だと云っている。

例えば、ホンダスポーツや、トヨタスポーツ、コスモスポーツに同乗イベントがあったとして、どれほど将来のオーナーになるのか?

基本皆無だと思う。

だって、高いもの。

ある自動車メーカーのユーザーを増やすための行為だったら意味があるかもしれない。

だが、旧い野蛮な車を喜んで買うのは、ある種のネジが取れた人でないと無理だと思う。

ある時、ある周年記念で、子供を載せて、走るといった時には反対したことがある。

敷地の中を走るリスクと何かあった場合のリスクを考えると、他人様を載せるような度胸はない。

基本的には安全だろう。

だが、なんかの拍子で事故が起こった時はだれが責任を負うのか?賠償金はだれが払うのか?

そういったことを考えない者は愚物であると考える。

ある集団は、その点が無頓着であった。

ついでに言うのであれば、ほかの団体でも、同乗運転をさせている。

最終的にだれが責任を負うのか?という事には回答がない。

最終責任は、明らかにしておかなけfれば、それはそれである種の不幸な結果をもたらすことがある。

その点を、全く考えず、無責任に行動する人を見ていると、「大丈夫か?」と思うことがある。

考えない人は、主催者としては不相応であり、且、不幸な人である。

今回、1日1回と書かずに、2回目の者に対して非常に不愉快な対応をしたのは、明らかに施設側の失当である。

自身の失当を顧みず、参加者を恫喝、非難するのは宜しくないと思う。

施設としては、禁止事項、注意事項は、細かく書くべきで、参加前に読ませる必要があるとと思う。

施設を借りる場合は、ちゃんと禁止事項を読まされ、チェックを求められる。

又参加費用の中には、保険料も含まれますと書くべきであったと思う。

それらを納得して参加する人は参加するであろうし、参加しない人も出てくるかもしれない。

しかし、基本的には、項目の提示、同意は、参加者への礼儀だと思う。

それが、責任ある行動ではないかと思うのだが?

 

補足的な苦言である。

ある団体には、設立をしたいと言った者には、設立当初から、グループの責任者を決めて、交通法規は守って、行事の後先には必ず予定、記録をアップしてくださいとお願いをしたが一向に守られなかった。

何時まで経つても、責任者は決めない、毎回の行事の後先にも、予定を載せない、記録も上げない、趣旨とは相違した者をどんどん取り込んでいく。

ある人から人から、(その人の目から見たら)暴走している集団が居て、某クラブの会員の車があり、コミュニティ紙の載っていた集団だと気づかれて、苦情が来た。

いつの間にか、知らない人がものすごく増えていた。

大きな会社にいて、無責任とはい言わないが、会社に守られていた者は、自由にふるまいがちである。

大きな会社の庇護のうちである程度の無責任さは許容されていたかもしれない。

しかし、小さなコミュニティで、小さな無責任だと思っていることは、小さな無責任ではない。

無責任は、通らないと思う。

責任感のない者の主催する無責任な者の集団に責任を持つ気もないし管理する気もない。

 

 

 

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残念な人たち

ある講演会の終わりしな、サインを皆さんいただいていた.

軽薄の途であるわたくしも、サインをいただきました。

現在、何ににサインをもらったかの完全に失念している、思い出そうにも思い出せない。

つまり、どうでもよかったんだと思う。

「〇〇〇いい車ですね、欲し車です。」というと

「ミニカーでも買ってください。」とお答えになった。

これを聞いた瞬間、個人的な感想であるが、「え?」と思い、次の瞬間「ムっ」とした。

これは、自動車メーカーの人間としては犬以下の回答である。

自社の車を進めるのではなく、他社の作ったミニカーを買えと・・・

馬鹿じゃなかろうかと」・・

無理と分かっていても、もう少し考えて答えろよと云ってやりたいぐらいである

実車を、もし買うことが可能でも、ぜったに買わないと思った。

こんな会場に来てる様な兄ちゃんには、実車は買えんだろうと…という軽侮の色がアリアリだった。

誰でも、初見の人に向かって軽侮の言葉を投げつけられて良い気分がするとは思えない。

悪いけれど、私は、見ず知らずの人間に軽侮されることは好まない。

その時思ったのは、中村健也さん、長谷川龍雄さんの両技術者である

中村健也さんは、個人的に尊敬する技術者である。

若い頃、ある人のお相伴で本社へ行くことがあった。話のなかで、尊敬する人ということで、話が盛り上がっていると、「先生のところの若い方だとどんな人を尊敬するのか?」と聞かれたので、おじさんから、中村建也さんは、すごい人と吹聴されていたので、

「中村建也さん」と答えると、少し驚かれて、「大主査の中村さんかね?」と

「クラウンエイト作った人です」というと

「大主査の中村さんだ。」

色々根掘り葉掘り聴かれて、

「今日、おみえになっていたかな」

と言われて、

「会って見るかね」と、言われて、本社の某所で、若手の方々と話をしているところに割り込んで、ほんの少し話をさせてもらった、大きな人で、最後に握手していただいて辞去した。

大きな手と、ぶっきらぼうな感じと、眼光鋭い人だと思った。

なんだか、偉大な技術者という感じを受けた。

いまでも、豊田喜一郎、菅隆俊さんに次いでぐらい尊敬をしている。

彼が主査を務めて出来上がった車は、クラウン、クラウンエイト、センチュリーいずれも素晴らしい車である。

なぜか、RS20,RS30、MS40クラウン、クラウンエイト、センチュリーはなぜかすべて運転したことがある。

(RS20.30,MS40は、おじさんの膝の上でであるが・・・)

クラウンエイト、センチュリーは自分で運転したことがるが、メルセデスの600Dよりもいい車だと感じた。

長谷川龍雄さんも、ある一点を除けば、尊敬すべき技術者である。

パブリカ700、トヨタスポーツ、カローラ、ソアラ(これは、コンセプト指示)良い車であり、銘記すべき車である。

航空技術者として尊敬すべき点が非常に多く、トヨタへの転職後も、流線型の計算式を発表、風洞実験を取りいれた。

トヨタ自動車工業へ、経験と勘からの脱却を促した点である。

講演をした人は、これらの人たちと比べると人間が小さく見える。

よく、今の自分は、自分の積み重ねでできているといわれる。

会社の歴史も先人の積み重ねである。

あんた一人が偉いわけではない。

なんだか、残念な人と接するたびに、自省してしまう。

自分は、どうか?

自分は、旨く積み重なっているのか?

他人は、反面教師である。

そう思う余裕が欲しいと思う今日この頃である。

20191106

20191107加筆

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不愉快な場面

前任の方は、下の方に任せて自分は表にはあまり出ず、ここぞという場面では表に出てお見えになりましたねぇ。

気さくな方で、図書館で調べものをしていると、私の存在に気が付くとそそくさと寄ってきて軽くお話をしていただきました。

今回の方は、なんでもでも出しゃばっている。

やたらと表に出たがるのは転任後半年ほどたって、やたら露出が多いのでよくわかる。

ここでよくわかるのは、自己顕示欲が強いので、前面に。

存在意義がないので、前に出たがるのかもしれない。

ついでに言うのであれば、朝、早く行くと、入り口近くの奥に大股で立っている。

お客様をお迎えするという態度ではない。

ものすぐ偉そうである。

「そっくりかえっちょる」(映画「人斬り」より)

又、気が付いていても、こちらが先に頭を下げないと、自分から頭を下げない。

初見の時に、名刺を出してきたが、こちらが名刺も持ってきていないと云うと、名刺を引っ込めた。

失礼な奴だなぁと思った。

こちらは、名刺で仕事ができるほどお気楽な仕事はしていない。

基本的に名刺なんか仕事では使わない立場である。

研究学科会で、別の施設の方を先生に紹介された時に、名刺の持参を忘れていたので、その点を謝罪すると、戦前の名古屋におけるの自動車産業の研究についてのご高名ははかねがね・・と云って、自分から名刺を渡してくださった。

ある意味、変に有名かもしれない・・

名刺を出されて、引っ込められたのはこれが初めてです。

非常に不愉快でした。

子会社の人にはものすごく偉そうに接しているのを見ると、なんだかなぁと思う。

部下職員に厳しい態度の人が偉いなんて誰も思っていない。

厳しい態度なんて続けると、パワーハラスメントと云われてしまう。。

世の中には、よく仕事に厳しい人といわれる人が居る。

自分に厳しく、部下にも厳しいなら別段構わんだろうと思う。

多くは、自分には甘く、他人、部下には厳しい人が多い。

上司が、仕事の要求を厳しくする場合、部下を鍛えていると云う人が時々いる。

これは厳しい言い方だが、昨今はこれを、「バカ」という。

単に、難易度を上げるだけは、人を見ていない証拠である。

本当に組織の事を考えて、部下を育てる為には、まずその人の能力を測定するところから入るべきである。

自分のより性能が良い人物が来たら、基本を教え、発展形を教え、あとは質問を受けるパターンでもよい。

新入生なら、基本を教え、基本的な思考パターンを教え、単純な訓練の繰り返し、徐々にスキルを上げていく。

自分と同じもしくは、自分よりも良い能力を持っているのであれば、それを伸ばせるように教え導くべきである。

しかし、多くの場合は、教育と云う意味が分かっていない。

教え導き育てるのが教育である。

いきなる難しい仕事を投げる奴は、基本的に何も考えていない場合が多い。

多くの場合は、単に自分が楽をしたい、自分の思い付きをただ単に投げてみる、様子を見てみる。

そうして、ダメだったかぁで終わる奴がいる。

これは、うちの本店の幹部に多い。

反論する奴は許さない。

しかし、許さないと言われても、自分が泥をかぶる理由は無いので、反論すると、陰に陽にイジメのような人事を投げてくる。

壊れそうである。

前から書いているが、私は、あなたの部下ではないし、あなたの友人ではない。

私があなたに頭を下げるのは、あなたの役職に頭を下げているだけである。

あなたが、人格的に優れていれば、プライベートで友誼を結ぶことも可能ではある。

しかし、自分の職場内での偉さは、社会的地位と称するものとイコールだと思っているなら大間違いである。

自分の会社の名称を外して、あなたに社会的地位がありますか?

あなたには友人と呼べる方は何人いますか?

会社の名前を外して、あなたを尊敬してくれる人はいますか?

あなたの知識知恵を動員して、対話ができますか?

私は車バカかもしれないが、いろいろな方面の勉強は日々研鑽的におこなっている

バカみたいに本もたくさん読み。

絵画も見て、絵も描く。

写真見て、写真も撮る。

映画も見て、詩を読み、漢詩をひねり、吟ずることもある、俳句を読み、宝塚も見て、歌舞伎も見る。

なんでも興味が沸けば、調べて読んで、読んで読み捲(ま)くる。

こうして、半世紀生きてきた。

私自身は、他人様から

「この人を見よ」「この人の生きざを」

などと、言われることはない。

だが、人として、愚物(ぐぶつ)に打擲(ちょうちゃく)される云われはない。

だからこそ、下手に出てゐれば何もをしてもいいという事ではないという事を肝に銘じていただきたと思う次第である。

 

私は、一般的な神は信じていない。

私は、森羅万象の神を信ずるのみである。

私は、常にそれらの神とともにあり、神とともに進むのである。

神は、わが手に、両肩に、おわしますのである。

 

 

 

 

 

 

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不愉快な話

ある車の試乗イベントへ参加した。

ふるーい車、二台に同乗させてもらうイベントであった。

午前と午後の試乗であった。

有料である

午前中は9:30から受付、料金500円

午後は、13:00から受付、料金500円

沢山の方に乗って欲しい欲しいという趣旨はよくわかる。

午前中は、20分ほどで、定員30名が埋まった。

最初、大古車、次が、半世紀以上前の車。

1世紀前の車は、30年前に、原産国で、かつて、乗ったことがある。

それは、ベアシャーシに、椅子だけといういで立ちだった。

当時、野蛮な車だが、面白い感じがした。

今回の車は、不思議な形式のセダンであった。

乗って(載せてもらって)、本当に楽しかった。

久々にわくわくした。

半世紀前の車は、別の施設で、タダ(←ここ大切)で、何回か試乗しており、昔、叔父の家にもあった車だったで乗るとと云うか、乗せてもらうといいい感じであった。

別の施設の試乗は、午前午後乗っても、何も言われなかった・・・・

 それに、乗りたい人の数は半端なく多かったが、特に2回はダメとは言われなかった。)

で、友人3名で、大興奮状態で、もう一回乗りたいねという事になった。

別段、注意書には、「一日の二回乗車はご遠慮ください」とはい書いてなかった。

で、13時開始の受付を待つために、12時5分から受けの机の前で、友人四人と待っていた。

12時55分過ぎても、定員30人には程遠い人数しか並んでいなかった。

受付が来たのが、12時55分

私たち4名は午前中乗ったことを周知の人が来ていたが、午前中乗った方は、ご遠慮くださいとは言われなかった。

受付の紙が出された。

午前中乗った方は、ご遠慮くださいとは言われなかった。

責任者が、来る迄待ってのと云われた。

12時57分責任者が来た。

受付けが、開始された。

友人と二人名前を書いて、お金を払った。

すると、責任者の方は、目が吊り上がりにらむ目つきで、

「沢山の方に乗っていただきたいので」と云った

こちらが、

「じゃあ・・・」と云うと

「次回からはご遠慮ください」

目は、吊り上がり、完全に睨む目線で、めちゃくちゃっ厳しい口調で言われた。

だったら、金を払う前に、

「誠に申し訳ございませんが、午前中の乗られた方は、ご遠慮願いませんか?」とか

「次回からは、一日一回でお願いします」ぐらい言えればいいのであるが、どうも、そういった言葉は選択肢としては出てこないらしい。

技術屋上がりに多い、対人的な対話ができない人かもしれない。

この人の変なところは、物言いだけではない。

職員全員は、普通にそこの施設名の入ったスタッフと書いた上着を着用。

責任者の人だけ、以前の職場の上着(ブランド名の入ったジャンパー)?を着ていた。・・・

これを見つけたのは友人で、なんだろうね―あの態度という事になった。

 

なんか、本籍は、前の職場で、現在の職場は、腰掛だとでもいいたいような雰囲ありありである。

自分は特別だったと言いたいのか?

受付終了まで、近くのソファーで見たていたが、13時20分までせっせと、客引き

若者4名が通りかかってキャッチ

13時25分で、受付撤収

私ら4名は、受付終了後、玄関ホールの椅子に並んで雑談モード

「沢山の方に乗って欲しい」という趣旨はよくわかる

午後の部が、30人以上待っていれば、当然の用意、撤退したであろう。

が、30人には程遠い人数しか並んでいなかったので、受け付けを待つモードだった。

「次回からは、ご遠慮ください」という物言いが、非常に不愉快な物言いであった。

この方の思考は、「自分が、言ってないこと、指示書で書かなかったことでも、下の身分(部下)の者は、忖度して行動しないと怒るタイプ、つまり、自己中心型パワハラ体質だという事が分かった。

云っちゃ悪いが、客商売向けではない。

元の部署も、本当に必要な開発者ならば手放しはしないだろうと・・・・

別の方面から、パワハラ体質だから気を付けるべきだよと云われていたので・・・気を付けるべきだった。

で、再度の試乗に臨んだが、なんか針の筵モード

最初の車に乗せてもらって、何となくいたたまれなくなって、撤収

2回目の乗車証は、友人3人と私のものを、その辺で、モノ欲しそうに見ていた夫婦と、夫婦で一人だけ乗って、奥さんが取り残されいた奥さん、家族連れの車を一所懸命見ていたお兄ちゃんに1枚づつご進呈して撤退・・

カフェで、雑談モードになった。

話の中で、こんな事、書くと正義君が出てきてさー

というもあった

なんか不愉快な終わり方をした一日だったなぁと。

20191104

20191105加筆訂正

 

 

 

 

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三菱と日産が哀れ

日産は、子会社には偉そうである。

上から目線でモノを言う。

考えを押し付ける

その癖に、世界の大手のサプライヤーにはへこへこする。

ボッシュとかね・・・燃調が不調でも、ボッシュさんのやることには間違いがありませんから・・・

バカを通り越して、何ともなならないレベルという事がわかる。

小さな土建屋の社員の日ごろの態度を見ているようである。

元請けにはへこへこ、元請けの外注(大手)にへヘコヘコ

下請け、外注には、ものすごく偉そうに無理を言う。

そんなことできませんと云うと・・・次から使わんぞとくる・・・・これは、親会社の悪い態度の伝搬である。

見ていて、下請法違反で訴えたら?と云いたくなるような話が多い。

三菱自動車は、開発関係で悲惨な話が聞こえてきた。

部内で、金がないので、年度当初決めた予算配分を見直して、予算の一部返却するように命じたらしい。

一律ではなくなくて各部の実情に合わせて?という事らしいが・・・聞いたことがない。

これも、期末に向けた黒字の確保の為らしいが・・。

三菱自動車の長期販売戦略は、四輪駆動車と電動車(純然たる電氣自動車)が、これからの売りだそうな・・・

ラインナップ(国内)をみてみると

四輪駆動車・・・

 アウトランダーPHEV(400万ぐらいから)、普通のアウトランダー(300万円弱)、エクリプスクロス(260万円ぐらいから)、RVR拡大版)、RVR(220万円ぐらいから)

 総じて高い🎵

ミニバン、

 デリカD:5(大まかに4車種、250万~420万円・・・ガソリン仕様は、旧顔・・)

入門車輌になる価格帯ではない。

コンパクトカー 

 デリカD:2 (二種類 185万円台から・・・)ミラージュ(タイ生産額輸入車140万円から)、ⅰ-MIEV(300万円から・・・)

チョット要らんなぁ

軽自動車 

 EKクロス144万円から、Ekワゴン 132万円から、ekスペースカスタム(165万円から・・ekスペース 134万円から、タウンボックス(171万円から・・鈴木のOEM)

商用車 

 ミニキャブミーブ(180万円から 電気自動車)、ミニキャブバン(98万円 スズキのOEM)、ミニキャブトラック(88万円から スズキのOEM)

(上記は、2019年11月2日現在の三菱自動車のホームページを参照した。)

売りのはずの純然たる電気自動車: I-mive、ミニキャブ・ミーブの二車種

四輪駆動車SUV 4車種・・

20車種中3車種はスズキのOEM

純然たる自社生産(海外生産を含む)で行けば、残り17車種・・・

電氣は、17分の2:11%(OEMを含むと、20分の2:10%)

SUVは、17分の4:23%(OEMを含むと20分の4:20%)

電氣とSUVで、35%(OEM含むと30%)・・・・

三菱自動車が主流と主張する「電気自動車」と「四駆」・・・で行く割には、選択肢が少ない。

PHEVは、一車種のみ

云っては悪いが(悪いとは思っていないが・・)、グットデザイン賞・・・もらった割には・・・奇をてらったデザインだなぁと・・・

賞をもらったからと云って、これらがよく売れているかと云えば疑問である。

新型I-mive(実は、現行のアイミーブは新型である)は、電気自動車なので、地域によっては、補助金がもらえる。

補助金は、地域によって差がある。

岡崎市5万円、刈谷市最大で30万円、豊田市15万円プラスアルファ(設備費補助)。

エコカー減税で、取得税重量税はタダ(というか、減税)がある。

三菱の社員の人は、通勤用に買っているらしい。

(少し前に、旧いアイミーブにぷじょ―、シトロエン版があると聞いて、一瞬買おうかと思った(←バカ)。

 フロントバンパー部分をプジョーかシトロエンのパーツに交換して・・・乗ると・・・フランス車(←間違い)オーナーになれる。

 と思って、アイミーブの中古車を結構探してみた

 電池が、○○製のはダメよ・・・とか聞きつつ、中古車の情報を見ていた・・。

 で、先日も書いたが三菱岡崎工場へ云った瞬間・・・・赤と白のアイミーブが・・・ゾロゾロ・・・

 まだ単色なら許せたかもしれない・・・でも、ドアのツートン・・・並んでると、気味の悪いロボット甲虫が並んでいるように見えたので、即、気分が萎えた・・・・

 気味悪いデザインである。

 丸い車は好きである、でも、なんか気色の悪い車に見えた・・・ので、購入計画は瓦解に帰した。)

 

閑話休題

 レパートリーは、・・数車種・・・程よい大きさのがない・・・国内向けの中型小型がない

 程よい、普通乗用車がない。

 ランサーがないのが痛いのでは?とか思う。

 軽自動車のユーザーが、ミラージュに行くかと云えば・・行かない。

 軽自動車のユーザーは、ミニバン、SUVに・・・絶対に行かないと思う。

 小型車のミラージュから・・・ミニバン、SUVに行く人が居るとも思えない・・・

 ラインナップが穴だらけでありながら、昔のイメージ的なラインナップを維持している感がある。

 軽自動車の使用者のルーチンは、道具としての自動車しか買わない層であるから道具として使うだけなので、ぐるぐる回るだけである。

 上位車種に行くことは100%ないので、顧客の確保という点では、たぶんいいと思う。

 不祥事がなければね・・・

 普通乗用車がないので、個人の普通車ユーザーが居ない。

 以前のユーザーの大半が三菱関係者であったことは周知の事実である。

 このユーザー(無理やり買わされていた)層は・・・・どこへ流れたのだろう?

 トヨタ?、マツダ?・・・・日産?・・・・・ホンダ?

 三菱航空機の駐車場は、以前はほゞ100近く三菱車だった。

 現在只今の状況は・・・三菱車は、ほとんど見られない・・・

 つまりは、三菱自動車は、三菱グループから放逐されて、日産の子会社化されてから、三菱車を買う層は激減したという事実があるが、どうもその点を直視していない傾向がある。

 三菱グループ勤務の友人曰く、無理やり三菱車を買って居た人は、即やめたそうである。

 (友人は、一番安い軽自動車を買って、会社関係のところへ出向くときは、三菱で・・・普段の家族使いはトヨタでした・・・理由が、使い勝手が悪い、燃費が悪いので、買いたくなかった。トヨタ車は、奥さん名義で買って居た・・・)

 電気とSUVと云いながら、半分以下の割合でしかなく、しかも、エクリプスクロス、RVRの売れ行きはものすごーーーーーく悪い。

 ラインが維持できるかどうかの瀬戸際らしい。 

 生産ラインの維持ができない程生産が落ち込んだ車は整理対象だと思うが、それさえ思い切れない。

 開発費の回収ができてないから決断できないか、ラインの維持をしないと、生産規模の維持ができないと考えているのか?

 外注に出している、アウトランダーを戻して、維持できないを外注に出すの・・・外注が困るよね・・・坂祝の会社が・・

 大体、軽自動車を除くと、SUV、ミニバンがものすごく大きい・・・

 国外向けの車輛は、大きすぎて、国内投入ができない。

 現在の三菱の収益は、東南アジアの市場と、為替等の投資らしい。

 自動車会社なんだから・・・新車種を・・・投入すれば・・と云っても開発予算がなくて無理ぽいのである。

 日産と三菱が、合併したら、ラインナップの補完ができるなぁ・・・・

 ルノーは・・・日産はいらなくて、三菱が欲しい口かも知れない・・・

 ルノーと三菱ならラインナップの補完ができるような気がする。

 その前に、日産は、子会社を売り飛ばして、上納金を吸い上げられて、ルノーに吸収される。

 ブランド名だけ残り、厚木の本社が無くなって、国内の工場は大半を閉鎖。

 三菱自動車は、ルノーの完全下請けとなって、電気自動車、SUV専門メーカーになる。

 国内工場は、外注車輛メーカへの発注中止、国内工場の整理・・・

 三菱グループから、三菱の名称、三菱のマークの使用権をはく奪されて、ルノ―車体とかになったりして・・・

 (ここまで書いて、三菱、日産、そうして、ホンダに、明るい未来があるのか?という悲しい気持ちになる。

  今日の文書も長かった・・・)

 

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胃が痛い

先日、犬にかまれて以来、どうも調子がよくない。

胃炎の様である。

医がキリキリと痛む。

これは、ここ数年、年を食うにしたがい、神経的に参ると、胃が痛くなる・・・大体、2週間ほどしてからですが・・・神経胃炎ではないと言われましたが・・・

わんこの噛み痕は、表面上は、かなり修復されましたが、筋肉が断裂しているので、触るとまだ痛いです。

わんこ、いよいよボケボケモードでやたら噛んできます。

気に入らなと、飛び跳ねて、手を狙って噛んできます。

甘噛みではなくて、本気噛み、宙で、閉じた歯が音を立てます。

ちょっと怖い。

でも腰がよれよれなので着地すると自重でコケます。

段差があると、前足つけず、顔から落ちていきます。

歩道と、車道の分離帯は、飛び超える時と、着地に失敗してコケることがあります。

どうも、歩いていてもよれよれで、もう短いかなと感じております。

 

 

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ルノーの終焉?

フィアットクライスラーグループとプジョーシトロエングループの経営統合には笑った・・・

ルノーは焦っているだろう・・・

フィアットに、プジョーシトロエングループが飲み込まれるモードなんだろう。

ルノーは、フランス政府の意地汚い路線で先行きは、不透明

最近、日産と経営統合すると主張したのは、何か裏があるとにらんでいたが、フィアットグループからケッチンを食らっていたのだという事が分かった。

日産からの上納金がないと、収益の2から3割が無くなる。

日産は、すでに金生むの卵を生む雌鶏(めんどり)ではない。

既に、卵産めないほど疲弊している。

経営方針定だまらな、社内のコンプライアンスは、又壊滅しつつある。

新車の開発予算がない、設計する人が居ない。

三菱への丸投げ開発で作った車のシステムを、自社の技術と云いい切る低脳さ。

三菱も新車開発が止まっている。

日産からの開発関係は、エクストレイル(アウトランダーの皮替え)が終わったので新規がない。

日産自体の資産は、タコの足食いでどんどんなくなり、ゴーンの作った新工場を売り飛ばさないと会社の運営資金、借金が払えない可能性もある。

日産が、ルノーと経営統合されると…三菱はどうなる?という感じがする。

ルノーの子会社なった場合、「三菱」の名称、「三菱」のマークが使えなくなる可能性がある。

それに、自衛隊関係の仕事は全部なくなるだろう。

四分の1トン車は、全部トヨタのランドクルーザーの軽量版に替わるのではないか・・・

すると・・パジェロ製造は・・・という事になる・・

ここへきて、ホンダは?という気がしてきた。

ブレーキの問題で、Fitの発売まで延期されたが、どうも電動パーキングブレーキ部分の一部を除外して生産販売を行うという話で事であるが、これで、ホンダの予定販売台数は、「がた落ち」になる可能性がある。

そんな不完全な車要らないでしょう・・・新車からリコール対象かもしれなかった車なんて・・・

「要りますか?」と聞いてみたい。

そこで、日産、三菱よりも、ホンダが危ないのではないかと思うのである。

本田技研の車は、ものすごーく高い軽自動車で、何とか販売台数を稼いではいるが、普通車は、ほぼ皆無である

新型NSXは、販売店の駐車場にあるのを1度、高速道路で1度しか見たことがない。

レジェンド・・・・先日久々に見たが、その車は20年前のモデルだった。

F-1のエンジン開発160億円は、ホンダの今後の車づくりに必要か?

昔なら、潤沢に費用を使っても、将来につながる技術だからと云えた・・・

現在只今、F-1のエンジン開発は、将来の技術につながるか?

CASAの開発を、GM、子会社に任せきりでいいのか?

何となく不安になる

「重いボデイの重いけど最高のエンジンの車」(ホンダスポーツ)と「軽いボデイにダメダメエンジンの車」(トヨタスポーツ)と、どちらが良いか。

私は、ご存位の様に、軽い車体にダメダメエンジンでが好きな人である。

高性能エンジンが重くなるのは仕方がないかもしれないが、重いという時点で、馬力を喰われるのでその分軽くすべきという意見が出るのは世の常である。

ホンダも、ニッサンもその辺は、重くて高性能なら問題がないと言いうスタンスは同じである

エンジンと同様に会社も沈んでいく気がするのは私だけだろうか・・・

 

 

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ホンダはどこへ?

あなたはホンダが好きですか?

以前どこかで、こんなことを聞かれたことがある。

マクラーレンホンダ(F-1)全盛のころである。

即座に、「嫌い」と答えた気がする。

「なんで?」みたいな感じで聞き返されたので、「デザインが嫌い」

ホンダシテイ(初代)は衝撃的だったが、どうも好きになれないデザインだった。

二代目も、金持ちのボンボンが乗っていた。

デザインは・・・・凡庸

トウディの拡大版・・・

プレリュードが大人気で、「赤いプレリュードを一日に何台見たら・・・・・・」なんて話もあった。

別の超然たる金持の子は、きれいに拭き込まれたシルバーメタリックのMS40クラウンに乗っていた、理由が、家にあるから・・・である。

成り上がりの金持ちと、延々と続く金持ちの差はこんなものかと思った。

MS40いい車だなぁと再刷り込みがあった。

叔父さは、クラウン8だったので、MS40は、クラウンエイトの小型版だと思った。

クラウン8借りてその子のうちに行くと、お父さんが、クラウン8か、懐かしいなぁと云っ居たので、その子とお父様とお母様を乗せて食事につれていった・・(連れていかれたんですけどね・・・)

全部電動で・・窓が電動と云うのは、なんだか、アメリカの車みたいと思った覚えがある。

(そのころ、三菱への悪感情が芽生えたのは、ランエボ(初代)に乗っていた友人が居て、運転させてもらうと、リアのトランクションの全然かからない変な車だったからである。ジープもひどかったしね・・・)

閑話休題

ホンダが経営不振の時に、三菱銀行の主導で、三菱自動車と合併を画策したことがある。

これは、体質的な差と、様々な原因であっさり流れた。

今回、ホンダのサプライヤーと日立系のサプライヤーが三社合併することになった。

云うまでもなく、日立は、日産系列サプラィアーだったが、ゴーンに切られた。

ホンダは、沢山部品の供給を受けている。

新聞は、CASA対応で巨額の資金が必要と書いているが、部品メーカーの資金レベルでできるのか?という疑問がある。

現実は、ホンダ本体の資金的な問題もある可能性も高い。

タカタの問題で、回収できない可能性の高い未収金が隠されている可能性は否定できない。

ホンダも資金繰りが悪いので関係会社を売り飛ばした可能性は否定できない。

ホンダは、孤高のメーカーと云われているが、正直言えば、だれも組みたくない会社である。

「技術研究所」

ここから出てきた設計には誰も文句が言えない。

20年か30年ぐらい前だったか、「トヨタとホンダが合併する日」という滑稽ムトウを通り越した、愚作があった。

表面上しか見ない、自称経済評論家が書いた本だったような気がするが、その本が見当たらなくて(管理が悪い)うすら覚えである。

トヨタの社長が、本田宗一郎に合併を申し込むというシーンで始まった(と思う)

トヨタの社風、ホンダの社風

その時までの会社の立ち位置をよく知っている場、こんなものを平気に著述販売する愚行を犯すはずはないのである。

言い草は、「ありえないから・・・・」書いたみたいな感じである。

ホンダは、本田宗一郎の個人の会社のイメージが強い。

本田さんが、亡くなってからは、じり貧・・・個性的とはいえ、変にぺたぺたしたワゴンは、背が高いとやたらと乗りにくかった。

ホンダは、ホンダのファンのために車を作ると、一般の人が買わず。

一般の人向けに作ると、ファンという名の固定客が買ってくれない。

一般向けを狙うと、同クラスと比べるとものすごく高い

修理代も高い・・・買うとき高くて、ランニングコストも高い、ついでに燃費も悪い・・・

普通車は売れなくなるよね、あたり前だけど・・・・

長期低落傾向の歯止めがかからなくなり、結局、軽自動車のメーカーに逆戻りした。

ホンダの長期低落は、創業者、その一族が会社に不在で、雇われ社長しかいない。

従業員の一体感の中心点がない。

それに、昔の栄光を追う気持ちが強すぎる。

マン島TTレース、初期のF-1は伝説である。

第二期は、エンジンサプライヤーである。

現在は、エンジンサプライヤーとして参加して、F-1用のエンジン開発に多額の資金を導入して、血道をあげるとすでに発表している。

エンジン開発して、現在の販売に結びつくのかと云えば・・・日本では、まず繋がらない。

F-1は、優勝しなければ意味がない。

高校の投資効果としては、100か、0かである。

欧州のホンの一部が、売れ行きに関係があり、販売に結びつくかもしれないが、基本は関係がない。

トヨタは、F-1から撤退をして、モータースポーツには広く浅くスポンサードをした。

全世界的な販売網への影響を構築するためには、広く浅く参加し、多くの目に触れ、少しづつ勝つ様になった。

トヨタのF-1撤退は、モータースポーツファンから見れば、噴飯ものであったが、自分たちが気に入らないからと云って「否定、攻撃する」のは間違っていると思う。

この手の人たちは、狭い度量で、狭いフィールドでしか話をしない。

ホンダが、F-1につぎ込む金をほかの事につぎ込むべきかと云えば・・・それはまた話が違う。

ホンダは、構築された「ホンダらしさ(?)」を維持するためには、一定量の支出をしなければならない。

それが、F-1への参加であり、エンジンの研究であろうとは思う・・・

しかし、今そんなことをしてる場合か?

CASAに金をつぎ込むためには、サプライヤーが合同して規模を大きくして・・・・

つまりは、悪いえば、ホンダは、自社での開発よりも、自社より小さな会社群をまとめた会社に開発を願いする?立場という事になる。

一部では、GMと組んでいる部分もあるので、GMにおんぶで抱っこモードなのかもしれない。

悪く言えば、ホンダは、自動車メーカーとしては、ニッサン、三菱よりも先に詰まれる可能性がある。

 

 

 

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