« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »

今日の一日

今日の一日
昨日、小僧さんが胃腸かぜになったことが判明したので、薬局へ消毒用のスプレーを買いに行くと…ない・・・エタノールもないと言う・・・当然の様にマスクはない。
スーパーに行くと、トイレットペーパーがない・・家庭用の除菌スプレーもない・・・
で、中東時代の事をふと思い出した。
アルコール度の高いウオッカがあるじゃないかと・・・(←バカ)
ロシア人(笑)の持ってたウオッカアルコール度数60%で消毒したことを思い出しつつ
スーパーで、探すと、販売されているのは、最高で40度、大日本果実の製品が安くて透明で、量も普通で、「ま、いいかぁ」で買う
家のアルコール除菌のスプレーの残量が少ないので、苦肉策である。
ほどよいアルコール臭である。
アルコール度数が60%超えると、ノーテンに突き刺ささります。

(ウオッカを、完全な除菌に使えるという事ではないので、簡単な軽い除菌に使える程度と考えて欲しいです。もし使うのであれば、自己責任でお願いします。アルコール以外の成分もあるわけですから、ウオッカで洗った後に軽い水洗いをお勧めします。)

で、料理酒、みりんを除いて、50年振りにふつーのアルコール飲料がうちに来た。
コップにとって洗っていたが勿体ないので、100円ショップで、スプレーボトルを買ってきた。
移し替えて、何でも台所で作業をするときはスプレー・・である。
いつもは、金曜の夜に、模型屋に行くのだが、おかげで、模型屋には行けず・・
仕方なく・・と云うかも模型の雑誌が来ているので、珍しく朝から土曜日に行った。
雑誌を買い、どーでもいいような模型を買い・・話をしていると、お友達から、某施設の見学ができるよと…というご連絡が入った。
よろしくお長居しまーすと、頼んでおいて。
帰りかけると、ご友人からお父さんが、各務原航空宇宙博物館で行われている研三機のパンフレットを買ってきて欲しいと言われたので、そのまま高速に乗って、各務原まで行き。
冊子を買って・・・名古屋までとんぼ返り。
そこのうちまで届けて、お昼をごちそうになり、今度は、2時から家での立会があるので、再びトンボ返り・・・
機械の交換は、30分で済んだので、ペットボトルのお茶を差し上げて終了。
雨降ってきて、ふと、庭を見ると、うちの老犬「柴之介(仮名)」が裏木戸の方を見て座っているのが見えた。
親が出かけたので、帰宅を待っているらしい。
腰が砕け気味なので、横座りみたいな恰好で、雨の中待っている。
小屋の方に呼ぶと、ヨレヨレと歩いてくる。
お菓子あげて、頭撫でると、うれしそうにしながら、大あくび・・・
この子先は短そうである。
まだ歩いているからいいけれど、散歩の距離は減り続けている。
そんなこんなで、一日が終わった・・・まぁ、今日は何も書いてないんですがね・・・本大本当は、文章纏めなきゃいけないのにねぇ・・・
トイレットペーパーを買い占める奴の気がしれないし。
中国人が、マスクを買い占めて、高額転売しようと思ったら、転売ができなくて、何万個ものマスクが、ブルーシートをかけた状態で外に放置されているという。
本当に、買い占めて、メルカリや、オークションで売っているやつがものすごく多いのだがどーなんだと思う。

 

100円ショップで、トイレットペーパー2ロール100円で売っていたが・・・これもはるかに高い、12ロールで、300円ぐらいで普通売っている。ほぼ倍である。
聞くところによると、インスタントラーメン類が枯渇しているらしい。
スーパーの棚には無いようである・・さすがに激辛はあるかと思えば・・それさえない。
どーなんだと思う。

 

ご友人の家で、トイレットペーペーある?と聞かれる始末・・
デマを信じて買う奴も買う奴であるが、デマを新聞がわざわざ書くから、余計に買うバカいる。

 

| | コメント (0)

おはなしのついで

おじいさんの別荘の話好きですと云われたのでちょっと(その実、かなり)嬉しい(←単純馬鹿)。
こんな話である
http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-ad1491.html

実際にあったを基にしている。
別荘があったことは事実だ、又、記念館として長らく残っていたことも、市町村合併で一気に無くなったのも事実。
別荘がなくなる前に何度か訪れている。
丁度勤務先の関係で、その近くをうろつくことがあったからである。
〇〇町史を読んでいたら、戦後の町内にあった医院の名称が出ており、祖父の病院名もあった。
また同町内のある方と話をしていたら、〇〇という病院がありましたか?
と聞いてみたら、戦後名古屋から来た先生がそんな名前だったねぇと云われて終わった。
町はずれの人なので覚えていなかったようである。
開業していた期間が短かったので、あまり記憶に…と云うか、40年前の話を聞いてもしょうがなかろうという気分になったことを覚えている。
昔、その村から見ればはずれの町と隣の村境の川べりに、ライ病の家族が住んで居る家があったと聞いたことがあったので、その町の素封家だった当主に聞くと、声を潜めて、「あんた、なんでそない事、知っておる。」と云われた。
「いや、ライ病の家族がいるけれど隠していたらしいですね」というと、
「なにがききたい?」と云うので、
「なんで隠したんですかねぇ」というと
「そら、一族の恥やろう」と真顔(まがお)で言われた。
「普通住んでいることさえ難しかったと思うんですけど・・」と単調な口調で聞くと
「あれは、流れもんの子供をはらんだ娘から生まれた子じゃが・・・」と云いながら黙った。
カマをかける気になった。
「そう、苗字は・・・」
「うちと同じじゃ」
「ああ、それで」
「そうじゃ、誰にもばれなんだが、○○先生に往診を頼んだらばれた。」
「なんで、往診でばれたんですか」
「部屋の中が、クレゾウール臭いと言ってなぁ」
「消毒液ですか?」
「そうだ」
「あなたの何にに当たるのですか?」
「その子は、姪じゃ」
「ああ、それで、その子は?今どうしているのですが?」
「最初の往診を頼んだ時の病気は程なく治ったが、次の冬にインフルエンザ罹ってからは、往診を頼んだ時には、もう手遅れで、肺炎で数日を経て死んだ」そういいながら涙ぐむ姿は、ひどく小さく見えた。
 で、遺骸は?と聞くと、「町の火葬場で燃やしたが、離れ屋と呼んでいたその家も、翌日、燃やした。
〇〇先生は、消毒をしたらよいと言ったが、ほかの人も知っておるので、風のない、春の日に燃やした」
そうして、こちら見る目は、座っている。
「〇〇さん、あんたは、〇〇先生と名字が同じだか縁者かね?」
「孫ですね」
深い、吐息をついた。
「〇〇先生には世話になった。
夏とか冬にお見えになった時には、要挨拶に見えた。
よく、お嬢さんのお子さんを連れて来ていたように記憶してます」
ニコリ笑って「その孫です」
「そうでしたか‥いやお懐かしい」といいわたので、「お手伝いさんで、「みっちゃん」と呼んでいた子が居ましたけど・・あのお姉さんはどうしてますか?」と聞いてみた。
「よくおぼえていますねぇ」と云いながら、
「ミツヨ、です、光の代と書いてミツヨです、ミツヨは、私の妹です。」
ちょっと驚いて「ええ・・・そうなんですかぁ」。
「その頃、出戻りでしたので、家に居づらかったようで、いろんなところへ働きに行ってました」暇なときに手伝いにと云われて、○〇先生が来たときだけおさんどんのお手伝いに行ってました。」。
「今はどうされていますか?」と聞いてみると、隣の家に居ますと云う。
再度嫁した後で、交通事故に遭い、少々頭と、体が不自由になったので、再び出戻ってきているという、それにその頃は、今で云う、アルツハイマーが出ていたようである。
呼んでもらうと、随分と年を喰ったみっちゃんが出てきた。
顔尾見るなり、「先生には、あえましたかぁ」と云われた。
素封家の当主が、「○○先生のお孫さんだけど覚えているか?」と聞いたが、
「この人、ぼっちゃんではねぇ、清先生はご在宅ですか?て来たひとだよねぇ」という
当主が、「この人が、お孫さん」というと、じーつと穴が開くほど眺めてから、「ああ、お嬢さんのお子さんね」と云ってから、黙り込んで、ポツリと言った
「夕方、急に尋ねてきて、家のもんだけど、先生は居るかって聞いて来た人が居た。
 三時過ぎに家を出て、5時過ぎの汽車で帰ると言っていたので、今なら間に合うといったけど、間にあったか心配になっていた。と語ると、笑い出した。
「こんな大きい孫はいねぇ」と云って笑った。
ちょっと怖かった。
そんなことを聞いたことを思い出しながら書いてみた。

 

| | コメント (0)

大人げないことを、大きなおこちゃまが書いてみる。コロナウイルスについて。

「僭越なことを書かせていただきます。」という書き出しで以下のような文章を書いた。

「現在、武漢ウイルスへの簡易な検査法はございません。

インフルエンザの検査の用意数分でわかる検査キットございません。

非常に面倒な検査方法があるだけです。

どこでも誰でも、簡単にできる検査ではありません。施設設備が必要な検査方法しかないことを知ってください。

検査方法のマニュアルを張りますので読んでください。

https://www.niid.go.jp/.../lab-manual/2019-nCoV20200225.pdf

5時間以上かかる検査です。

よく考えてください、このような検査を大々的に行うことが可能か?

ただの保健所にそのような検査施設があるかどうか。

区役所に付属の保健所でできるかどうか?

エボラ出血熱の時は、検査結果が出るのは3日間かかりました。

対BC兵器の開発を行わせなかったのは、野党の方々です。

政府を責めることは意味がありません。

今は、自己防衛の時です。」

と書いたら、ある爺さんは、今回の新型ウイルスについてインフルエンザウイルスとの違いが理解出来ていないと述べる。国立感染症研究所のホームページを見ろよと云いたいが、当たり前だが読んでもいない。

基本的には、ウイルスの種類が違うと思えばよい。

公的な機関の記事では以下の様に紹介されている。

コロナウイルスは、発熱や上気道症状を引き起こすウイルスで、人に感染するものは6種類あることが分かっています。そのうちの2つは、中東呼吸器症候群(MERS)や重症急性呼吸器症候群(SARS)などの、重症化傾向のある疾患の原因ウイルスが含まれています。残り4種類のウイルスは、一般の風邪の原因の1015%(流行期は35%)の占めます。

 インフルエンザ(influenza)は、インフルエンザウイルスを病原とする気道感染症であるが、「一般のかぜ症候群」とは分けて考えるべき「重くなりやすい疾患」である。

流行が周期的に現われてくるところから、16世紀のイタリアの占星家たちはこれを星や寒気の影響(influence)によるものと考え、これがインフルエンザの語源であると言われている。インフルエンザは、いまだ人類に残されている最大級の疫病である

 この爺さんは、テレビの情報しか知らないようで、このように語る「発病の症状で違いがあるとも思えない」・・・意味不明である。

テレビの馬鹿な解説しか聞いてない証拠だと思う、発病の症状に違いがあるとも思えないというのは誰の感想なのかと思ってしまう。

そうしてこう続くのである「実際にインフルエンザと同様に合併症での死亡原因が主だと思っています。」ここで、何でも「思っています」と云いう言葉で逃げている。

思った原因は何だろうと考えない。

タダのインフルエンザならここまで、騒がないという事に考えが回らない。

今回の武漢ウイルスは、SARS(サーズ)の一種類と分類されたわけであるから、インフルエンザなんて比べものにならい程、危険だという事を認識していないのは、かなり、頭が御座っている可能性が高いと考えるべきであろう。

臨床症状

日本環境感染学会の発表では以下のように記載されている

「本ウイルス感染症の特徴として、その感 染性とともに肺炎を合併する頻度の高さが明らかになってきました。致死率は依然として SARSより低いものの、高齢者・基礎疾患保有者における肺炎の合併は生命を脅かす重篤な 状態につながる可能性を高めます。」

もう少し簡単に書いてるのは、ナショナルジオグラフィックの記事である、

「COVID-19はインフルエンザと同じ呼吸器系疾患で、肺から始まり、肺で終わる。

 具体的な症状もインフルエンザに似て、発熱と咳から始まり、やがて肺炎を発症して、ウイルスの複製、免疫の過剰反応、そして肺の崩壊という深刻な症状へと進行することがある。

初期データを見ると、約82%の感染者が軽症で済んでいるようだ。」(わかりやすく改変)

では、インフルエンザの症状はといえば、感染症研究所の解説では

A型またはB型インフルエンザウイルスの感染を受けてから13日間ほどの潜伏期間の後に、発熱(通常38℃以上の高熱)、頭痛、全身倦怠感、筋肉痛・関節痛などが突然現われ、咳、鼻汁などの上気道炎症状がこれに続き、約1週間の経過で軽快するのが典型的なインフルエンザで、いわゆる「かぜ」に比べて全身症状が強い。とくに、高齢者や、年齢を問わず呼吸器、循環器、腎臓に慢性疾患を持つ患者、糖尿病などの代謝疾患、免疫機能が低下している患者では、原疾患の増悪とともに、呼吸器に二次的な細菌感染症を起こしやすくなることが知られており、入院や死亡の危険が増加する。小児では中耳炎の合併、熱性痙攣や気管支喘息を誘発することもある。」

 

 検査方法は、書いた通り、PCR法しか現在は存在しないのだが、「PCR法と言った遺伝子情報の中のDNA配列を調べる検査方法だと聞いて居ます。」とのほほんと書いてきた。

爺さんたちは、DNA配列を調べるのがどれほど大変な作業かという事は全く理解されていない様子であった。

とどめは「武漢ウイルスを、新型インフルエンザとは言わない理由はなぜなのだろう?」である。根本的な、基本的な原因菌の類型が違うという事を理解していないのでどっと疲れが出た。そこでこう書いてみた。

「一応書いてありますので読んでください。まず正しい情報を知る努力をしてください。

https://www.niid.go.jp/.../kansenno.../9303-coronavirus.htm

 

すると今度は、「素人なので解説を読んでもわからない」と来た、個人的感じるのは、沢山解説があるが、国の機関の書いていることが一番わかりやすいと思う、ただし、ここの部分だけ読んでるだけでは、素人には判らん?かと思うが、自分で調べる気のない人には、理解しようする精神が極めて低いので、判らんわなぁと思う・・・

検査法については、数時間前に書いたときは、「PCR法と言った遺伝子情報の中のDNA配列を調べる検査方法だと聞いて居ます。」と書いているが、今度は「実際に、検査方法についても現在、PCR方以外は無いと言うことも理解しています。」と来た。

「聞いている」から「理解している」に変化したこと喜ばしいが、タダでは起きないのがこの手の爺の悪ところで、「日本と韓国の検査総数の差は理解できません。」と書いてきた。

日本の検査方法と、韓国の検査方法が完全に同じとは限らない、韓国の検査方法は発表されているかどうかは知らない(ハングルは読めん)。短時間であれだけの検査をしていることの方が何となく変だと思うだが・・どうも、日本の丁寧な検査方法ではないような気がする。

だって、そこまでの検査キットがあるのか謎である。

ベビーブーマー世代の一番悪いところは、自分が他人をおもんばかる振りをすることでは、自分は、善良な市民的な発言をするところである。

「感染症研究所の研究員の方々も大変な苦労と努力をされていると思います。限られた設備や人員での分析作業には逆にその方々の健康の方が気になります。」とか

「医者や公共交通機関の実務作業者、製造メーカーの作業者はどうしろと言うんでしょうかね。」

ただ、若いころに高度啓示成長に乗り、楽して、上昇志向の生活を、謳歌して、身勝手さという自由を放埓に楽しんできた人たち特有のエゴが出る。

「国内での陽性反応者が出て、それ以外の検査希望者や保菌者が沢山居る中で我々は外出を控えてマスクをして手洗いうがいをして堪え忍べと言われることについて納得がいかない。」という。

何が、納得いかないのか判らない

耐忍ぶことについて納得がいくか行かないかは、個人の意思ですから何とも言えないが、自分が保菌者だったら、自分の自由放任な態度が、他人に感染させて、自由を奪う、生命を奪う可能性を一ミリも考えていないことがわかる。こちらとして、ご自由に判断されればよいのではないのですかとしか言いようがないのである。

云えることは、今まで通り、普通に生活されればよろしいのではないでしょうか。

また、国会の答弁を聞いて「1日に検査が出来る数が3000件にしたいと厚労相が発言した後も1日に1000件にも満たない数しか出来ていない現状」について不満がる様である。

検査キットの生産能力がどれほどな数かは知れないが、検査数の上限は、生産数プラス在庫の数であることは容易に想像がつくのではないだろうか?

また「在宅勤務をしろ!と言うのはデスクワークしている人間の発言だとしか思えない。」

デスクワークしかしていないと断じるところは、視野が狭いと思う。

如何に感染を防ぐかという、リスクマネジメントを考えれば、接触を減らす方策を考えるのが当たり前である。

「デスクワークしか」という発言をする時点で、自身の視野の狭さを呪うべきだと思うですがねぇ。

在宅勤務で済む仕事なら、それで済ませればいいとう思う。

現実的は、デスクワークでは済まない人は、現に、現場で働いている。

 

まぁ、爺さんの反論めいた駄文を読んで思ったことは、「僭越ではございますが」という書き出しの底意にある、こちらの意図している「僭越」と云うのは、一応へりくだる体形は見せるが、本心では一ミリもそう感じていないという事である。・・

こちらは、爺さんに言いたいのは、現在は。PCでいろいろの情報が取れるので、インフルエンザウイルとサーズウイルスの違い、どちらが早期に重篤化するのか等は調べれば判ることだから、自分でちゃんと調べたらどうだ?という気持ちが相当ある。

軽侮の意味を込めて、「素人でもわかるように書いたところもあるのではないでしょうか?」とついつい書いてしまった。

最後には、忠告めいて「他人の健康をおもんばかる前にご自分の健康の維持を最大限に考えるのが得策ではないでしょうか。」と書いてしまったが、これは単なる嫌味である。

| | コメント (0)

野党とは、野盗のようなものである。

政府の失態を責めることばかりに血道をあげすぎて、政策論争ができない野党の存在意義は既にないだろう。

無知粗暴、役に立たなくて、市民を脅かす存在でしかない者は、野盗と同じである。

あいつら、ホイホイと検査がどうのといが・・検査の実態が分かっているのか?

また中国が発表した塩基配列、ゲノム解析結果が本当に正しいかどうか、検証が必要である。

亡くなった方から病原体を隔離培養して本当の姿に到達する必要があるのではないか?

本当に、単一型なのか、類似型の混合という事はないのか?

正直に言って何もわかっていないのではないかと思う。

ここでも、WHOがクズという事が露呈しただけである。

検査て…何をどうするのか?

どう検査するのか、どのような基準で検査しているのかはあまり明らかではない。

検査薬が存在すのというと点はなんとなくわかるが判るが、PCR検査法の正確さに疑いがもたれている状態で、検査を強化しろと云うのはただの阿呆である。

時間がかかる検査という事を理解していないのも困りものである。

インフルエンザ検査薬みたいに、粘膜ぬぐって、県さ即、検査結果出ますという状態ではない。

簡単な検査薬があって、それを使って検査をするのは至極簡単な事で、検査薬を増産してもらいさっさと検査をするれ羽事足りるであろう。

馬鹿の野党議員は、インフルエンザの検査薬の様に、簡単に検査ができると踏んでいるのなら、事実を知ることもなく、¥思い付きで質問をしているとしか言えない。

検査方法の迅速加納方法開発すること進言して、緊急予算を組む方向へ向かうのならばまだしも、低能な理解で、思い付きで質問されては、政府もたまらないだろう。

バカと云うか、低能児と云うか、その手の人間しか議員になっていないという状況は憂慮すべきである。

旧民主党系の党派の馬鹿に投票した国民は、反省しろと云いたい。

テレビの報道も大げさである、事実を事実として報道しない姿勢は、くずである。

検査結果が出る時間は、不定であるが、数分という事はない。

以下の要領で見ると、3.3 1st PCR反応 検査の結果最短でも、5.3時間である。
この検査を全員にやれと言って叫んでいるバカは本当のことをしつているのか?

エボラ出血熱の時雄PCR反応検査は、3日(72時間)の経過を必要としている。

ちゃんと読めよと言いたのだが・・・読んでねぇだろうな‥と思う

下にコピーしたのは、厚生労働省所管の研究所が出して検査マニュアルである。

これを読んで、ホイホイできる検査かどうか考えてみろと言いたい。

ついでに、一番下に厚生労働省から「國民の皆様へのメッセージ 」を載せておいたので是非読んで欲しい。

https://www.niid.go.jp/niid/images/lab-manual/2019-nCoV20200225.pdf

病原体検出マニュアル 2019-nCoV Ver.2.7

新型コロナウイルス(2019-nCoV)の遺伝子領域2か所、open reading flame 1a (ORF1a) およびspike (S) を特異的に検出する2-step RT-PCR法、あるいは(註)TaqMan プローブ を用いたリアルタイムone-step RT-PCR法による遺伝子検査により2019-nCoVを同定す る。 註)リアルタイムone-step RT-PCR法による試験が成立している場合、リアルタイムone-step RT-PCR法の みで結果判定して問題なく、2-step RT-PCR法及び2-step RT-PCR法によるシークエンス解析を併用する必要 はない。

【操作法】 1.検体の採取と保存 「2019-nCoV(新型コロナウイルス)感染を疑う患者の検体採取・輸送マニュアル」 (国立感 染症研究所HP)最新版を参照のこと。 喀痰検体の扱いについては、別添の「喀痰検体の前処理法」を参照のこと。
 
2.RNAの抽出 広く使用されているQIAamp Viral RNA Mini Kitを用いた方法を示すが、他のウイルス RNA抽出キットを用いてもよい。 2.1. 材料、機器、器具および試薬 1) 機器・器具 冷却遠心機、1.5ml エッペンドルフチューブ用高速冷却遠心機、1.5ml エッペンドルフチ ューブ卓上遠心機、ボルテックスミキサー、チューブ 
 2
2) 試薬 QIAamp Viral RNA Mini Kit (QIAGEN、Cat.No.52904)、エタノール、Distilled water (Deionized, Sterile, autoclaved, DNase free, RNase free、和光純薬工業、Cat No. 318-90105など (以下DDW)、陽性コントロールRNA
 
2.2. 操作上の注意 1) 検体の取り扱いは、バイオセイフティーレベル(BSL)2+でおこなう。BSL2実験施設内 の安全キャビネット内で取り扱い、操作中はディスポーザブルのガウン、手袋(2重)マスク (サージカルマスクでよい)、キャップ等のpersonal protective equipment (PPE)を着用す る。チューブの蓋を開ける時には遠心し、チューブオープナーなどを用い、エアロゾルの 発生を極力防止する。 2) 実験室内遺伝子コンタミネーション防止と RNaseの混入防止に細心の注意を払う。コ ンタミネーション防止には、試薬調製場所と PCR 産物などサンプルを扱う場所を物理的 に分けることが望ましい。できない場合は、それぞれの操作を別々のキャビネット内で行 う。
 
2.3. QIAamp Viral RNA Mini キットによるRNAの抽出 1) 使用前に行う試薬の調製等 (1) サンプルを室温 (15~25°C)に戻す。 (2) Carrier RNA溶液 1µg/µlの調製 Carrier RNA (凍結乾燥品)310µg の入ったチューブに Buffer AVE を 310µl 添加し、 1µg/µlの溶液を調製する。Carrier RNA溶液は、-20°C保存で、凍結融解3回までなの で、適した量に分注して保存する。Buffer AVLが沈殿を生じていた場合は、80°Cでイ ンキュベートし、沈殿を溶解した後、調製に使用する。 (3) Buffer AVL/Carrier RNA混和物の調製 1 サンプルあたり Buffer AVL 560µl、Carrier RNA 溶液 5.6µl になるように Buffer AVL/Carrier RNA 混和物を調製する(詳細はキット添付のHandbook Table1.を参照)。 2 ~8°C で保存すると沈殿物が生じるので、使用直前に 80°C でインキュベートし溶解す る。このインキュベートは、5分以内とする。なお、Buffer AVLL/Carrier RNA混和物 は、あらかじめ560µlずつ分注し、-20°Cに保存しておくと便利である。 (4) Buffer AW1、Buffer AW2の調製 Buffer AW1 (Kit Cat.No.51104)に96~100%エタノールを25ml加える。 Buffer AW2 (Kit Cat.No.51104)に96~100%エタノールを30ml加える。 2) 操作手順 以下の操作はすべて室温で行う。 (1) 1.5mlチューブにBuffer AVL/Carrier RNA 560µlを入れる。
 3
(2) 検体 140µl とBuffer を充分混合するため 15 秒間 vortex にかけ、室温 (15~25°C) に 10 分間置く。チューブの壁面等に付着している液体を落とすため卓上遠心機で数秒 間遠心する (スピンダウン)。 (3) エタノール (96~100%)560µlをチューブに加え、15秒間vortexをかけた後、チュ ーブをスピンダウンする。 (4) (3)の液630µl をQIAampスピンカラム(2mlコレクションチューブ中)に入れ、蓋を 閉め、6,000×g (8,000 rpm)、1分間遠心する。QIAampスピンカラムを新しい2mlの コレクションチューブに移し、残りの(3)の液630µlを入れ、同様に遠心し、全ての液が 無くなるまで行う (この操作は2回で終わる)。 (5) QIAamp スピンカラムを開け、Buffer AW1 を 500µl 入れる。蓋を閉め、6,000×g (8,000 rpm)、1 分間遠心する。QIAamp スピンカラムを新しい 2ml のコレクションチ ューブに移し、ろ液の入っているチューブは捨てる。 (6) QIAampスピンカラムを開け、Buffer AW2を500µl入れる。蓋を閉め、20,000×g (14,000 rpm)、3 分間遠心する。スピンカラムとろ液等が接触することが無いよう静か に取り出す。接触した時には(7)を行う。 (7) QIAampスピンカラムを新しい2mlのコレクションチューブに移し、ろ液の入って いるチューブは捨てる。フルスピード (20,000×g )で1分間遠心する。 (8) QIAampスピンカラムを新しい蓋つき1.5mlのチューブに移し、ろ液の入っている チューブは捨てる。QIAampスピンカラムの蓋を開け、室温に戻したBuffer AVE を60µl 入れ、蓋を閉めて1分間置いた後、6,000×g (8,000 rpm)、1分間遠心し、ろ液を回収す る。なお、抽出RNAを保存するときは-80°Cが望ましい。
 
3. 2-step RT-PCR法による2019-nCoVの定性的検出法
 
以下に検査・結果判定の概要図を示す。
 
 例として SuperScript IV Reverse Transcriptase (Thermo)および Quick Taq HS
判定フロー
PCR
陰性
目的のサイズのバンドが見られない 目的のサイズのバンドが見られる
シークエンス解析
1例目は念のため2019-nCoV配列を確認する
陽性
2例目から
 4
Dymix (Toyobo)を用いた反応条件を示す。詳細はキットに添付のマニュアルを参照するこ と。尚、本マニュアルではプロトコルを1部変更している。なお逆転写反応、PCR反応に 用いる酵素等について、類似品で各施設において運用実績のあるものがあればそれを用い ても良い。試薬等の分注操作は全て氷上にて行うことが望ましい。
 
3.1 必要な器具と試薬 1) 器具 サーマルサイクラー、マイクロピペット、チューブ、電気泳動層
 
2) 試薬 SuperScript IV Reverse Transcriptase (RT) [Thermo, Cat.No. 18090010. 50, 200または 類似品(PrimeScript RT reagent Kit, Takara RR037A等)]、 [Quick Taq HS Dymix Toyobo DTM-101または類似品(PerfectShot Ex Taq, Takara RR005A等)]、2019-nCoV特異的プ ライマー、Oligo(dT)12–18 Primer (Thermo, 18418012 または類似品)、Random Hexamers (Thermo, N8080127、または類似品。特に指定はない)、Recombinant RNase Inhibitor (Takara-Bio, 2313A、または類似品)、PCRクリーンアップキット(Wizard SV Gel and PCR Clean-Up System, Promega A9281、または類似品)、DDW。
 
No.  Name direction sequence (5' to 3') Expected size (bp) ORF1aセット ①  1st NIID_WH-1_F501 Sense TTCGGATGCTCGAACTGCACC 413 ②  1st NIID_WH-1_R913 Antisense CTTTACCAGCACGTGCTAGAAGG  ③  2nd NIID_WH-1_F509 Sense CTCGAACTGCACCTCATGG 346 ④  2nd NIID_WH-1_R854 Antisense CAGAAGTTGTTATCGACATAGC  ⑤  Seq NIID_WH-1_Seq_F519 Sense ACCTCATGGTCATGTTATGG  ⑥  Seq NIID_WH-1_Seq_R840 Antisense GACATAGCGAGTGTATGCC  Sセット ⑦  1st WuhanCoV-spk1-f Sense TTGGCAAAATTCAAGACTCACTTT 547 ⑧  1st WuhanCoV-spk2-r Antisense TGTGGTTCATAAAAATTCCTTTGTG  ⑨  2nd NIID_WH-1_F24381 Sense TCAAGACTCACTTTCTTCCAC 493 ⑩  2nd NIID_WH-1_R24873 Antisense ATTTGAAACAAAGACACCTTCAC  ⑪  Seq NIID_WH-1_Seq_F24383 Sense AAGACTCACTTTCTTCCACAG   ⑫  Seq NIID_WH-1_Seq_R24865 Antisense CAAAGACACCTTCACGAGG 
 5
  プライマー位置模式図
 
3.2 1st strand cDNAの合成 1) 陽性コントロールは ORF1a セット、S セットそれぞれ専用のものを用いる。105/µl に希釈された陽性コントロールRNA 10µlにDDWを990µl添加する。 2) 1)の陽性コントロール RNA 5µl に等量の DDW を加えて 10µl とし、以下に用いる (5000コピーを用いる)。5000コピーの検出が困難であるようならば、事前に検討を行い、 検出できる濃度で行ってよい。 3)  抽出されたRNA液および陽性コントロールRNAを用いて、表に示した反応液を調製 し、0.2mlチューブに入れる 表1  逆転写反応液の調製 5×SSIV Buffer 5 µl Random Hexamers 1 µl Oligo(dT)12–18 Primer 1 µl dNTP (2mM each) 5 µl 100 mM DTT 1 µl Recombinant RNase Inhibitor 1 µl SuperScript IV Reverse Transcriptase  1 µl RNA 10 µl Total 25 µl 4) サーマルサイクラーにて以下のプログラムで反応させる。 23℃ 10 min 50℃ 10 min 80℃ 10 min 5) 反応後、35µl のDDWを添加して希釈し、次のPCR反応に用いる。
 
 6
 
3.3 1st PCR反応 1) 以下のように反応液を調整する。 2×Quick Taq HS DyeMix 25 µl Forward primer (50µM) 0.4µl Reverse primer (50µM)  0.4 µl DDW 19.2 µl cDNA  5 µl Total 50 µl ORF1aセットでは①NIID_WH-1_F501および②NIID_WH-1_R913 Sセットでは⑦WuhanCoV-spk1-fおよび⑧WuhanCoV-spk2-r を用いる。 2) 陰性対照としてDDW 5µlを用いる。 3) 反応条件を以下のように設定し、PCR反応を行う。 94℃ 1 min 94℃ 30 sec 56℃ 30 sec 68℃ 1 min 68℃ 5 min
 
3.4 2nd PCR反応 1) 以下のように反応液を調整する。 2×Quick Taq HS DyeMix 25 µl Forward primer (50µM) 0.4µl Reverse primer (50µM)  0.4 µl DDW 23.2 µl 1st PCR反応液  1 µl Total 50 µl ORF1aセットでは③NIID_WH-1_F509および④NIID_WH-1_R854 Sセットでは⑨NIID_WH-1_F24381および⑩NIID_WH-1_R24873 を用いる。 2) 陰性対照としてDDW 1µlを用いる。 陰性対照の1stPCR産物を1µl用いても構わない。 どちらでも非特異増幅が起きないことは確認済みである。 3) 反応条件を以下のように設定し、PCR反応を行う。 94℃ 1 min
40サイクル
40サイクル
 7
94℃ 30 sec 56℃ 30 sec 68℃ 1 min 68℃ 5 min 4) 反応終了後、1stPCR、2ndPCR反応液ともに5uLの増幅産物を用いて2%アガロースゲ ル(アガロース ME, 岩井化学または同等品)で TAE バッファー(ニッポンジーンなど)電 気泳動し、エチジウムブロマイド(または代用品)による染色後、バンドの有無について 確認を行う。 1stPCR終了後に1st PCRのみの電気泳動を行っても構わない。泳動に際し、 必ずマーカーを置き、バンドサイズの確認ができるようにする。2~4%のアガロースゲ ルを用いることを推奨するが、他濃度でもバンドサイズの確認ができるようであれば用 いて構わない。  陽性コントロールの増幅サイズは以下のとおりである。 ORF1aセット 1stPCR  292bp 2ndPCR 261bp Sセット       1stPCR 329bp                  2ndPCR 294bp
 

厚生労働省の発表では以下の通りである

國民の皆様へのメッセージ
 ○新型コロナウイルス感染症は、我が国において、現在、流行が認められている状況ではありません。国民の皆様におかれては、風邪や季節性インフルエンザ対策と同様にお一人お一人の咳エチケットや手洗いなどの実施がとても重要です。感染症対策に努めていただくようお願いいたします。
○湖北省から帰国・入国される方あるいはこれらの方と接触された方におかれましては、咳や発熱等の症状がある場合には、マスクを着用するなどし、事前に保健所へ連絡したうえで、受診していただきますよう、御協力をお願いします。また、医療機関の受診にあっては、湖北省の滞在歴があることまたは湖北省に滞在歴がある方と接触したことを事前に申し出てください。

【多くの方が集まるイベントや行事等の参加・開催について】
 
〇多くの方が集まるイベントや行事等に参加される場合も、お一人お一人が咳エチケットや頻繁な手洗いなどの実施を心がけていただくとともに、イベントや行事等を主催する側においても、会場の入り口にアルコール消毒液を設置するなど、可能な範囲での対応を検討いただけますようお願いいたします。

| | コメント (0)

いろいろ自粛と云うか、各所の対応について

某ご友人から、ちょっと飯を食おうと言われた。

根ほり葉ほりと色と聞かれたが、こちらの聴きたいことも大半聴けたからいいかと・・・

そこで出たというか、最終的な判断が、イベントは止めるんだねぇという事である。

先日、トヨタ自動車の総務部から全社の各部部長に対して
指示が出されました。
・国内外の出張自粛
・人ごみのある公共交通機関を使った出張は原則禁止
・イベント参加の見合わせや親睦会の自粛延期等
もしどうしても必要な場合は部長の許可を得る。

官公庁では、というか、うちの役所にも、ダイレクトで来た。

対外的な対応時は、全員マスクでの対応、入室する前は、手洗いを励行、消毒を敢行する様に、強烈な命令が来た。

お役所得意の想定問答集が出たところを見るとそうとう状況はヤバイのである。

馬鹿ミタニイベントを開いている場合ではないようである。

政府発表は、ここ2週間が山場という・・・山場って・・・ねぇ

あったかくなれば、死滅するなんてえのは俗説である。

ちなみにお湯飲むのも俗説で無意味

水分は十分に取る必要はある。

俗説が多すぎて意味が分からない。

思い付きの低レベルな話が多い。

と云いうか、基本的な衛生観念がどうの怪しい。

通勤電車の中は、ほぼ全員マスク着用である。

昨日から、特殊防塵マスク着用であるが、周囲は見もしない・・・電車内では手袋(消毒液しみこませた)着用である。

まだバカぽいのが数人いるが、クレベリン所持者かもしれないのでナントの言えない。

まぁ、クレベリン所持者は、近くいくと独特の臭気がする(普通なら気が付かないレベルの匂いですが・・・・

名古屋市南区、港区の汚染された事務の再開は何時なんだろうと思うが、施設を除菌しても、キャリアの保菌者が居て、来たら一巻の終わりである。

そう思うと、菌ばらまいたおばちゃんは今どうしてるのかと聞きたい。

世間的には、どうなんだろうと思う。

デマが、ものすごく多い気がする。

大体、WHOの発表が信じられないレベルである。

川崎病、四日市喘息、スペイン風邪は、地名を冠した通俗的な病名である。

SARZの時も、今回の時も、何となく命名がおかしい

今回は、武漢ウイルスという名称が流れていたが、結局、みょうちきりんな読み方の判らんような名前を付けた。

WHOが、腐っているようなので、中国と関係がないような名前を付けて、市民を韜晦(とうかい)しているとしか思えない。

又、日本の売れない芸人が、「武漢ウイルスという名称は友好的ではない」という。

いわゆる、頭沸いてないかというレベルである。

ネットニュースでは、時々出て来て妙チキリんな発言をしては、たたかれるというパターンである。

テレビを見ない、芸人なんてほとんど知らない人から見れば、顔も獣じみて気持ちが悪いし、最近の写真は、白髪の短い顎げひげ姿であるから余計に気味がわるい。

知らない人が多いと思うが、ウイリアムバロウズという薬中の作家が書いた「裸のランチ」という小説がある。

読むと気が変になりそうなというか、何んとなく判らん小説であるが、麻薬をキメて、書いたのかなぁととも思うが・・・よくわからんと思った作品である。

これが後年、映画化されると、当然のように見に行く訳であるが、映画化されて見に行くと、いつもガッカリすることが多い様に、これもガッカリだった。

この映画は、監督によるバロウズの作品を使ったふりをした自己表現映画でしかなかった。

これは、ファシストはよくやる手である。

藤沢周平の原作名を使い、いろんな作品を切った貼ったりして結局は、当時ではありえない結末を取ったりする。

彼らファシストの考えは、ファシストの思想の中では、自分は善人で、当たり前の善人ぶったことしか言わない。

彼らは、言うけれども実行はしない。

世の為に、人のために欲心を投げうつて働いている人を、利用する。

利用される方も馬鹿であるが、彼らは純真なので、騙されやすい。

特殊詐欺にすぐに遭うタイプである。

国民の多くは、良き隣人が多いから、いまだに騙される人が多いのだと納得してしまう。

ファシストは、誰も否定できない、正論を述べている振りをするが、基本的に前後の整合性がない。

単なるダブルスタンダード、下手すると、サードスタンダードに近いかもしれない。

その場その場で都合の良い事しか言わない、いわゆる場当たり的である。

武漢ウイルスを批判するなら、地名の付いた病は全部だめだから、武漢ウイルスという名称は、ダメと云えばいいが、伝統的につかわれている「川崎病」「スペイン風邪」のネーミングは否定しない。

と云うか触れもしない。

単に、共産党ファシストのプロバカンダを垂れ流しているようにしか見えない。

だからこそ、芸人なのかもしれない。

芸人や、破廉恥な元官僚の発言を載せるメディアは、効果があると思っているだけなんだろうが、一部の人から批判されても懲りない。

だって、主義の為には、平気でうそをつく。

芸人は、芸人の旬を過ぎたら何をして食うのか?

そう考えると、売れない女優がヌードやポルノに出るようなものである。

つまり、彼らの発言を読むだけで、時間の無駄と感じることが多い。

「武漢ウイルス」予防の方法があるなら、きちんと発表されそうである。

現在の対応の指示は、単なる憶測からのデマではなくて、極めて限定的な防御方法かもしれなが、基本的な衛生的な対応である。

病気の予防の観点から見れば、至極当たり前の対応である。

帰ってきたら、手洗い、うがい。

マスクで予防もあるが、自身の菌の四散を防ぐという意味もある。

馬鹿は、マスクは無駄という論調の文章を書いている奴がいるが、この手の文章を載せるマスコミは信用できないという事を考えるべきである。

 

 

| | コメント (0)

コロナウイルスで、イベントを止める気が満々・・・・

3月中旬に某施設をお借りして、イベントを開く予定であったが・・・開催は黄色の点滅である。

はっきり言えば、レッドゾーンである。

これだけコロナウイルスの蔓延傾向があり、治療薬がない状態である。

WHOの発表は、ただの中国のプロバカンダ的にしか見えない。

WHOに従う日本政府は、騙されている感があるが、権威主義的な傾向に負けているだけである。

国連(連合国軍)が偉いなんて思っているのは、脳味噌が、漫画な人たちである。

一部のファシスト的性質を持つ人は、国連を正義の機関だと思い込ませたい。

国連の方から来ました的な、左翼ファシストの人物の発言に一喜一憂する姿は、滑稽である。

国が、詐欺にあっているようなものである。

こうした手法を、共産主義ファシストは良く使う。

WHOは、程よく汚染されていることが今回の事でよく分かった。

これからはWHOのいう事は、さしい引いて見なければならないという事である。

ある意味クワバラクワバラである。

閑話休題

遊園地が休業するという。

名古屋ではインストラクターのおばちゃんの発病、南区港区のスポーツジムが4か所(3か所?)閉鎖である。

某愛知機械の前にある某イオンタウンのジムでは、除菌の為に2日間休業後、19日に再開、でも20日に再度閉鎖決定

インストラクターのおばちゃんであるという事、ハワイからお帰りに名鉄神宮前で下車、帰宅方法は公表されていない。

駅の近くという噂もあるが…うわさでしかない。

ジムは、そのおばちゃんの居た時間を公表して居るが、基本的には、居た時間以降は危ないだろう。

飛沫感染なのか、空気感染なのかさえ分かっていない。

これは怖い。

飛沫感染をお恐れるためだろうか、イオンでは従業員?がやたらと拭いている。

某施設でも、拭く回数を増やしているという。

もし、開催して、不特定多数の参加者から、発病者が出たら・・誰来ていたのかわからない状態だと…どうなる?

館内に入っていたという事がわかれば、館内の除菌、施設の閉鎖…という事も考えられる。

正にクワバラクワバラである。

無責任に、やればいいじゃないとというは、お気楽な考えである。

以前いたスタッフの馬鹿なら、「やればいいじゃない」と云う可能性は非常に高いが、その手の無責任な馬鹿どもはいない。

きわめて良識的な人が多いと感じる。

一応、皆さんからは、私への一任と云われている。

友人からは、「無責任にやればいいじゃん」と云っても、

「自分が主催者ならどう考える?」と云う観点で行けば、自分ならやらないでしょうという意見があった。

施設に迷惑が掛かることを考えれば辞めるべきだと思う。

いろいろな会議でも、他人数が集まることを避ける傾向にある。

そう考えれば、やらないよねという事になる。

飲み屋の予約の取り消しが現在激増中だそうである。

閉鎖空間を借りた飲み会は全滅である。

こういったときに、酒はアルコール消毒だからと云って喜んで飲みに行こうとする馬鹿がいるが、消毒になるほどの度数の高い酒は飲まんだろうと・・

こう考えていくと、通勤電車が怖いなぁと感じるのである。

だって、満員の電車で、マスクもせずにゲームやりながら、つまり顔はほぼ正面を向いている状態で、ゲホゲホやる奴がいると、皆さんの殺気のこもった目線が流れるが、この手の馬鹿は、どこ吹く風で、ゲホゲホやっている。

他人の迷惑を考えない馬鹿は、吊ってやれよと思う。

| | コメント (0)

読んでいただけるのはうれしい。

先日、模型のご友人から、最近、ブログ読んでますよと云われた・・・

単純馬鹿なので、うれしい

これ(↓)読んで怖かったと言われて、読み返すと怖いなぁと

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-e212fc.html

で、あんだけ書いてたら模型作る時間ないよねぇ…と

ないです確かに・・・

1月は、パブリカの書類探しに奔走し、2月初旬の引きずり・・・ガレージの清掃?をして…結局出てこないという体たらく

マーあ、出てくるのは懐かし品々・・・・

で、エロ本(昭和20年代のカストリ誌)も出てきた・・・どーすんだこんなもの・・・

で、模型を作り有意義な時間がないという体たらく・・・

でも模型は買う。

少しはセーブしている。

二週間に一度しか行かないようにしている。

一番欲しているキットが出ない

香港のメーカーのM5(1/16)一部欧州では流通しているのか、ドイツのEbayで、倍ぐらいの値段で出ていた・・・

11月末に出ると言いながらいまだに出ない・・・春節前には・・という意見も会ったが、コロナ騒ぎで出てきていない。

で、仕方なく(←嘘)ほかのものを買って無聊を慰めるという暴挙に出ている(言い訳)。

ある時、1/16のタミヤのシェリダンが欲しくなり(去年のホビーショーで見てからものすごくほしかった・・・)

2か月ほど悩んで、買った・・・1か月分の古本買う予算をぶち込んだ感じであるが・・別に本は買っているので意味がない・・・

本代は2万円と決めているがオーバー気味である。

先日、岡本綺堂先生の「半七捕り物帳全5巻」『ランプのした」を見つけてついつい買ってしまい。

金城学園100年史を買い

クボタ鉄鋼100年史を買い

御園座75年史

デザインとともに

これで6000円

通販で買ったのが以下の通り

自動車 日本産業経営史大系 第5巻:ダットサン関係

日本の自動車産業 企業者活動と競争力191870:トヨタ、ダットサン関係

企業家活動でたどる日本の自動車産業史 日本自動車産業の先駆者に学ぶ:橋本増二郎、豊川順彌関係

日本自動車史 :

1日本の自動車発展に貢献した先駆者達の軌跡、 

2日本の自動車関連産業の誕生とその展開

豊田工機二十年(持ってなかったのでついついい・・・)

これでおおよそ13000円

1か月間の資料のコピー代が、明治時代の本の複写も含めて・・・1万円(1000ページ分だね・・)

現在これらの本を死ぬほど読んでいる自分を褒めてやりたい(笑)

お小遣いなんてねぇである。

おまけに、小僧さんに程よく毟られる。

主に、塾の交通費(年間12万円)、1年分の前払いの塾代(云十万円)と追加講座で、10万円・・・・足すと、ため息気味に「はぁ」である。

1か月にほぼ大台を支払った・・・3年間で・・・考えたくもないか金額である。

仕方がないとは思うが、大学で6年分の学費を考えると頭が痛い。

だから、生活は厳しい(w)

おまけに、小僧さんは、よく食うんだこれが・・・・

コメが・・・・直ぐに無くなる。

某友人が・・・そこは女の子2人だったが、すぐにコメがなくなると…言っていたが、うちも直ぐに無くなる。

怖いぐらいである。

5キロが1週間で無くなるのである。

父子家庭だからねぇ・・・と云いつつも、チートデイに食うのは仕方がないかとあきらめる

ため息交じりに、残業減らすならその給料上げてくれよと云いたい。

 

 

| | コメント (0)

パブリカは、旅立ったねぇ・・・

うちの子・・パブリカUP10(1966年式)は、無事に旅立ってました。

豊田市の子供さんたちの教材になり、修復されるそうです。

数年後の完成でしょうが、楽しみです。

そこまで生きてないといけないなぁと思うのである。

あと何年生きられるかしら?

そう思うことが多い。

でも、パブリカほしいなぁという気がしている。

ど初期のソリッド感あふれるのが欲しい・

出来ればスタンダード・・・・・

昔、三重県にあったワンオーナーの初期型は、奈良県の人が買ったように思うが・・・あれどうなったろう・・・

昔買ったパブリカのパーツはほぼ全部行方不明・・・(どこにしまったのか判らん…という状態である。)

書類探しにほぼ1か月をかけたが出てこない・・・

所定の場所にあるはずがなかった時にはものすごくへこんだ・・・

ガレージを探すと、いらない廃車証が沢山出てきた、PV46・・・まぁいらないんですけどね・・・

ついでに、店頭でナンバーのところにつける赤文字の「パブリカ」のプレート

パブリカ店の封筒、マッチ・・・カローラ1100まで出てきた。

10年ぶりぐらいい開けた箱からは、初期型のシングルモータのワイパモーターも出てくるは、ヨタのメータも出てくるは・・・

そのくせ肝心な書類はでてこない・・・

UP10の書類がなくなったのも、これだけ学術関係の資料が膨大にたまりだして、本だけではなくて戦前の資料のコピーがものすごくたくさんある。

一時期、戦前戦中戦後の電気自動車関係の資料をすさまじい勢いで探していた時の電気自動車の資料はものすごくたくさんある・・・

まとめる時間がないのが残念である。

さて、トヨタスポーツ関連で云えば、U型、2U型エンジンのについてまとめて発表したいと思いつつ・・最近は、ガスタービンエンジンの試作も顛末を知りたくてしょうがないのだが、ガスタービン、ガスタービンの学会があるのでそのこの論文を漁っているが目的のものは見つからない・・・

まぁ、今回の目標は、と云うか論文を書く余裕がないので、せっせと資料の整理の精を出している。

だって、同じ本2回買うという体たらくを3回もやったからである・・・しかもみんな高い・・・(涙)

 

 

| | コメント (0)

偉そうに・・・

新聞という媒体は、本当に偉そうである

豪華客船?の接岸、乗客の分離を随分と批判しているが、法律を考えない感情論でしか語らないというのはいかがなものかという気がする。

状況がわからない状態で、とりあえず隔離しておくのは方策としては間違っていない。

船内で分離されていないのはおかしいとおっしゃるのはおかしくないようであるが、現実を見ていない。

時系列で物事を考えなければ意味がないことを、最初からすっ飛ばして無視する。

船内で発病が確認された。

隔離する

でも発病する前に移動した場所、使った道具を介しての感染は防げない。

あった人、近くにいた人、咳をした時に周囲5メートル以内に居た人・・・把握しきれるかと云えば出来てもそれを理由に隔離するのは難しいだ折る。

艦長が絶対的な権限を持っていてもである。

馬鹿は、人権を使って反撃する。

こうしたときには、他人の人権を考えるべきだと思う。

中国からの帰国者に責めさいなまれて自殺した官公庁尾職員がいる。

帰国させてもらって何を文句を言う?

隔離されて当然だが、それに文句を言う。

検査も行わずに帰る奴がいる。

お前ら、自分の言ってること、やっていることが身勝手、自己中心なんてことは考えないのか?と聞いた遣りたい。

震災の時も、延々と愚痴苦情を聞かされて壊れた人が多い。

文句を言う奴は、手前勝手である。

この時は妙にサデイステイックになる

一日中クレーマーの意味不明なことを聞かされたらどうなることかと思う。

一日に一人でも疲れるというのに。

人形を立たせて録音させればいいと思う。

怒鳴りたいのはわかるが、それを個人向けるのは間違いである。

役人だろうが警察官だろうが人間である。

自分が、隔離されなければならない理由を考えない

チャーター機で帰国出来たら即、自由に生活できると考える頭がおめでたい。

単なるバカである

馬鹿は、隔離しておけと云いたい.

経済活動が、低下というよりも、蔓延した後のことを考えて予防に重点を置けないものかと思う。

 

 

 

 

| | コメント (0)

中止か否か

あるイベントを、3月15日に企画している。

大勢の人が集まるので、多少危険があると思う。

例のコロナウイルスという奴である。

「施設側からご連絡がありどうしますか?」という、ご意見聴取である

開催に是非については、主催者側のご意向に任せるととのことである。

でも、何となく、止めてくれませんかというニュアンスが・・・感じられるような気がする。

この施設は、数日後に迫った、あるイベントを急遽中止した。

狭い区間で同席するのは濃厚接触だからである。

先般、ホールで200人以上集めるイベントを開いた施設の発言とは思えないお言葉であった。

その実、こちらとしては、すでに、止めるかなぁという検討段階であった。

先週から個人的な感覚としては、このコロナウイルスについていえば、治療薬がない、病原体の遺伝子情報もわかっていない・・・一部では、バイオケミカルウェポンという説もまことしやかに流れている。

人工培養兵器なら、ある程度の周期で崩壊する可能性はあるが、現実的にはどうなんだと?という気がする。

人から人へ伝染が続けば、崩壊しないで継続する可能性が高い。

現在、街中には、ものすごい数の外国人がいる。

マクドナルドの店員は、ほとんど外国人か、老人である。

此奴ら大丈夫かと思う・・・

コンビニもほとんど外国人ばかりである。

派遣社員で、春節で帰国していた人が戻ってきたら、派遣会社は1週間自宅待機の目入れを出されていても、会社に出勤するよくわからない感覚。

彼らは日給月給だから休めば収入はない、だから出勤する・・・迷惑だろうと思うのだが・・

基本的に、国内の産業構造が変化してるのだが、従来の労働集約型の仕事を継続しようとするから、募集と求人のアンマッチングが起こる。

外国人を導入しなければできない仕事は、海外に出た仕事ではないのかと思う。

結局、海外に出られない企業が、外国人を安く使って、国内で安くあげることしか考えていない。

先日、某社の下請けの鋳造やへ行ったら、社長、経理、事務員以外は全員が外国人であるという・・・もうすでに終わっている産業のような気がする。

日本人は、臭いし、大変な仕事なので寄り付きもしないそうである。

こうした外国人の流入は、ある意味病原菌の流入も加速させている可能性が高い。

中国との経済的な結びつきが強いから、人的交流を止めることができないなんて言うのは詭弁である。

ここで、中国人が減ってかどうか知らないが、都心部での人通りが一割二割減った気がする。

某施設でも、明らかに減っているように見える。

中国人の家族ずれは確実に減っている。

団体もいない。

そうした経過を見ていると、どうしたもんだという気持ちがある。

だって、時々馬鹿が居て、イベントとなると多少の病気(かぜとかね、)は気にせずに来る奴がいる。

コロナ肺炎の原因菌を持っているか持ってないかなんて誰にも分らない。

そう考えると、イベントを開催するは、怖いと思う。

だれか終わった後で、風邪の症状が出た・・・熱が出た・・・さぁ、肺炎・・・施設の閉鎖・・・消毒・・考えただけでもぞっとする。

すでに疑心暗鬼モードで、マスクせずにせき込むのを電車の緊急停止を押した爺さんが居たそうな・・・

この間から、通勤時間中に対BC兵器用のガスマスクをつけたろうかと思うのである。

通勤は、当然の様にマスクをしているが、電車の間は10分とは云え少々怖い気がする

だって咳しているくせにマスクしない奴いるもの、出入口に鎮座ましまして、人の出入りを阻害しているクズに多い。

こみこみの中で、カバンを床に置いてる馬鹿とかね。

歯医者へ通っているのだが、どこかの婆さんが延々とマスクもせずに咳をしている、数人いた待合の人ほぼ全員が避難の目を向けた。

マスクをしてない、クレベリンも下げていないような者には避難の目が向けられるが、鈍感で、無頓着な馬鹿は気にしない。

過剰防護は必要ないというかもしれないが、実際、多くの人が触るドアノブを触ると、必ず除菌をしている。

家に年寄りが居れば気になる。

どうも名古屋の港区のスポーツクラブでは、発病者が立ち寄った施設として、保健所がスポーツクラブを除菌、2日間営業停止だったそうな・・・ひどい迷惑である。

そう考えると、イベントを開くのも怖いものだと思う。

お友達曰く、開催したらしたで、こんな時に開くなよと云われるとものすごくへこむ気がする。

お気楽に考える人が責任感がないとと感じる人もいれば、慎重であればあるほど、ヘタレでと云うのも違う。

撤退時期を誤るととんでもないことになる。

多くの人に迷惑がかかるので注意しなければならない。

 

 

 

| | コメント (0)

稼業を継ぐのはつらかろう?

私の履歴書と云いう話が日本経済新聞に延々と1か月同じ人の自伝ぽい話が載る。

時々、家業を継がざるをえない人話が載ることがある1年に数回である。

伝統ある家業である。

現在は、黒茶碗の「樂」家の方のお話である。

伝統が重いなぁと感じる次第である。

うちは、分家であるから気が楽である。

継ぐべき稼業はない、その代わり、軍人か役人が多い、妙に、さめた家系で、熱狂がない。

戦争中に、帝国軍人だった叔父は「アメリカと戦争して勝てるかねぇ」と平然と、のたまわり、捕まった。

でも信念は曲げない(←バカである)

この血は生憎と滔々と流れている、だから、損で、馬鹿である。

そんなの事は百も承知である。

その昔、毛沢東語録を読み込んでいた中学生の頃、「愚公山を移す」という言葉とともに、その意を読んで、即座に思ったのは、馬鹿ではなかろうか?という批判的な感覚である。

感動はない。

この言葉に、共産主義ファシストの嘘を見た気がした。

だからこそ、辞書を引き弾き、判らないなりに資本論を読み、岩波の訳のゴロの悪さを呪ったりもした。

ここにあるのは、単なる探求心である。

共産党宣言を読み、資本論を読み、空想から科学を読み・・・まず最初に感じたのは、「レーニンは、共産主義という言葉を、道具として使っただけではないか?」という疑問である。

中学生が考えるような内容ではない。

資本主義が行く着いた先に、共産主義である。

帝政の末期で、一般の民衆をだまし、不平不満の多い貴族を抱き込む思想は、資本主義は最初から無理である、共産主義という言葉で騙くらかして、仲間に引き込み、使嗾して利用する。

そのためには、共産主義は、新しい考えとして注入しやすいと感じたのかもしれない。

現に、感化された者が沢山いた。

貧困から救うために国王貴族は、農奴制度を一部緩和して、食料をばらまけば革命は起きなかったであろうことは明白である。

革命後、理想は来ず、農業指導者を殺してしまい、作物を植えるすべもなく、大量の農奴が餓死した。

これは、共産主義ファシストののたらした厄災である。

しかしこれを、逃亡した貴族が財産を持って逃げたからだと宣伝をしてごまかした。

実際は、金がなくて、食料を輸入することもできず、翌年の種さえも食ってしまって何も残っていなかったという事実を隠したに過ぎない。

その様に、物事を追求的に研究することには、興味津々である。

しかし、そうでないことにはまるで興味がわかない。

つまりダメな人の典型であると考える。

つまり、家業を持つような精神構造ではないという事である。

だからこそ、家業を継ぐ人を見ていると、「重いなぁ」と思うのである。

家の事業と云っても千差万別である、軽ければ町のお店とか、面倒なところは、何百年も続いているような家の業、芸事は重い、仕事や、芸術系統もある。

そこには、必ず血がつながっていることが大切と考える節がある。

だからこそ、替えが利かない。

歌舞伎なんかは、今の団十郎と江戸時代のつながりは、ものすごく薄い。

男子直系ではないが、途中で婿(ムコと云うか、女系の旦那さん)が、頑張って盛り立てたこともある。

でも、団十郎は団十郎である。

その名前は重いと思う。

今度、海老蔵が団十郎になるというが、一枚向けるかどうか・・・少々疑問である。

以前見た、海老蔵になりたてのころはは、大根だった。

多少、良くなったかと思うが、どうも、しぐさが、固い。

荒事の中の優美さがない。

坂田藤十郎はさすがにうまいと思う。

とはいえ、これは個人の主観である。

彼らが、使いふるされた言葉を使えば、血のにじむような努力の果てに存在する「芸」である。

生まれら時から、男なら、歌舞伎役者になる、女なら女役者になる。

そう決まっていないと言っても、そのようになる。

初舞台、一桁年齢なんてことはザラである。

親子三代なんて舞台さえある。

先々代の団十郎の舞台は見たことがないが、先代の団十郎は良かった。

安心してみて居られる、流れるような所作(しょさ)、それでいて頃どころに張りのある動き。

見ていて気持ちよかった。

そう思うと、家業を継ぐのは、親の高見まで行けて当たり前、行けなければ、襲名さえできない。

そう考えると、没落した家は楽でいいと思う。

例えば、自分が管理職で、部下の面倒を見るなんてことは想像ができないのである。

ある程度の能力がないと面倒を見る気がない。

馬鹿と云う砂漠に水を撒いて草が生えるか?と云うのが持論である。

それでは、管理者にはなれんわなぁと思う。

そこで、話は戻るが、ふと、果たして、今度襲名する團十郎は如何に?という気がする。

 

| | コメント (0)

妙な話

ある爺さんが云った、

「兄弟は、仲良く末永くやってもらいたい。」

この爺さんは理想は高い。

だがやっていることは、ある意味クズと云われる人間街道まっしぐらである

若いころある程度成功した。

ある種のお店を経営していた。

奥さん子供が居て平穏な生活を送っていた。

が、店の若い子と関係ができてしまった。

奥さんは離婚しないので、別の店を開いてそこに愛人と云うか内縁の妻といでもいうのかと一緒に暮らし始めた。

当然の様に子供ができる。

認知する。

正妻は、元の家にそのまま住んでいる。

子供は独立して一家をなしている。

正妻の子供たちは、親の店を引き継いでいる。

御多分に漏れず、左前である。

このクソ爺は、息子らに向かって偉そうなご高説を垂れ流す。

子供は、しらけて聞いている。

一応、努力しているが、食うや食わずである。

クソ爺は、店には立たない…というか立てない。

そのくせ、店の方針には口を出す。

息子たちは、食うや食わずで店を続けている。

毎日、自転車操業である。

爺は、のほほんと暮らしている。

借金の世話も面倒もみんな子供が見ている。

爺は口だけ出す。

金は出さないというか出せない。

不動産も売ればいいのに、難癖をつけて売らない。

自分の勝手な意見を振りかざす。

そうして、最後は、兄弟仲良く店をやってほしいという。

しかし、店は認知した子供所有になっている。

本妻の子供たちにがんばれと発破をかける精神が理解できない。

理想は語るが、自身の現実は置き去りである。

子供たちは、認知した子供とはあったことは無いし、逢わなくても、憎しみだけは持っている。

結局店はつぶれて、不動産は、金融屋に売り飛ばされた。

爺さんは、内縁の妻とともに隠棲したらしい。

行方は杳としてしれない。

残された本妻、子供たちは、清々したと言っていた。

借金は返せず、当然の様に競売事件で売り飛ばされて、店はなくなった。

子供たちは、これで肩の荷が下りたと新権威語っていた。

爺さんは、倫理を振りかざしていたが、実際には、自分にないものを求めている節(ふし)がある。

だからこそ、理想を語る。

これを、ないものねだりという。

ないからこそ理想を語るのであろうか?

現実は理想とは程遠い、この爺さんの発言は、聞いていると、いやな感じのするザラつた気持悪い感触である。

だからこそ、クソ時爺の妄言を、正妻と、その子供はなんとなく覚めた目で見ていた。

というか、ものすごく投げやりな感じがした。

 

 

| | コメント (0)

くさい爺さんたち

父子家庭なので、スーパーへは毎日のようにいく。

すると時々大変不愉快なにおいが残留していることがある。

ニコチン臭い

よどんだニコチンの臭いが塊になって居残っている感じである。

丁度、帯みたいなん感じである、ある地点とある地点を横切ると臭い。

その臭気には、プラス、腐敗臭がする。

吐きそうになるぐらいくさい

鼻をつまんで通りたくなる気分である。

実際、マスクをしていても匂うのだから相当臭いはずである。

どこのくそ爺だと思うと、付近にはばあさんか、うら若い女性しかいない。

いつもいる、セコイ爺さん(これもニコチン臭い)はいない。

男夫婦も変なにおいがする、彼らは、いわゆる変な薬品の匂いである。

最近、芸能人が捕まるあれの匂いである。

大昔、某官公庁のご友人とファミレスでどーでもいい話をしていいると、奥様と思われる集団が隣の席にいた。

この人たちの中で、一人プルプルと震えているおばさんが居た(40過ぎぐらい)通路側の左手首から下が震えている。

通路側のに座っていたので、変なにおいがするというと、某官公庁のお兄さん、「ん?」と云いながら鼻をひくひくさせた。

すると手の震えていたおばさんが、トイレに行く・・・

帰ってくると、血色がよい、そうして、今までの快活さは何となく作り物ぽかったものが、妙にハイな感じ・・・

でさっきの臭気はいよいよ強い・・・

ご友人は、ちょっとごめん電話してくるわ…と云って外へ・・・

ナプキンの上に、もしかしたら急に帰るかもしれんわ・・と云われた

30分もすると、奴の携帯がプルプルと鳴った・・

見ると外に優男が2人。

お友達、ごめんと云って電話かけに外へ

優男二人も消える・・・

ごめん急用で来たんで帰るわ

私も仕方なく席を立つと、隣の奥さん方も席を立った。

うちらが先に清算を済ませて外に出ると、友人は、自分の車の方へ

奥さん方が出てくる。

友人、その知りあぃぽい優男の車が、プルプル震えていた女性の車の追跡に入った・・・

その時の薬品臭い匂いである。

男夫婦は、一時期よく見かけたが、最近トンと見ない。

レジに行くと、たまに見かける、黒いジャージに人相がものすごくワイル爺が居た。

派手な髪の毛の色をしたばぁさんもいる。

別々に籠を持っている、レジ家計も別なんだか‥妙にくつている。

で、臭い・・・・こいつらか・・・である。

コイツか臭みの原因、アンド、同居人と思われるトウのかなり立ったおばさんもニコチン臭い

2mぐらい離れていてもくさい。

売り場で、横にいると死ぬほど臭い。

ニコチン発生器のような感じてである

ナメクジが歩いた後に光の線を残すように、この夫婦、臭気を残す。

この爺は、マナーも悪い。

たばこの投げ捨て当たり前、車の吸い殻、道路に捨てるの当たり前である。

人間としては、至極関わり合いになりたいない人種である。

昔よくいた、チンピラの成れの果てのような感じである

ちなみに、小指はちゃんとある。

夜のスーパーはいろんな人がいる。

 

 

 

 

| | コメント (0)

ダイア自動車の憂鬱は続く

どうも、ダイヤ自動車製造(仮名)、厚木自動車製造(仮名)、フランスナチス協力自動車製造(仮名)の三社は世界中ですみ分けをするらしい。

勝手に、地域のすみ分けをするそうな・・・

欧州は、フランスナチス協力自動車製造

厚木自動車は、中国、北米

ダイア自動車製造は東南アジア。

中東、アフリカ、ロシアは・・・?

ロシアは、ダイア自動車の工場があるので、ダイヤ自動車の管轄????

厚木自動車は、インフィニテイに、厚木、ダットサンのブランドを、プジョーシトロエングループの様に並べて喜んでいたが、復活させたダットサンブランドは、さっさと廃止

ダイヤ自動車では、インドネシアでの車の販売が、順調で、鼻高々だそうである。

浜松自動車と拳母自動車を抑えて、堂々の第一位と威張っている・・・

浜松自動車、拳母自動車が、見捨てつつある印度の市場のテコ入れをするのかな?

タタが基本的には危ないという云うか、インド経済自体が結構危ない。

ダイヤ自動車の親会社の厚木自動車は、前年同月期比較で、83%の減少であった。

落ち込みが激しい、北米の売り上げを回復するために、2年間で8車種投入・・・するそうな・・・

2020年は、国内市場に、4車種投入するとほざいている。

エンジンは全部使いまわし・・・新型エンジンの登場は・・・ない・・・

魅力のある車?

GTRの将来も危ういらしい・・が

新型スカイウエイ(仮名)は、高くなっただけ・・・考ようによっては、原価率87%という最低なレベルでの車生産をしていたら、顧客は逃げるだろう

新型に見えない、500万円以上するスカイウエイ(仮名)を・・・誰が買うのか・・・

そこで、北米へ何を投入するのか?

ピックアップ・・・何かあったけ・・・どうも、マーセデス(明治大正時代の表現)にOEM供給してたピックアップがあるので、それを転用…すると云う情報もあるが…どーなんだという感じである。

云い方は悪いが、ダイヤ自動車製造は、東南アジアで何を売るの?

ぱぜろ?、蜃気楼?・・・???

厚木自動車もダイア自動車製造も、株価は低迷中

基本的には、300円切ると危ないかなぁ・・・(根拠ないが、体感的な感覚)

ところで、日産の社員さんは絶賛、大量退職中だそうな・・・

ただし辞めていく大半は、基幹社員、設計担当で・・本当にやめて欲しい工場従業員は一ミリもやめていかないそうな。

自主的に、リストラされては困る方々が、ボロボロ辞めていくそうな・・・

南十字星の会社の流れる人も多いと聞く。

拳母自動車へ来る人もいるらしいが、実際、厚木自動車の体質にどっぷりだった人にはかなり厳しい職場と思うが・・・

ダイヤ自動車では、人員整理をする前に人員の適正配置(今まで適正配置していないことがそもそもおかしいのだが・・・)を行いたいという意向であるらしい。

キャリア社員を雇用している。

このキャリア社員を、今までのキャリアとは全く関係がない部署へ押し込む。

全然関係のない、仕事をさせるという荒業を敢行している。

これらの人は、適応できなくて、心の病になる人が複数出ている。

その部署では、形式的には、人員配置があり、人員は足りていることになってはいるが、実際は、長期休養がバカみたいに多いので、実質的な人員が足りんないのも事実である。

ダイヤ自動車製造では、「拳母自動車の一人勝ち」と云ってぶーたれている人が多いらしい。

現実的に考えると、厚木自動車、ダイヤ自動車製造、コルク自動車製造、科学技術研究所の自滅のような気がしないでもない。

最近、10年後の日本の自動車工業を考えると暗澹たる気持ちになる。

あることを考える。

株価が下がり、ナチス協力公団が、51%まで株を買い増す。

そうして、厚木自動車の吸収合併を報道する。

厚木自動車の日本向けの生産工場は中国に集約化して国内生産を取りやめる。

国内の工場、海外の最新工場を売り飛ばす・・・人員は、国内産業の他の業種へ流れていく・・・

ダイヤ自動車製造は、完全子会社化されて、ナチス協力公団の軽自動車、四駆、小型スポーツカーの製造元になる。

当然の様に、外国メーカーになれば、自衛隊車輛の生産はなくなり、岐阜の下請けは消滅。

(現在、自衛隊向けのPHEV車輛を独自に試作して、どうですか?と聞いているらしいが、自衛隊の車輛修理の現場では、前の型のパゼロ改造の1/4トン小型トラックの評判がすこぶる悪い。

 壊れると直すのが大変だそうである。)

まぁ、そんな風になる可能性はゼロではない。

気分は、クワバラクワバラである。

 

 

 

 

| | コメント (0)

うちのパブリカの事など

うちのおばさんの家に、パブリカ20があったことは覚えている。

10は、見たことがある記憶程度であった。

今を去ること、20年前ほど前にご友人の納屋にUP10が放置してあった

パブリカ中京のSさん昭和40年代に持ってきてから放置してある由緒正しいパブリカだった。

そこで、欲しいと言ってあったが、なかなかもらって帰るとという事が難しかった。

ある時、増築するから納屋壊すので、パブリカ欲しいなら持っていけと云われた。

そうなるともう仕方がないので、持って帰ることになった。

430778fb2c465820bbef17183f5a9867 4abf7054f4303f3a1efb6efc65544832 7b620e26b5427bf04f9b69f9cca23ca0 8b6ed3ad989b54f1e665cbdd1724f6f2  

納屋にあったのをひっぱりだして、積車頼んで運搬したのである。

最初書類がなかったので、せっせと探してもらい廃車証を発見した。

そうして、車検取って名義だけでも変えておこうかと思ったが、ある業者に聞いたら、30万から40万円かかると言われた。

まぁ、名変更の手間とブレーキのパーつ全部込みだったんでしょうがないと言えばしょうがない・・・

で、ご友人が、脳梗塞で倒れて半身不随になった

ちょっと車検を取って名義変更をするのが結構面倒なこととなった。

数か月に一度ぐらいの割合で訪問をしていたが、元気にはならず、目は何を見ているのか判らないような状態になった。

そうして程なく,というか2年ほどたって亡くなった。

こうなると、車検を取るのはものすごく面倒

相続人から同意書を取らないといけない・・・

こうなると、気が滅入るので、修復する気は失せていく

でも時々、パブリカのパーツは買っていた。

一部腐っていた、左のドアとかは買ったりもした。

一時期、結構買ったのだが、どこにあるのかわからない・・・

結局、まぁいいかである

最初は、友人の倉庫に入れてもらっていた。

倉庫を壊すというので、同じ敷地内の比較的日の当たる、風通しの良いところは置いておいた。

なかなか、見に行くこともできず、放置状態だった

環境は比較的良好な感じだった。

先日、ご友人の終活の一環で、置いて置ける場所がなくなることになり急遽、処分をしなくてはならなくなった。

部品取りで売れば?そう思うのは下世話である。

解体前提で売り飛ばすのは、なんかもったいない感があった。

そこで、ある人に聞くと、買取はできないと言われた。

しかし、子供、向けの職業プログラムの一環で車が欲しいという。

豊田英二さんお残した子供向けの基金をもとにしたボランティアの一環事業だそうである。

800のパブリカは、何台かあるが、700はないので700のパブリカを探していたという。

豊田英二さんの基金と云われれば、うーも、スーもない。

それなら、二つ返事で、どーぞ持って行ってくださいである。

連絡があり、豊田市の方でも是非に下さいという事になった。

来週、取りに来るそうである。

判れは惜しいが、解体されるよりはましだと思う。

Dsc05238_20200215200901

Dscn5798

| | コメント (0)

泥沼日産に光は差すのだろうか?

厚木自動車の決算発表が、涙なしには見てはいられないような内容で笑った。

(株主的には、涙が滂沱と落ちる感じではないかと思う・・・株価下がるしいいことないので・・)
またまた80%以上の売り上げ減少である。
2019年10月、11月。12月の四半期決算は、260億円の赤字
今期の通年の純益予想は650億円に下方修正

2月の中旬ではもう何とも仕様がないことに気が付いたのだろう・・・
11年振りの赤字だそうな。
11年間の利益に源泉は、第四四半期に会社でも売り飛ばして利益を上げる手法がつづいていた。

会社の売り飛ばしなので、本来的には、ずーと本業では赤字という見方もできる。
日産トレーディングの売却ができれば良かったんだろうけどねー・・・売れないから。
売れそうな会社は、愛知機械?日産工機?日産車体?
あ、三菱自動車があった・・・けど一心同体だから売れないよね。
トヨタは、原価率(経費割上)が、だいたい、70%の前半の範囲に収まっている
ホンダの原価率は、大体70%の後半をうろうろしている。
ホンダも危ないグループの一員である。
業績回復のリストラ…て何をするのか見てみたい。
人員削減?
設備の売却?
工場の売却?
お得意の会社の切り売り・・
ドル箱だった中国がダメで、何ともならないのが実情というところだろう。
ゴーンに、損害賠償を100億円請求したらしいが、国内に財産があるのかねぇ
ゴーンが偉かったのは、日産の7111億円の特別損失を計上して、構造改革にシフトしたのは大変偉かった。
日産の生えぬきの人たちには絶対にできなかったことであろうことは容易に想像がつく。
でも、リバイバルプランが、最初の勢いが消えていくのも早かった。
日産のアホ幹部の優柔不断、決断できない、悪いことは先延ばしの体質は、現在負い築いているようで、新社長は、特別損失で損切りをする勇気はないらしい。
基本的には、ゴーンが来た頃は、まだ日産には一応売れる車のラインナップがあった。
現在、損きりをしても復活するだけの前向きな材料はない。
そう考えると、下手な自称個人投資家の様に、いつまでも含み損を抱えて、いつか・・・値上がりするかもしれない・・と思って株を抱えて右往左往しているような人と近い感覚かもしれない。
売り上げは2018年から2020年まで減り続けている。
2018年から2020年まで、4%、15%と減っている。
119512億円→115742億円(96%)→102000億円(85%)
経常利益の推移はもっとひどい
2018年から2020年までで、2018年を100と見做して計算すると、55%、14%と激しい減少である
5748億円→3182億円→850億円

純利益は、2018年を100%と見做して比較すると、42%、8%と信じられないような減少である。
2018年から2020年までの純利益の推移
7469億円→3191億円→650億円
そのくせ有利子負債は、2018年 7兆6963億円、2019年は、7兆9938億円に上昇
103%の伸びである。
内田新社長の狙いは、黒字決算の確保であろうことは容易に想像がつく。
黒字にしないと、内田社長は引きずり降ろされる可能性が高い。
だって、トロイカ体制だもの。
日産が、三菱自動車の株主というと地位から、三菱本体に食い込んでいくつもりかどうかは判りはしないが、三菱商事から、三菱自動車の販売に派遣されている人々がいるが、予算がなくて宣伝もできない状況となっているのを見ると、三菱グループの余力のなさから考えると、日産、三菱につぎ込む労力はすでにない
内田社長は、日商岩井の出身である、日産の生え抜きではない。
関潤は、トロイカ体制の唯一の生え抜きだったが日本電産に引き抜かれた。
ルノーの干渉がひどくてやめたという憶測もある様であるが、現実的には、逃げたという氷表現が正しいと思う。
だって、泥船だもの。

 

| | コメント (0)

詰まんないこと・・・

心が健康でないと、不穏当なことをことを考える傾向にある人がいる。

クジャクの羽根は、所詮は羽根である。

実態は小さい。

例えば、非常に安泰の生活を送った人がいるとする。

中学高大院と素晴らしい成績で学校生活を終えて社会人になったとする。

他の同級生は、医者や弁護士と云った高級取りが沢山いるとする。

自分が、サラリーマンで、部長になれるわけでもなく、役員なんて夢また夢なんて人がいたとする。

なぜか、同窓会にでる。

かつての進学校の時代の同級生を見る。

同級生の生活の状態を垣間見る。

周囲の車と自分の車を見比べる。

見劣りする(と思う)・・・

恥ずかしい(と思う)

・・・自分の収入(手取り)と、載っている車の格差が激しいと、クジャクの羽根をつけたくなることがあるかもしれない。

これは、心の健康が不健全としか言いようがない。

しかし、ある面では競争心を煽るという意味では、社会の推進力にもなる場合もある。

実際は、懐具合(自分お小遣い)いとか、社会立場への不満であろうことは想像に難くない。

そこで、同級生以外の者の前では、不満ばかりが表に出ることになる。

不満は、本当は自分の至らなさを自省すべきことであるが、自己評価が高いのか・・自分が悪いのではなく、他人が悪い、社会が悪い、すべからく関係するものすべてが悪いという考えに至る人もいる。

ここで大きな勘違いは、自分が、ほとんど潰れることがないであろう会社に勤めていて年収が1000万円ぐらいあったとする。

医者や、弁護士、会社の社長(規模にもよるけどね・・)と見比べると、医者勤務医なら別であるが、基本的には個人事業主である。

悪く言えば零細企業の一人会社である。

医者で、勤務医なら、まず暇はない。

個人病院ならどうだ、これも零細企業である。

医療機器のリース代がかさむ、客(患者)は減る。

看板をたくさん出す。小さい看板でも数が増えれば、経費は増す。

態度が悪いと言って、患者は減る。

簡単なの手術も減る。

腕が悪いと評判が立つ・・客は減る・・・周囲の客が減る・・・看板で遠方の客が増える

遠方と、この医者の中間に新しい医者の病院ができる。

客が取られる・・・看板増やす・・・経費増える

客は減る・・・・

こうなると悪循環である。

日々、資金繰りを考えなければならない。

中小企業の社長さんならなおさらである。

毎月の経費、従業員の毎月の給料分の収入(先月の売り上げ)がなければ、会社は継続できない。

彼らは、ある意味自分お職業をクジャクの羽根で誤魔化す必要がある。

「金には、困ってないぞ。」という態度である。

いい車(高い車)、いい服なんてえのはその典型である。

高校時代の進学校の同級生の今の姿(クジャクの羽根全開モード)をみて、自分が負けていると思うのは品性が下劣ではないかと思う。

医者の年収幾らよりも、実際の手取りがいくらか?

自由にできる金がいくらか?

税金払って、自由にできる金がいくらかを考えればいいのである。

サラリーマンは、使える金が決まってはいるが、分不相応なことをしなければ、ある程度のいい生活ができるはずである。

クジャクの羽根にこだわりる人は、評価を常に外部に求めがちである。

・・・60年70年代の左翼の学生運動家のような思考パターンである。

大丈夫か?

といいたくなるが・・本人は、いたって真剣な様子・・・・

身近にそういい友達がいたので、何となく、気の毒になる。

たとえば、ロレックスをはめみたり。

こういい車に乗っていると自分は、こういい階級の、人間だとと主張したい。

車、時計は、クジャクの羽根のはなりうるが、所詮は、借りてきたものである。

車に価値を見い出す人は、それでいいかもしれない。

車だって、現金で購入最初から、自分の所有の人(所有権留保時ではない車の所有権)は、偉いと思うが、一般的には、「所有者」ではなくて、「使用者」(ローン払ってる、リース料払って車を使っている人)であることが多い。

之なんか、典型的なクジャクの羽根である。

高い車が、欲しいかと云えば、欲しいなんて思ったことがない。

ロレックスなんて必要に思わないので、買わない。バブル頃、大学生が100万円ぐらいするロレックスをはめていたことがある。

逆に、分不相応な者がつけていると・・・気の毒にと思う。

大体、ロレックス嵌めていると馬鹿に見える(ごめんなさい)

仮に「Z」という車を、中古で買い、60回払い半金をローンで買ったとする。

嘘つきで、クジャクの羽根を自分で作るために嘘をつく。

中古で買いながら、新車で買ったと、述べる。

世界的には、十数台の生産台数だから希少かもしれない。

でも、みんな知らない。

本人は、おお威張りかもしれないが、端から見たら、変な車で終わり・・

世界的に、「Z」デザインの車は値段が上昇気味である。

彼は、彼の乗る「Z」デザインの値段が上がらないことに不満である。

自分の大切なクジャクの羽根が、羽根の役割を果たしていないと気が付いて憤懣やるかたがないという事である

 

 

 

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

さらば、パブリカ、又会う日まで?

うちのパブリカUP10 1966年式は、某社と云うか豊田英二さん基金を活用している団体に寄贈することになりました。

小学校5年生以上のお子さんが、将来、パブリカを修復するそうです。

その昔、なぜなぜプロジェクト?だったかで豊田市役所のホールに20パブリカが置いてあり、記事に書いたことがあります。

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/02/post_0b8f.html

そのプロジェクト用に、もらわれていくことが決まりました。

部品取りでバラされるのは嫌だったので、良かったです。

書類も行方不明なので、丁度良いという感じです。

さて、少しあるパブリカのパーツは売り飛ばすことにするか否か、お迷い中です。

初期のUPパブリカのエンジンもあるのですが、これは貴重すぎて手放す気がしない。

とりあえず、肩の荷が下りました。

最近、初代のMSクラウンが無性に欲しい。

スプリンターもいいなぁと思うんですがね。

 

 

| | コメント (0)

パブリカ 2

2007年12月に書いた記事です。

パブリカの嫁ぎ先の事業の一環です。

豊田市役所のパブリカは、実は、小学生、中学生の共同作業によるレストレーションと判明(レストレーションというのかどうかは微妙だが、パンフレットによれば「集まれ!ものづくり大好きっ子、ものづくり、なぜなぜ?プロジェクト」(お問い合わせは、ものづくりなぜ?なぜ?プロジェクト実行委員会 豊田市役所 生涯学習課もしくは、財団法人あすて)

http://www.city.toyota.aichi.jp/division/ad00/ad17/1193350_7090.html

農業チーム、繊維チーム、自動車チーム、陶芸チーム,の4チームで、小学5年生から中学3年生までの1年間を通じて活動に参加できる人が対象で、自動車は、「古い車を分解、修理、組み立て、動くようにしますとある、募集人員は24名程度、月3回程度の開催となっています。開催場所は、豊田市本町本竜43の「あすて」毎週土曜日に開かれているようです。

よく見てみると、塗装がたれていたりしますが、過去の作品は、パブリカ5台、パブリカコンパーチブル1台などもありなかなか馬力のあるプロジェクトであると思います。

市役所のHPを見てみると、トヨタのOBがよってたかってお手伝いをしているらしい(コワねえ・・・)おまけに、トヨタの技術会もお手伝いをしているらしい・・・・・まあ、仕方ないのでしょうがね。

基本的には、パーツは再生品を使うようで、フェンダーミラーは、内側の反射面が、腐食でかけていたりしています。

Dscn9760

 

 

 

先述の通り、病気になりましたので、再診で、午前中の休暇を取ってあったので、時間があったので、再取材(というほどでもありませんが・・・・・・)をしました。

こんな感じの展示です。

左右には、他のプロジェクトも展示してありました。

今までの作品の数々、べつにレストレーションが主ではなく、あくまで、再生?、改造?を学ぶ・・・・・のか?ためのプロジェクトのようです

Dscn9771 。

 

Dscn9761

 

 

 

エンジンルームもこんな感じで、なかなか良い感じです

下手な、レストレーションより良い雰囲気なのでは?

ボルトは類は新品です!(ここが大切)

各パーツのやつれた感じがグー(なんとなく、駄目な感覚・・・侘びさびな境地とでも言うのでしょうか・・・・、なんとなく、ヤリマシタ!というのはどちらかといえば駄目な感じなのです。)です、きれいにした感じも良いです。

Dscn9772 

 

磨いた感が、コウなんとなく、昔の自分を見ているようで・・・・、自分がレストレーションした時は、板金は、板金屋さんへ、組み立ては自分で!、各パーツは、各専門家へ修復を依頼しましたが、アルミのパーツなんかは磨き倒して、おまけに、ばふまでかって磨いてました。

小生のはっちやんのハンドルはスポークも実は、磨いてあります(初期型とか当時ついていたものは結構きれいになっていたので。)。

ところで、今気がついたのですが、20パブリカでも珍しい初期のパブリカのような気がします。エンジンのシュラウドが、ド初期(ファンカバー部分が、4箇所止め!)ではありませんか・・・・それに、デラックス文字も金文字!

Dscn9769

 

 

ホーンは、最近(とはいえ、ずいぶんと古い)のがついています。

Dscn9770 

 

 

リアフェンダー部分は塗料がたれています。

Dscn9766 Dscn9762 Dscn9763 Dscn9764 Dscn9765

 

 

 

車内もきちんとレストレーションされていますが、新品部品を探して!とか、オリジナルに忠実に!ではないようなで、フツーに直せばこんな感じという雰囲気です。

Dscn9767 Dscn9768

 

 

 

中途半端なレストレーションに比べるとずいぶんと良い感じです。

パンフレットを見ると、どうも、ばらばらにして、きちんと組み立てるという事らしいので、きちんとバラシて、再塗装、磨き上げから組み立てをしているようです。

ボンネット裏側には、寄せ書きがありました

Dscn9773 。

 

 

トヨタJr!とか書いてありましたから、トヨタ自動車の社員の方の子弟もおおいのかしらんと思ってしまいまいました。

展示の写真解説を見ると、年1回のイベントありその折には、ちゃんと動かしているので、動いているようです。

ひとつ残ったなぞは、何処から、このベースの車を探してきたのか?パーツはどうしたのか?どの程度までエンジン、ミッションは直したのか?興味が尽きませんが、生涯学習課にたずねるのも気が引ける・・・・1月12日、1月19日、1月26日、2月2日、2月9日、2月19日は、見学が出来るようです。

見たい気もする・・・今年はどの車種を直しているのか分かりませんが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダイア自動車製造の憂鬱

M自動車こと、ダイア自動車製造と改名しようかと・・・

昨今、チーフ会議で、会社のいろいろな情報が外部位に駄々洩れであるから注意する様にというお達しがあったそうである。

試作のコード番号や、試作が中止になった情報、会社の中では、部外秘となっているようなことが、雑誌、各種メディアに載るから、外部で話をしない様にというお達しだそうである。

飲み会や、駅の待合で会社の事を話すなという事らしい・・・

会社の話題は社内にとどめておけよというお達しだそうであるが…どーなんだという気がする。

うちの役所では、外部ではの仕事の話は一切厳禁なので、勢い飲み会は話題がない。

高校出ては入ったような人は、脳味噌が仕事に特化しているので、趣味は基本的にない。

よくあるのが、釣りと写真・・・ゴルフ・・・ぐらい。

釣りは、嫌がる部下を無理やり連れていく人が多い。

写真は、仕事以外で勲章が欲しい人ばかりだから、基本的に傾向と対策で撮影をする。

本店にも写真のクラブがある。

先輩諸氏は、入部しなさいというが、こちらは群れて写真を撮る気はないのであっさり断る。

(この辺が嫌われるゆえんたるゆえんである。)

コンセプトは、女、子供、楽しそうな風景である。

だから、本省の公募に出てくる写真はほぼ全部が、女、子供、歓喜の風景が多くなる。

私、以前と云うか、何回か特賞をもらったことがある。

しかも、女子供は楽しそうな風景は皆無

真冬の薄暗い山中の写真や、風車とルノーキャトルなんて誰も選ばないような題材しか選ばない。

で使っている機材が、基本的にはみな古い。

レンジファインダーの戦前のモデルが多い。

以前、鶴舞公園でバラの写真を撮影していた時に、本店の偉い方々が、最新の最新の一眼レフをぶら下げて写真を撮ってるのにぶち当たったことがあった。

その時、私、Contax1型、ツアイス35mm、LeicaⅡ型にズマール50mm、ビゾフレックスⅡ型経由の一眼レフ仕様・・・

写真協会の先生が、「珍しいカメラを使ってますねぇ」と云うぐらいだからかなり珍妙だろう。

ある大幹部が、「この人、去年の写真展で、賞取った〇〇さん」と云うのでご挨拶すると。

「そうそう、空気感を切り取りたいという表現を読んで、使用機材見てさもありなんと思いました。」と云われた。

周囲の幹部は、大不満である。

ついでに小一時間撮影して帰るときに皆さんも車の人が多かったので駐車場で鉢合わせ・・・

私、トヨタスポーツに乗っているのを目撃された・・・ので余計に、何だあいつは‥ということになった。

私は、個人的には、生活と仕事は切り離している。

仕事は仕事、生活は生活である。

しかし彼らは、仕事イコール生活である。

そんな人間たちと付き合えるわけがない。

閑話休題

趣味もあわない人たちと飲み会で何を話すのか・・・うちでは、人の悪口しか言わない。

ほめるなんてことは、1/1000000ぐらいない。

そこで、ダイヤ自動車製造の飲み会は何を話すのか?

話す話題なんかないのである。

悪く言えば、飲み会はするな、帰りはつるんで帰るなという事であろう・・・

一番笑えるのは、試作なんかの部外秘は、外部にばれないようなコード番号の指定があるので、設計担当は、そのコード番号を入れて発注する。

しかし、資材担当は、自分が受け入れる時に分かりにくいという単純極まりない理由で、社内の試作コードをそのまま書いて外部のサプライャーに出す。

試作のラインでも、外部の人が見てわかるようなところに、正々堂々と、試作コードが書かれていりるという。

この状態で、外部に漏れないように外で話するなと云ってきながら、会社の体制がこれでは・・情報のコントロールができていない証拠である。

雑誌社や、ネットに載るような資料は基本的には、会社の幹部から流失したとみるのが通例である。

以前、トヨタ自動車が中国へ進出する際に共産党幹部へ付け届けをしたことが、某赤新聞にすっぱ抜かれたことがある。

この時は、社内では、すさまじい犯人探しが行われた。

結局、社内調査は不調で終わり、トップへの報告上、外部のそれらの情報にアクセスできる者が、赤新聞に情報を漏らしたとい事で内部処理は終わらせたという。

(実際、アカの職員もいるので、流した可能性は否定できない。人事でくすぶっている人間が、愉快犯的に行う可能性も否定できない。)

ダイヤ自動車製造の内部情報の漏洩?は、自社の情報を外部に、漏らすか、売り飛ばすかする人間がいるであろうことは容易に想像がつく。

だって、飲み屋で話をする内容を網張ってる人が捕捉して記事を書くなんてことが可能なんてことを誰が思う?

マンガじゃあるまいし、飲み屋で事細かに話している内容を、自分も飲みながら正確に聞き取り、メモして記事にする?

そんなことを真剣に考えて、チーフ会議に出して、参加者全員に告知したというのは、すでに末期的だと思う。

 

 

| | コメント (0)

M自動車の開発の関係資料を読んでみた・・・

三菱500の試作は、当初、2CVのエンジンがベースであった。

2CVのエンジンの劣化コピー試作して、2CVに搭載して試験を行った。

結局、2CVのフラットツインのエンジンは採用されず、と云うか、実際は、スペース的な問題もあって、最終的には夾角のVツインが、タダの倒立型2気筒で落ち着いていく。

ここで面白いのは、どっかから持ってくる精神は旺盛であるという事実

見本を改良?(改悪?)してばかりいるから、本質的なコンセプトがズレていく。

パゼロ(仮名)という車は、Jeepの豪華版を目して脱皮し完成した車である。

結局、ファミリーユースの路線を切ったはずであるが、使い勝手は全然ファミリーではなかった。

ジープに装備をつけて巨大化したというか、装備をつけると巨大化せざるを得なかったというのが真実かもしれない。

パリダカールで、買ったパゼロは、普通の、市販のパゼロとは全く関係ないしろものだった。

悪く言えば、F-1に乗用車の皮(がわ)つけて路上を走らせるようなものである。

市販車は、外見が似てるだけである。

これは車を売るための宣伝としてのレース参加だから仕方がない。

日産のコンセプトは、トヨタがやったことの後追いが多い。

時々、おお、と思うような独自なコンセプトを打ち出すことがある。

レパートがいい例である。

独自の路線を出しても、コンセプトが貧弱と云うか狙う方向性がズレているので、トヨタに換骨奪胎されると、自社のモデルは何時しか消えていく。

レパードが出て、トヨタは、長谷川龍雄専務(だったと思うが・・)は、ソアラの開発を急がせたという。

日産のぼんくらさは、海外進出でも沢山の失敗をした。

失敗しても、不思議と今後の糧にならない。

なんで糧にならないか?

買収する会社の財務諸表さえきちんと読み込めない。

粉飾、タコ配をしているのを、トヨタもVWも気が付いて買収しないのに、なぜか日産はホイホイと買う。

要は、実績を伸ばす目的が、自分の利益を増やすためには、実績をあげて、トヨタを抜けば、いいのだという間違ったコンセプトがあった

その点、M自動車は、三菱グループの一端と云いう地位に安住しすぎた。

「グループの人が買ってくれるから、ほかのそうに販売を増やさなくていいや・・」と思ったかどうかは知らないが・・・あまり販売は積極的ではなかった。

パゼロの販売、イヨマンテ(仮名)の販売で、一般の、グループ以外の人の購買層をつかんでいたが、結局、皮(がわ)だけ番長で、次が続かない。

そういえば、親類の方で、某M電機ご勤務の方が、イヨマンテを買う事になった時のことである。

この方、延々と通勤にデボネアを愛用していたのだが、下取りに出したらゼロ円と云われたそうである。

ご家族は、拳母自動車の大衆車をこよなく愛してるいるので、乗らないとう。

頑丈な車で、ご本人は、捨てるのも忍びない、あんまりだなぁという事で、私に「デボネアいらんか」と云われたことがある。

当然様に、丁寧にお断りをしていると、丁度、M電機にご勤務だった近所のおじさんが通りがかった。

旧知だったようで、この車いらんかねという話になり、その方がもらう事に・・・

でも、数年で、いろんなところが壊れて、直すのに金がかかりすぎるという事で廃棄されてしまいました。

閑話休題

結局、一般層に販売層を増やさなかったおかげで、販売はががた減りである。

なんとなく顧客を大事にしない、日産自動車もM自動車も、体質がほぼ同じという点では、ある意味「道行き」にはふさわしい相手を選んだと言えるのかもしれない。

 

| | コメント (0)

M自動車の憂鬱

M自動車は、元々、M重工から分離独立した自動車製造専用会社である。

軍需産業の一環での自動車製造が始まりである。

その実、終戦後は、トヨタ自動車の下請けで、自動車ボデイを生産していた。

当時トヨタは、関東電気自動車、荒川車体、中日本重工業(財閥解体で分社された旧三菱重工、大江工場)に、車体の生産を委託していた。

トヨタ設計のボデイを忠実作ったのは、荒川車体。

関東電気自動車は、大型プレスがないのでプレス、簡易ブレスの多用と、溶接、板金で対応(おかげで、大赤字だった、当初は、電気自動車の修理、電気自動車の製造、軍用車輛改造バスバデイの製造、いろいろの会社の下請けで、経営が安定していなかったので、正に、必死の受注だった。)

中日本重工業(のちのM自動車)は、独自のデザイン、ユーザー(タクシーがほとんど)の使い勝手のいいようなデザインを心掛けたという。

視認性の良いフロントデザイン目標にして、オリジナルよりもボンネットを低くして工夫をしていた。

東京での販売が多かったようで、東京のタクシー業者に使用状況を聞いて廻ったそうである。

同じころ、日産は、戦前の180型トラック、ダットサンを復活させて生産を継続していた。

180型は、戦時型の資材を減らした、フロとブレーキ無し、前照灯1個、オール木骨荷台の簡易型から、一般形へ戻す形での生産であった。

ダットサンは、木骨外皮は金属板という戦前から1ミリも進歩していない生産を継続していた。

そこで、日産の設計陣は、無能を通り越して、馬鹿の集団だったので、戦前のダットサンを近代化することを思いついた。

そこそこ売れている車の延命措置・・・・・・今のマーチみたいなもんで切るに切れない・・・

そこで、木骨外鉄板皮仕様を変更して、車体をオール金属にすることを思い立った。

材木の管理が大変だったのかもしれない。

ここで日産がバカなのは、フロントのデザインはそのままでボデイだけ・・・金属に変更するという何とも間の抜けたことを行った。

その金属ボデイの設計を中日本重工の大江工場に発注した。

中日本重工は、戦前の機械のうち燃え残ったった、壊れた機械を修理して設備を復活させつつあった。

1000トンプレスを自前で持っているごく少数の会社でもあった。

当然の様に、飛行機の設計はしたことはあるが、自動車のボデイなんて設計をしたことはなかった。

そこで、木骨ボデイを参考にして、何とか完成した。

最終型の戦前型は、日産の工場生産ではなくて、その実、中日本重工業の大江工場で作られていた。

後年、いすゞの乗用車の車体製造もおこなっていた。

ここで、感慨深いのは、中日本重工業(現在のM自動車)は、下請けとしては上手くできたという事である。

これは、「官(陸・海軍)」からの命令で仕様書に沿ったものを作ることが得意と云う性質、と云うか根性が、しみついていたという事である。

中日本重工、現在の三菱重工業は、官側の要望に応えることには長けている。

三菱重工業から分離した、M自動車にも同等の精神構造が蓄積されていると言えるのではないかと思う。

つまり誰かからの命令にしたがった・・・下請けとして・・・ものを生産するのは得意…という事である。

M自動車では、設計する車がない、新規の予定もないに等しい・・

独自性を出そうにも、日産自動車という軛(くびき)があるので、日産の系列の部品を使わざるを得ない。

面白い話に、アイドルストップをつけて燃費を向上させるのと、車体の軽量化を図ることで得られるの燃費の向上とほとんど差がないそうである。

そこで、最近の車はアイドルストップをつけずに、そのパーツをつけないことで得られる軽量化の方が重要となりつつある。

しかし、そんなことはどこ吹く風で、他社の軽量化を調べても、パーツの減少で得られる数グラムの軽量化の積み重ねで、全体で百何キロ減少を果たしている会社との比較ができない。

ジャトコの出来の悪いミッションユニットを使わざるを得ない状況は、単に、会社の首を絞めているだけである。

M自動車の某県の販売店がインセンテイブ欲しさに、インセンテイブの高い車種を新車登録して、オークションに流していることが判明して批判されているが、日産のある県の販売店は、全然売れない軽自動車を新車と登録して、オークションに持ち込んで販売をしている。

正に、タコ足配当(タコの足喰い)をしているという事である。

M自動車の幹部には、危機感がない。

本社を、東京の三菱のビルに入っている意味がないのも関わらず、東京都内に居る。

水島、京都、岡崎のいずれかに本社機能を移せば随分と安上がりになると思うだが・・・家賃とかね・・・

その都道府県に対して、本社を移すので、一定期間の税制上の優遇措置を求めるというのも手段ではあると思う。

いずれは、日産もM自動車も消滅するのかと?という危惧がある。

20200210

20200211訂正

 

| | コメント (0)

興味のない話・・・

大昔、わたくしがまだ御幼少のころ・・・スーパーカーブームがあった。

その時に車が好きになった人が多いと聞く。

その実、わたくし全然熱狂無し。

せいぜい消しゴム数個買ったのと、カード買ったぐらい・・・

タミヤのポルシェのスピード競技用のキット買って、デカール貼って走らせたぐらい。

ランチャストラトスの同じシリーズを買ったが、あまり走らず見掛け倒しと思った。

又、少ない小遣いで、スーパーカー関係の物を買うという事は不可能で、模型を買うのも1000円まで・・・

別段、911を見てかっこいいとは思えなんだ・・・

その点、928はかっこいいなぁと.

何枚も絵を描いた気がする・・

カウンタックは、変な車にしか見えなかった。

カウンタックの名付け親は、某CGの編集長である。

当時、誰も読めないのでカウンタックと書いた。

そのせいで、本当は「クンタッチ」が、日本だけけで、「カウンタック」になった。

誰も読み方を知らなかったんだから仕方がないだろうが、クンタッチでは、人気は出なかっただろうことは想像ができる。

ちなみに、ごてごてものが付いていないカウンタックが一番好きかなぁという気がする。

LP500のごちゃごちゃ感はあまり好きではない。

で、ある施設で、サーキットの狼講演会と車の展示があったが、カウンタックLP400はなかったなぁ。

数年前に、一度だけ赤いLP400を見かけたら、結構かっこいいなぁと・・・

ソリッドな感じがいいなぁと。

ジジイになると嗜好が変わるのである。

ある人から、作者の人はゴルフ仲間だよと聞いて、「へー」と思ったぐらいである。

つまり、ゴルフ(親戚は、某ゴルフ雑誌の編集長でしたが・・)もしないしスーパーカーも興味がない。

今日、沢山のおじさんたちが、講演の開場時間前に並んでいるのを見ても、なーんの関心もわかない。

最近、普通にすごいとか、興味があるなんてことが出てこない。

調べ物をしていると、時々、とんでもない資料に出会うとうれしくなるが、それ以外は全然興味がわかない。

先日、豊川順彌氏の「白揚社」の広告を見つけた時には、ある種の衝撃があったが・・・。

要は、現在ただいま、精神的に余裕がないのである。

友人とのアホのような会話は面白い。

それが唯一の救いかなぁ。

ひでえ話であるが、前に書いた、「この人を俺は知ってるんだぜー」的なクジャクの羽根をつけて喜べるタイプではないのと、「妙に」に覚めている自分が怖い。

根本的には、興味がないという姿勢に変化はなく、今日もさっさと帰った・・・

 

 

 

| | コメント (0)

この時期、マスクはエチケット・・・

今日ある施設へ行くと、付属の図書館へ行く途中ですれ違った団体様のうち1人の爺さんが

「こんな時期だから、マスクはエチケットだ」と云っていた。

マスクの効果を、否定する発言が多い。

自分がマスクをつけたくないがための言い訳にか聞こえない・・・

この騒ぎが長引くと、うちの在庫のマスクがなくなると困るなぁという気がしている。

ここ数日、風邪気味で、のどが痛い。

寒風吹きすさぶ中をテくテク歩いているので仕方がないような気もする。

バスの中も結構怖い

だって、マスクしてねぇ爺さん婆さんが平気で、ゲホゲホ・・・とやっている。

勘弁してくれよと云いたい。

窓開けて、外気を導入すると、爺さんが寒いと抜かすので

「マスクもしねぇで、咳してる野郎がいるから、換気が必要だろう。」

爺さん、「寒いわ」

「だったらマスクもしねえ奴に文句言え」というと爺さん黙る。

車内は殺伐である。

ここ2週間ほど、中国人観光客が減ったという。

土産物屋も、売上減っただろうなぁ・・・と

ちなみに、自動車部品のマゴマゴ請けが、中国から金具なんかを輸入していて、どうもこの手のパーツが入荷しないので、3月末以降生産に影響が出そうだそうである。

ある施設では、愛知県内で、コロナウイルスの患者が発生したことがわかるまで、お客の対応をする人たちのマスク着用を禁止していた。

「お客様に失礼である。」と云うのが原則的な対応である。

あるホテルでは、現在もマスクの着用をせずに対応中だそうであるが、クレベリン等のエアマスクで対処している可能性は高い。

というか、エアマスクで対応すべきだろうと思うのだが・・・

愛知県内で、頃のあウイルスの患者が出ると同時に、マスクの着用が指示されたそうな・・・

遅くないか?

危機管理意識が薄いなぁと・・・

うちの役所は危機管理能力はほとんどない。

そのためか、先週、メールの添付ファイルに、厚生労働省の指示事項、注意喚起とマスク、手洗いの方法、内閣府の注意喚起文が来た。

今週末に、再び、厚生労働省から、対策注意事項が送られてきた。

地域限定の中国滞在者の入国拒否は判る。

実際、中国からの外国人の入國拒否を行う場合の、根拠としてはWHOに従うのはおかしい事ではない。

しかし、武漢市を包囲、隔離している状況は、すでに異常だと思う。

異常だと思うわない方がおかしい気もする。

だからこそ、WHOの勧告がすでにおかしいと、みんな思いだしている。

というか、気が付いている。

過小評価しているのではないかと云う疑問である。

情報統制しかしない国である。

そこで、WHO自体が、中国に毒されているという意見さえある。

実際のところは、よくわからないからこそ不安になるのである。

実際、死亡率や発症数は中国政府の発表に準拠しているが、実際、武漢市を閉鎖するほどの規模という事は、本当の数はどうなんだ?という疑問がある。

変な話であるが、発症数と、死亡者数の数字が改ざんされていれば、WHOの発表は100%評価できないという事になる。

思い起こせは、モンゴル帝国時代の14世に、黒死病が中国から大流行したことがある。

こんなことを、考えてしまう。

マスク、エアマスクは必須だと思う。

でも、塩素系だからエアマスク結構臭いのよね・・・

 

| | コメント (0)

こんな時の講演会は止めるべきだろうか?

怪しいコロナウイルスが流行している。

本当か、どうか知らないが、生物兵器とういう噂がある。

インフルエンザウイルスに、エイズ菌のデーターが加えられたものとする。

だから、インフルエンザの治療薬とエイズの薬の投与で効果が出るという事らしい。

どこまで本当の事かは判りはしないが、生物兵器なのか、天然物なのかは判りはしない。

突然変異と云う曲者が居るからである。

今回、あるところで講演会があるのだが、元々興味のない分野なのでもともと行く気もないが、この騒ぎで余計に行く気がなくなったというか、行く気が失せた。

なぜって?

不特定多数の人、特に、車好きの人が集まるようなところは危ないかもしれない。

車好きというは、非常に人種が分かれるところで、清濁併せのむところがある。

だからこそ、風邪気味でも、好きな人の講演だから不調を抑えてくる人がいる可能性は否定できない。

「そんなところへわざわざ行く必要性はない」と思う人が此処にいる。

危険は極力避けるべきだと思う。

愛知縣は、ほどとんど発症がない。

その点は現状は、いいかと思う。

しかし、現在、コロナウイルスの汚染地域と目される地域の人が来た場合、菌をばらまく可能性がある。

現に、中国で、武漢に滞在していながら、発症後に初めて武漢に行ったことを認めた爺さんが居た。

その人間が接触した人間は、移動の際の列車に同乗した者、病院の医師、看護師、家族、周辺にいた人すべてをコロナウイルスに感染する危険な状態にさらしたという事になる。

これは現状では許されないことである。

講演会場で、入り口にサーモグラフィーを設置して、特に体温の高い人を撥ねるといったことを行うことが出来ればいいが、そうでなければ参加者全員に危害が加えられるのと同じである。

ただし、キャリア(運搬者、保菌者)を見分けることはほぼ不可能なので、出来るだけ、汚染地域の人は入場をお断りすべきであろう。

最低限度でも、マスクぐらい配るのも手段である。

これは老婆心である。

閑話休題

最近の企画展の展示内容がひどいことは多くの人が気が付いている。

この間、友人の語るの聞いて、順番がおかしいと思っていたので、心の中で激しく同意したものである。

だっからこそ、今回このようなことを書くのである。

これも老婆心である。

今回の展示は、脈絡がないのである。

意図を口で説明しなければわからないようでは、展示としていかがなものかと思う。

学芸員の程度が悪いのかもしれない。

産業技術記念館と差は大きい。

又、展示物の順番、展示の説明がこれまたよくわからない。

「〇〇〇〇鋼」と書いて矢印が付いているが・・・どの部分か文字がない。

ある人は、「この部矢印の部分だけ、〇〇〇〇鋼を使っているのかなぁ」という事をつぶやいているおじさんが居た。

簡単なことを云えば、単純に、写真で〇〇〇〇鋼を使用ているパーツの部分を赤くして、「この部分に使用」と書けばわかりやすいと思うが

現在の展示では、部分しか示していないので判らんだろうと・・・思う。

つまり、見る側に立っての展示がされていなという事である。

技術屋が陥る悪い癖である。

そんなことぐらい判っているだろう。

一般人には全く分からないと思うぞ・・・

「あっせん交換」とか「アッセンブリー交換」と云われて普通の人がわかるかという事である。

判りはしない。

水面下の知識の人を相手にして考えるべきであるが、御高尚に高みから睥睨している感がある。

外部の人に意見を聞いたらどうだと思うが、そんな気はないだろう。

元技術屋さんのイケないところが満載で、こんなことぐらいわかるだろう・・・という感覚があるのかもしれない。

一番笑ったのは、ある車が、順路の手前にある。

現在の企画展との関連性は薄い・・・

何も知らない人が見て理解できない展示をするのは博物館的な立ち位置ではない。

今の車と比較したらという説明を何度も聞いたのだが、今の車との比較をするのであれば、今の車のシャーシの状態だけのものを並べて、今の車の複雑さと、当時の車の単純さを比較するとかが必要だと思うが・・・

悪くいえば、お客にやさしくない

 

| | コメント (0)

訃報など

今日か帰りがけに、〇〇さん1月14日に亡くなったの知ってる?と云われた。

この〇〇さんは、うちの会社のでは珍しく、うちの部の中で私を評価してくれた珍しい人である。

きちんと仕事をしたら、きちんと評価してくれるという稀有な存在であった。

性格的にもよく合った。

大変いいひとであった。

退官後1度だけの飲みに行ったことがあったなぁと思いだす。

もう一人お気に入りだった子を含めて3人で行ったのだが、もうっと頑張れと言ってくれたことを覚えている。

あの頃、パワハラで死にそうな雰囲気だったが、救われた気がした。

時として、人と人の出会いというものは、不思議な縁(えにし)である。

変な話であるが、私のいる部の幹部は基本的に私がどんなに面倒な仕事をやり遂げようと、全国で誰も行ってないような処理をしても評価をしない。

評価されてないと感じたのは、ここ数年であるが、評価されたいという願望は意外と少ない。

最近は、仕事で面倒なことは避けたいと思う。

給料が10万円も上がれば考えるかもしれないが、たかだか数万では何の励みにもならない。

金の重さと、責任の重さを考えると、わけのわからん部下の面倒を見るのも嫌だと思う。

だって馬鹿の面倒見たくないもの。

そう思うようになるともういいかなと思う。

しかし、最後に会ったのは、何年前だろう?

6年ぐらい前にかなぁ

「元気か?」と聞いてくれて「頑張らんといかん」と云うのであった。

ここ数年は体調が悪いと聞いていたが、亡くなっていたとは意外だった。

かの人の様に人格的にの優れた人は、早々に居なくなり、くずのような奴が残っているのはいかがなものかと思う。

なんだか嫌になってしまう。

3年前に、年賀状をもう出さないと来たので、それから返信は不要ですと書いて年賀状を出していた。

昨年末に、お二方へ、返信不要の年賀状をお送りした。

一人は、かの人、

もう一人は、英国で客死した友人の奥様へである。

忘れないでいてくれてありがとうと返事が来たが、こちらこそという気持ちでいっぱいだった。

なんだか最近寂しい。

| | コメント (0)

パンデミックの可能性はあるのか?

日本経済新聞は、訪日客の減少が、観光業、爆買いの客の減少で小売店が困ってるという情報をバカみたいに流して居る。

また、記事は続く。

中国の株価を押し下げている。

その結果、世界の株価が下がるという話しかない。

昨日今日は、世界のサプライヤーチェーンが困るといった報道しかしない。

新型肺炎の拡大が、国内の健康保険に与える危険性を訴えない。

ある支店で、職員のほぼ全員が、インフルエンザに罹ったことがある。

この時は原因が特定されなかった。

しかし、最近、日産の子会社の子会社(ややこしい)で、インフルエンザが大流行したという。

その原因は、入室管理のテンキーが原因と云われている。

誰が触ったかわからないような状態。

そんな怖いことはない。

又今回の新型肺炎の治療費は国が負担するいう。

そうしないと、地下に潜って病原菌をまき散らすからである。

しかし、最近は治療を目的とした来日をする外国人が増えているともいう。

中国から治療に来る中国人の医療費を何故、日本人の税金で賄うのか?

民主党政権時代の悪法が幅を利かせている昨今、いい加減に、日本人の怒りの矛先が一部の外国人に向く可能性はある。

かつて、欧州のペスト等が、東洋からの流入が原因だったことがある。

これは、東洋人を差別する機運をもらたしかねない。

東洋人イコール、厄災をもたらす存在とみられることは、避けたいはずである。

中国人の観光客を垂れ流すように入国させることで、惹起する社会不安に対する対応の悪さが目立つ。

チャーター便で帰国した者のうち2名が検査を拒否したとという。

二人の主張は、人権を前面出しての主張であろう。

強制する法律もないので、検査の強制ができない。

この事実は、現段階では、拒否を主張した方の勝ちである。

しかしこの二人の無責任な行動は、他人の生命を危険にさらすという事実に変わりはない。

大多数の人間の「安全に生活するという権利」に対して重大な侵犯を行ったことを認識すべきである。

今後、このような事態が起これば、強制検査を拒否できない体制となる可能性が存在する。

検査拒否をした人は、自己主張を貫いたわけだから、もし肺炎で死んでも悔いはないだろう。

この者が、発病していないだけのキャリアだった場合

周辺の人が、感染、発病、死に至れば、この者は責任を取れるのだろうか?

この手の無責任な人は、取れない責任を感じることはないだろう。

責任を取れと言われれば、直ちに、因果関係を証明しろと云って逃げるのは必定である。

よくいる者で、すぐに逃げる奴は、基本的には無責任な奴が多い。

都合の悪いことは判断しない。

判断しないのは、結果を頭の中考えることさえしない。

例えば、ある処理に関して、最終的に国家賠償に発展する可能性があるから検討すべき事象があった、というか、存在する。

でも、社会常識的に考えて、ちょっと厳しいと感じる、と云うか、あとの処理を考えると膨大な時間と云うか、事務量を必要とすることが、容易に想像でる場合でも、省の命令だから、唯々諾々と従えばいいという態度に終始するのはいかがないものかと思う。

想像力の欠けた者は、本省からの指示だから従わないと、事務監査で指摘されると困るという。

ヒラメちゃん的な発想である。

閑話休題

現在も、中国から何の検疫体制もなく大量に入国許可している状況は、国民を危険にさらしているとしか言いようがない。

中国で感染、日本で菌をばらまく、訪日外国人が感染、帰国する・・・帰国後発病・・・感染源は日本という事になる。

日本の防疫体制が不十分と判断され、汚染された国と認定されれば、放射能の比ではない。

国内で、新型肺炎が流行した場合に、人的、経済的損失がどの程度になるのか判らない状態だから、高をくくっている可能性はある。

流行が、拡大すれば、観光地は大打撃を受けることは目に見えている。

奈良に中国人が立ち寄っていたという事で、閑古鳥が鳴いているという報道もある。

中国人が、マスクをしないでへらへら歩いてるの見て不愉快に思う人がどれほど多いか考えるべきであろう。

その結果として、普通の観光地の日本人の観光客、欧米からの観光客が激減することを考えない点が、マヌケである。

丁度、国会で、桜を見る会関係の質問ばかりしている連中と精神構造に大差はない。

また、人種別の感染状況を発表しない。

国内感染者の大半が、中国人という事を公表しない。

一部の日本人感染者の事は大々的に報道する姿勢はいかがなもかと思う。

| | コメント (0)

豊田喜一郎氏の偉業

ここ数か月、トヨタ自動車工業の歴史を何度も読み返す羽目になった。
トヨタ自動車20年史に始まり、30年史、トヨタに歩み(40年史)、50年史、75年史
豊田紡織社史、トヨタ紡織45年史、豊田自動動織機製作所「40年史」、愛知製鋼20年史、30年史、トヨタ自動車販売25年史・・・
 これらのトヨタグループ関係の社史を読んで感心するのは、とにかく初期の豊田自動織機製作所の生産設備にかける情熱が半端なかったことを物語るのである。
 20年史の年表には事細かに、何が導入された言う記述が目立つ。
 30年史、50年史では無視されていた設備関係の記述は、75年史で復活する。

1927(昭和2)年

 豊田自動織機製作所、創業間もないころ

 豊田喜一郎の指示により1.5トンのアーク式電気炉導入

 1930年代、この電気炉鋳鉄で、精錬したは合金鋳鉄を紡績機械の部材に用いるようになった。

  豊田自動織機製作所の電気炉鋳鉄の採用は、わが国最初の事であった。

  その後1933(昭和8)年に、大同電氣製鋼所へ、3トンのアーク式電気炉をを注文した際、「鋳鉄溶解用の電気炉など作ったことがない」との返事が、大同側からあったと伝えれれている。

 内容の具体的な記述は、「トヨタ自動車75年史」 (2013年 52頁)より抜粋。

 これを読んだときに私は、非常に驚いたのである。

 電気路の導入は、高度な鋳造を将来行うことを予想しての導入であると考えることができるからである。
 この導入の記事は、愛知製鋼史にも書いてないのである。
 設備の導入を読み込んでいくと、豊田喜一郎氏の傑出した意思の強さを感じることができる。
 個人的な見解であると断っておきたいが、豊田喜一郎氏の自動車産業へ正式な参入のの意思表示は、商業登記簿上の目的欄の変更がある考えている。
 1931(昭和6)年7月、豊田自動織機製作所内でのスミスモーターのエンジンを参考にして4馬力のガソリンエンジンを完成した。
 これは、参考にしてというか、複製であったと思っていたが、どうも再設計で、小型化したようである。
 この複製の完成を経て、自動車産業への進出の意思表示を、は法人登記簿上の目的の変更をしたと考える次第である。
 1931(昭和6)年10月21日、 豊田自動織機製作所 は商業登記簿「目的」を変更した。
  目的を、以下のとおり変更した。
  (文章ママ)
 昭和6年10月21日左記のとおり変更す
1.紡績織布に関する機械及び其の他一般機械製作販売並に之に附帯関係する一切の業務を行うこと
1.右機械に関する発明研究並びに利用をなすこと
1.前各号の業務を目的する他の事業を投資すること
 右 昭和6年10月26日登記す
 上記の登記簿上の目的追加は、各社史で無視されている記述である。
 この「その他一般機械製作並びに販売」の文言を加えるにあたって、当然のように、豊田利三郎の同意は必要であったであろうことは想像に難くない。
 当初から、豊田自動織機製作所の代表取締役は、豊田利三郎、豊田喜一郎の両名である。
 社史上では、豊田利三郎氏は、、社長と表記され、豊田喜一郎氏は、専務取締役と記載されてる。
 しかしながら、豊田利三郎は、豊田佐吉の娘婿の養子である。
 豊田喜一郎氏は、豊田佐吉氏の実子である。
 豊田佐吉氏の意思が直接的に働いていたと考える早計だろうか。
 商法上の権利関係でいえば、豊田利三郎も、豊田喜一郎氏も同等であった。
 このように商法的な力間関係を通してみると、今まで多くの小説等で語られてきた状況が本当になったのだろうかという気がするのである。
 よく語られるのは、
 「豊田利三郎氏の反対」、
 「豊田喜一郎の独断専行による自動車産業への進出」、
 「豊田佐吉の子飼いの支援」、
 「豊田家に忠義な番頭の反対」、
 最後は、「豊田利三郎氏のしぶしぶな追認]
 という非常に劇的で面白い話の根拠が崩れるようなッ錯覚を覚える。
 つまりは、豊田自動織機製作所自体が、実験工場の色彩が強い
 名目上の社長は、豊田利三郎であるが、実質は、豊田喜一郎氏のための実験会社であり、非常に自由のが利いたのではないかと想像するのである。
 そこで、スミスモーター小型化エンジンの完成をもって、実質的な自動車産業への参加意思表明だったと考えるべきではないかと考える次第である。
 会社の目的に、自動車の製造と書く会社はこのころでもあった。
 1919(大正8)年設立の岡本自転車自動車製作所(後の岡本工業、自転車のノーリツ号の製造元)は、 自動車を全く生産していなかったが、自動車を将来生産するという意気込みで、自動車の生産を目的に加えている、この時飛行機部品を生産するとも記載してる。
 以前にも書いた、ヒノデ自動車製作所も、自動車の生産がうたわれている
 実際には、自動車のボデイの架装程度でも正々堂々と記載してる会社から見れば「機械」と書くのは控えめであるが、大言壮語をしないという姿勢の表れではないかと思うおである。
 この機械とは何であったのか?
 時代背景としては、自動車関係の法律は矢継ぎ早に出ている。
 1931(昭和6)年4月1日(参考) 自動車交通事業法公布。
 1931(昭和6)年5月(参考) 商工省に国産自動車工業法確立調査委員会設立
 国産自動車をつくろうという気運が高まっていたころである。
 トヨタ(豊田)関連でいえば、1931(昭和6)年5月に 豊田自動織機製作所 東京芝浦に
 研究所を開設し、豊田英二氏がが担当した。
 1931(昭和6)年7月
  豊田自動織機製作所で、スミスモーターのエンジンを参考にして4馬力小型ガソリン
  エンジンを完成させている。
  であるから、此の原動機付自転車用のモーターの完成が引き金と考えるのはうが
 しかしである、豊田喜一郎氏の用意周到な行動を考えると、自動車産業への小さな第一歩であったと考える。
     生産するための設計は、もう少し遅れて始めた。
1932年(昭和7)年暮頃 豊田自動織機製作所
      白井武明は、ビスモーターのエンジン設計を命じられた。
1933(昭 和8年)夏頃、このエンジンが完成
     ビスモーターを取り付けたバイクが走行
  これが これがトヨタでの最初の内燃機関の製作であった。
  このビスモーターが、スミスモーターコピーの事であるかは不明。
  この後付けモーターは、後のトヨモーターに受け継がれる。
  実は、豊田自動織機製作所の不倶戴天の敵とでもいうべき「豊田式織機(現豊和工業)」は、数日前に目的欄を変更している。
1931(昭和6)年10月18日
  豊田式織機
  商業登記簿「目的」変更。 (中京デトロイト化関係企業)
  1.織機紡織その他機械の製造販売及び紡織業を為し又これを為すに必要の為他の会社 の発起人となり、又は株式を取得し若しくは投資す。
  (ここで、紡績機械以外の機械の製造を加えた。)
   豊田式織機(現豊和工業)は、豊田佐吉を追い出したことで、会社を存続したという経緯を持っ會社である。

  しかし、豊田式織機と、豊田自動織機製作所は、特許係争という関係と、三井物産という会社を通して関係はあった。

  戦争が始まる前まで、定期的に特許の使用についての話し合いを持っていた。

  その話し合いの中で、三井の希望としては、両社の合併があったようであるが、

  過去の遺恨は乗り越えがたいものがあった為か、合併に至ることはなかった。

  当時の豊田式織機は、豊田自動織機製作所、豊田織機の数十倍の規模の規模の会社であった。

1932(昭和7)11月13日

  SAE of Nagoya(日本で最初の自動車技術者による協会)を、22名で設立。

  日刊工業新聞社の名古屋支社長「肥田一郎」

  川越庸一(アツタ号、キソコーチ号の設計者)

  菅隆俊(豊田自動織機製作所 自動車部)

  池永羆(豊田自動織機製作所 自動車部)

  堀久(日本車輛製造)らが参加した

1933(昭和8)年11

 豊田式織機は、自動車専用工場を建設する

 この前に、増資決議をして増資分を全額投入している。

  この工場で後にキソ号こと、キソコーチ号が生産される。

1933(昭和8)年 1230

豊田自動織機製作所は、臨時取締役会開催, 自動車事業を社業に加えることを決定, 

1934(昭和9)年129

 豊田自動織機製作所

 臨時株主総会で、資本金を 100万円から 300 万円に増額定款の変更 

 会社の業務に「原動機及動力運搬機械ノ製作販売」、「製鋼製鉄其ノ他精錬ノ業務」を追加するという定款の変更を決議した。

 併せて 県知事あてに製鋼所の建築願が提出された。

製鋼部を設置

トヨタ自動車工業成立過程における設備の増加は目を見張るものがある。

 

ここで、やはり、対比すべき存在として日産自動車を出さざるを得ない。

日本産業(後の満州重工)自体は、多くの会社の集合体であるから、産業の一部分を作れば、全体の力を終結すれば、自動車産業の何とでもなるという認識があった可能性がある。

日産は製鋼能力がなく、太平洋線開戦前に輸入した米国産の鉄材をご商大に使っていた。

また、発動機用のメタルも、自社で生産できると息まきながら、最終的には、専用の他社から購入している。

日産自動車自体は、歴史も、他社の簒奪である

豊田喜一郎氏の業績を負うといつも思うことであるが、資料を、まさに「探して、読み込むほどに」に、どきどきとすることがある。

この人は一体どの様な気持ちで、自動車生産にまい進したのだろう。

また、多くの技術者が豊田喜一郎氏の誘いに応じて、トヨタ自動車工業へ入社している。

彼の、あえて、私は、親しみを込めて彼と呼んでみたい。

彼は、戦後も、乗用車を作りたくて仕方なかった。

そうして、大主査といわれる「中村健也」氏が、青写真を出す

片腕というべき、豊田英二氏もいる。

トヨタ自動車工業は、豊田喜一郎氏の夢の結実であった思う。

そうして、多くの人が彼を中心に集まった。

そうして、危機は、大きな教訓を残し、全社一丸となって、危機感を持っている。

そうした会社は多くはない。

彼が、労働争議で、会社を去る時に、大きな悲しみがあったことは、想像に難くない。

トヨタは、創業の地の試作工場を残すことにした。

紆余曲折があり、耐震性のも問題もあり、取り壊しの方向へ傾き、取り壊しの一歩手前まで行った。

会長は、こわせと云ったが、現社長は、残せといった。

そうして、現在、トヨタ産業技術記念館の管理物件としてとして、刈谷の地で、試作工場は残る。

これは喜ばしいことである。

昨今多くのッ産業遺産が、耐震性がないという意見のもとに取り壊しにあっている

公的機関が、産業遺産の耐震工事をおこなう支出に耐えられないという意見がある。

しかし、先人の残した遺産である建物を残すことは歴史を受け継ぐということに他ならない。

そうして、明治、大正、昭和の時代につくられた建物は、その時期にしか建築ができなかった建物である。

歴史を、過去を学ぶということは、未来への道標であるように思うのであるがいかがなものであろうか。

 

 

  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日産自動車とは何んだったのか?

日産自動車には、実用自動車製造、ダット自動車製造、戸畑鋳物自動車部の系譜と日本産業を元祖とする系譜の二通りがある。

(快進社をなぜ入れないかと云えば、受け継いだのは「DAT」と云う頭文字だけである。

快進社の初期の、DAT號を、ダット自動車は何も受け継いでいない。(足回りユニーバーサルジョイントは、橋本増治郎に設計の流用という話もある。調査不足で、特許がわからないので何とも言えない)

現在の日産のマークの赤丸に青の横棒にNISSANは、本来「DATSUN」の文字が入っていた。

このマークも、ダット自動車のころに採用されたものである。

快進社の製造して小型車の系譜は全く引き継いでいない

快進社の主力だった、軍用保護自動車のトラックは、ダット自動車製造が、石川島自動車製作所との2社合併時に製造権をそのまま移譲されている。

元快進社の軍用保護自動車のトラックは、合併後にできた自動車工業株式会社では見向きもされていない。

「自動車製造」のころ、つまり「ダット自動車製造」になる前には、リラ―號製造販売している。

快進社を吸収合併した後は、トラックの製造を開始するが、小型車のリラ―號の後継車を作ろうとする。

そこで、ダット自動車製造の後藤敬義技師は、後の小型者の代名詞となるダットソンの原型とでもいうべき、500㏄の小型車を開発していた。

快進社の軍用保護自動車は、大型トラックだったことから、大型のトラックの息子という意味で「ダット」の息子で「ダットソン」であった

この「SON」という名称は、フォードが、農機具はフォードの息子の立ち位置だという事で、「フォードソン」と命名しているので、そこからの流用であることは容易に想像がつく。

当時の日本国内でも、フォードソンは販売されていた。

SONの、「O」の部分の上を切って「U」として、「SUN」太陽としたのである。

これの名称変更は、当時、株主だった「戸畑鋳物」からの注文だった。

この頃、ウイリアムゴーハムが、戸畑鋳物から派遣されてDATSONの開発に助言を与えていた。

(自動車製造時代に、ゴーハム氏は、三輪車、四輪車の開発に携わっていたが、自動車製造が左前になったので、戸畑鋳物に転職していた。)

だから、日産と快進社は直接的な関係はないとするのである。

閑話休題

日産自動車は、トヨタ自動車と違って実業で儲けた金をつぎ込んだ事業ではない。

鮎川が、日立鉱山の株でもうけたあぶく銭1000円で作った会社である。

鮎川自身は、事業熱はある。

会社を作ることは大好きである。

しかし、経営という点では、夢想家の部分が大きかったと言える。

トヨタ自動車の、「豊田喜一郎」、そしてその祖父「豊田佐吉」伝説である。

しかし、日産には、一本の線が見えない。

何かを、いつもどこかから持ってきた感が強い。

ダットサンは、ダット自動車製造から、日産70型、80型は、グラハムページ自動車会社からたたき売りのモードで購入している。

すべて、金で買ったグラハムから来たものだった。

機械は、ほとんど米国製の中古。

ウリアイムゴーハム氏が米国人だった関係もあるが、米国の中古機械ばかりを買っている。

使い方のよくわからない機械が多かったという。

(脱線するが、日産は延々とインチサイズに固執したのは、米国製の機械に由来するともいわれる。

 トヨタは、欧州の機械が多かったので、インチからセンチへの移行が容易かったと言われる。)

鮎川義介と、日産自動車の幹部社員は良く衝突をしている。

これは、鮎川君が思い付きで考えることを、会社の実務を握る幹部社員が反対をして沙汰止みになるという事が繰り返される。

おまけに当時、軍部が、一番嫌がることを平気でやろうとする。

最終的には、満州重工の経営をするために満州へ渡る。

その時に、日産自動車の代表も降りてしまう。

その実、日産自動車さえ、満州に移す計画を立案披歴したが、幹部の反対でとん挫している。

この時、満州に進出してい折たら、今は日産自動車は存在していない可能性が高い。

結局鮎川君は、軍部に追い出されている。

慰労金1000円もらい、帰国する。

しかし、日産自動車に復帰しない。

日産自動車には、伝説的な人がいない。

会社を設立したが、設立した会社には興味がない。

会社は他人に任せる・・・

これでは、会社としてどうなんだという気がする。

日産には、気合の入った背骨がない。

結局、戦前戦後を通して、日産に一貫して貫きとおされているのは、買収で大きくなるという体質。

ただ、この買収も「清濁併せ呑む」と云うか、「タコ足配当」(タコ配)をしているようなメーカーの財務体質も見ぬけないような体たらく出るから、負債は増える。

負債の一部は、食い物にされたであろうことは想像に難くない。

企業風土と云う言葉でかたずけられないような、いい加減さがある。

日産の社名の決め方は、本来、日本産業自動車となるべきであったのが、新聞が、日本産業を短縮して「日産」と呼んでいたから、ごろもいいので「日産」になったと言われる。

つまり気概の一ミリも感じられない会社という気がする。

| | コメント (0)

ロボアームサスペンションカーSS-428

トヨタ博物館に、来週まで、「ロボアームサスペンションカーSS-428」が、文化館のエントランスに展示してある。

Dsc05028

これのキングピンがチルトするシステムは、は17年前に、東富士研究所でできたプロジェクトチームが起源ということです。

その時のコンセプト

Dsc05700

従来の延長線ではないアイディア

現時点で実現不可能な技術でもかまわない。

人に笑ってもらえるようなトンダイアディア

4人乗りで1リッターのガソリンで100Km走れる技術・アイデア

が、原型で、全面投影面積を減らす、車幅を狭くする、ステアリング機能の限界があある・・でそれを解決するためのシステムを考える・・

途中で、フロントアクスルのステアリング機能の研究が主になって、4人乗りでという…話は沙汰止みなるのであるが・・・

15年以上この研究を、余暇に行い、ラジコンカーで最初にテストをを行い

そのラジコンカーの製作を沢山の会社に依頼したが断られ、最終的に小さな会社が受けてくれて、実験モデルを作ってもらったという。

何がすごいと言って、受けた小企業が「できなかったらどうしましょう?」と聞いたそうな。

当たり前である。

Dsc05743 Dsc05752 Dsc05726

開発担当者は、予算措置で、出来てもできなくても対価は支払うという契約を結んだそうである。

何百万から1千万円近くと云ってが、小企業にしては大きな仕事だったと想像できる。

また、若い人が多かったのという事で、寝食を忘れて、休日出勤までして取り組んでくれたそうである。

そうして、プロトタイプというべきラジコンの車にロボアームシステムの原型が造られた。

そうして、ラジコンで、各種のテストを行い、実車が出来て、フライバイワイヤーシステムでロボアームができたそうである。

何とも楽しい話である。

1リットルで100キロ走るというのもぶっ飛んだ話である。

車の幅を狭くして、全面投影面積を小さくするという話が脇道のそれても、これは面白いと言ってロボアームシステムを研究を進めていく姿勢。

Dsc05697

当然の様に予算措置を取り、実車を作り、世界特許を取得したというのは非常に面白い。

先を見据えた、海のものとも山のもと判らいものに金を出す精神が素晴らしいと思う。

例えば、現在のハイブリットは中村健也さんが考えていたことである

面白いのは、いろいろな実験を繰り返していたという事である。

昭和40年代初頭年「クラウン8」を、使った自動運転システムの研究を行っていたこともある

これは、テープデーターを拾いながら、自動で運転(路上に貼ったテープのデーターを光学的に拾いながら無人で運転させる実験)も行っていた。

こう考えると、厚木自動車とかM自動車の車作りとは違った側面を感じることが多い。

 

 

| | コメント (0)

「豊田自動織機製作所」小論 豊田利三郎、豊田喜一郎の二人代表の法的性格についての考察

豊田自動織機製作所の設立と、目的の小論

「株式会社豊田自動織機製作所」設立
設立登記 大正15年11月18日
商  号 株式会社 豊田自動織機製作所
本  店 碧海郡刈谷町大字熊田油木二番地の1
設立年月日 大正15年11月17日
目  的
1、紡績織布に関する機械及びその他の機械を製造し之を販売すること。
1、右に関する発明研究をなすこと各右に関する付帯する業務を行うこと。(文章ママ)
取締役
 豊田利三郎
 豊田喜一郎
 西川秋次(住所は上海)
 鈴木利蔵
 大島理三郎
会社を代表すべき取締役 
 豊田利三郎、
 豊田喜一郎(住所は、上海市)
監査役 
 豊田佐助
 村生時也
資本の額 100万円


株式会社 豊田自動織機製作所の設立理由
 登記簿上の目的は、機械の製造である。

しかし、実質的な目的は、大正15年3月に完成した豊田自動織機の試験工場を法人として豊田紡績から独立させる目的で設立された。

 豊田佐吉はかねてから「一人一業」を説き、みずから も自動織機の発明一筋にその一生をかけてきた点から、豊田喜一郎に対しての自動車に限らず新しい事業の足掛としての法人設立だったのではないかと考える。

 昭和6年ごろ、喜一郎は、新事業の模索の過程として、「自転車の製造」の検討をしたことがある。
 当時、名古屋には、岡本自転車自動車工業(ノーリツ自転車、後の岡本工業)の自転車生産工場が、隆盛を誇っていた。
 調査の結果、工場は、部品組み立て工場であることが判明し、且、喜一郎曰、トヨタが行うような事業ではないと判断してる。

豊田喜一郎の豊田自動織機製作所内での法的な地位
 豊田紡機株式会社史によれば
 故豊田喜一郎氏経歴
 「常務取締役に就任」
 豊田自動織機製作所の社史には以下のように記載されている。

 「社長 豊田利三郎、専務取締役 豊田喜一郎」

 「設立と同時に豊田喜一郎は、常務取締役として経営に参加」

 対外的には、豊田喜一郎は、常務取締役であったかもしれない。

 しかし、法人登記簿法上の記載事項を確認すると、商業登記上、豊田自動織機は、二人代表であったことがわかる。   

 社内の権限的には両頭鼎立という状況であったと考えられる。

 それは、「常務」の職名と「代表すべき取締役」とでは、企業内での権限で大きな差がある。

 明治商法では、取締役は3名以上、監査役1名以上必要とされ、代表取締役は、取締役から選任、本人の受諾があっての就任、就任受託をもって就任の登記であった。

 一般的な法理論では、常務取締役は、代表取締役に従属する地位である。

 ただし、取締役は、代表取締役を、善良なる管理者の立場をもって監理監督し、解任する権限を有すると解する学説もあった。

 しかし、同じ代表取締役の地位であれば、従属する地位ではない。

 明治商法における取締役は、各自の代表権、及び業務執行権を有していた(旧商法第第260、第261条)、したがって各取締役は、おのおのの業務執行内容について全般的に監視する義務を負っており、かつ、他の取締役の業務についても監視する義務を負っていた。

 当時の学説、大審院の判例は、取締役が他の取締役の職務執行を監視し、違法のまたは不正の職務執行を防止責任があるものとし、かつこの責任が善良なる管理者の注意義務を以て果たされるべきものと解していた。

 これは、大正4年3月10日大審院判決で、取締役の善管注意義務を法定根拠として取締役の監視義務を明言していた。

 この点から検討するに、多く語られてきた社長の利三郎の反対を恐れて専務取締役の喜一郎が隠れて自動車研究を潜行して行ったという図式が崩れる。

 表面上は、豊田利三郎を立てていた喜一郎は、豊田佐吉の後継者と目されており、かつ、豊田自動織機内に豊田佐吉の股肱の臣たる者が取締役を務めていたとしても、喜一郎が独断で事業を進めることは困難であったことは明白である。

 小説で書かれているような、俗説的な反対ではなかったのではないかと思う。

 佐吉の没後、喜一郎自身が、自動車事業をやるのは佐吉の遺志だということをしばしば言っていたようである。

 これは、自動車事業への取り組みに対する周囲の批判をかわすための方便だと考えるべきであるとの意見がある。

 しかしながら、設立同時に喜一郎が代表取締役であった点に重きを置けば、自動車とは限定せずに新しい事業の模索の場所としての存在であったと考える事もできる。

 豊田自動織機は、経営は利三郎、新規の事業については喜一郎が実権を握っていたと解すべきである。 

 喜一郎は、「東京、大阪の自動車工業従事事業者、先輩らの意見を聞きましたが非常なおおしごと(原文ママ)であって、技術的にも、経済的にも手がつかられないことがわかりました。

 そこで豊田自動織機製作所では、将来自動車工業へ乗り出すときの下地として、紡織機の製造には高級すぎる機械工具を買い集め、設備を次第に整えることから始めました。」とある。

 事業と関係ない高級すぎる機械工具を買い集めることは、明治商法では、他の取締役(経理担当)の善管注意義務を喚起するに足る事実だったのである。

 しかしこの事実も、喜一郎が、代表取締役であった点から考察すれば、代表取締役を管理監督することができるのは、利三郎しかいない。

 喜一郎が、豊田佐吉の直系であることから無理が利いたとするのは俗説であると断ずることができる。

 喜一郎は、豊田家の存続を賭けた新規事業を模索する権限を持っていたと判断すべきである。

 若い時に訪れたプラット社の隆盛と、特許譲渡に訪れたプラット社の凋落は驚きをもって観察したのではないかと思う。

 独断であるか、内諾を得た状態であったかは不明瞭ではあるが、昭和6年以降、喜一郎が、豊田自動織機製作所片隅で自動車製造への研究を開始し、翌年スミスモータエンジンの複製を完成したという事実には変わりがない。

 喜一郎が、新しい事業を模索する場所として作り出された存在だったと考えるのが至当である。

| | コメント (0)

M自動車が、崖っぷち?

現在、M自動車では、自動車開発総予算の大枠があって、それを各担当部署が分配する方式になっている。

新車開発部分は、予算は大きくでも総量規制、と云うか、上限決定

あまり関係のない部分は、削減して、新車開発へ・・とはいえ、新車開発って・・・

基本、予算はない、開発する車・・・・あるのか?

その代わり、ほかの部所は削られる・・・

新技術、新素材の導入は・・・・こういったものに流用したいのでとか、こ云った部分に使いたいので…新素材を使いたい・・・

という発想は間違っていない。

しかしである、M自動車は違う。

拳母自動車と素材メーカーが共同開発した新素材がある。

この素材は、軽量化の使えるので、当然様に引き合いは多い。

で、M自動車は素材メーカーさんを呼んだ。

で、最初の発言が、何に使いたいという話は皆無な状態で、というか・・どの部分に使うかという話もすっ飛ばして。

M自動車「拳母自動車さんが使っているような使い方で・・・」

メーカー「・・・?????

     具合的な部位は・・・?」

M自動車「決まってない、拳母自動車製品の使用状況を参考にしたい」

メーカー「拳母さんのはそのまま使えません、特許があるので・・・」

M自動車「で、いくらで納入できる?」

メーカー「???????」

(かなりフィクションの入った会話ですので悪しからず)

M自動車の幹部の方の認識は、高い素材を、ひたすら安く?入れたいだけである。

ここのコスト意識はものすごく間違って居る。

ダメな会社の、ダメな発想である。

「どうせ儲かっているんだろうから・・・もうけを削って納品しろゃ」という姿勢である。

値段は積算である。

積算を無視してダンピングを求めるのは、違法である。

下請法違反、その認識はない。

単純に考えれば、軽量化で一番いいのはアルミ素材の導入である。

以前、ある車種で結構使ったという自負があるので、「うちは、アルミ使ったぜぇ」という成功神話の上に胡坐をかいている。

そこから1ミリも進歩していないけれども、自負だけはエベレストよりも高いかもしれない。

英国車は結構、アルミニュウムのボデイパネルを使っている。

ランドローバーなんかは総アルミボデイである。

そうやって考えると、この会社の自称新技術は、危うい。

現在進行形の新技術?は既に、黄色信号が点滅中である。

GDIの二の舞説がある・・ぐらい、最初からダメ出しが出ている

M自動車と云うか、M重工業の体質と云うか、官から仕事をもらう癖がある。

官の仕様は、命令である。

命令に従った車作りは簡単である。

おまけに最初は、Jeepという見本があった。

其れの延長でOKだった。

で、最近はどうかと云えば、基本、自主開発である。

会社の幹部が、仕様書を作る。

最初の仕様書に沿った車が造られる。

当たり前だが、その路線で設計をする。

完成する。

テストをする。

不具合がある。

実験担当が、直してね…というと、普通なら直すというか改修をする。

けれど、ここ会社は、試作車のテスト時には、生産計画が進んでいるので、修正というとか訂正ができない・・・・

出来ない理由が、発売日決まってるから直せないよ・・・と・・

そのくせ、、アウトランダーは、発売時期が遅れたので、通常よりも1年以上余分に開発期間があったせいでものすごくよくなった。

云わゆる、「やればできるじゃん」と云いう事らしい。

そもそも論的に、大丈夫かと?と思う

熟成させればよい車ができるのは当然であろう・・・

開発費が、利益率を圧迫するという事実が付いて廻るが・・・

開発費が増えれば長期間売るか、最初にしに程売れないとダメである。

結局、ゴーン君が捕まった時に、M社は、日産との共同開発関係はすべてストップしたという笑うに笑えない事実がある。

軽自動車は、Mと日産の合弁会社が設計している。

M社から出向している人は、体質が同じで心地いいらしい。

日産の株価は、長期低落傾向である。

M自動車の株価も低下の一途である。

300円を切りると危ないかなぁという気がする。

株式市場から増資をして資金導入を考えた様であるが、結局、株価が安すぎて沙汰止みになった。

M重工グループから省かれて、日産グループ?に編入されたがいまだに、旧財閥グループの気分は抜けない。

M自動車の甘い考えを是正する人もいない。

20200120AM初出、PM修正、加筆

| | コメント (0)

« 2020年1月 | トップページ | 2020年3月 »