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驚くべき事実 その3 (一応終わり)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-fe896e.html (その1)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-34a70e.html (その2)

ある自動車会社の母体は、三菱重工業である。

先述した通り、「官」の無理な要求に応えすぎるきらいがある。

それは悪く言えば、なれ合いである。

もともと、「官」の要求には、応える、と云うか、応えなければならないという精神構造がある。

だからこそ、与えられた、性能の要求があり、それに応じてものを作るという事は得意かもしれない。

だが、自動車会社には、与えてくれる者はいない。

自主的に開発をしていく気概がなければ、真似追いばかりしている、タダのその辺にあるメーカーと変わらない。

ある意味、世界を作ると云うのは言い過ぎであるが、ある程度のステータスを作らなければ、メーカーとしての意味はない。

タダの白物家電と同じで、代替えの効く商品というスタンスしかない。

ある会社は、昭和45年に自動車会社として発足した。

それまでは、某重工業会社の一部分であった。

戦前、三菱A型の一部は大江工場で作っていた。

戦後は、三菱航空機の大江工場で、トヨタ、日産、いすゞの下請けとして自動車製造にかかわってきた。

自らも航空機産業から放逐されていたので、自動車へ目が行くのは至極当然である。

そこで、下請けを続けながら、ノウハウを学んでいたが、そのうち、自社の車を作る気になった。

自社の自動車を生産するために、後の三菱500の為にエンジンの開発を行った。

ベースは、シトロエンの2cv。

2cvの水平対対抗二気筒を、独自の解釈してコピーして作ってみたりもした。

量産化した500に積まれた量産したエンジンは、夾角v2気筒であった。

別段、目新しいエンジンではない。

エンジン自体は独自の設計のようにも見えるが、当時の小型車(今の軽自動車)では、V2気筒エンジンは意外と普通であった。

(三菱500のエンジンは、戦前の「つくば号」に連なる夾角V2気筒に似てないでもない。)

最初、米国の車のノックダウン生産をして、ジープの生産で、近代的な自動車生産を覚えたのである。

ここまでは良かった。

いつも不思議に思うのは、企業風土とは何時醸成されるのか?

いつの時点で、この会社の体質ができたのかと考えることが多い。

そこで、日産が、最初から無責任、下克上の体質を持っていたのには、会社設立の経緯が、あぶく銭1000円(現在お金に換算したら何百億)があったので、野武士が成り上がる手段として、自動車を選んだだけであった。

創業の根底が非常に恥ずかしいし理由だったという事である。

創業の意思というものの目的が稀薄である。

つまり、会社の中心には空虚さがあるだけである。

では、この会社の無責任体質は、いつ頃から育成されたのであろうか?

「官」のジープ生産という仕事を受けるた時、つまり、本格的な自動車製造を始めたという点から、『官』仕事をしていれば、食うに困らない体制、倒産の危機のない気分にどっぷりと漬かっていたからであろうと思う。

徐々に、使命感がなければ、無責任体制になる可能性は高い。

快進社の橋本増二郎の苦悩、豊川順彌の熱意、豊田喜一郎の懊悩そういった負の歴史があればあるほど、危機感への感覚が違うのである。

あるものを「なぞって作る」、これは意外と難しいのであるが、ある程度の技術力があれば生産は可能である。

その生産現場には、熱狂はない。

戦前、この会社が最初に作ったA型は、フィアットのコピー。

その後量産した、ふそう號バスは、米国のホワイトのコピーである。

コピーの進化はない。

戦後の生産もコピーから始まる。

と云うか、ノックダウンという名前のある意味コピーの生産から始まる。

模倣(コピー)を、「是」、とする社風は根本的に法令順守(コンプライアンス)から遠くなる。 

(コピー慣れをすると、不思議なもので、他社が似たようなものを生産すると、自社のものをコピーしたと騒ぐのである。

ある技術部長は、トヨタカローラのエンジンを見て、「パクられた」と叫んだそうである。

狭い仲間内でそれの話題を出しては、仲間内で流布してにしていたという事を聞いて、失笑を禁じ得ないのである。

トヨタのエンジンの発達の系譜を見て、エンジン開発過程をつぶさに調べていけば、技術を盗んで、作ったものかどうかはわかりそうなものである。

しかし、そんなことさえ分かりはしない。

よりよく見ていけば、その発想が、単なる思い違いと判るのであるが、そんな検討はしないのである。

ある自動車会社は、関係会社に、発動機製造の会社ががあったのだから、エンジン開発技術があるなんて思うのは単なる、思い込みである。

と云うか、大間違いである。

例えば、ある発動機メーカーののエンジンの系譜は、星形空冷と液冷V型に分かれる

液冷は開発に失敗して撤退している。

星形は、火星エンジンの成功で、発動機メーカーとして救われるのである。

火星エンジンは、三菱の空冷星形の発展の礎となる。

とはいえ、多気筒星形、複列エンジンの基本形を進化発展させたものででしかない。

戦後、技術の伝承という点では、7年以上航空機のエンジン製造から離れていた会社には、存在していないと云ってもいいぐらいだと思う。

仄聞によれは、この自動車会社は、開発担当部署のそれぞれの部長が全員、ほぼ仲が悪いと云う。

これを聞いた時には、ちょっと大丈夫かと思った。

不正の報告中に繰り返し出てくる「意思の疎通の欠如」とは、単純に、「社内の風通しが悪く」という言葉でかたづけるだけではすまいない。

その実、それらの問題の根本が、幹部職員の人的な精神構造の問題に帰着していくのは面白いと思う。

性格的に問題のある人が部長になる。

そういった人の特徴は、仲間は非常い大切にする。

だから一部では、ものすごく慕われる。

だが、隣の部は大切にしないので、隣の部からは、嫌われると云う、会社としては間違った組織を作り上げることになる。

これは、件(くだん)の報告書にも縷々と書かれていることである。

「各部の意思の疎通に欠ける」

「出来ないと云えない雰囲気」

「不正を不正と思わない」

「わけのわからない数値を採用しても、誰も気が付かない。」

こうした問題点は、会社、と云うか、組織的には終わっている。

風通しが悪いのではなくて、風通しはない。

蛇足的であるが、現在も、公称燃費の測定方法がおかしいという事は現在も続いているという噂もある。

これは、日産も絡んでいるので、行末恐ろしい気もする。

現在のコロナのせいで、余計に真綿で首を絞められているよう状況が続くのである。

2004年に、聖域なきコストカットとしたはずなのだが、現在でも、おかしなことが沢山ある。

代表格は、本社の所在地である。

東京にある本社の場所には手を付けない。

今の状態で、本社を東京の三菱グループの建物内に置く理由はないだろう。

東京本社は、解体して、各事業所へ分散すれば、本社の家賃だけでもどれだけ助かるのか?

業績がものすごく悪いく癖に高額な会長、社長、各役員の報酬は、検討するべきであろう。

悪く言えば、現在の10分の1以下にすべきだろう。

そうして、従業員の給料は、カットしている残業分ぐらい賃上げを上げなければ、人的な疲弊で、内部崩壊することは目に見えている。

銀座で、わけのわからないカフェを作ってイメージアップを図る。

銀座カフェは、閑古鳥が鳴いていても、継続している。

一番先に直さなければならないのは、その1で、書いたトーイックの件である。

外部試験で、高得点を取れば昇進させるというのは、能力判断の外部委託である。

実際、英検と違い、トーイックで高得点を取る者はなぜか、人格的に問題が多い者が多いという。

理由は判然としないが、総じて評判は悪い。

トーイックの点数を、人事上のプラス可算として参考にするのならばいいだろう。

だがその点数自体を物差しにするのは、会社の人事自体がすでに、「自分たちは人の評価をすることはできません」と放擲している状態であると言える。

トーイックの点数は一過性のものである。

身についた英語力があるかどうかは、毎年試験受けさせて、それで毛の点数を継続的に取ることができる者なら、その努力は買うべきである。(努力を評価するのは、日本的である:笑い)

だが、テストは、暗記だけに頼る傾向があるので、「柔軟性がない」という事になる。

トーイックの試験結果だけで、マネージャーに昇進するという事は、その人が持っているパーソナルな能力は関係ないという事である。

指導能力も、判断能力も加味しない。

しかも、外部試験をほぼ唯一絶対の価値観として導入するという事は、昇進昇格の基準は、英語と採用形態しか検討しないいという事である。

英語の能力は、その人の一小部分を計測するできる可能性を有すだけである。

人物の総合評価の中で、その人の全体の評価を100と考えた場合が、英語という範疇での評価が、10%もないと思う。

残り90%以上の評価は加味されないという事になる。

評価できないところを評せずに放置していると、表面上の、能無し課長さんが増えることになる。

「英語さえできれば幹部になれる」

こんなに安易な昇進があるのから、英語の勉強を頑張ろうと思うかもしれない。

他の事をすべて投げ打って、英語の勉強する、これは間違いではない。

そうすると、勉強の得意な奴は有利となる。

すると、勉強しかできない者が幅を利かせることになる。

まるで、小中学校の教室の様な程度となる。

こうした、外部テストの一部分のみを取り出して下すという人事制度は、この会社の実情を物語っている様にに思う。

はっきりと云えば、人事制度自体が、終わっている感が漂う。

いっそのこと、AIを導入した人事判定マシーンを導入したらどうですか?と云いたい

トーイックの点数と、採用系統の違いを入力する。

根幹のシステムは、今までの判断材料をすべて無視して、点数と採用形態だけで地位を決める。

その人事判断判定は、AIを導入した機械に任せればいい。

人間がわざわざ判断する様なことはないのである。

その分人員削減ができる。

(特異な判断、あいまいな判断は一切できなくなるが、翻訳能力は誰よりも高いと思う。)

この会社の末期的な姿は、業績の回復への具体的な対策が、経費の節減、それも、人員削減による経費削減しか思いついていない時点で終わっている気もする。

会長の三菱商事を使った使った姑息なルノーへの出資は、所詮意味がないことを1年後に痛感するであろう。

 

で、この会社て・・・、三菱自動車に決まっているじゃないか。

20200331 

20200331加筆訂正

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驚くべき事実(つづき その2)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-fe896e.html
(20200329のつづき)

だが実際、岩崎弥太郎がいなければ、三菱は存在しないわけである。

三菱がなければ、今の日本の産業の何分の1かは存在しないことになる。

だが、だからと云って、某自動車会社が存立することが役に立っているかと云う点ではいかがなものかと云う気がする。

金曜会と云うか、三菱重工業の体たらくは、全体の悪影響を与えている。

考えてみれば、三菱が航空機に再参入したときに、自動車に残った人たちはどのような選別があったのかご存命の方々に聞いてみたい気がする。

話がズレた。

例えば、この自動車会社は、4年に一度、オリンピクイヤーに、毎回問題を起こして居る。

前回は、日産に買収される原因となった「ekワゴン」の不正燃費問題があった。

この不正に関する報告書が出されている。

「燃費不正問題に関する 調査報告書
2016 年(平成 28 年)8 月 1 日 特別調査委員会」

全部読むと結構時間がかかるのだが、読了後感じた事は、無責任体質、まるで、陸軍参謀本部と支那派遣軍との関係とでもいう無責任体制である。

辻政信という参謀が居たが、この者は、陸軍の中で、下克上をもくろんだ。

石原莞爾の子分とでもいうべき存在であるが、石原莞爾が目的とした五族協和を踏みにじったのは事実であろう。

それは、石原莞爾の劣化コピーという見方ができるが、此奴の質の悪さは、自分の手柄の為だけに戦闘を引き起こすことを是としたことである。

良く、陸軍が悪玉で、海軍は善玉という云い方をする者がいるし、先帝陛下の崩御の折に、某国営放送が流した昭和史を振り返るという番組は、完全に陸軍悪玉、海軍良識派という図式で描がかれていたが、実際は、海軍の方が悪玉であった。

陸軍は、規模が大きいので、兵隊から将校に、将軍まで上り詰めることさえ可能であった。

明治新政府は、広く優秀な人材を集めること腐心して、門地を問わずに採用した。

江戸時代から日本の身分制度は、共産主義ファシスト主張する、階級闘争が起こるべき封建社会ではなかった。

西洋、帝政ロシアにしても、プロシア、大英帝国、オーストリアハンガリ―帝国においても、階級は固定である。貴族は一生貴族、農奴は一生農奴である。荘園主は、よほど失敗しなければ延々と荘園主である。

ここに、階級の人的交流はない。

あるのは、ガラスの天井どころではない、鉄の天井である。

身分は固定され、下がることはあっても上がることはありえない社会だった。

ところがである、江戸時代身分制度は、緩やかで、金があれば武士の「株」を買うと、武士にはなれた。また、商人が藩に金を貸すと、藩は、その商人を家臣に取り立てるという事もあった。

つまり、身分が一番流動化していたのは、江戸である。

どの藩でも、街中の商家、各種店、物売りはとしての労働力は、周辺部の農村の次男、三男が供給源であった。

時として、飢饉等で、農民が農地を捨てて働きに来たりもした。

すると、彼らは、士農工商の身分制度の中で分けずらい「町人」となった。

大半は、工商に含まれるのだが、外れる部分のあったのである。

そうした、流動的な身分制度の中で、形式的には、武家と町人に婚姻はできないことになっていたが、実際は、武家の養女となってから、婚姻することは可能であった。

明治時代に華士族平民婚家許可令が出ると、階級を問わず婚姻が可能となった。

こんな自由な身分制が、横溢する明治時代に、固くなに、階級制度をひいていたのがのが、大日本帝国海軍である。

海軍は、陸軍とは違い、徴兵ではなくて、志願兵制度である。

海軍兵学校を出ていないとエリートとは言えない、ただし、海軍兵学校の受験資格に身分差はないので誰でも受けることができた点は、当時の、身分制度の緩さを表して居る。

しかしながら、一般の志願兵が、下士官、士官になることは可能ではあったが、必ず「特務曹長」「特務士官」という名称で差別した。
又、昇進の上限は決まっていた。

そう考えると、硬直した思考が跋扈した理由は良く判るのである。

戦後、旧海軍の連中の雑談で、善人面した元海軍の幹部連中がいろいろと語っている。

海軍の無責任体質と云うか、馬鹿ぶりは枚挙にいとまがない。

航空戦で初期の戦果を挙げて居ながら、航空戦の意味を最後まで理解していなかった。

最後まで、艦隊決戦を考えていた点からもそれはうかがえるのである。

だからこそ、最後の最後に、戦艦大和を引きずりだしている。

又、1000馬力のエンジンしかないのに、1500馬力級の性能を持つ製品を作れと命じる。

犠牲にされるのは、大変訓練に金のかかったパイロットの命である。

つまりここにはコスト感覚はない。

海軍で、コスト感覚を持った集団は、海軍経理学校出身の長エリートである。

彼らは、他の軍人に、コスト、費用対効果を教えなかった。

低出力エンジンで高性能な北を作ろうとすれば、機体構造は脆弱にならざるを得ない。

川西航空機の技術者は、ゼロ戦の機体の構造の軽め穴を評して「バカ穴」と呼んだが、高出力なエンジンがはない状態での設計を顧慮に入れて居ないのは、技術者のおごりである。

悲しむべきは、そうしたバカ見たな「官」の要求を素直に受け入れる三菱航空機である。

そうしてまた要求に近いものを無理して作る・・・

いつも思うのは、戦前の基本的な技術力の低さを呪いたくなる。

超ド級の戦艦を作るに、明治時代の工法と変わらないリベット構造で船を作る。

昭和時代には、リベット構造よりも溶接構造の方が強度が出るという事がわかり、溶接構造の船に変化しつつあったのに、構造的な脆弱さを抱えるリベット構造に固執した結果、対弾性が低く、低速力な超ど級戦艦を作った。

(実際のところは、溶接構造の造船が、うまくできなくてリベツトに転換したともいわれる。そう云えば、2番艦は、三菱造船で製造された。)
不沈艦と宣伝はしたが、これは、攻撃を受けなければという但し書きが付くべきだった。そう考えると、海軍が理性的だったなんてことはない。

(さらにつづく)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-8a5a6a.html (その3)

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驚くべき事実(その1)

ちょっとビックリしたことがある。

既に、驚愕に近いような驚きである

トーイックで高得点を取ると昇進できるシステムがあるそうである。

満点だった人がいて、即昇進・・・

なんか間違ってないか?

英語(英会話ができるかは微妙)さえできれば昇進するって、まるでファシスト国家(全体主義、共産主義、一党独裁体制)で、ファシスト政党の古参の党員、党員に近い人、党員から進められて党員になれば就職が保証された様なシステムに近い。

つまりは、外部テストの評価がすべて?という事である。

これを読んだ瞬間に、この会社ダメだわと思った。

ダイムラーベンツに支配された時からかどうかは判らないが、個人の評価制度もおかしい。

完全な個人主義的評価であるが、おかげで無責任体質に拍車がかかっただけだという。

ダイムラーベンツが、手を引いた瞬間に、倒産の危機が訪れたが、その時、金曜会(三菱グループ)は、嫌々助けた。

現在の会長が、三菱商事時代に、この会社への助力を要請したと言われるが、実際は、まだ、金曜会として、岩崎弥太郎が作り上げた「三菱」の企業グループイメージ維持のためには金を出す気になっただけである。

例えば、岩崎弥太郎の事を悪く書くべきではないが、某国営放送は良く書きたくないという描きたくないから、ものすごく悪く表現する。

岩崎弥太郎の原資は、明治維新後の紙クズ同然だった藩札が、政府によって買い上げられるという情報をつかんで、タダのような値段で、買い

占めて莫大な利益を得た。

同じ土佐藩の郷士の出である、坂本龍馬と同類である。

坂本龍馬は、某作家によって持ち上げられているが、あの話は、どこまで本当か判らない。

某作家の考えた「坂本」である。

某作家は、「人斬り」という小説中で、坂本が、武市半平太宅を訪れると必ず、門前で小用をしたので、門前が「しょんべん」によって異臭を放っていたと記述がある。

武市の妻が、半平太に苦情を言うと、「いずれは大事をなす男だから」と云ってその行為を許していたと云う。

この行為と、坂本小説に流れる性格に微妙なずれがある気がする。

又、坂本が門前で小用をたすのであれば、坂本が来たら、水を用意して、帰ったら流せばいいと思うのだが、どうも、流していないから匂ったのだろうと思う。

すると、人斬りで語らる「武市半平太」の性格的と、挿話に出てくる欠陥に統一性がない。

坂本龍馬が、何故、門前で小用をたすのか?

その理由は書かれていない。

つまり、武市は坂本の行為は許容する、それは、坂本が同志であるからとみる。

小説中では、人斬りの岡田以蔵と坂本龍馬への対応の違いで、岡田の生来の持っていないものを原因として低く、低く持って行こうとする意図が見える。

ちなみに、人斬りの小説中、岩崎弥太郎は、監察の役人でありながら卑怯な男として描かれている。

岩崎は、庶民に金をばらまいていたこともさえ悪く書く。
(明日に続く)
20200329

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/03/post-34a70e.html

へ続く

 

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マスク・・・STAY HOMEで行こう

昨日の晩、遅くに、友人から電話が来た。

「コロナで、帝都が、ブロックアウトされそうなので、急遽、故郷の名古屋に帰るわ・・・」と、老いた父母にそう告げたら。

「コロナがついてくる可能性が否定できないので、帰ってって来ないで欲しい」

と言われたそうな。

で、ガスマスク余ってない?と聞かれたので

小学生用1個、大人用1個ならあるというと

「最悪、売ってくれない?」

と云うので、うちのボウズ用の予備がないからダメと断ると。

「マスク、爺さんばぁさんが、朝から並んで買えんのだわ・・・」という。

「防塵マスク買えば?」というと

「うーん」という

「眼鏡曇らなくていいよ」

「多少の気休めにはなるよ」というと、

「そうか」という。

普通の使い捨てマスクと手縫いの布マスクは親が送って来たそうな。

去年、使い捨ては、自分が花粉用で買い置きした残りだそうである。

「そんだけあるなら、なんでいるの?」と聞くと

彼は省線電車と、高速度鉄道(地下鉄の事ね)で、通勤している。

相も変わらず、超過密な車内

マスクないジジイ(精神的なロートルの意味、リアルな爺さん、おじさん、若者も含む)が、ゲホゲホやった瞬間に周囲の人は避けようとする。

避けきれない・・・ので「もう、電車に乗るのが恐怖」だそうである。

ある時、元気なマスクした兄ちゃんが、爺さん(某大会社の部長さん:友人は、一応見知っているが、兄ちゃんは、多分知らない。)で、ゲホゲホやっている人に向かって、

「マスクぐらいしろよ、常識ねぇなぁ」と云った。

爺さん、ポケットからマスク出してつけた。

兄ちゃん「たく、咳する前につけろよ」

部長さん「すいません」

兄ちゃん「爺さん、病気移したいのか?」
部長さん「いいえ、そんなことないです、すいません、マスクすると息苦しいので」
兄ちゃん「みんなが、不愉快な思いをするんだ、飛沫感染したらどうする」
部長さん「すいません」とぺこぺこ
で、その日は終わり。

別の日に、この部長さん、役所に来た。

この部長さんマスクしてない。

部下の課長さん、マスク

友人、マスク

友人の担当者の部下、マスク

部屋中ほぼすべて、マスク

マスクしてないのこの部のヘビースモーカーの爺さん(定年後の再雇用)と、この部長。

友人、嫌みで、

「コロナウイルスの関係でマスクをして対応させていただいております。」

部長、こっくりうなずく。

マスク出す、気配なし。

話が済んでから、コロナの話題が出た。

友人が、「面接した人の名前所属、マスクの有無を記録に残さなければなりません。マスクない人と面談するといろいろと問題があります。」と嫌味たっぷりで云うと

部長「マスクしていると息苦しくてねぇ」と

友人「電車の中でもしないんですか?」と聞くと

部長「先日、怒られましてね。・・・・マスクは義務じゃないんだから…」と云いながら持論を展開、自由が拘束されている感じがすると云うので、それは違うだろう…と思ったが、まぁいいかと思った。

別の日の朝、この部長と同じ電車、又、咳をしだした。

先日の兄ちゃんらしき人がまた居た。

で、部長がくしゃみをした。

ツバキが、兄ちゃんの顔についたらしい。

兄ちゃん降車駅で降りると、部長の襟首つかんで引きずりおろした。

興味津々でついていくと、兄ちゃん、名刺を出して、部長の住所と名前を聞こうとする。

部長抵抗する。

警察を呼ぶという。

友人が、見ているのに部長は、気が付いた。

友人マスクを取って、顔を見せた。

部長、「あ、〇〇〇の・・・」

兄ちゃん、友人の方を向いて、「だれ?」という顔をしたが、部長は、あきらめたように名刺を出す。

兄ちゃん、感染した場合は、損害賠償請求をするという。

部長、友人に、「醜態をさらしまして。」という。

友人、肩をたたいて「次回は、来なくていいですから」というと、

部長から「え」と

当日の夕方、先日の打ち合わせに同行していた課長から電話があったそうである。

資料ができたのでお持ちしたいと云うので、

「○○部長さんは、来ないくていい」と伝えると。

「先日のマスクの話でしょうか?」と云うので

「まぁ、別件で」と云うと、

「部長、今日出社するなり、検査に行くと言って有給取って帰りました。」と

友人曰く
「これ、昨日(金曜日)なんだよね。

 親に、コロナ付いて来るかもしれないから帰ってくるなて言われて、ドキドキしちゃってさぁ。どう思う?」と聞かれた

「まーマスクは、コロナに感染してれば、本人は、自分で培養して、ばら撒く効果は多少なりとも薄いけど・・・感染してない人は、ほんと、

普通のマスクならあんまり関係ないよね」「対BC兵器用のフィルターでもていてりゃ別だけど・・・」

「なんで」

「だって、ウイルス小さいじゃない」

「あー・・・・・・・そうか」

「まぁいろんな意味で、予防だから」

「わかった、ところで、BC兵器てなんだ?」

「バイオケミカル、生物化学兵器」

「それ用のフィルター持っているの?」

「うん、あるよ・・・・・」

友人

「…なんで、そんなもの持ってんだ?」

「だって、怖いじゃん」

「・・・・・・それって、オウム?」

「うーん、そうでもないけど、ガスマスクは必需品だと思うけど」

「はぁ・・・わかった、じゃぁ」

「STAY HOMEで」

「はいはい」

朝っぱらする話ではない。

 

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マツダK360 資料写真 K360 walk around  Materials for hobbyists who make models

 


Let's overcome the Coronavirus together.
Toyo Kogyo(MAZDA) K360

Materials for hobbyists who make models

Let's enjoy making models at home.
Please leave the link free.
Please contact us for diversion posting.

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3月の締めに向けてのお仕事と、思うこと思う事

3月は、平凡なおじさんでも忙しいのである。

とはいえ、自動車のイベントがなくなり、学会の研究会がなくなり、トヨタ博物館も。トヨタ産業技術記念館も休館で…行くところもないので、

基本的家でゴロゴロである。

とはいえ、今日、予定していた、大きなお仕事が4件完了したので、気分的にはルンルン?と云うか、ものすごく疲れた感がある。

丸っと7日間延々と資料を読んで、資料を纏めて、脳味噌の中で説明できる様に構築して

65時間ほど費やした。

1件はヒヤヒヤな進行管理であったが、昨日資料がまとまり何とか終わった。

いわゆる大車輪でのお働きである。

3月は、勤務日は、あと二日あるのだが既に予定がいっぱいである。

ちょっとゲンナリである。

脳味噌を使うとものすごく疲れることはよくあることで、無性に甘いものが欲しくなるのである。

限界を超えるて、糖分を取らないと、眠くなる。

とはいえ、いまだに手書きに固執する人がいるのもいかがなものかと思う。

この部分は手で書くべきだからと云うのだが、小汚い字で書くよりもシステムを使って書く方がなんぼ樂か。

でもお役所では、手書きにこだわる向きがある。

この手の事は、はっきり言って無駄だと思うのである。

手書きは、間違えると全部書き直しである。

書き直しに要する時間を考えると「無駄」と考えてしまう。

個人的には、仕事関係は、手書きなんてすべてなくせばいいと思うのだが、手書きにこだわる人がいるので辟易としている。

旧弊な考えは困ると思うのである。

そう云えば、年老いたヘビースモカーの芸人の武漢ウイルスにやられたと報道があった。

可哀そうだが、ヘビースモーカーという時点で同情できない。

タバコ吸いの重篤化が高いという事なので、これを機会に、一掃される可能性があるといいなあと思っている?

健康増進法のおかげで、建物内の喫煙所がなくなって、旧喫煙室は、休憩室に改修されたところも多い。

おかげでと云うか、最近、路上で、たばこを吸うバカと云うか人間の屑(クズ)がいる。

繁華街の料理店の板前タバコを吸っているのを見たら、二度と行くことはない。

だって味覚の管区が狂っている人の作る料理なんて食べる気もしないのである。

コンビニエンスストアの前に、煙草盆が置いてあるのを見ると、馬鹿発見器のように見えることがある。

多くの場合は、馬鹿が数人タバコを吸っている

歯は茶色、変な体臭と云うか異臭がする。

風体は、基本的にだらしない。

入り口近くに置いてあると最低で、煙幕の中を進むようなものである。

たまに、ニコチン臭いと思うと、5から10メートル離れた風上に、たばこ咥えたおっさんがいる。また、宅配の兄ちゃんがエレベーターから降りると、箱の中が練り込んだようなニコチンの匂いがする。

コンビニエンスストア前の煙草盆はそのうちなくなるであろう。

だって、迷惑だもの。

いつも、旧弊なおっさんたちは、喫煙の権利を主張することがあるが、そんなものは最初からないのである。

愛煙家と云うのは自画自賛のお言葉である。

愛煙家は、愛犬家に通じるような、美辞麗句である。

それに対して、嫌煙家と云うの、ものすごく、卑下した言葉である。

愛煙家は、いい人感があふれる、嫌煙家は、クレーマーの様な雰囲気さえ漂わせている。

だが実際は、煙を愛するなんて言うのは嘘で、タダの排煙家である。

金魚鉢みたないものかぶってその中でタバコ吸えよ云いたい。

今回の武漢ウイルスで、喫煙者は肺の機能が駄々下がりなので、感染すると重篤化するケースが多いという。

タバコなんて、タダの覚せい剤の様な、ものすごく嗜好性の強い害悪である。

この際、タバコ吸うと効率が上がるなんて言うのは、単なる妄言であることをよく認識してほしいと思うだが?

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最近思う事など

定年が伸びるそうな。
延長で、たぶん64歳が定年になる予定。
64で、定年。

あと5年?この分で行くと年金支給年齢は70になると思う。

その後、6年間ぐらい再雇用で働くのかと思うとうんざりする。

前の定年伸びた時は、トップグループが、伸びた分だけ居座って人事が停滞したそうな。

ペイペイには関係がないが、最近疲れるので、外仕事は嫌だなぁと思うけれど、中にいるのも生産性が悪い気がする。

今の職場の良いところは、お気楽さが最大の利点かな?

責任無いし。

正直言って、無関んな奴らに押し付けられる責任を持たされるのは嫌である。

職場の人間関係の馬鹿さ加減ももういいやという気がしている。

本店勤務が長い奴らは、本店勤務のネットワークで話を進める。

聴いている方は不愉快である。

まぁ、昨日、出た話で、最高幹部でお辞めになった方が部下で、来たら仕事がやりにくいという。

思うのだが、再雇用前に最高幹部だろうが、元上司だろうが関係ないと思うのだが・・・

その感覚は、役所の幹部と方たちには理解できないという。

元最高幹部、元上司に仕事頼むのは心苦しいという。

バカではないかと思うのは私だけだろうか?

だって、指揮系統は、階級で来るわけである。

上位だから命令する

上位からの命令だから従う。

嫌々だろうが、しっぽ振りながらでも関係なく、従わざるを得ない。

退職して階級が下がる。

階級が上の人間は、下の人間に命令をする。

そこに感情の介在は必要だろうか?

必要はないと思う。

「個人的なお付き合いがあるので」と、言う人がいるが(隣の課長がそんことを言う)。

ドライかもしれないが、職場と云うか、仕事場に、個人的な付き合いの感情は必要だろうかと思う。

そういった感覚が生まれるのは仕方がないかもしれない。

長年、ウエットな感情でお付き合いしている人間しか、昇進しないのが役所なので仕方がないと思う。

民間ではもっと激しくて、誰の派閥の系統ということを頻りに気にする人もいる。

それは、結局、本音は、飲み会でというわけのわからないシステムができる。

幹部諸氏で、よく泥酔する人がいる。

いつも感心するのは、泥酔する幹部と飲んで、嫌々ながらお付き合いをする人がいる。

そうして、泥酔する幹部は、それらのお付き合いをしてくれる奴を大切にする。

だって、ストレス発散の道具なので、道具は大切にするのである。

大切にするという事は、人事で特別に目をかけるという事で、下克上な人事を邁進する。

ゴルフ、飲み会、釣りのお付き合いで、しっぽを振らなければ偉くはなれない。

そんなことは百も承知である。

でも、ゴルフやらない、酒飲めない、釣り、殺生が嫌いだし、そのもそも、生きてる、生の魚を触るのは嫌いである(←身勝手)。

趣味は、自動車、模型、カメラ(撮影)、本読むこと、研究すること・・

考えてみれば、収入に余裕がないので、ゴルフ、飲酒、釣りはムリである。

現在の趣味の維持で精いっぱいである。

基本的に、つるんで何かするのは嫌い。

民間企業に居たころ、やたらと飲みに行くのが嫌だった。

役所に入っても、やたらと飲みに行くのが嫌だった。

気に入ってくれて連れて行ってくれているのは判ったが、何となく嫌で、残業をしているんと誘わないので、残業をするのが当然になった。

5時半に終わって、22時まで残業・・・入って1年目の職員が、課長並みに残って仕事をしている。

この時点で、異常だったけれども、よく見ていいてくれる人は見ていてくれた。

でも、勤務態度が優良だと、賞与の特別加算がある。

ある副支店長が、賞与の高率適用を申請したが、人事慣行で、入って3年目までは、特別加算は認めないと言われたこともある。

最初の、10年はよく働いたと思うが、感覚がドライすぎて、一部の者にはものすごく嫌われた。

私は、仕事(JOB)と生活(LIFE)は区別すべきという家風で育った。

考えてみれば、一般の会社、官公庁で、そんなことを云って通るはずがないのである。

だって、日本なんだから。

同質性が、最大限に尊ばれるのである。

生憎と、異端児である。

しかも、馬鹿ではないので、余計に困るのである。

しかし、役所はいいところで、そんな異端児、と云うか社会不適合者でも、自分の仕事さえしていれば、止めないで済むという事である。

そう考えるとお気楽である。

自分か、課長になって部下を指導する図なんて到底想像ができない。

まぁ部下が付いたこともあるし、実際指導したたことはある。

ちょっと困った関係にもなってしまったので、基本、自分は向いてないと思う。

その点に於いて、出世を第一位に考える世界では落伍者である。

でも、生憎と狭い世界では、息をしている。

今日、外をてくてくと歩いていて、ふと思ったことは、

「井の中の蛙、大海を知らず」で、続くのが

「空の青さを知る」である。

幹部職員と云われる人たちの住んでいる「大海」は知らない、知りたいとも思わない。

でも、あんた達の知らない、世界は知っている。

そうして、ウエットな世界も知らないので、ある意味自由である。

そう、自由なのである。

「空の青さを知る」がゆえに、拘束されない自由を知っている。

20200326

20200327補正

 

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嫌な話


嘘をつく人間は平気で嘘をつく。
長年ばれる、嘘をつき続けると、嘘をつくという事が、習慣になる奴がいる。
この手の人間は、嘘が破綻しているのに平気の平左である。
毎回毎々、よくまぁこの手の嘘をつくと思う。
ちょっと、「信じてあげたい」という気がしても、期日が来ると「だんまり」を決め込んで、別の嘘をつく、というか、別の話を作る。
嘘もインターナショナルで、こちらが確認できないことをわざわざ言う。
いわゆる、ビックマウス的な発言が多いので、一生けんめい盛っているなぁと思う。
不動産屋にも多いけれど、不動産屋は、詐欺師でなければ、最終的に、不動産を売るという実務は、現実として現れる。
だが、ベンチャーとか、くたびれて金に詰まったような会社の経営者は基本的、延々と嘘をつく、嘘をつき続けなければ終わってしまうからである。
時々、会社案内を見ていると、ベンチャー企業の社長が、セミナーとかの講師をしますなんて書いてあることがある。
一番笑うのは、講師料が意外と安い。
個人の持論としては、ベンチャー企業の講習会なんて聞くものではないと思っている。
成功事例の開陳かと思い行きや、成功事例を「1」とすると、盛っている部分が「99」なんてことがある。
大抵は、成功事例「4」ぐらいに、「6」ぐらい盛り込むのはまぁ、暇つぶしと思って聞けばオチのない落語みたいなんもんである。
ある時、お仕事の一環で、この手のおっさんの講演と云うのを聞いたことがある。
聴いて思ったことは、講師の質も選べないような、講習会と云うかセミナー自体が胡散臭いと思ったのである。
来ている人は、一攫千金狙いの馬鹿もいれば、真剣な人もいるのである。
私が聞いたのは、詐欺師に騙される哀れな子羊の群れと、騙す方の狼の一群、群狼のお見合いみたいだった。
聴いた感想は、何のためのセミナーなのかしらんと思ったりもしたのである。
講演と云うか研修会で、非常に偉そうなことを語っていても、自分の事務所は、自宅の一部とか、今時見ないような集合住宅(アパートね)、人が来ないような雑居ビルのものすごく狭い部屋とかで、外にパンフレットが置いてあるなんて言うと、すでにきな臭い。
 頭のいい奴は、騙すのにも背景が必要と、事業所は、ベンチャー企業支援の建物なんかに入居して、虚飾を飾る。
 そこで、正々堂々と嘘をつく。
 やはり、舞台はものすごく必要である。
 実際に、書いてある事務所が、マンションの一室で、おまけにオートロックマンションと来たら、郵便受けにテプラで会社名が書いてあったりする。
ぼろつちいアパート、マンション、雑居ビルに、事務所、会社があるとなんだろうねと思う。
建物はもろいっちいかもしれないが、立地は、中心部、駅近である。
この辺が、上手いと云うか、下劣と云いうか、騙される奴は騙されるんだどうなと思う。
いわゆる、先入観を利用した詐欺である。
例えば、「東京都中央区丸の内・・・」なんて書いてあれば、場所は一流と思うかもしれない。実際、行けば、築年不祥な、崩れかけた雑居ビルなんてこともある。
当然のように、そこには、誰もいない。
不在の場合は、こちらに連絡をなんて書てある。
連絡先の携帯電話は番号が、ホワイトボード、出入り口の窓ガラスの紙に書いてある。
そうして、電話には絶対出ない。3コールぐらいで、留守番電話になる。
これは端から出る気がない。
出入口に置いてあるチラシに書いた電話番号へ電話しても、転送されて、携帯へ架かる。
これは、なんだろうと思う。
既に、インチキ臭いのを通り越している。
で、留守番に入れても、100%かかってこない。
相手は、警戒しているからである。
時として、講師のご面相を見ると、ただただ、貧相という奴がいる。
貧相な顔でなぜか、権威付けのつもりか、髭を伸ばしている。
ビンボ臭いのである。
余計に貧相である。
肝心なことを聞くと、途端に歯切れが悪くなる。
紙に書いて聴取すると、途端にボロが出る。
まぁ、この手の嘘つきは、ボロが出ると、逃げるのが早い。
逃げ一手になったら、半殺しではなくて、必ず、全殺し(お陀仏させない)しなといけない。

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イベントの開催について

大規模なイベントは中止すべきという風潮の中で、強行するとどうなるのか興味津々で見ている。
一歩間違えば、「会社がつぶれる可能性も無きにしも非あらず」である。
危機管理という事を考えないといけないのだが、今の金の事を考えると、目先の金の事だけを考えてしまう。
と云うか、そうせざるを得ないような状態なのかもしれない。
いわゆる金に詰まった人の辿る迷路と云うか隘路への道である。
正常な判断が出来ないような思考パターンである。
ちゃんと相談できる人がいればいいのだが、大抵は、そんな状態になると相談する人もいないかもしれない。
所詮は、過去の遺産で食っているようなものであるから、いわゆる『伐株を守る』のような心境かもしれない。
「果報は寝て待て」ともいうが、寝ていたら奈落の底に落ちていくのがわからんかねぇという気もしている。
一部で、情宣活動で盛り上げようとする行動がみられるが、今一、盛り上がらない。
開催を、止めてしまえば、一切金は入ってこない。
昨今何処でも、金に厳しい状態が続いているとは思う。
初期投資した金は回収できない。
そう考えると、引くに引けないかな?
と、傍で見て笑っているから質が悪い。
現状、ある団体が、開催を強行して批判されている。
現に、見学者の発病の疑いが出ている。
悪い、言い方をしたら、サーモグラ―フィーは一時的な温度である。
寒いところから入室すれば、あまり高い温度は表示しない。
発病してれば高い体温かもしれないが、発病していなければ、体温は上がらない。
そうなると、会場には、発病していない保菌者がいたと云う可能性が高いという事になる。
そうなると、そいつが、「細菌をばらまいていない」という根拠はないだろう。
基本、ばら撒いた可能性は高い。
その場合、主題法人(?)、団体は、どう責任を取るのか、と云うか、どう責任を取るべきなのかという事が問題になるが、どうせ逃げるんだろうなと思う。
実際、開催しました、集団感染の原因となりました。
こいつが開催したイベントが、集団感染源と報道された時は、どうなるんだという感覚は持ってほしいが、無理だろうなと思う。
金だけを考えれば、止めても地獄、止めなくても地獄である。
馬鹿はどこにでもいる。
成田で、関西空港で、防疫の為に、「検査済むまで」、「陽性だったら、2週間滞在ね」と書く方はお気楽である。
検査中に移動を制限する必要はあるだろう。
無視した場合は、重い罰金刑に処するべきである。
だって、他人の生命と財産を危険にさらすのだから当然の措置ではないかと思う。
帰国したら検疫があり、防疫の為に滞在を要請されるという事を、知らなかったと主張するはダメだろうと思う。
しかし、実際は、発病、隔離されれば、治療費用がタダでも、金銭的に厳しいであろうことは容易に想像できるはずである。
沖縄県の10代の子のことを批判する人が多いが、飛行機のキャンセル代を考えたら帰るでしょう?という気になる。
金は大切である。
だが、検査結果が出るのを、待たないのは、他人の生命財産への侵害を行う事を予見していないという事になる。
本来、感染拡大地域に似るのだから、感染の可能性は高い。
事前の情報がないにしても、帰国し、検査時に説明は受けているのであろうことは、容易に想像ができる。
其れさえ、想像できなのであれば、そういった人間が出ることを防ぐためにも、強制的に隔離して、検査を待たせるべきである。
現在の対策は、接種を避けて、拡大する感染をいかに防ぐかという事である。
みんなが、そう考えている中で、イベント開始を強行する意味が分からない。
金に詰まっているから、イベントを強行するという事になれば、それは本末転倒で、開催すべきではないと進言したい。
ただ、出店者側の出店辞退が相次ぐ可能性は高い。
バカ高い席料とピンハネされるテラ銭の事を考えると、辞退する(止める)理由を探して居る場合は、今回止めて、次回からも参加しないという事になる。
個人的は、イベントを強行したい気持ちは痛いほどよくわかる
イベントを開いても、感染拡大を、起こさない可能性もある。
その反面、起こす可能性もあるという事である。
そのリスクをどのよう処理して、イベントを止めるのか、止めないのかを決めるのは金が絡むと非常に厳しいと思う。
だけれども判断をするのは、主催の親玉という事を考えなければならない。

 

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オリンピックの延長で、ついでに思ったことなど、イベンと開催の適否について。

屋内のイベントはダメという。

それは、歓喜の声を上がながら動き回る奴らのいる処での開催は禁止という事である。

禁止とは言ってはいないが、事実上の禁止だろう。

でも法律がないから、強制はできない。

強制できないから強行するのは、イメージが悪いとおもうのだが・・・・・

でも、男を売る様なイベントではでは、そうは、いかない。

何として、開催すると云う意思がが働くのかもしれない。

従順な姿勢を見せると男が廃る思い込んでいるから度し難い。

愛知県は、熱田区のバァさんのクラスター爆弾が破裂して、蒲郡の職業不明ななおっさんの病原菌バラマキ事件で、すっかり有名である。

結局、自己中心的な、非常識な奴らがあぶりだされただけである。

トヨタ自動車高岡工場での発病した方の濃厚接触者の特定が早かった理由以下のような管理をしていたからである。

各工場の食堂は、クラスターが発生する可能性が高い。

食堂の席に、椅子、番号が振られている。

全員が振られた番号の処で食事を取る食事。

職場自体は、限定されているので、濃厚接触者の特定は速く、さっさと隔離されたそうである。

不要不急の会議は、開催しない。

異動は電車は極力避けるという方針が示されている。

又、東京支社では、ほぼ全員が在宅勤務モードだそうである。

これは東京オリンピック対策で、通勤緩和措置で、オリンピック期間は在宅で勤務ができるように準備がなされていたからできたことである。

役所では、対外的な対応をする時は、マスク着用が原則である。

室内でも基本的にはマスク着用であるが、爺さんはしない。

行動記録書を作という作業が毎日ある。

毎日、勤務日、休業日を含めて、全日、どこで、誰に会ったか、どこの者か、氏名を書き、相手がマスクをしていたかどうかを書かなければならない。

これは発病した時に、2週間の行動をさかのぼる必要があるからで、通常は非公開(当たり前である)、発病したらこれを見て、各人に連絡うぃするというためである。

お友達が、歯医者へ行ったら、受付で即、体温計を渡されて、体温を測ってください・・と云われてよく見ると、37度以上ある方はお帰り下さいと書いてあったそうである。

お友達は、平熱が、36度8分と高めなので、どきどきしながら計ったそうである。

こうして世の中が、コロナウイルス対策をせっせっと進める中で、国の中止要請を無視して、どこかの団体は、開催を強行するという事で報道がり、実際の公演したというのだから驚きである。

で、払い戻しはしないと言ったらしい。

払い戻しをしない云うので来たという人もいたそうである。

こうなると、意図的な拡散の補助をしているようなものである。

打撃系のイベントらしいが、汗は散る。

皆さん興奮する系統のイベントらしい。

対策を十分にしてと云っているが、感染方法、感染経路がよくわかっていない状態で、対処療法的な予防措置を講じるという。マスクの配布入場口ほか各所に消毒液の設置、サーモグラフィーの設置、ミネラルウオーターの配布、会場の扉を開けて常時換気、場内撮影会・握手会は行わず、物販は外で行うといった対策を上げての開催である。

埼玉アリーナは、自粛を呼びかけたが、無視した形である。

ここで、主催の人種が取りざさされているのを見て、興行にかかわることなんだからねぇ…という事になる。

万全の対策ができるという事で、開催の決断をしたという事である。

ちなみに、「万全の対策の基準は何か?」という気がする。

まずはそこから考えるべきだが、世の中思わぬことが起こるのが世の常である。

興行みたいな世界では、興行をしなければ干上がる可能性もある。

対策にかかる金、会場雄経費と出演料(ファイトマネー)と、入場料、グッズの販売の収支が合えばいいのだともうが・・どうなんだろうね。

まぁ、資金繰りが窮迫して入れればとりあえず現金が欲しいのだろうなと思う。

そう考えると、他のイベントもでも対策をしたらいいだろうとという判断をしているところも実際ある。

嫌みを書かれてるのにもかわらず、応援してもらってると勘違いしている。

脳味噌が沸いている人の反応だと思う。

前売券が出ていれば、払い戻しも必要である。

東京マラソンが、参加者の返金しないので物議を醸していたが、東京マラソンもひどいのは、参加費用以上の経費が掛かるからと説明していたが実際、参加しなければ、というか、招待選手だで開催するのであれば、そこまで費用が膨らまないと思うのだがいかがだろうか。

返さない理由を考えるぐらいなら、返すことができる条件を考えた方が良いのではないかと思う。

沖縄県の10代の子供が感染した事件は、スペインへわざわざ家族旅行で行き、成田の検疫の検査を受けながら、羽田から沖縄に勝手に帰ったう。

沖縄県民特有の無責任さの表出と云って批判する人がいるが、予約した飛行機をキャンセルした場合の被害を考えて、帰った可能性も十分ある

ここで、まず、帰りの飛行機を予約していても検疫が終了していなければ、飛行機のキャンセル料は発生させない程度の取り扱いがあってしかるべきだと思うが、どうもないらしい。

個人がなるく損をしなようにしなければ協力は得られないだろうと思う。

そう考えると、強制力を考えるのではなくて、中継地点としての抑留がをすべきであろうと考える。

オリンピックの延長で、考えてみた。

20200324

 

 

 

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日産の体質を考えいたら日が暮れた。

きのうの一日

朝、普通に起きて、8時から日産の有価証券報告書を2000年分から読み始める。

昨日書いていて、なんか変だなぁと思ったのでで・・・(要は暇である)

結局13時過ぎまで、延々と読んで、まとめてブログ書いて・・・これだけ借金があると、非常に厳しいなぁ・・・と考えてしまった。

「日産リバイバルプラン」と云いながらその結果は、「なんだったんだ」という気がしたからである。

2000年から2019年の間に、下請け外注を子会社化して、数年で、全部売り飛ばす。

東京ラジエター(カルソニック→マレリ)なんか典型である。

何のために子会社化したのかよくわからない。

ちなみに、日産の「カルソニック」のレーシングチームは、東京ラジエターの全額出資で、外注先の会社の金を使ってレース活動をしていただけである。

よくよく考えると、ひどい話である。

断れないところへ、金を出せという。

下請けいじめの典型である。

おかげで、東京ラジエターは、社名まで、カルソニックに変えたけど、売り飛ばされた。

今度からは、イタリア系の企業である。

日産系のパーツメーカは、日本産業の関係で、日立系が多い。

だが、どうも、製品の質が悪い。サンデンは、英国に進出した当時、一時期、英国生産のエアコンは、すべてサンデン製であった。

しかしどうも効きが悪いという事で有名だった。

日本電素(現在のデンソー)が、進出すると、英国製自動車のうち、日産の工場を覗いてすべてが日本電装製のエアコンに変更された。

理由がすごい、壊れなくて、よく利く。

サンデンは、「初期投資を回収できたんだろうか?」という疑問が沸いてしまう。

戦前、まだトヨタ自動車工業が、電装品を自社生産する前は、日立製のマグネトーなんかを使っていたが、自社製品を導入するようになると、よく壊れるのは日立製で、トヨタ製はあまり壊れなかったので、トヨタは自社の車輛には、自社の電装品を装備する様になる。

トヨタは、国内法に合わせて、メートル法をさっさと採用

転換が容易だったのは、欧州系の機械が多かったからともいわれている。

日産は、米国製の中古の機械が多かったので、インチ法を採用していた。

当然、大正8年にできたJIS(ジャパンインダンストリアるスタンダード)は、メートル法の導入で、すべて、メートル法の規格に代わっていく。

日産とトヨタは、規格ねじを使うという事で話し合いを持つが、上手くまとまらない。

(トヨタの最初からメートル法で設計した車両は、『ソキ車』(水陸両用トラック、非装甲)である。)

中国大陸で、日産車と、トヨタ車の配属先を地域で分けたが、戦地で互換性がないという事は致命的であった。

豊田英二氏は、現地での運用状況を調べて、トヨタトラックの故障の発生原因を探って、帰国後、保守点検マニュアルを作っている。

実際、陸軍主催の座談会では、輜重隊(輸送部隊)の将校が、停車時間に各パーツの緩み止め、注油を欠かさないことで、板バネの損傷を防いでいるという実例も挙げられている。

上記のような修理点検作業を通して、ボルトの精度の悪さをカバーできることが分かった。

米国製のトラック(日本で現地生産した、フォード、GM:シボレー)の製品は、基本的にすべてを米国からの輸入に頼っていたので、金属材料の性能も一定していた。

その点は、日本の鋳造メーカーの品質の均一化がなかなか進んでいなかった点からも、ボルト、ナットの性能も悪かったのである。

トヨタは、自社で製鋼工場を作り、金属材の研究を進めていた。

しかし、日産は、母体の戸畑鋳物が金属鋳造屋のくせに、金属材料の材質に対する研究は遅れていた(トヨタがダントツに優れていたわけではない。)。

戦前、最後のフォードトラックは、日産の工場で組み立てられて、全量満州へ送られている。GM、フォード輸入枠を使って、日産もトヨタも鋼材を輸入している。

日産の輸入したフォードの鋼材は、陸軍指定の戦略物資として管理されていた。

トヨタは、車体の外板用の鋼材は、戦後まで温存した。

日産は、メタルも米国製のものを在庫として大量に持っていたので、大同メタルが売り込みに行くと、うちでも研究しているから要らないと断ったのである。しかし、米国製のクランクメタルの在庫が少なくなると、大同メタルに注文を出すようになった。

ここでわかることは、日産は、鮎川義介を筆頭に、研究者肌の役員が多く、アカデミックな雰囲気があったと言われるが、その感覚は、学者特有の自分たちは特別偉いんだという感覚を育んでいたようである。

東京帝大を卒業したような者は、東京高等工業学校(のちの東京工業大学)の出身者を軽く見たのではないかと思う。

能力的なものの見方を、学歴でしか見ることができなかった点も、日産の不幸な歴史の連鎖の原因となった見るべきではないかと思う。

そんことを、考えていたら、日が暮れた。

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日産、三菱、ルノ―のアライアンスに、ついて、その2

日産は、2019年度期の配当は1株当たり10円である。

ルノーへの配当は、ない。

ここで、ルノーは業績悪化の影響を受ける羽目になる。

日産の業績悪化、イコール、ルノーの業績悪化である。

(基本的には、自社の販売能力、生産能力がすでに世界規模で劣化しているという事に気が付いてないこところは素晴らしいと思うが。)

日産は、生産台数の積算予想を、第二四半期、第三四半期、と来て、第四四半期の途中で、再び下げている

第三四半期の予想は、505万台だったのが、479万台で、約5%の減少である。

国内の生産台数は77万台、全体の16%、

中国の生産台数が、155万台(コロナの影響を見込んでいない、影響を見込むと、10万台ぐらいは減る?)

北米の生産台数は、136万台(コロナの影響を見込んでいない、影響を見込むと、5万台ぐらい減るので?はないか?)

全世界の在庫は、83万台(60%が販売店在庫)

日本の年間生産よりも多い数字の在庫である。

アメリカでの前年比の販売台数の減少は82万台

決算発表では、販売奨励金は減らしたと云い雰囲気で発表しながら、278億円増加

日本での前年比の販売台数減少は、20万台

日本の販売奨励金は、15億円増加

結局、北米の損を取り戻せない状況がある。

北米での生産休止を、14日間行うが、この間の生産は止まるので、在庫削減に役立つ可能性もある。

月産の大体が、10万台である。

減少幅が大きすぎて困るのである。

日産は、2000年当時と比べて負債が増加している。

2019年末の社債     1兆6918億4400万円

2019年末の長期借入金  2兆5391億8600万円

合計で4兆2310億3千万円

2001年末の社債       6994億3600万円

2001年末の長期借入金    7031億1100万円

合計で,1兆4254700万円

約3倍である。

社債は、償還期間が色々あるので、何とも言えないが、西川君のスキャンダルで850億(だったけ?)円の社債が、発行できなかったことは大きな痛手だったと思う。

トヨタ方式で考えれば、同じ様な研究を行うのであれば、合弁会社を作り、1社でまとめて研究させて無駄を省こうというスタンスがある。

それは、10年ぐらい前から始めている。

そうして、分社していた会社の統合や、似たような製品を作っている会社を合併させて、経営資源の集中化を進めている。

しかし、日産、三菱、ルノーの三社は、別々体制である。

自動運転等の研究を別々に行うのは、無駄が多いと考えるのは当たり前だと思う。

ルノーは、合同で行いたい。

日産は、既に、実践投入も始まっているので、独自路線を保ちたい。

アライアンスに乗せたら、ルノーに技術を盗まれるだけと思っている可能性が高い。

三菱は何もできていないので、そんな海のものとも山のものとも区別がつかないものに、金をつぎ込む余裕はないと判断している。

日産は、自動運転を売りに出しているが、法的な責任関係が明確でない時期に出すのは、拙速の可能性が高い。

車の単価を引き上げるためにも、最新の技術を積んだことにしないといけない。

日産は、2000年ごろの国内シェアは、20%を切る程度であったが、現在は、10%を切っている。

しかも、販売台数には、軽自動車も入っているので、実際の軽自動車を除いた販売台数がどれほどなのかは、有価証券報告書を読んでも良く判らない。

軽自動車を除いたカテゴリーの中での販売台数は、半分程度ではないかと思うのである。

(日産の軽自動車の販売数の水増しが判明している。

某〇〇県のデイーラーは、新規登録をして、そのまま新車を、新古車として、中古車オークション会場に持ち込んではに、大量に流している。)

コロナショックで、日産の業績はさらに悪化すると思うのであるが、ルノー自体の業績も急激に悪化しているので、日産最後の手段は、ルノーから逃げるために、三菱の全株を、譲渡して、自社株を買いもどす。

日産は、アライアンアスを離れて、自社独立路線を進む。

ただし、三菱自自動車が生産している、OEMの軽自動車、エクストレイル(アウトランダー)等は、アライアンスからの購入ではなくなるので、原価率は上がることになる。

利益率を確保しようとすれば、値引きをしない、値段を上げる。

値段を上げると、販売が難しくなる。

余計に販売数は減るのである。

日産の東南アジア戦略自体が、壊滅状態である。

ルノーは、東南アジア政策はほとんどないので、日産の独断場にあるはずであった。

日産自体は、スズキ自動車に対抗することなど、容易だと考えていたか可能性が高い。

工場を作り、ダットサンブランドを投入すれば、容易に勝てると踏んでいたであろう。

(鈴木自動車は、10年以上前から新技術の導入には、積極的で、的確な判断をしている。

アイドリングストップ機能付きの車は大変多いが、当然の様に、その分余分なパーツがいいて重くなる。

この重量増と、軽量化で得られる燃費改善を比較した結果、アイドリングストップをつけない車の販売を始めている。

又、垂直的に技術を導入する旨をサプライヤーに伝達して、産学協同研究にも資金出している。)。

切り札の様に出した、ダットサンブランドは廃止…(いくら資金を投入したのか聞いてみたが・・)、

販売不振で、インドネシアの新設工場での自動車の生産は中止。

生産をやめた工場で今後何を作るのかは正確には決まっていないが、三菱の現地生産車のエンジンを作るという話がある。

丁度、愛知機械で、セレナの生産を打ち切って以降は、エンジンミッションの生産を行わせた事に似ている。

日産は、親会社のルノーの会社規模が小さので、最初から馬鹿にしている風情がある。

最初に、ルノーから役員を投入された時には、屈辱感でいっぱいだったであろう。

結局、日産は、「ルノーから逃れたい」、「三菱を、上手いこと利用したい」と思っているだけなんだと思うが、世の中そんなに都合よく事は運ばない。

ルノ―の業績が悪化すれば、再度、国有化される可能性は存在する。

国有化を避けるためには、日産株を売る可能性がある。

そうなると、日産がOEMで、ルノーに収めている車、先述通りの三菱生産車の取り扱をどうするのか、興味は尽きない。

(ルノーに三菱が買われた瞬間、金曜会との取り決めで、三菱の名前、マークは使用できなくなるし、自衛隊への納品もなくなることは明白である。)

ルノーの思惑次第であると思うが、ルノー自身も、フランス政府の顔色次第であるから、悪い意味での三竦(すく)み状態だと言える。

 この三竦みを消し去るのは、日産の業績の悪化、倒産への秒読みが始まった時かもしれない。

20200322

20200323加筆補正

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日産三菱のアライアンス行方(その1)

三菱、日産、ルノ―のアライアンスは、空中分解寸前と云うか、崩壊寸前かもしれない。

三隻の泥船の行く先は、奈落の底ではないかと思うがいかがだろうか?

ルノ―は、三菱、日産に金を出させたい。

日産は、しぶしぶと云うか、出すふりをして、アライアンスからの離脱をもくろんでいる。

三菱は、アライアンスにかかわる新技術への出資を断っている。

それは、三菱商事出身の会長はさすがに、日産の様に適当なことを云ってごまかす気がないので、はっきりと断ったそうである。

日産の生え抜きのおじさんが、アライアンスの会議に出て、アライアンスに前向きではないと思われて、出ていけとざまの事を云われて、会議の後の食事会にはその席さえ用意しない。

ゴーン派と思われていたのだろうが、西川派と思われていたのかは、フランス人の脳味噌を見てみなとわからない。

ルノーは、金がないので、日産三菱にとにかく金を出させたい。

日産の利益は吸い取りたい。

ゴーンは、ルノ―のCEOになるまではせっせと上納したが、その実、ゴーンの日産での基本路線は、資産の切り売り、とりあえず借金は返す、で、借金返すので資産は食いつぶしたので、子会社を売る、利益を出す、利益の一部を上納する。

日産の資産を食い散らかす、自分の報酬は取りたいだけ取る。

これを、日産の幹部諸氏が知らないわけはない。

西川君の報酬は4億円…業績が、ものすごくわるいのに、である。

報酬と云うのは、成功報酬的な意味合いがあるが、成功してなくても、会社の資産を毟(むし)ることは忘れない。

これは、日産の伝統だから仕方がない

伝統を作ったのは、誰あろう、戸畑鋳物、日産自動車と移籍して、2回も社長に就任したおじさんである。

自己保身の権化のような幹部社員しかいない会社は、自分たちが危なくなると感じれば、社長に対しても平気で反旗を振りかざす。

その体制にどっぷりとつかった人たちが、ゴーンが、2019年以降、資産の残っていない抜け殻の日産の業績を誤魔化すために、ルノーとの合併的なアライアンスを画策したのだと思う。

そうして、造反有理と思う、西川君自身は、ルノーと日産の一体化へ向けたアライアンスになった場合に、自分たちの居場所がないと考えて、ゴーンを検察に売った。

そうしたら、返す刀で、自分も切られて自滅したのが西川君の社長退任の真実であろう。

日産は、金を返して身ぎれいにな時に、新車、エンジン開発の金を投入すべきだった。

しかし、ゴーンは、自社の車には乗らない社長であるから、日産の開発には興味がない。

日産の悪い癖が此処でも出る。

電氣自動車は、バッテリーさえ何とかなれば、いいという感覚で開発できた。

しかし、ハイブリットシステムが作れない。

ホンダ技研工業の様に、インチキハイブリットはもっと作れない。

(ホンダのハイブリットシステムは、電動機は、補助エンジン的な存在である。

だからこそ、初代のインサイトは、ボデイサイズを小さく、二人乗りで、距離を稼いで、燃費を良く見せかけたインチキ商品である。

5人乗りで、四枚ドア作ったら、インサイトの燃費は、普通車よりも悪かったのではないか想像している。)

日産はどうしたのか?

単純に、トヨタのシステムを買っただけである。

ヒュンダイも、トヨタのシステムを買ってハイブリッドを出した。

だから、協豊製作所へ行くと、日産、ヒュンダイ向けのパーツを生産しているのを見ることが出来た。

つまり、日産は、常に、安きに流れる傾向が極めて高いと、言わざるを得ない。

だからこそ、会社としてクズな体質を有していると判断するのである。

日産は、借金生活が終わると同時に、世界各国に、ルノーと共同生産の工場をせっせと作る。

東南アジアへは、自社工場をせっせと作る。

日産がアライアンスに、非協力なのは、日産の言うアライアンスが、日産が得をするアライアンスと云う形に固執しているからである。

日産三菱のアライアンス効果ははっきり言ってない。

あるのは、日産が三菱から調達するときだけ、有効である。

三菱が日産から調達するときは・・・単価は上昇、三菱は、経費は増える。

つまり、ルノーとのアライアンスを進める、自分たちのうまみが消える。

三菱からふんだくっていた利益がなくなる。

だが最大の理由は、自分たちがうまい汁を吸えなくなると云いう事だったであろうことは容易に想像がつく。

日産の技術部は、忙しいらしいが、新車開発で忙しいのではなくて、技術者の流失が多くて廻っていないと言ことが真相ではないかと踏んでいる。

大体、日産は、2018年中、一台の新車もなかった。

2019年中は、1台のみ。

しかも完全な新車と云えるかどうか・・・という車が1台、日産三菱のekワゴンのみ

あとは、マナーチェンジしかない・・・人気のなくなったGTRのイヤーモデルを出しているがこれがまた・・売れていない。

2020年は、4から5車種出すという噂であるが、日産の純粋な新車は・・・という体たらくである。

日産の販売店もさぞや困っているだろうと思うが、とりあえず、軽自動車は売れているようで、昨日、日産の販売店の前を通ったら、軽自動車を下ろしていた。

セレナがまぁまあ売れているので何とかなっているのだろうが・・・スカイラインは・・・高すぎて買えないという状況が出ている。

(名古屋で、東京出身だからという意味不明なことを云っている家族は、30年前は完全な日産党(プリンス党)であった。

かたくなに、日産しか買わないウチであった。

お父さんは、就職して最初の給料で買ったのは、格安の中古の54Aであった。

ここから始まり、ハコスカ(2000GT)の最終型は新車で買い、あとは、1世代またいでスカイラインと乗り継いできた。

日産が好きというか、プリンスの好きなおじさんである。

今年の2月までは、スカイラインを愛用していた。

去年の夏、プリンスの販売店のおじさんが来て、マナーチェンジしたのをもてきて、これどうですかと抜かした。

お父さん、ちなみに、75歳・・・オートマしか乗れなくなっている。 

ハイブリットを進められて・・・値段を聞いた・・・600万円越え・・・

その場で、お帰りを願ったそうである。

娘さん(52歳)は、もう、東京出身だからなんて意味不明なことも云わないで、現在は、トヨタ関連にお勤めなので、安いレクサス・・・

で、結局、お父さんは、現行のAT新型カローラ・・・買った理由が、値段と、快適装備、に、図体の大きさ、販売店の態度だったという。

日産系のディーラーの社員の態度も気にくわないと云っていた。

お父さんが若いころ、プリンスの販売店の人は、よかったなぁというぐらいだから、現在の社員の質は悪い、という。

日産の販売店の社員が、なんでトヨタの車に乗るんだと、以前はお怒りであった。)

 スカイラインのオーナーも高齢化進んでいる中、値段を上げることしか考えていない車作りでは、昔からの客は逃げていく。

日産が、本業の車の販売で第四四半期を、毎年恒例の、会社の切り売りでしのぐこともできない状態を考えると、コロナウイルスの影響が怖いと感じるのは杞憂であろうか。

米国内の生産を、トヨタ、ホンダは数日休業とする。日産は、10日以上停止する。

売れていないから不良在庫を増やさないための方策と考えると、空恐ろしい。

(明日以降、つづく)

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夢の話(第十三夜)

こんな夢を見た

月の光に照らされている、まっすぐな道だ

両脇には枯れススキが寂しそうに波うっている。

月光は、ススキを白銀の野かえていた。

だが、今日は、風のない、穏やかな日和だ

月が照り輝いている、そのせいか、日ごろなら、凹凸のはっきりしない道端の地蔵尊さえ彫が深く見える。

その道を、網代笠をかぶって歩いている、笠の端を、持ち上げては、道を見透かそうとするが,山なりの道は、果てを見せない。

さて・・夜もふけたが

雨でも雪でもなし・・「ここいらで、野宿とするか。」と小さな声でつぶやいた。

道端で寝るのもいかがなものかと思うので、一宿の場所を探すが、だだっ広い野原ばかり。

ゆるゆると歩んでいると尾¥小さな丘が見えた。

丘に行く小さな道がある。

丘の上には、一本だけぽっねんと生えている木が見える

空腹を隠すためにもゆるゆると歩く

たどり着くと、楡の木で、小さな丸石が立っている土饅頭が一つ。

とはいえ、木の下は、下草が伸びて居ないので、横たわるには適当である。

小さな土饅頭を避けて腰を下して、竹筒を出して水を飲んだ。

歩きつかれた体には甘露である。

今日もよく歩いた。

もうすぐ、生まれ故郷かと思うと、少々気が滅入る。

元は、庄屋の次男で、江戸に出た分家の養子になり、商家の家督を継ぐはずであった。

しかし、実子が生まれると疎まれた。

商人になるための生活をしていたが、算術の先生は、剣術も教えてくれた。

成人する頃には、やはり、実の子に、店を継がせたいと言い出したので、身の置き所がなくなり悪書通いを始めた。

親元に、その旨を告げると、帰ってくるかと云われたが、いまさら、草深い田舎に帰る気などなかった。

分家の養い親は、疎んじていたが、申し訳がないと言って身の行末を、案じてくれた。

そうして、「やっとう」ができるからという事で、御家人株を買ってもらい武士に成った。

算術ができるという事は、この頃の武士には、剣術ができるよりも価値があった。

そこまで思いだして、

ふと考えた

自分の年を考えれば、親兄弟は、既に亡(な)いであろう。

生きていれば、と考えても詮無(せんな)い、事である。

月明かりに照らされて・・・周りは幾分白い。

風はないが、底冷えのする寒さがある。

僧門に入って以来、僧正と云われても、修行の身であるという事に代わりはないと思っていた。

ある時、雲水修行に出るべき時が来たと思い、白雲に身を任せて歩むこと、日多しである。

昼間の通った村でもらった握り飯は既にない。

空腹ではあったが、眠りたいと思ったので横になった。

目をつぶり、何も考えないようにしていると、突然、上の方から声が降ってきた

「お坊様」

どこからか声が聞こえる

「お坊様」

今度は、はっきりとした口調で

「お坊様」

三度も呼ばれれば答えなければならないと思い起き上がって、周りを凝視した。

もう一度、呼ばれたが、今度は後ろから聞こえて風であった。

振り返ると

山猫回しを背負った女が立っていた

顔は影になってよく見えない、目ばかりがピカピカしている

「なんだね?」と聞きながら、体の向きを変えた

女は、何かに応ずる様に、少し振り返った様に顔の向きを変えた。

すると月の光で、顔の輪郭が見えた。

そうして、髪に刺したかんざしの金具が揺れる

狐、狸の類(たぐい)ではなさそうであった。

顔をこちらに向けながら

「こんなところに一人でいると魔に遭うよ」という、

「そうかな?」

と云いながら立ち上がろうとすると、歯切れよく

「そうさね、遭ってからだと遅いよ」

と云った

再び「そうかな?」と答えると、にやりと笑った気がした。

そこで「もうあっているのかね?」と云いながら、裾の土を払って立ち上がった。

「ハハハハは・・そんなことは無いね、あたしゃ、山猫回し。

化け物を使うことをあっても、使われることはないね

それとも、あたしが化け物だとも?」

かぶせるように云うので

「いいや、そうだとしても、そうはいえない・・な」

またにやりと笑って

「そうかえ

お坊様は、化け物を見たことがあるのかえ?」

そう云いながら、身じろぎ一つしていない。

「ばけもの?

そこ許(もと)の云う化け物と云うのは、人が化けたものか、化け物が人に化けたものか?」

「さあねぇ

ここには、どっちでもいそうだよね。

坊さんはどっちだい?」

「どっちとは?」

ふと、心の底を覗かれるような気がした。

そこで、告解するように、

「一度、畜生道に落ちた身の上、人が化け物に化けておった時期もあった。」

すかさず

「いまは?」

おのれの罪を悔恨し、善根を積み衆生の手助けをして、自身の罪を少しでも減殺することを望んで生きてきた、もう恥じるようなことはない。

そう思うべきではないかと、思っていた。

しかし、それは自己満足でしかないのではないかと思う事もある、そこで

少し、下を向いて「はてさて・・いずれかな?」と自信なさげに答えた。

すると、山猫廻しの女は、頭に手をやると、かんざしを抜いて見せる素振りをした。

「ふふふふ・・・ところで、このかんざしに見覚えは無いかえ?」

白い手のひらには、サンゴ玉と揺れる金飾りのついた簪(かんざし)を見せた。

かんざしを、坊主に見せてどうする?そう思った刹那に

口調を変えて

「いやなにね・・・、ご坊様、遠い昔に見覚えはないかねと思ってね」

よっく見ると、ずいぶんと古いものに見える。

「古いものだなぁ」と素に戻ったように答えた。

優しい声で、「ええ、もう70年も前のものですよ」と云った。

最後の語調は絡みつくようである

よく見ると、なかなかいい細工だ、江戸でも中々ないな、こんなものが作れるのは。

そう思って、手に取って見た。

しげしげと眺めていると、

「御坊は、江戸にいたことが?」

すると、苦いものが喉をせりあがってくるようであったが、平静をよそって

「ああ、若い頃、畜生道に落ちていたころにな・・」と答えると、言葉の端が切れる前に

かぶせる様に

「そうして、こうして、旅に出た?」

かぶりを振って

「いいや、ある理由でな・・・」

顔が近づいてくる

「元お武家?」

ふいに耳元で聞こえた

少し怒気を含んだ声で「なに?」というと

女は、元の位置にいる

「いや、なんとなくさ。」と笑いながら云う

 

不可解な気持ちを見透かされたのか

「そんな雰囲気がしていたんでね、背中にね」

70年此の方、衆生の災厄を取り除き、善行を積むことばかりを考えていたことを思い起こした。しかし、一番大切なことを忘れているような気がした。

少し気弱になって、足が一歩前に出た・

「そうか・・そん感じがするか?」

女は、少しあとずさりした

「します、します・・抜き身剣みたいな感じがしますねぇ、おおこわ。」

また後ずさりをするように見えた。

つい「こわがらんでもいい・・・」と云ったが、気持ちではこちらが負けている。

山猫廻しの女は、今度は前に出ながら、

「ええ怖がりませんとも

ところで、なんで・・・江戸を?」

「売ったのか?・・・・か?」伝法な口調についついなった

何十年も修行が、胡散霧消したよようである。

にやりと笑いながら

「さしさわりがなければ・・」と云った瞬間、

女の口が、耳元まで裂けて見えた。

やはり、物の怪の類(たぐい)かと思った。

だが、ふと、話をした方がいいかと思った。

自身の深い罪業は、何十年と修行をしても、乞食の修行をしても消えなかった。

沙門に身置くとき、大徳寺の大僧正に話して以来の事だと思った。

化物を前に、身の罪業を語ることも、良いかもしれないと思った。

「人を、斬ってな。・・今考えれば、元は、つまらぬことであった。

結婚を申し込んだら、鼻で笑われた。

「百姓の出の侍に、どうして、大切な妹を遣らねばならぬ?」そう言われてな」と云って一息ついた。

まるでも見通すように、言葉を投げつけてきた

「思わず刀を抜いたと?」

 又、口が裂けて見える。

そうして、その言葉を継ぐようにして、

「そうして、人をあやめた。」と小さな声で言葉を継いだ。

 山猫廻しの女の目が吊り上がって見える。

 「勘定方の同僚だった、算術よりも剣術自慢だった。」

 「ふー」と息を継いだ。

 「私を百姓の出とバカにする同僚の多い中で、唯一、そんなの事を云わない人だった」

 体の奥が羞恥心で、燃え上がるような気がした。

 「家に呼ばれて、労をねぎらわれることも多かった。

  そこの妹御がよい人で、妙齢になる前にはよく茶などを運んでくれたものである。

  そこの家の菜園の事を、聞かれたので、話をすることあった。

  そうして、隠れて合うようになった。」

 頭を抱えて

 「勘違いをして居った。」

 と云い様、顔を上げて

 「妹御は、嫁に行きたがらないとこぼして居るのを聞いて、ある時、妹御を嫁にもらえまいかと頼む気になった。」

 出勤にあらざる日を選んで、頼みに行った。

 「おぬし、商家の出であるが、元は百姓の子せがれと云うではないか、武家の娘を、百姓にやるほど落ちぶれてはおらん」

そう云われた。

その時、身が瘧〈おこり〉を、起こしたように震えていると、畳みかける様に、こうも云われた。

「腰のものは、大方、竹光(たけみつ)であろう。

 愚なものをさして来るとは。

 恥を知れ」

そこまで言われて、真っ白になった。

腰のものは、生憎と竹光ではない、思わず抜いて斬った。

「へぇ、どんな塩梅で?」いよいよ狐の化け物の用意見える。

「ああ、一刃両断に、な・・そのときの骨をきり割る感覚は今でも残っている。」

「あら、そう、結局、斬っちまったんだ、お武家は、ばかだねぇ。

斬ったあと・・・そうして、お嬢さんでも連れだしたという訳で?」

 「なに?」険しい声が思わず出た

「いやさね、むかし江戸にいた頃、瓦版で読んだ話にあったなあと思ってさ・・」

「・・・・瓦版に載ったのか・・・」

「瓦版には、逃げた後で、手に手を取り合って、自刃したなんて書いてあったけれど、当人が此処にいるんじゃぁそうでもないんだねぇ」

ここからの事は、畜生道の事だから言えない。

山猫廻しは手を緩めない

「そのお嬢さんと、手に手をとって逃げた先は?」

心の中で、逃げる場所なんてありゃしないと、答えていた。

匿ってもらうには、実家へ戻るしかないと考えた。

分家に迷惑をかけてはならんと思ったが、わけを云わずに、金子を借り、町家の娘の髪に結い直して、偽の道中手形を手に入れて逃げた。

そう、口に出さずに、思い出していたが、口から出た言葉は

「足弱を連れて逃げるのは難渋であった」という短句しか口をついて出はしなかった。

また下を向いてしまった。

山猫廻しの女が、口調を変えて

「ちょうどこんな道を通りかかったときに、不意に腹痛を起こしたねぇ」

そうして、私の口から

「そう、そうして一歩も歩けなくなったのだ・・・」

「こいつ、何でもよく知っているなと」心の中でつぶやいた。

再び顔を上げて

「急がねばと想いつつも、足弱連れでは・・・

そこで思案をして、付近の農家に、妹御を預けて、道を急いのだの」

そこまで言うと、山猫廻しの女の口調は、さらに、妙な暗さを秘めた込めた語調に変わった。

「いいや、預けたんじゃなくて、捨てていったんだ。

誰も通らない、この野原に、路銀も取り上げてね。」

「どうなった」

「どうもこうもないさ、あんたは知らなかったかもしれないが、実は身重だったのさ」

「え」

「亡くなったのさ。」

「どこで?」

 「どこでって、此処でさ。

あんたの座っている土くれのところにちょうど倒れておいでだった。  

声をかけると・・・必ず帰ってきます・・とね」

 

「そんな」

山猫廻しの女の見下ろす目線が痛い。

女の足元を見ると、月影がない。

「その土饅頭の下には、あんたのいとおしいお嬢様と息子がお眠りだよ」

「ええ・・・」

そのとき、倒れたススキが青白い手の様に伸び、僧形の男の手をつかんだ・・ように見えた・・・

男は、振り払おうとしたが、ススキの原では、十重二十重と取り囲まれてしまい・・・逃げられない

息も絶え絶えに「お前は?」と聞くと

耳元まで裂けた、口からは、

「山猫廻しだよ」と云った。

朝、僧形の者は、冷たくなっていた・・

 

こんな夢を見たのは、何十年も前だ。

 

20200319

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文化について、その2

私の考える「文化」(カルチャー)と云うのは、空気みたいなものと云うのが持論です。

なぜかと言えば、昭和になって「江戸文化とは」などという語り口の話は幾らもあった。

けれども、江戸の文化、というか生活習慣はほとんど現在は受け継がれていない。

忘れ去られそうになると誰かが「江戸文化」などという言葉を持ち出したりする。

例えば江戸時代から続く伝統に、「粋」という言葉で語られる習慣がある。

これは、「しぐさ」の様式美である。

まぁ、言い換えれば、歌舞伎の型を、生活に取り入れて、無様な態度をとらないという事である(ものすごい極論かもしれない。)。

この「粋」という言葉が表す世界は、挨拶から始まり、時々のしぐさ、行動、動きが、無駄なく「美しい所作」を醸し出せるかという事だと自分で解釈して思い込んでいる。

 それは、大きな声で語られたこともない、わざわざ主張するようなものでもなかったという代物である。

 戦後、一時期すたれかけたが、何とか余命を保っている。

 無数の後継者がいれば、「粋」は、語り継がれていくと思う。

 ここには、官(国、行政)の庇護はない。

庇護も必要とはしないのである。

役人が、役人を批判するのは、いかがなものかと思う事もあるが、所詮は宮仕えである。

上の意見が変わらなければないも変わらない。

それが、行政機構である。

この『官』という機構は、意外と供するところもある。

それは、「窮鳥、懐に入れば猟師も殺さず」ということわざの通り、積極的に「官」に取り入るという云い方は変であるが、接近すれば、容易に意識は変わるという事がある。

例えば、マラソンや、自転車のイベントに公道を使わせることがあるけれど、自動車レースはできないとジレンマがある。

それは、例えば、以前、某テレビ局の周りの道路を封鎖して、F-1開催したらという話があった(構想だったかな?)。

結局は、出来はしないのだが、それは、道路を管理する役所、警察、周辺を管理する市町村、都府県の許可がでないとできないという事である。

大昔、フランスへ行ったときに、ルノ―サンクのレンタカーで、ルマンのコースを夜は走ったことがある(途中で、どこ走っているのか判らなくなったんですけどどね・・・)。

車好きなら、一度はと思う‥のは当たり前かもしれない。

私は一生に一度である。

でも地元の人にしたら・・・世界中の車ファンが、毎日一人でも二人でも・・来たら迷惑ではないだろうか。

首都高速を、アホの様に走っている人がいる・・・ばひゅぅううううううううんと、走り去る・・何キロ・・出てんのかなぁというレベルである。

こういった人たちが、市街地でレースをした場合に、レースの終わった後で、「同じように走りたいと」という、欲求を持つ人がいるという事が問題になるという事である。

モナコを、これまたぼろっちいルノーで走ったことがある。一部が一方通行で、レースのようには走ることができない場所がある。そうして、どこ走っているのか判らなくのである。

でも、満足だった。(←バカ)

そう考えると、ルートの選定もさることながら、見る側の民度も高くなければいけないと思うのである。

その昔、正月2日に、鈴鹿の河畔で、今で云うところの旧車イベントが毎年開かれていた。

河川敷を借りてのイベントで、当然の様に公園を管理していた、地方公共団体から許可をもらって開催していた。

河川敷の駐車場なんて基本的には、タダである。

主催者は、参加者から500円を徴収していた。

こちらは、参加している問う感覚だったので、500円を素直に払っていた。

この500円、100代以上集まれば5万円である。

この5万円は、主催者の飲みしろである。

業者からはもっと、高い金額を徴取していいた思う。

まぁ、これは主催側の事情なので、こちらはとやかく言うことはない

ところがある、主催側が、堤防を暴走して、堤防道路から車を落とす。

イベントには一切関係のない、近所の一般人から駐車代を取った。

この人、車に犬を載せて、日々の散歩に来た人であるから、当然のように怒った。

そうして、翌年から、河川敷の使用は禁止になった。

それは、単純明快で、この一般人が、正月明けに、市役所へ怒鳴りこんだからである。

無料の駐車場で、駐車場代を徴収する奴がいるが、何の根拠があって…という事である。

金を請求したのは、若い兄ちゃんである。

多分、鳥頭(バカって意味ね)なので、何も考えないで、請求したのだと思う。

結局、火を使うなと書いてあっても火を使う、酒を飲んで運転する。

堤防から車を落とす・・・等々が重なって結局、使用は禁止である。

クルマ文化に比較的寛大な土地柄であっても、こうした行為で、全部だめになってしまう。

「官」は端から、文化などというものは興味がない。

興味を持つのは利用できると踏むからである。

車ではないが、私の趣味の一つである「模型」というカテゴリーがある。

今日帰りに、ふと「模型文化なんて云わねぇなぁ」と思った。

毎年、静岡のホビーショーが開かれて、全国、全世界のモデラ―が集まる模型界の一大イベントである。

参加者が増えて、いろいろと問題が噴出している。

盗難や、車中泊の果てに、夜の中に、借りている駐車場で酒盛り、近所から苦情が来て、昨年は、その駐車場を貸してもらえなくなった。

来場者に対して、どなり散らす・・等々、ほんの一部の人間の行う身勝手な行為で、営々と積み重ねてきた云い雰囲気がぶち壊されていくのが悲しいと思う。

自動車のイベントでも同様である。

一部の迷惑行為が、全体を中止追い込むという事がある。

これは、参加する民度が低いせいかと?とか、考えてしまう。

自動車趣味、イコール、道楽という古い感覚も許しがたいと思う反面、今までにつぎ込んだ金額を考えれば、「道楽だわなぁ」という気もする。

一生懸命、イベントを主催して、借りている施設輪の要望を、200%ぐらい聞いて運営している気でいる。

あるイベントにしても、沢山のボランティアに支えられて運営をしている。

時々、勘違いしている人がくるので、困るなぁという気がしている。

一番怖いのは、近隣の苦情である。

そういったことを避けようとしても、時々、そう言ったことに意を介さない人がいると、頭痛の種が増えることになる。

イベントの主題は、自動車とのふれあいを通して、車が好きな人が増えるとうれしいなという心もちがある。

「自動車文化を広める気は、実際、ない」でも、「車って楽しいよね」という感じを伝えることで、受け取った人の見識が少しでも広くなればいいかなぁと思っている。

これは、蟷螂(とうろう:かまきり)の斧以下であると思っている。

小さく、ちまちまとおこなっている、僭越な言葉を使えば「啓蒙」的な行為である。

戦前の日本の自動車史について、せっせと調べているのも、この蟷螂の斧の一環である。

一つ感謝していることがある。

「日本にも自動文化がある」という事に気が付いてくれるように、地道に努力している友人諸氏の活動に対してである。

之こそ、草の根である、だからこそ、頭が下がる思いを、いつも持っているという事を申し添えたい。

20200319

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「〇〇文化」について、自動車に仮託して。

各種イベントがなくなって色々と、嘆いているアナタ。

高校野球でさえ中止。

オリンピックはもう危ないでしょうねぇ。

予選ができないのでは、もう無理っぽい。

そう思わないですか?

首相は、やるとは言っているが、何時できるとは言わない。

揚げ足取りしかしない人が多いからだろうと思う。

終息の予定を云わないと言って怒っている人がいたが、この状態で誰が、予想できるのか?

悲しいかな、静岡ホビーショーは、5月のイベントであるのにもかかわらず、さっさと中止が決まった。

おかげで、静岡市内のホテル業界は儲けそこなったことは事実である

サ〇コ〇インという三〇交通系列のホテルがある。

ここは、最初のころ、ビジネスホテルらしく最初は6000円台だった

7000円代になり、

8000円でもう高くなったなぁと思ったら

去年は12000円・・・もうちょっといかがなものかと思っていたら・・

だんだん値上がりして、今年は15000円・・・もう暴利に近い値段だった。

儲けたいのはわかるけどね、「15000円出すならもうちょっとマシなホテルに泊まるわ「」とい気分である。

結局、しぶしぶ予約を入れておいたが、年末、友達が、安いところを探して、1万円以内のところを取り直したのである。

で今年は、ホビーショーが中止になったので、宿泊業者、飲食業者は大打撃だろう。

さて、これだけ、世間が騒いで、イベント中止の方向にある中で、あるイベントは、入り口での検査を強化して開催するという。

開催するのはいいけれど、業者が来るのかなぁ?

地方の業者さんは、店閉めて、従業員を引き連れて、宿泊代かかってかかるコストを考えると・・・そのうち参加しなくなるような気もする。

文化という言葉は便利で、〇〇文化とつければ、何でも体裁が付く

文化とは、「カルチャー」である。

実際は、「〇〇文化」なんてもの自体が、空気みたいなもので、言い換えれば、雰囲気みたいにものである。

英国の車について語れば、「英国の文化」が息づくなんてことを言う

云い方が悪いが、文化は、土俗的であるともいえる。

地域に根差したものが「文化」である。

日本には、自動車文化がないという云い方をする人がいる。

これだけの安価で壊れない大衆車を生み出し、軽自動車(戦前からの概念で云えは、免許のいらない、登録だけで乗れる小型自動車)、レクサスという高級車ブランドを作った自動車業界を有する国に、自動車文化がないというのは、単なる拝外主義的、と云うか、白人至上主義と云うか、西洋文明偉いというスタンスが沿い言わせるとしか思えない。

 例えば、トヨタ(当初は、トヨダ)AA型の本物は1台しか残っていない。

 この車に愛着を感じ、豊田喜一郎の大衆車(当時のカテゴリーは、車のサイズではなくて、質で区分していた、高級車、中級車、大衆車、で日本独自の小型車である。)への情熱を熱く語り、現在のトヨタ自動車に続く、企業文化を創り出したという事だけでも、既に、文化である。

 私は、その昔から動くものが好きである。

 毎日、F-86Fが飛ぶのを眺め、T-33、新造のF-104F-4T-2F-1F-15F-2T-2CCVが飛ぶのを眺め、C-1,C-130の爆音を聞いて暮らしてきたのである。

 戦闘機部隊が小牧を去り、郵送団が来た時にはちょっとがっかりしたが、銀翼の機体が、迷彩を纏って飛行したのを見た時(中1であった)にはものすごく感動した覚えがある

 こうした、飛行機が飛ぶ環境で、飛行機を好きになるのは、ある意味、地域的文化である。

 私は、196612月製造の自動車を28年間所有している。

 笑われるかもしれないが、車の状態は、当時の性能を維持するという事が目標である。

 極力当時のオリジナルに近い状態を維持することを、目標としている。

 この考えは、ある意味文化である。

 先輩、諸氏がいて、その人たちが直した車を見て、今の自分の車の状態があるのである。

 これは、狭い意味での自動車文化である

 そう思うと、外車を並べて、日本には自動車文化がないなど云うのは、いかがなものかと思う。

古い自動車の税金を上げて喜んでいる地方税の連中の存在も、自動車が、高級品という旧態依然とした思想の成れの果てである。

現在の車は、というか量産車は、基本的に値段の高低はあるにせよ、道具である。

大変高い耐久消費財である。

高級な嗜好品としての車も存在する反面、単なる移動の手段、道具としての車という存在とへと2極化している。

私などは、最初から天邪鬼(あまのじゃく)なので、自分で触ることができる車を選んで買った。

そうして大枚をはたいて、ボデイの修復を行って、自宅のガレージで車を組んだ。

これは趣味であるが、立派な文化であると思う。

例えば

フランス車の好きな人も、

イタリア車が好きな人も、

英国車が好きな人も、

ドイツ車が好きな人も、

アメリカ車が好きな人も

みんな、日本で、外車を楽しむことができるという事は、それだけ自動車趣味のすそ野が広いという事である。

それぞれの車に関してエキスパートが沢山いる。

趣味性の高い車のメンテナンスでさえ、探せば、見つかるという状態。

戦前、大正時代の白揚社が産声を上げ、オオトモ號を発売し、快進社が、ダット號を生み出したころ、自動車運転は特殊技術であった。

 修理するところ?

 どこにあるの?

自動車・・・て、何?

排気ガスが、いい匂いなんて言う馬鹿げたことさえ言っていた。

「車が壊れると、電報で、修理要請をすると、東京から技術者が来て直す。

このような状態は、文化ではない。

今の日本の街角には、どこにでも自動車販売店がある。

大小、中古、新車を扱うと云った点で差があるが、一つの街に1個ぐらいはある。

修理屋さんも、探せば結構あるはずである。

ガソリンだって、販売店が減ったとはいえ、街中なら、30分も、走ればどこかで見つかるずである。

生活に自動車が溶け込んでいるとい状態である。

つまりこれは、日本には、自動車文化既に根付いているという観点は成り立つと思う。

そう考えると、ある種のイベントが「〇〇文化」をはぐくむなどというのは僭越ではないかと思うのである。

 

ちなみ「文化」と「文明」は違いますので悪しからず

20200318初出

20200319補正

 

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三菱の会長の報酬

有価証券報告書から拾うと

三菱自動車の会長の報酬は、3億3900万円(前年比1億9800万円増)

某拳母自動車の社長さんは、3億8600万円

ちなみに、ゴーン君は16億5200万円(前年比12億1700万円減)

首になった、西川くんは、4億400万円(前年比9500万円減)

鈴木の会長は、1億7400万円(前年比4600万円減、役員賞与分)完成検査不正の責任を取り、2019年7月以降の月額報酬は1年間無報酬

こうしてみると、ゴーン君の保釈金が以下に安かったという事が良く判る

やっぱり100億ぐらい積ませるべきだっただろ

裁判所の書記官も、裁判官も自分の給料を考えて…の金額だったら笑ってしまう。

弁護士も、共犯的立場なので、減額を申し出たのだろう。

裁判所の保釈金額は、逃げてもいい、捨ててもいい金額だったんだろうと思うが・・・そう考えると、逃げない抑止力とし手の保釈金額と考えれば、15億ぐらいの金額にしたのは、やはりただの馬鹿だろうと思うが‥いかが?

で、この報酬を見ていて思うのは、会社の業績が悪くても、報酬が高いのは…という目で見てしまう

高額報酬を得ているのは誰であろう

日産のゴーン、西川、そうして、三菱の益子であろう。

三菱がつぶれそうになった時に、益子君のおかげで、三菱商事が金を出したなど著云うのは、都市伝説である。

当時は、三菱グループも体力があったし、三菱グループを守る、「三菱」という看板を守るんだという気持ちがあったから、金が出たのである。

出来の悪い放蕩息子に、兄弟が金を出して助けただけである。

そう考えると、業績悪い、会社の先行きものすごーく暗いでもトップは高額報酬を得ている。

従業員には、残業代のカット(残業させない)、開発費の減少、設備の更新ができない、希望退職さえ求める姿勢とは、真逆の感じを受けるのである。

日産の組合は、過激さで売る組合である

プリンス自動車の組合も過激であったが、日産は都市部にある会社として、マルキストによる組合への浸透が積極的に行われったところでもある。

トヨタ自動車工業の組合に当然の様に浸透行為があったが、豊田喜一男氏の辞任という英断で、組合は折れた。

だが、この時の組合の行動が間違っていたことは、後世が証明している。

(社会不安を起こして、革命を起こそう云うマルキストの策謀は失敗したのである。

 戦後、いわゆるる西側諸国で相次いだ、内乱状態とでも云うべき、列車事故、工場労働者による争議の頻発は、すべて、共産主義ファシストのスターリン、べリアによる秘密指令の賜物である。

 フランスでは、軍隊を出動させて鎮圧にあたったほどである。

 そう考えると、日本は特殊な条件があったようである。

 これは、労働者とはいえ、ある程度の学歴があり、物事への理解力があったことから、彼らの行動は阻止されたとみるべきである。)

閑話休題

 三菱の組合は、既に資金的に厳しいのと、業績が悪すぎて賃上げ闘争ができないという状況にある。

 日産の賃上げを求めるような条件ではない。

 しかし賃金をあげないことには、人材が集まらないので、賃金は上げざるを得ない。

 どこの会社でも中間層が不足気味である

 30代後半から40代後半が、どこの業界でも不足気味である。

 三菱は、メルセデスに捨てられたときに、大量の人材流出が起きている。

 多くの、トヨタ系に流れたのであるが、トヨタ本体、トヨタ系列の企業文化の違いに驚いたと思う。

 日産は、豊田喜一郎氏の様な、自分たちの手で、国産乗用車を作るんだ!と云う気概を持った経営者がいなかった。

 会社幹部の皆様は、云っては悪いが、我が身大事な人が多かった。

 だからこそ、組合との対決を避ける傾向を強め、結果として要求か過激化する。

 また、戦前、日産の体制の変革を望まない人は、改革をしていこうとする鮎川君に対して、反対意見を述べて、それをつぶしていく。

 自分たちの安住の地がなくなることを恐れているかの様に、創業者に歯向かう癖がついていた。

 幹部の体制が、その様な造反有理とでもいうべき状態では、現場の職場の規律が乱れるのである。

 会社の管理職よりも、組合幹部が幅を利かせる体制となる。

 すると、会社は、幹部、組合に食い物にされてい行く。

 こういった環境が続けば、辞めて欲しくわない人の人材流出は止まらない。

 辞めと欲しい労働生産性の悪い人は残る。

 余計に、労働生産が低下する。

 会社としては、人員整理しながら、新たな人材確保をしなければならない。

 こうした苦しい状況を、日産三菱を迎えているのであるが、打開策が、今までの延長の「経費の削減」つまり「人件費お抑制」しか考えていないとこ頃が、より一層の苦境を招いているという認識はないようである。

 

 

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新聞記者の程度が低いということ。

野党に、政権監視機能?なんてあるのか。

某経済新聞には、「weathercock」というコラム?がある政治部の次長かなんか書いているのだが、大昔のスペイン風邪(発症はスペインではない)への対応についてセントルイス市の対応がよかったことから、その手法を、政府は踏襲して居るという話にかこつけて書いている。

このコラムには、コロナウイル対策に関して、野党の馬鹿どもに、政権監視機能の役割を・・と書いていた。

そうして、思わず吹き出しそうになった。

これの発言が、どの時点で発せられたのかは書いてないので、良く判らんが、

ある大学の学長の発言として取り上げている。

「武漢ウイルスのもたらす危機的状況は、民主主義社会にとっての試練だ」と、と述べている。

読んだ瞬間に、最初に、思ったのは、

疫病の様な終息の見通せない危機的な状況が起こった時には、どのような体制にとっても試練である。

民主主義だろうが、

社会主義だろうが、

共産主義ファシスト体制だろうが、

宗教国家であろうが、

独裁体制国家であろうが、

「危機的な状況という試練」であることは明白である。

これを「民主主義」とわざわざ書く気持ちが知れないのである。

そうして、政治部のおっさんはこう続けるのである、この学長の書いたこと?を、引き合いにだして

「野党は政府への監視の役割を果たしつつ」

ここで吹いたのである。

どこの野党の事を言っているのか?

今の野党の皆さんは、低能といでもいうべきレベルである。

今や、日本の野党と称する団体には、政権監視機能の度という高尚な能力は最初からない、というか、その様な意識は皆無であろう

テレビの出てくる、イワシの頭ほどもない低能とでもいうべきコメンテーター並みのアホさ加減である。

見てはいないが、全員検査しろと抜かしていたバカいたそうである。

医療機関の者だという事らしかったが、武漢ウイルスの検査方法がわかって、発言しているとは到底、思えない発言であったらしい。

テレビは、この手の馬鹿を何の根拠もない話を垂れ流して喜んでいる。

丁度、野党の皆さんは、この程度か、それよりも程度が低いのではないかと思われる。

現在ただいまの気分は、憲法改正阻止である。

この姿勢で延々と、7年も、自分たちで疑惑を作り、嘘の報道をする。

嘘の報道とわかっていながら、国会内で質問を繰り返す。

そうして、マスコミは、疑問は解けていないと称する。

これは疑問が解けるわけがないのである。

最初が、嘘の記事なのだからねぇ。

そうして、馬鹿の様な質問を繰りかえす記者を仲間内で盛り上げて、嘘で塗り固めた映画さえ作る。

仲間内で、仕事を作り、分け合う、仲間だけで都合よく仕事を廻しているようにしか見えない、これは談合体質である。

現に、国民をだまして、政権に就いた、民主党政権は、最悪な3年間だったと言える。

この間にできた法律はすべて廃止してほしいぐらいである

悪夢の民主党政権は、野党に、微かな希望を抱いていた人に深い失望を与えたのは事実である。

トヨタの組合が、民主党系の支持母体の一翼を担っているが、ゲスな政治家を当選させてしまうところに恐怖さえ感じる。

民主党に、失望した人は、共産党へは行かない。

 民主党的であるが、共産党的要素をふんだんに含んだ奴が居ないかと探していたら、共産党別動隊の様な者を見つけて喜んで支持している。

 支持している世代は、意外と学生運動世代が多い。

高学歴で、65歳から75歳ぐらいの結構裕福な人たちである。

高学歴なくせに、根拠の薄い、財政基盤の皆無な政策を喜んで聞いている。

まず、財政の何たるかは理解していないだろう。

野党の諸君とも共通するのであるが、自分には甘い。

自分が、甘いので、他人には厳しく出ることができない。

 権力を持つと、タダの馬鹿であるから、一般国民が不幸になることは目に見えている。

 学長は続けるのである

「野党は、国難においては政権に居たらどう対処するのか観点」・・・政権いても馬鹿であった。

本来、キッチリと行うべきであった太陽光発電は、丁度、悪代官と悪徳商人が組んで悪いことをおこなうような、時代劇を地で行くようなことしたのは誰であろう。

さらに続くのであるが、野党が一番できないことは、「行動協力」するという事であるが、ただ単に、自分のパフォーマンスで、棄権したり、反対したりする議員がいることは、たんなるエゴである。

 パフォーマンスを、ことさら、自己主張する姿は、醜悪である。

政治部の次長さんは、この学長さんの意見に同調して居るのだからわざわざ取りあげていると思うと、これが新聞社の政治部の次長のレベルかと思うと、新聞社の全体のレベルが低下していると思うは、個人的な感覚なのかと思ってしまう。

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業績悪く、日産と三菱の行く末が気になる。

今度のコロナ騒ぎで、大きなダメージを受けるのは、誰あろう。

日産と三菱ではないかと踏んでいる。

日産は、現在稼ぎ頭の中国市場が、武漢ウイルスのせいで売り上げ激減、生産も激減・・・すでに内乱モードで責任論が出ているようである。

だれの責任というわけではないのであるが誰かに責任をとらせたい気が満々である。

日産は第四四半期の最後の月で、毎年の決算で起こしていたミラクル(第四四半期の売上だけで黒字を捻出するマジックが使えない。

だって、前から書いているけれど、売る会社がない。

旧高速機関(オオタ)、くろがね(東急くろがね)の後継会社である、日産工機か、愛知航空機の後継である愛知機械工業ぐらいしかない。

日産車体、日産工機、愛知機械工業は、下請けとは云え、会社としては不可欠な存在である。

日産工機は、旧トヨタ工機(現ジェイテクト)とは違って、機械を製造していたわけではない。

オオタは、旧高速機関という小型自動車(現在の軽自動車の御先祖様)を生産していたメーカーで、戦前の乗用車生産では、トヨタ、日産に継ぐ第三のメーカーであったが、規模は、日産の小型車「ダットサン」の10分の1程度のであった。

これは、金主だった三井グループの金の出し渋りが原因であるる。

三井合名会社の事を、大変金が余っているたようなイメージを持っている人がいるが、実際は、各グループ企業からの増資の請求が厳しく車に多額の出資などできない相談であった。

戦後は、じり貧で、細々と、小型車、小型トラックの製造を続けていたにすぎない。

開発陣の多くが、富士重工へ移ってしまうといった状態が続いて、東急くろがねに吸収されてしまう。

東急は、富士精密(現スバル)の急成長を見て、オオタ、くろがねを使って自動車産業への参入を図ったが、東急程度の資本では到底自動車産業へ参入は不可能な時期であった。

こうして、日産は、東急くろがねを購入したのである。

面白い事であるが、トヨタ自動車工業株式会社と日産自動車の差は何かという事をよく考えていると、ある一点に集約されると思う。

それは、トヨタ主要な関係会社の多くは、分裂した会社である。

トヨタ自動車工業株式会社から、豊田工機ができたのは、戦時三法と云われる、1社1業種という頸城があったからであるが、基本的には、トヨタ自動車工業株式会社からの分離、独立である。

分離独立した会社が、他の設立形態の会社と合併することはあるが、基本的には、つぶれそうな会社を買うことはない。

良く、プリンスを吸収合併しなかったのは、住友銀行の名古屋支店長が、後のプリンス自動車の社長だったからではない。

(トヨタが倒産の危機にあった時に、当時の住友銀行の名古屋支店長は、「ハタ屋に貸す金はあるが、自動車屋に貸す金はない」と云ってにべもなく融資を断った、その時、日銀の名古屋支店、三井銀行が主体となって融資をしている。当時、金が決定的になかったトヨタ自動車工業株式会社を支えたのは、トヨタグループの豊田自動織機製作所の販売、輸出するG型自動織機の販売の増大であった。

蛇足であるが、G型自動織機は、戦後の輸出第一号である。)

プリンスの過激な組合を嫌ったというのが真相の様にも思われる。

まぁ、日産自動車の日産70型乗用車の設備は、設備のスクラップ第プラス程度の金額で買っている。

トラックの80型は、日本初のトラックとしては日本初のキャブオーバー車であった。

日産が、グラハムページ自動車会社の設計図のママに生産を開始して、陸軍に納入した。

ところが、グラハムは、米国の舗装された都市間の運送を見込んで設計したトラックであった。

日本本土、中国大陸でも、道路はすべて悪路である。

フロントのタイや幅が、米国製のトラック、国産トラックより幅が広かった。

おまけにキャブオーバー車で、試作もなくて設計図からそのまま作ったので、不具合だらけで大苦情となった。

そこで、キャブーバー車の一部を改良して対応したが、対応しきれず、又、GM、FORDとの合弁が上手くまとまらず、急遽180型を設計生産する羽目になった。

つぶれそうな会社を、買い叩いては失敗しているのは伝統である。

日産は、この様にひたすら、つぶれそうな会社買っては、会社の規模を大きくしてきた経緯がある。

つぶれそうな会社には、いろいろと負の遺産がある

会社がつぶれそうになれば、当然の様に、マルキストの浸透もあり、組合は先鋭化する。

日産の一番の癌は、会社の設立が、株でもうけた金で、設備を買って作った会社という点と、豊田喜一郎氏のような、理念を持った経営者でもあり技術者がいなかった点が不幸の始まりである。

鮎川義介は、会社を作る事は好きであるが、経営自体にはさほど興味はなかった様である。

つまり、日産自動車には、会社の存立する理念が最初からなかったという事である。

そう考えると、安く買った会社を高く売って儲けた気分があるのかも知れない。

日産工機、愛知機械も日産のエンジンミッションを製造している。

到底売ることはできない。

そうなると、唯一売れるのは・・三菱?という気もしないでもない。

三菱を、ルノ―に売り飛ばす…と云うのは可能ではないかとお考えるのは僭越であろうか?。

軽自動車は、そのまま委託製造でいい。

どのみち、日産ブランドでは売れもしない。

軽自動車は、海外では売れない。

ミラージュと、マーチが、東南アジアで競合する・・・

中国市場を重視していたが、現状では、今後1年間ぐらい、中国市場の伸びは期待できないだろう・・

そうなると、起死回生は・・・いろいろと考えてしまう。

 

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こんな夢を見た(第十二夜)思い出など2

社会人になる直前・・・年上の彼女に、もう29なの、といわれて回答が出来ずに、思い悩んでいた頃。

厳冬のさなかに遠路を歩いて帰ることが多かった。

暗い夜道を歩いていると、前からちょうちんを持った人がくる。

新月なのだが、ここは、いわゆる閑静な住宅地と云われる一角で、幾分、暗い

とはいえ、街中なので、ほの暗い程度である

いまどき、提灯は無かろうと思いつつも進んでいくと

その昔、お屋敷があり、大きな武家の門と築地塀がのこっている一角を通っている時だったのであまり違和感を感じることもなかった。

けた外れに大きく、閉じられている門のくぐり戸を開けて入っていく姿が見えた。

はて、こんな夜更けに、此処で、何かもようしでもあるかと思ったが

時間が、不適当である。

提灯を持っているのは、初老の白髪の老人だが、所作から、老婦人であろうと想像はついた。

老人の後ろには、珍しくも203高地髷の婦人の姿が見える、振袖を着ている。

提灯の淡い光に照らされた顔は、目元の涼しい風情を垣間見た。

いや、垣間見たような気がした。

今どき203高地曲げとは、珍しいなという感じが先にたったが・・

惚れ惚れするような立派な旧宅なので、さもありなんとおもいつつ通り過ぎた。

そんなことを、もう忘れかけたある日、

その日は、明け方からふりだした秋雨は、一日中降り続き、水煙で町中を覆ったような夜半であった。

自分は、傘が性にあわないので、マントを着て足早に、件の大門の前を通ると・・

チーンという音がする

なんだか、白檀(びゃくだん)を炊き込めたような匂いが、ほのかに漂ってくる。

ふと、数ヶ月前の夜のことを思い出した。

白檀の匂いがなんとなく、203高地髷の婦人を想起させた。

すると、潜り戸が静かに開き、

件の婦人が顔を覗かせた。

やはり、203高地髷のままだ

ここの若婦人か知らんと思いつつ通り過ぎようとすると。

声を掛けられた。

もし、お待ちになってください

はい

行かないでくださいませ

お待ちしておりました、来る日も来る日も・・

あなたがお通りになる日を

驚いて立ち止まると、眼前には、夜目にも鮮やかな着物を着た婦人が立ちすくんでいた。

先日いただいた文のお返しを、此処にお持ちしました。

私、見合いをしました、断わることなど出来ません、

10月には嫁ぎます・・

もし、あなた様が私のことを忘れないとのお気持ちがあれば、時代が変われば、来世でも一緒になれると思いまする。

手に握られた、奉書巻紙を押し付けるように、胸元へ入れ込んだ

体は、夫のへゆきまするが、心は、あなたとともにあります

お忘れになりませぬように

私の心思ってくださるのであれば、必ずやあい見えんことを誓ってください。

そのとき、

嬢さまという声が、秋雨のけぶる邸内から響いた
では・・ごきげんよう

そいって、婦人は門内に消えていった。

うつつかと思いつつも・・手紙は手中にあり、急ぎ帰宅し、食事もせずに油紙に包まれた手紙を見ると

表には、女文字で

「Kさまへ」

中を見ると、巻紙にやさしい字体で思いがせっせつとかいてある。

末尾には

昭和拾二年吉日 

昭和12年?

翌日行って見ると、昨晩見えた家は無い

はたして・・?

夢か、幻かと思いつつ再度手紙を探したがない。

やはり夢であったか。

数日後、祖父が無くなり長持ちの整理と形見分けの品の選択で、蔵の中の長持ちを開けると

一番下の新聞紙の下に隠すように

件の油紙に巻かれた手紙があった。

時代を経たようにところどころ染みになったところもあるが、

Kさまへ

という字を見たときには、先日のことながら急に

懐かしさを感じた・・

Kさま

たしかに、祖父の名である

小生は、祖父の一字を頂戴している・・

祖父の想う人とは、かの婦人であったか・・

祖父の葬儀の日に来ていた、老婦人を思い出した

時々、御園座で、この歳で逢引をしているのがばれると、お互いの連れ合いが草葉の陰で怒るかな?といっていた相手の老婦人が・・

そうかと思い起こした。

妻は、かの婦人の孫である。

それを知ったのは最近のことである。

 

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今になって後悔する人生観

30年数年前、大学生のころ、古本をよく買っていた。

ある作家の本を探しつつ、興味のある分野、勉強関係、研究関係と多岐にわたっていた。

東京の古本屋もよく行っていたので、それこそすさまじい量の本を買っては郵便で送っていた。

手帳を見たら1か月の本代が3万4万はざらで・・・・バイト代の大半はこれに消えていたことになる。

当然様に、模型に割ける金は減る。

逢引に使える金も減る…これは彼女が家に来て欲しがったので、家に行くことが多かったので、基本的にお金はかからなかった。

彼女の家は、当然、両親同居の自宅ですので、不埒なことはできませんが(笑い)。

家に行けば事足りるのと、その辺歩いてれば幸せ(←バカ)だったので、あんまりお金はかからなかった。

その辺を歩くときには、当時よく言っていた「一億総中流」をもじった、「中流の下」の階層の私に合わせてくれていた。

公園で座って話してるのも楽しかったなぁと・・・

アホの様に本を買うので、当然金はない。

だが実家暮らしで、親丸抱えである。

家庭教師と、塾、法律事務所のバイトで、そこそこ収入はあったが、、貧乏であった。

鶴舞駅の西に沢山、古本屋があったころは、逢引の時も、1時間ぐらい寄って、「うーん」今月はこの金額の本は買えんなぁと思っていると、、本を買ってもらったことさえある。

古本屋で、延々と悩んでいると、「うーんしょうがないなぁ」と云って代わりに買ってくれた。

でもこれは、買った本を貸してもらえるという特典があるだけで、本がもらえるわけでなかった。

先日、その頃に買った本がまだたくさんあると言われて見せてもらったら・・・・100冊ほどありました・・・(すいません)

買い取ろうか?というと

「今、読んでるからいいの」と云われた

今にして面目ないと思うことしきりである。

当時、買って今でも持っているのは、夏目漱石、泉鏡花、三島由紀夫、岡本綺堂である。

今でも、この4名の作家さんには心惹かれるものがある。

漱石は、すべてが好きなわけではないが、彼の書いた漢詩に一時期興味を持ったことがあった。

この漢詩に関する解説書は非常に少なかった。

良い韻(いん)を踏んでおり語調がよい。(という記憶があるが…最近読んでない)

泉鏡花も、岡本綺堂もいずれも劇作家に近いような感じがする部分がある。

歌舞伎や、新劇の書き割りのようなというか、何となく、花道を通り過ぎていくのを、下から見送るような風情がある場面が時々ある。

泉鏡花は、誰でも知っている・・(知らんわと云われそうで怖い)・・・「高野聖」は、何となく物悲しく、そのくせ、怖い。

木曾の山中に足を踏み入れると、いつも、「参謀本部編纂の地図を繰り広げて・・・」という言葉を思いだすことが多く、「旧病院」跡などと云うの見つけると、ひそかに心躍るのである。

〇〇山のふもとに、昔、結核患者の療養施設があった。

名古屋の結核患者の多くのその病院で治療を受けていた。

最寄りの駅は、中央線の「〇×」である。

20年以上前に、〇〇山の写真を撮りに行き道の途中で小さな木製の看板を見つけて気が付いただけである。

結核治療施設は、抹殺された歴史でもある。

治療薬ができて、一気に消滅した病気である。

そうして、山あいにあった治療院もすべて一気になくなった。

(某映画、総天然色カラーの漫画映画監督の作品で、詩人の話と、航空機設計者の話を抱き交ぜにした作品で、奥さんが、富士山の療養所で治療していたのを見て、当時名古屋の在住の人は、基本的には、富士ではなくて、〇〇山のふもとへ行くのだろうと思った。

喫煙のシーンが話題になったが、これまた、当時の医学事情を無視したひどい話であった。結核の人がいる家庭では、空気は清浄な状態に保つことが肝要と云われていた時代に、結核の妻がいる家庭でタバコを吸う人間などよほどの馬鹿でない限りありえない話であった。

航空機設計者の悩む姿を、監督個人が悩んでいる姿に置き換えたかっただけではないかと邪推するのである。

監督自身は、左翼マルキストである。

自己中心的である。

タバコの害を云われようが、他人が迷惑を感じようが関係ないのが、彼らの特徴である。

また、あの映画では、山を一人で降りていくシーンがあった。

シーン的には、一人の女性が、一人で冬のさなか歩いて下る・・・遭難しましょうというようなものである。

所詮漫画映画は、漫画映画の範疇を出ることができないものだと感じた。)

三島由紀夫(平岡公威)は、不思議な作家である。

最初は生きることに執着した。

戦後、多くの人が、生き残ったことを喜んだ。

三島自身も、小説中で、生への渇望を正直に書いていいる

「青の時代」の主人公と知己があったという話があるが、三島自身に、アプレゲールの世代のむちゃな感じはしない。

考えてみれば、45年しか生きていなかったのである。

1945(昭和20年)に、二十歳である。

自裁した1970(昭和45)年、45歳である。

今生きていれば・・90過ぎである。

作家としての実質期間は20年ほどである。

勝手に思うに、作家として生きることに飽きたのではないかと思う。

しかし、芥川龍之介の様に死ぬことは全否定していたから、自殺ではなく、大義を背負った自決が必要であると考えたことは至当である。

だからこそ、最後は、自決することに執着した。

自決への執着が起こった転換点はどこだったのか?

家族も、すべて、書き割りの背景のような存在にしてしまった意思はどこから発露したのか。

以前、三島由紀夫の事を延々と描いた作家がいた。

彼は、取材当時、平岡家が終戦後住んでいた家を見つけて、西日の当たる部屋で執筆していたことやたらと、強調していたが、この作家の思う心象風景と、実際の平岡公威(三島由紀夫)の当時の心象風景が同じとは限らないと思うのは、僭越であろうか。

毎日、西日が当たる時間帯の文書を書いていたとも思えない。

このように、作家自身が、自分の理論に都合の良い部分だけを切りとることは、所詮は、作家の書いた、作家論の域を出ないのだなぁと思う。だ。

死に向った転換点、いまだにの良く判らない。

作品中で、それを表したのは、「熊野詣」という作品である。

ある大学教授が、自分の伝説を補完するために、女中という傍観者を連れて、熊野詣でに出る話である。

現実の三島由紀夫の自決には、この作中の傍観者のような単独で、伝説を伝える者がいない。

今かから考えれば、傍観者は、現場にいた多くの自衛隊員、マスコミの報道、三島由紀夫について書きちらした多くの文学者であったと考えると、何となく、三島由紀夫(平岡公威)は、「個人の平岡公」として死んだのではなくて、「作家三島由紀夫」として死んだのだと思う。

多くの作品中にある英雄的な姿と云えば、「珍説弓張月」を思い起こすが、結局、英雄ぽくはない。

そうなると、三島由紀夫自身の多く小説作品を読むよりの、雑誌に書きちらしていた評論的なものを読まなければ判らないという気がして、20年が過ぎた。

最近、自分の人生が、間違った方向を歩いているような気がするのは、このような、未達成感があるからかもしれない。

 

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こんな夢を見た(第十一夜)、思い出など

夏のある日、彼女を迎えに行くと、絽の着物を着て出てきた。

車で行くと、止める場所が面倒なのと、途中で歩くと暑いので、タクシーを呼んであった。

背が高いので、着物はそれほど似合わない。

夜会巻きなので、余計の高く見える。

車はもう来ていた。

乗り込んでから

「今日は、 歌舞伎だから着物なの?」と聞くと。

「虫干ししたら、何となく今日はこれにしようと思ったの・・・これ、お母様から借用させてもらったのよ」と云いながら、車内の奥へ腰をずらした。

車内は程よく冷えている。

「御園座まで」というと、車は滑り出した。

彼女は、続けて

「でも本当は、おばあさまのお召しなの・・絽の着物でね、すずしいの、見た目も、いいでしょ」という

これを見たときに・・・

どこかで見たことがあるような気がした。

白檀の香りがする・・・

そのとき

ふと思い出したのは、小さいころのことである。

祖父に、つれられて・・歌舞伎を見に行っていた時のことであったような記憶がある。・・

風の品のいいおばあさんがお召しになっていた・・・着物に似ているような気がした・・

夏のさなかで、氷柱がロビーに立っていた。

クーラ―の効きが悪いのか、その日は暑かった。

暑いと言って不満を鳴らすと、祖父は、氷でも食べるか?と云った。

小さな青いガラスに盛られた氷は雪のよう。

緑のシロップが、掛けれると、トロッと溶けた。

小さなスプーンでカキ氷を食べていると、いつも合うご婦人が、日傘を下げて寄ってくるのが、見えた。今日は、小さな女の子がいた。

ご婦人と云っても、おじいさまよりも、若干、若い程度で、老人の部類に入る人である。

僕を尻目に、おじいさまとこの良く遭う、ご婦人は並んで座った。

はたから見れば、仲のよさそうな老夫婦に見える。

近くを通る、ご婦人がたが、「あら、かわいらしいお子達ね。」と云いながら通りすぎていく。

よく見かけるおばさんが、

「ぼく、いいね。おじいちゃんとおばあちゃんに連れられて歌舞伎見るなんてねぇ・・今日はお姉ちゃんと一緒なんだね」と云われた。

おじいさまと、ご婦人は、座っているだけで、特に話もしない。

二人は、何にも話さなくて・・時々、見合っているという感じがするだけ。

ご婦人が、「今日は、うちの孫を連れてきましたの。」と云った。

おじさまは、「初孫ですな」とほほ笑んで云う。

さも嬉しそうに「ええ」

おじいさまは、隣に座って足をプラプラさせている子に向かって、

「お名前は?」と聞く。

「〇〇」と下を向いて答えた。

よく聞き取れなかった。

ご婦人は、「私の名前に似せたというのですよ・・うちの娘は、自分みたいにおてんばじゃないようにと、そう言ってね。私か、鞠子なので、お母様みたいに、と云いながら、新時代なんで、子を取って「まり」にしたそうです。」

「そうですか・・うちの坊主は」と云いながら、僕の頭を撫でながら、

「私の一字をとってね、総領なので一郎とつけました。」

「まぁ、うちのは一字を取り、あなたのところは足したなんて、いい事ですわ」

と云いながら、女の子の方を見た。

足をプラプラさせながら、「ねぇ、おばあ様、この人たちだあれ」と聞いた。

すると、唇に人差し指を当てて、「内緒なの」と云ってほほ笑んだ。

娘は片付かないかおをして、「ふーん、お母様には内緒なの?」と聞いた

「そうよ、内緒」と云って、意を決する様に立ち上がると、「じゃあ、今日は、かえりますね」と云った。

いつも程よい白檀の匂いのする人だったなぁと思いだした。

そうして、この思い出話をしたら、彼女は、ちょっと怖い顔をして

「あなた、覚えてないの?」

と云って

「ばぁかねぇ」

と云いながら。

「あの時の女の子のこと忘れたなんて言わさないぞ」と笑いながら言った。

そう、彼女「まり」と云うのである。

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忘れるという事はいいことである。

人間とは都合よい生き物で、昔のことを忘れるという効用がある。

忘れたいと思うようなことは沢山あると思う。

先日、古本屋で「定本 半七捕物帳」の揃いを買った。

文庫版でも持っているし、大抵の作品は読んでいる。

岡本綺堂先生の大ファンである。

歌舞伎、台本も面白いのだが、「半七捕物帳」は格段に面白い。

いわゆる「捕り物」を、作品にした最初の小説である。

後の作家の「捕り物帳」は、素人探偵的な人物を、江戸時代に、移したような話ばかりでいただけない。

時代背景と、人物の感覚が、今風なおだからたまらなくおかしい(批判的)、読んでいると、少年探偵団張りの話になる。

距離感もない、江戸時代は、てめえの足二本が頼りだろうに思う。

まぁ、言い方がののすごく悪いとは思うのだが、柳の下のドジョウはねぇ

という感覚である。

で、最近、昭和32年版をちまちまと読んでいるが、これがやはり面白いと云うか、前回読んだのは7年も前なので程よく忘れている。

よく覚えてるのももあるのだが、なんとなく読んだ気がする程度のものはある。

これは、忘却の効能である。

忘れるという事は大変いいことだと思う。

ところが、左翼ファシストに与(くみ)する人たちは、忘れてはいけないという。

忘れられると都合が悪いから、忘れないように努力する。

自分たちのやった悪いことは都合よく忘れるというか、忘れたふりをする。

戦前の共産主義ファシストよく使っていた歴史の審判はどうなった?と聞いてやりたい。

彼らは歴史の歯車とかイロイロと語っているが実際は、語るに落ちた感が強い。

なぜ、ドイツ共産党は、ソ連風の服を着て、赤い旗を立てて労働歌を歌って、破壊活動をしたのか?

なぜドイツの民族衣装はダメなのか?

共産主義ファシストは、その国固有の文化を破壊することを好む。

伝統とか、文化とかは、階級と云うか、階層を形作るからである。

だからこそ、アドルフは攻撃した。

考えてみれば、「ドイツ系オーストリア人」であったアドルフは、ドイツに昔から住むドイツ人を大切にしたのか?

日本でも、怪しい国会議員いいる

国籍さえ明らかにできなような輩が党首になったりする。

これは、第三帝国の終焉の開幕院近い。

外国籍だった者の被選挙権は否定されるべきではないかと思うが・・・

話がズレた

忘れるという事を、否定する人たちは、自分たちの現在の感覚で、過去を語りたがる者が多い。

以前素人ながら、トヨタスポーツの事をせっせと調べていた頃に、感じたことは、嘘ばかりが書きつらねることが多いという事である。

ロクに調べもしないで、どこかの記事を書き写す、内容は間違っていても責任を問われることはない、だって何十年も前の車だから・・・である。

そこで到達したのは、旧いと云うか、当時の雑誌記事を探して読むという事である。

出来るだけ、当時の一次資料を探すようにした。

すると結構すっきりとするのである。

まぁ、書いてることが全部嘘とは言い切れない部分もあるのではあるが、違和感が多い。

違和そう感じるのは、自分でエンジンを組んだり、車を組み立てたからけんじる感覚ではないかと思う。

オーナーの雑談でも、「昔は、いい加減だから」という馬鹿が時々いる。

「いい加減なのはお前の頭で、思考回路だろう」と思うのである。

まぁ、どうでもいいようなヨタ話が困難になりつつある昨今、新聞が率先してプロバカンダ(政治宣伝)をしていることが多い。

プロバカンダ(政治宣伝)の特徴は、事実のように見せかけている、事実ぽい嘘である。

まぁ、日日新聞とか、都新聞とか、新愛知、名古屋新聞なんかは、紙面全部がプロバカンダの風体である。

よく読んでいられるなぁと感心するほど程度がわるい。

丁度、宗教関係の新聞みたいな感じさえする。

先日、東京大空襲の話が、日本経済新聞に載っていた。

忘れないようにという事である。

だがどうだろう、75年前のこのことを忘れるなという事は、人類史上最悪とでもいうような、ドイツへの空爆、日本への焼夷弾爆撃を行った米国への恨みを忘れるなという意識が働いているように思う。

たまに、70年以上前の専横の事をいつまでもと云っていて批判する人がいる。

現実的に、当時10歳に子は、85歳である

20歳の子は、95歳である従軍した若者たちが多くは鬼籍に入った今、戦争の当時の事を忘れないように運動をしている者を見ていると、なんという売名という気がしてしまう。

悪いけれど、空襲時の逃げ道を歩くイベントをして何になるという気がする。

半村良という今は木作家が、空襲の中を逃げるシーンを描いていた。

この時、そうしてみんな焼け死んだというようなことが書いてあった。

昔、親から聞いた話で、疎開先から6年生と一緒に逃げ帰ってきた親は、名古屋大空襲に遭遇する。

三菱電機名古屋製作所の防空壕に逃げ込んでいたが、近くに直撃弾が落ちたので徳川町の方へ逃げたそうである。

旭丘高校の近くを抜けて、建中寺の方へ逃げたところ建中寺の北の方が燃え盛っていたので、寺の北側の学校に沿って逃げると

玉石の壁に、近所の6年生の子が倒れていたそうである

よく見ると、焼夷弾が頭を貫いて、頭が半分無くなって、玉石に黒いものが飛び散っていたという。

小さいころ、建中寺の横を通って東警察署の北にある養護施設に届けものを持っていく時に、この話は聞かされた。

紅蓮の炎の逆巻く中、消火作業などなく、警防団の人が、逃げ道を指し示すだけだった。

その中を一晩じゅうに逃げたという

そうして、死骸に出会うのである。

また、ある古本屋のおばさん(その頃70過ぎだった)は、女学生の頃、三菱大江工場へ学徒動員で働きに行っていた。

おばさんは丁度、整理が重くて北区の家で休んでいた。

いつも一緒に行く子に、今日は休むと伝えるように伝言を頼んだ。

すると、その日、工場が空襲に遭った。

同級生のほとんどはこの時に死んでしまったという。

伝言を頼んだ子も行方不明になっていた。

翌日、工場へ行くと、バラバラになった同級生の肉片見て、数日かけて、遺骸にもならない遺体を拾い集めたという。

遺骸と云うのはあまりも少ない破片は、柱という柱にこびりついていたという。

毎年慰霊祭があると、このおばさんは、毎回参加していた。

ある時、「ここに私が写っとる」と云って見せてくれた。

そうして、件の悲しい話を聞かせてくれた。

こうした話を、語たることがで、と云うか、語る権利を有するのは、これらのことを経験した人のみが持ちうる権利だと思う。

何の感情も、思惑も、思想もなく、事実を語ることができるの人のみが有するj権利だと思う。

爆風の経験?

実際の爆風を感じたことは無かろう

タダの空気の圧ではない。

瞬間のすべてを押しつぶす圧力である。

そうして大きな破片を伴う圧力である。

爆風の経験、笑ってしまう

丁度、イジメヲする人間が、虐められている人の事を、「かわいそうだよねー」という感覚に似ている

いわゆる、似非(似非)な感じを受けるのは気のせいだろうか。

悲劇を利用する人間に対して、許しがたい感情を持つ。

これは、正義感ぶった感情ではない。

 

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寂れ方が・・・・

地方都市の寂れ方がひどいと思う今日この頃。

三重県の某市へ行った・・・昭和30年代から公害で有名だった

国道と云うか幹線道路を走れば相も変わらず混んでいるのだろうとう思う。

第2東名が出来て、湾岸ができて・・・東名阪の名古屋方面は道は空いている。

以前と云うか、10年ぐらい前に、お付き合いのあった方への義理で、数か月に一度は、訪れていた。

その時も、市街地は閑散とはしているが、それなりな感じであった。

ショッピングセンターは、結構にぎわっていたように覚えている。

今回の行程は、JRの旅である。

大昔のころは、ハゲデブの案内である店に行くときに、近鉄駅前で待ち合わせたことがある。

その時、降りて東に向かった大通りべたでで待ち合わせた。

25年も前の話である。

そこ頃は結構にぎわっていると感じたが・・・今回、JRの駅を降りてまず驚いたのは、JR四日市駅前の風景のすさまじさである。

寂しいなんてもんじゃない・・・丁度駅の正面から西向かって車道が伸びている。

名古屋の東西を結ぶ100メートル道路みたいのが、西に向かってずーと走っている。

何となく、不完全さが前面に出ている。

港と山の間は狭いにも関わ図垂直に同を作る。

何のためだと言いたい。

駅を出ると、観光案内がある。

産業遺産で有名な堤防、橋の写真がある・・・・けど、その先がない・・・道路しかない。

空虚と云おうか・・・閑散と云おうか・・・何となく言い難い感じを受けた。

その大通りの先には、近鉄の駅がある。

近鉄の駅は、当然様に近鉄百貨店系列店が入っていて、自己完結している。

途中に市役所があって・・近鉄駅の近くにも、繁華街もあるが、アーケードがところどころナイ・・・

ついでに、たまたまかもしれないが、店のシャッターはほとんどおりていた。

駅東の複合ビルも廃業していたので、寂しいなんてもんじゃァない。

雨降りだから余計にかもしれないが、JRの駅から市役所まで歩いて・・・あった人は、O人・・・

市役所から近鉄の駅まで、10人ぐらい・・・

銀行も少ない・・・

駅近くでは、なぜか、証券会社が目についた。

雨だから余計にそう思ったのかもしれないが、この寂しい風景は尋常ではないと感じてしまった。

大丈夫か三重県・・・

20年ほど前は、三重苦と云う友人がいたのと、此奴が主催していた自動車クラブに入っていたのでそれこそ、年に数回の割合で訪れていた。

縁が切れると同時に行く理由もなくなった。

ある自動車屋に、車検にも出していたことがあるので1回ぐらいは云っていたかなぁ・・

今じゃぁ、仕事で年1回から数回ぐらいである。

去年も、1回、この市へ来た。

そん時は、車だったが、岐阜から高速道路の旅だったので、ひたすら疲れて、途中のSAで寝た気がする。

時間がなかったので、食事もとらずに仕事していた。

基本的には、無理ができないので、30分ほど寝たら調子がよくなった。

まぁ、無理は禁物である。

車の運転は、ひたすら疲れる。

特に、官用車はの安い車は疲れる

ホンダの安い軽の出来はひどいものである。

カスと云っていいほど、マイナーチェンジで悪くなる・・・

まぁ、駅の付近の繁華街の状態は悪い。

飲み屋しかない・・・

丁度、20年ぶりに岐阜に降り立った時の感慨に近いものがあった。

悪く言えば、人がいない。

活気がない

人がいないから、活気がないように見える。

歩いているのは、爺さん婆さんと、少数の若者・・・

どうなのかなぁと思うことしきりである。外国人が沢山くればいいという話でもない。

お昼時分の食事をとる場所がない・・・

近鉄駅からJRの駅までの間は、ひたすら店がない

ビルの中には喫茶はあるが、皆さん個別な感じ

CVSは、1軒・・・

とはいえなんだか不思議な感じがした。

このまま人がいない町だったらどうだろう?

なんと云うか、ここまで駅前が寂れるかと云うレベルである。

結局、市町村の無計画の賜物(たまもの)なんだろうと思う。

悪く言えば、無計画。

河川の堤防、川床の状況の良くない。

そういえば、前に、洪水があった地区があったなぁと。

この感じは何だろうと思う。

中央線沿線でもここまでも寂しい駅も珍しいと思ったが・・

時折見かける人はいたが、JRの駅に近づけば近づく、人は閑散であった。

空虚さというか、雑然としているが、音がない。

丁度、震災後に、別の仕事で、東北を訪れた時の感じに似ている。

どのようい表現してよいのかよくわからないような感じであった。

土砂降りだったので、音が吸収されてしまい余計にそう感じたのかもしれない。

駅のホームで列車が来るのを待っていると、ふと、地震が起こりい、もし今津波が来たら・・・・助からんだろうなと思った。

そう思うと同時に、早く電車がこればいいのにと思った。

ご友人曰く、鈴鹿市は、四日市の様に寂れないように。鈴鹿サーキットを盛り立てる努力をしているという、でもデアル、鈴鹿市の基幹産業は本田技研である、サーキットではない。

ホンダが、いなくなったら・・・そう考えると空恐ろしいことである。

 

蛇足

電車が、名古屋駅に着くと、降りしなに、言葉が不自由な東南アジア系の人声を掛けられた。

「ここは、どこいくか?」

「は?、ここは終点」

すると、印刷した紙には、地名が書いてある。

「鈴鹿」「名古屋」「豊橋」・・・・「伊豆長岡」

「ここは名古屋か」という

「そうだ」と云うと「次、豊橋」という

仕方なくJRのホームまで連れていき、2番線から出る、快速豊橋行きに乗せた・・・・

帰宅してから思ったのは、「逃亡実習生かなぁ」と考えた。

 

 

 

 

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蝙蝠印石油(日本石油)金看板(昭和かな?)

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金看板(愛知県豊田市足助町の民家で、保存されている 旧日本石油の金看板)

上から書いてあるもの

①米国聖路易万国博覧会
名誉金牌

②日英博覧会 名誉賞牌
③第五回内国勧業博覧会 名誉銀杯

蝙蝠印石油
創業明治21年
④資本金2000万円
日本石油株式会社
特約販売店

解説

①聖路易万国博覧会(Louisiana Purchase Exposition, Expo 1904)
1904(明治37)年4月30日から12月1日までアメリカ合衆国ミズーリ州のセントルイスで開催された国際博覧会である。
ルイジアナ買収100周年記念博覧會、

日本の受賞結果
最高賞牌 186
金 牌  356
銀 牌  601
銅 牌  585
合 計 1702


米国の結果
最高賞牌1000
金 牌 2500
銀 牌 2750
銅 牌 2000
合 計 9250


沸蘭国
最高賞牌 698
金 牌  800
銀 牌  493
銅 牌  264
合 計 2255

独 逸
最高賞牌 440
金 牌  620
銀 牌  450
銅 牌  240
合 計 1750

(米国聖路駅萬國博覧會日本出品報告 142P)

参加人数

東 京 163人
京 都 138人
大 阪 176人
神奈川  90人 
兵 庫 143人
愛 知 133人 
三 重  13人 
静 岡  22人 
岐 阜  43人 
長 野  54人
(一部抜粋)
出品者 1771人 681社(人)
(米国聖路駅萬國博覧會日本出品報告 農務省 257/258P)
「聖路易万国博覧会本邦参同事業報告. 第2編」217P

合同出品 「探鉱冶金」部門出品社(者)
三菱合資會社
三 井鉱山合名會
古河潤吉
北海道炭鉱鐵道株式會社
合名會社 藤田組
日本石油 株式會社
築豐石炭鎮業組
安川敬一郎
堀內庄右衛
雨宮 亘
春原隈次郎
徳永重康
日本鉱業会
大阪砥石株式會
村上三蔵
小西伊兵衛
中野四郎

日本石油の費用は、「1200円以上6000円未満」であった。
「聖路易万国博覧会本邦参同事業報告. 第2編」
218P

博覧会の項目では以下の項目に該当
第199類 燃料鉱物 粗製石油およびその生産物および土歴

「聖路易万国博覧会本邦参同事業報告. 第2編」

第59図
採鉱および 冶金館内 本邦出品陳列図「石油●本」あり(●判読不明)

59

 

「参考」

参加、渡航関係
明治36年 米国聖路駅萬國博覧會 渡航案内
 米国聖路易萬国博覧會渡航奨励倶楽部 星一(日本出品協會内 日本出品手引草發行人)
横浜-布哇(ハワイ)-桑港(サンフランシスコ)
毎月ほぼ10日置きの出港、
17日間の旅
東洋滊船(汽船)會社、太平洋滊船(汽船)會社、東西洋滊船(汽船)會社
桑港(サンフランシスコ)まで、
上等 40ポンド 日本通貨 389円程
中等 17ポンド 日本通貨 165円程
下等 ?    日本通貨   65円程
シャトルまで
上等 31ポンド 日本通貨 302円程
中等 18ポンド 日本通貨 175円程
下等 ?    日本通貨   65円程

 

横浜シャートル間 日本郵船株式會社
毎月2便  6日ぐらいまで1便、15から月末まで1便
16日間の旅

 

本邦から聖路易市(シアトル市)までの旅客運賃
桑港経由
片道 52ポンド
四か月間の往復84ポンド
12か月間の往復 94ポンド
シャトル経由
片道 40ポンド
四か月間の往復68ポンド
12か月間の往復 74ポンド
明治36年11月1日印刷、明治36年11月5日發行
日米社 東京支社 編集兼發行者 星一

 

明治37年にも改定版が出ている。

 

参考2
愛 知 133人の内訳一部 
麦稈經木眞田 (麦わらキョウギさなだ:サナダ紐)
愛知麦稈商会 片桐鎌吉
生     糸 竹田嘉兵衛(有松の竹田さんか?)
絞名古屋國産絞
商工工業組合 服部興右衛門
乾 燥 野 菜 尾張物産野菜切干合資会社
陶     器 常滑防疫株式会社 取締役伊藤敬四郎
七寶、繊維、陶磁器関係が多い

 

②日英博覧会
 1910年開催
 調査未了

 

③第五回内国勧業博覧会 大阪天王寺
 1903(明治36)年3月1日から7月31日
 調査未了

 

④資本金2000万円
 1898年のころ、1円1万円

 

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行動記録書をかけと云われました・・・全官公庁一斉のようです。

夕方、総務課長から、各課長に伝達

毎日の行動記録をつけること・・・

何時何処で、なんという人に会ったのか。

マスクを相手がしていたのかどうか・・・

先週から、対外的な接触をする場合、マスク着用は必須

でも爺さんはしない・・・

相手が役人で、マスクしていないから、マスクせずに対応したそうな・・・外部と接触の多い武将の相手である・・・

それを責められると・・・キレた・・・クソ爺である。

兵庫県の区役所では、区役所が閉鎖になったそうな…受付のお姉ちゃんが陽性・・・消毒の為に閉鎖されたそうな・・・どっかの役所も一時的に閉鎖されていたようです・・・

行動記録は、14日間に会った人間を特定して、感染経路をはっきりとさせるためである。

ちなみに、土日も書かなければいけない・・・

これは、発病したら行動記録カードに書かれた相手を、濃厚接触者として通報、連絡するためである。

相手がマスクしてい居れば、問題はないが、マスクをしていない場合は・・・必ず書けと・・・

役所が閉鎖になるとみんなが困るだろうに。

フイリッピンパブのへ行った馬鹿の行為は、テロレベルである。

文華オンラインでは、カラオケを歌う姿が映像に出てくる。

どうも、自分で、コロナだと言ったわけではなくて、「コロナをうつしてやる」と言って家を出たという情報が、フイリッピンパブの店長と、この馬鹿の共通の友人からもたらされたそうである。

そこで、店長は聴いたそうな。

するとこの馬鹿、コロナが陽性だったゲロッたので、退店させて保健所を呼んだら消毒…当分店は営業しないそうである。

日給のフイリッピンのお姉ちゃんの生活基盤をぶち壊したわけである。

本当にテロである。

この馬鹿は、こまったものだが、神奈川県の爺は、もった質(たち)が悪い。

バイオテロリストと云っていいぐらいである。

蒲郡の馬鹿は、そこぬけの馬鹿で、言いふらしているから、止めて欲しい願望があるのだろう。

だが、神奈川県の爺は、発症気味の状態でジムへ行くという暴挙をあえて行っている。

熱発の状態でありながら、スポーツジムへ行く・・・2月25日から3月5日までの間に5日間、1から2時間スポーツジムを利用・・・

既に馬鹿を通り越してて迷惑なジジイである。

1500人以下の人間が濃厚接触者・・・・どーすんだこのジジイは?

スポーツジムが危ない、感染源になると言われているのに、自分が熱発していても平気の平左で、通う神経が理解できない。

FBでかつて友人登録がしてあったジジイと同類で、自分の行動が拘束されることに許しがたい不自由さを感じる世代代と云える。

戦後、ベビーブーマー世代(日本では団塊の世代と云うが、世界的にはベビーブーマーである)は、70から73歳の年代である。

前期高齢者に該当する奴らで、一番無駄に医療費を浪費してテンで恥じない世代と云える。

こいつらは、基本的には、終戦後、復員兵が、夜の生活を励んだ結果、世界中に生まれた世代である。

日本の場合、生まれた時(1947-1949)は、無秩序な世界で、占領下であった。

親は生きるのに精いっぱい

子供は、管理もされず、十分な道徳教育も受けることはなく、野放図に育った。

その結果、阿呆のような教授、教師に騙されて、70年安保参加。

世界に平和と云いながら、平和の前には闘争が必要である思い込み、ファシスト的な思考を吹き込まれ、教育的立場の者に騙されて人生を棒に振った人も多い。

学生運動を行う、学生は民主主義を主張する、反対の保守層も、民主主義を主張する。

(東大安田講堂の立てこもりには、東大生が一人もいなかったという哀れ、丁度、現在の琉球で起きているテロと似ている。)

これは、当時の一部の学生が、物事をよく考える能力を失った者が多かった。

親の世代を見て、ずりことをやる人間が人生を謳歌するのを見て、反発を覚えて居た世代は、コロッと騙された。

理想論的そうに見える民主主義の皮をかぶった共産主義ファシストの作った「エセ民主主義」を理想と勘違いしていただけである。

学生運動家の行動、彼らの主義主張、浅間山荘事件を含んだ内ゲバ、海外テロは、単なる暴力を使った自己満足である。

生活者の姿は見えない。

浅間山荘事件は、お子様クラブの暴走と云うか、狭い組織内での今で云う「いじめ」がエスカレートして、引くに引けなくなり、女同士の男を中心にした嫉妬の闘争の果てに、仲間を殺して回っただけという事がわかる。

その当時、マルクスの書いた資本論を、どれだけの者が読んでいたのか知りはしない。

読めば、誰にでも理解できることであるが、資本主義が高度に進んだ状態の次の段階が社会主義で、その先にある究極が姿が、共産主義であると書いてる。

これは、ヘーゲル的なアウフヘーベンするという事になっている。

ソ連の共産主義は、単なる看板であった。

レーニンは、初期の資本主義の段階の居さえ達していなかったロシアで、政治闘争のイデオロギーとして、共産主義を採用しただけである。

つまり、封建制度の最終期にあったロシアが、資本、社会主義を通り越して、共産主義たどり着けたと主張する不思議。

中国於ける。、共産主義も同じである。

軍閥という、地方豪族が割拠していた中国は、初期の資本主義の段階にさえ達していなかった。

道具としての共産主義は、えせ共産主義である。

では、かられの言う共産主義とはなにか?

共産党という名の組織が、皇帝個人と、取って代ったと言える。

つまり封建制度が、資本主義、社会主義、共産主義さえ、すッ飛ばした、一党独裁封建主義を形成したに過ぎない。

丁度、天皇機関説ではないが、共産党機関説とでもいうべき状態である。

個人としての皇帝ではないので、共産党という有機的な組織が、国を管理する。

共産党員という貴族が、藩屏となる。

藩屏は、上手い汁を吸うことができる。

時として、共産党内部で、健全な権力闘争が行われて、共産党の中心である書記長という名称の皇帝は交代する。

しかし、どのみち封建制度のてっぺんが、皇帝から一党独裁に変わるだけであるから制度は疲弊する。

基本構造は、封建制度のママであるから、共産党員以外は疲弊する。

疲弊すれば、一党独裁の党員とい貴族への不満が高まる。

不満を抑え込む

不満はたまる。

最終的には、暴発する可能性が高くなる。

いい加減な、組織を其のまま拡大した結果、国内の不満は高まる。

(ゴルバチョフは、統計を見て、ソビエト連邦党行く国体がすでに破綻してることに気が付いた。

 不満も高まっていたし、衛星国という名の、植民地の不満も高まって来た。

 そうして英断を持って、解体した。)

そこで、民主主義を標榜する者が多く現れれば、抑え込むことが難しくなる。

某自治都市での反乱は、民主的なことを主張して居るが、中身は、民主主義でない、社会主義である。

つまり、以前は、大英帝国の植民地として、民主主義を謳歌した。

そこへ、一党独裁の封建主義的えせ共産主義が来た。

だからこそ、マルクス云うところの、資本主義の次の段階である、「社会主義的な政体」を要求するのである。

マルクスは、資本主義→社会主義→共産主義という段階を踏むという。

だが現実的には、高度な資本主義の時代さえ来ていない。

マルクスの主張する社会は、善人しかいない、エゴイステイックな者もいない人が構成する社会でなければ、段階を踏んでいくことができないと考えていたと推論する。

そうした、世界中がどろどろと闘争しているときに、日本は、高度経済成長で、馬鹿みたいに学生運動をしていた者でも、曲がりに生活ができる、

上手くいけば、民間企業の幹部にさえなってしまうという偶然さえ与えられた。

結果、自分には甘い。

他人の得することは許せないが、自分が甘い汁を吸う事んついては、常に肯定的な人間が出来上がったと考えるのも間違ってはいないと思う。

だからこそ、無責任で、自己中心的である。

今回の武漢ウイルスの感染を、無自覚的に、バラまいた人も悪いが、以上に自分の快楽の為だけに、病原体をばらまいているのは、万死に値しると思うが?

いかがであろう。

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愛知県のコロナ関連の無責任な行動について。笑ってしまう蒲郡市の対応の遅さ。

コロナウイルスネタが多くてすいません・・(w)

 

愛知県のコロナ関連の無責任な行動について考えしまうことが多い。

ここまで、無責任な馬鹿が多いのか・・・という事と、市内でコロナが発生したことを公表した蒲郡市市長の対応は英断である。

しかし、市役所ホームページの記載の内容の遅さは、土日を、挟んでるから対応が悪いのかなぁと思う。

 

世の中、馬鹿が多いと云うか、多くの人の行動がひどすぎるという感覚がものすごく残る騒動ではないかと思う。

まず、体調の悪い旦那を放置して、旅行帰りにお仕事か趣味だか判別していないが、スポーツジムを複数回利用したばぁさん。

このばぁあさんのせいで、30数人が感染・・・旦那が搬送された日も、ジム行く。

ハワイ旅行にはいくが、夫婦生活は、仮面なんでしょうかという邪推をしてしまう。

おまけに、個別であっていた男性はどんな存在なんでしょうね。

・・・その人何者?という感じがする、これはもう2時間ドラマ張りのくだらない話である。

 この人は、感染拡大に尽力していたことは無自覚かもしれない。

 旦那は、タダのインフルで、私はスポーツウーマンだから関係ないわと思っていたのなら、菌をばらまいた行為は、ある程度の意図的と判断してもいいかもしれない。

 まぁ、愛知県のひどい例が全国を駆け巡っているのが、「蒲郡の50代」の件である。

34日に、感染が確認されて、愛知県から自宅待機を要請されて帰宅した。

(自宅待機は、要請である。

命令ではない、強制力はない、要請を出すのは愛知縣。

勘違いしている馬鹿(国会議員とかね)は、防疫が、県の主幹(仕事)という事を知らないらしい。

県の命令なんて強制力はない。

入院させることができるが、入院させる病院が・・・あるのかそもそも・・・愛知県に?

入院させたって、この程度の奴には、罰則がないんだもの、強制力なんて発生のしようがない。入院中、院内を移動して菌をばらまいても処分のしようがない。

 だから、陽性で自宅待機命じられても、出歩くことは止めようがない。)

家族に「菌をばらまいてやる」(伝聞なので性格ではない)と云って、家を出たそうな。

駅前でも、菌をばらまいてやると叫んでいたそうである。

また飲食店(フイリッピンパブ?カラオケ喫茶?飲み屋?)で「コロナ菌をお前らにうつしてやる」と云ったそうな。

移動は、タクシー、

飲食店は2か所

もう、意図的に感染拡大を狙っているというよりも、自分が不幸だから、他人も不幸にしてやろうという意図が見え見えである。

飲食店で、この馬鹿の発言を聞いて、保健所へ連絡

保健所は、警察に通報

県警蒲郡警察署員は、防護服を着て対応

(どうも、フリッピンパブでの行動が、お店側に録画されていたようで、探すと画像が出てきます・・・。)

蒲郡市HPには以下のように記載がある

「1 感染者の状況 4名(市内在住の同居家族)

⑴ 70歳代女性(母親)

  224日夜から発熱症状、発熱継続したため、32日市内医療機関に入院。

  33日PCR検査で陽性、現在県内医療機関に入院中(症状は安定)

⑵ 80歳代男性(父親)

  228日発熱。

  32日呼吸困難が強く市内医療機関に入院。

  33日PCR検査で陽性。現在県内医療機関に入院中(呼吸困難有)

⑶ 50歳代男性(息子)

  ⑴、⑵と同居の家族で濃厚接触者のため34日に県内の帰国者・接触者外来を受診しPCR検査で陽性。

  現在県内医療機関に搬送中(軽症)

⑷ 30歳代男性(孫)

  ⑴、⑵と同居の家族で濃厚接触者のため34日に県内の帰国者・接触者外来を受診しPCR検査で陽性。

  現在県内医療機関に搬送中(軽症)」

 

この菌をばらまいたのは(3)だと思われる。

3月9日現在の蒲郡市のホームページには、(3)が出歩いた記事が載っていない。

https://www.city.gamagori.lg.jp/unit/hoken/covid-19press.html

(2)の爺さんの施術に関する注意喚起が増えただけ・・・

※2月17日(月曜日)から2月27日(木曜日)の間に、⑵による整体施術を受けた方は、愛知県豊川保健所(帰国者・接触者相談センター 電話 0533-86-3177 )に相談してください。

※本人はあん摩マッサージ指圧師の資格を持っておらず、整体を行う者であることが確認されています

なんと云うか・・・、あぁひでえなぁという感じかしない。

 

参考

⑴ 70歳代女性(母親)は、二次感染のようである。

  ハワイから帰国した女性からスポーツクラブで感染した名古屋市の女性が感染源

  2月16日に蒲郡市を訪れ、70代女性と一緒に行動(レストランで食事)し、感染したとみている。

⑵ 80歳代男性(父親)マッサージ師は、三次感染を引き起こしている。

  愛知県内の60代の女性が、発症した。

  3日に感染が確認されている蒲郡市の80代のマッサージ師の男性による施術を、先月24日に受けた。

 

笑ってしまうのが以下の文章

「2 対策

 ⑴ 感染者(⑴ 70歳代女性)が立ち寄った公共施設

   219日:体育センター、220日、26日三谷公民館。感染者が利用した部屋の消毒

 

 ⑵ 感染者の感染後の行動を確認し、濃厚接触者への連絡、指導

 

⑶ 感染の拡大をしないよう不要不急の外出を控え、医療機関にすぐにかかるのではなく、軽症の場合は自宅療養し、手洗い、うがいなどの予 防対策の推進」  

   

  上記の記載で疑問に思うのは以下の通りである。

  (1)が、感染源と立ち寄ったレストラン?は蒲郡ではないのか?

 

   (2)、(3)、(4)の事は何も書いてない

   問題行動のあった(3)の事は何も書いてない 

   ここには、50代の男性の行動についての記載がない。

   80代の父親から、施術を受けた60代の女性が感染をしたことも書いてない。

これは問題だろうと思う。

 

市長のメッセージ

「市民の皆様へ 新型コロナウイルス感染症につきまして、連日報道がされているところでございますが、蒲郡市内におきましても感染者が確認されました。感染経路は特定できており、県とともに対応しておりますので、現状では、いわゆる市中感染にまで至っていないと考えます。以下略」

  この50代のおっさんの行動は、その昔、性的嗜好の違う方が、同性の方からエイズを移されて、10代、20代の子に金をやって、性交を行い、感染を蔓延させようとした人間の行動パターンに似ている

 神奈川の爺さんもそうだが、感染者の使っていたスポーツジム等に通っていて、感染の可能性があるのにも関わらず出歩いて、菌をばらまく。

  こうした行為は、意図的に病原体をバラまくような行動であれば、傷害罪を適用されても仕方がないと思わないのだろうか?

  そう考えると、馬鹿が多いと云うか、身勝手な人が多くて困るなと思う。

 自分の近くにはそういった人がいないことを望むが・・。

20200309更新

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コロナで思う、世界の工場なんてねぇ・・・(その2)

(3月7日の続き)

以前、豊田市に、産業廃棄物が山積になったところがあった。

東海環状道から見えるぐらいの山積だったが、業者は逃げて、結局、市が代執行で撤去した。

逃げた後の後始末を任されたおっさんが、苦り切っていたことだけはよく覚えている。

(豊田市と云えば、枝下IC近くの道路べた、工場の直下まで土を掘りぬいた馬鹿がいて問題になったことがある。これは、怪しい外国人(第三国系)の一家の犯罪であった。

ここは、どうやって埋め戻したのか興味津々である。掘りぬいた高低差は、10メートル以上あったからねぇ・・)

基本的に、産業廃棄物の一部は輸出される。

産業廃棄物ではなくて、再生資源という位置づけである。

ペットボトル、古紙、再生可能なプラ材などである。

これはキレイな、洗浄されたものが前提である。

スーパーでも、発砲スチロールのトレーを回収しているところがある。

市町村でも再生可能なプラスチック系のごみは資源ごみとして回収再生に廻しているところが多い。

これらお回収されるごみは、洗浄したものとちゃんと書いてある。

しかし、多くの横着な方、洗剤、洗う水がもったいないと言って洗わずに出す馬鹿と云うかご婦人方がいる。

そうすると、洗浄されていない汚染されたごみに成り下がるので、これはただのゴミでしかない。

そうして、この「再生可能な地位のあるゴミ」として輸出される産業廃棄物は、汚れて居れば、「タダのゴミ」なのでの輸出をしていると、受け入れ国から「資源の輸出」ではなくて、「タダのゴミの輸出」と批判される羽目になる。

ゴミの輸出先はPOCを含めた東南アジアであるが、どこの国でも結局、自国の国土が汚染されるという事に気が付いて拒否しだしている。

これは、各家庭のゴミ、いろいろなところから出るゴミ、産業廃棄物といわれるよう解体材の処分がまわりまわって、市町村から県、県から国外へ押し付けているだけという図式がよく見える。

今後の話と云いうか、差し迫った非常に大きな産業廃棄物の問題は、太陽光発電である。

廃材となった太陽光パネルをどうするのか?という事が問題となりつつある。

現実的に、それらのパネルの排気再生処理施設のプラントを作る計画もある。

問題となるのは、そこで一番問題となるのが処理代である。

売電価格が低下の一途であるがら、処理代を考えたら、今はいいかもしれない。

が、最終的なトータルで考えれば、経済的利益はほとんどないに等しいのではないかと思うが…いかがであろうか。

当たり前であるが、処理費用を売電価格から積み立てさせる動きがある。

実際問題として、各発電メーカが売電する先が天引きで国庫一定額納付して、処理するときは、そこから拠出するといった方式でも採用しない限り個人での処分などは、ほとんど事実上不可能である。

多くの場合に危惧されていることは、施設が放棄される。

放棄されて破損すると、溶けた部材が、大規模な環境汚染、住空間の汚染を引き起こす可能性が高い。

すると、結局、市町村が撤去、処理する。

その処理代に投入されるのは、税金という事になる。

岐阜県の山間部に行くと、空き地という空き地、耕作放棄地には、大量の太陽光パネルが並んでいる。

ちなみに人はほとんど住んでいない地域であり、且、民主党政権時代の悪法である売電価格のつり上げは、売電設備の設置に関して何の法律的規制もない。

ひどい話であるが、届け出の義務さえない。

どれだけ大きな太陽発電所を作ろうとも、届け出がいらないなんておかしいだろうと思うかもしれないが、野盗(野党)が政権を握れば、自分たちのやることに対する反対は認めない風潮があったので、自民党政権に政府が法律を作る時のような、重箱の隅をつついたような、タダの嫌がらせのような条文は一切作らなかった。

大体、売電価格は、某第三国関係の者と民主党政権の幹部が結託して、国の名前を使って、ある会社の金が流れるシステムを作ろうとしただけである。

それ以降、造成途中で放置されたゴルフ場とか、がけ地、ありとあらゆる空き地には、太陽光パネルが並ぶことになった。

そうして、多くのインチキ会社が、この電力会社から、利益を収奪するシステムの尻馬に乗り、太陽光設備を作りバンバン売り、ありとあらゆる租税公課を払わずに逃げた。

実際、太陽光発電は儲からないと思う。

 売電価格から、設備の処分代を差し引けば、手に、現在ただいまは金が残る。

将来的には、それを受け継ぐ人間の金銭的な負担が大きになるだけではないかと思う。

最近、所有者不明の売電設備が多いので、市町村が困って、条例(県市町村が造りザル法)で建設時に届出書の提出を義務する市町村もある。

将来的に「太陽光発電設備の廃棄を、ここの所有者がちゃんと行えばいいのだかが、多分ほとんどきちんとやらない可能性があり、放置されたら、どうするんだ?」という事にもなる。

こうして考えると、産業廃棄物化した時の太陽光パネルはどうするのか?真剣に考えれば怖い話である。

産業廃棄物の輸出(この表現も変な話である)が禁止になりつつある今、これからどうするのか聞いてみたい気もする。

 悪いツケを残すことは良くないと思う。

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コロナで思う、世界の工場なんてねぇ・・・(その1、長いので、2部で‥笑い)

コロナ、といえば、某社の自動車名で「コロナ]があった。

結構好きなラインアップだったと思う。

初期のRT20などは今でも欲しいぐらいである(w)、180万円で売ってるところがるが・・・色がねぇ・・・である。

とはいえ、昨今世を騒がしている「コロナ」は、「コロナウイルス」の通称名である。

このコロナウイルス、判らないことだらけで、サーズの頃は、サーズウイルスを伝播する人民が海外行く可能性が低かったから世界流行とまでは、ならなかった(その頃から、中国べったりだった韓国では、大流行した。だから今回の検査が早いと言っているが、実際の検査方法、検査手順が、公表されているかどうかわからないので、何とも言えない。
ただ単に、検査数だけを比較して数が少ないと言って文句を言っているのは、モノの見方を知らない、タダの馬鹿である)。

 


閑話休題

今回は、世界の工場?(公害の工場でしかないんだけどね・・)といわれるほど、最下層のパーツ製造を担う規模は大きい(賃金が安い点から、移転が進んだが、EU(ドイツ第四帝國)も、サプライヤーチェーンが途切れて困ると言っているが、ドイツは、第二次世界大戦前から、ドイツのべったりであった。

当時、というか、日華事変(日中戦争ではない、事変である。
宣戦布告のない戦いは、戦争ではない、事変である。日中戦争という言語タームを使いだしたのは、日中の国交樹立からで、この当時、中華人民共和国からの要請で、マスコミは、歴史の改ざんを平気で行っていたという事である。
考えてみれば、当時、日本が戦っていた相手は「中華民国(R.O.C)」であり、中華人民共和国(P.O.C)ではない。)

当時、ドイツは、中華民国に、武器を輸出する、機械を輸出する、兵装を売却する、武器のライセンス生産をさせていた。

ライセンスに関しては、政府保証を付けるか、つけないでもめている。

これは主に、ドイツ国防軍の悪い思惑である。

第一次大戦でチンタオの局地戦で、東洋の黄色いサルに負けたことを逆恨みしての、日本に対する嫌がらせの一環だった。

そうして、世の中の学者の大嫌いなナチスは、この国防軍と兵器産業の結託した外貨稼ぎに否定的だった。
それは同盟国に対する悪意という事である、この反応は正しいという事がわかる。

ドイツ国防軍は、と云うかプロイセン時代から、三国干渉の音頭を取ったりして反日的であった。アドルフの書いた「我が闘争」を読めば良く判ることであるが、東洋人をバカにしている記述がある。

時々、アドルフは神秘主義者だったので、東洋の神秘の国だから尊敬していたという事を書いている奴がいるが、神秘主義者だったのは、「アドルフヒットラー」ではなくて、親衛隊の長官であった「ヒムラ―」なので、ファシスト的な傾向の人の良く陥る「十把ひとからげ」の思想に毒されていると思う。

話がズレた

中国の事を、「世界の工場」と云うらしい。

実際、世界中の下請け、まあ、安い、政府の役人に賄賂さえ渡せば何でもできる国で、自国できない化学薬品等を使った製品をバンバン作れる、世界の環境破壊、最悪工場を集めただけである。

中国の環境破壊、PM2.5を批判する前に、自国の環境保護のために各種の化学薬品、薬材を使った製品を作る設備を、中国に作った、と云うか作らせたのは誰かという事を考えればよい。

日本でも産業廃棄物の最終処分場が全国からなくなりつつあり。

残土がちょいちょい問題になっているが、残土の移転先がなくなりつつあるからそうゆう問題が起こる。残土の規制は、10年以上前からあった。
土壌改良で土を入れ替えるという経路があれば、山を切り崩した時に出る時になんとかなった。

しかし現在では、建設残土等は、新しい埋め立て地もないので行き場がない。

また一般的な産業廃棄物といわれるごみは捨てる場所がほぼ全国津々浦々なくなりつつある。

愛知岐阜から出た産業廃棄物は、近隣県では処分できない。

分別後、最終処分されるのは現在では、中国地方の県へ運ばれて処分されている。

これは全国的な傾向で、産業廃棄物の運搬、一時保存場所の許可はでるが、最終処分場の許可なんて、30年前からでない(愛知縣)。

悪く言えば、県内の産業廃棄物は、県内で処理すべきであるが、現実的には、よその県へ投げ捨てているだけという事になる。

山あいのほぼ無人の地域に処分場を造ろうとすると、「市民」という名称の一部の共産ファシスト系の住民は反対をする。

反対を受ける方は、これまたたちが悪い人間を平気で使うので、直接的な暴力を使うので、結局、計画は頓挫する。

頓挫して困るのは最終的には地方自治体なのだが、民間企業の暴走という事で片をつけて終わろうとする。

これは、人口が減る、産業がない、近隣の若者が働きに出かけるところがない、地方公共団体の一番悪い処理である問題を先送りしているだけである。

 


(明日に続く、笑)

 

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高校野球など止めなさい、と云いたい

高校野球に関する報道を見ていて、特権階級的だと感じるのは変だろうか。

報道は、観客無しで試合をやるか、試合自体を中止するか逡巡しているというはなしである。

報道関係の友人が、このことを書いているのを読んで、そう思う人が他にも居たんだという事が驚きだった(笑)

戦前の中等学校の選抜は、まだ教育的な面があったかもしれないが、戦前でも、商業野球、学校の宣伝につながった時点で、そのような教育的な面は、無散無消したと思うのだが・・・。

商業的な、と云うか興行的な、野球が、観客無しで営業するは、1年を通したペナントレース(でいいのか?)のトータルの数字で規則から仕方いと思う。

職業野球は、年間通し、興行で、あり営業でもある。

その点から見ると、現在の春の高校野球は、無観衆で試合をやるという事は、商業ベースの面しか見えてこない。

甲子園の土だの、教育的な面だのという事を云うのは既に、既得権を守らんとする、高校野球連盟の腐った感覚しか見えてこない。

甲子園の土を踏む、いい成績を残すイコール就職である(そうでない人もいるが)

この様な非常時に、商業的には、毎日新聞社の売り上げしか関与してこないような大会を運営する意味があるのかという事である。

教育的な面をという奴がいたら、そいつは、高校生と、興行野球をつなぐ利権屋である。

全世界的な疫病の蔓延を防ぐ手立てとして、国を挙げての防疫体制の確保をしなければいけないと言っている。

高校野球が中止になることは致し方ないだろうと思うが?

長年積み重ねてきた努力が、必ず報われるなんてことはないという事を学ばせる良い機会と捉えるのであれば、教育的な面があるという話ならOKである。

しかし、一生懸命やってきたんだから、報われないのはかわいそうと云うのであれば、それはたんなる感傷論でしかないと思う。

彼らの言う、教育的と云うの、自分たちの都合の良い場合にのみ使う、幻想のかなたにある「教育」であろう。

大体、高校野球連盟・・・て、なんで夏と春の2回も試合をしなければならないのか。

単なる朝日と毎日の場外乱闘だろうと思うのは変だろうか。

昔から思っていたのは、インターハイという高校生の学校生活の集大成のような大会があるのだか、それにあわせて1年に1回としたら生徒たちの負担は少なくなるのではないかと思うのだが。

基本的に、年2回のトーナメント?は、生徒には負担が大きいと思うだが・・・

わたくしとしては、根性論が大嫌いである。

高校野球イコール根性論がまかり通る世界は基本的には嫌いである。

だから、基本的に高校野球は、好きになれない。


 

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さてさて、最後はどう思うのか?

仕事に対する熱意はないが、仕事を頑張らないかと云えばそうではない。
与えられたというか、与えられる仕事はないだが・・自分で決めて、自分で判断して、上司にはこれとこれをやりますと伝えると自動的にやらなければならない事案と云うか仕事にある。仕事をやらない人は、とことんやらない。
やらないことを是(ぜ)とする人が、意外とおおい。
でも、金をもらっているという点から、やるべきことはやろうと思う、というか、やるべきだと思う。
今日、残業をしていた時に、審議会の資料を作るにあと6日しかないと思い込んでいた。
審査を受ける必要があるので最終審日は、4週目である。
結構気分的に追い込まれていたので、来週は毎日残業かなぁという嫌な気分だった。
が、まぁカレンダーを見直したらと云うかよく見たら、今週はまだ一週目ではないかと云事に気が付いた。2週間と云うか、10日で4件仕上げればいいので、ちょっと気分が楽になった。
まぁ、仕事しない人は、自分が仕事をしないと云う事についてテンで恥じない。
時間さえ過ぎればいいという感じがする。
実際、仕事(JOB)と生活(LIFE)は切り離して考えている。
仕事は、通勤から帰宅まで。
生活は帰宅から出勤までと考えている。
前から書いているのだが、時間を切り売りしている感じしかない。
この先の人生は短いと感じている。
長いかもしれないが、90まで生きたいとはあまり思っていない。
だって、友達なんか一人も生きていない気がする。
同年代さえ、もうすでに何人も死んでいる。
模型の友達、自動車の友達、塾で知り合った友達・・・大学時代の友達・・
大学時代の友人は、一番疎遠なぁと思う。
大学出て、1・2年はあったりもし、結婚式とかにも呼んだり呼ばれたりもした。
でも、現在は、年賀状だけのお付き合いである。
来なくなったら、死んだかなと思うだけである。
先日、大変お世話なった方がお亡くなりになったこと人づてに聞いたが、実際に確認したわけではないので、今年の年末に年賀状を出してみようかと思う。
変な話をすると、時々、携帯の電話番号をスクロールすると、死んでしまった友人の番号が何個かそのまま残してあるのを見る。
ついつい、電話を架けたくなることがある。
「架けたらつながるかしら?」と思う。
時々、架けてみたい衝動に駆られる。
でも、つながらないことは判っている。
でも架けたいと気がある。
気分が、煮詰まったときなんかに感じることである。
何となく、友人と話をしていると、楽しいことが多い
車の友達立ちだろうが、模型の友達だろうがあまり変わりなくである。
何となく、友人に救いを求めていることがある。
また求められることもある。
求めて救われた時には、恩返しをしたいと思う事がある。
恩返しができないうちに、いなくなった人もいる。
ある時に、電話がかかってきたが、多忙で、折り返すことを忘れていて、2日後にかけたことがある。その友人は、何か重大な判断をするときに、意見を聞きたいと言いながら電話をかけてくることが多かった。
そこで、イケナイ、イケナイと思いながら、友人の家に電話をしたら、非常に暗いトーンで、「はい」と云われたことがある。
聞き覚えのない声であったし、そこの家にはその本人しかいないはずであった。
あとからわかったことであるが、電話に出たのは、警察官で、その家の主、と云うか友人は、すでにこの世の人ではなかった。
その時は、
「●〇さんのお宅でしょうか?」
「そうです」
「●〇さんの友人ですが、在宅でしょうか?」と尋ねると、
「現在取り込み中であり、〇●さんと、話はできない状態です」と云われた。
そこで、伝言を頼めますかと云うと、「ダメだ」という。
「ナゴヤの●×から電話があったと伝えて欲しい、昨日電はできなく申し訳なかった、と云ってほしい」というと、電話の向こうら、「けんし?」「つうほう、弁護士○○」ととぎれとぎれに聞こえた。
「けんし?」心臓は、早鐘の様に鳴る。
「弁護士○○?」
「あの・・」というと、遮るように
「すいません、連絡先とお名前を」と事務的な声が受話器から聞こえた。
連絡先を伝えてから
「すいません、そこに弁護士の〇〇×三郎さんが言いますか?」と聞いた。
すると、電話口を押さえるような音がして、
「べん・・〇・・さん、電話、でて・・」
すると「もしもし」と聞こえたのは、聞きなれた慇懃無礼な声だった。
「△〇?」
「うん、どうした?誰か死んだのか?」
「〇●が、いしだ」
「いし?」
「縊死、首をくくったんだ」
「なんで?」
「世をはかなんだろう・・・」
「なんで?」
「俺に、わかるわけないだろう」
「まぁそうだ」
「警官が呼んでいるので切るぞ。」
「あとで詳しい事教えて」
「判った」
結局、翌日、御本人からお手紙が来た。
「最後に話したかった」と書いてあった。
そうして、ものすごく後悔したのである。
サッサと電話をしていれば、奴は死ななかったのではないかと?
いつもなら、すぐに折り返しの電話をしていたのに、この時は、なぜか後まわしにした。
もともと、嫌なことは、先に済ませておきたいという性分である。
だからこそ、何でも先に済ませようとするのだが、嫌なことをズルズルと引き延ばしても、落ち着かない気分が続いて不愉快だと思うのだが。
後悔するぐらいなら…後悔しないように好き勝手に生きてきたのであるが、最近、とみに、こんな人生でよかったのかと思う事もある。
その反面、楽しい人生だと思う事もある。
さて、最終的にどちらに転ぶのか?
そう考えう事が多い。

 

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これからどうなるんだろう?(個人的な回想)

そんなことを、考えると不安になる。
仕事は、金をもらっている以上、仕方なくと云うか、当然の用意に、こなしている。
詰まんないというレベルではない。
はっきり言えば飽きている。
飽きているレベルで、語るような話ではないが、飽きている。
はっきりと云えばつまらない。
血沸き肉踊ることはまずない。
激高しやすい性格とおもっている人がいるようであるが、その実、加虐的であるから、執念深い。
激高したふりをするのは好きなので、そう見せているが、実際は、馬鹿に対する怒りが渦巻いている場合が多い。
整合性のない対応、反応、行動、判断・・・なんだかなぁと思う。
結局、飽きている風体がある。
飽きているというのは表現がよろしくない。
某民間企業時代も、夢と希望に満ちて入社したが、現実は、歴史の浅い企業いありがちな、無理を通せば道理が引っ込むことが往々にしてあった。
嫌気がさした。
半年で嫌気がさして、転職を考えたが、簡単にはできないことが分かっていたので、入社して7か月ぐらいで、人事に文句を言った。
すると、本社へ来るかといわれたが、東京に住みたいとは思っていなかったので、断った。
そこで、別の事を考えていると丁度いい話があったので、急遽外国へ行けた。
1年ほど外国暮らしだったが、この時は、血沸き肉躍るというか、一番生き生きしていたのではないかと思う。
帰国後、支社勤務で、親の七光りグループが鬱とおしくてたまらなかった。
仲の良くなった女の子もいたが、どうせ辞める積もりという気があったので、結局、お付き合いすることもなく終わった。
ここの会社が、ひどい会社で、退職して転職すると、元上司が、転職先に、「今度オタクが採用した、○○はこんなやつです。注意してください」という電話平気でするよう職場であった。
転職するときは、転職先がばれると、どんな嫌がらせを受けるかどうかわからないので、書類一式をすべてもらい、全部自分で手続きをした。
まぁ転職して思ったことは、お役所は楽であるという感慨である。
黙っていれば、偉くなったであろうと思うが、あいにくとそんな性格ではない。
別の系統の上司に、こっちに来ないかと何度も誘われたが、子供が小さかったり、親の調子がわるかったりして、その方向へ行くことを躊躇した。
そんな自分を、今の自分が見れば、もう少し別の人生があったかもしれないなと思う。
とはいえ、基本的にドライな性格のくせに、妙に執念深いところもあるので、人付き合いは下手である。
と云うか、腹の探り合いをしながら仕事をすることに良い感覚を持っていないだけである。
仕事と私的生活は分けたい。
仕事は仕事、論議は論議、別段、あんなに恨みはないが、あんまりバカなことを主張するのは止めて欲しいと思うだけである。
論議が済めば、何の感情もない。
ところが研修等の、議論で、徹底的に論破すると、相手は、自分事を嫌っているから、こんな態度で接して来たんだと思うらしい。
そのウェットな感覚が理解できない。
一度も仕事を一緒にしたこともないような者の事なんて、一ミリも知らないし、悪いけれど、興味もない。
悪く言えば、単なる路傍の石に興味はない。
仕事も、私生活も、お仲間意識でどっぷりというのは信じられない。
休みの日まで、釣り行ったり、ゴルフに興じたり、夜は1週間のうち、3日は飲みに行こうという態度が信じられない。
自分の時間を収奪されているような感覚を受けるが、一般的な同僚は、外部に友人を求めないので、役所、役所の人間関係、イコール、休日の過ごし方も拘束されてうれしいという感覚があるらしい。
退職した元上司が、私の性向をアメリカ人みたいにドライだという。
アメリカが大すきだろうとも云う
感情の発露がない。とも言われた。
誉め言葉けなされているのかといえば、けなされているのだと思う。
この人は、病気持ちだったので仕事は基本的にはしない。
と云うか、無理が利かない人だから、基本は、セーブモードであった。
そんな人と仕事をしている、自分が仕事をしなければならないモードが高くなったが、まだ夢も希望もあったと思う時期だったので、よく働いたと思う。
でも、実際は、この時には既に、使いにくい奴をといわれていたようなので、この時にはもうすでに人生が終わっていた可能背が高かったと思う。
まぁ、この時の勤務評定が、後に大変世話になった人から、ものすごく悪かったと聞いてショックだった覚えがある。
まぁ、定年1年前の上司のやる気のなさは、最高であるが。
そのやる気のなさに負けないように努力しなければと思う。
大丈夫か?自分と云いたい。・・・

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車内にて

ある交通機関の車内で
マスクしてない爺さんA
「げほゲホゲホげほ・・」
マスクしてない爺さんのB
「このご時世に、咳の出る奴ぁ、家で、養生でもしとるか、マスクしとれ、まつたくクソタワケだわ(名古屋弁:大高の百姓言葉)」
マスクしてない爺さんA
「マスク売っとらんで、買えんで、マスクもできいせんがや(名古屋弁:大高の百姓言葉)」
マスクしていない爺さんB
「とろくさい事、いっとてかんわ、そんなもん、どこにでも売っとるがや(上記の同じ)」
A爺さん
「おみゃー、くすりや行ってみ、なーんも売っとらせんで」
B爺さん
「マスクなんか買わんでも、自分で作ったらええやろ」
A爺さん
「自分でなんかよう作らんわ、ゲホゲホ」
B爺さん
「とにかくよ、マスクないなら、家帰って寝とれ」
A爺さん
「とろくさいこと、ほざくな、大きなお世話だわ、ゲホゲホ」
B爺さん
「まったく、マスクもせんで・・・ぶつぶつ」
A爺さん
こっちを見てる気配がしたので、無視モード
「にいちゃん」

「??????」
A爺さん
「そこの本読んどるにいちゃん・・・なぁ、あんたそのマスクそこでかったん」

「近所の薬局ですけど・・・・・」
A爺さん
「おみゃーさんの家の近く薬屋は、まだあるんか?
 なんツウ店だ」
わたし
「さー、多分ないと思います。」
A爺さん
「おみゃーさんかったんだろう」

「買ったのは半年前なんで・・・」
A爺さん
「半年も前から買い占めたんか?」
私、「はぁ?、意味わかんねぇ事を、勝手にほざいてるんじゃねぇ。
いつ買おうがこちとらの勝っ手てもんじゃねぇか?
言うに事欠いて、買い占めだぁ?
ふざけたことを、ほざいてんじゃねぇ。
人ぎきの悪い。
100歩譲って最近買ったとしても報謝をするほど悪くもねぇ人生っだぁ。
それとも何かぁ、テメぇみたいなやつを何の気もなく救うのが、正しいとでもいうのか、
ヤイこのジジイ、正直に白状しなせえ。」
A爺さん、こちらを向いていた顔を急に前に向けると、黙った。
そうして、下向いてげほげほ・・・
こちら席の横の窓全開で対応中なので寒い。

爺さん帰れよなぁ・・と思った。

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エアロゾル感染の可能性を指摘しながら、強調しないのは、パニックを恐れているからだろうか?

若者が、菌をばらまいているから気を付けろという話が赤新聞に書いてあった。
いま、学校の半強制的な休校やら、施設の休業なのは、その手の若者を介した完成を防ぐための時間稼ぎである、そう考えれば、いろいろな施設を閉鎖して、無自覚な感染拡大を防ぐ手立てという事になると思うが・・・反対する奴の気が知れない。
と云うか知識も、知恵も、想像力もないという事になる。
若者の感染者が感染拡大に寄与しているという意見は至極ごもっともであるが、だが実際に、我々が感じるのは、60代以上の爺さん婆さんの無責任な行動の方が危険ではないかと思うのは気のせいだろうか。
愛知県の発病者のほぼすべては、一人に婆さんの無軌道な行動が原因である。
てめえの旦那が調子悪いと言っているに、スポーツジムへ行く・・・そうして菌をばらまいた。
入院した日さえもジムへ行く…仕事なら仕方がないが・・・でもどうなんだと思う。
あっていた男性と云うのもどんな関係なのか興味がわくが・・・
静岡で発症したダイヤモンドプリンセスの乗客だった60過ぎの爺さんは、下船後、スポーツジムへ行き、汗を流して、風呂にはいっていたと言いうではないか。
しかも2回も…その時間帯に居たのは140人というが、、その時間帯以降の来場者は・・・ど~なっているか知りたいと思う。
下船後は、家で安静にしておいてねという話だったはずである。
これは、当然の様に、よくわからない病原体だから、陰性だろうが陽性だろうが、家に帰って安静にしていろという話だったはずである。
だがこのジジイ、帰宅後、ホイホイ糸の出入りの多いところを訪れている。
防疫の観念はゼロだろう。
ゴキブリ以下のマスコミは、すしを食べに行きたいとホザイタ感想を垂れ流していたが、本当にすし屋に行って発病していたら目も当てられないだろう。
静岡のスポーツジムは当然の様に消毒、休業、スポーツジムに来ていた人は既に恐怖の的だろう。狭いライブハウスのコンサートに行って菌ばらまいたのか、もらったのか判らない人がいるが、これが若い人、だから若い人が危ないというのは短絡的ではないか?
北海道の発症は、狭い空間に居たから、つまり、エアロゾルの可能があったわけであるし、元々の感染源も良く判っていない。
若者移動を制限するだけで事足りるのか?
コンサート参加の姉ちゃん(おばさんか?)の移動は高速バス・・・一緒に行った人が感染したんだから、同乗した人は、感染している可能性が高いとみられる。
エアロゾルの可能性を否定していたが、完全に否定されておらず、どちらか言えば、狭い空間の中でのエアロゾル感染が認められるような状況になりつつあって・・・マスクだけでの防御は難しいのではないかと気を揉んでいるのでいる。
わたくし電車通勤なので、実は、電車の車内環境が恐怖の的となりつつある。
もう、対BC兵器用(生物化学兵器用)のマスクをつけて電車に乗っている。
笑うなよと云いたいぐらいである。
WHOは、マスク不足からマスクでは感染が防げないから、マスクをするなと云っているが‥既に、オオカミ少年のような発言が多く、中国に忖度をする、中国に汚染されたWHO幹部の云う事にどれだけ真実性があるのか?
そう思えば、自己防衛しかないかな?と思ってしまう。
行きつくところはフルフェイス型の対BC兵器用のガスマスクでもかぶって電車に乗るかという気分になっている。
だって電車内のハゲデブおじさんは、スマホゲームに興じながら、マスクをしない。咳をする・・・。
ガスマスク、もうかぶっていいですか?というレベルである。
前に書いた爺の様に、自分の行動が制限される、イコール、気に入らない。
納得できないという、その理由は、高度経済成長期に一番いい思いをし、バブルの時もうまい汁を吸った連中であろうことは想像に難くない。
此奴らの特徴は、法律なんかあってなきがごとしなんだろうと思う。
この爺の友人連中の言い草が笑う、アメリカら高い武器を買うのがよくないという論調で話をしていたが、論調が最初から反政府的。
友人と話をしておいたら、このウイルスでバカな爺さん連中が居なくなると世の中よくなるかもしれないと、宣われたが、ある意味正しいとおもう。
今回の病原体の正体がいまだに良く判らないのは、今までにない病気と云い事は理解できる。重篤化する可能性も高い人が多い。子供が感染した場合の方向性もわからない。
菌の毒性が向上しているという話もある。
武漢ウイル市自体が、既になんだか良く判らないし、治療薬(特効薬もない)状態で、感染を怖いと思えば、外には、出歩くなという風潮にお従い、家でじっとしていようと思うのと、「いやいや、俺は自由人なんだから、要請なんて関係ねぇ、要請に、法的根拠ないだろう。」と叫んで、「俺は自由に歩き回るぞ!」と云うのが、菌をばらまいたり、菌をもらったりして、いざ自分が罹った場合は、きちんと規制しなかった政府が悪いと言い出す可能性は高いのだろうと思う。
この手の人間を、くずだと思う
正しく、防疫に務めるためにはどうしたらいいのかを考えるべき時である。
そのためには、公的機関の発表を随時検索して、状況を正しく知るべきだと思う。
つまみ食い的な記事は、自分の都合の良い様にしかかなない。
また、政権を批判する道具に使うだけの野党は、国賊と云いうレベルではないかと思うが、いかがか?

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注意喚起です、医療崩壊を起こさないためにもぜひ、皆さんに理解していただきたい。


こちらのブログの方が沢山の人が読んでお見えになるので‥注意喚起という事で・・・

日本戦後は、今までインフルエンザ以外に大規模な感染症の発症がありませんでした。

豚インフルエンザに象徴される様に、海外からの病気の豚肉の加工肉の流入でおこったと思われる病気が発生しても対処することが難しいという事がありました。

現在も、拡大基調をとどまるところがありません。

病院に行く行かないということを、よく考えて欲しいです。

ある病院の院長さんおブログです

いいことが書いてありますので是非読んでください。

医療崩壊を招くようなバカが、きっと沢山いるので。注意喚起したい気分です。

現在エアロゾル感染が現実的な課題として浮かび上がっています。

既にインフルエンザの検査さえ、インフルではなくて武漢ウイルスの可能性がり、その検査さえ普通にはできないという事実があります。

どこかのジジイの様に恥も外聞もなく、インフルエンザと武漢ウイルスの違いが判らん、行動が制限されるのが、理解できないとう馬鹿につける薬はないという事を痛感している、昨今であるから是非読んで欲しい。

http://www.someya-clinic.jp/blog/sometaka/2020/03/post_279.html?fbclid=IwAR0fTakNEPS0wbfi3Yp2yAvurZAemzw-7-ER9VDV7UZleBzIBuO8BvRqVWU

 

正しく、恐怖感を、待って対処しましょう。

明日は我が身です。

(武漢ウイルス)と書いたのは私です、原文にはありません。

 

新型コロナウイルス感染症に対する感染管理

改訂 2020 2 21

国立感染症研究所

国立国際医療研究センター

国際感染症センター

この文書は、新型コロナウイルス感染症

C OVID 19(武漢ウイルス) が疑われる場合の感染予防策について、

医療関係者及び保健所が参照することを想定し作成した。

今後、疫学的所見や病原体に関する

新たな知見の蓄積に伴い、この内容は適宜更新される。

なお、COVID 19 の疑いに関わらず、 原則として以下は常に行うべき である。

・外来患者の待合室 では、発熱や呼吸器症状を訴える患者とその他の患者、または発熱や呼吸器症状を訴える患者どうしが、 一定の距離を保てるように配慮 する。 呼吸器症状を呈する患者にはサージカルマスクを着用 させる。

・医療従事者 は、 標準予防策を遵守 する。 つまり 、 呼吸器 症状のある 患者の診察時にはサージカルマスクを 着用し、手指衛生を遵守する。 サージカルマスクや手袋などを外す際には、それらにより環境を汚染しないよう留意 しながら外し 、所定の場所に 破棄する。さらに手指衛生を遵守 し、手指衛生の前に目や顔を触らないように注意 する

・医 療従事者は、健康管理に注意し、発熱や呼吸器症状を呈した場合には診療行為を行わずに休職するようにする。

1医療機関 における C OVID 19 の疑いがある人や C OVID 19 患者 の 診療時の感染予防策

COVID 19 患者( 確定例 、 疑似症患者、 濃厚接触者の うち何らかの症状を有する 者 を診 察する場合、

Ⅰ標準予防策に加え、 接触、飛沫予防策 を行う

Ⅱ診察室および入院病床は個室が望ましい

Ⅲ診察室および入院病床は十分換気する

Ⅳ患者の 気道吸引、気管内挿管 、検体採取 などエアロゾル発生手技を実施する際には N95 マスク (または DS2 など、それに準ずるマスク 、眼の防護具 (ゴーグルまたはフェイスシールド)、長袖ガウン、手袋を装着 する

Ⅴ患者の移動は医学的に必要な目的に限定 するなお、職員(受付、案内係、警備員など) も標準予防策を遵守 する 。

N95 マスク の使用に際しては 事前の フィットテスト と着用時のシールチェック を行い 、 マスク、ゴーグルまたはフェイスシールド、長袖ガウン、手袋 などの PPE を脱ぐ際の手順に習熟し、汚染された PPE により環境を汚染しないように注意する。手指衛生を実施しないまま、自身の眼や顔面を触れないようにする。

2自宅等 での 感染予防策

・濃厚接触者については、濃厚接触者については、保健所が保健所が咳エチケットと手指衛生を徹底するように指導し咳エチケットと手指衛生を徹底するように指導し、常に健、常に健康状態に注意を払うように伝える。康状態に注意を払うように伝える。濃厚濃厚接触者接触者とと同居している者同居している者にはにはサージカルマスクの着用おサージカルマスクの着用およびよび手指衛生を遵守する手指衛生を遵守するように伝えるように伝える。

 

・濃厚接触者が着用しているマスクについて、一度着用したものは、食卓などに放置せず廃棄濃厚接触者が着用しているマスクについて、一度着用したものは、食卓などに放置せず廃棄するようにする。また、するようにする。また、マスクを触った後は、必ず手指衛生をするマスクを触った後は、必ず手指衛生をすることを指導する。ことを指導する。

・濃厚接触者が濃厚接触者が発熱または呼吸器症状を呈発熱または呼吸器症状を呈し、し、医療機関を受診する際には、保健所に連絡の上、医療機関を受診する際には、保健所に連絡の上、受診する。受診する。

・廃棄物処理廃棄物処理、リネン、リネン類、衣類等の洗濯は通常通りで良い。類、衣類等の洗濯は通常通りで良い。

*積極的疫学調査

*積極的疫学調査時の感染予防策時の感染予防策については、「新型コロナウイルスに対する積極的疫学調査実施については、「新型コロナウイルスに対する積極的疫学調査実施要領」を参考にする要領」を参考にする

3 環境整備環境整備

・環境中における環境中における新型コロナウイルス(新型コロナウイルス(SARSSARS--CoVCoV--22))の残存期間は現時点では不明の残存期間は現時点では不明である。である。他他のコロナウイルスに関してのコロナウイルスに関してはは、20度程度の室温におけるプラスチック上で、、20度程度の室温におけるプラスチック上で、SARSSARS--CoVCoVではでは66~~99日、日、MERSMERS--CoVCoVではでは4848時間以上とする研究があ時間以上とする研究があるる。。

・インフルエンザウイルスインフルエンザウイルスAA((H1N1H1N1))ppdm09dm09の残存期間の残存期間は数時間程度であり、は数時間程度であり、SARSSARS--CoVCoV、、MERSMERS--CoVCoVはインフルエンザウイルスに比較して残存期間が長い。はインフルエンザウイルスに比較して残存期間が長い。SARSSARS--CoVCoV--22についてもインについてもインフルエンザウイルスに比較してフルエンザウイルスに比較して環境中に長く残存する環境中に長く残存する可能性があり可能性があり、、医療機関や高齢者施設、不医療機関や高齢者施設、不特定多数が利用する施設内特定多数が利用する施設内、濃厚接触者の自宅、濃厚接触者の自宅におにおいては、いては、アルコール清拭によるアルコール清拭による高頻度接触面高頻度接触面や物品等のや物品等の消毒の励行が望ましい消毒の励行が望ましい。。

参考

参考

日本環境感染学会:医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド

日本環境感染学会:医療機関における新型コロナウイルス感染症への対応ガイド 第1版第1版

http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=332

http://www.kankyokansen.org/modules/news/index.php?content_id=332

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一致団結できない人たちに言いたいことがある。

日本経済新聞の朝刊コラム(一面の一番した)に、議会を通さないで強権的な政治を行う事を「中国化」というと書いているのを読んで、このコラムを書いている奴は、共産主義ファシストのシンパだという事がよくわかる。
日本の、国会の機能不全は、首相が悪いわけでない。
自民党が悪いわけでもない。
意味のない、根拠のない嘘の記事で政府を攻撃しかしない野党の無能性から来ている。
帰化した元外国人だから、元活動家だから、一般国民の苦難に興味はないようである。
大災害が起こっても、災害に関する質問はない。
大災害が起こり、今回の防疫に関しても、初期のころに質問はない。
なぜ質問しないのか?これは政府を責めることができないからである。
悪く言えば、やくざがいちゃもんをつけるために何か失敗はないかと虎視眈々という事以外理由はないだろう。
また、彼らの多くは、自身の発想がファシストであるから、何でもかんでも政府の責任というスタンスで話と云うか質問をする。
質問を行う前に、防疫に関連する法律を読まない…と云うか、読む気もなければ、知ろうともしていない可能性があると思うのだがどうだろうか?。
質問を聞いていると、何でもかんでも、政府に権限があると思い込んでいる節がある。
今回の事では、防疫に関して、国は、基本的の権限がない
地方自治体の責任で対処すべきことである。
戦前の愛知縣公報(大正元年から昭和30年までの目録)を複写したが、毎年の様に、「狂犬病の発生」「疑似狂犬病の発生」の記事が躍る。
通年で見ても、三河で、よく発症していた。
この対策は、縣庁の対応であった。
また、ダイヤモンド號に関しても、船籍が大英帝国である、そうなると、職務権限は、大英帝国が所管している。日本はない。
船の最高責任者の船長は、対応していない。
と云うか、対処する方法がなかったのではないかと思う。
この武漢ウイルス自体の正体が全く分からす、感染経路と云うか、感染方法が全く分かっていない状況では、対処出来ないであろことは明白である。
また、病原体のDNAデーターが中国政府(でいいのか?)から提供されていてもそれが正しものかどうかは判らない。
現在は、国内でも採取出来てクリーニングしているようであるから、病原体の内容はわかりつつあるようである。
この様に何もわからない状態で、ファシスト国家でない限り、人権を制限するようなことは不可能である。
同共産党ファシスト国では、閉鎖隔離しているが、治療して居るのか、死ぬのを待っているかわからない。
病気の特徴も、病状が進行した場合の体がどうなるか発揮とわからない状態で、人権を制限しますなんて命令は、このご時世に誰にもできない。
船長ができなかったことを、日本が代わりに行っただけであるが、これはあくまでも要請である。
権限がない点から、積極的な制限ではなくて、対処療法を取りしかないであろう。
接岸した時点で、本体のコロナウイルスの正体もわかっていない、治療法もわからない。病状もわからない。感染経路もわからない。検査方法さえ確立されていない。
これでどうしろと?云うのであろうか。
ないもわからなかったのは、中国が情報を出さなないからだ。
出さないのか、ウイルスのDNAをクリーニングされると、キメラとわかって困るからかどうかは判らないからである。
その状態で、対処療法しかできないのを知っていながら、馬鹿が、区別していないから蔓延したと言って批判していた。
発病した者が居た、その者が参加した船内のイベント、食事、移動した場所を船長は把握していたのか?
把握後の対応策を取ったのか?
船内の洗浄を行ったのか?
排泄物等の処理をどうしたのか?
接触者がどの程度いて、どの程度の範囲を移動していたのか?
移動した結果、誰と誰が感染したのか・・・
そこまでの時系列を勘案して分離していないから、感染が広がったという事を無視して考えるから区別していないと批判するのだろう。
2週間と云う期限は、中国の出したデーターに基づくものであるが、実際には、27日後の発病も確認されているようであるからして、2週間(14日)の隔離が正しかったかといえば、結果論から云えば正しくなかった問う事である。
現に、下船後の発病者が多数出ていることから、2週間と云うのは、目安でしかないという事である。
下船した者が、感染してないと思って、スポーツジムに行っていたことが分かっている。
おかげで静岡県初の感染者発生である。
これもひどい話で、以前書いた爺の発想である。
自分の行動が制限されるのは、許しがたいという発想である。
この者が通っていた、スポーツジム、立ち寄った場所の除染、家族は、発病するまでは自宅にこもってほしいと思う。
名古屋市熱田区の患者は、旦那の調子がわりにもかかわらず、同市の南区のイ〇ンタ〇ン千〇の〇〇―ツ〇ムに通っていた客の女性(インストラクターという噂もある。)が、発症元で、この者が4か所のスポーツジムを移動した結果、30人近い者の感染者を出したことが分かっている。
鼠算よりも、非道広がりである。
ハワイで感染したと云われるが実際は、ハワイなのか、行き帰りの飛行機の中で感染したのかよくわからない。
ハワイでは発症者がいないという事自体が謎であるが、インフルエンザと間違えられている可能性は否定できないであろう。米国は、国民皆保険ではないので、売薬で済ませる傾向が高い。
発症者がいないのではなくて、発症しても患者になっていない可能性が高という事もある。
今日の報道では、恐怖のエアロゾル感染の可能性があるという事である。
某機関の者から、「エアロゾルの可能性がある」とは聞いていたので十分注意しているが、どこか楽観している人がまだいるのにはあきれてしまう。
全国津々浦々、休館が多くて怖るなぁと・・・言っているうちは、まだいいのかもしれない。

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