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日産自動自動車の決算予想発表・・・想像したらなんか怖い。(その2)生産台数の予想

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-7bf7bf.html (つづき)
コロナウイルスの世界的蔓延で、現在、どこも減産傾向である。

日産は、ゴーン時代から国内生産100万台規模の維持を掲げていた。

販売能力も、売る車もないのに100万台の生産能力を展開した。

実際は、80万から90万台の生産実績しかない。

10から20万台の生産設備が余剰という事になる。

自動車生産に於いて、工場の稼働率が70%から75%以上あれば利益が出ると云われている。

80万から90万のうち、三菱が行っているのと同様の手口・・と云うか、日産が、三菱の教えたと云われる、販売会社への押し付け販売をしてこの数字である。

過去の生産台数
2015年 87万台
2016年 85万台
2017年101万台
2018年 93万台
2019年 80万台

この生産台数で異常のは2017年で、一気に16万台増えている。

しかし国内の販売は、軽自動車を含んで、55万7千台5台(2016年度7万3千 )で、△2.6%

海外販売順調で、確かに台数は伸びた。

伸びが大きいのは中国構内の伸びは8.4%である。

しかし その他の大洋州、中近東、メキシコを除く中南米、南アフリカは減少している。

2017年度販売台数(括弧は内の数字は前年対比▲はマイナス)
 北   米 2,130千台( 5.9%)  (内 米国) 1,581千台( 4.2%)
 欧   州  776千台( 3.0%)
 全アジア  1,695千台( 5.5%)  (内 中国) 1,355千台( 8.4%)
 その他   468千台( ▲2.4%)
 計     5,626千台( 3.7%)

 

2016年度販売台数
 北   米 2,011千台( 9.9%) ) (内 米国)  1,517千台( 8.4%))
 欧   州  754千台( ▲0.2%))
 全アジア  1,607千台( 1.4%)) (内 中国) 1,250千台( 6.3%))
 その他   5,203千台( 2.8%)
合     計 5,423千台(2.0%)

 

だが、現実的な売上高で行けば、生産台数は伸びたが、売り上げ自体は減少。
 前年対比 3.9%の減少
 売り上げが伸びたのは日本、欧州(ロシア含む)、それ以外の全地域で売上高は減少している。
 つまり生産台数は伸びたが、売上げには反映されていまないと云事である。

 

2017年度 売上高
 117,200億円  ( ▲3.9%)
 日  本 47,184億円( 4.8%)
 北  米 63,517億円( ▲2.3%)
 欧  州 19,206億円( 0.3%)
 アジア  16,096億円(▲10.0%)
 その他  10,229億円(▲12.5%)

 

2016年度 売上高
 121,895億円 (  7.2%))
 日  本 45,043億円( ▲0.3%))
 北  米 65,004億円(15.8%)
 欧  州 19,154億円(▲0.6%)
 アジア  17,875億円( 3.0%)
 その他  11,688億円( 0.9%)

 

生産台数は増やしたが、売り上げは、減少、営業利益はマイナス6.4%

日本国内の販売のみ経常利益は上昇したが、米国は、販売奨励費の関係か27.9%減少

販売奨励費の潮目が変わった年が2017年度である。

その前年2016年度までは、順調に売上げが伸びた。2017年度からは、営業利益に大きな穴をあけるようなった。

2017年度
 度営業利益
       7,422億円( ▲6.4%)
 日  本  4,101億円( 35.1%)
 北  米  2,877億円( ▲27.9%)
 経常利益  8,647億円( 0.3%)

2016年度
 度営業利益
      7,933億円( 34.6%)
 日  本  3,036億円( 24.4%)
 北  米  3,991億円( 34.9%)
 経常利益 8,623億円( 24.2%)

国内の生産台数が100万台を超えた2017年の決算の数字を見る限りにおいて、内容はちょっと異常な感じがする。

2017年度は、15万台の生産台数は増えたが、営業利益は、▲6.4%減少、経常利益は0.3%しか増えていない。

2016年度は、2万台の生産台数が増えたたが、営業利益は。34%増加、経常利益24.2%増加

決算の内容を見ている限り、2017年度の国内生産100万台は、水増し、販売会社へ押し付けただけではないかという気がする。

 

さぁ 2020年度の生産台数を予想してみよう。

基礎の数字
2019年単年度生産
 2019年 1月から12月の807,744台の生産’(決算期無視の通年生産台数)

2019年12月から2020年3月までの単月生産
2019年
 12月単月生産 61,201台(稼働日数、24日か不明)
2020年 
 1月単月生産台数65,812台(1日当たり2437台、27日稼働)
 2月単月生産台数51,673台(1日当たり1845台、28日稼働)
 3月単月生産台数 55,233台(1日当たり1781台、31日稼働)

累計台数(2019年度)
 2019年4月から同年1月まで(10か月)
   650,786台
 2019年4月から同年2月まで(11か月)
   702,459台
 2019年4月から同年3月まで(12か月)
   757,692台 

累計台数(直近4か月)
 2019年12月から2020年3月まで(直近4か月)
   233,919台
   (4か月平均 58,479台)
累計台数(直近3か月)
2020年1月から同年3月まで
   172,718台
  (3か月平均 57,572台)
  (3か月の稼働日数86日と仮定すると、1日669台)

①4月稼働日数27日
②5月稼働日数6.2日(予想)
③6月稼働日数15日(予想)
(4月は、28日から工場休業、5月8割休業、6月5割休業で仮計算)

上記に直近3か月の日産の生産台数を掛けると・・
①4月予想 18,063台
②5月予想  4,147台
③6月予想 10,035台

第1四半期の国内生産台数32,245台(推定・・・)

そう考えると、コロナの影響で、生産台数は、直近3か月の1か月分の生産台数にも届かない
単純に、直近3か月の数字を第2四半期から第4四半期へ掛けた数字
 
9か月の予想数値 518,148台

第1四半期の予想を加えると、2020年度、通年で、550,393台という事になる。

100万台の生産規模がありながら、生産台数が、60%以下まで落ち込むという事は、単純に考えて、利益が出ない状態となる。

工場全体の生産体制を4割カットしたとしても、利益はでない。

固定費に食われるからである。

どこかの工場を閉鎖して、生産能力を利益お出るだけの規模まで落とさなければ、会社として継続できなくなる。

日産の発表内容では、生産計画は、「エクストレイル」や「ローグ・スポーツ」などの生産を予想より減らす計画と云われるが、4月発売予定だった新型「エクストレイル」の生産が減るという事である、三菱にも影響が出るのかな?)

ゴーン時代から年間100万台の国内生産規模を掲げていた。

国内占有率が10%程度しかないのに、100万台の生産設備は明らかに過大である。

40%程度のトヨタが、300万台である。

そう考えると、ゴーンの計画は無謀な高望みだったということが判る。

来年の今頃、厚木の会社のは存在してるのかな?

蛇足
日産の子会社では、以前から、在庫管理がいい加減という事は周知の事実である。

で、なぜか、今回は、きちんと在庫管理を行うようにという指示が来ているそうである。

が、在庫管理の担当が、日産本体では使い物にならない馬鹿で、子会社に来ても、使い物にならないクズで、孫会社に来ても、在庫を数えるのは嫌いで、ペーパー上の数だけで在庫管理をしているという。

現実の在庫の数(金額)が、適当という事は決算がきちんと行えていないという事である。

いい加減な決算の積み重ねは、会社の実態を反映しない。

 

つまり、投資対象としては、犬以下という事である。

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ある集まりが絶望的な訳

ある集まりにおついての追加のアナウンスは、本日(4月29日20時現在)ない。

会場は、5月11までの臨時休業予定が、休業予定期限が未定になった。

ちなみに、某施設、グループの施設も無期限延期である。

確か、5月23日の予定であったが・・・

ここまで来て、判断が出来ないと云うのは、基本的に独断的ではあるが、判断力がないという事であろうことは想像できる。

見てると、独断的である。

前にも書いたが、初見で、前振りもなく、私の主催しているツーリングの参加者の名簿をよこせだった。

まぁ、大企業で、自動車の販売を延々とやっていたのであればそういった対応をするのは、勝手である。

ただし、それは、あんたの務めている会社の従業員で、悪いことに、あんたの部下ならねと云う注釈が付く。

関係性は、全くない。

親戚でも、縁者でもない。

同じ組織に属したこともない関係したことはある。

当時のうちの顧問〇〇士(現在は、物故)が、この会社の顧問をしていたので、その事務所でアルバイトをしていた時に、随行させていただいたことがある。

その時に、入社試験を受けるかと云われたが、こちらからお断りをした。

だって、生産管理ぐらいしか行くとこないような出身だったからね。

まあそれは置いておいて、エンドが23日であるが、その日までの再開している保証があるのかなぁ?

色々とお願いをする期限は、20日ぐらいなのだが・・・

開会するにしても、防疫体制を整えた会場設営を要望するのは、元社員と云っても無理があるのではないかと思う。

某系統からの情報では、短くて5月末まで緊急事態宣言の延長があると聞いている。

つまり、11日以降も期限未定で休館している施設に対して、現状、さっさと中止の宣言をせずに、23日のイベントを強行する姿勢が満々というのはいかがなものかと云う気がするのであるが。

元企業人としての常識は存在しないらしい。

 

ちなみに「このブログなんか読んでない」という事を仄聞したのでここまで書いている。

20200429 

 

 

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日産自動自動車の決算予想発表・・・想像したらなんか怖い。(その1)

日産自動車は4月28日、赤字転落の見通しの発表があった。

予想通りで、2020年3月期連結業績見通しは、下方修正である。

理由は、新型コロナウイルスの感染拡大の影響や、一時的な損失発生としている。

3年ほど前から、自動車の製造販売という面では業績は長期低落傾向である。

「低迷」と云う事を新聞は使うのだが、はっきりきりしているのは「低迷」(低いところで迷っている)ではなくて、「低落」(落ちていくという意味である)している。

西川の退任後、新体制を発表しても、内紛が続き、実際の体制には、内実は変化がない。

速度感がなく、相も変わらず足の引っ張り合いという内紛を続けている。

売れる車もなく、顧客離れが進む中、自己中心的な幹部が多く、ゴーン前会長の追放(逮捕)後、経営は、迷走し続けている風にしか見えない。

主軸が定まらないので、経営は混乱していると言われている。

実際は、日産が、三社(ルノ―、日産、三菱)体制で、アライアンスという名の元で、各会社で、車種のすみ分けをして、世界の市場を分割して生産をしようと画策、進行していた。

もう残すところあと1歩、2020年以降、三社が統一した会社になるしかなかったような状態で、それを否定したことから始まった混乱であるが、引き金を引いた日産は、方針が定まらない。

この混乱は、自業自得である。

日産の西川君(現在の幹部を含め居た)経営陣は、自分より小さな会社に支配されるという状況が、嫌で嫌で、仕方がなかったのかもしれない。

20年前に、倒産せずに、買収された時点で、その観点はなかったかもしれない。

しかし、20年もたつと、その時の苦悩は忘却したのだろう。

規模の小さな会社に支配されて、外国人に毟りたいだけ毟られる状態に嫌気がさしたという基本的な根本概念があったかもしれない。

この反乱は、日産にとっていいことは一つもなかったのである。

(20年前に倒産直前までいった時の選択肢として、会社更生法(当時は、民事再生法はまだない)の申請をして居れば、まだマシだった可能性もある。)


日産は、向かうべき道は以下の通りしかない(と考える。)

「株の買戻しをして、アライアンスから抜けて、三菱を使って(合併して)フルライナップへ戻る」

「三菱を、ルノーに売り飛ばして、その代金で株を返してもらう。そうして、規模を縮小して、中途半端なメーカーとして生き残る」

「距離を取りながらアライアンスを継続する」

「三社一体になる」

「思い切って身売り、廃業する」の選択肢しかないだろう。

日産が避けたいのは、「三社一体」「中規模メーカーとしての存続」であろう。

ルノーから、独立する金はない。

しかし、大いなる勘違いは、三社のトータルでの生産販売台数は、巨大で、魅力的である。

単体のトヨタを抜いちゃう勢いだった。

ちなみに、生産台数のカウントは、日産は、ルノーの子会社なので、ルノーのカウントである。

メーカー別の生産台数に、日産という固有名詞は、出てこない。

実際、ルノーは、三菱が加わった時点で、世界規模の生産台数で、フランスのメーカーがトップに躍り出たという事で、狂喜乱舞し、且、フランス政府も同様の視点で欣喜雀躍したという。

その点で、日産は、ルノ―の子会社という観点が抜けているので、自分が子会社という立ち位置を忘却して、まるで自分がトップに立ったような錯覚を感じたのかもしれない。

そんな勘違いするかって・・・多分してるよ、だって、馬鹿だもん。

どれだけ有利子負債を増やしても、返す当てがなくても、トヨタに勝てば全部チャラになると信じて疑わなかった人たちである。

日産が希求して止まないのは、出来ないという云うか、ほぼ不可能なのは、三社連合の頭に立ち、トヨタに対抗することだろう。

無理と、判断する理由は、財務体質がものすごく悪くて、株価も下がりっぱなしで、会社自体の価値がない。

現実的には、ルノーを支配するためには、というか、フランス政府に、対抗するためには、ルノ―の株を最低でも、フランス政府の持っている株数×2倍ブラスアルファ(40%以上)を保有する必要がある。このハードルは、異様に高い。

今の日産に、そんな金はない。

嫌々、選ばざるを得ないといけなくて、長くは続かないであろう選択は、「緩いアライアンスをズルズルと継続する」であろう。

いまさらフルラインナップメーカーへ戻る、金もなければ、人材もない。

あるのは設備だけ。

今回の決算でも、ゴーン方式(子会社の売却)での決算の水増しを画策したが、あえなく失敗。

2月13日の黒字見通しの根拠が良く判らなかった

2月の業績見通しでは、第三四半期まであかじで赤字で、第四四半期で、いきなり、黒字に転換する一発勝負を見込んだ、営業利益850億円と言う根拠のない数字を発表していた。

赤字が、261億円あって850億円の黒字になる根拠は、第四四半期だけで1000億円の利益があるという事である。

1000億の利益という事は、それの何倍の売り上げが必要かという事を考えあたことがあるだろうか。

会社を、3000億から4000億ぐらいで売り飛ばせば、出来たかもしれない。

2019年10─12月期連結決算は、261億円の最終赤字(前年同期は704億円の黒字)であった。

第三四半期で、第二四半期の通期予想を、下方修正して、期末配当も無配を決めたのである。第三四半期で、一段と収益の悪化が進んでいることが明白であるのにも関わらず、通期の営業利益850億円を予想して発表した、その神経が疑われる。

第三四半期の予想は、詐欺の様なものであったと考えるのが至当ではないかと思う。

第四四半期の予測発表の内容は、以下の通り

新型コロナウイルスの影響で、本体の新車、部品の販売減少で約900億円のマイナス

(2020年1月以降、600億円以上のマイナスがあったということである。)

販売金融事業での貸倒引当金を約300億円追加計上する。

これは、会計処理で、ローンの回収できない債権が、多額になると見込んでの300億円規模の債権回収不可能の顧客がいると云うのとを予想しているという事である。

恐るべき数字である

つまり、この引当金のお陰と云っては申し訳ないが、連結決算会社関係で350億~450億円の赤字となる見込という事である。

引当金の300億円がなくとも、支配力のある関連会社で、50億から100億の赤字があるという事である。

2月の取らぬ狸の皮算用では、当期利益は650億円の黒字を予想

販売金融会社の持分法適用会社に関連して引当金の増額分約300億円が減収。

結果、予想から1500から1600億(引当金をのぞけば、1200億円から1300億円の減少で、850億~950億円の赤字の予定だそうである。

ついでに言えば、今回の追加引当金は、仮の数字である。

顧客のローンの支払いが滞る実態が増加すると予想されれば、追加的に引当金を増加させざるを得なくなる。そうなれば、赤字幅が一気に増加
する可能性ははらんでいる。

では、来期はどうかという云事になる。

(つづく)http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-e0191b.html
20200429

 

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ますくしてますかー

どうでもいい統計

朝、駅から会社まで、運動不測解消で、自転車通勤部分を徒歩に切り替え中

以前は、英語の勉強をしながらの通勤であったが、最近飽きてきたのでちょっと数えてみた

基本は、視界に入った人数(多少の誤差あり)、その見えた範囲でのマスクしてない人の数(誤差なし)。

1 朝の通勤

 ① 家から駅まで、バス、

   乗客私だけ、運ちゃん、マスク付き

   1名

   マスくなし0人

 ② バス停から駅までまで 

   15人、マスクなし0・・・

 ③電車内(ガスマスク装着なので視界が狭いのでカウントが少ない。)

   12名 マスクなし 0人

 ④駅から会社まで約2キロ

   徒歩中の目に入った人間の数「25人」(ものすごく少ない)

   うちマスクなし「9人」

   マスクなしの内訳、

    化粧の濃いばあさん1名:毎日見るが、継続的にマスクなし、

    不満そうな顔つきの女性1人:これもよく見るがマスクをしていたことがない。

    40代から50代の3人:スーツにネクタイで、睥睨する目つき、癇の強そうな顔つき、ザビエルハゲ

    明らかに労務者ポイ30から50ぐらいの汚いおっさん1人

    スポーツバイク2名、

    犬の散歩中1名

    行きは①から④、53名中9名 マスクしてない人の割合16%

2 昼間、代理で行へ行った都市銀行

 ① 行き 85名通過、

    マスクなし16名

    自転車乗り3名、

    黒人1名、

    公園で遊ぶ親子2名

    フリーター風お兄さんおじさん2名、

    おばさん1名(デブの無神経そうなの)

    背広、ネクタイ4名、

    弁当屋の配達1名、コ

    ンビニ帰り風の兄ちゃん1名、姉ちゃん1名)

 ② 銀行店内(’30分滞在)

    入店者、115名(うちキャッシュディススペンサーのー客95名)

    マスクなし、28名

    飲食店店主風1名、

    爺さん4名、

    婆さん3名

    小汚いおっさん1名、

    自営業者ポイの4名(飲食ポイ風体)

    残り15名は、その辺の兄ちゃんネェチャン連中

 ③ 銀行からの帰り48名

    マスクなし8名、

    外国人3名(パキスタン?2名、金髪碧眼1名)

    弁当配達1名

    犬の散歩2名、

    親子2名

   2銀行の行き帰り

   2①から③ 小計248名52名 マスクなし割合 20.9%

 

3 会社から家まで

 ① 会社から駅、56人通過、

   マスクなし6人(黒人1名、小学生2名、母親1名、アベック2名)

 ② 電車車内 

   65名

   マスクなし7名、(ネクタイ姿お爺さん3名、おばちゃん1名、リュックのお兄さん2名)

 ③ 駅から自宅まで、90名(バス運転手含む、ス―パ―寄った)

   マスクなし 22名

   内訳

   スーパー店内 4名(サラリーマン、2名、労務者1名、おばちゃん1名)

   バス停(他の路線含めて)12名(ほとんどおっさん、おばさん)

   バス車中で、1名:爺さん(60ぐらい・・?)

   駅からバス停、バス停から自宅  アベック2名、わんこの散歩中2名:ばあちゃん、孫?

  小計 3①から③ 211名中35人 マスクしていない割合16.6%

  一日の合計 512名

  一日のマスクなし 96名 

  一日のマスクしていないの割合 18.7%

  おおよそ20%ほどがマスクをしていないという事である。

  人が集まりるところは、マスクの非着用率が高い。

  飛沫感染予防が不十分という事になる。

  金融機関は、繁華街が近いところの支店だったのだが、飲食店の経営者風の者がぞろぞろ居た。

  うち1名が、飲食店のマスター風な、マスクなし、デブ、口ひげ、バンダナ髪を覆う、サンダル履きと云うのが居た。

  コイツ、ゲホゲホやりながらCD機を操作していた。

  見たらぞっとした。

  その馬鹿の使用後、行員さんが、せっせと消毒してましたが・・・

  まぁ、髭があると、マスクが密着しないので、菌を飛沫させないという点では効果が半減である。

  とまぁ、忙しいのだけれども、精神的には、流す仕事(考えることがあまりない)なので、暇である。

  (カウントの記憶方法

   頭の中でせっせと数えて、○○まで何名と云った感じで、数を音声で残すという手法でカウントしている。)

  2020.4.27,1日の計測

  名古屋市内

  電車 JR線3駅、乗車時間10分

  バス コミュニュテイバス 2キロ10分 バス1区間乗車

  区、昭和初年から街区の発達した地域、居住地域

  

  2020428記載

  

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日産と三菱の末路 その4

日産(三菱も含まれる)の危機的状況は、コロナの所為で販売台数が急激に減少していることである。

(ただ、積みあがっている売れない在庫の調整には役立っているのではないかと思う。)

中国での販売が、2月 80%、3月 40%(前年同月比)減少

米国での販売は、30%減少である。

この販売台数の急速な減少が、終息後に復活するという予測は妥当だろうか。

全世界的に収入の一時的な減退が認められるので、コロナの終息、回復期から徐々に伸びることは誰にでも予想できることである。

この減少部分が、回復期に上積されるかどうかといえば、復活することはないであろう。

減少分は、まるっきり消滅した需要とみるべきである。

日産の現在の売り上げの中心は、中国である。

中国市場が、急速に回復する?可能性はほぼ無いであろう。

自称終息と云っているだけで、実際の現状は不明である。

嘘ぽいことを垂れ流している現状から推測するに、終息したと自称してその実は、患者を処分している可能性もあるだろう。

また生産が回復しつつあるという事を云っているが、高額お賃金で釣って働かせているという噂もあるので、コロナの影響がどうなっているか全然わからない。

海外の報道陣はすべてシャットアウトされている状態で何が真実なのか判らないのと、中国の意味のない宣伝が、世界中の人から非難を浴びる結果となっている。

ただ単に、人件費が安いというだけで進出していた企業は、国内回帰する可能性がある。

(WHOが、嘘を垂れ流したことで、感染拡大したという事実は重い)

そう考えると、現在の日産,加えて三菱自動車に、この難局を乗り切れる経営力、経営判断ができる人物は、いない・・・・

ゴーンが悪いと云うのは云いやすいことである。

インチキな経営手法をいまだに褒めている奴がいる。

V字回復、有利子負債の完済なんて、全部嘘で、資産を売り飛ばして、社債という名前に借金を付け替えただけである。

これは、銀行の借金を返して、社債を発行した。

日本経済新聞と云えば、経済の専門家、財政の中身もちゃんと読み込んでいるかと思えば、そうでもない。

日産の報告を鵜呑みにすることで、日産の復活の賛歌をあげ、ゴーンを褒め上げることをことを目的としていたとしか思えない。

経済新聞としては、20年前に、新聞の自称の使命を忘却していたことになる。

(新聞は、自称「木鶏」である。「木鶏」とは、真人、道教的思想で、「道(「タオ」、「どう」ではない)」を体得してい一般の者の模範となるべき人のこというのである、模範とは活動を通した行為を経るのでなく、端座して見本となる者のことを言う。

良く、新聞社は、自称して、「社会の木鶏たる存在」というようなことを平気で云う。)

この時の日産、ゴーンへの称揚は、株価を押し上げるという最終目的に血道を上げるための記事だったと考えることができる。

つまり、経済新聞の使命が、経済状態の正しい伝達であるはずが、単なる宣伝行為に加担していただけだという事である。

(新聞社は、元々、羽織ごろと云われた、恐喝やの成れの果てである、偉そうな事を云い続けているが、日清日露、大東亜戦争下でも、常に自己お利益を最優先に考えていた、これは販売部数を伸ばすために率先して戦果を煽ったという事である。日露戦争後の焼き討ち事件の原因を作ったのは新聞社納報道が原因で、「無敵の皇軍」と持ち上げ、煽ったことも忘れてはいけない。)

前にも書いた通り、決算書をちゃんと読めば、借金の付け替えをしただけで、金を銀行から借りるか、一般社会から広く浅く調達するのかという違いでしかない。

間違った方法ではないが、借金を返したという表現は正しくはない。

会社の「借入金」の名目が変わっただけで、経営が健全化したなんてことは言えない。

これは、まやかしである。

ある意味イリュージョンであると云ってもいいような内容であった。

日産の体質は、伝統的に、ゴーンが来る前から、臭いものには蓋をする。

融和しか考えてこなかった日産の社員は、臭いものには蓋。

融和という名前の譲歩であるから、社内は異様な組合と会社の対等な二重構造が出現した。

この二重構造は、労働貴族とい階級を形成したが、これは単なる寄生虫である。

ゴーンが来て、寄生虫退治を始めて、旧プリンスの一番目の面倒な組合を葬りさった。

そうして、外国人流の手さばきを見て、面倒な判断はすべてゴーンに任せていこうと考えたに違いがない。

後年、「外様の外国人が来て、好き勝手に引っ掻き回した。」んだよね…と云い云い方を🅂するがために、判断はゴーンに任せた。

結局、残っているは、せいぜいナンバー2止まりの人たち。

西川君は、良さそうだったが、実際は、自分の地位を守ることに汲々としている、イエスマンだった。

ゴーン以後の三社アライアンスが見通せないのは、一番の問題点は、日産の経営陣が無能を通り越して単なるアホの集団となっているからであろう。

思考を預け、判断を預け、責任をぶん投げていた彼ら(あえて、彼らと云いたい)は、経営の方針さえ立てることはできない。

業績悪化に対して何ら手が打てない、手の打ちようがないところへ来て、このコロナビールス騒ぎである。

ゴーンがやったことを日産、ルノ―の2社は、内諾していたが、日産が暴走した時点で、マイナス面が、私利私欲に走っていたという点を前面に出すと、企業家として成功は否定せざるを得ない。

日産、ルノーが、ゴーン路線を否定すると、ルノー・日産・三菱自動車3社のアライアンスの基本路線は崩壊せざるを得ない。

収益を上げるモデルとしての米国におけるインチキな販売体制での生産規模の維持を行った結果、インチキ販売方式を止めれば当然の様に、業績は悪化する。

現在でも、補助金的なものを支出し続ける。

日産、三菱、ルノ―の経営幹部が、コロナの終息後、中国での販売が元通りになるとか、販売減少分が、急速な販売量の復活につながると考えているのなら、それこそおめでたい人たちと云わざるを得ない。

日産の内田君は、経営方針さえ決めることはできない。

もう、社員も関係会社も究極の最終地点が見え隠れしている状況で、メルトダウンへの進行を恐れているが、目先の事ばかりにとらわれているので、外見的には迷走して居るようにしか見えない。

三菱はと云えば、何とか、金曜会に戻りたい素振りが満々である。

しかし、三菱商事の業績も悪化しているので、三菱商事のルノーへの出資自体がどうなるのか判らんような状態になりつつある。

こう考えると、コロナ終息がいつになるのか良く判らんけれど、終息したとして、ルノ―、三菱、日産のアライアンスよりも、各会社が存在で

きるかどうかの瀬戸際ではないかと思うのは私だけであろうか?

日産も、三菱も、この未曽有の危機を乗切る自信があるのだろうか?

20200428

 

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云うのはタダだ

コロナ関係でまたぞろ、昔の政治家、落ちぶれた人、元芸人?が、コロナ関係の発言で復活している。

内容は、マスコミが喜ぶ政府、政策批判、都知事批判である。

元大阪府知事なんかはその極みで、自説を垂れ流している。

口の悪い、ただの弁護士である。

最近、本当に自説の開陳が多いと云うか批判している人を、大きく取り上げて声を大きく見せているだけである。

なんだか、マスコミが捏造しなくても、自分が言いたいことを代弁しているとという風体で発信している。

また日ごろの不満をぶちまけたい人が沢山いるようで不満ばかり鳴らしてる。

例えば10万の給付金は、寄付しろというが、民が10万円を使う事に意味があると思う私から見れば、共産党の党員からのカンパという名前の搾取と変わりがない。

もらえるものを、。自分が使えるものを、寄付しろとうのは、ファシスト的な発想である。

国会が機能不全なのは、コントロールができないような政党を、水増し議員で作り上げた自分が悪いのである。

テレビタレントから政治家に転向した、国会議員で、テレビで顔を売って県知事というパターンは、テレビタレントから知事になるのと殆ど変わりはないだろう。

長野県、いつも実験的な東京都知事・・・まぁ最近一番ひどいのは愛知県知事で、テレビに出ていた時から、情けないような態度だったからから大嫌いだった。

現に、知事になってからは、失点続きである。

給付金の請求方法は、総務省のホームページを見れば書いてるが、マイナンバーカードの所持者にはお気楽に請求ができるようである。

生活保護も受給が可能である。

公務員、収入減ってない人には不支給と主張するする人がいるが、その反面、浮浪者にも、10万円与えろえると主張する理由を明示してもらいたいものだと思う?

浮浪者の身元確認をどうやって行うのか、どう本人と確認するのか、その辺がきちんと整理されないと交付はできないだろう。

現在は、緊急事態というわけの分からない言葉を弄しているが、実際は有事である。

民主党政権時代に、緊急事態法ができた。

今回はその改正に基づく処理である。

緊急事態の意味するところは、戦争状態の言葉を使ったごまかしである。

現在の日本の政治政体が異常なのは、議員が多い事、組合をバックにした旧民主党系の政党に巣くう、元外国籍、と云うか本当に国籍を放棄して二重国籍状態を無くしているのか判らない状態の者が、政治家になっていることが原因ではないかと思う。

国籍を取得時には、相手国の国籍を離脱した証明の提出は必要であり、相手国のの確認も必要であろう。

中華民国(R.O.C)は、中華民国である。

中華人民共和国(P.O.C)とは別の国である。

日本は、中華民国の主権を認めるべきである。

中華民国が、台湾國として再度独立宣言をするのもよいかと思う。

中華人民共和国、大韓民国、中華民国は、コロナを抑え込んで居ることになっている。

中華民国以外の発表はどこまでも信じる事は難しい。

だがこの三国には共通点がある。

戦争を前提とした政治体制で、戦争向けの徴兵制がある国々である。

ある意味、強権国家である。

台湾も30年ほど前は夜間外出禁止令があった。

大韓民国は、戒厳令は布告されていた。

暴動と云うか、内乱状態もよく怒る国である。

(たまに、アホな小説家が、自衛隊のクーデターで、戒厳令を・・・という話が出てきたことがある。 

現在の日本には、軽減令を出す根拠となる法律がない。

そんなことも考えないで小説を書いてるのは、発行元が、自衛隊、クーデター、国民の信認を失い、解体される。非武装中立化して、中国の差し出そうとする勢力が牛耳っているからである。

読者の法律知識をきわめて低いものとみている査証である。

かつて、空想戦記というジャンルが流行した事があった。

この内容はが、噴飯ものであった。

日本の戦前の工業生産力を1000%ぐらい無視し、戦争に参加できる人口、工業従事者人口をまるっきり無視したものを書いていた連中とほとんど変わりがない。)

つまり、大韓民国の様に、法治国家とは程遠い、つまり、極めて封建的で、民主主義の様な顔をしているが実際は、民主主義の皮をかぶった国であれば、強制は容易である。

今回のコロナ騒ぎで、無責任な日本人、同じくそれに類した外国人のグループと、早く終息くさせようと努力しているグループの対立が鮮明化する可能性が高い。

大陸からの人の流入が止まっておらず、国内での発病者の何割かが東洋系外国人と云われ、このことが、一部では大きく取り上げられている。

最初の発症者が、大陸からの入国者(大陸籍)という事を、マスコミはひたすら隠ぺいした。

こうした、外国勢力に利するような行為をしてばかりいると、国民から、、マスコミが信用されない媒体として認知されるという恐怖を持たないものかと思うだがいかがであろうか?

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日産と三菱の末路(その3)

日産は、日産前史として、橋本増二郎の快進社のい「DAT號」を引き合いに出すが、快進社の「DAT號」と、後の「DATSON號」と、車自体の直接の関連性は、ぽぼ皆無である。

DAT號トラックの子供見たな車だからと云って、DATSON(脱兎の子供)である。

だが、このダットソン号は、フランスの小型車をモデルにしている。

当時、フォードは、農機具を「FORDSON」という名称で日本国でも販売をしていた。

だからこそ、DATトラックの息子という意味で、DATSONである。

その様な歴史を紐解くと、日産の会社として魂柱は何かと?と思う事が多々ある。

ダット自動車製造で、小型車のDATSON號の製作を指示したのは、快進社から移った橋本増二郎と久保田権四郎氏で、後藤敬義技師に指示して、設計させたのある。

ダット自動車製造が、戸畑鋳物の配下になってからは、小型車の生産には、浅原源七氏らは興味がなかったという。

浅原氏らは従業員なのだが、会社をつぶしたくないという思いがあるようで、日本産業の鮎川義介の方針には、よく反対をしている。

(おかげで。、日産自動車が、満州に居てせずに済んだという事実も見逃せないと思う。だって移転していたら、終戦とともに、日産自動車は、消滅した可能性が高いのである。

会社設立の根本が、株で儲かったあぶく銭をつぎ込んだだけである。

そう考えると、日産の経営理念が、ないに等しいことがわかる。

安易な手で成功すると、安きに流れる風潮を作ったことは悲しい。

トヨタ自動車工業(当時)が、ランドクルーザーとい手堅い信頼性が優先する車種でアメリカ大陸(上中下アメリカ)で、人気が出た点を考えると、この時から、地道なトヨタ、一発屋の日産という性格が出ている。

 閑話休題

日産の地獄は、日産本体が、三菱以上に中国に傾注しているからである。

日産は、車種の絞り込み・・・ルノ―と競合するものはなんとなく減少。

ワンボックスは、見た感じは、ハイエースそっくり。

トラックは、デザインが最悪、前が、衝突してつぶれたみたい・・・丁度、トムが壁にぶつかってつぶれた感じと云えばいいのだろうか?

日産の車は、1個前のマーチはよく見かける、リーフも見かける。

トラックは、1週間に数回…程度、NV350なんて・・・同じ車しか見ない・・・

時々、NV100(軽自動車)は、見かけるが、レアと云っていいぐらいである

NV200はそのままルノーのマークが付きそうなデザインである。

NV300は、一月に数回・・・多分同じ車しか見ない。

なぜか、GTRはよく見書けるようになかった。

値段がこなれてきたからだろうか・・・

まぁ、以前なら、街行く車は、トヨタ、日産、その他大勢という感じだった。

今は、トヨタ、マツダ、スバル、軽自動車(ダイハツ、鈴木・・・・・・・・・・にっさん)、日産、スズキ

スズキの普通車、スイフトなんですが、日産とどっこいな感じで見かける。

日産は、ゴーン政策の所為で、海外設備の拡充にひたすら血道を上げてきた感がある。

おかげで、まともな新車が出せない状況になった。

研究開発費が伸びているという云い方をするが、トヨタ、トヨタグループの研究開発費の伸びと比べれば、どうだ?

というレベルである。

日産の国内販売は、長期的に低落、減少傾向であることは明白である。

自動車は、リピーター的な顧客と云うのが意外と大切なのである。

スポーツ系の車は一発屋が多い。

次は買わない。

継続的に車を買い続ける顧客と云うのは非常に大切である。

うちは、30年ほど、2年おきにカローラを買い替えていた。

つまりマイナーチェンジを含めて全車種を乗り継いだことになる。

収入が増えれば、同じ会社の上位車種の移ることもありうる。

それは、隙間なくフルラインナップをすることで可能になる。

ところがどうだろう、今に日産はフルラインナップとは言い難い状態である。

上位に移行することもできない、同一車種は新車が出ないから買わない。

トヨタは嫌いという方は、マツダなんかで、同じような車が、はるかに安い金額で提供されているのを見ると・・・そちらへ流れる。

こうなると、顧客の管理さえできない。

新規お客を客と思ってない節もある。

殿様商売時代の癖が抜けないか、日産のディーラーの態度は悪い。

ルノ―ジャポンの名古屋支店の店員の態度は本当に悪い。

だから余計に嫌いになる。

(一時期気の迷いで、ルノーを買う気になったことがある。その時に鶴舞のデイーラーへ行った。

 店員の態度が悪くて、もう絶対に、日産、ルノ―の車は買わないと心に誓うぐらいのレベルだった。)

いまの日産は、新車出しても売れない。

マイナーチェンジしても、収益性を上げたいのか、同一車種帯の車の値段を参考にしないのか?良く判らないが、高すぎて売れない。

自動運転を宣伝していたが、宣伝バイタに使うのが、ちょっとやんちゃなお人・・・

日産の高級車、スポーツ系の路線オーナーは、チンピラ臭い人が多かった。

実際、セドリックのオーナーは、土建屋の従業員が多かったなぁと思う。

(トヨタ嫌い人から、クラウンオーナーは、土建屋臭いのが多いと云われたこともある・・・まぁ近所の半分ヤクザな感じのおっさんは、ずー

とクラウンだった。)

20200427

 

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日産、三菱の行方(その2)

実際、日産の決算発表が楽しみなのだが、状況はもっと悪いだろう。
最近思う事に、日産の良さって何だろう・・・と思う事がある。
まぁ、評価されていると云うか、日産での有名どころというと片山豊氏であろう。
30年前に、アメリカに居たころ、初代の「Z」は、まだまだ走っていた。
でも、大体、有色人種(黒人、中南米系)が乗っていて、「SP/SR310」のオーナーがほとんどワプス(白人)だった。
片山氏は、ある意味良い経営者であったが、日産に、インチキな車作りを推奨した張本人である。
それは、米国で主流だった、英国のチープなスポーツカー、乗用車のコンポーネンツを利用した車作り。
すなわち、スポーツカーポイ車作りを見て、これなら日産でもできると踏んだのがS30(フェアレデイZ)である。
(フェアディZが嫌いというわけではないので悪しからず)
それより前のフェアレデイ(SP/SR)は、重たいシャーシに、重たいボデイであった。
日本ではトラックシャーシなんて言われていた。
(乗り心地が悪いという意味である。)
大体、スポーツカー・・・ぽいところは、MG-Bぽいところがあり、オープンカーであることだったと云える。
SP/SRのデザインは、正にMGの亜流である。
米国のフリーウエー(つまり舗装された良い道)を走るのには、トラックシャーシでも別段問題にならなかった。
(30年前、サンデイエゴ近くのフリーウエーを、ライトブルーのSRが、結構なスピードで走るのを見たことがある。)
フェアレデイZは、作り付けの屋根が着いたせいで、モノコック化出来て軽量化が進んだ。
複雑なライト周りはFRP、特別なボデイに寄せ集めのパーツで仕上げましたという車であるが、現実的にはスポーツカーに見えた。
英国風のデザインに飽きてきた世代には良く見えたであることは想像に難くない。
ジャーガ―Etypeの様な、ロングノーズ、角ばっているけれど、リアにかけては、2000GT風の流れるようなライン。
これで売れなかったら何が売れるんだという感じである。
私が、ちび助の頃、かっこよかった。
実際このコンセプトを考えた片山さんは偉いと思う。
だが、このコンセプトは、寄せ集めで安いスポーツカーと云うコンセプトはすぐになくなる。
だって売れてるんだったら、多少価格を引き上げて専用化すればもっと儲かると思ったのは浅はかである。
30年ぐらい前に、米国でミアータが、200万円を切るぐらいの値段で出た時に爆発に売れた結果、だんだん値段が上がり・・・・・
それに従って数が出なくなったという事も同じである。
(マツダは、売れる、数が出る、車がいいから売れたと思い込む。
 次のモデルチェンジで、強気に、値段を上げる、売れなくなる。
 装備をよくする、値段がさらに上がる、予想以上に売れなくなる。
 値段は高値で停まる、余計に売れなくなる。
 別の安い車を出す、売れる・・・この繰り返しであるが、この辺の学習能力はいまだにない。)
徐々にフェアレデイZは大きくなり、価格帯も上昇して、売れなくなる。
国内では、VGが、32GTRの影に隠れてしまっていた。
どうも、マーケテイングが下手というよりも、根本的な思想がないのだと思う。
日産は、戦後の潮流としての金属製の車を作ろうとする。
まずは試験的に、DATSUN(小型車)のボデイ金属化画策したが、まるっきり能力がないので、設計、製造を三菱に丸投げした。
(結果できたのは、不格好なDCである。)
その点、木骨外皮の車体しか作ってこなかった日産は、オール金属のデイは作れなかった。
日産70型でさえ、木骨外皮のみ金属である。
結局は、何でもかんでも外国の技術を買ってくる、機械を買う、設備を買うという発想で進めてきた自動車づくりは、結局、本質的なところでの国産自動車を作るという意識の欠如につながる。
(戦前、フォードが日本から撤退して残った生産設備は日産が買いとっている。)
戦前のダットサンのエンジン(10型は除く)のエンジンは、オースチンのコピーである。
戦後、オースチンのノックダウンをするときも、オースチンおエンジンの生産にはなれていたという事が言えるのかもしれない。
エンジンは、、オースチンとの提携が切れたのちも、アルフレッドスローン氏の指示でBMCエンジンのコピーを作り続ける。
日産は、別のエンジンを開発しようとしたが、能力がないからと云われて、旧い形式エンジンに固執させられることになった。
ところが、プリンス自動車を吸収するという僥倖が、日産に、新しい技術をもたらす。
G型エンジンである。
このエンジンは、ダイムラーベンツのエンジンの丸っきりコピーであるが、日産が持っていないL型へ進化する。
(RBエンジンは日産独自設計という事を、日産は吹聴するが、ボアもストロークもL型と同じという点から考えれば、独自と云うのは対外的な面目の為としか言えない気がする。丁度、新しいエクストレイルが、中身は、まるっきり三菱のアウトランダーでありながら、日産の宣伝文句は、「独自」のという言葉をつけたがるのと似ている。)
嘘つきは、嘘をつきすぎて、嘘が嘘とは思えなくという感覚に似ている。

 

(つづく、20200426)

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日産、三菱の行方(その1)

空は奇麗に晴れ上がって、窓の外は小春日和である(内田百閒 東北本線阿房列車)

 

世のなかは、コロナへの防戦一方である。

さてさて、現代自動車の売り上げが、約40%台の減少(ドル箱の中国市場がダメなせいである)

三菱自動車は、2020年3月期の連結当期損益を260億円の赤字に転落する見通しと発表した。12月期から3月期の間で、50億円の黒字を見込んでいたが、結局赤字である。無理くり黒字を保ってきたが、今回は耐えきれなかったという事であろう。

2017年3月期は、1985億円の大赤字だった。

この時は、色々な不正の結果での赤字である。

新型コロナウイルスの感染拡大などがで、全世界の販売が大幅に減少したと云っているが実際は、2年間の販売方法がセコイ。海外のディーラーに車を押し付けただけである。

あまりも大量の車を押し付けた結果、売れない車の在庫が積みあがっただけなので、海外方で、いらないと云って来たのが2019年。

つまり、今期は最初から負けせん覚悟で、経費、主に人件費(残業代)、開発費の削減で大ナタを振るった(役員、会長の報酬は増やしたけどね・・・・)そうして、三菱の名前を汚(けが)してはいけないと、金曜会の目もあるし、会長の出身母体の三菱商事の支援も受けたいので、なんとか黒字を…

黒字を確保すれば、その内、金曜会が・・・という夢の様な計画は、頼みとする中国からのビールスで会えなく沈没した。

当然の様に、前回予定していた1株当たり10円を期末配当はなくなった。

当然だが、役員報酬も減額する。

代表執行役、執行役、執行役員は基本報酬の20―30%を減額(赤字なんだから全額返納は無理でも従業員(部長クラス)の給与以上は減額したらどうだ?という機運は出て来いないのかと思う。

業績連動報酬を支給しないのは当たり前で、逆に、過去2年間の連動報酬を返還すべきではないかとさえ思う。

それは、先にも書いた、売れない自動車を海外のデイーラーに移転させただけで、実際は、必要以上の車を押しつけて作り上げた決算である。

この時の配当も結局は、タコ足配当という見方ができる。

非業務執行取締役(社外取締役を含む)の報酬のうち10―25%相当額を返納?という事であるが、社外の報酬なんて基本的にはお礼程度であるべきだと思う、もしくは日当程度出るべき出ではないかと思う。

ここで、疑問なのは、ドドンと上げた会長の報酬は当然の様に減らすんだろうなと思うが三菱の発表では良く判らない。

さー、加藤隆雄君どうする?あとはないぞ・・・

2020年の1月に、三菱、日産、ルノーの三者会談で、5月をめどに各社が新たな中期経営計画(3社の販売力が強い地域を、それぞれが主導する協業戦略)を発表する予定であったはずであるが、経営資源自体が枯渇しつつある現在、どのような計画を立てるのか見ものである。

計画は、三社による販売地域の分割案である。

欧州は、ルノー、東南アジアは、三菱、米国、中国は、日産。

日産の利益をルノーは吸い取るつもりなので、販売地域野の取り合いをする必要性はない。基本の車台を押さえる事に血道を上げることは目に見えている。

強みをもつ地域や商品、技術面などを互いに活かし、事業戦略を補完する仕組みを強化することで合意。早ければ今年中に3社の欧州内でのCAFE(企業別平均燃費基準)を融通し合う。

この時は、日産十資本関係は見直さないと発言しているが、ルノ―自身が緊急融資を申請しているような状況ではどうなるのか分かったものではない。
 

 日産は、東南アジアから撤退、工場は、三菱に押し付ける。

タイの工場はどうなるのであろうか?

ルノーは、フランス国内生産を維持しなければならないので、ちゃっかり、三菱が東南アジアで売る商用車は、設計生産もルノーで行うとしている。

笑ってしまうのは、各社がそれぞれ持っている進んだ分野は、その会社がリードすると云いう方式であるが・・・

ルノ―の進んだ分野とは・・・・商用車?アルピーヌ??

三菱・・・電気自動車???四輪駆動車???

電気自動車は…現状維持なので・・・どうだ?、アウトランダー・・・

日産・・・あるのか??

電気自動車??バッテリーの問題がクリアできてないのでダメだろう・・・・

つづく

20200425

 

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ご友人の努力

昨日うれしい連絡が来た

友人が、あるパーツを再生産したしたという連絡があった事である。

自分で、作ろうかと思っていたが、暇も金もないので、先延ばしにしていたパーツである。

機械部品ではない。

昭和40(1965)年当時のエアクリーナーケースを、再メッキ復元したときに作ろうと思った。

昭和42(1967)年ぐらいからは、シールに変更になったプレートである。

実は、本物を1枚だけ持っているのだが、これを1枚しかない。

2枚あれば修復して取り付けるのであるが、残念ながら1枚しかない。

そこで、このプレートをもとに作ろうかと思った。

しかしながら、うちには、小僧さんという金食い虫が、一人いるのでなかなか余裕がないので試作に踏み切れなかった。

何年か前にその話をしていたが、去年、ご友人が作る努力を始めたと聞いて、期待して待っていた。

すると、昨晩「できたよー」と云おう連絡が来た。

昭和40(1965)年から昭和42(1967)年までのエアクリーナースにしか使えないのことがが残念である。

売り出し価格は未定としておこう。

まぁ、買う人は・・・・ほとんどいないだろうねぇ・・・・

大体わかる奴が、何人いるのか謎である。

トヨタ自動車工業(当時)のコスト意識はすさまじいものがある。

不要な加工は減らす。

見えないところの見た目を重視しない。

最初のU型、初期の2Uのカムの表面に奇麗な事、42(1967)年もよかった。

43(1968)年以降は、表面加工は減る。

あたり面だけの加工になる

クーラー発電機時代は、あたり面以外の表面はひどいものになる。

補給品のカムの表面は、機械加工目は良いけれどそれ以外の面は、スが入っているようにも見えた。

一番わかりやすいのは、シリンダー本体である。

U型、2U型(40年型)のシリンダー本体は、ものすごく繊細である。

薄いフィン、きれいな表面、鋳造型に金がかかっていることはわかるが、さぞや抜きにくかったであろうと思う。

初期の2U(40年式の車体に搭載)、ベンチレーションチューブが、40、41年のUP10と同じ形状のエンジンだと思えばいい

39年までのU型のベンチレーションチューブのオイルフィラーキャップは、小さい。

40年からのU型は、オイルフィラーキャップは形状が同じで、直径が大型化する。

受ける方のベンチレーション頭頂部の円筒部分の直径が大型化している。

ところがである、約700CCのU型では問題にならなかった、シリンダーの熱膨張、冷却不足が、2U型では、一気に顕著になる。

現実問題としては、シリンダーの表面のフィンガ割れる

焼きつけを起こすという事である。

オイルクーラーが付いてない点も拍車をかけたようである。

そこで、シリンダーの直径が大きくなり、フィンは分厚くなる、フィンの枚数は減ったが熱効率は良くなった。

見た目は、40年型の2Uのシリンダー本体は美しいが、実用的ではない。

だんだん時代が下がると、ミニエースの様に床下で、メンテンナンスほとんどされないエンジンのシリンダー本体は、オイル周りの改修を経て、加工度合いが下がる。

表面はざらざら、中央部分には、バリがある。

空気流れないだろうと思うようなパーツとなるが、月産数台の販売実績ではそうなっても仕方がないと思う。

ただ、パーツの接合面の加工は精度が向上していく。

エンジンを組む人としては、加工精度が高い方がよい。

シリンダーの表面なんて自分で加工すれば済む話である。

(悪く言えば、手間をかける気がない人は、見た目が奇麗であればいいのだろうという目で見てしまう。

 よく、外装パーツを新品に変えたがる人が多い様にである。

 つまり、枝葉末節にこだわって本質を見ないとという事である。)

蛇足

ミニエースの販売台数は、生産中止の2年ほど前から、全国で、数台から数十台の販売レベルに落ち込む。

丁度、三輪車を、トヨエースが駆逐したように、軽自動車のその手の車に市場を喰われたという事である。

販売台数だけをみれば、トヨタ2000GT、日産のZ432の販売台数は、月に数台、Z432は本当に数が少ない。

全く販売されない月があったくらいであるが、ミニエースも似たような販売台数だった。

だから、車種が消滅したのである。

ミニエースがなくなると、コーチのクーラー用の発電機として余命をつなぐか、これも、2Kエンジンにとって替わると、正規の生産品目から空冷U型エンジンの系譜は消えていく。

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嫌いな理由

長谷川主査の事が好きではない理由は、いくつかある。

1つは、前にも書いた組合活動である。

もう一つは、カローラの発売の時に、完成度合いは?と聞かれて、70%ぐらい完成度という失言を漏らしている。

この言葉は、「トヨタ70点主義」と云われて、インチキな「技術の日産」の標語と対比されて語られれ、日産の余命を伸ばす事に役立った。

優秀な技術者であったことは理解している。

実戦に使われることも、まともなテストさえできなかった機体を設計していたという点で立派な航空技術者だったと云いうのは、いかがなものかと思う。

当時、帝国大学(東京大学)、航空学科卒業は、当時としては、俊英どころではないほどの頭脳の持ち主だったという点は理解している。

彼の実績として、風洞実験をして得た結果としての主翼の形状をよく引き合いに出される。

風洞実験と云うのは、止まったもの風を当てることで表面の空気に流れを観察することである。

風洞実験が、世界的に重要視されだしたのは、経験と勘で作っていた飛行機の製作過程に、重たい空気の壁を認識して、どのように対策するのかという考えが浮かんだからに他ならない。

昭和8年ぐらい(だったと思うが…資料が出てこん)に、英国で大規模な風洞実験室ができたという事が機械学会、航空専門誌に記事に掲載されていた。

これに倣って、日本でも、風洞実験室を作るべきという風潮はできた。

風洞実験の結果が良好でも、実機が上手くいくとは限らない。

自動車の製造と同じで、各部の集約的な作業の結果として機体が完成する。

棒で支えて、空気を当てて得られた結果がすべてではない。

実際の飛行機は、生産過程で、表面に皺(しわ)が寄る、リベットで表面がうねる・・・(パテで表面のうねりを消す技術は、当時すでにあった。)と云ったマイナス面がでる。

エンジンの出力、プロペラ機なら回転モーメントがかかる。

イタリアの、マッキは、モーメントを打ち受けすために、主翼の一方を長くしている。

(RX7が、エンジンの回転モーメントの関係で曲がりやすい方向と云うのがあるのと同じである。)

機体の重量バランス、ちょっとしたデザインの突起が気流の剥離を生むことだってある。

そのあたりは、風洞実験の某で支えた状態での実験では表出しない症状である。

理論は構築できるが、実機を作って実験しないことには、理論先行で飛べる飛行機はできない。

つまり、彼お設計した実機が一度も、飛んでいない点から見れば、航空技術者であったかもしれないが、航空技術者としての技量がどうだったという点では評価の下しようがないという事である。

云い方は悪いが、理論上の自分の思い描いた機体性能を、100%と考えるのなら、一般的に生産する飛行機で、100%の性能という理想が反映される車なんてありえない。

彼が言った、70点とは、その大衆車というクラス車(ここ重要)で、理想とした車を作ると云うのは、どんな車なんだろう。

日本経済新聞の私の履歴書でいろいろと書いていたが、結局は、価格が、それに見合ったコストで車を作るというがいかに難しいかということである。

1000CCクラスの大衆車の100%なんて存在しないだろう。

云うのであれば、現状で、100%の車を作ったと云えばよかったのだろうが、大衆車の主査しか任されなかった不満が、70%という言葉に出たのかもしれない。

今回のカローラのモデルチェンジで、価格が300万円代になった。

価格だけで見れば、大衆車ではないという声が聞こえるが、実際乗れば、大衆者的な要素なんて存在しない。

カローラに大衆車的な要素なんて言ううのは、20年も前からない。

いつも思うのは、豊田喜一郎氏に、初代のカローラを見せてみたかったと思う。

25年ぐらい前のマークⅡ三兄弟ぽい感じがする。

つまり、初代のカローラからどんどん肥大して、大衆車として求めらえるものを全部つぎ込んでいくと、現在の姿になるのだろう。

それでも、100%にはなりはしないだろう。

70%なんて発言をしたことは結局、コストと自己満足のせめぎあいの結果、自分の気分として70%という言葉ができたのだと思う。

あとから、この70%発言は、多くのトヨタ自動車の技術者の努力を堕としめる結果となった。

当然の様に、会長さんに責められたようである(会長さんご本人から聞いた。)。

それでかどうか知らんが、後年、70%の発言の真意という事を、良く語った、これは欺瞞である。

昔の記事を読むと、製品の完成度を、70%とするとトヨタよりも日産の方が技術的には優れている、トヨタは販売が上手いだけだという風評を生み出した。

この点では、私は、嫌いなのである。

しかし、偉そうなことを云えば、トヨタに風洞実験の考えを取り込んだのは評価すべきであるし、「主査十か条」というのは、自分への反面教師として書いたのかしらんと思う事がある。

戦後すぐのトヨタ技術を読むと、長谷川龍雄は、風洞実験をよくやっている。

その点は非常に素晴らしいことで、航空技術出身の面目じょたるところである。

初期の風洞実験を見ると、戦前の航空機の風洞実験さながらのテストしているが、果たしてあの当時の車のデザインで行かされたかどうかと云う点では、ほとんど効果は無かったろうとおもう。

当時のデザインに、そこまでの要素は取り込めなかった様であるし、力もなかったとみるのが妥当であろう。

空力は、トヨタスポーツでようやく開花した感じがする。

(デザイナーさんたちは、止まっていも走っているような感じのデザインを考える様になったことも追い風だったと思う。

走っているような姿の発想は、米国のデザインセンターから学んだことで、実際、取り入れられたのはMSクラウンからである。)

デザインの座りの良さと躍動感っという点で考えれば、トヨタスポーツと2000GTは秀逸だと思う。

MSクラウンは、確かに良いデザインだと思う。

まぁ、トヨタスポーツか世に出たのは、長谷川龍雄氏のおかげだから、その点では、ものすごく感謝はしている。

もう一つ、中村主査が亡くなったあ後で、、中村さんの事を揶揄するような事をテレビで発言していたことも嫌いなった原因でもある。

蛇足

ちなみにトヨタスポーツで屋根をつけて走る人には、屋根なしで走ると絶対に追い付かない

屋根取ると、10キロ低下、窓開けると、5キロ速力が落ちるのである。

1ミリオーバーサイズぐらい入れても、圧縮を、〇〇迄上げても、ダメ。

両方やるとエンジンが壊れる(メタルがきれーにつぶれます)ので、あんまり意味がない。

コーダトロンカにしないでCD値を良くしたのは、彼の知識のなせる業である。

20200423

20200424加筆訂正

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人権侵害も、甚だしい話

ひでえ話

ちょっと書くのを迷っていたことがある。

2週間ほど前に、風邪薬を買いに薬局と云うかドラッグストアに行った。

朝から並ぶ気はないので、11時ごろである。

マスクと云うか、市民用対BC兵器マスク(ハーフマスク)をはめていった。

店内は閑散である。

風邪薬は、花粉症がひどい時に飲むと鼻が楽になるので時々飲むのであるが、場所は判っているのでテクテクと進んでいくと、怒号が聞こえた。

最初、良く聞こえなかった。

なんだろうと、通路を覗いてみると、身なりは、そこそこな感じの爺さんが怒鳴っている。

ツバキがいっぱい飛んでいそうな勢いである。

「なんで、マスクが売ってないんだ」

店員さんが、「売り切れてしまって、入荷も何時になるかわかりません」と答える。

これが数回繰り返された。

女性の店員(たぶんバイト)、と男性の店員(たぶん薬剤師)が雁首並べて怒鳴られている。

ペコペコ頭を下げるだけだが、

爺さんは、

「お前らがしているマスクの在庫があるだろうそれを出せ」という

店員さんは、「使いさしですし、従業員の安全の為に・・・」

「俺に、死ねって云うのか」

「ふざけるなよ」

店員さんペコペコ

私、店員さんに、「すいません、○○の大箱ありませんか」とわざわざ聞いた。

薬剤師風の店員さんが、対BC用ハーフフェイス型だからあまり聞こえないので近くに来ようとした。

バイト風のお姉さんの顔が絶望的になる、今にも泣きだしそうである。

○○ドロツプの大箱を見せてこれもないかしらと聞いた。

爺さんの生贄になりそうなバイト君

爺さんが、こちらを向て睨んだ。

向こうから見れば、対BC兵器用マスクは異常である。

爺さんは、「こっち話が済んどらん」と怒鳴ったので、

こちらは、「マスクがねえのは判ったろう、さっさと帰れ」「あんまり怒鳴ると、威力妨害と脅迫で警察呼ぶぞ」と云ったが、良く聞こえてなかったようである。

もう一度、「爺さん、マスクがねぇのが判ったらけえんな」と、ゆっくり言った

爺さん激怒、ツバキが飛んでいる。

店員さんもあとずさり。

仕方がないので、「脅迫と、威力妨害」ともう一度云った。

今度は聞こえたようである。

コイツ、と云うかこの爺さん官公庁の窓口でいつもクレームをつけるクレーマーである

名前もわかっているので、爺さんが店を出ていくときに、

「〇〇さん」と呼んだが、反応なし

店外へ出たので、マスクを外して、「○○○市○○町の○○さん」と呼んだら

ようやく振り返った。

「○○さん、あんたのやっていることは脅迫だぜ」

「被害届出されても文句を言うんじゃねぇぞ」

車に乗り込んだので、スマホでナンバーをパチリ・・・・

マスク嵌め直して、店内に。

風邪薬はあったが、○〇ドロップの大箱はなかった。

店員の姉ちゃんは泣きながらお礼を言ってくれたので、爺さん苗字と住所車のナンバーを書いて、被害届出すなら出した方がいいよと云って店を出た。

多分、あのクレーマー爺さんは、気にいらないと何でもかんでもクレームのネタにする。

「前に来たときは、店長出せ」とか言っていたそうである。

この爺さん、○○○市の元消防署員、人間の屑である。

自分の人権侵害は、何と思わない。

他人の人権を蹂躙し、罵倒し、足で踏みつけることは何とも思わない。

(こいつの家のまえには、某新興政党のポスターが張ってある。)

こんなクレーマーめいた爺さん婆さん、おっさん、おばさんが大量に、波状攻撃の様に来るそうな。

店員さんのケアが必要と思うのは私だけだろうか。

このコロナ騒ぎで、非常識な団塊の世代、感染拡大を助長する身勝手な自由主義を主張してやまない人種があぶりだされたことは、次の時代の

規制されてしかるべき社会の必要性を痛感させてくれたという点で、評価したい。

まぁ、この手の人間がいなくなることを希求してやまない。

 

20200422

 

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いつも疑問に思う事、車の設計者を好きになる必然があるのか?

このブログを読んで、三菱と日産の事嫌いでしょうと云う。

前に出しすぎと云われる。

実際、日産は昔から嫌いである。

ダットサンのフェートンでけがをしたからである。

また、技術もないのに、技術の日産と云うところが嫌いである。

前に、長谷川主査が亡くなった時に、残念でしたでしょうと云われたが、そうは思わなかった。

時々、トヨタスポーツの生みの親の長谷川主査のこと好きでしょうと云われると、正直って好きではない。

理由はいくつかあるが最大のものは、戦後トヨタが苦境にあった時に組員として、会社を敵に回して、戦ったからである。

おかげで、喜一郎氏は自分が、ものすごく大切に育て上げた会社を去ることになった。

(去ったことが、上手く会社の機能としてバトンタッチができたという点は、否定しない。)

大変、優秀な頭を持っていながら、経験と勘で車を作る現場を見てなんて遅れているのだろうと思ったという。

確かに、戦前の日本の航空産業は、一躍トップに出ていた気持ちはあったかもしれない。

しかし、どんなに素晴らしい技術で、戦闘機を作って居たとしても所詮は、一発屋である。

戦前の日本軍の正式式拳銃に、南部十四年式といのがあった。

戦後、余剰になった拳銃が、警察に流れて、警察官の腰に南部十四年式がぶら下がっていた時期もあった。

郡部の地方警察では昭和40年代まで使っていたのだから恐れ入る。

この拳銃ものすごく美しい外観をしている。

アメリカに住んでいた頃、コレクターの人に見せてもらったのであるが、スチールブルーが素晴らしぐらいの深みをも持った色彩をたたえていた。

よく見ると、多分、表面を砥石で、磨いていたのではないかと思うような仕上げであった。

きちんと面取りがしてあり、手間がかかっていることは良く判った。兵器らしくない拳銃であった。

その後の94式は、戦時製造の典型の様なもので、スチールブルーなんてし上げはしていない。

無骨な仕上げであった。

丁度、日本軍の飛行機は、一部で素晴らしと評価する人が大変多い。機械部品として、量産された機械として考えた場合に、米軍の規格であるミルスペックの様な仕様がなかったにしても、パーツの互換性(標準化)ぐらいは、やり遂げておいてほしかったなぁと思うのである。

まず、エンジンパーツでも、互換性がない場合があった。それは、微調整を行える人が居たので、生産現場では、微調整の結果、規定の出力が出せるエンジンは完成していた。

しかし、補給が続かないと、新造のエンジンが届かない、パーツもない、するとあら不思議、共食い整備を始める。工業生産力の低い国は、新品のパーツの購入ができないと、勢い、共食い整備になる、今なら海外マーケットで何んとか購入することも可能である。

(イラン空軍が運用するF-14は、共食いをしながら、パーツを作ったりして運用して居る。)

昔は、そんなマーケットなんか当たり前の様に存在しない。

ひどい話が、同じ型のゼロ戦で、三菱謹製の機体と中島飛行機の機体とでは互換性がないという笑うに笑えない状況があった。

確かに進んでいた面もあったであろうことは一応事実である。

アイデア倒れのものもある。

頭で考えて、それを実現化する職人が居た(当時)、又、名人と云われるような旋盤の技術者もいた。

つまり、極めて限られた人的資源に頼った生産だったという事である。

だからこそ、陸軍の根こそぎ動員で、特権的な職人は兵隊にとられれて、名人芸に頼った生産は崩壊していく。

そこで、戦時中、豊田工機は、機械の専用機のユニット化を進めて、均一なパーツを正確に、大量の生産していく事になる。

戦前の試作機群は、そうした名人気に支えらていていたことと、最大の顧客である陸海軍からの潤沢な資金で、語弊があるかもしれないが、最新の技術を導入で来ていたという事である。

機械を知っている、道具を知っている、技法を知っている、だから偉いのか?という感覚が付きまとう

そのあたりが、金のない自動車産業と比べれば雲泥の差であったであろうことは想像に難くない。

日本の戦前の工業製品は、飛行機であれ、戦車であれ、車であれ、船であれ、均一な製品を作ることはできなかった。

戦時中に、船の標準化を進めた人は最後まで恨まれたという。

それは、各造船所でノウハウがあり、独自の基準があったから、それらの基準を捨てろという事になるので、怒るのは仕方がないかもしれない。

話がズレていくので戻すのであるが、長谷川主査の航空機の方が進んで居ると云うのは、単なる勘違いである。

技術部の組合の委員として会社と激しく対決したその姿勢が、私には許しがたい造反に見える。

大衆車製造を夢として作り出された自動車会社に在籍していながら、乗用車なんかやるから会社が傾いたと主張してやまなかった。

中村大主査は、馬鹿なことを止めろ主張している。

立派な飛行機を設計者としても優秀だったのかは、設計した機体が飛んでもいないのだから評価しようがない。

TH翼を持ち出す人が多いが、理論だけで食えるのなら、世の中は困らない。

陸軍や海軍の試作機にはたくさんの種類があったが、脳なしの陸軍海軍の機械屋ではない馬鹿の高望みな要求が、良さを減殺していき、最終的には量産できないものを作り出す。

結果として生産性のものすごく悪い、運搬にも困難をきたすような機体構造を創り出していく。

外見はそれは美しいかもしれないでが、量産成夫悪い機体は、一発屋の作った工芸品様な飛行機である。

また、彼の設計した機体は、1号機ができて、地上滑走さえできてはいない、試験もほぼ行えてはいない。

工芸品では戦争はできない。

そんな飛行機は、平和な時の実験機として扱うのであれば問題がないが、正式戦闘機格上げしようとしても無理がある。

そう考えると、飛ばしてもいない飛行機を設計した航空機設計技師が偉いなんて思うのは僭越だと思う。

だからこそ、長谷川主査の裏切りとでもいうべき組合活動に対してふつふと怒りが沸くのである。

20200421

 

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ちょっとしたこと。

久々のトヨタスポーツのお話である(笑)

 

平成3年以来のお友達と、以前よく話しの中で、「水面下」という云う嫌味があった。
話している内容が、水面下つまり、ゼロ地点にさえ達していないという意味である。

 

車の話になると、雑誌、本、それこそネットに書いてあることを「是」(是認という意味ね)としている人がものすごく多い。
雑誌でも、本でも、ものすごく、と云うか、沢山嘘がある。
嘘のコピーが、コピーを呼んでいると云ってもいい。
ルーフがプラスチック・・・とかね。
ホンダの事は、安いスポーツカーとは書かないがトヨタスポーツは、なぜか、この間少し書いたけれど、「若者向けの安いスポーツカー」と云う。
言いぶりは、適当ではない、宣伝、文句としては取り付き易い言葉である。
それこそ、29年前に車を買って乗り回しだした頃、近所の見知らぬおじさんから、「若い頃欲しかったんだよね」、「でも、結局買えなかった」という人がいた。
その反面、親にねだって大学時代に、MG、ホンダS600と短期間に乗り継いで、大学4年生で、トヨタスポーツを買ってもらい乗り回していたという人がいた(大学卒業後は、数年で、クラウンに乗っていたそうな・・・)。
女子大生のころにヨタを買ってもらい25年間乗っていたおばさんもいた。
最初のおじさんは、「集団就職で名古屋に来て働いていたけど、自分の収入ではとてもではないが買えなかった」といっていた。
まぁ、決して、安い買い物ではなかったであろうことは容易に想像がつく。

ライターには、前の記事を丸写しというひどいもいるからね、仕方がない。

エンジンが簡単にオーバーホールできるとか・・・

水面下の話は、ここ10年以上車と云うか、旧車の集まりには出かけないので、そのレベルはうかがい知ることもできないが、あんまり変わってないような気がする。

先日、忘れたような人(、覚えてますかと云われたが、全然覚えてなかった・・・一応、この車とは、ほぼ関係のないブログを読んでいるそうな。)から、エンジンミッションのオーバーホールをするという。

クーラー用の2Uエンジンと、ミニエースのパーシャルフローエンジン、ミッションは、ダイヤフラム式があるんだけどエンジン組には、どの部品を使えばいいだろうかと聞かれた。

聴けば、40年式の初期の2Uのオーバーホールという

そこで、クランクケースは、40年のケースを使えれば使うという。

クランクは、ミニエースのものを使うそうである。

(エンドベアリングは、1個だけ持っているという・・・)

お悩みは、シリンダーだと云いう。

40年のオリジナルのシリンダーは、外形が小さいのと、フィンがものすごく薄くて、外見はいいが放熱性が悪い。

それに放熱が均一ではないのか途中が割れているものがある。

ヘッド近くが割れているのは、ぶつけて割った都会の場合も考えられるが、中ほどのフィンガ割れていると、ちょっと使うのは止めた方がいいのかもしれない。

聴くと、中央部分の一部、ヘッド近くが割れているという。

そうなると、ミニエースのシリンダーを加工して使う方がいい、問題がないわけではない。

ミニエースのシリンダーを使うのならば、40年のシュラウドは、厳しい。

アッパーもアンダー部分を使おうとすると、悲しいぐらい合わない。

40年の2Uファンシュラウドの先端部分のおチョボ口を四本ボルトで、止めてあるカバーが使いたいそうな。

UP10(700cc、U型、U-B型)のファンシュラウドも、フロントカバーを四本ボルトで止めてある。

初期の2Uのシュラウドは、ほぼUP10の40年、41年式と変わらない。

シリンダーの外径は、ほぼ同じで、其のままでも使える

しかし、初期の2Uは、熱対策が十分ではなかったので、途中で、シリンダーの外径が大きくなっている。
(2U-B型以降)

当然、シリンダーの上下のシュラウドはシリンダーの大型化に合わせて、若干、大きくなっている。

ミニエースのシリンダーを使いながら、初期のシュラウドを使うのは厳しいと思う。

シリンダーの径が小さいからであるが、シリンダーの上下から挟み込む方のシュラウドカバーははまらない。

アンダーカバーは、2U-Bのカバーを使いアッーパーは、初期の2Uを使う事も可能であるが、一つ問題がある。

前は無理やり合うけれど、後ろの支柱がはまらなくなる。

後ろが開くような形になる。

出来れば、ちゃんと乗りたいという。

放熱性は、ミニエースシリンダーのフィンガ奇麗に後ろまで抜けていたら、表面積が大きいのでそちらを使う方がよいのでは?と伝えると、

ミニエースの2U-Cのシリンダーは、ちゃんとフィンが全部抜けているという。

クーラー用は、抜けてないという。

最悪、シリンダーの外径を削るという荒業もあるが素人やる話ではない。

やるんなら、シリンダーフィンの表面のあらを削って流速を上げた方がいい思う。

ミッションもオーバーホールしたいという事である。

ミニエースのパーツを使う方がいいかと云うので、機械の精度という点ではミニエースの方がまし。

ミッションのパーツは使える部分はミニエースの方がよいと伝えた。

まぁ、メールでのやり取りで、最後は、電話で話をしたのだが、どうも、自分で組むようである、聴けば、ボーリング代もものすごく値段があがったようである。


頑張ってくださいと言っておいた。

ところで、以前から書いていることだが、パーツの精度がいいと云うのは、機械的な部分の精度の事である。

パーツの外観を云うのではない。

私のブログで、パーツの精度とは機械部品の精度の事を云っているのが、外観の事を云っているのではないが、外観にこだわりたい人が、そんなことを云っている人がいるそうな・・・

そこで、悩んで、勇気を奮ってメールしたそうな・・・

言葉をきちんと理解しない人がい居るというか見ている目線が違うと、言葉も別の捉え合片をするのだという事が、わかって、書きぶりが足りないという事を理解した。

申し越し丁寧に書こうと思う。

機械の精度・・・意味が判っていない人がいるようで悲しい。

水面下だなぁと感じる次第である。

ここ15年以上エンジン組んでないけど、もう一回やってみたい気もするんですよね。

新品のシリンダーケースもあるんでね。

 

蛇足
エンジンの量産は、量産効果と云うのがある、沢山組めば組むほど精度が上がる。
標準的な公差よりも小さな差でエンジンを組むことができる。
トヨタは、昔から公差に厳しいメーカーである。
30年ぐらい前には、補給品でエンジンが来たと云う。
そのエンジンは、大変、静かであったあったという。
静かなエンジンをばらして組み直すと大抵はエンジン音が大きくなる
これは熟練のなせる業かとも思う。

 

20200420

20200421加筆

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昔の話、夜間飛行

夜の夜中である。

その当時(20年ぐらい前)、くだらないこだわりで、昭和40年製造のフロントライトをそのまま使っていた。

明かりは暗い、当然の様に田舎の夜道は暗い。

見上げると、満天の星、星、星

子供ころに見た、星空

三桁国道で、ハロゲン灯の光がところどころに見える程度だった。

走る走る

夜風を切って

夜風が気持ちいいというレベルではない。

寒い

初夏の頃ならまだしも、晩秋である

寒くて仕方がないというレベルではない。

革のロングコートに、ゴーグル、革の手袋でさえ冷たい。

燃焼式ヒータのおかげで、足元は少し暖かい。

でも寒い。

友人宅で長居をしたというか、国道が事故で大渋滞だったので、渋滞が解消するのを待っていた。

出たのは21時過ぎ

晩御飯を食べさせてもらい、ついでに一寝入りしたから気分は、元気だった。

前後に車はいない。

寒い

寒い

でも頭は冴えている。

ビュンビュンと飛ばしていく。

空気の層を押し分けていく。

高速道路の入り口迄、その当時ほとんど店らしい店はなかった。

高速に乗ると、すぐにSAがある。

ほんの少し休憩した。

背伸びをして、軽くストレッチをした。

エンジンをかける

二気筒エンジンは元気だ

再び、高速を、60マイルぐらいで走る走る

既に、ヒーターは効かない。

ヒーターを切る

丁度、複葉機のパイロットはこんな感じだったのかと思いながら、闇夜を走る、走る。

前の方に赤い灯火が見える。

追い付いて、後ろにつくと、パウケ、パウケと叫ぶ馬鹿

丁度、長い坂だ、その先に、自動取締機がある。

赤い灯火が、ともる、ブレーキを踏んでいる。

減速気味で、50マイルまで落とす。

その先は、カーブだ。

重力を感じなが廻る。

腰から下に力が入る。

画面が開けて、星空が良く見える。

平野部に街の光が見える。

山あいに入る、坂を上る、星しか見えない

長い長い、登坂車線があるような坂

随分手前から、助走をつけるために、加速する。

蹴立てて、鞭を入れている気分だ。

頂上まで、頑張るが息切れしそうだ。

登りきるとあとは長い下りだ。

寒い、寒い。

風切り音は増していく。

びゅんびゅん走っていく。

インターを降りて、しばらく走ると、車の量が途端に増える。

四車線道路を走る。

幹線を外れて、家に近づくと、既に、人通りはない。

楽しい。

本当に楽しい。

そう云った走り方をしていないなぁと思う。

7年ぐらい前に、そこの家に行こうと思って、インターを降りると、チャージランプが点灯した。

そのこで、中断して引き返して以来、体調もあって、一度も行っていない。

今年は、一度ぐらい行こうかと思っている。

 

 

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昔の話、驚かれた事

ある時、某県警本部の方(最初、その人が、刑事とは知らなんだ。)と話をしたことがある。

現況で会った.

相手は、馬鹿1匹。

こちらが、玄関先で、聞き取りをしていると来た。

怖そうなのが1人と、人相の悪い若いのが1人

イヤホン付き・・・

こちらは1人…割って話そうとするので、悪るいけど、もうちょっとい終わるから、待っててもらえる?というと

こちらは、もう1時間近く話を聞いていたので、もう切り上げどころだと思った処だった。

ちなみに、向こうは、私の正体を知っていたらしい、こちらは、相手の正体を知らない。

この二人、人相、目つきは悪いが、チンピラヤクザ特有の臭みはなかった。

それに、イヤホン・・・?

若い、人相の悪い人が・・・こっちは、急ぎだという。

こちらの方が先にてるんで、こっちの話が済んでからにするか、出直してきて欲しいというと、兄ちゃん、激怒モード

内心、チンピラかな?

やばいかなぁ?

と思いつつ、でも変だし、ここは踏ん張った。

だって、数代前の担当者から、誰も会えてないやつだった。

処理促進で、ここで会ったが、100年目のであった。

すると、怖そうな40代後半ぐらいおっさんが、どれぐらいかかると云うので、おおざっぱに見積もって15分というと、おっさん待っていると云う。

話が聞こえると困と云いうと

「なんでだ」と兄ちゃんは云う。

「それも云えん」というと、兄ちゃん、闘犬モード。

怖そうなおじさんが、「職務だな?」と云って、素直に、「じゃぁ15分で何とか」という。

その時、此奴らなんだ?と思った。

内心、警察?、税関?と思った。(元○○の仕事してたのも判ってたし、ぶちこまれていたのも知ってたのでね)

おっさん曰く、逃げられると困るんでね、離れたとこで見てるのはいいのか?と云うので

「声が聞こえない範囲なら、構わん」というと少し離れたところ、と云うか、公団のアパートなのでコンクリート階段の上下に散った。

相手の馬鹿1匹は、目が挙動不審。

話しも上の空・・

10分ほど、小声で話をしたが、上の空なのでもういいやと思った。

話が済んだので、終わったというと、おっさん俊敏によって来た、こちらが話を聞いてた相手は、急いでドアを閉めようとした。

今度は、こちらの話を聞いてもらわんといかんと、云いながらドアを押さえた。

こちらは怖いので、降りていくと、もう二人下に居た。

外には、これまた、ガタイのいいのが数人・・見るからに覆面が止まっていた。

こちらは、原付だったので、駐輪場まで行くと、制服が、二人

無縁で話をしている。

「ちょと、君、ここにいてくれる?」

「なんで?」

「いや、居てもらわないと困る。」

「何用で?、なんの権限で?」

「いや、もうすぐ来るから」

「あんたら本物の警察官か?巡査部長、警察官職務執行法に基づく職務質問か?」

と息まくと・・

さっきの怖いおじさんが来た。

にこやかに笑いながら、「○○の人でしょう?」という

警察手帳を見せて云う

「そうだ」と答えると、

「さっき聞いた時のメモあったら見せて欲しい」と云われた。

「なんで」と聞くと、

ニヤッとわらって「いろいろ聞いてたでしょう?」という。

「1時間以上も話をしていたんだからメモぐらい取ったでしょう?」

と云われたが、

私は、「メモは取らねぇ」というと、

「なんでだと」云うので、

「メモを取ると相手の話の腰を折るので、話の流れが悪くなるのと、本当の事を話さなくなるから、メモは取らない。」と云ったら。

「内容を覚えてるのか?」と云うので

「現況、現在に至った経緯、生い立ちおの順番で聞くから、そんな場合は、全部覚えることができる。」

面倒なので、警察官もいることなんで、カバンの中に筆記具と、貸与品の携帯しかないので、面倒なので全部見せた。

昔から書類は一切持ち出さないので、筆記具と携帯電話しか出てこない。

紙類は、相手に渡したものしかない。

おじさん、「うーん、ないかぁ」

「聞いた内容は話してもらえんよな」

即答で、「無理です

「庶務課長経由で・・・」

「あーそれも守秘義務があるので無理です。」

「そうか・・」

「ところで、××は、逮捕ですか?」と聞くと、「そうだ」で、終わり

後日、某県警本部へ本庁から出向中のお友達と会食(こちらは飲めないで・・・)中に、この刑事とばったり。

ご友人も知ってる顔だったようで、△〇さん、と声を掛けた。

向こうは、同期?2人

すると、こちらの席に移ってきた。

話の途中で、メモないと云われた時に、さすがだなぁと思ったそうな。

張り込んでいた時に、やたら挙動不審の奴つが来るという報告があったそうである。

メモを取らないと聞いて、その刑事さんは、若い頃、刑事になったばかりの時に、自分を指導した刑事課長が、メモを取るなと云って、同じことを言っていたと云っていた。としみじみ語っていた。

友人曰く、お前オカシイと云った。

その刑事さんの同期らしい、特徴のないおじさんは、ちょっと酔っぱらってましたが、

「〇〇課長、私、4000人分ぐらいお盗犯の顔覚えてますよ」と云った。

「人間じゃないわ」というと、

ここにいるのはみんなおかしいですとい言って笑った。

そんなことを、ふと、思い出した。

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武漢ウイルス関係の感想

武漢ウイルス関係の店舗の開業についての批判について

小さな店舗の営業を、「こんな時に店開いていやがってという」批判をする馬鹿がいる

「営業自粛要請が出ている」というが、何を根拠にいうのだろうかかと思う。

以下の法律を読めば、1000㎡以下の施設は除外されるとなっている。

ちゃんと法律読もうね。

お店は、換気をして、マスク着用を要請している。

消毒も、マスクの着用も励行中である

お店のこうした対応を無にするのが、意識の低いと云う、意識が低い、意識がない人はマスクもせずに店内で延々としゃべっているバカいる。

店内は狭いが換気をしているでも、馬鹿がマスクもせずに話をする。

通期途上でも、自転車通勤しているような体力馬鹿は、自分は感染も、感染者にもならないと思い込んで居る。

自分が感染者となって、自分は発病しないかもしれないが他人に「うつす」という暴挙をおこなっている認識はない。

若者を批判する手合いが多いが、高齢者の自称元気な爺様婆様が一番危ない。

自分は発病しないが、他人にうつしている認識はない。

まァ、この手の爺さん婆さんが話をする相手も、爺さん婆さんである。

家に帰れば、老人家庭ならその配偶者、子供と同居なら、子供とその家族にうつす。

老人、子供に感染するリスクがある。

整体やで、整体師からの感染も報告されている。

つまり、飛沫感染の可能性があるわけで、その飛沫感染なのか、空気感染なのかよくわからなかったが、飛沫感染は完全に可能性が高いことが分かった。

現在は、役所でも、スーパーでも、コンビニでも、透明のシートが垂れ下がる。

こんな時にどうでもいい批判ばかりしている元政治家がいる。

元都知事である、学者、タレント、知事、無職という、最近ありがちな無能な知事(愛知県とか千葉県とか・・・)の典型である。

行政能力がなくても、との職員が優秀だから、歴代の馬鹿みたいな都知事が歴任しても揺るぎもしない。

下手したら予算規模で云えば、小さな国よりも大きいのだから・・・

(豊田市の予算規模と、某四国の県の予算を比較すると、「豊田市の方が多かった」と云う、笑うに笑えない話もある。)

そういったことを考えると、行政機構がしっかりしていても、あまりも独善的な知事が来ると、県政は狂う。

どうでもいいような事を論争にする。

その点は、静岡県は犬以下であろう。

議員のくせに、タレント出演が多いと知名度と云うてんで、知事になってしまう。

愛知県知事も、名古屋市長もその手の手合いの出世コールである。

名古屋市は、河村市長の給与の引き下げ効果で、優秀な人材が集まらなくなった。

また幹部と、一般職の給与価格差がほとんどなくなったので、管理職への登用試験を受けようとする者が皆無になった。

つまり、こういった馬鹿が目先の自分の公約にこだわると、と云うか、馬鹿に受ける公約を上げると、それを実行する、市の行政機関の人的構成が崩壊する。

名古屋市は、今後、10から15年で汚職が増えていくだろう。

だって、出欲が強い奴しか、課長昇進試験を受けないのだから、組織の頭脳、倫理の構成はいびつになる。

前に、名古屋市に調べ物に行くと、隣の部署で話をしていても、自分に振られないと無視するという目にあったことがある。
全く、ひどいものである

前知事は、自分の行動が、自身の為に都の財産を私的に流用するという、いわゆる窃盗を原因として辞職したのであるが、現在の知事は、いわ

ゆる政敵(自滅したんだから政敵でもないと思うが・・・)なので、批判をする。

地に足のつかない批判が多いので噴飯ものである。

でも、マスコミは取り上げる。

図に乗って話をするのである。

読むと腹立たしいような事ばかりである。

(別段、現在の都知事の支持者ではない)

そうして、揚げ足取りしかしかしない某政治家は、毎回毎回、不愉快な発言しかしない。

何を目標にして、自分の対案を持って矜持を持って発言しているわけではない。

単なる脊椎反射に似た反応である。

しかも参議院議員・・・

しかし、意識がない、感覚がない爺さん連中のモデラ―の話を書いたら、本人から

書いた内容について、「残念です」と、書いてきたが、私個人の感想では。「残念なのは、爺さんおまえの感覚だよ」と、言ってやりたい。

「新型インフルエンザ等対策特別措置法」『「同施行令』をちゃんと読んだら、一気に危機感が上がるような気がした。

お暇があれば、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」「

「新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令」を一通り読んでいあただ期待と思う。

Google で、上記の法律を検索して是非、読んで欲しい

20200418


店舗関係の部分の参考 

法律
新型インフルエンザ等対策特別措置法 (平成二十四年法律第三十一号)
施行日: 令和二年三月十四日
最終更新: 令和二年三月十三日公布(令和二年法律第四号)改正

第四十五条2 
特定都道府県知事は、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等のまん延を防止し、国民の生命及び健康を保護し、並びに国民生活及び国民経済の混乱を回避するため必要があると認めるときは、新型インフルエンザ等の潜伏期間及び治癒までの期間を考慮して当該特定都道府県知事が定める期間において、学校、社会福祉施設(通所又は短期間の入所により利用されるものに限る。)、興行場(興行場法(昭和二十三年法律第百三十七号)第一条第一項に規定する興行場をいう。)その他の政令で定める多数の者が利用する施設を管理する者又は当該施設を使用して催物を開催する者(次項において「施設管理者等」という。)に対し、当該施設の使用の制限若しくは停止又は催物の開催の制限若しくは停止その他政令で定める措置を講ずるよう要請することができる

新型インフルエンザ等対策特別措置法施行令
第十一条 法第四十五条第二項の政令で定める多数の者が利用する施設は、次のとおりとする。ただし、第三号から第十三号までに掲げる施設にあっては、その建築物の床面積の合計が千平方メートルを超えるものに限る。

七 百貨店、マーケットその他の物品販売業を営む店舗(食品、医薬品、医療機器その他衛生用品、再生医療等製品又は燃料その他生活に欠くことができない物品として厚生労働大臣が定めるものの売場を除く。)
十四 第三号から前号までに掲げる施設であって、その建築物の床面積の合計が千平方メートルを超えないもののうち、新型インフルエンザ等緊急事態において、新型インフルエンザ等の発生の状況、動向若しくは原因又は社会状況を踏まえ、新型インフルエンザ等のまん延を防止するため法第四十五条第二項の規定による要請を行うことが特に必要なものとして厚生労働大臣が定めて公示するもの
2 厚生労働大臣は、前項第十四号に掲げる施設を定めようとするときは、あらかじめ、感染症に関する専門的な知識を有する者その他の学識経験者の意見を聴かなければならない。
(平二六政二六九・一部改正)

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「また、きっといいことあるよ」

山田風太郎氏の「戦中派不戦日記」の一説に出てくるらしい

最近、漫画化されて連載をしている。

その中で、空襲に遭って被災した女性が二人座り込んでいる状態の横を、山田医学生が通りかかる。

漫画だから、防空頭巾をかぶってつぶやくのである。

「また、きっといいことがあるよ」

そう思いたい。

「戦中派不戦日記」を最初に読んだのは、今から思えばば、40年ほど前である

魔界転生が売れていた頃で、その手の本も読んでいたが、本屋になくて、古本屋に行くと、丁度「戦中派不戦日記」目についた

終戦後21年分から読み始めたが、後に、戦時中の20年の分も読んだ

40年前に1回読んだきりの本の内容はほぼおぼ得ていない

1人でアメリカ兵を3人殺す、2人で、7人…と書いてあったことはよく覚えてい居いて(と云いながら脳内変換で、数は増える)誰が書いたのだろ云うとふと思ったこともある。

山田氏が、戦後、戦争責任を誰も取っていないことについての感想を述べたのも読んだことがある。

つまり、日本の無責任体質、昔から格好をつければ「君臨すれども統治せず」、悪く言えば「天皇機関説」である。

だからこそ、組織の長になる人間は人畜無害な者になることが多いという弊害もある。

今回の武漢ウイルスの蔓延は、反政府団体、反政府系の団体、政党、高度成長期に青年時代を謳歌した無関責任な老人たちの群像、他人の事なんか一切考えない、自分さえ良ければいいという人種、買い占めをする、人の不幸で金儲けをもくろむ人たち、転売屋・・・

あぶりだされて、あとはどうなる?

戦後日本ほど、野放図に自由だった国はない。戦時中真面目な学生は先に死に、ずるい奴が生き残った。

そうして大学にはびこったという意見もあるが、山田医学生が、アメリカを憎いと思った心持ちがあったのだろうと思う。

大人は、現実に都合をつけて、長老を追い出して自分たちが君臨することを画策した。

美術界だろうが、なんだろうが、戦時中に力を持って居たた、国を愛して活動しておいた人を卑下し、罵倒して、追いだした。

レオナールフジタはその典型であろう。

彼の書いた、戦争画サイパン島玉砕の、「サイパン島同胞臣節を全うす」を見たことがあるであろうか。

以前、現物を見ることができたことがあった。

その大作を見ていると、悪い癖で、絵を読んでしまう。

その絵を読んでいると、涙がこみあげてきて、絵の前で泣き崩れてしまぃ、同行してくれた先生も学芸員の方もおろおろしてしてしまった。

その絵は、サイパン島で亡くなった兵士、島民の最後の姿を描いたもので、勇ましさはない。

今の目で見れば、奮戦する国民、兵士と云うよりも、押しつぶされていく人しかいない。

これは、戦争賛歌とは言えない。

しかし、戦後、戦争画を書いていたといして責めたのは、自分が藤田の地位に就きたいと思った共産主義ファシストの画家であった。

また、米国の民主党系の、ニューデイラーは、社会主義的ファシストが多かったから、共産党の活動を容認した。

後に、いわゆる共和党派の巻き返しと、欧州でのスターリンの行った欧州世界の支配を目論見、フランス国内でのテロを主導して、列車事故を起こし、社会不安を引き起こした。

列車の転覆事件をも引き起こしている。

丁度、日本でも同じような事件が起こっている。

当時、共産党は軍事路線を取っていた。

防大の一期生の中には、軍事路線という事だけで、共産党の共闘を考えるという、旧帝国陸軍、海軍にもびこって居た、民衆を救いたいという善意から発してるが、手段としての軍隊を私用する方向に走る傾向があった。

226事件の安藤大尉を持ち上げる向きもある、実際は、陸軍省内の権力争いの道具に、純真な心を利用されただけである。

悪い奴は、こういった社会不安が来ると悪いことを考える。

この武漢ウイルスが終息した時にこそ、害悪の様な存在も、消毒されているような社会が来ることを望んで止まない。

「そのうち、いいことがあるよ」

そう云ってにっこりを笑い合いたいものである。

 

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政治家の老害について

コロナのおかげ?でバカな尾政治家のご乱行が報道されてい立憲民〇党所属の技位の下半身の異常さがクローズアップされていて楽しい。

強姦魔、変態性欲、国会議員だぞと威張るバカ、警察手帳の写真を撮らせろ・・・もうテロリスト何も行動である。

なんでも「根拠」としか言わない馬鹿もいるが、サル以下な発想パターン、

新聞記事をでっち上げる。

新聞記事を根拠に質問する

でっち上げだから、回答できない

回答できないと、隠ぺいだと騒ぐ

ついでに、画像の改ざんなんて平気の平左、嘘を報道する。

その嘘に元づいて、国会質問をする。

その様な事実はないと回答しても、隠ぺいだとと叫ぶ

自分たちが、政権与党時代の悪事の露見は、させないように努力する。

またマスコミは基本的に左翼の味方だから自分たちの味方の失敗につながることは報道しない。

そうして、基本手な攻撃パターンは、個人攻撃、各出先機関の事務所へ押しかけて、罵倒する

いつも思うのだが、録音しとけよと云いたい

(私は昨年パワハラ副支店長と会談時、本店人事が事情聴取に来たときはすべて秘密裏に録音した。

だって自己防衛だもの。

出先機関の職員が自殺した、その件で、又蒸し返そうとする。

その原因は、ヤクザ以下の政治家の罵詈雑言ではないかと云われている。

それに、財務、運輸も腐ってるから仕方がない。

自分たち逃げの姿勢がばれると怖いので、誤魔化す。

負担がペイペイに行く。

書類お改ざんなんて当たり前なんだろう。

去年と云うか一昨年本店に送った事案は、ある幹部職員の守秘義務違反について延々と書いておいた。

すると去年、別件で元居た支店の端末からこの事案の記事を見ることがあった。

守秘義務違反の記事の部分は、バッサリと削除、改ざんしてあった。

これができるのは、本店の幹部クラスお権限でないとできないから、幹部の中身が腐っているのは良く判る。

元お仲間の犯罪はもみ消さないとね。

そんな程度である。

国会議員も、元外国籍の人が増えると、単なるクレーマー的な手合いが増えた。

会話は、もうヤクザ並みである。

前にも書いたことがあるが、岐阜県選出の民主党(当時)の地元秘書は、

「俺のいう事が聞けんという事か?」とのたまわれた

すかさず、議員先生はご存じかしら?聞いてみた

知っているという

そこで、あっせん利得罪に問われると困るのは誰だろうねというと、しっぽを撒いて逃げていった。

人間の屑(くず)である。

人の屑と云えば、新聞記者、株屋、報道関係ってやつは基本的にクズである。

正義の実現なんて偉そうなことを云う

木鶏て云う、中身、自己愛の強い、ただの勘違い野郎のファシストである。

最近は、クソ女も多い。

こいつらは、自分たちの希望する答えを云ってくれそうな元政治家(政治屋)のところへ行く。

現在の政治状況を見て、心境を聴いてみる。

寂し老人が多いので、望んだ答えを、答える。

まるで、現役世代のようね偉そうな口調である。

いまだに政治屋を続けている一郎君は、ピント外れなことばかり言っている。

でも、昔、金をばらまいたおかげか、いまだにぶら下がりがいいる。

奴が、盟友「金〇」が失脚、死にゆく間際には、近寄りもしなかった。

つまりは、金〇、竹〇は、一郎君にいいように利用されていたという事である。

これを許したのも、長老とといでもいうべき存在になっても、しゃしゃり出る精神の下劣さが招いた事故みたいのものである。

まぁ、大阪のおっさんは、無責任な発言が多い。

自分が、マスコミから見えれば、ピエロという認識がないようである。

いい加減に引っ込んでいろよと云いたい。

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ああ、日産はどこ行く

日産自動車は、銀行団に対して5000億円の融資枠を求めた。

トヨタ自動車は、1兆円

ちなみに決算書ベースを読むとこんな感じである。

日産は、火事場泥棒的である。

2019年第3四半期報告より

資産合計 1895234500万円(うち有形固定資産530569800万円、投資資産のうち有価証券133887500万円) 

2019年末の社債     1兆6918億4400万円

2019年末の長期借入金  2兆5391億8600万円

合計で4兆2310億3千万円

 (2001年末の社債       6994億3600万円

 2001年末の長期借入金    7031億1100万円 

 合計で1兆4254700万円)

社  債、2.4

長期借入、3.6

全体で、2.96

2001年から20年で、約3

 

ちなみに、トヨタは、銀行団に対して1兆円の融資枠を要請

資産合計5380113400万円

(うち固定資産は107062200万円)

トヨタ自動車の2020年3月期の借入残額

流動負債(うち短期借入548439800万円、長期買借入448592600万円)

1813198200万円

固定負債(うち長期借入債務1093498700万円)

1413749800万円

負債合計 3226948千万円

こう考えると、日産とトヨタの規模の違いである。

日産は、昔から目先の規模拡大を追い求める、東芝を沈没させた幹部の様に、風船を膨らませるのが得意である。

中身はない。

(郵貯の問題は、東芝の戦犯が、郵貯に行ったことが原因であるが、基本的には、小泉純一郎の私怨による郵政の解体を望んだ結果である。

 脳味噌の足りない元総理、引退したくせにしゃしゃリ出てくるなと思うのだが、ようく出てくる。現政権への批判的な言質を引き出したいがためであろうが、引退した爺さんがしゃしゃり出てくることは、老害という。

 大阪の橋下もよくインタビューに出てくるが、基本手には引退した政治家は、無責任な発言が多い。橋下はその典型であろう。

 引退したら表に出てくるなと云いたい。)

日産の投資は基本的に利益を生まない投資が多かった。

現在も、投資はことごとく失敗の傾向が高い。

東南アジアの新設工場もすでに生産中止、三菱に押し付けようとしている

何となく、大人のお兄さんがいる出来の悪い末弟という感じがする。

お兄さんは、三菱グループ金曜会、出来の悪い末弟、三菱

いじめっ子が、その末弟から金をせびっている。

弟が、兄ちゃんに助けを求める

兄ちゃんは、いじめっ子の親分と話をつける(ルノーへの出資)、日産のタカリをやめさせたい。

日産は、タカル先もなくなる。

アライアンスと云いながら、三菱からはちゃっかりタカる。

タカルことができなくなって、タカラレルだけの存在になると、もう火だるまである。

ルノーも、コロナで、既に火だるまである。

日産は生産調整で在庫を減らす意向と云われて居るが、車は全く売れてないので、在庫減少には役立っていない。

新規の生産が止まれば、自社の在庫は減るからいい。

お客に押し付けた在庫は、減ってない。

ラインをほぼ全面休止モードという

米国でも、一時解雇を、日産もトヨタも行って居る。

三菱は、国内生産が止まりつつある。

全工場で生産が止まる(止まったかな?)

トヨタのラインは週二日休止。

世のなかは、コロナで緊急事態

自動車の販売店も早めに店じまい。

19時まで営業していたのが、17時で閉店

近所のスーパーが、21時までの営業が、20時までに変更

開店時間は変わらないけれど、閉店時間を繰り上げている。

直ぐに、現金給付をと云うのは、予算の仕組みを知らない馬鹿の妄言である。

法律は何も決まっていないのに、各官公庁は、こんなことができるはずです・・・・と云うのホームページの載せているが、出先では法律が通らなければ何もできない・・・。

法律が通ったら来てねという感じらしい。

実際、積極的に説明しないという方針がある。

だって、相手は切実、本省からは指示が来ない、支局での対応は、指示待ち。

嘘は云えないし、あとから訂正もできない場合があるので、あとから来てねとしか言えない。

仕方ねぇえだろうと思うが、報道先行で流れるので、現場は大変

国の緊急事態宣言のおかげで、国の機関の業務は、1グループを2から3班に分けての勤務をしている。

県が勝手に出してる恣意的な緊急事態宣言は、国の機関は拘束されないが、内部では、積極的に休もうねと云っている。

2から3班での運用になると、対応力は3分の1以下になる。

1日から2日置きお出勤なると、その日のうちにその日の仕事をして、後任引継ぎをしないといけない。

残業は必数となる。

そんなの中で、車を買いに行くやつがいるかという事である。

日産は、5月に決算を発表するのであるが、去年社債の起債に失敗しているから、償還期が来ると、ボヤではなくて、もう火だるま決定だろう。

日産が、来年は世の中から消えているかもしれない。

 

 

 

 

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さぞや悔しかっただろうに?

先日から、運動不足解消のためにテクテクと歩いている。

通勤時は、自転車を使っている部分を自転車引きながらの徒歩である。

一日最低でも30分は歩こうというこの健気な志(笑)

運動不足なんでね、基本的に外出禁止なので、外に出ることがないズ~とPCと資料に睨め比べである。

おかげで、いつもならはかどらない仕事が捗(はかど)るのである。

ちなみに、3月中に22年分の資料を読んだら疲れたが、4年分でも、調べてないことだらけで、うんざりなのを数件読んだら、ちょっと、足りないところを調べるのが嫌になった。

まぁ、気晴らしと云えば気晴らしである。

ひたすら歩くのである。

以前は、会社まで主要駅から、全区間歩いて通勤していたが、現在は自転車引き引き徒歩である。

片道25分から30分

10数年前には営業していた店の多くは閉店している。

建て替わったり、壊して更地になったところもある

RT40が、家の前に置いてある陋屋(ぼろ屋)は、そこに住んでいた爺さんが死んだときに壊された。

オリジナルのホイールカバーが惜しかったなぁあ、と

屋根半分抜けたような家でしたが、住んでましたね。

近所をてくてく歩くと、元同級生の家がある、元家がある、空き家がある、駐車場になった元家、ぼろいまんまで放置されている家、暴力教員が住んでいたアパート…取り壊されて、普通の家が建っている。

最近アパートが減った。

近所にあった人殺しのあったアパートは取り壊されて、長年放置してあったが、今回、散歩の途中で見ると戸建ての建売建築中だった。

町内と町内の端境、環状線の買収で、南北の町分断された丁度その角

町の位置から行けば裏鬼門である

人殺しが2回あっても、賃料が安かったのか、15年ぐらい前までは人が住んでいた。

でも、ボヤかなんかで、人が住まなくなると放置されていた。

うちのちび助を連れて散歩に出る時に車どおりが少ないのでよく歩いた道だったから覚えていた。

このアパート、同じ部屋で2回も人殺しがあったんだよね、1回目は40年ぐらい前、・・・・・2回目は、30年ぐらい前。

其の頃、毎日トレーニング、車どおりの少ない道を走っていた。

すると、いつもは、くらーい道に、赤灯が乱舞していた。

なんだろうと思って眺めていると、担架にくるまれた人らしいのが・・・救急車ではない車で運ばれていった・・・ちょっと、あれは・・・・である。

運んでる途中で、正規のない手が、ぷらーーんと・・・ちょっと、ぞーーーーとした。

その近くに「K」と云いう同級生の家があった。

今でもあるんだけどね・・

その昔、タミヤが1/24で、スピード競技用という触れ込みでポルシェのキットを出していた。

それは、速かった。

「K」はランチャやストラトスの同じくスピード競技用を買っていたので、路上で、走らせると、ぽルシェの方が、速かった。

すると、此奴、私のポルシェをわざと踏んで壊した。

抗議したが、わざとじゃないと言い張って逃げた。

一人っ子だったので、少々、嫌な奴だった。

この元同級生は、18歳で白血病になり、19になる前に死んだ。

白血病で死んだのは二人もいる、このKと、中学時代の同級生の「S]である。

「S」は、、クラブが同じだった、ただそれだけだった、借家だったが、工業高校へ行ったとは聞いていたが、その家が、騒音対策で買われて空き地になってからはどこへ行ったのか知らなかったが、ひょんなことで、高校時代に白血病で死んだと聞いた。

「K」、の家には遊びに行ったこともあった。

友達の友達ぐらいの勢いだった。

ある大学を受けた時に、会場で会ったがものすごく偉そうだった。

ちょった、侮辱されたので、ムカついていた。

すると、翌年、かかりつけの医者(結構大きな病院)に行くと、そいつが車いすに乗って押されていた。

こちらは気が付きもしなかったが、向こうの親が気が付いた。

入院中だという

主治医の先生が、血液の病気の大家だったので入院して居るという事だった。

家に帰って、親に告げると

血液の癌で入院しているらしいよという事を聞いた、ちょっと驚いて、次の時に病院へ行ったときに先生に聞いたら

白血病だという

当時は、直すすべがほとんどないと云われた

そうして半年もしないで、亡くなったと聞いた

葬式は、行きもしなかった。

行く理由を見いだせなかったからだ。

それほど仲が良かったわけではない、2年間同級生だっただけである。

こちらは、プラモデルを壊されたことと、侮辱されたことは忘れないので、気分的には「ざまぁみろ」だった。

以外に根に持つので、10年たとうが、20年たとうが、何時までたつても怨恨はそのまま残している。

復讐心は山に埋めないのである。

散歩の途中で、「K」家の横を通った、昔ながらの家がそのまま残っていた。

そいつの家は、ありがちな、駐車場は、プランターで埋まっエいた

表札は、漢字からローマ字に代っている。

住んでいるのかいないのか判らないような家であった。

そこの横の家は、完全に住んでいなくて廃屋の1ッ歩手前であった。

15年ぐらい前に、ちび助を連れて歩いてると、見知らぬ老婆に声かけられた。

確かめはしなかったが、その老婆が、恨めしそうな顔をして、「○○君、お子さん?」と云ったときの眼の底の暗さは何とも言えなかった。

追いかけられはしまいかと思いちび助を抱き上げて家とは別方向へ向かった。

どこのだれか判らないと気味が悪いので、引き返して観望すると、「K]の家に入っていったので、あの偉そうだった「k」の母親かと思った。

丁度、その数年前に、仕事で、件の人殺しのあったアパートに行くことがあった。

住んでいるはずという事で見に行ったのだが、もぬけの殻で、鍵もかかっていなかった。

大家と待ち合わせをしていたので、勝手に入るわけにはいかないので、外で待っていたが、寒かったので車で待つことにした。

人殺しのあった部屋は、2階の階段から数えて四番目部屋、子供の頃に肝試しで見に行ったことがあるぐらいだから覚えていた。

部屋の前には、ワンカップと枯れた花の残骸。

建物の外観の写真撮ろうと、階段を下りていくと、階段を上がってくる、おばあさんと出会った。

小さな花束とお酒を持っていた。

こちらは車に戻りメモを書きつつ、大家を待っていた。

おばあさんが横を通った。

今度は手ぶらである。

2階には誰も住んでいない・・・と、云うか、1階ももう誰も住んでいないような状態だった。

戻ってみると、人殺しのあった部屋の前に、小さな花束とワンカップだった。

すると、大家さんが来た

大家さん云聞くと、殺された人の親じゃないですかと云った

きけば、2回人殺しがあったので、こ部屋は貸せなくなってしまったと云っていた。

この時、車の横を通り過ぎた時の顔は、怨嗟に満ちた顔だった。

丁度、「K」の母親らしき人が、見せた顔に似ていた。

この母親、息子が死んでから、すさまじい守銭奴になったそうで、舌を出すも嫌というぐらいの生活態度になったそうである。

怪しいマルチの商品を売りに来たこともあった。

そう考えると、死んだ「K」は、さぞや悔しかったであろうことは想像に難くない。

そうして、私みたいな、あんぽんたんが、長生きしているのを見て、さぞや悔しかったであろうと思うのである。

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最近の傾向、デマに注意しよう

先日、チェーンメールに騙された。

フェイスブックなので、すぐに流れてしまうので、張り込んで、公開を自分だけにしておいたつもりが、公開だった・・・。

複数の方にご迷惑をおかけして申し訳なかったです。

すいませんでした。

最近、デマが多いので、厚生労働省、感染症センター、CDC(アメリカね)の記事を読んでから掲載する様にしていたが・・・ちょっとマヌケだった。

CDCの記事(基本英語)のなのだが、翻訳ソフトを使えば比較的読める

変な訳があれば、単語までさかのぼればいい。

要は、正しい情報をいかに把握しておくかという事である。

本当にデマが多い。

水飲めばいいと云うのもどうなんだと思う。

粘膜から感染している可能性が高いようなので、目鼻口傷口が危ないと考えている。

鼻口もマスクで大丈夫というが、汚い手で触ったマスクは既にアウトであろう。

手を洗った後で、消毒した後で、マスクを触るべきだと思う。

雨が降ると、湿度が上がるので、乾燥風化するる時間が長くなるので要注意である。

外へ出ると、基本的には物を触らない。

エレベーターも、基本登りは使うが下りは使わない

使うときも直接は触らないようにしている。

なるべく鍵とかで押して居る。

玄関の外にアルコール消毒を置くべきかととも考えている。

防疫は、一人でできるものではない。

全員が、その様に意識する必要がある。

十分注意してもし足りないような状況である。

正しい対応をしたいと思う。

全体が、注意してお手も、わずか1%の馬鹿の所為で蔓延することがある。

バカの排除が重要である。

ついでに、運動不足

完全に内勤モードなので、運動不足は要注意である。

運動不足の解消で、土日は、近所を毎日30分歩く様になったが、行き先を近所の神社にした。

遠回りで、大体、往復30から40分。

出勤は、途中、自転車の部分を歩きに替える。

そうやって運動量を確保する予定である。

外出は、散歩以外は、買い物のみ。

近所のスーパーへ、人の少ない時間を選んでいく。

スーパーでさえ、レジ待ちの位置が1メーターほど離れた位置に書いてある。

昼間は客が多いので基本的にいかない。

どこもかしこも閑散であるこれだけ閑散としていて大丈夫かと思ったりもする。

先は長いので気長行くつもりである。

 

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ある集まりの開催予定が来た・・・大丈夫か?と思う。

以前から予定がアナウンスされていたある55周年イベントについて、某施設で、一応、開催予定という連絡が来た。

コロナで、予断を許さない情況でありながら、開催をする予定と来た・・・

さぁて、施設側はどう対応るのか見ものである。

その施設は、現在、絶賛休館中である。

同施設の親会社の会長さんの決断で、関係施設は、全館休館中である。

自動車のイベントなので、基本的に野外開催である。

室内での歓談昼食があるそうであるが、2メートル(CDCは、6フィート)は、離れようと云っている。)

マスクして、もごもごしながら2メートル離れてたちばなし・・・意味が分からない。

意味が分からいイベントのもう一つが、いつもなんでやるのか良く判らない、同乗イベント。

昔から思うのだが、同乗させる意味と云うか、意図が良く判らない。

最初の頃の、その意図はなんだか聞いたことがあるが、ご回答は、珍妙で「裾野がそれで広がる」そうである。

同乗で、裾野が広がるなんて思ってるのは、自動車販売会社の昭和の発想である。

現在的に乗れば、わかるのだが、野蛮な車である。

よく整備された道を走るのはいいだろうと思う。

私は、よく整備された道路、高速道路を走るのは大変好きである。

昭和40年代、国道の舗装率が50%以下だったころは、全国津々浦々ポンコツな道であった。

実際、この車を買ったのはほとんど街中の若者である。

現在の通貨で、50万円、60万円は、安く感じるだろう。

軽自動車の値段は昔、30万円ぐらい、現在は、張り込んで張り込んで、200万円近くなる昨今、(いちば張り込んでいるの馬鹿は、ホンダであるが・・・)

でも、大卒初任給が2万円ぐらいの時代である。

現在の大卒初任給はその20万円である。

ほぼ10倍である

現在で考えると、50万円は、500万円、600万円という事になる。

2万数千円の初任給で、25か月分の給料にな相当する50万円の車を買う気になるかとという事である。

バカ(よい意味での)は頑張って買うかもしれない。

知り合いの高卒で、新車のセルシオを買って、1年で、沈没した奴がいる。

この馬鹿、手取りで13万円で、10万円ロ―んを組んでいた。

3大学中退で、32のGTRを買って、1年で事故して、吹っ飛んだ馬鹿がいた。

コツつは、親元で、給料の手取り16万円で、12万円のローン・・・

FD買って、実家から通勤して、昼めし食わない超緊縮財政ををして、何とかローン払った奴もいるが、ガソリン代でなくて6年間で、5000キロだった本末転倒な奴もいた。

コイツは、手取り15万円で、8万円のローン・・

彼らは、基本的には、欲しくて買った。

でも、収入から考えればそう考えると、6年間支払うには厳しい金額、と云うか、ガソリン代保険代を考えれば、安くないだろう。

まあ、昭年40年代の50万円を安かったなんて言えるのは、単なる錯覚である。

下手したら、ものすごく安いマッチ箱みたない家なら100万から150万円で買えた時代である。

街中でお年を召しをた方に声を掛けられたことが、何度かあるが、昭40年当時(大学生の時)、新車で、親に買ってもらった人ばかりであった。

そう考えると、当時から道楽な子供が買ってもらような車で、高かったのである。

当時から、現代もそうであるが、二人しか乗れない、役にはほぼ立たない車である。

50年も前の車なのだから、現実的に、普通に乗れるこ車を買おうとすると400万円、500万円はザラである。

いつも思うのは、古い車に乗るのは、ある程度の覚悟と云うか、諦念がが必要である。

覚悟よりも、諦念であろう。

諦念つまりは諦めの境地である。

安くて、100倍ぐらい樂な車が、半分以下の値段で買える場合にわざわざ買うのか?という疑問である。

周囲の、オーナーを見ていれば、大体40代後半から60代70代である。

定年退職後、ものすごく高い金を出して買った人も沢山いる。

まぁ、メンテナンスフリーで買っているのだから高くても仕方がないというところである。

自分で手を汚さないのだから、高くても仕方ないよねという気もする。

だけど、1000万円近く出した人もいると聞いて、老後が安泰な大手企業の退職者は違うなぁとと感心したりもしている。

最近、買ったオーナーは、パーツ見て、パーツ番号みて、部品が判るかな?という気がする。

彼らは、なんでもかんでも他力本願である。

仄聞すると、ちまちまと、なんかやっているけど、車動いてない(動かせない)人が、いると聞くので、まず、動かすこと考えようよと思う。

そうして思う事は、同乗させたって、裾野は広がらないと思うという事である。

まぁ、同乗させて買う気になるなんてえのは、悪く考えると、自分が車を手放す時の買い手の保全を広く浅く保全してるのかな?とも思ったりもする。

で、今回も、自動車修理工養成学校の学生を同乗させるという。

愛知県の独自の緊急事態宣言は、一応5月6日までである。

(その後、全国に非常事態宣言が出た)

こういった流行が完全に終息するのにどれぐらいの期間を要するのか?

謎の病原体過ぎて誰にも分らないだろう。

テレビの医者を含めたコメンテーター、バカ議員のわっけのわからない発言を聞いていると、さも専門家の様な振る舞いをしているが、この武漢ウイルスの専門家など現時点で、世界中どこを探しての居ない。

最初ころの、医者連中で、検査を増やせと言っていた。

この馬鹿医者は、武漢ウイルスの検査が、インフルエンザの検査の様に、粘膜から検体を取ればすぐにわかるぐらいの認識で話をしていたとしか思えないレベルの発言だった。

検査が面倒で、検査に架かる時間、特殊キットの取り扱い、検査技師不足に対する認識がなかったとしか言えない。

某半島国家での、ドライブルー検査は、実態が良く判っていないが、4人分を一度に検査するという無茶な方式とも聞く。

つまり、4人一緒に検査するから、4人うち一人が陽性だと、全員が陽性と判断されることになる。

つまり陽性患者が、4倍の速度で増えたことになる。

急速な数の増加は、この様な検査の所為とも考えられる。

減るのもまたその然りである。

現在の急激な患者数の増加が、一時的に減少しても、保菌者を把握することはほぼ不可能である。

現実的には、体内で増加する前に、武漢ウイルスをうつす可能性が否定されていない。

接触感染が主体用のであるが、モノを介した接触感染の可能性が非常い高いと言われている。

歓談するという事は話をするという事であるが、2メートル離れてする会話なんて楽しいか?という事である。

どこかの馬鹿議員のようツバキを飛ばしながら怒鳴って質問すれば、飛沫感染を助長しているしている云われても仕方がない。

この会場で、集団感染を起こしたいという腹積もりがあるのかという疑問である。

国会で、醜態をさらした、長野の馬鹿議員は、ツバキを飛ばしながら質問することは、問題がないと主張して止まなかったが、常識的でないへ理屈はたん案るクレーマーである。

政府首脳への感染を目的とした発言行動だったと考えると、既にこれはテロレベルである。

アナウンスのあった、5月下旬の開催は、多分いいだろうとか、予定したからいいだろう?と云っているようにしか見えない。

今か1ケ月半で、終息、安全宣言が出るとも思えない。

緊急事態宣言の行方も分からない。

まぁ、定年退職後に買ったオーナーは、イベントに、余命が短い人が多いので、参加したくて仕方がないらしい。

暇で暇でうずうずしているらしいので、その手の暇な爺さんたちが、「イベントをやるかやらないのかと」との質問が相次ぎ、仕方なくイベント開催予定を連絡してきたのだと思うと云うか、そう、思いたいよね、他律的な要請があった結果、開催する予定ですと、配信した思いたい。

さて、恐怖の同乗である。

まぁ、基本的に、同乗したら、その時点で、三密の考えからすれば、アウトであろう。

オープンにできるけど、オープンで走るオーナーはほぼ皆無である。

今迄の経験上、ほぼ全員が、屋根つけての走行である。

前回の50周年の時に、屋根開けて(外して)、オープンエアーで来たオーナーは私除いて、ゼロだった。

私、常時、オープンでしか走らない。

屋根をつけるのは、雨降りと、野外に、宿泊で止める時(ツーリングの宿泊時ね)以外は、屋根は外してトランクの中である。

ここ4年ほど、車検持ち込みの時は、雨が降るので、屋根をつけた。

話は戻るが、緊急事態宣言が延長になるかならないかは置いておいて、5月下旬で、三密は避けようという傾向は続くとみるのが至当である。

屋根つけて、換気の悪くて、狭い、密着モードの状態で同乗?

感染拡大を避けろと言っている状態で、

見ず知らずの、

健康状態さえ判らん、

どんな生活してるかもわからんような奴

を乗せたいか?

同乗者は、なんだか学生を乗せるらしいが、勘弁してほしい。

出来れば、載せたくないし、車に他人がタッチするのも避けて欲しい。

もう、マド開けていてもどっか触ったら危ない状況なんだから、同乗なんてやめようよと云いたい。

会場で、1メートルから2メートル離して、会話をする?

離れて話なんかできるのか?

そもそも、意味があるんか?

食事は、三密を避けた状態で・・・距離を置いてという事だと思うけど、ホールで飯食ううの?

ホール直接外気導入換気は、ドア開けて?

パーテーションつけるとドア3~4か所、全開で換気?

文化館((新館)の玄関のドア(自動ドア全開?2枚両開き)、P2,P3駐車場の扉(1枚横開き)、全開?

ちなみ、空調を廻しての換気は、館内を循環するので、ダメだろう・・・・・それとも、パーテーション無しで?

意見交換、雑談(?)意味が分からない。

多くの自治体は、7月以降のイベントも中止予定のところが多い。

馬鹿は、7月でもやると息巻いているのがいるが‥これは仕方がない、会社の存亡がかかってるんで無理はない。

大体、5月末の研究学会の総会にでる気でいたけれど、現在、躊躇している。

まぁ、このイベントが、5月に強行すると云えば、参加はするだろうけど、ホールには入らないと思う。

友人は、参加しないが得策でないかともいう、自分もそう思ったりしている。

だって、我が身大事だもの。

20200412

よく読まれているようなので、・・加筆訂正です

20200427加筆訂正

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イベントの開催は止める方向

毎年2回開催しているイベントは、1回目は早々に中止

会場側の事情もあるので、即中止を決定(対外的には、無期限延期ですが・・・)

で、次は、夏なのだが、これまた微妙と云うか、気分的にはほぼ無理と考えている。

その理由は、5月、6月でほぼ終息したとする。

7月に開催できるか?という事である。

それに、場所をお借りする側の休館が終わらないことには何ともならない・・・つまり、借りる申請さえできない。

どう考えても、今後、7月、8月、9月?までのイベントの開催は、困難とみるのが妥当であろう。

4月、5月はもう何ともならないだろう。

6月、7月に終息しているなんて思うのは、防疫を知らない人間の発想であろう。

治療薬が出て来て来ていない状態でなんとする。

おまけに、厚生労働省のかたくな態度にも問題があるが、これは、司法が以前、幹部職員を不作為で罪を認めたからである。

司法自体がバカな判決をするので、結果、厚生労働省のかたくなな態度に出ざるを云えない状況を作ったことは反省すべきである。

不作為なんてことは、昭和天皇への戦争責任追及に似たところがある。

つまり現実を無視して、形式上責任があるから責任があるという論法である。

実際、大臣がいて、その下の局があり、部があり、係がある。

大臣は、係員のやったことについてチェックできないと責任を取れというが、不作為の責任論の根本である(ちょっと、暴論)。

担当局長は、末端事まで責任を持てという。

この時に、決裁権者がどこまであったか明らかにされていない。

例えば、係員が、起案、審理、審査担当が点検、課長が決裁、部長以上は委任事項だとする。

すると、課長まで決裁は軽微な決済である。

課長の判断で、決裁が終了、ここで、部長以上の者が責任を負うのか?

形式上は、大臣の仕事の分任であるから、責任はあるかもしれない。

でもである、課長の判断で終わるなら、課長が責任を負うべきで、係員、審理審査担当、課長が責任を負うべきである。

部長に責任を求めるべきかと云えば、形式上は責任を負うべきであるが、すべての案件を決裁するほど暇ではないだろう。

それくらいできて当たり前と考えるのは僭越である。

部長がものすごく優秀とは限らない。

課長だって、そうである。

そういった人事が横行しているから、現場の士気は下がる.

法律の運用をしていながら、法律の根本原則が判ってない馬鹿が課長になっているという現実。

戦後75年になるので、程よく腐った組織は何ともならないと思う。

先日も、隣の課長が、あるシステム上の登録ができていないと云って、本店の係長からお叱りを受けた。

係長は、課長より級は低い

他の支店にも同様のお叱りの電話をしたらしいが、現実的には、本店の職員が、システムを理解していなくて、馬鹿な事、システム上できないことを、出来るはずと言い切ってのお叱りである。

本店の係長が、どんなに間違ったことをできると云い切って、課長が4時間ほど事務時間を取れれたとして、間違がったことを云っていると、係長の上司に云えない。

云えないと云うか、出先の課長連中は、本店の主務の方に文句なんか言えませんと云う。

くだらない、忖度である。

ついでにこの係長、先期までは、新人の教育係だったと云聞いてのけぞった。

一応、教育係になるという事は、栄達が約束されている問う事である。

システムさえできてない者が偉そうに、モノを言う。

間違っていても批判されない、お叱りを受けないという事は、早晩馬鹿ができるという事である。

そんな馬鹿を引き上げる組織自他がもう終わっていると思う。

閑話休題

このコロナ騒動で、出歩く人がものすごく少ない状態でありながら、連休の渋滞予想を出しているマスコミは、本当に、ごみ以下という気がする。

海外へ出ていく?

何にしに?

どこもかしこも、飛行機が飛んでない。

中部国際空港の発着、この間見たら、1日5便・・・

大丈夫かと思う。

そう思うと、7月以降のイベントを開催しますと言い切れる奴は偉いと思う。

まぁ、場所を借りての開催だと、施設側が、行政から命令でイベントの開催は中止してくださいと云われないと、キャンセル料が発生するから、借りる側は、施設側とチキンレースをしているようなものである。

どちらが先に折れるかである。

まぁ、キャンセル料が、発生する以前に、出店者が来ない可能性ものある。

そこをよく考えるべきであろう。

悪く言えば、会社の存続が掛かっていると考えれば必死だろう。

最よく思う事に、誰しも、悪い情報をもたらすものを嫌う傾向がある。

人間の感情として当然だと思う。

だがどうだろう。

自分たちの都合が悪いから、その意見を聞かないとという反応は既に、会社とと云うか、組織的に終了している感が強い。

日産や、三菱の一番悪いところは、いろいろな意識、いろいろな資産、金もないのに、プラライドは高い。

例えば、伝統があるかから、うちは偉いと思うは、歴史に、胡坐をかいておるだけである。

一代限りの会社と云うのが意外と多い

カリスマ的な人がいてその人のおかげで、新境地が開かれた、良い会社になった。

その人が第一線から引退すると、ズルズルと会社の価値が下落する、誰の所為でもない。

時代に合った変容を遂げることができず、時代が、その会社を求めなくなったこと理解せず、昔のとがった存在が、いつの間にか埋没した存在になりつつある状態を理解できない。

老害ののような人を使い続ける。

つまり、正しい経営判断が出来ていない状態になっていても、その状況をよく理解出来ていないという状況になる。

まぁ、申し訳ないが、今回の事で、野放図な自由、ものすごく馬鹿な知事のあぶり出しができた事だけでも僥倖と感じるべきなのかと思う。

20200411

 

 

 

 

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コロナで、思う事。

お役所は休みにならないので、毎日勤勉に出勤

朝は、駅のホームで、BC兵器用マスク着用(眼鏡使えない)

降りると、簡易型のBC兵器用マスクに変更。

社内では、普通のマスク着用、窓は開けてある。

毎日見かけるバカが一名

イギリス軍の現用迷彩服(上着ね)着て、カバンは、自衛隊の最近の明細のカバン、ジーパン、スニーカー、お年は、60ぐらいかな。

白髪交じりの天パー爺さんコイツ100%マスクをしていない。月曜から金曜までほぼ同じ時間の電車に乗るのだけれど、毎日マスクなし。

今週は、見える限りの電車内で、マスクしてないのこの迷彩服爺さんのみ

朝、会社まで歩く範囲内で、マスクしてないの、自信満々な風体のおっさん2名、ほぼ毎日路上喫煙中マスクずり下げおじさん2名

化粧の濃いおばさん1名・・・

今日は、ちょっと休暇を取って早帰りをしたが、その駅までの道中、対面方向からくる人を数えてみた。

役所から駅まで、2キロ弱(寄り道したので、途中で主要道路の歩道を歩いた。)。

68人通過内、マスクしてないの1名:ハゲでデブで、携帯電話の通話中で、大声で話をしているのが1匹(ひと扱いしなくていいと思う。)。

まぁ傍若無人タイプの典型、パワハラタイプ。

駅から家まで、バス(バス停で、25分待機、車内にいるの嫌なので、出るまで外で待機)

バスの停留所で待つ人、5人、全員マスク、運転主含めれば6人

バス停を通過した人で視認できた人(近くにスーパーがあるので多い)、48人(うち12人子供)全員マスク

今日だと、全体で、122分の1、つまり0.8%

名古屋市内の比較的の人通りの多いところで、68分の1、1.5%

この0.8%(1.5%)の馬鹿をどうにかしないとだめだと思う。

バカな政治家が、80%の接触を減らそうと、首相が主張しても、出来るわけないという

出来るわけがないという云う前に努力しろよと云いたい。

マスク2枚(まだ来てないけど・・)来たらありがたいと思う。

だって、どこにもマスクないもの。

花粉症用で、通勤用、仕事用のカバンの中に入れてあるのが12枚、机の中に2枚。

官給品(勤務中マスク着用強制命令が出ているので、全員着用)、1枚もらった。

管理替で、支店に交付があるそうである。

役所は、テレワークはできない(書類の持ち帰りも、脆弱性のあるネットワークは使わない)のでしぶしぶ出勤している。

仕事は・・・あるけど…めんどくさいのがとりあえずてんこ盛り。

それが終わると・・・・?

隣の部所の下請け?かな・・

ものすごく、面倒なのが、4件残っているので、今日もそれの整理でほぼ一日終わった。

とはいえ、細かいところまで、見直せていいかなという気もする。

面倒なので、後回しにしてい居た・・・というか、歴代ネコマタギである

まぁ云い。

愛知県が勝手に緊急事態宣言を出したが、これは、馬鹿知事の拙速の様な気がしてならない。

感染症に対して、「感染すれば、抗体ができるからいいだろ」という認識なので、ただただ呆れるばかりである。

単なる風邪、インフルエンザ程度のに考えているところが、この県知事殿の程度の低さと感じるのである。

特殊な肺炎で、治療薬がない、抗体ができないと言われている、症状が安定しないので、複数の種類のウイルスの混在さえ疑われている。

重篤化して肺炎で死亡するリスクが高い。

感染方法が良く判っていない。

接触感染なのか、飛沫感染なのか、空気感染なのか?

同じ椅子に座っただけでも感染したという話もある。

エレベーターのボタンを介しての感染も疑われている。

マスク不要論を読んで、マスクをしないのか?

うちのバカ上司は、マスクをすると息苦しいからマスクをしたくないと云う。

同じ系統の中で、マスクしてないのは、うちの馬鹿と、隣の田舎の兄ちゃんである。

人と良く遭う総務(庶務)の再雇用のおっさんは、マスクはつけているが、顎にかけているので意味がない。

田舎の出身の兄ちゃんも同じく、顎掛けモードが多い。

勘弁してくれよと云いたい。

平和ボケの所為で、非常時という認識がない。

仄聞すればと云うか、ネットニュースには、無責任な発言が多い。

芸人や、政治家辞めたおっさんの無関任発言を、さも正当な意見の様に載せるのはいかがなものかと思う。

芸人が、検査を受けようとしたら「検査拒否で、たらいまわし」と云うのは、社会不安をあおるだけであろう。

検査拒否というは、検査をすることができる病院へ行ったら、検査できないと云われた、検査拒否であろう。

もともと、検査する設備も、道具も、医療従事者もいないところへ行って、検査拒否にあったと云うのは、デマの流布である。

また、盥回(たらいまわ)しと云うのは、同じ役所等の内部で、部署を次々に担当が違うと云って周回させられることである。

自分で、適当に、自分で、探してあることは、盥回しではない。

つまり、検査を受けられる施設をちゃんと探していかなかった芸人がアホなだけで、病院を批判するることは、デマの流布でしたない。

この際、これらの馬鹿な報道を「共産主義ファシスト的の自称市民」ではなくて、一般的な市民の目で検証することが必要であると思う。

また、コロナの流行の兆しがあった時点でも、自己満足な質問しかしなくて、時間を空費させた野党諸君は詰め腹を切らせる時期が来つつあるのではないかと思う。

皆さま、ご自愛ください。

 

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コロリを思い出す人・・・コロナと一字違い・・・・

大村愛知県知事(バカ)が、国に対して緊急事態宣言を要請したそうな。

急激な発症がと鈍化しているから前回の指定からは漏れたと言われる。

ここで「名古屋飛ばし」と云うのは、どうでもいいことで、この物言いには、悪意を感じる。

現在ただいま、コロナ難民という名の無責任な人たちの移動があるから仕方がないと思う。

だって、大阪、兵庫ダメそれで、名古屋に避難?

既に、避難の意味が分からない。

(その実、友人の奥様、絶賛避難中である。

 もともとの家に帰り、2週間は出る気がないそうである。

 先月引っ越したばかりなのにねぇ

 電氣、瓦斯の契約もそのままでよかったねと・・・

 ちなみに、車がないので生活は不便であるが、とりあえず食料品は、東京から送ったので何とかなるそうである。

 ちび助(すでに大学生で、全然ちびじゃない)は、集団発生を起こした某岐阜大学医学部に絶賛通学中であった。

 実家から通学だったけれど、とりあえず研究室に行っていたら、先輩の発病が判明・・・その先輩とは1ケ月以上あっていいなかったのだが、怖くなって自宅に引きこもり。

 岐阜大学の医学部の集団感染は、岐阜市内のクラブ?で罹患したようで、ここを中心に集団感染(クラスター)が発生したという。

そのクラブには立ち寄ってない、ただ単に、エレベーターのスイッチボタンを押したことで感染したという事が判っている。

現在は、空気感染(エアロゾル)は確認されていないと言われている。

電車の中や、狭い空間内では、感染しないとも限らない気がする。

マスクせずに咳しているバカがまだいる。

去年、愛知機械の子会社内で、インフルエンザが流行した原因は、出入口のテンキーが媒介だったと言われている。

病院の院内感染も、タブレットの表面に菌が付着していた可能性が高いと言われる。

つまり、ありとあらゆるところに、菌が張り付いていると考えた方がよいという事である。

避難してくるのは勝手かもしれない。

しかし自分が、家族が感染して、保菌者でないと言い切れるのかという疑問がある。

休日に、東京都下、近畿地区から近隣の発症の少ない地域にで出かけていっている奴らは、危機感がない、と云うか、危機感なんてどこ吹く風である。

絶賛、自己主張を展開しているコミュニズムファシストたち、自防の移動が、制限されることが気に入らないという種族

これらの種族を、育成、許容してきた日本の社会も悪いと思う。

学生運動の先鋭化とともに、内ゲバが始まると、共感を感じていた市民はサッサと逃げだした。

それでも、支援をしてきた連中は、共産主義ファシストを支援することを止めない。

退職すると暇で、そういったか活動へ回帰していく者もいる。

大体、反政府運動をして人お高年齢化にはすさまじいものがある。

路上で、違法な幕を設置して演説を敢行中の、爺さん。

演説者の周囲を固めているビラ配りも爺さん婆さん…70代が多い、つまり終焉しつつある人達という事になる。

20年もしたら、共産党の支持者、朝日、中日、東京新聞の読者は死滅するのではないかと思う。

この肺炎で、多くの人がなくなると思うが、新生できることを祈りたい。

コロナがの流行で困ったなと思ったときに、江戸時代のコロリ(コレラ)の流行に関する記録を、なぜか読み返した。

コロリは、コレラの名前の変形ではない。

コロリと死ぬからである。発

症すると、。数日でころ理と死んでしまうからである。

別名は鉄砲なんて危ない名前もある。

当たったら直ぐに死ぬという意味である。

そう考えると

芸人さんの死は、あまりにも早い。

昔はコロリ、今は、コロナである。

何とかやり過ごしたいと思っている。

 

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今日は疲れた・・・・

武漢ウイルスの所為で、首相の発表関係で法案がなにも通ってないのに、質問してくる人が居る。

おかげで、若手はばたばた

爺さんは、通達関係を読んでは、「うーんどーすんだろうね」と云って鳩首怪談

バカ幹部は、本店が言ってきたことさえ良く理解してない様子。

本店も、馬鹿ので、職員全員に周知なら、全員に送ればいいのに課長宛てだけに送る

課長は、各課員に転送処理をする。

転送処理で、大体5分ぐらい時間がかかる

毎日、課長宛てに、コロナ関連の文章が数通メールで届く、課長は課員に転送メールを送る作業をする。

一日5分から15分ぐらい時間がかかる計算になる。

そうすると、全体で、何十人かいる課長が全員同じことをするのであれば、1日のタイムロスがものすごく多いことになる。

その辺の労働生産性を考えないのが、役所の役所たるゆえんである。

内部仕事で、今日2件処理…時間をかけることができるので、一覧表を作って、表計算まで使って分析までしてしまった。

来週の月曜から、フレックスタイムの導入である。

朝決まった時間では無くて、時間をずらすことができる。

早めに来て、早めに帰れる。

これはこれで、僥倖である。

ついでに事務室内でもマスク着用が必須になった。

おかげで、爺さんはマスクスすると息苦しいと、ぶつぶつ文句を言いながらようやくマスク着用に!

アレルギーの人は、なれれるからいいだろうけど…というが慣れてるわけではない

なれざるを得なかっただけである。

そこはきちんとしておきたい。

まぁ、馬鹿幹部の一部はお別れ会ができなかったことを悔やんで、個人的に世話になったので飲みに行かないといけないと抜かしていた。

個人的に、飲みに行くのはOKだろうと・・・

ダメではない?

というと、じゃあ駅のホームで缶ビール・・・

どこまで馬鹿だと思う、駅のホームは、閑散としていればOKだろうが、離れた位置に座って飲んで楽しいか?と云いたい。

まぁ、どこの役所もばたばたであろう。

ご愁傷様である。

基本的に外出禁止命令が出ているので、室内でひっそりと仕事をしている。

強制的に来てね。と云うのも沙汰止みで、来たいと云えば、仕方なく、しぶしぶ受けるという体制になった。

話をした相手が、マスク装着者か否かは報告する義務がある。

ついでに、窓は全開である。

ちょっと寒いが、背に腹は代えられないので、耐える子である。

明日は、午前中コロナ対策の研修であるが、距離は離す。

さてもさてもである。

緊急宣言の名古屋飛ばしで、東京から非難と云うか疎開と云うか帰郷してくる人がいるようであるが、「来るな」と云いたい。

徳島県でも関西方面から桜を見にバカみたいな数の人が来ているそうである。

老人しかいない寒村(失礼悪気があるわけでは無くて、限界集落的なところはすべて寒村と表現することにしている。)に、集団発生地区の人間が大挙して押し寄せる・・・迷惑だとおもわないのか?

コンビニ、道の駅、至るところに、京阪神の車が殺到しているという。

しかも、キャンプに来る者が、コンビニで弁当を買いあさるので、コンビニでの弁当が枯渇しているという事である。

基本的には、地元民が困ることを、他府県ナンバーは行っているという事を認識すべきである。

神奈川東京の関東圏の人間は、河口湖に進出しているという事である。

露営(キャンプ)なら三密が避けられるという勝手な理論展開である。

河口湖まで、渋滞である。

どうして、そこまでして遊びたいのか?という疑問をついつい持ってしまう。

友人の奥さんとお子さんは、東京在住なんですが、名古屋の自宅に急遽避難

でも、お爺さんおばあさんの家には行けないので、とりあえず自宅に帰り、2週間籠ってから、逢いに行くそうである。

また、東京の大学にいる子供が、返っ来ると言ったが、帰ってくるなと伝えたそうである。

コロナ避難なんてする奴は強制送還してほしい。

蛇足

三菱自動車は、関係会社を含めて生産休止になる様である。

日産は、最首から長い休業。

生産調整と云いながら、実際車を作れば損をしているので、よい調整で、渡りに船かもしれない。

しかし、日産も三菱も綱渡り生産が続くので、気の毒様と思う。

サーチ金レースの始まりである。

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緊急事態宣言が出て、ネットニュースで、抗議活動の記事

野放図な自由よさらばという感じである。

ネットニュースで、共産党、民主党の支持多い某〇都新聞が、緊急事態宣言に対して、憲法違反という意味が分からない主張で抗議活動をしたという記事を見つけた。

配信が、共同なので、ずぶずぶのコミュニズムファシスト応援団体なので、市民団体という名称を使う

ファシストは、1970年代以降、「民主」という言葉を使いたがる傾向が高い、中身は「真っ赤かの共産」なんだけどね。

各地で、マスコミが使う敬称?、自称「市民団体」というコミュニズムファシストが反対運動ををしている。

自分たちの人権のみ主張する。

公共の福祉はどうでもいいらしい。

かられの特徴は、精神的に進歩がないという事である。

多分、1950年代から、70年代を、仕事をしない、国鉄職員、教員、公務員、組合専従なんかで生活をしていた連中とか、学戦運動の経歴を隠して大企業に勤めて、その間は、自分が楽をすること、自分が昇進するためにならどんな悪い事でも、部化同僚の業績をかすめ取っても何ら恥じない。

ついでに、自分の失敗は、他人のせいにする。

責任は取らないというか取る気もない。

基本は自分さえ良ければいいという態度である。

こうした人間は、基本的に自分の業績を見せかけたい。

会社の金は、自分の金、他人の金も自分が使えれば使いまくるのが当然とおもっている。

滅私奉公は、他人に求めるることで、自分は、滅私することは100%ない。

自分が損することは1000%拒否する。

退職すればしたで、自分の為だけに、他人を利用する。

他人お金を利用する、その金で名誉的な事があればしゃしゃり出て、前に一歩も二歩も前にでる。

みんなの金を使いながら、セレモニー的なものを開いて写真に納まる。

ある時に、某大手企業のOBの方から、昭和40年代の生産現場の話を聞いていた時に、K自〇車工業の人の話が出て、某社が国産乗用車の自主開発、設計をしていると、こんな車を作るとコスト高で利益が出ないのではないででしょうか?と?聞いたそうである。

それに対して、「お宅が作るほど、うちは経費が掛かりませんから十分利益はでます。」と答えたという話が出て、ついでにK自〇車工業の話が出た。

そうした、××という車の事なら、〇〇の事をしつているかとおっしゃる。

親しくはありませんし、嫌われてますけど、答えると、仕事時分は、××の車の事なんておくびにも出してなかった癖になぁと・・・

その後は、悪気口のオンパレードだったので、ここでは控えさせてもらうが・・・

他の人からも聞いた話があった。

あいつなぁ、海外事案で、販売担当会社のミスを、製造会社ののミスに付け替えて報告した。

あいつ都合が悪くなると逃げるから気を付けた方がいいですねと云われた。

そう、市民団体という奴らは、基本的に、都合が悪いと逃げる。

そう、基本的には同根だと思う。

60年代の無責任世代が一番、タチが悪いと最近痛感している。

非常事態宣言が出ても、出なくて、自己防衛する人と、へらへら出歩いている人は必ずいる。

慶応病院の医者の卵が集団感染を引き起こしたの聞いて、慶応らしいと云うかなんというか・・・公益を考えないやつは、単に迷惑だから、医師免許やらないで欲しいい。

タバコ吸う奴もおんなじ。

最近毎朝、路上で、信号制御器に、缶コーヒーおいて、タバコ吸っているバーコードハゲ、

コイツの勤務先、社名に「菱」が入っているから、三菱の協力会社の可能性大である。

また三菱かぁと思うとゲンナリである。

そうそう、今日、横断報道渡りかけていると目の前を、神戸ナンバーの三菱の四駆が通り抜けた。

もうちょっとで轢かれそうだった・・・

なんだか、今日は、三菱の車の交通安全無視のシーンをよく見かけた。

信号無視、スマホ運転、携帯電話通話運転、歩行者無視、一時停止無視・・・今日は厄日だなぁと・・・

 

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ちょっと思ったこと。

まぁ、朝から新聞読んで家を出るのだが、今朝はよほどニュースがないのか、「SNSの善意が、被害を広げた」という主張をしている。

同のトイレットペーパーの品不足ツイートをしたのをリツイートした数、たった1だったそうな。

最初に意図的に書いた奴の否定的な記事が書いてあるが、矛盾してないか?

ツィートへのリツートが1件で、みんながそんなことはないよとSNSに上げた数が数万・・・どこ見て書いたのか?

SNS寄りも、テレビの、トイレットペーパー不足を煽る画像が出たので、それを鎮静化させる発言が多くなったとみるべきではないだろうか?

新聞テレビの敵は、SNSである。

SNSに書いてあることは玉石混合である。

だが、意外とまともな発言も多いと思う。

左翼と云うか、共産主義ファシストの連中の書いていることは、支離滅裂で面白いのだが、彼らの特徴は、個々人攻撃、個人の人格攻撃を行うん男すぐにわかる。

さる以下である。

共産主義ファシストが民主主義国で生き延びている稀有な国である。

それだけ自由という事である。

欧州では、共産党はほぼ壊滅している、それはなぜか、言ってることと、やってることの差がひどすぎるからである。

自分たちに都合よいいダブルスタンダードを平気で使う。

日本の野党は、基本的に全部ダンブルスタンダードである。

整合性がないことをやっていれば、ある程度貧困層が減れば、見捨てられるのは当然である。

昔から、共産党ファシストの幹部連中は、金持ちが多い。

うちの近所の共産党員の畑は、植木で囲ってあるが、その期の1ッ本が松である、さらにもう一本は棕櫚である。

秋口になると、道路に、松葉と、棕櫚の葉の残骸が散乱している。

絶対に自分では清掃をしない。

畑の水を保全するためか、旧い風呂桶を水槽代わりにして水をためている。

雨水だが、当然の様に、夏になると、ボウフラが沸く。

蚊が大量発生する・・・・

農作業の為に車で来ると、路上駐車は当たり前。

農作物が盗まれるのか、小さな門が付いた。

芝の折り戸よりも、脆弱な感じはする。

そこに正々堂々と「警察官立ち寄り所」と書いてある。

奴ら、自称革命家のファシストは、警察は権力の権化である。

その権化を出しにする…図々しいを通り越してあきれるぐらいである。

自分の自由は、最大限確保しなければならない、他人の自由、権利などは、一ミリも関心がない、と云うか顧慮する気なんてない。

かられは、法匪とでもいううべき存在なので、法律に書いてないことは何をしてもOKという態度である。

自分たちは主張をする。

だがそれを率先して実行はしない

しない理由は、法律が決まってないという。

例えば、ポスターに、時給を1500円にと書いてあるが、自分たちが、こき使ってい人たちの時給を、1500円にしたとは聞いたことがない。

単純極まりない話をしよう。

①1時間にその人は商品を15万ぐらい売り上げる。

②1時間に数千万円儲ける人

③1時間に500円しか儲けないやつがいる。

 

①、②が自給1500円でも傾斜は痛くもかゆくもない

③は、販売員を首にしたいだろう。

そういった理論をすっ飛ばして、時給を1500円にという。

現実的には、既に時給は1000円を超えているところがある。

30年前、某予備校でのバイトの時給は500円だった。

長らく800円台が続き、最近、人手不足を反映して1000円である。

1500円になるのは、30年後かな?

奴らの主張は、嘘が多い

公務員を晴らせというが、住民サービスが肥大がしているから、公務員の数は増える(増えちゃいなくて減ってはいるんだけれども、クレーマーというバカ対応で、疲弊していて、止めてしまう人がいる。上級職でも、馬鹿らしくてやってられないと言ってやめる人が多い。

二十代中盤だった、きっと辞めていると思う。

クレーマーのバカ対応なんて、意味がない。

単なるヤクザの「アヤ」以下の主張が多い、そうして、クレーマーの家に行くと大抵、消費税減額、時給1500円の文字が躍る。

かられは、人権を主張する癖に、公務員という人間の人権は一切考えていない、というか、顧慮しない。

本当に、酷いクレーマーの多くは共産党ファシスト系が多い。

絶対に、自分の非は認めない、揚げ足取りしかしない。

もう、この手の人間が行う、激しい言論での破壊活動の自由を許しすぎた気合があるがある。

もう少し、日本人には目覚めて欲しい。

20200406

 

 

 

リツイ

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夏目漱石「こころ」:精神的に向上心がないものは馬鹿だ」の考察 その3

先生は、「K」の性格を、正直、単純、人格が善良と語っている。

ここで矛盾を感じるのは、養家をだまして医学部に行かずに、文学部へ行くという行為をおこなう様な人物が、正直、単純で、善良と云えるのかという事である。

従前の文中では、元来「K」の養家では彼を医者にするつもりで東京へ出した。

「頑固な彼は医者にはならない決心をもって、東京へ出て来たのです。」と書いてある。

予科までは、医者を目指す振りをしていたという事かもしれない。

この本が出た当時、自分の意思を貫くために、一連の「養家」騙すという行為は許容されるかと云えば、何時の時代でも、許容されていないであろうことが容易に想像がつく。

行為に対しての応援度合いが違いだけである。

明治ならば、皆無、現在ならば、入学する学科を謀(たばか)ることは、ほぼ不可能であるが、多少の賛同は得られるのではないかと思う。

「先生」は、「K」の大胆不敵な行為に対して、当時、「それでは養父母を欺あざむくと同じ事ではないかと詰ました。」

「大胆な彼はそうだ」と答え、「道のためなら、そのくらいの事をしても構わない」という認識だと答えている、これは、もう悪党である。

*「道」という言葉は、先生にもKにも意味は良くわかっていなかったと書いている。ただ、偉くなるという目的を持っているので、田舎の医者でい終わりたくないとう野望のことかもしれない。

この部分だけを抜き出せば到底、先生の主張する「正直、単純、人格が善良」とは感じることができない。

しかし、こうも語るのである「頗る強情な男でしたけれども、一方ではまた人一倍の正直者」であるという。

「強情」と「正直、単純、人格が善良」が表裏一体と云うのにも、少々矛盾を感じるのであるが、「正直、単純、人格が善良」であるがゆえに、いったん決めた方針の方向転換ができないほどの「馬鹿」に、「強情」が加わって「悪党」になったのかもしれない。

先生の様に、世の中の善意を信じて、親の財産を親類に奪われるという社会経験を積んだ者は、「単純」、「人格が善良」と云った本来褒められるべき性質は、喪失していた。

幼馴染時代のから知っている「K」の根本的な性格を、「正直、単純、人格が善良」とわざわざ断わらせているかもしれない。

その性格がなければ、「先生」は、攻撃ができない。

「叔父さんに騙された先生」は、被害者である。

「養家をだましたK」は、加害者である。

 先生にとっては、「K」は、「自分の財産を横領した叔父」と同じ立場という事が判る。

先生から見れば、「叔父」は、故郷を捨てる原因になった、憎むべき存在であり、否定されるべき存在である。

そう考えると、「K」の学費を出させたという事は、養家の財産横領をしたことになる。

つまり「K」の存在は、先生から見れば憎むべき存在である。

「先生」には、常に、「K」を罰してやりたと云う気もちが潜んでいて、下宿に招いたのも、罰を与える為と考えることはできないだろうか。

加害者は、犯罪は、露見しないと思って犯行に及ぶことが多い。

ばれたと思った瞬間に、謝罪したのであろうかとか?

加害の事実は、実家からの「勘当」という、帰属集団からの放逐の処分で、完了したと思っていたのか。

先生は、被害者なので、猜疑心の塊のような人だったのである。

正直、単純、善良な人である「K」は、「勘当」で自身の禊が済んだと人の善意を信じる人だった可能性が高い。

ただ、こうと信じたら一人でどんどん進んで行くだけの度胸もあり勇気もある男なのだから始末が悪い。

また、「お嬢さん」と出会い、今までの人倫に劣る道を歩んできたこと自体を後悔して、並みの生活、並みの人生を歩もうとする気持ちが芽生えた時点で、正直、単純、善良な人になったのか、戻ったかどうかは判らない。

性根は、「頑固」であるが「正直、単純、人格が善良」なので、「頑固な部分」を守るためには、生来の本当の性格である「正直、単純、人格が善良」押し殺して、目的の為に、家族、養家を欺くと云う道を歩んでしまったのかもしれない。

養家と実家、「K」三者の悪化した関係は、本来、「K」自身が解決すべき問題であったが、彼自身で、故郷に帰って申し開きをしないという態度に終始した。

その結果、当然の様に、養家と実家、養家とK、Kと実家の関係は悪化していく。

養家に、彼の行状が発覚して時点で、彼自身は学費に困窮することになるのである。

こうして、彼の強情は、彼が望む栄達の道具である、学業を継続することが難しくなった。

その時点で、「先生」は援助を申し出ているが、断られている。

学費は、夜学校の先生をして捻出するという。

だが、夢みがちな青年がよく陥る、物事を簡単に考える、世の中を甘く見という感覚は、自身の立場を急速に追い込んでいく。

追い込まれて、非常に、困窮した時点で「先生」の好意に甘えて、下宿を移った時は、自身の頑固さが招いた状態について後悔したかもしれない。
しかし、下宿代を請求されないことに対して何ら発言をしてない点から、「善意を信じて、好意に甘える」という甘い生活に慣れてしまい、先生は、自分にたして無償の愛を差し出していると勘違いしていた。

だからこそ、「お嬢さんへの恋着心を持った時」に、先生の意識などは、意に介していなかった可能性が高い。

だからこそ、先生の攻撃が不意打に近いものと感じたのである。

赤の他人の善意を信じる時点で、精神的な弱者であるという認識を持つべきであるが、「K」には、そのような認識は、なかったのである。
「先生」は、「K」と決着をつける気になっている。

再び、歩き出してから、「K」が、「先生」を呼んた。

「先生」は呼び止められた格好になるので、足を留める。

「K」も止まる。

先生は、振り返る様に、「K」と対峙する

ここで、先生は待望の「K」の目遣いを見ることができた。

ただし、眼前の位置関係は、「K」は、背が高いので、「先生」は見上げる。

「K」は、「先生」見下ろす。

目の位置関係と捉えれば、先生は見下されていることになる。

見下していた男に、現実では、見下されているという事実は、「K」の純真な魂を打ち砕いた。

「K」は、悲痛な目つきで、「もうその話は止やめよう」と主張した。

反撃さえしてこない反応に、唐突感があった。

それは、語調にも悲痛なところあったので、先生は逡巡があった。

「先生」は、その言葉には反応することができなった。

「先生」の沈黙を、批判と感じたのか、もう一度「止やめてくれ」と、懇願すように云った。

しかし完全勝利を望む「先生」は、頼むように云い直した「K」に向かって、

「止やめてくれって、僕がいい出した事じゃない、もともと、君の方から持ち出した話じゃないか。しかし君が止めたければ、止めてもいいが、ただ口の先で止めたって仕方があるまい。

君の心でそれを止めるだけの覚悟がなければ。一体君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」と投げつける。

この時、先生は、勝利の凱歌を上げた。

「先生」より、背の高い「K」は、この言葉で、委縮してしまった。

「先生」の目前に立っている「K」の実態としての背の高い男は、精神的には委縮した小さな男に成り下がったのである。

「先生」は、「K」の仮面をはぎ取って、K自身の行動の矛盾、今までの道を捨てて、平穏無事な人生を歩むという矛盾を非難することで、

「K」を追い詰めたのである。

この委縮した姿を見て先生は、目遣いを確認はしていないが、安心をするのである。

この項終わり

20200406 

 

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吾輩は、暇で、久々のテレビ観覧をした。

基本的に、外出禁止の官命がありますので、自宅でまったり?

今朝は、昨日書いた、「こころ」の補正と、今日あげた分の加筆で午前中消滅

昼から、ちょっと本探して部屋のかたずけ・・・じゃたずけたというよりお移動しただけ?の感が強い。

しかし、武漢ウイルス関係の報道はひどいなと思う。

実家で、テレビが付いていたので、久々にに、見ていると、増加数ばかり報道、暴動、ロックアウトしたフイリッピンの抗議デモ(抗議する意味が判らんのだが・・)で、射殺命令が出ていて射殺された人がいるだの、どうでもいい報道が多い。

親とお茶の時間だったので、10分ほど見たが、見て後悔した。

頭悪そうである。

東京でパンミックという。

本当に、真実を伝えたくなくてしょうがないのか、わざわざ横文字を使う。

意味わかないだろう・・・英語使われても・・・・

クラスターと聞いて、最初に思ったのがクラスターボム:「房爆弾」である。

次に思ったのが専門だった統計学の「クラスター分析」

で、集団とか房の意味なので、集団感染と気が付いたが、もう、意味が分からない。

クラスターと云う言葉自体が、ものすごく沢山の意味がある言葉なので、こういったときに、横文字をを使うのではなくて、「集団感染」と日本語で云った方がわかりやすいとい思う。

「クラスターが発生」と云われて70歳以上のお年寄りが理解しているかどうか不明である。

「パンデミック」は、結構一般的だと思っていたが、一般の人は知らない。

日本語に直せば「広域流行病」である。

どの部分をとらえて広域とするのか・・・ある意味、国内全国津々浦々発症しているのだから、既に「集団感染」の時期は過ぎてる気がする。

オーバーシュートは、すぐに思い浮かべたのがアンダーシュート

目標を通過した時に使ったなぁという感じであるが、現在は、「感染爆発」

こう考えると、わかりにくい言葉で、国民を欺いているのは、マスコミではないかと思う。

目的は、ずばり、社会不安の惹起である。

ファシストの考えそうなことである。

WHOが、間の抜けた事を云っていたが、実際は、武漢での発症後、中国国内では、広域流行していたのだから、素直に認めるべきであったが、共産党の意向を受けてその様に発表しなかった点を考えれば、WHOは、役割を果たしてないという事になる。

また、

インフルエンザと同じだからお気楽にと云うのは、馬鹿で、以前書いた、団塊の世代爺さんがその典型だが、インフルエンザはワクチンがあるし治療法も確立されている。

基本的に、治療薬がない状態という事をよ句理解してもらいたいと思うのだが、馬鹿な連中には良く判らんらしい。

報道が、アホすぎて困るのである。

お前ら頭悪いだろうとという報道しかない。

防疫の概念がない

この際、テレビ放送は止めてもいいような気がする。

だって、CM流したって構内意欲はわかないだろう。

買い占め騒ぎの原因は、テレビの馬鹿の報道が加速させた側面がある。

テレビで、東京都内で検査を断られたという報道ばかりしている。

検査ができない医療機関の方が多いのだから、そもそも論的にできないところ訪れて、出来ないと言われているのだったら、そんな検査ができるかできないかの確認もせずに医療機関に行った奴が、馬鹿である。

そんなことを報道するレベルではないと思うのだが、芸人の感染の確認の時の記事を延々と垂れ流す。

不安をあおることばかりするくせに、肝心な防疫体制を確立するような自助努力をするような報道はしない。

死んだ芸人の話ばかりしている。

官命で、不急不測の外出は止めろ云う。

しかし、事務室内も危険がいっぱいである。

同じような部署で、現在7人いるのだが、幹部の一人は事務室内でマスクしない、時々から咳をする。

爺さんと田舎の出身の兄ちゃんもしない。

勘弁してくれよと思う。

マスクは、会社で一応配布されている。

云えば呉れるが、マスクをしない。

バカじゃなかろうかと思う。

最近、電車に乗っても一切触らないようにしていいる。

だって怖いもの。

出勤途中でマスクしてない馬鹿(あえて馬鹿と云ってやりたい)は、大体、全年齢層で散見される。

特に多いのが、見るからに40、50、それ以上の世代で、自信満々そうな手合いはしていない。

タバコ吸ってる奴もしてないのが多い。

この際、喫煙者は全滅する可能性が高いので、マナーの悪い路上喫煙者は、自滅してもらってもいいよう気もする。

女性だと、化粧濃いのがしてない

若いのは、元気だからいいと思っているのか、10人に1人ぐらいしていない。

バスの中だと、老人が多いので、マスク、手袋必須である。

カエルと、うがい、手洗い、アルコール消毒である。

途に書くかからないように努力することが先決と感じている。

明日、仕事行きたくないなぁと思う。

 

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夏目漱石「こころ」:精神的に向上心がないものは馬鹿だ」の考察 その2

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-92df7e.html の続き

 

「精神的に向上心のないものは馬鹿だという言葉」を、「K」へ投げつける。

先生は、この言葉が「K」にとっては、精神的に「痛い」に違いないと考えながら投げつけるのである。

先生の意図は、「K」が進みつつある、「お嬢さんとの結婚」とそれ以降の平穏無事な家庭生活を夢見る態度への修正を求めているのである。

「K」自身が、進んできた、自己の得心がいかなければ自己の道を進むべしという、一見すると自由奔放な進み方を、保持しろと云っているのである。

「K」自身の性格は、今風に言えば自由奔放であるが、当時の目で見れば身勝手である。

親をだまし、養家をだまして、親に多大な損害を与えながらも進んだ道、他人の善意、期待、要望をことごとく裏切って、稀有とも云える、恵まれた生活を、否定して、わざわざ逆境に生きようとして、高かく積み上げた死屍累々な過去、人倫にもとるような行為。

だがそれは、「K」自身の生きていくための目的のためには、「K」自身の中では、肯定されなければならない、そうして、彼自身は、肯定しつつそうしたことを平気で行ってきた。

自分が決めた目的のためには、手段をえらばない。

「先生「」は、そうした「K」の生き方を否定するのではない。

今回の言葉は、かえって、元の道破滅的な生活へ帰れと、助力をしている。

これは、この破滅型の「K」の行く末を見てやりたいという欲求があったのかもしれない。

だからこそ、この投げかけの言葉は、過去を蹴散けちらす為に言うのではない。

「先生」は、「K」の変心を非難している意思表示なのである。

この時の「K」は、「お嬢さん」への恋着から、そうした過去の積み重ねを否定しようとしている。

「K」に、自分のしてきた過去を、振り返らせて、今まで通りの過去の延長線上に、現在を積み重ねて行かせようとしたのである。

「K」自身の為ではない、「先生」自身の恋の為と、破滅的な行動の行く末が見たいという娯楽の為である。

これは、「K」が、「お嬢さん」との将来を望んだ場合に当然の様に発生する「一般的な社会生活へ戻る道」を否定して、その道を選ぶことを「精神的な向上心」を失う事だと言って非難し、「精神的な向上心がある状態」、つまり、過去に進むべき道として選んでいた方向への邁進を婉曲に指導したのである。

その根本は、行末の興味もあるのであろうが、「K」自身が、お嬢さん(のちの先生の奥さんの「静」)に対する恋着、先生自身が、好きになっている、そのくせ自分は頼まれて「もらってやる」と思っていた「お嬢さん」を、「K」が、欲するようになったことが最大の原因である。

つまりは、先生自身が思い込んでいた、「自分が、未亡人から娘を、もらってもらえないか」と申し込まれるであろう「お嬢さん」を、「K」の恋着で、「K」に奪われてしまう危険性を感じたからである。

その危険性を避けるため、「K」に対しては、「お嬢さんに恋着するのは止せ」と云いたかったのである。

「先生」は、「K」の過去行状から、その行末を知りたいという欲求と、幼馴染の窮状を、自分の持っている金でなんとなるのならと云いう善意から、金に困っているのを見かねて、下宿を世話して、下宿代も負担した。

つまり、「先生」は、「K」のある意味パトロンである。

「先生」の複雑な感情一つには、金を出すことで得られる優越感と、金を出してもらっているくせに、パトロンのものに手を出そうとする「不逞の輩」に対する憤りであろう。

「K」は、「先生」の「お嬢さんがすき」と云いう事実を知らない。

又、未亡人が先生に、「お嬢さんをやりたがっている」という事実を知らない。

「お嬢さん」が、「K」に対して取っている行動は、基本的には「恋のさや当て」で、単なる「だし」である。

「先生」の態度が具体的にならないので、「お嬢さん」は、先生に嫉妬心を起こさせようとしただけであろうことは想像がつく。

「K」は、女性に対して免疫がなかったのかもしれない。

「お嬢さん」は、「先生」の気を引きたい。

「お嬢さん」も、先生の事を憎からず思っていることは文中からも伺える。

だからこそ、先生を挑発しなけれなばならない。

最大の目的は、「先生」が、「お嬢さん」の「K」への態度、姿を見て、嫉妬心に燃えて、「求愛」、当時の考えで云えば、具体的には、監督者である未亡人に対して「お嬢さんをください」と申し込むことである。

だから、「お嬢さん」自身の中には「K」は単なる、「先生の世話になっている貧乏な帝大生」である。

しかし「先生」から見れば、「お嬢さん」の一連の行動は、「好きだという恋心が、相思相愛ではなくなった」と感じさせるには十分だったかもしれない。

お嬢さんの気持ちを引き戻す勇気はない。

しかし、現に自分が生活の面倒を一部見ている「K」の意思は買えることが可能であると考えている。

先生の底意には、金で世話になっている身の上なのだから、パトロンと云うか、金主を裏切る「不逞の輩」に、なるなよという意味合いも込めている。

だが気の毒なのは、「K」から見れば、貧困な帝大生でしかない自分に好意を寄せてくるようなそぶりを見せる下宿先の「お嬢さん」へ、恋着心を持つなと云うのは不可能である。

又、先から住んでいる「先生」と「お嬢さん」の関係も知りはしないだろう。

つまりは、何も知らない「K」は、お気の毒な立場であるが、そのお気の毒な立場を理解していない。

「先生」が、「K」が下宿に引き移って来た時に、「お嬢さん」をもらってほしと言われている、自分もそのつもりでいると云っておけばこのような事態は起こりはしなかったのである。

そのような事実を告げられておれば、「K」はおのずと、「お嬢さん」とは距離を置いたであろうことは容易に想像がつく。

だが、それでは、小説は成立しないので、「K」は、一難相談してはいけない者に相談を持ち掛けたという事である。

「先生」は、「お嬢さん」の気持ちへの疑心暗鬼がある。

「K」が、撤退さえすれば、丸く収まると考えている。

だからこそ「精神心的に向上心がないものは馬鹿」という言葉に収斂されていくのである。

これは、「お嬢さんを、手に入れるという事実関係の確定手段としての婚姻」を中心として、二人の相対的な感覚を、正常なものに戻したいという欲望の発露である。

精神的には、先生は、「K」を仰ぎ見る態度である。

経済的には、先生が、「K」を見下す存在である。

経済的な実利を与えている先生は、精神的には劣っていると考えても、資金の前に、低姿勢になる「K」の姿は、精神的な優位性は乗り越えられ、胡散霧消していたのではないかと思うのである。

ここで、先生は、欲望の発露を、「私の利害と衝突するのを恐れ」その結果として、「私の言葉は単なる利己心の発現でした。」と云って言い訳をしている。

先生は、「精神的に向上心のないものは、馬鹿だ」と、畳み込むように、二度同じ言葉を繰り返す。その二度の言葉の投げかけは、回答を逡巡する「K」への圧迫である。

回答を引き出して、「K」は、自分自身で、自分の立場を言葉に出すことで、自己の地位を再認識させるという行為である。

これは、逆らうなという意味合いもあった。

ここで、「K」が、「お嬢さんとの婚姻をあきらめることができない」という立場への批判であることはよく理解していた。

だが、そこで、「お嬢さんをあきらめる」と云えないほど、「k」は「お嬢さん」に、恋着していることに気が付いた。

「K」は、「馬鹿だ」と答え、「僕は馬鹿だ」と再度言って、歩みを止めて動こうとしない。

「お嬢さんをあきらめられない自分は」という言葉が「馬鹿だ」の前に本来つくべきだろう。

そうして、その言葉は、「先生」の心を乱す、そこま「お嬢さん」への恋着心が強いのかとい驚きである。

そうなると、「先生」は、頑固でない点から精神的には、「K」よりも弱い「先生」は、うろたえる。

「先生」にしてみれば、自分を頼って相談をしに来ているくせに、自分の意見に対して反対意見を述べる姿は「刹那に居直り強盗のごとく感ぜられた」問う感想を一時的に持った。

しかし、「K」の言葉が「力に乏しい」声で語ったという事に気が付いて凱歌を上げようとする。

しかし、凱歌を上げるためには、本当に敗北しているのかどうか確認をしたい。

目は口ほどのもの云うではないが、目遣い(めづかい)を見て判断したいが、その肝心な眼元が見えない。

そこで、先生の凱歌は、沙汰止みになる。

先生は、勝ったという確証が持てないまま、戦いがとりあえず終わったという事になる。

しかし、先生は、虎狼の精神をもって戦いの勝敗を決めたいと望む。

そこで、「K」を、さらに追い詰ようとする。

「K」の逆襲に恐れおののくという姿勢はある。

しかし、勝利を確定したい「先生」は、攻撃の手を緩めない。

先生自身は、「私」に告白するときに、止める者がいれば、「K」自身が本当に、居直り強盗の様に反応していたら、この虎狼の精神は失われ

たかもしれないと主張している。

待ち伏せをしてもいいと心もちは、卑怯な態度という感覚はなく、なんとしても「勝ちたい」という気持ち発露にほかならない。

しかしである、現実というか、「K」の態度を見ていければ、「K」が反論するような事がないことを十分に承知している状態での追撃であ

る。(つづく)

20200305 

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吾輩は、暇である。

実際、外出しないので、暇である。

今日は、朝ワンコの散歩から帰って来てから書庫の整理を始めたがらちが明かない。

結論は、本棚を増設する以外方法はないようである。

普通の本は増えてない。

研究関係の本は増える。

最近、1918から1945(いわゆる第一大戦後から第二次大戦終結までの期間)のドイツの機械工業、自動車、航空機産業についての本を読んでいるが、どうも図書館が休みで困っている。

トヨタデザイン関係の本も探しているが、これが雑誌系になるとほとんど残っていない。

昭和30年代なんて全滅である

あったとしても、ものすごく高い

雑誌1冊5000円である。

戦前の雑誌、自動車関係は、死ぬほど高い・・・3冊3万円・・・これは買えなかったが・・・。

で、まぁ、掃除をしていると時々ヨタのパーツが出る

三角窓のゴムが出てきた左右セットである。

トランクと、グローボックスのカギが出てきた。

フロントハブのベアリングも出てきた・・・

40年型のウオッシャータンクが出てきた。

リアのテールランプのおかまの部分が出てきた・・・

ついでに、エロ本(カストリ雑誌)も出てきた・・・

探しても出てこなかった、薔薇刑(第2版)も出てきた。

3時間ほどかたずけてようやく床が見えた。

途中で、夏目漱石の「こころ」の復刻版がでてきた。

ちまちまと読むが、サッサと読めてしまう。

漱石て、底意地が悪いと思う。

何度読んでも、いやな話であると思う。

結局、文中の私は、狂言回しで、主人公の「先生」は、恋の局地戦に勝ったが、最終的には「K」の呪いからは逃れ得なかったという事である。

多分、先生が、もう少し金がなくて、吾輩は猫であるに出てくる「多々良三平」君の様に、一生懸命働くという態度に出ていれば、先生は死なずに済んだのであるろうと思う。

「こころ」は、「精神的に・・・」の部分のお話が肝であろうと考えるので、かたずけの途中で、一気に、考察を書いてみた。

書いていて、その実、ものすごく疲れた。

9時から始めて15時まで、お手洗いに行く以外は、せっせと書いた。

漱石は、若い頃というか、大学予備のころもしかしたら「K」の様な性格だった可能性があるのではないかとふと思った。

野球好きの馬鹿(誉め言葉)である、正岡子規、秋山好古ど同窓である。

だが、書いていると楽しくてしょうがない。

一応自分で、毎日1部書くと決めているので、その範疇で書くと文章は短くなる。

ところが、文学系は書きだすと長い。

学術研究の方は、前後の整合性がない場合があるので、1ページ書くのが、塗炭の苦しみである。

そうならないように最近は、資料の整理に頭を痛めている。

技術関係の本の内容は、一度読むと中身を妙に覚えている。

小説は、通俗的な小説は、5年たつと大抵は、きれいさっぱりと忘れる。

東野圭吾さんの小説は、大体、5年たつと内容の6割は忘れる。

大体、20年前に読んだものは、特徴的な内容は覚えているが、それ以外は忘れる。

実際、吾輩は猫であるは、一時期暗記するほど読んだので、内容はほぼ完全におぼえている。

草枕、門、それからは、硝子戸の中は、10回程度

それ以外は、数回、数回読んだ程度は忘れる。

「鸚鵡」なんてきれいさっぱり忘れている。

岡本綺堂、泉鏡花は、好きなものは何十回と読んでいるので、内容は、ほゞおぼえている。

宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」は、何度読んだかわからないほど読み込んだ。

おかげで、「ジョバンニとカンパネルラの友情物語ではなくて、いじめられっ子のジョバンニの空想物語」という仮説に、たどり着いた。

とはいえ、銀河鉄道の夜のこと事を書きだすと止まらないので、もう少し暇を見つけて、朝から晩までかかって書き上げるのが至当かと思う。

銀河鉄道の夜に関して言えば、初期の原稿から最終稿までの変遷をたどりながら進めるので、簡単には書けない。

で、ドライブに行くとか、模型を作るとかはないのかと聞かれそうであるが、花粉が真っ盛りでオープンでの走行はムリ。

模型はちまちまと作ってる。

そうして、週末は過ぎていく。

コロナのおかげで、出歩くこともない。

模型屋に行くことさえ控えている。

行きたいけれど、不要不急な外出は避けろという官命が出ているので、家でジ~としている。 

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夏目漱石「こころ」:「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」の考察について その1

漱石夏目金之助の「こころ」には、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」という言葉を投げかける部分の話がある。

主人公の「先生」と自殺した「K」と間に交わされる言葉である。

「先生」は、「K」から下宿の「お嬢さん」を好いているという言葉を聞いて、「K」の「お嬢さん」に、求愛を求めたいという感覚を有していることを聞いていた。

明治時代当時は、自由恋愛は一般的ではない。

求愛イコール、監督者の親、つまりここでは戦争未亡人のお嬢さんの母親への申し込みという事にある。

だが、「K」は、その思いの丈を、「お嬢さん」にも、監督者である「未亡人」にも告げていないことは、告白後の数日の観察で判明していた。

婚姻の申し込みは、家と家との結びつきである。

「先生」は両親を亡くしている。

だが財産家である、身に係累はあまりない、希少な帝大生である。

「K」は、親は健在である。

実家は寺、「K」自身は、勘当されている(この事実が伝わっているのかどうは記載がないが、下宿を引き移るときに、先生がその様な事を伝えている可能性は否定できない。)。

帝大生であるが、貧乏で、「先生」が同じ帝大生でりながら援助してる。

この両者を比べた時に、娘の幸せを願う親はどちらを選ぶかと云えば、答えは明白である。

「K」自身が、「先生」を比較対象として選択されていないと判断していいたとしても、随分と一般的な条件からすれば不利である。

帝大を卒業して、実業界でも、政官界に身置いているのであらば話は別であるが、まだ学生で、貧乏、この状況下にあって、「未亡人」に対して、「婚姻」の申し込みができるのは、ある意味「強心臓」である。

養家を、平気で騙すような事を行う男であれば、申し込そうなものである。

また、「自信家である彼」の行動に、驚嘆している「先生」は、意外な気持ちで見ていたかもしれない。

しかし、先生が後述する「K」の本来の「正直 真面目」と云った性格の持ち主であれば、自身の境遇を考えると、なかなか申し込むことはできないという点については理解できる。

「先生」は図書館で調べ物をしていると「K」が来て、先生を待っている風なので、調べ物を切り上げて、散歩に出た。

「K」は、告白後、実際的な行動をとって進もうとしていなかった。

そうして、自信家であった彼には珍しく、ただ漠然と、「どう思う」という質問を投げかけて来たのである。

「どう思う」という質問の目的は、「恋愛の淵」に陥おちいった彼の姿をどう批評(批判めいた批評)するのかという事である。

常に、攻撃ばかりしている者は、いざ自分が攻撃される立場に陥ると非常に弱いという性質を持つ傾向がある。

それは、「守りなれていない」という事である。

攻撃は、一っ点突破で来る。

どれだけ警戒しても足りないの防御である。

この時点で、先生は、自身が「お嬢さんを好いている」と発表していない。

だが、「お嬢さん」のことを好いている「先生」から見れば、「お嬢さん」へ恋着している「K」は、恋敵である。

他人の思惑など豪も顧慮しない「K」の性格からすれば、本来、「お嬢さん」監督者である「未亡人」へ自身の思いの丈をぶつけて結婚の約束を取り付けるようなことをしてしまうような行動に出るはずあった。

しかし、そのような直情的な行動には出ていないことは、数日の観察から判明している。

「先生」は、「K」が、逡巡していることに気が付いたのである。

それは、「K」自身の現在の姿を顧みれば、申込などできるはずがないとという現実である。

「先生」は、「未亡人」が、「お嬢さん」を、「先生」にやりたがっていることを知っている。

だが、その事実を、「K」は知らない。

「先生」は、自分が好きな「お嬢さん」を、「K」に取られない様にする為には、「K」の恋心を打ち砕く必要性を感じるのである。

そこで、意地悪く「何なんで私の批評が必要なのか」と、尋ねる。

「K」は、悄然しょうぜんとした口調で、「自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしい」と主張した。

「K」は以前から、「欲」と云うものに対して否定的な見解を並べていた。

そう自分が主張していたにもかかわらず、「お嬢さんが欲しい」という欲望を、対外的に出いいのか、迷ってしまい、「自分で自分が分らなくなってしまった」と云って、「先生」に、「公平な批評を求めるより外ほかに仕方がない」と、云い、「K」は、「恋の告白」についての進退を迷っているので、「先生」に尋ねたという。

この時、「K」は、「先生」の「お嬢さん」への恋心を知らない。

だからこそ、応援してもらいたいという気があった。

ところが、「先生」は、意地悪く「迷う」という言葉の意味を聞き糺し、「進退択一の選択」を悩んで、「迷っている」云う、そこで、先生は、すかさず「後退がある」のかと聞く。

「K」の心もちは、「先生から応援してもらえる」と云う感じでの回答を待っていたはずである。

実際に、返ってきた言葉は、「退けるのか」とい質問であった。

ここでも、予想外の攻撃を受けうろたえている姿が垣間見える。

予想外の質問であった為に、この質問には、不意に行き詰まり、「ただ苦しい」といっただけであった。

彼が、自身の強情さで選んだ、現在の境遇は、進みたくとも進めないという苦しみを受けなければならないと云う事は、自身が一番よく判っていたことである。

だから、その表情には苦しそうなところがありありと見えている。

「先生」は、恋敵を徹底的に叩き潰す必要性を感じていた。

「K」が恋着する相手が、「お嬢さん」でなければ、「先生」は、同情心から、望んでいる答えを投げ掛けたであろうことは容易に想像できる。

「先生」は、「K」の心持が痛いほどわかったので、ただの「一言」で打ち倒すことを考える。

そこで、以前房州の旅行の時に、自身が投げつけられた言葉を、投げつけることにした。

「精神的に向上心のないものは馬鹿ばかだ」と、言い放ちました。

「K」が、先生に使った通りを、同じような口調で、投げ返した。

自分に投げかけられた「言葉」への復讐ではなかった。

「K」が逡巡する「お嬢さん」への恋着を断ち切らせるための言葉であった。

(つづく)20200404

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-9f36bc.html

へつづく

20200405補足

 

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コロナ随想 日本経済新聞への失望

新聞の没落を急速に感じる今日この頃である。

新聞自体が、ここ20年で、左翼の宣伝媒体となり下がった時点で、長期低落傾向の先にあるのは消滅しかないことは、明白であろう。

最近、よく思う事は、「夜の娯楽誌の様なスポーツ紙の様な意味のないタイトルを書いて楽しいか?」という疑問である。

最近、日本経済新聞の紙面が怪しい。

と云うか、レベル低下が著しい気がする。

唯一、レベル低下が関係ない記事がある。

それは、「私の履歴書」である。

こんな人が上司では会社の部下の人が気の毒(ものすごく悪い意味)という文章もあれば、こんな人の下で働いたら面白かろうという話に分か
れる。

3月のレンゴーの会長さんの記事は面白かったと云うか、この手の人が来たと云うか入社した会社の度量と、役員の構成の良さは研究に値すると思う。

2月の「樂」焼の話も面白いと云うか、そういえば、昔この人の作品を見た時に、ヘリがすさまじく立っていたので、茶器だろうか、置物だろうか?思ったことがあることを思い出した。

そうして、もう一度見てみたいと考えさせた点では、ここ数か月の私の履歴書は面白いと思う。

だが、その実、本誌の内容は低下の一過をたどっている感が強い。

時々、馬鹿じゃあなかろうか?という記事に出くわすことがある。

夕刊の三面には、性的弱者を持ち上げる記事が1週間に一度は必ず載せている。

夕刊を読んでいたら、漫画の一場面があり、「男性同士の性的嗜好」の漫画を取り上げているのには参った。

その手の嗜好の編集者がいるのではないかと思うぐらいに、「男性同士の性的嗜好」の話が多い。

「女性同士の性的嗜好」の話はあまりない気がする。

「男性同士の性的嗜好」を擁護するというか、社会に根付いていると云いたいようである。

ただ、自分の性的嗜好を外部に漏らす人は非常に少ないので、自身の嗜好を前面に出して居る人は、面を晒しているようにも見えるが、その実、仮面をかぶっているようにも見える。

静かにしていておいて欲しいという人と、権利を、認めろという人がいるが、その権利とは何なのか?という気がして仕方がない。

表を二人で歩く権利?

結婚する権利?

社会を維持する根幹にかかわる部分で、特権的な地位を求めると云うのは、エゴだと思う。

エゴは主張したら止まない。

また左翼の人たちは、こうした人を利用する。

「弱者特権」と云う言葉があるが、弱者を振り回して特権的な地位を獲得しようとする態度である。名古屋城の復元への云いがかりはその典型である。

根本的に、健常者は、そうでない人の奴隷ではない。

その点を、どう考えているのかをちゃんと論議してほしいと思う。

なんだか、健常者は、そうでない人の無制限な欲望を聞き入れあなければいけないのか?という疑問がある。

社説は、ものすごく左翼的あるし、偉そうである。

どの社説を読んでも思う事は、「お前らそんな偉そうなことを云えた義理か?」という感じで読んでいる。

先日、珍しく、国際機関への中国の浸透を警告する記事を載せたのにはちょっと驚いたが、WHOが、中国のスポークスマンでしかないことが、ここまで感染拡大を招いた一因とわかっていると、「書かざるを得なかったな?」という感じがする。

ある官公庁の友人から聞いた話であるが、日本経済新聞の記事の所為(せい)で、出先機関の混乱に拍車をかけているという話を聞いた。

聴けば、コロナ関連で、誤報に近いような内容を一面トップに書いている。

その内容に関係する機関は、その手当というか対応に憂慮している、現に、一日に数件の問い合わせ対応があるので、その分事務量が掛かって大変だそうである。

だって、一人来て、面接して、話が終わるのに1時間から1時間半、短くても30分、長いと2時間・・・帰ってから、要旨を口頭で説明して、報告書を作る。

1時間から2時間・・・これが2人来たら、この倍である。

それは、通常の事務に加算されるわけであるから大変である。

日本経済新聞は、未確定の事実を、さも決まったような見出しで書いている。

意見を具申している状態を、決まったような見出しで書く。

よく読むと、結局何も決まっていない、という事が判る様には、書いてある。

しかし、モノすごく頭の悪い経営者はポーズで日本経済新聞を読んでおる程度なのか、見出しだけで、脊椎反射的に反応する。

そうして、「何も決まってませんから」というと、激怒するが、新聞を、よく読んでくださいとお願いすると読んで、自分の間違を詫びて帰る
という事が繰り返されているようである。

この報道自体が、既にテロに近いレベルの妨害工作であると感じるのである。

こうした、新聞報道自体もダメだが、加速度的に悪化させているのが、テレビのコメンテーターと称する者の発言の数々である。

基本的な発言内容の程度の低さ、その場に合わせた迎合的な物言いには辟易する。

たまに、待合なんで流れている内容を見るともう、どうでもいいやという気になる。

ごくごく一部を除いて、社会的な混乱を助長するような事しか言わない。

そうして、いまだにテレビでこう言っていたと、言うのである。

バカが、ウィッキに書いてあるというのとほぼ同じである。

要は、一般社会の馬鹿が、付和雷同的に反応しているという事になる。

エイズは、特殊な状況での感染があるという事で、ある程度冷静に対応できた。

しかし、全世界的に、コロナの被害が拡大する状況になると、社会は根本的に混乱をきたしている。

治療薬はない。

前にも書いたが、以前、ある情報筋から聞いたことは、2種類以上のコロナがいるという事である。

適応、進化したものなのか、別のバージョンなのか判らないといった居たが、実際、悪い方向へ進化しているともいう。

この状況で、デマに近いことを平気で云えるコメンテーターという生き物は、この現状必要ですかと聞いてみたい気がする。

もう、社会を混乱に陥れることを楽しんでいるとしか思えないのである。

政府の政策は、無策というが、東京、大阪、兵庫をブロックアウトしてどうなる?

どうせ、馬鹿は動く

現状、給付がないと言って怒っているが、何時まで、どれだけの機関で終息するのか判らない状態で、給付を持ち出して、ばら撒くのは財政的に不可能である。

ここで、消費税5%と云っている奴らは基本的に、何も考えていない。

給付をするので、消費税20%が現実的ではないかと思う。

頭の悪い政治家、革命家、売れない芸人の発言ばかり取り上げるのはいかがなものかと思う。

大体、マスク2枚どうやって配るんだろうね。

町内会経由配送?

住民票記載の住所への配送?

その方法が気になる。

ただ、もう少し責任のある発言をして欲しいものだと思うのは気のせいだろうか?
20200403初出

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芸人さんの訃報を聞いて・・・

個人的に、悲しい事は、私は、その芸人を知らない。

先日、有名なコメデイアンが亡くなったという報道があった。

申し訳ないが、名前は知っている。

だが、全然ピンとこない

友人のお宅がうどん屋さんだったころによく来ていたことも聞いている。

動物の番組に出ているところを見たことがある程度で、お笑い系の番組を見たことがないのである。

髭のダンスと云われてもぜんぜんわからない。

バカ殿様と云われて、白塗りの姿は、見たことがあるが、その手の番組は見ないので、ちゃんと見たことはない。

お笑い系の番組だと、即地チャンネルを変えてしまうので、その実見たことがない。

良く「8時だよ全員集合」という番組も話題に上がるのだが、はっきり言えば見たことがない。

正確にいえば、見せてもらえなかったという事である。

とにかく、お笑い系は見せてもらったことがない。

だから、かの人の全盛期の時代を知らない。

皆さん時代性を持っていたんだなぁと感じる程度である。

感情が壊れているので、真剣に怒ったこともなければ、泣いたこともない。

良く、「怒ってる」と云われるが、怒ると云うのは少し違うのである。

感覚に整合性がないのが嫌なだけである。

何となく不安と云うのは好きではない。

いい加減な風を装うのは、好きではない。

いい加減は、いい加減でいいと思う。

それがスタンスならばである。

時々、いい加減と云うのは好きではない。

10個の事柄があったら、1個いいかげんと云うのは許せる。

9個いいかげんは許せない。

10個いいかげんは許せるのである。

ただ、整列しているのを見ると、一個だけ逆にしてみたい気がする。

全員が、左と云うと、信念をもって右と云いたい。

第六感的な感覚で、選んだものは、意外と間違いが少ない。

信念を得るためには、それなりの精神的支柱を選ぼうとする。

精神的支柱とは、選択したことへの意味づけである。

とはいえ、別段、取り立てて、「特段の意味づけ」を探す気もしない。

100%の出来なんてありえないとお思っているので、何か、1か所間違い探しのようなものを残して、破綻を残そうとする。

満月は、常に、次は欠けるという状態である。

「満つれば、欠ける」そう思うと、100%の次は、101%ではなくて、99%になるのである。

それは面白くないと思う。

 残り1%の楽しみが欲しい人である。

それは、ちょっと異常な感覚かもしれない。

トヨタスポーツを買って乗り回していた頃、知り合いの人に

「なんでこんな車買ったの?」と聞かれた。

他の人からも何度も聞かれたことがある。

公式な答えは「かっこいい」「飛行機みたい」という答えである。

しかし現実は、「欲しかった」からである。

「なんで?」

「欲しかったから」で、何か問題があるのだろうか?。

小さいころから近所に1台あった。

ほとんど動いていない車だったが、かっこよかった。

それだけである。

大体、基本的な性格は、「他人と同じは嫌」である。

つまり、同じカッコウして何が楽しいと思うのである。

根本は、そこである。

要は天邪鬼(あまのじゃく)。

だからかもしれないが、小学校の頃、それこそ、みんなが「八時だよ全員集合」の話をしていても、話についていけないというか、判らない。
だって見てないんだもの。

でも、話につていけなくても、なんの不具合もなかった。

一過性の話でしかない、ということは、別段無理をしてみなくてもいいという事になる。

そうすると、わざわざ見なくても済むという事で、結果として、見ない。

そうして、今回、亡くなった方の若い頃を見損なって、話題についていけないという事になってしまった。

正直言って、松竹新喜劇でさえ、一時期見たことはあるが、面白いと思ったことがない。

ましてや、バラエティ系は、ほぼ皆無、見たことがない。

だから、時々、元芸人?が何か政治的な発言をしているのを聞いてこいつ誰?と思う

検索かけるとわかる程度であるから大したことはない。

「ヒロミ」ていわれて、気持ちの悪いおっさんの顔見て・・「何者と?」と思った程度である。

漫才は正月に見るぐらい。

掛け合い漫才は見てもまぁ、なんの気もなく見ることができる

しかし、ボケ突っ込み(でいいのかな?)の漫才は、イジメに見えて、まともに見ることができない。

祖父に付き合わされて、古い芸能ばかり見ているので、そちらの方面は詳しくなるし、付和雷同性さえ高めておけば、一般の会話には困らな
い。

そうなると、わざわざ、その手の番組を見たいとおも思わない。

現在ただいまは、もう爺さんに成りかけているので、時間がもったいない。

テレビを見ている時間もったいない。

残された時間は、50年はないと思う。

そう考えると、残された時間表の中に、テレビは入って来ることができないのである。

小さい頃、落語は、うちの親は嫌いで、聴く機会がなかった。

ただ、落語が判ると、「つう」と云われたことがあって・・・小学5年生にして聴かないといけないと思って、ラジオのダイヤルを廻して何度
か聞いたが、何が面白いのかさっぱりわからなかった。

ある時、東京の寄席に友人に連れられて行った。

この時は、志ん朝師匠の話であったが、これの話がめっぽう面白い。

その時、思ったのは、話芸も、歌舞伎も、話がわかっているとという前提があってこそ面白いんだと思った。

其の頃は、まだテープだったが、非合法の生テープを怪しい古本屋で買って聴いたこともあった。

志ん朝師匠はまだ生きていたので、東京時代は良く聴きに行った。

生で聴けてよかったと思う。

その点で考えると、先日亡くなった人を生(生放送)で、見ていた人は幸せだったなぁとちょっと僻むのである。

愚なことである。

蛇足

ラジオでは、朗読もよく聞いていた。

日曜名作座名はよく聞いていて、自分の高級ラジオを買ってもらうとせっせと聞く様にあった。

ある時、誰の作品か忘れたが、「ゴム製を持って女のところへ行く」という部分を聞いた親に、こんものを、子供が聞くんじゃないと言って怒
られたことがある。

それから、聴かなくなった。

そう考えると、意外と素直な子供だったような気もする(←自画自賛)

20200402

同補正

 

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三菱商事のルノ―買収?

三菱商事が、ルノーの株を最大10%取得して資本参加する可能性があるという事である。

三社のアライアンス強化とは言っているが、中身は不透明である。

勝手な想像では、三菱自動車の会長の姑息な策動ではないかと考えるのである。

10%程度では、フランス政府の保有株数と特別議決権にはかなわない。

30%対、10%では太刀打ちできない。

そもそも、何故、泥船のルノーを買う?

三菱商事が、10%の株式を取得することで、三社連合?中で発言権を増やす目的・・・と云事である。

しかし、三菱自動車を支配しているのは日産自動車。

日産自動車を支配しているのは、ルノー

ルノーを支配しているのは、フランス政府

主導権の順位で考えてみよう

第1位 

フランス政府ルノーの株式15%所有

フランス政府は、国内法「フロランジュ法」(2014年制定、長期保有株主の議決権を2倍にする)により、ルノーの議決権の30%を握っている。

ルノーへの発言力は強い。

基本的には、ルノーは、フランス政府に逆らえない。

第2位 

ルノー、

日産(ルノーグループの一ブランド)の親会社44%の株式を所有

第3位 

日産自動車

ルノーの株式を15%所有ルノーへの議決権無し(仏の法律では、40%以上の出資を受ける子会社は、親会社の株式を保有していても株主総会で議案の賛否を決める議決権を持つことができない。)つまり、日産にはルノーの株式を持つ意味がない。

ただし、日産は、ルノー側から不当な経営干渉を受けたと判断した場合に、ルノーの同意なしにルノー株を買い増せる権利(「改定アライアンス基本合意書(RAMA)」と呼ばれる2社間協定)を、2015年に締結。

ルノー(フランス政府も含む)による、直接的(フランス政府の間接的な)経営介入から身を守る意味合いはある。日産自動車は、自社の経営の独立性を一定程度保障しているものと思いこんでいる。

第4位 
三菱自動車 
株主構成(大口)
日産自動車       34.3%
三菱商事         20.02% 
三菱重工業      1.44%、
三菱UFJ銀行  0.99%
信託銀行4社     6.89%

フランス政府の手の中で、楽しく踊りましょうという事なんだろうか?

三菱商事だって業績が良いわけではない。

考えてみれば、三菱商事が、ルノーの株式10%を取得するのは金のない三菱自動車に成り代わって資金を出すという事かもしれない。

しかし、三菱商事は、株主にきちんと説明ができると踏んでいるのだろうか?

現状、日産が我慢ならないのは、自分よりも小さな会社に支配されているという点ではないかと思う。

単純比較はできないが、資本金を比べてみよう。

三菱自動車を、1と考える

ルノーは、1.6倍

日産は、3.6倍

(日産自動車
     資本金  6058億1,373万4,035円 (2018年)
  ルノ―   
     資本金  2786億1434万7千円(245万6700万ユーロ、1ユーロ113.41円)
 三菱自動車 
    資本金 1657億124万円 (2016年))

ルノーは、日産を財布と考えている節がある。

ついでに、三菱も財布にしようと思ったら断られた・・・

日産が、不当介入があったとして、ルノーに無断で、ルノーの株を買い増すことができるのかと云えば、現在の資金繰りではほぼ不可である。

ルノ―の業績を支えているのは、日産自動車の売り上げである。

日産自動車の今期の販売台数と経常利益を考えると、利益が出るか出ないかという瀬戸際であろう。

日産自動車がこけている状態であると考えると、ルノーの業績も悪化するのである。

(三菱自動車は、日産自動車の利益の源泉となるためのお狩場モードである。)

業績の悪いルノーの株を買って、業績の悪い三菱自動車のアライアンスの中での発言権を増やすと云う記事が多い。

だが、フランス政府と云う不可触領域を抱えるルノーへの出資に意味があるのかと、株主に質問された時、どのように申し開きができるのか?

増資なのか、市中株の買収なのか、増資の引き受けという形態を取るのか判らないので何とも言えないが、投資としては、意味がない。

三菱の会長は、三菱への不干渉の手段として、三菱商事のルノー株取得をそそのかしているのだとしたら、これこそ、亡社の道だと思う。

そう考えると、本当に10%近くの株を買うという話がどこまで本当かな?と思うのである。

20200401

 

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