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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・No14

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-1611da.html

つづき


日産への提案を,考えてみよう。
インフィニティブランドの廃止
基本路線は、生産拠点の減少。
生産にかかるコストを、削減する。
中国向けは、中国国内で生産、委託生産でもいい。
九州は中部以西の国内向けの工場に転換
神奈川の中部以東は、湘南の日産車体の工場に集約する。
四駆は、三菱の工場へ委託生産をする。
軽自動車は、三菱の水島工場で生産させるが、この工場は主力工場として買収する。
買収で手に入れた子会社は,統合して、すべて売却。
エンジンの生産は、集約化する。
分散生産をして効率の悪い生産体制を見直す。
欧州、ロシアの工場は、基本的に閉鎖か、ルノーへ譲渡。
ルノーの工場ですべて委託生産
米国の工場は、1工場閉鎖
東南アジアの工場は、廃棄
そうして、従業員を、4万から6万人指名解雇
ここまでできたら、日産は倒産せず済むと思うが?
では、三菱自動車はどうか。
今日、トヨタ自動車は、生産を復調させようとしている。
三菱自動車は、本社は、経費的に無駄なので、東京から不便な岡崎に移転する。
役員賞与は、利益連動型に変更する。

基本は、2000万円ぐらいから、利益が上がれば、賞与で上乗せ、下がれば、基本給から下げる。

京都は閉鎖、生産は、滋賀と岡崎に絞る。

水島工場は日産に売る、対価は株式の譲渡と現金

パジェロ製造は、契約解除で委託生産もやめる。

自衛隊の車輛は、どうせハンドメイドなので、岡崎工場のラインを使って手で流せばいい。

もしくは、パジェロ製造が、坂祝を閉めて、岡崎工場内のラインに従事。

坂祝は閉鎖すると、坂祝町の経済がが崩壊する。

京都は、閉鎖して、発掘をして、ついでに土壌の交換をして売却する。

設計チームは、四輪駆動車とアジア向け小型車に集中する。

と考えたが、三菱自動車の現状は、非常に厳しい。

工場の稼働率があまりにも低い。

7月も、6月の最低なほどの工場稼働率を維持することになった。

理由がすさまじい。

在庫が多すぎて、在庫調整のために生産休止を続けなければならない。

その反面、販売店で車を買おうにも、注文ができない。

店舗で、お客が、注文したい車は在庫がない。

車の生産は、現在止まっているので、新しい生産ができない、そこで、販売店では車の注文さえできない。

三菱の工場は、現在稼働率が最低である。

岡崎工場が、7月中、4日間、パジェロ製造が、2日合計6日

こうなると、パジェロ製造で車を造る意味があるのかというレベルである。

自衛隊向けの2分の1トントラックのラインがあるから無くすわけにはいかないらしい。

自衛隊のトラックの生産がいつなくなるかわからない状態という事がわからないのかと思う。

坂祝は、生産工程に一部手動があるので、生産効率は悪い。

パジェロ製造は、三菱にしてみれば使い勝手のいい会社という事らしいが、悪く言えば、いい様に使われているだけという見方もできる。

先日、友人諸氏と話をしている中で、いっそのこと、スズキ自動車のジムニーの委託をの申し込んではどうか?といと話があった。

丁度、日本経済新聞で、コロナの関係で、稼働率の下がった工場が、空いている機械を別の産業の生産に活用する、つまり工場、工場設備のシェア生産が始まっている。

自動車の系列以外の仕事を受けて、自動車の割合を下げるという記事があった。

この考えで行けば、受注が好調な鈴木のジムニーの生産を委託されれば、パジェロ製造にとっては、設備の遊休化を防ぎ、受注単価が安くても稼働させた方が有利であると考えるのは至当である。

三菱の委託生産を続けるよりも、余程ましなのではないだろうか?

ここ迄は、三菱と日産が別会社で維持するという前提である。

別の選択として、存在するのが、三菱と日産の合併

この中で一番、最悪なのは、三菱は、日産と経営統合である。

これも手段の一つであるが、三菱にはメリットがない。

狸の泥船のような泥船を二艘つないでも状態でどうするのかと思う。

ただ、経営統合すれば、三菱自動車の「三菱」の名前は返上できる。

東京本社はなくせる。

また、合併してしまえば、日産へ下請け感はなくなるだろう。

ただ合併したら、元三菱社員には、奴隷感が出るだろうと思う。

また給料は下がる可能性が高い。

(日産の本質は、収奪する主体である。

以前レースに出ていた気に、東京ラジエターからレース資金を毟っていた。)

現在は、ルノーに、毟られる側である。

でも、毟ることは忘れない。

アライアンスは相互の経費削減が主たる課題になるが、日産は、アライアンス先の三菱からの仕入れは安く、三菱への納品は、高くという姿勢を貫いている。

これはアライアンスの意味がない。

もしかしたら、日産とルノーの関係も同様かもしれない。

つづくhttp://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/07/post-05d6bd.html

20200630 初出

20200711 補正

 

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・No13

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-002df0.html

ルノーは、日本では、商用車のカングー、トウインゴがよく売れている。

だから、自社の車を売りたくして仕方がない。

カングーはもうすぐ、日産のNVと共用になるので、フレンチ―な香りはもうすぐ終わりの感じがする。
日本市場は、日産に任せると云いながら、日本市場から撤退する気は皆無である。
日産のユーザーが、ルノーに流失しているのであれば、日産にとっていいことはない。
車のラインナップが悪くて、日産の販売店に来て、ルノーに流れる人がいないともかぎらない。
ラインアップの悪さは、生産する車種の減少で顕著である。
日産とルノーが、かぶるところは意図的に減らしたようにも見える。
日産と三菱自動車が、ラインナップの補完をしているのかと云えばそんなことさえない。
普通(この普通という言葉にはものすごく問題がある)、三菱自動車の得なところは、三菱が設計生産をして、OEMで日産のバッチで売る。日産の得意な分野では、日産が設計製造をして、三菱がOEMの製品を受け取ればいいのという発想が生まれるのが当然の様な気がする。)
最後のデボネアは、まるっきりFUGAだった。
ところが、三菱グループから離脱すれば、デボネアをわざわざ買おうとという酔狂な人はいないので早晩なくなった。)
ところが、日産は、あくまでも自分の会社の製品にこだわる。
アウトランダーと新型エクストレイルは同じ車台を使用した、アライアンス製品(アライアンスの主導は、日産)である。
ほぼ、同じ製品を同じ時期に、同じ海外でテストをする。
海外テストの理由は、降雪時のテスト(南半球の現地で雪降らなくて大変だったですけどね・・・)。
テストしている場所もほぼ同じ。
三菱自動車のテストで、ボッシュ製の駆動系制御の調子が悪かった。
ボッシュの技師が、日産についてきている事が判ったので、聴くと、日産自体が、ボッシュの標準的なシステムを買っているので、そんな問題が出る様なテストをしていないことが判明、日産は、それが問題になるかどうかさえ、良く判らないという回答が返ってきた。
感覚だけで云えば、大丈夫か日産と云いたい・・
東南アジア、アセアンは、三菱自動車、中国、アメリカは日産、欧か州ロシアはルノ―というものすごく身勝手な分割を聞いて、三菱の欧州(旧東側、ロシア)の工場は必要がない。
日産の欧州生産拠点もいらないという事になる。
両社は、国内販売自体がグタグタな状況なので、現在の生産レベルは不要である。
国内の古い工場が必要なのかという考えも脳裏を横切る
現実的には、1万2千人規模リストラが必要と公的には説明しているが、現実的に計算したら、2万規模のリストラをする必要があるとわかって、内田CEOは、現在頭を抱えているという。

つまりコロナの前なら1万2000人の削減でよかったが、現状では、2万人の削減が必要という。

これは日産本体のレベルである

関係会社を含めると10万人規模のリストラが必要となるのではないだろうか。
こうなると、日産の本社はすべて厚木に移転、東京圏の工場はすべて廃止してもいいようなレベルではないだろうか?
ゴーン時代になすべきことがあったと思う
村山工場を廃止してから、暫時、生産力を削減して400万台以下のクラスの会社で、収益性の確保で、ルノーへの上納金を増やし、ルノーにとって頼もしい子会社とするべきであった。
だが実際は、日産の商品企画力を超えた生産力の向上にまい進した。

これは、日産自動車倒産直前の世界の10分の1計画に類似する点がある。

夢は大きいけれど、実際は、夢のレベルでもなくて空想のレベルだったという事である。

10分の1計画は、当時の者社長が、買収等で、名目上の生産台数を上げるという、単なる数会わせの野合に近い行為を繰り返していた。

基本姿勢は、トヨタがやるのなら、自分たちのやる(進出する)、トヨタの先手を打つという姿勢は拙速な感じを受けた。

また、米国への進出は、増長した感覚で、日本式生産システムを持ち込んで顰蹙(ひんしゅく)を買っていた。

こうした行為の成れの果てが、倒産である。

ルノーが、来なければ、日産は会社更生法の申請か、倒産かという瀬戸際だった。

この時の感覚は、うちの会社を銀行がつぶすわけはないという、奢った考えである。直前まで、会社更生法の検討さえしていなかったのだから、間違った先読みである。

ゴーンは、日本字的なウエットな感覚はなかった。村山工場を筆頭に五工場の廃止、2万人の人員整理を行った。

これで、生産力は下がったが、先代社長時代の組合排除の姿勢もあって、設計の自由度は上がったはずであったが、意外や意外、自由度は下がる。

実際は、多すぎた車種の整理も行った。

生産する車種を減らすことで、会社全体の総部品点数を減らす、共用化で、設計期間の短縮を狙ったのだと思う。

またルノーとの台車の共有化を進めて、生産単価の引き下げに努力した。

ただこれは、日産側の事情であって、顧客の事は考えていない。

20年、30年前の日産の顧客は幅が広かったと思う。

しかし、車種の絞り込みで日産のフルライナップは、選択肢がどんどん減っていく。

そうして、その果てには、選択することができないラインナップとなった。

ルノーを支配して、日産も支配するレバノン人として世界に君臨したかったのだと思うが・・・日産の最新工場を海外に作り、実質はルノーが

生産に使用して、日産は安い家賃をもらうべき存在とする、又、日産の工場進出に伴う、バックマージンが欲しかった可能性は否定できない。

20200629初出

20200711補正

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その11(この項終わり)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-bc645d.html

今の三菱、日産にとっては、既存の重たいエンジン、重たい車体構造からの脱却は難しい。
軽量化、軽量化素材を探す、研究するのは、アライアンスで行えばいいと思うだが、自社がやらない理由ばかりを出す。
できないことの理由は、主に外部的な理由、例えば、材料が高いからできない的な発言が多いという。
車体の軽量化の要として、アルミ材の導入が当然視されている現状である。
三菱自動車の社内でのアルミ材の研究、採用についての第一の反対意見は、日本国内で購入するアルミ部材原料価格が高いから、大規模な導入は難しいという事を主張する。
では、アルミ部材、製品でもよいが、海外で生産輸入して使おうという話は出ない。
悪い云い方をすれば、ものすごく単純な(馬鹿でもわかる)稚拙な理由を前面に出して、出来ない理由を探して提示しているだけと云う気もする。
最近、発売になった新車の事を考えると、日産は、電動モーターを自社で開発しているのか?と云う気がする。
既存の製品を使用するのは安上がりである。
しかしこれを、エンジンと考えれば、他社製のエンジンを積むというのは、どんな感覚かという事である。
スポーツ系の車のメーカーでは、他社のエンジンを買い、チューニングして搭載して例は幾らでもあるが、大衆車メーカーが、他社からエンジンを買う?
(その点、トヨタ自動車は、基幹部分のパーツは自社の生産にこだわる、本当の基幹部分は、自社生産にこだわる、デンソーや、アイシンがうちでやりたいと云ってもやらせない。
グループ会社と云っても、他社という考えは根強い。)。
現実的には、今の三菱日産の軽自動車は、エンジンがルノ―のダウンサイジングだから、もう気ならないのかもしれない。
他社のモーターを積むという事は、非常に単純な考えをすれば、自社の車に、他社のエンジンを積んで何とも思わないのか?という疑問である。
また、D-maxの分解検討で、三菱自動車内では、当然の様に、あらゆる部分を分解して検討するという事を行った。
デファレンシャルギアの分解を行ったところ、すべての面で、現時点での最高の技術が組み込まれているのが分かった。内部装置の役割が分からないパーツがあったという。
三菱自動車のデファレンシャルは、サプライヤーの既存品からのチョイスという。
D-maxのデファレンシャルは内製。
三菱自動車内部では、D-maxのデファレンシャル部分を参考にして、自社が買っているパーツに改良を加えて、三菱専用に特注品化して、さらにコストを削減することを考えろという。
まず、部外のサプライヤーからパーツを買う時点で、値段は、内製よりも安いから買うのである。特注化した場合、値段は当然の様に上昇する。
トヨタの様に桁違いの大量発注する場合ならいざ知らず、三菱の生産規模で特注かイコール値段の高騰しかない。
その昔、大きくて重くて何ともならなかった農機具用の四駆用ビスカスを、小型化したような能力も財政的な余裕もないとは思うので、他社の性能よりも安くて、良い製品を組み込もうとする能力自体がないと思う。
会社の幹部は、理論的にコスト削減を口に出しているとは思えない。
単に呪文のように、「コスト削減」という言葉を組み込んでいるとしか思えないのである。これは所謂メリハリがない発言という事に他ならない。
幹部は、呪文を唱える、部下は呪文を聞いては、気分が萎えるという図式である。
三菱自動車は、サプライヤーの選択を、日産自動車の指示で変更得ざるを得ない場合があるという。
今までは、アイシンの製品を使っていたが、日産の指示で、日産の系列法人のパーツに変更を強要された。製造現場では、もともと、アイシンの社員が出向して設計に関与した製品を組込むので、無駄がない設計で、作業効率もよい。しかし、日産の系列会社の製品は、アイシンの設計したパーツを参考に、設計し直しているから質(たち)が悪い。
組みにくいし、どうするとこんな設計になるのかという疑問と、性能の低下のもたらすのではないかという危惧さえあるようなパーツである。
三菱としては、悪い製品を押し付けられているという感覚がある。
コスト削減に役立てばいいが、三菱の負担は増える、現実的には、単価は上昇する。
つまり、日産とのアライアンスは、三菱自動車としては良いことはない。
(車台の費用負担がどうなっているのか謎ではあるが・・)
ここで従業員の感情という事を考えると基本路線は、「三菱は損をする、日産は利得がある」と、三菱の社員が考えていると、同社の幹部が考えているアライアンスでよいことがあると口頭で説明されても承服できる雰囲気にはならないという感情が涌いてくる。
つまり、自社の利益ばかりを追求するようなアライアンスの主導は、仲間内とはいえ良い感情を残さない。
三菱自動車のアウトランダーは、発売が再度延期となった。
(対外的にはまだかな?)
以前は、1か月延期という話であったのが、4か月以上の延期で2020年内の発売は困難となった。
このアウトランダーのアライアンスの主導は日産自動車である。
三菱自動車の事情で延期なのか、日産の都合での延期か今一良く判らない。
要は、日産主導で、日産からの説明はないという事である。
しかし、日産のエクストイレイルは、国土交通省の検査が通らないので、発売が2021年になった。
通らない理由は、排気ガスの関係らしい(エンジンは、日産のエンジンだから新しいものに補器類をつけての対応だと思うので、日産の基本的な技術力の問題とみるべきである。)。
シャーシは、三菱自動車のアウトランダーと共用であるから、正にアライアンスの最先端である。
邪推は以下の通りである。
三菱自動車の関係者によれば、トヨタの新型RAV4は、脅威である。
発売当初のRAV4は、都市コミューター的な四輪駆動車風の車であった。
トヨタの戦略で、最初は若いうちに買える安めの値段、徐々に、車格と、値段を上げていく。今のターゲット40代以上であろう。
アウトランダーとほぼ競合する価格帯である。
三菱自動車の社員は、「あのRAV4が、競合なんてするわけがない、あのRAV4ですよ」などと木を見て山を見ない発言である。
新車種都市発売された頃は、安めの四駆ポイ車(路外を走らないでくださいとちゃんと書いてあった)を思い浮かべての暴言だと信じたい。
RAV4の正常進化を見てくると、現在のRAV4は、アウトランダーの敵として決して侮れない存在だという事に気付いていないところが情けない。
実際、アウトランダーの販売自体が厳しくなる可能性は高い。
また、トヨタの四駆攻勢が続く。
新型ハリアーの出現は、脅威どころではないだろう。
RAV4、ハリアーの出現で、都市型の四駆(四駆が命な人ではなくて、市内ユースが多い人たち)は、久々の新型に流れた。
日産の新型車、キックス(電動四駆)は、電動なので、基本、都市型四駆である。
そこで、邪推をすれば、日産は、アウトランダーが先に出てしまうと、自社の新型エクストレイルの販売予想は悪くなるので、アウトランダーの発売を遅らせるとう暴挙に出た可能は否定できない。
この様な、自社だけが得をする様に、アライアンスを使う事ばかり考えるというご都合主義は、決して良い状況を生まない。
この状況で、益子会長は、自己保身のために日産べったりで、いいなりかもしれないが、現場の社員の疲弊が続く。
前の時に、設計部の人間がどれだけ流失したか。
ラインの従業員がどれだけ流失したかという事を考えたことがあるだろうか?
設計部の人員構成が、いびつで、うちの役所では、採用を削った所為で、現場の職員層の35から40代後半がほとんどいなくて、社会人経験者を採用して補完しているぐらいである。
三菱は、不足する層を、キャリア社員と云う形で補完をしているつもりであったが、これが単価(人件費)の高騰を招いただけで、採用をしたがアンマッチングが多いのと、キャリアと云いながら単なる経験年数年の者を雇っただけで、設計、開発、生産技術、テスト部門の底上げには役立っていない。
ルノーは、日産三菱から収奪をする。
日産は、三菱から収奪する。
こんな事が続く限り、三社のアライアンスは永久に成功しない。
(この項終り、長々と読んでくださいましてありがとうございます。)

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その10

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-704fec.html

つづき

燃費の問題は、古くは石油危機であるが、ここ20年ぐらいは、COⅹの排出量を問題になってからである。
プリウスが出た頃から、エコロジーの為には燃費の良い車に乗ろうという風潮が出だした。
丁度、その頃から燃費を気にするという風潮が顕著になった。
プリウスが、同じサイズの車と比較して高いという点をやたらと問題視する者がいた。
ただ笑ってしまったのは、ハイブリッドで、節約できるガソリン代の金額と、車の値段の割高な部分(比較する車がなくシステムが違う車の値段を高いと主張する根拠が不明な「割高な部分」)を、比較検討して、何年間、何万キロ走らないと割高な部分を解消できないという論調の話が、反大企業的な左翼系の経済紙に良く書いてあった。
この見方は、「風が吹けば、桶屋が」的な発想である。
自分は、エコロジーに関心があるよという姿勢を見せることを「是」とする人がその様な価格差を気にするのかという事である。
大体比較検討を、韜晦しているが、同じような車体のガソリン車の値段を100として、プリウスの値段を割高だという論調は、同じようなシステムを組んだ車がなければ、単なるガソリン車と比較するのはそもそも論的におかしいことである。
燃費が問題になってくると、ガソリンの燃焼効率だけで片付くことではないという事に気が付いた。
当然の様に、軽量化が問題になる。
昔から軽量化の第一歩は、エンジン自体を軽くする、これはアルミの大量導入である程度は可能である。
その導入が、限界まで来ると、次は、車体の軽量化を目指すようになった。
(ちょうど、トヨタスポーツの軽量化の検討みたいで面白い、エンジンはアルミの部材を使って最初から軽量化を進めていたが、どうしても車体の重量がクリアできないので、ボデイの部材にアルミを導入して対応した)
当然の様に、アルミ材をいきなり導入するのは、現材料の値段と加工技術上の問題があるので、最初の10年ぐらいは、徐々に鋼板の厚みを減らす、構造を変えるとうの努力をチマチマと行う様になった。
車体の部材をアルミに交換すると劇的に重量を減らすことができる。
単価が高く、補修の対応が難しい(溶接が専用の溶接機を導入する必要がある。)ので、なかなか導入は進んでかなかった。
しかし、アルミや、カーボン素材の導入で、下がった重量が生み出す燃費の良さを売込みに使い、ユーザーのコストパフォーマンスを上げることで、販売台数を稼ぐという戦略は誤っていない。
アルミ、カーボン製品の歩留まりは、悪いが、量産の学習効果で、低下しつつあるという。
また、軽自動車の単価の上昇が、それらの部材の導入を手助けしているという見方もできる。
同時に並行的に、エンジンの軽量化、さらなる燃費の向上を目指している点は忘れてはいけない。
ここ数年の、全社挙げて画期的に車体重量を下げる方策を研究、開発、試験をして、顕著な車体軽量化に成功している。
いすゞ、鈴木自動車の車体の軽量化に対する執念を燃やしている。
彼らは、積極的に新技術、新構造への投資、特許取得を進めている。
それらの中から取捨選択し、採用することで車体の劇的な軽量を実現化に結び付いている。
鈴木自動車は、意外と市中の未来的な技術への投資を積極的に行っている。
愚弟的には、アイデアを実現化させて特許を取得させるという一連の行為を行っている(特許を自分で申請しないのは、使えかなかった場合、特許の登録料を払続けるという愚公を避ける為であろう。)
重量を、10%下げることは、既存の技術でも可能である。
50%近く下げようとした場合は、既存の材質構造の変更では対応できない。
新しい技術、新しい考え(思考方法)を導入しなければ、克服できない。
もしかしたら、日産が持ってないような技術をルノーが、三菱が持っているかもしれない。その逆もあるかもしれない。
そう云った、過去の技術でも今に活きる端緒があるかもしれないと考えれば、アライアンスの枠組みに、技術交流を深める必要があるのではないかと思う。
例えは悪いが、どこかの会社の社員が技術関係の発表を行ったとする。
論文として掲載されたものを、ある会社の社員が読む。
その会社の社員は、この論文内容を製品化したいと考える。
すると、その会社の社員は、論文を書いた者のいる会社に行き、この論文の理論を使って作れる製品をうちの会社は求めている。この論文の方法を進化発展させて現実的な製造に結び付けて欲しい、ついては、協力は惜しまない・・・と来るそうである。その会社では探しきれないような論文を持ってきて、こうすればできるのではないですか?的な対応があるという。そうして、できた製品はちゃんと生産ベースに乗り、とりあえずの利益がでる発注をしていくという。
しかしながら、残念なことに三菱や日産にはそのような発想や、余力はない。
先般も書いたことだが、「トヨタさんが、新型○○で採用した部材をうちでも使いたいので、いくらだったら、トヨタさんと同程度の製品が納入できる?」である。
これは、もう、値段ありきの交渉でしかない。
相手は、トヨタさんと共同開発した製品は、同一のものをそのまま提供できるとは限らないので、用途、使用部署等を聞いても、値段のことしか言わないという。
これでは、サプライヤー方の気分が、萎えるのではないだろうか。

 

すいませんまだ続きます。
一応何もなければ、次回で終わりの予定です。

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その9


http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-50fc95.html

今の三菱自動車の経営陣には、経営の基本である、資本の集中の意味が分かっていない。

今の三菱自動車がないを目指して車作りいそしむべきかという事が判っていな様な気がする。

数か月前に、新聞に、「ガソリン価格の下落で、燃費を気にしなくなるという風潮が出てくる」と云っている経済評論家が居た。

経済評論家と称する人も、頭が古い人は、この手の「風吹けば桶屋が儲かる」的な思考をする。既に、彼らの好きな言葉を使えば、トレンド乗れていないという事である。
株式相場が、自動売買システムで予想もつかない様に株価は乱高下している。
乱高下する理由は、自動売買だと判ってはいるが、その判断の根拠が良く判らない。
今日も一日、日がな一日、ある収支を検討していたが、見ていると何となく均衡していないように見えたが、自分で組んだ表計算で、検討したら意外や意外、ちゃんと均衡していた。
支出の方が多いかと思ったら、その実、支出の方が少なかった。
ちょっとビックリである。
ちゃんと計算して検討すると、意外と、数値は、拡散するのではなくて、収束することが判る。
AIによる自動売買は、過去の膨大な売買のデーターから導き出される予想である。
その予想は、現実の小さなデーターに引っ張られるという事はあまりないかもしれない。

一時期はやった、フラクタル理論を使えば、小さなデーターの累積とみることもできる。

しかし、フラクタル理論がすべてを説明できない様に、すべては単なる予想でしかない。
経済学者が経済の予想が難しくなるは、情報移動が高速化したからほかならない。
情報の伝達速度が遅い時代、伝わる時間はそのまま緩衝的な要素を持っていた。
情報の直撃は、緩衝する時間を与えない。
つまりは、考える時間がほとんどないという事である。
考えないで行動をする場合は、反応は直情的になる。
動物的反応といでもいうべきで条件反射的な反応にならざるを得ない。
すると、色々な理論をかみ砕いて説明するよりも、反射、反応しやすい内容で伝えることが重要になる。
ただ単に、ガソリンの価格が安くなる、燃費を重視しなくなるという発言は、一見すると正う様に思うかもしれないが、30年ほど前から、ガソリン価格は上昇するもの、という意識が刷り込まれている人々に、一時的にだぶついた原油価格が下がったからとい云ってガソリンをがんがん使うかと云えばそんなことはなかった。
大体コロナ騒ぎで、ガソリン価格は下がったが、外出が制限されたおかげで、低価格にもかかわらずガソリンの消費量は増えていない。
それに、ガソリン価格が下がったからと云って直情的に車を替える人がいるのかという事である。このコロナ不景気で、車を積極的に買おうとする人の消費動向が、どれほど車の販売に結び付くのかという事を考えれば、「風が吹いたら桶屋が儲かる的な」論評をよく書く気になるなぁという事である。
現実的には、どの車でも燃費の向上は必要不可である。
それは、一般的な人の消費動向が、燃費の良さを顧慮しているという事である。
燃費のいい車に乗れば、次からも燃費の良い車を選ぶ傾向は止まらない。
時々、ガソリンをぶちまけて(排気ガスをぶちまけると云った方がいいかも知れないような気もするが・・)走る車が好きな人がいるが、その手の車に金が続く限り乗ればいいと思う。
だが、燃費の悪い車から、良い車に乗ると、燃費の良さは気になるものである。
三菱が既存の技術で目標の燃費を達成できないことから、データーの改ざんに走ったのは、燃費の向上が、既存の技術の延長にあると思い込んでいる幹部職員の罪である。
エンジンの性能では限界がある。
それこそ、燃費を上げるためにアイドリングストップ機能は一世を風靡した感がある。
だが現在は、その装置自体の重さが燃費を悪化させているという結論に結び付いている。
そこで、重たい装置自体が軽量化されて一気に重量が下がれば別であるが、そのような劇的な軽量化をしようにも、その軽量化に血道を上げるメーカーはいるだろうか?
また、装置の複雑化を招いているので、単純化を目指すべきである。付属品のワイヤーハーネス自体の軽量化も進めるべきである。
不正燃費でダメージを受けたのは三菱自動車である。
日産は、三菱の燃費不正をあげつらい、三菱自動車を子会社することができた。
だが、実際は、日産は、三菱自動車を手に入れて嬉々として喜んでいた。
ルノーの奴隷的立場の日産が、奴隷的な存在になる三菱自動車持ったことは、ルノーに希望で対抗するためには必要不可欠だった。
しかし、日産も三菱も大きな間違いをしている。
不正燃費は、三菱自動車の軽自動車の不正として、日産は告発めいた事を行って、三菱自動車を買い叩いた。
三菱自動車を買い叩き、三菱グループを仲間に付けたいという気持ちもあったであろう。
また、三菱自動車を食い物にするために、発表の時期を選んだというのは、悪知恵の働きそうな日産のやりそうなことではある。
社会一般的には、三菱自動車の軽自動車と日産自動車の軽自動車は、不正燃費の車を作って販売していたという見方である。
その見方は、三菱の軽自動車の顧客を一気に減らした。

 

つづく

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-bc645d.html

 

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朝、起きてふと思った事がある。

朝、起きて、なぜか、ふとこんなことを思った
感謝することは必要であるという事である
三重苦(仮名)には、感謝している。
ある一面での感謝である。
30年ほど前に、古い車を買った。
クーラーもパワーステアリングもない、軽さがそのまま生きている感じで、軽快感のある車である。
今でも手元にある。ここ10年ほどは、毎年数百キロしか走らない。
でも手元にある。
この車を手に入れた頃に、三重苦を紹介された。
第一印象は、よろしくなかった。
「買いたければ買えばいい、買えるもんなら買ってみろ」だった。
ぐっと我慢をした。
怒りを抑えるためである。
だって、自分は門外漢である。
だが、買ってからは、「買うとは思わなかった」と云った。
基本、人を舐めている。
だが、模型という共通の趣味もあったので一時期は仲が良かった。
あるイベントを開催するから手伝ってほしいと言われて手伝うようになった。
ここで、イベントというものがやる気があればできるという事を教えてくれた。
三重苦の他者への対応は、まるで外道であったが、それはこちらの行動力でカバーした。
施設を借りる。
ツーリングのコースを考える
下見をする。
間違えないようなルート設定をする。
そんな感じだった。
こうして、イベントは、開催する意思と、ある程度の仲間がいればできることが判った。
基本的には、一人ではできない。
でも仲間がいれば、なんとかなるという事が判った。
その後、CG CLUB中部支部が、一瞬で消滅したことを後から知った時に、加藤社長さんが、ニューズレターで、主催する人を待つみたいな感じの事が書かれた時に、「いっちょやってやろうか」と思った。
実行に移すまでには少し時間がかかったというか、決断するのに時間が掛かった。
けれども、車好きの人が集まる時間と場所が欲しいねと云われたのを機に、自分で、中部支部を再開することを選択した。
 その選択の原動力は、自分でもできるという気持ちがあったからである。
その気持ちは、三重苦主催のイベントを手伝い、予行演習をしていたからである。
だからこそ、今の自分の一部を形成している車のイベント開催をできる様な気持ちにさせてくれた点だけを考えれば、三重苦に感謝したい気がする。
なぜか、朝、起きたらふとそんな事を考えた。

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 N08

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-8fc3d1.html

根本的に欧州は身勝手である。
自分たちが輸出する先には、規制的な関税の撤廃を求めるが、欧州への輸入車には、平気で関税をかける。
現在でも、平気で関税をかけている。
これは明らかな輸入規制である。
欧州で、トヨタやスバル車の一部に高関税をかけたことがある。
しかし、売れている車なので、関税をそのまま転嫁して販売を継続した。
通常は、販売を取りやめる。
こんな事ばかりしているので、アメリカが怒るのは仕方がないと思う。

その怒りに対して、まともに対応する気もない。
人権を訴える癖に、自国民以外の人の人権は無視しがちである。

それは、自国の産業を守るという姿勢ではなく、単に、低賃金な労働力を目的に旧東欧へ進出している。
常に、自分たちの利益は最大限度、取得することを目標にして生産を続けている。
本国の国内生産は減らしても、利益率の良い工場を海外に求める。

20年ほどまえ、イタリアは、FIAT保護の為だけに、100%の関税をかけていた。

中古車でも同じ扱いであった。

よく自動車雑誌では、イタリア人は、自国の車を愛するがゆえに、イタリア車を買い続ける、だからこそ、イタリア車には魅力的があるんだという事を書いていた人が居た。

そんな牧歌的な意味は最初からなくて、輸入車は、買わないのでなくて、高くて買えないという事実。

イタリア車が好きで買っているのではなくて、無理やり買わされているという事を糊塗していたのはいかがなものかと思う。
それを、販売店の宣伝ばかり書いていると、ついつい、牧歌的な事を書いてしまったのかもしれない。

でなければ、今のFIATは存在しないだろう。

身勝手、欧州の体質と云うのは、ダイムラグループも、ルノーの基本的に変わりがない。

基本的には、収奪する対象としか見ていない。

自社の利益なら、使うが、そうでなければ、さっさと切り捨てる。

三菱自動車では、ダイムラー時代は悪夢と称される。

日産にしてみれば、ルノー支配は、悪夢と云いたいかもしれないが、倒産という最終的な結論に至らなかったかったことは僥倖であるが、倒産までの過程が真綿で首を絞める過程で、悪夢どころではなかったと思う。倒産回避で、ルノーが来て今度は、悪夢が現実になり、奴隷生活がはじまった。

ルノーの云うアライアンスは、奴隷体制の強化の様な気もしないでもない。

生かさず殺さず収奪する。

ゴーン君は、いい加減に日産の資産を喰いつぶした時期を見計らって、ルノーに吸収合併させるつもりだったと想像している。

使えもしない工場を新設したのは、合併後のルノーの生産力を向上させるための投資だったのではないかと疑いたくなる。

アライアンスは基本的に、三社の協力がして何かを解決するという体制が今はない。

モノを考えることが出来な状態では、最初から無理な相談かもしれないが、アライアンスで取り組むべきは、共同で何ができるかという事も含めて考えるべきだと思う。

例えば、軽量化の為の新素材への開発、パーツの軽量化、燃費効果と装置自体の重さ、もたらす燃費の悪化を見比べて装置の取捨選択を図ることで、知恵を集めて考えるべきではないだろうか。

スズキは、アイドリングストップ装置を新型車から取り外したのはなぜか?

外すことで得られる軽量化と装置で得られる燃費の向上が、部品を外した場合の軽量化の方が燃費向上には役立つと考えたからである。

良く日産を擁護する人は、日産の開発費の多いことを誇るのだが、実際、その開発が何に、役立っているのか説明できないから恐ろしい。

日産自動車の研究開発費が多いわりに、新車や、新技術が出ないのは、ムダ金が多いのかもしれない。日産は、いまだに自社の開発のこだわり、トヨタ並みという事に、こだわっている。

三社で、丁度、トヨタ以下ぐらいの状態であるのにも関わらず、日産の研究費の突出は、いくら何でもちょっとおかしいと思うべきである。

日産の幹部は、自動運転、電気自動車に開発費を投入しているが、法的整備があいまいな状態で、自動運転を導入するリスクをそう考えているのか聞いてみたい。

過度の開発は、利益を喰いつぶしていく。

三菱も、自動運転開発を口に出しているが、現実的には、日産の技術をアライアンスで分けてもらえばいいのだと思う。

そんなものに資源や資本を投入するぐらいなら、基本的な車の開発に集中したらどうだと思う。

他の会社がやっている開発へは、自社もその分野に参加していこうという発想は止めるべきである。

つづく

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その7

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-164a1d.html

 

本当かどうか知らないが、東南アジアの車のブランドイメージは、トヨタ、三菱、ヒュンダイと云われる。
悲しいことに、日産のダットサンは、出てこない。
(ダットサンブランドを浸透させるに使った金は、全部無駄だったという事である。
考えてみれば、日産は、普通のブランドしての「日産」
トラック、スポーツ車の「ダットサン」を堅持していけばよかったと思う。
高級車としての「インフィニティ」ブランドは、背伸びをしすぎた感が強い。
「ダットサン」ブランドを、日産ブランドに変えるのに、何千億円も使った。
米国のキャンペーンは、片山豊潰しと云われることが納得するほどの全面広告だらけだった。おかげで、顧客からは、ブランドを消すために使った金は車の価格を上げる要因だと訴えられた(結末は続報がないので不明)。ブランドを統一するとう行為が、米国人から見たら非常に奇異に映ったであろうことは想像に難くない。
日産は、戦前から育てた「ダットサン」を消し去るのに会社の莫大な金を使い、あとから一転して復活させると、これまた金を使って宣伝した。
 両方とも、社長のエゴが招いた損失である。)
ヒュンダイが第三位と云うのは、お笑い程度の第三位だと思う。
この順位表に、ある程度の疑問がある。
事実上アメリカから撤退モードのヒュンダイは、次の販売先は東南アジアぐらいしかないのからかもしれない。このメーカーは、一時的なブランドのイメージ底上げが非常にうまい。イメージだけで実質が伴わないので、ブランドイメージが継続するとも思われない(半島会社の宣伝で。まるで日本の企業の様なイメージで広告を作っていたことがあるが、富士山、桜等を使った。噴飯ものである。蛇足的だが、海外の日本料理店、コミックマーケット等の出店者は半島系の人間が非常に多い。要は、偽物を作って売るのが得意という事になる。
ついでに云うのであれば、東南アジアでは、韓国系、中国系の企業の評判は頗る悪い。)
三菱は、東南アジアで、三菱の売りは、ランサーに代表されるような乗用型の四輪駆動のイメージが強い(現在は全く販売していないので、この手のイメージはあと5年もすればなくなる可能性はある。)。
最近売れているのは、小型車のミラージュ(マーチの後継車?)である。
ランサーのイメージは強烈だという。
東南アジアでガンダムに人気があるのと似ているのかもしれない。
また、パジェロのイメージが強いのか、四駆は好調である。
東南アジアも、所得が上昇すると、価格帯の底上げと車格も上げていかなければならい。
純然たる乗用車よりも、ピックアップ車の人気があるのは、地勢的なものもある。
また、戦後、トヨタクラウンにもピックアップがあったのだから、自動車の販売という点で、ピックアップが流行するのは自動車文化の発展過程である意味必然なのかもしれない。
いすゞのD-MAXは大変よく売れているという。
ハイラックスは、ランドクルーザーの入門車的な雰囲気があり、これまたアジア全域、中東アフリカでも需要は非常に大きい。
三菱が希望するここに分け入って、勝利をつかむには、あまりにも高望みをしているようい見える。
その様な希望的観測での販売攻勢を考えているのであれば、三菱には無理な相談である。
四駆風で、ある程度、走破力があれば・・・いいという感じかもしれない。
それらをターゲットにした商品開発をするらしいが、なんか根本的に間違って居る。
三菱のテスト、トヨタのテストは根本的に違う。
トヨタが、ランドクルーザーに求めるのは、ひたすら耐久力と、走破性、帰還力である。
三菱は、そんな極限を超えるような耐久力実験はしないし、下請けに対しても要求をしない。自分の低い経験値の範囲と、こんなもんで良いでしょう云う感じでしか、その耐久性の数値を求めない。
「ふそう」のトラックハブ事件がいい例である。
一般的とは言いたくもないが、過積載のトラックは多い。
だが三菱は、過積載で恒常的に車を使用することを想定しない、つまり現実を見る気がない。
三菱の技術が進歩していないとは言わない。
しかし、現実を見る、世の中の車の使われ方を観察した場合、自社の強度請求の数値でいいという結論は出ないはずである。
では、日産の四駆はといえば、既に、四輪駆動のシャーシはアライアンスで三菱製である。
劇的な進歩新技術の導入があるとも思えない。
現在のアウトランダーは、大変良い車である。
しかし、良い車というだけである。
きちんと設計して、テストして、不具合を無くして市場に出せたという点で評価できる車である。
三菱自動車の新規開発は、ほぼすべて止まっているという。
試験テストさえ全く行ってない。
細々と、開発が続いているピックアップも、一時期日産が興味を持ったらしい。
標的の車があって、その車を目指して設計をするのが間違っているとは思わない。
目標の車がころころ変わるのはいかがなものかと云う気がするだけである。
しかも、標的のレベルを上げてどうするのかという気がする。
車を買うのは、それぞれの所得に応じた階層が存在する。
D―MAXを購入する階層と、ハイラックスを購入する層が、ほぼ同じとは限らない。
自社が目指す購買層の満足度をどのように引き出して、車を選ばせるのかというところに主眼が置かれず、標的の車さえ満足に選定(購買層の選択)ができない状態でどうやって車を作るのか聞いてみたい。
昔、杉江君という食い詰め自動車評論家が居た、いいものを作っていたら売れる的な事をよく書いていたが、実際、良い製品を宣伝すれば、次からもお客さんはついてくる。
現実的に、良くないものを良いものとして宣伝しても、次からお客さんは来ない。
杉江君は、良くないものを良いものと云ってトヨタは商売をしていると書き散らしていたが、これが嘘だという事は、多くの顧客が証明している。
宣伝が上手いからと云って、車を売り続けるのは、ほぼ不可能である。
だって耐久消費材で、価格的に非常に高価である。
宣伝だけで買うバカが居たら、モノが悪かったら次は買わない。
杉江君の書いていたものをいまだに信奉する馬鹿が居る。
つまり、トヨタの車を買い続けている奴は、宣伝だけで車を買い続けている、車の良し悪しが判らない馬鹿、宣伝に騙されて車を買い続けている奴は馬鹿と云っているのと変わりがない。しかし彼が誉めたてていたスバルは、途中で日産の傘下に入らざるを得なかった。
それに反して、トヨタの今の立ち位置が宣伝だけで築かれたと思う奴はどこにもいないであろう、正に、歴史が証明しているのではないかと思う。

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その6

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-721e82.html

三菱自動車では、経費節減と日産の動向が不鮮明という事で、新車の開発は、ほぼ止まっている。
現在、新車の開発途中で、唯一残っているのが、ピックアップトラック(トライトン)の後継車の開発だけという。
(アウトランダーはもうすぐ出るから開発は終了している)
ピックアップトラックの開発は、細々でかつ、迷走気味である。
去年までは、三菱の主戦場?の東南アジアで、対抗馬となる、いすゞ(トヨタ自動車の連結子会社)にD-MAXを目標にしていた。
現在は、トヨタのハイラックスだという。

昨年、D-MAXが、8年ぶりのモデルチェンジをした。
この車は、アルミシャーシの導入等で、目に見える軽量化、燃費向上をした。
三菱は、最近他社の軽量化についていけない。
根本的な考え方、軽量化へのアプローチが存在しない。
三菱の昔からの基本姿勢は、いつも安きに流れる。
丁度、三菱航空機の零式艦上戦闘機のプアなエンジン出力を補完するために、機体の軽量化に走った。
おかげで構造材は、馬鹿穴(機体の軽量化の為に、構造材に穴をあけて軽量化に励んだ)だらけで、構造的な強度不足は明らかだった。
強度不足を補完するように、主翼と胴体前部を一体構造とした。
これは、運搬性、修理を考えない到底信じられないような構造だが、海軍はOKをだした。
(いわゆる、ゼロ戦は、軽戦闘機になれた空中勤務者からは好まれた。陸軍の空中勤務者が、軽戦闘機を好んだのと似ている。
隼などという、機体を後生大事に使ってことからも同様である。
現実が、追いつくとプアなエンジン、弱い機体構造は、戦場での機体の自壊を促進しただけである。
いくら、空中戦が得意と云っても、相手が空中戦に乗ってこない、一撃離脱方式で来られたらひとたまりもない。)
これからは、車の軽量化は、燃費の関係から車体構造の重大な変化を伴う事象である。
スズキの軽量化、いすゞの大型車両での軽量化・・いずれはトヨタも、軽量化等強度の両立という難しいことを超えてやってかる可能性は極めて高い。
この軽量化が理解できない。
しかも、各社の車輛を分解しても、根本的な足し算引き算の理論が理解できない。
旧弊な思想にしがみつく、思想的な伐株を守るという姿勢がある。
これでは、ダメだろうと思う。
そうして、去年は、現在販売中のトライトンとD-MAXを比較検討したそうである。
比較対象としたのは、現行のトライトン、現在開発中のトライトンではない。
古い車と、最新の車の比較はあまり意味がない。
おまけに、バラバラにして比較検討もした。
新しい車を見せることで、設計陣を奮起させるという意味があるなら別である。
しかし、どうも三菱自動車の場合はそうではないようである。
単に、自社の古い車の部分と比較検討して、「ここはうち(三菱自動車)の基準では、及第点、ここは、うちの方がいいという個別的判断をしているらしい。
(この発想は、戦史物を読むと出てくる類の話である。
負けた側が書くと大抵の場合は、局地戦とういうか、ほとんど勝てない戦闘の中で、ほんの少し勝ったことだけを膨らませているに過ぎない。
大局的には、大負けの戦争で、ほんの小さな、微小な局地戦に勝ったことを喜んで、嬉々として戦史物に書きあげる。
小さい頃は、単に、すごいなぁと思っただけであるが、小さな戦闘の積み重ねで、大きな戦闘への勝利があるわけであるが、その小さな戦闘が、戦域全体の100分の1の勝利ならほとんど意味はない。)
三菱的評価からは、そんな感じを受ける。
車の分解は、昔からよく行われている。
昔のそれは、技術力も、能力もない国が、主に、構造をまねる為にスケッチするという崇高な行為である。
現在の分解は、ライバル会社の製品の程度、構造は知るために購入するのである。
トヨタが、レクサス(セルシオ)を出した時には、世界の高級車と云われるメーカーはこぞって購入、テスト、分解をしたという。
これは、評価するという立場での購入である。
三菱自動車が、タイでわざわざD-maxを購入して、日本に輸入して、評価テスト、分解をした。これはある意味当然である。
車を分解比較検討するのは、まず評価である。
評価が、なんだか迷走気味という感じさえ受ける。
この手法は、開発中の車で、自社が強化すべき部分、つまり、勝てる部分をより増加させるか、似たようなシステムを導入するとうの対策の為である。
比較検討するのであれば、それは、新車開発のワンステップとして必要な行為とみることができる。
しかしながら、三菱自動車は、最新型と、自社の旧型の比較検討と云う。
すでに何のために購入研究開発を進めているかわからない状況である。
三菱は、当然のように、新型D-MAXを、購入、輸入して分解して検討をした。
そこで、三菱は、シャーシ部分のアルミ部材の使用率が高く、自分たちが到底追い付けない状態という事に気が付いた。
すると、最近、ピックアップトラックの標的が、D‐MAXではなくて、ハイラックスに替わったという。
ライバル社の新型が出れば対抗するのは当然かもしれない。
三菱の主戦場は、東南アジアらしいので、この地域で売れる車を作らなければならない。
アウトランダーPHEVは、欧州でもよく売れているそうである。
しかし、サイズ的には、東南アジア運用するには大きい、充電インフラを考えると東南アジアで売れる要素はない。
丁度、日産の電動四輪駆動車は、都会の充電インフラが揃った場所での運用が主だろうと思われる。
(なぜか、岐阜県は、リーフがたくさん走っていた、よく露天の駐車場にリーフがあるのを見て、大丈夫かと?思う事があった。
リーフで磨いた電動技術の転用なんだろうが、雪国、山間部では通常の四駆の様に売れると思い込んでいるのなら大きな間違いであろう。
大体、リーフの車載電池の急速劣化の問題は解決したのか?
都市部での運用で、電池の劣化に差がかなりあるようである。
三菱の小型EVは、搭載電池のメーカ―での差がかなりあった。
EVこそ、アライアンスで電池モーターの共用化をすることで、購入コストを下げることができる分野だと思う。)

つづく

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その5

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つづき

表面上のアライアンスを強化しても、問題がある。

良く語られるのが、車台の共通化である。

例えば、国内メーカー同士で、車台を共用化した場合、同じ製品(車台)ができる可能性は非常に高い。

車台への変更は最小限にする。

互換性を持たせるのは当然である。

産業革命以来、機械の進歩と発展、高度化は、技術の汎用化を推し進めることとなった。

明治時代、日本の紡績業は、機械を外国から購入して据えてけて、お雇い外国人の技師の指導を受けつつ生産を始めていた。

しかし、これらの技術が、帰国っして居なくなると途端に壊れた。

そこで、大阪紡績では、技術者を海外に技術者を送り込んで、技術を習得させた。

その結果、外国製の機械の導入プラス帰国した技術者の指導で、国内での生産が軌道に乗るという構図ができた。

この時代に、機械の導入、生産技術の導入がすんなりと進んだ国は極めて少ない。

官営工場は、技術の伝搬のハブ的な存在であった。

富岡製糸場で働いていた女工さんたちは、地元へ帰ると、その製糸技術伝搬に一役を買っていた。

こうした技術の伝搬は、どこの地域でも可能だったかと云えば、そうではない。

1800年代から1900年だでは、限られた国でしか行えなかった。

多くの国は、教育水準が低く、教育に熱心ではなかった。

日本は、江戸時代から、寺子屋を中心として、市民階級の識字率は高かった。

江戸時代の、読み本、貸本を中心とした読者層の多さは、他国に見ない特徴であった。

日本人の特質は、いろいろなものへの興味、動くものへの憧憬、労働を尊いと思うと云った思想があってそこ可能だったと云える。

1900年代初頭から1970年代までは、機械工業でも個人の力量がものを言った。

名人と云われる旋盤工が、会社支給のバイトを使用せず、特注バイトを死守していたということを忘れてはいけない。

機械がある、構造を理解して、使いこなせて、初めて機械の何たるかが判り活用できた。

最少は、汎用機が多かった。

日本で自動車工業が勃興した時、工場の現場には、汎用機が並んでいた。

だが、この汎用機は、名人が使えば、最高の製品ができるが、ど素人が使えば資源の無駄使いを誘発していた。

そこで、素人の職工が増えても、生産性を向上させ、精度も挙げるためには、汎用機から専用機の使用割合が増えた。

それでも、個人の技量がものを言ったのは1990年代までである。

2000年代は、何でもかんでも機械でやってしまうので、機械を据え付ける。

マニュアルさえ読めれば、使い方は意外と容易にできる(とはいえ専用の教育を受けてないと難しいが、修行という言葉は関係がないと思う。)

そんな代だから、同じ機械、同じ材質を使えば同じものができると思うのは間違いである。

個人的に、同じ機械で、同じ部品で使えば、同じものができるのか、という疑問がある。

日本で作る車と、フランスで作る車は完全に同じかという事である。

インドシナで作る車、タイで作る車は、同じか?

これは、日本人の大好きな質感という言葉で表すことができる。

タイ製のマーチはどこまで行っても今一、と云おうか今一歩な感じがする。

NISMO仕様は最初よく売れたが、現在は、ほとんど売れていない。

マーチの好きな日本人は沢山いたのである。それらの人は、今、タイ製のマーチに乗っている人がどれだけいるのか、多分皆無である。

それは、買い替え需要をすべて失うほど出来が悪かったという事である。

蛇足的な話であるが、三菱航空機がライセンス生産をしていたロッキードF104(最後の有人機と云われた機体)は、航空自衛隊のF104は、すべての接合面がなめらかで有機的である。

しかし、ロッキード製のF104は、結構雑な感じがする表面パネルが面一(つらいち)ではない。接合面の連続性が悪い・・・。

こうした記憶があるので、海外の日本車はあまり信用していない。

クオリティーコントロ-ルと、社員の真摯さがなければ、同じ製品はできないと考えるのである。

だから、安易に、海外に進出して、インドネシアで、フランス、ロシア、中国でおなじものができるのかという疑問を持ってしまう。

日産は1980年代から、日本のメーカーとして海外進出を進めると同時に、海外に大量に人材を送り込んだ。

おかげで、日産の生産本部では、人材不足を誘発するとともに、社員が疲弊した。

この派遣の主たる目的は技術指導である。

スペイン工場の話は以前書いた。

日産は、スペインへ、膨大な労力、莫大な資金を投入した。

結果として、人材の疲弊し、消耗し、金銭的な流失は大きかった。、

その投入した労力は何も残らなかった。

残ったのは、稼働率30%を超えないただグダグダの工場である。

この工場には、クオリティコントロールという言葉が存在しない。

ルノーの製品(日産のNVシリーズ)の品質はどうなのかと思ってしまう。

業者が、ルノーのNV系をほめるのを聞くとなんだか異常な感じを受ける。

仄聞によれば、このスペイン工場で生産していたフォークリフトは、目も当てられないような品質の製品であったという。

通常壊れないところが壊れる。

40年近い日産の努力はすべて無駄だった。

先日、前非を悔いて、スペインからの撤退を発表した。

現実期には、捨て値でも、売却先がなければ、会社を無くすしかない。

しかし、会社を清算するためには莫大な資金を必要とする。

1980年代から日産のスペイン工場は、バルセロナの雇用を守るためだけの工場であったといえるかもしれない。

ここでも、日産は予期せぬ出費を強いられる可能性がある。

共通化の問題は。どちらの規格を採用するのかという事がある。

三菱、日産は、日本の規格で車を作ってきた。

ルノーは、と云うか、欧州は基本的な規格が違う。

現在の日産三菱は、ルノーの規格で生産している部品がある。

軽自動車の車体は、日本規格、エンジンは、三菱、日産製ではなく、ルノーの1000CCのダウンサイジングである。

今の日産、三菱の軽自動車のエンジンは、ルノ―のエンジン、フランスと云うか、EUの規格である(EUは、エンジンの発生る音自体にも規制を加えているのでエンジン自体は新型が多い)。

三菱の軽自動車のエンジンではだめだったという事かもしれない。

考えてみ居れば、現時点で、エンジンさえまともに設計製造できない会社になりつつあるという事である。

つまり、日本で従来使用していた三菱製のエンジンは既にない。

軽自動車の心臓部分は、既にフランスに乗っ取られた状態という事である。

アライアンスを、寄せ集めと解釈すれば、車体は、日本、エンジンはフランスは良い事かも知しれない。

(整備の現場では、規格の違うルノーのエンジンパーツに戸惑いが出ているともいう。)

アライアンスに限らず、日産は、ルノーのいう事は聞きたくはない。

だが、ルノーのエンジンの流用であれば、パテント料はどうなっているのか?という疑問もわいてしまう。

自動車会社が、自社のエンジンを使えないというは、既に、終末期を迎えているという事である。

黄昏が来る前に、三菱は、日産、ルノーの下請けになり、すべてを奪われる可能性が高い。

日産の心つもりは、三菱から軽自動車部門を引き抜いてあとは捨てるか、完全に下請けとして利用することしか考えていないようである。

実際、三菱自動車の「UNION ゆに」によれば、三菱自動車の工場のうち現在稼働しているのは、水島工場の軽自動車のラインが1本(日勤のみ)である。

京都、岡崎、パジェロ製造すべて、ラインは休止、生産部門の社員は、一時帰休(90%給料支給)である。

5月、6月、7月も、水島を除いたラインはほぼすべて休止である。

1年間のうちの4分の1がほぼ帰休。

そう考えると、三菱自動車の生産台数は、最低でも4分の1減ることになる。

実際は、2月、3月、4月、5、月、6月、7月と生産は縮小傾向のなので、総台数は、前年比の5から6割程度と見るのが妥当ではないだろうか。

いくら、金融機関に融資枠を設定しても、大丈夫か?という疑問が残る。

この生産帰休で、無駄な在庫は減ったというかもしれないが、海外の三菱の取引先のヤードには、三菱の車があふれかえっているという。

(この現象は、日産も同じという。)

こうなると、過剰生産、過剰在庫の減少にこのコロナ騒動は一役買うかもしれないが、会社は持ち出しばかりで、収入がないという事になる。

来年の決算は、今年度以上の赤字は、ほぼ確定である。

ここへきて、日産は、新車攻勢に出るという。

電動四輪駆動車は、街中では有用かもしれない。

だが、現実来な、雪国、電源の山間僻地で使えるとは限らない。

スキーに行って帰っ来れるのか?そんな素朴な疑問を感じてしまう。

つまり、都会での使用、見掛け倒しの四輪駆動車を、どれほどの人が買うのか?

果たして、四輪駆動車の好きで、日産ファンの買うのかという疑問がある。

つづく

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その4

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-347394.html

つづき


先日、三社の発表したライアンス合意は事実上崩壊した模様である。
理由が、素晴らしい。
日産、三菱自動車の両社が、ルノーの発表した内容に同意しなかったのである。
現実的な物言いをするのであれば、船頭多くして船山を登るのである。
三社の合意は、ルノーの意思表示である。
ルノーは、基本的に日産の株主である。
経営に口出しができるレベルである。
残念ながら完全に支配しているわけではない。
そこで、子会社のくせに、親会社に反抗する。
三菱自動車は、孫会社のくせに、親会社に一緒になって反対している。
日産は、ルノーの事を見下しているので、言うことを聞く気がない。
カルロスゴーンの最後の経営判断誤りは、西川のCEO就任である。
さっさと例の捕まった外国人をCEOにしておけばよかったのである。
そうすれば、日産の幹部は絶望的な気分で、抵抗する気を無くしたかもしれない。
三菱は、日産にお追従を述べてはいるが、基本的には、ルノーの間接支配が気に入らない。
その内実は複雑である。
益子会長は、自己保身と自分の利益の為に日産に追随的である。
(世界のトヨタの社長と、生産規模が数十倍違う企業の会長の報酬に数千万円の差しかない。明らかに、3億数千万円の報酬を受けとるような業績ではないが、報酬を取り続けている。報酬は、企業経営に対する対価としての報酬である。それだけの報酬を得られるだけの経営実績、つまりプラスの業績を出しているのか?そう考えると。三菱自動車の経営陣が、役員報酬10%カットなどと云うのは、片腹痛い話で、90%カットし、経費削減に助力を持たせるべきではないかと思う。)
三菱商事を使って、ルノーを支配することを企んでいるようであるが、ただの三竦(さんすくみ)を助長するだけである。
①ルノー→株主で日産を支配、
②日産→株主で三菱を支配
③三菱商事→ルノーの株式取得
三菱自動車は、三菱商事を使って、ルノーの株を取得してルノーの支配を望んでいた。
この三菱商事によるルノーの支配計画は、画餅である。

 

基本構造は、悪いたとえであるが、こんな風に見たらどうだろう。
ルノーが、元貴族の爺さん
日産は、成り上がりで、金持ちの娘婿、
三菱自動車は、別の成り上がりの一族から来た養子である。

 

こう考えると、没落貴族が、一時的に金に詰まった、成上がりものに娘(融資)をネタに、接近した、最初の融資をネタに、20年以上支援を得ていた。
成り上がり者は、没落貴族に、頭が上がらないが、養子を抱き込んで、元貴族を篭絡しようとする。
養子は、出身家を頼みにしていた。
ところが、成り上がり者は、嘘で固めた業績のウソがばれて窮地に陥った。
元貴族は、成り上がり者からの援助がなくなったので苦しい。
養子は、元家に頼んで、何とか、元貴族を篭絡する方法を考えている。
しかし、その元家自体が、業績悪化で、とてもではないがよその家庭の事に首を突っ込む余裕はないという事になり、援助の申し出を断ったぐらいの勢いだろうか?
この三竦み計画は、日産のプライドなき戦いだと思う。
益子君は、日産に個人的に恩を売りたい。
日産は、自分の不採算事業を三菱系列の会社の売り飛ばすことが最近得意であるから、他人のふんどしで相撲が取りたい。
悪く言えば、日産、三菱自動車、三菱商事の三社の考えたサル並みの計画だったと思う。
現実的に、ルノーの実質な支配を目的とした株式の取得は非常に困難である。
ルノーに対抗するには、と云うか、フランス政府の所有する株式、フランスの法律の特殊な長期株主優遇策に対抗するためには、約50%以上の株を取得し、実質支配をして、ルノーの経営権を奪取るような勢いがなければならない。
提案権を持つだけの10から30%程度の株を持つだけであれば、ほとんど意味がないだろう。
三菱商事の財務から見れば、フランス政府が投げ捨てるかもしれない泥船を買うという暴挙である。
これは、三菱商事の株主への背信行為である
この愚策とでもいうべき手法は、三菱自動車と云うか、日産の意向を汲んだ、益子君の裏技であろう。
益子君は、三菱商事の出身で、三菱自動車の不祥事のあった時に、三菱グループの反対を押し切る形で三菱自動車を救うように尽力した者である。
あえて言うなら、この体たらくの諸悪の根源でもある。
業界ナンバー1の三菱商事らしい姑息な手を使っているという事である。
正面突破がダメなら、からめ手からの攻撃をという考えが如実である。
商売で、モノの売り買いならばそれでもいいであろう。
資本関係の三竦みを作っても、得するのは誰もいない。
権力の中心が分散化するだけである。
しかも、最下位の三菱が、最上位のルノーを間接支配する・・・ありえない話である。
単なる名前だけの企業グループ化するだけの話である。
アライアンスは、基本的には、集団のトップ企業が、中心になって部品の共通化、シャーシの共通化を進めることで、大量仕入れでのコストの削減を目指すことである。
現状のアライアンスは、ルノーは地元の欧州、陸続きの山脈で途切れるユーラシアまでは自分の販売域。
上納金を上げる日産は、日産のドル箱の中国、北米を頑張れ、もうからない東南アジアは現在その地域で販売が強そうな三菱自動車に任せようという目論見である。
では、日本国内は?と云えば、日産は、軽自動車を頑張る。
普通車の将来は電動化?
四駆はアライアンスで三菱の車台の流用・・エンジンは自分の古い奴を使う、現在、絶賛、ガス検査対策中である。しかし、通るのか?
GTRは、環境対策で販売できなくなる。
日産は、自社でエンジン開発はここ10年以上全く行ってない。
いくら、アライアンスで、中型大型エンジンの開発担当と云っても何ができるのかと思う。
三菱自動車のPHEVにしても、7年間進歩も発展もない。
7年前と何も変わっていない。
システムの向上、モーターの改良、バッテリーの性能向上に伴う小型を目指すのが普通の企業の姿勢ではないかと思う。
トヨタは、ハイブリッドシステムを小型車へも積み込み小型化を進めている。
だが三菱自動車はどうだったか?
7年間無もしなかったというのが事実。
新型に積むにも昔のママであるから、新型の車体を伸ばす・・・気分的には、「はぁ?」である。
つまり、三菱自動車は、インチキな軽自動車を作りつつ、本来伸ばすべきシステムの開発は行わず、ひたすら開発経費を減らした。
インチキな車つくりに慣れてしまうと、解決策は、安易に流れる。
努力をした結果できないと云えない。
出来なかった理由は考えつかない。
それは、意見を云う事を圧殺した結果、良いアイデアも悪いアイデアも出ないという状況だろう。

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つづく

 

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蟹取り少年殺害事件 1938(昭和13)年5月8日

昔、親からこんな話を聞いたことがある。
らい病の事を聞いたときに、思いだしたように下記の話してくれた。

要は、寓話的で、知らない人に付いてはいかない。
捕まったら、殺される可能性が高いので逃げる。
迷信を信じている人が多くて困る。
迷信を信じることは、他者に良くない結果(この場合、殺されてしまった)をもたらす。

だからではないが、非常に、現実的である。

お話はこんなであった。
ある時、山崎川で遊んでいた二人組の少年が、男に声を掛けられてた。
何かを見せてやる(この何かwを、忘れてしまった・・)、誘因し、二人を自転車の荷台に乗せて、移動を始めた。
座席の後ろに座っていた少年は、怖くなって途中で降りたが、もう一人は逃げることができなかった。

帰宅してその旨を告げたが、行方は杳としてれなかった。

そうして、その子は行方不明となった。
その子は、その日の夜、生きたまま肝臓を取られて死亡。
遺体は、茶畑に捨てられていた。
殺したのは、ライ病患者の●せん人であった。
この者は、知人から、人間の生き胆を食えば、たいてい病気が治ると言われた。
そうして、人間の生き胆を求めた。
当然、人間の生き胆など売っているわけがない。
短絡的に、抵抗力が弱い子供を攫(さら)う事を計画した。
攫って、生きたまま肝臓を抜き取り、その肝臓を、生のままで、そのまま食したという。
ここで、まず、子供向けの宣伝としては、知らない人には、付行ってはいけないけない。
というう事である。
また、他人は何を考えているのかわからないからである。
また、ライ病というのが恐ろしい病魔だと思いった。
その昔、祖父の往診について行った看護婦さんは、ある離れ屋に行ったところ、そこが、ライ病の家で、帰宅するなり、素っ裸にされて、頭から消毒を掛けられ、着ていた服は、外で焼き捨てたという。

実話は、多分この話である。

先日、昭和警察署四十年史(昭和46年發行、都築嘉雄著作)の「戦前の重要特異事件」という項目にこんな話があった。
蟹取り少年殺害事件
昭和13年5月8日
天白川に蟹を取りに来ていた小学生が、殺害され、犯人が、昭和区山上一丁目の畑中に遺体を遺棄した事件
捜査本部は、御器所(現昭和)警察署に、捜査本部が設置、大掛かりな捜査陣が敷かれ世人の注目を浴びた事件である。
被疑者は 崔雲南(仮名)と云う。
月余の捜査の結果、本人の犯行と断定しその行方を追ったが、逮捕直前において被疑者は、其の非を悟り鉄道自殺を計った為に十分その真相を究明するに至らなかった。犯行の動機については、もともと本人がらい病患者であり、自己の病気を治すためには少年の肝臓が、よく効くというとの迷信から殺害したものと云われる
(文章は、読みやすいように改変)
私が聞いたのは、山崎川、記事は、天白川である。
当時の川の規模と、地勢がよくわからないの何とも言えないが、当時ウチの親は、5歳だったから、強烈な記憶だったのだと思う。
親に言わせると、「ちょ〇〇んじん」ん犯行と云っていた。
子供ながらに怖いなと思った。
しかし、御器所から天白川は遠いと思う。
コロナのおかげで、当時の新聞を読むことができないで、事件を追うことはできない。
図書館の規制が取れたら是非この記事を読んでみたい気がする。
以前、アツタ号の記事を探していた時に「鬼熊」事件の記事を、心躍らせて読んだことがある。早く、通常に復してほしいと思う今日この頃である。

 

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エンジンて、自分で組み立てることができるものなのか?

今日、雑談中で再雇用のおっさんと話をしていたら出た質問が、これである。

U型(2U型)エンジンなら一応組めるよと云いたい。

別段威張るわけではないが、昔は組めた

今は微妙である。

もう忘れている部分が大きい。

また、加工屋さんがいるのかどうか・・・

精密にパーツの組み合わせを調整してくれる業者さんがなぁ・・・いるかかなぁ?

今でも、もう一台ぐらい組んでみたい気がする

新品のブロック、クランク、カム、摺動部品は新品が一応ある。

シリンダー、シリンダーヘッドはないあ・・でも組んでみたい気がする。

自分の車のエンジンを師匠と組んだという事は誇りでもある。

ただ、専門業者に頼んだらはるかに安くできた感じはする。

1気筒20万円(当時ね)でも、40万円

まぁ、某三重苦君は、全部、モーター酢に組んでもらったのをさも自分がやったように語っていたが‥実際は全部モータース任せである。

それは 機械的には正しいと思う。

素人が組むよりいいに決まっている。

けれども、一応、趣味である。

趣味なら趣味らしく、自分の手を汚したいと思う。

車の趣味は、車の運転、機械いじりの両極端に分かれる傾向が多い。

古い車だと、そこに、レストレーションという行為が加わる。

米国だと、自宅で一から直すのはまさしく、趣味というかHobbyである。

だからというわけではないが、車は組むと楽しいのである。

エンジンは、業者ならだれでも上手かと云えばそうでもない。

宇宙一直すのが上手(自称)でも、エンジンを組むのは下手である。

25年ぐらい前に、知り合った人は、当時の金で500万円以上出してレストレーションした。

エンジンの慣らしの途中で、メタルが飛んだ(つぶれたって意味ね)。

聞いたら、乗り方が悪いと言われたの縁を切ったそうである。

昔、営業をしていたころに、さんざん乗ったパブリカ、若いころに無理をして買ったトヨタスポーツ

エンジンを壊した事は一度もなかったそうである。

メンテナンスは、自分でしていたそうで、会社のパブリカ(700)も、自腹を切ってエンジンオイルを自分で替えていたような人である。

最初の300キロは、夜の国道135号線を、時速30から40キロでひたすら走ったそうである。

その後で、1000キロ迄は、中央道、名古屋高速を、60から70キロでひたすら走った。

でもエンジンは回転が上がると、不協和音が聞こえたので変だなと思ったそうである。

トヨタの組んだエンジンこんな音がするなんてことはなかった。

そう思って、その人は夜の155号線をちょっと負荷をかけて走っていると、エンジンからの異音が大きくなり、圧縮がない感じがしたそうである。

方肺が死んでいる感じで、パワーの出ない状態で走るのも怖いので、路肩に止めてJAFを持ったそうである。

レッカーされて、車は帰還、翌日、店に行くと、開口一番「乗り方が悪い」だった・・・修理代はオーバーホール代65万円と云われたそうな・・・

そこで、エンジンのオーバーホールを明日先がないかと、とよたの販売店で話をしていたら、昔パブリカ店にいた店長が、組みましょうか?といってくれたので、結局、販売店の店長に組み直してもらった。

修理明細を見せられたのと、エンジンを組み立てるのを手伝う事(どっかで聞いたような話である)が条件であった。

そうして、実質、三日ほどで、エンジンは組みあがり、乗せるも手伝ったそうである。

そこの店長さん、パブリカ(20)を一台持っているそうで、自分でメンテナンスしていという人だった。

その当時、店長クラスで、昔パブリカの整備をやっていたという人がまだいた。

パブリカの事を、「ぱぶちん」と云っていた。

今では、そんな人はもういない。

自分で作り上げるというのは面白いことである。

自宅で車を組んだというのは非常に楽しい出来でもあった。

エンジンは車の心臓であるから、エンジンを組むという事は、オカルトめいたことを云えば魂を込めるようなものである。

基本的に、モノを組み立て動くのはものすごく楽しい。

大学の頃、バイクのエンジンは自分で組んでいたから、自分で組み立てるのは楽しいという事も判っている。

最大の喜びは、そのエンジンが動く、そうして車が動くという事である。

バイクの小排気量のエンジンが動いて楽しい

798CCのエンジンが動くのも楽しい

この喜びを知ったことは大いなる進歩であった。

プロに組んでもらえば、楽だったかもしれないでも、それでは、何の進歩も発展のなかったと思う。

色んな経験を通して、いろんなことを学んだのも事実である。

人間的に正しいことは、いい加減でも世の中は回る。

エンジンは、機械的に正しくなければ動かない、動かなければ、車は動かない

普通、エンジンが組めるのか?という問いに対して、組めないというのが普通であろう。

同じ人間が組んだものなのだから、組めるんじゃない?

そう思うのも考え方の一つである。

だがそう思うのは、浅はか(ただの馬鹿ともいう)であると感じるのである。

エンジンは、組(くみ)である。

2気筒だから簡単だよねと思う人は、最初から止めといた方がいいと思う。

2気筒でも奥深いものである。

現に、最初お5年で、5回もエンジンを組んで、4回壊れている

1回目は見てるだけ、ほんの少し手伝うだけ。

2回目以降は、エンジン組み立て教室

今のエンジンは5代目です。

ちなみに自宅のガレージで、リフターは音が出たので、車載の状態で全部交換した。

この様に書くと、簡単にできるよねと「ほざく奴が必ずいる」

思うわず「へー」といってしまう。

その次には「簡単なんだぁ」という感嘆詞がついて行く。

バカにしているモードである。

一人で、シリンダーヘッド外して・・・まぁ運転席側、右側はタペットカバー外しヒョイヒョイ外せる

助手席はねぇ・・・簡単にはできんのよ。

「やって、みろや」と云いう気分になる。

なんだか、今晩は、そんな、に気分になった

 

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その3

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つづき

古い話で申し訳ないが、三菱500は良い車だったと思う。
ランサーも荒っぽいがいい車だったと思う。
初代のミニカトッポが出た時は、青島文化教材の模型にありそうなデザインで笑ったことがあるが・・・これはこれで、中高年から年寄りドラバーには喜ばれた。
こうした独創路線は、ワゴンR的な部分まで煮詰めることが出来なかったのは残念である。こうした、煮詰まり感のない車は、会社のある意味体質な部分から来るのではないかと思う、完全な冒険はできない。
だが、設計陣の心意気は、と云おうか、前向きな気持ちは感じられた。
個人的には、一瞬でも欲しいと思ったのは、エクリプスのオープン(アメリカでたくさん走っていた)、スタリオン、ランサーエボでしょうか。
最終的には、ランサーも、不必要な飾りが多すぎるきらいはあった(現行、BMWスープラは、輪をかけて酷いが。)。 
現在の三菱自動車には、この手の車を作ることはほぼ不可能であろう。
現在、公的に発表されているアライアンスは、ルノーが一番得をして、三菱が一番損をする体制となっている。
小型エンジンの開発はルノー、軽自動車は日産・・・
ルノーは、エンジンルームが小さくなる傾向の車については、ちいさな効率の良いエンジンの開発に専心する。
日産は・・・需要が見込まれないような中型大型エンジン・・
三菱は、完全に下請けモード・・・
日産のルークス、デイズが売れているという統計がある。
実際、販売店で直接販売できている車はどれほどかと思ってしまう。
軽自動車の新古車販売店に、ものすごく沢山、デイズが並んでいる。
しかも、何となく売れないモード。
街中で、三菱の軽自動車は、ほとんど見なくなった。
統計では、販売台数は少ない。
先日、三菱自動車の水島工場は、日産の軽自動車を作り、OEMで三菱の軽自動車を作るようになると書いたが、現実的には、日産の軽自動車がメイン、三菱の軽自動車ブランドは、ついでに作る感があるという。
日産から見たらというか、日産の考え方で見れば、軽自動車部門ではアライアンスは上手く行っているという見方をすることもできる。
設計チームは、既に分捕っている。
こう考えると、三菱自動車、いつも他力本願だった。
その報い来ていると考えることもできる。

三菱自動車として独立する前に、ホルクスワーゲンのビートルのノックダウンを考えて、交渉したことがある。(ある資料に、さりげなく1行書いてあるだけである。)、これは売れない車では設備投資が無駄になると唐売れる車を!という事だった可能性は高い。これは、戦後の自動車メーカーが皆さん血道を上げて、生産技術を上げるために導入した手法である。
ノックダウンは、生産技術を、学ぶことはできるが、「5W1H」的な見方をすることもなく、丸暗記で試験に臨むようなものである。
日産は、オースチン、日野、ルノ―、いすゞヒルマンある。
1950年、東日本重工業(現在の三菱重工業)は、米国車のカイザーフレーザーのヘンリーJのノックダウン導入した。中途半端車のノックダウンで、販売は芳しくなく数年で中止して居る。当時、この失敗で次の提携先を探していた。
よく考えれば、日野もいすゞも乗用車生産は中止している。
ノックダウンで表面上の技術は取得したが、パーツ形状の意味が分からなかったのだと思う。結局、付け焼刃的な技術では、長続きしなかったという事である。
現在、終戦後独自路線を歩んでいなかった会社は、最新の技術の表面だけを学んだだけだったということである。
所詮は付け焼刃では何ともならないということかもしれない。
三菱は、三菱自動車として独立後、クライスラーと組んで、相手先のブランドで輸出を伸ばした。
この時は、クライスラーは、リーアイアコッカである。
クライスラーは、日本車を、排撃しながら、日本車、カナダ製造の車を大量に輸入、利益を上げていた時代である。もっともこの時の、OEM車の輸入で味を占めた結果、クライスラーは、本業を捨てて、他業種への進出をして、ことごとく失敗する。その進出を主導したのは誰あろう、リーアイアコッカである。
この時の失敗がお尾引いて、クライスラーは結局ダイムラーに、飲み込まれる。
クライスラーへのOEMで味を占めたのは、三菱自動車も同様であった。
OEMが減少しても、過剰な生産体制が足をひっぱる。
クライスラーというブランドだから売れていた車は、三菱では売れない。
クライスラーは、米国の会社である、そのイメージで車を買う。
三菱は、ゼロ戦を作った会社の車と思う(これは、米国で聞いた実話)。
結局、苦境に立たされていると、ダイムラーが送り狼の様に接近してきた。
ダイムラーグループに拾われて、悪夢が始まった。
そうして、悪夢がおわった瞬間は、自動車会社として切り捨てられてた瞬間でもあった。
外国人の考えた方は、非常にシビアである。
日本人の様な、ウエットな考えをするという事を書く人たちがときどきいるけれども、実際は非常にシビアである。
アメリカ人は、非常に実利的である。
イギリス人は、裏で何を考えているのか判かりにくい。
有色人種は完全に卑下している。
だが能力があれば、それは違った見方をする。
フランス人は、有色人種を差別する気はない。
ペットと人間という関係性しか見ていない。
三菱グループからの離脱で、コンスタントな収益源は、喪失した。
黙っていても買ってくれた三菱社員という販売先を失った。
この打撃はじわじわと効いてきた。
買い替えの時期に、三菱の車を買わなくてもいいのである。
そうなれば、三菱自動車は、3年から10年ぐらいの期間に売れたであろう販売先を喪失したことになる。
三菱の収益の悪化の原因は、今に始まったことではない。
実際は数年前から、海外の販売会社の売れてもいないのに値引きをして車を売り込んでいた。
要は、過剰に供給して目先の利益の先食いをしていたのである。
この手法は、日産のセコイ手法である。
簡単に儲けることを覚えると、毎年やりたくなる。
結果は、コロナがなくても、日産も三菱も赤字になるべき状態になっていた。
黒字の原資が、先の利食いだったからである。
日産は、三菱を取り込む必要がある。
先日、発表された三社のアライアンスは、「こんな感じでやります」というは発表でしかなかった。
現実的には、すり合わせも合意もなく、単にルノーの主導で方針発表がなされたと言える状態であった。
三社の発表時に、三菱自動車、日産自動車共に、不愉快そうな顔をしていた理由がようやく分かった気がする。

つづく

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-bae68b.html

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その2

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-b136f9.html

つづき

日産は、基本的な体制が悪い。

組合、組合幹部と会社の慣れ合い、会社の社長の嫉妬が、ブランドを潰すことを容認してしまう体制があった。

こうした、独善的ともいえる行為の積み重ねが、ここまでダメになった原因である。

終戦後、自動車工場は、共産主義ファシストの浸透すべき場所であった。

プリンス、日産の組合には沢山の細胞が入り込んでいた。

対決したような顔をして、容認したのが浅原源七である。

私の個人的な意見(ここに書いてあることは、全部個人的な意見である。)では、ゴーンの最大の失敗は、日本人を、社長にした事が最大の間違いだと考える。

よく言われている、西川の様な裏方型の人間を社長に据えたことではない。

日産の幹部は、日本人は社長になれない、外国人の経営者に従属しければならないという体制を築くべきだった。

日本人が、西川の様な、表に立って仕事を進めるタイプではなくて、裏方が似合う人物が社長になった瞬間に、表に立つタイプの人間は、内心いきり立ったのではないだろうか。

「次は、私が、日産の社長になれる(かもしれない)」

実際は、この効果は、日産は、外国の自分よりも規模の小さい会社のただの子会社で、ルノーの絶対的とは言えないが、文句を言えない子会社という立場にあるという意識を拭い去った。

お陰で、勝算のない賭けに出た。

ゴーンも、裁判で勝ち、日産の現在の幹部を叩き潰せばよかったのだが、血迷って逃げた。

お陰で、日産の経営陣は、胸を撫でおろしたのではないかと思う。

(検察も同様だと思う。拘留延長が認められなかった時点で、検察は焦ったと思う。明らかに、敗北感があったと思う、逃げた後で、裁判所に対して、次からは外国人の経済犯の国外逃亡の恐れがあるという云いぐさで、拘留延長を求める可能性は高い。)

日産は、反乱の首謀者だった西川君が、自分もインチキをして会社から金をくすねていたことが判ると、代表者の地位に居座ることができなくなった。

そうして、今度の社長はとなった時に、前に出る人は、心が高鳴ったと思う。

「この俺が、社長に!」下馬評は良かった。

日産という腐った身内の評価と、奴隷に置きたいルノーの意向を汲んだ者の戦いは、ルノーが勝った。

負けたおじさんは、転職した。

転職先は優良企業だが、会長が独善的である。

後継者が、イエンマンがいいと思うのは勝手である

真の後継者は、イエスマンではダメである。

だが、転職先の会長は、有保株を集めては、つぶして喜んでいる。

追随して、何人か幹部が辞めたようであるが、こんな時に逃げる様に会社を辞める奴は日産にはいい人とは思えない。

日産は、人材流失が続いているが、本当に必要な人が残っているのかと云うのは非常に疑問である。今の日産には、独善的で自分の事しか考えない風潮が見受けられる。

辞めた幹部の行動を見ていると、そんな感じを受ける。

自分の為だけに会社の運営を考える。

自分の実績の為だけに会社を使う。

このような状態でアライアンスが上手く行くと思っているのは僭越である。

日産の宿痾の様な傾向は、会社を食い物にするという伝統である。

この伝統は、会社を喰いものにする。

下請けを食い物にするという姿勢にも見て取れる。

アライアンスは、本来、三社の共存共栄の為である。

合併しない代わりに、「子会社(下請け並み)は、協力しろや」と云うのがルノーの言い分である。

日産は、日産にとって不利な決議には反対できると息巻いているが、日産のこの危機的状況という袋小路に追い込まれている状況の解消が、日産にとって不利でないと世間様が思ったら、日産は伝統の宝刀を抜くことさえできず、日産の為だから、と云われて、吸収されるのは目に見えている。

最初は、日産ルノーかもしれない。

だが数年後には、日産という名前は消える可能性がある。

10年後、日産と云う会社が残っているのか?という疑念がある。

では、三菱自動車どうか。

三菱自動車は、三菱グループの鬼っ子という立場であった。

三菱重工業の一部門であったが、苦心惨憺して独立したが、結局、お荷物だった。

とはいえ、巨大グループの一員という立場は、販売台数の確保という点で大に役立っていた。昔、能無しの学者が、トヨタは、三菱自動車にかなうはずがない。

三菱の全従業員が、一人1台買えば、トヨタの販売なんて軽く抜けると宣われていた。

しかし、毎年毎年車を買い替えるわけでもなく、電車通勤の者は、別段、三菱自動車の車を買わなくても済むから、わざわざ、三菱の車を買うアホは、殆どいなかった。

(うちは、昔からトヨタ党である。その昔、某三菱電機の社用車だったデボネアを押し付けられたことがある。社用車と聞いていたので、てっきりクラウンだと思い込んでいたら、デボネアだったという、笑うに笑えない話があった。来てビックリで、近所の元社員の人(この車の運転手だった人)に御進呈したことがある。

社用車から、三菱電機の部長のマイカーになり、なぜか、「あげるわ」、「うん、もらってあげる」で、デボネアが来た、)

しかし、多くの車通期勤の社員は、三菱の車を買わざるを得ない状況にあった。

だから、随分と販売は助けられていたはずである。

三菱自動車は、日産自動車の子会社となった瞬間に、三菱グループからの離脱で、グループ社員への販路を一挙に失った。

実際、航空機の先輩に聞いたところ、嫌なだけどね、駐車場がないからさぁ・・・という理由で、三菱グループの多くの社員は、嫌々三菱車を買っていた人が多かった。

そこで実利に走る人は、通勤は、三菱の軽自動車で、家族の車は、トヨタという形態は非常に多かった。

さすがに課長以上になると、それこそ三菱の負鬱のセダンを買わざるを得なかった。

そう考えると、三菱自動車は「魅力ある車」を作って来ただろうか?

胸を張って、造ってきた!という声を聴いてみたいものである。

つづく

 

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ルノー、日産、三菱自動車のアライアンスは崩壊 その1


先月、ルノー、日産、三菱の三社は、アライアンスを進めることで、生産性を向上させると主張していた。
これは、主に、ルノーが一番有利であり、日産三菱の従属的な立場を強化する計画であった。
ルノーは、英国を含んだ、ユーラシア大陸の全域。
日産は、日本国内、中国、北米。
三菱自動車は、東南アジア
そうして、アライアンスは、ルノーが得をする方向性しか見えない。
三菱自動車、日産自動車の両社は、自分たちが得意と思い込んでいる部分について、ルノーが評価していないという事に気が付いた。
ルノーは、日産を草刈り場と考えているように、日産自動車は、三菱自動車を草刈り場と考えている。
日産は、基本が、狡猾な狐の様な思考がある。
ルノーはもっと狡猾である、裏には、フランス政府がいる。
三菱自動車は、三菱ふそうを、メルセデスベンツに奪われている。
三菱ふそうは、三菱自動車の原型とでもいうべき会社で、戦前、バストラックの生産を行っていた(とはいえ、米国のホワイトの無断コピーである。)。
ダイムラーグループが三菱自動車から手を引くときに、引き抜かれた会社である。
現在は、FUSOと云いながら、中身は、すべてメルセデス化して、エンジン、パーツはメルセデスのパーツを使用してる。
外見は、FUSOである。
しかしシャーシ以外は、単なる、すべてメルセデスの製品を組み立てて売るだけの企業となっている。
(仄聞したによれば、このメルセデス化で、多くの超大手の会社は、FUSO離れを起こしつつあるという。
大手の運送会社は、自社の整備工場を有して、独自の整備を行っている。
多くの場合は、その工場は、主要交換部品のパーツを持っている。
FUSOのダイムラー化によって、所有しているパーツが全く使えない状態になりつつあるという。
「三菱ふそう」から「ダイムラーグループのFUSO」になってからは、価格帯の上昇、合わせて、補修部品の高額化が進んで、結果として、FUSO離れが加速度的に進んでいるという。今後、FUSO自体が日本市場で生き残れるのかは微妙である。)
三菱自動車にとっては、自動車の生産を続けていくうえで必要不可欠だった、コンスタントに稼ぐFUSOは重要だった。
稼ぎ頭を、引き抜かれたことは、経営にとって大きな打撃だったと言える。
しかし、見方を変えれば、ダイムラーグループから見て、三菱自動車は、解体すべき存在と見えたのかもしれない。
海外のメーカーは、会社をM&Aで、買う。
買った後は、分割して、必要な部分を残して他は売り飛ばすという事をよくやっている。
つまり、バストラック部門は収益力があると判断されたが、一般の自動車部門は、魅力というか収益源として不適格と映った可能背が高い。
三菱自動車は、バス、トラック、軽自動車、四駆の乗用車が主流であった。
(電気自動車は‥‥後付け感の漂う車なのでまぁいいかと思う。)
現在は、バストラックの「ふそう」は、すでにない。
主力?の軽自動車は、生産を請け負っている状態になりつつある。
四輪駆動車は、ランサーの様な乗用車型からはすでに撤退しているので、パジェロ、アウトランダー系の四駆しかない。
アライアンスでは、軽自動車は日産の担当という位置づけだった。
設計部門を既に日産との合弁と云いながら別会社へ移っている・・・というか奪われている。
アライアンスの方針からすれば、三菱の持っていた軽自動車の設計製造販売は、すべて日産の製造販売体制に組み込まれていくという事になる。
悪い想像をすれば、三菱自動車の立ち位置は、日産自動車の下請け生産工場化と云えばいいのかもしれない。
水島工場は、三菱の工場が日産のブランドの車を作るのではなく、日産の軽自動車を、三菱ブランドで生産する工場となる可能性がある。
日産は、自社の古くて生産の悪い直営工場を廃止する理由が欲しいところであろう。
不祥事が多いのは、伝統的な累積した体質である。
腐ったリンゴの話は、ドラマや漫画では、腐ったリンゴなんていない的な話を展開したがるが、実際には、確実に全体を腐敗させる。
大昔、ある部の課長が、ある総括的部の部長になったことがある。
総括的な部なので各部順繰りで、課長から選りすぐりを出すという不文律があった(らしい。)。
この部長、この不文律を破り居座った。
昔だからできたんだろうが、これが、他の系統の部から不満が出た。
当然である、そうして、その部長が去ると、その部長職は、本省キャリアの指定席になったが、次長以下は順繰りになった。
しかし、ある部は、その時の部長の振る舞いで、総括的な部へ行くという事が激減した。
まか支店のランクがあるが、上位のランクの支店長職は、よほどの事でもない限り廻ってこなくなった。最上位のランクは、ほぼ不可能になった。
そうして、その部は、蛸壷的人事体制を敷くようになった。
それは、他の部からどんな人が来てもびくともしないような、腐った人事体制を作り上げた。
この腐った人事体制の元凶は、件の部長になった者の独善を許した結果である。
一人の毒素が、部全体に廻るのに、30年時用の時間を要したが、おかげで、パワハラは、見てみ見ぬふり、セクハラは、見ない、職務中の株取引も本店の課長以上がやっていたら、報復が怖くて誰も告発しない。
「こんな女に誰がした」
みなんの長いものに巻かれという風潮が産んだ不幸である。
パワハラの研修をやった本人が、自分がやってはいけないと云っていたパワハラの正にドンピシャな事例、罵詈雑言、壁に向かって仕事させる、ラインの仲間に入れと強要する。
そういったパワハラに該当する事柄は、やってはいけない事例として列記し、自分で研修講師をしながら、自分は平気でそれらの事を、平気で部下に行う。
そんな人間がゴロゴロいる。
腐ったリンゴの臭気が、身に染みてしまう。
つづく

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時々、死ぬという事が前面に来ることがある。

私は、昔から死にたい人であった。

だけれども自分で自分を殺す勇気がないだけである。

しかも、親や子供の事を考えると踏み切れない。

そう逡巡して既に35年ほどたった。

大学の頃、とある外国の難民キャンプでボランテェアをした。

ここでの渇望は自分ができることをするという単純な行為だった。

だが途中で、ある仕事を請け負ってから、ちょっと考えが変わった。

それは、二十歳の夭折を夢みるというバカな夢がある反面、俗物で、低俗なことを平気でしていた。

俗物の権化のようなこともした。

ある時、付き合っていた人から、見た目と違って遊んでいるでしょうと云われたのは結構ショックだった。

理由が、女の扱いに慣れているといわれて困った。

社会に出てからは、艱難辛苦があり、まぁ人に言えない仕事をして帰国した。

帰国して間もなく、車を買った。

その頃は無知蒙昧だった。

現在でもそれは変わらない。

三島由紀夫の「真夏の死」という作品に心惹かれるのは、崩壊することへの期待が描かれている。

崩壊を待つ心境

非常によく理解できる話であった。

だからこそ入れ込むことができた。

死に招かれているけれども、死はとなりいる者には容易に落ちてくるが、自分には落ちてこない。

今まで何度も、死にそうで死ななかった。

生まれた時は、仮死2度であった

途中で、車にひかれそうになっても、数センチで助かったこともある。

難病にかかり、夏は外へ出てはいけませんと云われた年もあった

自分が、危険のものを選択すると、躊躇させる為のように、病気になったり、事故で、ケガをしたりする。

そうして、選んではいけないものを選ぶとき悪いことが起こる。

だから最近は、予防的である。

何となく、ヤバイというか、あぶないなと思う事がある。

するとそちらは選らばない様にしている。

ケガや、病気で苦しむのは嫌である。

基本的には誰も助けてくれなと思っている。

数年前に岐阜で勤務中に倒れた時は、羽島の田舎の病院へ搬送されて、こん僻地に誰も来られないと思った。

そうして、自力で地元の病院へ帰るべきと考えた。

老いた親では、家から、このへき地とは、言わないにしろ病院まで運転してくることはできない。

仕方なく、その時の上司(この人には感謝してならない)に頼んで、タクシーで搬送してもらった。

タクシー代2万5千円、最初の搬送先の病院で、1万5千円、転院先扱いでそのまま入院

転院先は、近いので親が来れた。

たまたま、当直の先生が、前に倒れた時の担当だった。

従来の投薬をしてもらい3日で退院、4日間自宅療養をして復帰した。

上司に、感謝の気持ちとして、結構よい品の煙硝墨を送った。

こうして、救われ続けている身の上であるが、

時々、ふと、「死んだら楽だろうか」という口が開いて見えることがある。

自死した友人は、何となく告解するように話をして去っていった。

こう考えると、生きるべき道を誤ったまま進んでいるのか?と云いう気さえする。

告解をした友人に、真実を打ち明けることができなかった後悔がある。

死の面前に居る人の気持ちを、「生きる」という方向に引き戻せなかったという事は、私の原罪である。

人は生きてること自体が、罪かもしれない。

死という安易な世界に降りていく人は、心、強き人だと思う。

神の存在は、死は同等である。

いずれも近いようで非常に遠い。

しかし、常に身近にある。

「生きる」という映画があった。

この中で、雪の降る公園で、「命短し恋せよ乙女」と歌うシーンがある。

この情景と同じ風景に、昭和の終わりごろに、出会ったことがある。

「生きる」を見たのは、平成の御代、銀座並木座の三本立て見た。

だから、この当時、私個人は、このシーンを知らない。

その時は、年上の彼女に振られてとぼとぼと歩いて帰る途中だった。

振られた理由は、「お見合いしなければならないの」と云われて、手をぎゅっと握られた。

駅から自転車で帰る途中、考えたかったのと、道が悪いので、坂の少ない、車の通っていない道路を選んで歩いていた

雪は止んでいない。

大きな牛乳屋の前にある大きな公園の前を通ると

かすかに、きぃきぃと音がする

ついでに、妙な調子はずれの、件の歌が聞こえた。

雪の降る公園で、ブランコに腰かけて、大正歌謡の、この歌を寂しそうに歌っている姿はものがなしかった。

公園を突き切ると少々行程が短縮できるので、公園の中に足を踏み入れると、歌が止んだ。

少々気味が悪かったので、振り返ると、その人はブランコから落ちて前につんのめっていた。

少し躊躇した、ここで死なれると心もちが悪いという打算が働いて、自転車をそこへ置いて、急いで、ブランコまで行った。

とはいえ、状況が判らないので躊躇して居ると、おばさんは、立ち上りかけた。

私は、「大丈夫ですか」、「だれか人を呼びましょうか?」というと

両膝を付き、両手を雪の上で握りこんで、「人が来て何になる」と云った。

見えげた顔は、初老の婦人

「救急車でも呼びましょうか?」というと

「あんた、人がいいなぁ、こんな婆さんほかってさっさと帰ればいいものを」

「こんな寒い中、こんな中に居たら病気になりますよ」というと

「病気、病気になりたいねぇ。

 生まれて此の方病気になんかなったことがない。

 戦時中も、空襲で友達がみんな死んでしまったのに私は助かった。

 私だけ生き残った。

 なんで生きてるのかね。」

 「家族はいないんですか?」

 「まあ、家族はいるさ、でも一人だぁ。

  お兄さん、あんた良い人だねぇ。」

 寒くなってきた、肩にも、帽子にも雪が惜しみなく降ってくる。

「寒いかね」

「寒いですね」

「家で家族が待っているだろう、帰んな、かぜひいたりしたら損だよ」

「いやぁ、気になるのでね」

遠くから人を呼ぶ声がする

すると顔を声のする方に向けて、「ああ、お迎えが来た」と云ったのでそちらを見ると傘をさした、四十カッコウの人が、このお婆さんを迎えに来た。

嬉しそうに「おお、お迎えが来た」とつぶやいたが、迎えに来た男性には、何か悪態をついていた。

私は、呆然として雪に埋まった自転車を立て直してとぼとぼ歩いて帰った。

この時は、80歳まで生きていると楽しんだろうと思い込んでいたが、最近は、寂しいだろうなと思う。

親兄弟はいない。

友達でさえいない

家族はいる、でも寂しい

そう考えると、長く生きるという事はつらい事ではないかと思う事もある。

ただ、生きているという感じではなくて、生かされているという感じがしているのは、死にたくないという心の裏返しではないか?とも?思うのである。

 

 

 

 

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その12 顧客を大事にしているか?

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-b1ee31.html

つづき

長い閑話休題
どんな車の会社でも、車種の継続性と云うのがある。
(うちは、30数年来、歴代カローラは、2年おきに買い替えでしたので全車種(マイナー含む)乗り継いでいます(笑い)。)
自動車会社は、特定の車種についているお客さんは、永続的なお客さんとすべきである。たとえ代替わりがしても次もカローラを買う、トヨタの車を買うというか手があれば万々歳であろう。

買い替えの時期(1台通常、5から6年ぐらいで乗り換えると想定すれば、新車で購入、2回ぐらい車検をとして、丁度、新型のマイナーチェンジが出たぐらいに買い帰るというのが多い)に、次に買える同程度の価格帯の車があれば、同じ会社から買うという選択が出る。

売れている車があったらその車に付いた顧客を逃さないような努力をすべきである。

しかし、三菱も、日産も共通することは、顧客を大切にしない、つまり、顧客が継続的に購入してもいいいと云う感情を持てる、と云うか、顧

客が望む車を作れないという会社の体質がある。

悪く言えば、東ドイツにあったトラバントという車を思い浮かべればいい、トラバントは、それしかないから仕方なく買うという対象である。

日産のファンだから、日産のミニバンを仕方なく買う。

東京の出身なので、日産以外の他のメーカーは買いたくないから、仕方なく日産を買う、といった日産のファンが居る限り、日産は不滅ですなんて思っていたかもしれない。

日産のファン・・・三菱のファンが買ってくれるから・・・という発想は、昭和の発想である。

そんな事は無いと云うかもしれないが、現実的に、10年前まで居たランサーのお客さんはどこへ行ったのか?

今の三菱に、赤字を垂れ流しながらランサーを売る体力はないだろう。

でも、お客を繋ぎ止めるためには必要だったのではないかと思う。

ランサーで使っていたアルミの加工技術は・・・昔、やってたから、うちはアルミの技術があるなんて主張しても、現場には、そんな技術はもうないであろう。

時すでに、遅しである。

では、パジェロの客さんはどこへ行ったのか?

友人が、奥様のご要望でパジェロ買って、最初の運転後の感想は、子供を轢きうそうで怖いという感覚であった。

ブレーキがプアなのも怖いと云っていた。

勝手に、パーツを交換されて、パーツ代はタダだが、何故か、工賃を請求され、あとから、リコーリ対象と発表があり、工賃を返せと言ったら、リコール前なのでお返しできませんと云ったので、定期点検の金を払わずに放置して、車は処分した。

彼は、二度と、三菱の車は買わんと、今でも言っている。

日産で言えば、セドリックグロリアのお客さんは?

スカイラインのお客さんは?

サニーのお客さんはいったいどこへ行ってしまったのか?

そう考えると、三菱自動車、日産自動車のお客は、どこに取られたのかという事を考えてしまう。

車の購買層が減ったとはいえ、東京、大阪の中心部以外は、車がなければ基本的に不便である。

コロナ騒動で、車での移動が見直されたというのは僥倖かもしれない。

しかし、日産、三菱のお客は、どこへ流れたのであろうか?

外車、ほかの国産メーカーだと思う。

購入層も減っているので、今後、販売台数が劇的に伸びるという事はないであろう。

マツダ車は、マツダスパイラルという恐ろしい悲劇がある。

他社の下取り価格が異様に安いので、他社に買い替えができないという恐怖である。

そんな状態で、三菱、日産は、お客さんを呼びこむ方法として、何を売りにして、商品(車)を売るのか?

そうなると、現状、希求性のある商品ラインナップを構成しているとは思えない。

日産の顧客が、ミニバン、イコール、セレナしかないという選択肢がある日産はまだいいが、四駆イコール・・・アウトトランダー・・・しかないという事はない。

90年代から、テレビドラマの影響か、自由になる金が増えたからか、女性に多いのは、車、イコール、自分の自己表現としてのイメージの投影と云う路線があるが、生憎と両社にはそれがない。

つづく

 

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ブックカバーチャレンジ

 

 

わたくしは、現在ファイスブックで、ブックカバーチャレンジなるものに参加している。

いわゆるバトン形式チャレンジで、7日間連続で表紙を飾るという形式です


「7日間ブックカバーチャレンジ

 雑誌文化の普及に貢献する為のチャレンジで、好きな本を1日1冊選び本についての説明は無しで表紙画をFacebookへ7日間アップを続ける。
その際、毎日FBの友人を招待し、このチャレンジへの参加をお願いする、と云う趣旨です。」

なんですが、バトンをくださった方が、本も載せているので、最初から「雑誌」という概念が皆無で始めました。

最初はスミソニアン博物館の航空機宇宙部門の本

Dsc_0495  Dsc_0492

これは、渡邊氏のアメリカ勤務時のお土産(みやげ)で、米国滞在中に古本屋で買い求めてくれた本である。

この本は、実に大変思い出深い本で、米国でスミソニアン博物館へ行くと、ミュージアムショップに売ってました。

実に、欲しかったのですが結構、高いという事、あと、重いという事で買う事を断念して居りました。

飛行機に乗るときにチャージ料を取られるからである。

一度、イギリスで、クラッシックカーの豪華本数冊買いこんで飛行機に乗るときに重いという事でチャージを取られた痛い思いでがあったからである。

なぜこの本が欲しかったと云えば、Bell X-1世界初の音速ロケット機である

この機体の写真が欲しかったのである。

背中が白い。

この写真を見たことがなかったので、ものすごく欲しかったと云えばわかってもらえるだろうか・・・(わからんわなぁ・・・・アホの気分は・・・)

当時、実機の写真を探すのも大変な時代でした・・・今はけっこ容易に手にはいりますけど。

で、インターネット環境の前には、国内古本屋で見つけても、結構高くて・・大抵1万円前後。

そのうち、インターネット環境ができた頃、時々、飛行機関係の本を海外から買うようになっていた。

向こうの価格は、安いと、大体10ドルぐらい

高いと40ドルぐらい。

微品だと70ドルぐらいだった。

アマゾン出現前で、探すも結構骨が折れた。

特定の出版社なら、直接買う事も可能で、よく注文していた。

英国の本屋は送料が安い。

米国は、場所によって送料がべらぼうに高い・・・今でもそれは変わりがなくて、田舎の模型屋から模型を買うのは送料の恐怖と闘わなくてはならない。

送料1個5000円なんてザラである。

1度、超然たる田舎の本屋に、15ドルで売っていたので、メールで送料を聞くと、80ドル・・・当時ほぼ、8500円ぐらい・・・

西海岸、東海岸沿いの街なら15ドルぐらいである・・・

その手の本屋は、専門店が多いので基本的に高い。

アマゾンで、数年前の久々に、米国の田舎の本屋から、戦前のエンジン設計の解説本を買い求めたことがある。

TOYODA AA型のA型エンジンの燃焼室の改良につながった本である。

本本体は、24ドル・・・送料が 45ドル・・・

相手の本屋から、

「こ?の本を日本に送るのか?」と来たので、

「そうだ、産業遺産研究で必要な資料だから欲しい。」

すると、申し訳なさそうに

「送料が高いがいいか?」

と返事が来たので、そこは、ぐっと我慢をして購入した。

たった1枚の側面図を見たいがために8000円近くの金員を消費した。

これは、「愚(ぐ、おろか)」であろうか?

愚かではない。

探求とはそうゆうものだとおもう。

このブックカバーチャレンジで思ったことは、今まで一体、何冊の本を買い、図書館で借りて読んだのか?

手もとにあるはずであるが、見当たらない・・のはどこに置いたのか?

それを探す方が面倒である。

ふと、思ったのは、この大量の本、資料はどうなるのか?

コピーした資料は一部は製本した。

調べることは楽しいのである。

そうして調べているうちに、あることに気が付いた、この書いてあることは、最初にはどこに書いてあったのか?

それを感じたのは、トヨタスポーツの事を調べる様になって、いろんな雑誌に書いていることが、なんだか嘘ばかりと云う気がしたからである。

そこで、ある雑誌編集者と話をすることがあって聞いてみると、旧車の場合は、古い記事を引き写すだけで、間違ってる居るかどうかは、自分が知っていれば直すが、そうでなければ、そのまま写すだけと云われた。

そうなると、誰が嘘を書いたのか?

どの時点で、間違ったのか?という点に結び付く。

トヨタスポーツのルーフが、プラスチックと云う記事がある

パブリカスポーツ時代に、キャノピー状だったので、ブラスチックという記事が残った可能性がある。

またアルミニュウムで軽いという事で、アルミ素材の車のパーツが少なかったから、短絡的に軽いイコールプラ(FRP)と思い込んだ可能性はある。

以前ある雑誌で、ある車の事を書いたものがあった。

開発者(正確に言えば、開発責任者、日本に個人で、車を開発し人は、戦前ならいざ知らず戦後は、雇われ社員の職務で開発の担当だったという点を無視するのはいかがなものかといいつも思う。トヨタスポーツの場合は、試作段階で、重量オーバーが確実で、45馬力の2Uエンジンをに改良したとしても最高時速が稼げないし、軽快感がないという事で、重量管理は重要だった。開発責任者の長谷川氏と、関東自動車工業の間で、重量の軽減策を模索した結果、関東自工側からの提案として、ボンネット、ルーフ、トランク、バンパー、バンパーステーのアルミニュウムへの部材の変更、リアガラスのプラスチック採用をすることで、妥協点としての重量目標はクリアした。とはいえ、当初の目標重量よりは重かった。設計変更をしても、オープンという点から、強度不足があげられ、補強を検討、結局、モノコックの設計には慣れていたはずの関東自工は有効な補強策を提案できなかった。運転席ダッシュボードの下に補強パイプをいれる提案は長谷川氏からあった。アルミ材の活用は冒険だったはずである。当時、アルミ材の自動車部門への進出は始まったばかりであった。パブリカで、エンジンブロック、ミッションケースにアルミを使用したことは画期的で、業界団体が出した広報紙には、伸びゆく方面としてわざわざ記載されている)から聞いたと称する話が延々と書いてあった。

読んでいる途中で、読むのを止めてしまった。

理由は、読む耐えない文章であるとい事

構成も何もあったものではない、文章自体が、稚拙であると感じたからである。

聞いた話を、全部膨らませて書いている感があった。

実際に、話を聞いたのであろう。

ただ話を聴く方に問題があって、聴く方のレベルが低いと云うか、車の開発のシステム、昭和30年代から40年代の方式、会社の体制、協力会社との関係性を理解している前提があったか、、また下調べとして、当時の開発関係の最低限度の資料(例えばトヨタ技術、日産技術、技術週報、業界紙等)を、読んで理解した上での質問、その解答自体の精査をしたうえでの記述なら面白い展開が期待来たと思う。

丁度その頃、古い車の開発担当者の話が、インサイドストリー的に語られることが多くて、「○○の開発者は実際は、××さんだった」的な話が多かった。

(職業としての社員は、開発者たりえない。

例えば、白揚社のアレス號、オオトモ號、豊川の、こういった車を、日本の国情に合った車を作ろうという意思のものとに作られた車は、豊川氏の開発と主張して問題がないと思う、ゴルハム式自動車、リアラー號、ダット號、ダットソン號、トヨタAA型を開発した時代は、それぞれの車を開発した人は、開発者と正々堂々と主張してもよい思う。

戦後の唯一の開発者は、中村健也さんが、国産乗用車を約2億円の予算で作りましょうと提案して、認められたことぐらいであろうと思う。

社員が、上から言われて作るのは、車内の開発の請負者という立場であると感じるのである。)

だからこそ、その文章を読んだ時に、開発者責任者の記憶を聴いているだけの形式だったので、開発責任者の語る話を文章に起こしただけにしか読めず、また、本当に、酷い文章だと思った。

一応、車雑誌では、程度が高い(?)ものへの掲載だったので、この文章でOKを出した編集部の体質にも疑問を持った。

沢山、多方面の本を読み続けると、いろんな見方ができることに気が付くのである。

基本的には、見た目ばかり気がする人には到底達しえない境地であろうと思う。

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その11 蛇足的展開

つづきhttp://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-e79c3e.html

 

自動車会社と云うのは、如何にして顧客を逃さないように努力をするのか?と云うのが重要ではないかと思う。
例えば、トヨタが大嫌いな人がいる、最初からトヨタは選択肢には上がりもしない。
やたらと批判される。
私は、大昔、スカイラインGT-R(R33,R34)、新生シルビア、フィガロ、フェアレデイZ(S30)は、欲しいと思ったので、ちゃんと日産のデイラーヘ行った。
(R32は、デザイン的にダメで、鉄下面の方がマシだと思った、それに、近所の借家住まいのチンピラヤクザ、迷惑の塊みたいな土工が、いつもスカイラインGT-R系に乗っていた、ハコスカのGT-R、RS TURBO最後はちゃんとR32を買っていたが、立ち退きでいなくなった。R33は、煮詰まったかなという感じで見に行った。

友人の母親のワンオーナーのハコスカ四枚ドアのGTRに乗ってである・・・態度が悪かったなぁ・・日産プリンス・・・。
R34は、ご友人に連れられてである。試乗ができたので、名古屋高速を3周ほどしたが、なんか気持ち悪い運転感覚だった・・ハイキャスの所為で、舵角感が違うのである。シルビアは、いわゆる青竹色のあれである。あの車オープンカー設定があったのよね・・・で、見に行きました。まぁ、ノーマルのシルビアに試乗してから1ケ月後ぐらいにオープンの試乗が出来ました。乗った感じは、ノーマルシルビア、なんかボデイが弱いかなと感じた。
オープンは、逆に、かっちり感があったが、なんかアンバランス。
近所の車好きの元ヤンキーのおねぇちゃん、オープン買って乗っていたので、2年後ぐらいに話してたら、乗ってみるという事で、乗せてもらったら、まさかの剛性感がない、前後で、別々感がした。ねぇちゃん曰く、「何となく緩い」という事だった。フィガロは、Be-1に比べて、デザインだけである、後年、買ったおばちゃんに載せてらって感じたのは重い・・・動きが一息つく感じである、デザインが軽快なのに、車の運動性のは・・・鈍重であった。つまり、アンバランスであった、でも、デザイン的には今でも欲しい・・・)
日産は、東京のメーカーといううたい文句であるが、銀座の自動車メーカーというイメージで車を売ってきた。
三河の田舎、群馬のクソ田舎、東京都下とは言えないような田舎、贅六のエンジンメーカー、飛行機作れなくて、自動車作るようになった会社とは違うというイメージが売りだった。
実際、愛知在住の東京出身者は、「うちの両親、東京出身だから日産なの」と抜かしていた。
ものすごく悪いい方をすれば、東京の会社に就職できなくて、名古屋の会社に就職して、本社勤務になったので、名古屋に移住したから、東京の臭(匂)いのする日産車を買うという発想が良く判らない。
脱線気味で話すのであれば、ルノーは、フランス国内の生産を廃止するという。
すると、フランスで作っていない、フランス車て・・・本社がフランスになるというだけで、フランス車?と云うのか???

フランス車のファンにきいてみたい。
VWに、サンタナという車があった。
日本には、沢山の中国製のサンタナが輸入されていた。
非常に評判が悪かった。
ドイツ車であるから壊れないだろうと思って買ったら、やたらと壊れる。
生産が中国、中国品質である、いろんなところに不具合があった。
中古は、激安でも売れず、廃車になっていった。
時として「国産車なんて乗らないという人もいる」いつも思うのは、この言葉聞くたびに、何様だろう思う。
おじさんは、戦後、クラウンが出るまでは、進駐軍の払い下げに乗っていた。

クラウンが出てからは、キャデラックとクラウン、どにあとが、クラウンとスカイライン(ALSA-1)の二台体制だった。
クラインは、心意気。
プリンススカイラインは、アメ車のデザインが好きだったという理由である。
そのほかに、トライアンフ(TR-1)に長らく乗っていた。
車を選ぶ気分は、「乗りたい車の乗ればいい」である。
国産車、外車、メーカーの、どれがいいなどという事は、二次的な感覚であるという。
だから、アメ車を選ぶヤクザを憎んでいた。
ヤクザイコールメルセデスという時代の前は、ヤクザイコールアメ車であった。
プリンススカイラインが壊れて何ともならなくったときに、キャデラックに乗りたくなったそうである。
ヤナセに行くと、最初から即金でないと売らないと云われたそうな・・・
まぁ、夏に麻の上下キッチリ着るような人なので勘違いされたようである。
ちなみ、その時ヤナセに乗っていったのは、クラウンエイトである。
車をローンで買わない人であったから、別に、即金でもなんでもいいのであるが、
国産車は、下取りできませんと云われたのが一番気に障わり、その態度が気に食わなかったそうである。
そこで、おじさん曰く、国産車をバカにすると云う態度が気に食わない。車にステータスを求めているようで、頭が悪そうに見えると云っていた。
ある時、「ベントレーは、一度買ってみたかったなぁ」といったので、なんで買わなかったのかと聞くと、答えは、「身分不相応」である。
外車しか買わないは、ある意味、度胸があると思う。
それは、出先で、国産車(日産車を除く)と比べて、当たりはずれがある、何時、壊れるかもしれないリスクが10倍あるにもかかわらず、買い続け、乗り続ける人は、偉いなと思って居る。
現に、昔、不倫をしていたおばちゃんが、情事の後で、ラブホテルの駐車場から出ようとして、動かなくなり、えらい目に遭ったと云話を聞いたことがある、その時の車は、シトロエンのBXであった。
偉そうに外車に乗ることを吹聴して已まない外車のオーナーの多くが、結構、リースが多いのも事実である。
高い車と云うか、メルセデスでも、レクサスでも、その手が多い。
毎月15万円とか払ってメルセデスに乗っている人を見ると偉いなぁと思う。
個人的な感覚で、申し訳ないが、個人でリース代を払っていたら、素晴らしいと思う。
しかし、会社の名義だったり、個人が経費の水増目的で、ただの経費で乗っているだけであれば、そんな奴は偉くもなんともない。
(会社を経営して利益を上げて、納税しているのなら、ある意味偉いのですがね・・)

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-002df0.html

つづく

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トヨタスポーツ交遊録 その2 U氏

色んな事を書いているが、別に憎いと思って書いてるという事はない。
どちらかと云えば、嗤って(バカにして笑う)居るのと、そう他人を思う羽目になった自身の身の上の自分を憐れんでいるという構図である。
一般的には、理解はされないと思う。
トヨタスポーツの友人は、減少を続けて、現在は、師匠、Kさん、Wさんを除いて、ツーリングに来てくれる人を除けばほとんど付き合はない。
と云うか、付き合はなくなったと云うべきである。
沢山友達が居ると思っている人もいるだろうけどの、実際、どうなのの?という気味で見ていることがある。

「低俗な人」と書いた時に、心底、「低俗な奴」だと思っている。

ある人は、本当に性格が悪かった。

「よく金持ち喧嘩せず」というが、面倒な事には関わり合いを持たないと云いう事は良いことである。

でも彼らが、「ぐっと」我慢をしているという事はあまり知らない。

この我慢は、噴出すると怖いので、とばっちりが来ない様に、そんな時は、少し離れて傍で見ている。

「低俗な知人」がいた、昔、こちらは、友人だと思っていたが、向こうは・・・下僕ぐらいにしか思っていなかった様である。このことは、後年良く判った。

よく、マウンテイングしてくる人がいる。

これは、大体、パワハラ体質である。

この低俗な知人は、「その手の人間だった」

嘘を平気でつく、よく考えれば間尺が合わない。

だが、この低俗な知人は、口下手、最初務めた建設会社では営業に行かされるのが嫌で辞めたという。そうして、営業をしなくていい、派遣会社から某官公庁の派遣されていた。

事務所では、派遣のくせに態度が横柄と云われて嫌われていた。

本人曰く、気を使って気を使っていたと云っていたが、あの性格の悪さは、すぐに表にでるらしくて、頗る、評判が悪かった。

本省の友人(超キャリア)がわざわざ来た時に、其の地区の事務所に聞いたそうであるが、

評判は悪いが、契約と、次がいないという事でそのまま使っていたそうである。

某県の赤新聞に偽装派遣とも書かれたことがある。

彼の夢は、定年退職後は、設計管理の仕事を自宅(超田舎)で開こうと思うと云っていた。

しかし、あの性格で、営業ができない奴に、誰がそんなの仕事を持ってくるのか見たかった。

営業が出来なというか、基本的な会話ができない。

当然、施設を借りる場合は、手もみでもしながら、頭を擦り付けてお願いするものである(ちょっと言い過ぎ・・)。

また開館して間がない、ある博物館へ会場を借りるために居お伺いしたとき。

こちらは、一生懸命にヨイショした。

営業の経験も短いけれどあったからね。

向こう様が、手探り状態だった点もあり、検討する時間が欲しいと言われて、こちらはドキドキしながら回答を待つ事になった。

会談後、あそこまで胡麻を擦る必要があったのか?というようなことを、ほざいたのである。

この時は、本当に頭にきた。

だが実利があったので付き合っていた。

(イベント開催を手伝った効能は、後に、CG CLUB中部支部を復活させるときに役立ったから、プラスマイナスゼロだと思っている。)

基本的な姿勢は、其の頃、初心者だったからパスファインダーが必要だったという事である。

だが、段々、鼻についてきた。

自称、金に奇麗な男という事であったが、実際は、自分に甘く、他人に厳しいという人物であった。

やり手の営業に多い、金離れが、異様にいい人がいる。

営業は基本、金まいて幾らという面があるから、金を撒く、そうして営業成績が上がると、歩合給で返って来るという循環システムがある。

営業部に居たころ、設計担当で、簡単な設計を正式な図面に起こす仕事をしていた。

ラフ図は、最初、先輩の書いたものを直していたが、そのうち営業について行くようなった。

ナンバーワンという人が良く色んなところは連れて行ってくれた。

見ていると、相手の機微をつかむのが上手かった。

その人が、設計辞めて、営業に来いと言ってくれたが、結局、全然別の仕事に従事することになったが、その時、米国へ行ったのだが、現地で
思ったことは、意思表示ははっきりと。

意見を云わないのは、死んでいるのと同じという事である。

うちは、きちんと意見を言いなさい、人の為になることをしなさいというのが、家訓である。外国を旅行した時も、感じた事であるが、何か言わないと、存在しないのと同じという認識がより現実化したという事である。

ナンバーワンの営業の人は、面会を強要したりしなかった。

最近、直ぐに、面と面を合わせた方が、話がよく通じると云って面会を強要する旧世代の人物がいる。

飲みにケーションがないと、人は理解できないという。

実際は、飲みにケーションで、マウンテイングして、自分のいう事を聞く奴かどうかを見極めているだけである。

(飲み会に一切いかないのは、そういった集団から省かれても仕方がないのである。)

まぁ、他人が出す金は、平気で受け取るが、自分が出すのは、舌を出すのも嫌というタイプである。

結局、身勝手、自己中心的、根性が悪い、嘘を平気でついて、嘘に嘘を重ねる生活になる。

もう10年以上お付きはないが、50周年の時には来ていたのを見た。

キャップの帽子が、ハンチングに替わって、強度のザビエルハゲで、髪は真っ白だった。

老けていた。

現在は、何も発信していなないので、トヨタスポーツの世代的には、ひと昔の人である。

車のお付きがどうなっているのかは、知りもしないが、ちょっと寂しそうにも見えた。

食事の時に、誰も誘ってくれる人はいなかったのか、一人で背中を丸めて食っていた。

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小人は、養い難し

小人は、養い難し
うちの隣の課長さんは、常々、昇進するのは運だと言ってはばからない。
自分の場合を参考にしているのだろうが、非常に失礼な物言いである。
彼曰く、たまたま、課長補佐と、課長と仲が良かったので、課長になれたという。
仲が良くなったのは、飲み会である。
彼の言い草は、一生懸命やっていれば学歴など関係ないである。
彼は、本店のある課長と仲が良い
この課長は、春日井駅で降りて桃花台と云う、ものすごく不便な所はバスで帰っていく。
別の線で行けば本店への通勤は楽のだが、降りる駅が寂しくて、飲み屋がないのでわざわざ遠回りをしているという噂もある。
隣の課長さんは、離島の出身者である。
いわゆる、三種採用である
内部試験もパスしていない。
でも課長である。
この桃花台の課長さんを、好きだという人間はまずいない。
この人、上司の引きだけで、昇進したと云われれる。
無能すぎて、総務課長の時に、人事発表があった直後、本省から、色々と問題があるかも知れない、大目に見てやってくれという要望が支店長に入ったという。
基本、仕事はしない、
本省に居た。
コースに乗ってから田舎に来た。
一般的には、無能であるが、なぜか一部の幹部には好かれていた。
好かれる理由は、要は、飲みに行くのよね。
他人に厳しく、自分には甘い。
業務指導の担当だったときに、間違ったことを、本店の指示だと云って指導した。
指導の相手が、精神病を患った者だったので、思いがけない行為をした。
重大な法令違反を惹起した。
その時、主任さんだったので、本店の監査担当から誰の指示か?と聞かれたので、素直に、本店の実務指導の○○が直に来て口頭で、本店の指示と称して、命令していった旨を伝えた。
すると、当然の様に、監査担当から、直接聴取があった。
その時の弁明がすごかった。
「そんなことをするなんて思わなかった・・・」
で、逃げた。
桃花台の課長の特質は、犬以下役人の典型である
「失敗は、部下(下の者)の所為(せい)、手柄は、全部自分のもの。)」である
云わゆる、人間の屑である
まあ同類は、寄るのである。
隣の課長は、コロナで、飲み会禁止令が、全省庁に出ているような状況下で、「情報交換会」と称した飲み会を開いては痛飲していた。
現職の課長補佐も一緒だったらしいので、部の程度の悪さは推して知るべしである。
隣の課長の下の主任さんは、大学出で、本店にも居たことがあるが、彼曰く「運がわるかったので、課長になれなかった」という。
その運とやらを奪ったのは、お前らみたな、飲み仲間で作る、恣意的な人事の慣れの果てだろうと云ってやりたかった。
何故そう思うかと云えば、法律の根本を知らないと云うか、法律の表面を撫でることは得意だが、根本原則を知らないので、気が付きもしない。
3月、4月を嗤わせてもらった。
事後法は遡及せずの原則は知らない。
同じ、三種採用の兄ちゃんと二人で、改正民法(事後法)の適用前の事実が、改正民法の適用後は、改正民法が適用されるという、法律関係の業務をしているとは思えないような、話を延々と語って、点で恥じない。
改正前の事実は、改正前の民法が適用される。
しかし、三種採用だからか、改正前の事実でも、改正民法が適用されるなんてことを主張している。
小人は養い難いのである。
また時々珍妙なと云うか、あまり実例のない法律行為があると自分の経験だけを、三種の兄ちゃんに話をして纏めようとする。
破産事件があり、普通は、破産事件の終結、イコール、破産会社の消滅がパターンである。
しかし、破産宣告後、破産管財人によっては、破産をせずに、民事再生に移行する場合がある。
非常に珍しい例である。
実際は、破産申請をしたが、破産の過程で、破産債権を保全でき、会社を無くすのではなくて、存続させるために、民事再生法を活用するという手法がある。
一時期的な赤字で、倒産となっても、このコロナの様な状況で一時的に苦境になって倒産したけれども、債務の整理にめどがつくと考えられて、裁判所が、破産から、民事再生に移行させることは、東京地裁、大阪地裁で見かける事例である。
隣の課長は、破産から民事再生と聞いてからの第一声は以下の通りである
「東京地裁で玉なる処理だよ、破産管財の弁護士が、破産では儲からないので、民事再生でもうけをするためにやる処理なんだわ」と連呼。
破産債権が保全されてからの許可なんてことは微塵も知らない。
最近の、裁判例を読む気はないし、調べる気もないようである。
審理担当が来た時も、同じことを連呼していた。
弁護士が儲けるためにやる処理というフレーズには、下品さが漂っている
会社を存続させることで、従業員の雇用を守ると云った点をすっ飛ばして、弁護士の私利私欲で、会社を捏ね繰り回して居るという云い方には、知性のかけらも感じられないのは、非常に悲しい。
こんなのは課長でございである。
本当に、程度の低い組織である。
小人は、養い難いのである。

 

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その10 将来の柱となる車種は?


http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-03700a.html

つづき

三菱自動車の売りとは何であろう?

軽自動車?
Jeepの流れの四駆?
ランサーの様な四駆?
電気自動車?
お安いスポーツカーもどき?
軽自動車は、なかなか根強いファンがいるが、いつまで続くのはちと不安
軽自動車専門の新古車販売店には、日産、ダイハツが大量に並ぶ。
日産のブランド軽自動車は悲しいほど売れない。
三菱の売れている軽自動車は並ばない
Jeep逃れの四駆・・・アウトランダーは、新型RAV4の出現でかなり厳しい。
アウトランダーの皮替え、エンジン替えの、日産のエクストレイルは、国道交通省の検査を通って販売できるんだろうかという不安がよぎる。
あの手の車の市場は狭い。
おまけに、PHVまで出た・・・アウトランダーPHV(三菱)に勝ち目はない。
ランクルは、買えんけど、という人は多い。
PHVは、単なる気休めモードである。
エコなんてはるか遠いところにある。
(三菱自動車が、自衛隊にPHVの4分の1トントラックの自主開発売り込みをしているらしいが、自衛隊にPHVという発想がそもそもおかしな理論である。災害時電源として使えると云いたいのだろうが、充電はどうする?と云う気がしてならない。
自衛隊としては、さっさと、ランドクルーザーに替えたい。
三菱の4分の1トントラックはよく壊れる。現行のパジェロの改良型は本当に難物らしい。
既に、Jeepの発展形を使い続けるとと云事は、間違った装備である。
米国でさえ、Jeep型は使っていない。
三菱製の4分の1トンの使用は、三菱重工の悪影響だろうと思う。)
大型の四駆・・・中型の四駆・・・売れている感はない。
その昔、パジェロ風の皮(がわ)をかぶった車が、パリダカールラリーで勝っていた時に、素人のにわか四駆マニアが、三菱パジェロイコール四駆ではありながら軽快な操縦性という雰囲気で車を買った。
宣伝は宣伝である。
雰囲気で、勢いで買う車ではないが、金があると、何となく勢いで車を買ってしまう。
パリダカールラリーの整備風景を見たなら、市販のパジェロと、ダカールを走る車が、ランニング趣味ののおっさんとマラソン選手ぐらいの差があることに気が付くだろう。
しかし、出ている写真は豪快に、砂漠をさも軽快そうに走る姿しか映さない。
それを見て、軽快というイメージを持つのは、見る方の基礎知識がないからだろうか?
そう見せて、車を売る姿は、詐欺師が、商品を売るようである。
非常に失礼なことを、百も承知で書くのであれば、服が透けてみてるメガネを売るようである。
買って、乗った瞬間に、まず思う事は、動き出しが重い、軽快さはみじんもない。
スピードを出せば重くて慣性重量モーメントが重すぎて止まらない。
当然の様に長続きしない。
友人は、買って1週間で、重い、曲がらん、制動性がものすごく悪いくて辟易したそうである。
高い車だったので、我慢して乗っている人もいたが、所詮は、一般人から見れば危険な車という烙印を押されて、次にも、ぜひパジェロをという顧客はいなくなった。
そうして、売れなくなると、新型は、売れないなら単価を上げなければならいとばかりに、高級車路線へ振った。
基本的に高級車に乗るような人を想定できないという悲しさから、別の会社の製品の劣化コピーに走る。
方針が定まらないから、これまた中途半端な車を作る。
最近では、デザイン性が良くて女性に売れていると言われる車を、わざわざ残念なデザインにしたりする。
一世を風靡したセダン系四駆は、ランサーなき現在では、希求性がない。
頑張って、赤字だろうが何だろうが、うちの会社のアイデンティテイですと云って売り続ければ、これはこれで、ファンが付いてきたであろう。
ランサーは、意外と自称ラリー大好きのおじさんには信奉者が居た。
世界市場でのセダン型の四駆は、欧州では、アウデイ、北米では、スバル・・・三菱は、中東、東南アジア・・だったはずである。
今どき、誰も、四駆セダンイコール三菱なんて思わない。
そうなると、大型四駆、セダン型四駆が、会社の将来を任せるに足るラインアップではないという事になる。
では、電気自動車は・・・最近、全然、売れてないないらしいです。
月産数台?
日産のリーフは、よく売れているらしい?けれども、買い替え需要は少ないという。
もっぱらエコな部分にひかれて、電気自動車イコールエコロジーに参与できると思い込んでいる、ただの馬鹿にはよく売れるらしい。
悪く言えば、電気自動車イコールエコだと思い込んでいるバカに希求するだけである。
本当のエコは、自宅で、自転車式、エコな素材(木だけ)で作った風車とかねで発電して、その電気をつないで車に蓄電するなら一応エコである。
しかし、車をつくるエネルギーはエコではないそう考えると、電気自動車を作ることがすでにエコロジーではないと云事に気が付くべきである。
100歩下がって、自宅の発電装置で発電、自宅の蓄電池で、給電しても、パネルの製造、パネルの廃棄、蓄電池の製造、廃棄を考えたら、全然エコではない。
通常電源での給電は、完全に、火力発電の恩恵をこうむるのだがからエコではない。
そう考えると、電氣自動車の展開がいつまでも続くとも思えない。
COⅹの処理の金銭的な問題が解決すれば、電気自動車は消え去る可能性さえある
そう考えると、三菱自動車が将来を託せる車種はあるのか?と云う気がする。
つづく

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-b1ee31.html

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その9 目標設定について

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-c5e7b4.html

つづき

 

偉そうなことを書けば、どのようにして、この危機的状況を脱すべきか?
速やかに「何を、為すべきか」という事を考えたい。
まずは、危機感を持つべきという事である。
三菱自動車単体で、危機感のなさは、傍で見ていて怖いぐらいである。
具体的には、さんざん書いてきたのでここでは省略する。
そもそも、物事に対する考え方が硬直している。
結局、人事が硬直した教条的すぎる点から、思考過程が単純化されれ過ぎている。
考える力が足りない。
例えば、コストダウンという事を考えよう。
コストダウンを考えるのは、どの会社でも、毎年の様に叫んでいる通常業務みたいのものである。
コストダウンは、利益率を上げるためには必要で、経営資源の効率化を進めることで、無駄をなくそうとすることである。
バカは、教条主義的に、まず目標を設定する。
単純に言えば「コストを何パーセント下げる」という目標設定をするはどこにもあることである。
大きくは、間違っていない。
ここで大きく分かれるのは、「コストを10%下げる」という云う「目標の10%」という数字だけが目標の主体的になる場合と、沢山のコストダウン策を示して、結果として10%下がるように努力をして、結果が、目標についてきたという場合である
コストを10%下げる手法は様々な訳である。
例えば、大昔、かの偉大なる(笑)建国の父が、製鋼の量を増やすことを目的にあげたことがある。
すると、馬鹿な党指導者たちを駆り立てたのは、目標達生、つまり粗鋼の生産高をあげるという事を目標にした。
粗鋼の生産と云えば、お大規模投資が必要で、設備も必要である。
彼らの大好きな、「五か年計画」は、毎年予定の数量をこなしていかなければ、5年後に計画は達成しない。
戦前から続く、製鐵設備を更新して、最新技術を導入して、生産量を増やそうとするべきである。これは、彼らの嫌いな資本家的発想である。
また、技術者はいない、資本の選択投資ができる資本家はいない。
では、実際、彼らはどのように粗鋼の生産を増加させたのか?
これは、たたら製鉄の簡易版で、野焼きに近い…と云いうかモンゴル時代の製鐵に近いような形での製鐵を行った。
これによって、粗鋼の生産高は上がった。
あまりのも質が悪く、鉄と云う素材ではあるが、使い物にはならなかった。
製鐵をすることが目的化されてしまい、製鐵してその後、利用するという意識がなったという事である。
単に、コストダウンを考えれば、何でもかんでも10%をカットすればいいことである。
そんなことは誰にでもできる。
最初の1年目は、簡単にできる。
2年目も、何んとかなかるだろう。
3年目は、多分無理である。
コストを30%以上下げようとするとした場合、根本的な生産方法、生産過程を見直さなければできない。
その昔、トヨタ自動車でも、プレスの型を替えるに時間が掛かっていた。
それを短時間に交換できるように考えた時は、従来の考えでは時間を短縮する限界値はすぐに出たと思う。
しかし、時間を短縮する方法を考え、発想の転換があって、現在の様に、非常に短い時間での交換が可能となった。
いくら幹部が、考えろと云っても、職場の当事者、管理者である幹部も考え、最適な手段を考えるという行為がなければ、現実的なアイデアはでない。
例えば、若手が、何か手法を考えた時に、「この方法が実現可能か、出来るかどうかと?」と聞かれたら、出来ないと否定するのは容易いがそれでは、進歩も発展もない。
そのアイデアをどう実現できるのかを考える。
経験のある者は、アイデアが、実現可能になるためにはどのようにしたらいいのかを可能な限り考える方法を教えることが必要である。
若手には、若手のアイデアを実現するために考えるという事を学ばせ、その上の管理者は、実現のために必要なことを取捨選択していく。
こうした行動がなく単に、10%コストを下げようと主張するだけであれば、単純に、人件費カットすれば、とりあえず目標の10%はカットできると考えるだろう。
会社が、長く続けは安きに流れる傾向は否定できない。
そうした傾向は、全体の士気を削ぐ。
会社としての変革へのやる気を従業員示す方法は幾らでもあるだろう。
直ぐに人件費を持ち出すのではなくて、無理無駄をなくしてどこまで生産が維持できるのか?という事から考えるべきだと思う。
第一に、変えなければならないのは、考え方、やり方を変えなければいけないと意識を持つこと。
第二に、三菱という名前は冠しているが、実際は、三菱グループではない。
今後は、三菱グループから人材登用はしない、援助も受けないという姿勢をも持つこと。
いい加減に、乳離れしようと思うのは僭越だろうか?
第三は、三菱商事、重工の持つ株はすべて日産自動車が引きうけて、完全に三菱グレープとは手を切ること。
当然の様に、現在の会長も辞めていただく。
ここまでがスタート。
その後のことは、色々あると思う。

 

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お財布くん、トヨタスポーツ交遊録?

あるツーリングの夜の宴会途中、仮名「買春さん」の携帯電話が鳴った。

すると、そそくさと、電話に出た。

隅でごそごそ話をしていた。

みんな聞き耳を立てている。

断片的に聞こえてくるのは、「今日はダメ」、「ツーリング」、「男しかいない」「ほかの女じゃない」「明日ならいいけど夕方…」なんて言葉が漏れ聞こえてくる。

年かさの人が、揶揄するように

「なんだ、おんなか?」

と云うと、みんなが、奥さんに言うぞとはやし立てた。

すると、こんなことをゲロッた。

テレホンクラブで知り合った女で、金銭交渉をして何回か、ある行為(Hだね)を、継続的にしている相手ということであった。

最後の付け加えは、最近は金払ってないよという言い草だった。

この頃まだ、金回りは良かったころだった。

漫画に出てくる、絵にかいたようなエロ親父だった。

言いぐさがすごかった。

「一回やったら気に入れれてさぁ・・・」と吹聴したが、実際は、お財布くんという立ち位置だったようである。

(後日、聞くと、金が掛かってしょうがないから、別れたと云っていた・・・)

ある時のツーリングで、参加者の内縁の奥さんが来ていた。

その内縁の奥さんが気に入ると、やたらとモーションを掛けていた。

自分がマークⅡだかなんかを買った販売店の姉ちゃんも誘う誘う。

その販売店の誰誰と誰誰が同じ日に休んでいると、どうせヤッテンダわ・・という。

まぁ、聴けば、気に入った女とみればとにかく、ヤリタイというタイプだった。

とにかく、収入額の一定金額を奥さんに渡せば全部小遣いという人であった。

金遣いが、荒いなんてものではなかった。

話半分で聞いていても、毎月いくら使っているんだというレベルだった。

サラリーマンには絶対に無理という金遣いの荒さだった。

家に帰らないこともざらで、納期の関係で、夜中まで仕事してるとか平気で嘘を言って遊んでいた。

内容は、酒を飲んでいたり、酒を飲んだ先の女で買っていたりした。

まぁ、聞いていて、信じられないような金使いの荒さだったが、そんな活動もバブルが崩壊して数年たつと、急速にしぼんでいった。

その直前には、レストレーションをやりたいと云っていた。

板金屋のおやじを紹介してやると、長いことは話をしていた。

金銭お話は、こちらが口を挟むべきことではないので、遠くから眺めていた。

実際は、レスとレーションなどという道楽ができるわけもなかった。

収入は、日給3万円ぐらいのレベルから、三分の1まで下がった。

月収云十万円以上だったのが、急減した。

3分の1以下になったのだろう、数年後には、他人をバカにする対象だったサラリーマンになった。

しかし、金遣いの荒いという病気は治らず、当然の様に、一獲千金を狙いだす。

パーツを作って売って見たりしてももうからない。

ほんの偶然車の仲介をしたら、思わぬ金が手に入った。

すると、怪し商売に手を出すようになっていった。

こんなのことも云っていた。

旧車のパーツを安いうちに買い占めて転売することがいいとか言いだした。

関東の方の人でそう云ったことを生業にしている人の意見を、延々と披歴することもあった。

次は、プラモデルの転売といっていた・・これには笑ってしまったけどね。

其の頃から急速に疎遠になった。

だって、素人ブローカーなんて危険だもの。

イベントには来るが、特に仲が良いわけでもなくなっていたのでな、会話も減った。

聞けば、車調子が悪いが直す金がないという事だった。

貧すれば窮するを地で行く経路だった。

金がなければ、修理もできない。

全部自分でやる気になる。

場所、道具はない。

そこで、ふと思いついたんだろう。

以前、修理を頼んでいた工場は暇そうだから工場を借りても文句は言いわないだろう。

ここで、場所を借りたい、道具も借りたい、一日いくらいくらで貸してほしいと云えば、工場の一日の収入に近ければ、あまり問題はないと思う。

しかし、そんなことも云わなかった。

付き合いのあった自動車修理工場に対しては、昔、さんざん金を使ったことを嵩に着て、場所、道具を散々借りた。

最初は、手伝ってもらっても、その場所代、工賃代金さえ自主的に払おうとしなかった、聴きもしなかったという。

其の自動車修理工場は、ほとんど客が来ないから工場は空いてるから使わせてもらっていると云っていた。

そのうち、貸してくれなくなると、昔、沢山金を払ったのに貸してくれないという

この本人の理論は、「昔世話をした相手は、自分が没落したから、無制限に自分を助けるのは当然の義務」と考えている節があった。

お店側としては、「昔、仕事の対価で金をもらったお客さんの一人」→「最近は、金になる仕事は持ってこない。それどころか、工場、道具をタダで借りていきやがる。場所代、工具使用料さえ払わねえ、金にならない奴に使わせてもメリットがない」→「図に乗ってる次来たら断るか」という感覚があったであろうことは想像に難くない。

あとから、同じ地域に住んでいる人から聞いたのは、自動車屋に随分と不義理をしているという事だった。

この当時、最初タダで借りて作業をさせてもらったが、「場所代、工具使用代をお礼と云って払った方が無難ではないか?」といったが、

金に困っている奴には、そんな言葉に対しては聞く耳を持たない風だった。

結局、なんかい回目かのエンジン脱着後は、使用を断られたそうである。

修理工場のおっさんが、断ってきた理由が、ただで貸しているのを、奥さんから批判されてという云い訳を云っていたと云っていたが、実際は判りはしない。

結局、乗用車は次が買えなくなり、販売店とは縁が切れた。

業務用の車は、勤務先譲渡(借金の肩代わりをしてもらった)した。

他は、奥さんの足車しかなくて、ヨタで通勤をする始末である。

また持病で何回も入院して、結局は、サラリーマンも辞めて欲しいと云われてご退職したようである。

そうして、金に困って車は売った。

売った時に、買い戻すからと云っていたらしいが、車を借金のカタ借りたなら、金を返せば、車は帰ってくるかもしれない。

でも、いったん手放したら、それは、買い戻すなんて口約束はどこ吹く風である。

あとから、しきりに買い戻すともりだったと言い続けているの聞いて、情けねぇやろだなぁと思うだけである。

先日、彼の住んでいる市域の地図を見ることがあった。

ある地点から、道路沿いの物件を見て確認していくという、暇なじゃないとやらないことをやっていた時、ふと、彼の家はどこだったかなぁと思った。

某市では幹線通り沿いだったなぁと思いつつ探したが思い出せず・・・・

別件の主たる用務が済んだ後で眺めていると、彼の家の裏をあるものが通っていたことを思い出したので、線路と小川を目印に探したら、2分ぐらいで発見

まだ表示は彼の名前だったので生きてはいるのだろう。

そうそう、彼の親は、なんかの互助会の勧誘員をしていたのであるが、初めて訪れた時に、いきなり「○○の互助会入ってない?」「入っいていないなら加入してよ」と云って来た・・・

これは、実際、私の初印象を悪くした。

何となく、警戒する気持ちがあった。

お財布くんだったときは、金があったから、車でも、車のパーツでもいくらでも買えたのだと思う。

 

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平成7年の請求書 2Uエンジンのオーバーホール組付け前加工代

師匠から、平成7年(1995年)の国華商事請求をもらった。

2Uエンジンの修理と云うかミニエースのブロック、パブリカのシリンダーを加工して2U化した時の加工賃である。

最初見せてもらったときに、「三回目?かなと」、思ったが、年数を考えると4回目である。

見ると、エンジンを組む前加工の明細である。

断捨離中に、1枚だけ、出てきたそうある。

わざわ、出先まで持ってきてくれたので、ありがたく頂戴した。

まぁ、平成7年当時の約8万円

高いか安いかと云えば、当時の感覚なら、ちょいと高い感じである。

前の年にボデイのレストレーションで、200万円払った。

そのレストレーションするときに、転職後で、貧乏だったので、さすがに、親から100万借りて払った。

借りた100万円は、1年で返し終わった。

この請求書をもらったのは、返済完了直後だったなぁという事に気が付いた。

その前年のレストレーションは、2月に始まり、連休前に完成していた。

レストレーション後のイベントはトヨタクラッシクカーフェステイバルがお披露目だったなぁ・・・と

実際の工程は、ボデイ板金をしてもらい、自宅のガレージで1分の1プラモデルよろしく自分で車を組んだ。

この時も楽しかった。

(ちょうどこの年、名古屋空港に中華航空機が墜落した時だった、車の下にもぐって、トーションバーを組み込んでいた時に、

「ずずずうずうずずうううううううんんん」

という地響きがして、地震かと思って車の下から出た覚えがある。

レストレーショの時は、エンジン本体はそのままであった。

板金屋で、補給品の排気管の中に出っ張っている部分を切り飛ばしてもらったぐらいである。

これを切り飛ばしたことで、廃棄がスムーズになり、夏場の油温が劇的に下がった。

しかし、3500回転から、4000回転で変な音は消えなかった。

この悩みは、最初のエンジンからついて廻る音で、ブロックを変えても基本的にはでる音だった。

その音の発生源の探求は、お悩みの対象であった。

その後、東名阪(現在の名古屋2号線環状線)で、踏み抜いた。

この時は、「まぁいいや」(←バカ)である。

通常飛ばない右側(フロント)メタルがつぶれたので、これは、コンロッドのゆがみが原因ではないかという事になった。

結果は、中古のコンロッド横方向のゆがみが原因であった。

組み方と云うか、知識不足(確認すべきところの計測を怠っていたのと、コンロッドが横方向に意外と弱いということを知らなかった)所為であった。

これの4回のエンジン組みなおしで使った総額は、125万円ぐらい。

買って4年で、これだけの金をエンジンだけで使った(←ただのアホ)。

では、この出費を後悔しているかと云えば、そんなことはない。

金は天下の廻りものであり、出費自体は結構苦しかったが、楽しかった。

物が動くというのは楽しいものである。

僕らが、エンジンを組んでいるのを見て、金がかからないなら自分でやろうという輩(やから)が出てくる。

請求の前段階にこれだけ金をかけて、組付け調整までしてもらったメタル、組み込んでもらったベアリングという前提があって、ピストンの重さも合わせるという手順を踏んで組付けていた。

ところが、某糖尿病のおっさんは、話をするときに、我々が、前段階をすっ飛ばして簡単に組めるよと云うの聞いて、自分でも組めると思ったのは仕方がない。

きちんと聞いて気もしていない。

中古のエンジンに、新品、パーツを買ってきてポンつけでエンジンを組んでいた。

また元整備士のおっさんが、二気筒の45馬力しかないようなエンジンのメタル合わせなんて・・・と云うのが指導をしているので、出来は想像できる。

結果は何回も組みなおしてもよくはならなかった。

またでデフを自分で分解交換していた。

44のデフはちょっと特殊なので補給品は、そのまま交換ができない。

43年までとは違うパーツが新品で出ないという事で、補給品に自部の車についていた中古のパーツを組み込んでいた。

調整もキッチリとはできていない風で、組付けていた。

組付けては、音が出るという事何度もやり直していた。

最終的には、すさまじい異音が出る様になった。

まぁ、ほぼ毎日、通勤で使ったり、山道をガンガン攻めていたので、当然の様に消耗したと思う。

車体の剛性強度は、数年で無くなっていた。

(最後に載せてもらったときに感じたのは、ゆるゆるという感じだった。

彼は、へたった自分の中古部品を組んでいたが、その当時(20年以上前)、そのパーツは品番変更を経て存在していた。

共販で最後の願いパーツ検索で出てきた。

その時、1セット買っおいた。

彼は、基本は他力本願で、ディラーに丸投げで、パーツを注文していた。

パーツの検索は、当時でも既に25年以上たっていたパーツだったので検索は非常に面倒だった。

私の場合は、毎週のようにパーツの検索発注を繰り返していたので、店頭の人で、旧車の好きな人が結構探してくれた。

彼の場合は、共販で直接頼むことはなかった。

自動車販売店でしか購入していなかった。

それもからくりがあって、販売店の従業員の名前で買ってもらい1割とか2割引で買っていた。

共販で買うと、その割引値段でパーツがかえないので、直接頼んだことはなかったので

毎週、部品共販で、細かいパーツの検索発注はしていると、向こうおも、マイクロあるからこっち見る?とか言ってくれた。

デフの修理を始めていた頃、少々、少し疎遠になったこともあり、別に聞かれもしなかったので教えてあげるということもしなかった。

(このパーツは、後に、ヤフオクで売り飛ばしたが・・)

閑話休題

以前、仲の良かった支店長から、エンジンは自分で組めるものか?と聞いてきたことがある。

エンジン組めますよというと、普通、組めんだろうと・・・そうですかねぇ

基本的加工と、道具と何回も失敗してれば組めますというと、普通は組めんわと・・・

それは、無機物が動くという楽しさである。

実際、エンジンを組んで、何が楽しいっかと云えば、動く瞬間が、実に楽しかったのである。

エンジン組む楽しさは、動いた瞬間にあるのではないかと思う。

4回目のエンジンを組み上げた時のことである。

丁度、雨の夜中であった。

エンジン組み上がって、雨だし、多分音は・・・聞こえんだろ・・

エンジン掛けちゃおかと・・・

エンジン掛かりました。

かけながら、バルブリフターの打音を聴きながら、タペットカバーを締め込んでいく。

おっさん二人が、小躍りして喜んでいると、傘さして来た、奥様に怒られた

「夜中(24時過ぎ)に、エンジン掛けて何! 裏から苦情の電話が来た・・」

で、一気にシュンとなってしまったが、楽しかったなぁ・・・と

今じゃあ、オーバーホール代、大体1気筒20万円ぐらいというが、

研磨組付調整までやって、約8万円

これに、パーツ代は入っていない。

オイルチューブの打ちとかもしたなぁ・・と思う

最近、よく、エンジン組みました見たいなことをやっている人がいるが、唯一除外できるのは、静岡のお友達で、彼はいわゆる自動車のプロな

ので除外できるが、ほかの人の記事を読んでいると・・・これは、動いているだけというレベルだなと感じることが多い。

その昔、ハゲデブメガネの三重苦の某君は、エンジンを組むことについて蘊蓄を垂れることを旨としていたが、彼の車のエンジンを組んだ業者

さん(一時期車検に出していた頃があった)に直接聞いたら、奴は、オーダーを出しただけで、何もしていないことが判った。

だから、いわゆる蘊蓄語りは、所詮何もしてないなぁと感じるのである。

 

参考に納品書の明細を書いておきます。
ご参考に・・・23年前のは‥訳にたたんわなぁと思う。

 

車種 2U
クランクシャフト研磨  11,000円(全)
子メタル組付け測定    3,600円(2)
バルブシート研磨     6,000円(4)
バルブガイド入替     5,000円(4)
バルブ組立        4,600円(4)
ガイドIN,OUT       1,728円(4)
クランクケースニッ
     プル穴加工   8,500円(湯温計)
フロントベアリング、
パイロットベアリング入替18,500円
シリンダーつば1ミリ加工 8,000円(パブリカ用のシリンダーの加工で圧縮比をあげているという事)
シリコンホーニング    8,000円(シリンダー内の表面加工)
クランクめくらぶた入洗浄 8,000円
小       計   76,668円
消費税          2,300円
総   合    計  78,968円

 

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その8 他社の車を買う

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-cebab0.html

つづき

三菱自動車の現状を鑑みると、惰性で会社が動いているという事がある。
例えば、変な話であるが、他社の車を買って分解するというのはどこの会社でもやっていることである。
トヨタは、今はしらないが、昔は、社員が個人名で買っていた。
三菱自動車は、自社名で、自社の予算で正々堂々買う。
これは、会社の体質なので仕方がない。
買ってきて、分解する。
最近はRAV4を買ってバラしたらしい。
その前には、レクサスを買ってバラしたらしい。
普通、買って、バラしたら、当然の様に評価レポートがでる。
コスト的な面、性能的な面、色々な面を見て評価するのである。
大昔、トヨタのあるライバル?メーカーの車に対する評価を読んだことがある。
部外秘なんですがね・・・。
生産は良いが、メンテナンス性が悪いと書いてあった。
ものすごく沢山の項目に対する評価が書いてあったが、この車への総合評価は、芳しいものではなかった。しかし、自社の車が持っていない「伝説めいた」イメージ背負った車の利点が書いてあった。
当時、その車の発売から10年近く経過した時点で読んだので、当時の緊迫した感覚は判らなかったが、読んで感心した。
後年、どこのメーカーでも同じことを行っているということが判ったら、トヨタがズルいわけではないと知って安心したこともある。
初代レクサス(セルシオ)が出た時に、世界中の主要メーカーは購入分解したという事を知った。
初代のセンチュリーは運転していたので、セルシオを運転したときの感覚は驚異的だった。
そう、静かなのである。
センチュリー自体が、やかましい車ではない。
セルシオは、驚異的だった。
ついでに言うなら、セルシオに乗せてもらった翌週、メルセデスの500D(だったかな?)に載せてももらった時に感じたのは、なんというやかましい車かという事である。
(ドイツ社は、この時まで、車はうるさいのが当たり前と思っていた節がある、ワーゲンでも、ゴルフでも、やたらやかましい、ただ、かつて2CVのオーナーだったある監督は、五体を使って売る車は良い車だと思った、それと同様に、ゴルフなんて、1980年代でも、エンジンの排気量の大きい、パブリカ見たいな車だと思っていた。
操作感から、運転をしている喜びは感じたかもしれない。
ゴルフを褒める人は、「車を運転している喜びがある」などという事を平気で主張していた。
そうして、自動車雑誌は、安逸な運転に流れる日本車を責めるという図式があった。
悪く云えば、単なる古くて疲れる車だとおもった。
車の運転で疲れるぐらいなら、普通に自転車こいでいる方がマシと思っていた。
当然のように、私個人の、VWのゴルフに対する評価は低い。
大衆車を、どこまでいじっても大衆車のカテゴリーからはでられない。
スポーツ系と云っても、どこかいびつさが出る。
だから、いまでもゴルフは好きではない。
話が、また脱線してしまった。
この評価テスト、分解で、ライバル会社の製品を見て、自社が取り込むべき、規範とすべきところも探して、次の開発に生かそうとするにはどうしたらよいのかというという事を、レポートに載せるべきというか、載せるはずである。
レクサス後、高級車市場は、室内の雑音の低下を目指したのである。
メルセデスは、執拗に研究したが、結果として、自社の独自の車体設計では、根本的に不可能と判ると、その追及はサッサと止めてしまった。
トヨタは、レクサスブランドを立ち上げる時に、制音を行った。
これはまさに、「商品を売るための付加価値の一つ」であった。
だからこそ、メルセスは、研究をしたのである。
蛇足的に云えば日産という会社の作ったインフィニテは、プレジデントの改良版と云う位置づけが強かったと思う。
バカな会社なので、トヨタほど物事をよく考えない。
付け焼刃がメインなので、トヨタを追随して高級ブランドを立ち上げるという行為を行ったが結局は、スペックだけ重視する路線で、高級車が売れると踏んだところが不幸である。
結局、高級車市場の顧客を自社のブランドに引きずり込むための他社にない付加価値を有しなければいけないという事を見過ごした。
結果日産のインフィニティブランドは、単なる日産の「高そうなくるま」のブランドとなってしまった。
三菱自動車の他社の評価は、自社の基準?に適合するか、レベルを超えているか、越えていないかという点の評価に終始する。
(大昔、三菱の部長さんが、トヨタのカローラのエンジンを見て、「やられた(パクられた)」と思ったそうである。
カローラの歴代エンジンのどのことを云っていたのは、良く判らないが、何をもってやられたと思ったのか聞いてみたい。
カローラの歴代エンジンは、普通のエンジンである。
20ほど前から、110キロからの伸びが良くなり、1〇0キロでの巡行が可能になった。
特段、エンジンが変わったわけではない。
そう考えると、このやられたと云うのは、何のことだったのか興味津々である。
云っては悪いが、三菱のエンジンは、高性能になるとよく壊れるのである。
かつて、サターンエンジンと云うのがあったが、これは、エンジンが走行中の溶けた、これは、言語道断であろう。
トヨタが、エンジンをパクったという話を公式、非公式で行うのであれば、証拠を出してから発言すべきだと思うが、直感で話をするというのは、三菱自動車の体質なのかもしれない。
高い金を出して、評価試験、分解しても、自社の基準のがどうこうという目でしか見られないは気の毒だと思う。分解したらその評価を生かすべく何らかの評価に対する、自社の回答と云うか、方針が出るべきである、というか出すべきだと思う。
悪く言えば、金と、従業員の給料と労力を単位どぶに捨てただけだろうという感じがしてならない。

つづく

 

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喧嘩を売っているわけではないのだが・・・

去年の転属以来、朝の通勤途中に、165センチぐらいのちょっと丸い女の子が走っているのを見かける。

最初の頃は、こちらは自転車で、相手はランニングだから基本的には追い抜いていた。

最初、追い抜きざまに思ったのは、キティちゃんカラー・・・だなぁと・・・ピンク、赤、白・・・である

横を抜いていくのだが、ピンク尽くしなので、そのうちに、「よく見るなぁ」と、気が付いたのである。

3月ぐらいから、通勤時間を変えたので、よく、見かけるようになった。

最初は、ジャージポイ服装だった。

4月を過ぎる頃、薄い上着付き・・・上着は、ピンクに白色・・・

5月になるとTシャツ・・・これも、ピンク系

靴は、最初から、ピンク

帽子の最初から…ピンク

下はランニング用?密着した素材、色は黒・・

3月の頃は、ジャージポイ厚手の素材。側面に、ピンクの縦じま・・・

5月になると、黒い密着したのをはいていた。

曇りだと気にはならない黒さである。

天気の良い、朝の光が強いと・・・なんか透けているよう・・・に見えたというか、今日気が付いた。

今朝は、曇りであったが、日の光が斜めに差し込んでいたので、ストレッチ素材の下に地肌感が・・・出てました。

で、今日は信号で捕まっていたら、追い付いて来た・・・私の前に出た。

信号で待っている間に、斜め後ろにに立つと、見るとストレッチ素材の薄いスポーツウエアをはいているのが判った。

何気なしに、ピンク色の靴にピンクの帽子のメーカーはどこだと思った。

そうして、ボート見ていると、あれ?と思い

「ハッ」と気が付いた・・・このストレッチ素材薄いので・・・パンツがスケスケで見ている・・・いわゆる「Tなんちゃら」である・・・

白さが浮き出たいた・・・・目のやり場に困った。

そうして、いやいや、この人??大丈夫かと思った。

そうして、気が付いてんのか?それともわざと?

このお姉さん気が付いてんのか?と思ったが、目を背けて終わり。

基本的に、このお姉さんに興味があるわけではない。

だって、このお姉さん、胴体が長くて、足が短いという、伝統的な日本人体型だからである

変なな話であるが、前から見ると、足の長さはあまり気にならない。

しかし、後ろから見ると基本的に、足が短くて銅が長いという事にやたらと気が付く。

体型が悪いなぁと思う・・・(基本思うのは勝手である。)

顔が小さくて、銅が短くて、足が長いなんて・・・マンガじゃあるまいしほとんどいない・・・

朝は、会社へは裏口から入る。

時々前を歩いている人を見るのだが、大抵、胴長短足である。

役所で、スタイルがいいなんて・・・・まず居ない。

男性でも、ほぼ8、7割がたは、胴長短足である。

痩せてれば気にならないレベルであるが・・・男性で、デブ短足、胴長・・・顔までデカい・・・・

女性でも、足の長さと銅の長さのバランスが良い人はいいけれども、どうも胴が、長い・・・おまけに顔も長い・・・人が多い。

あまり短足な女性と付き合ったことはないが、短足な女性はハイヒールはまず似合わない。

ローヒールでも・・・何となく・・・見合わない・・・その手の方は、パンプスか、運動靴が多い・・・

また、靴の趣味が悪いのである・・・

自分で云うのもなんだが、ファッションショーに出てるの様な大女は、背は高い、足は長い、ついで手も長い・・・

明治時代の鹿鳴館を嗤う人がいるが、和装なら気にならない足と銅の長さが、洋装になると一気に顕在化する。

昔、流行ったボデイコンシャスの服・・・あれを見たが外国人が、路上の売春婦みたいだと云った・・・は、これまたスタイルが良くないと似合わない。

当時、その手の姿で歩いている女性の9割は似あってなかった。

しかし、昨今、明治時代からの悲願である、西洋化した身体的形状を有する者は多い。

正に、100年以上かかって発展したことは、良い事だと思う。

喧嘩を売るつもりはないが、うちの一族郎党は、基本的に背が高く、足が長いので、生憎と胴長短足の気持ちが判らない。

だからこそ、最近は、体型維持のために努力するのである。

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その7  幹部の体質について

その1

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-8dda49.html

その2

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-532032.html

その3

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-f8cefe.html

その4

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-9b8eaa.html

その5

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-f188b6.html

その6
http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/06/post-63f90c.html


以前からここで書いているが、日産にしても、三菱にしても経営再建は、「時すでに遅し」の感覚は強い。
例えば、日産は2019から2020年で、ルノーと日産自動車の経営の統合がされていれば、どうだったのか?
考え方によっては、草刈り場が、完全な植民地化していたと考えればよい
そうなっていれば、ここまで問題大きくならなかった可能性はある。
それは、日産が実態と云うか、現経営陣が解体消滅しているという前提である。
日産本社は、ルノーの本社の1室のドアに書いてあるだけの存在となる。
そうして三菱も解体されるのである。

振り返ってみれば、生え抜きの日本人幹部が、日産自動車の経費削減、会社の改革を行う事はほぼ無理である。

そのくせ、自己保身の謀略の絵は描くが、完全に結末の絵をかいていないという愚かさを露呈している。

20年かけて、倒産会社が、何とか復活して普通の会社になれそうだったのを、図に乗った外国人にほしいままにされて、借金が増えて、にっち

もさっちもいかなくなった。そこで、経営統合で何とか負の遺産を消しさろうと画策した結果が、経営統合であろう。
しかし、日産の幹部にしてみれば、経営統合される側の悲哀は、旧プリンスの社員への態度でよく知っている。
そこで、日産自動車の幹部連中は、ゴーンを何とか追い出そうと画策した。
長期的な展望のない計画は、ゴーンを半殺しの状態にもしていない。
単に、日産の陰謀説を信じこませ、日産の狡さを宣伝させただけである。
ゴーンの逮捕で、日産自動車にとってのプラスになった要素があっただろうか?

結局、何もなかったという事ではないかと思うのである。
それは、目先の目的「排除する」ことしか考えていいない。

「排除する」という絵は、展望、目的、結末が書いてない稚拙のものだった。
最終的には、悪党になり切れない幹部は、中東半端な事しかしない。
そうして、最終的に、逃げられた。
逃げた時の経緯を読んで、それは、日産にはプロがいないという事と、決断力のある幹部がいないということを白日の下にさらしただけである。
監視していることを批判して、日産の警備会社へお告発の手続きを取ると通告を受けると同時に、さっさと監視を解いた醜態。
監視されている側が攻勢に出る場合は、裏に何かあると踏んで、逆に素人の監視ではなくてプロの監視に切り替えるぐらいの強心臓がなければ、この難局乗り切れないだろう。
つまり、日産には、危機管理能力もなければ、効果的な判断を決断できないという事を世の中に晒しただけである。
この時点で、見える「監視を解く」というのは一番安易な方法である。
日産の幹部は、安きに流れる風潮が強いので、監視を解くという安きに流してしまい、「見える監視」を、「見えない監視に切り替える」という処理ができなかつた。
結果、冗談のような手段をつかってゴーンは逃げた。
ここにあるのは、責任を取りたくないという逃げの姿勢である。
会社の再建よりも、自己保身に汲々とする姿勢は、信頼を取り戻すという姿勢には、見えなかった。
日本人が経営主導権を握ってから、1年余で会社が傾くというのは、ある意味すさまじい会社の体質である。
会社が危機的な状況というのは、2019から判っていたはずである。
そうして、そんな状況で、会社の将来を担うべき人材を選ぶというとき、調整型の人物を選ぶという事は最悪である。
調整型は、責任を取らない。
口では取るように云う事もあるがに、絶対に取らない。
他人の判断を求めるとういう基本姿勢は抜けはしない。
本来、決断をして進まなければならない状態での先頭に立つ人物とは、独断専行で、取捨選択ができる人物である。
しかし、現実的に選ばれたのは、平時には役に立つ、連絡調整型の者である。
非常時に、この手の人物を経営者にしなくてはならい会社は、不幸である。

さらにつづく

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日産、三菱自動車、ついでにルノーの先行きが危うすぎるという話・・ その6

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-8dda49.html その1
http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-532032.html その2

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-f8cefe.html  その3

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-9b8eaa.html  その4

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2020/05/post-f188b6.html  その5

その5からつづく

閑話休題
三菱自動車の加藤社長の云うところの経費削減は、安易に、人件費だろうなと思う。
無能な目先の事しか見ていない経営者に多い、一番ダメな経費削減である。
野党の馬鹿議員(特に赤いの)の特徴でもある、目先の数字だけを指摘する。
郵政民営化の真意は、小泉純一郎の政敵の力をそぐことが第一目標で、公務員の数を減らすという事は副次的である。
だが、主たる目的を隠す時に、小泉政権は、郵政の非合理的な部分をやり玉に挙げるという政治宣伝が上手だったのである。
民主党が政権を取った時も、マスコミ各社の自主的な政治宣伝が功を奏した。
其の頃はまだ、マスコミの都合の良いところを、切った貼った的な政治宣伝が生きていたからできたからである。
現在は、マスコミの切り取り、編集での取材先の主張の改変報道などすぐにばれてしまう。
こうした自分たちの都合の良い部分だけを切り取る報道をいまだに続けているのは、テレビしか見ないアホの層が沢山いるからである。
これは、ベビーブーマー(団塊の世代)がほぼマッチングする。
ベビーブーマーという社会悪がなくなることでしか解消されないと思う。
このベビーブマーの大好きなのが、人件費の削減である。
丁度、バブルの終了後、経費削減の最も簡便、且、効果的な手法としてもてはやされたのが、大量首切りである。
現在、安閑と退職生活を送っているのは、首を切った側が多い。
切られたのは、ベビブーマー世代と、その直下の世代である。
良く経費の大半を占める人件費と書かれると、人件費が最大の悪の様に見える。
経費節減計画で、固定費の中で相対的に大きな数字を示すのが人件費の削減は最大の目的となる。
人件費は、毎月出てい行く金額としては膨大である。
総体として大きいので目に行きやすい。
だから馬鹿は、人件費が多い、これを減らせば固定費が下がる、下がれば毎月の資金繰りが楽になるという単純明快というか非常にわかりやすい発想をする。
その前にほかの固定費は見たのかと云いたい。
いわゆる資産の項目で、株なんて持っているなら、含み益があろうがなかろうが売り飛ばすべきである。
遊休、貸している土地建物があれば、さっさと売り飛ばすべきである。
よく、企業の運動場と云うのがある。
企業の運動部がある場合を除いて必要だろうか?
そのくせ、必要な効率化に結び付く投資をしているか?
(ある自動車メーカーの敷地内の駐車場はものすごく狭い。
いわゆる来客用であるが、あまりの狭さにびっくりして帰ろうかと思ったぐらいである。
止める幅が、普通自動車ぎりぎりのサイズである。
通路も狭い。
このメーカ―は、軽自動車から四駆まで作っているにも拘わらず、狭い。
駐車場の構造を2階建てにするとか考えないのかと思うが、考えないんだろうね。
考えても金がないから却下される可能性が高いと思うが・・・、本来、ここは、駐車場の高層化を行い、車の出入りをスムーズにすべきである、来客の駐車スペースの不便さが産むマイナスを理解しない。
最近、テニスコートを潰して、駐車場を増設した。
駐車スペースの幅は広がった。
しかし、従来の古い方は、そのまま・・・
某社の駐車場が狭くて、慎重にならざるを得ないので、駐車に時間がかかる。
そうなるのであれば、出る時間を早めなければいけない。
そうした時間の積み重ねがどれほどのロスになるのか考えたことがあるか?
例えば、毎回5分早く出るという認識になれば、週1回であれば、48週は来ないかもしれないが、単純計算で240分、4時間のロスタイムを生んでいることになる。
これが、取引会社が、1000社あれば、4000時間のロスを生んでいるという事になる。
こうしたロスは、経費として上乗せされる。
(例えば、年間200万台以上生産、販売しているメーカーと、43,000台しか販売できていない(全世界で40万台)メーカーに対する対応はおのずと違ってくるのではないか。
旭硝子は、トヨタが出した、SERA(セラ)の特殊形状ガラスは、旭硝子へ要請して、トヨタも技術支援をした結果あのようなカーブドガラスができた。
トヨタの発注であれば、頑張るだろう。
三菱が頼んだら・・・同じグループ企業だったけれども、大抵は断られる。
なぜか、納品点数が違うからである。
そんなことは当然である。)
結果して、不都合な駐車場の存在が、取引先、お客さんへいくら損をさせているのか(損害を与えているのか)?という認識がないので、無駄無理ムラを自分たちが作り上げる原因になっているという認識はない。
本来製品単品のコストダウンの思考を持つのは当然であるが、社会全体としてのコストダウン意識を持たなければいけない。
またイメージだけで語ることもよくない。
三菱自動車の国内販売台数は43000台・・・・
ディーラー数は、654店舗、1県当たりの平均は、13店舗
1店舗当たりの月の販売台数 5.4台・・・・
これが、フェラーリの販売店なら、200%以上の販売台数だろう。
大昔、ある都市の年間のフェラーリ、ベントレーロールスの販売台数を聞いたことがある。年間の全部合わせて大体60台ぐらいだったことがある。
それと変わらんレベルである。
しかし車の単価は・・・・・10分の1ぐらい・・・・
某輸入車版売店は、これでも(単価が高いから)維持できると云っていた。
では、三菱自動車の販売店の経営原資は・・・車検?点検?・・・で運営費、人件費・・捻出?、そう考えると大丈夫かと思う。
そんな少量生産でありながら、バブル時代の精神構造は抜けていないのか?
仕様も決めずに、納品単価だけを聞き、値引きを求めるだけというクズな体質を継続的に所持している。    
基本的には、コストダウン=値引きと思っている御目出度(おめでた)いた体質だから無理だろうと思う。)
また、会社の福利厚生の別荘が必要だろうか?
工場設備もメンテナンス費用が掛かりすぎる古い機械を、ほんの一部の人間の自己満足の為だけに残してあるものはないか?
工場のライン、工場内の動線、色々な面で無駄がないかという事をちゃんと観察して無駄を省いて、コストダウンを図っているのか?
そう云った細かい積み重ねを全部無視して、人件費だけに目を向ける。
人件費お削減は諸刃の剣であると云われる。
その実、辞めて欲しくない人が辞めて、辞めて欲し人が残るというアンバランスが生じる。
結局、会社としての能力は低下する。
全体的に低下するから、会社としての総力は、5年後、10年後に如実に低下する。
低下したのが、現在の三菱の姿かもしれない。
4年前にも大量に技術者の流失が起こっている。
つづく

 

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元気になって欲しいと、切に願う。

某友人の奥様からメールがきまた・・・英語です・・・

来た文は、「お盆に帰るとは、日本に帰ることですか」

「お盆にしか帰れない」とはどのような意味ですか?

「お盆」の意味は判る「帰れない」もわかる

でも、「お盆にしか帰れない」とは、帰郷することか?というご質問であった。

「お盆になると、死んだ人はその家に帰る」という思想ですと書くと返事が来た。

「まだ生きてます」

・・・・・・そりゃあそうだ。

だから、「死を覚悟しているというととではないか」と返事をすると・・・

(日本語を英語に直すのであるが、機械翻訳ではうまく伝わらない。

 何度も直すので時間がかかる。)

「ハズ(友人)は、死を覚悟してるのだろうか?」

「頑張って治療すると云っている。」

まあ、生きていることが人生そのものだと主張するような奴である。

生きていたいとという気持ちは人一倍強いだろう。

アメリカの癌治療は、莫大な金がかかるそうである。

それ用の保険にはいっているという事で、もう、数千万円使っているという。

莫大な保険料を払っているのだから使うのは構わないと思う。

向こうの医者に

「本人に、生きる気持ちがないと治療は成功しない」と云われたそうである。

個人的な感覚としては、「笑う事も必要」と思っているので、

「Need a laugh」

「面白い、心の底から笑えるようなことがあると良い」とも書いてみた。

「KIAI」が必要ですかと来た。

「KIAI?」・・・「気合」と気が付いた。

英語の気合の意味が分からん・・・ようく考えると連想ゲーム

病気に勝つ精神と考えると「fighting spirit」ですよね。

なんか違うなぁと感じたので

私は、「生きる事への渇望では?」と日本語で書いてみた。

「意味が分からん」と来たので

「I think he needs a craving to survive」
Attachment to living with you」
と書いたら返事が来た
「恥ずかしいことを書くな」
と来て
「お盆以外に帰ってやる」・・・これ本人からだよね・・・
そうして、電話がかかってきた。
なんと物見遊山の友人と話をしているような気分で小一時間話した。
日曜日は、宮城と招魂社へ行ったそうな
招魂社では、おじいさんに会えたそうな・・・
そうして、新幹線は良いなぁという。
アメリカの列車は、ガサツでいけない。
銀座へ夜行ったが、閉まっていたので詰まらんかったそうである
「BAR ルパン」へ行ったら、休業中だったそうである。
「あのおばさん、もいないよね」と聞かれたが、
ここ10年以上行ってないので、
「大ママの甥?のマスターは、とうの昔に引退したし」、
「おばちゃんはどうだろう?まだいるかしら?」というと
「BAR ルパン いい店だよなぁ
 丁度、暗くて、階段を下りていくところがいいよなぁ」
 とひとしきり語って
「ふー・・・・・・」と息をついた
そうして、明日(月曜日)は仕事か?という
「当然だ」というと、
「明日帰る」と、ポツリと言った
「成田から帰るからもう会えんなぁ」という
「来年の夏、帰ってくるんだろう?」というと
「両足付きでか?」
「そうそ、ついでに、ワイフも一緒に来ればいい」
「・・・・・・・・・・・うん、頑張って、行ってくるわ」
「ああ、元気になろう」
「今でも元気だけどなぁ」
「お互い、ここまで生きてきたから、もう少し長生きしようや」
「ありがとう、いい言葉だよな、ありがとう」、
本に挟んだ、手紙を見つけたのは実は、随分と後の事だったそうである。
こんな子供騙しな本読むかと思って袋に入れたまま持ってたそうである。
数年たって、色々と紆余曲折があって、精神的に疲れて、休みを取って、山の別荘にこもったそうな。
その時に、持ってきた本の中に入れてあったので、読んだら、気もちが軽くなったそうである。
そうして、見返し挟んだ手紙を見つけたら、なんだか、涙がが出たそうである。
そうして、今まで感謝の気持ちが言えなくてすまなかったと云う。
「そう思うなら、来年、逢って積もる話でもしよう・・」
彼は、一間おいて、「お盆、以外にな」
そう、もう一度会いたい人が何人もいる。
生きてるうちに会いたいと思う。

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