いつも疑問に思う事、車の設計者を好きになる必然があるのか?

このブログを読んで、三菱と日産の事嫌いでしょうと云う。

前に出しすぎと云われる。

実際、日産は昔から嫌いである。

ダットサンのフェートンでけがをしたからである。

また、技術もないのに、技術の日産と云うところが嫌いである。

前に、長谷川主査が亡くなった時に、残念でしたでしょうと云われたが、そうは思わなかった。

時々、トヨタスポーツの生みの親の長谷川主査のこと好きでしょうと云われると、正直って好きではない。

理由はいくつかあるが最大のものは、戦後トヨタが苦境にあった時に組員として、会社を敵に回して、戦ったからである。

おかげで、喜一郎氏は自分が、ものすごく大切に育て上げた会社を去ることになった。

(去ったことが、上手く会社の機能としてバトンタッチができたという点は、否定しない。)

大変、優秀な頭を持っていながら、経験と勘で車を作る現場を見てなんて遅れているのだろうと思ったという。

確かに、戦前の日本の航空産業は、一躍トップに出ていた気持ちはあったかもしれない。

しかし、どんなに素晴らしい技術で、戦闘機を作って居たとしても所詮は、一発屋である。

戦前の日本軍の正式式拳銃に、南部十四年式といのがあった。

戦後、余剰になった拳銃が、警察に流れて、警察官の腰に南部十四年式がぶら下がっていた時期もあった。

郡部の地方警察では昭和40年代まで使っていたのだから恐れ入る。

この拳銃ものすごく美しい外観をしている。

アメリカに住んでいた頃、コレクターの人に見せてもらったのであるが、スチールブルーが素晴らしぐらいの深みをも持った色彩をたたえていた。

よく見ると、多分、表面を砥石で、磨いていたのではないかと思うような仕上げであった。

きちんと面取りがしてあり、手間がかかっていることは良く判った。兵器らしくない拳銃であった。

その後の94式は、戦時製造の典型の様なもので、スチールブルーなんてし上げはしていない。

無骨な仕上げであった。

丁度、日本軍の飛行機は、一部で素晴らしと評価する人が大変多い。機械部品として、量産された機械として考えた場合に、米軍の規格であるミルスペックの様な仕様がなかったにしても、パーツの互換性(標準化)ぐらいは、やり遂げておいてほしかったなぁと思うのである。

まず、エンジンパーツでも、互換性がない場合があった。それは、微調整を行える人が居たので、生産現場では、微調整の結果、規定の出力が出せるエンジンは完成していた。

しかし、補給が続かないと、新造のエンジンが届かない、パーツもない、するとあら不思議、共食い整備を始める。工業生産力の低い国は、新品のパーツの購入ができないと、勢い、共食い整備になる、今なら海外マーケットで何んとか購入することも可能である。

(イラン空軍が運用するF-14は、共食いをしながら、パーツを作ったりして運用して居る。)

昔は、そんなマーケットなんか当たり前の様に存在しない。

ひどい話が、同じ型のゼロ戦で、三菱謹製の機体と中島飛行機の機体とでは互換性がないという笑うに笑えない状況があった。

確かに進んでいた面もあったであろうことは一応事実である。

アイデア倒れのものもある。

頭で考えて、それを実現化する職人が居た(当時)、又、名人と云われるような旋盤の技術者もいた。

つまり、極めて限られた人的資源に頼った生産だったという事である。

だからこそ、陸軍の根こそぎ動員で、特権的な職人は兵隊にとられれて、名人芸に頼った生産は崩壊していく。

そこで、戦時中、豊田工機は、機械の専用機のユニット化を進めて、均一なパーツを正確に、大量の生産していく事になる。

戦前の試作機群は、そうした名人気に支えらていていたことと、最大の顧客である陸海軍からの潤沢な資金で、語弊があるかもしれないが、最新の技術を導入で来ていたという事である。

機械を知っている、道具を知っている、技法を知っている、だから偉いのか?という感覚が付きまとう

そのあたりが、金のない自動車産業と比べれば雲泥の差であったであろうことは想像に難くない。

日本の戦前の工業製品は、飛行機であれ、戦車であれ、車であれ、船であれ、均一な製品を作ることはできなかった。

戦時中に、船の標準化を進めた人は最後まで恨まれたという。

それは、各造船所でノウハウがあり、独自の基準があったから、それらの基準を捨てろという事になるので、怒るのは仕方がないかもしれない。

話がズレていくので戻すのであるが、長谷川主査の航空機の方が進んで居ると云うのは、単なる勘違いである。

技術部の組合の委員として会社と激しく対決したその姿勢が、私には許しがたい造反に見える。

大衆車製造を夢として作り出された自動車会社に在籍していながら、乗用車なんかやるから会社が傾いたと主張してやまなかった。

中村大主査は、馬鹿なことを止めろ主張している。

立派な飛行機を設計者としても優秀だったのかは、設計した機体が飛んでもいないのだから評価しようがない。

TH翼を持ち出す人が多いが、理論だけで食えるのなら、世の中は困らない。

陸軍や海軍の試作機にはたくさんの種類があったが、脳なしの陸軍海軍の機械屋ではない馬鹿の高望みな要求が、良さを減殺していき、最終的には量産できないものを作り出す。

結果として生産性のものすごく悪い、運搬にも困難をきたすような機体構造を創り出していく。

外見はそれは美しいかもしれないでが、量産成夫悪い機体は、一発屋の作った工芸品様な飛行機である。

また、彼の設計した機体は、1号機ができて、地上滑走さえできてはいない、試験もほぼ行えてはいない。

工芸品では戦争はできない。

そんな飛行機は、平和な時の実験機として扱うのであれば問題がないが、正式戦闘機格上げしようとしても無理がある。

そう考えると、飛ばしてもいない飛行機を設計した航空機設計技師が偉いなんて思うのは僭越だと思う。

だからこそ、長谷川主査の裏切りとでもいうべき組合活動に対してふつふと怒りが沸くのである。

20200421

 

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どこへ行くホンダ技術研究所

ホンダ技術研究所がおかしい・・・

ホンダN-WGNの新型が発売後ただちに生産中断

駐車に使う電動パーキングブレーキの不具合という。

警告灯の異常点灯というが、実際は、きちんと止まれないという事らしい。

初期のパーツは良かったという事なのか、システム不具合が突然出てきたと云事なのか今一判らない・・

(どうも、初期の販売済みの車輛はリコール対象となるようです・・・新発売で、最初からリコール・・下請けを含めてどうするんだと言いたいが・・・)

きちんと挟み込めないという事らしい。

同型のパーキングブレーキを使用するFitの新型の発表も延期・・

ここで面白いのは、FitもN-WGNも同じシステムを使用している。

さすがホンダというべきである。

パーツの不具合というが、海外サプライヤー(オランダのシャーシブレーキインターナショナル)の製品なので原因が不明。

ホンダさんは、相対的に値段が高いが、ここは、パーツ1つの値段が高いからという事が言える。

贅沢なパーツ使用と云うのは伝統かもしれない。

ホンダのT360なんて、無駄に良いエンジンをしていた。

コストを削減したこともあったが、結局、それも、やめてしまい「我が道」を行くになった。

専門家から見てもいいパーツを使っていると言う。

スズキ自動車の軽自動車つくりとの差は、コスト感覚だと思う。

スズキの軽自動は、本当に安い感じがするし、造りも粗い。

昨年、事故でうちの車が全損になった時に、MTカローラの注文イコール3か月待ちであったがその間に保険屋が持ってきた代車がアルトのMT

これがひどかった

アルトワークスの設定のママなのか、街乗りに適した設定ではない。

どんなMTでもなんとも思わないが・・これはひどいと思った。

高速走ると初期の加速は良いが、中盤が伸びない・・エンジン音盛大・・・サスペンションのストローク感がよくない。

ATだとアイシン製でスムーズ・・・スズキ独自のワゴンRのミッションは良かったけれど、アイシンにはかなわない。

山のワインデイングを走るにはいい感じの設定で、老人には乗れない。

うちの親は、100メートル乗って怖いというとで、自動車やを呼んで車庫に入れさせた。

ベースが安い車を積みあげて高い車にするのと、ベース自体が高い車との差なんだろうなと思う。

ただ、最近のホンダは、街中の乗り心地を重視してるのか、サスペンションが柔らかい。

高速安定性に疑問を感じるほど柔らかい、高速に乗ると、ぐわんぐわん揺れたりする・・ものすごく怖い。

横風を受けて揺れるのだけではなくて、直進でも、N-Boxは揺れる揺れる、加速して100キロ超えると・・・ものすごく不安定

2年前の新車と、1年前の新車では、サスペンションの仕様が違うのかと思うほどである。

車体の一番高い部分を軽く押すと、1年前の新車はくらくらと揺れる、2年前の新車は…揺れない

強く押すと、1年前のは、ぐワングワンと揺れる、2年まえのは、ぐーとしながらほんの少し揺れるか揺れないぐらい

ここで、ホンダは、お客さんの意見を聞いてるのかと思う。

トヨタ方式で、お客さんのニーズをようやく優先しだしたのか?と思った。

だが最近のホンダは変だと思う。

実車の販売に結びついていた本田技研としては、F-1に力を入れたい気分は判る

だが、現在、F-1の人気が多少復調傾向と云いつつも、最盛期の感はない。

と云いつつ、F-1でとりあえず成績を残した・・・ので?

来年、勝つために、F-1のエンジン開発に多額の資金(166億円)を投入・・・大丈夫か?

とはいえ、ホンダは、ここに固執しなければ、ホンダ技術研究所としてのアイデンティティは保てない。

F-1チームの費用の制限もなされるようであるが、エンジン開発は別枠という事でなんだか、何のための規制かと思しまう。

個人的には、F-1は、30年ぐらい行っていないマクラーレン本田のエンジンテスト(雨の中)を見て以来行っていない。

人込みで気分が悪くなるのと、渋滞が嫌いなので何もならない。

企業連合は、とりあえずGM(ゼネラルモータース)と組んでいるが‥実際の中身は自動運転のおんぶで抱っこ感が強い。

今回のパーキングブレーキも、フライバイワイヤーの導入のの結果だと思うのでははあるが・・・

海外サプライヤーの連絡待ちというのも、制御システム上の問題なのか、機械的な問題なのかさえも分からないという事なんだろうか?

本田技術研究所の開発体制は、人員的に黄色信号なのかもしれない。

ちょっと悲しい

シャーシブレーキインターナショナルは、元々はボッシュのファウンデーションブレーキ部門だったようです。

2012年に、北米を除いた地域の事業を継承した法人のようです。

ちなみにダメなのは、北米が曙ブレーキという事

どうも不具合連発らしいのですが・・・こんなサプライヤーを使うホンダの意図は・・・欧州への輸出の関係なんでしょうねぇ

20191014初出

20191015加筆

(情報くれたお友達に感謝)

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合資會社 ヒノデ自動車製作所


調べ物をしておいたら・・・大正9年に名古屋市内に自動車製作所があったようです。

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記事(広告)には、

合資會社 ヒノデ自動車製作所

HINODE MOTOR WORKS MANUFACYURER & INPORTERS

名古屋市南区熱田櫻田

専売局停車 東へ入る

電話

本局6061番

℡ №6061

営業種目

自動車製造販売

自動車輸入販売

自動車修理改造

自動車付属品販売

自動車ボデー塗替

ガソリン発動機製作

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専売公社前電停とは

当時、名古屋電氣鉄道 路面電車の駅このと

いわゆる熱田線..

専売局とは、現在の金山総合駅から市民会館までの広範囲にあったタバコの専売公社の工場の事です。

戦後、現在の名古屋ドームの北側へ移転しました

「専売局停留所」とは、「専売局前電停」の事である。

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町から金山橋までの間にあった電停の様である。

東別院→東雲町電停→古沢町電停→専売局前前電停→金山橋電停→金山橋中央線金山駅)路面電車)

現在の金山の市民会館の東辺りにあったようです。
当時は、現在の市民会館から、あすなるにかけての地域は専売公社がありました。
戦後は、大曽根へ移転しました。

資料は、大正9年の広告です。

今のところ、この1枚しか出てきていません。

 

_20181010_155624 

30-3 

現地は、2年前までは古い家が建っていましたが、現在は駐車場になっています。

この会社大正8年に設立し同年12月末年で清算されてました。

広告の載った大正9年には、もう会社は存在していませんでした。

 

その後ほぼ同じ場所に、ヒノデ紡機と云う会社ができます。

  ヒノデ紡機は、登記簿上は現存法人です。

愛知百年史に、大正12年から昭和16年まで西区菊井町二丁目(菊井1)に、朝日自動車製作所があったと書いているが関係があるのだろうか?
朝日自動車は、FORDのシャーシに、ボデーを製作架装していたようである。

 

 

 

All rights reserved,The competent court for
copyright is the Nagoya High Court.

無断転用禁止,

著作権に関する管轄裁判所は、名古屋高等裁判所とする。

 

 

 

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今日の煽り屋さん

今日(R1.8/18)、トヨタ博物館の帰り、一般道での出来事

左車線走行、信号で止まると前に1台

右車線、信号先頭、安いレクサス、その後ろ、黒いセルシオ、文字が金ぴか下品仕様(名古屋342た77×〇)

信号替わった、

安いレクサスすぐに動かない、セルシオ突っ込む、急停止、クラクション鳴らす

安いレクサス動いているが、緩慢な動き

金ぴかセルシオ、後ろから車間距離詰めて、横から見て50センチ以下で、オラオラ運転

安いレクサス、加速して左車線へ

前が空くと、金ぴかセルシオ急加速、100キロ以上出して先行、

前が詰まる、左車線へウインカー出さずに移動、2台ぐらい抜いて、、右車線に戻る

前つまり気味

こちらが、左車線を法定プラス〇キロで進行

横に並ぶ

金のセルシオ、前の車にオラオラ運転、車体を左右に振っている。

前が詰まっている

信号交差点で、信号が黄色、赤に変わる

右折矢印でた、

その瞬間ぐらいに、ウインカー出さずに右折車線へ、そうして、ぎりぎりで右折。

前の車にオラオラ感丸出しで右折

運転手、サングラス掛けた、ジジイ

マー久しぶりにひどい運転見たわ

名古屋第二環状線で、追越車線を走行していると、オラオラ煽る人がいる。

走行車線へ入れない状態で、オラオラ感丸出しで、左右に振りながら来る馬鹿がいる。

走行車線に戻り、追い越させると、大抵の場合は、前は詰まってる。

走行車線から追越車線へ出る。

そのまま、家の近くのICまで行く

走行車線は、ものすごく遅い・・法定速度に近い。

追越車線は、大体プラス20から30が多い。

走行車線と、追い越し車線の速度差は大きい

オラオラの方は、大体プラス40ぐらい来る、時としては、プラス50ぐらいで来ることもある。

大体、東名からくる車は、100キロ以上で来る

制限速度60キロなんですが・・・東名からくるのは関係なく来る。

名古屋第二環状は制限速度80キロぐらいにしないと危ない感じさえする。

先日も、豊田ナンバーの逆輸入車に煽られましたが、前は、完全に詰まっていたのですが、うっとおしいので、サッサとどきました。

すると、私がどいても、前はどかない・・・

その後ろについて走りましたが、大体、制限速度プラス20キロぐらいで巡行。

煽り屋さんの前を走る、マツダは、全然動じず・・・追い越し車線を延々と走行

 

みなさん、追い越し車線を延々と走るは違反なんだが、その意識はないらしい。

 

 

 

 

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東洋工業の過ち

東洋工業と言っても、松田さんのことですが、経常利益70%減

当たり前と言えば当たり前

マツダの経営陣はバカぞろいというか、過去に学ばない・・・あ、やっぱりバカか・・・

別に、東洋工業は嫌いではない

コスモスポーツ(初代)、ロータリークーペ、RX7(初代、FC)は好きである。

最近のデザインは・・・うーんである。

マツダのデザインは好きになったことがない(すいません、ユーノス900は好きでした・・・)

ロードスターは息の長い製品のはずなのでいい感じのはずであるが・・・どうも歴代好きになれない・・・どうも

丸い車は好きであるが、両生類的なところがダメである(要は、感覚が古いのかなと云う気もするのですが・・)

その昔、マツダさんは、チャンネルを馬鹿みたいに増やしたことがある。

いわゆる、バブル絶頂のころ・・安い中古を買うよりも、安い新車を買うに意識が変わった時期である。

大学生が、中古じゃなくて、新車を親にねだることができた時代である。

おばさんが、自転車から原付での移動に替わった時期でもある(w)

ユーノスロードスター販売していたユーノス店、RX-7売っていた、アンフィニィ店(旧マツダオート店)、AZ-3売ってたオートザム店、FORD 販売していたオートラマ店・・・もうひと出てこんと・・・・・・なんでも屋のマツダ店があった。

これはトヨタの5販売チャンネル(トヨペット、カローラ、オート、ビスタ、トヨタ)を模して国内の販売網を強化しようとしたのである。

この時、マツダのセダンのデザインは、光るものがった、ユーノス900なんて結構よかった。

ユーノスコスモは、デザインはいいが、燃費が悪くて、直線番長でと、最初からダメ評判だったが・・・

たくさん販売店を作れば、たくさん売れる?という思想だったらしい。

当時の雑誌にはそんな様なニュアンスが書いてあった

でも最初から矛盾していた。

トヨタの様な規模でもないのに、5チャンネル・・・結局

売る車がなくて、バッチエンジニアリングと呼ばれる、名前とバッチ替えに走る。

で、失速というか、最初から離陸できていない。

スポーツカー、高級車(マツダの高級車て…ルーチェ???)のアンフィニィ・・・アンフィニて無限て意味とか言われて

無間地獄?とか思ったことがある。

ユーノスのロードスター、安いスポーツカーであった、安いのでアメリカでよく売れた。

コスモは、2ローターは売れたが、3ローターは・・・燃費悪すぎて売れず・・・

ユーノスのエンブレムの、麦の穂みたいのは、「十二単の襟」と書いてるのを読んで、日産シルビアの青竹色と言い、日本回帰のデザイン要素を取り込むようになったんだなぁと・・・

でも、ユーノスロードスターはデザインが好きになれなかった。

ユーノスコスモは…、かっこよかった。

友達の知り合いに乗せてもらったが、3ローターは早くて、直線番長で、燃費が最低だった・・・

乗せてくれた人半年で手放して、2ロータに乗っていたけど、維持費がバカ高いということで手放した。

結局、コスモスポーツとは違うねえで、マツダから離れた。

オートザムは、キャロルなんかを売っていたが、ランチャも売っていた。

友達の弟が、ランチャS4を買ったが、買った翌日から故障して、そのままデーラーへ行った。

兄ちゃんは、マツダが嫌いで、弟が、マツダのディーラーで車を買うことに不信感をガンガンに持っていたので、翌々日、同道を命じられてついて行った。

ヨタでいったんだからフザケテイル・・

お定まりの電気系のなのだが、説明を聞いていて・・・実際に見せてもらうとエンジンルームの一部が錆びていることが判明・・・

弟は、好きで買ったんだからと言いつつ・・ちょっと不安・・

でも頑張って3年乗ったけど、結局半分ぐらいは、ディラーに入院していた。

はずれの車だったみたいで、その後は、フツーのデルタに今でも乗っているからエライ。

どうも、ディーラーの技術力もない様子だった。

オートラマ店は、フォードなんだが、フォードの米国生産品、マツダ生産品を売ってるうちは良かった。

そのうち、韓国起亜で生産したフェステイバ5ドアを輸入して販売を始めた。

このフェステイバはひどかった、鋼板の質が悪くて、薄くて、悪い・・事故を起こすとクシャクシャになる。

或る時、爺さんの運転するクラウンの前に、ウインカーなしで、無理やり入り込んだフェステイバ5ドアに、クラウンが追突する事故を目撃したこと

がある。信号の手前で、クラウン減速、そこへ女子大生のフェステイバが無理やり突っ込んだ体制

フェステイバは、若葉マーク付きの女子大生の運転する車であった。

運転席側の後部にクラウンが軽く追突、そらあのタイミングで車線変更はアウトだろうと・・おもった。

その瞬間に激突‥ではなくて、ゴツンという感じだったが、質量的な差もあったのだろう、ドシャーンという感じの音がした。

で、右後部追突で、右後部クシャクシャ、運転席側のドア開かず、助手席側の前席開かず、後席のドアが無理遣りで開いた。

運転中の女子大生出られず、助手席の子も出られず・・・叫んでるのが聞こえたので・・・バイク止めて救助

左後部座席のドアは無理やりで開いた、で、警察が来るので待っていた。

その時思ったのは、信号前で、クラウン30キロ以下、フェスティバ、でクラウンを抜いて前に出たので40キロぐらい。

でこんなにクシャクシャ・・・・こんなのも買うものではないなと思った。

で、マツダは、マツダ店と、オートラマ店で車を売ってりゃよかったのだが、バブルの時の浮揚感で、欲が出てんだろう

なんでも売れた時代なので、勘違いしてのかもしれない。

広島気質?なのかもしれない

東洋カープが勝っているときは、図に乗る傾向が高い、負けが込むと覚めるのが早い。

とはいえ、5チャンネルがだめだとわかった時点で、マツダはサッサと止めればよかったのであるがそれは出来なかった。

初期投資が多かった。

チャンネルは多い、売る車はない

チャンネルの差異が出てこない。

マツダの開発の開発能力なんてたかが知れている。

そこで、この5チャンネル店の後遺症は、Fordの子会社化という悲劇で終わる。

で、まぁここ数年は良かった

マツダ店の改装をして、規模を大きくして・・・・きれいにした

高級感を狙った店舗設計にした、が、整備工場は昔のママであった。

ここ1,2年は、売れ行きが好調のなので、また欲が出た

安い車の価格の一ランク上げを行った。

そこで、割高感が出た。

安くて、ちょっと個性的、車内も広い、メタリック調の赤もいい感じ・・・だったが・・・

値段を上げると…客が付いてこない。

値段で二の足を踏み無人が多い・・・

結局、日産程ひどくはないが売り上げは落ちた。

日産は、90%以上、三菱 85%、マツダは、70%

トヨタは、7%減

ワーゲンが好調というのが日本経済新聞の言い草であるが、ゴマ化した燃費の問題が終わってないので、本当のところは良く判らない。

ちなみに、個人的には、衝突安全性テストの映像を見ると、マツダの車を買う気にはならない。

 

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国産車のパーツなんてものはねぇ・・・ないのだよ

先日、ご友人と出た,

ちらりとした話

国産車の古手のパーツのなさについて・・・全然出ませんね・・・て

出ないなんてレベルではなくて、ない

というか、消費されつくしたというか・・・現在生きてる60代が放出すれば一時的には出るかなぁというレベルである

でも出たらものすごく高いと思う

レプリカパーツは、旬なので、出た時に買わないといけない・・・

だけど金ないと買えんし

ヨタのオーナーは困らないと、買わないから駄目だよねぇと思う。

外車、アホみたいに出ます、出ないのもあるけど

最近は、祭儀に買う車・・・最終的な車の算段に入りつつあるので、最近よく海外のパーツを見ている

米国なら戦前の大衆車FORDはほぼ出る。

1938年のFordか、バンが欲しいので現在物色中である。

狙いは、オーストラリアニュージーランドの右ハンドル

意外とリーズナブルである、輸送費を考えるとプラス150万円ぐらい見とかないといけないかもしれない。

でもほしい

国産はDATSUNしかないが、フェートンが欲しい・・・

英車なら、オースチンセブン・・意外と安いのよ…これが、書類付きで云十万円・・・

くー買おうかなぁである・・・(ダメな人)

戦後の国産なら、SKYWAY(丸目2灯)、RS、MSのマスターライン・・・スバル360カスタム・・

RSのセダンなら何とかなりそうである・・これにも弱いのだなぁ・・

あと5年したら買おうかと思っている。

結構真剣である。

 

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ある集まりに関して・・・

某クラブ主催の〇〇〇(字数適当です)開催が今年も開催されました。

今回は、集まるだけのだらだらした感じでしたが、スタッフも楽しめるイベントでした。

スタッフが楽しめるのはいいことだと思います。

毎年来ていた、社長も営業担当も、塩対応で来ませでした。

前は、締め切り前でも来たましたが、今回は締め切り前を理由にしておいでになりません。

ダブルスタンダードというか、うちのスタッフの中では、感覚が変わったんだろうねという意見が大半

それとも、クラブ担当の伝達が悪いのか?という意見が出た。

来年、年1回開いていた〇〇〇は開催しない方針である

大体、7月初旬は晴れる方が少ない。

天候が不順という奴である、基本、雨が多い

スタッフの高齢化が著しい、病人が多くて応援に来られなくなる・・・今年2名退去、1名病欠である

また、恒例の講演会は、企画するのが大変

講演会の素案を提示すると、この人はダメとか言ってくる。

もう面倒で、昨年から丸投げにしたが、今年は何も言ってこないのでなんでかなぁ?

と思っていた。

質問すると、来た返事は、

〇〇〇、やるんですか?

である。

連絡掲示板に、今年はやるが来年以降はどうしようとういう相談中であると書いたが、今年やらないとは一言も書いてない。

こいつキチンと読んでねぇなぁと

一般社会では、絶対に交わらないタイプである。

いつも上から目線である。

いつも思うのだが、私たちはボランティア手弁当、無報酬で、会の運営をしているだけである。

某クラブの下部組織ではあるが、部下でも使用人でもない。

その辺を考えてほしいと思うが、その人には一切通用しない。

いつも上から目線、対応が悪い。

最近は、来たメールはずべて打ち出してスタッフに開示してる。

密室作業が嫌なのでね

またスタッフも、以前あった滅亡した支部時代の残滓のような者は、今回から来なくなった。

この方、意見ばかり言う。

無線の指示もやたらうるさい。

営業でよくいる、ごりごり押せばなんとななるという昭和時代の一番嫌いタイプである。

民間勤務時代にいたころの屑そっくりである。

ちなみに、このジジイ今回も来てましたがね、会場には・・・

このジジイ、数年前に、あるおねえさんの来場で問題が起こった時の当事者である。

このジジイと仲間たちで、うちのクラブとはなんの関連もないことろで、この集まりを宣伝した。

その宣伝、結果、変な人が来たのだが、その点についての反省の言はなかった。

終始言い訳をしていた。

このおばさんが、クラブ員以外にヘンな要求をしているという情報を、スタッフに伝えるべきであったが、その報告もなし。

つまりは、トラブルの事前の通告なし。

前日の会場設営に来ていながら何も言わない。

この時、この会をつぶすつもりで仕込んでいるのかと思ったぐらいである。

日頃、偉そうなことを言う割には対応力が悪いと感じるのは何故だろう。

市営住宅に居住して、わけのわからないところに車庫を作っている。

退職後も何か働しているらしいので、手持ちの金はあるのだろう。

事件が起こって、このおねえさんのことを聞くと、このおねえさんの人格を貶める発言しかしなかった。

大体、変な言動をしている人がいたら、スタッフに警告を与えてしかるべきであったが、それさえもしない。

多くのスタッフの感想は、一言ってほしかったである。

このおねえさんのストレスで、二人病気になった。

大体、このジジイ、当時日は他用がると抜かして、ちょいと顔を見せて、おねえさんとは、旧知の様な挨拶をした。

スタッフに許可をもらっているような‥言動もあった。

おかげで、現場は対応に苦慮して、えらい目にあった。

その後、このおねえさんからの苦情が各所に入ると、まず、上部団体のバカは仕事中であるにもかかわらず、メールを送ってくる。

メール反応しないとガンガン電話をかけてくる。

ええ加減にしとけと。

おかげで、これ以降、関係がぎくしゃくする様になりましたね。

ついでに、上部クラブに対する不満噴出しましたね。

その対応で、ものすごく腹が立ったのは事実である。

結局電話の電源を切っとくの得策と気がついたんですが・・。

そのおねぇさん事件を引き起こした原因をつくった、彼とその仲間からは反省の弁はなかった。

今回も来ていたが、わざわざ、半島製の車に乗ってきていた。

向こうは、最初から無視していた。

ちょっと失礼だろうと思う。

またもう一人に当事者は、毎回、会場をワン子連れで歩く、この人も、反省の弁はない。

このおっさん、会場で目が遭いそうになると、目が泳ぐ。

こちらは、がん見である。

「挨拶がねえぞ爺さん」という感覚である。

犬を連れて歩くなてえぇの。

いぬ嫌いな人ともいるだろう。

このジジイ2か月ぐらい前に喫茶室で友人と話していると、見かけた。

車いすの爺さんを押していた。

こちらに気が付いたが、チラ見で無視

だから、こちらも無視。

こちらの視線の中で動くの良く見える

無視するならチラ見を何回もするなよといいたい。

まあ、本人は、ある会を潰す原因となったのが自分とその関係者が行う暴走行為と気が付いていないようである。

その集まりは、バカに一任して、きっちり管理をしていなかったのだが、基本は、定年後のクラブ員の参加する、老後の楽しみクラブ的な集まりのはずであった。

しかし、自動車好きの暴走ジジイの集団でしかなかった。

最初のツーリングで、まずスピード違反で検挙。

この時点で、結構厳しく言ったが、この会のジジイどもは笑って対応。

この時分科会にしたことを後悔

その後はさすがに捕まらなくなったようであるが、実際はわらない。

この爺さんOB会に、分科会を作りたいといった爺さんが、この社長を、加えた。

この入れた爺さんは、自身の勢力拡大を狙ったようで、誰彼となく声を掛けていた。

爺さんならだれでもいいという感じだった。

おかげで、変な会に誘われたと言い出す人が出る始末である。

まぁこの社長、ドイツ製のスポーツカー乗っている。

この平日ジジイツーリングクラブに速い車が増えた。

走行の平均速度が上がったようである。

結果、速い車に置いて行かれるのが嫌で、軽自動車組が、普通車のスポーツ車に変更。

OBの会というよりも、自営業者の平日ツーリングクラブの様になった。

自動車のクラブで、今時、暴走はアウトである。

ポルシェなんぞは今時目立たない。

その中にレプリカに、本物を製造してたメーカのバッチをつけてた車がいる。

これがまた、目立つ車で、暴走しているところを目撃されている。

岐阜県と、愛知県のある自動車屋と雑談をしていたら、

「○○クラブ集まりでたまに見かける、〇〇〇〇だけど、あれ、本物?」

「偽もんですよ・・本物が買えるわけがないじゃですか、手作業カッテイングシート加工ですよ・・」

「あいつさぁ、よく尾張とかか岐阜(具体的な地名が挙げられていた)を走りまわっているの見かけるけどさ、よく信号無視するんだよね。」

「信号無視て?」

「信号の替わりしな、黄色から赤に替わったようなときに渡っていくんだよね」

「危険ですね」

「危ないよ、集団でつるんで走てるのも見たことあるけど、マナー悪いよねー」

である。

ほぼ同じ時期に、2人の業者から聞いた。

ちょっと、危険だなぁとと感じた。

この社長、いつも行動を見て、思うのが、自分の商売のことしか考えていない。

社長なら仕方ない。

でもその尻馬に乗る、大手自動車会社の設計担当の社員がいる。

この社長、最初から参加できないと言ってある飲み会に参加したがる。

しかも、スタッフの爺さんツーリングクラブのメンバーを通してである。

飲み会に参加する条件が決めてあり、その条件に合った資格がないのに、知り合いを通じて参加しようとする。

飲み会の前日、当日に電話をかけてくる。

いやな商売人の典型。

そのくせ、飲み会の予約をしていても、忘れてこない。

要は、無責任

某さんは、幹事も何でもないのに飲み会に誰彼となく声を掛けて呼び込んでいた。

呼んだ人が来れない言った人の欠席の連絡を失念する。

無責任に飲み会の参加者を勝手に連れてきて増やす。

子連れを容認する・・・

その人、昔或る車のフェステイバルの参加者選考を行っていた。

募集期間が終わり、車の選択も済んで居た。

そこへ、大変珍しい車のレストレーションが、フェステイバルの開催直前ぐらいに完成した。

オーナーから、どうしてもこのフェステイバルに参加したいといご連絡が来た。

ここのポイントは、

公平な選択(だと思う)が終わった後

特段の理由があり完成していなかった車が完成した。

珍しい車なので、箔をつけたいから、完成お披露目は、このフェステバルで行いたいと主張。

この時、某氏は、非常に珍しい車だから、特別許可を出すべきだと言って譲らなかったらしい(本人が、誇らしげに語っていた。)。

私の感覚では、某企業の傘下の部署が、この者に特段の扱いをする理由にはならいと感じる。

これは公平性に欠けえるのでダメであると思う。

だが、この某氏は、勤務先の当時の館長の判断を批判していた。

うちでの初公開に意味があると主張したそうである。

オーナーの箔をつけたいという隠れた意図を読むことは出来なかったようである。

こうした点が、いつも何となく違和感として存在していた。

この人の理解できない感覚、違和感の源泉が、宗教観にあったことは後日知って驚いた。

それは、九州の田舎で学生運動に嫌悪感を抱いて、耶蘇教の日曜学校取り込まれた人であるとわかると、すべてが氷解した。

公式な平等よりも、不平等な個別の欲求が、精神性の高いものなら許すべきであるという感覚があった。

○○党員なら、すべてを超越する存在として君臨できるという感覚と同じである。

そこで同類、相哀れむの意識があるのでコイツラは仲がいいのかなと思ったこともある。

話は戻るが、この者社長、見ていると、対外的な無責任さは、ピカイチである。

これでも、社長である。

いつも話をして思うは、

理論的な会話ができないでも、社長

語彙数が、ものすごく少なくても社長、

単語でしか話ができない、けど社長

脳梗塞を経験した人の様に、言葉はとぎ切れる、スピードがかみ合わない、でも、社長である

どうも、病気をしているらしいので、言語中枢がおかしい人のかもしれない。

話をしているとイラッとする。

この人はサッサときて、サッサと去っていった。

来なくていいよと思う。

レプリカジジイも同じである。

来なくていいよ、偉そうに

ある時、なんだかよくわからい木工作家?が合同展示会に来てるからあいさつに行けと。

なんで行かなきゃいけないの?と思ったが

まあ、大人の対応なので、あいさつに行った。

この木工作家ジジイは、土日は喫茶店をやっているので、ある会の集まりのある日曜日には参加できないと抜かした。

でも、合同展示会は土日である

喫茶店をやってるなら、合同展示会の土日は来れないのでは?

と、ふと思った。

総じて、ジジイは何でもかんでも自分の都合のよいように話をする。

前言ったことと、現在只今言っていることは内容が矛盾していると思わないのか?

と思うが、爺さんの頭では整合性が取れているらしい。

というか、この手のジジイは非常に多い。

この手の爺さんがいなくなって良かったと思う。

 

まぁ、塩対応なら塩対応でこちらが考えることは、来なくていい状態を作ろうと云ことになる。

できれば、面倒なボリュームのある作業は避けたい。

経費は下げたい。

割引券の印刷で、大体、1回1500円から2000円ぐらい

以前は、大量に印刷していたので、2500から4000円ほどかかっていた。

実際スタッフの95%は50代以上そのうち半分は60代以上である。

基本的に体力勝負は、厳しい。

今回は、諸般の事情で前日の会場設営ができなかった。

当日、午後しか設営ができないことが分かったので、午前中の作業の後での会場設営(結構、重労働)は厳しいと答えた。

スタッフは設営をしないのかと来た。

要は、スタッフは、会場設営をして当たり前という感覚である。

大体、会場設営に今回は金がかかるとわかると、講演会はしないと来た

スタッフはタタだから使ってやろうとという考えが見え見えである。

楽しい自動車の集まりを続けるのかかくも難しいことである。

 

 

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公差ゼロで・・・・

日産の設計のいい加減さ

35GTRの設計時


馬鹿な担当者がミッションのパーツを製造することを要請に行った会社の担当者にいきなり


「公差ゼロで」お願いします・・・・


これを聞いて。
目があんぐり・・・
イケイケの腫さの設計していた35GTRダカラかどうか知らないが・・・
「公差ゼロ」を、連呼したらしい。


「気温、湿度、温度何度で・・・・という条件は?」


「いや、公差ゼロで・・・・」


設計ですよ・・いちおう、GTRの・・・


そこで部品メーカの人が、切々と説明したそうな・・・・


相当頭が悪いというか・・・バカだったみたいで大変だったみたいです

おまけに、ねじのトルク計算表がないそうな・・・


基本は、前と同じぐらい・・


ここ注目ですが、「同じ」まではよい、そのあとに「ぐらい」・・・・


新規は、ひずみ計をつけてわざわざ計測・・・・


日産のエンジンが余裕を持たせたエンジンの意味がなんとなく分かった


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研究など

 研究で、豊田自動織機製作所自動車部と中京デトロイト化の関連をシンポジュウム用の資料の作成を要請された。

 締め切りは年末である・・・

 で、調べていた不思議に思ったことが多々あったで、戦前の商業登記簿を取らなければならない(とらなければならないと云う事はないのだが、事実確認である。)

 設立からトヨタ自動車が分離するまでの年間でを取るのだが、1部600円である

 いくらになるのか怖い・・・

 以前調べた、ヒノデ自動車製作所は、ヒノデ紡機製作所を含めて3600円(6部)であった。

 ヒノデ自動車は、登記簿によれば、大正8年設立、大正8年清算登記・・・、抹消登記は昭和も後年であった。

 ヒノデ紡機は、ヒノデ自動車の出資して翌大正9年に設立した法人であった。

 ちなみに現在も会社は残っている。

 実体はない…現地確認もした、貸し駐車場を営業していたが、その場所も11月30日で閉鎖になったので、どうなるのかわからない感じである。

 昭和2年の工業調査報告では、50人の職工を雇用していたので、当時としては大規模である。

 商業登記簿は、非常に貴重な資料であるが、なぜか研究者は現物を確認しない。

 豊田自動織機製作所の「四十年史」に書いてあるとあっても、実際の登記はどのようにな文言で目的を追加したのか確認ができる。

 だから、登記簿を確認しなければならないのである。

 で、刈谷支局に確認したら、三河の古い登記は岡崎支局にすべて移管済みとのことであった。

 そこで、明日は昼から休暇を取って岡崎まで行くのである。

 チョっと中身を見るのが楽しみである。

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精神的に疲れているので・・・・車の与太ばなし

先日、初めてR35に載せていただきました・・・・

ほんの少し運転させていただきました。

ついでに、待望だったR34も運転させていただきました(w)

R32、R33は、出て数年ほどで運転する機会があり運転させていただきました。

運転すると、いきなり、自分の運転技術が上がったような錯覚に襲われました。

我慢して曲がるという感じではなくスーと周る感じがした。

加速感もいい。

途中で、人間が偉いんじゃなくて車が偉いと気が付いたら・・・なんとなく、FDの方がいいなぁと・・・

この辺が天邪鬼(あまのじゃく)である。

R32は、乗って珍しく感動したのである・・・手放しでびっくりと云う感じでした。

世代が違う感じがしたのは事実である。

最初に乗ったのは、名古屋高は、次が首都高速・・・・

よく回るエンジン(RB26は、プリンスG型系だからよいのだと思うのだが・・)、良く廻る車体・・・旋回性能が良くて、足元もしっかりしている感じがした・・・・

が、下りのカーブが何となく前のめり感があった。

ついでに言うのであれば、動き出すときの重さが気になった。

この車重いんだなぁ、と気が付いた(当たり前である)。

オーナー曰く、ブレーキパッドの減りが早い・・・さもありなんと思った。

(彼は、今回のR35のオーナーなんですが・・・R32に、長年(出てから2年ほどで購入している)乗って感じたことを聞くと、

金がかかる・・・車体が重いので、足回りのメンテに金がかかる…とぼやいてました。)

結局、この人、R32→R35なんですが・・・もう爺(64歳)さんなので、最後の車はと思ってて、車検の時に、R35試乗したらいい感じでさぁ・・・・

で、買ったらしい(金があるからいいなぁ・・と)。

おかげで、乗せてもらえましたが・・・

R32は、最初からノーマルである。

ブレーキパットが純正じゃないそうである。

10年ぐらい前に、足回りのオーバーホールを行ったら・・・100万円超えの請求が来たそうな・・・交換可能なパーツは全部交換したそうな・・・

五年おきにマウント、ブッシュ類は交換・・・

現在、中年の息子さんが通勤でご使用中・・・・息子さんはいつもお父さんのお古・・・R32の前は、ハコスカのGTR(クーラー付き)であった。

そのあと、運転したのが、もう少し古いR32のブーストアップ版でした。

首都高速を走らせもらった時

そんなにスピードは出ていないのですが・・・・

まぁ・・・100プラス…キロぐらいで・・・

目が悪いので、夜は結構怖いし、

ものすごーく速い方がいるので、ドキドキしながら運転しましたが・・・

直線ポイ下り坂は、変な重みは感じませんが、ゆるーいカーブの下り(どこと云われるとよくわかりませんが・・・・もう忘れた・・・・)だと、エンジンが前にである感じ・・・表現が難しいのですが・・・なんとなく、ノーズが押し込まれるような感じがしていたと思う。

当時の手帳を見ると、「重い」と書いてあるだけである・・・・

昔もう20年ぐらい前ですが‥乗せてもらったR33は、旅のお供でした。

名古屋高速と東名阪から阪神高速・・・への旅に同乗、途中で運転させられましたが・・・・R32よりも、私的には好きである。

デザインは・・・・ちょっと勘弁してほしいレベルであるが・・・

何となく、旋回性がいい感じがした・

クー・・・・と廻るのではなくて、

クイ・・という感じがした(ような気がした・・・・)

ただ、やはり急な下り坂の旋回は前荷重で、重ーい感じと、ノーズの重さが前面に出るような感じがした。

R33で、東名阪から、神戸まで行き、神戸から大阪を抜けて京都へ行きましたが・・・何となく、街中をひょいひょい走る車ではないなぁ・・・と

何となく、自重がじわじわ来る感じがしました(もう10数年前)

で、今回のR35は、当然様にドノーマル・・・・

外は40度を超えるような日でしたが・・・快調でした。

でも、なんか、自分向きではないなと・・・でかいし、重い

でも速いし、快適である。

いい車だと思うが、欲しいとは思わない・・

何となく、エンジンの感じが好きではない。

エンジンで走っているという感覚ではなく、ようやく、シャーシとエンジンが程よくマッチングした感じがしました・・・が・・・

高速の運転では気にならない大きさですが、東海北陸道みたいに対面交通があるところはちと怖い感じ・・・・ちょっと大きいなぁと、

追い越し車線の加速は、感涙ものである(後ろにパトカーが居ない前提ですが)

名二環、東名、東海北陸自動車道を・・・・びゅーーーーーーんと行きました。

ストレスのない加速は気持ちいいいいいいいです。

運転中の話の中で、34乗ったことないいですよねぇ・・・というと、爺さんの後輩(大学の後輩、62だそうである)が、持ってるから聞いてあげるわ・・・

と・・・携帯で即電、たまたまいました…家に・・・

東海北陸道を途中で降りて・・・その人の家へ行くとエンジン掛けて待ってました・・・

再び、東海北陸自動車道へ・・・・・この車は、ブーストアップバージョン・・・

色ブルーメタリック・・・

無理無理3人乗りで・・・

オーナー「踏んでいいから・・・」っとおっしゃいますが

交通違反も怖くて踏めませんが・・・

何と云うのだろう、買いたいとは思わないが・・・ええ車だぁと

重い点は変わらないが、エンジンの突出した重さの悪癖は感じられなかった。

ついでに云うのであれば、旋回性能が、異様にいい感じがした。

R33のクイ、ではなくて、キュッキュッという感じである。

何となく、R32.33.34の系列は、34で、完成形かなと云う感じがしました。

非常い僭越ですが、35は、32から34とは違う世代の車であるなぁと・・

でも、重い車は好きになれないなぁと・・・

で、一番最近のお気に入りは・・・と云えば・・・LCのハイブリットが普通に乗るには一番いいかなぁ・・・と

それこそ、40年ぐらいの腐れ縁の方車に乗せていただきました・・・街中を乗るにはいい感じではないかと・・・

で、最近珍しく、今売っている車で欲しいと思った…が

貧乏で買えない・・・なぁと

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