詰まんないこと・・・

心が健康でないと、不穏当なことをことを考える傾向にある人がいる。

クジャクの羽根は、所詮は羽根である。

実態は小さい。

例えば、非常に安泰の生活を送った人がいるとする。

中学高大院と素晴らしい成績で学校生活を終えて社会人になったとする。

他の同級生は、医者や弁護士と云った高級取りが沢山いるとする。

自分が、サラリーマンで、部長になれるわけでもなく、役員なんて夢また夢なんて人がいたとする。

なぜか、同窓会にでる。

かつての進学校の時代の同級生を見る。

同級生の生活の状態を垣間見る。

周囲の車と自分の車を見比べる。

見劣りする(と思う)・・・

恥ずかしい(と思う)

・・・自分の収入(手取り)と、載っている車の格差が激しいと、クジャクの羽根をつけたくなることがあるかもしれない。

これは、心の健康が不健全としか言いようがない。

しかし、ある面では競争心を煽るという意味では、社会の推進力にもなる場合もある。

実際は、懐具合(自分お小遣い)いとか、社会立場への不満であろうことは想像に難くない。

そこで、同級生以外の者の前では、不満ばかりが表に出ることになる。

不満は、本当は自分の至らなさを自省すべきことであるが、自己評価が高いのか・・自分が悪いのではなく、他人が悪い、社会が悪い、すべからく関係するものすべてが悪いという考えに至る人もいる。

ここで大きな勘違いは、自分が、ほとんど潰れることがないであろう会社に勤めていて年収が1000万円ぐらいあったとする。

医者や、弁護士、会社の社長(規模にもよるけどね・・)と見比べると、医者勤務医なら別であるが、基本的には個人事業主である。

悪く言えば零細企業の一人会社である。

医者で、勤務医なら、まず暇はない。

個人病院ならどうだ、これも零細企業である。

医療機器のリース代がかさむ、客(患者)は減る。

看板をたくさん出す。小さい看板でも数が増えれば、経費は増す。

態度が悪いと言って、患者は減る。

簡単なの手術も減る。

腕が悪いと評判が立つ・・客は減る・・・周囲の客が減る・・・看板で遠方の客が増える

遠方と、この医者の中間に新しい医者の病院ができる。

客が取られる・・・看板増やす・・・経費増える

客は減る・・・・

こうなると悪循環である。

日々、資金繰りを考えなければならない。

中小企業の社長さんならなおさらである。

毎月の経費、従業員の毎月の給料分の収入(先月の売り上げ)がなければ、会社は継続できない。

彼らは、ある意味自分お職業をクジャクの羽根で誤魔化す必要がある。

「金には、困ってないぞ。」という態度である。

いい車(高い車)、いい服なんてえのはその典型である。

高校時代の進学校の同級生の今の姿(クジャクの羽根全開モード)をみて、自分が負けていると思うのは品性が下劣ではないかと思う。

医者の年収幾らよりも、実際の手取りがいくらか?

自由にできる金がいくらか?

税金払って、自由にできる金がいくらかを考えればいいのである。

サラリーマンは、使える金が決まってはいるが、分不相応なことをしなければ、ある程度のいい生活ができるはずである。

クジャクの羽根にこだわりる人は、評価を常に外部に求めがちである。

・・・60年70年代の左翼の学生運動家のような思考パターンである。

大丈夫か?

といいたくなるが・・本人は、いたって真剣な様子・・・・

身近にそういい友達がいたので、何となく、気の毒になる。

たとえば、ロレックスをはめみたり。

こういい車に乗っていると自分は、こういい階級の、人間だとと主張したい。

車、時計は、クジャクの羽根のはなりうるが、所詮は、借りてきたものである。

車に価値を見い出す人は、それでいいかもしれない。

車だって、現金で購入最初から、自分の所有の人(所有権留保時ではない車の所有権)は、偉いと思うが、一般的には、「所有者」ではなくて、「使用者」(ローン払ってる、リース料払って車を使っている人)であることが多い。

之なんか、典型的なクジャクの羽根である。

高い車が、欲しいかと云えば、欲しいなんて思ったことがない。

ロレックスなんて必要に思わないので、買わない。バブル頃、大学生が100万円ぐらいするロレックスをはめていたことがある。

逆に、分不相応な者がつけていると・・・気の毒にと思う。

大体、ロレックス嵌めていると馬鹿に見える(ごめんなさい)

仮に「Z」という車を、中古で買い、60回払い半金をローンで買ったとする。

嘘つきで、クジャクの羽根を自分で作るために嘘をつく。

中古で買いながら、新車で買ったと、述べる。

世界的には、十数台の生産台数だから希少かもしれない。

でも、みんな知らない。

本人は、おお威張りかもしれないが、端から見たら、変な車で終わり・・

世界的に、「Z」デザインの車は値段が上昇気味である。

彼は、彼の乗る「Z」デザインの値段が上がらないことに不満である。

自分の大切なクジャクの羽根が、羽根の役割を果たしていないと気が付いて憤懣やるかたがないという事である

 

 

 

 

 

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生きててもと思うこともある。

生きていて、つらい事ばかりだと思う。

死んだ方が、ましだとは7年前から思っている

心のどこかに常に座っている、「死へのいざない」

メキシコの芸術によく骸骨が描かれている。

その図柄の明るさに驚いたことがある。

先日、宿のテレビでパリの地下のカタコンベ(埋葬所)を放映していた。

30年ほど前に見たことを思い出した。

死のにおいのしない場所だった。

死が一番近かったのは何時だろう

ある仕事・・仕事と云う云い方は語弊があるが・・・

ある場所に居たときに一番近かったような気がする。

三島由紀夫が、戦時中が一番死に近かったと感想をのべた。

が、空襲という他人からの無作為による死が近かっただけで、現実的な戦場の死があったわけではない。

猪瀬氏は、三島についての著作がある

読むと

三島由紀夫の仮面

平岡公威の仮面

三島への崇敬を減らしたという欲望で書かれていることがよく判る。

猪瀬氏の内容は、死者への冒涜に満ちている。

取材を受けた側も、特別視しないような証言をしている。

徴兵検査を受けたときの、「土嚢上げ」について滔々と語る老人

農民ならできて当たり前

都会のアオジロ(三島由紀夫のあなだ)にはできない。

出来なかったことを笑う口調である。

頭脳労働と、肉体労働の単純比較をして笑う

ドウなんだという気がする。

三島は、「三熊の詣」で、他人に、伝説を作り、見せるという事を書いた。

初読の時(15歳ぐらい)に驚いた。

これは、見せると云ことを考える、行動するという事が如何に計画的でないといけないかという事を教示していた。

そうして、最大の見せる行為は、「自死をもってする」と考えあった時に、三島の死は近しいものとなった。

三島由紀夫氏の死

自分の死すべき姿

自死の行程

死のいざない

メキシコの芸術で、骸骨が出てくることが多い

底抜けに明るい

北斎の書く、コハダ小平治へ自のような陰湿な、現実味を帯びた骸骨ではない

死ねば、骸骨

一休宗然ではないが、死ねば、骨である

笑いかけた手も、目も、カルシュウムの塊の残骸になる。

知人の死は遠い

友人の死は、近くて寂しい

親族の死は、重く暗い、そうして寂しい、寂寞感が押し寄せてくる。

死ぬという事

近しい死

いつでも死ねると思うことは不幸であろうか。

死への重さは、生きていることへの重さでもある。

近しい死を、と云うか、死にたいという気分を解消するためには、前へ

前へ、前へ向かおうとすると腹が立つような現実

現実は、自分が蒔いた種である

種は、自分への悪意となって育って返ってきている。

敵にしてはいけない人というのがいる。

嫌った人間を徹底的に貶めることに長(た)けた人間がいいる、言わゆる「クズ」なんだか、うちの職場では飲酒をしない奴はこいつにはかなわない。

自分で、思うよりも、他人に理解を求めれば、力が持てるかもしれない。

しかし、それらの悪意

を「はね返す」余禄を持つことができるかもしれない。

何時も思うのだが、

「God With you」

これは、「It My JOB」と云う感覚と似ている。

これは、自分の信じている八百万の神々と共にと云う感覚である。

死は近しい。

イエスキリストや、ブッダ、マホメッドとiいった紙に書かれたものとは違う、スピチュアルな感覚への親近感である。

20190516

20190517加筆訂正

 

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ああ、なんだか、死にたい

色々と考えると、生きててもしょうがないような気がする。

色んなことを考えても、いいこともなさそうだ。

子供の事を考えると、死ねないが、このままの状態では、精神が崩壊しそうである。

あんなの奴が

そう思うことが多い

昇進もない

ただダラダラと、あと10年ほどこのまま過ごすかと思うと

いやいなる

友人が

「能力があるのに、そんなつまらん仕事をさせるなんて、もったないよなぁ」

とはいってくれても、何の気休めにもならない。

「つまらん人生だった」

とは言いたくはないが

言われると気分は悪い

一生懸命に仕事をしても意味がない。

頑張っても報われない。

ふと、上司運が悪い?と思ったことがある。

運が悪い

運てなんだ?

上司運なんて、うちの組織では運ではない。

でも、普通の評価から低評価へ下げられ、転勤。

転勤先で、他の系統の支社長、副支社長から非常に高評価を連続してもらった。

本店では、困惑したらしい。

自分たちの一押しが低評価で、高評価をもらうと困る奴が評価が高い。

すると、評価を下げる方向へと云うか、私を嫌っている者の下へ配属して、評価を下げる方向へもっていく。

 

 

こんな仕事につかなければよかったと思うことが多い。

死と隣り合わせだった1年間の海外生活は、ある意味充実していた。

海外へ行く恐怖に打ち勝ち、へらへらと海外へ行った事もあるが、何のプラスにもならない。

性格はある意味楽観的である

でも、こう意に染まない、嫌なことが多いと嫌になる。

 

救いは友人である

友人が居て、心が休まることが多い。

いい友人もたくさんいる

死んでしまった友人の言葉が突き刺さる

生きててもしょうがない。

彼とは違って、子供も家族もいる

でも

山椒魚の様に

寒いほど一人だ

そう、うつぶやいてしまう自分が悲しい

今は、いい

来年はどうなる?

また遠方へ通勤するのも嫌である。

なんだか、面白いこともない。

仕事もするつまらない・・・

 

 

 

 

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なんだかなぁ、久々の圓生師匠

久々に、落語を聴いている。

数年ぶりである

圓生師匠が好きで、

米朝師匠も好きで、

東京のころは、寄席に数回、大阪は、米朝師匠の噺を、これまた数回聴きに行ったことがある

一時期、枝雀師匠の落語が面白いと…過激な方に走りますから

でも何となく、枝雀師匠の死に方を聴いてから、藝道も毒だなぁと

枝雀師匠のを聴いてい、気分が悪くなりそれ以来、落語断ちをして、ました。

何となく、イラッとしてダメで・・・・

その次の来なかった

で先日、圓生師匠の真景累が淵を久々に聞いた

するとですねぇ

これが、いい(良い)、本当に「いい(善い)」のである。

聞いていて、次を次を、聞いてみたくなる

寄席に通った先人の思いが、こう「ふつふつ」とわいてでるてぇ感じです。

いいわぁ

である

そうして、先日久々に、これまた、本当に久々で

「中村仲蔵」を聴いた

所謂(いわゆる)、人情ばなしてぇ奴です。

なんだかこう、聞いてて涙が出ましてね

何となく、こう じわっと 出てくるてぇんでしょうかねぇ

で、

嗚呼(ああ)、脳味噌が疲れているんだなぁと・・・

真景累ヶ淵は、圓朝師匠の作品です

ものすごく長い作品で、速記の作品を読んだことがありますが、そりゃ面白いのなんのって

因果応報、不縁の集積、絡み合う、絡んで絡んで因縁、ここまで・・つなぐかと云う感じです

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妊婦さんマークをつけて欲しいなぁ

今日のおなやみ。

今日も不毛な残業をして、へろへろになりながら帰る電車の車中。

大体、7時半過ぎの電車は少し空(す)いている。

座れたので、座りました。

夜の電車は、変な奴が沢山います。

ズラっぽい髪型の20代ぐらいのデブ、座席1.5人分ほどを占有して座っている。

しかしながら、お疲れで、思考力は、ゼロモード。

本読む気にもならず.

音楽聞きながら・・・・

明日の予定は・・・と考えていました。

すると、ある駅で妙齢の・・歳の頃なら、30代後半から40代前半ぐらい。

美人ではないが、普通にしていれば、そこそこなご面相ではないかと・・・

ふた昔前の松嶋菜々子をやせたような顔つき。

(最近の女優さん知りませんので・・・)

しかしながら、疲れた顔して、眉間にしわを寄せているので、どう観ても不細工なご面相というか、人相が悪い。

身長は、170センチ弱ぐらい。

仁王立ち。

なんだか、ゲーム機を、わしずかみで操作。

 

でこのお姉さん、おなかが微妙に出ている。

出かたが微妙・・・

ちょっとだぶついた・・・カットソーなので、出方が微妙

 それを見てから・・・

「この人は、妊婦さんだろうか?」

で、持ち物を観察

妊婦さんマークはついていない・・・

二駅ほど・・・ずーと、

「妊婦さんかしらん?」

妊婦さんなら席を替わってあげるべきだが・・・・

ただの下半身デブだったらどうする・・・・

非難の目で見られるのがオチである。

 でお悩みの間、お姉さんは仁王立ちで、ゲーム三昧

残り二駅で、悩みつづけて・・・思ったのは、

妊婦さんは、「妊婦さんマーク」をつけてほしいなぁと感じた次第です。

以前、妊婦さんマークをつけて居るのを見ると、妊婦を主張して不愉快と抜かしている奴らが居た。

でも、そうゆう主張をする人、言う人は、基本、席は譲らない。

だからそんな意見には耳を傾ける必要はないと思う。

妊婦だと、主張してないが悪いと?

と感じるのデアル。

この手の人間は、けが人だろうが、妊婦だろうが、障がい者だろうが、押しのけて座ろうとする、こうゆう人は、そういったことをしてテンで恥じない。

20160929初出

20190930削除補正

 

 

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外資系のお姉さまの夢

彼女は、大学を卒業後延々と外資系にご勤務です。

不思議なことに、外国人の上司に英語で怒られても全然、なにも感じないそうです。

あんまりネチネチ云わないし、結構ハッキリ、ココがダメと云われる。

で次のボーナスの査定に響く・・ので、そちらの方が怖い

とはいえ、結構な額をもらっている。

内資の大手企業の部長クラスではないだろうか・・・・。

だから別に多少減っても・・・とはいえ、なんかいも続くと・・・

辞めざるを得なくなるので、ほどほどにしている。

すべてが減点法の内資とはちと違う。

加点はもある。

でも病気になる人は、基本的には精神疾患

来なくなる、いなくなる、失踪する、自殺する

よくあるのが、円形脱毛症。

これが出ると、大体1・2か月で、鬱になるか、辞めるか

鬱なって来なくって、そのまま退社なんてのもざら

競争で、脱落してじゃなくて、自然淘汰される。

そうしていなくなる。

同じ世代で、残っているのは、とりあえずは、サバイバルに成功している人である。

死んでしまう人は、結構、恨みがましい人が多い。

会社の資料室で首を吊った人は、会社に対してものすごく意趣遺恨があった思う。

うわさでは、夜、気が付いて、ぶら下がっているのを見て、警察ではなくて、上司に電話する神経。

ウソかマコトか、

見つけた人が

「資料室で、ぶら下がって死んでる人が居ます、うちの社員です、○✖◎ていう人です。

IDは、○○です。

人事に確認したら、休んでた人とみたですけれど。

どうしましょう。

警察呼ぶ前に連絡しました。」

「なんかおかしくない?」

閑話休題

彼女は、今、市役所、区役所、郵便局のゆるーい職場がいいなぁ。

「生まれ変わったら、ぜーったいに公務員になるわ・・・・・・」

「まあ、その性格だと、結構厳しいけど、えらくなろうと思わなければいいんじゃない?」

「うん、えらくなろうなんて思っても居ないからいい」

「海外旅行に、ふらーと行けるほどサラリーが出ないけどいい?

「うーん、遊びたい気はするけど、おひとり様でいいらあんまり関係ないかなぁ。

ねぇ、ところで、もう10年ぐらいたってね、私が50歳で、あなたが60歳ぐらいで、3月か、4月ぐらいの、ほんの暖かくて、寒い時間もあるような時期にね。

二人で素敵な格好して、オープンカフェでお茶んでみたいなー、て思うの。

あなたは、本読んでて、私は、本読んでるあなた見てるの。

ううん、話し無くていいの。

で途中で、私も本読んで、二人とも話しないの。

そうして、寒くなって来たら、別々に帰るの。

なんか、素敵じゃない?」

まあぁ、僕が生きてたらね。

「時々、話をしてくれるだけでいいのよ。

ちゃんと生きててね。」

はぁ

 

 

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あなたは神を信じますか?

最近見かけないが、駅前によく、二人組でスマートでスリムな感じのする金髪碧眼のお兄さんが、若い男性、女性にこんな風に顔をかけていた。

「Can you speak English?」

三十年前である

某駅は再開さえる前の旧態依然とした風景であった。

駅の狭いロータリーは、明治時代に開業した当時のママ。

さすがに乗り合い自動車はいなかった。

たいていの場合は、手を振って逃げる

バカな学生や、英語が使いたくて仕方がない学生は、いろいろ答える。

そうして、絡新婦に捕まった虫みたいに、やたらぼろい家に連れ込まれる。

そうして徐々に、イエス教の一派に感化される・・・

ヒネテイル子(私)なんかは、こう答えていた。

「我不是日本人。

 我來自臺灣。

 我不知道英語,日本語。」

 (私は、日本人ではない。台湾からきました。日本語、英語分かりません。)

 すると、逃げられました。

某友人は捕縛されましたが、数回行って、「もう来ない」と言うと、あしざまに怒られたそうである。

それを聞いて、「戦国時代の宣教師を見習えよ、だから、宗教はつまんねぇ」と感じたのである。

彼らは、「あなたは神を信じますか」(Do you believe in God?)と聞いてくる。

私はとりあえず「信じてる」という

そうするとうれしそうな顔をする。

そのあと、こんなことを言うと顔色が変わる。

「しかし、私は、あなたたちの信じる神を信じてはいない」

 預言者イエスを信じてはいない。

 日本の神は、八百万の神といわれるほど多くの神様がいる。

 八百万の神々は、どこにでもいる。

 神社の中の、雪隠、道路、家々の中、家具の中、どこにでもいる。

 そうして、何尾利益も持たらなさない。

 心の平安さえ与えてはくれない。

 日本の神は、それぞれの心の中に住んでいる。」

 拙い英語で説明すると、ほとんどが嫌な顔をする。

 日本人のイエス教の人は、もうダメである。

 仏教の人は、比較的寛容的であり、認識的には了諾できるレベルであるが、某新興宗教はダメである。

 面白いのは、改革派といわれる、イエス教の人と話をした時に、非常に拒否的な態度を取られたことである。

 神父の説教をショーにしてしまう国もある。

 そうして寄付を集める。

 寄付がないと困るそうである。

 日本の神社だって困るだろう。

 宗教施設は大なり小なり同じ病巣を持っている。

 私は、無神論者である。

 それは、あの世とか、天国、極楽浄土、地獄等を信じないというとスタンスでの無神論者ある。

 狂信的という言葉があるが、貧しい生活は宗教に救いを求める傾向がある。

宗教への逃走、そうして、温かい食事を与えてくれた現世の人間のためにテロに走るのかなという気もする。

 政治の世界で、紅旗党を信じてる人発言を聞いていると、狂信者という言葉を思いだす。

 自分たちの望む世界が何かを提示はしないし、民主主義を否定しながら、民主主義を守れと言う。

 自分たちが政権を取ればその次の瞬間には、民主主義は消滅させるのである。

 良く「共○主義ファシスト」という言葉をぶつけたくなる。

 ナチの政権奪取後の憲法の停止、議会の解散、それと同じように事を運べば、共産主義独裁がまかり通る。

 紅旗党の書記長がどのように選ばれるのかみなさんはご存じだろうか?

 選挙ではない、思想と言う血脈があれは気に入った奴、自分を裏切らない奴を選んで後任にすえる。

 民主的ではない。

 王権神授説ならぬ、地位の思想人授説である。

 つまり彼らは、「共○主義」さえ信じていると標榜すれば、どのような人間でも仲間なのである。

 基本、情実がまかり通り、能力ではなく、党に知人がいかに多いか、党の中枢に近い人と仲がいいか。

 中東で信じている預言者の宗教も、イエス教も、共○主義も精神構造としては同根であり他者を許容しないという点ではいかがなものかという気がする。

それぞれの会派に、

「あなたは、神(天主教でいう神、中東で信じられている神、共○主義教義)を信じていますか?」

と聞けば、答えは同じ「信じています」と答えるだろう。

でも、誰も相手を許容はしない。

宗教(特定の政治思想)は、いろんな世界への参加できる機会均等を破るように思う。

機会の平等が一番大切だと思うのですが。

 

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なんだか、つかれちゃったなぁ

なんだか色んなことにつかれた1週間でした。

仕事の失敗は何とかその場でフォロー・・・事なきを得ましたが・・・自腹が3000円ほど(タクシー代ですが・・・)

うちの小僧さんが、喧嘩して、学校に呼び出されました。

仕事の途中でしたから、18時ごろに学校に行く旨伝えました。

しかし頑張って、早めについたので、子供に聞くと経緯はこんなだった。

文化祭の合唱の練習で教室を移動するので、相手の子に、後ろから、教室移動するように云ったそうである。

しかし無視され、相手はそのまま友達と話し続けたそうである。

そこで、今まで何度も無視されたことがあったので、後ろから背骨を押さえて首をつかんだそうである(なんとゆう恐ろしいことをするのかと戦慄しましたが)。

少々呼吸が苦しくなったので病院へ行ったとのことである。

相手(甲君)の親(乙夫人)は、どう見てもおばあさん、髪の毛の根元は白い、明らかに染めている。

いくつだ?

で、この乙夫人、延々と自分の子供は悪くない。

こちら側に、すべての責任を押し付けてくる。

そこで、私はこう答えた。

物事には、原因があり結果があります。

何もなくて、ただ単にうちの息子が暴力を振るったのであればうちの息子が一方的に悪くどのように批判されても仕方がないと思います。

そうであれば、怒るか、厳しくしつけを直すか頭がおかしいのか疑わないといけません。

(そうゆうとしきりに、叱ったりしないでくださいとしきりに述べるのである。

 裏を返せば、このおばさんはものすごく怒るんだろうなと思った。)

そこで、原因は、甲君が、うちの小僧さんが、教室を移動するからと何度も声を掛けたが無私をしたことが発端だったということを言うと、そんなことは聞いていない。

甲君に、乙夫人は聞き糾す(ききただす)という感じだった。

甲君「無視したわけではなく、よく聞こえなかった、聞こえませんでした」(表現ママ)

乙夫人「それはあなたも悪い」

わたくし、「でも暴力を振るったのはうちの息子ですから申し訳ありません。」というと

「家庭でどうゆう教育をしているのですか・・・・・」と

「暴力を振るった時点で、こちらの方に非がありますので、今後はそういったことがないようによく申し聞かせます。」

「そんないきなりこんなことをして」

「しかしですね、甲さんは、何度も、うちの息子が声を掛けても無視をしていたようです、別日、別の場面で何度も無視をしていたそうですから、そういったことが累積して怒りが爆発したのではないでしょうか?ただ、そうはいっても、暴力を振るった方が悪いわけですから、怒りの蓄積があってもそれを溜まった状態でぶつけるのは良くないです、そいったことがないようによく注意させます。」

「大人でも、無視を何度もされると、怒りがふつふつとわいてくるものではないですか?」

乙夫人

「そんなに無視したの?」(結構口調は厳しい)

甲君

「無視したつもりはありません、聞こえなかっただけだと思います。」(表現ママ)

すると、乙夫人、甲君に向かって

「あなたも、人のいうことを聞かないといけない、そうゆう電波を受信しなければならない」

「アンテナを張り巡らして、ぴピピと、電波を受け止めないといけない」

聞いていた、私と、息子

「デンパ?????????????」

要は、勘の事か???

で、

また戻るのですが、

乙夫人は、「心の傷になったどうしてくれる?論」を、展開したので、ついつい・・・・

私は、こんなことを言った。

「結果論ですが、仕方がなかった」

「そういったことが心に傷になるのは仕方がないのではないでしょうか?」

すると乙夫人

「仕方がないって」「仕方がないってど云うゆうことですか」ときた。

「仕方がないという云い方が気に入らないのであれば、もう少々高尚に、「運命」とでもいいましょうか?。

ここで、うちの息子と、甲さんが出あったのも「運命」。

こうなったことも「運命」ではないです?。

ただ、重大な事故にならなかったことは神に感謝しましょう。

そうして、こうしたことを二度と起こさないように、子供にはよく言い聞かせ、もし、重大な事故となってしまった場合は、それこそ、甲さんの人生も終わりだし、うちの子供の人生も終わりです。

特に故障もなく済んだことは、神に感謝し、これからこうゆうことがないようにお互いに注意する、気を付けることが大切ではないでしょうか?。

子供たいして、何でも、悪い経験は、心の傷と考えるか、良い経験をしたと思うかで大きな差があると思います。

今回の事で、うちの子供が、子の件でクラスの中で疎外され、ハバにされてもそれは、自身の招いたことだからそれは、自分で我慢するべきです。

それについて、甲さんが良心の呵責を受けることはないと思いますし、感じるべきではありません。

ただ、父子家庭のようなウチですから、私は全力でうちの子供を守りますし、ケアします。

その状況を見て、

甲さんが、

「自分の所為で、いじめの対象になってかわいそうだ」ということを、感じて、それを心の傷と感じるのであれば、それは、

「ああいったことをしていじめの対象になるのなら、そういったことはしてはいけない」、

「話に夢中になって周りのいっていることを結果として無視していることになると、痛い目に会ったりすることもある。」

「だったら、そういったことには気お付けよう」

「自分はしないぞ」

という風に、ネガテイブな考え方をするのではなく、「良い経験をした」というように感じさせることの方が大切ではないですか?

そこまではなしたら、納得したようである。

しかし、相手の子は、小柄で、細面で、目、眉も吊り上がっている。

座っていする姿勢は、背筋はピンと伸ばし、膝の上に握った手を置いている。

まるで修身の教科書に出てくるような姿である。

普段の受け答えはどうか知らないが、親の前だからかどうか知らないが、なんだか口調が固く、不思議な感じがした。

その間、うちの小僧さんは、大柄で、少々おデブで・・・・まあ・・・ねえ

子供と歩いて帰るときに、

あのおばさん、「ずーと自分の子供の弁護ばかりしていた」と

「管理したいんだろうねぇ」というと、

「うーんなんか嫌」と云ってましたが・・・

で、1週間が暮れてつかれました。

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今日は、日帰り温泉の旅

うちの子ぞうさんが、土岐の日帰り温泉に行きたいとおっしゃるので・・・ひさひぶりに4か月ぶりぐらい?に、「バーデンパークSOGI」に行って参りました。

行きたいといったのが、10時40分

家を出たのが、11時

着いたのは、12時半・・・・・40キロで一時間半

途中、春日井ICから土岐ICまでは高速で!さっさといこうかと思いましたが・・・・

春日井ICの表示

小牧JCTから多治見IC渋滞10キロ・・・30分・・・・・

19号線を行くことにしました。

多治見市内でも渋滞、アウトレット付近は、危険なので、手前でパス・・・・

出、90分ほどかかりました。

大体、ここへ来ると、サウナでまったりなので、5分を三回、インターバルで入ると、もうヘロヘロ・・・・

小僧さんも・・・あちーと言いながらグロッキーなので・・・出る事に・・・

更衣室で、こぞさん・・鼻血が・・・・で

のぼせたのね・・・休憩

少しお菓子を買って帰ることに・・・・・帰りは、裏道を抜けたので少々早かったですが、途中でものすごく遅いお昼を食べたので・・・・結局2時間かかりました。

家に帰ると、小僧さんのマッサージタイムがございまして(お疲れさまですの感謝の意思表示です・・・かなりうれしい。

マッサージが済むと、二人ともそのまま寝落ち・・・・

起きたら、7時過ぎてました。

27.09.21

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死んでしまった

わたくしの友人が、また一人なくなりました。

日本人ではありません。

わたくし、ある異郷の地でボランティア作業中に、少々けがをしまして。

大した怪我ではなかったので、適当に処置をして、というか、自分で破片を抜いて、自分で縫いました。

医者なんいません。

消毒は、50%のウオッカをかけて、熱湯消毒した針と、絹糸で縫いました。

でも、高熱が出て、アウトかもしれないとお持った時に、ヘリコプターで物資を運んできたパイロット(日本いたことがある人でした)が、僕が寝ていると聞いて、来てくれれました。

様子を悟って、そのまま後方の医療チームの居るキャンプへ運ばれて一命をとりとめました。

命が助かったので感謝すると。

日本へ行ったら京都と奈良に連れていってほしいいわれました。

その後、数年後、ミシガンの彼の生家で1度、逢い、その後は、時々メールのやり取りをしていました。

数日前に、不審なメールが届いたので放置して置いたら、今朝がた、友人の名前でメールが来ましたので、開けると、彼のお父さんからのメールでした。

お友達は、民間会社ではたらいていたのです。

ある場所で、特殊な運送のサービスに従事していましたが、どうも、ヘリコプターが墜されてそのままなくなったそうです。

もう何か月も前の出来事だったそうです。

なんだか、嫌になってしまいました。

自分がお世話になった方は、いつの間にかなくなっている。

さみしい気持ちでいっぱいです。

彼の口癖は、God With youだった。

ほかの人に神様が付いていったら、自分が無防備になるじゃないか?といと

「自分の神様は何時もいるから安心、ついていくのは手の空いた神様、天使だと思えばいい」

と笑いっていっていた。

煙草を吸わないのにラッキーストライクをいつも持っていた。

中東の青い空に漂っているのだろうか?

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