妊婦さんマークをつけて欲しいなぁ

今日のおなやみ。

今日も不毛な残業をして、へろへろになりながら帰る電車の車中。

大体、7時半過ぎの電車は少し空(す)いている。

座れたので、座りました。

夜の電車は、変な奴が沢山います。

ズラっぽい髪型の20代ぐらいのデブ、座席1.5人分ほどを占有して座っている。

しかしながら、お疲れで、思考力は、ゼロモード。

本読む気にもならず.

音楽聞きながら・・・・

明日の予定は・・・と考えていました。

すると、ある駅で妙齢の・・歳の頃なら、30代後半から40代前半ぐらい。

美人ではないが、普通にしていれば、そこそこなご面相ではないかと・・・

ふた昔前の松嶋菜々子をやせたような顔つき。

(最近の女優さん知りませんので・・・)

しかしながら、疲れた顔して、眉間にしわを寄せているので、どう観ても不細工なご面相というか、人相が悪い。

身長は、170センチ弱ぐらい。

仁王立ち。

なんだか、ゲーム機を、わしずかみで操作。

 

でこのお姉さん、おなかが微妙に出ている。

出かたが微妙・・・

ちょっとだぶついた・・・カットソーなので、出方が微妙

 それを見てから・・・

「この人は、妊婦さんだろうか?」

で、持ち物を観察

妊婦さんマークはついていない・・・

二駅ほど・・・ずーと、

「妊婦さんかしらん?」

妊婦さんなら席を替わってあげるべきだが・・・・

ただの下半身デブだったらどうする・・・・

非難の目で見られるのがオチである。

 でお悩みの間、お姉さんは仁王立ちで、ゲーム三昧

残り二駅で、悩みつづけて・・・思ったのは、

妊婦さんは、「妊婦さんマーク」をつけてほしいなぁと感じた次第です。

以前、妊婦さんマークをつけて居るのを見ると、妊婦を主張して不愉快と抜かしている奴らが居た。

でも、そうゆう主張をする人、言う人は、基本、席は譲らない。

だからそんな意見には耳を傾ける必要はないと思う。

妊婦だと、主張してないが悪いと?

と感じるのデアル。

この手の人間は、けが人だろうが、妊婦だろうが、障がい者だろうが、押しのけて座ろうとする、こうゆう人は、そういったことをしてテンで恥じない。

20160929初出

20190930削除補正

 

 

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外資系のお姉さまの夢

彼女は、大学を卒業後延々と外資系にご勤務です。

不思議なことに、外国人の上司に英語で怒られても全然、なにも感じないそうです。

あんまりネチネチ云わないし、結構ハッキリ、ココがダメと云われる。

で次のボーナスの査定に響く・・ので、そちらの方が怖い

とはいえ、結構な額をもらっている。

内資の大手企業の部長クラスではないだろうか・・・・。

だから別に多少減っても・・・とはいえ、なんかいも続くと・・・

辞めざるを得なくなるので、ほどほどにしている。

すべてが減点法の内資とはちと違う。

加点はもある。

でも病気になる人は、基本的には精神疾患

来なくなる、いなくなる、失踪する、自殺する

よくあるのが、円形脱毛症。

これが出ると、大体1・2か月で、鬱になるか、辞めるか

鬱なって来なくって、そのまま退社なんてのもざら

競争で、脱落してじゃなくて、自然淘汰される。

そうしていなくなる。

同じ世代で、残っているのは、とりあえずは、サバイバルに成功している人である。

死んでしまう人は、結構、恨みがましい人が多い。

会社の資料室で首を吊った人は、会社に対してものすごく意趣遺恨があった思う。

うわさでは、夜、気が付いて、ぶら下がっているのを見て、警察ではなくて、上司に電話する神経。

ウソかマコトか、

見つけた人が

「資料室で、ぶら下がって死んでる人が居ます、うちの社員です、○✖◎ていう人です。

IDは、○○です。

人事に確認したら、休んでた人とみたですけれど。

どうしましょう。

警察呼ぶ前に連絡しました。」

「なんかおかしくない?」

閑話休題

彼女は、今、市役所、区役所、郵便局のゆるーい職場がいいなぁ。

「生まれ変わったら、ぜーったいに公務員になるわ・・・・・・」

「まあ、その性格だと、結構厳しいけど、えらくなろうと思わなければいいんじゃない?」

「うん、えらくなろうなんて思っても居ないからいい」

「海外旅行に、ふらーと行けるほどサラリーが出ないけどいい?

「うーん、遊びたい気はするけど、おひとり様でいいからあんまり関係ないかなぁ。

ねぇ、ところで、もう10年ぐらいたってね、私が50歳で、あなたが60歳ぐらいで、3月か、4月ぐらいの、ほんの暖かくて、寒い時間もあるような時期にね。

二人で素敵な格好して、オープンカフェでお茶んでみたいなー、て思うの。

あなたは、本読んでて、私は、本読んでるあなた見てるの。

ううん、話し無くていいの。

で途中で、私も本読んで、二人とも話しないの。

そうして、寒くなって来たら、別々に帰るの。

なんか、素敵じゃない?」

まあぁ、僕が生きてたらね。

「時々、話をしてくれるだけでいいのよ。

ちゃんと生きててね。」

はぁ

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あなたは神を信じますか?

最近見かけないが、駅前によく、二人組でスマートでスリムな感じのする金髪碧眼のお兄さんが、若い男性、女性にこんな風に顔をかけていた。

「Can you speak English?」

三十年前である

某駅は再開さえる前の旧態依然とした風景であった。

駅の狭いロータリーは、明治時代に開業した当時のママ。

さすがに乗り合い自動車はいなかった。

たいていの場合は、手を振って逃げる

バカな学生や、英語が使いたくて仕方がない学生は、いろいろ答える。

そうして、絡新婦に捕まった虫みたいに、やたらぼろい家に連れ込まれる。

そうして徐々に、イエス教の一派に感化される・・・

ヒネテイル子(私)なんかは、こう答えていた。

「我不是日本人。

 我來自臺灣。

 我不知道英語,日本語。」

 (私は、日本人ではない。台湾からきました。日本語、英語分かりません。)

 すると、逃げられました。

某友人は捕縛されましたが、数回行って、「もう来ない」と言うと、あしざまに怒られたそうである。

それを聞いて、「戦国時代の宣教師を見習えよ、だから、宗教はつまんねぇ」と感じたのである。

彼らは、「あなたは神を信じますか」(Do you believe in God?)と聞いてくる。

私はとりあえず「信じてる」という

そうするとうれしそうな顔をする。

そのあと、こんなことを言うと顔色が変わる。

「しかし、私は、あなたたちの信じる神を信じてはいない」

 預言者イエスを信じてはいない。

 日本の神は、八百万の神といわれるほど多くの神様がいる。

 八百万の神々は、どこにでもいる。

 神社の中の、雪隠、道路、家々の中、家具の中、どこにでもいる。

 そうして、何尾利益も持たらなさない。

 心の平安さえ与えてはくれない。

 日本の神は、それぞれの心の中に住んでいる。」

 拙い英語で説明すると、ほとんどが嫌な顔をする。

 日本人のイエス教の人は、もうダメである。

 仏教の人は、比較的寛容的であり、認識的には了諾できるレベルであるが、某新興宗教はダメである。

 面白いのは、改革派といわれる、イエス教の人と話をした時に、非常に拒否的な態度を取られたことである。

 神父の説教をショーにしてしまう国もある。

 そうして寄付を集める。

 寄付がないと困るそうである。

 日本の神社だって困るだろう。

 宗教施設は大なり小なり同じ病巣を持っている。

 私は、無神論者である。

 それは、あの世とか、天国、極楽浄土、地獄等を信じないというとスタンスでの無神論者ある。

 狂信的という言葉があるが、貧しい生活は宗教に救いを求める傾向がある。

宗教への逃走、そうして、温かい食事を与えてくれた現世の人間のためにテロに走るのかなという気もする。

 政治の世界で、紅旗党を信じてる人発言を聞いていると、狂信者という言葉を思いだす。

 自分たちの望む世界が何かを提示はしないし、民主主義を否定しながら、民主主義を守れと言う。

 自分たちが政権を取ればその次の瞬間には、民主主義は消滅させるのである。

 良く「共○主義ファシスト」という言葉をぶつけたくなる。

 ナチの政権奪取後の憲法の停止、議会の解散、それと同じように事を運べば、共産主義独裁がまかり通る。

 紅旗党の書記長がどのように選ばれるのかみなさんはご存じだろうか?

 選挙ではない、思想と言う血脈があれは気に入った奴、自分を裏切らない奴を選んで後任にすえる。

 民主的ではない。

 王権神授説ならぬ、地位の思想人授説である。

 つまり彼らは、「共○主義」さえ信じていると標榜すれば、どのような人間でも仲間なのである。

 基本、情実がまかり通り、能力ではなく、党に知人がいかに多いか、党の中枢に近い人と仲がいいか。

 中東で信じている預言者の宗教も、イエス教も、共○主義も精神構造としては同根であり他者を許容しないという点ではいかがなものかという気がする。

それぞれの会派に、

「あなたは、神(天主教でいう神、中東で信じられている神、共○主義教義)を信じていますか?」

と聞けば、答えは同じ「信じています」と答えるだろう。

でも、誰も相手を許容はしない。

宗教(特定の政治思想)は、いろんな世界への参加できる機会均等を破るように思う。

機会の平等が一番大切だと思うのですが。

 

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なんだか、つかれちゃったなぁ

なんだか色んなことにつかれた1週間でした。

仕事の失敗は何とかその場でフォロー・・・事なきを得ましたが・・・自腹が3000円ほど(タクシー代ですが・・・)

うちの小僧さんが、喧嘩して、学校に呼び出されました。

仕事の途中でしたから、18時ごろに学校に行く旨伝えました。

しかし頑張って、早めについたので、子供に聞くと経緯はこんなだった。

文化祭の合唱の練習で教室を移動するので、相手の子に、後ろから、教室移動するように云ったそうである。

しかし無視され、相手はそのまま友達と話し続けたそうである。

そこで、今まで何度も無視されたことがあったので、後ろから背骨を押さえて首をつかんだそうである(なんとゆう恐ろしいことをするのかと戦慄しましたが)。

少々呼吸が苦しくなったので病院へ行ったとのことである。

相手(甲君)の親(乙夫人)は、どう見てもおばあさん、髪の毛の根元は白い、明らかに染めている。

いくつだ?

で、この乙夫人、延々と自分の子供は悪くない。

こちら側に、すべての責任を押し付けてくる。

そこで、私はこう答えた。

物事には、原因があり結果があります。

何もなくて、ただ単にうちの息子が暴力を振るったのであればうちの息子が一方的に悪くどのように批判されても仕方がないと思います。

そうであれば、怒るか、厳しくしつけを直すか頭がおかしいのか疑わないといけません。

(そうゆうとしきりに、叱ったりしないでくださいとしきりに述べるのである。

 裏を返せば、このおばさんはものすごく怒るんだろうなと思った。)

そこで、原因は、甲君が、うちの小僧さんが、教室を移動するからと何度も声を掛けたが無私をしたことが発端だったということを言うと、そんなことは聞いていない。

甲君に、乙夫人は聞き糾す(ききただす)という感じだった。

甲君「無視したわけではなく、よく聞こえなかった、聞こえませんでした」(表現ママ)

乙夫人「それはあなたも悪い」

わたくし、「でも暴力を振るったのはうちの息子ですから申し訳ありません。」というと

「家庭でどうゆう教育をしているのですか・・・・・」と

「暴力を振るった時点で、こちらの方に非がありますので、今後はそういったことがないようによく申し聞かせます。」

「そんないきなりこんなことをして」

「しかしですね、甲さんは、何度も、うちの息子が声を掛けても無視をしていたようです、別日、別の場面で何度も無視をしていたそうですから、そういったことが累積して怒りが爆発したのではないでしょうか?ただ、そうはいっても、暴力を振るった方が悪いわけですから、怒りの蓄積があってもそれを溜まった状態でぶつけるのは良くないです、そいったことがないようによく注意させます。」

「大人でも、無視を何度もされると、怒りがふつふつとわいてくるものではないですか?」

乙夫人

「そんなに無視したの?」(結構口調は厳しい)

甲君

「無視したつもりはありません、聞こえなかっただけだと思います。」(表現ママ)

すると、乙夫人、甲君に向かって

「あなたも、人のいうことを聞かないといけない、そうゆう電波を受信しなければならない」

「アンテナを張り巡らして、ぴピピと、電波を受け止めないといけない」

聞いていた、私と、息子

「デンパ?????????????」

要は、勘の事か???

で、

また戻るのですが、

乙夫人は、「心の傷になったどうしてくれる?論」を、展開したので、ついつい・・・・

私は、こんなことを言った。

「結果論ですが、仕方がなかった」

「そういったことが心に傷になるのは仕方がないのではないでしょうか?」

すると乙夫人

「仕方がないって」「仕方がないってど云うゆうことですか」ときた。

「仕方がないという云い方が気に入らないのであれば、もう少々高尚に、「運命」とでもいいましょうか?。

ここで、うちの息子と、甲さんが出あったのも「運命」。

こうなったことも「運命」ではないです?。

ただ、重大な事故にならなかったことは神に感謝しましょう。

そうして、こうしたことを二度と起こさないように、子供にはよく言い聞かせ、もし、重大な事故となってしまった場合は、それこそ、甲さんの人生も終わりだし、うちの子供の人生も終わりです。

特に故障もなく済んだことは、神に感謝し、これからこうゆうことがないようにお互いに注意する、気を付けることが大切ではないでしょうか?。

子供たいして、何でも、悪い経験は、心の傷と考えるか、良い経験をしたと思うかで大きな差があると思います。

今回の事で、うちの子供が、子の件でクラスの中で疎外され、ハバにされてもそれは、自身の招いたことだからそれは、自分で我慢するべきです。

それについて、甲さんが良心の呵責を受けることはないと思いますし、感じるべきではありません。

ただ、父子家庭のようなウチですから、私は全力でうちの子供を守りますし、ケアします。

その状況を見て、

甲さんが、

「自分の所為で、いじめの対象になってかわいそうだ」ということを、感じて、それを心の傷と感じるのであれば、それは、

「ああいったことをしていじめの対象になるのなら、そういったことはしてはいけない」、

「話に夢中になって周りのいっていることを結果として無視していることになると、痛い目に会ったりすることもある。」

「だったら、そういったことには気お付けよう」

「自分はしないぞ」

という風に、ネガテイブな考え方をするのではなく、「良い経験をした」というように感じさせることの方が大切ではないですか?

そこまではなしたら、納得したようである。

しかし、相手の子は、小柄で、細面で、目、眉も吊り上がっている。

座っていする姿勢は、背筋はピンと伸ばし、膝の上に握った手を置いている。

まるで修身の教科書に出てくるような姿である。

普段の受け答えはどうか知らないが、親の前だからかどうか知らないが、なんだか口調が固く、不思議な感じがした。

その間、うちの小僧さんは、大柄で、少々おデブで・・・・まあ・・・ねえ

子供と歩いて帰るときに、

あのおばさん、「ずーと自分の子供の弁護ばかりしていた」と

「管理したいんだろうねぇ」というと、

「うーんなんか嫌」と云ってましたが・・・

で、1週間が暮れてつかれました。

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今日は、日帰り温泉の旅

うちの子ぞうさんが、土岐の日帰り温泉に行きたいとおっしゃるので・・・ひさひぶりに4か月ぶりぐらい?に、「バーデンパークSOGI」に行って参りました。

行きたいといったのが、10時40分

家を出たのが、11時

着いたのは、12時半・・・・・40キロで一時間半

途中、春日井ICから土岐ICまでは高速で!さっさといこうかと思いましたが・・・・

春日井ICの表示

小牧JCTから多治見IC渋滞10キロ・・・30分・・・・・

19号線を行くことにしました。

多治見市内でも渋滞、アウトレット付近は、危険なので、手前でパス・・・・

出、90分ほどかかりました。

大体、ここへ来ると、サウナでまったりなので、5分を三回、インターバルで入ると、もうヘロヘロ・・・・

小僧さんも・・・あちーと言いながらグロッキーなので・・・出る事に・・・

更衣室で、こぞさん・・鼻血が・・・・で

のぼせたのね・・・休憩

少しお菓子を買って帰ることに・・・・・帰りは、裏道を抜けたので少々早かったですが、途中でものすごく遅いお昼を食べたので・・・・結局2時間かかりました。

家に帰ると、小僧さんのマッサージタイムがございまして(お疲れさまですの感謝の意思表示です・・・かなりうれしい。

マッサージが済むと、二人ともそのまま寝落ち・・・・

起きたら、7時過ぎてました。

27.09.21

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死んでしまった

わたくしの友人が、また一人なくなりました。

日本人ではありません。

わたくし、ある異郷の地でボランティア作業中に、少々けがをしまして。

大した怪我ではなかったので、適当に処置をして、というか、自分で破片を抜いて、自分で縫いました。

医者なんいません。

消毒は、50%のウオッカをかけて、熱湯消毒した針と、絹糸で縫いました。

でも、高熱が出て、アウトかもしれないとお持った時に、ヘリコプターで物資を運んできたパイロット(日本いたことがある人でした)が、僕が寝ていると聞いて、来てくれれました。

様子を悟って、そのまま後方の医療チームの居るキャンプへ運ばれて一命をとりとめました。

命が助かったので感謝すると。

日本へ行ったら京都と奈良に連れていってほしいいわれました。

その後、数年後、ミシガンの彼の生家で1度、逢い、その後は、時々メールのやり取りをしていました。

数日前に、不審なメールが届いたので放置して置いたら、今朝がた、友人の名前でメールが来ましたので、開けると、彼のお父さんからのメールでした。

お友達は、民間会社ではたらいていたのです。

ある場所で、特殊な運送のサービスに従事していましたが、どうも、ヘリコプターが墜されてそのままなくなったそうです。

もう何か月も前の出来事だったそうです。

なんだか、嫌になってしまいました。

自分がお世話になった方は、いつの間にかなくなっている。

さみしい気持ちでいっぱいです。

彼の口癖は、God With youだった。

ほかの人に神様が付いていったら、自分が無防備になるじゃないか?といと

「自分の神様は何時もいるから安心、ついていくのは手の空いた神様、天使だと思えばいい」

と笑いっていっていた。

煙草を吸わないのにラッキーストライクをいつも持っていた。

中東の青い空に漂っているのだろうか?

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一年はふりかえらないといけないのか?

テレビをつけても詰まんないので、古い映画なんかを見ています。

昨日は、今日は椿三十郎、用心棒、犬神家の一族、病院坂の首くくり、獄門島、炎上

日本映画ばかり…目が疲れました、昨日買った目薬が行方不明・・・・ダメだなぁ

テレビを基本的には見ない。

朝も、BS1の海外ニュースしか見ない。

夜もニュースしか見ない。

バラエティは、子供が小さいときには一緒にみていいたが、最近は見ない。

年末なので、ここ数日は、2014年を振り返る的な番組が多い・・・・

報道特集も昔は見ていたが、最近は、コメンテーターがバカに見えるからダメ。

偉そうには見えるが、実際は、ただのその日暮らしの文筆業の人もいるし、そうでない人もいるが、基本的には、自分の気持ち、意見を民意?だといっている。

ここ数日、本当に見る番組がないと思う。

閑話休題

1年を振り返ると

1月から6月までは、最低でした。

上司は、ダメな人で、「多くの人があの人はでダメだから」という人・・でしたから、精神的につらかった。

このような人が幹部職員でいることはダメな組織と認識したが、宮仕えなので仕方がない。

ついでに、この時の副支店長は、デブで、出っ歯で、人相が悪い、不摂生の塊のような者であった。

みんなから言わせれば、実務を知らないから机上の空論を述べているだけだという。

そのような方でも、時々、昇進昇格するためのときどき実務畑に降りてくる。

その方は、成績が悪いと怒るが、一般的に成績は良かった。

悪かったのは、不良債権の切り捨てができなかったことだ。

他の支店では、不良債権の切り捨てで成績を上げる。

この副支店長は、「不良債権の切り捨ては嫌いだ」と公言してやまない。

だから、不良債権の棚上げ、切り捨てには厳しい。

不良債権の切り捨ても金額によって調査項目に差がある。

金額基準というやつである。

当然、一般担当の少額事案でさえ、副支店長決裁事案に該当すると、みんな決裁を上げない、だって、つまんに事をつこまれますから。

時間を取られたくない気がするので、当然のように敬遠する。

自分の場合は、それこそ特殊事案の担当ですから、支店長の決裁が必要になります。

おととしの12月に、事前審査(私は出席できなかったせいもあるが、バカ上司が全く説明ができず)で、落とされ・・・・全然意味のないというか関係のない項目の調査を指示て、しかも、自分が指示された内容と、バカ上司、審理担当の指示された内容に相違がある。

そうして、3月中旬再び事前審査にあげると、まったく予想以外の質問(全然関係がないような質問)をしてきた。

もう、こん決裁を上げるのをやめてやろうかと思ったぐらいである。

ところが、重要審議会の日程はとってあるが、審議会にあげる事案がなくなるので、副支店長は困ったらしい。

何とかならんかというので、1日の調査でなんとかしました・・・(普通は、ムリというような調査でしたが・・・)朝から、晩まではしりまわって、頭を下げて何とかして1日でまとめましたが・・・・

別段、お褒めの言葉なく、「○○(呼び捨て)ならできると思った」とか言いながらである。

しかも正論めいたことを吐くのが当然様に述べる、このおじさん、知性のかけらもないような面体です。

この方は、ある内部試験に合格して、成績が良かったので主務課という系統に行きました。

その系統の者は、基本的に実務は関係がない。

実務は、若いころの数年と、指導担当で回った2年ほど。

本店で、総務、人事やらの本来は、下働きである部所が、妙な権力を握っている。

昇進するためには、そこを経由しなければならないという変な慣行がある。

社会的には、よく言うのは「適材適所」ということを言う。

大手の会社でもよくそんなことを聞くが、たいていの場合、人事の考えることは、「不適材不適所」なことが多い、理由は、次のポストを考えると、ここに就けないといけない。そういった判断基準での人事が横行というか、慣例化している。

つまりは、不適材不適所が日常化している。

最近の本店は、一時期採用を減らいした所為で、若いものは全部とは云わないが、ほとんどが本店へ行く。

しかも、主務課では、即戦力な大卒は引く手あまたである。

大学卒以外の者は、本店の実働部隊へ行く・・・

現場は…30代から40代前半ぐらいの者がいない。

ダメな人は、本店から追い出される、だって、仕事できないもん。

でも降格もなくその地位に残り続けて、ぐるぐると支店をまわる。

なぜそうした人が残るのかと云えば、法律の定めるところを悪用しているとしか言いようがない。

それに、人事は順ぐりで、一度コースにのりさいすれば、あとは、余程の失敗がなくても、ある程度そのまま進んでいくととである、それに、出生頭にした者は、特にそのコースから外さない、大体、当初の予定からは少々落ちても、主幹支店の支店長で終わる。

そうした人は、そのまま流れていくが、部下職員してみれば迷惑この上がない。

ある人は、寮の管理人を兼任した、慣例で、兼任すると、次は、どこどこと決まっていて、能力は皆無にもかかわらず、部の統括責任者になったりする。

そうして、無能だとわかってるし、支店長から無能で、クズのような人間と評価されているので、次の昇格はないが、同じように小規模な支店の部門の統括責任小者を歴任する。

ある時、重要審議会に、この人は出ることができなくなった。

なぜかといえば、支店長から質問にことごとく答えられず、出入り禁止になった。

おまけに、業界団体の担当者(私の後任だったが)は、本店に勤務したことが1回あることをはなに掛けたプラドが高いおじさんだった。

業界団体のお願い事項を、このダメな上司にあげる。

主幹所からの指示事項もダメな上司にあげる。

上司は、支店長室に出入り禁止なので、情報がつたわらない。

時々、業界団体の指導官が主幹支店からくると、情報が伝わっておらず、支店長が怒るという悪循環・・・・

間抜けな後任者がおこられるの見てて楽しかった(ゲスナ感覚ですが)が。

自分は、そこの系統に、期限付きで出向していた。

取りまとめの課長の評価が低いので、その系統では、その年の転勤者で栄転者は誰もいなかった。

評価の良かった系統は、転勤者ほぼ全員が栄転だった・・・

ちなみに、この支店長は無理難題を通すのと、えこひいきが激しい人だったが・・・・

この支店長は、人事にも顔が利いたのでようけいにそうだったような気がする。

課長になれない人(自分の指導担当だった)がいた。

能力的のも素晴らしいひとだった。

この支店長の力をもってしても、この人(本店の厚生部門にいたときに人事上の「✖」のがついた人)を課長にすることはできなかった。

こう書いてみて、自分も無理だな…と納得しようと思う気持ちが2014年を振り返って思うことかなぁ・・・・・・

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つまらない?ことでしょうか?

先日、部屋の掃除を思い立ってしました。

すると、10数年ほど前の友人年賀状が出てきました。
銅像の前でポーズを取るなんとなくお茶目な姿です。
見ていたら、涙が出てきた。
彼は、糖尿で、後に、膝から下を切断、義足となり、数年前に、あるイベント会場で倒れてそのまま亡くなったからです。
何回か書いた友人の一人です。
その姿は、20代後半のもでした、黒いサングラスで、Vサイン。
この頃も太っていました。
大学時代に表参道で待ち合わせをしたときに、喫茶店(今風なら、CAFEと書くべきですが、昭和だったので、喫茶店です。www)で、雑談をしながら、ケーキセットを頼むと、3回もセットを食べたのには驚いたことを思い出したりもした。
なくなってからは、訪れては居ないが、志村の家はどうなったのか?、墓はどこにあるのか?
興味は沸くが、いかんせん、東京は遠い。
友人、会いたい人もいる、恩師にも会っておきたい、向こうの年齢を考えると会って置かないともう会えないのかという気がする。
銀座の店もずいぶんと無くなったようである。
数年前、ピルゼンに行こうかと思ったら・・・もうなかった。
ビールも飲めないよなうな体質になってしまったが、友達と行き、ちびちびと飲んで食べるのか好きだった。
ピルゼンの酢漬けのキャベツは、絶品だった。
ドイツで食べたものに似た感じのする唯一の店だった。
ルパンも、前のマスターは引退していたし・・・・
雰囲気はよいのだが、なんか少ししっくりこなかった。
新橋の「ミュンヘン」の無くなっていた
靴磨きのおじさんもいなくなっていた。
バブルのころ、絵を書いていて、それを、銀座いの画廊で展示販売するようになったといっていた。
この人が、磨くと、本当にきれいだった。
薄皮が張られたような感覚がよかった。
この靴磨きのおじさん、嘘か真か、元自衛官で、北海道で妻子を事故で亡くして厭世感にさいなまれて、東京へ出てきたと言っていた。
自衛官の認識番号をすらすらといったので少々驚いた。
ある日、表彰があり、白い一張羅の着ていくと、「何だ、あんた・・・・○○だったんだといわれた、それなら、いっそう磨かないとね」といって、エナメルでもないのエナメルのように磨きこんでくれた。
簡易宿泊所に住んで、道具は、鉄製の箱に入れて、鍵をかけて、植え込みに置いていた。
どうしたかな?と思う。
私自身は、人の流れが速くて、東京の生活にはなじめなかった。
再就職のときに、中央へ来るか?といわれたこともあったが、固辞した。
ここでは、生きてはいけないと思った。
閑話休題
おもいでの旅路
東京駅を降りて、板橋区へ向かう。
志村坂上の駅から、友人宅まで歩く。
地下鉄を上る、道路を挟んだ中華料理屋が見える。
友人の父上と友人の食事をしたのは、20年以上前のことだ。
八百屋の路地を抜けて、東京光学の付近を抜ける、高低差のある公園を抜ける。
長い坂をおりきると、友人お家が見えた。
20数年通ったが、風景に変わりはなかった。
もう二度と行くことはないと思うが、こころにとめておきたい。

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ある記憶について

最近通勤の中で、イケメンが片耳にピアスをしていた。

大学の同級生3人組の内の一人は、ほかの二人が同じ講義に出ている可愛い子の話題で盛り上がっていたのですが、ピアスのお兄ちゃんは興味がなさそうでした。

この雰囲気とピアスの姿を見て、数十年前にいた某知人のことを思い出した。

彼は、いわゆる都市銀行勤務の古い言い方をするとエリート行員といった感じの人でした。

彼は、年に割には、老けていなくて、しょうゆ顔ぽい(フル!!・・い 表現ですいません)イケメンでした。

知り合ったのは、町のカメラ屋さんの主催の撮影会。

いい男ですがなんか少々、取り付く島がない感じがしてましたが、時々、古いカメラを使っていたのでお互いに興味シンシンデシタ。

小生は、ものすごく元気なときは、八ッセル、コニカフレックス、ゼンザブロニカとかの重くて使いにくいものを、元気なときは、ContaxⅠ型、Ⅱ型望遠と、広角の少々重めのものを、サブで、京セラCONTAX T2、少々お疲れのときは、ライカのⅡ、ⅢFに、標準、広角を持参してました。

彼は、二眼レフが好きなようで、ローライフレックス、コードを使ってました。

国産のよくわからない二眼レフをたくさん集めてました。

あるとき、ほかの友人と御嶽山の撮影に行く話しをしたら一緒に行きたいという。

友人に聞くと別にいいよというので初夏の御岳(7月の頭でしたねぇ)に、撮影といいつつも登るんですが、スーパーシックスとライカを持参で行きました。

フイルムは、6×6判を20本、リバーサルを40本・・・金曜夜出て、夜中について夜明け前から登山を開始して、ご来光を撮り、ちまちまと写真を撮っていると、かの銀行員・・の顔の辺りで、時々、太陽光に反射した光で、ちかちか反射しているものが見えた。

光っていたのは耳の小さなピアスでした。

何で、ピアス?と思いつつ・・・その夜は、野営・・・・体拭いて、簡易コンロでコーヒー飲んで寝るた。

朝は濃い霧でしたが、その中でも延々と撮影をして、正午には、御岳信仰のかたがたを尻目に、おりていきまして、温泉宿で1泊・・・。

かの銀行員さんが風呂に行っている間に、友人がこんなことを言い出した。

「あの人は、どうゆう関係の人?」

「カメラ屋の近くにある社宅人住んでる人で、友達というか知り合かな?、二眼レフ好きで、今の一眼も使う人だけど・・・」

「家族はいるのか?」

「知らないけど、奥さんは死別らしいよ」

「そうか・・・」

「なんだよう・・・」

「耳にピアスしてるだろう」

「昨日からしてるねぇ・・いつもしてないと思うけど」

「あれなんだと思う?」

「さあ、何か意味があるの?」

「うん」

「なんだょう・・・」

「たぶん・・・」

「たぶん?女装趣味?」

「いや」

「なに?」

「ゲイだと思う」

「ゲイ?(そのころよく知りませんでしたので・・)、なんだそら?」

「ホモだな」

「えー・・・そうなの?、耳にピアスで???」

「たぶんね・・・お前、そっちの趣味ないよな?」

「ナイナイナイ・・彼女いるし・・・女の子好きだもん」

「そうだよなぁ・・女好きだとは思う・・仲良くなるのうまいもんなぁ・・」

「へへへ・・・」

「迫られたことある?」

「ないけど、体触られたことはある」

「どこ?」

「背中、腕」

「拭いて貰ったことがある。」

「うーん危ないかもしれない・・・」

「そうかなぁ」(この辺が危機感がない・・)

で、特にそのときは何もなかった。

帰宅後は、その時の写真を現像して見せたりしていましたが、時に何もありませんでした。

何回かカメラ屋さんで逢っても二言三言言葉を交わす程度で、壊れたような、二眼レフを3台ほど部品撮りで差し上げた事がありました。

そのうち、通勤経路が変わりそのカメラ屋さんへ行くことも少なくなっていました。

あるとき、久々にたずねると、カメラ屋の店主が、預かり物があるからといわれて、聞くと件の銀行員からで、「二眼レフのお礼」と書いてあり、ペンタコン(戦後の東ドイツに残ったコンタックス)の一眼レフのセットでした。

聞くと、東京の支店へ転勤になるときに持ってきたそうです。

お礼を言おうと、支店に電話をすると、支店長さんでした・・・若いのに・・

お礼を言うと・・「こちらこそ、いただいた二眼レフのおかげで、2台生き返りました」と

それで後は、社交辞令で終わりました。

その後、東京在住のころ、銀座の路上でばったり会いましてびっくりしました。

彼は、1年前に銀行を辞めて、再就職をしたとのこと。

住まいは、都内のマンションとのことで・・少々うらやましい気がしました。

別の日に逢うことになりましたが、新宿がいいというので行くと、三丁目へ

三丁目のその手の店に連れて行かれました。

どきどきしていると、彼は、「この人ノン気だからてぇだしちゃだぁめぇよ」と聞きなれない口調と音程で話をしてました。

「銀行員やめたから、こうして自由にできるの」といわれましたが・・・

僕は、お茶飲んで帰りましたが、彼は、「山へ行ったときに、ピアスしたのは意思表示だったの」と少々・・絡みつく視線と口調で言われました。

残念ながらというか、そちらではないので、彼の魅力は全然わかりませんでしたが・・・三丁目のバァーの店主いわく、「なかなかいい人よ」と・・・

で、電車の中で見たピアスのお兄さんを見て、雰囲気似てるけど・・ピアスもあるけど・・・ゲイなのかなぁと・・・・悩んでました。

もともと、他人のそういった嗜好には興味がない。

それに・・・ゲイだろうがレズだろうが、個人の嗜好の問題というか興味だと思うので、自分に関係がなければ、いいとか悪いとかさえ思わない。

知り合いのゴスロリの子は、まんま、レズで、年上のお姉さんと住んでいる、子供は養子をもらって、その人と育てているが、彼女も、そのお姉さんも、養子の子も、普段は別段普通の子だと思う。

少々、養子の子は、悩んだようだが・・・お悩み相談で、話をしたことがあるので彼女たちのことは理解して、今でも仲のよい親子ではいる。

大体、性向嗜好で差別的なことを考えるのはすきではない。

(ちなみに、ナチの考えでは、性的嗜好の関係は、強制収容所(強制労働)行きか、絶滅収容所(即昇天組)行きでした。)

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不安

不安の足音は近いようで遠い、遠いようで近い。

忘れた頃に、目の前に居たりする。

覚えていないといけないと思うときには、遠くへ行く。

よく、いろんなものを捨て去れば不安はなくなるというが、渇望を消せということだろうか?

死老病苦いろんな言い方があるが、この言葉の潜む不安から逃れる事ができる者は居ない。

生まれたその日から、この四文字は迫っている。

しかし、知らないという事は、気にしないということだ。

この知らないということは、渇望さえ生まないという事になる。

「私は、知らないという事知っている」

私は、知らないという事があることが実はキライである。

死が何か、老化とは、病気になる、苦しむという事は何か?

経験できれば判る代物ではない。

死んだら終わりだと思う。

宗教的には、死後の世界とかいのうであるが、宗教のいうところの死後の世界は「生きている人のため」の世界でしかない(異論はあろうが、私はそう思っている。)。

老化は、日々差し迫っている。

大体、ジジイになるとの認識は大きい。

病気は、いくつもしているのでさほど驚かない。

5歳のとき、今晩が峠ですという言葉を枕頭で聴いたことがある。

両親の落胆した、深いため息を聞いた。

峠とは?幼いながらに考えた。

後日、辞書を引いて意味を知った。

その病気は完治するのには、何年も掛かるといわれて、事実、ほほ7年を要した。

おかげで、ものすごく貴重な抗体を持っている子供として医者へ行くたびに血を抜かれた。

交通事故で瀕死の重傷を負ったこともある。

だからという訳ではないが、体調には気と配っている。

苦、苦労、苦難いい感じの言葉でないが、なんとなく、昇華するような面もあるような気がする。

反意語的である。

苦難の末に・・・とかである。

いろんな苦労(苦労らしい苦労ではないとの意見もあるかもしれないが)があったことと、親の教えで、困っている人がいたら助けてあげられるのなら助けてあげなさいという言葉が、実は、身にしみて居る。

情けは人のためならずという人が居るが、そういう事をいう人は自分が助けると損をするぐらいの気持ちで居るような気がする。

「裏の木戸は開いている」という小説がある。

その中で、一家心中をした桶職人の一家について、「金を貸してくれといえば貸してやったものを」という場面がある。

主人公は、「こういう事をいう人たちは、貸してくれと頼みに来たら貸しはしない」と云って憤り、裏の木戸の奥に銭箱を置いて、困った人が勝手に借りに来て、勝手に返していくという事を始める。

その話を、最初に読んだのは、もう、30年近く前の事である。

知り合いの婦人に、「読んでみなさい」と云われ、感想を聞かせてねといわれたので、しぶしぶ読んだ覚えがある。

読んでみて、実は、涙が出たことを覚えている。

何処でどう思ったのか判らないが泣いていた。

そうして、その婦人にそのことを云うと、「あなたならわかると思ったから読んで欲しかったの」といわれた。

「そんな人になるれるといいね」といってくださいました。

彼女は、「困っている人はそれぞれ事情があるの、でも、その困っている事を言えない人がものすごく多いと思うの、誰かに助けて、て、云いたくても言えない人も居るから、声なき声が聞こえて、少しでも助けてあげる事が出来る人になれるといいね」とも云ってくれた。

反芻するが、そんな人になれたとは思わない、せいぜい、少し困っている人を助けたりするのが関の山である。

親切にして裏切られたこともあるので、親切は、損だとおもった事もある。

親切を、仇で返されたといいう人もいる。

しかし、見返りを求めてはいけない気がする。

打算的なことも、人間らしくていいのかもしれない。

以前、清貧とという言葉が流行った。

清貧なんてぇのは、金持ちの道楽で、清貧ぶるが流行っただけで、言葉のお遊びだと思う。

貧しく美しくとは無理な話である。

うそっぽい言葉にだまされたくはない気がしていいる。

そんなことをぐるぐると考えている事が多い。

友人には、こんな事を書いているのを読むと、大丈夫か?といわれる。

ここ数週間は、人の罪とは、人の為に自分の命を投げ出す事が出来るのか?

という、ものすごく哲学的というか宗教的な命題に思い悩んでいる、つまらない思いに悩んでいる事が多いのである。

そんなことを考えていたら、ふと、彼女の事を思い出した。

ぜひ逢って、聞いてみたいと思った。

「あなたが望んでくれた、そんな人に少しでも近づいていますか?」と・・・・

なんと答えてくれるのか?

時々、とはいえ、5年とか、10年とかの単位で、逢いたいと思うと不思議と逢える人だったので、もしかしたら逢えるかな?という淡い期待を持ってここ数日送っていた。

しかし、彼女には、二度会えないこと、そうして、その口から、その質問への回答を永遠に聞けないことが今日わかった。

また一人逢えなくなった。

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