岐阜県警さん、もう少し何とかしてほしい

 岐阜県というか、岐阜市内でも、羽島であろうが、大垣であろうが信号のない横断歩道を渡るときに本当に危ないと感じることが多い。

 普通の信号がある交差点も危ない。

 青で渡っていると、右折左折の車は、歩行者などお構いなしに来る。

 信号のない横断歩道で待っていても、ほぼ止まってくれない。

 大体、1週間に1度ぐらい、会社の名前入りのカローラバン(仮称)は止まってくれる。

 横断歩道で、1回待つ間…クルマ通行が無くなるのを待つ間、連続してくるので、左右で大体20台前後は通過する。

 先日も、数えてみた。

 サンプル 1月中の連続した5日間(月から金)

交差点

 信号のない、22か所、一日4.4平か所

 信号のあ(押しボタン式含む)、16か所、一日平均3.2か所

通過した車両数

 信号のない交差点 550台 1回平均25台(左右通行)

 信号のある交差点 54台 1回平均3.3台

場所

 岐阜市、大垣市、羽島市、各務原市、瑞穂市、本巣市、瑞浪市、岐南町、笠松町、旧川島町 

止まってくれた者

 5日間で、停車してくれた車。

 信号のない交差点

 2台(岐阜ナンバーで、建設会社と、PC関係の会社)

 (一日で連続して止まってくれた。)

 ひどい奴は、信号のあるなしにかかわらず交差点で、横断中の歩行者の前をすり抜ける。

 岐阜市内の問屋の配送中のトラックは、ほぼ毎回、横断中の歩行者がいるのにもかかかわらず前を横切る。

 溝畑神社の近くですがね。

 大体大きな交差点でも、歩行者が歩いていても、平気で前を横切る。

 岐阜駅周辺部は時にひどい。

 岐阜駅から名鉄岐阜駅につながる交差点は、歩行者が多いので注意しているのだろうかキチンと止まる人が多い。

 でも、多くの場合は基本的に止まらない。

 生粋の岐阜市民からも、誰も止まらないという事はよく聞く。

 路駐は減ったが、幹線道路に平気で止める奴がまだいたりする。

 岐阜市内では、歩行者が気を付けて避けている。

 岐阜県の横断歩道では、車が王様で、歩行者優先なんてなんてなんのそのである。

 見ていた気が付いたのは、まず爺さん婆さん止まらない。

 枯葉マークがついていると、止まるという事を知らないように走る。

 おまけにマナーは最低。

 40代以上と思しき人々は、横断歩道で、歩行者がいたら止まるという事を知らないようである。 

 初老の夫婦連れも止まらない。

 郡部へ行くと、軽トラの爺さん婆さんは100%止まらない。

 一時停止は守らない、最初に交差点に進入した方が優先・・・

 信号赤でも止まらない。

 黄色でも平気で突っ込む(これは愛知県でもよくある。ワゴン車に多い。)

 スマホをいじりつつ運転してるおっさん、おばさんが多すぎる。

 人の少ない地域は、横断歩道を人が歩いているという前提で運転していない。

 右折車は、横断歩道の通行者を見ていない。

 旧川島町では、横断中に突っ込まれてあわや跳ねられそうになった。

 夕方、はひどい。

 車が止まらないは、交通安全指導が適切ではないような気がする。

 以前、信号のない横断歩道で子供が立っていたので止まると後ろのトラックは急ブレーキで止まったのルームミラーでを見てビビったこともある。

 (現に友人は、追突されて車が全損という人もいる。)

 その時は、反対車線の車列は、こちらが止まっているのが見え、かつ、子供が待っているのが見えても10数台過ぎて行った。…反対車線のクルマが居なくなるまで子供と私は待っていた。

 公開している警察の締まり情報で、信号交差点の取り締まりをおこなっいるのは、各務原警察ぐらいである。

 長良川の堤防で、相も変わらずネズミ捕りをやっているが、いい加減に、歩行者の保護を目的とした交通取り締まりをして欲しいものである。

 どうも、岐阜県のボタン式の信号機は、歩行者を優先するより、車を優先している節がある。

 ボタン式の横断歩道で、ボタンを押してからの待ち時間が60秒から90秒ほどあるところが多い。

 数か月に1度ぐらい、30秒も待たないで替わることもあるが、ほぼ1分以上待つことになる。

 制御系の設定が悪いのかどうかわからないが、総じて長い。

 イライラする。

 加納城の南の道は、夕方大渋滞するがこれも、南北への交通を優先しすぎるためであろう。

 もう少し何とかならんかなぁと思う。

 

 

 

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児童相談所の対応について

児童相談所、小学校の対応に怒りの目を向ける報道や意見が非常に多い。

いつも思うのだが、自分がその立場だったら本当に自分が主張して止まないような主張を、その人間の前でできますか?

と聞いてみたい。

児童相談所でも、学校の先生でも、普通で考えれば、クラスのトップクラスの成績だった人が大学等をでて、就職している場合が多いであろう。

そういった人は、基本的に暴力には耐性がない。

強そうな体育の教師でも、体力はありそうであるが、運動部系の扱(しご)きや、上下関係の厳しいところはあるであろう。

武道系でも、ケンカ慣れした者には勝てないこともある。

それはルールがないからである。

所詮は、体育というルールありのカテゴリーの中でのぬるま湯的な活動によりできた身体機能であるから、ルールのない暴力には耐性がない。

つまりは、やくざ者が、怒鳴りながら、目の前で文句を言ったら・・・・あなた耐えられますか?

机をたたきながら、恫喝されたら耐えられますか?

みんな逃げてしまい、自分が矢面に立たされたら・・・自分が偉そうに述べていることをそのまま主張できますか?

出来るという人は、頑張って下さいとってやりたい。

今の私なら、即、上司に任せて逃げる

ケガしたくないもの。

ある仕事で、半分やくざの総会屋に絡まれたことがある。

残業を終わって帰りかけると、無灯の車がゆっくり追いかけてくる。

これ見世がしに、後ろからついてくる。

ちなみに、偉そうに組織論をぶつ人たちは、その旨を伝えたら、気のせいだろうと言って逃げた。

たまたまその時の庶務課長が、警察に顔が利いたので、相談して対策を講じて、こちらはこちらの仕事をいわゆる粛々と進めたら、脅しはほどなく終わった。

正直言って生きた心地はしなかった。

子供は小さかったのでもうドキドキだった。

そこで、恐怖に負けそうであった、それは何とか耐えるレベルだった。

しかし、目の前で怒鳴る人がいてもこちらに手を出す可能性は非常に低いと思っていいるので、あまり怖いと思ったことがない。

でも、同僚に、怖くないですか?

と聞かれることが多かったけれど、なんとなくネジが取れているので、来てるんだから説得できると踏んでいるから対応できる。

これも場数を踏んだおかげであるが、最初は怖かった、正直言って、逃げたかったけれども、耐えることを覚えて、反論する術を知ってからは強く出られてもあまり気にならなくなった。

現実問題として、児童相談所や、小学校の先生は、対応方法もわからないような状態で、暴力的に対応されたら、目の前の自分の恐怖を取りのぞく「最短の方法」を取ったことをあまり批判的に眺めることができない。

職業倫理が、欠けていると主張するのは簡単である。

でも職場で、その手の人が来た場合の対応方法をちゃんと教育していなかった、対応ができない人が応答した点は、批判すべきである。

児童相談所と警察が組み合わさってうまく運用したら、机上の空論を偉そうに云うのは、もう少し、現実を見てからものを云えよと言ってやりたい。

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名簿の管理など

 先日ある問題が発生した、と云うか非常に危険な状態にあることに気が付いた。

 職場の研修で、個人の名簿の取り扱いについての危険性を教示されたのである。

 現在は、基本的に個人の名簿の収集はほぼ困難である。

 小学校でも名簿を配らない。

 中学高校でも配らない

 親の職業を各欄もない。

 余分な情報を持つ気がないということである。

 承諾を得て、採取しても、適正に管理、利用することしか認められていない。

 同意を得ても、勝手に二次利用はしてはいけないことになっている。

 本来の使用目的から外れた使用はダメという事である

 適正に管理と云いながら・・・本体が集めた名簿を、撮影して個人のPCで管理してるというような状況はダメである。

 ちょっとした懸念があったので、持っているのであれば抹消するように伝えた。

 いわれた方は非常に不満そうであった。

 定年退職した人の意識は、退職時で止まっていることが多い。

 その人もその類である。

 最近こんなことがあった。

 ある自動車の集まりで問題が起きた。

 ちなみに、私の直接間接的に関与するイベントではない。

 毎月1回の開催である

 誰が来てもいい、時間内ならいつ来てもいいし、いつ帰ってもいいのである

 昔のオハミカみたいなものである。

 新年早々、問題が起きたそうである。

 現地に行った友人が苦々しく状況を教えてくれた。

 ちなみに私は、2回ほど行った。

 友人が病気だったので、そこには来ているという情報があったからである。

 でも、2回行って、普通の車では行ってはいけない雰囲気があるので、辟易したのである。

 だから、2回でやめた。

 新年早々の集まりは、荒れたそうである。

 いわゆる、変な張りぼてモード、大音響のエンジン音をまき散らす車、会場に入れなくて路駐、通路に止める・・・駐車場内の通路に止める、自己中止的な行動が目立った。

要は、参加者にも迷惑だし、近隣住民してみおたら迷惑この上ないという事になる。

 主催者が、くぎを刺したので、今月は無事だったようであるが、そのうち、そういった集まり がなくなる可能性もある。

 「オハミカ」も、一部の人の野放図な行動で、駐車場自体が使えなくなり、集まりがなくなった

 野放図に拡大を許すととんでもないことになる。

 誰かれなく声をかける

 結果、規模は大きくなるが、無責任体制が横行する

 先日、名簿の話と合わせて、クラブの会員で定年退職した者が集まって作ったツーリングクラブを廃止した。

 それは、あるクラブの支部の下部組織として設立を許可したものであった。

 これは、定年退職後の無聊を慰めるために平日のツーリングを行うクラブということであったから、少数の人間の小規模の会との認識であった。

 其の退職者の会の発案者には以下のように伝えた。

 私自身は参加できないので、特段管理もしないし、きっちり報告をしなくてもよい。

 退職者の会の責任者を決めてください。

 ツーリングの内容は事後でも事前でもある掲示板に乗せてください。

 それで報告としてください。

 交通安全を順守

 交通規則を厳守してください

 と指示をしての承認であった。

 最初は、OBのみの参加であった

 しかし、前にも書いた通り、ある人は、誰彼なく声をかけて参加者を募る。

 別の人も、誰彼なく誘う。

 募集に、名簿を使ったかどうかはわからない。

 最初10人ぐらいだったのがいつの間30人近くになっていた。

 聴けば、軽自動車で参加していた者は、ハイスピードについていけないので、スポーツタイプの車に買い替えた。

 どうも、一般道をかなりのハイスピードで走行していることも分かった。

 皆さんで、遠方へバスを借りて見学にも行ったようである。

 バスには、会の名称を堂々と載せてである。

 行動は断片的な記載で分かる程度である。

 見ていると、いろんな行動が、エスカレート気味に見えた。

 先日まで、最初に申し渡した、会の責任者は決まったのか決めなかったのか、待ったくその件に関する連絡はなかった。

 毎月のツーリングの行き先、道順を決める幹事はいても、責任者はいない

 報告もない。

 断片的に、SNSに記事が載る。

 おまけに、参加者の一部は、参加資格を定めた飲み会に無理やり来ようとする。

 担当者が断ると、当日になって、参加できないかと云ってくる

 ついでに、その退職者の会の連中に連絡して、参加できるといっているといって無理やり参加しようとするのである。

 つまりは、その会の連中は、仲間ならいいでしょうという、ルール無視を是認する傾向があった。

 ある人から、ここ1・2年は、会の体質が変わったから参加しないとも聞いた。

 参加者が増えて、実態がわからない団体を管理するのは不可能である。

 また、一般道を10台以上連ねて走るのは危険を伴う。

 そのうち、事故でも起こされて、会の運営責任者はお前だろうといわれるのは困るのである、上部団体も困るのである。

 名簿の管理も同じで、責任を追及されたら困るのである。

 上部団体は説明したら、名簿の管理は一歩誤ると団体が吹っ飛ぶ可能性を秘めていることを理解したようで、こちらの方針には、賛成をしてもらった。

 時代錯誤的で困る人がいるのは確かである。

 「コントロールされない努力」をしているのを見ていると、何を考えているのかわからないという気がする。

 一部、関係者からは、問題行動が多いとの指摘もある。

 余り事を荒立てたくない気はしている。

 ただ今回の事で、正論そうに見えて実は、良く居るクレーマー的な事を云ったのが居いた。

 やっぱりなという気がした。

 ほんの少しの共通点を捉えて、さも関係があるように主張した。

 これは条件も違えば、内容もぜんぜん違うし、事実関係もぜんぜんわからない事・・・

 つまりは、現在話し合われている事とは、ほとんど関係ないことを引き合いに出して、否定をしようととした。

 クレーマーの、「誰れだれは、同じことをやっても挙げられなかった、捕まらなかった」

 「みんなやっている」

という主張と同じである。

 誰だれを聞くとはぐらかすのである。

 大体、その人は、一昨年前の大きなトラブルの原因を呼び込んだ主犯の一人であった。

 トラブルの原因が来る可能性を知りながら・・・・報告もなく、問題が起こった後も、反省の色もなく、

当然の様に謝罪はなく自己弁護と、

 よく無責任な人が云う、

 「そんなことをするとは思わなかった」

 「あんなことをするとは思わなかった」

 と言って、自身の責任を逃れて、トラブルを起こした人間にすべてをおっかぶせて逃げたのである。

 困った人である。

 ちなみに、うちのツーリングはよく来て8台である。

 年寄りが多いので、平均速度は遅い、大体ヨタでは、FUN TO DRIVE程度である。

 そのレベルのツーリングと思い込んでいたら、どうも、そうではないことが分かった。

 だから、廃止しました。

 名簿の事を考えてい居た時に、ある人が、○○周年記念のイベントのお手伝いをといってきたことも思い出した。

 友人の紹介だったので快諾した。

 ある場所で面談した。

 あって早々、事前予告もなくツーリング参加者の名簿を出といってきた。

 これを聞いて、事前に聞いていれば、参加者から連絡先の交付の許可をもらう術もあっが、いきなり言われては教えることはできないと伝えて、完全に拒否したのである。

 この様な、非常識な請求を今どきするのが居るのには驚いたが、社内のコンプライアンスはどうなっているのか?

 と疑問に思い、その会社のある人を通して聞いてみた。

 すると、当人は、法令順守をする気迫の薄い人、身勝手、政治的な動きをする、最後は期限付きで殿さまだったからその感覚が抜けてない、いつまでのも現役のような気分で、現役の社員の接するといった言葉が聞こえてきた。

 社内では、法令順守の研修はおこなっているし、ある一定以上の職責のある者には別途研修をしていると聞いた。

 そうして、苦々しく、ついでに、都合が悪いと逃げる人という回答が来た。

 これは、やばい人だなぁと思った。

 すると、この人(定年退職して暇なんだろうが)は、平日の昼間、仕事中に平気で電話をかけてくるのである。

 つまりは、自分は、退職者で今かもしれないが、私は現役で働いている。

 働いている人に、仕事の話でもない、趣味のどうでもいい話をしてくる。

 この時点で、常識が欠如しているという事になる。

 こんな奴に、名簿の内容をもらしたらどうなるのかと思うと、空恐ろしいと思った。

 ついでに、うちの関係では、名簿の二次利用や、流出があったのかと聞かれたのである。

 こちらの回答は、

 「管理している本人がないといえばない状況で、そのような事実関係があったかなかったのの確認をする術がない」

 つまりは、何ら管理をすることができない状況と伝えた。

 この状態は、ダメだろうと・・・

 そこで、これからは、名簿の管理をどうするのかを話し合う必要が出てきた。

 名簿を利用して、DM(ダイレクトメール)を送ることも最初から想定したいない。

 ある人は、参加者に次回の案内を送ったらどうですか?

と主張していた。

 その人は、会社では見本市のようなものでは、DMを送っていたと述べた。

 しかし、考えててみろよ、会社は、利益を見込むから経費を出すのである。

 経費を使い、利益を受けるための前駆的というか、投資として行うのである。

 内のクラブは、金はない

 あるのは、スタッフのボランテイアが物品を買うために供した資金があるだけである。

 ついでに言えば、DMを送るには膨大な金がかかる。

 はがきの郵送代、印刷代・・・・

 それを投下しても、回収はない。

 参加費用を徴収していないのだから、費用は出ていくだけである。

 金をかければいいと追う感じ、会社の経費を使うのは構わないだろうという感覚が、おかしいと思う。

 金の管理をしたことがないことがよくわかる。

 たくさん来てもらいたいという気はするのであるが、あんまり来てもらっても困るという感じもしてる。

 だから、チラシも作らない。

 つくる金がもったいない。

 だから、うちでは面倒な名簿の管理はしないと決めた。

 勝手にやるのは、犯罪だよ言ってやりたい。

 困ったことが多いと感じる今日この頃である。

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人間の暗闇、少し改定

日本経済新聞のゴーン氏の記事を読んで、以前読んだ本の事を思い出した、フランツ シュタングルというナチスの戦犯の事を思い出した。
彼は、トリブレンカの絶滅収容所の所長であった。
ルドルフ ヘス、アウシュビッツの収容所所長
輸送にかかわったアドルフアイヒマンの事も同時に思い出した
思い出した理由
それは、ゴーン氏との日本経済新聞記者との獄中面接の記事を読んで、かれら戦犯として裁かれた人たちと主張と、もしアドルフヒットラーが生きていて裁判にかけられたのならば、どのような反応をして自己弁護をしたのかという事を思い起こしたのである。
獄中面接の記事で、海外送金に関して日産の幹部職員は同意してサインをしたという内容の記事であった。
幹部諸君が、同意のサインをしたのだから、私は無罪という言い方である。
英語での会話と書いているが、質問の英文、回答の英文が記載がないのでニュアンスは伝わらなないが、ゴーンが、発案をして、会社の幹部が同意したから、自分は無罪というのは、もし、アドルフヒットラーが、生きたいたら、言いそうなことだと思った。
もっとも、ナチスは文書を残さなかったので、実際にだれがどのような過程で、ユダヤ人絶滅計画を推進したのかはよくわからない。
仄聞的な資料はあるが決定打となる文書は残っていない。
日産の幹部の資質は、自己保身である(と私は思っている。)。
捕まった多くの戦犯は、多くは有能な官僚タイプの真面目過ぎるぐらいの人物である。
言わゆる、小役人タイプの教条主義者的なところがある、というか、あった。
冒険はしない、自己保身と、勝手に想像して、危機を避ける方向性があったのである。
当時の状況を無視して、戦犯を責めることは酷であると私は感じている。
人間は生活をしなくてはならない
生活のために仕事をする。
私は、時間給で働いている気がしているのはその為である。
おかげで昇進はないので、生活が苦しいのは、自己責任である。
もっと、管理職になるのは面倒とも考えてもいる。
時間の拘束、よくわからない会合への強制参加、意味不明な、外部との懇親会。
多分戦前から続いているであろう、地方自治体、官公署との年1回の飲み会・・・・
もう意味はないが、惰力で継続している感はある。
ゴーン氏の発言を読んで、思ったことは、発議は、ゴーン
同意を求めるのもゴーン
ゴーンを止めることができるのは、フランス大統領のみ
この状況で、日産というしょぼい会社のCEOであり、親会社のルノーのCEOである、ゴーンに反対できる日産の社員がいたのか?
という感想である。
現社長は、孤独に仕事をこなすタイプと聞いている。
つまり、職人タイプの仕事人間である。
ゴーンがいなければ、社長を継続することはできない。
だって、文楽人形みたいなものだと思えばいい。そこまでひどくはないかもしれないが。
ゴーンは、株式会社のCEOである
独裁者ではないという人もいるが、現実的には、絶対的な権力を有していたことはだれ一人して否定はできない。
つまりは、ゴーンは拒否できないのを知りながら、同意を求めたということである。
これは、自分の無罪を主張する理由にはならない。
会社として法令順守は?
法令順守などあってないような会社である。
完成検査の不正は、車検制度の根幹を部分である。
完成検査が正しく、その結果継続車検が続けられるという図式である。
(車検制度が、米国にはないという人がいるが、その主張をしたなら、米国に住めよと云いたい。
 それぞれの国の制度は、一朝一夕にできたものではない。
 それを自分の個人的な意見で、気に入らないからと云って、米国はどう、欧州は、英国は、というのは都合の良い時だけの借覧である。
 これを、私は、卑怯と呼んでいる。
 人の意見を都合よく解釈して後からクレーマーになるタイプに多い。)
 完成検査不正が発見後も継続的に行ってきたことが分かった時点で、日産の体質は本能的にクズだと思った。
 大きな自動車という点を除けばん、その辺の中小企業と変わらない。
 恣意的な行為が目立つ
 ばれなければいい・・・・
 そこで思ったのは、ドイツの戦犯の記事を読むたびに、彼らの頭上にあったことは、自分お仕事の効率化を進めること。
虐殺の手助けをしたというよりも、役人として義務を全うしたという意識が強かった。
あとは、断れば、東部戦線(ロシア戦線)へ行かされることを恐れたいたことがわかる。
シュタングルは、東部戦線送りイコール死ぬと同意義に扱っている。
東部戦線のソ連軍の暴虐ぶりは有名であった
捕虜を嬲り殺す
両手を縛り、目をつぶす、銃剣で突きまくる・・・・
戦車の前に投げ出してひき潰す、女子供を容赦なく殺す
そんなことは、周知の事実であった。
断ることができない、その状況で同意を求めるのは、脅迫下にある状態での契約が無効になるように、それは単なる手続きを、ゴーンが、自己保身のために踏ませた手続きに過ぎない。
戦犯は、全員理由はどうあれ、虐殺に手を貸したということで死刑か、終身刑であった。
日産の役員は、きっと、そのように反論するだろうが、やったことは、ゴーンの共同正犯的である。
途中から、ゴーンへの敬称をつける気がなくなった・・・・
取材の記事で、限りなく黒だと思っただけである。
20190201
20190205

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終わりが近い日産

新聞報道の意味がほとんど意味をなしていない気がする。

日産は、金を生む卵の様に、ルノーに利益を上納してているよな記事が多い。

皆さんこう考えないのだろうか?

日産のゴーン氏は、ルノーのCEOの地位を維持するには、日産からの上納金が必要と考える。

前から書いていいるが、日産のV字回復は、日産の資産を売り飛ばし、かつ、人員整理、工場閉鎖で経費を一気に圧縮して、利益を出した。

その間、本業の車は売れていない。

ここ数年の日産の業績、自動車販売という点では、低迷している。

売れているのは軽自動車とノートぐらい・・・

マーチは、完成車の出来が悪すぎて、リピーターが消滅した。

古くからの日産のファン、セドリック、グロリアといった車種のファンは、すでにいない。

世代交代が出来ず消滅

で現在は、国内大5位である。

そこで、不思議に思わないのが変だと思うのだが、自動車屋が車が売れなくて、どこで利益を出しているのか?

単純な話で、サプライヤーの契約を切り、安いところに変更、子会社は売り飛ばす・・・

ここで利益を出して居るだけである。

以前書いた、タコの足喰いである。

日産は、いよいよ国内で売るものがなくなりつつある

愛知機械は多分、このままでいくと多分売りとばされる。

愛知機械の子会社の工場設備を請け負っている会社ごと売られるか、分離して売り飛ばすか・・・

つまり、日産は、利益の上納をする原資がなくなれば、子会社にしておく意味がない。

下手したら赤字である。

ゴーン氏は、赤字は困る、ルノーも困る。

赤字になる前に、統合してしまえば、赤字はばれない

ゴーン氏の本当の手腕が評価されることがない・・・

そんなところではないかと想像している。

このあたりを研究というか、検討した記事を書いている記事は皆無である。

ついでに、統合を嫌がる日産は、かつての、合併後のプリンスのエンジニアの末路が目の前に浮かんでいるのかもしれない。

プリンスのエンジニアたちは、結局冷や飯食いだった。

スカイラインがよい成績を上げようが、評価しない。

だから、日産の幹部職員は、経営統合という名前のものとに、合併されると、自分たちの若いころに優秀なエンジニアでも、被合併法人の出身という理由で昇進できななかった先輩諸氏の姿がダブるのではないかと思う。

つまりは、自分たちも、同じことをやられる可能性があるので、恐れおののいているかもしれない。

もしそうなれば、これは自業自得である。

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日産自動車・・・・何を読みに来ている?

なぜか、ここ1か月ほどで日産自動車の企業PCからの閲覧が急増・・・・

トヨタさんは、毎月1回ぺース

本田技研さんは、年数回ぺースである。

申し訳ないが、私の祖父は日産の戦前のフェートを往診に使っていた。

うちの母は、大学時代に、ブルーバードを買ってもらい所謂ファンシスペシャルに乗っていた、社会人になると、通勤にも使って顰蹙をかっていた。

だから、元々は、日産党だったかもしれない。

だが、現在は、日産嫌いである。

自動車メーカーの日産の個性はどこにあるのか?

日産は、大型車は、日産、小型車はダットサンと使い分けていた。

しかし、当時の社長は、北米で成功した片山豊氏への男の嫉妬で、何千億円という大枚をはたいてい、ダットサンをなくした。

以前から書いているが、日産は、日本産業である

満州重工の母体である

日産は、グラハムページ自動車会社の設備、金型、設計図、技術指導も含めて全部買った。

トン当たりいくらでという話もある。

様は、つぶれそうな会社を買いたたいて買ってきたのである。

20年ぐらい前には、設備を全部売り飛ばしたグラハムの会社の廃墟はまだ残っていた。

日産の最初のセダンはほぼグラハムである。

米国の航空技師が、トヨタ博物館収蔵の車と、オリジナルのグラハムの相違点をレポートにしたらしい。

だから、日産のアイデンティティは、グラハムではなくて、ダットサンに感じる社員が多いともいう。

しかし、ダットサンも所詮は、日産が買った会社である。

買われた会社に、アイデンティティを求めるのは無理があると思う。

戦前小型車といえば、ダットサンであった。

シトロエンの小型車、オースチンセブンは草分け的な小型車である。

初期のダットサンが、オースチンから影響を受けたであろうことは想像できるが、実際、どの程度の影響だったのかはわかっていない。

ある先生が、両方バラして検討中である。

その検討結果が楽しみである。

蛇足でははあるが、昭和5(1935)年のダットサンにニッケル鋳鉄がどのようの部分に、どれだけ使用していたの記載してある資料を見つけた。

割合が違うので読んでて楽しいです。

所詮は、買ってきたもので、作った車であるからアイデンティティを持ちようがないと思うのであるが・・・

鮎川氏は、非常にアメリカナイズされた人であった。

無ければ、買ってこればいいという発想だった。

金で、魂が買えるのか?

という疑問がある。

基本、戦後、鮎川氏はすべてにおいてやる気がなくなる。

そうして、日産の組合は、東京に近いという事もあるり、共産党の浸食に侵される。

雇われ社長は・・・・言いなりである。

その辺が、他の会社とは違うところで、結局、組合は、会社を侵食する

製造現場は楽が出きるが、修理する営業店はとんでもない過重な労働を負わなければならないような車を平気で売っていた。

ゴーンさん騒動を見て、日産だから仕方がないよねーという社員がいる。

ちょっと悲しくなるような感じを受けている。

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さようなら日産かなぁ(21190125加筆)

小さなルノーが、大きな日産を支配するのはおかしいと感じている日産の社員は多いらしい。

金がなくて、銀行に見放されて倒産するところを救ってもらっている。完全子会社は嫌だといって、条件の甘いルノーが親会社になった。

ルノーは日産よりも小さな規模の会社であったが、金をを持って引っ張ってこれた。

完全子会社を望んだところは断られた。自分達が、スバル、プリンスに行ったような行為を子会社なってしまえば逆にやられてしまう可能性を感じた可能性があり嫌がったのであろう。

おかげで、他の会社は手を出ださなかったというのが正解。

三菱も、ダメなメーカーの代表

日産の社員と、三菱自動車の共通項は、楽観視である。

ウチはつぶらないというようく判からない自信がある。

大きすぎてつぶれないという事らしいが、山一だって、拓銀だってつぶれないといわれていたが見事につぶれた。

三越はつぶれませんでしたが・・・

日産は、ルノーに統合されることを、本当に嫌がっているのがよくわかる。

プリンス出身者に行った仕打ちをまだ覚えている世代が多いのだろ。

自業自得という言葉を知らないかでしょうね。

今の日産は、子会社をほとんど切り離して、身軽になっている。

元子会社に対する扱いは厳しく、一般的なパーツでさえ供給しなくなったのは、やはり商売をわかっていないというか、日産らしいというか・・・

子会社は、三菱に売り飛ばしたんですが・・・よく考えたら、子会社を、関係会社売り飛ばして、利益確保をしているという事になる。

それは、つまり、タコの足喰いである。

その内、日産は本当になくなるのではないかと思う。

その昔、ゴーン氏のV字回復なんて褒めてた奴らは、売り上げの中身を観察していない表面の金額しか見てない奴ばかりだったので、そんな主張をしていた経済評論家の奴らは、クズなエセ評論家にしか見えなかった。

現在も進行中の、タコ足喰いは、自己の財産を売り飛ばして、利益を出す

最初は、従業員、首にして、工場を閉鎖して経費を浮かせただけである。

その当時、車は、売れていない・・・

ちなみに、現在はもっと売れていない(^◇^)

その当時、之のどこが回復?と思ったものである。

今の時点で、日産がなくなっても影響は少ない

だって、国産大5位のメーカだもの。

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新聞広告のいかがわしさ

電車に、体重が減るとか、読めばどんどん金運がば上がるとか、何万部売れているといういかがわしい広告がある。

また、弁護士事務所、司法書士の事務所の広告で、過払い金の訴訟も何となくいかがわしさを感じる(以前書いた。)。

最近同じような感じを受けることがある。

新聞広告の本の宣伝に何となく「いかがわしい」、と云うか、「こんな本が本当居売れているのか?」というレベルである。

最近、近所の本屋がないので、駅の大きな本屋さんへ行くことが多い。

全国チェーン店なので、有名どころは大抵そろっている。

そんな本屋に並んでない本が、何百万部も売れている?

そういう疑問が湧いた。

左翼の人たちが、民族主義的ないわゆる右翼的な本を批判することが多いし、そういった本を店員の恣意的な思想で置かないようにしている店もある。

左翼系の人は、だまし討ちのような本をよく書く。

作家さんと云う人でもひどい文章を書く人が多い。

いわゆる、読むに堪えないという本である。

有名な自動車評論家に対する謝辞でいっぱいな出だしで始まる本を読んだことがある。

欧州の長靴国の車の事を書いた本だった。

口語をそのまま文章化したような感じである。

言い回しは変、文章はグダグダ・・・・で行間が広い、文字もでかい・・・

普通の行間文字大きさにすると、本じゃなくて、冊子レベルの量である。

「官能の○○・・・」みたいなことが書いてるが…実際、長靴国の車に乗ってみて・・・

残念ながら官能を感じたことはない。

試乗レベルから、1週間ほど延々と乗ったこともあるが・・基本的には疲れる車だった。

古い車は、音がいいが、実際は延々と聞いていると疲れる

それに、いろんなメカニカルノイズがする・・・これはもう・・・勘弁して欲しいレベルであった。

新しいのは・・・いい感じではあるが・・・世界的な標準化の所為かほかのメーカーと何が違うのと云うレベルである。

つまりは、コダワッタ風を見せなければ、同じ風体、性能、足回りの車はいくらでもある。

それに、大体、長靴国や、農業国の車に比べたら壊れない・・・

ので、その辺を全部、チャラにして、最高だよと賛辞ばかり書いている本があった。

この作者は、販売店の回し者ではないかと疑うほどのレベルであった。

この人、今でも作家でご在と云っている・・・

で、私の個人的な感想では、新聞社の広告に載ってる本を多分買うことはない。

特に怪しげな本は買わない。

なぜなら、箔付で載せている可能性があるわけである。

ところが、何も考えな人は、

○○新聞に広告が載っている。

大人気と書いてある

経営者必読なんて書いてあれば・・・

いちコロで買う人がいるらしい。

所詮は、偉そうなことを言っている新聞は、読者よりも、広告主である。

広告収入がなければ成り立たないのである。

申込があれば、載せるのであろう。

電鐵会社も、公共交通機関も、バス運行会社も、ありとあらゆる交通機関、新聞雑誌もインターネット運営会社も、広告主の事を調べるなんてことは無かろう。

多少、変な広告でなければ受けんるんだろうなと思う。

以前、詐欺商法で、広告に使われた俳優を非難した人がいた。

俳優は、事務所が受けた仕事を行うだけ。

この商品がいいか、悪いかなんて判断はできない。

広告主が、詐欺師かなんて考えない。

鵜飼の鵜は、何も考えない。

と云うか考えられない。

こういった広告に騙されたら、自分が悪いと決め込んで、布団かぶって寝るぐらいの度胸が欲しい。

損した分を、俳優からとろうなんてするのは、所詮、無理なことである。

これは、勘違いをした自分がバカという事に気が付いても認めたくもない、気が付いたら負け?

と思うのかどうかわからないが、とにかくひどいクレーマーに近い感覚がする。

そこで、ふと、思ったのはこの手の事に騙される人が、新聞広告を見て本を買うのかなぁ

とか想像した。

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お勉強

何となんくシンポジュウムの資料ができたかなぁ?

と云う気分である

11月末に、軽く言われて・・・

軽く受けて・・・中京デトロイトならできるかなぁと思ったら・・・

現在というか、アツタ号関係の資料を一覧表化しようと思って、エクセル化を進めたばかりだった。

キソコーチ号の研究発表を控えて、何とか・・それを過ごしつつ・・・

10月から、エクセルに、資料とその発行年月日、出典、その内容、関係する会社、内容を全部一覧表化を始めたところだった・・・ので、きちんと記事がまとまってなくて・・下書きを書いたら

突き返されるレベルと云われてしまいました。

考えてみれば、最後に論文書いたのは、30数年前

大体、線形経営学法の論文だから・・・・・全然書き方が違うのよね・・・・

数式とグラフと計算過程を延々と描いているので・・・参考、引用文献もない・・・

ところがである、今回は、参考文献が全部ひも付きで記載する。

某自動車會社関係なおので、そちらの査読が入ると非常に厳しい。

年表資料なら、事実しか書いてないので、査読は入らない・・・

デモです

トヨタ自動車工業、豊田自動織機、豊田紡織、日本車輛製造、大隈鐡工所(オークマ)、岡本自転車自動車製作所、岡本工業、岡本兄弟社、豊田式織機株式会社(豊和工業に改名前まで)、名古屋車体製作所、名古屋自動車工業、ヒノデ自動車製作所、ヒノデ紡機製作所等々の商業登記簿の謄本を徴した。

名古屋の本局は、大体、1日から2日ぐらい探すのに時間がかかります。

既にない会社が多いので、結構大変でした。

岡崎支局は、著名な現存会社ばかりなので、3時間ぐらい

参考文献は社史関係が以下の通り

トヨダ自動車躍進譜

トヨタ自動車 「20年史」、「30年史」、「50年史」、「75年史」

トヨタ自動車技術会会報

トヨタ自動車鍛造史

豊田自動織機「四十年史」

豊田紡織株式会社社史、「豊田紡織 45年史、トヨタ織機77年史」

愛知製鋼「30年史」、「50年史」

豊田式織機 「30年史」、豊和工業「60年史」、「80年史」

日本車輛、70年史、日車マガジン全巻

「オークマ100年史」、

「大隈鐡工所創業70周年記念製品沿革写真集」、

「大隈栄一伝」

三菱造船社史

三菱日本重工株式會社社史

鈴木自動車40年史

ダイハツ工業株式会社 「五十年史」

いすゞ自動車史

その他の参考文献

愛知県史

名古屋商工会議所 月報(昭和6年から12年全巻)

名古屋商工会議所50年史

中京要覧

日本自動車工業史稿2巻、3巻

ニッケル時報局 週報

日本自動車工業史

自動車年鑑(昭和9年、10年版)

機械、豊田喜一郎伝、

苦難の歴史 国産車づくりへの挑戦

工業調査集報(昭和10.、11、12年分)

自動車王国前史

機械学会機関紙(昭和7年から12年)

自動車便覧

中京自動車夜話

日本の自動車技術と私の体験 豊田英二

豊田喜一郎の自動車産業創出について

豊田佐吉とトヨタ源流の男たち

名古屋陸軍工廠史

とまぁ、ざっとこれだけの資料を読んで、コピーして、買えるものは買った・・・

買えない本は、国会図書館、名古屋市図書館、トヨタ博物館の図書室を利用させていただいた。

トヨタ博物館の図書室は本当に貴重な本が多いです。

本当に感謝したい。

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日産らしい・・・ゴーンさん

日産にお勤めの御友人、日産の子会社のお友達の御両人から聞いた意見は・・・

ゴーンさほど日産の幹部職員らしい人はいないという評判である。

自己中心的で、身勝手

悪いことは、隠す

いいことは宣伝する

失敗は分析しない

失敗したら、責任転嫁する

途中入社には冷たい

で一番は、会社を喰い物にする。

会社の金は、自分お金

悪い事やっているのにも、気が付いても、知らないふり

自分も同じ立場ならやっちゃう感じが強いのか、都合が悪くなるまで見て見ぬふり

組合は、完全な自己中心的

会社の利益よりも組合員の意見を両天秤にもかけず、躊躇なく

会社が悪い

幹部も、知らないといえない

知ってても黙認

何か言うと組合いからつるし上げ

組合の不正は、みて見ぬふり

幹部の不正も見て見ぬふり

自分の立場さえ守ればいい。

自分たちを切り捨てようとしている

だから、悪いことやっているゴーンを追い出せば、自分たちは、安泰だー

無能な社員は、子会社へ

手柄で褒章があっても、部下へは還元はしない。

幹部だけで飲み食い

会社の金で飲み食い

まぬけな社員は子会社へ

使えない奴も子会社へ、あんまり使えないと、さらには、孫会社へ

子会社、孫会社が困っても知らんぷり。

韓国のメーカーとつるんで、会社に損害を与えても、担当幹部は知らんぷり

用もないのに、毎月韓国出張・・・部下に言わずに勝手に出張・・・

単価の桁間違えて計算しても、訂正の申し出ができない

発注書も出さず、数千万円のパーツをへーきで発注。

経理から、発注書もないのもは払えないというと、納品業者へ、今月は払えんと電話で云うだけ・・・・

(さすがにこれは、数か月で改善された)

単価計算せずに向こうの言いなりで契約

会社が損してるの知っていても・・・・なんかもらっているのか、会社が損するのは知らんぷりー

下請け、部下、いじめても気にもせず

笑ってごまかす図太さ。

時々、トヨタにもいます、こういった政治的な人が、でも、ここまでひどい人はそうそういない。

車好きそうな顔しても、貴重なくオリジナルの車でも、なんでもオリジナルの復元するのではなくて、自分でモデファイ

古くて、世界的にもクラッシクカーの仲間入りを希少な車を、70年代の様にモデファイする。

自分が古くから持ってる車は、モデファイしない。

文化財的価値のある、発売当時のほぼオリジナルの車を、わけのわからないモデファイをする。

そのくせ、お山の大将で居たいから、なんだかんだと云っている。

叫ぶだけ叫んでも、実はない。

オオカミ少年みたいなものである。

継続性を考えない。

そう思うと、日産はルノーのおかげで、死ぬはずだったのに生き永らえて。

財産をあらかた売り飛ばし、従業員の首を切り、経営が上向いた?

そう褒めた、経済紙(新聞雑誌、マスコミ全般)は、見えていても、見えてない

見ないふり

組合の横暴がひどかった日産

その悪影響化にあったスバル

スバルの検査員も、日産の検査員の問題も現場任せと云う、虚言で胡麻かされているがさ、現実的意には、現場に介入できなかった幹部と云うことがわかる

こんな会社、もういらないのでは?

いっそのこと、プリンス自動車を作り分割した方がいいのでは?

GTRはプリンスへ、大衆車は日産、ルノーで、

プリンスだけ国内生産して…あとは、全部海外で?

日産の従業員がぜーんぶ他業者へ就職したら、人手不足も解消するのでは?

これは、暴論である。

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