ナンバープレート

CG CLUBの集まりでは、ナンバープレートを公表したくない方は、自分でカバーを付けてくだサイトアナウンスしています。

ナンバープレートを、すべて消すことは困難ですので、その様にアナウンスしています。

CG CLUB 中部支部ではそのように扱っています。

また、イベント会場の車のナンバープレートを隠している人は、隠したい人との認識です。

で、こちらも消す面倒が省かれてありがたいです。

ナンバープレートから所有者がわかるから嫌という人は、認識が悪すぎるので論外です。

一般の方は、ナンバープレートから所有者は追えません。

イベントでは、写真を撮るなという人は少ないと思うのですが?

消してほしいというなら、会場に着いたらカバーをしてはどうですか?と言いたいのですが?

トヨタのクラッシクカーフェステイバルでは、一部の方、プリンススカイラインのオーナーは、展示走行が終わると同時にカバーをしていました。

そこまで隠したいなら、こんな会場へ来るなよと言いたい。

車を見せたいという自己顕示欲と、どんな車を持っているのか知られたくないという欲求のはざまでの、カバー装着だと思うのですが・・・

ただ公道を走っている段階では、さんざん写真を撮られているわけだから、あまり意味がない。

走行前も、隠して(はめては)いなかった・・・何となくね

消してほしいというなら、どの記事のどの写真か言わないと対応できませんよね。

コメントは、指名、メールアドレスを入れないと書き込めないようにしましたのであしからず。

ちなみにIPで、特定はしています。

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相撲

相撲について思うこと

最近、話題になったことがある。

市長が倒れて、救助のために看護師さんが土俵に上がったことを批判して、降りろと云った件である。

降りろとといったことを、女性蔑視だといって非難されて、直ちに理事長は謝まった。

おかげで、すぐに鎮静化した。

でも基本的なことは何も解決してはいない。

よく考えたら、大相撲の会場には医者がいない。

昔は、いなかった気がする。

この話は、聞いていてなんか話が変な所へ流れていくなぁと感じるのは私だけだろうか?

そもそも、市長の健康管理はどうだったのか?

イベント会場の救急体制はどうなのか?

よくイベント会場で事故が起こると、居合わせた医師や、看護師が徒手空拳で初期の手当てをするということがよく話題になる。

これでいいのか?という気がする。

もしかしたら、死んでいたかもしれない。

看護師さんが居たから助かったかもしれない。

看護師さんが居ても死ぬときは死ぬ。

医者が居ても同じである。

どこにでも医者がいるわけでない。

以前、近所のスーパーで爺さんが倒れて立てなくなっていた。

色々聞くと、午前中も倒れて救急車で近所のヤブへ連れていかれて、帰宅して、また出てきたらまた倒れたそうである。

めまいがしたのでというので、目線、足先、指先の感覚の有無を知れべて、救急隊に引き継いだ。

救急救命法を勉強していれば普通にできることである。

通りすがりのおっさんは、やたらと、医者かねと聞く、頭の悪そうなおっさんだったが・・・

救急救命法ぐらい勉強しとけと言いたい(ちょっと暴言)。

閑話休題

大昔、土俵が神聖かどうか疑問に思ったことがある。

昭和53年ぐらいのことです

そのころ、結構、相撲は好きでした。

当時は、北の湖と輪島全盛のころでした。

私は数少ない「北の湖」のファンであった。

名古屋の宿舎が、うちの関係先でもあったので、住職に頼んで、わざわざ見に行ったこともあります。

名古屋場所は、愛知県体育館で開催されてました。

こちらの建物の管理部門に親族がいた関係で、千秋楽後の土俵の処分の状態を見たことがあります。

土俵の際の部品を欲しいと言ったら、欲しがる人が多いので無理と言われた。

その時に、解体の作業は、男の人しかいませんでした。

決められた人しか登れないと言っていました。

でも、名古屋場所が済んだ後だったので、ちょこっと登らせてもらいました。

当時の相撲協会の理事は、土俵は神聖な場所と言っていました。

翌年、親類につれられて升席に行くときに、案内の途中で、親類の人を見て、時の式守伊之助が、「坊ちゃんですか」と声を掛けられ、「もう少し肩幅が有ると関取になれるんだけどなぁといわれた。」

その時に、私は、「女の人は土俵には上がれないのですか?」と聞いてみた。

(生意気な中学生である。)

すると

「土俵は神聖な場所だから、女性は上がってはいけない」と言われた。

その時に、高見山が関取として居たので、ちょっと嫌味な質問をした。

祖父が、常々、云っていた、

「ハワイ土人のような夷狄を土俵に上げることはけしからん」と。

「神聖というのであれば、米国人である高見山も登ることは許されないのではないか?」と聞くと、

一瞬言葉に詰まり、

「力士に、なれば神聖だから」と言って言葉を濁したことを覚えている。

個人的な私感では、夷狄(いてき)が土俵に上がっている段階で、神聖とかいう論議はそもそも存在しないと思います。

興行相撲は、江戸時代以前の相撲とは質的な相違があり、神事をカサにしているだけだと思うのである。

今回の事故も、単なる金儲けのドサマワリ的な興行である。

サーカスの興行と中身的には何も変わらない。

都合のいいときだけ、神聖なということを言い出すことに図々しい感じを感じるのは私だけだろうか?

 

20180411初出

20180412加筆

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なぜ擁護するのか?

○川元文部次官の講演の内容を照会したことを問題視するのか?

教育への不介入の原則から逸脱しているというのは詭弁である。

不介入をいいことにどれだけ勝手なことを行っているのか?

教育の現場で教員がどれだけ好き勝手なことを生徒に吹き込んでいたか?

教師の自堕落行動を見て、教員への信頼がなくなることは多々あった。

子供や父兄にわざわざ、人間の屑を呼んで話を聞かせるのか?

文部科学省の天下りの管理調整を主体的に管理運営していたことを責められて辞任した。

でも、その間に、ガールズバー?女を漁っていた。

そうして、嘘の表現で、政府に打撃を与えて喜んでいる。

(笑ったのは、その報道の後で、仕込みの記事で、○川さんはいい人見たな感じで貧困女子が匿名で語ったと言っていた。

その後、そのバー自体が、官公庁の要監視対象だったことが露見するとその手の発言は消えた。

だって、出入りしてた人間の裏は全員とられてる可能性は高い。)

奴は、基本は、左翼のファシストである。

今朝も、NHKのラジオでは、なんだかよく判らない奴が、「過去、犯罪者であった者の講演をすべき」的な発言をしていた。

犯罪を犯したりして、人生を失敗した人の話を聞く方が、成功した人の話を聞くよりも有益的な論調である。

犯罪を犯した人間が更生したということはよく聞く。

まるで美談の様に・・・しかし、その実、再犯率は非常に高い。

犯罪者の失敗・・つまりは捕まったということか・・・の話を聞いてどうする?

捕まらない工夫でも聞きたいのか、いや、聞かせたいのか?

成功した人は、成功する過程で失敗していることが多い。

その失敗をリカバリーして、成功する、その話はためになるであろう。

大体、学校側から、その時の講演内容の具体的な話は出てこない。

私立高校でも講演を行ったそうであるが・・・その高校生の当時の話の内容も漏れ聞こえている。

仄聞であり、ここでは書くことを控えたいが、失敗したことの話ではなくて、単に自身の擁護と、政権批判であったという。

こんなことを子供に聞かせてどうする?

呼んだ校長も、思想的には類似したファシストであろう。

○村市長はブチ切れた発言を繰り返しているが、○村自身が中身のない、嘘つきであるからほかっておけばいいと思う。

(○村は、民社党の春日一幸氏の薫陶を受けて弟子だったみたいなことを言っているが、親族は否定している、また、あの嘘くさい名古屋弁は止めてほしい。あんな言葉で話をしているのは、○村と、犯罪者の彼女であった矢野ぐらいである。)

どうも、名古屋市は、旧民社党の時代から、半革新勢力が議席を得る。

尾張藩の特徴なんてことはない。

旧民主党系は必ず議席を取る。

トヨタ系の組合の威力で、他の地域ではバカにされるような者を当選させたりしている。

愛知7区の選挙民は、不倫を公認した地区と笑われている。

応援した、母体の組合も、「倫理的な問題はどうでもいい」というスタンスだと主張しているのと変わりはない。

倫理的に問題があるといえば、会社の残留パーツを盗んで売っていた某関東自工の社員は、出向中に不倫して、奥さんを捨てたことは一部では有名であるが・・・。

この点は、社内の綱紀保持が、子会社の社員には及んでいない査証でもある。

(まあ、特定の購買担当の社員の実入りの良さはある種の伝説でもありますが・・・)

閑話休題

なぜM川を擁護するのか?

それは、元事務次官の政権批判だから、マスコミ的には使えると踏んでいるだろう。

よく、ジャーナリズム、新聞社を天下の公器なんていうのだが、実さいは、商業主義の権化である。

昔、祖父に、株屋と金貸し羽織ごろにはなるなと言われた。

今風に言えば、証券会社、銀行(金融業)、マスコミである。

マスコミが、昔、新聞に書くぞと言って、金をゆすった。

少し前は、右翼や左翼の新聞を買えよと手紙が来る。

今も昔もマスコミの体質は変わらない。

売れればいいのである。

日露戦争の戦後の日比谷焼き討ち事件の原因は、新聞社が、読者を散々だましていたからである。

新聞は、発行部数を伸ばさなければならない。

そのために戦意高揚記事を書く。

売れれば、もっと、載せて書く。

戦争中の標語を多く作ったのは、某新聞社である。

嘘でも何でも書く。

某新聞社の、100人斬りの記事で戦犯として殺された者がいる。

実際は、100人斬りなんて、出来るわけもないし、してもいない。

新聞記者が脚色して書いただけである。

書かれた人は、殺された。

嘘を書いた者は、戦後ものうのうと生きていた。

偉そうに、ジャーナリズムを語っていた。

現在、新聞社は、数少ない読者のために記事を書く。

喜んで、読んでいる頭の古い、共産主義ファシスト的な思考形態の団塊の世代のために書いている。

国難ともいうべき状況が、惹起している状況でも関係なく、どうでもいい報道ばかり続けている。

しかも書いていることは木を見て山を見ず的な話である。

政治家の質の低下は、「新聞にこう書いてある」という質問をする。

新聞社が、嘘の話を書いても、質問をする。

裏を自分ではとらない。

何も確認をしない

パフォーマンス的な行動しかしない。

この点を評価する人たちは、M川を使えると踏んでる。

だから、擁護する。

時々、日本経済新聞でもくだらbない政治の記事がある。

経済のことをもう少しちゃんと書けよと言いたい。

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どうでもいいのだが・・・

岐阜市の市庁舎の入札者が辞退をした。

他の入札に絡む不正の所為で、指名業者の禁止につながるからであるといわれている。

ここで、計画の見直しなんて・・・バカなことを言い出す可能性は高い。

次席だった企業グループが、落札にはならないのかねぇと思う。

岐阜の建設業は、不況である。

名古屋駅周辺が一段落している時期なので、市庁舎のような大口は非常に、大きな期待を持ってみてる人が多かったのではないかとも思うのですが・・・・

岐阜は、元とも、尾張藩の直轄地です。

海運の盛んだった笠松は、湊(みなと)があって、かつ、幕府の直轄地、岐阜県庁の最初の所在地。

旧加納町は、旧加納藩・・・

皆さん、地域の温度差があり、好き嫌いが激しい地域でもある。

木曽谷の村々、というか、町にもありがちな話である。

江戸時代、明治大正昭和のしこりのある人がまだたくさんいる。

平成の大合併で合併せずに小規模の「町(ちょう)」が残った地域でもある。

岐南町、笠松町、北方町・・・・である。

岐南町は、岐阜が嫌い。

国道22号線を走っていると、「ここは岐南町」という文字が見える。

自意識は高い。

笠松は、笠松競馬が赤字で、借金が多くて、岐阜に蹴られた。

笠松自体は、幕府の奉行所があり、最初の県庁所在地とというわけのわからないプライドがある。


最近、笠松競馬がネット販売で売り上げが順調といわれているので、岐阜市は惜しいことをしたかもしれない。

岐阜競輪があり、笠松競馬場を手に入れれば、ギャンブル娯楽の殿堂?で威張れたかもしれない。

笠松、岐南町は、意外と戦災で燃えてないので、戦前の長屋門なんかも残る。

(笠松町は、長屋門を一時期管理していたようで、門に「長屋門第 号」なんて表示が残るのもある。)Dsc09058

北方町は、インフラ整備が全部住んでいる。

上下水道完備、インターネット配線完備である。

合併したら、税金を吸い取られるだけで何もいいことがないと判断した。

それに、岐阜市にいらない施設を押し付けられるといいう意識もあった。

合併した「柳津町」おまけみたいなものであった。

柳津町の向こうには羽島市がある。

岐阜市の本音は、羽島市との合併だったという噂がある。

その底意は、インタ―チェンジと、新幹線の駅が欲しかったという非常に程度の低い話である。

岐阜市側は、新幹線と高速道路のICがあるだけで威張るな・・

羽島市は、新幹線の駅も、高速道路のICの作ってもらえないくせに・・・と

「岐阜羽島市」とか「羽島岐阜」とかいう市の名称の候補もあったようであるが、岐阜には、

変な「信長公」とかいう意識がある。

(岐阜駅前の黄金の信長像を鋳造した会社は倒産しているので・・・あの像を見るたびになんとなく嫌な感じがしてます。つぶれちゃ会社の跡地は売りに出てますが・・・)。

岐阜市のよくわからないプライドは、県庁所在地でありながら、新幹線の駅がないのは屈辱的と感じているようである。

弾丸列車(新幹線)のもともとの計画では岐阜県は通らない予定であったからなくて当然だとおもうのであるが、どうも違うらしい。

県庁所在地にないのは・・・と来る・・・どうも、この辺が田舎臭い。

 ちなみに、羽島の場所に駅ができた経緯は、大野伴睦のせいではない、この時も新聞社が嘘の報道を延々としている。

 大野伴睦氏は、地元の調整ををこなった程度である。

 駅の場所の決定は、たんなる技術的な問題であった。

 鈴鹿山脈にトンネルを掘る時間的余裕がない(オリンピックに合わせた開業が間に合わなくなる)から米原、関ヶ原(雪の難所)経由にせざるを得なかっただけである。

 雪の難所の退避所を設ける、地盤的な条件も勘案して岐阜羽島駅ができた。 

 駅名に、岐阜を入れたのは、大野伴睦さんの功績でもある。

 そもそも、旧国鉄は、岐阜県を通る気はなかった。

 米原経由になると、突然、岐阜駅に新幹線の駅を!と言い出す。

 経路を見たらわかりそうなものだが、岐阜駅に迂回したら、新幹線の高速性が失われる…

 そんなのこともわからないで、政治家の関与はけしからんとという論調で記事を書く、今も昔も、嘘しか書かないのは新聞社の腫悪かもしれない。 

 閑話休題

 なんか書いてて、情けなくて涙出てきた。

 将来、岐阜は、たぶん周辺の市町村を合併せざるを得ない。

 ちなみに、隣接の本巣市も山県市も岐阜市よりも大きい

 山県市という市がある。

 旧高富町が中心となって、伊自良村美山町合併してできた市である。

 高富町は、岐阜市と合併するつもりであった。

 しかし周辺のどーにもならない村の要請で、岐阜市との合併をあきらめて、山県市になった。

 当初、周辺の村は、岐阜市に合併したいと申し込んだ。

 しかし、岐阜市は、負担が増えるだけの合併は拒否したかので、弱小の村は困った。

 そうして、高富町に頼み込んだというのが実情である。

 でも、合併後も旧の村の意識が強く、地域差は激しい。

 旧の村の意識が強く、山県市への一体感が少ない。

 旧伊自良村のマスコットに「なっちょるくん」というのがいる。

 以前、この板にも書いたのだが。

 http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2012/09/post-e9bf.html

 旧伊自良村のマスコットであったが、今では、山県市の観光大使である

Dscn0559


 伊自良村は、田舎である。

 人口も少ない

 柿の産地である・・・鉄道はない、一般国道もない・・・

 山県市になったもう一つの美山町も似たようなものである。

 岐阜市の姿勢は、負担を増やさず名誉が欲しいという感じである。

 面倒なものは旧市街から、長良川の川向うへという意識がある。

 岐阜刑務所とか、ごみ焼却場とかね・・・

 そんなのを見ていると、周辺の市町村も嫌がるよね・・・

 ここで、愛知県と、岐阜県の差が大きく出ていると思う。 

 豊田市は、周辺の旧賀茂郡をすべて飲み込んだ。

 で、愛知県で第二の市になった。

 豊田市の財政規模は、四国のある県の予算よりも多いのである。

 だから合併できたと、云われればそうかもしれない。

 しかし、豊田市は、旧町名を流用しない。

 岐阜市の様に、戦前、加納町との合併時の「加納町○○」という地名を残した。

 この所為かどうかは知らないが、旧加納町から古くから住んでいる人は、「加納町」の意識はいまだにある。

 豊田市の場合はどうか?

 岐阜方式なら「豊田市足助町○○・・」となる

 しかし、豊田市の方式は、「豊田市○○町」とした。

 長い町名を嫌うう意識もあるが、古い地域意識を残さないという点ではよい手法だと思う。

 電話番号も一時期豊田市内でありながら局番がちうという不便さがあったが現在は解消されている。

 岐阜市は予算がないから、貧乏な市町村との合併を避けたという目で見られている。

 周辺の市町村からは、「ずるい」という云われかたもしている。

 新しい市長が、岐阜の寂しい街中をどうするのか興味はあるのが、どうも、好きになれない。

 空き地が増えて、駐車場ばかり増えている。

 

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某県警の取り締まり

毎月、お役所には管内警察署の公開取締り情報一覧と云うのが流れてくる。

愛知県でも廻ってました。

いつもあるのは、スピード違反、シートベルト・・・・

交差点内の取り締まりは決まってない・・・・・

まぁ、歩道の路駐も取り締まらない。

愛知県だと、交差点内の安全義務違反の取り締まりを重点的に行ってるとことろが沢山あります。

年寄りの多い、ショッピングセンターの廻りなんぞアホのようによくやていました。

ちなみ某県では、信号機のない交差点で、歩行者がいても、目の前を平気で通り過ぎるクルマが居ても取り締りまりません。

長良川の堤防の南側は、週に下手したら数回、速度取締りをしている。

毎日、移動しながら取締り・・・

危ないからと云いながら・・・どーなんだところでの取り締まりが多い

側道もないような非常に広い堤防道路でも平気で取締り。

堤防は、一部20キロなんてところもある。

そこいら辺で取締りをやる、夏なんか草葉に隠れてやっている・・・

たいへんだねぇ・・・と思うことしきり。

なんか間違えてないか?

とも思う。

とはいえ、よくパトカーの巡回を見ることが多い。

時々、ふざけたような運転をしているダンプを捕まえているところを見たりもする。

愛知県内でも、歩行者が横断歩道を渡っているのに避けて通過したバカがいた。

1台は、ジイサンのインサイト、その後ろは、レクサスの会社員風、スマホ見ながら運転・・・・

また、建設業者のハイエースも基本的も危険である。

一人親方の屑は基本的には、歩行者なんて屁でもない風で通過する。

石投げてやろうかと思う。

ナンバー覚えておいていたら、たまに勤務先のセブンイレブンで朝弁当かってる屑だった。

愛知県は車が多いが、他府県出身の者の多いので、交差点で車は停まるものとおもている人と、止まらなくていいと思っている某県の人が居たら、それは轢かれるよなと思う。

愛知県警察取り組んでいる交差点の歩行者の安全確保のための取り締まりは良いことだと思う。

でも、近隣の県でも同じような取り組みをしないのであれば意味がないと感じるのである。

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邪魔なんですが・・・

電車降りる時、乗る時・・・スマホを両手で肘を張ってゲームに熱中しているおじさんおばさん

若い人・・・最近は、ジイサンまで・・・

邪魔なんですが・・・

どいてほしいなと思いつつも、通路に3人ぐらいこの手の人が居ると動かない。

駅に着いても・・・・

ゲームに熱中・・・

通路に、荷物置いてゲームをしている労務者風のおっさんは微動だにしない。

ロールプライングゲーム中の兄ちゃんは、足踏ん張ってるので動かない。

まるで、駅で降りる人はいないかのようである。

なんか間違ってないか?

今日は名古屋駅で警備員二人につれらて乗り込んで来たチンピラ風のリーゼント・・・

いま時・・・リーゼントである、j警備員さんに「神領にとまるよなぁ・・・」と今どき珍しいチンピラ風なものいい・・・

携帯のキー音がものすごく大きい

で、延々と通話

「今から電車乗るわ」、

聞こえてくるのは、昭和の香りのする会話、どこかのチンピラヤクザらしい・・・

周りは、ドン引き・・・

最後まで聞いていたかったが。時間がないのでいつもの駅で降りた。

本当、本読んでる人は激減

新聞読んでる人も激減

タブレットのマンガ読んでる人が、新聞読んでる人多い・・・

時代だなぁ・・と

でももう少しマナーを守れよ・・・と云いたい。

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テレビのない生活

テレビを見なくなって何年経つだろう。

母屋にテレビはあるので、朝、海外ニュースを聞き流してる。

あとは一切見ない。

バラエィ・・・ドラマ・・・興味がない

バラエティは、内容がほとんど虐めの様だと思うようになって見なくなった.

芸人を、アナウンサーが、芸人の先輩がいじめるようにしか見えない

ニュース番組も、一生懸命誘導をしようとしている姿を感じてみなくなった。

情報を勝手に統制している。

NHKはひどい

テレビ朝日もひどすぎるぐらいひどい

ドラマでも、その傾向は強い

悪代官のような人物が出てきて、悪いことをする。

中心から外れた、正義漢が解決する。

悪党イコール政府側

善人イコール一般市民(市民の味方のような人たち、弁護士、出世コースから外れた刑事、検事、新聞記者・・・・・)

判りいやすいけど、現実は複雑である。

時代劇、というか、歌舞伎の勧善懲悪のような、単純な世界にまとめようとする。

悪は政府、与党、官僚、銀行、資本家、金持ち・・・

善は、社会主義者、共産主義者、人権派と云われるような、リベラル(日本のリベラルだから共産主義ファシスト系だと思えばいい)と云われるような人、晴耕雨読的な、善人な金持ち、心に傷を持った人のとかが、必ず善人面(ぜんにんづら)で出てくる。

でき、決まって役人、官僚は悪役

でもトップは、その善人のよき理解者・・・

なんてことは現実にはない。

あるのは、階級闘争的に何でも纏めたい人たちの話の作り方である。

昔、松本清張が三鷹事件、下山事件なんかを全部、GHQの策謀とした結論で話を書いたことが有る。

何となく違和感があるが、GHQの陰謀説にした方が面白いのだろう。

それで迷走している。

実際はどうなんだろう。

全員無罪になったが、実際はその中に犯人がいたともいわれている。

その犯人は非常に頭がいい。

そうして狡猾である。

テレビに出てくる悪党は一様に、頭がいいが、まぬけである。

金田一耕助が映画の中で云う、「犯人は必ずへまをやる」という。

ではへまを遣らない犯人が居たら・・・・犯罪が犯罪として露見しないことさえありうる。

よく出ててくる探偵諸氏は、頭がいい

基本路線は、犯人よりも頭がいい。

というかよくなければ解けないと思うのだが・・・

まぁ、テレビを見なくなってというか・・・本を読む時間が増えた。

テレビ見てるよりよほど楽しい。

ついでに言うなら、模型作るのも楽しいのである。

つまらないものに、人生を浪費することは止めたいと思う。

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選挙が済んだので・・・・

 ある地方都市の、というか信長が大好きな所の市長に、元民主党の衆議院議員、で、元銀行員、ついでに云うなら、あの小◎一郎の塾の出身者が成った。

 ○○新生の会というポスターが至るところに貼ってあった。

 出身は、隣の市である。

 主たる対抗馬は、自由民主党系のお菓子会社の社長・・・・

 二つのNというポスターが出だしたのは、選挙の始まる数か月前・・・・

 当選した元衆議院銀員は、前回の選挙の雪辱とでも云うべく、落選後からチマチマと活動をしていたらしい。

 今回の衆議院選挙に出てもよかったような気もするが、N◎◎子がいると中々厳しいのと、民主党系列での当選は厳しいと踏んだ様である。

 まあ、菓子メーカーの社長は、知名度がまずものすごく低い。

 おまけに、「市政を守る」的なスローガンである。

 ポスターは、候補者とN◎聖子の均等割りで立姿である

 ついでに言うなら、腕組みである

 これを見た時に、

「こいつらバカではないか?」

 という感覚である。

 腕組は強い意思表示と勘違いしている人が居るが、その実

「強い拒絶」ととられるので、面接時には決して行ってはいけない行動様式と言われている。

こういった行動様式への意識づけは、対クレーマー対策でもある。

揚げ足取りに使われる可能性は排除する必要がある。

この二人、背中合わせで、横向いての腕組みである・・・

非常に不愉快な感じを受けた。

○○新生の会も腕を組んではいるが、強い意思表示に取れる風体である。

腕を組む姿勢ではなくて、腕を自分でつかんでいる風である。

まぁ、信長公ゆかりの寺を選挙事務所にしても無理っぽい感じはした。

でも、市庁舎の建設の是非が争点という時点で、程度の低い争点だとは感じる。

何十万の市民しかいないのその規模は不要という論議は非常に主観的である。

現在の市庁舎は老朽化している。

耐震性、バリアフリーにも対応していない。

災害の基地としても機能できない可能性が高い。

大きいから、維持コストがかかるからダメと云うのであれば、市の直営の事業を無くす方がまだましではないか?

また設計をするとどれほどのコストがかかるのか?

そういった事を考えない。

また、近い将来、市町村は合併せざるを得なくなる。

岐阜市は、各務原市を除いた近隣を、羽島市を含めた郡部を吸収せざるを得ないような状況が到来することは目に見えている。

まだ、「○○町」、○○役場が存在している地域が多数ある。

もしかしたら、西濃、中濃(高山、美濃、岐阜)、東濃(中津川恵那、瑞浪より以南の多治見)ぐらいの区分けまで行政区を合併して大きな市を作らなければ、災害に対処できないのではないかと思う。

ある市について思うのは、新しい市長の技量は未知数ではあるが、どのみちダメだろうなという気がする。

道路行政一つにしてもぜんぜんダメな地域である。

人は減る。

若者は、地元には残らない。

産業は衰退する。

耕作放棄地はどんどん増える。

老人さえいなくなる。

名古屋鉄道は、本数が多く、踏み切りも多くて、交通渋滞の原因となっている。

高架にするために名鉄は、自主的には死んでもしない。

行政が補助しなければしない。

昼間、人なんてほとんど歩いていない。

ぽっかりと空いているような感じがする。

観光資源を渇望する癖に、古いものを大切にはしない。

戦国時代だけが、観光資源だと勘違いしている。

以前、加納町役場という建物があった。

老朽化して、耐震性がないという事で使用禁止となっていた。

ここ3年の間に壊してしまった。

非常に貴重な建物であったが、躊躇なかった様である。

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こういった事にも、岐阜市のダメさ加減が判る。

耐震補強は金が掛かるのは理解できる。

しかし、二度と作れないものをさっさと壊す気がしれない

愛知県庁は、古いが耐震構造へ改修をした。

金(予算)があるなしの感覚ではないと思う。

いつも思うのだが、終わってる街だと思う。

住んでる人間の発想も古い。

ダメな地方都市の典型だと思う。

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生活と仕事(改題)

残念ながら、仕事は、生活(life )の一部には組み込まれているが、「こころを支える生活」ではない。

実を云うと、その気持ちは、最初から持っている、常にどこかにある。

大学時代のバイトをしている時から感じていること。

「時間の切り売り」感が常にある。

生活と仕事、どうも生活費を稼ぐことと、「こころを支える生活(プライベートライフ)」は切り離している。

スイッチのONとOFFが出来たのは、いつごろからだろうか?

仕事は真摯に行うし、義務は極力全うするように努力をしている。

仕事で、仕事に見合った望外な報酬を得たことは、30年近く働いて数回です。

仕事上での望みはすでについえ去っているが、これは私の基本的な考え方

「仕事上(法律上)の批判は、個人的な人物への好き嫌いではない」

ということが有る。

しかしながら、わが社はでは、その様な考え方はなく、

「批判」=「その人が嫌い」と受け取るらしい・・・

おかげで、使いにくい人の烙印を押されている。

だからと言って、気に病んでいる訳ではない。

自業自得と感じている。

所謂組織を見誤った結果に過ぎない。

自覚症状として、「私には、人を見る目がない。」のである。

例えば、三重苦にしても、最初、というか初見の時に、「嫌な野郎だな」と思った。

嫌な野郎が、薄められれたのは、奴がもデーラーだったことと、トヨタスポーツに関する半端ないお知識が魅力的だったからである。

日々の付き合いで、こいつはやはり嫌な奴だと思ってから5年ほど、ツーリングと、模型のクラブのために我慢して付き合ったが結局、模型のクラブの関係で破たんした。

ついでに、翌年、自動車のクラブでも破たんした。

これで付き合いはなくなったが、別段、困ってはいない。

ついでに言うのであれば、結婚は2回もしたが、2回ともダメである。

子どもがいるから続いているだけである。

楽しい家庭ではない。

実質、父子家庭である。

こうなると、逃げる先が必要になる。

実生活では、趣味で逃げることができる。

女に逃げたこともあるが、長続きはしない。

こうなると、楽しくない仕事には厭気がさしています。

この嫌になる感覚は、もう数年前からある。

上司が悪い(バカ)と、特に感じる事である。

以前、高崎という者の部下だった時に、パワハラを受けた事がある。

高崎に金を貸した時に返ってこないような状況になった時

結果としてうその報告書を作った時のことなどがある。

パワハラは、日々の記事の書き方、ペンの色、とにかく箸の上げ下げまで批判、注意、矯正を強いられた。

2か月ほどで、実は、鬱になった。

出勤で、駅に降りると、会社に行きたくないのである。

こうした日々が、1週間続いた。

自覚症状があったので、ノートに書いて考えて、この状況は何だろうと考えた。

取り返しのつかない状況だと感じた。

医者に行き、状況を説目したら、心療内科なら「鬱」と診断されますねと言われた。

主の症状は、睡眠が取れなということになるので、眠ることを主眼にした薬を処方された。

この薬は、睡眠誘導剤である。

これをを貰って飲むようになると、睡眠が取れるようになれて自滅は防げた。

その後も、精神的には、パワハラに対抗するのにも疲れるので、ヒヤヒヤであるところをつかれて、金を無心された。

最初5万円は、3か月後に返済があった。

家族旅行の代金だったらしい。

返済後、1週間ほどで、3万円の無心をさえれた。

これは、奥さんと喧嘩して、小遣いを止められたのための無心である。

ボーナスのでる1週間前である。

ボーナスが出たら帰すのかと思えば、返ってこず

年末にも、追加で、2万円貸した。

これは2月の中旬まで返ってこなかった。

これがほぼ2年間続いいた。

通常、役所では、部下から金を借りるのは「非行」事例とされる。

しかし、かの高崎氏はいまだに管理職である。

以前は、超特急と云われる昇進を遂げた人であった。

一選抜で、総務課長になった時代、旅行積立ての横領(勝手に使い込んだ)、セクハラを告発されたが、首にならずそのまま在職。

セクハラ、旅行積立の横領でもクビにならず、今まで残っている。

翌年生人事異動で、閑職へ廻された。

が、人一倍、一生懸命に仕事をするので、元の部署へ復帰、で私の上司になった。

復帰2年目で私が部下についたのだが、復帰1年目の時に本店からの課長への指示は、

「金を貸してくれと云ったら」即報告をするようにと言われたそうである。

昔だから、処分が甘かったといっても「非行」事例を見過ごす態度は如何なものかと思う。

その後、再度、2月中旬の返済後、たびたび無心をして金を貸したが、その大半は、賭けマージャンをやって金を巻き上げられて、生活に困り借りるというパターンであった。

掛けマージョンをやり、かつ、金がなくて部下から借りるという非行を行ってもそのままの地位でいる。

これが、「偉そうに云うところの組織」かと思う。

おまけに、処分内容は、被害者には教示できないと来た。

公表の対象ではないからと云いわれた。

組織として・・・と良くいうのであるが、組織の根本が腐っている感じがしている。

報告書の改竄は、高崎君が行っていた処理が出来なくなるという理由で、都合の悪い部分は削除するぞと言われたことである。

嫌ともいえず、認諾した。

高崎君が転勤した後で、その旨、報告をあげた。

結局、彼が行った数多くの処理は全部3年でひっくり返った。

あとの担当者が大変である。

こうした嫌なことが有っても、時間工賃的な仕事は生活全般ではないので、ある程度精神的に余裕がある。

うちの場合、多くの人は、仕事の終わったあと、会社の人と付き合い(飲み会)、休日も、会社の人間としか付き合わない。

時々、副支店長とかが、釣りの好き、ゴルフ好きだ、その手の人につきあわされたりする。

魚釣り、ゴルフ仲間は多いらしい。

こういった人たちは、退職すると即、暇になるのだが、付き合う近辺は常に元同僚

元部下・・・・・

外部の人とは付き合わない。

付き合えない。

そんな風にはならないようにしている。

だから付き合いが悪いと云われる。

参加しないことを批判されても、あまり気にしない感じがしてきた。

悪口を云いたい奴には言わせておけばいいという気持ちが強くなった。

ここ、3年ほど、仕事と、私的生活の境界を明確に分けるようにしてきたことも原因かもしれない。

ただ、仕事には恵まれなかったと思う。

多くの友人には、恵まれた。

これで良しとしたい気もするが、最近、産業考古学に血道をあげだしているので、これが楽しい。

調べていくことの楽しさは、何物にも代えがたいものであることを、最近痛感している。

20180203初出

20180204加筆訂正

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つまらない人生だったなぁ・・・と

時々思うのだが、自分について思う事は、

自分は、本当に悪人で、心底、悪い奴だと思うことが有る。

悪いことを考えることが大好きである。

こう云った事をした場合に、相手はどう対応して、反応するのか。

考えるのは非常に楽しい。

現に、このようなことを書けば、苦々しく思っているだろうなと思い、かつ、反応を見る。

発言の結果が出ると笑ってしまうのである。

トヨタスポーツのオーナー、関係者の人がなぜかたくさん読みに来ている。

トヨタスポーツの事は、最近1ミリも書いていないことが多いのにもかかわらずである。

悪く言えば、悪党である。

よく云えな、間違っていると思えば問いかけをするのである。

他の人のご助言もあっての問いかけをする。

すると、無視できないと思うのか、連絡がくる。

「意図は何か?」

無視できないところが、相手側が、心底悪党になっていない証拠だろうし、世の中の怖さを知っている証拠だろう。

例えば、IPアドレスからどこの地域から、何所のビルから、団体からアクセスしているかわかるのである。

以前は、海外のIPの検索が容易にできたので、何所から来ているのか判って驚いたことが有る。

ニューヨークのビルの場所まで特定できたことが有る。

また、国内でも、東京都庁のIPできているsyが居たこともある。

最近、嗤ったのは、日本放送協会、朝日新聞で、共通した検索項目は「2000GT」である。

何だろうねと思う。

日本放送協会は、真夜中のスーパーカーがらみだった様である。

朝日は、なんだかわからない。

私は、基本的に悪人である。

悪人だと認識をしているから、人を助けるとをいとわない。

それは、悪行の浄化のような意味合いがある。

所謂、教会に居る神様に助けてもらおうとは思うわない。

他人を利用して自分の名誉を得たいとは思わない。

善行を積むべきという気もない。

差し引きはないと思っている。

悪いことをした罪は償わなければならい。

良いことは、良いことをして積み上げればよいと思う

これはプラスマイナスを足して相殺ではない。

罪を意識して、行動をする。

そうして、その結果、最近思う事は、

「つまらない人生だったなぁ」

という感慨である。

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