時々、死ぬという事が前面に来ることがある。

私は、昔から死にたい人であった。

だけれども自分で自分を殺す勇気がないだけである。

しかも、親や子供の事を考えると踏み切れない。

そう逡巡して既に35年ほどたった。

大学の頃、とある外国の難民キャンプでボランテェアをした。

ここでの渇望は自分ができることをするという単純な行為だった。

だが途中で、ある仕事を請け負ってから、ちょっと考えが変わった。

それは、二十歳の夭折を夢みるというバカな夢がある反面、俗物で、低俗なことを平気でしていた。

俗物の権化のようなこともした。

ある時、付き合っていた人から、見た目と違って遊んでいるでしょうと云われたのは結構ショックだった。

理由が、女の扱いに慣れているといわれて困った。

社会に出てからは、艱難辛苦があり、まぁ人に言えない仕事をして帰国した。

帰国して間もなく、車を買った。

その頃は無知蒙昧だった。

現在でもそれは変わらない。

三島由紀夫の「真夏の死」という作品に心惹かれるのは、崩壊することへの期待が描かれている。

崩壊を待つ心境

非常によく理解できる話であった。

だからこそ入れ込むことができた。

死に招かれているけれども、死はとなりいる者には容易に落ちてくるが、自分には落ちてこない。

今まで何度も、死にそうで死ななかった。

生まれた時は、仮死2度であった

途中で、車にひかれそうになっても、数センチで助かったこともある。

難病にかかり、夏は外へ出てはいけませんと云われた年もあった

自分が、危険のものを選択すると、躊躇させる為のように、病気になったり、事故で、ケガをしたりする。

そうして、選んではいけないものを選ぶとき悪いことが起こる。

だから最近は、予防的である。

何となく、ヤバイというか、あぶないなと思う事がある。

するとそちらは選らばない様にしている。

ケガや、病気で苦しむのは嫌である。

基本的には誰も助けてくれなと思っている。

数年前に岐阜で勤務中に倒れた時は、羽島の田舎の病院へ搬送されて、こん僻地に誰も来られないと思った。

そうして、自力で地元の病院へ帰るべきと考えた。

老いた親では、家から、このへき地とは、言わないにしろ病院まで運転してくることはできない。

仕方なく、その時の上司(この人には感謝してならない)に頼んで、タクシーで搬送してもらった。

タクシー代2万5千円、最初の搬送先の病院で、1万5千円、転院先扱いでそのまま入院

転院先は、近いので親が来れた。

たまたま、当直の先生が、前に倒れた時の担当だった。

従来の投薬をしてもらい3日で退院、4日間自宅療養をして復帰した。

上司に、感謝の気持ちとして、結構よい品の煙硝墨を送った。

こうして、救われ続けている身の上であるが、

時々、ふと、「死んだら楽だろうか」という口が開いて見えることがある。

自死した友人は、何となく告解するように話をして去っていった。

こう考えると、生きるべき道を誤ったまま進んでいるのか?と云いう気さえする。

告解をした友人に、真実を打ち明けることができなかった後悔がある。

死の面前に居る人の気持ちを、「生きる」という方向に引き戻せなかったという事は、私の原罪である。

人は生きてること自体が、罪かもしれない。

死という安易な世界に降りていく人は、心、強き人だと思う。

神の存在は、死は同等である。

いずれも近いようで非常に遠い。

しかし、常に身近にある。

「生きる」という映画があった。

この中で、雪の降る公園で、「命短し恋せよ乙女」と歌うシーンがある。

この情景と同じ風景に、昭和の終わりごろに、出会ったことがある。

「生きる」を見たのは、平成の御代、銀座並木座の三本立て見た。

だから、この当時、私個人は、このシーンを知らない。

その時は、年上の彼女に振られてとぼとぼと歩いて帰る途中だった。

振られた理由は、「お見合いしなければならないの」と云われて、手をぎゅっと握られた。

駅から自転車で帰る途中、考えたかったのと、道が悪いので、坂の少ない、車の通っていない道路を選んで歩いていた

雪は止んでいない。

大きな牛乳屋の前にある大きな公園の前を通ると

かすかに、きぃきぃと音がする

ついでに、妙な調子はずれの、件の歌が聞こえた。

雪の降る公園で、ブランコに腰かけて、大正歌謡の、この歌を寂しそうに歌っている姿はものがなしかった。

公園を突き切ると少々行程が短縮できるので、公園の中に足を踏み入れると、歌が止んだ。

少々気味が悪かったので、振り返ると、その人はブランコから落ちて前につんのめっていた。

少し躊躇した、ここで死なれると心もちが悪いという打算が働いて、自転車をそこへ置いて、急いで、ブランコまで行った。

とはいえ、状況が判らないので躊躇して居ると、おばさんは、立ち上りかけた。

私は、「大丈夫ですか」、「だれか人を呼びましょうか?」というと

両膝を付き、両手を雪の上で握りこんで、「人が来て何になる」と云った。

見えげた顔は、初老の婦人

「救急車でも呼びましょうか?」というと

「あんた、人がいいなぁ、こんな婆さんほかってさっさと帰ればいいものを」

「こんな寒い中、こんな中に居たら病気になりますよ」というと

「病気、病気になりたいねぇ。

 生まれて此の方病気になんかなったことがない。

 戦時中も、空襲で友達がみんな死んでしまったのに私は助かった。

 私だけ生き残った。

 なんで生きてるのかね。」

 「家族はいないんですか?」

 「まあ、家族はいるさ、でも一人だぁ。

  お兄さん、あんた良い人だねぇ。」

 寒くなってきた、肩にも、帽子にも雪が惜しみなく降ってくる。

「寒いかね」

「寒いですね」

「家で家族が待っているだろう、帰んな、かぜひいたりしたら損だよ」

「いやぁ、気になるのでね」

遠くから人を呼ぶ声がする

すると顔を声のする方に向けて、「ああ、お迎えが来た」と云ったのでそちらを見ると傘をさした、四十カッコウの人が、このお婆さんを迎えに来た。

嬉しそうに「おお、お迎えが来た」とつぶやいたが、迎えに来た男性には、何か悪態をついていた。

私は、呆然として雪に埋まった自転車を立て直してとぼとぼ歩いて帰った。

この時は、80歳まで生きていると楽しんだろうと思い込んでいたが、最近は、寂しいだろうなと思う。

親兄弟はいない。

友達でさえいない

家族はいる、でも寂しい

そう考えると、長く生きるという事はつらい事ではないかと思う事もある。

ただ、生きているという感じではなくて、生かされているという感じがしているのは、死にたくないという心の裏返しではないか?とも?思うのである。

 

 

 

 

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ブックカバーチャレンジ

 

 

わたくしは、現在ファイスブックで、ブックカバーチャレンジなるものに参加している。

いわゆるバトン形式チャレンジで、7日間連続で表紙を飾るという形式です


「7日間ブックカバーチャレンジ

 雑誌文化の普及に貢献する為のチャレンジで、好きな本を1日1冊選び本についての説明は無しで表紙画をFacebookへ7日間アップを続ける。
その際、毎日FBの友人を招待し、このチャレンジへの参加をお願いする、と云う趣旨です。」

なんですが、バトンをくださった方が、本も載せているので、最初から「雑誌」という概念が皆無で始めました。

最初はスミソニアン博物館の航空機宇宙部門の本

Dsc_0495  Dsc_0492

これは、渡邊氏のアメリカ勤務時のお土産(みやげ)で、米国滞在中に古本屋で買い求めてくれた本である。

この本は、実に大変思い出深い本で、米国でスミソニアン博物館へ行くと、ミュージアムショップに売ってました。

実に、欲しかったのですが結構、高いという事、あと、重いという事で買う事を断念して居りました。

飛行機に乗るときにチャージ料を取られるからである。

一度、イギリスで、クラッシックカーの豪華本数冊買いこんで飛行機に乗るときに重いという事でチャージを取られた痛い思いでがあったからである。

なぜこの本が欲しかったと云えば、Bell X-1世界初の音速ロケット機である

この機体の写真が欲しかったのである。

背中が白い。

この写真を見たことがなかったので、ものすごく欲しかったと云えばわかってもらえるだろうか・・・(わからんわなぁ・・・・アホの気分は・・・)

当時、実機の写真を探すのも大変な時代でした・・・今はけっこ容易に手にはいりますけど。

で、インターネット環境の前には、国内古本屋で見つけても、結構高くて・・大抵1万円前後。

そのうち、インターネット環境ができた頃、時々、飛行機関係の本を海外から買うようになっていた。

向こうの価格は、安いと、大体10ドルぐらい

高いと40ドルぐらい。

微品だと70ドルぐらいだった。

アマゾン出現前で、探すも結構骨が折れた。

特定の出版社なら、直接買う事も可能で、よく注文していた。

英国の本屋は送料が安い。

米国は、場所によって送料がべらぼうに高い・・・今でもそれは変わりがなくて、田舎の模型屋から模型を買うのは送料の恐怖と闘わなくてはならない。

送料1個5000円なんてザラである。

1度、超然たる田舎の本屋に、15ドルで売っていたので、メールで送料を聞くと、80ドル・・・当時ほぼ、8500円ぐらい・・・

西海岸、東海岸沿いの街なら15ドルぐらいである・・・

その手の本屋は、専門店が多いので基本的に高い。

アマゾンで、数年前の久々に、米国の田舎の本屋から、戦前のエンジン設計の解説本を買い求めたことがある。

TOYODA AA型のA型エンジンの燃焼室の改良につながった本である。

本本体は、24ドル・・・送料が 45ドル・・・

相手の本屋から、

「こ?の本を日本に送るのか?」と来たので、

「そうだ、産業遺産研究で必要な資料だから欲しい。」

すると、申し訳なさそうに

「送料が高いがいいか?」

と返事が来たので、そこは、ぐっと我慢をして購入した。

たった1枚の側面図を見たいがために8000円近くの金員を消費した。

これは、「愚(ぐ、おろか)」であろうか?

愚かではない。

探求とはそうゆうものだとおもう。

このブックカバーチャレンジで思ったことは、今まで一体、何冊の本を買い、図書館で借りて読んだのか?

手もとにあるはずであるが、見当たらない・・のはどこに置いたのか?

それを探す方が面倒である。

ふと、思ったのは、この大量の本、資料はどうなるのか?

コピーした資料は一部は製本した。

調べることは楽しいのである。

そうして調べているうちに、あることに気が付いた、この書いてあることは、最初にはどこに書いてあったのか?

それを感じたのは、トヨタスポーツの事を調べる様になって、いろんな雑誌に書いていることが、なんだか嘘ばかりと云う気がしたからである。

そこで、ある雑誌編集者と話をすることがあって聞いてみると、旧車の場合は、古い記事を引き写すだけで、間違ってる居るかどうかは、自分が知っていれば直すが、そうでなければ、そのまま写すだけと云われた。

そうなると、誰が嘘を書いたのか?

どの時点で、間違ったのか?という点に結び付く。

トヨタスポーツのルーフが、プラスチックと云う記事がある

パブリカスポーツ時代に、キャノピー状だったので、ブラスチックという記事が残った可能性がある。

またアルミニュウムで軽いという事で、アルミ素材の車のパーツが少なかったから、短絡的に軽いイコールプラ(FRP)と思い込んだ可能性はある。

以前ある雑誌で、ある車の事を書いたものがあった。

開発者(正確に言えば、開発責任者、日本に個人で、車を開発し人は、戦前ならいざ知らず戦後は、雇われ社員の職務で開発の担当だったという点を無視するのはいかがなものかといいつも思う。トヨタスポーツの場合は、試作段階で、重量オーバーが確実で、45馬力の2Uエンジンをに改良したとしても最高時速が稼げないし、軽快感がないという事で、重量管理は重要だった。開発責任者の長谷川氏と、関東自動車工業の間で、重量の軽減策を模索した結果、関東自工側からの提案として、ボンネット、ルーフ、トランク、バンパー、バンパーステーのアルミニュウムへの部材の変更、リアガラスのプラスチック採用をすることで、妥協点としての重量目標はクリアした。とはいえ、当初の目標重量よりは重かった。設計変更をしても、オープンという点から、強度不足があげられ、補強を検討、結局、モノコックの設計には慣れていたはずの関東自工は有効な補強策を提案できなかった。運転席ダッシュボードの下に補強パイプをいれる提案は長谷川氏からあった。アルミ材の活用は冒険だったはずである。当時、アルミ材の自動車部門への進出は始まったばかりであった。パブリカで、エンジンブロック、ミッションケースにアルミを使用したことは画期的で、業界団体が出した広報紙には、伸びゆく方面としてわざわざ記載されている)から聞いたと称する話が延々と書いてあった。

読んでいる途中で、読むのを止めてしまった。

理由は、読む耐えない文章であるとい事

構成も何もあったものではない、文章自体が、稚拙であると感じたからである。

聞いた話を、全部膨らませて書いている感があった。

実際に、話を聞いたのであろう。

ただ話を聴く方に問題があって、聴く方のレベルが低いと云うか、車の開発のシステム、昭和30年代から40年代の方式、会社の体制、協力会社との関係性を理解している前提があったか、、また下調べとして、当時の開発関係の最低限度の資料(例えばトヨタ技術、日産技術、技術週報、業界紙等)を、読んで理解した上での質問、その解答自体の精査をしたうえでの記述なら面白い展開が期待来たと思う。

丁度その頃、古い車の開発担当者の話が、インサイドストリー的に語られることが多くて、「○○の開発者は実際は、××さんだった」的な話が多かった。

(職業としての社員は、開発者たりえない。

例えば、白揚社のアレス號、オオトモ號、豊川の、こういった車を、日本の国情に合った車を作ろうという意思のものとに作られた車は、豊川氏の開発と主張して問題がないと思う、ゴルハム式自動車、リアラー號、ダット號、ダットソン號、トヨタAA型を開発した時代は、それぞれの車を開発した人は、開発者と正々堂々と主張してもよい思う。

戦後の唯一の開発者は、中村健也さんが、国産乗用車を約2億円の予算で作りましょうと提案して、認められたことぐらいであろうと思う。

社員が、上から言われて作るのは、車内の開発の請負者という立場であると感じるのである。)

だからこそ、その文章を読んだ時に、開発者責任者の記憶を聴いているだけの形式だったので、開発責任者の語る話を文章に起こしただけにしか読めず、また、本当に、酷い文章だと思った。

一応、車雑誌では、程度が高い(?)ものへの掲載だったので、この文章でOKを出した編集部の体質にも疑問を持った。

沢山、多方面の本を読み続けると、いろんな見方ができることに気が付くのである。

基本的には、見た目ばかり気がする人には到底達しえない境地であろうと思う。

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小人は、養い難し

小人は、養い難し
うちの隣の課長さんは、常々、昇進するのは運だと言ってはばからない。
自分の場合を参考にしているのだろうが、非常に失礼な物言いである。
彼曰く、たまたま、課長補佐と、課長と仲が良かったので、課長になれたという。
仲が良くなったのは、飲み会である。
彼の言い草は、一生懸命やっていれば学歴など関係ないである。
彼は、本店のある課長と仲が良い
この課長は、春日井駅で降りて桃花台と云う、ものすごく不便な所はバスで帰っていく。
別の線で行けば本店への通勤は楽のだが、降りる駅が寂しくて、飲み屋がないのでわざわざ遠回りをしているという噂もある。
隣の課長さんは、離島の出身者である。
いわゆる、三種採用である
内部試験もパスしていない。
でも課長である。
この桃花台の課長さんを、好きだという人間はまずいない。
この人、上司の引きだけで、昇進したと云われれる。
無能すぎて、総務課長の時に、人事発表があった直後、本省から、色々と問題があるかも知れない、大目に見てやってくれという要望が支店長に入ったという。
基本、仕事はしない、
本省に居た。
コースに乗ってから田舎に来た。
一般的には、無能であるが、なぜか一部の幹部には好かれていた。
好かれる理由は、要は、飲みに行くのよね。
他人に厳しく、自分には甘い。
業務指導の担当だったときに、間違ったことを、本店の指示だと云って指導した。
指導の相手が、精神病を患った者だったので、思いがけない行為をした。
重大な法令違反を惹起した。
その時、主任さんだったので、本店の監査担当から誰の指示か?と聞かれたので、素直に、本店の実務指導の○○が直に来て口頭で、本店の指示と称して、命令していった旨を伝えた。
すると、当然の様に、監査担当から、直接聴取があった。
その時の弁明がすごかった。
「そんなことをするなんて思わなかった・・・」
で、逃げた。
桃花台の課長の特質は、犬以下役人の典型である
「失敗は、部下(下の者)の所為(せい)、手柄は、全部自分のもの。)」である
云わゆる、人間の屑である
まあ同類は、寄るのである。
隣の課長は、コロナで、飲み会禁止令が、全省庁に出ているような状況下で、「情報交換会」と称した飲み会を開いては痛飲していた。
現職の課長補佐も一緒だったらしいので、部の程度の悪さは推して知るべしである。
隣の課長の下の主任さんは、大学出で、本店にも居たことがあるが、彼曰く「運がわるかったので、課長になれなかった」という。
その運とやらを奪ったのは、お前らみたな、飲み仲間で作る、恣意的な人事の慣れの果てだろうと云ってやりたかった。
何故そう思うかと云えば、法律の根本を知らないと云うか、法律の表面を撫でることは得意だが、根本原則を知らないので、気が付きもしない。
3月、4月を嗤わせてもらった。
事後法は遡及せずの原則は知らない。
同じ、三種採用の兄ちゃんと二人で、改正民法(事後法)の適用前の事実が、改正民法の適用後は、改正民法が適用されるという、法律関係の業務をしているとは思えないような、話を延々と語って、点で恥じない。
改正前の事実は、改正前の民法が適用される。
しかし、三種採用だからか、改正前の事実でも、改正民法が適用されるなんてことを主張している。
小人は養い難いのである。
また時々珍妙なと云うか、あまり実例のない法律行為があると自分の経験だけを、三種の兄ちゃんに話をして纏めようとする。
破産事件があり、普通は、破産事件の終結、イコール、破産会社の消滅がパターンである。
しかし、破産宣告後、破産管財人によっては、破産をせずに、民事再生に移行する場合がある。
非常に珍しい例である。
実際は、破産申請をしたが、破産の過程で、破産債権を保全でき、会社を無くすのではなくて、存続させるために、民事再生法を活用するという手法がある。
一時期的な赤字で、倒産となっても、このコロナの様な状況で一時的に苦境になって倒産したけれども、債務の整理にめどがつくと考えられて、裁判所が、破産から、民事再生に移行させることは、東京地裁、大阪地裁で見かける事例である。
隣の課長は、破産から民事再生と聞いてからの第一声は以下の通りである
「東京地裁で玉なる処理だよ、破産管財の弁護士が、破産では儲からないので、民事再生でもうけをするためにやる処理なんだわ」と連呼。
破産債権が保全されてからの許可なんてことは微塵も知らない。
最近の、裁判例を読む気はないし、調べる気もないようである。
審理担当が来た時も、同じことを連呼していた。
弁護士が儲けるためにやる処理というフレーズには、下品さが漂っている
会社を存続させることで、従業員の雇用を守ると云った点をすっ飛ばして、弁護士の私利私欲で、会社を捏ね繰り回して居るという云い方には、知性のかけらも感じられないのは、非常に悲しい。
こんなのは課長でございである。
本当に、程度の低い組織である。
小人は、養い難いのである。

 

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喧嘩を売っているわけではないのだが・・・

去年の転属以来、朝の通勤途中に、165センチぐらいのちょっと丸い女の子が走っているのを見かける。

最初の頃は、こちらは自転車で、相手はランニングだから基本的には追い抜いていた。

最初、追い抜きざまに思ったのは、キティちゃんカラー・・・だなぁと・・・ピンク、赤、白・・・である

横を抜いていくのだが、ピンク尽くしなので、そのうちに、「よく見るなぁ」と、気が付いたのである。

3月ぐらいから、通勤時間を変えたので、よく、見かけるようになった。

最初は、ジャージポイ服装だった。

4月を過ぎる頃、薄い上着付き・・・上着は、ピンクに白色・・・

5月になるとTシャツ・・・これも、ピンク系

靴は、最初から、ピンク

帽子の最初から…ピンク

下はランニング用?密着した素材、色は黒・・

3月の頃は、ジャージポイ厚手の素材。側面に、ピンクの縦じま・・・

5月になると、黒い密着したのをはいていた。

曇りだと気にはならない黒さである。

天気の良い、朝の光が強いと・・・なんか透けているよう・・・に見えたというか、今日気が付いた。

今朝は、曇りであったが、日の光が斜めに差し込んでいたので、ストレッチ素材の下に地肌感が・・・出てました。

で、今日は信号で捕まっていたら、追い付いて来た・・・私の前に出た。

信号で待っている間に、斜め後ろにに立つと、見るとストレッチ素材の薄いスポーツウエアをはいているのが判った。

何気なしに、ピンク色の靴にピンクの帽子のメーカーはどこだと思った。

そうして、ボート見ていると、あれ?と思い

「ハッ」と気が付いた・・・このストレッチ素材薄いので・・・パンツがスケスケで見ている・・・いわゆる「Tなんちゃら」である・・・

白さが浮き出たいた・・・・目のやり場に困った。

そうして、いやいや、この人??大丈夫かと思った。

そうして、気が付いてんのか?それともわざと?

このお姉さん気が付いてんのか?と思ったが、目を背けて終わり。

基本的に、このお姉さんに興味があるわけではない。

だって、このお姉さん、胴体が長くて、足が短いという、伝統的な日本人体型だからである

変なな話であるが、前から見ると、足の長さはあまり気にならない。

しかし、後ろから見ると基本的に、足が短くて銅が長いという事にやたらと気が付く。

体型が悪いなぁと思う・・・(基本思うのは勝手である。)

顔が小さくて、銅が短くて、足が長いなんて・・・マンガじゃあるまいしほとんどいない・・・

朝は、会社へは裏口から入る。

時々前を歩いている人を見るのだが、大抵、胴長短足である。

役所で、スタイルがいいなんて・・・・まず居ない。

男性でも、ほぼ8、7割がたは、胴長短足である。

痩せてれば気にならないレベルであるが・・・男性で、デブ短足、胴長・・・顔までデカい・・・・

女性でも、足の長さと銅の長さのバランスが良い人はいいけれども、どうも胴が、長い・・・おまけに顔も長い・・・人が多い。

あまり短足な女性と付き合ったことはないが、短足な女性はハイヒールはまず似合わない。

ローヒールでも・・・何となく・・・見合わない・・・その手の方は、パンプスか、運動靴が多い・・・

また、靴の趣味が悪いのである・・・

自分で云うのもなんだが、ファッションショーに出てるの様な大女は、背は高い、足は長い、ついで手も長い・・・

明治時代の鹿鳴館を嗤う人がいるが、和装なら気にならない足と銅の長さが、洋装になると一気に顕在化する。

昔、流行ったボデイコンシャスの服・・・あれを見たが外国人が、路上の売春婦みたいだと云った・・・は、これまたスタイルが良くないと似合わない。

当時、その手の姿で歩いている女性の9割は似あってなかった。

しかし、昨今、明治時代からの悲願である、西洋化した身体的形状を有する者は多い。

正に、100年以上かかって発展したことは、良い事だと思う。

喧嘩を売るつもりはないが、うちの一族郎党は、基本的に背が高く、足が長いので、生憎と胴長短足の気持ちが判らない。

だからこそ、最近は、体型維持のために努力するのである。

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元気になって欲しいと、切に願う。

某友人の奥様からメールがきまた・・・英語です・・・

来た文は、「お盆に帰るとは、日本に帰ることですか」

「お盆にしか帰れない」とはどのような意味ですか?

「お盆」の意味は判る「帰れない」もわかる

でも、「お盆にしか帰れない」とは、帰郷することか?というご質問であった。

「お盆になると、死んだ人はその家に帰る」という思想ですと書くと返事が来た。

「まだ生きてます」

・・・・・・そりゃあそうだ。

だから、「死を覚悟しているというととではないか」と返事をすると・・・

(日本語を英語に直すのであるが、機械翻訳ではうまく伝わらない。

 何度も直すので時間がかかる。)

「ハズ(友人)は、死を覚悟してるのだろうか?」

「頑張って治療すると云っている。」

まあ、生きていることが人生そのものだと主張するような奴である。

生きていたいとという気持ちは人一倍強いだろう。

アメリカの癌治療は、莫大な金がかかるそうである。

それ用の保険にはいっているという事で、もう、数千万円使っているという。

莫大な保険料を払っているのだから使うのは構わないと思う。

向こうの医者に

「本人に、生きる気持ちがないと治療は成功しない」と云われたそうである。

個人的な感覚としては、「笑う事も必要」と思っているので、

「Need a laugh」

「面白い、心の底から笑えるようなことがあると良い」とも書いてみた。

「KIAI」が必要ですかと来た。

「KIAI?」・・・「気合」と気が付いた。

英語の気合の意味が分からん・・・ようく考えると連想ゲーム

病気に勝つ精神と考えると「fighting spirit」ですよね。

なんか違うなぁと感じたので

私は、「生きる事への渇望では?」と日本語で書いてみた。

「意味が分からん」と来たので

「I think he needs a craving to survive」
Attachment to living with you」
と書いたら返事が来た
「恥ずかしいことを書くな」
と来て
「お盆以外に帰ってやる」・・・これ本人からだよね・・・
そうして、電話がかかってきた。
なんと物見遊山の友人と話をしているような気分で小一時間話した。
日曜日は、宮城と招魂社へ行ったそうな
招魂社では、おじいさんに会えたそうな・・・
そうして、新幹線は良いなぁという。
アメリカの列車は、ガサツでいけない。
銀座へ夜行ったが、閉まっていたので詰まらんかったそうである
「BAR ルパン」へ行ったら、休業中だったそうである。
「あのおばさん、もいないよね」と聞かれたが、
ここ10年以上行ってないので、
「大ママの甥?のマスターは、とうの昔に引退したし」、
「おばちゃんはどうだろう?まだいるかしら?」というと
「BAR ルパン いい店だよなぁ
 丁度、暗くて、階段を下りていくところがいいよなぁ」
 とひとしきり語って
「ふー・・・・・・」と息をついた
そうして、明日(月曜日)は仕事か?という
「当然だ」というと、
「明日帰る」と、ポツリと言った
「成田から帰るからもう会えんなぁ」という
「来年の夏、帰ってくるんだろう?」というと
「両足付きでか?」
「そうそ、ついでに、ワイフも一緒に来ればいい」
「・・・・・・・・・・・うん、頑張って、行ってくるわ」
「ああ、元気になろう」
「今でも元気だけどなぁ」
「お互い、ここまで生きてきたから、もう少し長生きしようや」
「ありがとう、いい言葉だよな、ありがとう」、
本に挟んだ、手紙を見つけたのは実は、随分と後の事だったそうである。
こんな子供騙しな本読むかと思って袋に入れたまま持ってたそうである。
数年たって、色々と紆余曲折があって、精神的に疲れて、休みを取って、山の別荘にこもったそうな。
その時に、持ってきた本の中に入れてあったので、読んだら、気もちが軽くなったそうである。
そうして、見返し挟んだ手紙を見つけたら、なんだか、涙がが出たそうである。
そうして、今まで感謝の気持ちが言えなくてすまなかったと云う。
「そう思うなら、来年、逢って積もる話でもしよう・・」
彼は、一間おいて、「お盆、以外にな」
そう、もう一度会いたい人が何人もいる。
生きてるうちに会いたいと思う。

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来年は、お盆にしか会えないと思う。

某友人は、日本を捨てた日本人である。

先日の夜、急に来ると云うので待っていたら、来た。

二世代前のクラウンが止まっていた後部席の窓が開くと、顔をだした。

歩くのがつらいから、こっち来て欲しいと云われたので、後部座席に座った。

運転は、奥様

流ちょうな日本語を話す。

軽く説明をしてくれた。

彼は癌のステージ2、日本での仕事が済んだら、米国に帰るという。

帰国後は治療をするが、医者曰く、治療の成功はのかくりつは50%なので、今のうちにできることを処理しておこうと思って帰国したと云った。

今日の来訪は、26年前に借りた本を返したいと云った。

根を詰めて仕事をするぐらいなら、これぐらいの本でも読んで気を休めたらどうだと云って渡した本だった。

「ムーミン谷の夏休み」

大した本ではない。

急に思いだしたのは、手紙を挟んだなぁといううすぼんやりした記憶だった。

すると見透かしたように、

手紙は返さないけどいいかと云われた。

本に挟んだ手紙を見せてくれた

懐かしい筆跡である。

細字の万年筆の字が並ぶ、

「○○へ

米国へ旅立つ君へ

(途中略)

日本にいる親の事、弟の事、家の事、類のあった人のことは、覚えゐておいて欲しい。

長いようで短い人生で、君に会えたことは、どれだけ救いになったかも知しれない。

君の救いになったかどうかわからない。

でも、覚えてえいてほしい。

君と共有した時間は楽しかった。

もし、米国へ行くことがあれば訪れてもいいだろうか、歓迎してほしいとは思わないけれど、会えたらいいかなとおもう。

異郷の地ある君を思いやることは少ないかもしれない、でも、多分、覚えている。

覚えていたい。

自分の事を、覚えて居て欲しいとは頼めないけれども、また、どこかのハンバーガ屋で、話をしたいものだと思う。

元気でいて欲しい。

        好日」

と書いてあった。

「好日」と云うのはよく使ったと云うか、今でも使う、締めの言葉である。

彼はある意味合理主義的だった。

商社という組織に入っていたが、旧弊でたまらないと云っていた。

それが、そのうちにバカらしくて仕事をやってられないと云いだした。

すると、自費で、海外留学、そのまま米国居ついていた。

彼とは、小学校の頃、ある塾のクラスで知り合った、大変頭の良い子だった。

塾では、中学高校を通して、仲が良かった。

向こうは東大選抜・・・でしたけどね。

数年おきに年賀状が届くという感じだった。

ここ数年は、メールが年に数回届く程度で、生きてんだか死んでだか判らんという状態だった。

たまたま、3年前に彼の家の前を通ると、忌中の張り紙があったので、声を掛けると、出てきたので、そこの庭で少し話をした。

聞けば、彼は、もうすでに日本人ではなかった。

私に、今何してるのかと聞かれたので、こんなことをというと・・・

呆れられてしまった。

宝の持ち腐れとはこのことだなと云われたが、気楽でいいというと、

それが一番だともいった。

その時は、色々な手続き、主に相続関係をかたずけるために、1か月度滞在し、いろんなことを済ませて帰ると云っていた。

その時初めて会った、金髪碧眼の奥さんは、日本語ができた。

今回の帰国は、不動産の処分の為という事だった。

名古屋の家は、一部が彼の所有だったが、弟が住んでいるので弟がそのまま住むために、名義を変更した。

東京にも、母親の実家が残っていた。

これを売却するために、明日、東京へ行くという。

長い間借りてて悪かったと云われた。

そうして、車を降ると、窓が下がり顔を出した。

そうしてこう云った

「妻に、メールと携帯の番号を教えておいていいかな?」

 構わないというので、奥さんに向かって、番号を云うと、彼女はすかさず架電ボタンを押したので、着信したので、こちらも登録した。

このやり取りを見ていて、車内から手が伸びた、

 「今までありがとう

  来年は、お盆しか帰れんかもしれんのでね」

 そういって握手した。

 頼りない手だった。

「元気ななろうね」というと

手を振った。

そうして、テールランプの光を残して去っていった。

 

 

 

 

 

 

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今日も、コロナデブ対策(その3)

コロナデブ対策で、車に乗らない生活がほぼ3ヵ月

ここ数か月で乗ったのが、友人との外での会合(笑)1回のみ

車庫に入るのは、模型を探す為だけ・・・である。

当然様に、「はっちゃん」は冬眠中である。

去年の11月以降動かしてないのではないかと・・・エンジン掛けるの要注意だなと思いつつ・・・暑いから放置。

今週は、膝が痛い(←爺さんの証拠)ので、徒歩(ほとんど競歩)と走るは中止で、小僧のご指導で筋トレ・・・と自転車(膝に負担掛けないようにして)である。

模型店まで、往復9キロ、少し遠回りで10キロ

今日は県図書館まで、行って往復22キロ。

途中で模型屋によって散財(←バカ)

1/32 Revell 紫電11型と、1/32モノグラムのM4シャーマン(良く判らんシャーマンである)

あとレジのパーツ・・締めて数千円・・・紫電11型は、ヤフオクなら1万円近い・・・けど、そのお店は安い。

(顔見知りと云うか、25年ぐらい通ってるので、元常連さんかなぁ?)

安い値段を値切り倒して買った(ごめんなさい、でも値切るのもたのしいのよ・・・)

今週は、雨降った火曜日は、競歩で4キロ以外は、帰宅後20キロの自転車走行は日課にした。

フレックスで、定時で終わって、5時半まえには帰宅出来るので、帰宅後即、頑張って走る時間がある。

せっせと走る。

夜は糖質抜き生活・・・結構つらいですね・・・

でも効果はテキメンである。

昼も、鶏肉のサンドイッチ(自前)で、必ず、寝る(10分でも、20分でも椅子に座ったまま寝る。)。

昼当番ではないので、電話には出ない(昼担当は、担当はいるがコイツが出ないので若い衆が出る。)。

1週間(自転車で、120キロ、競歩で12キロ、軽いランニングで10キロ)合計140キロ分ぐらい運動した。

汗がよく出て気持ちいい。

大学生時代、免許を取ってからも、土日の移動は基本的に自転車だったので、その生活ぽくて楽しい。

友人が、東海道を歩くというイベントを夏休み中にやっていた。

その真似をたことがある。

大学を出てからも続けていたが、東海道53次を完歩した時は、「二度とやるか」とおと思った。

自転車では、大学中は色んなところへ行った。

岐阜、津、豊橋ここまでは日帰り、京都はさすがに無泊2日だった。

海外旅行に行ってもよく歩いた。

ギャングが怖いので、基本タクシー移動が多かったが、写真を撮りに行くときは極力歩いていた。

重いカメラ背負ってい歩くのである。

だから、歩くことは苦にならない。

近場、片道2キロ程度は、極力歩く様にして居る。

1か月ぐらい前に、デブった感覚があった・・腹の感じがね、何となく脂肪が付いた感があったので、この年で、太ると・・・腹が出るとヤバイと云うの奴である。

良く痩せた体形で、腹だけどーんと太い人がいる。

危険である。

中年以上で、ベースボウルを趣味としている人が時々いるが、この手の人はなぜが、腹がもののごく出ている人が多い。

石川啄木の様に結核が原因で、腹が膨れているわけではない。

なんでかなと思うが、運動してそれ以上に栄養を取り込むことは目に見えている。

変な話であるが、ジャズの演奏をする店に行くと、タバコと酒は付き物である。

だが、酔っ払うために来ているわけではないので、皆さんお行儀が良い。

だが、ジャズ好きと云ってもいろんなジャンルがあるので、人は色々である。

今どきタバコ吸って、ウイスキー飲んるのがかっこいいと思っている奴が、時々まだ居る。

恐竜みたいな奴だなぁと思うが、本人は反省はしない。

禁煙デーは、余分にタバコを吸おうという輩である。

自転車で走っていて不愉快のは、歩きたばこのおっさんの存在である。

ついでに、競歩中に、路上でホタル族をやっている爺さん連中の存在である。

気持ちよく走っていると、たばこの臭気である。

非常に不愉快である。

不愉快ついでに書くのであるが・・・

毎日、老犬の散歩に朝晩行っている。

わんこの落下物を拾ううために火ばさみを持っている。

ついでに、路上のタバコの吸い殻を拾う事にしている。

老犬で、歩く速度がものすごおそいので、ここ1年ほどは、せっせと拾っている。

路上で、多いときは10本ぐらい拾う。

途中の公園のベンチは多い時で5,6本

無い時もあるので、珍しいなと思っていたら、近所のおばさんが拾っていた。

つまり、300メートルの道路で、毎日10本ぐらいのタバコの吸い殻が落ちているという事である。

スーパーマーケットのベンチが禁煙なったので、店内の入る前にタバコの煙の来襲を受けることは少なくなったがその分、スーパーの出口付近の路上に吸い殻が目立つようになった。

今回の武漢肺炎(コロナ)で、タバコ吸う奴は、武漢肺炎(コロナ)感染率が高い、罹ると死亡する危険性(リスク)高いとわかった。

それでも止めないは、パチンコ屋に行くことが止められない人みたいなもんである。

パチンコで、生活費稼いでる奇特な人もいるが、そんなのはわずかである。

店開けてても、前年対比で70・60%減なんてザラ見たいで、マスコミの言う「自粛警察」(ここで警察とい言葉を使うところが、マスコミの嫌らしいところである、警察イコール理不尽な行為をする集団というイメージで使うからである)は批判をするが、実際は、パチンコ店なんて三密と云いながら、その実体、三密になるほど客が来ない・・・という場所である。

そんな状況は、もう、10年も前から、店内スカスカ・・・店、何時止めようというモードだった。

「自粛警察」は、一般的な生活者から見れば、正義を振りかざした「テロ集団」である。

防疫に気を付けて店を開業しているところを見つけては、嫌がらせをする。

やってる本人は、自分の正しいと信じていることをやっているだけだが、これは、宗教的な自爆テロとそんなに変わらない、テロである。

自粛警察ではなくて、自粛テロである。

マスコミは、基本的に、反権力が看板である。

警察は、その権力の権化である。

だから、存在を貶めたい。

警察官の仕事がどれほど大変かという事を考えないから、平気で批判をする。

自粛「警察」なんて書くと、組織的な感じを受けるが、実際は、個人の単独犯行が多いのだろう。

他府県ナンバーの車をパンクさせるという行為もあったが、パンクさせると長く居座るから余計に良くないと考えないのだろうか?

山へ行く奴を批判したら、有名人がそれを嗤うという現象もあった。

この有名人は、自分の価値観だけで生きている人だという事が良く判っただけである。

単に想像力が足りない人という事を露呈しただけである。

また、現在の住民票のある場所が、良くないことを云ったから住民票を他へ移したという。

これは、莫大かどうか知らないが、住民税が入らくなるよという意思表示でたんなる嫌がらせである。

こうした行動は、こうだから、こうするという説明がないので、幼稚だと感じる。

あるお医者さんが、自分の故郷の市役所が、アホな反政府的な元次官呼んで講演会をするので、この者を呼ぶことについての説明を求めたが回答をしなかったという事で、住民票を移すと宣言したことがあった。

この時は、ちゃんと理由を説明しての行為である。

しかし、有名人は、自分に対する批判があったことはほのめかしたが、その内容は説明しない。

幼稚と感じるのである。

この幼稚さ、と云うか、幼児性は、世界禁煙デーに外で余分にタバコを吸ってやると云いながら、外で馬鹿みたいにタバコ吸う奴と同類である。

爺さんになると、健康に留意するので余計に、色々と感じのである。

 

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官給品のマスク届きました、でついでに連想したことなど

官給品のマスクきました。

郵便で来たので来たのではなくて、子供が学校で支給されたという事で持ってきました。

小さいわ・・でも

これのお陰で、マスクの買い占めがなくなったと思えばいいかと思う。

他の使う人(子供向けかな?)にあげればいいのである。

おっさんには小さいけれども、小中の子供や女性には十分使えるのではないかと思う。

おっさんみたいな顔のサイズ、超デブはムリかな・・・

大きすぎるよりはいいのではないかと思う。

マスク、うちでは、アレルギー用に常備してあるので困りはしなかったし、役所で、マス装着が義務になった時点で、マスクは交付された。

無い人は、使ってという形である。

うちの小僧さんは、愛知県知事のむの差に激怒している。

感染が怖いという事である。

面前シールドを高校生に配れよと云いたい。

小僧さん、「大村という馬鹿知事は、自分はあんまり人に合わなくてすんでると思って・・・」と激怒モード。

地方自治体のアホな県知事、都知事があぶりだされただけである。

府知事は、売名ぽくみえるのは気のせいだろうか。

府知事を褒めるなら、不眠不休で働いている、安倍首相の奮闘を褒めろよと云いたい。

よくパチンコ屋がやり玉に挙がっていたが、2,3,4月で売上げは、急減している店もある。

開店していても、客が来ない、店を閉めないと報道されて批判されるので、舌なく休業、でも再開と云う店もあったようである。

パチンコが20兆円産業とよく云うのだが、実際は、現状、青息吐息のところも多い。

過去の記憶ではパチンコ屋=儲かっていると云うのは幻想である。

2000年以降、どれだけのパチンコ屋がつぶれたか。

原因はさまざまである

2000年と云えば平成12年、バブル崩壊後の不況でも好況でもない、皆んな生活レベルを落としてはいなけれども、バブルの時の様に、「次もすぐに大金が転がり込んでくるはず!」という期待値がなくなったので、支出は抑え気味に。

バブルの「超」が付く好景気をおぽえている人から見れば、バブルの様な景気の良さではないが、地味な景気の良さは、続いていた。

景気が、悪くなかったのが、2000円から2019年までである。

2020年は、武漢肺炎だから仕方がない。

でも、新聞が言うほど、世の中は不況でもない気がする。

人通りは少ないけど、コンビニは客単価が上がって、売り上げは変わらない。

消毒等で経費は上昇傾向であるが、それを余りある売り上げである。

一番驚くのは、お家で生活になって、パズル業界が大儲けしたという事がある。

前年比で、200%以上という。

自分に身近な模型はどうかと云えば、模型店は朝から大繁盛である。

前年比150%である。

出戻りモデラーもいるけれど、子供連れが多かったので、新規開拓になったのではないかとと・・・

変な話であるが、行きつけのお店(業種は隠す・・バレバレですが・・・)横に、○○科病院の第二(第三かもしれない)駐車場がある。

ここは、そこの三流医の車の車庫と看護師が止めるための駐車場である。

その駐車場に、行きつけのお店のお客が無断で車を止めるという事で苦情になったことが度々あった。

店の入り口、キャッシャーの机の上、店内至るところに、「隣の駐車場は、お店の駐車場ではありません」と・・貼ってあった。

理由を聞くと苦情があるので対策であるという事だった。

ところが、ある時は、この三流医が、日中店に怒鳴り込んできた来たという。

お客さんドン引き、バイトは恐怖におおののき・・・という怒鳴りかただった。

誰か動画に撮っとけよと云いたかった…が機転は回らないから仕方ない・・・。

録音でもしていればよかったと思ったが後の祭りである。

店主が、脅迫されてるみたいで怖いと相手に言って、止めなかったという事が記録にあれば・・・脅迫が成立する可能性もあると、考えてしまった。

随分とひどい物言いだったようである。

お店としては、店内、店の外にも、「この店の隣の駐車場は、関係ない駐車場だから止めないでね」と書いてある。

でも、店の駐車場ではないとという事が判ってい居ながら駐車するバカがいる。

これは確信犯である、情状酌量の余地はない。

そうして、とじ込められると、お店に駆け込む。

お店としては、「自分で、言って解決してね」となる。

確信犯的な馬鹿なので、常々、この手の馬鹿は死んでほしいと思う。

意外と、小心そうな人が平気でやるから驚きでる。

その実、その店の客が止めるだけでなくて、周囲のほかの店の客、住人の客も平気で止めて放置するようなのだが、主たる攻撃は、行きつけのお店に集中する。

そんな態度は、患者さんにも向けられるようで、評判が悪い。

時間遅れて謝罪しても怒るという、客商売とは思えない特権階級的な意識が強いようである。

お陰で、この医者、近所合壁、すべからく評判が、大変悪いらしい。

ネットで、態度が過ぎると書かれてても、その内なくなる。

多分、憶測であるが、悪く書かれていると、掲示先へ苦情を言ってその評価を消させるようである。

本当に、質(たち)が悪い。

(蛇足

 ネットの評判で、全く評価が書いてないのは少々危険である、いい評価しかないは嘘くさいし、悪い評価が皆無なのも妙である。)

この医者、専門は〇〇科で、日帰り×〇障の手術を宣伝している。

歯医者、○〇科は、最近激戦である。

30年ほど前に、歯科の生徒が増えた。

10年後は飽和状態だよねと云われた。

歯医者は20年ぐらい前にどっと増えた。

ここ10年は、○○医が増えている。

高齢化で、その手の病人が増えるという観点からだろう。

で、この医者の〇〇障の手術が、ここ数か月と云うか半年近く皆無である。

これは、施術のある曜日の午後、看護師は全員帰るから推定できる想像である。

元、準農村地帯地帯である。

ベットタウン化はしてはいるが、横のつながりは強い。

特に、高齢者の横のつなりは強い。

悪評が立てば、客は来なくなる。

よほど、近隣の客が来なくなったからか、同心円上のいたるところに看板を立てる

電柱、空き地の立看板、道路べたの看板…無数に立ていいる。

看板だって、毎月経費等の名前の現金は流失する。

ベットタウン化しているという事は、競合の医者も増えるという事である。

ちょっと離れた駅前には、新しい医者が開業している。

そう考えると、じり貧ではなくて、急落ぽい感じである。

で、コイツ、駐車場に、監視カメラをつけた。

自分が借りている、駐車場を向いてるのであれば問題はないが、よく行くお店の駐車スペースにも1台向いている。

これは、プライバシーの侵害ではないかと思うのである。

で、自分の医院には客は来ない。

監視カメラの映像を見ると、そのお店のお客はひっきりなし・・・である。

気分的には、私立の医大を出て、ドサマワリの果てに、嫁さんの親戚を頼ってその地に開業しただけである。

お客さんが来やすい立地を考えた病院設立とは考えられないような場所である。

おまけに、病院の出入り口の造形、駐車場、見るからに、顧客の利便を考えていない。

つまり身勝手な形態という事である。

其の駐車場、でかでかと「○○○の駐車場ではありません」と看板がある

傍から見るとただの馬鹿にしか見えない。

悪く言えば、客商売の医者とは思えない行動である。

お店の駐車場とわかっていながら止める奴にたいして、酷い態度で接した時に、酷い態度を受けた側がどのように感じるのか?

「想像したり、考えたことないだろう」と思う。

こんなんとこへ止める奴が悪いという基本路線は置いておいても、自分がひどい態度をとれば、次はぜったに止めないと思う。

だが、自分の医院の客にならないという事を忘れていないか?

と聞いてみたい気がする。

感覚が時代錯誤も甚だしいと思うのである。

世のかで、商店主と、医者と比べてどちらが偉いのかなんてことを思う奴がいるのかと云事である。

医者という職業が地元に貢献しているなどと主張するのも、意味が分からない。

医者の貢献て何?と考えてしまう。

そんなことを云うのなら、地元に昔から根付いて、長い間商売をして税金を納めてる方がどれだけ立派かという事が判らないらしい。

医者と云う職業が、偉いなんて思うのは時代錯誤も甚だしいのである。

偉かったのは誰であろう。

基本的には、田舎から東京の私立の医大へ行かせた親のふところは、エラカッタ(名古屋弁で大変の意味)のであろうとは思う。

勉強ができたんで、医者でもなろうかと思った手合いなら犬以下の思想である。

あんたの親、奥さんの親、親戚が土地持ってるので、その辺の人は固定資産税の支払いが、えらい(名古屋弁で大変)だろ云うとは思うが・・・あんた個人が尊敬を受けていないのだから、偉いわけではにだろうと思う。

まあ、自分の病院には、客は来ず、目の敵の店には客が来る。

監視カメラの映像を見ていればよく判る・・腹が立つのは、意味が分からないそういってやりたい。

だが、その内、つぶれるだろうなと思う。

前にも計算したが、機械はレンタル、車はリースか、ローンか判りはしないが、毎月の金食い虫だろう、それに駐車場の賃料、看板代・・看護士の給料、建物立てた時のローン…

「毎月の支払いは幾らだい?」

「現在の月額の診療報酬は、幾らだい?」

どっちが多いのかなぁ・・・支出が大きければ、1年は持つまい。

さて、あと2年ぐらいは、持つかな?

 

 おッと、5月27日は、海軍記念日だった。

 バルチック艦隊を破った日である。

 忘れてはいけない日の一つである。

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コロナデブ対策 その2 無駄な努力か?

コロナデブ対策実施中

以前は、仕事中に、一日、徒歩(時速5から6キロぐらい)を、2時間ぐらいは歩いていた。

歩速は速い、生憎と足が長いので、速いのだ(←自慢)

田舎のバス停ですさまじいのは、次のバスが、1時間とか2時間後なんてえのは、ザラなところがあるという事である。

そうなると、自然と歩かざるを得ない。

某羽島市では、2時間に1本なんてひどいところがあった。

周回コースを横切れば(大抵は走っていた・・)、自分が乗って降りたバスに再び乗れると云いうこの僥倖・・・(←田舎だと馬鹿にしているわけではない)

ここ、6年ほど、仕事で車を使うのは、本当に辺鄙なところへ行く場合と決めている。

電車がないとか、バス停がないとか、バス停があっても3時間に1本とか朝夕しかないとか・・・バスマニアではないので、そんなところで乗る気はない。

仕事で、車乗ると疲れるのよ・・・オートマだし・・・(家には、マニュアルしかない・・・)

嘘みたな話であるが、オートマは疲れるのである。

大体、過労状態で、車乗ると危ない、病気あるから、あんまり、官用車乗りたくないもの。

コロナ騒動で、基本的には、電車は避けたい。

通勤経路と云うのが決まっているので、容易には変えられない。

定期券代返還せよと言われても困るのでね。

やはり通勤経路上の徒歩は、駅から会社までと会社から駅までを徒歩に変えても徒歩の距離は4.2キロほどしかない。

これだと、500キロカロリーいかない・・

そこで、帰宅後、1時間以上かけてせっせと、自転車で12キロ走る・・・

〇〇〇空港の周辺県道、国道を走る走る・・・丁度12キロ

大周りをすると、20キロ弱・・・さすがにこれはつらいので、土日メニュー…でもよく眠れる。

4週間続けたら、おなかのぽっちゃり感と云うか、余った感じ、デブった感はなくなった。

最初の2週間はてきめんで、体重は元に戻った。

安心して、先週、土日さぼった。

緊急事態宣言の一部解除で、今週は毎日出勤になった・・・通勤時間の2時間が運動に廻せなくなった感が強い。

月火曜日は雨で走れなんだ・・

で、昨晩、体重計に乗ると、一時期減った分が、若干又戻った・・・・?????

がぁーーーーーーーーーーん

食べる量は減らして、間食も減らしているが、戻った・・・なんで?

小僧さん曰く、1・2キロなんて、水分とか、諸々あるからさぁ・・・である

お菓子は、土日だけと決めていいる。

ちなみに腹、背、胸、足筋は結構固い、かちかちではある。

ところが、数年来の是正項目としては、内臓脂肪があるのでこれを落とさないといけないモードである。

間食は、基本カロリーの低いものに変更。

なんでわからんので、運動再開。

そう思いつつ、最近のプライベート移動は全部自転車・・・・車・・・乗らないねぇ。

ちなみ、自転車、片道20キロぐらいならOKである。

家から古本屋まで自転車で行こうかと思っている。

ちなみに片道11キロ・・・

寄り道して、往復23キロ

帰宅後徒歩2.5キロ

25キロしか移動していない

小僧さんの計算では1300キロカロリー消費したぐらいだそうな・・・・・

1キロ減らすのに大体、7200キロカロリー

毎日25キロはムリ

頑張って、700キロカロリーは消費したい・・・

普通に、帰宅後のトレーニングでは、丸っと2週間ぐらい頑張らないと減らない・・・

小僧さん曰く、夜は糖質を取らない(コメ類くわない)、うちの小僧さん同様、鶏肉生活?

アンド、生活と日中4リットリ水を飲む生活を始めようかと・・・

とまぁ・・・さらばデブよという感じである。

さぁ。がんばろう・・・いつまで続くやら・・・

 

 

 

 

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病気になりたくないと思うはエゴではないと思うが

病気(びょうき)と云うのは、心身の一方か、両方が、不調になることである。

心の病と云えば、精神を病んでいることになる。

病気、レ点を入れれば、気の病。

気の病(きのやまい)、治る可能性はさまざまであるが、基本的に治癒する率は、低い。

びょうきと読まなければ、「やまいけ」とも読める。

これは、病気ポイ状態といか、前駆症状的な事を云うのであろう。

読み方で意味が変わる、日本語は難しい

だが、汎用性が高い漢字を使えることは喜ばしいことである

身体的な病気と云えば、色々あるだろう。

病気とケガとは違う。

ケガは外見的な損傷である

病気は、直接機に見えないことが多いし、早期発見できなければ、死に至たることさえある。

ただ、ケガでも重ければ死んでしまう。

誰彼を問わずに病気にはなりたくないだろう。

病気になりたくないと思う事はエゴだろうか?

例えば、インフルエンザにかかって高熱で苦しんだことがある人は、次ぎには、罹らないことを願うだろう。

癌になって一応なおって、5年待つこと心持は、病気からの決別を心から願う事ではにかと思う。

これは、希望である。

病気は楽しくないし、基本的には気持ちが悪いし、不愉快で、苦しい。

出来れば避けたいと思うものだろう。

以前、難病にかかってしまったという人の家族と接触したことがある。

病気の原因は不明という。

厚生労働省の難病指定に該当する様な病気なである。

遺伝子の複写部分で、何かが掛け違ってしまって、信じられないような難病になることがある。

そうなることは不幸である。

病気は、不幸である。

病気が、不幸なのではない。

病気イコール不幸な状態である。

長年、難病を抱えて暮らしているのは不安である。

不安に思うのも、不幸である

不幸とはあまり身を入れた付き合いをしたことはないだろうし、希望する人はいないだろう。

幸福とは近しく生活をしてるからこそ、誰でも不幸は避けたいと思うはずである。

思いもよらない時に、不幸に出会うと、御見それするものである。

不幸になりたくないと思う事はエゴだろうか?

病気になりたくないと思う事は、エゴだろうか?

ここで、不幸、病気でない状態、つまり、不幸ではなない状態、つまり、健康とは何かという単純な質問がある。

病気でない状態が健康と云ってしまう部分がある。

精神的に堅調で、身体的にも不調でない存在、それが健康である。

(言いきるのは難しい事ではあるけれど・・)

「健康へのエゴ」とはなんだと思った。

エゴとは、エゴイズムの略である。

ここで云う「エゴ」とは、利己的、自己中心的で、他者を軽んずるという風潮のことを言うのだと思う。

哲学的な、「エゴ」つまりは、精神性としての「自我」ではない。

多くの場合は、現在的な使用法を見れば「エゴ」などという言葉自体が、良い意味ではない。

だけれども、自身の健康を願ってマスクをつけるとを、エゴという人がいると聞いて少々驚いた。

この物言いは、ある意味、健康への、生きることへの渇望を「エゴ」というようなものである。

3月から6月の初旬にかけてのマスクは、アレルギー持ちの必須アイテムである。

これは、完全に防御である。

掛かっていない人にはわからないだろうが、目はかゆい、咳はでる、頭は痛い、気分は悪い。

それを薬で抑えるが、抑えることが出来ない部分がある。

そこで、マスク登場である。

防御はエゴだろうか?

風邪がはやる時期、インフルエンザが流行る時期には、マスクをする。

この時のマスクは、予防的意味合いと、感染を拡大させないと防疫的な観点がある。

つまり、単に、病気になりたくないとのでマスクをしているわけではない。

マスクは予防でもあり、他人への配慮でもある。

今回の武漢肺炎の拡大が判った時点(1月である)、マスクは必須となった。

こちらは、徐々に、電車通勤が非常に苦痛となった。

だって怖いもの。

車内がほぼ全員マスク装着の時期に、マスクをしない馬鹿(あえて馬鹿と書く)がいると不愉快だった。

だって、こういうのに限って咳をするのだもの。

そうし、対BC兵器用のマスク(細菌、化学兵器用マスク)を、乗車中だけはかぶることにした。

基本、何時でも手袋をしているのいいのだが、やはり誰が触っているのか判らいものは触りたくないのである

だから、車内には一切触れないようにして、踏ん張っている。

これは予防である。

予防を否定する手の奴は、テロリストと同じである。

だって、テロリストの希望は、小さな破壊工作で、大きな影響を与えたいからである。

予防されると、テロ効果がそがれる。

また、最初の発症者が、外国人(大陸出身者で、永住許可取得者)であることをマスコミは隠した。

次々と現れる発病者が、外国人であることを隠したのはマスコミである。

彼らは、日本人(帰化者を除く)が、外国人への反感を抱かないようにいつも操作をする。

暴力団員が、最近は実名報道されると、半島出身者とわかことが多いが、昔は、わかっていても、知っていても平気で通称名報道をしていた。

米国への入国ができない公表されている暴力団員の大半は、通称名である。

ここにも、彼らマスコミ大好きな「忖度」がある。

この忖度は、既に異常である。

一部の政治家にも居る。

こうした忖度が、入国禁止措置を遅れせて、国内の感染拡大を助長の一部と考えると、ある意味、マスコミによる間接的なテロである。

テレビを見ると、少々、なんだこの物言いは、と思う事が多々ある。

テレビない生活なので見ることは、ほぼ無い。

でも、時々、ネットニュースで、その手の発言をとらえた報道があると、居酒屋で飲んだくれているクソ時爺の世迷言の様な言葉が多い。

要は、クソ野郎の発言である。

テレビしか見ない世代、60歳以上のひとかな・・・は、この手の世迷言が、頭に入りやすい、そこで容易に騙される。

だって単純だもの思考が・・・またテロリストの発言が、入りやすい。

バカでも判ると云うか、バカしか理解できない言葉で話す。

プロバカンダ(政治宣伝)は、容易な言葉こそ頭に残りやすい。

独逸第三帝国時代のプロバカンダは秀逸である。

ある人種を否定して、財産をすべて収奪する。

収奪した財産は、すべて、ナチスが使う。

財産は、戦争の費用へつかわれる。

いくら、シャハト財務相が優秀でも、財政上の付け替えいくらしても限度はある。

その限度を解消したのが、ある裕福だった民族の全体からの収奪から得た。

ナチスの戦争犯罪とで云うべき収奪を助長した者に、ヘンリーフォードがいる。

ナチスへの多大な献金をしている。

これは、反ユダヤ政策への共鳴である。

共鳴の理由は何か。

政治宣伝の結果である。

政治宣伝は、商品宣伝の延長である。

商品宣伝、コマーシャル的な政治宣伝が日本でも成功したことがある。

マスコミによる民主党の間接的な宣伝が功を奏した。

バカは騙された。

お陰で、暗黒の民主党政権が出現した。

あの時代にできた法律の最低な事。

昨今、話題になった、検察への政治介入は、自民党政権ではほぼ無い。

銃撃事件で、検察に介入したのは誰あろう「民主党」の政治家である。

彼らを推奨したマスコミは、今でも印象操作しかしないが、その手法もほばばれている。

ある一定層の人間は騙されはしない。

しかし、騙される奴もいる、それは事実でもある。

マスコミの酒場の酔っぱらいの思考パターンの司会者は、言う

「マスクをする奴はエゴイスト」

これは、あの共産主義ファシストの真っ赤なWHOが、「マスクは意味がない」という主張の延長線でもある。

感染予防、感染拡大予防のためのマスク装着を、批判する。

そうして、自分たちの批判が、間違ったと気が付いた時に、「感染したくないというエゴが、感染拡大を回りまわって感染を防いだ」と主張して、完成拡大をした防いだ個々人の努力を、エゴイステックな行動とと云って批判したのである。

感染拡大を、防ごうと努力した市民(左翼のいう行動的左派運動家ではない)一人一人の努力を嗤ったのである。

基本的に、マスクイコール防御としか考えられないのは、知恵が足りない、想像力が足りないということである。

公の福祉の実現である感染拡大の防止と、自分の幸福の追求、半数以上の国民の自分自身の生活的な欲求を押さえて、経済的に苦しい部分の発生さえしても、努力した「配慮」の部分を無視して、「エゴ」と言い切る人間は、屑であろう。

この手の者は、精度、誤差とか公差とかを理解していいない人がいる。

基本的には、そういった単細胞(バカ)は、100%か0%の択一である。

統計学を知らない、と云うかパーセンテージの意味が分からない。

母集団に対しての割合の意味が分からない。

時間の概念がない。

そんな奴がテレビで、この手も暴言をまき散らしているという。

病気になりたくない云う気持ちは、公的な健康で文化的な生活を送る権利の希求であって、エゴではない。

そう思うのである。

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