死へのいざない


時々死にたくなることがある。

先日も、友人との飲み会の向かう途中、駅で通過列車があると聞いて、ホームのヘリから通過列車を見ていた。

この時、身を躍らせると死ねるなぁと、ふと思った。

この感覚は、時々「むく」と頭をもたげることがある。

突然出てくることがある。

病んでいると思う。

午前中に、偉そうなことを若い子に云ってはいるが、自分はどうだったという気がするのは自己嫌悪である。

もう少し、自然な人生を送るべきだったのかと思う事さえある。

22で、難民キャンプで短期間のボランティアに参加したことがある。

この時に、難民高等弁務官事務所の職員たちの高級官僚部をぶりを見て反吐が出た。

難民が死ぬことなんて興味はない

クーラーのかかった事務所から出てこない。

衛星アンテナの受信機でテレビを見ている。

報道陣が来ると、大変そうな顔をする。

そうして、大げさに、死んでいる子供がいるから援助が必要という。

難民キャンプに、夜砲弾が撃ち込まれる

迫撃砲である。

トラックに載せた重迫撃砲を撃ちに来る。

事務所は狙わない、テントを狙う

撃退は、ボランティアの志願を募る。

馬鹿じゃないかと思った。

この時、日本人は、いつまでたっても白人に反抗した黄色いサルという感覚を持ったされた。

24の時に、殉死を考えた。宮城の廻りを何度も、何度徘徊した。

敗戦の日に、宮城の広場で泣き崩れた人のように、座り込んで泣いていた。

その日が来る前までは、朝、毎日のように熱田神宮へ行き、社殿の前にの土下座をして祈った。

泣きながら祈っていた。

その時が来て、殉死はできなかった。

祖父は、言った、生きていればいいことがある。

死んではいけない、親が悲しむ、子が悲しむ、兄弟姉妹が悲しむ、祖父祖母が悲しむ。

生きて帰ってくることが、最大の幸せだと思うべきであると言われた。

「人の為になることをしなさい。」

これは、家訓である。

人の為になることをしてから、死ぬべきと思うことがある。

25ぐらいの時に本当は、死んでいたかもしれない。

残念ながら死ぬことは無くて帰国したが、心は抜けていた。

帰国したときに、申しわけない気分が「いっぱい」あって死んではしまった人に申し訳がなかった。

転職後、思ったのは、民間もいい加減だったが、役所もいい加減で、ファジイと云うか、グレーゾーンと云うか・・そういった処が多いと感じた。

でも、正義感なんて1ミリも役に立たないことも分かった。

真面目にキッチリ仕事を行うことは、単に、うっとおしい奴にしか見えないことが途中で分かった。

一所懸命、法律を覚えて、事務実施要領を覚えて、通達を読み込んで、業界指導もきっちりやったが、評価はしない。

当時、後任者がいい加減だったので、前任者だった私のところに苦情が来たぐらいである。

業界は、老舗が多く、官を立てるが、官を尊敬する気は微塵もなかった。

典型的な面従背反であった。

ついでのように仕事をしていれば、相手の見る目は厳しい。

それは、いい加減な担当者が続けば、民間は馬鹿にする。

最初、私は、自分のできることは皆無だったので、最初の3か月で法律、事務実施要領、通達、実務上の注意点を全部覚えた。

赴任して1週間もたたないうちに、業界団体は、値踏みに来た。

回答が判らなかったので、正直に赴任して来たばかり判らないので、急ぎであれば上部へ至急廻して判断を仰ぎたい、急ぎでなく1週間ほど時間がもらえるのであれば、検討して連絡をしたいと伝えた。

すると、業界団体は、その翌日、今度来た担当は、前任者とは違うので、いい加減な対応ではいけないという結論になったそうである。

担当期間は2年であったが、こちらは沢山勉強させてもらった気がしている。

正直、今の仕事について一番楽しかった2年間であった。

この時、時々、木曽の山奥の友人宅へ行くことがあった。

又、訪ねてきてくれることもあった。

楽しい輝いていた時期であった。

その友人ももう亡くなって15年以上たつ。

最近、疎遠で申し訳ないと思う。

体が利かないので仕方がない。

思い出の中には、いい思い出がたくさんあるが、嫌な思い出もある。

前に書いた、変体爺との思い出は嫌な思い出である

最近、女性との距離感が妙に近くなったと思うと、うっとおしくなる。

女の図々しさが見えると何となくどうなんだという気がすることもある

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曲がり角?

ある古い車のフェステイバルがある。

クラッシクカーフェステイバルと銘打つて何十年も続いている。

他のメーカーも見習えよと云いたいが、皆さん青息吐息で無理であろう。

某社は、現代表者が、前代表者を追い出して、保身を図ったが、その実、自分も泥だらけだったことが分かった。

自分がポーズで作った委員会に追いだされる羽目になった。

この会社すでに、世界の車の社会では、車メーカーとしてカウントっされていない。

悪く言えば、ブランドでしかない

その下の某社も同じ扱いだろう

大体、ルノ―グループの一員というだけである。

日産の影は薄い

今の日産、新車がほとんどない、自社の自主開発なんてほとんどない。

下手すると、三菱に丸投げなんてえのがある。

海外工場は、ルノーと供用

車台も、ルノーと共通

ルノーは、三菱の四輪駆動技術に興味がある様である。

商用車系にも興味はあるのだろうが、所詮は、パゼロ(仮名)の延長である。

運転はしにくい、重い、耐久性はない、壊れると大変という車である。

自衛隊の1/4トン車は、前のパゼロ(仮名)ベースで、壊れると大変である。

自衛隊は、ランドクルーザーベースに、さっさと変更したいのであるが、いろいろなシガラミがあり変更できなかった。

しかし、間接的とはいえ、外国メーカーのッ傘下に入った自動車メーカーの車を使う理由はない。

大体、三菱の名前と、マークをいつまで使わせてもらえるのか?

実際先行きは不透明・・であるかな?

 

閑話休題

このクラッシッカーの集まりは、企業の主催なので、当然の様に規定がある

車齢(生産時から)による出席可能な年度がある。

生産から30年だったかな(うろ覚え・・)

フェステイバルが始まったころの三十年前の時点での20年前の車は、郷愁の車だった

車の更新が急速に早くなった時期で、昭和30年代40年代の車は急速に姿を消していた。

昔と云うか、今から50年、60年前は、車が貴重で、ある程度大量生産と云いながら、何十万台レベルで推移して、昭和50年以降は、ほんとの意味での大量生産時代となり、バブルの頃から車は、だんだん財産としての地位から、道具への地位に下落する。

欧米は、最初から、財産と云うのは、大衆車、中級車、高級車の区分の中での高級車のみであった。

現在でも、欧米は、ガラス天井があって、階級によって買える車は限られてる。

高級車は金持ちしか買わないというか、買えない。

そこははっきりしている。

だからこそ、大衆車は、ひたすら基本的な移動する手段としてのパーツしかついていない

それを、フランス車は、簡素だがエレガント、ドイツ車は、質実剛健、イタリア車は愛すべき存在なんてえのは、輸入会社と、自動車輸入販売店の考えた宣伝文句の虚言である。

またそれに乗って、外車を誉めたたえているところは失笑を禁じ得ない。

昔、歴代ゴルフを誉めたたえる人がいたので、その理由を聞いた。

「ダイレクト感、無駄なものが付いていない。」と云っていていた。

「運転をしていると気持ちがいい」

機械感があっていい感じなのかもしれないと思って、運転させてもらった。

しかし、その感じは、昭和60年代に、昭和40年代のパブリカ、コロナに乗った時に感じた感覚に似ていた。

一番近かったのは、パブリカ(UP20)のスーパーだった。

爺さんに聞いてみると、確かに、初代のパブリカ、二代目のパブリカは、運転した時の感覚は似てると述べた。

つまりは、いい道具を使っている時に感じるいい感じ。

道具として使うときの使用感かなとも思った。

良い道具を使うと、使うのがが楽しくなる。

良い刃物は、より多くの物を切りたくなるその感覚が近い。

その時のおもったのは、この爺さんは、基本、運転している気になりたいだけで、進化を拒絶した爺さんのたわごとが、ベースで、ドイツ車という先入観でものを言っているだけではないかと?

実際、初代、二代目のゴルフを運転しておもったのは、設計思想が古い、質実剛健と云えば聞こえがいいが、実際は、普通に、普通の車をドイツの工業レベルで作っていたというだけであると感じた。

欧州の大衆車は、単位に、安い車という存在である。

イタリア共和国は、、Fiat500が国民車で、なんていう人がいる。

イタリアは、昔輸入車にすさまじい関税をかけて、Fiatを守っていた。

200%っだたかな?

平成時代でもそんな具合だった。

26年前に、フータ峠で出会った、フィアット使いの兄ちゃんは、ものすご勢いで車を上から下までは走らせていたが、ユーノスロードスターが欲しいといっていた。

お互い下手な英語で話をしたのだが、日本から来たというと、ユーノスロードスター(初代)が欲しいと言っていた。

でも、新車は、高くて買えないと、中古でも300万円ぐらいするといっていた。

関税高くて、外車の安いのがが入ってこないだけだった。

だから、Fiatしか買う事ができなかっただけである。

悪くいえば、好き好んで乗っていた訳ではないという事である。

20世紀初頭、大衆車、と云っても小金持ちし買うことはできなかったが、馬に変わる移動手段と云う道具の地位を有していた。

Fordの大衆車路線は、馬に変わる移動手段、手間がいらず、突然死んだりしない道具としての車を販売した。

シトロエンの5CVもその系統であるが、運転する人を、男性に限定しなかった、女性でも運転が可能な車としての存在である。

カーマスコット講演会で、池田先生が、ルネラリックが、5CVに感動して、一頭の馬のマスコットから、5頭の馬のマスコットに変更したというくだりは、5CV つまり5馬力という事で、5頭の馬である。

先生、この5馬力と、五頭の馬のかけ合わせの部分は失念していたようで、5CVに感動して、5頭にしたとし云わなかったのは残念である。

話がずれる・・・なぁ

爺さんだからしょうがない。

今年のクラッシクカーフェステイバルは、セルシオが出てくるそうである。

もう世の末という感じである。

年数でくぎっているのでここ数年、まだ町中にゴロゴロとは言わないが、見かけなくなってきたなぁという車の出場が増えてきている。

感覚的には、安いタダの中古車という感じがするものが多い。

趣味性はない。

大抵の場合は、1975年で、区切ることが多い

1976年以降は、参加不可という区切りである。

でもである、仕方がないかなという気もする。

スバル360を見て、パブリカを見て、懐かしいと思う世代はすでにほとんどいない。

これらの車を、販売していた、つくっていた世代はほゞ死滅した。

生きているとしても、車にはのらないだろう。

郷愁の車として存在がなくなると、趣味の世界である。

私は今、強烈にスバル360が欲しい。

大学時代に手離したことを後悔している。

450だったしね。

回顧の車の展示から、趣味の車の展示に変わったのは、外車の参加を認めたころからであろう。

これからは、どんなコンセプトになるのだろう。

興味津々である。

あいにくと、主催会社は、日産の様に、自社に胡坐をかかないので、進化していくと思うので興味津々である。

20190911初出

20190912改変

 

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ふるい、古い、旧い雑誌を読む

最近、ちょっとここで知り合った方のご意見があり、航研機の文献を週一ぐらいで探して居る

航研機自体でも探すと、目的物は見つからない

航研機が目的では無くて、その川崎BMWエンジンの事を調べている。

航研機がどうのという話は多い

操縦された方が戦死されたのでその記念号ののような話もあるが、発動機に絞った話はない

川崎造船が取った特許でも見ようかという気分になりつつある。

長距離飛行機用発動機の改良と云うのが昭和14(1939)年に書かれているが今一である

川崎BMWも奥が深いものであると考えることしきりである。

大体において、昭和5(1930)年ぐらいからの資料を読み、関連部分を読み連ね・・・大体昭和25(1950)年で止めている。

キリがないからである。

で、ついでに明治10年の朝野新聞(花月新誌の発行元・・・永井荷風先生の墨東綺譚に出てきます)を読み漁っている

薩摩賊徒の乱(西南の役、西南戦争という云い方は間違いである、戦争ではない、正確には「乱」である。西郷隆盛に忖度して、西南の役である、

戦争と云うのは、言葉の意味を知らない連中の使う無知を露呈した言葉である。

この戦争という語を使用する輩(やから)「おたんちんぽあれおろがす」(漱石夏目金之助、吾輩は猫である)である。

乱は、基本内戦の意味である。

この新聞、毎回、戦地報道がある、電信のおかげであろうか・・・結構読むとおしろい。

ただし文語、漢文体、変態仮名文字で読みずらい。

でもこの頃の新聞は、意外と、まともなことが書いてあって驚く。

日清日露のころは、商業主義が蔓延しだすのでダメである。

売ろう売ろうとする姿勢が強すぎる、どちらかの勢力の肩入れイコールその勢力への新聞の売り込みになる。

明治10年ころの新聞は、自由民権運動が、旧士族の猟官運動の一つと断じている。

自由民権運動イコール、民主主義なんてえのは、戦後のファシス共産主義ファシストが流した嘘である。

要は、明治の維新で、旨い事できると感じた人が上手くいかなかったから手段としての自由民権運動を利用したという体(てい)がある。

すると、当たり前だが、各地の不平士族の乱にも手厳しい。

(ただ、神風連の乱は異質である。)

まあ、薩摩賊徒の乱は、薩摩藩の不平不満の武士階級の、最後の猟官運動の暴発とみるべきであろう。

西郷隆盛は、壊し屋としての存在意義がある。

大久保利通、伊藤博文は監理として有能であった。

新しい時代を作り上げるのには、西郷隆盛は不要である

司馬遼太郎のおかげで有名な坂本竜馬は交渉役としては優れていたと思うが、実際はどうなんだろう思うことがある。

小説の事は、どこまで本当か判らないので無視したい。

國取り物語の斎藤道三の話も、最近では、斎藤氏に取り入ったのは2代かけてという事がわかっている。

小説は、所詮小説である。

前にも書いたが、誰誰が居たという事実がある

その前後は不明

そうして、年表のところどころに顔尾を出す。

信長の様に、信長公記でもあれば別であるが・・・

平将門のことなんてねぇ

だから、小説は小説であると読めばいいが、大河ドラマなんて嘘の「ドラマ」を本当だと思う「タワケ」(名古屋弁で死ぬほど馬鹿という意味)がいるから困る。

また脚本家が、史実よりも面白さに走ると単なる漫画になってしまう。

そういった世界から離脱するために、せっせと、70年以上前の文献を読んでいる。

 

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雨の中

25年ほど前に、一時期マンボがはやった。

東京パノラママンボボーイズが火付けだった気がする。

お昼時の番組のオープニングに使われていたような気がします。

そのころ、テイチクレコードが、冒険で?CDを何枚か出していた

マンボ天国、パチンコ、マンボスパイ、南国の夜、続南国の夜なんてえのが出ていた。

幼少のころ、マンボNo5に驚喜した世代である(ウソ)

マンボは身近であった、結構好きなサウンドで、ジャズよりも好きな時期があった。

ジャズは、小さなライブハウスで聞くのが好きで、ちまちまとよく行ってた。

そのころ、マンボは、下火で聞けるのは、レコードのみ、しかも輸入盤・・・CDはちまちまとあったがいまいちであった

マンボの神様の演奏も、古い音源は勢いがあったが、後年の取り直しは・・サウンドが奇麗すぎて面白くなかった

まとまりすぎている感じが、いまいちだった。

誰でも、ミュージシャンは、古い音源の方が勢いがある。

粗削りではあるが、音にメリハリと云うか、聞いてていい感じの躍動感がある。

ちなみに、小学生のころは、グループサウンズには全く反応しなくて、ビートルズに狂っていた。

判らない英語で、ビートルズを歌う変な小学生だった。

で、25を過ぎたあたりに、東京パノラママンボボーイズに出会う

もう、のめりこんだのなんて・・・

よく出てる処へ行きました。

で、

先日CDを一部発掘しまして、聞いてしまいました

マンボ

いやーいいわぁ

この頃の元気な気持ちがわいてきた。

丁度、植木等が、「ハッスルハッスル」と云いながら曲げた腕を上下させるような元気さが何となく帰ってきた感じがする

20代のころ、ようく聞いていた曲を聴いたら、そのころのつらい話を思いだして急に滅入ったことがあったりもした。

その昔、ウオークマンで、ボレロを聴きながら中央線を延々と歩いたことを思い出したりした。

ああ、元気になりたい。

 

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岐阜県警察本部諸君に言いたい

今朝の出来ごと

名古屋市内の中心部にほど近い街中で、信号のない横断歩道を通行中、岐阜県ナンバーのバンが、突っ込んできた。

運転手は爺さん

真ん中を渡りかけた時に、突っ込んできたのが見えたので、こちらは横断歩道の中央部で、佇立

爺さん急ブレーキ

私の後ろを歩いてばあさん、転びそうになる。

今日の日中

岐阜中警察署管内の信号のない横断歩道わたっていると・・

トラックが、当たり前の様に突っ込んでくる・・・また、途中で停まると、急ブレーキ

当然の様に岐阜県ナンバーの大型

県庁、県警本部近くのこれまた信号のない横断歩道

渡っていると、公用車ぽい車、目の前を通過・・・

先週、岐阜地方法務局近くの信号のない横断歩道

車、左右で30台以上通過・・・途中で数えるのやめたよ、だって、だれも止まらない。

近くの踏切では、一時停止義務違反の取り締まりはやるが、歩行者を無視した車は捕まえない。

なんでかねぇ。

今日の午後1時ごろ、金津園近くの信号のある横断歩道・・・渡っていると、右折車フツーに前を通過

で、帰りがけ

名古屋市内のJR駅近くの信号のない広い道についている横断歩道を通行中

名古屋ナンバー停車

岐阜ナンバークラクション鳴らして停車した車を抜く

横断歩道の人見て避けて通過・・・

岐阜県警サンに、言いたいのだが、横断者優先をもっと徹底してい欲しい。

愛知縣で、無謀な岐阜県の車のボウジャクムジンな走りにはうんざりである。

スピード違反よりも、横断者がいるのに止まらない性質を何とかしろよと云いたい。

県警本部市近くの国道でも、横断中に面の前を通過する馬鹿がいる。

県警の裏手でも、東の広い通りでも、信号のある横断歩道を徒歩で通過していると、よくクラクション鳴らして威嚇して通過する馬鹿がいる。

名古屋市内でとまらないのは、女性ドライバーが止まらない。

ほぼ100%止まらない。

爺さんも止まらない

あと、外車が止まらない。

ジャガー、ポルシエは、まず止まらない。

愛知県県警本部近くは比較的安全に渡れる

ほぼ止まってくれる。

止まらないのは、岐阜、飛騨ナンバー

先週、横断歩道通行中に、三回ほど、岐阜ナンバーの車に目の前を通過された。

頭悪いのか、しつけが悪いのか?

と、今朝、轢かれそうになったので怒り心頭である。

くだらないとは言わないが、歩行者保護の取り締まりを、ガンガン行えば多少は良くなると思うのだが。

以前、岐阜近郊の所轄署の公開取締まり情報は、スピード、シートベルト・・・一時停止が多かった

ほんの数回、横断歩道関係の取り締まりが載っていた程度である。

各務原の図書館地近くの踏切近くで、1度だけ見かけたことがあるが・・・

取り締まりに、力が入る様な違反ではないかもしれない、違反点数の単価が安くて県警の財政には貢献しないかもしれないが、もう少し考えてほしいと思うのである。

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嘘を流して恥じない人たち

ヒトラーは、ユダヤ人だったというデマがあります。

これは当時のジャーナリストが流したデマです。

当時、ユダヤ人イコール人間の屑という意味でのデマです。

ヒトラーには、いろいろな嘘が多いですが、このデマなど最たるものです。

手塚治虫氏は、アドルフに継ぐで、そのネタを使って4冊も漫画本を出しました。

左翼べったりな、左翼の人は正しいという、戦中派の良くないところを具現化した漫画を沢山描いてました。

面白かったんですけどね。

彼の弟子で、某左翼団体の賛助をしている人がいます。

最初、その線を見たときに、まるっきり手塚の線ではないかと思ったぐらいである。

手塚の後期の絵と同じ線である。

つまり、躍動感のない、当時すでに受けなかった平面な絵である。

話が面白いのは良かったんですけどね・・・三つ目が通るとか

でも、考古学的にはひどい内容で、小学生が喜ぶネタ満載でした。

つまりは、子供向けの俗な、受け入れやすいものばかり書いていたという事であろう。

だからと云って、手塚が嫌いかと云えば、嫌いではないが、読む気がしないという事である。

魅力がないと言ってしまえばそれだけである。

閑話休題

左翼のというか、共産主義ファシストの諸兄(米国の民主党、日本の元民主党、元社会党も、みんなのコノ系統である)は、主張することは、自分たち為だけである。

彼らの基本路線は、身内の正義、弱者の立場と云いながら、被害者づらをすることが唯一の戦い方。

よく世の中には、実現が難しい、努力目標の最たるものという科、現実的には出来ない正論を述べる人がいる。

例えば、身体障碍者には優しくしなければならない。

これは無償の善意が前提である。

こまっている人を助けるのは、善意である。

最近は、善意は無償で、与えて当たり前だろという人がいる。

また、自分は悪くない、世の中が悪いんだとという事を云う人がいる。

選挙の演説を聞いていて、マルチ商法の営業マンそっくりだなぁと思った。

自分が悪くないという主張は、気分的には持ちたいのは判る

でも普通は、普通という言葉が差別という人がいるが・・

その自分が悪くないという言葉の向こうにはという科、次のステップには、自省がある。

では自分は悪くなかったのか?

詐欺師は云う、自分は悪くないなんて考えちゃいけない

世の中が悪いから、自分がわる状態になったんだと。

この自分は悪くないという考え方は、無責任とか、自己中心的と云われる人にものすごく多い。

ある政党の党首に共感する世代の多くは、大体、ベビーブマー世代の65過ぎの爺さんばあさんが多い。

大抵は、この手の人種は、守りは弱い。

突っ込まれると笑ってごまかす傾向がある。

話を聞いていてもごまかす傾向がある。

で、立場が逆転したとたんに性質が豹変する。

攻撃に廻ると何の根拠もなく、攻撃する。

大義名分を振りかざす。

クレーマーと云われる種族は、ほぼこれである。

大手自動車会社の労働組は、大体真っ赤かっかである。

某田舎の組合は中道左派ぽいスタンスである。

愛知は、尾張徳川家の幕末の恨みがるのか、反政府系右派が強い、でも、社民党がなくなると、民主党という名前の左翼に肩入れした。

だって、その理由は、低俗である。

根本は、政権与党が嫌い、自民党が嫌いというだけなんだもの。

根本的に浅い

某地方新聞は、新愛知、名古屋新聞が、戦前に合併して以来、左翼的であった。

戦前の新愛知、名古屋新聞の体質は、記事の内容、取材先から見ても明らかに違っていた。

合体して、70年以上たつと、結果、左翼しか読まない、地元の新聞になった。

東京の「都新聞」というも買収されて、偉そうに「東京新聞」などと云っているが、中身は同じ穴のムジナどころか、後ろで繋がっている。

大学のころ、もう30年以上前にこの新聞社の記事を読んでなんて左翼なんだろうと思った。

それから、別の新聞に変えた。

結局、日本経済新聞になったのだが、社説のご高説はもういいやと思う。

国内の政治に絡んだ、経済を論ずるならばいざ知らず。外国の、特に、半島や大陸の異次元の政府機関に対する社説のご高説は読んでいて、馬鹿じゃなかろうかと思う。

ジャーナリスト、イコール、正義なんて誰が決めたのかと云いたくなる。

某新聞社の某支局襲撃事件では、ジャーナリストの某は、右翼系の団体関係者の犯行との結論を流布している。

読むと面白いのだが、結論を誘導している感がある(あたり、前であるが・・)ので、正直信用できない。

グリコ森永事件の真相も変である。

なぜ、ロッテだけ薬物を混入されなかったのか?

混入しにくい商品構成であったというだけで、いいのかと思うことがある。

本当の黒幕は・・・

又、戦後の某国鉄関連事件も、無罪となった一群の中に真犯人がいたらしい。

裁判で、アリバイを証言した人自身が、裁判中に、おかしいと思うとべている。

下山ケースは、この研究で一生を過ごすような人もいるが、前提が、陰謀である。

陰謀をない状態で考えてみるという事を前提にしている者はほとんどいない。

黒い霧を作ったの某推理小説家であるが、読むと何となくそんな感じがするが、結論への誘導をされている感が強い。

何となく、自分たちに都合の良い点だけを抜粋している感が強い。

それは、彼のデビュー作でもある「西郷札」という作品がある

非常にうまい構成であるが、当時の新聞を読んで記事を探したというくだりは、嘘っぽさ満載である。

西郷札は現在は非常に希少で、高額札は非常に高い。

作品中の美しい印刷でと書いてるが、現物を見るとそれほど美しい印刷ではない、旧幕時代の藩札に似ている。

当時(明治10年)の朝野新聞には、薩摩士族の乱という記載で、西南戦争などとは書いてない。

で、この新聞には、この薩摩軍の作成した西郷札(軍票)の表裏が線画で描かれていいる。

明治10年の新聞を現在読めるのは、東京大学のおかげである。

かの作品中の「曙新聞」とは東京曙新聞の事かと思うわれるが、あの大井憲太郎が居たような新聞社である。

自由民権をうたいながら私利私欲に走った悪漢である(自由民権的な色彩では、そうは見ていない)

曙新聞を、かの作家はどこで読み得たのであろうか。図書館で日がない一日、曙新聞を読んで記事を探したと作品中では云う。

しかしである、朝野新聞、1日分約4ページ毎日発行ではないを、隅から隅まで読むと、大体1日分で、20分から30分である。

漢文的素養で書いてあるので、すこぶる読みにくい。

某作家は、高等小学校(今でいうと、小学校高学年から中学2年程度)しか出ていないで、明治の新聞が読めたのか?

読んでいたと称するのは、眉唾である。

つまり、事実に嘘を織り込んでいく、しかも終末を気取られないようにである

実話の様に嘘を書き慣れると、嘘を書いている気がなくなるのではないかと思う。

ジャーナリスと書く嘘に、辟易としている人が多いという事に気が付かないのが、井の中の蛙である、ジャーナリストではないかと思うのである。

 

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昔話など・・・

昔、シートン動物記に漫画版があったのをご存じだろううか?

「狼王ロボ」を最初に読んだ。

文章板を読んでいたので、興味津々だった、毒薬を肉に入れる方法がようくわからなかったので漫画版で読了は、文字と視覚の差、言葉の意味が分からなければ、本は読めないと感じるようになった契機である。

読んだのは、小学校4年か5年ぐらいだったと思う

漫画の作者は、「谷口次郎」ほかのシリーズのマンガを、手塚治風、子供向けとするなら、サイトウタカオ風 劇画であった。

絵描きさんが違うんだ気が付いて、名前を見た、絵は「谷口次郎」である。

それから探す探す。

狼王以外に数冊、「谷口次郎」の絵があった。

斬新な絵で、なんだかものすごく感動した覚えがある。

他のは子供っぽくていいやな感じがした。

(ませている、ガキである。)

すごいい絵描きさんが居るもんだとおもった。

漫画家というイメージがなかった・・・

そうして、10年もたたないうちに、大学のころ、谷口ジローの事件屋稼業という漫画に、喫茶店で出会った。

続編の新事件屋稼業とも出会う。

某予備校の斜め前にあった喫茶店だった。

(この喫茶店、マスターが賭けマージャンが好きで、最後は、店も土地の全部取られたという悲しい話であった、最後は大手予備校に売られて跡形もない。時々、この予備校バイト時代の職員さんたちはどうしているのかなと思う。外語専門学校を作っていたが、今はそのは鍼灸専門ガ学校になっている・・時代の趨勢は変わるものだという事を実感している。)

ここで、谷口ジローの絵がらに懐かしいものを感じた。

ここから、谷口ジローののめりこんでいった。

そうして、沢山の作品に出合うが、「坊ちゃんの時代」関口夏央原作には嵌った。

丁度、夏目漱石に沈溺していたころなので面白かった

挿話には、少々???なところも多々あったが面白かった。

坊ちゃんのモデルと称する人がいることも初めて知った。

文学論的には出てこない話なので面白いと思った。

国立国会図書館まで行って本をさがすという事が楽しいことだとわかった。

新刊が出ると気が付くと買うという行為を繰り返していた。

漫画を、あんまり買わなくなったのも原因である。

SF物は、少々好きになれなかったのもある。

ルーブル美術館の話を書いた「千年の翼」を読んだときに、ニケ(Nike)像の前で立ちすくしてみていたことを思い出した。

1時間ほど飽きずに眺めていた。

階段の下から上から横から

なんだか長い旅路の果てという感じがしたのは事実である。

 

谷口ジローに出てくる主人公は、彼の作品はの、アウトローが多い

が、普通の市井の人も多い

有名になった「孤高のグルメ」は、大学時代に、ひたすら旨いものが喰いたいという欲求に忠実だった自分を投影する様で楽しかった。

もうちょっと、出会えないタイプだと思う。

 

彼は、数年前に病気で亡くなられたのであるが、訃報は、FB友人のフランス人の書き込みで知った。

 

これも時代である

 

狼王ロボは、無くしてしまったように思うのだが、もう一度読んでみたいと思っている。

 

 

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愛知県は、トリアンナーレーを即時中止して・・・

愛知県知事は、辞任すべきではないのか?

1県民の意見として書かせてもらいたい。

そう思ってしまう。

確信犯的共産党ファシストを総監督として時点で、その政治宣伝化する危険性、その先の失敗はわかっていたはずである。

不愉快を通り越して、将来的に憎悪しか生まないものは芸術ではない。

昔から、怖い絵という存在する。

「我が子を食らう・・・」とかである

しかし、政治宣伝性はない。

今回の展示は、只の政治宣伝である。

しかも、反日的な特定の主義者の主張、特定の外国人の主張する歴史を強調してるに過ぎない。

明らかに政治宣伝(プロバカンダ)である。

勝手に、道端で演じるならかってにやれよという気がする。

税金を使わせダメだろう。

共産党系の団体は、自分たちが戦争反対を叫んで展示中止に追い込むことはOKである。

正当な権利と述べる。

自分たちの仲間、シンパ行う行為がが中止に追い込まっれると検閲といって批判する。

自分たちは良くて、他人が行うのはダメと云うのは、ダブルスタンダードと云う。

展示の中止を非難しているのは、森友で騒いでいた連中である、要は、嘘つきの人間の屑(クズ)である。

奴らは、自分たちの仲間が、土地をタダ同然で払い下げるのに、大変活動したことには頬かむり

ついでに言うならに外国人系左翼暴力団の捜査、逮捕情報はテレビは流さない。

関係の政治家を非難しない

大体今回の問題は、市長が云う前にネットでは大騒ぎになっていた。

特攻隊をバカにした展示があるのを見て、実は、わなわなと身が震えた。

自分の感情では、非常に珍しい、激怒を通り越した怒りだった。

こうした感情を持ったのは、アウシュビッツビルケナウの展示を見た時以来である。

これは根源的な怒りである。

ナチスと同じことを行っている。

ヒットラーを批判に使うが、自分たちの委員長の長期政権は良いという。

共産主義国家の指導者の長期世間も批判はしない。

一般の無辜の民の意見は右翼の意見だとして、批判する

これは、まさにファシスト的な行為である。

変な法律ができた。

外国人が、元外国人が日本人に対するヘイト発言は許される

これに対して、日本人が反感を持ち、彼らに反論する。

すると、ヘイトとして捕縛される。

これは不公平へ極まりないだろうとし。

働く自動車の本の再販を止めさせて、自衛隊の展示を止めさせた団体は、共産党ファシストの連中である。

ついでに言うなら、今回の総監督は、共産党ファシストの委員長と並んで野外行進してゐるような人物である。

総監督を選んだ時点で、こうなることは予想できただろう。

県は、監督しなかったのか、事務方も、共産党ファシストの一味で加担したのか。

大村は、自分の管理不行き届きに責任を感じて、お辞めになるのがよいかと思うのである。

名古屋市は、予算の返還を求めるべき出であろう。

文化庁の程度の低さは覆いたくなるようである。

やりっぱなし、金を出せばいいというレベルではない。

次回からは資金援助をしないという姿勢を見せてほしい。

名古屋市も、次回の資金提供は中止してもらいたい。

日本人をバカにする展示を子供に見せてせてどうする?

このような、芸術展示は、不愉快であり、国民、県民、市民に対する冒涜である。

愛知トリアンナーレ自体が、数年間から不愉快な展示と云うか、生理的に悪寒を感じる展示が多々あった。

私感ではあるが、即刻トリアンナーレ自体を中止し、すべてを廃止し今後は開催するべきではない。

大村は、責任を転嫁し自信が逃げるのではなく、このような展示を許した体制、つまりは総監督を選んだ過程家方法、作品選択過程、職員のかかわり方、県知事の認識、職員の左翼勢力の蠢動を検証すべきであろう。

第二次大戦中の尊い犠牲者である戦友に対する侮辱は許しがたいものを感じる。

市民であろうが、軍人であろうが同じである。

最近、漫画雑誌でも、戦時特集をする。

鼻で笑うような作り話をしている。

いい加減にしろと言いたい。

新聞も、反戦、戦前、戦争ネタで散々儲けたくせに偉そうである。

 

 

 

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2019 sports touring 、近況など

11月16/17日ぐらいで考えています。

TAM集合で、中濃から東農へ?ぐらいかなぁ。

面白い、作り酒屋さんがあるので寄ってみたいのだが、11月中旬は作りが始まって見学できない可能性が高い・・・

サムルソンがあるところなんですがねぇ。

日程は、学会用務で変動します、この辺ちょっと微妙なのよねぇ‥日程決まってないし。

ツーリングというか、基本すでに懇親会モードである。

中継点だけ表示して好きに以降でもよい気がする・・・(いい加減である。)

ジジイになると気がない。

疲れるし・・・といいつつ

実はあまり暇がない

模型は買うけである、基本作れていない。

学会の方はお手伝いがありますが、こちらは、戦前のコンクリート工法が主流ななる前の服部長七氏の「人造石工法」たたき」と言われる工法についてである。

会場は、ちょっと遠くて、碧南市・・である。

実演もあるのである。

これは学会のシンポジュウム

パネル展の関係は、菅さんのパネルを作るので、ちまちまと集めた資料を読んでます。

先日、無事に、菅隆俊さんの戦前の論文を何とか収集できました。

挙母工場建設の関係の資料は、工場の配置図が全部入っていますが、全部、英文です。

戦後、米軍に提出した資料の写しの可能性がある。

でも貴重である。

戦後の論文は、直接、国会図書館に請求する必要があるので迷っています。

きっちりと書くつもりなので、少々資料の読み込みが必要です。

ついでに。、豊田喜一郎さんの書いたものを集めている

国産車について、なぜ製鋼所を作ったのか、航空機製造業と、自動車製造業の比較など面白い

最近、航空機発動機の工場と、トヨタ自動車工業の自動車生産管理を近視眼的見てしまうか傾向があったので、ちょっと引いて観る感覚ができた。

このところ、少し元気が出てきた。

 

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世は下克上か?

まぁ、芸人は自分の売り上げしか見ていない

会社は全体の売り上げを見て、利益率を出して、歩合で、給料を支払う。

売れてるつもりの芸人はもっと給料よこせ!だろう。

売れてないときの給料は・・・経費は?

社長の会見の前に芸人の一部が叫んでいるのを見た

デブの芸人・・顔も不愉快だが、いつも不愉快な口調で話をするので嫌いなんだが・・「~じゃねーよ」というこの話ぶりが芸風と聞いて、クレーマーの語尾そっくりで不愉快さしかない。

この手の芸人が出るようになってからなんだろうか、この手の口調で話す奴が増えたと思う。

最近の漫才の笑いは、基本イジメられるのを見て笑う、この手の笑いは不愉快である。

イジメる側、イジメられる側

これを置き換えてみよう

クレーマー、行政機関

パワハラ上司、それを受ける部下

いずれも経験しているので、非常に不愉快である

大きなお声出す出さないではない、反論できない(これも馬鹿だと思うが・・・)相手をイタブル・・・
クレーマーの団塊の世代に多いのは、怒鳴る、自分が、正しいとまくしたてる。

ここで云う、「この正しさ」は、正直よくわからん正しさである

理解を超えた感覚である

正しさの根拠は希薄だ。

でも怒鳴る、何ともならないとわかると、唯々諾々と従うが、屑っぷりは最後まで消えない。

閑話休題

このデブ芸人が、会社の幹部を、叩く言動を偉そうに語っていた。

〇国人みたいだなと思う

「水に落ちた犬を叩け」

つまり困っている者を、もっと困らせようという思想である。

日本人的ではない、いわゆる屑(クズ)の発想である

基本思うのは、「偉そうになんだ」と思うのは僭越だろうか?

辞めてから叫べよ

叫ぶ姿は、共産党ファシストの組合員みたいである、選挙妨害をする共産党ファシストの人たちと同じである。

批判は、すべて正義ではない。

野党的というか、揚げ足取り的な批判を繰り返すがいる。

いわゆるクレーマーという奴である。

役所が相手なら反論されないし、攻撃もない。

安全安定した地位から批判をしたら、正義ではない。

現在は、基本的には会社批判してもクビにはならん

安全な場所から、批判をすることで、自分の存在感を出そうとする。

クビにならないことが分かった状態で批判することは卑怯だろう。

そうして、自分は、正々堂々、文句を言っただからえらいだろうと・・

ちょっとっ違ってないか?

口火を切ったのがいたみたいであるが、そのあとで偉そうに何を言ってもトラの威を借りるキツネの様(さま)でしかない。

要は、尻馬に乗っているとしか思えない。

芸人が、会社の幹部に自分の要求をぶつける

要求を飲まななければ辞めるという。

辞めたら?と言いたい

そんの事を云う前に、辞めて事務所でも作ったら?

暴言であるが、辞めたらと言いたい。

会社が芸人の意見を聞いて、取締役が全部交換されたら・・・その会社はもう終わりだろう。

組合員が、「会社に対して経営陣の刷新を要求」

会社が、その意見を呑むことがるのか?

それが実行されたら、下克上である。

要求した者は、自分が取締役にでもならいたいのか?

会社は、経営して、利益を出すことを目的としている。

芸人にそれがわかるか?かなり疑問である。

いやなら辞めたら良いでしょう、

(書いてて情けなくなるような言動であるが・・・

漱石夏目金之助の作物に、硝子戸の中という作品がある。

この中で自殺志願者の女性に向かって、「死んだらいいでしょう」「とは言えないと書いている。

その気分である。)

組合活動なら、「辞めてほしい」から辞めるなんて言おうものなら、もろ手を挙げてドウゾドウゾというのであろう。

芸人が辞めると言えば、留意されるという前提で話をしている。

たかが芸人である

使い捨てであろう。

この会社は、素晴らしいところは、多数の芸人をそろえること、テレビ局の需要に対応する体制を作り上げた事であろう。

皆に人気のある芸人は数限りがある。

どの番組に出すとうぃわけにはいかない。

それに類した芸人を増やして・・需要に対する方式を考えた。

芸人は、玉石混交なので、芸人の数を増やすことで、玉を増やす努力をしたということである。

芸人は、自分お給料の歩合が少ないと怒るが、自分が売れなかったころ、生活を支えたのは、先輩の割り前の一部分であったことを無視している。

年金と同じで、現役世代が、老人を支えるのの逆で、現役世代は、新人の生活を補助するのである。

が、文句を言う者は、もらっていたということに気が付けいない。

会社があって、自分を売り込んでくれた、経費は会社持ちである。

個人で売り込むなんて大抵は無理な話である。

無理を会社が負っていた。

そこをどう考えるかである。

投資をしたら回収をしなければならない。

それがビジネスであろう。

人気のある芸人が少ないから、その代役をいっぱい立てるというビジネスモデルは、無駄がものすごく多いと思う。

100組漫才師がいて、何人大成できるのであろうか?

2組ぐらいが最高に成功して、18組ぐらいがそこそこ成功したら、残り80組は・・ほとんど売れなかったら・・・

80%の損害は、20%から回収しなければならないくなる。

無駄は、成功した芸人の上りから回収するものである。

それが、間違いの少ないビジネスモデである。

妙な名まえの芸人を作りだしたのは、某映画監督である

その後、わけのわからにない名前が増えた。

ほとんど意味が分からないが、どうでもいいという感じはする。

今回の闇営業の人たちは、最近漫才を演じていたのか聞いてみたい

ほとんどは、バラエティ番組で、単発で語るだけだったのではないかと思う

芸人のコメンテーターなんてただの数ら寂しい存在でしかない。

偉そうにしている歌舞伎は、もともとは「河原乞食」である。

団十郎の血脈は、男子系は江戸時代に切れている。

継いだのは女系であるが、そのことはあまり表立っては語らない。

歌舞伎にも分派行動があった。

これは、若手、名門ではない者の反乱であったが、最終的には、元のさやに戻った。

それは、芸だけを行うのと、その他の事を行う事の困難さが分かったからであろう。

提言であるが、会社を辞めたい芸人は混載サッサと辞めて、事務所をつくり営業にいそしんでもらいたい。

そこで初めて自分の実力がわかるというものである。

がんばれー

芸人と書くと、時々、ご入力で「下人」と出る

芸人は、実際、下人かもしれない。

 

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