昔の話など、一部加筆

アルバムを見てみた・・・

5歳ぐらいから12歳ぐらいまでのアルバムである。

修学旅行は奈良京都(当時としては、べたである。)

服装を見て驚いた。

まぁ、なんというか、男の半数以上はみんなジーパン、ジージャンである。

では自分はどうか・・どうかと云うと・・・チノパン(もどき)とフード付きの長めアノラックのようなジャンパーである。

別の家族旅行は、ジーシャンジーパンであるから持ってなかった訳でもないが・・・やはり同じは嫌だなぁという気が働いたのかもしれない…天邪鬼だからねぇ。

女の子の服装はカラフルで、なぜかチェック柄が多い

普段、結構地味目の子が・・・派手な色を着ている

みんな幼い。

今見ても、見てもほとんど名前がわからん。

 

判るのは少々いる。

仲が良かったか、嫌いだった奴である。

仲の良かった子は名前、嫌いだった奴は、苗字である。

私は、幼稚園ではなくて、保育園だから、小学校に上がった時にカタカナが上手く読めなかった。

(おかげでものすごく恥をかいた気がしたので、その後猛然と勉強した・・・とはいえ、興味の向くことは勉強するがそれ以外は全然だった。)

保育園(給料安くて、貧乏だったので保育園でした。)の時の写真に、母親ご丁寧に名前を書いていてくれた子は判ったが、それ以外は皆目わからない・・・名前を見てもだらが誰やらわからい・・・

ちょっと頭の弱かった‥この子

特殊学級ではないが、ちょっと反応が悪い子がいた。

特殊学級の子は怖かった

ものすごい勢いで怒る

「バカ」と云ったら家まで追いかけてきて、謝れという

当時、特殊学級の先生は浅岡(浅丘?)という先生だったが、この人、産休補助教員だった。

産休の絶えない学校で、結局3年ほどいたが、産休補助教員でも、何年か勤務すると、本採用の試験が受けられた様で、3年目の終わりに本採用になった。

でも何回か、課題を提出しなければならなかったようである。

そんな中で、美術関係の課題は、ほかの先生が造ったものを提出していた。

私の担任だった黒田先生(美術系出身)が、何回か教室で作品を作っているのを見たことがある。

美術関係の課題は、浅岡先生は、美術が不得手と云うことで、うちの担任が造っていた。

土曜の午後、先生が教室で内で作業をしているの見たことがあり、他言は無用と云われた。

忘れもしないのは、蝋燭の蝋を垂らしてドットを作り渦巻きの模様を作っていた。

ほかの先生に見られると困るからと云って、教室で作っていたのでよく覚えている。

考えてみれば、産休補助教員自体が、免許はあるけど、採用試験に受からない人である。

偉そうに、馬鹿の前で訓戒を垂れて、私に無理やり、謝罪させた。

何となく、くるくるパーは怖いと思うようになった契機でもある。

普通の先生だと思っていたら、産休補助教員と聞いて、何となく、気分的に馬鹿にした感じを持ったことがある。

それは、産休補助教員て何?と聞くと、親は、教員関係者であるから・・つらつらと答てくれた。

ついでに、そのころ、私の親は、先生たちを管理する仕事をしていたので、帰宅後再度聞くと、制度についてつらつらと教えてくれた。

この先生、うちの親の勤務先を知ると態度がコロッと変わった。

ここで、大人は自分の為には嘘をつき、ズルをすると思った。

嫌な小学生である。

変な中華料理屋と云うか中国料理屋の子供…ベビースターラーメンの図柄そっくりだったI君

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珍奇な中華料理屋で、なぜか2店舗並んでいたうちの1軒を親父さんが経営していた。
バリバリ昭和な、なんかちょっと変な中國料理屋・・・安っぽい机、ボロッチイ丸椅子。

べたべたするようなビニールカバー

隣の中華料理屋を正当派に類するなら、和風テイスト満載な感じだった。
彼が住んでいいたのは、川向うのものすごーくぼろい集合住宅、母親はいなかったのではないか?

本当にぼろかった
中学は、いわゆるマンモスこうだったので10クラスもあった。
クラスが変われば疎遠になる
ある時、奴の親父さんの店に閉店の張り紙・・・ほどなくして‥隣の中華料理屋がその部分を借りて店舗を拡張
ほどなくして、件のアパートの近くを通りががったので、彼の住んでいた部屋を見に行った(野次馬根性)
部屋はもぬけの殻であった・・・そこに住んでいた小汚いおばさんに聞くと、先週引っ越したという、そうしてこのアパート自体が取り壊されると聞いた。
どこのクラスか知らなかったし興味もなかったので、行方を追う気もなかった。
結局、転校したことを後から聞いた。

また、H君とい彫金師だった人の子供がいた。
このお父さんに最初の結婚の時の指輪を彫ってもらったが、後年、かのお父さんは失明して、どこかへ行ってしまった。

Y君と云う子がいた。
うちの親は、結構、友人関係にはあまり文句を言わない人だっが、ある時突然、Y君とH君とは付き合ってはいけないと言い出した。後に判明したことは、Y君は、スーパーで万引きをして捕まった。

その捕まった場面を親が見たようである。

その後も何か悪いことをして捕まったと聞いた。

H君は、彼の家の近くの資材置き場の材木への放火犯であった。

H君は、男三人兄弟の末っ子で、上の二人はものすごく勉強もできていい人であった。

H君は鬼っ子で、出来がものすごく悪かった

よく、映画なんかに出てくる出来の悪い末弟を地で行くような人だった。

この二人は本当に悪かった

二人とも、中卒で働いて、結局、放火犯はヤクザになり死んでしまったという事である。

親族には随分と迷惑をかけたという事は聴いた。

ちなみにY君・H君宅はもうない。

勉強の良くできたM君は、後に東大を出て銀行に行った、現在はどこかの証券会社にいるらしい
お兄さんがいたが、この兄さん、途中(高校)までは良かったが、結局いい大学には行けなかった。
彼の母親は、この次男坊が自慢の種である。
彼の家は兄さんが継いで住んでいるようである。

同級生の女の子の行方はほとんどわからない
Facebookで、現況を知りえるのは1名のみであとは知らない…と云うか興味もない。
うちの小僧さんと同学年だった子の母親の一人が同級生だったが・・・保育園で会おうが、小学校で会おうが・・話した事がないので現状は知らない。彼女とその家族が中学まで住んでいたアパートは20年以上前に取り壊されて宅地に替わっている。

中学のころ、定期試験中に、ゲームセンターで朝鮮人と喧嘩して補導されたMN君は、外国人の奥さんがいるらしい。
これも、彼の保険証を拾ったことで分かっただけである
住所は違う場所だったが、旧宅に行くと、彼が出てきた・・・
名のならずに、「これはあんたのかと?」と聞くと
「そうだと」というので
「じゃあ」と云ってそのまま帰ると、四時間ほどして菓子折りを持って礼に来た。

また、不良だった男・・苗字さえ思い出せないは、チンピラになっていた。

そういえば、カリスマ講師になったのが一人いた。
高校の教員になったとは聞いていたが、いつの間にか講師に転身していたらしい・・

F君は、中学に上がると家庭環境の急激な変化で、疎遠になった。


ちなみに私をいじめ、苛んでいた女教師は存命だと聞き、ものすごくはらが立った

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さようなら・・・

私の車人生は、平成とともに始まりました。

で、今日はちゃんと、MTカローラ・・我が家の17台目であるで、トヨタ博物館へ

今日は・・・すいてるかなぁ・・・で行くと9時半で第一駐車場満杯。

11時に図書館から眺めると、第二もいっぱい

12時15分に来たお友達は、第四駐車場へ・・・

いつもなら2時半過ぎにはガラガラのレストランが・・・30分待ち・・・

メニューも、ほとんど残っていない状態・・・・すうげえぇなぁ

である

聞けば、9時半に本館前から新館迄長蛇の列であったとのこと

図書館で資料を漁っていたが・・・子供がうるさくて断念・・・

御友人と、12時20分ぐらいから16時まで談笑

今朝疲れていたので、今日は、模型は作れんなぁと思ったので、TAMへ

瓦斯電関係の資料を見つけて喜んでみてました。

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で、帰宅し爆睡・・起きたら20時・・・・平成最後の日に‥何をしてるんだか?

 

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岐阜県警さん、ちゃんと取り締まってくださいよ・・・懇願モード

今日、岐阜県の某所・・・・、県警本部近く

国道の信号のある交差点を、歩行者として通行中

右折車輛2台が猛スピードで突っ込んできた・・・・

目の前を1台通過、おっさん、こちらを睨む。

もう一台は2メートルぐらい前で急停車・・・目がおこってる・・・

撥ねられるかと思って走って逃げると、これも真後ろを加速して通過・・・

民度という言葉を考えてしまう。

何年も岐阜県勤務になったことがあるが、西濃、超最低、中濃も最低、東濃は、少しマシという感がしている。

西濃は、運送会社がひどい。

中濃西濃ともに、爺さん婆さんの運転は本当にひどい・・・歩行者なんて歩道を歩くなというレベルの運転を平気でおこなっている。

ある公園は、ポケモンGOで人気があるらしくて、駐停車禁止帯に車を止めて、ポケモンGOに興じている奴がいる。

5.5メーター道路の片側に車を止めると、本当に通りにくい。

近所の人の話では、一度も取り締まりをしたことがないようである。

そのくせ、よくパトカーで、白バイが信号無視なんかを張っている・・・信号無視よりほかにやることがあるだろうと思う。

前から書いているが、岐阜県民の運転マナーは最低だと思う。

こないだは、信号のない横断歩道前に、自転車の爺さんが待っているのが見えた。

反対側の車線に居た、クラウンパトカーは当然の様に止まる。

爺さんの待っている側は、2台通過、3台目は、反対車線でパトカーの止まってるのと、爺さんに気が付いて止まった。

でも私渡るときは、タイムラグがあり、パトカー通過した後だったので、横断歩道の前に立っていると、延々と左右で12台通過した・・・

誰も止まらない。

見もしない。

ホントに稀有なことが月曜にあった。横断歩道に立つとすぐに止まる車が1台だけいた。

先週は、1週間1(5日)間で、2台ほどいた。

個人的感覚では、こんな感じである。

羽島、瑞穂、本巣市、笠松・北方町は、99%とまらない。

各務原市、岐南町、50台に1台ぐらい止まる

岐阜市・・・100台に1台ぐらい・・・かな

岐阜中警察、岐阜北警察署管内は、ほぼ止まらないと思う。

時々、公開取締りの情報が廻ってくるので見るが・・・交差点の取り締まりはしていない。

岐阜県は、郡部に行けば行くほど交通子マナーは悪い。

歩行者の歩行する環境も悪い。

よく判らないところに歩車分離信号がある・・・派出所の前だけどね・・・

自転車は…どうするんだと思ってしまう。

岐阜県警のポスターで、「横断歩道は歩行者優先」というのが貼ってあったが・・・・

効果ないよね・・・

ラジオ、テレビで云わないと無理かしらんと思う・・・

横断歩道ぐらい交通安全規則とか法律とか守って歩いてる人を保護してほしいと思う。

 

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令和

仕事中、中継をしていたが、11時頃だったので、別へ移動するすると、昼過ぎぐらいに号外が来た。

「令和」

新元号である。

正直、ビビット来た。

ちょっと、涙が出てきた。

感涙という奴である。

なぜかわからない。

ただ、時代の終わりを感じたという事かもしれない。

今回は、悲嘆の涙はない

平成の時は、先帝陛下の崩御で、悲嘆にくれて延々と泣いていただけである。

平癒をお祈りして、熱田神宮の拝殿前で土下座して、延々とお祈りした。

崩御後

朝一審の新幹線で、上京して、宮城前広場で、土下座をしてオイオイ泣いていた。

正直言えば、殉死という言葉さえ頭には浮かんだ。

何となく、平成の御代が来た。

個人的には良いことはあまりなかった。

死ぬような目にもあった。

良いこともあったが、それを打ち消すようなことっも多かった。人には言えないようなこともやった。

自分は、自称悪党である。

悪人正機説は、ある意味正しいと思っている。

ある一点を超えると、見えてくる地平線があるという事である。

悪党は、悪党らしくと思うがそうもいかない。

自分のような小悪党ではなく、

嘘しかつかない宗教家、

自分のことしか考えない人たち

そちらの人たちは、自分たちを善人だと思っている、と云うかおもいたい人たちである。

彼らは、自分の嘘を守るために、善人面(づら)をしているだけである。

彼らは親切ではない、親切を売り物にするのは、いかがななものかと思う。

正義をつらぬことは難しい。

でも、新しい時代には、正義を貫くようにいきたいと思う。

神に感謝しつつ。

 

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調べると・・・

資料は、探せば探すほど出てくるが・・・
時間と暇がない…・やはり、若いころ、無理を言って、大学院へ行けばよかったと思う。


また、多くの人生の寄り道をすべきではなかったと気が付くのであるが、今さら言っても遅い気がする。本当にやりたことなど若い頃にわかるはずがないのである。

川島雄三氏が、「生活の為です」と云っていたが、今の生活は基本的には、生活のために働き、余暇を研究に充てる。
いわゆる二重生活であるが、これはこれで苦しくはない。

 

 

20181225-96

 

名古屋車体製造株式會社
 トヨタバスのボデイを多数製造していました。 もともとは、電車メーカーでしたが、日本車輛に買収され、バスボデイ生産メーカーになり、キソコーチ号のボデイも製造してました。戦前、トヨタ自動車工業の出資があり、トヨタボデイの製造を多数行うことになりました。
名古屋自動車用品商業組合
9人の理事がいます。
フォード、シボレーの代理店が多数を占めます
この中で、宮崎菊松ハ、フランクケー宮崎商店
山口昇は、言わずと知れた「日の出モータース」(トヨダ號、第一号代理店)の支配人である。

トヨタ自動車工業を支えた人の一人である。

トヨタ自動車工業(自工、自販分離後)の人は、良く神谷正太郎氏の事を悪く言う人がいる。

しかし、トヨタ自動車工業ないの商品企画課の企画を、現実に即した形にしていたという効能を無視してはいけない。

クラウンの設計段階で、多くのタクシー会社のへどのような自動車が求められているのかということを聞いて回ったそうである。

時の中村健也主査は、聞いた内容を、豊田英二氏に報告するということを繰り返し行っていた。

その結果が、クラウンという車にフィードバックされた。

その市場調査を、トヨタ自動車販売が途中から任ったということである。

神谷正太郎氏、山口昇氏にしても、豊田喜一郎氏という存在が、損得抜きで付き合う気になったことは事実である。

神谷、山口両氏、また、神奈川トヨタ、兵庫トヨタ、大阪トヨタの幹部の方の事も調べたいと思う。

 

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やっぱり消された‥破産者情報

破産者マップは消されてしまいました。
弁護士が、しかも、怪しげな弁護士事務所の人が、損害賠償なんて言うとビビって逃げた感が強い。
破産者は、実はたくさんいる
町内に数人いるのではないかと・・・
閉鎖前に見た人で、ある老婆が破産していた。
非常に嫌なおばさん(現在婆さん)、蛇蝎のごとく嫌われていたと言えばわかるかなぁ?
という感じの人である。
そこの家は、現在、更地です.
元々,自作農創設特別措置法で得た農地の売り食いをしていた家族である。
大体、自作農創設特別措置は、財産を強制的奪い、安値で転売した悪法である。
特別措置法なので、その人が死んだときに売った人は買い戻すことができたが、そんなことをした人はいない。
売った値段で買い取るべきだと思うんだが・・・
ウチは、不在地主で全部とられた口だから、登記簿見縷々とムラムラと怒りが湧いてくることがある。
破産者で、登記簿なんかに自作農なんて書いてあると…ちょっと、むかつくことがある。
旧小作人には、元々は、自作農だったが、自堕落な人物が当主になり、土地を売って小作農になった人が少なからず居た。
その家系である。
自作の創設特別措置法で土地持ちになった人は、その当人は頑張ったかもしれない。
でもである。
そうでない人も意外と多い。
破産者を見ていると、本当に無責任な人も多い。
破産したなと推察ができることがある
近所の農地だったところ、駐車場だったような不動産が、建売住宅に替わる。
大体、数年おきに、売りに出す。
最後の数年は、自宅周辺の田畑が、建売住宅に替わる。
そうして、いよいよ古い農家屋が取り壊される。
近所には挨拶無しで、転居したことがわかる。
新築か?
と思うと、更地で数か月・・・大体、売地の看板が出る。
転居先一時期不明(住民票を動かさない転居)・・・
転居先が判明するとアパート・・・なんていう人は破産者してることが多い。
抵当は、銀行がバンバンにつけている
下手すると今の評価の10倍
バブル時代の根抵当なら、15倍なんてザラである
当時の評価でも、大体5倍ぐらいの値段で貸していた。
ただの農地にも、何百万なんて平気でつけていた。
(これも現在では、営農地域の郡部では、競売では、まーたく売れないので銀行が困ている。
 農地の競売申立てをやめてしまった金融機関もある。
 現在、この手の返済不能が多くなっているので、地方銀行の再編をせざるを得ない状況になりつつあると思う)
バブル崩壊から30年もたつが、その後遺症がじわじわと出ている感じがしている。
何年か前に、こんな話を聞いた
大都市周辺部の宅地があった
評価2000万円の土地に、根抵当権6000万円
その時の残高、3000万円
借りた本人、70歳・・・・
子供、40代後半、サラリーマン東京在住
毎月の返済は、貸している土地の賃料の半分、半分は、固定資産税の支払い
自分の手もとには残らない・・・
事業は、左前
年金は無い。
どうするのかと聞くと、「死んでも何ともならんから困っとる」と
「二十年前に事故でしんどりゃ、返済できたんだがなぁ」
という。
どうしたらいいのかと相談を受けたが、破産をするか、民事再生をするか、夜逃げか、現状維持か・・・
本人は、60代からこのことで悩み続けて、結局踏ん切りがつかずズルズルと生活して10年
保証人は、すでに死んでいる、その家は、死に絶えていた。
そのこと確認したら、ようやく破産する気になったようで、破産を選んだが、こういった人は、見通しが甘かったという事である。
世の名は、景気の上下があることを無視していた。
バブルで踊った人のはその手の人が多い。
破産者の情報は1年はネットで見られる。
当然官報には膨大な量が載っている。
今回の破産者情報は、去年から今年の分だった。
紙起こしの記入ではなくて、ネットのデータの転用ではないかと思う。
データー転用は、利用規約違反である。
ザクっと眺めたら、近所では、数件あった。
仕事でかかわりのあった者も、つぶれたと聞いていたので見たら…破産してました。
ある料理店の夫婦が破産していた
〇〇(日本名)こと○○(外国名)・・・でしたが
小生の子供のころからある駄菓子屋の近くにあった店だった。
駄菓子屋は、子供のころ近所に3件あったが、現存しているのはその店だけであった。
うちの小僧さんが時々その駄菓子屋に行きたがったので、・・・行くと、若かったおばさんは・・・・しなびた婆さんになっていた。
その近くにあった店だったが、ずいぶん前から閉めていたような気がしていたが・・・
と思いつつ、戸建ての破産者は少なく、アパートの住人が多かった。
アパーとの住人が破産したら・・・・
未納家賃は・・・・
債権であるが…
これもほとんど債務免除の対象になるので・・・
家主さんはもらえなくなる・・・・
家主さんは大変であると思うのである。
最近は、基本、未納家賃が、2から3か月あると、退去命令を出しているので実害は少ないかもしれないが・・・・
面倒なことには変わりがない。
古くからの住人がいる場合、家賃滞納は大変なようである。
お店などだと、何百百万円の未納なんてザラにある。
これも破産してしまえばチャラ(債務免除の決定が出ればね・・・)になる。
普通破産をするのは、債務免除の為に行うと言って良い。
ただし、例外中の例が時としてある。
債務が免除にならない場合が、本当に稀な事例として存在する。
財産を隠したり、一部の債権者の優先的に弁済をしており、他の債権者を害する行為をおこなっていた場合は、債務免除にならないことがある。
1度だけ行き合ったことがあるが、会社の破産は、破産廃止手で終結、会社の登記抹消された、会社の債務はなくなった。
しかし、代表者個人の保証した債務については免除が認められれなかった事例があった。
これには驚いたが、銀行も債務整理ができず困るだろうなと思った。
破産管財人の弁護士も驚いたが、一番驚いたのは、元代表者であった。
一時時期行方不明でしたが…ちゃんと見つけましたがね・・・・「たかい金出して破産したのに」と怒ってました。
債務免除にならなかったことを非常に不満げに語っていた。
未納家賃で思い出したは、近所の借家に住んでいた一家の事だった。
以前、近所バラックのような借家・・・3軒長屋で、1軒崩れかけ、一軒、半壊、最後の1軒に、半分やくざなおっさんと息子夫婦が住んでいた。
家主さんは、出て行って欲しいと頼んでいたが、やくざなおっさんは出て行かない・・・
で最終的には立ち退き料を払って退去してもらったらしい。
ちょっと離れたところにある、すし屋(クズな人格で有名・・・最近店閉めてるが・・・)
以前入居していた長屋のような店舗で家賃を払わずに居座っていた。
家主の方がなくなり、おばあさんが家主になると馬鹿にして家賃を払わない、出て行けというと営業妨害という。
結局休業補償と退去費用で、何千万円もふんだくったという。
ふんだくった金で土地を買い、店を建てた。
店を作ると、その横が空き地っだったので、勝手に車を止めだした。
近所合壁有名のクズだったので、空き地の地主さんは、早々にブロックアウト
駐車場がないのだが、路駐はムリなところで、近所のコンビに停めとけばいいという・・・
あまりにもひどいので、さすがに近くで駐車場は借りたようである。
10年ぐらい前に、壁の塗装が劣化しだしたら・・・自分でロラーで塗装・・・しかも、シルバー・・元色は…白っぽいベージュ・・・ムラムラの塗り・・・
なんてことを聞いていると、家主経営なんて大変だと思う今日この頃である。

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きょうの岐阜県歩道状況

今日も、岐阜県内の信号のない横断歩道6か所

「止まれ」一時停止義務のある十字路2か所で、轢かれそうになった。

某各務原市、岐南町の信号のない横断歩道で待っていると・・・・

止まらない止まらない・・・・・

最高で、左右で29台

少なくて7台

止まった車・・・なし

横断ほどに立っているのを現認していても止まらない・・・多くは、最初から無視

無理に渡ると、大きく迂回するようにして目前を通り過ぎる。

ひどい爺さんは横断中に減速せずに突っ込んできた・・・・

優先の交差点を来ないことを確認して侵入すると程なく、おばさんの運転する車がつ込んできた。

非常に危険だった。何の気なしに、街角の小さな十字路足を踏み出すと・・・・停止線をはるかに超えて急ブレーキの婆さん・・・・・

時々思うのだが、岐阜、三重県の人が愛知県に来る

歩行者を無視して突っ込む

歩行者が轢かれる

そういったことは、多いのではないかと思う。

愛知県警に、他県からきて事故を起こす者の割合度公表してほしいと思う。

名古屋市内でも、5分の4は止まらないが、よく見ると、止まらないは、爺さん婆さん、おばさんが圧倒に多い。

若いのは、見るからにチンピラ風の多い(偏見)。

何で止まらないのかのと思う。

止まっても大して変わりがないと思いうのだが・・・

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破産者マップ

http://www.hasanmap.tokyo/

破産者マップ

見ると面白い

あなたの近くの破産者の群れ・・・

店を閉めてたあの人も

近所の偉そうな婆さんも、爺さんも

2018年分からだから大したことないが・・・

官報に載っている情報だから否定はできないよねぇ。

帰化人情報とかあるとありがたいなぁと思う

これも官報に載っている。

でもそのウチ消されそうな感じもする。

文句を言っている弁護士が多いようであるが・・・

破産者情報は、多くの機関が金を払って閲覧している

1947年ぐらいから見られるはずである。

役所では定期的に情報を拾っているし、過去の状況を確認したりする。

破産者は、再起を・・・という事かもしれないが

多くの場合は、ルーズで、いい加減で、どうしようもない人が多い。

親の保証人で…という人もいる。

親戚の…という人もいる・・・

それれの人は不幸である。

会社を破産させるのは、事業が左前で・・・とか。、連鎖とかいろいろあるが、

最初から倒産、破産させるつもりの会社もある

倒産する寸前に、社長は、人身御供のような人にならせる‥元の社長は、別会社を作りちゃっかり社名を変えましたと言って・・そのまま営業する。

などという事は日常茶飯事である。

破産したら再起出直しできるなどと云うのは夢物語である。

ローン返済不能者と同じ扱いである。

二度と、カードは作れないし、ローンでものを買うこともできない。

つまりは、ETCカードさえ作れないという事である。

破産者マップで集団訴訟なんて書いてあるけど・・作った人間が破産したら・・どうするんだろうねぇ。

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岐阜県の横断歩道の停車率が低くて笑える

www.jaf.or.jp/eco-safety/safety/crosswalk/index.htm?_ga=2.189162350.434640472.1551911027-1023594020.1551911027
岐阜県は、大体、50台通過しないと止まって、くれないと云ことである。
三重県は、それ以下・・・・・大体、対面交通の横断歩だと、20から30台は待つことになる。
全国く統計が出ていた。
県別の平均値が出ているので笑ってしまった。
岐阜県 2.2%
愛知県 22.6%
三重県 1.6%
静岡県 36.1%
東京都 2.1%
大阪府 4.0%
この数字は何だろうと思うが、分析はできない様な気がする。
ただ実感として、岐阜県は、全然止まらない、そういえば三重県も止まらない
あの三重苦はぜったに止まらななかった。
止まらない理由は、追突されるからと云っていたが、後続車がいてもいなくても関係なかったので、
こいつの程度の引低さの反映だったと思う。
単に、「民度の差だろう。」というほど単純ではない.。
田舎でも止まるところは止まる・・・・
なんか悲しい気がしてきた。
ここで大きな問題は、ルールなきところで止まると、止まった方が被害を受けるという可能性があるということである。
三重県のご友人は、停車して、追突されて、車が全損ということがあった。
岐阜県内は、横断歩道の前でたたずんでいる子供、老人が非常に多いが、まず止まらない。
止まると、後ろで、急ブレーキ音がしたこともある。
度々、対面二車線道路で、こちらが止まって、反対車線の人がゆっくり止まったら。後ろのトラックがつんのめるように止まったのを見たことがある。
非常に危険である。
大体、車がなければ生活できない地域の割合が高いような気がする。
東京は、そうでもないが、田舎者が多いので、仕方ないのかと思う。
長野県は、半分が止まる
これは何となく感覚的に理解できた。
むかし、冬の中央西線にのり雪景色を撮影に行ったいた時に、国道を渡ろうとすると、必ずと待つてくれた気がする。
この結果を見て、三重県や、岐阜県のドライバーが愛知県に車で出来たり、移住すると、
横断中の人を轢くのかなぁとか思う。
東京は、止まらない感があるが、信号のない交差点が少ない気がする。
以前の書いて、岐阜県の方から、そんなことはないとのお叱りをいただいたのだが・・・・・
・・・・・現実は・・・岐阜県三重県の悪さに驚いたというか、ここは警察の取りしまり方法もあるのかなぁと思う。
愛知県警名古屋の緑警察署は、交差点の歩行者保護の取り締まりを嫌になるほどやっている。
ショッピングセンター付近は時に危険で、よく網を張っている。
もう少し、岐阜県岐阜中警察署の堤防の低速指定場所での、インチキ臭いスピード違反取締よりもやることがあるだろうとと云いたい。

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日産方式?企業収益改善?

三菱自動車は、日産に買収されて以来、日産方式による業績回復を目指しているような気がする。
日産は、ゴーン氏の登場で、V字回復とした。
皆さんマスごみといわれる人たちは、これを非常な勢いで、評価した。
東京の人は、日産好きだから。
トヨタは、三河の田舎の企業だから好きではないという人がいる。
大学時代に付き合っていた女性がいた。
結構親しく、もしかしたら、行くところまで行きそうな勢いの相手であった。
親とも何回も合い、いい感じであったが、親は日産者のオーナーであった。
車の噺になった時に、こんなことを言った。
「うちはもともと東京出身なので、田舎のトヨタの車なんか乗らない」
そのころ、わたしはスターレットにのっていた。
ここで、カチンときた。
彼らは、祖父の代に、東北から東京へ流れてきて、名古屋へ流れてきた家族だった。
それで、彼女は、パルサーにのっていたのである。
わたしは、若かったので、日産の車嫌いだし、巨人も嫌いという話になった。
すると、彼女の親は、機嫌が悪くなった。
そんなくだらないことで、彼女とは別れた(単なるバカ単なである。)
閑話休題
前から書いているが、日産のV字回復は、別段車が劇的に売れたわけではない。
販売店を、若者と高齢者に分けたただけで、魅力のカケラもない車が売れるはずがない。
実態は、換価性の高い財産、主に不動産をまず最初に売りとばした。
これで、収入を増やし、リストラで、人員、取引先を削って、経費を減らして利益を出した。
この手法は、海外では、きわめて一般手な企業再生の手法である。。
日本では、資産を売り飛ばすことはあまり良い目では見られていない。
人員削減も喜ばれない。
特に、共産党系の組合の強いところではほぼ不可能である。
先輩役員たちの批判にあって、再生がとん挫し続けて最終的に倒産という憂き目担う会社もあった。
しかし、日産の成功は、リストラだけではなく、大胆な資産の売却による、負債の削減をすることで会社の資金の固定化が防げることを証明された。
會社の復活術として多くの企業再生に利用されることになる。
いすゞなんかも採用して危機を出することになる。
ここで、最近気が付いたのであるが、三菱自動車は、最近販売店の統合を進めている。
市内の比較的立地の良い場所を閉鎖して、不便な販売店に統合するという手法をとっている。
そうして、比較的立地の良い場所を売り飛ばしている。
クルマも売れていないので、大きな販売店は必要はないということかもしれないが、何となく利用客の利便性は無視している感じを受ける。
市内の販売店の客は、販売店の移転と同時に、次のユーザにはならないだろうという気がする。
日産は、ブルーステージ、レッドステージがうまくいかないと、これを統合したが、結果、車が売れないという事実に変わりはないので、店舗を減らした。
店舗を減らすと、全部売り飛ばした。
自社の資産がなくなると、次に手を付けたのは子会社の売却である。
子会社の売却も、売れば次はなくなるわけで、そのうち売れるものがなくなってきた。
車は、売れない。
今の日産は、昔のような日産らしいデザインはない。
ゴーン氏が来て、よくできた車はR35ぐらいのものである。
でも、スーパーカーのメーカーではないので、これだけで、何とかなるなんて思うのは間違いである。
旧第三世界向けのブランドして、DATSUNを復活させたが、まったく売れてない。
現在の日産も三菱もいい車は作れないだろう
社長が、自動車が好きそうには見えない。
日産の西川氏が、調達畑の出身で、社交的ではない。
長期的な視野があるのかどうか?
三菱も、日産も先行きは暗い
ルノーの収奪対象であるが、収益が出なければ収奪の対象でもない。
ルノーと、経営統合しなければ、日産自体は生き残れないという自覚がない。
ルノー、日産、三菱で、規模は大きくなったが、総身に知恵が廻るよう状態ではないことを理解すべきである。

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