漫画の話など「モジリアーニにお願い」(相澤いくえさん)について

私は、漫画も読む人である。

最近のお気に入りが、「相澤いくえ」さんという方の書く漫画がお気に入りである。

この作品以外は、読み入り切りが、一話あっただけのような気がする。

この人自分の事を、カッパ(この場合、「かっぱ」と書いた方がよいかもしれない。)で書いているので、親近感がわく。

私は、個人的にカッパとカエルが好きである。

グロイカッパは遠慮したい。

だから、芥川氏の「河童」は。好きではない(読んだけどね。)

漫画の内容としては、青春ものである。

設定は、馬鹿でもはいれる美大の3人が主人公

オムニバス形式と云うのだろうか、3人お話がぐるぐると回る。

本吉君

一留年の日本画専攻生、

震災で家族を失う、心の傷は深い。

日本画家としては、すでに有名

子供のころ、絵に没入することができた。

没入できる絵があると語る

それを藤本が持ってくる。

そうして、絵の中に入っていく。

千葉君、

底抜けに明るい。

壁画専攻、後には、ガラス工芸、

ガラスの海を作り注目を浴びる、一皮むけた感じがする。

宮沢賢治の「やまなし」を」三人共作で作る提案をする

「言葉を届ける」という言葉がある。

藤本君、

ネイガテイブ、油絵専攻

「やまなし」の作品中で大判に蟹の絵を書く、この絵を欲しいという人が現れる

「初めて僕の言葉が届いた」と泣く。

無理をすると寝込む

親が大学院に行くのを反対にしている、が反対している父親は実は絵を描いている。

「くだらない線を」という事を父親が云う、藤本自身が、自分の言葉が通じると思う。

そこで、大学院に行きたいと伝える。

千葉と藤本は幼馴染で、近所に住んでいる

千葉と藤本の家庭環境はだいぶ違う

この作品は、多分スクリントーンを張り込んでいない(デジタルで何と言いうのかよくわかりませんが・・)

望月幹也世代としては、スクリントーン無しは、ダイレクト感がある。

で、時々、個人的に言葉が突き刺さる。

詩情あふれるというか、

青春のパトスというか

目的感のあるようなないような・・

何となく、読みたいと思う漫画である。

はっきり言って、男臭くはない。

喧嘩もない

あるのは、思い悩む芸術家の卵の姿

芸術を志せなかった人が此処にいる。

中学のころ、絵描きか、デザインなーになりたかった時期がある。

小学生のころ版画で、龍を作りたくて、龍の絵を探しに図書館に通ったことがある。

四年生の時の担任が、美術専攻だったので、美術を奨励していた。

沢山の龍を模写して、模写して、日本画の墨の濃淡の難しさを知った。

(ませたガキである。)

版画は思ったようにはできなかったが、絵には形式があることが分かった。

日本の龍は爪は、基本3本

中国の龍は爪が3本と5本

日本の龍は、全体を書かない。

中国の龍は、全体を書くが、大体、円に収める。

まつ毛の表現とか面白かった。

そうして、画集を見るのが楽しくなった。

沢山の日本画家の画集を見るんだから、書き方が違うと気が付く。

親が、美術館によく連れて行ってくれたし、タダ券があったので本当によく行った。

名古屋に来た名画展はほとんど行っている。

一時期松坂屋美術館の会員だったので、松坂屋美術館が開館した当時は毎回行っていた。

そうして、絵に没入することを覚えた。

没入と云うか、絵の線を読んでいく、光の線を読む、影を読むという事である。

ムンク展(旧愛知県美術館時代)の時に、叫びの習作がものすごい数あることを見せられて、一枚の叫びでは感じられなかった叫びが聞こえてきた。

これは、ムンクの叫びの絵の叫びが、私に届いた瞬間だった。

絵と、自分が対峙したときに、声が聞こえるのは異常であろうか?

叫びたくなるから叫ぶのではない。

叫ばなくてはならないから叫ぶのである。

神はいない、そう画面からは感じた。

英国で、ある作家の嵐の絵を見ていると、気持ちが入り込んでしまい、立ちすくんだことがある。

空気の重さが伝わってきた瞬間である。

画面が、せりだして、重い嵐の空気が押し寄せて、

波が寄り、巻き上がり、

船が翻弄される。

そんな没入感を思い出させてくれた。

不安を払拭するために、学部を選び、進学した。

そこのは、何となく、足りない感じがしていた。

そこで、大学時代は、ひたすら学問にまい進した、けれど、すさまじいぐらい本を読んだ

暇があれば、本を読んだ。

大体統計立てて読むのは、特定の作家の作品だけで、勉強の方は興味が沸けばなんでもという生活だった。

精神的には荒んでいたので、絵を見に行くのが唯一の救いだった気がする。

日本画に傾倒したのはこの頃で、浮世絵をひたすら見たのもこの時期である。

いい線

これに限るという気がする。

この漫画を読んで何となく、昔の気分を思い出した。

またこの漫画の線がいいのである。

 

 

 

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つまらんと思う事・・漫画など

所謂青年誌(成年ではない、笑)といわれる漫画を定期的に読んでいる

わざわざ、オンラインではなくて紙媒体の奴をである。

ちまちまと、スマホの画面で読む気はないというか・・小さすぎて見えん・・・(なごやべん)というのが正直なところである。

ここ最近、なんだかおもしろくない漫画が増えた・・・爺さんだから仕方がないのかもしれない。

単に、若い衆が喧嘩する漫画・・・

野球・・・高校野球・・・

ゴルフ

真実ぽく見せるために嘘くさい設定がある

ビットコインで儲けました・・・・

ビットコインで、儲けいるようなタイプの人間には見えない絵柄・・

エロ過ぎて・・・車内で読めない・・・ヤング何とかはひどい・・・

正々堂々と、成年漫画(18禁のやつね)を読む兄ちゃんもすごいと思うが・・・

ちょっと、エロ場面があると困る。

航空母艦のマンガがあり、中国と開戦するのであるが・・・最近読む気がしない。

出てくる人物の全部、顔で性格を表す。

なぜが、西郷隆盛風、熱血系、うりざね顔で、無表情・・・

複数の高級幹部クラスの自衛隊の友人に聞いたら、

「あれねー、ひどいよね。」

「あんな風には戦争はしないだろうし、F35Bで艦隊攻撃・・・・ちょっと無理じゃない?」

「なんで35Bしか使わない設定なんだろうね」である。

だって、ばかみたいだもの。

映画はもっとひどくて、相手は、不明・・・・

映画は多分最低である。

雑誌として盛り上げたいんだろうけど見る気もしない。

沈黙の艦隊という漫画があったが、これも滑稽無トウである。

沈黙の艦隊の売れた状態を思い出して「夢よ、もう一度」なんだと思うが・・

馬鹿みたいに若くて、冷静指揮官、平和を愛する姿勢、相手の気持ちを思いやり、忖度して戦争する・・・・

沈黙の艦隊は、情報が少ない時代のマンガである。

「気分はもう〇〇」のリバイバルが載った

友人の紹介で気が付いて、30年ぶりぐらいにア〇ションを買ったが・・・・

漫画家さんは、漫画映画つくる間に画力が落ちた…と云うか平行移動しただけだという事に気が付いてほしかったねぇ。

30年前から進歩がない・・・意味不明・・・

原作も・・・・進歩がない、発想が学生運動・・・もう少し考えろよと・・・。

NAVIに連載していた「スズキさんの・・・」は、第一次学生運動世代には受けた。

展開が軽快で読みやすかった・・・が中身は、権威を持っている人間が、権威に対抗しているすがたが痛かった。

また、NAVIも、投稿欄にその手の話が載るようになって、偏向している感じがしたのと、鈴木編集長が、エンジンに引き抜かれてぐずぐずになった…その後、休刊だか、廃刊になった。

最初面白い雑誌だった、途中で、編集者と記者が前に出てきてつまらなくなった。

あんたの感覚を聞きたいわけではないとおもった。

間違いだ‥を書いた杉江君をほめる人が多いんだが、糖尿で、デブで、心臓病のおっさんがいう良い車ってなんだよと。

ついでに言うのなら、杉江君は、トヨタを嫌っていたけれど、レーサーをクビになったうらみがあったあったようですねぇ。

杉江君の書く、インプレッションは、読んでてどうなんだと思ったのは、事実である。

スバルはいい車をつくっているとほめていたが、トヨタはけなす

トヨタは70点主義という事名を流布した罪は重い

長谷川主査が、出来栄えは?と聞かれて

70点ぐらいと答えたというが

長谷川主査の思う完ぺきな車から見たら70点ぐらい述べたと言っている。

70点主義という言葉を批判に使いところが薄っぺらである。

その当時のスバルが、最高級の車をつくっていたとは思えないのにである。

閑話休題

漫画の原作も、同じ話の焼き直し・・・感が強い。

最近、漫画が原作のテレビドラマが多いらしい。

漫画連載中に・・・テレビドラマ化・・・なんだかなぁと思う。

大抵出てくるのは

型破りな、一癖も二癖もありそうな主人公、たいていは、ゴーイングマイウエー(我が道を行く)

で学会の重鎮・・・・(このあたりで出てくるのが、最高峰の人の養護がある・・・ありえねー…と思うのだが)

型破りなキャリア公務員(地方警察、警察庁、厚生省、経産省・・・)

よく判らない支援者、

よく判らない関係の金持ち

関係の不明な取り巻き

弁護士のドラマが多いようであるが・・・これも、こんなイソ弁が居たら大変だろうな…という事を聞いたことがある。

また、弁護士事務所内のよくわからん奴が出入りしている・・・

事務所の親分は、寛容、自己保身が強い癖に寛容

ある弁護士事務所(実話)で、弁護士事務所に、弁護士の奥さんが旧姓で働いていた。

素晴らしいぐらいの「やきもち」で、自分の夫である弁護士が少しでも気に入った子ができると・・・いじめて追い出してしまう。

ここでは、数名の女性が、追い出されたらしい。

女性の定着はひじょに悪い。

有名な先生なのだが。

その旧姓で働いている奥さんは、がっばって美人という人である(化粧は上手、スレンダーである。)

そこのイソ弁は、基本、破産事件しか受けない・・破産管財人で儲ける・・・

イソだから・・・自分の給料分×3倍ぐらい稼がないといけない・・・

確実にもうかるのは・・破産管財人・・・だから硬軟取り混ぜた破産事件の管財人を受ける・・・

郡部の破産管財人・・・というか、法科大学卒業の弁護士はものすごく能力が低い

詐害行為案件の可能性を示唆しても・・・スルーである。

裁判所は何にも云わないから・・・スルーである。

法科大学卒の弁護士は、程度の悪い人が多い気がする・・・

程度の悪い弁護士をドラマにはできんだろうと、言うと、

「いやー、脚本家の劣化も激しいから一般受けするのしかないよねという。」

漫画も、編集者に言われたことを書いてるのがアリアリと思う事もある。

うーん

何か面白い漫画が読みたい。

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ゲッペルスと私////

「ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白」ブルンヒルデ・ポムゼル著 トーレ・D. ハンゼン著

ヨーゼフゲッペルスの居た宣伝省に勤務していた女性のの独白が3分の2、後は、民族主義と若者の政治への無関心を批判する本である。

「ゲッペルスと私「」という映画の中で出た来た話を文章化したものである。

彼女は、ゲッペルスの個人秘書ではない。

宣伝省勤務の速記者、タイピストである。

宣伝相であったゲッペルスの支配する「宣伝省」で働いていただけである。

ゲッペルスに雇われた個人の秘書ではない。

個人的なつながりはない。

簡単に言えば、大蔵省に勤務している下級官吏が、大蔵大臣を語る様なものである。

つまり、表題に誇張が、というかウソある。

事実を書けば、ヨーゼフゲッペルスと同じ建物で働き、彼を時々見かけた。

マクダ・ゲッペルスと会ったことがある、服をもらったこともある。

親密に語り合ったことはない。

小さの上エピソードを誇張している、嘘ではないが、映画の時も感じた、「看板に偽りあり」

「看板に偽りあり」という感じは、詐欺師の、必ずもうかりますという言葉に近い気がする。

ヒトラーの個人秘書だった女性の自伝と比べると、その秘書と、ヒトラーの身近を、数メートルという感覚語るのであれば、ゲッペルスと元秘書の関係は、非常に遠いという事がわかる。

「ゲッペルスの秘書」と云う書き方はすでに、嘘で膨らませ切った風船のように見える。

ここで、売るためという、宣伝文句という言葉が浮かんでくる。

考えてみれば、売るために嘘をついても構わないという行為を見せつけている。

私のようなアマノジャクは、この本の残り3分の1に展開される、難民問題や、民族主義への反感と云った主張が、空疎に見える。

マスコミ特有の自分たちに都合の悪いこと、自分たちの吐き出す嘘、嘘ではないが、誇張があることを消して、都合の良いことは大々的に載せるという風体を見せてしまっている。

SNS批判をし、若者の離れを批判するが、自分たちのマスコミの報道姿勢を批判することはない。

つまりは、この本を読んで参考になったのは、元宣伝省に勤務していた女性の語る、戦前のドイツ、終戦直前のベルリンの状況、ドイツの官公庁に勤めていて、ベルリンでソ連軍に捕まった人たちの戦後の状況が分かったことである。

これ以外の事は蒸し返しにしか読めない。

読んでいて思う事は、ハンナアーレントのイスラエルに捕まったナチスの被告に対する感想が間違っていなかったという事を語っているいすぎない。

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デンカ号への道 (その1)「風雪70年 上野政次郎著 昭和43年3月15日発行

トヨタスポーツ、パブリカとは全く関係がない本です。

何に関係があるかといえば、デンカ号(日本電気自動車製造株式会社)に関係する方の書かれた本である。

非常に、面白い本です。

題名は、「風雪70年」創業50周年を記念して出版された一代記です

「風雪70年」 著者 上野政次郎 〈非売品〉住所 略

昭和43年3月1日印刷

昭和43年3月15日発行

発行所 経済サロン社 住所 略

発行人 三宅 英明  住所 略。

風雪70年には、上野製薬さんの起業、乗っ取り騒ぎ等を記述もあり大変楽しい本である。

なかなか手に入らないかもしれませんが、一読されたい。本位挟まれていた挨拶文が秀逸である。

現在では使われていない文字表現がふんだんである

本には、以下のような案内文が挟まれている。

「謹啓 新緑の候益々御清栄のこととお慶び申上げます。

 平素は格別の御眷顧御春順を賜りまして有難く厚く御礼申上げます。

 さて弊社は昨昭和四十二年をもって 創業五十周年を迎えました。

 これも偏(ひと)え(表現ママ)に一方(ひとかた)ならぬ御支援の賜ものと深謝申上げております。

 就きましては創業五十周年を記念致しまして創立者であります現会長上野政次郎の 小伝を出版致しましたので謹呈致します。

 上野政次郎の歩みは即ち上野製業の歴史でもございます。

 何卒御高覧頂きますと共に 今後一層の御指導御鞭撻を賜りますようお願い申上げます

 昭和四十三年五月   敬具

上野製薬 株式会社  取締役社長 上野隆三

 謹啓 若葉に風薫る好季節となりましたが益々御清祥の事とと大慶に存じます。

 扨(かっ)て、私が道修町に上野商店を創業致しましてから五十周年を迎えました。

 その間いろいろな起伏もございましたが現在の上野製薬株式会社として順調な経営を続けさせて頂いておりますのは 偏(ひと)えに日頃の御支援の賜ものとど厚く御礼申上げます。

 このたび かねがね私が折にふれ書いておきました人生体験を創業五十周年記念事 業の一環としてまとめ「風雪七十年」と題して出版致しました 御清流覧を頂けました ら幸せに存じます。

 私も昨年喜寿を迎え このごろでは花つくりなどを楽しみながら幸福な毎日を送らせて頂いております。

 今後ともよろしく御厚誼のほどお願い申上げます  敬具

昭和四十三年五月

上野製薬株式会社  取締役会長 取締役会長 上野政次郎

これは、戦前の電気自動車の関係の調査の過程で見つけた本である。

デンカ号を生産していたのは、日本電気自動車株式会社です。

日本電気自動車製造株式会社のことは、記録あまり残っていないのでよくわかりません。

(調べ切れていないという事情もあります。)

デンカ号は、非常に一般的な電気自動車であった。

最初のタマ号のベース車両でもある。

工業技術研究所の電気自動車の改良の研究では、小型電気自動車として、試験用の車体として使用されている実績がある。

(後日記載予定)

丁度、昭和20年から40年にかけての會社乗っ取り屋の手口も書いてある。

映画に描かれているような事実があったことを実感できてよいのである。

扨、日本電気自動車製造に関しては事の起こりは湯浅蓄電池の社員からの進言であった。

面白いのは、昭和7年ころ、湯浅蓄電池には電気自動車課と云う課があったことである。

その電気自動車課の課長に近藤さんという人がいたそうである。

彼は、上野氏に対して以下のように説いたそうである。

「ガソリンは国家にとって、非常に大切なもので、これをタクシーなどに使うのは、いかに ももったいないことです。

それにくらべ、電力はいくらでも生産できます。

深夜間の余った電 力を利用して充電した蓄電池による自動車なら、大いに国策にも役立ちます。」

ここで、上野氏は、 近藤氏のいう言葉に、興味掻き立てられてようである。

湯浅蓄電池の本来からの主張なのか、電力会社(昭和五年から始まった名古屋市営バスで試験運用した電気バスの立案者の一つである東邦電力の主張の受け売りかはわからないが、深夜電力の有効利用をここにも上げている。

当時の電力関係の雑誌には、同様の深夜電力の利用を推進する方策として蓄電池を使った電気自動車の使用を推奨している。

電気自動車の推奨は、昭和25年までは継続的に行われている。

これは単(ひとえ)に、水力発電による電力の需給自足が可能であった状況による。

(当時の日本は、電力需要をほぼ水力発電によって賄うことができた。

昭和初期には、水量区発電の不足を賄うために火力発電も導入しているが、通年で足りないのではなく、時期的に昼間の電力が不足するので火力発電を導入はしている。

東邦電力も、東洋一の発電所を戦前建造している。

後年代、民間需要の電力需要の増大を見越して、大型火力発電所を建造した時代の前の段階である。)

 起業家であった上野氏は、自身の感覚で、これからの起こるであろう統制経済を感じていたのではないかと想像するのである。

昭和7年と云え、満州事変の時期である。

 当時の状況といえば、第一次大戦後の長らく不況、労働争議に明け暮れて倒産しそうな会社が多かった時期で、軍需系の会社は、政府からの緊急融資で会社を保った会社も多くあった。

 ここで、タクシーの使うガソリンを無駄なものと見做している。

 当時のある雑誌には、タクシーの使用するガソリンに如何に無駄な部分が多いかを検証もしているものもある。

 無題イコール、貴重な外貨の無駄とも考えている。

 基本的に、電気自動車を推奨する基本的な考えは、ガソリンの需要の代替えである。

 無駄の多いタクシーのガソリン需要を少しでも減らすのは、国家的見地からのなすべきことを考えるのは至極当然である。

 そこで、上野氏は

 「ガソリン・エンジンと、蓄電池装置とただ取り替えるだけで、ガソリン自動車が たちまち電気自動車に早がわりする」という考えに飛びつき、事業欲は見る間にもり上っていった。

 そうと決まれば、ゆっくり落ち着いて仕事に取りかかることのできない私である。さっそく、手はじめに三輪車から取りかかろうと、東区の玉造町に仮工場を建設した。」

 実の早い決断力である。

 しかしながら、試作品はみすぼらしいものであった。

 近藤氏は、湯浅蓄電池を辞めたのか、地位はそのままで出向だったのは不明であるが、近藤氏と研究を重ねて試作品を製作したようである。

 本には

 ここで、近藤氏とともにいろいろと研究を重ね、工夫をこらし、部品を各所からカキ集め て、とにかく試作品らしきものをつくり上げたが、でき上った試作第一号は余り感心できるも のではなく、私はいささか失望してしまった。

 電気式の三輪車がどのようなものであったのかを、うかがい知ることはできない。

 トヨタ自動車が戦時中試作した電気自動車も、軽量化のために、布、木材を使った車で、随分とみすぼらしいものであったというから同等のものであったと想像はできる。

 当時、二輪車を後輪部分を荷台にした三輪車が多数作られていたことは事実である。

 それらの運搬車の改造だった可能性は高い。

 しかしながら、やっけ仕事であったためか出来上がりの外観はひどい有様であったようである。

 上野氏は、「見かけだけは、電気式エンジンだが、これはちょっとひど過ぎるんじゃあないか。こんな につぎはぎだらけの車では売りものにならない。同じやるからには、こんなものではダメだ。」

 これは、電気モーターの出力が弱く、外板を外したり、重量物を取り覗いて軽量化したのではないかと推察する。

 彼自身の「ガソリンエンジンを電気エンジンにかえるだけでよいと」

 云う甘い見通しが間違いであっことを痛感し、関係者を集めて面罵したそうである。

 批判していた点は、当時の自動車、三輪車の地位は、高価なもの、運搬道具として優れていなければならなかったと思う。

 しかし出来上がったものは「商品価値が乏しい」つまりは見るからに魅力的な商品はなかった模様である。

 上野氏の頭には、 戦争が続けば、ガソリンが必然的に統制になる。

 すると近藤氏の主張するように、電気自動車の製造販売は、いずれは国策になる。

 従業員を面罵した言葉は、自身への甘い見通しについての自己批判であった。

 単に、ガソリンエンジンを電気モーターに交換すれば立派なものができると踏んでいた感覚を批判したのである

 ここで、上野氏は、当時、今日ろくな電気モーターがないことを痛感して、次になすべきことを考えた。

 当時は既存のモーターを利用して、電気自動車へ組み込むというのが主流であったが、電気自動車にあうモーターをつくる研究を始めた。

 電気の専門家に設計、その他を依頼しつつ各方面から技術者を募ったのである

 上野氏は、元富士電機の直流モーターの技師をしていた飯田盛一技師計画に加えることとなった。

 かの人は、当時の電機メーカーでは、著名なドイツのシーメンスに派遣されていた方であり、モーター設計に関してはこの世界でも第一人者であった。

 こうした人材の取得により、二年後になって、強力な自動車用直流モーターが完成したのである。

 一方部品も、専門家の手によって次々と生産 されていった

 この計画は、昭和七年ごろから始めていた。

 実用に耐える、電気自動車の販売毛できるようになったのは、七年後の昭和十四年であった。

 ここで、既存の玉造の向上は手狭であるとの判断から、尼崎に用地を求め工場を建設した。

 (ここで、尼崎には、すでに中島自動車が進出して、電気式乗合自動車、運搬車を生産していたので、下請け工場があった可能性ものある。)

 このような状況から、まだまだ紆余曲折を経ながら、上野氏の電気自動車は製造販売されることとなった。

 こうして、後に、デンカ号を製造販売する「日本電気自動車製造」が誕生するのである。

 続く

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赤狩り?

「赤狩り「」という漫画がある。

米国のレッド・パージのことを書いたものであるが偏向に満ちている。

読んでいて非常に不愉快である。

ちなみに、人間雄描写が気にらないのではない。

アメリカの赤十字(当時のアメリカ共産党の隠語)の人間を善人として描いてるからでもない。

善意を向けるているふりをしている個々人は、善人かもしれない。

でもである。

当時の社会情勢を無視した書きかをしているのは如何なものかと思う。

スターリンが東欧、西欧の地で行っていた行為。

共産主義の強引な政権奪取、サボタージュ、テロ(列車転覆)の状況を書かずに、ただ単に、原爆のスパイが原因的な書き方をして、無能なCIAの親玉のプライドのために行なった行為だとしていいるのは非常に片手落ちである。

スパイ網の摘発のための赤狩り的な論調で書いていくのはおかしな話である。

戦後、ドイツに憎しの時代。

社会を暴力が支配していた。

欧州では社会情勢制覇劣悪であった。

原因は、飢えと、不安定な先行き

情勢が不安定な社会。

この時を待っていたかのように、共産党員は、共産主義というかスターリンに忠誠を誓い行動を起こします。

主に地下に潜った共産主義者によるいわゆるテロが相次いていた。

日本でもあったが、フランスで、レールの犬釘を抜いて列車を転覆させるというテロがあった。

これは、社会不安を起こして、内乱状態に持ち込んで、革命状態を引き起こして、政権を奪取するという手段であった。

ソ連が占領した地域では、見主的な政権は、共産主義者を受け入れざる負えない状況を造りだして、政権参加、主要ポストを押さえて、最終的には、共産党の単独政権を作り出した。

やり方は、きわめてファシスト的である。

戦前のソ連から継続的行われた行為は、「共産主義ファシスト」による、一党独裁による民衆の弾圧である。

このような状況は、戦後の体制の中で民主主義国家への脅威であった。

その中で、民主主義国家であるあ、アメリカが、獅子身中の虫である共産主義者をあぶりだしたのが、レッド・パージである。

それをさも、「共産主義者」のスパイが社会に根を張っている。

しかもその共産主義者は、善人だから、弾圧されるのはおかしいという論調である。

現在の連載では、ローマの休日の本当の脚本家と監督のお話で、「人を信じる」という処に力点を置いて書いている。

しかし、現実の共産主義者は、人を信用しない、自己中心的な存在でしかない。

そうも、出版界は、容共的である。

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寂しいと思う事

この頃、寂しいと思うことが有る。

人生の事ではなくて、読書の話である。

最近、技術系の本や社史ばかり読んでいるので、息抜きに?

普通の本を読んでいる。

この間までは、横溝正史の金田一耕助のシリーズを読んでいた。

なんとなく、犬神家の一族を再読する気になって・・・というか映画を見ていて、何となく物足りない感じを受けたからに相違ないのだが・・・

映画は、市川昆監督が2回にわたって撮影をした「犬神家の一族」

最初は、1970年代である。

高峰さんあっての映画だと思う。

2回目は・・・どうも役者が軽い。

原作では、季節は冬である

映画は、夏である。

あの原作をよくあれだけ短縮できたなぁと感心するほど、表層的である。

いいとこどりの抜粋である。

例えば、一連の市川崑の撮影した横溝シリーズの最終作品だった「病院坂の首くくりの家」などは、原作とは、まったくの別物でである。

東京都と云いながら出てくる風景は、皆、どこかのうらやぶれた田舎の風景である。

原作は冬なのに、映画は夏

この点ですでに厳しい

いろんな点で厳しくて・・・何となくこんな話だったか?という疑問が湧いたので、ついつい、読み返してしまった。

すると、横溝正史氏の作品は、どれもこれも面白く、戦前の由利シリーズなどとは比べものにならない程楽しいのである。

読み返しは、数十年ぶりだったので、程よく忘れていて楽しかったのである。

で、読んでしまうと次がない

家の掃除をしていたら、藤沢周平さんの本が出てきた。

これも、十年ほど前に読み込んだ作家である。

実在の人物がいる作品を何となく、つまらない、歴史小説になるから、私個人は好きではない。

特定の個人が出てこない作品を選んで読んでいる。

三巻、四巻続きの本を一気呵成に読んでしまうと、何となく、終盤で、そこはかとなく寂しい感じを受ける。

作者はなくなっているので、当然続刊はない。

でもこのシリーズは読んでみたいと思うことが有るすると、何となく寂しい感じが起こる。

短編集はあまり気ならない。

彫師伊之助取物覚えシリーズは「消えた女」「漆黒の霧の中で」「ささやく河」の三部作である。

もと、岡っ引きが、捕り物を手伝うとい形式でああるが、何となく流れが軽快で読みやすい。

これなどはまだまだ続いてもいいような感じのする作品だった。

用心棒日月抄シリーズは、用心棒日月抄(副題なし) 「孤剣」「刺客」「凶刃」の四部作である。

1巻は、短編集の体で、赤穂浪士の討ち入りをほのめかす作品だった

あとの三巻は、1巻完結の長編であった。

これは、完全い4巻で終わり、余計に寂寞とうう感じがした。

獄医立花登手控え「春秋の檻」「人間の檻」「愛憎の檻」「風雪の檻」の四部作

これも、4巻で終わり

オジサンの家の居候になった若い医者が、伝馬町の牢の獄医として生活する傍ら、捕り物めいたことをする話で、珍しく、剣術ではなく、柔術をで戦う。

医者が、剣術もおかしなもので、柔術は的を得ていると思う。

江戸から、大阪の蘭医へ留学するところで話は終わっている。

これももう少し続けてというか続編が出てもいい感じであった。

これはテレビドラマになったことが有り、中井貴一が主役を務めていたらしい(文庫本に出ていたが、見た記憶はない。)。

こう、読んでいると、何となく「もうないのか」という感覚がある。

これを、何となく寂しい感じと感じる事がある。

最近、ジジイになっているのでこの傾向が強い。

何の変哲もない、時代小説は好きである。

伝記的な小説は、前にも書いたことが有るが、嘘くさくていけないと思う。

大昔、「吉川英治の宮本武蔵」を読んだときに最初に思った事は、「なんでそんなことが判るのか?」という事である。

司馬遼太郎の「人斬り」を読んだときにも感じた違和感は、所詮は吉川英治ならこのような状況なら、宮本武蔵みたいに生活もしたこともないけれど、剣術修行もしたこ事もないけれど、たぶん、こう思うだろう・・・・と

司馬遼太郎というインテリからから見る、貧乏と云うのは所詮は表面ずらである。

表面ずらだから、多くを語らない。

生活感がない。

多くを語るが、何となく、韜晦しているる感じを受ける。

岡田以蔵の思考と、武市半平太の高邁な頭脳、思考を再現できるという感覚がうらやましいというか、すべては想像力の成せる業で、司馬遼太郎の考えた、岡田なら、武市なら、思うであろう、考えているであろうことでしかない。

そう考えると自伝的な小説は読む気にはならないのである。

まぁ、次は、山本周五郎、山手樹一郎辺りを読むべえかと。

ちなみに上記11冊は、退院から5週間ほどで読めたのである。

年末休中は一日一冊のペースは崩していない。

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夏目漱石 「こころ」についての考察 その1

高校の教科書には、漱石夏目金之助著述の「こころ」という作品が載っていることが多い。

 原題というか、新聞連載時は、「心 先生の遺書」であった。

 元々は、当時、朝日新聞の社員だった、漱石が新聞に連載した、新聞小説である。

 後年の諸説はあるが、当初の考えでは、漱石夏目金之助は、「こころ」を主題にした複数の短編を書いて、それを後日「心」という題で、短編集として出版する予定であったらしい。

  「先生の遺書」も、当初は短編として書く予定であったが、朝日新聞の新聞小説という体(てい)取った結果、「先生の遺書」が長編となってしまった。

 とはいえ、たった4か月の連載である。

  「先生の遺書」一編を、三部構成として、題名は『心』と元のままにしておいたとの事である。

  岩波単行本の序文に記されている。

 (ちなみに、岩波書店の最初の単行本である。岩波は、夏目漱石には恩義を感じて居るようで、100周年記念で、全集を出版するそうである・・・個人的には、欲しいのである。)

  以下の通り(読み仮名は、小生が添付)

 「「心」(「こころ」)

 「心」は大正三年四月から八月にわたつて東京大阪両朝日へ同時に掲載された小説である。

当時の予告には数種の短篇を合してそれに『心』といふ標題を冠(かんせ)らせる積(つもり)だと読者に断わつたのであるが、其(その)短篇の第一に当る『先生の遺書』を書き込んで行くうちに、予想通り早く片が付かない事を発見したので、とう/\その一篇丈(だけ)を単行本に纏(まと)めて公けにする方針に模様がへをした。

然(しか)し此(この)「先生の遺書」も自から独立したやうな又関係の深いやうな三個の姉妹篇から組み立てられてゐる以上、私はそれを「先生と私」、「両親と私」、「先生と遺書」とに区別して、全体に「心」といふ見出しを付けて差支(さしつかえ)ないやうに思つたので、題は元の儘(まま)にして置いた。たゞ中味を上中下に仕切つた丈(だけ)が、新聞に出た時との相違である。

 装幀の事は今迄専門家にばかり依頼してゐたのだが、今度はふとした動機から自分で遣(や)つて見る気になつて、箱、表紙、見返し、扉及び奥附の模様及び題字、朱印、検印ともに、悉(ことごと)く自分で考案して自分で描いた。

 木版の刻は伊上凡骨氏を煩(わずら)はした。夫(それ)から校正には岩波茂雄君の手を借りた。両君の好意を感謝する。

 大正三年九月」

  正直、私は、あまりこの作品が好きではない。

  漱石夏目金之助の作品は、大抵は好きである。

 「吾輩は猫である」などは、一時期暗唱できる程に読んでいた。

  しかしである。乱暴な口調が気に入らない「坊ちゃん」は何となくモノ足りないが、まあ許せる。

  しかしである、「こころ」は、なんというか、妙なのである。

  私は、「こころ」「門」「それから」は通読した。

  そこで感じたことは、「こころ」は異質であるという事である。

  どのような作家にもそのような面はある。

  三島由紀夫でさえ、不思議な話を一遍だけ書いている。

  その様に、作家の暗い意識が表に出た作品と考えればいいのかもしれない。

  基本は、人間不信の「先生」、友人を死に追いやった罪悪感を持ち続け、自分が役立たずだという事に気が付いて死のうとして、死ぬ理由を延々と書き綴り、知りあいである主人公の「私」に、その遺書とでもいうべき文章を送りつけるのである。

 ちなみに、この「先生」という呼称は、主人公が、勝手に「先生」と呼んでいるだけであって、現実の先生(教員、教授等)ではないのである。

 「先生」と言う語調は、明治期の意味合いと現在の意味合い社会的地位には雲泥の差がある。

 だが、「先生」という言葉ががもたらす感覚は、ちょっと「上な感じのえらい人」という感じをこの主人公が「先生」と呼ぶ男への感覚を植え付けさせる。

  そうして、主人公の「私」は先生の遺書を、受け取って危篤の親を残して、東京へ帰る。

  その上京の車中で「先生の遺書」を読むのである。

  そこには、「先生の遺書」というか、死ななければならない理由を一方的に綴られているだけで、これだけの理由で死ななければならないのは判然としないという、漠然とした感覚しか残らない。

  結論の無い作品である。

  悪く言えば、死にゆく理由を正当化する作業である

 自殺者特有の感覚ではないかと思う。

 夏目漱石を「先生」と呼んでいた芥川龍之介の「或阿呆の一生」にも感じられる、自己中心的で、何となく、真意を隠そうという意識がそこかしこにみられるの様に感じるのは自分だけであろうか?

  単純に、独立した短編三部作と考えれば、それほど嫌な作品ではない。

  「門」、「それから」も関連があると考える向きがるが、「こころ」は、別枠感がある。

  つまり、「門」には、夫婦の間の共通認識としての罪悪感(主に妻が感じている、「悪い女」という事から来る罪悪感の共用の強制)がある。

 「それから」には男女の間に共通の「罪悪感」がある。

 それは、「それから」にある昔風に云えば姦通,現代風に言えば不倫への罪悪感は、今の目から見れば、非常に弱い、しかし、当時としては姦通であるから大きな問題である。

 (昨今、不倫について、マスコミは騒ぐし、批判をする。

 が、そういったものを禁断の恋とか称して煽ったのは元々マスコミである。

 自分たちで、不倫をしている人は多いと云い募っておきながら、実際、有名人が不倫をしていると、妙な倫理観を振り回して批判する。

 離婚をせずにチマチマと付き合う方が悪いのである。

 女役者が、医者と過去に不倫をしていたことが判明して批判をされている。

 それだけ多情というか、押さえられない性欲に従順であるとも云えるのではないか?

 妾がいて、旦那が来ない日に、同じような年代の男を連れ込んで情を通じる事は多々あった。

 でも、それは、押さえきれない性欲の処理であるから仕方がない面もあったと思う。

 女役者も国会議員も、押さえつけることができない性欲の処理をしたという事である。

 旦那が役に立たないので、他所で調達したのである。

 これが、ホストか何かを利用したらそれは、ソープランドに行く男性が非難されないように、別段非難されないだろう。

 性欲は、押さえることはできない時がある。

手近に手ごろなオスがいて、使ったという事ではないか?

 でも、ここで、最悪なのは国会議員が、離婚の調停を頼んでいる弁護士自身を性欲の発散に使った事はあきれてしまう。

 ここで、憲法云々を口に出して云い、日本共産党の参与の人だから笑ってしまう。

 共産党には、ハウスキーパー問題と云うものが存在していたことが有る。

 家に、妾を入れ込んでいて、これについては、外聞を憚って、「妾」「愛人」とは言わずに、「ハウスキーパー」であると称していた。

 丁度、男性の画家が、女性の内弟子を取るという事は、画家のお手つきだと皆が知っていながら、口にださいにという構造と似ている。

 だが、口では偉そうに、憲法を守ると云いつつも、下半身は倫理観がないというは、法律を、守れと云いつつも、自分の中の法律を守るという気がないのは、ダブルスタンダードである。

 議員さんの前職を考えて、弁護士という職業を考えると、この二人については、法匪としか言えないと思う。

 不倫をして、週に複数回の情交を継続していたという事を考えれば、この二人の性欲には動物的なものを感じる。

 弁護士自身の精神構造を疑うし、この議員の倫理観も到底信用できない。

 社会の構造の変化の中で、不倫を良しとしておいて、自分達の利益のために、不倫を叩くと云うのは、マスコミ自身の倫理観がいかに低俗かという事が判るのである。)

 閑話休題

  門には具体的な罰として、「子供が生まれない」という悲劇がある。

  それからは、姦通の結果、高等遊民(働かなくとも生活をしている地位)から、勘当され、生活能力のない無職の中年となる。

  しかし、「こころ」にはそれがない。

 それは、先生の奥さんの態度に罪悪感は、微塵も感じられない。

 罪を認識しているからこそ罪悪感は生まれる。

 「門」であれば、妻の罪悪感である。

奥さんの罪悪感は、旦那へ浸透していく。

 「それから」であれば、主人公自身の罪悪感である。

 「こころ」の中で罪悪を感じているのは「先生」だけである。

 もしかすると先生の奥さんは、自身の母親から示唆されて、「K」に接近して、煮え切らない態度を取る先生に嫉妬心起こさせて、婚姻の申込を急がせたのかもしれない。

 そうであれば、お嬢さんであった先生の奥さんは、自身の母親の指導に基づいて行動したのであるから、もともと「K」に対しては単なる見せかけの好意でしかしかなかったのだから罪悪感が起こる原因にもならない。

 お嬢さん(先生の奥さん)が、婚約前に、「K」に対して、こんな感情を持ってたと考えれば、罪悪感は湧くわけがないと考える。

 「K」は夢想家で、バカな男であるという感情

 自死の原因が、恋の破局ではなくて自身の前途に悲観した

 と思っていたら・・・こんな男に引っかからなくて良かったと思っていた可能性はある。

  罪悪感を持っているのは、自殺した(自殺をしようといしてる)先生だけである。

  罪悪感の原因は、「先生」の下宿時代に自殺した先生の友人の「K」の存在である。

  K」とは、「先生」とは、同郷であり、小さいころからの友であった。

  同じ中学に通い、同じように帝都での学生生活を送っていた友人である

  K」は、裕福な寺の次男坊であり、嘱望されて医者の家に養子になっていた。

  養家では、医者を継ぐ者として、帝国大学へ入学させた。

  しかし、医学部には進まず、勝手に文学部系に進んでしまう。

  そうして、盆暮れに帰郷をせず、養家をだましていた。

  しかし、「悪事千里を走る」の例えではないが、養家には、その事は露見した。

  そうして、養家からは離縁され、学費を、実家が弁償することになる。

  そうして、実家に復籍したが、実家からは、勘当されて放逐される。

  当然の様に、学費、下宿代に困窮した。

  K」は、夜学校の先生を務め、前向きに生きている。

  「先生」は、「K」の窮状を見かねて、自分の住んでいる下宿を周旋する。

  はっきりとは書いていないが、「先生」は、下宿代を負担していたのではなかろうか。

  その「K」は、下宿先の「お嬢さん(後の先生の奥さん)」に、恋心を描き、婚姻したいとさえ思っていた。

 そうしてその感情を、「先生」にうち明ける。

  しかし、「k」は、下宿先の主人である「戦争未亡人である奥さん(お譲さんの母親)」には打ち明けられない。

  すると、「先生」は、あまり生け花も、お琴も上手ではない「お嬢さん」を、戦争未亡人の奥さんに「嫁にください」と申し込む。

  奥さんは、婚姻を許諾する。

  すると、下宿で隣の部屋に住んでいた「K」は自殺する。

  その自殺体を、「先生」は発見するのである。

 自殺体を発見したときに、「先生」は、自死の原因を、自分の行為だと考えるのである。

 根本には、「まさか死ぬとは思わなかった」という感情があるのではないか?

20170925初出

20170926補足訂正

 

 

 

 

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探偵小説について

以前、私は、「現実に名探偵てなんているの」という一文を載せたことが有る。

ご参考

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-f890.html

で、宗旨替えをした訳ではないが、最近、横溝正史先生の金田一耕助シリーズに沈溺していると云ったら笑われるかもしれない。

でも、現実的には、名探偵もカッコイイ探偵も居ないという考えは変わらない。

1975年以降、角川文庫から横溝正史シリーズはそれほどアホのように出版された。

という記憶がある。

本屋に行くと必ず、黒枠の本が並んでいた

背表紙は、黒、緑の文字、ちょっとおどろおどろしい

表紙の絵も暗い・・

でも1975年から1980年代にかけては、江戸川乱歩に燃えていた。

小学生のころは、少年探偵団シリーズに。

年を経ると、全集へ・・・

そうして傍ら、横溝正史も読んでいたというか、読み始めていた。

結果、12歳から22歳ぐらいまでに、全巻読破したのである。

ついでに言うのであれば、コナンドイル、アガサクリステー女史の作品も、延々と読んだ。

だから、小説として「探偵小説」を読むのは好きであり、楽しいのである。

わたしにとっては、探偵小説は、娯楽なのである。

で、現在は、金田一耕助シリーズを現在チマチマと読んでいる。

シリーズとしては以下の通りである。

  • 本陣殺人事件

    獄門島

    夜歩く

    八つ墓村

    犬神家の一族

    迷路荘の惨劇

    悪魔が来りて笛を吹く

    不死蝶

    悪魔の手毬唄悪魔の百唇譜

    扉の影の女

    仮面舞踏会

    夜の黒豹

  • 三つ首塔
  • 支那扇の女
  • 29年6月1日から今日(29年8月21日)までで、上記は読みぬいた。
  • 読んでないのは以下の通りである

    白と黒

    女王蜂

  • 迷路の花嫁

    吸血蛾

    幽霊男

    スペードの女王

    魔女の暦

    壺中美人

    死神の矢

    悪魔の寵児

    1975年以降の作品•

    •悪霊島

    •病院坂の首縊りの家

    驚くべきことに、1960年代から1975年まで探偵小説の依頼は一切なかったという事を仄聞したことが有る。

    横溝先生の探偵小説の復活は、映画化に負うところが大きい。

    市川昆監督による「犬神家の一族」「悪魔の手毬歌」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」で、再ブレイクしたのは記憶に新しい。

    (とはいえ、考えてみれば、42年前である。)

    で、最近なぜ、再読を始めたかと云えば。

    映画の「犬神家の一族」(新版、旧版)を見て、ふと、思ったのだ。

    こんな話だっか?

    こんなつまらん内容だったか?という疑問である。

    大体、小説では場面的には、「冬」である。

    映画は、夏である。

    で、再読したら、これが面白い。

    映画の良さを1とすれば、10ぐらいの娯楽性がある(と思い込んでいる。)

    ここで、さぁ、もう一度!

    と思ったが・・本が売ってない。

    普通の古本屋にはもうない。

    場末の1冊100円クラスで置いてある本屋を探すと出てくる。

    古本屋を廻る事、数十軒・・・

    ここで気が付いたのだが、古本屋自他が減った。

    古い文庫サイズがない・・・ドーゆうことだと・・・

    40年以上前の本が早々売っている訳はないのである・・・

    自分でも結構買ったのだが・・・車庫の箱を開ける気にならない・・・

    鶴間公園の近くには、正味2軒しかない。

    大学のころは6軒ほどあったはずである。

    この間行ったら、自動車、模型鉄道関係の店がいきなり2軒無くなっていた。

    記念橋近くは残っていた、神前図の3軒は健在である。

    でも、考えてみたら図書館に行けばあるのでは?

    と考えた・・というか気が付いた。

    で、現在は、チマチマと借りては読んでいます。

    1975年以降に•悪霊島•病院坂の首縊りの家書いているのだが、どうも、感覚は1940から1950年代のテイストである。

    病院坂は映画された。

    映画は、名作と云われるが、小説にはかなわない。

    その点では、市川昆監督には申し訳ないが、映画は劣るのである。

    映画は映画として楽しまないといけない。

    思うのだが、岸恵子の演技は光るものがある。

    あまり好きではなかったのだが、市川作品を見ていると、非常に良い役者であると感心する。

    まあ、読んでみれば面白いかと思うのではあるが・・・

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    ある新聞記事を読んでみて・・・

     今日(2017/05/31)夕刊に、こんな記事が載っていた。

     「民事再生手続き中の学校法人「森◎学園」が系列の「高等◎◎友学園保育園」(大〇市◎◎区)の土地を大阪府に差し押さえられた問題で、学園が滞納していた不動産取得税約1100万円を府に納付したことが31日までに、管財人への取材で分かった。

     

    府は納付を確認し、差し押さえを取り下げる見通し。」

     

    非常に短観な記事である

     

    読んでまず思ったことは、この新聞社の記者は言葉の意味を理解して書いていないという事である。

     

    まず、事実として、解っていることは以下の通りである。

     

    某森◎学園は、民事再生法の適用を申請した。

     

    (私は、民事再生法の再生計画が開始決定になったかは知らない。

     

    官報を全部見てるわけではないのでね。

     

    感覚的には、申請から大体、10から14日ぐらいで、再生計画開始決定通知があるので、たぶん、現在は、開始決定があったと予想されます。

     

    民事再生計画開始決定になっていれば、民事再生計画を監督する「監督官」がいるし、管財人もいる。)

     

    管財人から聞いたという内容は、まぁ問題がないであろう。

     

    新聞記事では、「◎友学園」の不動産が、「滞納を原因とした差押を受けた。」と書いてあった。

     

    この事実を確認したのは、登記簿の写し(全部事項証明)の請求をして、「差押登記」見たという事だろう。

     

    差押登記については、登記が済んでいるという事である。

     

    登記申請中ならそもそも、登記簿が閉鎖されている。

     

    登記されたら、取り下げはできない。

     

    登記申請をして、不備がある等で取り下げをすることはある

     

    登記申請→問題がなければそのまま登記されてしまう。

     

    登記申請→登記申請書に瑕疵、訂正できない誤記等があった→登記申請の取下げ申請を申請する。

     


    つまり、今回の様に、税金の滞納を納付したのであれば、差押の登記を「取り下げる」のではなくて、「差押えの解除」予定と書くべきだろう。

     

    先述の通り、取り下げができるのは、登記が完了する前のことである。

     

    多分、当該、登記簿(全部事項証明)の権利の部には、

     

    「平成29年何月何日大阪府○○府税事務所」「差押」と登記されているはずでず。

     

    この登記を抹消するのは、差押えの解除登記を申請のするのである。

     

    登記済み内容(差押登記)を、どうやって取り下げてるのか


     

    それに、滞納総額が、1100万円だったのか、地方税の延滞金を含んだ金額だったのかわからない。

     

    不動産取得税という事ですから、取得してからの期間(日数)×本税(1100万円なのかlなぁ?)で、延滞金の計算はできますが・・・

     

    結構な額だと思いますが

     

    延滞金も含めて納付したのであれば、大阪府税事務所は、全額の納付が確認できた時点で解除しなければなりません。

     

    滞納があるのだから、差し押さえを維持する理由があります。

     

    滞納がなくなれば、差し押さえを維持する理由、

     

    滞納税金を徴収するための不動産の差し押さえて、将来的には公売をするという理由は消滅します。

     

    だから、解除しなければならないのです。

     

    取り下げではありません。

     

    取り下げという法律行為が、具体的にはどういう法律を適用するのか?大いに興味がある。

     

    ...

     

    それに、民事再生中事件で、監督官が選任されていれば、「管財人」の弁護士がいることは理解できる。

     

    しかし、申請中なら、単なる受任弁護士である。

     

    読んでいて、細かいディテールの内容が、不正確と感じた。

     

    こんな記事で、この程度の内容しか書いてないなら、大きな記事の内容はどうなんだと聞いてみたい。

     

    昨今、新聞記者のの程度の低さが指摘されているが、うちの夕刊で知ろうとは思いもよらなかった。

     

    ちなみに、これは、日本◎◎新聞である。

     

    新聞とるの止めようかな(T_T)とか考えてしまう。

     

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    モデルアート 50周年記念について(模型の雑誌このとです)

    わたしは、モデラー(立体塗り絵の塗師?、立体塗り絵は、ファインモールの社長さんのお言葉w)である。

    わたしが、ご幼少のみぎり(5歳だね)

    あるところで、P-40ウオーホークの模型を買ってもらった。

    昭和45年の暮だった。

    買ってもらったのは、その前日

    作ったのは、12月30日

    我が家の恒例の餅つきが済んで、家の掃除も済んだと時に作っていいかと聞いて作った。

    なぜか、箱絵のシャークテイマウス(鮫ノ口)のペイントに惹かれたのである。

    P_40f_sanwa_133_89th


    ところがである。

    ・・・デカールには、この口マークが入っていなかった。

    空冷エンジンの機体はかっこいいなぁ・・・もあったのであるが・・・

    で、

    その頃、頃にはもう、モデルアートは出版されていました。

    その頃、当然様に、模型雑誌なんて、存在さえ知りません。

    大体小学校のころから本屋へ出入りしていました。

    ちなみに、その本屋はすべて廃業しました。

    近所に、というか、歩いて行ける範囲には本屋はなくなりました。

    小学5年だかr6年だかのころ、本屋で、毎月4冊のペースで出ていた手塚治全集を買いあさっていいました。

    1冊400円でした。。

    おかげで、模型があんまり買えなくなっていた。

    そこで、代謝行為として、ちらちらと模型雑誌は立ち読みをしていました

    本屋に行くと、ホビージャパン、モデルアートに2冊は並んでいた。

    モデルアートの表紙は何となく好きではなかった。

    ホビージャパンは、イラスト入りの連載物があった。

    それに、スターウオーズの特集なんかもあった。

    大枚はたいて購入したMPCのダースベーダーが、棒立ちで似てないのに辟易したころだったので、修正の記事を立ち読みしてみたりもした。

    そうして、1/9特集が、私の心を、グッとつかんだ。

    そうして、わたしは初めて模型雑誌を買った。

    それは、ホビージャパンの1979年5月であった。

    20140308_19876a

    新製品のT-62の記事があったので、購入

    そうして、そのまま10年ほど買い続けました。

    AFVははやらず、飛行機も低調で、ガンプラ(ガンダムプラモデル)、女の子フィギアしか載っていない状態が続き、購入を中止。

    その頃、もう、モデルグラフィックスが出ていたので、そちらがメインに。

    そのj頃のモデルアートといえば、ホビージャパンの厚さは、半分しかなかった。

    「おおくらとしお」さんのマンガが嫌で、あまり買わず、好きなキットの制作改造記事があれば買う程度でした。

    ところが、ある時「おおくらとしお」さんの発想の転換具合が好きになり、ついでに漫画というかイラストも好きになりました。

    そうして、立ち読みではなくて、ちまちまと買うようになりました。

    今回の記念号で、「模型屋さんで売る模型の雑誌」というコンセプトを読んで、いたく感動したのである。

    だって、私、今は、模型屋でしか、模型の雑誌を買っていない。

    常に買っている、というか定期購読は、モデルアート、AFV Modeler ,AIR Modelerの三誌のみである。

    全部模型屋経由である。

    一時期、モデルアートの取り扱いの無い本屋が増えたので、懇意にしている模型屋さんで買うことにしたのである。

    気が付けば、一番長期間の購読雑誌になっている、大体、30年である。

    読まなくなったのは、以下の通りである。

    ホビージャパン(現存)

    モデルグラフィックス(現存)

    アーマーモデリング(現存)

    スケールアビエーション(現存)

    パンツアーグラフ(事実上廃刊)

    電撃ホビーマガジンのスケールモデル版(事実上廃刊)

    マスターモデラー(事実上廃刊)

    本屋で手に取ることがあるのは、モデルグラフィックス、アーマーモデリング、スケールアビエーション・・・買いませんが・・・

    ビジュアル雑誌の様な風体で、写真自体が小さいし、なんか自己満足写真が多い。

    見せるのと、見てもらうをことを勘違いしている雑誌は見ていてつらい(読むではない。)。

    アーマーモデリング、スケールアビエーションに関しては以前書いたとおりの経緯で読むのをやめた。

    基本的に、「読むとこねぇなぁ・・・」である。

    大体、スケビもアーマーも、ライターが、昔のホビージャパンの系列の人が多い・・・

    なんか、ダメダメモードである。

    おもしろいのは、最近のモデルアートは、読者の技術の底上げの記事が多い。

    前なら別冊で出していたような内容を、月刊誌で出す。

    ほかの雑誌にその手の記事が無くなった所為かもしれない。

    まあ、読むところのある模型雑誌という点を大いに評価したい。

    20161204

    20161204加筆修正

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