星のない街路 北杜夫

あるノートを探していると、本棚から昔の流行作家、北杜夫の本が出てきた。

久々に、北杜夫の本を数冊読んだ。

お手軽なドクトルマンボウ青春期、航海記・・・

初期の作品である、単行本の題名にもなっている「星のない街路」も読んでみた。

イギリスへ留学中の精神科医が、戦後間もないころに東ドイツの高名な精神科医に合うために、空路西ベルリンに入る。

西ベルリンの街路では、常に、身分証明書の提示を求められる。

主人公は、寂しい思いをしている時に、とても若い東独からの亡命者である求職中の女性に声を掛けて、バーに入る。

「お茶でも飲みませんか」

今なら笑われそうな感じの声掛けである。

彼女は、母親を東独に残して、西ベルリンに亡命して来ていた。

亡命者は、専用の収容所に住んでいた。

そのバーは、駐留軍の米兵と娼婦のたむろする店で、太った年かさの行った娼婦に背中を押されて、その娘と一晩過ごす。

一晩を過ごす前の、主人公は、恋のような淡い感情を持つ。

翌朝、帰えり間際に、室内で、娘は身分証を落とす。

朝になると、淡いような恋心は失せていた。

主人公は、身分証を拾うが、返すのを忘れてしまう。

バーのぶとった娼婦は、お金はやらなくていいという

何か買ってやりなという

ホテルから帰り道、ストッキングを買って渡す。

そうして、別れたが、身分証を渡すことを忘れたことを軽く考える。

明日にでも収容場へ送ればいいと思いつつ失念する。

東独での用事が済んで、イギリスへ帰る前に、もう一度、娘に会いたくなる。

そうして、同じバーに入る。

彼女はいない、先日の太った娼婦に、収容所に会いに行ってあげなといわれて翌日、収容所へ向かうが、彼女は身分証明書を無くして警察署に留置されていると聞き、警察署向かう。

当時の映画で、東独の娘と西独の警官、親切なソ連兵悲運の話を思い出す。

そこで、身分証を無くし経緯(いきさつ)を説明する。

彼女は、警察署の担当官の秘書のような女性の助けもあって、開放される。

そうして一緒にバス停にまで行く。

彼女は、主人公に買ってもらったストッキングをはいている。

いつ帰るの?と彼女は聞く。

早々に帰ると伝える。

別れてから、もう一度バス停で待つ彼女を見る

暗くて表情は見えない。

昔、15・16歳のころ読んだときには、「つまらない」と書いているからつまらないと感じたのだろう。

「男の事を、身勝手、自己中心的」と、薄い鉛筆で書いた紙が挟まっていた。

今読むと、何となく悲しい、悲哀があると感じ、いい作品だと思った。

経験の少ない小僧さんが読むのと、艱難辛苦?を越えてきてから読むのでは随分と感じを受けるという事である。

北杜夫は、まだ老成する前に書いているわけで、独特のなんか変な、物足りない、語感の悪い部分もあるが、感情と云う点ではよく書き込まれていると思う。

つまり年によって、読書の読み手の質が変わると、感想も変わるいう事である。

僕らの世代より上は、ドクトルマンボウシリーズをよく覚えているのではないかと思う。

私は、最初に読んだのは、「ドクトルマンボウ追想記」である。

青春期を読むつもりで、勝川駅前にあった三洋堂へ行くと、青春期、航海記は無くて、「追想記」しかなかった。

仕方無く、これを買って読んだら、面白かったのである。

星新一の無機質なショートショートを読んでいた目から見ると、格段に面白かった。

(星新一のごく少数のシリアスなものも好きであったが、いかんせん、その作品非常に少なくて、もっと読みたい、もっと書いてくれないかなぁと思ったが、果たせぬ夢であった。)

単純に面白いと感じて読み始めると・・・、この頃から始まっていた・・・・「一作者読みつぶしモード」でありとあらゆる北杜夫の作品を読みつぶした。

ドクトルマンボウシリーズは、流行作家の流行したゆえんの作品である。

笑われて、共感されて、消費されて、消えた。

今でも再販がある様子なので、人気はあるのかな?

「青春期」は今、読んでも面白いし、ロケット実験部隊の話は意外な感じで読めた。

中学生、高校生の頃に読むと、両親、祖父母の語る時代感が、追記できて何となく郷愁を帯びる作品だった。

「追想記」「青春期」を読むと、「楡家の人々」が出てくる。

「楡家の人々」は、斎藤茂吉の事を、次男坊という立場から見た作品で、確か、テレビドラマ化もされていたはずである。

星のない街路は、楡家につながる作品ではある。

何となく、面白いが郷愁を帯びた作品は、今読んでも面白い。

明治大正昭和の作家の何となく、読み継がれる気がするが、平成の作家は、一部を除いて「残るかなぁ?」という気がする。

半村良も好きだったが、今読んでも面白いと思うかな?という気がする。

 

 

 

 

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漫画の話など「モジリアーニにお願い」(相澤いくえさん)について

私は、漫画も読む人である。

最近のお気に入りが、「相澤いくえ」さんという方の書く漫画がお気に入りである。

この作品以外は、読み入り切りが、一話あっただけのような気がする。

この人自分の事を、カッパ(この場合、「かっぱ」と書いた方がよいかもしれない。)で書いているので、親近感がわく。

私は、個人的にカッパとカエルが好きである。

グロイカッパは遠慮したい。

だから、芥川氏の「河童」は。好きではない(読んだけどね。)

漫画の内容としては、青春ものである。

設定は、馬鹿でもはいれる美大の3人が主人公

オムニバス形式と云うのだろうか、3人お話がぐるぐると回る。

本吉君

一留年の日本画専攻生、

震災で家族を失う、心の傷は深い。

日本画家としては、すでに有名

子供のころ、絵に没入することができた。

没入できる絵があると語る

それを藤本が持ってくる。

そうして、絵の中に入っていく。

千葉君、

底抜けに明るい。

壁画専攻、後には、ガラス工芸、

ガラスの海を作り注目を浴びる、一皮むけた感じがする。

宮沢賢治の「やまなし」を」三人共作で作る提案をする

「言葉を届ける」という言葉がある。

藤本君、

ネイガテイブ、油絵専攻

「やまなし」の作品中で大判に蟹の絵を書く、この絵を欲しいという人が現れる

「初めて僕の言葉が届いた」と泣く。

無理をすると寝込む

親が大学院に行くのを反対にしている、が反対している父親は実は絵を描いている。

「くだらない線を」という事を父親が云う、藤本自身が、自分の言葉が通じると思う。

そこで、大学院に行きたいと伝える。

千葉と藤本は幼馴染で、近所に住んでいる

千葉と藤本の家庭環境はだいぶ違う

この作品は、多分スクリントーンを張り込んでいない(デジタルで何と言いうのかよくわかりませんが・・)

望月幹也世代としては、スクリントーン無しは、ダイレクト感がある。

で、時々、個人的に言葉が突き刺さる。

詩情あふれるというか、

青春のパトスというか

目的感のあるようなないような・・

何となく、読みたいと思う漫画である。

はっきり言って、男臭くはない。

喧嘩もない

あるのは、思い悩む芸術家の卵の姿

芸術を志せなかった人が此処にいる。

中学のころ、絵描きか、デザインなーになりたかった時期がある。

小学生のころ版画で、龍を作りたくて、龍の絵を探しに図書館に通ったことがある。

四年生の時の担任が、美術専攻だったので、美術を奨励していた。

沢山の龍を模写して、模写して、日本画の墨の濃淡の難しさを知った。

(ませたガキである。)

版画は思ったようにはできなかったが、絵には形式があることが分かった。

日本の龍は爪は、基本3本

中国の龍は爪が3本と5本

日本の龍は、全体を書かない。

中国の龍は、全体を書くが、大体、円に収める。

まつ毛の表現とか面白かった。

そうして、画集を見るのが楽しくなった。

沢山の日本画家の画集を見るんだから、書き方が違うと気が付く。

親が、美術館によく連れて行ってくれたし、タダ券があったので本当によく行った。

名古屋に来た名画展はほとんど行っている。

一時期松坂屋美術館の会員だったので、松坂屋美術館が開館した当時は毎回行っていた。

そうして、絵に没入することを覚えた。

没入と云うか、絵の線を読んでいく、光の線を読む、影を読むという事である。

ムンク展(旧愛知県美術館時代)の時に、叫びの習作がものすごい数あることを見せられて、一枚の叫びでは感じられなかった叫びが聞こえてきた。

これは、ムンクの叫びの絵の叫びが、私に届いた瞬間だった。

絵と、自分が対峙したときに、声が聞こえるのは異常であろうか?

叫びたくなるから叫ぶのではない。

叫ばなくてはならないから叫ぶのである。

神はいない、そう画面からは感じた。

英国で、ある作家の嵐の絵を見ていると、気持ちが入り込んでしまい、立ちすくんだことがある。

空気の重さが伝わってきた瞬間である。

画面が、せりだして、重い嵐の空気が押し寄せて、

波が寄り、巻き上がり、

船が翻弄される。

そんな没入感を思い出させてくれた。

不安を払拭するために、学部を選び、進学した。

そこのは、何となく、足りない感じがしていた。

そこで、大学時代は、ひたすら学問にまい進した、けれど、すさまじいぐらい本を読んだ

暇があれば、本を読んだ。

大体統計立てて読むのは、特定の作家の作品だけで、勉強の方は興味が沸けばなんでもという生活だった。

精神的には荒んでいたので、絵を見に行くのが唯一の救いだった気がする。

日本画に傾倒したのはこの頃で、浮世絵をひたすら見たのもこの時期である。

いい線

これに限るという気がする。

この漫画を読んで何となく、昔の気分を思い出した。

またこの漫画の線がいいのである。

 

 

 

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つまらんと思う事・・漫画など

所謂青年誌(成年ではない、笑)といわれる漫画を定期的に読んでいる

わざわざ、オンラインではなくて紙媒体の奴をである。

ちまちまと、スマホの画面で読む気はないというか・・小さすぎて見えん・・・(なごやべん)というのが正直なところである。

ここ最近、なんだかおもしろくない漫画が増えた・・・爺さんだから仕方がないのかもしれない。

単に、若い衆が喧嘩する漫画・・・

野球・・・高校野球・・・

ゴルフ

真実ぽく見せるために嘘くさい設定がある

ビットコインで儲けました・・・・

ビットコインで、儲けいるようなタイプの人間には見えない絵柄・・

エロ過ぎて・・・車内で読めない・・・ヤング何とかはひどい・・・

正々堂々と、成年漫画(18禁のやつね)を読む兄ちゃんもすごいと思うが・・・

ちょっと、エロ場面があると困る。

航空母艦のマンガがあり、中国と開戦するのであるが・・・最近読む気がしない。

出てくる人物の全部、顔で性格を表す。

なぜが、西郷隆盛風、熱血系、うりざね顔で、無表情・・・

複数の高級幹部クラスの自衛隊の友人に聞いたら、

「あれねー、ひどいよね。」

「あんな風には戦争はしないだろうし、F35Bで艦隊攻撃・・・・ちょっと無理じゃない?」

「なんで35Bしか使わない設定なんだろうね」である。

だって、ばかみたいだもの。

映画はもっとひどくて、相手は、不明・・・・

映画は多分最低である。

雑誌として盛り上げたいんだろうけど見る気もしない。

沈黙の艦隊という漫画があったが、これも滑稽無トウである。

沈黙の艦隊の売れた状態を思い出して「夢よ、もう一度」なんだと思うが・・

馬鹿みたいに若くて、冷静指揮官、平和を愛する姿勢、相手の気持ちを思いやり、忖度して戦争する・・・・

沈黙の艦隊は、情報が少ない時代のマンガである。

「気分はもう〇〇」のリバイバルが載った

友人の紹介で気が付いて、30年ぶりぐらいにア〇ションを買ったが・・・・

漫画家さんは、漫画映画つくる間に画力が落ちた…と云うか平行移動しただけだという事に気が付いてほしかったねぇ。

30年前から進歩がない・・・意味不明・・・

原作も・・・・進歩がない、発想が学生運動・・・もう少し考えろよと・・・。

NAVIに連載していた「スズキさんの・・・」は、第一次学生運動世代には受けた。

展開が軽快で読みやすかった・・・が中身は、権威を持っている人間が、権威に対抗しているすがたが痛かった。

また、NAVIも、投稿欄にその手の話が載るようになって、偏向している感じがしたのと、鈴木編集長が、エンジンに引き抜かれてぐずぐずになった…その後、休刊だか、廃刊になった。

最初面白い雑誌だった、途中で、編集者と記者が前に出てきてつまらなくなった。

あんたの感覚を聞きたいわけではないとおもった。

間違いだ‥を書いた杉江君をほめる人が多いんだが、糖尿で、デブで、心臓病のおっさんがいう良い車ってなんだよと。

ついでに言うのなら、杉江君は、トヨタを嫌っていたけれど、レーサーをクビになったうらみがあったあったようですねぇ。

杉江君の書く、インプレッションは、読んでてどうなんだと思ったのは、事実である。

スバルはいい車をつくっているとほめていたが、トヨタはけなす

トヨタは70点主義という事名を流布した罪は重い

長谷川主査が、出来栄えは?と聞かれて

70点ぐらいと答えたというが

長谷川主査の思う完ぺきな車から見たら70点ぐらい述べたと言っている。

70点主義という言葉を批判に使いところが薄っぺらである。

その当時のスバルが、最高級の車をつくっていたとは思えないのにである。

閑話休題

漫画の原作も、同じ話の焼き直し・・・感が強い。

最近、漫画が原作のテレビドラマが多いらしい。

漫画連載中に・・・テレビドラマ化・・・なんだかなぁと思う。

大抵出てくるのは

型破りな、一癖も二癖もありそうな主人公、たいていは、ゴーイングマイウエー(我が道を行く)

で学会の重鎮・・・・(このあたりで出てくるのが、最高峰の人の養護がある・・・ありえねー…と思うのだが)

型破りなキャリア公務員(地方警察、警察庁、厚生省、経産省・・・)

よく判らない支援者、

よく判らない関係の金持ち

関係の不明な取り巻き

弁護士のドラマが多いようであるが・・・これも、こんなイソ弁が居たら大変だろうな…という事を聞いたことがある。

また、弁護士事務所内のよくわからん奴が出入りしている・・・

事務所の親分は、寛容、自己保身が強い癖に寛容

ある弁護士事務所(実話)で、弁護士事務所に、弁護士の奥さんが旧姓で働いていた。

素晴らしいぐらいの「やきもち」で、自分の夫である弁護士が少しでも気に入った子ができると・・・いじめて追い出してしまう。

ここでは、数名の女性が、追い出されたらしい。

女性の定着はひじょに悪い。

有名な先生なのだが。

その旧姓で働いている奥さんは、がっばって美人という人である(化粧は上手、スレンダーである。)

そこのイソ弁は、基本、破産事件しか受けない・・破産管財人で儲ける・・・

イソだから・・・自分の給料分×3倍ぐらい稼がないといけない・・・

確実にもうかるのは・・破産管財人・・・だから硬軟取り混ぜた破産事件の管財人を受ける・・・

郡部の破産管財人・・・というか、法科大学卒業の弁護士はものすごく能力が低い

詐害行為案件の可能性を示唆しても・・・スルーである。

裁判所は何にも云わないから・・・スルーである。

法科大学卒の弁護士は、程度の悪い人が多い気がする・・・

程度の悪い弁護士をドラマにはできんだろうと、言うと、

「いやー、脚本家の劣化も激しいから一般受けするのしかないよねという。」

漫画も、編集者に言われたことを書いてるのがアリアリと思う事もある。

うーん

何か面白い漫画が読みたい。

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ゲッペルスと私////

「ゲッベルスと私──ナチ宣伝相秘書の独白」ブルンヒルデ・ポムゼル著 トーレ・D. ハンゼン著

ヨーゼフゲッペルスの居た宣伝省に勤務していた女性のの独白が3分の2、後は、民族主義と若者の政治への無関心を批判する本である。

「ゲッペルスと私「」という映画の中で出た来た話を文章化したものである。

彼女は、ゲッペルスの個人秘書ではない。

宣伝省勤務の速記者、タイピストである。

宣伝相であったゲッペルスの支配する「宣伝省」で働いていただけである。

ゲッペルスに雇われた個人の秘書ではない。

個人的なつながりはない。

簡単に言えば、大蔵省に勤務している下級官吏が、大蔵大臣を語る様なものである。

つまり、表題に誇張が、というかウソある。

事実を書けば、ヨーゼフゲッペルスと同じ建物で働き、彼を時々見かけた。

マクダ・ゲッペルスと会ったことがある、服をもらったこともある。

親密に語り合ったことはない。

小さの上エピソードを誇張している、嘘ではないが、映画の時も感じた、「看板に偽りあり」

「看板に偽りあり」という感じは、詐欺師の、必ずもうかりますという言葉に近い気がする。

ヒトラーの個人秘書だった女性の自伝と比べると、その秘書と、ヒトラーの身近を、数メートルという感覚語るのであれば、ゲッペルスと元秘書の関係は、非常に遠いという事がわかる。

「ゲッペルスの秘書」と云う書き方はすでに、嘘で膨らませ切った風船のように見える。

ここで、売るためという、宣伝文句という言葉が浮かんでくる。

考えてみれば、売るために嘘をついても構わないという行為を見せつけている。

私のようなアマノジャクは、この本の残り3分の1に展開される、難民問題や、民族主義への反感と云った主張が、空疎に見える。

マスコミ特有の自分たちに都合の悪いこと、自分たちの吐き出す嘘、嘘ではないが、誇張があることを消して、都合の良いことは大々的に載せるという風体を見せてしまっている。

SNS批判をし、若者の離れを批判するが、自分たちのマスコミの報道姿勢を批判することはない。

つまりは、この本を読んで参考になったのは、元宣伝省に勤務していた女性の語る、戦前のドイツ、終戦直前のベルリンの状況、ドイツの官公庁に勤めていて、ベルリンでソ連軍に捕まった人たちの戦後の状況が分かったことである。

これ以外の事は蒸し返しにしか読めない。

読んでいて思う事は、ハンナアーレントのイスラエルに捕まったナチスの被告に対する感想が間違っていなかったという事を語っているいすぎない。

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デンカ号への道 (その1)「風雪70年 上野政次郎著 昭和43年3月15日発行

トヨタスポーツ、パブリカとは全く関係がない本です。

何に関係があるかといえば、デンカ号(日本電気自動車製造株式会社)に関係する方の書かれた本である。

非常に、面白い本です。

題名は、「風雪70年」創業50周年を記念して出版された一代記です

「風雪70年」 著者 上野政次郎 〈非売品〉住所 略

昭和43年3月1日印刷

昭和43年3月15日発行

発行所 経済サロン社 住所 略

発行人 三宅 英明  住所 略。

風雪70年には、上野製薬さんの起業、乗っ取り騒ぎ等を記述もあり大変楽しい本である。

なかなか手に入らないかもしれませんが、一読されたい。本位挟まれていた挨拶文が秀逸である。

現在では使われていない文字表現がふんだんである

本には、以下のような案内文が挟まれている。

「謹啓 新緑の候益々御清栄のこととお慶び申上げます。

 平素は格別の御眷顧御春順を賜りまして有難く厚く御礼申上げます。

 さて弊社は昨昭和四十二年をもって 創業五十周年を迎えました。

 これも偏(ひと)え(表現ママ)に一方(ひとかた)ならぬ御支援の賜ものと深謝申上げております。

 就きましては創業五十周年を記念致しまして創立者であります現会長上野政次郎の 小伝を出版致しましたので謹呈致します。

 上野政次郎の歩みは即ち上野製業の歴史でもございます。

 何卒御高覧頂きますと共に 今後一層の御指導御鞭撻を賜りますようお願い申上げます

 昭和四十三年五月   敬具

上野製薬 株式会社  取締役社長 上野隆三

 謹啓 若葉に風薫る好季節となりましたが益々御清祥の事とと大慶に存じます。

 扨(かっ)て、私が道修町に上野商店を創業致しましてから五十周年を迎えました。

 その間いろいろな起伏もございましたが現在の上野製薬株式会社として順調な経営を続けさせて頂いておりますのは 偏(ひと)えに日頃の御支援の賜ものとど厚く御礼申上げます。

 このたび かねがね私が折にふれ書いておきました人生体験を創業五十周年記念事 業の一環としてまとめ「風雪七十年」と題して出版致しました 御清流覧を頂けました ら幸せに存じます。

 私も昨年喜寿を迎え このごろでは花つくりなどを楽しみながら幸福な毎日を送らせて頂いております。

 今後ともよろしく御厚誼のほどお願い申上げます  敬具

昭和四十三年五月

上野製薬株式会社  取締役会長 取締役会長 上野政次郎

これは、戦前の電気自動車の関係の調査の過程で見つけた本である。

デンカ号を生産していたのは、日本電気自動車株式会社です。

日本電気自動車製造株式会社のことは、記録あまり残っていないのでよくわかりません。

(調べ切れていないという事情もあります。)

デンカ号は、非常に一般的な電気自動車であった。

最初のタマ号のベース車両でもある。

工業技術研究所の電気自動車の改良の研究では、小型電気自動車として、試験用の車体として使用されている実績がある。

(後日記載予定)

丁度、昭和20年から40年にかけての會社乗っ取り屋の手口も書いてある。

映画に描かれているような事実があったことを実感できてよいのである。

扨、日本電気自動車製造に関しては事の起こりは湯浅蓄電池の社員からの進言であった。

面白いのは、昭和7年ころ、湯浅蓄電池には電気自動車課と云う課があったことである。

その電気自動車課の課長に近藤さんという人がいたそうである。

彼は、上野氏に対して以下のように説いたそうである。

「ガソリンは国家にとって、非常に大切なもので、これをタクシーなどに使うのは、いかに ももったいないことです。

それにくらべ、電力はいくらでも生産できます。

深夜間の余った電 力を利用して充電した蓄電池による自動車なら、大いに国策にも役立ちます。」

ここで、上野氏は、 近藤氏のいう言葉に、興味掻き立てられてようである。

湯浅蓄電池の本来からの主張なのか、電力会社(昭和五年から始まった名古屋市営バスで試験運用した電気バスの立案者の一つである東邦電力の主張の受け売りかはわからないが、深夜電力の有効利用をここにも上げている。

当時の電力関係の雑誌には、同様の深夜電力の利用を推進する方策として蓄電池を使った電気自動車の使用を推奨している。

電気自動車の推奨は、昭和25年までは継続的に行われている。

これは単(ひとえ)に、水力発電による電力の需給自足が可能であった状況による。

(当時の日本は、電力需要をほぼ水力発電によって賄うことができた。

昭和初期には、水量区発電の不足を賄うために火力発電も導入しているが、通年で足りないのではなく、時期的に昼間の電力が不足するので火力発電を導入はしている。

東邦電力も、東洋一の発電所を戦前建造している。

後年代、民間需要の電力需要の増大を見越して、大型火力発電所を建造した時代の前の段階である。)

 起業家であった上野氏は、自身の感覚で、これからの起こるであろう統制経済を感じていたのではないかと想像するのである。

昭和7年と云え、満州事変の時期である。

 当時の状況といえば、第一次大戦後の長らく不況、労働争議に明け暮れて倒産しそうな会社が多かった時期で、軍需系の会社は、政府からの緊急融資で会社を保った会社も多くあった。

 ここで、タクシーの使うガソリンを無駄なものと見做している。

 当時のある雑誌には、タクシーの使用するガソリンに如何に無駄な部分が多いかを検証もしているものもある。

 無題イコール、貴重な外貨の無駄とも考えている。

 基本的に、電気自動車を推奨する基本的な考えは、ガソリンの需要の代替えである。

 無駄の多いタクシーのガソリン需要を少しでも減らすのは、国家的見地からのなすべきことを考えるのは至極当然である。

 そこで、上野氏は

 「ガソリン・エンジンと、蓄電池装置とただ取り替えるだけで、ガソリン自動車が たちまち電気自動車に早がわりする」という考えに飛びつき、事業欲は見る間にもり上っていった。

 そうと決まれば、ゆっくり落ち着いて仕事に取りかかることのできない私である。さっそく、手はじめに三輪車から取りかかろうと、東区の玉造町に仮工場を建設した。」

 実の早い決断力である。

 しかしながら、試作品はみすぼらしいものであった。

 近藤氏は、湯浅蓄電池を辞めたのか、地位はそのままで出向だったのは不明であるが、近藤氏と研究を重ねて試作品を製作したようである。

 本には

 ここで、近藤氏とともにいろいろと研究を重ね、工夫をこらし、部品を各所からカキ集め て、とにかく試作品らしきものをつくり上げたが、でき上った試作第一号は余り感心できるも のではなく、私はいささか失望してしまった。

 電気式の三輪車がどのようなものであったのかを、うかがい知ることはできない。

 トヨタ自動車が戦時中試作した電気自動車も、軽量化のために、布、木材を使った車で、随分とみすぼらしいものであったというから同等のものであったと想像はできる。

 当時、二輪車を後輪部分を荷台にした三輪車が多数作られていたことは事実である。

 それらの運搬車の改造だった可能性は高い。

 しかしながら、やっけ仕事であったためか出来上がりの外観はひどい有様であったようである。

 上野氏は、「見かけだけは、電気式エンジンだが、これはちょっとひど過ぎるんじゃあないか。こんな につぎはぎだらけの車では売りものにならない。同じやるからには、こんなものではダメだ。」

 これは、電気モーターの出力が弱く、外板を外したり、重量物を取り覗いて軽量化したのではないかと推察する。

 彼自身の「ガソリンエンジンを電気エンジンにかえるだけでよいと」

 云う甘い見通しが間違いであっことを痛感し、関係者を集めて面罵したそうである。

 批判していた点は、当時の自動車、三輪車の地位は、高価なもの、運搬道具として優れていなければならなかったと思う。

 しかし出来上がったものは「商品価値が乏しい」つまりは見るからに魅力的な商品はなかった模様である。

 上野氏の頭には、 戦争が続けば、ガソリンが必然的に統制になる。

 すると近藤氏の主張するように、電気自動車の製造販売は、いずれは国策になる。

 従業員を面罵した言葉は、自身への甘い見通しについての自己批判であった。

 単に、ガソリンエンジンを電気モーターに交換すれば立派なものができると踏んでいた感覚を批判したのである

 ここで、上野氏は、当時、今日ろくな電気モーターがないことを痛感して、次になすべきことを考えた。

 当時は既存のモーターを利用して、電気自動車へ組み込むというのが主流であったが、電気自動車にあうモーターをつくる研究を始めた。

 電気の専門家に設計、その他を依頼しつつ各方面から技術者を募ったのである

 上野氏は、元富士電機の直流モーターの技師をしていた飯田盛一技師計画に加えることとなった。

 かの人は、当時の電機メーカーでは、著名なドイツのシーメンスに派遣されていた方であり、モーター設計に関してはこの世界でも第一人者であった。

 こうした人材の取得により、二年後になって、強力な自動車用直流モーターが完成したのである。

 一方部品も、専門家の手によって次々と生産 されていった

 この計画は、昭和七年ごろから始めていた。

 実用に耐える、電気自動車の販売毛できるようになったのは、七年後の昭和十四年であった。

 ここで、既存の玉造の向上は手狭であるとの判断から、尼崎に用地を求め工場を建設した。

 (ここで、尼崎には、すでに中島自動車が進出して、電気式乗合自動車、運搬車を生産していたので、下請け工場があった可能性ものある。)

 このような状況から、まだまだ紆余曲折を経ながら、上野氏の電気自動車は製造販売されることとなった。

 こうして、後に、デンカ号を製造販売する「日本電気自動車製造」が誕生するのである。

 続く

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赤狩り?

「赤狩り「」という漫画がある。

米国のレッド・パージのことを書いたものであるが偏向に満ちている。

読んでいて非常に不愉快である。

ちなみに、人間雄描写が気にらないのではない。

アメリカの赤十字(当時のアメリカ共産党の隠語)の人間を善人として描いてるからでもない。

善意を向けるているふりをしている個々人は、善人かもしれない。

でもである。

当時の社会情勢を無視した書きかをしているのは如何なものかと思う。

スターリンが東欧、西欧の地で行っていた行為。

共産主義の強引な政権奪取、サボタージュ、テロ(列車転覆)の状況を書かずに、ただ単に、原爆のスパイが原因的な書き方をして、無能なCIAの親玉のプライドのために行なった行為だとしていいるのは非常に片手落ちである。

スパイ網の摘発のための赤狩り的な論調で書いていくのはおかしな話である。

戦後、ドイツに憎しの時代。

社会を暴力が支配していた。

欧州では社会情勢制覇劣悪であった。

原因は、飢えと、不安定な先行き

情勢が不安定な社会。

この時を待っていたかのように、共産党員は、共産主義というかスターリンに忠誠を誓い行動を起こします。

主に地下に潜った共産主義者によるいわゆるテロが相次いていた。

日本でもあったが、フランスで、レールの犬釘を抜いて列車を転覆させるというテロがあった。

これは、社会不安を起こして、内乱状態に持ち込んで、革命状態を引き起こして、政権を奪取するという手段であった。

ソ連が占領した地域では、見主的な政権は、共産主義者を受け入れざる負えない状況を造りだして、政権参加、主要ポストを押さえて、最終的には、共産党の単独政権を作り出した。

やり方は、きわめてファシスト的である。

戦前のソ連から継続的行われた行為は、「共産主義ファシスト」による、一党独裁による民衆の弾圧である。

このような状況は、戦後の体制の中で民主主義国家への脅威であった。

その中で、民主主義国家であるあ、アメリカが、獅子身中の虫である共産主義者をあぶりだしたのが、レッド・パージである。

それをさも、「共産主義者」のスパイが社会に根を張っている。

しかもその共産主義者は、善人だから、弾圧されるのはおかしいという論調である。

現在の連載では、ローマの休日の本当の脚本家と監督のお話で、「人を信じる」という処に力点を置いて書いている。

しかし、現実の共産主義者は、人を信用しない、自己中心的な存在でしかない。

そうも、出版界は、容共的である。

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寂しいと思う事

この頃、寂しいと思うことが有る。

人生の事ではなくて、読書の話である。

最近、技術系の本や社史ばかり読んでいるので、息抜きに?

普通の本を読んでいる。

この間までは、横溝正史の金田一耕助のシリーズを読んでいた。

なんとなく、犬神家の一族を再読する気になって・・・というか映画を見ていて、何となく物足りない感じを受けたからに相違ないのだが・・・

映画は、市川昆監督が2回にわたって撮影をした「犬神家の一族」

最初は、1970年代である。

高峰さんあっての映画だと思う。

2回目は・・・どうも役者が軽い。

原作では、季節は冬である

映画は、夏である。

あの原作をよくあれだけ短縮できたなぁと感心するほど、表層的である。

いいとこどりの抜粋である。

例えば、一連の市川崑の撮影した横溝シリーズの最終作品だった「病院坂の首くくりの家」などは、原作とは、まったくの別物でである。

東京都と云いながら出てくる風景は、皆、どこかのうらやぶれた田舎の風景である。

原作は冬なのに、映画は夏

この点ですでに厳しい

いろんな点で厳しくて・・・何となくこんな話だったか?という疑問が湧いたので、ついつい、読み返してしまった。

すると、横溝正史氏の作品は、どれもこれも面白く、戦前の由利シリーズなどとは比べものにならない程楽しいのである。

読み返しは、数十年ぶりだったので、程よく忘れていて楽しかったのである。

で、読んでしまうと次がない

家の掃除をしていたら、藤沢周平さんの本が出てきた。

これも、十年ほど前に読み込んだ作家である。

実在の人物がいる作品を何となく、つまらない、歴史小説になるから、私個人は好きではない。

特定の個人が出てこない作品を選んで読んでいる。

三巻、四巻続きの本を一気呵成に読んでしまうと、何となく、終盤で、そこはかとなく寂しい感じを受ける。

作者はなくなっているので、当然続刊はない。

でもこのシリーズは読んでみたいと思うことが有るすると、何となく寂しい感じが起こる。

短編集はあまり気ならない。

彫師伊之助取物覚えシリーズは「消えた女」「漆黒の霧の中で」「ささやく河」の三部作である。

もと、岡っ引きが、捕り物を手伝うとい形式でああるが、何となく流れが軽快で読みやすい。

これなどはまだまだ続いてもいいような感じのする作品だった。

用心棒日月抄シリーズは、用心棒日月抄(副題なし) 「孤剣」「刺客」「凶刃」の四部作である。

1巻は、短編集の体で、赤穂浪士の討ち入りをほのめかす作品だった

あとの三巻は、1巻完結の長編であった。

これは、完全い4巻で終わり、余計に寂寞とうう感じがした。

獄医立花登手控え「春秋の檻」「人間の檻」「愛憎の檻」「風雪の檻」の四部作

これも、4巻で終わり

オジサンの家の居候になった若い医者が、伝馬町の牢の獄医として生活する傍ら、捕り物めいたことをする話で、珍しく、剣術ではなく、柔術をで戦う。

医者が、剣術もおかしなもので、柔術は的を得ていると思う。

江戸から、大阪の蘭医へ留学するところで話は終わっている。

これももう少し続けてというか続編が出てもいい感じであった。

これはテレビドラマになったことが有り、中井貴一が主役を務めていたらしい(文庫本に出ていたが、見た記憶はない。)。

こう、読んでいると、何となく「もうないのか」という感覚がある。

これを、何となく寂しい感じと感じる事がある。

最近、ジジイになっているのでこの傾向が強い。

何の変哲もない、時代小説は好きである。

伝記的な小説は、前にも書いたことが有るが、嘘くさくていけないと思う。

大昔、「吉川英治の宮本武蔵」を読んだときに最初に思った事は、「なんでそんなことが判るのか?」という事である。

司馬遼太郎の「人斬り」を読んだときにも感じた違和感は、所詮は吉川英治ならこのような状況なら、宮本武蔵みたいに生活もしたこともないけれど、剣術修行もしたこ事もないけれど、たぶん、こう思うだろう・・・・と

司馬遼太郎というインテリからから見る、貧乏と云うのは所詮は表面ずらである。

表面ずらだから、多くを語らない。

生活感がない。

多くを語るが、何となく、韜晦しているる感じを受ける。

岡田以蔵の思考と、武市半平太の高邁な頭脳、思考を再現できるという感覚がうらやましいというか、すべては想像力の成せる業で、司馬遼太郎の考えた、岡田なら、武市なら、思うであろう、考えているであろうことでしかない。

そう考えると自伝的な小説は読む気にはならないのである。

まぁ、次は、山本周五郎、山手樹一郎辺りを読むべえかと。

ちなみに上記11冊は、退院から5週間ほどで読めたのである。

年末休中は一日一冊のペースは崩していない。

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探偵小説について

以前、私は、「現実に名探偵てなんているの」という一文を載せたことが有る。

ご参考

http://flattwin.cocolog-nifty.com/blog/2011/10/post-f890.html

で、宗旨替えをした訳ではないが、最近、横溝正史先生の金田一耕助シリーズに沈溺していると云ったら笑われるかもしれない。

でも、現実的には、名探偵もカッコイイ探偵も居ないという考えは変わらない。

1975年以降、角川文庫から横溝正史シリーズはそれほどアホのように出版された。

という記憶がある。

本屋に行くと必ず、黒枠の本が並んでいた

背表紙は、黒、緑の文字、ちょっとおどろおどろしい

表紙の絵も暗い・・

でも1975年から1980年代にかけては、江戸川乱歩に燃えていた。

小学生のころは、少年探偵団シリーズに。

年を経ると、全集へ・・・

そうして傍ら、横溝正史も読んでいたというか、読み始めていた。

結果、12歳から22歳ぐらいまでに、全巻読破したのである。

ついでに言うのであれば、コナンドイル、アガサクリステー女史の作品も、延々と読んだ。

だから、小説として「探偵小説」を読むのは好きであり、楽しいのである。

わたしにとっては、探偵小説は、娯楽なのである。

で、現在は、金田一耕助シリーズを現在チマチマと読んでいる。

シリーズとしては以下の通りである。

  • 本陣殺人事件

    獄門島

    夜歩く

    八つ墓村

    犬神家の一族

    迷路荘の惨劇

    悪魔が来りて笛を吹く

    不死蝶

    悪魔の手毬唄悪魔の百唇譜

    扉の影の女

    仮面舞踏会

    夜の黒豹

  • 三つ首塔
  • 支那扇の女
  • 29年6月1日から今日(29年8月21日)までで、上記は読みぬいた。
  • 読んでないのは以下の通りである

    白と黒

    女王蜂

  • 迷路の花嫁

    吸血蛾

    幽霊男

    スペードの女王

    魔女の暦

    壺中美人

    死神の矢

    悪魔の寵児

    1975年以降の作品•

    •悪霊島

    •病院坂の首縊りの家

    驚くべきことに、1960年代から1975年まで探偵小説の依頼は一切なかったという事を仄聞したことが有る。

    横溝先生の探偵小説の復活は、映画化に負うところが大きい。

    市川昆監督による「犬神家の一族」「悪魔の手毬歌」「獄門島」「女王蜂」「病院坂の首縊りの家」で、再ブレイクしたのは記憶に新しい。

    (とはいえ、考えてみれば、42年前である。)

    で、最近なぜ、再読を始めたかと云えば。

    映画の「犬神家の一族」(新版、旧版)を見て、ふと、思ったのだ。

    こんな話だっか?

    こんなつまらん内容だったか?という疑問である。

    大体、小説では場面的には、「冬」である。

    映画は、夏である。

    で、再読したら、これが面白い。

    映画の良さを1とすれば、10ぐらいの娯楽性がある(と思い込んでいる。)

    ここで、さぁ、もう一度!

    と思ったが・・本が売ってない。

    普通の古本屋にはもうない。

    場末の1冊100円クラスで置いてある本屋を探すと出てくる。

    古本屋を廻る事、数十軒・・・

    ここで気が付いたのだが、古本屋自他が減った。

    古い文庫サイズがない・・・ドーゆうことだと・・・

    40年以上前の本が早々売っている訳はないのである・・・

    自分でも結構買ったのだが・・・車庫の箱を開ける気にならない・・・

    鶴間公園の近くには、正味2軒しかない。

    大学のころは6軒ほどあったはずである。

    この間行ったら、自動車、模型鉄道関係の店がいきなり2軒無くなっていた。

    記念橋近くは残っていた、神前図の3軒は健在である。

    でも、考えてみたら図書館に行けばあるのでは?

    と考えた・・というか気が付いた。

    で、現在は、チマチマと借りては読んでいます。

    1975年以降に•悪霊島•病院坂の首縊りの家書いているのだが、どうも、感覚は1940から1950年代のテイストである。

    病院坂は映画された。

    映画は、名作と云われるが、小説にはかなわない。

    その点では、市川昆監督には申し訳ないが、映画は劣るのである。

    映画は映画として楽しまないといけない。

    思うのだが、岸恵子の演技は光るものがある。

    あまり好きではなかったのだが、市川作品を見ていると、非常に良い役者であると感心する。

    まあ、読んでみれば面白いかと思うのではあるが・・・

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    モデルアート 50周年記念について(模型の雑誌このとです)

    わたしは、モデラー(立体塗り絵の塗師?、立体塗り絵は、ファインモールの社長さんのお言葉w)である。

    わたしが、ご幼少のみぎり(5歳だね)

    あるところで、P-40ウオーホークの模型を買ってもらった。

    昭和45年の暮だった。

    買ってもらったのは、その前日

    作ったのは、12月30日

    我が家の恒例の餅つきが済んで、家の掃除も済んだと時に作っていいかと聞いて作った。

    なぜか、箱絵のシャークテイマウス(鮫ノ口)のペイントに惹かれたのである。

    P_40f_sanwa_133_89th


    ところがである。

    ・・・デカールには、この口マークが入っていなかった。

    空冷エンジンの機体はかっこいいなぁ・・・もあったのであるが・・・

    で、

    その頃、頃にはもう、モデルアートは出版されていました。

    その頃、当然様に、模型雑誌なんて、存在さえ知りません。

    大体小学校のころから本屋へ出入りしていました。

    ちなみに、その本屋はすべて廃業しました。

    近所に、というか、歩いて行ける範囲には本屋はなくなりました。

    小学5年だかr6年だかのころ、本屋で、毎月4冊のペースで出ていた手塚治全集を買いあさっていいました。

    1冊400円でした。。

    おかげで、模型があんまり買えなくなっていた。

    そこで、代謝行為として、ちらちらと模型雑誌は立ち読みをしていました

    本屋に行くと、ホビージャパン、モデルアートに2冊は並んでいた。

    モデルアートの表紙は何となく好きではなかった。

    ホビージャパンは、イラスト入りの連載物があった。

    それに、スターウオーズの特集なんかもあった。

    大枚はたいて購入したMPCのダースベーダーが、棒立ちで似てないのに辟易したころだったので、修正の記事を立ち読みしてみたりもした。

    そうして、1/9特集が、私の心を、グッとつかんだ。

    そうして、わたしは初めて模型雑誌を買った。

    それは、ホビージャパンの1979年5月であった。

    20140308_19876a

    新製品のT-62の記事があったので、購入

    そうして、そのまま10年ほど買い続けました。

    AFVははやらず、飛行機も低調で、ガンプラ(ガンダムプラモデル)、女の子フィギアしか載っていない状態が続き、購入を中止。

    その頃、もう、モデルグラフィックスが出ていたので、そちらがメインに。

    そのj頃のモデルアートといえば、ホビージャパンの厚さは、半分しかなかった。

    「おおくらとしお」さんのマンガが嫌で、あまり買わず、好きなキットの制作改造記事があれば買う程度でした。

    ところが、ある時「おおくらとしお」さんの発想の転換具合が好きになり、ついでに漫画というかイラストも好きになりました。

    そうして、立ち読みではなくて、ちまちまと買うようになりました。

    今回の記念号で、「模型屋さんで売る模型の雑誌」というコンセプトを読んで、いたく感動したのである。

    だって、私、今は、模型屋でしか、模型の雑誌を買っていない。

    常に買っている、というか定期購読は、モデルアート、AFV Modeler ,AIR Modelerの三誌のみである。

    全部模型屋経由である。

    一時期、モデルアートの取り扱いの無い本屋が増えたので、懇意にしている模型屋さんで買うことにしたのである。

    気が付けば、一番長期間の購読雑誌になっている、大体、30年である。

    読まなくなったのは、以下の通りである。

    ホビージャパン(現存)

    モデルグラフィックス(現存)

    アーマーモデリング(現存)

    スケールアビエーション(現存)

    パンツアーグラフ(事実上廃刊)

    電撃ホビーマガジンのスケールモデル版(事実上廃刊)

    マスターモデラー(事実上廃刊)

    本屋で手に取ることがあるのは、モデルグラフィックス、アーマーモデリング、スケールアビエーション・・・買いませんが・・・

    ビジュアル雑誌の様な風体で、写真自体が小さいし、なんか自己満足写真が多い。

    見せるのと、見てもらうをことを勘違いしている雑誌は見ていてつらい(読むではない。)。

    アーマーモデリング、スケールアビエーションに関しては以前書いたとおりの経緯で読むのをやめた。

    基本的に、「読むとこねぇなぁ・・・」である。

    大体、スケビもアーマーも、ライターが、昔のホビージャパンの系列の人が多い・・・

    なんか、ダメダメモードである。

    おもしろいのは、最近のモデルアートは、読者の技術の底上げの記事が多い。

    前なら別冊で出していたような内容を、月刊誌で出す。

    ほかの雑誌にその手の記事が無くなった所為かもしれない。

    まあ、読むところのある模型雑誌という点を大いに評価したい。

    20161204

    20161204加筆修正

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    本のミズマシ

    あるフリーラーターの書いたVWの不正についてレポーとした本が、文○○秋から出てい  る。

    元NHKの特派員で、50代以上のモデラーには非常に懐かしい名前である。

    読んでみて、というか、ぱらぱぱらとメクリ、4時間ぐらいで読めそうだと思ったら、4時間だった。

    内容は、VWの排気ガスの不正についての発見の経緯

    VW社の会社の歴史

    主には戦後の事ではある。

    ナチスドイツとフエルデイナント・ポルシェ博士の関係は薄くしか書いていない。

    今回、不正の発端からは関係が無いから、あまり書いてないような風である。

    主に、社内のピエピ会長、監査役の敷いた体制から来た弊害が原因であると書いてある。

    が、果たして、そうだろうかとう感じは受ける。

    ポルシェ博士、その息子、親族が、ポルシェ、VWの主導権を握って争ったことは、有名である。

    その争いの事もっと深く書けば、一族の性格が推察できたと思う。

    その性格とは、悪く言えば、強欲である。

    でもその強欲という事は、大罪の一つではあるが、起業家にとってはある面、必要なことだろう。

    開発者の性格としても、世の中をよりよくしたい、自分のアイデアを生かした製品を、作品を作りたいと思う点では、必要不可欠な面である。

    では、VW社内の意見を云えない雰囲気を作り上げた、ピエヒが強権な体制をひき、それが引き継がれたのか?

    そうして、その体制下で、ピエヒの後任者にも引き継がれたの強権性から来る、社員の意思のゆがみ。

    CEOの無理な請求をしていることを自体が、不正の温床になった事についての解明の目は浅い。

    でも、読んでいて唯一面白いと思ったのは、ドイツ人は、アメリカ人をバカにしているという分析は面白いと思った。

    それに加えて、ドイツの中でのVWの地位は高い。

    州政府は、大株主だし、連邦政府にも顔が利く。

    (州政府の株式の取得の経緯についての記載がないことは悲しい。

    州政府が、ナチスドイツの遺産として、VWの株式を取得した経緯を書くべきだったであろう。

    例えば、ヒトラーの遺産は州政府が所有している。)

    そうした国内事情の感覚で、アメリカの機関に対して対応して失敗したとも書いてあった。

    しかしである、なぜ、アメリカ市場で、VWの販売台数が伸びなかったのかについては、これまた記述が薄い。

    独善的な車開発で、ユーザーのことを要望を聞かない態度が原因としている。

    でも、アメリカを、アメリカ人をバカにしているからこそ、アメリカ人の好みを研究して、嗜好を検討して車を作るという態度がなかったということを突っ込んで書かれてはいない。

    なぜ中国で売れて、アメリカで売れないのか?

    その疑問には、明確な答を出していない。

    それに結末もわかっていないときに書いているので、本当に、週刊誌の連載記事の拡大版という感じがする。

    事実をなぞっているだけで、VWへの取材もしていない。

    公的な報告書についての記述はあるが、その内容は、「書いていない」である。

    読み終わった感想は、何となくではあるが、消化不良な感じがある。

    要は内容の、内容の薄い本だったという事である。

    すぐに読めた・・・という事は、まぁ、内容は・・・・推して知るべしである。

    最近、学術書とか、企業の資料の関係ばかり読んでいると、ページの文字のみっちり感になれてしまうと、どうも、この手の解説的な本は、文章の行間は、なんか広いなぁ・・・と思う。

    ついでに、字も大きい。

    (老人向けに、字が大きいのかもしれない)

    で、紙厚もある。

    (油の抜けた爺さんばあさんが読むには、厚手の方が捲り(メクリ)易いのだろう。)

    するとどうだろう。

    まるっと、(老人向けの)1冊の本が出来上がる。

    単純な比較をしてみた。

    VW本は、数えたら、1ページ16行、1行42文字、1ページ672文字

    202ページあるので、図版部分は除かずに単純計算ですと、13万5744文字である。

    ある本「「イメージ、それでもなお」アウシュビッツからもぎ取られた四枚の写真」では、

    19行、1列49文字 1ページの文字数、931文字である

    ちなみに332ページある、引用、解説等もあるので、文章の実ページはもっと少ない。

    でも、30万9092文字

    読みごたえはある。

    これを、VWの本に当てはめて考えると・・・1ページ931文字で計算すると

    145.8ページ

    まあ、146ページに換算される。

    ちなみにこの「VW」本、と「イメージの・・・」ページ数の比較は VWを100として考えると、164%である。

    しかし、本の厚みは変わらない。

    つまりは、紙の厚さが違うのである。

    悪く言えば、VW本は、紙を厚めにして、1ページの字数を減らして、通常の1冊に仕上げた感がある。

    先ほどのページに換算した場合、「イメージ・・・」の仕様で作れば、厚さはほぼ、半分である。

    半分の厚さで、あったら、1400円で買う気になるのか?

    何となくミズマシ感が強い。

    値段は、1400円・・・・この内容ではちと高い・・・・

    何となく不毛なことを考えた・・・

    蛇足ではあるが、表紙に錆びたVWのマークが書いてある。

    どこkらどう観ても、たぶん(間違っていたらごめんなさい)、VW ビートルのボンネッとについていた、アルミ製のオーナメントである。

    アルミのオーナメントは、というか、アルミには赤さびは出ないのだが・・・突込みたくなった。

    VWが、腐っていたという事で、赤さびなんだろうが・・・・いくらなんでも・・・ねぇ

    20161130初出

    20161201 加筆、訂正、修正

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