どうでもいい様な事を思い出した。

どうでもいい様なことであるが、電車の中で、両足を広げて座るバカがいる。

老若男女構わずいる・・・

どうなんだろう

皆さんそろいもそろって頭悪そうな風体、顔つきである。

遠慮がない

先日、新聞を広げて読んでいるバカがいた

もう珍獣の様な存在である

通常の座席の3人分使って新聞読んでの出勤である

バカを通り越して、「タワケ」(名古屋弁でいうところの死んでしまった方がいいぐらいのバカ)である。

「タワケ」には、「クソタワケ」という言葉存在するが、これは存在を全否定するぐらいのバカである。

大阪で云うところの「バカ」、東京でいうところの「アホ」である

火中の栗を拾うように子にわざわざ座ると、おっさん又新聞広げたので、思わず

「新聞読ませてくれるのはありがたいけど

 3面じゃなくて1面見せてほしいねぇ」

というと、おっさん新聞をたたむ

足も当たってたんで、

「雨降ってズボン濡れてるんで、湿気移って悪いねぇ。」

おっさん足を広げるのをやめる。

・・・

先日、歯槽膿漏のにおいをプンプンさせた爺さん(見た目は若い)がいた。

この異臭は・・・

と思っていると

ボックス席の向かいの爺さん(見た目は若い20代?)が口を開いて、笑う・・・(スマホを見ては、笑う・・・・)口が開くたびに・・・・

異臭が漏れる、吐きそうになるぐらい臭い。

臭さになれることは不可能である。

もう10年以上も前に、ある人が、この匂いで・・・歯槽膿漏が悪化しして、顎の骨が溶けている・・・・

咀嚼も難しような状況であったが、金がないので病院へのいけない・・・・

その後、生活保護を受けて、

医療費が全額タダになると・・・

早速、歯医者に行ったらしい・・・・

医者からは、総入れ歯化を進言されたそうな

でも、基本的に咀嚼も難しかったよう、何を話しているのかわからないぐらいだった。

そこまで仕事で話を聞きに行っていた。

程なく前を通ると住んでいたが家が壊されていた、転居してかどうか職務上必要なので調べると昇天されていた。

福祉課で、詳細を調査すると、結局、歯槽膿漏だけではなくて、全身にがんが転移していたそうである。

働けなくなったのも、もともとは病気

金はない、

病院へ行けない

苦しいのが当たりまえ・・・

わたしが、とりあえず、福祉課へ相談行くように進言すると、役所が遠い、足がないという・・・・

バス代さえない

当然のように家賃は、払えていない

取り壊し寸前の様な長屋

家主の好意で住めていただけ。

家主さんは、「親が昔世話になつた人の息子」なので、タダみたな値段で住まわせいる。

できれば出て行ってほしい・・・アパートに立て替えたいんだけどね・・・と

聴いていると、昔は、資産家の息子だったようなことは何となくわかった。

家主さんは、時々、食料も運んでいたそうである。

運ばないと、万引きをする・・・

警察に柄請け人で呼ばれる・・・・弁償に行く・・・・

それなら…と思い食料品を運んでいたとういう。

福祉課に連絡した方がよくないですか?

と聞くと

そうですよねぇ・・・

なんか、異臭がひどいですものねぇ・・・と

家主さんが結局相談に連れて行ったそうである。

あまりの異臭にレンタカーを借りて連れて行ったそうである。

タクシーは、クリーニング代を出してほしいというぐらいの匂いにへきえきして断ったそうである・・・。

私は、実は、このおっさんが昔は羽振が良かった時代の事を知っていた。

親戚の家の近くに住んでいたおっさん(そのころは、おっさんも若かった)は、親から受け継いだ財産を蕩尽していた。

夏休み中に某役所で、このおっさんが股を広げて、東映やくざ様な風体で座っているのを見たことがある。

蛇見たいな感じのする目つきだった。

窓口で、怒鳴っていた。

私は、小学生だったが、こえええ・・・・

と思った。

親が云うのは、○○ッさんとこの息子さんねぇ・・・と

○○さんの家は、親類の家の近くだった。

歯槽膿漏のおっさんの事を仕事上で調べることになると、本籍地を見る懐かしい地名である

地図を繰ると・・・・・ここは・・・・???

図書館で、昭和40年代の地図を見ると・・・・大きな1軒屋・・・・

苗字は「〇〇×」・・・・・

おおおおおお、あのおっさんは、あのバカの慣れの果てか・・・・と思った。

よくできたお兄さんが亡くなり、親の会社を売り飛ばし、資産を食いつぶすのに30年ほど要したことになる。

大体、電車の中ででも、どこでも大股開きのおっさんは自己中心的である

最近ジジイになったのと、先般、発掘した古い手帳を見ていたら、このおっさんの昭和40年代の住所を調べた時のメモが挟んであって、急激に思い出した。

(手帳には、住所が、書いてあるだけで、要確認と書いている…最初なんだと思った。

 「要確認、ゼンリン東区、昭和45年から52年住宅地図確認、ゲロくさい」

 「東区役所、確認 架電 ナイ」「鶴舞図書館確認 架電 ある」、と書いてある。

 これを見た瞬間、名前は思い出さないが・・・顔と、異臭が頭によみがえった・・・)

基本は

「気の毒な人だぁ」という

温情のある目で見ることができる様になったので、

そこで、大股開きのおっさんを見ると、気の毒な人だなぁと思うことしきりである。

 

 

 

 

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有名人とのツーショット・・・うれしいかなぁ?

有名人とのツーショットを撮りたがる人がいるんでですが・・・撮影してうれしいんだろうなぁと、思うが・・・どうなんだという気がする。

以前やたらと、並んで撮りたがる人がいた。

この人には、撮影後、すぐにSNSに掲載するので閉口したことがある。

撮ると必ずSNSにすかさず載せる。

この精神がわからない。

この人、いつも単独行動である、大丈夫かと思うほどである。

どこで、何をしていたのかが判るのは嫌なもので、プレイべーとな感じな時にそれをやられると・・・ちょっと・・・かんべして欲しいと思うことがある。

その昔は、銀塩写真時代だったら撮影後は・・・下手した1週間ぐらいのタイムラグがあった。

今は、スマホで撮影、即SNSである。楽と言えば楽であるが、いつどこにいたのかがが即時判るのも嫌なものである。

昔、15年ぐらい前に、GRという車のイベントに参加したことがある。

その折、堺正章さんとツーショットを撮ったことがある。

ほかにも、有名どころというと・・・中村健也さん、小林彰太郎さんとか、飯田裕子さん、牧野さん・・も、みんな自動車関係だなぁと思うが・・。

中村健也さんは、トヨタの顧問をされている時に、ある関係でカバン持ちの様にしてついて行った時に、中村さんの事を尊敬している技術者ですと言ったら、今日来ててたなぁといわれて、あるところでご面会が叶い、手持ちのライカⅢCで撮影してもらったが、露光不足でほどんど黒くて記念にはなりはしなかった。

小林さんは、うちの息子にお名前を頂戴したので、その旨を伝えて、三人で写させてもらった。

それ以外は、ついでい・・・・という感じである。

何人かととった記憶はあるが・・・ほとんど記憶はない。

というか、あまり興味がない。

有名どころ…芸能人はほとんど知らないので、周りで叫んでいても知らない。

何とか「りえ」が、銀座に買い物に来ていた時に、私は隣で商品を探していて気が付かない・・・

そんなのもんです

そのくせ、先代の団十郎を見かけると、思わず声をかけるなんてことはしてましたが・・・

でも、団十郎と並んでとってもらいたいとおも思わない。

だって、貧相に見えそうで嫌じゃないですか・・・

立派な人と並んで…と思う

SNSで、誰誰さんを囲んでとか書く人もいるけれど・・・その人と仲がいいという姿勢を見せるのはいいことなのか?

そんな風に思うことがある。

 

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マナーの良い喫煙者?いないと思うけど(笑)

少し前に、喫煙者のマナーの意悪さを評したら、「あなたは、マナーの良い喫煙者を見たことがない」と返したのが神対応?と評判になっていた(らしい。)。

であるが、高評価を加えたのは、喫煙者(排煙家)であろう。

多くの喫煙者(排煙家)というか、団塊の以上の世代は、ひじょーにマナーが悪い、人間のクズのレベルである。

咥え煙草で歩く、自転車に乗る、禁煙地域でも平気で喫煙。

さすがに室内でタバコを吸うバカはほとんどいないが、公共スペース、路上、駐車場だろうが、たばこを吸うバカがいる。

朝、駅前で、毎日吸っている。

駅前は禁煙指定地域であるが関係がないらしい。

自力執行権が認められていないので、仕方なく、傍観である。

気分的には、殴り殺してもいい気分である。

時々、風向きで臭う。

そこで

「お前の吐き出したニコチンタールを含んだ煙を何故に吸わされなければならないのか?」と聞きたくなるし、又

ここでの喫煙権はないだろうと言ってやりたい。

甚(はなは)だ迷惑である。

当人は、一服して気分がいいかもしれないが、こちらは朝から不愉快である。

ちなみに、産業考古学の研究会等でタバコを吸う人はほとんどいない。

見たことがない・・・

昨日は、爺さんが咥え煙草で、自転車走行

途中で、手で持つ。

灰は、道へ捨てる、吸い殻も、当然の様に道へ捨てる。

とまぁ、悪口はいくらでも書ける、というか書いてやろうと思う事が多い。

確かに、マナーのわるい奴は悪目立ちをする。

だが、たばこの良いマナー?てなんだと思った。

タバコを吸った気配がないという事であろうと想像する。

すると、嫌みな想像をする。

喫煙者(排煙家)が、野なかの1軒屋で自分一人で住んでいる。

死ぬほどタバコすっている。

町へ出る時は吸わない・・・

が、マナーがよいと言えるのでは?

と思う

タバコを吸えば、煙が出る、においが付く

ある時、夜、遠方で赤い火が見えた。

風下(かざしも)だったので、ほどなくタバコの煙りの匂いがしていた。

そうして、向かって歩いてきたおっさんは、あの臭いにおいのバリアで周囲を取り囲んでいるように歩いてきた。

タバコを吸う人は、匂いに、ものすごーーーーーーーーーく鈍感である。

タバコ止めた人が、こんなに臭いとは思わなかったと言っていた。

この人は、1日1箱吸う人であったが、心筋梗塞と、ほかの病気を併発して、医者からタバコ吸って死ぬか、吸わないで治療するか迫られた結果しぶしぶタバコをやめたそうである。

 この人は、一時期、パイプに凝っていたというか入れ込んでいた。

 ビンテージなんてものまで買っていた。

 (要は、金持ちである。)

 (ふと思い出したのは、三重苦の爺さんもパイプ使っていたなぁと。

  エロ漫画と模型に囲まれた、揮発性の物品の多いところで、タバコなんか吸ってどーすると思った。

  三重苦の場合は、一点豪華主義的な快楽主義者であった。

  自分が、パイプを使ってタバコを吸っているいるとういうシュチエーションを楽しんいた。

  雑誌で仕入れた知識でパンパンだった。

  仲間内の話の話題で、パイプを使っててねという事を見せたいだけの底の薄い思想が横たわる前程での、行為である。

  赤の他人と、話ができない人でしたので・・・所詮は、仲間内の内弁慶でしたが・・・。

  三重苦が、パイプを使う気になったのが・・・パイプ用のタバコをもらったからという・・・本末転倒な理由であったが・・・。)

 この人は、紙巻タバコ、きつい紙巻きタバコ、外国タバコ、葉巻、行きついたのがパイプ・・・でパイプを最後まで吸っていたが・・・

 銀座の喫煙具販売所で、パイプも買い集めたりしていた。

 まぁ、古民家みたいな自宅で、何もない廊下の籐椅子に座って、パイプふかしてました。

 いるか居ないかは、庭へ廻ると、タバコの匂いで分かるという便利な点もあった。

 昨年、借りた本を返しに行くと、方解石のパイプが落ちて、ご本人は胸を掴んで、唸っていた。

 ニトログリセリンの錠剤を口に含ませると同時に、救急車といわれて、119番連絡をしたことがある

 彼は、家政婦がいない時によく倒れる。

 不幸なことに、よく行き会う。

 前に、お前さんは、死神か、天使か、どっちだ?と言われたことがあるが、救急車を呼んだんだから感謝しろというと

 「死神じゃねぇなぁ、でも、悪魔だろうあなぁ」と言われた。

 で、彼は、死にたくないので、酒もたばこもやめて現在は、美術館巡りをしている。

 そうして、「美術家近くの路上でタバコ吸うのはけしからん」とのたまうようになった。

 長足の進歩である。

 ある銀座のバァ・・・というかルパンで、

「酒場で、葉巻やパイプを吸うのはマナー違反」といわれたことがある。

 それは、お酒の香りを消ししまうのと味わう味覚を失わせるからと言われた。

 

ある亡くなった爺さんは脳梗塞で倒れてからも、たばこは止まなかった。

隠れて吸っていた。

すい続けていた。

家族は、吸うと、匂いで、すぐに分かったそうである。

注意しても聞かないのであきらめてしまったそうである。

 

マナーの良い喫煙者がいるのあら、それは、たばこを吸ってない時間の方が長いか、よほど気を付けていないと無理である。

会社員ならまず不可能であろう

営業でも、車の中での喫煙は、基本的に禁止の処が多いと聞く。

ウチの処で使える車でも、基本的には、10年以上も前から禁煙である。

でも爺が乗ると、臭い。

総務に文句を言ったら、喫煙した痕跡があれば車輛の使用禁止とまでなって初めて車内喫煙がなくなった。

例えばである。

まず、服についた匂いは、叩けばある程度消える

髪の毛についた匂いも、しばらくすれば消える。

ところが、口臭のタバコ臭さはなかなか消えない。

消えないどころではなく、話をすると、爺さんの場合、加齢臭とニコチンの口臭で死にそうになる。

臭い消しのガムを噛んでもくさい

つまり、全部の悪臭を消して仕事に戻るのにどれほど時間がかかるのか。

考えてみれば、その分、仕事をさぼっているというか推論が成り立つ

ウチの爺さん上司は、1時間1回、約3~5分離席

隣の隣の課長は、1時間に1回から2回、大体、5から10分離席

臭い消しタイムを含めれば、膨大であろう。

タバコは、副流煙もさることながら、その臭いが不愉快の原因である。

臭いを消さない状態での、マナーのよいという事はあり得ないという風に考える。

つまり、マナーの良い喫煙者は、勤労者という基本的な社会構造の中では、臭いが消せないのだから存在しないという事になる。

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色々と思う事

破産者のことを書いてい思ったことがある。
世のなかには、馬鹿とかクズとしか言えない性格の人がいる。
親も親なら、子供も・・・というパターンと、ダメな親が居て、子供は立派という家もある。
親が、会社つぶして逃げたなんてことはザラで、その子供が議員なんて不思議な家庭もある。
その様な家庭は少なくて、親は立派だが、子供がダメという家が意外と多い。
婿が、財産を食いつぶすという云ことはよくあることである。
岡本かの子(岡本一平の妻、岡本太郎の母)の書いた、「家霊」という作品にも女系家族の婿の放蕩を語る部分がある。
婿は放蕩ものであるが、その家付き娘には、心の支えになるような臣下のような「男」がいる、と云うか必要であると説く。
ただ、見守り話をして、仕えるという表現は正しくないけれど、友達以上の恋人以下の関係といった風体がある者が必要と説く。
悪い性格は遺伝する、とは言わないが・・・悪い性質は、遺伝するように気がする。(個人的私感)。
言葉の端々に、時々出る悪意、聞いていて不愉快になる。
この不愉快さは何だろうと思うことがある。
多くの場合は、自己保身、自分たちの悪行の正当化を目的としている。
良く居るクレーマーはこのタイプである。
クレーマーの多くは、性質、性格がよくない。
基本は、こずるい、逃げる。
自己批判はしないが、他人の上げ足を取るのは大好きである。
違反を見つけると喜んで批判する。
自分の都合のわることがあると、だんまりを決め込むのである。
こうした悪わるい奴は、なかなか退場しない。
のさばるのである。
のさばるのはいいが、よそでやっていくれと言いたい。
基本的には、都合が悪いと逃げ方「と云うか逃げの口上が
「あんなことをやるなんて思わなかった」
「あんな事になるなんて思わなかった」
「現場の対応が悪かった」等々、自分が、いわゆる「報告連絡相談」を怠っていたことはおくびにも出さない。
閑話休題
破産する人、会社で多いのは、三代目で、終わった家、会社というのが多い。
三代でつぶれる会社、商店が多いのは、理由がある。
初代は頑張る。
初代を見ていた二代目は、やはり、親の背中を見ていたので、頑張る。
三代目は、二代目が、頑張って育てればいいが・・・
初代は、なぜか、自分の家のランクアップのために、二代目の妻を良さげな家から貰う。
すると、その妻は、子供を甘やかす・・・
三代目は、ぼんくらが出来上がる。
三代目でそうして、左前になる・・・・素晴らしいぐらい、これは事実である。
二代目が女性の場合、その婿で随分と変わるが、婿がダメであれば・・・三代目の息子はダメである。
婿は、自分の生活力の向上を、プライドを捨てて得ようとするような明確な目的を持った頭脳明晰な男であるが、何か、心に含むものがあるので、妻には見せない暗い意識を、子供特に後継ぎに植え付ける。
すると、後継は、頭いいが、何となく非常識なバカが出来上がる。
婿は、自分の金ではないので、必死さがない。
金策は、妻の金を当てにする。
妻の金だって無尽蔵ではない。
妻の金と云っても、土地だったりいろいろのものだったりする。
そのうち、時流が読めない、婿とバカ息子は、無理な品金繰りをする。
こうして、不動産を失い、すべてを失う。
二代目が存命ならお気の毒なに感じることが多い。
三代目のバカ息子は本当に多い。
いわゆる、橋にも棒にもかからないと言いえば、至当かもしれない。
騙されていえても、自己評価が高いので・・・その事実さえ認めない。
大体、役人をバカにする。
こんなことを云われたことがある。
「あんたらは、知らんと思うけど(ここで、すでに馬鹿にしている姿が全開モード)。
ここで思うのは、小役人は○○の事なんか知らんだろうと最初から馬鹿にした姿全開である。
これは本当に馬鹿?と思うぐらいバカである。
こちらか見てて、本当に馬鹿だと思うが、本人は気が付いていない。
この手の奴は、自分以外は全部馬鹿かだと思っている。
精神年齢は低い。
基本は、楽して儲けたい。
そんな奴は、意外と小中学校時代ものすごく頭がよかった(勉強ができたという意味ね)奴が多い。
そいつの通う私立の中学、高校には時々、ものすごく悪い奴がいる。
旧聞ではあるが、当時のディスコ、クラブなんかに高校生のころから出入りしてなんか怪しげなことをしてる。
それがまた、魅力的なんだろうが。
それらの人間を先輩として付き合い、女でもできようものなら、しかも仕込まれた女なら、その女を使って、コントロールされる。
そういった人物は、なぜか高校の2年ぐらいから急激に成績が下がる。
エスカレーター式の大学に入れなくなる。
そうして、遠方の聞いたこともないような大学に入るが、成績は超低空
卒業したら、親の仕事を継ぐために関係のある会社に入社する。
でもここでも、自力では入らないので、身が入らない。
ついでに、雇う方も、期限付きだからと言って親身に鍛えるという事をしない。
すると、一人前の不完全な人間が出来上がる。
三つ子の魂、百までもとは、よく言ったものので、小中学校とちゃほやされて居た所為か、基本的には、他人を馬鹿にしている。
大人をバカにしている。
人の話を聞かない、聞く気がない、こらえ性がない・・・
こんな奴が三代目になると、急激に家産は傾く
親父が、婿だと、二代目の母親は、自分の持っている財産を、婿には知らせない。
三代目の子供も知らない。
三代目は馬鹿だから無尽蔵に金があると思っている。
また土地を売ればいいやぐらいの勢いである。
そうして、商売は沈没し、最後は、家が残る
二代目は、家は死守したい。
バカ息子は、零落して、やくざの三下になる。
バカだから、それでも気にしてない。
怒鳴って逃げれば何とかなると思っている。
会社はつぶれて、結局何ともならない。
気の毒なのは、存命な二代目である。「どうしたらいいね?」
と聞かれると
この様の答えるようにしている。
「生きていればいいことがあるかもしれないから、
 新規まき直しをするなら、破産するか民事再生かどちらかですよね?」
「よく考えてください、短気を起こしてはいけません」
不幸な人生は沢山転がっている、不幸なのは不幸を呼び込んだ事に気が付かいからだと思う。
変に気取った、馬鹿に関わり合いになることは避けたいと思う。
そう思ったら全速で逃げることをお勧めしている。
年を取ってからでは、そうもいかないかもしれないが、憐憫の情は捨てた方がよい。
自分が生き残ることを選んだら、全力で逃げることをお勧めしていいる。

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ジジイになるといろんなことを思い出します

ある時、というか、時々三重苦の事をフト・・思い出すことがある。

 

どうでもいいことであるが、一時期は頻繁に話をした仲である。

 

いい人だなぁと思ったこともあったなぁ・・・

 

でも基本は、「なんだこの野郎」だった

 

社交的でない

 

嘘をつく

 

見栄っ張り

 

社会不適合者

 

自己中心的

 

自己批判はしない

 

自己弁護しかしない

 

他人の批判素晴らしい

 

興が載と激しいが、がいちいち的外れ。

 

車の運転技術は・・・口で言うほど上手くはなく・・・テールを滑らせてなんてよく言っていたが

 

某友人は

 

口は、よく滑るけど、テールは・・・・低速ずるずるだよねぇ・・・と笑っていた

 

人の不幸は大好きで。

 

特に、年下の結婚には、裏で、離婚しろー離婚しろーと祈願して

 

離婚すると、嬉々として

 

「最初からだめだと思った」

 

とか、離婚したことが自分にとって無上の喜びの様に電話をしてきた・・・

 

私が離婚したときも、嬉しかったんだろうなと思う

 

若くて、美人だったので余計だろう。

 

ある時

 

「離婚すると思っとった」(三重弁でね)

 

といわれた時には、なんだか腹が立つよりも、あきれた

 

ついでに、お友達関係が終わった時に

 

某友人にかけた電話で

 

「アンナ奴(私の事)が、2回も結婚するから、俺が結婚できないんだ」

 

と述べたことは、爆笑ネタではあるが

 

聞いた瞬間

 

「気の毒な人だなあ」

 

という気がした。

 

彼が、結婚に何を求めてるのか判り兼ねた。

 

生活を求めているのか、

 

性愛を求めてるのか

 

といえば、タダでできる性愛を求めているような気がしてしょうがなかった。

 

土建屋の独身の友人の車に乗って、女を買いに行くことを嬉々として語り

 

その友人のセルシオで行くことを

 

「金津園急行」と呼んでいた。

 

その友人が結婚すると、一人で金津園に行く金がないのか、女を買いに、名古屋へ出てきていたこともあったようである。

 

しかし、徐々に、収入が減ると、近場で済ませようととして、近隣のその手の店に行くと、よくなかったようで、性格の悪い女しかいないと怒っていた。

 

20数年前、トヨタスポーツのイベントを開くとき

 

トヨタ博物館(新館のないころ)に行き、

 

トヨタ産業技術館に行き、

 

リエックス小海に行き・・・

 

ミーテイングの会場を借りる申し込みをした。

 

彼は、最初名刺を出して座っている。

 

わたしが、企画書を出して、説明をする。

 

交渉はすべて、私が行う

 

場所を借りる交渉が終わって・・・・・当時は、どこも、特に、館ができたばかりで、会場を借り時に規約もまだなかった頃なので、申し込みをして結果待ちとということであった。

 

交渉をして帰る途中、彼は「よくあそこ迄、よいしょ」できるなぁと語った。

 

こちらは、借りる側である。

 

頭を下げて当たり前の立場である。

 

頭をさげる行為を、鼻で笑ったのである。

 

何となく許せない感情を持った。

 

ついでに、なぜ私に帯同を頼んだのかという問いに対しては

 

「使えると思った」

 

これを云われた時にはあきれてものが言えない気分だった。

 

だんだん腹が立ってきた。

 

最近、雨月物語(上田秋成)を読み返しているが

 

「白峯」という話がある

 

ここに「深き恨みを抱くに至った」という言葉がある。

 

崇徳院が、魔王になって恨みを晴らすという話であるが、なんとわなしに、

 

この「深き恨み」と云いう言葉が胸に帰るのである。

 

私の個人的な気分は、彼に対して付き合っている間は、

 

「深き恨みを抱いた」まま、自分を殺して付き合っていたのである。

 

こう思いだしたときに

 

こんな彼しか思い出せないのは悲しいことであると思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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あること

昔仲が良かった人というのは意外と多い。
社会人になってから、大学、バイト先と云った共通の環境がなくなると、急に疎遠になることは多い。
つまりは、共通の場所がなければ疎遠になるということである。
それは趣味の世界の友人とは違っていて年に数回会うだけでも楽しい人とは違っていたいたということかもしれない。
1年ほど前に、久々に、非通知で電話が掛かってきた。
最近あんまりこの手の電話はなかったのであるが日曜の午後だったので電話に出た。
その昔、身上相談に乗るからといって言って、渡した名刺がある。
電話番号と、仮名と云うか以前使っていたペンネネーム名前が書いてある。
掛けてきたのは、名刺を友達からもらったから半信半疑で電話をしてきたといった。
ズバリ、本名を云ってきたののと、懐かしい響きの声だったのでついつい、
素直に、「ハイ」といってしまった。
友達て、誰ですかと聞くと、はっきり言わなかった、彼女の母親に近しい人らしかった。
配った相手としては、記憶にない人だったが、電話番号だけ教えた人かもしれないと思った。
彼女は、王朝文学の好きな国文学専攻の大学生だといった。
国文学の話を延々とした後で、私、お金ないんで、学費と生活費を稼がないといけないんですと言って、

アルバイトとして、風俗店、いわゆる派遣型のお店に勤務してるといっていた

1年ほど週末だけ、一日、3から4人の相手をしているとのことだった。
そのあたりは、不案内なのでいろいろと聞いてみた。
料金システムや、どんな客が来るのかを聞いた。
聞いていて突然、どうしてこんなことを言い出したのかと思っていると。
誰かに聞いての貰いたかったといった。
話をしたのだが、誰にもできない。
怖かったこともあるけれど…と云っていた。
突然「よく考えたら、三桁以上の男と、そういったことをしたことになるよね、やばいいよねー」といった。
で、最後に、あと一年我慢したら辞めるんだけど、また電話してもいいですかと聞かれたので、別に夜中でなければ構わないと伝えておいた。
話をしていて、気が付いたことである
話し方にんとなく懐かしい話し方があった。
ちょっとした、話し方というか、語調であるが、記憶がよみがえった。
出身は、静岡の方
知りあったの、銀座の地下の小さなバァ、世間的には有名である。
彼女は、近くのデパートの店員さん
私は、いつも、開けたころの6時行く。
彼女は、6時半に来る。
私は、弱いので、いつも一番弱いカクテルを飲んで終わる。
ほぼ毎日東京の友達と、飲んでいるというか話をしてた。
その場に行く前に、一杯ひっかけていた。
そこで、いつしか話をするようになった人であった。
マスターはまだそのころ健在だった。
大ママの一番終わりごろ、数回、大ママを見たことがあるぐらい
未だヒヨコのころだったので、スツールに座った太宰修の写真を見ては、時代は流れるものだなぁ思った店でもある。
マスターと話をするぐらいがオチである。
そのうち、話をするようになった。
日曜日に銀座の雑踏で写真を撮っていて、目が合ったこともあった。
そこで初めて、勤務先が分かった。
店頭の彼女は、元気そうなお姉さんだった。
数年後、たまたま、そのバァに行くと彼女がいた。
彼女は、結婚して、子供を産んで、離婚して、子供を預けて、働いているといった。
そこで、何か相談したいことがあったら連絡をしてねと云って電話番号を教えた気がする。
電話をかけてきた、女の子がその人の子供かどうかは分かりはしない。
それにそんなことは聞けない。
気にはなったが、何となく年が合わない気がしたので、違うような気もするのである。
また電話してもいいですかといわれてから、もう1年ぐらいたったが、元気にしているだろうか?
そんなことを急に思いだした。

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やる気がなくなるのは、病気のサインかもしれない?

先日、親しい友人がガンで手術をすると聞かされてかなりショックを受けた。

手術できるレベルと聞いて、一安心ではある。

去年から「やる気が起きない」とたびたび聞いていた。

先日、急性白血病で、研究会の先輩が亡くなった。

昨年、研究会のテーマの調査をしていたが、何かやる気が起きないとおっしゃっていた。

結局、体調不良で、研究会の発表は辞退された。

そうして結果としては、急死という連絡であった。

数回お話をしただけであったが、何となく、やる気が起きないと言ってみえたのである。

やはり病気の巣が芽生えると、やる気にならないものかと思う。

以前、個人的な事ではあるが、病気になった時に、2週間ほど前から、仕事も手を付けたくない気分であった。

前二回の時は忙しくて、やる気だとか、そういった感じを受けるなんて感情を感じる以前の問題であった。

三回目は、何もかも放り出したい気分が先行していた。

「これはやばいなぁ」と感じていた。

やはり体の変調は、やる気というか、気分に非常に反映するのだなぁという事を痛感した。

今回も、友人が、何となくやる気が起きないと連発していたので、気にはなっていた。

早く良くなるを願いつつ。

何となんく、感覚的に、体の変調のサインはやる気というか、意欲が減退するときは危ないと感じるべきではないかと思う。

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I 君に会いたいと思う今日この頃

I君は、もう10年も前に病で急死した友人の一人だった。

病気で寝込んだり入院したりすると連絡が入る。

最後の相談のよりどころにしている風があった。

彼は、重い病気だった。

でも、遊びに行った先で倒れてそのまま不帰のの人になった。

お父さんが亡くなって、葬式には出られず後日、家に行き話をして帰宅後数日で亡くなってしまった。

良い人であった。

ある時、家に行くと妙齢の女性が二人住み着いていた。

どういった関係かと聞くと、娘の方は何かのイベンとで知り合い、仲良くなったそうな。

大阪のミナミに出ていた女性で、母親も、その手の人だったらしい。

彼の母親も病気で亡くなっていたので、男やもめ宅に入り込んだらしい。

別段、彼とは特殊な関係にはなっていないという事だった。

一晩泊めてもらって、その夜、件の母子が居る隣の部屋で寝ていると、不審な事を云っていた。

「早く落としないさよ」

「個々の土地なら・・・・」

後はよく聞こえなかった

さすがにこのとこは言わなかったが、見るからに怪しいので、追い出すように進言したら、そのうち出て行った。

程なくしてお父さんが亡くなった。

そうして、今度は本人も亡くなってしまった。

時々、不意に携帯が鳴ると、I君からからと思うことがある。

気のせいなのであるが、不意に、あれと思うことがある。

何となく気の所為という奴であるが、携帯が鳴った気がして、I君の顔がよぎることがある。

お母さんの葬儀が済んで、程なくして、彼と彼のお父さんと中華料理を食べに行った。

お父さんが、その時に、「いろいろと世話になったねぇ、ありがとう」といわれた。

なんだか、ぶつぶつと思いだすのである。

先日も、こんなも事を思いだした。

もう、30年ぐらい前の事であるが、友人Y君、H君、そうしてI君を含めた4人で表参道の店でコーヒーを飲んだ時に、I君はよく食べるので

早死にするぞ。

といった時に、

「早く死んだら、ちゃんと墓参りに来てくれよなぁ」といった風景を急にもいだした。

これは、墓参りに来いという事かもしれない。

近所の寺だったような気がするが・・・東京光学の近くだった気がする。

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突然思い出したことなど

昨日、突然、もう10年以上前に亡くなった友人某の事を思い出した。

なぜか突然である。

それは、旨いコーヒーが飲みたいなと思って、

つい、旨いコーヒーを入れてくるれ店と、友人を思い起こした。

名古屋には、私の好みのおいしいコーヒー屋はない。

東京の有名?どころは2店舗ほどあるが、ここ10年ほどゆっくりと東京へ行く用事もないので、寄ることもない。

Bar LUPINさえ遠ざかって10年以上たつ。

そうして、なんとなく、何げに、甘くて苦くて後味すっきりしてのはどこで飲んだのだろうと思った。

そうして、ああ、某君の家で飲んだコーヒーだったなぁ

と・・・そこで、ふと思い出したのだが、

第一に思ったのは「今どうしているのかなぁ?」である

で、次に思ったことは、「あれ」

何年か会ってないなぁ・・・

で、自分の年齢を思い出した。

自分は、○〇歳、年を喰ったなぁ・・・である。

そりゃあ、みんなが年を喰うはずである。

で、ああ、彼はもういなかったなぁと

彼は、青い豆を、箸で選(よ)っていた。

二人分だからなぁといいながら選っていた。

「何か手伝おうか」というと

「パッと見ダメなのを選ってくれるか?」といわれた

虫食いや、縮んだもの、形の悪いものを除いていると、

「人間は見た目でいい悪いは判らんから困るよなぁ」

「人間の欠点は、利点でもあるから困るよなぁ」

と続けざまに云った。

「どうした」と聞くと

「いや、親がね、死んだ嫁さんの事を悪く言うんだよ」

「今頃か?」

「ああ、ぼくが腑抜けになったのも、やる気がないのも全部彼女の所為さ。」

「・・・・・・」

「子供が外へ勝手に出て、事故で亡くなったのは仕方ないと思ったんだが、親に言わせれば、彼女がちゃんといしていればよかったというのだよ」

私は、この時、三島由紀夫の「真夏の死」を思い出していた。

かの作品では、2人の子を失った母は、生き残こった次男を細心の注意で守りつつ生活を継続する、そうして紆余曲折をたどりながら、再度懐胎して、子を産み、事故のあった海岸へ再度訪れる。

夫は、彼女が何かを待っていると感じる。

そこで小説は終わる。

そこで、「どうして奥さんは自殺してしまったのだ?」と聞くと、

豆を選りながら、深いため息をつきながら

告解するように子供が亡くなってからの行動を語った。

帰宅すると、子供食事と自分の食事がある。

妻は、「暗い顔で、今日も帰ってこないの」という

彼は、自分の気持ちが潰れるのが早いか、妻の気持ちが潰れるのが早いか思い悩んだそうである。

彼は、逃げ場があった

それは仕事である

彼女には逃げはなかった。

轢いた相手の家へ行き、子供を返せと怒鳴る。

それも、彼は最初知らなかった。

子供あての手紙が来る

「〇〇さんご両親」様

ある時、庭に手紙が散らかっているのを見て

彼は、戦慄した。

それは、その手の案内だった。

家に帰っても、電燈もつけずに座っている。

食事はない

彼は仕方なく弁当を買って帰る。

妻は、昼間何をしているかわからない

彼女の親を呼ぶと、親は謝りながら連れて行った。

だが、程なくするとかえってくる。

帰ってきてからは、食事もして、普通の生活が訪れたが、手紙が来ると、狂気に落ちた。

そうして、結局自殺してしまった。

豆を選りながら、深いため息ばかりつきながらポツポツ語る。

小説の主人公と、実際に真夏の死のモデルなった家族の結末は知りはしない。

小説の様に、悔恨の情よりも、現実の生活の比重が重く、家族の死を忘れ得たのは不明である。

親は、再婚を望んだようであるが、本人はその気がなかった。

そこで、親は、死んだ嫁の呪縛を呪う言葉を吐き出していたという事になる。

彼も、結局、生きてる意味がないといって死んでしまった。

結果的に云えば、彼の家は絶えた。

そうして、長い時間をかけて選んで、ローストして挽いた豆で作ったコーヒーは旨かったのである。

そんなことも思い出した。

葬式にも行ったことを思い出した。

ふと思ったのは、あの世とやらがあるのであれば、子供、奥さん、両親に会えたのかなぁ?

奥さんは、精神を病む前のすがすがしい顔の時かなぁ。

ちび助は、あの世ではある程度まで大きくなるというから、親子で仲良く暮らしているのか?

癌で相次いで亡くなったご両親は、私が知っている頃の元気そうな、感じころの姿であろうか?

そんな風に思い出していたら、月がきれいに見えた。

この家族の訃報は夜届く。

お子さんが亡くなった時の葬儀の連絡を受けた時の月、

奥さんが自殺した後の葬儀の連絡を受けた時の月、

ご両親の葬儀はいけなかったが、葬儀の連絡を受けた時の月

そうして、本人の葬儀の連絡を受けた時の月

なぜか、細い下弦の月

糸のような月である

細い月を見て、何となく、もう一度、彼のコーヒーが飲みたいと思った。

でも、死んでしまわないと飲めないので、頭(かぶり)をふった。

寒さが身に染みた。

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やる気が出ないのは?

やる気が出ないと言いつつも、いろいろと問題が噴出です。

某クラブの某下部会

某クラブの会員で定年退職後の余暇の消費しての集まりで、ツーリングを楽しむ会を作りたいと言われたので承認しました。

某クラブ名を名乗る、その支部の下部組織と云う名目でしたので、あくまでも、見知った仲間を連れて行くという事でした。

最初は、たかが知れていました

特に、管理しないから、責任者を決めて、勝手に運営してしてくださいと言いました。

現在も会の運営をしている者はいないようで、幹事が毎月の持ち回りツーリングを統括している形らしい。

FBに会の状況が載るのでなんとなく後からわかるという感じである。

最初は、某支部の運営スタッフの定年退職者の集団であった。

しかし、分派行動がしたい某Tさんが、誰彼となく誘うようで、現在は、膨張して、全然知らないというか、本体の某クラブ員(年会費を払っている、払っていた人)だったこともなければ、某支部のイベントにも来たことがない人まで入っているようである。

フェイスブックにその会の入会と云うか、登録の申請があれば、一応認めてはいるのであるが、誰?と云う人から申請が来る。

おまけに、ツーリングの写真を見ると、知らない人が多い

車両数も多い

距離も長い

10台ぐらい

高性能な車に引きずられる様に、車を買い替えたり、追加したりする人が続出した。

先般は、バスを借りて泊りで遠征・・・・

ここで、ハタと気が付いた。

保険はどうなっていたのだろう?

某産業考古学研究の見学会は、半日でも保険を掛ける

何かあった会として困るからである。

去年、ある集まりで、クレーマーが出現して、クラブ員、上部組織へもクレーマーの攻撃があり非常に困ったことがあった。

このクレーマーを呼び入れた原因もこの会の無責任な者の発言から、来場、クレーマーとなった。

無責任な者は、あんな人物は思わなかったと述べた。

その人物の後からの言動がおかしい点で、その人が来る前に、当然の様に 運営側に警報を出すべきであったが、それさえもなかった。

おかげで、当日は混乱を引き起こした。

その時に、某団体の名前を名乗らせているのだからと云って、ガンガンと責めて行く。

母体の小さな会社なので、当然の様にサッサっと折れる

折れると、こちらに指示が来る。

仕事中に指示が来る・・・勘弁してほしかったわホント

で。

本体の方へ、今回の件を、別件で通話したときに、この会の事を伝えると

回答は以下の通りであった

「何かあった時に名前を使わせているからという事で責任問題を追及される恐れがある。

 こちらへ追及された場合、管理しているいないにかかわらず、使用を許可しているから管理責任があると言われて追及された場合に困る。

 団体の名称、団体の名称プラス支部の名称を使わせることは止めさせてく下さい」

 もうこうなると、そちらで責任者を決めて、管理運営をすること

 某団体の名称、某団体の支部名を削除することを指示するしかないかなぁと思っている。

 他の会員からは、某団体某支部のボランテイアとも、集まりとも関係ない活動という事で除外してはどうかと云う意見も出ています。

 まあ、元々は、分派行動の一環であると気が付いていたので、切り離し時ではある。

 

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