なんとなく

ある友人と、某三重苦を共通の知り合いであると認識したときにちょっと、世の中は狭いなぁと思った。

で、ある友人から産業遺産の研究の件で質問をしたら

「三重乞食」と云う言葉を久々に聞いた

もともとは、伊勢乞食、近江の強盗、一宮ガラスの古知野トンビの類の商人を皮肉くった物言いである。

マー実際にあったことがあるのは、伊勢、一宮、古知野のずぬけて図々しい人たち。

何となくずるい感じを受けることが多い

車の関係でもそんな感じを受ける

なんとなく、他人を利用したいだけ利用する。

利用できらた態度は豹変

自分が功績、利益は全部取る

なんでも値切る。

値段は最初に言わない、最後に値段が変わる・・・

大体、自分でやると言ってやらない

やたらと地縁血縁を強調する

地方の支店での特別扱いを強要して、怒られるとめちゃくちゃな物言いをする。

まぁ、三重苦が、今どうしてるのか知りませんが・・・・

(合同展示会に来てなっかったので、ぶろぐを読んだら病気ぽかったし、生活苦が読み取れた。

某自動車の集まりにもここ数年行ってないとのことであった。

金持ちの多いクラブに入り、金持ちぶった言動をするのも大変だったろうなぁと思うのだが

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お葬式

友人のお葬式に行きました。

10年ほどのお付き合いでした。

人が死ぬという事は寂しい事です。

誰であれ、なくなった瞬間に、その人の脳に蓄えられ幾多の知識は、すべてが弾きだせない知識となってしまいます。

アインシュタインの脳を精密に切り分けて、研究してほしいと渡していた解剖医学者がいた。

しかしである、生体の静電気を発しないからだ。

通電していない脳髄には意味がない。

バックヤードツアーで、等々と説明してくれる姿は素晴らしいものがあった。

確実な知識を仕入れたいという欲望は、すさまじいものがあった

KDFワーゲン(民生型乗用車)とキューベルワーゲン(軍用車両)のシャーシが同じと云ったら、

「えー知らない、えーそうなの、調べてみるわ」と

調べたかどうかは知らない。

でも研究熱心だったことはよく覚えている。

寂しい

と云う気持ちは何処からくるのだろう

もう会えない、話せないからだろうか?

今日、知ったことに、心の変遷を知ることができた

学生運動の盛んだったころ、そう云った行動へ向かわなかった理由も何となくわかった気がする。

温厚な、非常に、いい人と云う形容詞が当てはまる人だった。

享年69歳であった

惜しい人を早く亡くしたという気がする。

彼を通して、多くの友人ができた。

友が、友を呼ぶ

彼は、天国で運転できなかった車を運転してご満悦かもしれない

肉体と云う束縛を解かれと云う言葉は、今日は、何となく心に響いた。

30年振り位に歌った讃美歌は、古い昔を思い起こさせた。

もう一度会いたいなぁと思う。

でも、もうさようならです。

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親しい人がなくなると寂しい

ある方が、亡くなりました。

トヨタ博物館に長く勤務されていたいた方です。

初めての出会いは、CG CLUB 旧中部支部の時代のTAMでのTTD

バックヤードツアーで知り合いました。

よくご存じだなぁと感心することしきりでした。

中部支部が、よくわからない理由で無くなり、多少縁遠くなりました。

しかし、中部支部を再開と云うか、再設立する際には、随分とご助力をいただきました。

個人的には、東次郎のトヨタスポーツを取材もさせていただきました。

深く幅広い知識をお持ちの方でしたので早い逝去には残念な気持ちでいっぱいです。

今日はバタバタしていて、少し転寝をしたときに

TAM TTDの打ち合わせの時に話をしたシーンが夢の中?の出てきました。

何年も前でまだ元気な頃です。

すると、話をした時の思い出のような感じで次々と出てきて、声まで思い出しました。

ものすごく、悲しい気持ちが突然と隆起して、涙がぼろぼろとこぼれてきました。

ふと、表には出さないけれど結構、神経質だったなぁとか、

でも、珍しくいい人だったなぁと思った。

そうして、夕闇の迫る中、

ふと

自分で言うのも変だが、「寒いくらい一人だ」

と云う言葉を思い出した。

そうして、

こんな言葉も思い出した

「そうだ、生きようと思った」

私は私の道を生きよう、そう思った。Dsc01073

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久々に、仕事中に腹が立った…という話

うちの3年目のカリメロ君

まあ人事異動で入れ替えがあって、環境が変わりやる気になったようだった。

上司ともどもしごいてみるかとという事になった。

前任上司は、私が、若い衆に仕事を教えてあげてくださいとお願いしたら。

担当課長からお願いされないとやらないというご回答だった。

ところがである。

担当課長に聞いてみると、最初に、若手の指導をお願いすると

「私は、そうゆう指導はしないから」と云って断っていたそうである。

真実性の原則は、両方の話を聞かないといけないという事である。

で、先週、カリメロ君は、金曜日急に休んだ・・前日に休暇を出したのですが・・・

ある人との相談の日付の指定日は、金曜日であった。

で、電話で、相手とやり合って、カリメロ君は、当初、金曜日を主張していたが、相手のよくわからないというか理解できない理由で27日になるかもしれないという話を、聞いて、月曜日まで待ちますといった。

でもである、最初に文書で指定した日は金曜日である。

金曜日に来れたら来ると主張していた点を考えれば、金曜日は待機モードで在籍するのが基本的な対応である。

でも、休む理由も、ちょっと急用ができて・・・みんなと 山口県へ行くという話は聞こえてきた。

私が聞くと、「プライベートなことなのでちょっと」と答えない。

別の人が聞くと、山口へ行く・・だそうである。

再度聞くと、計画的ではなくて、急に決めたとのこと、

行くのは「みんなんと」だそうである。

主担当が居ないと困ることが多いのだが、指定日を無視して急に休むのである。

ちょっと、無責任な気がした。

ついでに、8月の初旬から対応している、指導を入れている案件の状況を聞いた。

ほかの機関でも関与があるることが聞き取りの段階でわかっていたので、分かった時点で通報をしてあった。

期日は、8月末なので、そちらの通報先の状況を確認するべきではないのか?

という話をしつつ、方針についてうちの上司を含めて話をしていた。

で昨日(8月29日)、方針について話をしていると、前提をすべてひっくり返すことを聞いていたことが判明。

2週間前に、決定した方針の前提が崩れるような話を黙っていた。

前提を決めて対応をしていたが、確認の段階で苦情になった。

苦情の対応は良かった。

が、その後の連絡で、月末の原資たる予定ががあるとう前提自体がすべて嘘だったことを自供した。

だが、そのことを一切報告しない。

私も、上司もいたのにである。

担当課長は実務に関しては非常に無能なので、報告書をよく読んでないので何も言わない。

8月29日の朝、

関係機関へのそいつと関与のある団体へのアプローチの結果を聞いておいてね。

という事を伝えあ、聴取内容をすべて検討して伝えた。

しかし、カリメロ君は、電話をしたくないからであろうか、主張していた前提条件が全てうそだった追いう事を自白していた事実を初めて開陳したのである。

上司も、私も、いわゆる

開いた口がふさがらないモードになった。

(猫のフレーメン現象みたいなものである)

当たり前であるが、情報に間違いがあれば作戦行動は変更しなければならない

前提が崩れていたのであれば・・・二週間前に変更した対応策を検討しなければならなかったのである。

上司は、なんで重要な情報を伝えないのかなぁという事をいってしまうような状況になった。

ちなみに、その前回2週間前の連絡時の翌日からカリメロ君は夏季休暇であった。

それも、どうしても外せない日と云うのは、親とアウトトレットへ行く約束があるから、その日は外せませんと・・・・・

自分が一皮むけるかどうかという対応をしてた時期である。

情報に変更がないならそのまま休むことに問題はない。

しかしである、情報に重大な変更があるのなら、今後の作戦に変更が必要となることは目に見えている。

基本的に、休暇を先延ばしにすることが必要になんる。

その時は、、すでに水曜日から3日間を、金曜日からに変更していた。

変更した理由は、緊急な事案で早急に処理を進める必要があったからである。

で、前提となら情報が嘘でしたと自白したことを、私と、私の上司に伝えなかった理由は何となく想像ができる。

伝えた瞬間に、昭和世代の人は、次の瞬間に処理の訂正とやるべきことを山ほど言いつけられる。

担当課長は、うちの上司の指示は黙認である。

云いつけられると、夏季休暇が取れなくなる。

親との約束が・・・・守れない

ママとの約束は、反故(ほご)にはできない。

と考えて

黙って居ようと考えたらしい。

最近の子らしいと云えばそうのなのかも知れないが、最低限の義務ぐらい果たしてほしいと思うのであるが、どうもそうではないらしい。

ついでに、話の途中で、カリメロ君は、自分で一生懸命に壁を作ることに余念がないので、あきれてしまった。

で、此処で久々に、あきれて、ハラワタが煮えくり返る腹が立ったので・・・

「お前の面倒はもう見ない、相談にも乗らない」と伝えた。

すると、泣きながら土下座して謝るので、今後は一切関わり合いを持たない旨を伝えた。

直情的に怒鳴るなんてこともせずに、

「もういいわ」と云う感じである。

カリメロ君は、申し訳ないが、事務処理能力が極めて悪い。

学習能力がほとんどない。

何度でも同じ間違いを平気でする。

以前、同僚だったお兄ちゃんが、ムカツクカラ、一切話をしないと言っていた理由がようやくわかった気がした。

カリメロ君は、いわゆる、頭がものすごく悪く、理解力も極めて低いという奴である。

言葉の意味は全然分からない。

調べもしないのである。

景気がいいと、というか、有効求人倍率高いと、程度の悪いのが入って来る。

どこの役所でもそうみたいである。

入った理由を聞くと、ここしか受かりませんでした・・・・である

人手不足なのは判るが、馬鹿は本当に困る。

おまけに定着率が悪い。

まともな子は、早々に見切りをつけてやめる。

馬鹿は、行くところがないのでしがみつくのである。

将来、というか、20年後が怖いねと云っている次第である。

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よく似た爺さん同士(どうし)

先日、所用で、日帰りで新幹線旅行としゃれこんだ・・・・というか、死にそうな友人のお見舞いで、仕方なしである

そんなに遠くないし、盆前で「こだまちゃん」なら空いているだろうというセコイ考えで自由席で・・・・

あにはからず、結構込んでいた。

でも、ちらほら空いていた。

二人席の通路側が空いていたので、座ることにした。

窓側は、口開けて爆睡モードのねぇえちゃん

私は、戦前の「蓄電池車」(大村大三郎著 オーム社)のコピー本をちまちまと読んいた。

反対側の三人掛けの座席はちょっと異様だった

三人掛けに、爺さんが一人で真ん中に鎮座ましましている。

そうして新聞を広げて読んでいる。

両側の椅子には、荷物である。

常識ねえジジぃだなぁと思った。

左右の空いている席には、一つはお土産ぽいのお菓子の袋?・・・・、一つは小さな手提げみたいな袋?をそれぞれの一座席に1個づつ置いて、三人掛けのその真ん中の席に鎮座ましましている。

新聞は、途中で読み飽いたのか、畳んで袋の上においた

夕日新聞・・・・

二駅すぎるころには、車内は一杯になってきた。

某駅で、初老?というか、70過ぎた鶴のような爺さんとばあさんの二人連れが来た。

二人が座れる席はない

すると三人掛けの椅子に一人で座っていた爺さんに

ここは空いているのか?

と聞くと、爺さん一瞥もせずに無反応

尋ねた爺さんは、二回ぐらい聞いて反応がないので、

「手荷物は網棚へ」というと

爺さん小さな声で「ウルセイ、黙れジジイ」(本人もかなりの爺である)

声かけた爺さん、

「ジジイとはなんだ、高齢者いたわったらどうだ」

聞いてて妙な気がした。

座ってる方は60代ぐらい

立ってる方が70代ぐらい

多分、10から20歳ぐらいの開きだろう

70の爺さんから見れば、60代は若く見えるのかな?

60代の爺さん

金払って乗ってるんだ文句いうな

ここで、「ジイサン、あんたさん三人分の運賃払ったわけじゃあるめい」と云うと

鶴ジイサン、「三人掛けを一人で占領するのは不法占拠だ!」

ここで、すわってる爺さんは、「面白くもねぇ」と云って

一番通路側に座りなおした。

鶴ジイサン二人は座ろうにも座れない

(意地の悪いジジイだなぁ)

「常識のねぇじじが、どいてやれよクソジジイ」

と聞こえよがしに云うとぶつぶつ言いながら奥に座りなおした。

鶴ジジイ夫妻は、通路から1個目と2個目の座席に座った

鶴ジジイは、真ん中

私は、目的地の駅が次の次になったので、降りる準備を始めた。

ごみを捨てに行き、厠へ行って。

本をカバンにしまって。

お迎えの友達へメールを打っていた。

すると件(くだん)の奥に座った爺さんも降りる様子で、しかも次の駅でおりるう様な感じだった。

ジイサンなんか言っている。

しかし、今度は、鶴爺はどいてやらない。

折り畳みテーブルを広げてふたを外した状態のコーヒーを置いたまま

奥の爺さんが、「降りるので通してくれ」というと

無視

こだまちゃんは減速モード・・・車内アナウンスも入る・・・

奥の爺さんが

頼むから通してくれ。

鶴ジジイ無視・・・・

奥さんまでテーブルを出して、お弁当を出す素振り・・・

このジイサンばあさんも性格が悪いなと思いつつ、

この老人3人の行動を見ていると馬鹿じゃなかろうか・・・・・と

私は、友達のメールを読んでいると

鶴爺さんが、「コーヒーがこぼれてやけどをしたら傷害罪だな…」と

奥の爺さん「次で降りるんだ、孫がまってるんだ」

鶴爺、「自分の言ったことを考えろ」

奥の爺さん「頼むから通してくれ」

鶴爺 無視

駅に着く

爺さん降りれない・・・・

鶴爺、おもむろにコーヒーを飲む。

ばあさん、弁当を喰う

奥の爺さん座りなおす

こだまちゃんは出発・・・

奥の爺さん

携帯で電話かける・・・・

鶴ジジイ・・・「車内では通話をしない」・・・

奥の爺さん、「乗り遅れたからまっていてくれと」通話続行

鶴ばばあぁ・・・「最近の若い人は常識がない・・・」・・・・

私降りる駅が近づくと、鶴ジジイ夫妻はようやく折り畳みテーブルをしまった。

奥の爺さん、無理無理通る

「このクソ爺」・・・

私と同じ駅で降りることに・・・奥の爺さんは、あわてた様子で出口に向かう。

私は、カバンだけなのでゆっくりと立ち上がると

すると、鶴爺夫婦もたちがる・・・なんと降りるではないか・・・

ホームにおりると、件の爺さんは駆け足で、下りのホームへ向かった。

このジイサン二人は、社会性が欠如しているというか、底意地が悪い。

人が困るのを見て嬉々としている。

因果応報?だなぁと思いつつ、

改札を出て立ち停まってメールを、読んでいると

鶴ジイサン夫妻も出てきて、おばあさんが電話をしている

爺さん、手に持った新聞を広げた

夕日新聞・・・

なんとなく納得した

底意地の悪さは、こういった処に現れるのだぁと。

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老人と夏

名古屋は、40度超えの猛暑日でしたが・・・今日も今日とて、てくてくお仕事に出歩いていました。

黒いズボンに、汗の結晶が出るぐらいだから暑いのである。

で、某所のバス停に行くと、普通の傘(黒いのね)を、さした爺さんが一人が座り込んでいる。

短パンのようなステテコのような変なズボンにランニングシャツ・・信玄袋という風体は

異様である。

なるべくなら口を利きたくないタイプである。

私は腰痛持ちであるから時々腰が痛くてしゃがむことがある。

爺さんは、しやがん姿勢か安定していない。

ちなみに時間は、灼熱の14時である。

爺さんは、しゃがむというよりヘタリこんだ。

一応、無視もできないので声をかけてみた。

「大丈夫ですか?」

すると息も絶え絶えな感じで、

「大丈夫でない」

「水かお茶ありますか?」

「そん・・・んな・・・ものない」

「ここにお?茶ありますが飲みますか?」

「ええかね」

「まあ、88円ですが」

「金は、・・・・は   ら   う・・・・」

渡すと

「蓋を開けてもらえんかのう」

あけると、グイグイと飲んだ・・・・

「頭が痛いし、めまいがする。」

「救急車呼びましょうか」

「・・・・・・・・呼ぶと物笑いの種になる」

「救急車呼ばないと危ないですよ、熱中症ではないですか」

「・・・・・・ものをいうのが切なくてならん」

で、呼んでみた。

状況を説明して、位置を云い、バスが来るんで放置してもいいですすか?聞くと

そこに居て欲しいとの由

バスはこれを逃すと1時間後か、別路線のバス停まで30分以上歩く羽目になる。

見捨てるわけにはいかないので、仕方く、待っていた。

で、7分ほどして救急車は来た。

親族ですの方ですかというので

「名乗るほどのものでもないし、仕事中なので帰りたいですが・・・

ところで、途中まで乗せてもらえませんか?」

「同行でなら・・・途中で卸すのはムリです」

で、搬送先の病院を聴くと、

○○だという・・・・これはまた駅からものすごく遠い・・・・バスもない・・・・・

結構ですと言いながらバス停近くの日陰で50分どまって帰った。

爺さんは、バス停から4キロほど離れた家から徒歩でここまで来たらしい。

そうして、市営の巡回バスに乗るつもりだったが、バス停を間違えてここへ来たらしい。

ここからさらに4キロ離れたショッピングセンターへ行くつもりだったといった。

なぜ、行くのかと聞いたら

「涼しいからなぁ」と

判らんでもないが…迷惑な爺さんだと思った。

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世の中は狭い

最近、自動車の趣味ををしていると世の中が狭いなぁと感じることがしばしばある。

狭いというか、意外なところで繋がっているという事である。

模型も趣味の混在で繋がっていることがある。

実車の軍用車マニアで、モデラ―は私以外では、一人しかない。

車アンド模型という人は意外と多い気がするとはいえ数人はいるのである。

フェイスブックだけの友達というのもいる。

現実に合うことは極めて難しい人もいる。

大体、外国の人なんて…ほとんど無理な世界である。

その中には、モデラ―と云われる人もたくさんいるが、なんでそんなに作れるのというぐらい作る人がいる。

非常にうらやましい。

買うばかりで作る時間がない。

7月から11月は基本は、ツーリングの準備に費やしていたが、その実、体調を壊す原因となったので、今年からはチョっとて手抜きモードで行こうと。

ナビが当たり前なので、行先のデーターだけ渡してGO!でもいいかと思うが

ナビがない人もいる・・・・それが困る。

ガラケーの人も困る。

暗くなって田舎で迷ううと最悪である

恵那の笠置山で迷ってえらい目(なごや弁、大変なのいみ)にあったことがある。

真っ暗、人家マレ・・・・目標…ほとんどない・・・・

ねぇと思う

で、年末に、ゆく年くる年という番組あった。

今でもあるのか知らない(テレビないので知らない。)

最近は、「来る人行く人」という感じがしている。

友達だと思っていたが、機嫌を損ねたようで去っていく人、死んでしまう人もいるし、新しくお友達になる人もいる。

そうした友達(知り合いも含む)になった人で、○○さんて知ってます・・・・

と云われると、ドキドキすることがある。

その人の前で、○○が吐き出していた嘘がつながるともう大笑いしかない。

なぜそんな見栄を張るのかと思う。

国産旧車の住人と、外国旧車の住人とでは生活のレベルが違うから、外国の方には見栄を張るという事かもしれない。

国産、外車を問わず、いわゆる「趣味のルビコン川」を渡ってしまった人と、眺めている人の差は大きいと思う。

大抵の趣味は、「趣味のルビコン川」を渡ることはない。

というか、眺めることもなく、当然の様に渡りもしない。

夢は、ルビンコン川を渡ることだったりする。

金があれは、渡れるのかと云えばそうではない

渡ったふりをする人は意外と多い、それは、自分の読んだ聞いた知識でパンパンに膨らんだの脳味噌から知ったかぶりで話をしたいだけである。

だから、雑誌に書いている嘘を鵜のみにして、その内容を開陳する。

聞いていると、馬鹿にしか見えない。

馬鹿にしかみえない人は、基本、渡り切った人から見れば、嘘はすぐにばれる。

ほとんどの人はわたりもしない。

渡ろうなどとしない人が大半である。

金があろうがなかろうがである。

基本、金がないからできませんではない。

金がなくてもわたる人は沢山いる。

金がないと、ただ自分が思い描いた、思い描いていたであろう理想の姿にたどり着けるか辿りつけないかである、とそう思う。

基本的には、何をするにも金はいるのである。

悪く言えば、生きてるだけで金はかかるのである。

車に限っても、維持費、修理代、不測に備えるパーツの購入、パーツを作るために資金‥‥金はかかるのである。

ある車に、血道をあげているような振りをしている人がいる。

手弁当で頑張っているのを見ると、大企業を辞めた後は安泰なんだなぁと感じる反面、悪いうわさも聞こえている。

元の勤務先や、取引先のへの態度、現役のころの会社内の行動、言動・・・・

うちの車は、うちのガレージに入って、今年で27年目である。

あんまり車に関する支出で値切ったことはない(と記憶している。)。

まあ、人付きが増えると、増えるだけ、いろんな処で繋がってることが分かって楽しい。

そう感じる反面、メンドクサイの奴が沸いて出ることもある。

FBで、友達の友達?である、ある人は、「知らなかった、すぐに調べてみます。」と書いてきたりする。

自分が知らないなら、いちいち断って書くなと云いたい。

うっとおしいいたらありゃしない。

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こころの玉手箱 いすゞ自動車会長の記事(加筆しました)

日本経済新聞の夕刊には「こころの玉手箱」とうコラムがある。

各界の人がどうでもいいような過去をのことを書いている。

知らない人のうかがい知れないようなことが書いてある。

時々、面白ことが書いていることがあるので読むことがある。

今日(平成30年7月23日夕刊)は、いすゞ自動車会長の「細井行」氏の記事だったが、読んでげんなりした。

こんな人が元社長で、現在の会長だと思うと、いすゞは大丈夫かと思う。

こちらの方は、自分は「参謀タイプ」の人間であると言ってのけるている。

ある意味、間違った自信の表れかもしれない。

悪く言えば、指揮官になる人材が居なくて、参謀であるべき人が社長になれてしまうぐらいの会社という事になる。

要は、人材不足なのである。

記事は、日本経済新聞の「よいしょ」があるので、いすゞ自動車の経営危機の時に、財務体質の強化を行い・・・と描いている。

不況になるとどこもかしこも、財務体質の強化・・・・という。

日本の自動車メーカの良くないところは、トヨタ以外は、借金漬けであるという事である。

日産自動車は、すでに外国のメーカーに買われてしまい、外国資本の子会社でしかない。

(日産の方々は、そうは思いたくないので、何とかん逃れようとするが、所詮は、鮎川氏が戦後、放り出した会社である。

妙なプライドだけは高い。

嘘を平気でつく。

倒産寸前に、ルノーに買われた買われた理由は、借金が返せないとういう状況になったからほかならない。

日産は、トヨタに勝ちさえすればいい、という観点から、後追い企画が多くなる。

トヨタがやるならウチもというという非常に貧困な発想である。

よい企画を考えて販売しても、販売店がやる気がない、組合が強すぎて会社の方針がぶれる。

よい企画は、トヨタの方がまとめ方がうまく、販売を増やしていく。)

日産の場合は、借金漬づけ過ぎであった。

借りた金を、返して、再び借りるというシステムがくずれた時点で、倒産するしか手はなかった。

たまたま、ルノーが買ってくれたからよかっただけである。

日産の諸悪の根源は、鮎川氏が事業に情熱を失い、小粒な雇われ社長が就任して、組合を甘やかし、うわべの融和という路線を取り、結局は組合の意見を唯々諾々と飲むしかない会社になったことである。

閑話休題

記載内容がお些末すぎるのである。

どんなえらそうなことを書いても、事実とはかけ離れた事を平気で書いて、チェックもせずに平気で載せる。

この時点で、天下の公器など位と云う言葉はどこ吹く風である。

非常に気になったことは、帝国陸軍三式戦闘機「飛燕」の事である。

飛燕の話を書いているのだが、こんなことを書いてる

「飛燕は、独ダイムラーベンツ製の水冷エンジンを搭載している。」

ここで吹き出しそうになった。

丁度、夕食時である。

飛燕は、ダイムラーベンツエンジンなど積んではいない。

ダイムラーベンツのエンジンのパテントを買い、ライセンス生産した、ハ40をつんでいたのである。

このエンジンは、ダイムラーDB601エンジンを原型としている。

ちなみに川崎航空機の生産したエンジンである。

つまりは、川崎製の水冷エンジンである

飛燕に、ダイムラーエンジンを積んだことはない。

ダイムラーベンツ「製」・・・つまりダイムラーベンツが製造したエンジンと書いている。

大体、戦時中どうやってドイツ製のエンジンを購入輸送したか?

大量の消耗品であるエンジンを製造、運搬したという根拠はどこにあるのだろう?

では、百歩譲ってダイムラーのエンジンを日本で生産したいう仮定を考えてみたい。

当時の日本に、ダイムラーのエンジンを生産する能力があったか、なかったか。

結論から言えば、そんな能力はなかった。

作れないのである。

新聞の記事はつづく

「よいエンジンなのだが、日本では整備がうまくできなかった。」

この人の書く、「よいエンジン」の基準がよくわからない。

一応自動車メーカの社長を務めた者である。

この人の技術屋ではないので、「よいしょ」を含んでいる可能性は高い。

確かに、DBエンジンはよいエンジンと云われる。

拡張性のあるエンジンであった。

しかし、重い

同じ程度性能の米国製のアリソン、より高性能な、DB605に比肩する、英国のマリーン、米国でライセンス生産したパッカードマーリンは、すべからく、ドイツ製のエンジンよりも軽い。

個人的意見を述べれば、航空機の重いエンジンで高性能なのは良いエンジンではないと考えている。

自動車のエンジンでも、ホンダのエンジンが最高と云うのが、重い。

エンジンの重さは、空戦性能、後期のバランスの点からも、軽い方がよいのである。

現実問題として、戦前の日本の工業力では、完成度の高い水冷エンジンは、生産ができなかった。

つまりは、整備うんうんの以前の問題である。

クランクが造れない、公差を守れない、ベアリング作れない・・・

情けない話には枚挙の暇がないほどダメである。

戦前、ニッサンが米国から輸入した部材を、戦略物資として陸軍は指定し、珍重していた。

金属の組成を調べてコピーをしても同じ強度が出ない。

金属部材さえまともに作れないような国が、生産なんておこがましいという事になる。

生産されたエンジンも、既定の数値が出ない不良品の山であった。

川崎では、第一次大戦からDBエンジン生産以前、水冷エンジンの生産実績はあった。

それは、BMWエンジン(水冷)のライセンス生産をしていたことである。

ただ、設計図通りではなかった。

軸受を、転がり軸受が生産できないので、転がり軸受を、滑り軸受に設計しなおして生産をしていた。

DBになると、通常の転がり軸受を使用することになる。

重くて高回転エンジンのをプレーンメタルの滑り軸受に変更することは困難であったと考える。

(プレーンメタルでさえ、1935(昭和10)年以降大同メタルが何とか生産して程度である。)

そうして文章は続く

、「大戦中はエンジンが乗ってない戦闘機が成増飛行場に何千機も並んでいたそうだ」

成増?

首無し機体で有名なのは、各務原飛行場わきの飛燕の胴体である。

よく調べると、中島飛行機でも、首無し機体は多々あったようである。

飛燕は、各務原の川崎航空機で生産されていた。

首無し機体が、何百機もあったのも、各務原である。

成増に工場があった????

何千機?

中島飛行機も、エンジン生産が追い付かず、エンジンなし機体が並んでいたことはあるが成増ではない。

とまぁ、6段の記事のうち約1段分がこの内容である。

ひどい内容である。

つまり、約15から20%ほど信用できない記事が書いてあるという事である。

つまり全体の五分の一程度の記事が信用できないという事である。

この会長、自称で、参謀タイプといっている。

ここまで事実誤認をしている人は、多分、ほかにもたくさん事実誤認をしていることは想像に難くない。

事実誤認をしている参謀なんて最低である。

ここで、ふと、関東軍、インパール作戦の辻政信参謀を思い出した。

辻参謀は、間違った事実認識を振りかざし、科学的根拠のない欧米の戦力をさも正しいように云い戦争失敗に導いた者である。

正に、敗戦の責任を取れと言いたい(とれないけれど)

大日本帝国臣民(国民)に対する戦争犯罪者である。

奴は、戦後は逃げ回り、議員になり。

最後は、ラオスへアヘンを取りに行き殺されたと言われている。

今もって生死不明である。

ここで思うことがある。

今のいすゞ自動車には、「よき参謀はいないのか?」という疑問である。

参謀と云うか、注意を払う人、アンテナお高い人がいないのかなという事である。

この記事上の大いなる間違いについて、いすゞの秘書課(があるのかどうか知らない)、日本経済新聞の校閲の者は、気が付かないのかという疑問がわく。

それは、「どうして気が付かなかったのか」という点に帰結するのである。

気が付いてないのだからやはり、いすゞも、日本経済新聞も、いずれの会社のダメだなぁと感じるてしまうのは僭越だろうか?

会長さんは、早稲田の政経卒である。

つまりは、技術屋ではない。

だからこういった子細な間違いに気が付かないのは仕方がないのかもしれない。

でもである。

あやふやな記憶をそのまま書いてしまうところはいかがなものかと感じてしまう。

書いてある内容に、何となく、いい加減と云うか、文章の下手さから、慎重さに欠けると感じるのは私だけだろうか?

この飛燕の事の後、この会長さん、組織の参謀役について、縷々と書いているが説得力がない事おびただしい。

最後に「会長になった今も、向いていないと思う。プラモデルを作りる書斎の方が自分の居場所としてしっくりくる。」と結んでいる。

向いてないと思う人がトップの会社、社員が気の毒である。

まぁ、いすゞの社員はとても気の毒だと思う。

「プラモデルを書斎で作る」というのは、もう笑うしかない。

「書斎」でと書くところにコンプレックスを感じているのか?思ったりもする。

20183023初出

20180724大幅加筆

20180930加筆

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OJT

OJT」とは、「On-The-Job Training」の略です。

 

机上の訓練ではなくは、実地での教育訓練を主眼に置いた教育訓練です。

昔から行われていた、徒弟制度ではないが、ある仕事の初任者向けの訓練である。

訓練の内容は、職務現場の業務を通して行うことです。

新任者の職務遂行能力(必要な知識、技量)を、上司や職務習熟者の指導担当者が随時与えることで、教育・育成する方法です。

うちの職場でも、一時期OJTをやたらと叫んでいた時期がありました。

指導担当が居て、新人君が居て、新人の技量の向上は、指導担当の技量が大きなウエイトを占めていた時期で、指導内容は一子相伝のようなものでした。

ところが、最近は、指導担当が選任されないので、OJTをほとんど存在しないようなものになりました。

うちの会社は、大学出の子たちは研修が終わった段階でどーどえもいい部署に1年間配属される。

何のための配属が疑問視をされているが人手不足の穴埋めみたいな感じでの投入戦力である。

大体新人を教えるのに、ベテランの労力がかなり消費される。

で教えららえた内容は、1年後の配属先の仕事とはほぼ100%関係がない。

で、1年間教えられた子らは、100%そこの部署には残らない。

戻ってくる可能性は、5年ぐらい後かな・・・

ちなみに、配属発表が有ったが、当然の様に若い子は、うちには来ない。

当たり前だが、私のいる独立愚連隊には来ない。

先日から面白いのは、配属された新人君に、1年先輩の馬鹿が、頼まれてもいない…というか、頼まれるべき立場でもない・・・1年たっただけの馬鹿が、マガジントークで教示しているのである。

この間まで、高校を出た子がいたが、その子にもバカみたいな教育的指導をしていた。

パートのお姉さんによれば、短期バイトの大学生にもものすごく上から目線で「指示」をしていたそうである。

ちなみに、指示する権限は無いし、指示すると一転も大上段に言うべきことではない。

いわゆる、権力を握ると、暴走するタイプである。

うちの独立愚連隊の二人は、その言葉尻をとらえてゲラゲラ笑っていた。

で、先日から新人君に、1年たっただけのボンクラが…偉そうに指導・・・・

全部早口で、思いついたように説明・・・

うちの2年目の子(カリメロくん)に聞いたら…あんな風に言われたら、理解できません・・・

私は、外へへらへら出かけていたので知りもしなかったのだが、朝から延々と、マガジントーク・・・・

で、いきなり電話をかけさせて・・途中で話せなくなった途中で替わるから…と云って無理やり電話をさせる・・・

で、1年目の馬鹿は、課長から、指導してとは言われていない。

仕事は、半人前以下

どちらかと云えばバカである

着任当時に、一人暮らしがしたいとアパートを借りて、まるで漫画のような生活を始めたが、3か月で生活破綻が判明して、親元へ・・・

計画性はない

ただこの馬鹿に問題があるのは判然としているのだが…別の問題がある。

第一に、その課長が彼の出過ぎた行為を注意しない

周りも注意しない。

ベテランが、何も言わない。

役所は、モノ言えば唇寒し秋の風な所帯なので、見て見ぬふりである。

おかげで、1年坊主の馬鹿が出しゃばっている。

以前は、新人一人に、指導担当一人のが必ず居たのだが、指導担当をすべき人材を本店にすべて取られているので、指導できる年代の人がいない。

現場は、職場内の融和しか考えない人事のせいで・・・課長自身が何も指導しない・・・というか・・・プロパーではないので指導もできない。

文章の書き方ひとつ指導できない・・・

同行指導もしない

本店からのパーとタイム指導の時しかしない

隣の課は、うちの若い衆2名に、同行指導する気もない。

一人は、もうダメと烙印を押されている、それに指導できそうな若手2名のうち1名は育児で時間短縮組、もう一人は交流で別の系統から2年尾期限付きで来ている…だから指導しろと云っても無理である。

そんな人材しかいないところに、新人を送り込むなと云いたいが…どこもかしこも人材不足でままならない。

基本的に独立愚連隊は、指導すべき立場にはない。

半年の目標には若手の指導と書くが、連れて行く気はない。

私が、連れて行かない理由は単純である

ここ十年ほど、だれかと一緒に仕事に行くという体制にはない。

仕事中に、いろんな話をするのがメンドクサイ。

ここ10年ほど、大体昼ご飯をゆっくり食べたこともない。

連れて行くと、お昼の食事場所を探さなければならないのも面倒である。

大体、病気になってから、車よりも、電車、バスの方が多い

車に乗ると疲れが倍加する。

電車バスは、基本寝ることができるので楽である。

それに、人の運転は、疲れるのでダメである。

現状、指導育成をどうするのかという問題について、無責任な集団体制をで、みんなで指導するという事になっている。

しかしである、これは、だれも責任をもなたない体制なので早晩ダメになっているが、人的に代案がないので・・・そのままでここ5年以上過ぎた。

その間に・・・人材は育っていない・・・

本店は、事務の効率化を進めないので、10年一日のごと同じ体制で、同じ人員で事務をおこなっている。

電算化が進んでも、使う方がダメなので・・・進歩はない

人員を減らして効率ようく動ける組織、本店なんだから事務効率を上げることを考えるべきであるが、人員を減らすイコール、ポストの削減である。

ポストが減ると困る人が多い

(私は、万年主任なので、どうでもいい)

まぁ、OJTを組織の幹部の方はいろいろとおっしゃるが、どーなんでしょね。

口先だけで、OJTと云っても、現実が伴いわないのは意味がないと思う。

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行きつけの店のトラブル2(あんまり進展なし)

週に一は、行きつのお店にはいきます(笑)

行けない時もあるので、大体月2回平均

散財する金額は。。。秘密です

さて、今日で1週間たったので聞いてみた。

特に、×科医からの反応はないそうである。

内容証明郵便を送られた時点でアウトだと気が付くべきであろう・・・

医者って意外と、法律に疎いのが多いけどね・・・高校時代の弁護士に頼むとかする可能性は高い。

で、今日仕入れた話はこうである。

以前は地元の小学校の検診を受け持っていたらしい。

数年前に、診療報酬で市側ともめたようである

もめるというのは、金額のいお折り合いが悪かった様である。

揉めたら、市側は、この医者の検診の契約を破棄した。

この医者は、報酬の増額を求めて、相手が飲むと思ったようである。

で面白いのは、検診を辞めたとたんに、客足が落ちたそうである。

偉そうにうちは、老人も多いので、駐車場をチケット制にするのは・・難しい。

とほざいていた。

が、実際は、そんな設備とシステム組んだら金がかかるからできないのが正解かもしれない。

大体目の悪い老人が車に乗って、○〇科へ通院するのか?という疑問がわく

で、その情報源は、お父さんが桜田門系、その奥様がPTAの役員を長く勤めていたうちの子からの情報である。

もっとひどいのは、払わなければいけ租税公課を払ってないんだよ・・・という話である。

本当かどうかわかりはしないが・・・

月額、機材のレンタル代だけで、おおよそ60から100万、

看護士、検査技師の給料を考えるとプラス100万円

である・・・最低でも300万円ぐらい診療報酬がないとやっていけないのである。

様子見だけれども・・・何となく興味津々

ちなみに、先週から駐車場にチーンをせずに帰るらしい。

○×△の店の客が無断駐車するのを誘発しているようである。

実際の存念は判りはしないが・・・

何となく、嵐の前の静けさである。

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