やる気がなくなるのは、病気のサインかもしれない?

先日、親しい友人がガンで手術をすると聞かされてかなりショックを受けた。

手術できるレベルと聞いて、一安心ではある。

去年から「やる気が起きない」とたびたび聞いていた。

先日、急性白血病で、研究会の先輩が亡くなった。

昨年、研究会のテーマの調査をしていたが、何かやる気が起きないとおっしゃっていた。

結局、体調不良で、研究会の発表は辞退された。

そうして結果としては、急死という連絡であった。

数回お話をしただけであったが、何となく、やる気が起きないと言ってみえたのである。

やはり病気の巣が芽生えると、やる気にならないものかと思う。

以前、個人的な事ではあるが、病気になった時に、2週間ほど前から、仕事も手を付けたくない気分であった。

前二回の時は忙しくて、やる気だとか、そういった感じを受けるなんて感情を感じる以前の問題であった。

三回目は、何もかも放り出したい気分が先行していた。

「これはやばいなぁ」と感じていた。

やはり体の変調は、やる気というか、気分に非常に反映するのだなぁという事を痛感した。

今回も、友人が、何となくやる気が起きないと連発していたので、気にはなっていた。

早く良くなるを願いつつ。

何となんく、感覚的に、体の変調のサインはやる気というか、意欲が減退するときは危ないと感じるべきではないかと思う。

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I 君に会いたいと思う今日この頃

I君は、もう10年も前に病で急死した友人の一人だった。

病気で寝込んだり入院したりすると連絡が入る。

最後の相談のよりどころにしている風があった。

彼は、重い病気だった。

でも、遊びに行った先で倒れてそのまま不帰のの人になった。

お父さんが亡くなって、葬式には出られず後日、家に行き話をして帰宅後数日で亡くなってしまった。

良い人であった。

ある時、家に行くと妙齢の女性が二人住み着いていた。

どういった関係かと聞くと、娘の方は何かのイベンとで知り合い、仲良くなったそうな。

大阪のミナミに出ていた女性で、母親も、その手の人だったらしい。

彼の母親も病気で亡くなっていたので、男やもめ宅に入り込んだらしい。

別段、彼とは特殊な関係にはなっていないという事だった。

一晩泊めてもらって、その夜、件の母子が居る隣の部屋で寝ていると、不審な事を云っていた。

「早く落としないさよ」

「個々の土地なら・・・・」

後はよく聞こえなかった

さすがにこのとこは言わなかったが、見るからに怪しいので、追い出すように進言したら、そのうち出て行った。

程なくしてお父さんが亡くなった。

そうして、今度は本人も亡くなってしまった。

時々、不意に携帯が鳴ると、I君からからと思うことがある。

気のせいなのであるが、不意に、あれと思うことがある。

何となく気の所為という奴であるが、携帯が鳴った気がして、I君の顔がよぎることがある。

お母さんの葬儀が済んで、程なくして、彼と彼のお父さんと中華料理を食べに行った。

お父さんが、その時に、「いろいろと世話になったねぇ、ありがとう」といわれた。

なんだか、ぶつぶつと思いだすのである。

先日も、こんなも事を思いだした。

もう、30年ぐらい前の事であるが、友人Y君、H君、そうしてI君を含めた4人で表参道の店でコーヒーを飲んだ時に、I君はよく食べるので

早死にするぞ。

といった時に、

「早く死んだら、ちゃんと墓参りに来てくれよなぁ」といった風景を急にもいだした。

これは、墓参りに来いという事かもしれない。

近所の寺だったような気がするが・・・東京光学の近くだった気がする。

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突然思い出したことなど

昨日、突然、もう10年以上前に亡くなった友人某の事を思い出した。

なぜか突然である。

それは、旨いコーヒーが飲みたいなと思って、

つい、旨いコーヒーを入れてくるれ店と、友人を思い起こした。

名古屋には、私の好みのおいしいコーヒー屋はない。

東京の有名?どころは2店舗ほどあるが、ここ10年ほどゆっくりと東京へ行く用事もないので、寄ることもない。

Bar LUPINさえ遠ざかって10年以上たつ。

そうして、なんとなく、何げに、甘くて苦くて後味すっきりしてのはどこで飲んだのだろうと思った。

そうして、ああ、某君の家で飲んだコーヒーだったなぁ

と・・・そこで、ふと思い出したのだが、

第一に思ったのは「今どうしているのかなぁ?」である

で、次に思ったことは、「あれ」

何年か会ってないなぁ・・・

で、自分の年齢を思い出した。

自分は、○〇歳、年を喰ったなぁ・・・である。

そりゃあ、みんなが年を喰うはずである。

で、ああ、彼はもういなかったなぁと

彼は、青い豆を、箸で選(よ)っていた。

二人分だからなぁといいながら選っていた。

「何か手伝おうか」というと

「パッと見ダメなのを選ってくれるか?」といわれた

虫食いや、縮んだもの、形の悪いものを除いていると、

「人間は見た目でいい悪いは判らんから困るよなぁ」

「人間の欠点は、利点でもあるから困るよなぁ」

と続けざまに云った。

「どうした」と聞くと

「いや、親がね、死んだ嫁さんの事を悪く言うんだよ」

「今頃か?」

「ああ、ぼくが腑抜けになったのも、やる気がないのも全部彼女の所為さ。」

「・・・・・・」

「子供が外へ勝手に出て、事故で亡くなったのは仕方ないと思ったんだが、親に言わせれば、彼女がちゃんといしていればよかったというのだよ」

私は、この時、三島由紀夫の「真夏の死」を思い出していた。

かの作品では、2人の子を失った母は、生き残こった次男を細心の注意で守りつつ生活を継続する、そうして紆余曲折をたどりながら、再度懐胎して、子を産み、事故のあった海岸へ再度訪れる。

夫は、彼女が何かを待っていると感じる。

そこで小説は終わる。

そこで、「どうして奥さんは自殺してしまったのだ?」と聞くと、

豆を選りながら、深いため息をつきながら

告解するように子供が亡くなってからの行動を語った。

帰宅すると、子供食事と自分の食事がある。

妻は、「暗い顔で、今日も帰ってこないの」という

彼は、自分の気持ちが潰れるのが早いか、妻の気持ちが潰れるのが早いか思い悩んだそうである。

彼は、逃げ場があった

それは仕事である

彼女には逃げはなかった。

轢いた相手の家へ行き、子供を返せと怒鳴る。

それも、彼は最初知らなかった。

子供あての手紙が来る

「〇〇さんご両親」様

ある時、庭に手紙が散らかっているのを見て

彼は、戦慄した。

それは、その手の案内だった。

家に帰っても、電燈もつけずに座っている。

食事はない

彼は仕方なく弁当を買って帰る。

妻は、昼間何をしているかわからない

彼女の親を呼ぶと、親は謝りながら連れて行った。

だが、程なくするとかえってくる。

帰ってきてからは、食事もして、普通の生活が訪れたが、手紙が来ると、狂気に落ちた。

そうして、結局自殺してしまった。

豆を選りながら、深いため息ばかりつきながらポツポツ語る。

小説の主人公と、実際に真夏の死のモデルなった家族の結末は知りはしない。

小説の様に、悔恨の情よりも、現実の生活の比重が重く、家族の死を忘れ得たのは不明である。

親は、再婚を望んだようであるが、本人はその気がなかった。

そこで、親は、死んだ嫁の呪縛を呪う言葉を吐き出していたという事になる。

彼も、結局、生きてる意味がないといって死んでしまった。

結果的に云えば、彼の家は絶えた。

そうして、長い時間をかけて選んで、ローストして挽いた豆で作ったコーヒーは旨かったのである。

そんなことも思い出した。

葬式にも行ったことを思い出した。

ふと思ったのは、あの世とやらがあるのであれば、子供、奥さん、両親に会えたのかなぁ?

奥さんは、精神を病む前のすがすがしい顔の時かなぁ。

ちび助は、あの世ではある程度まで大きくなるというから、親子で仲良く暮らしているのか?

癌で相次いで亡くなったご両親は、私が知っている頃の元気そうな、感じころの姿であろうか?

そんな風に思い出していたら、月がきれいに見えた。

この家族の訃報は夜届く。

お子さんが亡くなった時の葬儀の連絡を受けた時の月、

奥さんが自殺した後の葬儀の連絡を受けた時の月、

ご両親の葬儀はいけなかったが、葬儀の連絡を受けた時の月

そうして、本人の葬儀の連絡を受けた時の月

なぜか、細い下弦の月

糸のような月である

細い月を見て、何となく、もう一度、彼のコーヒーが飲みたいと思った。

でも、死んでしまわないと飲めないので、頭(かぶり)をふった。

寒さが身に染みた。

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やる気が出ないのは?

やる気が出ないと言いつつも、いろいろと問題が噴出です。

某クラブの某下部会

某クラブの会員で定年退職後の余暇の消費しての集まりで、ツーリングを楽しむ会を作りたいと言われたので承認しました。

某クラブ名を名乗る、その支部の下部組織と云う名目でしたので、あくまでも、見知った仲間を連れて行くという事でした。

最初は、たかが知れていました

特に、管理しないから、責任者を決めて、勝手に運営してしてくださいと言いました。

現在も会の運営をしている者はいないようで、幹事が毎月の持ち回りツーリングを統括している形らしい。

FBに会の状況が載るのでなんとなく後からわかるという感じである。

最初は、某支部の運営スタッフの定年退職者の集団であった。

しかし、分派行動がしたい某Tさんが、誰彼となく誘うようで、現在は、膨張して、全然知らないというか、本体の某クラブ員(年会費を払っている、払っていた人)だったこともなければ、某支部のイベントにも来たことがない人まで入っているようである。

フェイスブックにその会の入会と云うか、登録の申請があれば、一応認めてはいるのであるが、誰?と云う人から申請が来る。

おまけに、ツーリングの写真を見ると、知らない人が多い

車両数も多い

距離も長い

10台ぐらい

高性能な車に引きずられる様に、車を買い替えたり、追加したりする人が続出した。

先般は、バスを借りて泊りで遠征・・・・

ここで、ハタと気が付いた。

保険はどうなっていたのだろう?

某産業考古学研究の見学会は、半日でも保険を掛ける

何かあった会として困るからである。

去年、ある集まりで、クレーマーが出現して、クラブ員、上部組織へもクレーマーの攻撃があり非常に困ったことがあった。

このクレーマーを呼び入れた原因もこの会の無責任な者の発言から、来場、クレーマーとなった。

無責任な者は、あんな人物は思わなかったと述べた。

その人物の後からの言動がおかしい点で、その人が来る前に、当然の様に 運営側に警報を出すべきであったが、それさえもなかった。

おかげで、当日は混乱を引き起こした。

その時に、某団体の名前を名乗らせているのだからと云って、ガンガンと責めて行く。

母体の小さな会社なので、当然の様にサッサっと折れる

折れると、こちらに指示が来る。

仕事中に指示が来る・・・勘弁してほしかったわホント

で。

本体の方へ、今回の件を、別件で通話したときに、この会の事を伝えると

回答は以下の通りであった

「何かあった時に名前を使わせているからという事で責任問題を追及される恐れがある。

 こちらへ追及された場合、管理しているいないにかかわらず、使用を許可しているから管理責任があると言われて追及された場合に困る。

 団体の名称、団体の名称プラス支部の名称を使わせることは止めさせてく下さい」

 もうこうなると、そちらで責任者を決めて、管理運営をすること

 某団体の名称、某団体の支部名を削除することを指示するしかないかなぁと思っている。

 他の会員からは、某団体某支部のボランテイアとも、集まりとも関係ない活動という事で除外してはどうかと云う意見も出ています。

 まあ、元々は、分派行動の一環であると気が付いていたので、切り離し時ではある。

 

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なんとなく

ある友人と、某三重苦を共通の知り合いであると認識したときにちょっと、世の中は狭いなぁと思った。

で、ある友人から産業遺産の研究の件で質問をしたら

「三重乞食」と云う言葉を久々に聞いた

もともとは、伊勢乞食、近江の強盗、一宮ガラスの古知野トンビの類の商人を皮肉くった物言いである。

マー実際にあったことがあるのは、伊勢、一宮、古知野のずぬけて図々しい人たち。

何となくずるい感じを受けることが多い

車の関係でもそんな感じを受ける

なんとなく、他人を利用したいだけ利用する。

利用できらた態度は豹変

自分が功績、利益は全部取る

なんでも値切る。

値段は最初に言わない、最後に値段が変わる・・・

大体、自分でやると言ってやらない

やたらと地縁血縁を強調する

地方の支店での特別扱いを強要して、怒られるとめちゃくちゃな物言いをする。

まぁ、三重苦が、今どうしてるのか知りませんが・・・・

(合同展示会に来てなっかったので、ぶろぐを読んだら病気ぽかったし、生活苦が読み取れた。

某自動車の集まりにもここ数年行ってないとのことであった。

金持ちの多いクラブに入り、金持ちぶった言動をするのも大変だったろうなぁと思うのだが

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お葬式

友人のお葬式に行きました。

10年ほどのお付き合いでした。

人が死ぬという事は寂しい事です。

誰であれ、なくなった瞬間に、その人の脳に蓄えられ幾多の知識は、すべてが弾きだせない知識となってしまいます。

アインシュタインの脳を精密に切り分けて、研究してほしいと渡していた解剖医学者がいた。

しかしである、生体の静電気を発しないからだ。

通電していない脳髄には意味がない。

バックヤードツアーで、等々と説明してくれる姿は素晴らしいものがあった。

確実な知識を仕入れたいという欲望は、すさまじいものがあった

KDFワーゲン(民生型乗用車)とキューベルワーゲン(軍用車両)のシャーシが同じと云ったら、

「えー知らない、えーそうなの、調べてみるわ」と

調べたかどうかは知らない。

でも研究熱心だったことはよく覚えている。

寂しい

と云う気持ちは何処からくるのだろう

もう会えない、話せないからだろうか?

今日、知ったことに、心の変遷を知ることができた

学生運動の盛んだったころ、そう云った行動へ向かわなかった理由も何となくわかった気がする。

温厚な、非常に、いい人と云う形容詞が当てはまる人だった。

享年69歳であった

惜しい人を早く亡くしたという気がする。

彼を通して、多くの友人ができた。

友が、友を呼ぶ

彼は、天国で運転できなかった車を運転してご満悦かもしれない

肉体と云う束縛を解かれと云う言葉は、今日は、何となく心に響いた。

30年振り位に歌った讃美歌は、古い昔を思い起こさせた。

もう一度会いたいなぁと思う。

でも、もうさようならです。

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親しい人がなくなると寂しい

ある方が、亡くなりました。

トヨタ博物館に長く勤務されていたいた方です。

初めての出会いは、CG CLUB 旧中部支部の時代のTAMでのTTD

バックヤードツアーで知り合いました。

よくご存じだなぁと感心することしきりでした。

中部支部が、よくわからない理由で無くなり、多少縁遠くなりました。

しかし、中部支部を再開と云うか、再設立する際には、随分とご助力をいただきました。

個人的には、東次郎のトヨタスポーツを取材もさせていただきました。

深く幅広い知識をお持ちの方でしたので早い逝去には残念な気持ちでいっぱいです。

今日はバタバタしていて、少し転寝をしたときに

TAM TTDの打ち合わせの時に話をしたシーンが夢の中?の出てきました。

何年も前でまだ元気な頃です。

すると、話をした時の思い出のような感じで次々と出てきて、声まで思い出しました。

ものすごく、悲しい気持ちが突然と隆起して、涙がぼろぼろとこぼれてきました。

ふと、表には出さないけれど結構、神経質だったなぁとか、

でも、珍しくいい人だったなぁと思った。

そうして、夕闇の迫る中、

ふと

自分で言うのも変だが、「寒いくらい一人だ」

と云う言葉を思い出した。

そうして、

こんな言葉も思い出した

「そうだ、生きようと思った」

私は私の道を生きよう、そう思った。Dsc01073

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久々に、仕事中に腹が立った…という話

うちの3年目のカリメロ君

まあ人事異動で入れ替えがあって、環境が変わりやる気になったようだった。

上司ともどもしごいてみるかとという事になった。

前任上司は、私が、若い衆に仕事を教えてあげてくださいとお願いしたら。

担当課長からお願いされないとやらないというご回答だった。

ところがである。

担当課長に聞いてみると、最初に、若手の指導をお願いすると

「私は、そうゆう指導はしないから」と云って断っていたそうである。

真実性の原則は、両方の話を聞かないといけないという事である。

で、先週、カリメロ君は、金曜日急に休んだ・・前日に休暇を出したのですが・・・

ある人との相談の日付の指定日は、金曜日であった。

で、電話で、相手とやり合って、カリメロ君は、当初、金曜日を主張していたが、相手のよくわからないというか理解できない理由で27日になるかもしれないという話を、聞いて、月曜日まで待ちますといった。

でもである、最初に文書で指定した日は金曜日である。

金曜日に来れたら来ると主張していた点を考えれば、金曜日は待機モードで在籍するのが基本的な対応である。

でも、休む理由も、ちょっと急用ができて・・・みんなと 山口県へ行くという話は聞こえてきた。

私が聞くと、「プライベートなことなのでちょっと」と答えない。

別の人が聞くと、山口へ行く・・だそうである。

再度聞くと、計画的ではなくて、急に決めたとのこと、

行くのは「みんなんと」だそうである。

主担当が居ないと困ることが多いのだが、指定日を無視して急に休むのである。

ちょっと、無責任な気がした。

ついでに、8月の初旬から対応している、指導を入れている案件の状況を聞いた。

ほかの機関でも関与があるることが聞き取りの段階でわかっていたので、分かった時点で通報をしてあった。

期日は、8月末なので、そちらの通報先の状況を確認するべきではないのか?

という話をしつつ、方針についてうちの上司を含めて話をしていた。

で昨日(8月29日)、方針について話をしていると、前提をすべてひっくり返すことを聞いていたことが判明。

2週間前に、決定した方針の前提が崩れるような話を黙っていた。

前提を決めて対応をしていたが、確認の段階で苦情になった。

苦情の対応は良かった。

が、その後の連絡で、月末の原資たる予定ががあるとう前提自体がすべて嘘だったことを自供した。

だが、そのことを一切報告しない。

私も、上司もいたのにである。

担当課長は実務に関しては非常に無能なので、報告書をよく読んでないので何も言わない。

8月29日の朝、

関係機関へのそいつと関与のある団体へのアプローチの結果を聞いておいてね。

という事を伝えあ、聴取内容をすべて検討して伝えた。

しかし、カリメロ君は、電話をしたくないからであろうか、主張していた前提条件が全てうそだった追いう事を自白していた事実を初めて開陳したのである。

上司も、私も、いわゆる

開いた口がふさがらないモードになった。

(猫のフレーメン現象みたいなものである)

当たり前であるが、情報に間違いがあれば作戦行動は変更しなければならない

前提が崩れていたのであれば・・・二週間前に変更した対応策を検討しなければならなかったのである。

上司は、なんで重要な情報を伝えないのかなぁという事をいってしまうような状況になった。

ちなみに、その前回2週間前の連絡時の翌日からカリメロ君は夏季休暇であった。

それも、どうしても外せない日と云うのは、親とアウトトレットへ行く約束があるから、その日は外せませんと・・・・・

自分が一皮むけるかどうかという対応をしてた時期である。

情報に変更がないならそのまま休むことに問題はない。

しかしである、情報に重大な変更があるのなら、今後の作戦に変更が必要となることは目に見えている。

基本的に、休暇を先延ばしにすることが必要になんる。

その時は、、すでに水曜日から3日間を、金曜日からに変更していた。

変更した理由は、緊急な事案で早急に処理を進める必要があったからである。

で、前提となら情報が嘘でしたと自白したことを、私と、私の上司に伝えなかった理由は何となく想像ができる。

伝えた瞬間に、昭和世代の人は、次の瞬間に処理の訂正とやるべきことを山ほど言いつけられる。

担当課長は、うちの上司の指示は黙認である。

云いつけられると、夏季休暇が取れなくなる。

親との約束が・・・・守れない

ママとの約束は、反故(ほご)にはできない。

と考えて

黙って居ようと考えたらしい。

最近の子らしいと云えばそうのなのかも知れないが、最低限の義務ぐらい果たしてほしいと思うのであるが、どうもそうではないらしい。

ついでに、話の途中で、カリメロ君は、自分で一生懸命に壁を作ることに余念がないので、あきれてしまった。

で、此処で久々に、あきれて、ハラワタが煮えくり返る腹が立ったので・・・

「お前の面倒はもう見ない、相談にも乗らない」と伝えた。

すると、泣きながら土下座して謝るので、今後は一切関わり合いを持たない旨を伝えた。

直情的に怒鳴るなんてこともせずに、

「もういいわ」と云う感じである。

カリメロ君は、申し訳ないが、事務処理能力が極めて悪い。

学習能力がほとんどない。

何度でも同じ間違いを平気でする。

以前、同僚だったお兄ちゃんが、ムカツクカラ、一切話をしないと言っていた理由がようやくわかった気がした。

カリメロ君は、いわゆる、頭がものすごく悪く、理解力も極めて低いという奴である。

言葉の意味は全然分からない。

調べもしないのである。

景気がいいと、というか、有効求人倍率高いと、程度の悪いのが入って来る。

どこの役所でもそうみたいである。

入った理由を聞くと、ここしか受かりませんでした・・・・である

人手不足なのは判るが、馬鹿は本当に困る。

おまけに定着率が悪い。

まともな子は、早々に見切りをつけてやめる。

馬鹿は、行くところがないのでしがみつくのである。

将来、というか、20年後が怖いねと云っている次第である。

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よく似た爺さん同士(どうし)

先日、所用で、日帰りで新幹線旅行としゃれこんだ・・・・というか、死にそうな友人のお見舞いで、仕方なしである

そんなに遠くないし、盆前で「こだまちゃん」なら空いているだろうというセコイ考えで自由席で・・・・

あにはからず、結構込んでいた。

でも、ちらほら空いていた。

二人席の通路側が空いていたので、座ることにした。

窓側は、口開けて爆睡モードのねぇえちゃん

私は、戦前の「蓄電池車」(大村大三郎著 オーム社)のコピー本をちまちまと読んいた。

反対側の三人掛けの座席はちょっと異様だった

三人掛けに、爺さんが一人で真ん中に鎮座ましましている。

そうして新聞を広げて読んでいる。

両側の椅子には、荷物である。

常識ねえジジぃだなぁと思った。

左右の空いている席には、一つはお土産ぽいのお菓子の袋?・・・・、一つは小さな手提げみたいな袋?をそれぞれの一座席に1個づつ置いて、三人掛けのその真ん中の席に鎮座ましましている。

新聞は、途中で読み飽いたのか、畳んで袋の上においた

夕日新聞・・・・

二駅すぎるころには、車内は一杯になってきた。

某駅で、初老?というか、70過ぎた鶴のような爺さんとばあさんの二人連れが来た。

二人が座れる席はない

すると三人掛けの椅子に一人で座っていた爺さんに

ここは空いているのか?

と聞くと、爺さん一瞥もせずに無反応

尋ねた爺さんは、二回ぐらい聞いて反応がないので、

「手荷物は網棚へ」というと

爺さん小さな声で「ウルセイ、黙れジジイ」(本人もかなりの爺である)

声かけた爺さん、

「ジジイとはなんだ、高齢者いたわったらどうだ」

聞いてて妙な気がした。

座ってる方は60代ぐらい

立ってる方が70代ぐらい

多分、10から20歳ぐらいの開きだろう

70の爺さんから見れば、60代は若く見えるのかな?

60代の爺さん

金払って乗ってるんだ文句いうな

ここで、「ジイサン、あんたさん三人分の運賃払ったわけじゃあるめい」と云うと

鶴ジイサン、「三人掛けを一人で占領するのは不法占拠だ!」

ここで、すわってる爺さんは、「面白くもねぇ」と云って

一番通路側に座りなおした。

鶴ジイサン二人は座ろうにも座れない

(意地の悪いジジイだなぁ)

「常識のねぇじじが、どいてやれよクソジジイ」

と聞こえよがしに云うとぶつぶつ言いながら奥に座りなおした。

鶴ジジイ夫妻は、通路から1個目と2個目の座席に座った

鶴ジジイは、真ん中

私は、目的地の駅が次の次になったので、降りる準備を始めた。

ごみを捨てに行き、厠へ行って。

本をカバンにしまって。

お迎えの友達へメールを打っていた。

すると件(くだん)の奥に座った爺さんも降りる様子で、しかも次の駅でおりるう様な感じだった。

ジイサンなんか言っている。

しかし、今度は、鶴爺はどいてやらない。

折り畳みテーブルを広げてふたを外した状態のコーヒーを置いたまま

奥の爺さんが、「降りるので通してくれ」というと

無視

こだまちゃんは減速モード・・・車内アナウンスも入る・・・

奥の爺さんが

頼むから通してくれ。

鶴ジジイ無視・・・・

奥さんまでテーブルを出して、お弁当を出す素振り・・・

このジイサンばあさんも性格が悪いなと思いつつ、

この老人3人の行動を見ていると馬鹿じゃなかろうか・・・・・と

私は、友達のメールを読んでいると

鶴爺さんが、「コーヒーがこぼれてやけどをしたら傷害罪だな…」と

奥の爺さん「次で降りるんだ、孫がまってるんだ」

鶴爺、「自分の言ったことを考えろ」

奥の爺さん「頼むから通してくれ」

鶴爺 無視

駅に着く

爺さん降りれない・・・・

鶴爺、おもむろにコーヒーを飲む。

ばあさん、弁当を喰う

奥の爺さん座りなおす

こだまちゃんは出発・・・

奥の爺さん

携帯で電話かける・・・・

鶴ジジイ・・・「車内では通話をしない」・・・

奥の爺さん、「乗り遅れたからまっていてくれと」通話続行

鶴ばばあぁ・・・「最近の若い人は常識がない・・・」・・・・

私降りる駅が近づくと、鶴ジジイ夫妻はようやく折り畳みテーブルをしまった。

奥の爺さん、無理無理通る

「このクソ爺」・・・

私と同じ駅で降りることに・・・奥の爺さんは、あわてた様子で出口に向かう。

私は、カバンだけなのでゆっくりと立ち上がると

すると、鶴爺夫婦もたちがる・・・なんと降りるではないか・・・

ホームにおりると、件の爺さんは駆け足で、下りのホームへ向かった。

このジイサン二人は、社会性が欠如しているというか、底意地が悪い。

人が困るのを見て嬉々としている。

因果応報?だなぁと思いつつ、

改札を出て立ち停まってメールを、読んでいると

鶴ジイサン夫妻も出てきて、おばあさんが電話をしている

爺さん、手に持った新聞を広げた

夕日新聞・・・

なんとなく納得した

底意地の悪さは、こういった処に現れるのだぁと。

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老人と夏

名古屋は、40度超えの猛暑日でしたが・・・今日も今日とて、てくてくお仕事に出歩いていました。

黒いズボンに、汗の結晶が出るぐらいだから暑いのである。

で、某所のバス停に行くと、普通の傘(黒いのね)を、さした爺さんが一人が座り込んでいる。

短パンのようなステテコのような変なズボンにランニングシャツ・・信玄袋という風体は

異様である。

なるべくなら口を利きたくないタイプである。

私は腰痛持ちであるから時々腰が痛くてしゃがむことがある。

爺さんは、しやがん姿勢か安定していない。

ちなみに時間は、灼熱の14時である。

爺さんは、しゃがむというよりヘタリこんだ。

一応、無視もできないので声をかけてみた。

「大丈夫ですか?」

すると息も絶え絶えな感じで、

「大丈夫でない」

「水かお茶ありますか?」

「そん・・・んな・・・ものない」

「ここにお?茶ありますが飲みますか?」

「ええかね」

「まあ、88円ですが」

「金は、・・・・は   ら   う・・・・」

渡すと

「蓋を開けてもらえんかのう」

あけると、グイグイと飲んだ・・・・

「頭が痛いし、めまいがする。」

「救急車呼びましょうか」

「・・・・・・・・呼ぶと物笑いの種になる」

「救急車呼ばないと危ないですよ、熱中症ではないですか」

「・・・・・・ものをいうのが切なくてならん」

で、呼んでみた。

状況を説明して、位置を云い、バスが来るんで放置してもいいですすか?聞くと

そこに居て欲しいとの由

バスはこれを逃すと1時間後か、別路線のバス停まで30分以上歩く羽目になる。

見捨てるわけにはいかないので、仕方く、待っていた。

で、7分ほどして救急車は来た。

親族ですの方ですかというので

「名乗るほどのものでもないし、仕事中なので帰りたいですが・・・

ところで、途中まで乗せてもらえませんか?」

「同行でなら・・・途中で卸すのはムリです」

で、搬送先の病院を聴くと、

○○だという・・・・これはまた駅からものすごく遠い・・・・バスもない・・・・・

結構ですと言いながらバス停近くの日陰で50分どまって帰った。

爺さんは、バス停から4キロほど離れた家から徒歩でここまで来たらしい。

そうして、市営の巡回バスに乗るつもりだったが、バス停を間違えてここへ来たらしい。

ここからさらに4キロ離れたショッピングセンターへ行くつもりだったといった。

なぜ、行くのかと聞いたら

「涼しいからなぁ」と

判らんでもないが…迷惑な爺さんだと思った。

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