有名人とのツーショット・・・うれしいかなぁ?

有名人とのツーショットを撮りたがる人がいるんでですが・・・撮影してうれしいんだろうなぁと、思うが・・・どうなんだという気がする。

以前やたらと、並んで撮りたがる人がいた。

この人には、撮影後、すぐにSNSに掲載するので閉口したことがある。

撮ると必ずSNSにすかさず載せる。

この精神がわからない。

この人、いつも単独行動である、大丈夫かと思うほどである。

どこで、何をしていたのかが判るのは嫌なもので、プレイべーとな感じな時にそれをやられると・・・ちょっと・・・かんべして欲しいと思うことがある。

その昔は、銀塩写真時代だったら撮影後は・・・下手した1週間ぐらいのタイムラグがあった。

今は、スマホで撮影、即SNSである。楽と言えば楽であるが、いつどこにいたのかがが即時判るのも嫌なものである。

昔、15年ぐらい前に、GRという車のイベントに参加したことがある。

その折、堺正章さんとツーショットを撮ったことがある。

ほかにも、有名どころというと・・・中村健也さん、小林彰太郎さんとか、飯田裕子さん、牧野さん・・も、みんな自動車関係だなぁと思うが・・。

中村健也さんは、トヨタの顧問をされている時に、ある関係でカバン持ちの様にしてついて行った時に、中村さんの事を尊敬している技術者ですと言ったら、今日来ててたなぁといわれて、あるところでご面会が叶い、手持ちのライカⅢCで撮影してもらったが、露光不足でほどんど黒くて記念にはなりはしなかった。

小林さんは、うちの息子にお名前を頂戴したので、その旨を伝えて、三人で写させてもらった。

それ以外は、ついでい・・・・という感じである。

何人かととった記憶はあるが・・・ほとんど記憶はない。

というか、あまり興味がない。

有名どころ…芸能人はほとんど知らないので、周りで叫んでいても知らない。

何とか「りえ」が、銀座に買い物に来ていた時に、私は隣で商品を探していて気が付かない・・・

そんなのもんです

そのくせ、先代の団十郎を見かけると、思わず声をかけるなんてことはしてましたが・・・

でも、団十郎と並んでとってもらいたいとおも思わない。

だって、貧相に見えそうで嫌じゃないですか・・・

立派な人と並んで…と思う

SNSで、誰誰さんを囲んでとか書く人もいるけれど・・・その人と仲がいいという姿勢を見せるのはいいことなのか?

そんな風に思うことがある。

 

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マナーの良い喫煙者?いないと思うけど(笑)

少し前に、喫煙者のマナーの意悪さを評したら、「あなたは、マナーの良い喫煙者を見たことがない」と返したのが神対応?と評判になっていた(らしい。)。

であるが、高評価を加えたのは、喫煙者(排煙家)であろう。

多くの喫煙者(排煙家)というか、団塊の以上の世代は、ひじょーにマナーが悪い、人間のクズのレベルである。

咥え煙草で歩く、自転車に乗る、禁煙地域でも平気で喫煙。

さすがに室内でタバコを吸うバカはほとんどいないが、公共スペース、路上、駐車場だろうが、たばこを吸うバカがいる。

朝、駅前で、毎日吸っている。

駅前は禁煙指定地域であるが関係がないらしい。

自力執行権が認められていないので、仕方なく、傍観である。

気分的には、殴り殺してもいい気分である。

時々、風向きで臭う。

そこで

「お前の吐き出したニコチンタールを含んだ煙を何故に吸わされなければならないのか?」と聞きたくなるし、又

ここでの喫煙権はないだろうと言ってやりたい。

甚(はなは)だ迷惑である。

当人は、一服して気分がいいかもしれないが、こちらは朝から不愉快である。

ちなみに、産業考古学の研究会等でタバコを吸う人はほとんどいない。

見たことがない・・・

昨日は、爺さんが咥え煙草で、自転車走行

途中で、手で持つ。

灰は、道へ捨てる、吸い殻も、当然の様に道へ捨てる。

とまぁ、悪口はいくらでも書ける、というか書いてやろうと思う事が多い。

確かに、マナーのわるい奴は悪目立ちをする。

だが、たばこの良いマナー?てなんだと思った。

タバコを吸った気配がないという事であろうと想像する。

すると、嫌みな想像をする。

喫煙者(排煙家)が、野なかの1軒屋で自分一人で住んでいる。

死ぬほどタバコすっている。

町へ出る時は吸わない・・・

が、マナーがよいと言えるのでは?

と思う

タバコを吸えば、煙が出る、においが付く

ある時、夜、遠方で赤い火が見えた。

風下(かざしも)だったので、ほどなくタバコの煙りの匂いがしていた。

そうして、向かって歩いてきたおっさんは、あの臭いにおいのバリアで周囲を取り囲んでいるように歩いてきた。

タバコを吸う人は、匂いに、ものすごーーーーーーーーーく鈍感である。

タバコ止めた人が、こんなに臭いとは思わなかったと言っていた。

この人は、1日1箱吸う人であったが、心筋梗塞と、ほかの病気を併発して、医者からタバコ吸って死ぬか、吸わないで治療するか迫られた結果しぶしぶタバコをやめたそうである。

 この人は、一時期、パイプに凝っていたというか入れ込んでいた。

 ビンテージなんてものまで買っていた。

 (要は、金持ちである。)

 (ふと思い出したのは、三重苦の爺さんもパイプ使っていたなぁと。

  エロ漫画と模型に囲まれた、揮発性の物品の多いところで、タバコなんか吸ってどーすると思った。

  三重苦の場合は、一点豪華主義的な快楽主義者であった。

  自分が、パイプを使ってタバコを吸っているいるとういうシュチエーションを楽しんいた。

  雑誌で仕入れた知識でパンパンだった。

  仲間内の話の話題で、パイプを使っててねという事を見せたいだけの底の薄い思想が横たわる前程での、行為である。

  赤の他人と、話ができない人でしたので・・・所詮は、仲間内の内弁慶でしたが・・・。

  三重苦が、パイプを使う気になったのが・・・パイプ用のタバコをもらったからという・・・本末転倒な理由であったが・・・。)

 この人は、紙巻タバコ、きつい紙巻きタバコ、外国タバコ、葉巻、行きついたのがパイプ・・・でパイプを最後まで吸っていたが・・・

 銀座の喫煙具販売所で、パイプも買い集めたりしていた。

 まぁ、古民家みたいな自宅で、何もない廊下の籐椅子に座って、パイプふかしてました。

 いるか居ないかは、庭へ廻ると、タバコの匂いで分かるという便利な点もあった。

 昨年、借りた本を返しに行くと、方解石のパイプが落ちて、ご本人は胸を掴んで、唸っていた。

 ニトログリセリンの錠剤を口に含ませると同時に、救急車といわれて、119番連絡をしたことがある

 彼は、家政婦がいない時によく倒れる。

 不幸なことに、よく行き会う。

 前に、お前さんは、死神か、天使か、どっちだ?と言われたことがあるが、救急車を呼んだんだから感謝しろというと

 「死神じゃねぇなぁ、でも、悪魔だろうあなぁ」と言われた。

 で、彼は、死にたくないので、酒もたばこもやめて現在は、美術館巡りをしている。

 そうして、「美術家近くの路上でタバコ吸うのはけしからん」とのたまうようになった。

 長足の進歩である。

 ある銀座のバァ・・・というかルパンで、

「酒場で、葉巻やパイプを吸うのはマナー違反」といわれたことがある。

 それは、お酒の香りを消ししまうのと味わう味覚を失わせるからと言われた。

 

ある亡くなった爺さんは脳梗塞で倒れてからも、たばこは止まなかった。

隠れて吸っていた。

すい続けていた。

家族は、吸うと、匂いで、すぐに分かったそうである。

注意しても聞かないのであきらめてしまったそうである。

 

マナーの良い喫煙者がいるのあら、それは、たばこを吸ってない時間の方が長いか、よほど気を付けていないと無理である。

会社員ならまず不可能であろう

営業でも、車の中での喫煙は、基本的に禁止の処が多いと聞く。

ウチの処で使える車でも、基本的には、10年以上も前から禁煙である。

でも爺が乗ると、臭い。

総務に文句を言ったら、喫煙した痕跡があれば車輛の使用禁止とまでなって初めて車内喫煙がなくなった。

例えばである。

まず、服についた匂いは、叩けばある程度消える

髪の毛についた匂いも、しばらくすれば消える。

ところが、口臭のタバコ臭さはなかなか消えない。

消えないどころではなく、話をすると、爺さんの場合、加齢臭とニコチンの口臭で死にそうになる。

臭い消しのガムを噛んでもくさい

つまり、全部の悪臭を消して仕事に戻るのにどれほど時間がかかるのか。

考えてみれば、その分、仕事をさぼっているというか推論が成り立つ

ウチの爺さん上司は、1時間1回、約3~5分離席

隣の隣の課長は、1時間に1回から2回、大体、5から10分離席

臭い消しタイムを含めれば、膨大であろう。

タバコは、副流煙もさることながら、その臭いが不愉快の原因である。

臭いを消さない状態での、マナーのよいという事はあり得ないという風に考える。

つまり、マナーの良い喫煙者は、勤労者という基本的な社会構造の中では、臭いが消せないのだから存在しないという事になる。

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ある爺さん

ある爺さんは、美濃加茂の奥のモネの池の近くから通っている。

毎日、高速バス通勤である。

以前、同勤務した時も、岐阜駅から高速バスである。

以前は、大垣市内に住んでいたようであるが、実家に帰り、晴れて高速バス通勤を続けているように。

この爺さん、昨年は、心の病で病休をして半年ほど来なかったらしい。

で、少し近いところへ転記してきた。

前任所では、間違いが多い、めちゃくちゃの事をする、若い子に間違った事を教える等々・・・・・不評であったらしい。

今は、勤務時間内にというか・・仕事中に、どぷでもいいような駆逐艦の話をしたり、占守島の最後の戦車部隊の奮闘を語ったりする。

ところが、聞いていて、ほとんどの内容は、20年か、30年ぐらい前に書いてあった雑誌の内容である。

つまりは、現在では、間違った認識といわれるようなことを、何も知らない、カリメロ君に滔々とを語っている。

而も、聞いてる方も、まぬけな史学科卒業のカリメロ君で、いわゆる軍事畑の知識はゼロ・・・聞き流している風が強い。

で、去年は、課長が、あまりにも間違ったことを教えるので、若い子との会話禁止した。

すると、病休で休んだ・・・

復帰したが、最初は、制限付きである。

でも、長時間通勤は厳しいだろうと、転勤してきた・・・

昼食は、基本は298円の死ぬ程不味い(らしい)弁当

で、課長とか、うちの爺さん上司とか、私が、お茶菓子を買って置いておくと・・・朝、山積みが、夕方には・・・3分の1ぐらいしか残っていない。

見ていると、この爺さんが朝から、ぼりぼりと食っている。

ほぼ一時間おきぐらいに延々と食っている。

インスタントコーヒーもガンガン飲む。

この爺さん、どこにも行かないのか土産は買ってきたことがない。

お茶菓子も買ってこない

当然の様に、インスタントコーヒーなんてもってのほかの様に買ってこない。

でも、菓子は喰う、コーヒーは飲む。

ちなみ私は、菓子は自分で買ってくる。

それに、ドリッパーで、コーヒーを入れて飲んでいる。

豆は、挽いたものを100グラム単位で買ってきて毎朝飲んでいる。

爺さん上司と、アルバイトのおばちゃんには、一緒に入れてあげている。

朝、この手のコーヒーを飲むと、何となくシャキンとする。

当然の様にアメリカンではなくて、イタリアンローストの濃いのである・・・

インスタントを飲むときは…ほとんどないが・・・買ってきた爺さん上司に頂戴ねという。

 

爺さんは、菓子を漁り・・・・インスタントコーヒーをばがぶがぶの飲む。

3月末、ちょっと仕事に追われて死にそうなモードであった時に、この爺さんの菓子を漁る音がけっこ耳についた。

ついでに、私が、菓子を買ってきて投入した後は、自分の上司の課長が買ってきたときの様に、朝から、猛然と食うという態度ではなかった。

ただそれも、一日のモラトリアムで、翌日は朝から猛然と食っていた・・・・

ウチの爺さん上司は、少しは自分で買って来いよと陰口をたたくし、本人が近くにいる時に聞こえよがしに云うのだが、その時は、聞こえないふりをする。

先日、1個300円ぐらいするフルーツ大福を、うちの爺さん上司が買ってきた。

で、私と、隣の課の人たちにも配った・・・でも、バイトのおばちゃんと、子持ちのお姉さんと取りまとめの主任さんは、うちの爺さん上司に礼を言った・・・が、カリメロ君とこの爺さんは・・・無言で喰っていた。

どうも、この爺さんとカリメロ君は、品性が卑しい気がしてならない。

財布を奥さんに握られているので、非常に、苦しいらしいが、どうも方向性が違う気がする。

昼食を300円の弁当で済ませて、足りな分を菓子で補う・・・なんだかなぁと思う。

昔はいい人に見えたが、今考えると、ただの無能なおっさんだったことがわかる。

最近は、話をしているの聞くと、イラっとする・・・・

平常心でありたいと思うのだが…どうもダメである。

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愚公山を移す。

愚公山を移すという言葉がある

毛沢東語録に出てくる。

意味は‥自分で調べて読んで欲しい。

当時の毛主席が語った意味と本来の意味の違いを…理解してほしいのであるが、ここでは私は省略しておく

この文章を書いていて、「ふと」この言葉が浮かんだのである。

あるジジイが居た、「居た」と書くと、居ない様に誤解されるかもしれないだが、

今でもいる。

あるクラブの関係者である。

まぁ、嘘がつくの下手というか・・・その取り巻き、というか、周囲もバカが多い所為(せい)か、嘘をつくのが下手である。

以前こんなん事があった。

あるイベントを、若いい子に無理やりに、

・・・これは、かの人が、押し付けられたイベントであるが

継続してほしいという事で、押し付けようとしたことがある。

この子は、若いといっても40代である。

そのイベントへの参加は、ギャラリーでしかない。

もともと、始めた人が止めるといった時点で、ある人が自分の意志で引き継ぎたいと言った。

そうして引き継いだが、ロートルなので、自分よりもロートルな爺さんを呼びん込んだ。

そうして、やりたといった言った本人は、引っ込んで、爺さんが引き継いでいる。

しかし爺さんは爺さんである。

3回で、筆を折った・・・というか、折りたくなったのだろう。

若い子に持ち掛けた

本人はいきなり嫌な顔をした。

普通するわなぁ・・・・

ここで、思うことは、

自発的にやりたいといった奴が最後まで面戸を見ろという意見である。

当たり前である。

本来、始めた人が止めるというのを、無理無理引き継いだのは誰だという気がする。

無理無理引き継いだら、そいつが最後まで面倒を見て、引き継ぎたいという人がいたら引き継がせるのはそいつらの勝手である。

しかし、希望もしていない者に、やってくれんかと頼むは、ある意味「強要」である。

強要する方は、自分の立場を利用して強要するのだから気分は楽だろう。

強要される方は・・・・多分不愉快である。

今回の場合は、強要された人は、主はバイカーである・・・・・・主体が車の人ならいざざ知らず・・・

その時に、こちらが止めに入った。

この件で、どうも、逆恨みをしたらしい。

それから、数年、紆余曲折はあったが、表面上の関係は、無事に継続はしていた。

その後、一寸した齟齬があった。

それで、さらに逆恨みのモードに入ったらしいことは、すぐに分かった。

周囲の者に、齟齬の件は説明をして、承認を得ていた。

事前の打ち合わせで、齟齬の件を切り出た。

すると、クレーマーモードの話と、イベントのの開催時の「主催」の事実認識が誤っていること露呈しただけであったが、どうも、ここで、逆恨みモードの火が付いたようであった。

仲間内では、この者が

「ある集まりの手伝い来る」

と言っていたが、実際は来ないだろうと踏んでいた。

それは、今までの行動パターンと違う事をやっているわけだから、誰でも気が付く。

私の友達連中は、みんな、きっと来ないよねと言っていた。

で来なかった

理由は、まぁ、仕方がないねという感じの理由である。

が、なんだか嘘くさい

こちらには、原因不明、検査待ちと云いながら、

別の者には、

「抗生剤を飲んで、家で安静している。」と述べたら

これを聞いて、基本的には、

「嘘くさいねー」という事になった

ある人は、「ぜったに嘘だよね」と断言するほどである。

もしかしたら、本当に仕方がない理由だったかもしれないでもである。

世の中に、蓋然性(がいぜんせい)という言葉がある様に、

通常とは違った動きをしていれば、当然の様に、この動きは・・・・・という事になる。

すると、自身では、嘘ではないかもしれないが、周囲は、嘘つきという認識を持つ。

現実的には、多くの人は、嘘つきというレッテルをすでに貼り終えた。

それに、言わゆる反対派のあぶり出しに使えてよかったという気がしている。

私の持論は、大きな「うそ」をつくためには、少々の金を惜しんではいけないという事である。

高々数千円の金をドブに捨てることになっても

自分の立場を、嘘つきというレッテルを張られない様にするためと云うか、

嘘つきかどうか判断しかねる状況を準備してい置くことは大切だと思う。

今まで築いた、信頼関係を、自分たちの身勝手な行動でつぶして行ったという認識はなく、逆恨みをしている。

そうして、自分が作り上げたであろう、関係を自分でブチ壊していくのは、老害ともいえるかもしれない。

自分たちの考え上がすべて正しいという認識でものを見てる人は、自省がない。

なぜか、何でもかんでも、みんなは、自分たちと同じ考えでいると勝手に思い込む。

おまけに、反省はしない。

模型屋さんに来る(実店舗、ネット)でもおかしな自己主張をして困る人が5・6人いるという事である。

接触障害の人が多い。

大手の会社の部長、役員(元職もふくむ)、中小企業の社長だったとしても、この手の人は実は多い。

意味不明な主張をする・・しかも感情的に・・・・

この時思うのは、「頭悪いなぁ」である。

ここで云う「頭の出来」は、勉強ができる、出来ないではない。

客観的にものを見ることができて、判断が出来るかという事である。

対外的な活動で、理論的ではなく、自己中心的な感情論でしか判断できない人がいる。

こういった人の相手をするのは疲れる・・・・というのが素直な感想である。

しかし、予想通りの対応をしてきたので、仲間内では、その旨を連絡すると、

来た来たという感じで嗤っていた。

他人の振りを見て、自分も、我が振りを直さないといけないと痛感するのである。

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あること

昔仲が良かった人というのは意外と多い。
社会人になってから、大学、バイト先と云った共通の環境がなくなると、急に疎遠になることは多い。
つまりは、共通の場所がなければ疎遠になるということである。
それは趣味の世界の友人とは違っていて年に数回会うだけでも楽しい人とは違っていたいたということかもしれない。
1年ほど前に、久々に、非通知で電話が掛かってきた。
最近あんまりこの手の電話はなかったのであるが日曜の午後だったので電話に出た。
その昔、身上相談に乗るからといって言って、渡した名刺がある。
電話番号と、仮名と云うか以前使っていたペンネネーム名前が書いてある。
掛けてきたのは、名刺を友達からもらったから半信半疑で電話をしてきたといった。
ズバリ、本名を云ってきたののと、懐かしい響きの声だったのでついつい、
素直に、「ハイ」といってしまった。
友達て、誰ですかと聞くと、はっきり言わなかった、彼女の母親に近しい人らしかった。
配った相手としては、記憶にない人だったが、電話番号だけ教えた人かもしれないと思った。
彼女は、王朝文学の好きな国文学専攻の大学生だといった。
国文学の話を延々とした後で、私、お金ないんで、学費と生活費を稼がないといけないんですと言って、

アルバイトとして、風俗店、いわゆる派遣型のお店に勤務してるといっていた

1年ほど週末だけ、一日、3から4人の相手をしているとのことだった。
そのあたりは、不案内なのでいろいろと聞いてみた。
料金システムや、どんな客が来るのかを聞いた。
聞いていて突然、どうしてこんなことを言い出したのかと思っていると。
誰かに聞いての貰いたかったといった。
話をしたのだが、誰にもできない。
怖かったこともあるけれど…と云っていた。
突然「よく考えたら、三桁以上の男と、そういったことをしたことになるよね、やばいいよねー」といった。
で、最後に、あと一年我慢したら辞めるんだけど、また電話してもいいですかと聞かれたので、別に夜中でなければ構わないと伝えておいた。
話をしていて、気が付いたことである
話し方にんとなく懐かしい話し方があった。
ちょっとした、話し方というか、語調であるが、記憶がよみがえった。
出身は、静岡の方
知りあったの、銀座の地下の小さなバァ、世間的には有名である。
彼女は、近くのデパートの店員さん
私は、いつも、開けたころの6時行く。
彼女は、6時半に来る。
私は、弱いので、いつも一番弱いカクテルを飲んで終わる。
ほぼ毎日東京の友達と、飲んでいるというか話をしてた。
その場に行く前に、一杯ひっかけていた。
そこで、いつしか話をするようになった人であった。
マスターはまだそのころ健在だった。
大ママの一番終わりごろ、数回、大ママを見たことがあるぐらい
未だヒヨコのころだったので、スツールに座った太宰修の写真を見ては、時代は流れるものだなぁ思った店でもある。
マスターと話をするぐらいがオチである。
そのうち、話をするようになった。
日曜日に銀座の雑踏で写真を撮っていて、目が合ったこともあった。
そこで初めて、勤務先が分かった。
店頭の彼女は、元気そうなお姉さんだった。
数年後、たまたま、そのバァに行くと彼女がいた。
彼女は、結婚して、子供を産んで、離婚して、子供を預けて、働いているといった。
そこで、何か相談したいことがあったら連絡をしてねと云って電話番号を教えた気がする。
電話をかけてきた、女の子がその人の子供かどうかは分かりはしない。
それにそんなことは聞けない。
気にはなったが、何となく年が合わない気がしたので、違うような気もするのである。
また電話してもいいですかといわれてから、もう1年ぐらいたったが、元気にしているだろうか?
そんなことを急に思いだした。

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やる気がなくなるのは、病気のサインかもしれない?

先日、親しい友人がガンで手術をすると聞かされてかなりショックを受けた。

手術できるレベルと聞いて、一安心ではある。

去年から「やる気が起きない」とたびたび聞いていた。

先日、急性白血病で、研究会の先輩が亡くなった。

昨年、研究会のテーマの調査をしていたが、何かやる気が起きないとおっしゃっていた。

結局、体調不良で、研究会の発表は辞退された。

そうして結果としては、急死という連絡であった。

数回お話をしただけであったが、何となく、やる気が起きないと言ってみえたのである。

やはり病気の巣が芽生えると、やる気にならないものかと思う。

以前、個人的な事ではあるが、病気になった時に、2週間ほど前から、仕事も手を付けたくない気分であった。

前二回の時は忙しくて、やる気だとか、そういった感じを受けるなんて感情を感じる以前の問題であった。

三回目は、何もかも放り出したい気分が先行していた。

「これはやばいなぁ」と感じていた。

やはり体の変調は、やる気というか、気分に非常に反映するのだなぁという事を痛感した。

今回も、友人が、何となくやる気が起きないと連発していたので、気にはなっていた。

早く良くなるを願いつつ。

何となんく、感覚的に、体の変調のサインはやる気というか、意欲が減退するときは危ないと感じるべきではないかと思う。

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I 君に会いたいと思う今日この頃

I君は、もう10年も前に病で急死した友人の一人だった。

病気で寝込んだり入院したりすると連絡が入る。

最後の相談のよりどころにしている風があった。

彼は、重い病気だった。

でも、遊びに行った先で倒れてそのまま不帰のの人になった。

お父さんが亡くなって、葬式には出られず後日、家に行き話をして帰宅後数日で亡くなってしまった。

良い人であった。

ある時、家に行くと妙齢の女性が二人住み着いていた。

どういった関係かと聞くと、娘の方は何かのイベンとで知り合い、仲良くなったそうな。

大阪のミナミに出ていた女性で、母親も、その手の人だったらしい。

彼の母親も病気で亡くなっていたので、男やもめ宅に入り込んだらしい。

別段、彼とは特殊な関係にはなっていないという事だった。

一晩泊めてもらって、その夜、件の母子が居る隣の部屋で寝ていると、不審な事を云っていた。

「早く落としないさよ」

「個々の土地なら・・・・」

後はよく聞こえなかった

さすがにこのとこは言わなかったが、見るからに怪しいので、追い出すように進言したら、そのうち出て行った。

程なくしてお父さんが亡くなった。

そうして、今度は本人も亡くなってしまった。

時々、不意に携帯が鳴ると、I君からからと思うことがある。

気のせいなのであるが、不意に、あれと思うことがある。

何となく気の所為という奴であるが、携帯が鳴った気がして、I君の顔がよぎることがある。

お母さんの葬儀が済んで、程なくして、彼と彼のお父さんと中華料理を食べに行った。

お父さんが、その時に、「いろいろと世話になったねぇ、ありがとう」といわれた。

なんだか、ぶつぶつと思いだすのである。

先日も、こんなも事を思いだした。

もう、30年ぐらい前の事であるが、友人Y君、H君、そうしてI君を含めた4人で表参道の店でコーヒーを飲んだ時に、I君はよく食べるので

早死にするぞ。

といった時に、

「早く死んだら、ちゃんと墓参りに来てくれよなぁ」といった風景を急にもいだした。

これは、墓参りに来いという事かもしれない。

近所の寺だったような気がするが・・・東京光学の近くだった気がする。

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突然思い出したことなど

昨日、突然、もう10年以上前に亡くなった友人某の事を思い出した。

なぜか突然である。

それは、旨いコーヒーが飲みたいなと思って、

つい、旨いコーヒーを入れてくるれ店と、友人を思い起こした。

名古屋には、私の好みのおいしいコーヒー屋はない。

東京の有名?どころは2店舗ほどあるが、ここ10年ほどゆっくりと東京へ行く用事もないので、寄ることもない。

Bar LUPINさえ遠ざかって10年以上たつ。

そうして、なんとなく、何げに、甘くて苦くて後味すっきりしてのはどこで飲んだのだろうと思った。

そうして、ああ、某君の家で飲んだコーヒーだったなぁ

と・・・そこで、ふと思い出したのだが、

第一に思ったのは「今どうしているのかなぁ?」である

で、次に思ったことは、「あれ」

何年か会ってないなぁ・・・

で、自分の年齢を思い出した。

自分は、○〇歳、年を喰ったなぁ・・・である。

そりゃあ、みんなが年を喰うはずである。

で、ああ、彼はもういなかったなぁと

彼は、青い豆を、箸で選(よ)っていた。

二人分だからなぁといいながら選っていた。

「何か手伝おうか」というと

「パッと見ダメなのを選ってくれるか?」といわれた

虫食いや、縮んだもの、形の悪いものを除いていると、

「人間は見た目でいい悪いは判らんから困るよなぁ」

「人間の欠点は、利点でもあるから困るよなぁ」

と続けざまに云った。

「どうした」と聞くと

「いや、親がね、死んだ嫁さんの事を悪く言うんだよ」

「今頃か?」

「ああ、ぼくが腑抜けになったのも、やる気がないのも全部彼女の所為さ。」

「・・・・・・」

「子供が外へ勝手に出て、事故で亡くなったのは仕方ないと思ったんだが、親に言わせれば、彼女がちゃんといしていればよかったというのだよ」

私は、この時、三島由紀夫の「真夏の死」を思い出していた。

かの作品では、2人の子を失った母は、生き残こった次男を細心の注意で守りつつ生活を継続する、そうして紆余曲折をたどりながら、再度懐胎して、子を産み、事故のあった海岸へ再度訪れる。

夫は、彼女が何かを待っていると感じる。

そこで小説は終わる。

そこで、「どうして奥さんは自殺してしまったのだ?」と聞くと、

豆を選りながら、深いため息をつきながら

告解するように子供が亡くなってからの行動を語った。

帰宅すると、子供食事と自分の食事がある。

妻は、「暗い顔で、今日も帰ってこないの」という

彼は、自分の気持ちが潰れるのが早いか、妻の気持ちが潰れるのが早いか思い悩んだそうである。

彼は、逃げ場があった

それは仕事である

彼女には逃げはなかった。

轢いた相手の家へ行き、子供を返せと怒鳴る。

それも、彼は最初知らなかった。

子供あての手紙が来る

「〇〇さんご両親」様

ある時、庭に手紙が散らかっているのを見て

彼は、戦慄した。

それは、その手の案内だった。

家に帰っても、電燈もつけずに座っている。

食事はない

彼は仕方なく弁当を買って帰る。

妻は、昼間何をしているかわからない

彼女の親を呼ぶと、親は謝りながら連れて行った。

だが、程なくするとかえってくる。

帰ってきてからは、食事もして、普通の生活が訪れたが、手紙が来ると、狂気に落ちた。

そうして、結局自殺してしまった。

豆を選りながら、深いため息ばかりつきながらポツポツ語る。

小説の主人公と、実際に真夏の死のモデルなった家族の結末は知りはしない。

小説の様に、悔恨の情よりも、現実の生活の比重が重く、家族の死を忘れ得たのは不明である。

親は、再婚を望んだようであるが、本人はその気がなかった。

そこで、親は、死んだ嫁の呪縛を呪う言葉を吐き出していたという事になる。

彼も、結局、生きてる意味がないといって死んでしまった。

結果的に云えば、彼の家は絶えた。

そうして、長い時間をかけて選んで、ローストして挽いた豆で作ったコーヒーは旨かったのである。

そんなことも思い出した。

葬式にも行ったことを思い出した。

ふと思ったのは、あの世とやらがあるのであれば、子供、奥さん、両親に会えたのかなぁ?

奥さんは、精神を病む前のすがすがしい顔の時かなぁ。

ちび助は、あの世ではある程度まで大きくなるというから、親子で仲良く暮らしているのか?

癌で相次いで亡くなったご両親は、私が知っている頃の元気そうな、感じころの姿であろうか?

そんな風に思い出していたら、月がきれいに見えた。

この家族の訃報は夜届く。

お子さんが亡くなった時の葬儀の連絡を受けた時の月、

奥さんが自殺した後の葬儀の連絡を受けた時の月、

ご両親の葬儀はいけなかったが、葬儀の連絡を受けた時の月

そうして、本人の葬儀の連絡を受けた時の月

なぜか、細い下弦の月

糸のような月である

細い月を見て、何となく、もう一度、彼のコーヒーが飲みたいと思った。

でも、死んでしまわないと飲めないので、頭(かぶり)をふった。

寒さが身に染みた。

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やる気が出ないのは?

やる気が出ないと言いつつも、いろいろと問題が噴出です。

某クラブの某下部会

某クラブの会員で定年退職後の余暇の消費しての集まりで、ツーリングを楽しむ会を作りたいと言われたので承認しました。

某クラブ名を名乗る、その支部の下部組織と云う名目でしたので、あくまでも、見知った仲間を連れて行くという事でした。

最初は、たかが知れていました

特に、管理しないから、責任者を決めて、勝手に運営してしてくださいと言いました。

現在も会の運営をしている者はいないようで、幹事が毎月の持ち回りツーリングを統括している形らしい。

FBに会の状況が載るのでなんとなく後からわかるという感じである。

最初は、某支部の運営スタッフの定年退職者の集団であった。

しかし、分派行動がしたい某Tさんが、誰彼となく誘うようで、現在は、膨張して、全然知らないというか、本体の某クラブ員(年会費を払っている、払っていた人)だったこともなければ、某支部のイベントにも来たことがない人まで入っているようである。

フェイスブックにその会の入会と云うか、登録の申請があれば、一応認めてはいるのであるが、誰?と云う人から申請が来る。

おまけに、ツーリングの写真を見ると、知らない人が多い

車両数も多い

距離も長い

10台ぐらい

高性能な車に引きずられる様に、車を買い替えたり、追加したりする人が続出した。

先般は、バスを借りて泊りで遠征・・・・

ここで、ハタと気が付いた。

保険はどうなっていたのだろう?

某産業考古学研究の見学会は、半日でも保険を掛ける

何かあった会として困るからである。

去年、ある集まりで、クレーマーが出現して、クラブ員、上部組織へもクレーマーの攻撃があり非常に困ったことがあった。

このクレーマーを呼び入れた原因もこの会の無責任な者の発言から、来場、クレーマーとなった。

無責任な者は、あんな人物は思わなかったと述べた。

その人物の後からの言動がおかしい点で、その人が来る前に、当然の様に 運営側に警報を出すべきであったが、それさえもなかった。

おかげで、当日は混乱を引き起こした。

その時に、某団体の名前を名乗らせているのだからと云って、ガンガンと責めて行く。

母体の小さな会社なので、当然の様にサッサっと折れる

折れると、こちらに指示が来る。

仕事中に指示が来る・・・勘弁してほしかったわホント

で。

本体の方へ、今回の件を、別件で通話したときに、この会の事を伝えると

回答は以下の通りであった

「何かあった時に名前を使わせているからという事で責任問題を追及される恐れがある。

 こちらへ追及された場合、管理しているいないにかかわらず、使用を許可しているから管理責任があると言われて追及された場合に困る。

 団体の名称、団体の名称プラス支部の名称を使わせることは止めさせてく下さい」

 もうこうなると、そちらで責任者を決めて、管理運営をすること

 某団体の名称、某団体の支部名を削除することを指示するしかないかなぁと思っている。

 他の会員からは、某団体某支部のボランテイアとも、集まりとも関係ない活動という事で除外してはどうかと云う意見も出ています。

 まあ、元々は、分派行動の一環であると気が付いていたので、切り離し時ではある。

 

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なんとなく

ある友人と、某三重苦を共通の知り合いであると認識したときにちょっと、世の中は狭いなぁと思った。

で、ある友人から産業遺産の研究の件で質問をしたら

「三重乞食」と云う言葉を久々に聞いた

もともとは、伊勢乞食、近江の強盗、一宮ガラスの古知野トンビの類の商人を皮肉くった物言いである。

マー実際にあったことがあるのは、伊勢、一宮、古知野のずぬけて図々しい人たち。

何となくずるい感じを受けることが多い

車の関係でもそんな感じを受ける

なんとなく、他人を利用したいだけ利用する。

利用できらた態度は豹変

自分が功績、利益は全部取る

なんでも値切る。

値段は最初に言わない、最後に値段が変わる・・・

大体、自分でやると言ってやらない

やたらと地縁血縁を強調する

地方の支店での特別扱いを強要して、怒られるとめちゃくちゃな物言いをする。

まぁ、三重苦が、今どうしてるのか知りませんが・・・・

(合同展示会に来てなっかったので、ぶろぐを読んだら病気ぽかったし、生活苦が読み取れた。

某自動車の集まりにもここ数年行ってないとのことであった。

金持ちの多いクラブに入り、金持ちぶった言動をするのも大変だったろうなぁと思うのだが

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